[1355] 風をあつめて6 2004-08-24 (Tue)越中島の駅を過ぎて潮見駅の手前で京葉線は地上に出る。
電車は湾岸沿いに走っていく。
工場地帯。コンビナートが並んでいる。煤けた煙突、赤と白に塗り分けられた鉄塔。
女の子にとっては珍しいのか、
しばらくの間体ごと窓側に向けて、ガタゴトと流れ去る光景を眺めていた。
やがて木々に覆われた葛西臨海公園のもこもこした姿と
その向こうに大きな観覧車が視界に入ってくる。
「あれだよ」と僕は指差す。
駅で降りてホームに立つ。
舞浜や海浜幕張もそうだが、京葉線のこの辺の駅は広々としている。
ホームが高いところにあって吹きさらしのようになっているからそのように感じるのかもしれない。
久々に来た。自然に近い場所に来ること自体が久々だ。
「どう?」と僕は女の子に聞く。
女の子は僕の方を見上げて何か言いたそうにするが、うまく言葉が見つからないようだ。
笑顔と無表情とが入り混じったような微妙な顔つきになる。
「行こうか」
僕は女の子の肩を軽く叩いて駅前の広場に入っていく。
水族園に向かって歩いていく。
公園内を汽車の形をした乗り物がゆっくりと走っている。
休日を自然に近い場所で過ごそうという人たちが多くもなく少なくもなく。
あちこちに建っている売店で家族連れはフランクフルトや焼きそばを買ったり、
カップルはシェークを頼んだりしている。
「何か食べたいものはある?」と聞く「アイスクリーム」と言うので、バニラのアイスを2つ買う。
大通りのベンチに座る。
背後には観覧車があって、右手には横長に四角いガラス張りの建物が建っていた。展望台だ。
無言でアイスを食べる。僕なんかはあっという間に食べ終えてしまう。
女の子はのんびりとアイスのてっぺんにかじりついている。
身長180cmの僕にとってちょうどいいサイズなので、
女の子からすればとてつもなく大きなサイズのものとなるのだろう。
ふと、ベンチの横に置いていたスケッチブックのことが気になる。
持ち上げて前に持ってきて「見ていい?」と聞く。
女の子は口の周りに白くクリームを残しながら、「だめ!」と言う。
「だめ?」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても」
仕方なく僕はスケッチブックを元の場所に戻す。
「ふー」と大きく息をする。
空を眺める。青い空に中ぐらいの大きさの雲が2つ浮かんでいる。
女の子は軽く足をバタバタさせる。
僕は「じゃあ、どんなものを描いているの?」と聞く。
「かく?」
「そう、色鉛筆で。今日も持ってきたよね。いつも持って歩いてるのかな?」
うん、と言いたげにうなずく。
「何を描くのが好き?」
「えーとね、・・・」女の子は照れて恥ずかしそうにする。
携帯が鳴る。
見てみると教授からだ。出る。「ちょっと待って」と僕は言う。
「もしもし?」
「いやー悪いねえ!オカムラ君」
「や、大丈夫ですよ」
「どうしてる?」
「今、葛西臨海公園にいます」
「カサ・・・?どこだそりゃ」
「京葉線に乗ってディズニーランドの近くの」
「ケイオウ線にディズニーランドなんかないだろう。横浜のみなとみらいか?」
「いや、だからそうじゃなくて」
電話の向こうでかなり騒々しい。誰かが大声で叫んでいる。
確かこの時間は講演会のはずなのに、予期せぬトラブルが発生したのだろうか。
「講演会はどうですか?」
「それがだな、・・・」電波が入りにくくなって教授の声が聞き取れなくなる。
「・・・もうすぐ始まるんでよかったんだが」
何がいいのかよくわからないが、とりあえず「それはよかったですね」と相槌を打つ。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「あ、ちょっと待って!」
「何かね?家内と替わろうか?」
「や、そうじゃなくて」
僕は立ち上がりベンチから遠ざかって、女の子に背を向けて小声で話す。
「この子の名前はなんて言うんですか?いくら聞いても答えてくれないんですよ」
「おお、おお、教えてなかったか。
ナツミっていうんだが、ナッチャンとうちの家内は呼んでおる」
「あーありがとうございます。とても助かりました」
「そろそろ始まるんで切るぞ?」
「はい?」ブツッと切れる。
ベンチに戻る。
女の子に向かって僕は話し掛ける。
「先生から聞いたよ。君はナツミって言うんだね」
僕がこう言った瞬間、女の子は立ち上がって逃げ出すように走り出した。
その顔は悲しそうな、泣きそうな顔をしていたかもしれない。
突然のことで僕は驚く。
追いかけようとするが、ベンチの上のスケッチブックと色鉛筆のケースが目に留まる。
ひっつかんで僕は女の子の後を追う。
体の大きさということもあって僕はすぐにも彼女に追いつく。
[1354] 風をあつめて5 2004-08-23 (Mon)中央線がのんびりと都心へと向かっていく。
いつのまにか女の子は眠りだして、(僕の方ではなく)スケッチブックにもたれかかっている。
携帯を取り出してメールを読む。
恋人から1通届いている。
彼女はイギリスに留学している。時差を考えると向こうは夜だ。
1年上の先輩で、研究科は同じだがやってることは全然違う。
ヴィクトリア朝の産業デザインについて専攻している。
ドクターに進むのを1年遅らせてその分1年だけ留学することにした。
2月に冬学期の試験が終わると同時に旅立って、これでもう3ヶ月以上経過した。
最初は毎日送ってきたメールも2・3日に1通となる。
相も変わらずたわいのないことを書いてよこす。
研究仲間たちとロンドンのソーホーに遊びに行ってどうたらこうたら。
携帯を閉じてしまう。
僕の方に書くことはあるだろうか。
「教授に頼まれて小さな女の子を今水族館へと連れて行くところです」
なんだかおかしな感じがした。
「夏休みになったらロンドンへおいでよ」と彼女は言う。
夏。秋になって冬になって。
その頃には僕も身の振り方を考えなくてはならない。
ドクターに進むか、それとも一般企業に就職するか。
いっそのこと実家に帰ろうか。オヤジからはいつでも戻って来いと言われている。
家業の食品加工工場を継ぐべきかどうか。
県内では手広くやってるし悪い条件の話ではない。
だけど全然その気にならない。
ドクターに進んでからの長い道のりのことを考えるとそれはそれでぐったり来る。
いろんなとこのいろんな教授たちにコネを作って、研究者たちとコマゴマと連絡を取り合って、
論文を書いて学会で報告して。講師になったら若い学生たちに講義して。
こういうのがルーティンワークになったらきっとつまらないんだろうな。
留学もしなくちゃならない。行かないと話にならない。
向こうの大学で博士号を取るぐらいの事をしないとこのご時世、
日本でそれなりの地位に辿り着くことはできない。
「それなりの地位に辿り着く」ことは重要なのだろうか?
考え出すときりがないけど結局は重要なことなんだよな。
地方の小さな私立大学で万年助教授をやってるってのは、やっぱかっこわるい。
一般企業もどうか。もしかしたらサラリーマンが一番気楽なのかもしれない。
だけど僕のように浪人せず、一足先に就職した連中はみんな大変そうにしている。
電車に揺られて残業しまくってお客さんに怒鳴られてヒーヒー言ってる。
2番目の兄は地元の銀行に就職したんだけど、
会えばいつも「おまえはいいよな、好きなことやってて」と愚痴を言われる。
1番目の兄はオヤジの会社そのものを継いだ。
僕に残されているのは半ば子会社みたいな工場だ。
こういうのの一切合財が微妙だ。
あーあ。憂鬱だ。
僕は僕なりに将来のことを考えてブルーになっているのだが、
このことを人に話すと「オマエはまだ甘い」みたいなことを言われる。
そもそも選択肢がいくつかあるというだけで幸せもんなのだそうだ。
どれもこれもパッとしないことが待ち受けていて僕にはちっとも嬉しくない。
このままずっとダラダラ生きていけないものだろうか?
あるいは忙しいなら忙しいでいいからやりがいのあることがしたいものだ。
今この電車の中にもたくさんの大人たちがいるが、
充実した生き方をしている人はどれだけいるのだろう?
そもそも彼らは大人になってよかったと思っているだろうか?
気が付いたら大人になっていて、そのことを後悔し続けている、
そんな人はどれだけいるのだろう?
僕は携帯を取り出してもう1度彼女から来たメールを読む。
返信の文章を書く。書き終えて送信するとまた携帯をしまう。
隣ですやすやと眠る女の子を眺める。
この子にはいったいどんな将来が待ち受けているのか?
僕もまた大人なんだろうな。この子の視点からしたら。
足を前に投げ出して背中を丸めてぐっと下の方まで押し込んで。
四ッ谷を過ぎて次は御茶ノ水。
たくさんの車、たくさんの家、たくさんのビル、たくさんの人々。
あーあ。
なんで僕は今ここでこんなことしてんだろ?
東京駅に着いて僕は女の子を起こす。
「よく眠ってたね」と声をかけるもまた黙りだす。
僕はスケッチブックを脇に抱える。
東京駅の地下は大勢の人たちで混雑している。
それぞれの人たちがそれぞれの方向へと向かっている。
僕は女の子の手をぎゅっと握って京葉線のホームを目指して歩く。
長い道のりを女の子の歩幅に合わせてゆっくりと。
「おなかすいてる?」と聞くと「・・・ううん」と首を振る。
長い長いエスカレーターを下っていく。
土曜ということもあってディズニーランドへ行こうとする
小さな子供を連れた家族やカップル、若い女性たちばかりだった。
子供たちはみんな興奮したようにはしゃいでいる。
京葉線に乗る。
空いている席が1つだけあったので女の子を座らせた。
スケッチブックと色鉛筆のケースを両腕で抱えさせる。
僕の方を見上げて女の子が突然「おさかな?」と質問をする。
僕は「おさかな」と答える。
もう1度「おさかな?」と言うので、
僕はもう1度「おさかな」と答える。
[1353] 「29」編集あれこれ 2004-08-22 (Sun)8月に入って最新作「29」の編集を再開。
ここ3週間でかなり進んだ。
今日はモロッコで撮影した3時間分のテープをビデオカメラで再生しつつ
使えそうな箇所はハードディスクに取り込んでいった。
モロッコのビデオ、ようやく今日になって見た。
旅の思い出として撮ったのではなくて、
あくまで映画で使うという念頭において回していたので、
見ていてあんまり面白いものは出てこない。
列車の中や車の中から撮った風景ショットがたくさんあると
後々使い道出てくるだろうと思ってかなりの分量を撮ったのだが、
現時点での編集プランと照らし合わせてみると不要ということになった。
使うことが決まっているショットをハードディスクに取り込むときは
かなり神経質になって画面を見ているものであるが、
使わないと決まっているものを見てるのでかなりぼけーっとしてしまう。
「あー、モロッコってそういえばこんなだったよなあ」
と懐かしさが半ば入り混じった気分で画面を眺める。
まるではるか遠い昔の出来事を思い出すかのような気分になった。
比較的大西洋に近い都市フェズからアトラス山脈を越えて
砂漠の入口の町メルズーカまで至るドライブに60分テープまるまる1本分をあてていて
山を登るまでは霧が出ていたり寒々とした風景が続くのに
山を越えた途端急に雰囲気が夏っぽくなる、
その一部始終がダイジェストになっていて「ふーむ」と我ながら興味深く眺めた。
車の中ではガイドのイブラヒムさんがカセットテープでかけていたモロッコの曲が流れている。
それが山間の村やオアシス、果てしない地平線と組み合わさるとき、
ちょっとした旅行もののテレビ番組を見ているような錯覚に陥る。「いいねえ」と思う。
3本あったテープのうち1本目がマラケシュのあれこれ、2本目が上で書いたドライブ、
3本目がサハラ砂漠の夜明けを取ろうとひたすら1時間ねばったもの。
真っ暗だった空が紺色になり、灰色になり、
やがて小さな小さな太陽が砂丘の間から顔を出す。
早送りで眺めたら徐々に夜が明けていくのがわかって、ささやかに「おー」と感動する。
その時その場で見たときも思ったんだけど
日の出そのものは意外とあっけなくて特別なものでもなんでもない。
何百万年何億年、っつうかそれ以上の年月繰り返してきたことが
またその日もまた同じように繰り返されたというだけ。
(そのことに思い巡らすとそれはそれでとんでもないことであって感動的なわけであるが)
前にも書いたけど「夜明けを眺める」って時にはそこに至るまでのコンテクストが必要なわけで。
いかに苦労してこの場所へとたどり着いたかとか、
人生の節目となるべき特別なときに夜が開ける瞬間に居合わせたとか、
そんなのがないとね。
今日はアオヤマさんに作ってもらった曲を PC に取り込むということもやってみる。
MD で受け取っている。ふと思うに「これってどうやって取り込むんだ?」
デジタル音源とはいえ、MD プレーヤーからどうやって PC にデータを転送するんだ?
CD-R ならば PC にドライブがついているので簡単にできそうだが・・・。
さいしょのうちはマジで想像つかなかった。
インターネットで調べてみると情報はそんなになかったが、だいたいのことはわかった。
とりあえずステレオミニプラグが両端についたコード買ってきて
一方は MD 側のヘッドホン端子につなぎ、もう片方は PC のライン入力へ。
Windows Media Player とか Real Player で録音ができないかと試してみると
どうもそういうのはできないっぽい。
MP3 がもてはやされた時期から今に至るまで PC で音楽を聞く人ではなかったので
その辺のことにかなり疎い。
フリーウェアで便利なツールがないか探したら見つかった。結構ある。
Vector のリストでトップにあったやつを
ダウンロードして試しに使ってみるとあっさり簡単に音の取り込みができた。
MD の Play ボタンを押したらそのツールでも録音開始ボタンを押すという非常にアナログなもの。
デジタルデータを扱っているはずなのに・・・。
小さな頃やったようにダブルデッキのラジカセでダビングをするようなもの。
画面の中の「録音」ボタンをマウスでクリックするのってなんだか変なもんである。
[1352] 紫色の痣 2004-08-21 (Sat)病院に行く。待合室にて座っている。
まだ若い看護婦さんが病室を歩いている。
薄い水色の制服を着ていて、スカートの下から素足がのぞいている。
両足ともあざだらけになっていることに気付いて、なんだか気になる。
それとなく見つめてしまう。
あざなのかなんなのかよく分からないが、紫色の様々な大きさのものがあちこちにできている。
なんだろう?と思う。
もちろんこんなこと聞けない。
僕は彼女の「昼の生活」「夜の生活」について思いをめぐらしてみる。
だけどこれと言って何も思い浮かばない。
そういえばどこかで誰か女性の足を見かけたとき、同じように紫色の斑点が浮かんでいた。
もしかしたら水泳の選手やグラビアアイドル以外の
世の中の多くの女性が同じようにあざだらけなのかもしれない。
女性経験の少ない僕にはどういうことなのかよくわからない。
・なんらかの皮膚の疾患に悩まされている
・ストレスのたまったとき、自ら傷をつけてしまう(意識的に/無意識に)
・同居人が殴る蹴るの暴行を加える
・キスマークの類い
・女性の肌というものはとにかくそういうものなのだ
・そそっかしくてあちこちの角に足をぶつけまくった
・山登りをしていて特殊な虫に刺された
・遺伝的な病気
このことに気付いてから3日経っている。
このところ女性の足を盗み見てばかりいる。
身の回りの知っている人、知らない人、電車の中で座っている人、
紫色の痣を確認せずにはいられない。
[1351] 朝から最悪の出だし 2004-08-20 (Fri)朝いつも通り6時に起きて会社に向かう。
丸の内線に乗って電車が走り出した頃「あ、社員証忘れた」ということに気付く。
次の南阿佐ヶ谷駅で降りて荻窪行きに乗る。駅を出て家まで引き返す。
朝から最悪のスタート。気分が思いっきり萎えるし、自分自身に腹も立てる。
「チキショー!!」と心の中で関係のないいろんな人に八つ当たりする。
「○○が××なことしてるから、俺が社員証忘れるはめになるんじゃねーか!」
明日土曜日も出社が決まっているし、このところ何かと不機嫌。
プロジェクトが佳境に入っているので仕方ないと言えば仕方ない。
「いつものことじゃないか」ともう1人の自分がなだめにかかる。
家までの道のりがやたら長く感じられる。
早朝、家まで忘れ物を取りに引き返すことほどつまらないことはない。
先週は多少涼しかったのに今週は暑さが持ち直してきて今日の最高気温は35℃の予想。
朝から30℃近い暑さ。ぐったりくる。
いつもとは逆に歩いていると、風景が違って見える。
やけにはっきりと「この時間誰が何をしているのか」が見えてくる。
いつもなら見過ごしている光景も視点を変えた場所から眺めると印象が強くなるということか。
「ここの子どもは夏休みの間、家の前に水をまくのが日課なんだな」
「ここの家の奥さんは左側の刈り込みに鋏を入れた後、右側に移る。ゆっくりと時間をかけて作業する」
「日によって犬の散歩をしている小柄なおばさんとすれ違うが、連れている犬はこんなだったっけ?」
などなど考えて気分を紛らわせるものの、イライラは収まらず。
今日は給料日なのであるがパーッと使いに行くこともできず。
もう8月も後半か。
「涼しいところでゴロゴロしたい」ということばかり考えている。
どっか山奥の別荘に滞在して、本読んでオリンピック見てビール飲んで映画をDVDで見て。
逃げ出したい。投げ出したい。仕事はあまりにもくだらない。
疲れがピークに達してくると
「お客さん殴ったらプロジェクトから外してもらえるだろうか?」
などと真剣に考えている自分がいる。
今日は機嫌が悪いです。
[1350] 日本のロックの名曲ベスト10 2004-08-19 (Thu)ここ1ヶ月ばかり「日本のロックの名曲ベスト10」のことをあれこれ考えていた。
打ち合わせに出たときに「ああ、自分と関係ないなあこの話」と思うと
心の中ではこのことばかり考えていた。顔色1つ変えず、平然として。
(他に暇つぶしによく考えるのは「今、自分に1万円札があるとしたら、何と何と何のCDを買うか?」)
1ヵ月かけて選びぬいたのが以下の10曲。
ただしこれは普遍的な名曲ではなくて、どちらかといえば僕個人の好きな曲ということになる。
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1.RCサクセション 「スローバラード」
なんと言っても簡潔で無駄の無い歌詞にとてつもない情感がこもっているとこですね。
それがあの唄い方で、あの演奏に乗っかって
しみじみとした良さが100倍にも1000倍にもなる。
「悪い予感のかけらもないさ」の1行にそれまでの全てが集約され、
それと同時にその後の2人のはかない未来をも描いてみせるというのはちょっとありえない。
結局のところ歌に出てくる2人はつまらないことで喧嘩して終わってしまったんだろうな。
幸せな瞬間というものは背後に忍び寄る破局があってこそきれいな思い出になる、
そのはかない一瞬が永遠に失われないものとして、ここに閉じ込められている。
2.ユニコーン 「素晴らしい日々」
特にこれといって起伏の無いシンプルな演奏に疲れきった抑揚の無い歌声。
それで歌われるのが事実だけを要約すると「忙しいから会いに行けない」ただそれだけ。
それでいて歌詞の中では諦めきったところでふとした瞬間に出会う
ささやかな奇跡に関して言及されていて、ここ、ものすごく感動する。
普通こんなこと書けない。歌詞にできない。
希望と絶望とが入り混じってどっちでもなくなる、
とてつもなく大きなこともとてつもなく小さなこともその尺度を失ってしまう、
その狭間の中で人生とはどんなものであるか描いてみせる。
そんな奥田民生節の真骨頂ではないか。
ここで描かれていることも
「君に会いに行ける」
というただそれだけのことなんだけれども。
3.The Blue Hearts 「TRAIN-TRAIN」
「リンダ・リンダ」でも「人にやさしく」でも「キスしてほしい」でも
「チェインギャング」でも「青空」でもいいのであるが。
とにかく中学校1年の岡村少年はブルーハーツを聞いて何かに目覚める。
「何か」とは何か?
