[1452] 椎間板ヘルニア その後 2004-11-30 (Tue)5月頃だっただろうか。椎間板ヘルニアになったことを書いた。
あれから地道に治療に通った。
首の牽引。滑車のようなもので片方には錘をぶら下げて、首をゆっくりと引っ張る。
夏ごろまでは週に3回通って、秋には2回に減らし、11月に1回となり、
医者からは「11月に痛みがなかったら、診察なしで終えていいです」と言われていて、
それが今日で終わり。半年かかった。
今でも肩が痛いような痛くないようなうっすらとした違和感があるが、
これは俗に言う肩こりなのかもしれない。
少なくとも指の先がピリピリと痛むようなことはなくなった。
しばらく休んで様子を見て、また痛み出したら通院再開。
週に何回か会社をこっそり抜け出して浜松町駅の貿易センタービルの14階の整形外科へと通った。
息抜きにちょうど良かった。
寒さが本格化する時期が来る前に終わってよかった。
会社サボって抜け出すのにコート着てたらさすがにおかしいもんな。
小さな診察室の隣に治療室があって、
牽引の機械がセットされている席に腰掛けると目の前には灰色の大きなロッカーが置かれている。
ちょうど顔と向き合う位置に恐らく雑誌を切り抜いたものであろう、風景写真が貼られている。
右下には「Yorkshire. North England」
左上には「トップ・ウイゼンズ(嵐が丘)付近の風景」と書かれている。
遠景として眺めるならばそこにはのどかな田園風景が壮大に広がっている。
だがよく見ると丘の上に立ったカメラは、その真ん前にいくつもの無骨な岩を捉えている。
荒涼という言葉を思い出す。
「嵐が丘」の舞台となった場