一言で言ってしまえば青春ってことになるんだろうな。
なので今となってはもう恥ずかしくて聞けない。
カラオケでは必ずブルーハーツだけど。
なお、僕のとってはブルーハーツは3枚目までで、4枚目以後は全然ピンと来なかった。
そこから先僕は洋楽に走っていった。
4.フィッシュマンズ 「Long Season」
アルバム通して全1曲40分というのを選ぶのもどうかと思うが。
でもこれ音楽としてやたらとんでもないんだよな。
その後誰にもたどりつけなかったどこか遠くにある時間と空間をゆるやかに描写して
はかなくてせつない光景が途切れ途切れに続く。
描かれた場所は東京であって、そこは確かに東京なんだけど、
「失われた」とか「幻想の」とかつくことのないリアルな東京なんだけど、どこにもありえない。
つまりここで言う遠さってのは物理的な距離のことを指してるんではなくて
あくまで佐藤伸治の感覚的なものであって、
「僕には東京という街がこんなふうに見えた」ってことなんだよな。
それを淡々と音として定着させたってのはある意味「事件」とすら言っていいと思う。
5.じゃがたら 「都市生活者の夜」
普通の人はこれを聞いたら気持ち悪いといって拒否すると思う。
イントロはまだいいとして、最初のボーカルが入ってきたあたりで。
「なに?この変なメロディー」と。
でもその違和感を乗り越えて全編を聞き通すと見えてくるものってのが確かにあって、
僕の場合とてつもなく大きな感動に包み込まれる。
人間を人間足らしめる根源的なものが描かれている、と言ったら言い過ぎか?
日本語ロック最高の叙情詩であると思う。とにかくスケールの大きさに圧倒される。
その壮大な構想が完璧に音楽化されている。
バックの演奏だけを抜き出したら
「太陽に吠えろ」系の刑事映画の主題歌に使えるんじゃないかと言えば雰囲気は分かってもらえるか。
6.真心ブラザーズ 「素晴らしきこの世界」
フォークで始まって完全にぶちきれて。
「すばらーしーきーこのせかいー!!!」とやけになって繰り返す。最高。
YO-KINGって一見クールな人なのであるが、時々垣間見せる素に戻った時の、
みもふたもない欲望にがんじがらめの自分の開き直った情けなさの
さらけ出し加減とでも言うべきものに「おおお」と深い共感を覚える。
本当にかっこいい人間ならば何事も「バカヤロー」で切り捨てられる。
うらやましい限りである。
7.バービーボーイズ 「女ぎつね on the Run」
KONTAと杏子以外のメンバーたちはどこで何をしているのだろう。
エンリケはバンド活動をしているらしい。小磯はレコード会社に入った。
いまさ(いまみちともたか)はどこで何をしているのか?
地味にスタジオミュージシャンやプロデューサーをしているのだろうか?
20代後半から30代前半に差し掛かった男女関係のあれこれしか絶対歌わせない歌詞と
歌謡ポップスとして完璧なメロディー。今聞くとすごい凝っていたことが分かるギター。
なんでもっと再評価されないのかな。
4枚目の「Listen!」は後世に残る大名盤だと信じて疑わないんだけど、そんなの僕だけかなー。
なお、中学生の頃、「女ぎつね on the Run」というなんともけったいなタイトルを
不思議に思っていたもんだけど
元ネタは Manfred Mann の60年代後半のヒット曲「Fox on the Run」ですね。
ああこれってあの曲のパクリじゃん、っていうギターワークが随所にあり。
Shocking Blue の「Venus」とか。
8.小島麻由美 「ぱぶろっく」
シングルでも何でもなくて、ベスト盤に入っていただけの未発表曲。
なのに心の琴線に触れまくって、超えてはならない一線を何本も踏み越えてしまった。
「女」という生き物がどんなものなのか、どういう情念をもって行動しているか、
非常に分かりやすい形で提示されているように思う。
というか、「男性側が思う女性ってこうだよね」っていうのを
(知ってか知らずか)忠実になぞっているような。
聞いてて僕は非常に切ない気持ちになるんだけど、女性からしてみればどうなんだろう?
9.Flying Kids 「幸せであるように」
Flying Kids と言えば「イカ天」であるが、そういう過去を消し去れたバンドって
Blankey Jet City と Little Creatures ぐらいか?
(人によっては Begin の名前をあげるかもしれないが)
自分で書いといて「そうだなあ、そういえばイカ天だったんだよなあ」としみじみしてしまった。
驚くべきは、その後のバンドの成長を踏まえた到達点として
この「幸せであるように」が生み出されたのではなくて、
「イカ天」登場時の頃からこの歌が彼らにはあったのだということ。
恐るべきアマチュア。
Flying Kids って良くも悪くもこの「恐るべきアマチュア」というスタンスを終始変えなかった、
変えられなかったバンドだと思う。
いろんな意味でプロっぽさは十分に発揮されてたんだけど、その根底にあるものとして、
「青さ」「若さ」ってのがいつまでも保たれていた。
10.くるり 「東京」
去年のフジロックで見たとき、
「くるり、京都出身です。今、東京に住んでます」というMCとともに始まったことを思い出す。
あの時は僕も「わー!」と盛り上がったなあ。見れてよかった。しみじみとした気持ちになる。
現役のバンドの中では最も優秀な存在だと僕は常日頃思っている。
「ワンダーフォーゲル」「ばらの花」も素晴らしいが、やっぱその原点として「東京」だよな。
「東京の街に出てきました。相変わらずわけのわからないこと言ってます」
出だしのこの1行だけで僕は「ああ!」と思いっきり共感させられてしまう。
地方出身者が上京して、不器用な暮らしを送っている。
そんな人ならば誰だった「ああ!」と思うだろう。
次点.スピッツ 「ロビンソン」
岡村靖幸のあの曲も電気グルーヴのあの曲も。イエモンのあの曲もオザケンのあの曲も。
矢野顕子に坂本龍一、はっぴいえんど。最近では GOING STEADY とアジカン。
モーニング娘。のあの曲のことも考えた。
全て泣く泣く切り捨ててこの10曲。
なんか1曲だけ拾い上げるとしたら何かと考えてみた時に思い浮かんだのがこの曲。
3分間のポップソングとしての完成度から言えば上にあげた10曲よりも高い。
「空も飛べるはず」「ハチミツ」この頃のスピッツは神がかっていた。
僕は妹から薦められて「Crispy!」から聞いたのが最初。
なので一応ブレイク前から聞いてたことになる。ちょっとした自慢。
[1349] 「アメリカン・スプレンダー」 2004-08-18 (Wed)土曜日、久々に映画を見にいった。
「アメリカン・スプレンダー」これだけはどうしても見ておきたかった。
ここ3ヶ月映画館から足が遠のいていた。
モロッコ行って帰ってきてバタバタしていて、ってのがあったからか。
土日暇がなかったから、というわけではないんだよな。
不思議なもので見に行きだすと続けて何本も見るようになるし、
それが途絶えてしまうとまたずっと見なくなる。
「21g」も「ベジャール、バレエ、リュミエール」も見逃してしまった。残念だ。
場所は六本木ヒルズの中のヴァージン・シネマ。
14日の土曜日は東京湾華火大会の日だったので、
大江戸線に乗っていると行きも帰りも浴衣を着た若い女の子たちで混雑していた。
映画を見る前に青山ブックセンターに行ってみる。閉まっていた。
経営破綻。僕が聞いた話だと本が売れる売れないというのではなくてバブルの頃の・・・、らしい。
新宿 LUMINE の店は昼の営業時間に出版社が差し押さえに来たものの
「頼むからそれはやめてくれ」と店長が涙ながら交渉したというまことしやかな噂をどこかで聞いた。
六本木の店の中は真っ暗で、人がいない。
「ご支援ありがとうございます。8月9月の再開に向けて云々」というような張り紙がしてあった。
確かどこかの書店が買い取って、営業が再開されるはず。
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「アメリカン・スプレンダー」は
アメリカの同名アングラ・コミックスの原作者ハービー・ピーカーの半生を綴ったもの。
職業は病院のカルテ整理係、趣味はガレージセールを回ってジャズの珍しいレコードを探すこと、
やることなすことさえなくて妻にも2回逃げられた、そんな小市民以下のダメな男。
それが30代のある日一念発起する。
自分の身の回りのしょうもないことをネタにして
知人であるアングラ・コミックスの第一人者ロバート・クラムに絵を描いてもらい、
マンガに仕立てて自費出版してみたら大評判となる(ただし、あくまで地下で)。
そのシリーズが70年代から今でも続いているというある種のアメリカンドリームの体現者。
一時はテレビのトークショーにも出演する。
なのにコミックスの原作だけでは全然食っていくことができず、
カルテ整理係を昼の仕事として続けていくことを余儀なくされる。
安アパートでのさえなくてしょぼくてみじめったらしい生活のまま50代となり、60代となる。
ファンだという女性が3人目の妻となるが彼女もまた彼と負けず劣らずの変わり者。
だけど彼女なしには生きていけなくて、
日々喧嘩しつつも彼女に支えられることで心の平穏を見出していく。
そんなある日彼の体にガンが見つかり・・・。
現実のハービー・パーカーがナレーションを担当したり、
本人や妻、オタク友達が出てきてドキュメンタリーっぽく当時を回想するシーンがあったり、
なかなか凝ったつくりとなっている。
実写とアニメの融合とか。実験的なのにポップ。
サンダンス映画祭でグランプリ。
監督はまだ若い夫婦で、「あーサンダンス世代だなあ」という感じがした。
前の週、映画サークルの先輩たちと神宮の花火大会に行ったとき、
配給会社に勤めている先輩が「あれは絶対見たほうがいい」とみんなに薦めた。
「あの映画の登場人物ってうちらそのままだ」「そう思うと涙なしには見られない」
学生時代に映画を作っていたのが今や30代。
あの頃の残滓を皆いまだ何かしら引きずって毎日暮らしている。
(先輩の1人に漫画家になった黒田硫黄という人がいて、花火大会にも来ていた。大王と呼ばれている。
配給会社の先輩は「大王がスクリーンの中にいるようだ。身につまされる」としみじみ語っていた)
そうだよなあ。
このままだと僕もああなるんだよなあ。
見ててそんなふうに思った。ほんと身につまされる。
や、あれはあれで1つの大きな成功例であって、
(ちっとも食えてなくても、アングラ・コミックス界のゴッドファーザーだ)
僕は今のところああいうところまでたどり着く気配もない。
30代になっても今ここで書いてるような
ちょこちょことした文章を書いてるんだろうけど、
ぼんやりと何のあてもないまま惰性で続けてそうだ。
昼間はどこかで何かしら仕事をしていて、
そいつに生活のほとんど全てが呑み込まれてしまっている。
夜も土日も疲れきって、そんな自分に適当な理由をつけて、たいしたことはしなくなる。
そしてある日突然何もかも投げ出したくなって、完全に諦める。
立派な「普通の人崩れ」みたいなものになっている。
出世もせず、家も家庭もなく、
相変わらずロックのCDを集めては雑然とした部屋に積み上げている、
そんで顔だけは老けて腹も出てきた、
そういう自分の姿が思い浮かぶ。
このままだと、きっとそうなるだろう。
あーあ。
映画が紆余曲折を経ても結局はハッピーエンドで終わるところがなおさら、
ハービー・ピーカーと僕との距離感を思い知らされることになって
鬱屈した気持ちが高まっていく。
映画としてはもちろんああいう終わり方がいいんだけどね。
なんだか悔しいよ。
---
話は変わって、配給会社の先輩は「いい作品なんだけど、人が全然入ってない」と嘆いていた。
単館上映系の作品を六本木のシネコンで流しても客層が合ってないのではないかと。
それもそうだよなあ。
でも初めて六本木のヴァージン・シネマに行ったのであるが
かなりおしゃれな雰囲気で「いいんじゃない?」と僕は思った。
「スパイダーマン2」とか「ディープ・ブルー」を上映するような普通のシアターの他に
「アートシアター」ってのがあって、「アメリカン・スプレンダー」はここで上映されることになっていた。
シネコンなんだけどそういうのも1つ用意されているってのはいいもんです。
客が入らないので普通のシアターに戻しますってことにならないことを祈る。
---
来週末にはいよいよ「華氏911」が。
「フォッグ・オブ・ウォー」というドキュメンタリーも面白そうだ。
サブタイトルに「マクナマラ元国防長官の告白」とある。
アメリカはいかにしてベトナム戦争へと突き進んでいったのか?
これは絶対見に行こう。
[1348] 風をあつめて4 2004-08-17 (Tue)駅で切符を買う。どこに行こうかと思う。
券売機の上に掲げられたJRの路線図を眺める。
赤、黄、緑、オレンジ、青。カラフルな線が入り乱れている。
今、新宿から左側にいる僕としてはどうしてもその右側に目が行く。
どこかに出かける、という気がしない。
わざわざ遠くまで行く必要はないんだけど、せっかくだからできるだけのことはしてやりたい。
女の子は僕の側に立っていて、同じように路線図を見上げている。
「水族館」と心に思い浮かぶ。
遊園地、ディズニーランド、葛西臨海公園、葛西臨海水族園と連想が働く。
しながわ水族館、池袋のサンシャインの水族館、東京タワーの水族館。
都内にはいくつか水族館があるが、ここはやはり葛西臨海水族園だろう。
上京したばかりの頃の僕はちょっとした水族館フリークで
休みとなるとあちこちの水族館を見て回った。
海の近くで育ったわけでもなく、魚が好きなわけでもなく。
特に理由もなくはまった。
静かな、海の底にいるような、あの感覚が好きなのだと思う。
そういえばここ何年か行ってない。
半ば屈み込んで女の子に向かって「水族館で、いい?」と聞く。
「水族館は、どう?」ではない。
もう既に決まってしまったかのような口ぶりで僕は女の子に話し掛ける。
「うん」と彼女は頷く。
切符を2枚買う。1枚は大人、もう1枚は子ども。
切符を手渡す。僕の前に女の子を立たせて、先に改札をくぐらせる。
階段を上ってホームに向かう。
中央線がちょうど行ったばかりだった。
時刻表を見るとあと10分も待たなくてはならないことがわかる。
僕は女の子をベンチに座らせる。
「何か飲みたいものはある?」
「クー」
「クー?」
ああ、と思い出す。「QOO」のことか。
コカコーラの自販機まで行って「QOO」を探す。
オレンジとマスカットがあることがわかる。
オレンジを買う。持っていく。
「はい」と手渡す。
女の子は顔をしかめる。「これ、いや」
「オレンジ?」
「うん」
仕方なくもう1度自販機に戻って今度はマスカットを買う。
オレンジは僕が飲む。
自販機で同じものを買って駅のホームのベンチに並んで座って飲んでいると
「ああ、親子みたいだ」と思う。
「水族館は行ったことある?」
「ない」
「1度も?」
「うん」
「どんな場所か知ってる?」
「おさかな」
「そうだね」
電車がホームに入ってくる。
僕は女の子の手を引いて中に入る。
土曜とはいえ午前中の割と遅い時間なので中央線はそんなに混んではいない。
隅の方に2つ並んで空いている席を見つけて、そこに座る。
女の子を壁際の方にして、そこにスケッチブックを立てかける。
電車が走り出す。
ゴトンゴトンと揺れを感じる。
いつもなら電車の中では本を読んでいるので揺れていても気にならない。
それが今はまるで船に乗っているかのように複雑な揺れを感じる。
僕は目を閉じる。隣には小さな女の子が座っている。
[1347] 風をあつめて3 2004-08-16 (Mon)交差点で立ち止まる。信号は赤。
車の通りがなかったのでいつもの僕なら走ってくところなんだけど、今はそうはいかない。
小さな女の子の手を握っていて、少しばかり緊張する。
「預かる」ってどういうことなのか。その意味を考え出したとき、ちょっと怖くなってきた。
目の前を通り過ぎるものが何もないのに、
2人して前を向いて立ち止まっているのはなんだかおかしなものだ。
僕はしゃがみこんで話し掛ける。
「いつからここにいるの?」
女の子が僕を見上げる。口を開きかける。何かを考えているようだ。
「えーとね、すいよおび。ウェンズデー」
英語で答えられたことに驚く。反射的に「英語できるの?」と聞いてしまう。
女の子は女の子で驚いたように、また口を閉じる。黙りだす。
「あーまたか」と思う。どうしようか?どうしたらうまく話せるのだろうか?
そのとき、信号が青になっていることに気が付く。
僕は立ち上がり「行こう」と言って歩き出す。
横断歩道を渡って、坂を上って行く。
僕が手を緩めた隙に女の子の指の先がするりと擦りぬけると、坂を駆け上がり始めた。
見る見る間に上って行く。
てっぺんで立ち止まり、今度は女の子の方がしゃがみこむ。僕の歩く様子をじっと見つめる。
僕も走り出すべきかどうか一瞬考える。
(そう言えば最近最後に走ったのはいつだ?)
たいした距離ではないので走らない。だけど歩くスピードは速くする。
すぐにも坂の上の女の子に追いつく。
少し息があがった声で「足が速いね」と声をかける。
「かけっこは好き?」
女の子がこくりと頷く。間を置いて、「ううん。でもきらい」
「どうして?」
「おそいから」
「そんなことないよ」
女の子の顔が曇る。もしかしたら学校で嫌な思い出があったのかもしれない。
もうこれ以上このことは触れない方がいいのかなと思う。
また歩き出す。
今度は手を握らない。彼女は僕の数歩先を行く。
どこに向かってるか知ってるのだろうか?
僕は駅の方に向かっているつもりなのだが、それが彼女に言わずとも伝わっているだろうか?
遊園地だろうとなんだろうと駅に着かないことにはどこにも行くことはできない。
どこかおかしな方向に走り出したらそのときは捕まえればいい。そんなふうに思った。
雲の間に隠れていた太陽がまたその顔をのぞかせる。日差しが強くなる。
僕は何の考えもなしに彼女のスケッチブックを頭の上に持っていって日陰を作ろうとする。
ふとした弾みに女の子が立ち止まって振り向いてこっちを見る。
スケッチブックを頭に乗せた僕と視線が合う。
目を輝かせる。笑い出す。
「それってなに?」
僕も立ち止まる。「なにって、なに?・・・スケッチブック?」
彼女はスキップするかのように僕の周りを時計回りに回って一周すると
今度は反時計回りに一周した。
「へんなの」
僕はスケッチブックを下に下ろす。
「だめ」
えー?と僕は思う。スケッチブックを頭の上に持っていくと不満げな顔をやめてまた笑い出す。
仕方なく僕はそのままの姿勢で歩き出す。
女の子が右手を伸ばすので僕は左手でそっと握る。
女の子が英語の歌を歌い始める。童謡のような単純なメロディーを。
聞いたことがあるようなないような。
女の子の発音はそんなにきれいではなく、日本語っぽい。
聞き取った歌詞を紙の上に書くのなら英語ではなくてカタカナの方が合うような。
一通り歌い終えるとまた黙りだす。
ふと僕の口をついて「日曜日は?」と質問が飛び出す。
「サンデー」
「月曜日は?」「マンデー」
「火曜日は?」「チューズデイ」
そのまま土曜日までいって、彼女はすらすらと答える。
すごいね、と僕は驚いてみせる。
大通りに出て、僕はスケッチブックを頭の上から外す。
その頃にはスケッチブックと僕との関係性に興味を無くしてしまっていたのか、
彼女は何も言わない。
人通りが多くなり、車の流れも速くなる。
お互い何も言わなくなって駅までの真っ直ぐな道を歩いていく。
僕は彼女の右手をぎゅっと握っている。
[1346] 青森でお盆を過ごす 2004-08-15 (Sun)14日はほんとなら親戚一同が集まる青森での法事に僕も出ることになっていた。
お盆に合わせて十七回忌と三十三回忌と××回忌と・・・、3人分まとめて行う。
忙しくなってるはずだからと僕はだいぶ前に断っていた。
結果としてやはり帰れなかった。
土日は休めたもののその前後に休みを取れるような状況ではなかった。
朝早く飛行機で青森戻って法事に出てどこかで1泊したらまた飛行機で東京へ。
そんな慌しい疲れるようなこと、いくら法事とはいえしたくはない。
一周忌や三回忌ならともかく。
母親から電話がかかってきて「いとこもはとこもみんな集まったよ」と。
14日は前々から聞いていたように車に乗ってみんなで海岸に出かけ、バーベキューをしたのだろう。
もしかしたら海に潜ってウニを取ったりもしたかもしれない。
夜は花火を見る。
青森県東津軽郡今別町。津軽半島の北の外れの小さな山間の町のささやかな規模の花火大会。
東京で見るような派手なものではなくて、慎ましやかなものなのだろう。
線香花火がそのまま空に打ち上げられるような。
だけど打ち上げ場所のすぐ近くから観ることができて
花火そのものの醍醐味はこっちの方がより色濃く味わえるのではないか。
いつもなら3人しか住んでいない大きな古びた家が
この日だけは10何人と大勢の親族たちでいっぱいになる。
正月は雪で閉ざされるから夏の方が集まりやすい。
昼は冷麦を茹でてその後スイカを切って。
大人たちは高校野球を見ながら昼間からビールを飲んで。
今年はオリンピックを見ているのかもしれないな。
海辺のバーベキューと夜の花火大会と。
僕はこういった光景の全てをビデオに撮って新作「29」に取り込むつもりでいたのだが、やめにした。
特に理由はない。
上で書いたような時間的な制約ってのもあったんだけど、そういうのとは別な何か。
・・・青森は今暑いのだろうか?
どんななんだろうな。
ねぶたも終わった今この時期。
僕は青森の夏の暑さを忘れてしまった。
[1345] アテネオリンピック開会式 2004-08-14 (Sat)朝起きて何気なくNHKをつけたらアテネオリンピックの開会式をやっていた。
相変わらず暑そうなので外に出る気はなく、
インスタントラーメンを鍋で煮て食べながらぼけーっと入場行進を見た。
食べ終わってからも結局最後まで見続けた。
202の国と地域が参加。
世界にはそんなに多くの国があるのかー!という素朴な感動を覚える。
もしかしたら政治的な理由もしくはただ単にスポーツが強くないからという理由で
出場していない国もまだたくさんあるんだろうな。
今から10何年も前、高校の地理の時間に見かけなかったような名前の国が次々に出てきて
「うーん?」と思う。
アフリカの国のいくつかは名前が変わってしまったし、
カリブ海や南太平洋の島国は初めて聞くようなのがけっこうあった。
小さな国だと選手は1人や2人で参加。
メダルをまだ獲得したことがないという国も依然として多い。
一方ではアメリカは1125人なのだそうな。選手と役員を足して。そりゃメダルもたくさん取れるよ。
強いから多いのか、多いから強いのか。よくわからなくなってくる。
ロシアですら454人。ドイツもそれぐらい。
日本は312人(テレビを眺めながらなぜかメモをずっと取っていた)。
最後に登場した開催国ギリシアは724人。
開催国だとたくさんの競技に出られるってことか?
日本選手団はシャクヤクをあしらった白っぽい服を着てうちわを持って登場。
アナウンサーはリラックスしていると言っているが、僕にはダラダラしているように見えた。
国によってはキビキビ足並み揃えて行進していて、そっちの方が好感が持てる。
柔道や女子バレー、シンクロナイズドスイミングなど注目の選手たちが画面に映る。
日本人に限らず先進国とされる国の人たちは
行進しながら自らデジカメやビデオカメラで映像を撮っていた。
オリンピックに出るような世界の名だたるアスリートたちが
ビデオを取りながら歩いてるってのはなんだか不思議な光景だ。
各国の旗手は女性が多かった。日本だとレスリングの浜口京子。
解説を聞いていると女性旗手がこれほど多い大会は初めてなのだという。
4・5人で参加している国に1人だけ女性の選手がいたりすると
たいがい旗手としてその国の国旗を両手に抱え先頭を歩いている。
アフリカや南太平洋の国々に多かったのだが、
民族衣装を取り入れたデザインの服を着ているか、もろに民族衣装で行進していた。
国によっては踊りながら登場。
こういうのを見ていると楽しい。お祭りなのだなあというのがよく伝わってくる。
各国登場の際には開会式に来ていた指導者の姿が映る。
イギリスだとブレア首相。
選手たちと大統領や首相とその夫人がお互いに手を振り合う。
(ブッシュと小泉が仲良く並んで立ってたりしなくて良かったと思う)
イラクの入場で一際大きな声援が寄せられる。パレスチナのときもそうだった。
韓国と北朝鮮が合同選手団として入場。音楽も重たいリズムだけの緊迫感のあるものとなる。
(時々DJが映ってた。生演奏ではなく、彼が曲をつないでいったのだろう。
ターンテーブル3台構成。2台普通に回ってて残りの1台でスクラッチしてたけど
それらしき音は少なくともNHKの番組からは聞こえてこず。
彼は何をしていたのだろう?単なるパフォーマンスだったのか)
今大会ではギリシアのアルファベットの順に入場することになっていたので
思いもつかないような順番で各国が並ぶ。
最後の方はフィジー、チリ、香港の順だったか。
説明を聞かないとアトランダムか籤で決めたかのよう。
なお、チリは108年前の第1回大会に参加した14カ国のうちの1国なのだという。
各国の入場のときにアナウンサーが話すその国の話題を聞いていると
いろいろ「ふーん」と思うことばかり。
ドミニカとドミニカ共和国は別な国であるとか。
モナコは世界2番目に小さい国であるとか(1番小さい国はどこなのだろう?)。
パキスタンはホッケーが盛んでフィリピンはボクシングが強い。
一番驚いたのは「グアムは国だったのか!?」ということ。
行ったことなかったから正直知らなかったけどアメリカの島の1つだとばかり僕は思っていた。
どこの国だったかは忘れたがその国では「旗手になるとメダルが取れない」というジンクスがあって
既に2人有力選手が辞退、今回旗手となった選手は「そんなの関係ない」と自ら立候補したのだという。
入場行進が終わるとスタジアムが暗くなって花火が打ち上げられた。
ビョークが登場して「Oceania」を歌う。
(調べてみると今月発売のニューアルバムに入ってる曲だった)
ビョークが身にまとっていた衣装がスタジアムに広がっていって
選手たちを包み込むという演出がなされていた。
その次は国際宇宙ステーションから中継。
さすがオリンピックの開会式ともなると違う。
オリンピックの旗がスタジアムを一周し、聖火リレーの最後の走者が駆け抜ける。
観客席で目の前で見ていたら感動しただろうなあ。
・・・いつの日かその国へと競技を見に行ける身分になりたいものだ。
それよりも先にテレビで全試合見れるような身分になるのがまず先か。
[1344] 世間は夏休みだよ 2004-08-13 (Fri)日々仕事に追われ、追いかけられる毎日。
やってもやってもキリがない。終わりが見えない。
なのにスケジュール的なエンドだけはおぼろげながらはっきりとしている。
(言葉的に矛盾してるが、このプロジェクトにいる人ならば誰もがそう思うだろう)
机に向かって仕事をしているフリをしながら
カタカタとメッセンジャーを飛ばしあう。
今日はその1コマを提供します。
決して手抜きじゃないよ。
いやあそれにしてもSEという職業は大変だ。
俺、なんでこんな職業についてしまったんだろ?
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お疲れ様です。
○○○さんが今週末
田舎に帰らないようなので
都内温泉ツアー行こうと思えば行けるのですが
まだその気はありますか?
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3にん?
ちょっと寂しいですネェ。
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□□□も行けます。4人。
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?
あとだれだ?
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○○○さん、□□□さん、△△△さん、オカムラで4人。
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おぅ。
みんなどうするって?
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「いってもいいよー」
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そっかー。
肩こりもひどいし。行こうかな☆
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じゃあ行きますか。
16時頃集合して、
18時ごろから同じ建物内の休憩所にて
「ちゃんこ」ぐらいのスケジュールで。
人数が少ないので特に予約はなしで適当に。
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りょーかーい☆
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(この後お互い打ち合わせに入って中断)
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その後状況が変わって、中止となりました。
メール参照。
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今見ましたー。
ざんねーん。
是非是非リスケで。。。
そして火鍋も。。。
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そういえば
火鍋は新橋にもあった。
刀削麺の店に。
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ほぅ。
すっごい食べたい。。。
今週は夜まともなものを全然食べれなかった。。。
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吊革広告とかよく見ると
街のあちこちにあるようです。
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へぇ。。。
××線にはないなぁ。。。
××はわいあんずとかくらい。。。
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そろそろ忙しくなりそうなので
当分どこにもいけないかもな・・・。
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ですね。。。
気前良くいろんな人の手伝いを引き受けてる場合ジャなくなってきました。。。
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僕の場合、今週いきなりやばくなっていた。
なんというか
薄い膜を突き抜けて
向こう側に行っちゃったような感じ。
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どこでもドアくぐっちゃったんだ。。。
もっといいところに行きたかったですネェ。。。
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でも、もう、
「もっといいところ」って
思いつかないよ。
どこにも無さそうな気がしてきた。
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かなり刹那的ですが火鍋屋とか…
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そうだなあ。
うまいもの食いたいなあ。
--------------------------------------------------
最近の楽しみって、それくらいしかないですから。。。
食べることが楽しみ…ってねぇ…
なんかもうちょっと高尚な楽しみがあるといいのですが…
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俺は眠りにつくときが一番楽しい。
終わってるなあ。
土日じゃないとできないようなものではなく
短期間で楽しめるものってないだろうか?
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平日に…ってこと?
この仕事であんな時間に終わってたらまずむりですねぇ。。。
会社帰りのジム通いとか、
ふらりと夕方の下町の路地を歩くとか…
ちょっとあこがれますが…
--------------------------------------------------
ある日ハタと気付く。
「なんでおれはこんなプロジェクトに
関わってなきゃいけないのだろう!?」
「なんで!?どこにそんな義理がある!?」
「そもそも何の意味がある!?」
こんな話してちゃいけないですね。
すいませんでした。
--------------------------------------------------
ふふ。
もう、ずっと前からみんなそう思いながらも
何か見えない力で押さえつけられてここにいるんですよ。
自分の中の知らない力か、他人の力か…?
なんで、こんなヒドイ中でじっとしているのか
疑問に思いながらもじっとしてるんです。
責任感か、行動力のなさか、協調性か、何も考えていないだけか…
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もっともだ。
「目に見えない力」に
生まれた時から死ぬ時まで
ずっと押さえつけられている。
人間は不幸な生き物だ。
--------------------------------------------------
その力に押さえられない人が幸せかと言うと、
そうではなくて奇異の目で見られたり、人から非難を浴びる。
そういう意味ではいずれにしても不幸ですね。
でも、そんな中で作った人と人との間の関係に幸せがあったりする。
どこをSCOPEするかです。。。
できるだけ不幸は見ないように。。。
--------------------------------------------------
さらにもっともだ。
君は大人だ。
--------------------------------------------------
私かなりいいこと書いてますね☆
うふ☆
そうできれば幸せだろうな。。。
とは思いますが、出てくるのは不平不満愚痴悪口嫌味。。。
なさけないですね。。。
--------------------------------------------------
--------------------------------------------------
(以下、さらに延々と続く)
あーあ。
口をついて出てくるのは愚痴とため息ばかり。
早くいろんなものが終わってほしい。
[1343] セミの一生 2004-08-12 (Thu)猛暑。予想通りの猛暑。
38日間連続夏日ということで新記録を達成したようだ。
毎日毎日たくさんのセミが路上で死んでいる。
手足を閉じて仰向けになって。
いつもの年よりたくさん見かけているように思う。
セミって7年間地中にいて、
地上に出てたった1週間鳴いて死んでいくのか。
冷夏の年のセミと猛暑の年のセミと、どちらが幸福なのだろうか?
---
人間もサナギの時期を過ごしたのち、脱皮して変態を成し遂げる生き物だとしたら?
そのときどんな姿となるのだろう。そんなことを考える。
比ゆ的な意味ではなく、現実の出来事として。
空を飛ぶのか、海を潜るのか。
大きくなるのか、小さくなるのか。
色は変わるのか、羽は生えるのか。
その時期が来ると「人間」は集団の中で手近にいた異性と盲目的な生殖活動を行ない、
子孫が誕生した途端死んでしまう。
生まれたばかりの子供たちは青白く破れそうな皮膚をしていて、弱々しく震えている。
本能的に「何か」を探し求めて泣き叫ぶ。
そして何十年もこの地上で生きていく。
---
セミと人間とどちらが幸福なのだろうか?
[1342] エキゾチカ 2004-08-11 (Wed)いつか書こうと思う小説について。
---
人間というものは2つに分けられる。
良くも悪くも自分自身が世界の中心であり「今」「ここ」を受け入れるしかない人と、
「ここではないどこか」を常に探し求める人と。
後者はさらに2つに分けられる。
実際に旅に出て移動と探求を繰り返す人と、今自分のいる場所を変えようとする人と。
彼女は3番目のタイプだった。
都心に近い割と高級なアパートの一室。
7階建ての3階。遠くには高層ビルが見える。
ある日彼女は帰宅途中で目にした小さな鉢植えを机の上に置く。
熱帯に思いを馳せる。
彼女は小さな頃から楽園というものに憧れていた。
南の国。ジャングル。動物たち。絵本の中で描かれるカラフルな風景。
木々の間にハンモックを吊って彼女は眠る。その傍らで小鳥たちが歌を歌っている。
そんな自分を、まだ小さかった頃の自分を、彼女は思い出す。
寒くて灰色のこの日本という国を抜け出して、
どこか南の楽園で「本当の自分」を見つけたい。
彼女はいつだって、一人きりだった。
仕事をしていても休日を過ごしていても。
そのときその場に誰かがいて言葉を交わして、笑いあってさえいても、
彼女は常に漠然とした孤独のようなものを感じていた。
それは体の中に染み込んでしまっていて拭い去ることはできなくなっていた。
少しずつ少しずつ彼女の部屋の中に植物が増えていく。
半ば無意識のうちに花屋へと足が向かい、何のためらいもなくふらっと新しい鉢植えを買う。
もともと荷物の少なかった彼女の部屋は人工的なジャングルのようになる。
クローゼットに着ていた服をしまうと彼女は裸になり、うっとりと植物を眺める。
手に取って優しくなでる。
部屋の中にいるとき彼女はそれ以外のことはしなくなる。食べることさえしない。
白昼夢にふける。いや、彼女だけの新しい「現実」の中へと入り込んでいる。
あるいは同じように植物で満ち溢れたユニットバスの中で何時間も水浴びをしているか。
夜が来て、朝になって。
時間が来ると彼女は服を着て部屋の外に出ていつも通り仕事へと向かう。
何事もなく淡々と日々の仕事をこなす。
周りの人とは普通に話し、普通に食事をする。
頭の中から「熱帯」は消え去っている。
分断された生活。
しかし少しずつ少しずつ彼女の生活は「熱帯」の方へと引きずり込まれていく。
例えばこんな会話を昼に同僚とする。
「ねえ、今度始まった月曜のドラマ見た?××と××が主演の」
「え?見てない。そんなのがあるの?」
「○○さん、最近テレビの話くいついてこなくなったよね。見なくなったの?なんで?」
「・・・どうしてかわかんない」
そしてある日ある種のしきい値を超える。均衡が崩れる。
彼女は部屋の中から一歩も出なくなる。
空腹になれば目の前にある木の実をもいで食べる。
それが現実のものなのか幻なのかはわからない。
少なくとも彼女にとってはどちらでも気にならない。
植物たちは繁殖し続ける。
それはまるで1つの生命体であるがごとく独自の呼吸を持ち、独自の脈動を伝える。
部屋の中をびっしりと埋め尽くす。いつのまにか地面は土になっている。
彼女という存在を優しく包み込む。
いつの日か彼女は言葉というものを忘れる。
ある朝気がつくと彼女は窓の向こうにも熱帯の風景が広がっていることを発見する。
東京(彼女はその名前の結びつきをいつしか失ってしまった)中がジャングルになっている。
そこにはとてつもない光景が広がっている。
何日か何ヶ月かぶりにドアを開けると目の前には緑の小道が伸びている。
彼女は裸のまま、そっと足を前に踏み出す。
彼女は部屋を後にして歩き続ける。
どこまでもどこまでも歩き続ける。
・・・
警察官が2人、管理人から鍵を借りてドアを開けた。
廊下では初老に差し掛かった女性が泣き崩れ、
同じく初老に差し掛かった男性がその肩を抱いている。
閉め切った部屋の中にはむっとする匂いが立ち込めている。
誰もいない。
枯れて茶色くなった植物の残骸が至るところに散らばっている。
白い手袋をした警察官がしなびて小さくなった背の高い植物を手に取ると
それはぼろぼろと崩れ落ちた。
窓の向こうには何の変哲もない東京の風景が広がっていた。
[1341] ノストラダムスの大予言 2004-08-10 (Tue)そういえば最近「ノストラダムス」の名前を聞かないなーとふと思う。
しょうがないよな。「予言」が外れたんだから。
そのうち人々の記憶からも消え失せて、
「あーそんなブームもあったなあ」という扱いになるのだろう。
歴史から抹殺される。
(↑でも具体的に何の歴史だろう?自分で書いといてなんだが)
-----------------------------------------------
一九九九年七の月
恐怖の大王が空から降ってくるだろう
アンゴルモアの大王を蘇らせるために
その前後の期間 マルスは幸福のもとに支配するだろう
-----------------------------------------------
という例のアレである。僕は今でもよく覚えている。
昔々の僕は非常に暗い少年だったので
お小遣いで「月刊ムー」の別冊を買い漁っては
来るべき将来の予言に絶望的な気持ちになっていた。
「ああ、この世界は1999年7月に核戦争かなんかで終わってしまうのだ。
どうしてみんな平然としているのだろう?」
そのとき僕は25歳だ。
まだ10歳ぐらいの僕は大人になった自分の姿を想像できなかった。
「そのとき僕はどこで何をしているのだろう?
そうだ、最終戦争が起こって僕も兵隊になっているのだ」
それが今や29歳。
1999年7月を余裕シャクシャクで乗り越えて。
正直な話、ほんとアホらしい。
いろんな解釈があったんだよなあ。
7月ではなくて、8月だとか9月だとか。
(さっきどこかのサイトで検索したらSeptember は7番目の月なのだそうだ)
「999」とはとても大きな数を意味しているのであって、
特定の具体的な年を指しているのではないとか。
マルスとはもちろん火星のことであって、火星人が襲撃してくるのだとか。
ノストラダムスの生きていたよりもずっと昔、
蒙古人がはるばるヨーロッパまで襲撃してきたのがいつまでも恐れられていて、
アンゴルモアとはモンゴルのアナグラムであるとか。
最近の話だと、これは2001年9月11日のことを指しているのだそうだ。
西暦2000年問題こそが恐怖の大王であると真顔で論じている人もいた。
見掛け倒しだった2000年問題の顛末を思い出すとこれはかなり恥ずかしい。
五島勉の本って読んだことなかったんだけど、
さすがに21世紀になってからは新作が出ていないようだ。
この人については名前しか知らないんだけど
ノストラダムスでベストセラーになってそれで後々まで食ってる人ってことになるのかな。
予言を心の底から信じていたのか、それとも一発当てただけなのか。
そういう意味では僕としては出版界という荒野で砂金や油田を掘り当てた人という感じで。
ノストラダムス長者。(←儲かったかどうかは知らんが)
人生にもいろいろな形があるものだなあとシミジミした気持ちになる。なんだか微妙な人生。
人間がその人生でできることは限られていて
その力を注げるのがせいぜい1つしかないというとき、
その1つがノストラダムスだったというのはなかなか複雑なものである。
それにしても予言が外れて一番嬉しかったのは実は五島勉なのではないか?
ようやく重荷をおろせるってことで。
万が一予言が的中した時、まさか
「恐怖の大王が本当に空から降りてきた、ワーイ」ってことはいくらなんでもないだろう。
結局はノストラダムスみたいなアマチュアか自称プロの予言者ってのが
何百年か前のヨーロッパには腐るほどいて、
書いてることが難解で曖昧なノストラダムスが当たってる(というよりは「外れてない」)ように見えて、
代々好き者たちの間で奇書として再評価されていくうちに
他の予言者たちの書物が淘汰されていったのだろう。
(作家の阿刀田高が「トーナメント理論」と言っているやつですね)
最後に。
予言ってことで言うと新約聖書の最後にある「ヨハネの黙示録」が一番怖い。
それゆえに一番面白い。
反キリストが世の中に現れて、最終戦争(ハルマゲドン)に至るというやつ。
有名な第十三章の第一節。
「わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。
これには十本の角と七つの頭があった。
それらの角には十の王冠があり、
頭には神を冒涜するさまざまの名が記されていた。」
人類の歴史に照らし合わせてみると20世紀後半は第六章にあたるらしいのだが・・・。
[1340] 神宮外苑花火大会「ハナビアンナイト」 2004-08-09 (Mon)昨日の夜、大学の先輩たちと神宮の花火大会を見に行った。
先輩たちはもうかれこれ7・8年は見続けていて、毎年恒例の行事となっている。
今年は僕もそこに加えてもらった。
昨年は雨で順延順延を繰り返していて、確か中止になった。
2年ぶり。去年の分の花火も打ち上げるのではないか?そんな話を先輩たちとする。
18時に待ち合わせる。外苑前駅周辺は花火客で身動きできないぐらいになる。
銀座線に乗った辺りから浴衣を着た女性たちが目につくようになり、
改札を出るともう芋を洗うような大混雑。
青山近辺ってこともあって心なしか浴衣を着ている女性たちが
隅田川の花火大会よりもきれいに見えてくる。
先に行って場所取りをしようとした先輩から、
「いつもの場所が取れなくなった」との連絡が入る。
毎年利用していた日本青年館裏の広場(明治公園)が今年は半分に仕切られ、駐車場になっている。
そのもう半分は見物客用のスペースとなっているがそこは既にいっぱい。
駐車場の方に座ろうとすると警備員がやってきて、しつこく立ち退きを求められる。
例年ならば平日に行われるのに今年は日曜に開催であるため動員数が増えてしまったってことか。
「18時に来ても余裕で場所取りできてたのになあ」
先輩の1人がしまったなあという顔をする。
(今年が日曜なのは、ヤクルトの試合日程によるものなのだろうか?)
外苑前駅から神宮球場に向かって歩いていく。
道路は車両通行止めとなって臨時の客席とされている。
アスファルトの上にビニールシートを敷いて大勢の人たちが花火が始まるのを待っている。
屋台が並んで缶ビールや焼きそばを売っている。
いつもそうしてるからってことで途中の酒屋に立ち寄って僕らは缶ビールを買い込む。
日本青年館、明治公園脇の道路が同じように臨時の客席となっていて、
そこに空いている場所を見つけると新聞を広げる。
みんないい年になったんだから入場料払って中で見たらいいのに、という声があがる。
昔のような貧乏学生ではないのだから無理してただで見る必要はないと。
でもたぶんこうして安っぽく眺めるのがいいんだろうな。缶ビール片手に。
なお、僕は知らなかったのであるが各会場ではライブが行われることになっていた。
指定席にしては高いなあなんて思っていた。
神宮球場のアリーナ席で4500円、国立競技場ではなんと6300円。
「なんで花火を見るためにそんなにお金を払わなくてはならないんだ?」と最初のうちはとにかく不思議だった。
神宮球場では hitomi、フォーリーブス、BON-BON-BLANCO
軟式球場ではあの「マツケンサンバ2」の松平健、鈴木亜美
国立競技場では松浦亜弥に先日モー娘。を卒業した辻と加護のユニット
豪華なんだかなんなんだか不思議な取り合わせ。(hitomi 見たかったな・・・)
僕らが通りがかったときにはフォーリーブスが歌っているのが聞こえた。
「神火」と書かれた紺色のTシャツを着た若者たちの姿をよく見かける。
どうも運営側のバイトのようなのだが、連れ立って暇そうにぶらぶらと歩いていた。
「神宮の花火」って言われ方をするので
打ち上げって神宮球場でやるのかと思っていたらそうではなくて、
その隣の第二球場で行われるもののようだ。
火の粉で芝生が焼けるのではないか、
次の日ヤクルトの試合があったら球場整備員は大慌てで芝生を入れ替えるのではないか、
なんて僕は思っていた。
遅れてきた先輩たちもちらほらと現れ、やがて空も暗くなる。
ちっともうまそうには見えないのにたこ焼きを食べたくなって屋台の前で並ぶ。
よく見るとどこもかしこもヤンキーっぽい若者たちばかり。
ヤンキーというとちょっと違うか。
肌の露出が多く、髪は金髪に近いような女性たちとこれから仕事に出かけるホストみたいな男性たち。
待ち合わせ場所の青山ベルコモンズ前で見かけたおしゃれな浴衣姿の女性たちはいったいどこに消えたのか?
(たぶんお金を払ってどこかの会場の指定席で見ているのだろう)
それにしても隅田川の花火を見ていても思ったのであるが、
どうして不良少年・不良少女崩れな人たちはあんなに花火が好きなのだろう?
「火事と喧嘩は江戸の華」と呼ばれていた頃から
やんちゃな人たちの花火好きってのが遺伝子に刷り込まれているのではないかと思われる。
花火が始まる。
案の定僕らの座っていた道路からは木が邪魔になってあんまりきれいに見えなかった。
気がつくと入っちゃいけないはずの駐車場の方にシートを広げている人たちがたくさんいた。
堤防が決壊したかのように次々と人々が押し寄せている。
だったら我々もと新聞紙を持って中に入る。
日本青年館の建物で下の方が切れてしまうのだが、かなりきれいに見ることができた。
先週の隅田川の花火が比じゃないほど。
夜空に広がる赤や黄色の光の欠片と弾けるような音の塊。堪能した。これぞ花火だ。
打ち上げられた数は1万発ということで隅田川の2万発のちょうど半分。
その分確かに華やかさや派手さには欠けていたが、近くから見れたのだからこれで十分。
光の球が次々に現れては消えていく。
滞空時間の長いもの、短いもの。
光よりも音や勢いに力を入れたもの。
数を競うもの。空間を色鮮やかな光の粒で描こうとするもの。
空の一角が小さな光の束で埋め尽くされたとき、子供のように見とれてしまう。
僕らは黙り込んでただひたすら夜空を見上げていた。
一通り打ち上げ終わって、インターバルに入る。
トイレを我慢していた僕は立ち上がって広場の反対側へ。
長い長い列に並ぶ。
並んでいる間にインターバルが終わって打ち上げが再開される。
その場所からは花火を見ることはできず、音だけが聞こえる。
やがてクライマックスに差し掛かったようで音の大きさが半端じゃなくなってくる。
音が消えて一瞬静まり返る。
そのすぐ後に「本日の花火大会は終了しました」とスピーカーからアナウンスが。
一緒に並んでいた先輩と「あああ」とか「やられた」とか言う。
もったいないことをした。
その後、先輩たちとタラタラ原宿まで歩いていって台湾料理屋に入る。
年に1度花火大会のときに入る店。
2年前はここで松たか子を見かけたのだという。
なかなかおいしい店で夜遅くまで飲んで食べて話をする。
僕はかなり酔っていたので場所が思い出せない。
来年は是非ともスタンドで見たいものだ。
[1339] 久し振りに何の予定もない土曜日 2004-08-08 (Sun)昨日はモロッコから帰ってきて以来久し振りに何の予定もない土曜日だった。
8月から10月頃まで、下手したら土日もなくなるだろうと思って
「遊べるうちに遊んだ方がいい」と
6月・7月の週末は必ずあれこれ予定を入れて舞台を見たり出かけたり。
いろいろ楽しく過ごせたが、その分お金も使ったわけで。
8月・9月はおとなしくしてないとなあと部屋で1人反省する。
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昨日の昼テレビをつけたら高校野球をやっていて、
「もうその季節か!」と驚く。開幕試合。
青森代表が出ている。
最近は卓球愛ちゃんで有名な青森山田高校。
(ちなみに、↑その半生を中国のテレビ局がドラマ化という噂があった)
対戦相手は天理高校。
5回から見始めてその時点では青森山田は3−0で勝っていた。
このところ夏の大会は青森山田か光星学院のどちらかが必ずベスト8入りしていたので
僕が小さい頃のように「へー勝ってる!?珍しいなー」と驚くこともなく、
心の中でたった一言「イイネ!」と呟く。
途中追いつかれて9回にはノーアウト満塁でサヨナラの危機。
これを奇跡的に乗り越え「すげー!!」と思わず立ち上がる。
でも12回まで行って負けてしまった。
負けたけどいい試合だったな。
準々決勝クラスの試合だった。実にもったいない。
もっと地味な県の代表と当たっていたら余裕で勝てる実力があった。
そういえば天理高校であるとか、
近畿の私立の強豪校にわさわさと選手が集まるのはいかがなものか
という意見が教育委員会かなんかで出され、
何らかの措置の結果近畿圏の私立校の平均化がはかられたみたいな話をどこかで聞いたことがある。
もう5年近く前のこと。
ほんとかどうかわからないがその後確かに天理高校の名前を聞かなくなった。
今年また強くなって出てきたということか。
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夜はサッカーのアジアカップの決勝戦を見る。
気になったのは日本側がボールを奪った途端の中国側ブーイングの声の大きさ
(12億の人たちがブーイングしているかのように感じられる)と
頭にネットを巻いた中国のフォワード。
フリーキックの前、ゴール前を固めるために立っているのを見ると
場違いな人が紛れ込んでいることで笑いを誘うコントみたいな感じがした。
でもこの人は中国を代表する英雄的な選手なのだそうだ。テレビの解説曰く。
前の試合で頭を5針縫ってそれでも出場というのは
守護神としてピッチの上で必要とされたということか。
(ヘディングのできないフォワードって致命的ではないか)
解説と言えばこの決勝戦は
「ドーハの悲劇」「ジョホールバルの歓喜」に次ぐビッグなイベントなのだそうな。
サッカーはあんま詳しくないけど、ほんとかいなと疑わしい気持ちになる。
ワールドカップ出場とアジアカップで優勝とだったら
前者の方が意義としての重みがあって難しいのではないか。
開催国と決勝で戦ってアウェイでどうのこうのと言ってるのであるが、
ただ単に勝って当たり前の試合のようにしか見えなかった。
実際のところはどうなのだろう。
素人的な意見で言えば、MVPに選ばれた中村俊輔が相変わらずかっこよかったですね。
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「29」編集再開。
昨日・今日とずっと作業している。
3月に会社の人たちとお台場に撮影しに行った時の場面。
あれはもう半年前か。冬だったんだよなあ。
画面の向こうでみんな楽しそうにしている。
そういう光景を部屋で1人閉じこもって眺めてるのって奇妙なものだ。
[1338] 怒涛の日々 2004-08-07 (Sat)この時期いつもそうなんだけど、仕事が忙しくなる。
世間一般的な「夏休み」とは無縁な毎日。
竹芝桟橋は毎朝、大島に遊びに行く人たちでワクワクした熱気に包まれている。
いいなあと思いながらもそそくさと通り過ぎる。
自分には関係のないものだとして振り捨てる。
怒涛の日々。
気が付くと一週間が終わってる。
振り返ってみると何も残ってない。
何日か前の記憶がない。あるといえばあるんだけど
「味」のようなものがごっそり抜け落ちてしまっている。
喜怒哀楽に結びつくようなもの。
まあ要するに無味乾燥というわけですよ。
作成したドキュメントや送信したメールをたどり直してみて
ああ、僕はこういうことをしていたのかというのがようやくわかる。
僕は僕の心に強く働きかけて、降りかかった出来事を片端から消去させるようにしている。
僕は僕の身を守ろうとしている。
ふとした瞬間に「間に合わない」という言葉が心に浮かぶ。
――― 何が?
――― いろんなものが。
自問自答してみる。
いったい何が間に合わないのか?
@映画の編集が。コンテストの締め切りはもう3ヵ月後だ。
A「群像」への応募が。これも締め切りは3ヵ月後だ。
B今自分がやっている仕事が。やるべきことが多すぎて破綻しつつある。
C今時分が属しているプロジェクトが。まあ去年から言われてたけど。
D夏の(一夏の)思い出作りが。
Eつうか29歳の思い出作りが。
F今公開されているあれとこれとそれの映画が。
G買い込んだ本に対して読んでいくスピードが。
H世の中の出来事についていくスピードが。
挙げていこうとしたらキリがなくなる。困ったもんだ。
---
物心ついた頃から僕らはカヌーを作らされる。
なぜそうしなきゃいけないのかよくわからないまま、大人たちに「やれ」と言われるから仕方なく。
適当にさぼりながらやってきたのでそれはかなり中途半端な出来だ。
ある日突然、また別の大人たちがやってきて「乗れ」と言われる。
カヌーに乗って激流を下っていく。
どこにもたどり着かないまま、濁流はどこまでも続いていく。
そこには大勢の人たちがいて、同じようにカヌーに乗っている。
困り果てて、途方にくれた表情で。
リュックサックに詰め込んだこれまでの思い出たちはいつだって水浸しだ。
岸を見つけると時々一休みする。だらーんとする。
子供たちを見つけると僕らは「いいからカヌーを作るんだ」とさも偉そうに言う。
そしてまた嫌々ながら川に戻っていく。
人によってはいつのまにか豪華なカヌーに交換しているし、
僕のような人はいつまでたっても昔のままの壊れそうなカヌーのままだ。
---
とにかく、いろんなものが間に合わない。
もう2度と間に合わない。
[1337] 歯医者その9 2004-08-06 (Fri)突然ですが、終わりました。
終わってしまいました。
ぼけーっと座っていたら
何の世間話もないままさーっと進んでいって
最後に歯科医が出てきて、次は3ヵ月後と。
え!?と思う。
歯間ブラシの次はデンタルフロスの使い方を、ということになっていて、
「両手の人差し指に巻いたら中指で押さえて、
そうそうそんな感じで、できますね」
いつもならみっちり手取り足取り練習させられるのだが、その日はなし。
なんだか急いでいるような雰囲気があって、
機械的に物事が進んでいって、隙間は一切なし。
僕は単なる「その日最後の患者」でしかなかった。
サービス終了。
今まではいったいなんだったのだろうか?
・・・というか僕は何を夢見ていたのだろうか?
今年もまた早々と夏が終わった。
3ヵ月後、行くべきか行かないべきか。
教わった歯の磨き方、歯間ブラシやデンタルフロスの使い方を放り投げてしまうべきか。
デンタルフロスのレッスンを受けている間に、
「私、実は歯医者に勤めだしてから初めて前歯にフロスを使ってみたんですけど、
とても気持ちよかったです。オカムラさんどうでしたか?」
というこの日最も無防備な瞬間が訪れるも
「・・・よくわかんないです」と素で答えてしまう。
この煮え切らなさがやはりよくなかったのだろう。
この日に限らず全般的に。
嘘でも言いから目を輝かせて「いいですね!歯が軽くなりました!!」ぐらい言うべきだった。
3ヵ月後って言ったらもう11月じゃないか。冬だよ。
[1336] 僕らが旅に出る理由 2004-08-05 (Thu)ある人から聞いた話。その2。
その人は日本中を車で旅するのが好きで、
長期の休みには必ずどっか車で出かけるのだそうだ。
で、その旅の方針ってのが変わってて、
日本の東/西/南/北の端を極めるというもの。
それも制覇して今は変わった形の半島の端まで行くのがお気に入り。
○○を見たい
○○を食べたい
○○に会いたい
というように人はその場所にある何かというものを
求めて旅をするものだと僕は思っていたのだが、
世の中には場所そのもの、その場所の形状、
その抽象的/幾何学的価値に導かれて
旅に出る人もいるのだということがわかって目からウロコだった。
なんでそういうことを始めたのかというと
車を買ったらカーナビがついていて
ふと試しに「日本の右端はどこか?」「どれぐらいの時間で着くんだ?」
と検索してみたら2日ちょっとと出てきたんで試してみたくなったとのこと。
ぶっ飛ばしてみたら確かに3日ぐらいで着いて、そこから病みつき。
(ちなみにその人は思いっきり理系)
何もその人はスタンプラリーのように一目散に目的地を目指して
着いたらハイそれまでって感じではなく、
適当に国道をのんびり走って
珍しいものや興味深いものがあったりしたら
車を停めてみてみたりもする。
日中は道が混んでるので走るのはたいがい真夜中。昼間寝て。
っつうか7日あったら7日とも車中泊という
なぜそこまでする?とも言いたくなるハードな旅。
---
そういえば何ヶ月か前になんかのニュースで見たのだが、
緯度と経度の交差するポイントの写真を撮るってのを趣味で始めたアメリカ人がいて、
今や同行の士が全世界にいるらしい。
地球上のいろんな人があちこちの交差ポイントを撮影してインターネット上で公開。
手軽に撮れることもあればわざわざこのために遠征隊を組んで一大冒険をしたり。
それで出てくる写真がなーんの変哲もないごく普通の風景だったりする。
ある種の価値観からすれば非常に無意味なことなのに
別な価値観からすればユニークな意義が生まれる。
この前書いたエアギターじゃないけど
こういう話に出会う度に世の中まだまだ捨てたもんじゃないなあと思う。
※ニュースそのものはもう見当たらないんだけど、プロジェクトのサイトは見つける。
「the Degree Confluence Project」
http://www.confluence.org/
ほんとなんてことないサバンナや砂漠や森の中ばかりで
何かと考えさせられる。感動させられる。
日本だと田んぼの中だったり。
地球は広い。
人間が住んでいる場所はごく一握りの僅かな場所でしかないのだということを思い知らされる。
[1335] ある人から聞いた話 2004-08-04 (Wed)ある人から聞いた話。
その人は夜、会社から帰って来て着替えると
いつものようにコンビニに出掛けたのだそうだ。
アパートから歩いて5分ぐらいのところにあるセブンイレブン。
漫画の雑誌を何冊か立ち読みして、
牛乳のパックだとか詰め替え用シャンプーだとかそういうものを買って外に出た。
バス停の前を通りかかると誰かが立っている。
顔を上げてチラッと眺める。
年老いた小柄な女性。
細かなフリルのゴテゴテついた白いブラウスを着ている。
胸元には赤いリボンで飾りがついている。
真っ赤なスカート。肩の先まで伸びた長い長い髪。手には何も持っていない。
「なんやけったいなおばはんやなあ」とその人は思ったのだそうだ。
まるで人形のよう。目が青くて髪が茶色いアンティーク・ドール。
なのにその年老いた女性の顔はどこをどう見ても日本人形のそれであって、
そのちぐはぐ感が「妙に印象残った」のだそうだ。
その女性の側を通り過ぎる。無意識のうちに息を止めている。
バス停から10m以上離れたところまで来て、初めて大きく息をする。
バスがすぐ横を走り抜ける。
女性のことが気になって仕方がなく、
乗ってったはずだと思い、そっと振り向くとまだ立っている。
ポツンと1人寂しく立っている。
気にしないでいよう、と思う。とにかく意識しないこと。
早足にすると怖がってるみたいだから、いつもより遅いぐらいのペースでゆっくりと歩く。
いくつもの家の前を、街灯の下を歩く。
角を曲がり、もう1つ曲がる。
曲がるときにふと立ち止まってみる。
恐る恐る首を後ろに回すと視界の隅に映ったのは
のろのろと歩いている老女の姿。
白いブラウス、赤いスカート。
「!!」
心の中で叫ぶ。
だけど声には出さない。出したくなるのをぐっとこらえる。
そこから先は走るようにアパートまで。
階段を駆け上がってバタンとドアを閉じると鍵を掛ける。
生きた心地がしない。
テレビをつける。音を大きくする。
コーヒーを飲んで煙草を吸う。
冷蔵庫にあった缶ビールを何本も開ける。
夜も更けてベッドの中に入る。
だけど眠ろうとしても眠れない。
あの老女は自分と何のかかわりがあるというのか?
自分が何をしたっていうのか?
ようやくうつらうつらできたのは明け方。
ちっとも眠れなかったので会社を休みたかったのであるが、
自分が企画した大事なプレゼンがあったので出ないわけには行かない。
シャワーを浴びた後スーツに着替えて外に出る。
ドアを開けると
老女が立っていた。
階段の下に。1人ポツンと。
息が止まりそうになる。眩暈がする。
会社、休もうかと思う。ドアに鍵をかけて閉じこもる。
一瞬の間に「そうしよう」「いや、だめだ」心の中で行ったり来たりする。
やがて覚悟が決まる。意を決して階段を下りていく。
老女の側を通り過ぎるとピクリとも動かなかった。
通り過ぎるとそのまま歩き去った。
今度は振り向いたりなどしない。
手が震え、背中に汗が噴き出しても絶対振り返らない。
いつもの朝のように駅へと向かった。
その日の分の仕事をなんとか終えて退社時間になる。
どうしようかと思う。
アパートに帰るべきか、それとも2・3日は戻らないべきか。
友達の家に泊めてもらうなんなりして。
そういう選択肢もある。
でもそれはよくないことだと彼は考える。
逃げてたらいつまでたっても解決しない。
ぶつかってみないことには前にも後ろにも進まない。
駅で降りて歩き始める。
例のバス停の前。・・・いない。これで1つチェックポイントを通過。
角を曲がる。・・・やはりいない。これで2つ目。
次の角を曲がる。・・・ここにもいない。3つ目。
アパートの前。心臓がドクドク波打つ。鞄を掴んでいる右手の握力がなくなる。
恐る恐る敷地の中に入っていく。
老女はいなかった。
ほっとする。
何の変哲もないいつも通りのアパート。
階段を上っていく。鍵を取り出してドアを開ける。
開けたら老女がいるんじゃないかっていう
ホラーな展開も考えなくはなかったが、そんなことはなかった。
だけど押入れの隅にいるんじゃないかとソワソワした気持ちがどうしてもするので
部屋のあちこちを確かめてみた。
おかしなところは何もなかった。
それから2・3日過ごす。
何も起こらず。老女の姿を見かけることはない。
もしかしたらどこかでまた見かけるのではないかということがたまらなく怖い。
とりあえず夜出歩くのはやめ、コンビニは駅前のを利用することにした。
幽霊だったのか、単なる頭のおかしい人だったのかはよくわからない。
あの朝誰かに連れて行かれたのか、それとも自発的に立ち去ったのかは分からない。
いなくなったのだとしたらどこに「帰った」のだろう?
「彼女には彼女なりのエリアがあって、そこに俺、立ち入ってしまったんやろな」
と彼は言う。
1つだけ気になったことがあったので僕は彼に質問をする。
「その人の目、見ました?××さんのこと見ました?」
彼は答えて曰く、
「見ぃひんかった。つうか目ぇずっと伏せとったままだったわ。
これが目をマジマジと見られてたんなら
今頃はこの俺もどっか行ってしまうところだった」
ネタにしてほしい話があるというので会いに行った。
2人で夜、ジョッキでビールを飲みながら聞いたのが、以上の出来事である。
[1334] 「今日を生きよう」 2004-08-03 (Tue)インターネット、携帯、コンビニ。
20世紀末に爆発的に普及したこれら文明の利器により僕らの生活はなんとなく豊かなものとなった。
たいがいのものは手に入るようになってなかなか便利になった。
インターネットなんてその際たるもの。
調べものをしたくなったら、ちょっとばかし工夫をすればなんでも情報が集まってくる。
そしてそれはテクノロジーとしてもそこから生み出されるサービスとしても日々進化し続けている。
単純な検索サイトの時代は終わり、「はてな」や「yahoo 知恵袋」のように
質問を登録するとどこかの誰かが答えを書き込んでくれる、そんな素晴らしい時代になった。
利用してみたくなる。
僕はどうしても、どーーーしても、知りたいことがあった。
今から10年ぐらい前、92年か93年ごろ、日清のイカ焼きそばのCMで使われていた
「♪シャーラーララララリポチュデイ、ヘヘイヘーヘイ、シャーラーララララリポチュデー」
という曲は果たしてなんなのか?
このように10年前の記憶を頼りに聞き書きしてみるとひどく間の抜けたものに感じられるが
あくの強いざらついた低い声、それでいてちょっと頼りない男性ヴォーカルと
そのバックでコーラスがやけっぱちになってサビを決める名曲である。
僕の心のベストテン10位内に永遠にランクインするのは確か。
コマーシャルがまだ流れていた頃、高校の演劇部の部室にて
怖くて結局1度も話すことのなかった「不良」の先輩がラジカセでかけていたテープの中で
誰かが、恐らく日本のバンドが、この曲をカバーしていた。
僕は勇気を出してその先輩になんて曲か聞けばよかったのかもしれない。
あるいは、上京直前の頃。
ジーパンの店でかかっていたので思い切って自分と同じぐらいの年の女性の店員に聞いてみたら
「有線なんでわかんないんです。すいません」と言われた。
最後に耳にしたのはこのときだったかもしれない。
質問を入力する際に補足事項として、コマーシャルはきれいな女の子が
ニコニコと笑顔でカラフルな街を歩きながら買い物しているというもので、
「おいしいものだけ大きくなれる」というキャッチコピーがついていたことを付記しておく。
送信ボタンを押す。
・・・数時間後に答えが返ってきた。マジでびっくり。
「テンプターズの「今日を生きよう」ではないでしょうか。ただしバージョンは違うと思います」
テンプターズ?GS?ショーケン?ニッポン?60年代?
そうだったのか!?
でもあれはショーケンの声じゃないよなあ。絶対洋楽でしょう。
これをとっかかりに調べていった挙句出てきたのは The Grass Roots 「Let's Live For Today」
60年代アメリカのポップグループ。
これがそのものずばりかどうかは分からないが、原曲であることには間違いない。
日曜の昼間に質問して、さっそく昨日の夜会社帰りに銀座・新宿のHMVとタワーに寄って探してみた。
自分で言うのもなんだが、こういうことになると異様にフットワークが軽くなる。
銀座では見つからず、新宿南口のHMVへ。
テンプターズの方を見つける。違うんだろうなあと思いつつもなんか気になって買ってみる。
GSって僕聞こうと思って聞いたことないんですね。
いまだに正月のかくし芸大会を真っ先に思い出してしまう堺マチャアキと井上順の、
なんて言ったらバカにされそうなぐらい音楽的再評価著しいスパイダース。
沢田研二というかジュリーのいたタイガース。
「ラブ・ジェネレーション」のジャックス。
いつかそのうち聞けばいいと思って避けて通ってきた。
これをきっかけにそろそろフタを開けることになるか。
タワーに行ってようやく The Grass Roots のベストを見つける。
小走りで家に帰ってパッケージひきむしって聞いてみる。
テンプターズは違った。なかにし礼による日本語詞がついていた。
ショーケンが甘ったるい声で
「シャーラーララララおまえがー、シャーラーララララ好きだよー」と歌っていた。
CDを取り出して The Grass Roots に差し替える。
ベストアルバムの1曲目。もしかしたらこの1曲だけで知られてるグループか?
ギターのイントロ、呟くようなふてくされたヴォーカル。
サビに入る前に「ワンツースリーフォオ」とカウントが入る。そして、
「♪シャーラーララララリポチュデー、ヘヘイヘーヘイ、シャーラーララララリポチュデー」
おー。おー!おー!!
これかあ!!!
・・・でもなんか違う。
90年代に誰かがカバーしたのだったのかな。
ヴォーカルはイメージ通りだったんだけど、
バックの演奏がコマーシャルで聞いたものよりもシャラシャラと音が多いような気がした。
うぉー。死ぬまで探し続けてやる。
でももしかしたらもうかなり昔、イカ焼きそばよりももっと前、
なんかの車のコマーシャルで岡村靖幸の「だいすき」が使われたときには
サビの「君がだ・い・す・き」の部分で
ほんとなら子供たちの合唱が加わるのに、コマーシャルではカットされていたことを思い出す。
そういうものなのかもしれない。
あるいは僕の記憶の中で勝手に音の質が変化していたのか。
そうだ、そうに違いない。
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タワーに行ったら、「Think of One」というグループがインストアライブをやっていた。
フジロック帰りとの張り紙がバックのスクリーンに何枚も。
そういえば今年はフジ行けなかったんだよなあということを思い出し、思わず足を止める。
うねるようなサンバのリズム。
ブラジリアン・パーカッションがフロア一帯に響き渡る。
配られたチラシを見てみたら以下のようなことが書かれている。
「ベルギーの暴れん坊雑食アヴァンギャルドブラス!
4人のブラジル・パーカッション隊とのプロジェクト、シュヴァ・エン・ポーで来日!
2004年・英BBCラジオ・ワールドミュージック賞受賞!!」
ホーン隊とコーラス、パーカッション。ギタリストは曲によってはウクレレ披露。
限りなくフリーで気持ちのいい演奏。
前の方ではリズムに揺られて気持ちよさそうにしている。
北欧出身っていうのがミソ。
気持ちいい音楽を求めてたらここにたどり着いて好きなようにやってますという感じ。
思わぬ拾いもの。
フジだったらフィールド・オブ・ヘヴンかな。
僕も音楽をやるのならこんなふうに大所帯でみんなで音を出すっていうのがいいなあ。
9月1日の水曜に渋谷のオン・エア・イーストでライブをやるようだ。
オープニングアクトはなんと渋さ知らズ。
これは見たい。土日だったらまず間違いなく行くんだけどな。
CDを買ったらメンバーがサインしてくれるとのことだったので
迷わず買ってサインしてもらう。
メンバーの立っていた背後にはタワーのスローガン
「No Music, No Life」がデカデカと。
ほんと「そうだよなー」と思う。
[1333] 「世界の中心で、愛をさけぶ」 2004-08-02 (Mon)「世界の中心で、愛をさけぶ」
小説を読んだことも無ければ映画を見たことも無くましてドラマも見たことの無いのだが、
前から何かと気になっていたので思ったことをいくつか書きたい。
やはりなんと言ってもまずはこのタイトル。
SFファンからすればこれってハーラン・エリスンの短編集
「世界の中心で愛を叫んだけもの」のパクリなんじゃないかって感じがして非常に居心地が悪いってこと。
(原題は「The Beast That Shouted Love At the Heart of the World」なので直訳ですね)
インターネットで検索してみたら同じようなことを考えている人がちらほらといますね。
でも、そういう話をいくつか拾い読みしてみたらどうも、
ハーラン・エリソンのこのタイトルが「エヴァンゲリオン」の最終話のタイトルに転用され、
それが「世界の中心で、愛をさけぶ」へと転用されたという経緯があるらしい。
真偽の程は分からないけれども、なんとなく信憑性がある。
ハーラン・エリソンは60年代にデビューしたアメリカの作家で、
暴力的で退廃的、荒廃した世界観ばかりを好んで書くことにより一躍センセーショナルな存在となる。
時代はSF界においてもニューウェーブが提唱されていた頃。
お子様向け読み物の1ジャンルとしての側面がどうしてもぬぐえなかったSFというものを
もっと異質なものとして進化させようと、オピニオンリーダー的に活動していた。
後年は「スタートレック」のテレビシリーズの脚本を手がけていたりする。
※もちろん彼は全てのシリーズを書いたわけではなく、他にも何人か有名なSF作家が参加している。
今思いつく限りではヴォンダ・N・マッキンタイアとか。
日本ではまとまった作品集としては「世界の中心で愛を叫んだけもの」しか出ていないので残念だ。
困ったことにこの作品集は表題作以外はパッとしないものばかりで、あんまりお薦めできない。
現在入手可能なものとしては河出文庫から出た「20世紀SF」のシリーズの60年代編に
代表作「”悔い改めよ、ハーレクィン!”とチクタクマンはいった」が入ってるぐらいか。
後は古本屋で何十年も前のアンソロジーを探すしかない。
でも見つけて読んでみるとどれも面白い。
アンソロジーにしか収録されなかったってのはもったいない話だ。
日本やアメリカでこの時代に編まれたアンソロジーにはたいがいこの人の作品が入っている。
絶大な人気を誇り、評価が高かったということか。
なお、ハーラン・エリソンの書く作品のタイトルは
「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」というようにその気にさせる秀逸なものが多い。
これも僕はハヤカワ文庫のすごい昔の傑作選で見つけて読んだ。
この辺の話をすると長くなるんで、次に。
あと、あれだよな。
最初僕がこの本のことを知ったのはなんかの雑誌か新聞で記事で
出版当初は全然注目されてなかったのに
とある本屋の店員がお薦めの本として取り上げたのがきっかけでジワジワと売れ出したという話から。
派手に出版キャンペーンとかしなくても、
書店の店員の地味だけど良質な熱意がベストセラーを生むこともある。
出版社がとある本屋でだけかなり売れていることに気付いて、
「これだ!」とそこから先は出版社側で流れを作り出したんだろうけど。
結果として純文学で200万部売るという「ノルウェイの森」以来のベストセラーに。
ここまではいんだけど、そこから先のアレヨアレヨという間の展開がなんだかどうも。
映画になりドラマになり、「セカチュー」と略されるようになり、
なーんか頭悪いというか、ものすごく画一的というか。
(念のため断っておくけど、内容が、ではなくて展開の仕方が)
映画版は予告編さえ見れば全て事足りる、と僕の周りで何人かの人が言っていたのだが
実際のところはどうなのだろう?
涙もろい人には泣けるものなのだろうか?
純愛というものを心の奥でかなり信じていて、そこへと至る過程を常日頃探し求めている、
そんな若い女の子たちにしか感動できないものなのだろうか?
最後に、もう1度タイトルの話。
(読んでないし見てもいないから結局ここしか語れない)
「世界の中心で、愛をさけぶ」ってやっぱなんだかなーと思わずにはいられない。
自分が世界の中心にいるんだから物語的には
その思いは相手に伝わるか、障壁を乗り越えてやがて伝わるかどっちかしかありえない。
あるいはちっとも伝わらなくて悲劇のヒロインとなるか。
そこでもやはり自分というものが中心となる。
(そういう部分が、自己というものが確立しきってない若い子にとって
すんなりと受け入れやすくなるための下地となるのだろう)
僕的には「世界の果てで、愛をさけぶ」だったら手に取る気になった。
どこにいたところで自分にはこの世界に居場所が無い、相手にも居場所が無い。
そんな状況でいかにして愛を伝えるか。
どこにいようがそこは世界の果てだ。
自己を確立した途端、この世界に自分の居場所が無いことに気付く。
大人になるってそういうことじゃないか。
それまで自分を包み込んでいた世界がどんなものか分かった途端、幻想が打ち砕かれ、
寄る辺ない気持ちで日々過ごさざるを得ないから、人は他人を求めるのではないか。
この世界を形作っている様々な次元の様々な物事。
それが重層的に積み重なっている中に自分という存在がマッピングできたとき、
あるいはマッピングできないと分かったとき、
人はいかに自分が無力な小さいものか知ることになる。
そんなとき愛はいかにあるべきか。
そういうところを是非とも語ってほしいものです。
[1332] 隅田川花火大会(続き) 2004-08-01 (Sun)隣に座っていたガラの悪い学生の集団は人数が少ないのにシートだけはやたら広く広げて、
人が通りがかるたびに文句をつける。
自分たちは礼儀正しいつもりでいるのか、「靴を脱いでもらえますか」と注意し続け、
やがて「テメエら靴脱げよバカヤロウ」と怒鳴りだす。
なんなんだこいつらは、と思う。
酔っ払いの見物客ばかりなところにそんな窮屈な彼らの世界で通用しない礼儀正しさを持ち込まれてもなあ。
だったら人で溢れかえってる場所でシートの2つもあれば足りるところを
5つも敷いて独善的に過ごしている彼らのほうがよほど失礼だ。
「朝早くから来て場所を取ったんだから俺たちの場所だ、ここは」という感覚なんだろうな。
何のサークルなのかわからないが、極真空手っぽい。
ピアスに丸刈りや金髪、甚平という出で立ち。
不思議なことに女性のマネージャーもいて、1人かなりきれいな子がいた。浴衣を着ていた。
それとなく見ているとこの子はその荒くれどもとあまり話そうとせず、
1人ポツンと輪の中に座っていた。なんとなく陰のある子だった。
奇妙な掛け声と彼らが共に「大五郎」イッキを始めて暴れだしてもそっと座っていた。
彼らが1人ずつ帰るなりどこか消えてしまっても1人最初の位置のまま座っていた。
漫画の中だと「先輩の女」って感じ。後輩たちが手を出せず、その先輩が一番の荒くれ者っていうような。
こういう非常識な集団と一緒に過ごして学生時代を過ごすのか。
彼らがバカやってる分には彼らとしてはそれでいいんだろうけど、
彼女がそれでいいと思ってるのならまあそれでいいんだけど、
なんだかもったいない。
何が縁で彼らとかかわりを持つようになったのだろう?
格闘技が好きだから?
まだ自分というものがなかったときに彼らの1人に骨抜きにされた?
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花火が終わって、片づけをする人しなくてもいい人ってのも UNO で決める。
夜の屋外、明かりの乏しい場所で UNO をやると青と緑が同じ色に見えてやりづらいったらありゃしない。
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9時半。ボウリングやりたい!という声が女の子たちの方から上がり、ボウリング場へ。
前の日一応調べてみたら浅草にもボウリング場があった。
浅草寺の裏、ROX やフランス座のある辺り。
終わってから1時間以上経っていたのに浅草寺を中心とする道路はまだ混雑していた。
警官たちがあちこちに立ち、交通整理。
(公式サイトの掲示板を見たら警察の対応に対してやたら評判が悪かった)
道端でアイスを売ってると買ってみたり、
てくてくと歩いていくとやがてボウリング場が見つかる。
この界隈は祭りということもあって夜もにぎやかだった。
浴衣を着た男女がほろ酔い加減で歩いている。
ボウリング上の前には芸の神様を奉っている小さな社があって
全部は忘れたけど神様は「踊神」「話神」「唄神」など6人。
古きよき時代の芸人をかたどっていて、
神様の1人はアコーディオンを持っていて、別な1人は落語家のようだった。
花火を見た後でボーリングしようと思う人って何気に大勢いて入れないのではないかと僕は思ったのだが、
入ってみるとそんなことはなく、8人ですぐにも2レーン使える。
ちょうどよく男女4人ずつだったのでペアになって1投目・2投目交互に投げる。
僕としては実に久し振りのボーリング。
2年前に部門のイベントで行ったとき以来。
あの時は30人で行ってブービー賞だったんだよな・・・。60点か70点で。
トコトコと歩いてボテッとボールを落としてガターになる女の子たちよりも低かった。
そんなのが2年ぶりにやってみたところでダメなのはダメで1投目はいきなりガター。
9号の軽いボールを使ってるのに重く感じられてならない。
しかも手首がふにゃふにゃしてコースが定まらない。
1回目のゲームは全然結果が出せず。
2回目のゲームは商品にアイスを賭けようということになる。
お金がかかると緊張感が増すのか、いきなり調子がよくなる。
スペアも取ってストライクも出して4チーム中2位へ。
ゲーム前にはハンデつけるかってことになって
+40点のはずだったのにハンデなしでも堂々2位。
「ボーリングって面白いなあ」なんてちゃっかり思う。
セブンティーンアイスの自販機があったのでおごってもらう。
なお、ここのボーリング場にはキティちゃんのボールがあった。初めて見た。
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ボーリング場を出て駅へと向かう。
行楽地ってこともあるのかあちこちに
記念写真用に顔のところがくりぬかれている例のあれが置かれている。
寅さんのとか、江戸時代のお侍さんと町娘とか。
後輩たちがキャッキャ言いながら写真を撮る。
浅草寺の中を通っていく。夜店はまだまだ商売をしていた。
さすがにおみくじ売り場は閉まっていて、仲見世通りの店もシャッターが下りていた。
それでも灯りは煌々と明るく、意外と眠らない街なのかもなと思う。
ベニヤ板で作ったような安いテーブルの飲み屋があちこちにあって、
どこも大勢の酔っ払い客で繁盛していた。
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1日遊びきってクタクタになる。
家帰るとすぐにも眠り込んで目が覚めると昼の12時過ぎ。
何もする気が起きず床屋に行って髪を切った他は特に何もしない。
浅草ってこれまで何度も訪れたことがあって、
ROXでバイトをちょっとだけしたこともあれば
花やしきも2回ぐらい行ったことあって、
どじょうを食べに行ったことも三社祭を見に行ったこともある。
そんで今回隅田川の花火大会も見たわけだけど。
でもまだまだ見てないもの行ったことのない場所ってあるんだよなあ。
神谷バーで電気ブランを飲んでみたいし
(他の店で飲んだことがあっておいしくないものだってことは知っている)
牛鍋も食ってみたい。
浅草って歩いてると老舗のおいしそうな食べ物屋がとても多い。
また機会があったら行ってみたい。
[1331] 隅田川花火大会 2004-07-31 (Sat)会社の人たちと隅田川花火大会を見に行った。
前の晩は会社の人たちと飲んでいたら終電を逃し、先輩の家に泊めてもらった。
4時に寝て8時に目が覚め、地下鉄に乗って家に戻る。
帰り着いてなんだかんだしているうちに10時。
本来の予定ならば場所取りのため男子は12時に浅草に集合することになっていた。
それが台風が来るためどうも雨らしいという話になり、
だったら雨が降ろうと降らまいと全員3時に集まって
ボーリングをして飲んで帰るか、花火は見れたら見るかって感じに変更された。
10時の時点で快晴。灰色の千切れ雲は空に浮かんでいるものの、雨の降る気配なし。
あーだったら最初のプランに戻って場所取りして花火見ようよと思う。
何人かと連絡して正午に浅草に集まることになる。
ちなみに今日は男子が場所取りなら女子は浴衣を着てくること、買出しをすること。
そういう役割分担になっている。
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浅草へ。集合時間よりも前に着いて僕は1人雷門から仲見世通りを経て浅草寺へと歩いていく。
いろんな国のアジアの人たちばかり。
周りを歩いている人たちは一見みな日本人に見えるものの
話す言葉や肌の色、着ている服装がどことなく違う。
扇子や浴衣を興味深げに手に取ってみてはデジカメやビデオカメラで撮影する。
雷門の前では携帯のカメラで撮ってる人たちが多かったな。これは日本人だろう。
浅草寺で賽銭を投げ、最中アイスを食べてラムネを飲む。
抹茶を冷やして氷を入れたものをあちこちで売ってて、
道行く多くの人が飲んでたんだけど僕は飲まなかった。
ラムネはアジア系のおばさんたちがカキ氷やビールのように露店で売っていて、
大きな容器に水を並々と入れてラムネを並べ、その上に四角く切り出した氷を乗せていた。
これが涼しげで良かったんだけど、1本頼んだらおばちゃんは氷水に漬けたばかりで
ちっとも冷えてないのを、ポンとビー玉を中に落として僕に手渡した。
ケースから取り出して入れたばかりのところに僕が話しかけたからか。
冷えてないラムネは生ぬるくて、甘ったるかった。
浅草の町を10分回って1000円という人力車が何台か客待ちしていた。
いつかまた来ることがあったら乗ってみたいなあと思う。
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会社の人たちと合流して、場所取り。
隅田公園の中、東武線の橋の下に空いている場所を見つけ、ビニールシートを引く。
シートを置けそうな場所はどこもかしこも既に埋まっている。
少年野球場のグラウンドってのがベストポイントらしいのだが、これはもう空きなし。
8時半に開場でその時点ですぐ埋まってしまうのだそうだ。
来年も見るのなら、朝早くから並んでここを押さえた方がよさそう。
僕らの場所は第1会場・第2会場の中間にあってどちらも見れそうなのであるが、
近くの第1会場側は見上げると橋がちょうど邪魔になって肝心な箇所が見えなくなり、
遠くの第2会場側は見ようと思えば見えたけれども、
両サイドを木々に遮られて見ていてなんだか迫力がなかった。
花火って広々とした場所で見ないことにはダメなんだなということを知る。
13時の時点で場所を確保すると、後はひたすら夜になるのを待つ。
暇そうな大学生が寝っ転がり、別なシートではカードゲームに興じている。
昼飯を先に食べてきた僕は留守番をして、他の人たちは食事に出かける。
シートに大の字になる。日差しが強い。シートも熱くなる。
顔にタオルをかけて眠ろうとする。
時折橋の上をゆっくりと大きな音を立てて電車が通り過ぎる。
太陽が雲に隠れるとサーッと涼しくなり、そういう瞬間を見計らって僕は持ってきた文庫本を読む。
太陽がまた顔を出してまぶしくなるとタオルを顔にかけて本を放り投げる。
眠れそうで眠くならない。ぼんやりとする。
細長い公園の中を風が通り抜けていく。
食事から戻ってきた頃には後から合流した人たちも一緒になり、
真夏の真昼の公園で缶ビールを飲みながら人生ゲームをやる。
コンビニで買ってきたポケット版。
コマ代わりの車が指のつま先ぐらいの大きさで、
乗っかる妻や子供はまず間違いなく無くしてしまいそう。
お札も小さくて風が吹くと飛ばされそうになる。
デラックス版と較べて10分の1ぐらいのサイズなのに
全員ゴールインするまで2時間近くかかった。
その後は UNOをやる。懐かしい。
高校の演劇部の部室で放課後猿のようにやってたのが最後か。
もう10年ぶりか。
ルールを思い出せるか不安だったんだけどやってるうちになんとかなる。
ただやってるのもダレてくるんで、あらゆるものを賭け出す。
ドミノピザが1枚1000円でトマトとガーリックのピザってのを売り歩いてて、
それが4切れしかないとなると負けた人は食べれないうえに代金も払う、というような。
次は UNO の1200円、その次は人生ゲームの1800円、
アイスを5個、缶ビールを5本、勝負が白熱する。
出店の缶ビールなんて時間を追うごとに
300円→350円→400円とどんどん値段が吊り上がって行ったので
5本も買うと2000円。これが一番高くついた。
賭けるものがなくなると次負けた人は
浴衣で来る女の子になんでもいいから告白をして、
その次に負けた人は「ちょっーと待ったー!」と往年の「ねるとん」ごっこ。
そうこうしているうちに会社の女の子たちが浴衣を着て現われる。
夏に浴衣。いいもんです。
それにしても若い子ってみな浴衣を持ってるものなんですね。
食べ物を買ってきてもらったので広げて食べる。
空は薄暗くなっていていつの間にか周りでも宴会が始まっている。
どこかの大学のサークルがいわゆる学生ノリで騒いでいる。
辺りを見渡すと至るところに人が立ったり座ったりしていて大混雑。
近くに設置されていた簡易トイレもいつのまにか行列に。
7個あるうちの5個が女性用で2個が男性用になっていた。
「へー。考えたなあ」と昼のうちは思っていたのだが、
夜になって人が増えて並んでみると行列になるのは男性の方ばかり。
手持ち無沙汰な男性たちがダラダラウネウネと並んでいる。
女性の方は下手すると列すらできず。
アイデアはいいものの数の配分を明らかに間違えている。
そのことをトイレから戻ってきて話すと
「これで女性の大変さがわかっていいでしょう!たまにはありですよ!」と言われる。
6時になると空はまだ明るいのに始まりを告げる花火がボンボンと打ち上げられ、
7時を過ぎると再度また始まりの花火が打ち上げられる。
第1会場では尽きることなく花火の饗宴が繰り広げられる。
第2会場はどうしたもんか開始が遅れたのであるがやがて追いついて、
僕らはこちらの花火をシートに座ってあれこれ騒ぎながら眺める。
赤と緑の火花が飛び散るようなカラフルなタイプの花火が多かったように思う。
僕としては色はなくてもいいから大きさや緻密さで圧倒するものの方が好きで、
そういうのってクライマックスにならないと出てこなかった。
黄色っぽい細い光の筋が咲き乱れて夜空にスーッと吸い込まれていくようなやつ。
あと、花火って音なんだなというのを改めて認識する。
自分たちでもやっといてなんだけど
花火にかこつけて宴会をしているような場所で見るような花火は
やっぱ風雅さに欠けてにぎやかなだけ。花見に来て桜を見ないようなもの。
花火の音に浸るっていうようなものでないと「うわーっ!」という気分にはならない。
次に見るのならそういう花火大会がいいなあ。
今公式サイトを見て分かったんだけど、
花火大会ってプログラムがあって、それぞれに題目がついていた。
ポケモン花火「裂空の訪問者」ってのもあった。
(続く)
[1330] 若い女性にビールをぶちまける 2004-07-30 (Fri)【証言A】
あれは7月初めの日曜日のことでした。
以前とある仕事でご一緒させたいただいた方が上京してくるということで、
飲みに行きましょうということになったんです。
あの年は猛暑でしたね。あの日もまた暑い1日だったことを覚えています。
関西の方だったのですが、なぜかその時僕が入りましょうと提案した店はネギ焼きの店でした。
関西の方ってよく、家でタコ焼きを作って食べるのが当たり前で
関東に引っ越してくるときマイ・タコ焼器を必ず持ってくるって言うでしょう?
食べ飽きてるに違いないのに「関西」から連想されて僕の頭の中から離れなかったのは
あの年の正月、生まれて初めて行った大阪で食べたネギ焼きだったんですね。
しかも運の悪いことに待ち合わせの時間の前に新宿駅の東口をブラブラと歩いていたら
見つけてしまったんですよ、ネギ焼きの店を。
普通に東京の食べ物を食べていればよかったんです。
そうしていたらあんなことにはならなかった。
【証言B】
ええ、そのときまでは普通に飲んでいました。
地下にある店で、けっこう待たされました。
そうですね、刻んだネギだけを大量に焼くのがメニューにあったりして、
最初は「何これー?」と笑っていたんですが、
ネギに味がついていて鉄板の上で焼いてみるとおいしかったです。
××さんですか?ええ、既に3杯か4杯は飲んでたと思います。
中ジョッキで。ビールを。他の飲み物は飲もうとしませんでした。
【証言A】
その件については、正直言ってあんまり思い出したくないんです。
後味悪いんで。
彼女たちが店の奥に消えてしまってから、「どうしよう、どうしよう」と思いました。
こういうとき、大人としてどう接するべきなのか。
彼女たちがトイレから出てくると、
彼女たちは食べてたもの飲んでたものをそのままにして店を出ようとしていました。
僕が彼女たちを呼び止めて、とっさの思いつきで言ったのはこういうことでした。
「ここの飲み代は僕が払います」「クリーニング代というわけではないですが」
僕の隣に座っていた子はもうまともに話もできない状態でした。
もしかしたらトイレの中で泣いてたのかもしれません。
(僕自身、正直言ってたかがビールと思うのですが・・・、腹立てて喧嘩になるのならわかります)
なので主にもう1人の子の方と話しました。
気が付くと彼女たちはいなくなっていました。
【証言B】
ええ、かなり驚きました。
「ちょっとー!なによこれー!!」だったと思います。第一声は。
運の悪いことにブーツを履いていたんですよね。彼女は。
だから左足が全部、ブーツの中まで・・・。
××さんですか?彼はほぼ放心状態でした。
お店の人がおしぼりを持ってきて拭いている間、ぼけーっと眺めてるように見えました。
【証言A】
僕、そういうところあるんですよね。
何か起こってしまうとパニクって動けなくなってしまう。
慌てふためくのならまだいいんでしょうけど、完全に頭も体も動かなくなってしまうんです。
【証言B】
仕方がないんで私は立ち上がって、手近にあったおしぼりを何個か渡したんです。
ハンカチも渡したかもしれません。
声もかけました。でも、なんと言ったのかは今では覚えてないんです。
【証言A】
その後ですか?僕らもすぐに店を出て別な店に入りました。
でもビクビクしてましたね。新宿を歩くときは。
や、別に彼女たちが待ち伏せしていて仕返ししてくるとか、
どこかの店で不機嫌そうに飲みなおしてるんじゃないかとか、
うまく言えないんですけど、そういうことじゃなくて。
でも、そういうビクビクしたところは見せたくないんであくまで平常心で振舞おうとしました。
【証言B】
次の店では普通に飲んでました。
最初からあの店に入ってればよかったです。
七輪の上でいろんなものを焼くんです。おいしかったですね。
××さんが何度か行ったことのある店でした。
東京は暑かったですね。
ええ、もちろん京都も暑いですが。
あの年は猛暑でしたね。
あの日もまた暑い1日だったことを覚えています。
[1329] 歯医者その8 2004-07-29 (Thu)その後1ヵ月経過して、また歯医者に行く。
前回、歯の間の歯垢を取るために歯間ブラシを使うように指導され、
夜寝る前に歯を磨く時に続けて使うようにする。だいぶ慣れる。
1ヵ月。長かったような短かったような。
待合室で雑誌を読みながら待っていると
「オカムラさん、中にお入りください」と声をかけられて、顔を上げる。
いつもの人とは違う。
「一番奥になります」と案内され、診療台に腰掛ける。
あの人はどうしたのだろう?と考える。
今日は休みなのだろうか。
「1ヵ月ぶりに会える」と思ってこっちは来てるのに
向こうにしてみれば僕は抱えてる患者の1人でしかなく、
休みを取るのも気楽なものなのかもしれない。
そう思うと「はー・・・」と悲しくも寂しくもなってくる。
しかし、以前話した時、歯科医院には有給というものはなく
体調でも崩さない限り休めないということを聞いている。
並大抵のことでは休みを取れない。
そうだ。そういうことなのだ。
あータイミング悪いなあと自分の運の悪さを嘆きたくなる。
が、ふと思う。もしかしたら何かが起こって急に辞めてしまったのかもしれない。
患者や同僚との間でトラブルがあったとか、健康上の理由とか。
「結婚が決まったので辞めます」だとしたら目も当てられない。
どんどんどんどん悪い方悪い方に物事を考えていく。
暗い気持ちになる。目を閉じる。
というところで「オカムラさん、こんにちは」との声。
目を開けると彼女が笑顔で立っていた。
よかったと思う。救われたようにすら思う。
なんだか慌てて出てきたようだ。何があったのかはわからない。
両手にポリエステルか何かの半透明の白い手袋をはめる。
「1ヵ月のお加減どうでしたか?」と聞かれる。
「歯間ブラシは慣れましたか?」
その後、夏のイベントにはどこか行かれましたか?という話になる。
先週三浦半島にドライブに行ったことを話す。
フェリーに乗って温泉に入った。
その後は無いんですか?と聞かれて
来週末に会社の同僚たちと隅田川の花火大会を見に行くことになっていると僕は答える。
「花火大会いいですね!」
彼女の目が輝く。
「これまでにどこの花火を見たことありますか?」
思い出せない。調布や豊島園の花火を通りがかって眺めたことがあるぐらいか。
「私先週横浜に行ったんですけど、花火大会やってたんですね。
近くにいたんですけど、ものすごい人手で混んでて、私家に帰りたくなっちゃいました」
歯の様子を確認してもらう。
歯磨きがうまくなっているため歯茎の状態がよくなっていると診断される。
「歯磨きの時出血しなくなったでしょう?」と言われて、そう言われてみればそうだと思う。
歯間ブラシの使い方を覚えたら次はデンタルフロスです。
彼女は必殺仕事人のようにテグスを両手に持ち、ピンと張り詰めらせる。
そしてニッコリと笑う。
そこから先ほんとならデンタルフロス講習となるのだが、
歯間ブラシを使ってるところを見せてくださいと言われて
寝そべって左手に手鏡を持ち右手で歯の表側から磨いていたら
今度は裏側から磨いてくださいと指示される、
そして僕は裏側から磨いてみたことは無くどうにもうまく動かせない。
結局この日は裏側から磨くレッスンとなる。
デンタルフロスを使えるようになるとそこから先は
半年に1度程度通って歯の健康状態のチェックとなる。終わりに近付いている。
それが1回分伸びたのだから僕としては「よかった」と思う。
これまでにも何度も書いてきたことではあるが、
最後に彼女に歯を磨いてもらっている時が
今の僕にしてみれば最も幸福な瞬間なのだ。
これをいかにして引き伸ばすか。
このことを考え出すと仕事は手につかなくなるし、土日はぼんやりしてしまう。
(続く)
[1328] 歯医者その7 2004-07-28 (Wed)次の週になって、また歯医者へ。
今回はちゃんと診察台に横たわる。
歯科医の先生が歯茎に麻酔を打ち終わると後は2人きり残される。
歯石を取る。今日は下の右側。
「この前オカムラさんがモロッコとドバイの話をしたんで、
私本屋に行ってどんなとこか調べてみたんですよ。
でもモロッコのはあったんですけど、ドバイってなかったですね」
(口を思いっきり開けて)「ほーでふか」
「友達にも聞いたんですけど、みんなドバイのこと知らないって」
ふーむ、そういうものか。
20代の女性ならば誰もが知ってるのではないかと僕は思っていたのだが、
どうもそうではないらしい。
実際にそこに行く・行けるは別として、
女性たるもの世界のリゾート地には目ざといものなのではないかと。
「それで、モロッコの本を読んだんですけど、すごいとこみたいですね」
(再度)「ほーでふか」
「女性の一人旅は危ないって書いてましたよ。
知らない男に声かけられても絶対ついて行っちゃいけないって。
私なら絶対1人じゃ行けない」
彼女は「1人」ってところを強調して話した。・・・ように僕には思えた。
「それでもう1コ、本見たら覚えたことがあって。
モロッコってお酒を買うのに年齢制限がないみたいですね」
「そうなんですか?」
口をゆすいだ直後だった僕は聞き返す。そんな話初めて聞いた。
あれだけ酒が手に入りにくかった国だったのに。
「それは知らなかったですね」
「えーでも海外に旅行に行くとなったらその国のこと調べるでしょう?」
そりゃそうだけど。だけど少なくとも「地球の歩き方」にはそういうこと載ってなかった。
彼女は何を読んだんだろう?
そういえばこれまでの何回かの治療の間に彼女は
「お酒を飲むことが好きだ」みたいなことを言っていたのを思い出す。
また横になって歯石を掻き出すのであるが、その前に。
「モロッコの食べ物ってどうなんですか?」
「正直あんまりおいしくなかったですね」
「えー?そうなんですか。私世界のいろんなところの食べ物のお店に行って
食べるのが好きなんですよ。モロッコって香辛料が効いてておいしそうなイメージが」
「でも、確かにスパイスはたくさん入っているんですけど、
そもそも味がないんですよ!しょっぱいとか、辛いとか」
「えーそうなんですかあ?」そう言って彼女は笑う。
恒例の歯磨きの時間となる。
最近どういうところに気をつけて磨いてますか?
どういうところが磨きにくいですか?
もう何回も通ってその度に指導を受けているので
僕の磨き方はだいぶ向上していると誉められる。
歯茎の様子を見ただけですぐわかるのだそうだ。
歯石を取るのも今日で一段落。
さらなる歯と歯茎の美容と健康への道を
今後は僕自ら切り開かなくてはならないようだ。
「プラーク・コントロール」という言葉、聞いたことありますか?
ってとこから始まり、歯周病の予防のために歯間ブラシの使い方を覚えて
歯と歯の間のばい菌を取り除くようにしましょうという指導を受ける。
5cm ほどの小さな細長いプラスチック。
その先端部分が折れ曲がり、その先には 2cm ほどのブラシがくっついている。
年上のいとこが歯科衛生士で、家に行くと歯ブラシの横においてあって
「これって何に使うものなんだろう?」と不思議に思ったことを思い出す。
このブラシを歯と歯の間に差し込んで2・3回前後に動かして歯石を取り除く。
説明を受けてやってもらってると簡単そうに見えるのだが、
自分でやってみると非常に難しい。奥歯にうまく入らない。
特に寝そべってたりするともう至難の業。
右手で持って左の上の奥歯なんて不可能に近い。
「どうですか?」と聞かれて
素直に僕は「・・・難しいですね」と答える。
「慣れるまで時間がかかります。どうしてもダメなようなら、他の手段を考えましょう」
そんなふうに彼女は言う。
「とりあえず1ヶ月試してみてください。
そして1ヶ月後に歯の様子を見せてください」
歯科医の年上の女性が最後にちょっとだけ戻ってきて、
「歯石を取るコースは終了しました」みたいなことを言う。
次は1ヵ月後か。
そしてこれで通うのも終わりか・・・。
僕が何も言い出さなきゃ終わりとなってしまう。
無理やり治療を引き伸ばすために
左右の親知らず抜きますぐらいのことはしてもいいかなぐらいに僕は考える。
毎晩寝る前に鏡の前に立って歯間ブラシで歯と歯の間に差し込みながら。
(何日も続けているうちにだいぶうまくなった)
[1327] 歯医者その6 2004-07-27 (Tue)モロッコから帰ってきたばかりの頃、歯医者に行った。
受付で僕の名前が告げられると
いつもの歯科衛生士の女の人がドアを開けて
待合室のソファに座っている僕の前に来て、すまなそうに言う。
「あのう、携帯に留守電入ってなかったですか?」
そう言えば珍しく留守電が入っていた。
だけど夕方会社で聞いたとき、「もしもしこんにちは。○○と申します」とあって
そこから先は電波の調子がよくなかったのか途切れていて、なんかの間違いだと思った。
苗字と声に結びつく組み合わせはなく、誰かが掛け間違えたのだろうと。
「先生今日突然体調を崩してしまったんです。
それでオカムラさんの予約をキャンセルさせて頂こうとお電話したのですが・・・」
携帯に残された伝言を聞くことのできなかった僕は
そんなことになってるとは露知らずいつも通り歯医者へ向かったわけだ。
「申し訳ありません」と消え入るような声で何回か言われる。
となると後は次の予約を取って帰るだけ。
・・・のはずなのであるが、せっかく来てもらったのに、ってことなのかそのまま世間話へ。
「オカムラさん前いらしたとき、旅行に出かけるって言ってたじゃないですか。
どこに行かれたんですか?」
モロッコとドバイ、と僕は答える。
「えー!?」と驚かれる。「すごいですね、それ!」
や、そんなすごいことでもないですよ。僕はそんなことを言う。
「あのあと私考えたんですよ。オカムラさんどこに行ったのかなって。
アメリカか国内かなって私思ったんですけど。
ごめんなさい。私モロッコもドバイ?もよくわからないんです。
・・・旅行お好きなんですか?」
「1年に1度は海外に行きますね」
「他にはどの国に?」
2年前が上海でその前がノルウェーで、と僕は簡単に説明を始める。
上海は大学の先輩が住んでいたから。
ノルウェーに行ったのはオーロラが見たかったから。
そこまで話すと彼女はすかさず質問を。誰もがそうするように。目を真ん丸にして。
「オーロラ見れたんですか!?」
いつの間にか彼女は僕の目の前でしゃがみこんでいる。
僕はオーロラを見たいがために初めての海外一人旅で飛行機を何度も乗り継いで
ノルウェーの北のはずれの小さな空港まで行ってバスに乗ったときのことを話す。
そのバスの中でかすかに見えたのに、その後過ごした何日かでは見ることができなかった。
残念に思う、いつかまたオーロラを見に行きたいと思う・・・。
その後初めて行った外国はどこだったんですかって話になって
「ロシア」と答えるとまた目を丸くされる。
「へー。珍しいですねえ!」
「何でロシアなんですか?」
「大学でロシア語をやっていて、語学研修のツアーに抽選で当たっちゃって」
「ロシア語話せるんですか?」
「や、抽選で当たって行くぐらいだから一切話せなかった」
「じゃあどうやって過ごしてたんですか?」
「片言の英語で」
「英語話せるんですか?」
「中学校程度なら」
「すごーい。私中学校レベルのでも、全然だめ。最初の最初からもうやり直さないと」
「ね、オカムラさん、ロシア語でなんか話せます?」
「え、だから、抽選で当たったぐらいだから」
「でも「こんにちは」ぐらい言えるでしょう?」
「あー。ズドラーストヴィーチェ、かな」
「ズドラ・・・?難しいですね」
「ロシア語って単語がやたら長いんですよ」
かなり長いこと待合室で、他の歯科衛生士たちのいる受付の前で
しゃがんで僕と話し込んでいることに気付いた彼女は
はっと気付いて立ち上がると、引き止めてしまってごめんなさいと言う。
「じゃ、次の予約は来週の××日に。今日は申し訳ありませんでした」
(明日に続く)
[1326] ババヘラ 2004-07-26 (Mon)Yahooニュースにこんなのを見つける。
「ババヘラ」と呼ばれるアイスについて。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040725-00000062-kyodo-soci
関連して、Yahooでは以下のようなページが紹介されている。ウィキペディアによる解説。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%90%E3%83%98%E3%83%A9
メーカーによるオフィシャルサイト。
http://www.babahera.net/about.php
あと、秋田のサイト。
http://www.d1.dion.ne.jp/~hatosan/akita/main/
懐かしいことこのうえない。
ウィキペディアでも「類似」の項目にて取り上げられていたが、
このアイスは青森でも売られていて「チリンチリンアイス」と呼ばれていた。
秋田では道路沿いにパラソルを置いてその下でじっと客を待っているようだが、
青森ではおばあちゃんが小さなリヤカーを引っ張ってゆっくりゆっくりと歩きながら販売していた。
アイスが近付いていることを近所の人たちに伝えるために小さな鐘をチリンチリンと鳴らす。
リヤカーの上にはアイスの入った四角い金属の箱が乗っかっていて、
100円ダマを手に幼い頃の僕が「おばちゃん、1つちょうだい」と言うと
フタを開けてヘラでコーンの上によそってくれた。
おばちゃんは真夏であっても長袖の野良着を着ていたなあ。ひさしの大きな白い帽子をかぶって。
アイスというよりはシャーベットに近い食感なのは全く同じ。
秋田ではバナナ味とイチゴ味のようだが、
青森ではスタンダードな白(あれは何味なのだろう?素のシャーベットのようだ)
に赤や緑に着色されたのを混ぜる。
この赤や緑に味がついていたかどうかは今となっては思い出せない。
おばちゃんによってはチョコ味があったなあ。
地方(あくまで青森県内での地方)によってはリンゴ味もあると聞いたことがある。
メーカーも確か1つじゃなくて、複数あったはず。
青森と弘前ではメインとなるメーカーが違うかもしれない。
もう何年も夏に青森帰ってないから
僕の中では「絶滅したんじゃないか」ぐらいに思ってたんだけど、
そうか、いまだ健在か。嬉しいものだ。
夏といえば思い出す。東京にも進出してこないかな。
オフィシャルサイトを見ると通信販売もしてるらしいが、
やっぱおばちゃんに作ってもらわないと気分が出ない。
今でも100円なのかな。今から20年前は100円だった。値上がりしてるかもなー。
それにしても青森が「チリンチリンアイス」とまだ多少奥ゆかしい名前なのに対し
秋田で「ババヘラ」とみもふたもない名前なのはいかがなものか。
命名したという秋田の高校生恐るべし。
ウィキペディアを見ると販売員の年齢により
「ギャルヘラ」や「アネヘラ」などと区別されるという記述あり。
[1325] 旅行記を書く 2004-07-25 (Sun)やる気が出てくる。
ふとしたことから旅行記のコンテストの締め切りが今月末にあることを知り、
せっかく書いたのだからモロッコ・ドバイ旅行記をまとめて応募してみようかと思い立つ。
先週は会社の昼休みに人知れずコツコツと作業していた。
1日ずつ書かれた横書きで行間開け放題のオリジナルの文章を
一まとめにして縦書きのそれらしい文章に仕立て上げる。
半角英数字で書かれてたのを1個ずつ見つけては全角に置き換えるとか地道な作業もせっせと。
今日は朝早起きしてクーラーの効いた部屋に閉じこもって
全体的な文章の手直しをした。
誤字脱字・表記を直すだけでなく、文章を補ったり削除したり。
分量が分量なのでもしかしたら今日1日じゃ終わらないんじゃないかというのが怖かったんだけど、
ようやくさっき終わった。今、一息ついているところ。
オリジナルの日記では原稿用紙に換算して439枚だったのが
今回の作業で3/4の323枚にまで縮まった。
それでもとんでもない分量だ。
モロッコ・ドバイから帰ってきてからは毎週毎週土日はひたすらこの文章を打ち込んでいた。
こんな長い文章を書いたのは初めてだし、恐らく最後になるだろう。
(僕はもし仮に小説家になったとして、長編を書きたいという気持ちは全くない)
ある程度のクオリティーのものにはなってると思う。
300枚なんて書けるんですよ、誰でも。その気になれば。
時間と熱意さえあれば。
とはいえ300枚という分量を均一な質感で統一し、
一定のテンションを持続させることができているかと言えば
それってかなり難しい。素人ならば。
僕は長年トレーニングを続けてきたのである種の技術力でその辺はなんとでもなる。
自分で読み返して、そこのところはクリアしていると思う。最初の関門。
後は読んだ人がこういうの面白いと感じるかどうかだよなあ。
とは思うものの、今回の旅行記が採用されるとはちっとも思ってない。
まず間違いなくダメだろう。文章力以前の問題。
先日ある人と話して、「でもこれってモロッコ行きたくはならないですよね」と言われた。
「そうか・・・」と思う。
100歩譲って「旅行に行きたくなるか」ってとこでもアウトだろう。
つまりこれは商品性がない。
旅行記で言ったら、アメリカに住んでいる祖母を訪ねて
生まれて初めて日本を出た12歳の女の子の思い出を明るく楽しく綴った
素敵な文章の方なんてのがあったら断然そっちの方が世の中に好まれるだろう。
ハラハラドキドキ、それでいてスイートでキューティー。
向こうでかっこいい男の子に出合って淡い恋心でも芽生えたら最高だ。
そんな旅行記があったら僕ですら読みたい。
あるいは暗くて後ろ向きな話ならば
アジアのとある国を遊びで訪れたOLが拉致・監禁されて堕ちるところまで堕ちて
昼も夜も分からないような場所で××させられて何年かすごした後に命からがら脱出したとか。
それぐらいの凄みがあるのなら、手記として価値が生まれてくるだろう。
結局僕が今回書いた旅日記は凡庸なんだよな。
サハラ砂漠まで行こうが、交通事故に遭おうが。
こんなの面白いのだろうか?とすら思う。
人によっては面白いのかもしれない。そういう人がきっといるのだと思う。そう信じている。
だけどわかりやすい魅力が、それを箇条書きにできるようなポイントがない。
世の中には僕よりも文章がうまくてスケールが大きくて斬新で
普遍的で読みやすい文章を書いている人は大勢いる。腐るほどいる。
そして僕と同じように小説家になりたいと思っていて日夜僕より努力している。
そして自らの商品性を見出してそこに賭けていく。
僕にはまだそれができていない。
道のりはまだ険しい。
でも出さないよりは出した方がいいので、応募はしてみる。
---
応募に当たってはタイトルが必要なんだけど、いいのが思いつかない。
誰かなんか考えてください。よろしくお願いします。
・・・タイトルが出てこない時点で商品性として弱いってことなんだよね。
[1324] スロウライダー 「ホームラン」 2004-07-24 (Sat)クリス君の高校時代からの友人ヤマナカ君が主催する劇団「スロウライダー」の公演を見に行った。
前回「アダム・スキー」が面白かったので引き続き、ということで。
ミキさんと3人で。場所は王子小劇場。
東京は今日も暑く、新宿を歩いていたら汗が出て止まらなかった。
そんなときにもミキさんは日傘をさして着物。前回お会いしたときと同様に。
たいしたものである。
(とはいえ毎日着物ではないようだ。本人いわく「普段着の5.5%」)
タイトルは「ホームラン」となっていて、バッティングセンターが舞台なのに
内容はなぜか電波系というかUFO系。
前回のタイトル「アダム・スキー」には宇宙人の話はちっとも出てこなかったのに。
その辺のはぐらかし感覚にこの劇団のスタンスというか佇まいがよく現われている。
例によって舞台装置は凝りまくり。前回以上ではないか?
どっかの地方都市のバッティングセンターのどこかで見たような風景・風情を完璧に再現。
緑色の鉄骨が四方に組まれていて最初は劇場のを利用しているのかと思ったらそんなことはなく、
よく見たら天井とつながってない。
後でクリス君と話していたらあれは木製で、バットがぶつかったときの音がおかしかったとのこと。
どちらにしてもすごいもんだ。
ステージは1階部分(休憩所)と2階部分(ネットが張られている)に分かれていて階段でつながっている。
バッティングセンターの大きな色褪せた看板が掛けられている。
長年風雨に晒されて、何十年か前のオープン時からそのままといった雰囲気がよく出ている。
「稲中卓球部」から抜け出してきたようなバッターのしょぼい絵も脇に描かれている。
どこから探してきたのか、本物の自販機とインベーダーゲームの台が置かれている。
(よく見ると Caca Cola のロゴが手書き)
サラ金の広告まで貼られている。どっかからかかっぱらってきたのか、それとも自作なのか。
おしぼりを温めておく小さな冷蔵庫みたいなやつとか「○×注意」や消火設備の位置を示す札、
バッティングセンターの注意事項を書き出した看板だとか。
あくなきリアリティーの追求。
クリス君曰く、現実と非現実の境目を行き来するようにして話が進んでいくから、
リアルなセットがどうしても必要となるのではないかとのこと。もっともだと思う。
それにしてもこういう手間暇かかった舞台装置を
毎回ステージの度に構築するとなるとお金もかかるし時間もかかる。
今回のバッティングセンター、いったい何日で作成されたのだろう?
話の構成も舞台装置に負けず劣らず緻密。
両者がきっちり噛み合ってて、
ありがちなようにどちらか一方に物足りなさを感じることはないのだから、
演出力として優れたものがあるなと感心させられる。
この宇宙はトカゲ系とグレイ系の宇宙人たちによる勢力争いが日夜繰り広げられ、
トカゲ系の宇宙人たちは地球人の大多数に金属製のチップを埋め込んでいる。
チップを埋め込まれた人間は奴らの発する電波によって操られているのであるが、
当の本人たちはそのことに気付いていない。
・・・といった「たわごと」を心の底から信じている頭のおかしい若者を取り巻く
地方のカルタ/将棋メーカーの従業員たちによるへなちょこ野球部の話。
これだけならよくありがちなんだけど、
今回の「ホームラン」の設定でユニークなのは
その地方ではUFOは虫のようによく取れるものであって
大きいのが空で静止していても人々はなんとも思わないというところか。
現実と非現実。舞台上の現実と非現実が常に入り混じるようになっていて
見てる方は最初から最後まではぐらかされることになる。
伏線張りまくって後半「ああそうか、そういうことだったのか」と唸らされるタイプの脚本なので
最初のうちは彼ら(宇宙人の存在を恐れている若者と、その若者を持て余している周りの人たち)
による奇妙なやり取りがどこに向かっていくものなのかちっともわからない。
次のシーンで何が起こるのか予測がつかない。
それでも物語はダラダラ拡散することもなく、意味不明な難解さに逃げることもなく、
きっちりかっちり大きな揺るぎない流れに組み込まれて進んでいく。
乗客を見知らぬ世界へと連れて行くのに、その列車にはレールがきちんと敷かれ、時刻通りに運行される。
力足らずで「この役者なんだかなあ」「この演出なんだかなあ」と思わせることがないので、
後はもう観る人の好みの問題なのではないだろうか?
こういう話が好きかどうか、こういう雰囲気が好きかどうか。
僕はこういう話大好きだし、それを語る雰囲気、語り口はもっと好きだ。
ここから先は劇団としての、主宰者としての、演劇に賭ける気持ちの大きさや
抱いている具体的なヴィジョンの非凡さやリアルさに負うところが大きくなってくるんだろうな。
その辺の部分では少しばかり迷いがあるように僕には感じられた。
技術力は高いのに、今一歩踏み込んで突き抜けることができないまま
「こちら側」に踏みとどまっている。
なんだか惜しい。
見終わった後、クリス君が制作の人と話していたのを聞いてたら
どこまで本気なのか分からないけど
「このままじゃ全然駄目だ」「解散だ」と言ってた。
きっと本人たちは前からはっきりと自覚していて
自分に、自分たちに物足りなくなっていて
「こんなんじゃない、まだまだもっと上に行ける」
「でもそれはこの団体で追求できるのか?」
ってことに悩み出しているのではないか。
今回が4回目の公演。
そろそろ次が正念場。勝負のときではないか。
まだまだ飛躍していって「スロウライダー」的な何かを世間に打ち付けて浸透させるか、
奇妙な話をリアルな舞台装置で演じていく劇団として小さくまとまるか。
偉そうな話はさておき。
僕としては見てて面白かった。
前回との大きな違いは小ネタで腹抱えるぐらい笑ったってことかな。
ホラー系の劇団なのに笑えるポイントが随所にあった。
次回の公演がどうなるか期待。
12月らしくて、タイトルが「スロウライダーの死霊伝説」
どこまで本気なのか。
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新宿の DiskUnion 本館の6階(オルタナのフロアが新装開店されていた)に行ったら
なんと Sonic Youth の幻の1枚目を見つける。9800円。
もちろん買った。値段は問題ではない。
上京して以来10何年と探していたものが見つかった。
そんなわけで今日は記念すべき日だ。
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帰り、山手線に乗ってたらミキさんに、
「群像」の締め切りが10月31日で、あれは確か長さは50枚からだったと教えてもらう。
そろそろなんか書くか、という気持ちになる。
書くぞ。
[1323] 三浦半島ドライブC 2004-07-23 (Fri)少し遅れて船が到着する。
油壺から来たとき同様島を一周するのであるが、船が揺れる揺れる。
風が強くなっていたからか、それとも地震の影響で津波なのか。
フライングカーペット並みに右に倒れて左に傾いて。
そのたびに波がざっぱーんと。
思いがけずワクワクした気分になるが船酔いする人ならいっぺんでアウトだろうな。
「彼氏に連れられてきましたー」って感じの若い女の子がキャーキャー騒ぎまくる。
船は平然と走っていて乗務員のおじいさんたちも何事もなく仕事しているから
この時間帯はいつも風が強くていつもこんなもんなのかもしれない。
疲れと眠気がここになって出てきてものすごく眠くなってくる。
甲板のベンチに座っててウトウトする。
どんなに揺れてようが関係ない。
船が着いてからどうしますか?三崎に行ってマグロ食いますか?
と先輩に相談するものの「腹いっぱいだからいい」と。
眠いんで油壺の温泉に入って、休憩所で寝てるってのも提案したのであるが、これも却下。
フェリーを降りると海水浴場は何も変わることなくのんびりと海を楽しんでいる人ばかり。
船の上で僕らが直面した小さな大冒険が嘘のよう。
駐車場の方に上っていこうとしたら
偶然会社の後輩夫婦が生まれたばかりの子供を抱えているところとばったり出会う。
とんでもない偶然。驚く。
とりあえず油壷を出ることにする。時間はまだ16時過ぎ。
駐車場近くの自販機を見たら「Mountain Dew」と「スコール」を見つける。
珍しい。神奈川だと売ってるのだろうか。
「スコール」なんてもしかしたら初めて見たのかもしれない。
名前だけはたまに聞くことがあるんだけど。
缶には「愛のスコール」「スコールとは乾杯という意味のデンマーク語です」
「乳性炭酸飲料」「THE ORIGINAL MIX」「SINCE 1971」などと書かれている。
販売者は南日本酪農共同株式会社となっていて、宮崎の会社だった。
もう30年以上売られているのか。たいしたもんだ。
飲んでみたらなにげにうまい。なんだかどこか懐かしい味。
さてどこに行くかってことになったとき、後輩の女の子が
友人が葉山で買ってきたケーキがおいしかったことを思い出す。
「いいねー」という声が上がる。
昼あれだけ食べたので気分的にはマグロよりもデザートの時間。
(結局マグロはホテルで食べた3切れだけ・・・。3食マグロとはいかなかった)
朝来た道を引き返す。とんでもなく混んでいる。
油壺も城ヶ島もそんなに人がいなかったのになぜこれほどまで混むのか?
不思議でならない。
彼らはいったいどこにいたのか?三浦海岸から回ってきたのだろうか。
渋滞。カーナビを見るとどこまでも渋滞を示す線が。
(どうでもいいことですが、なぜカーナビでリアルタイムに渋滞情報を感知できるのか、
その仕組みを先輩に教えてもらった。ペーパードライバーだと世の中知らないことばかりです)
三浦縦貫道路の入口を超えると急に渋滞が解消される。
ここから先は快適なドライブになる。
三浦半島が初めてである以上、葉山もまた初めて。
名前としてはよく聞くけど。御用邸とか「葉山マリーナ」とか。
もしかしたら日本を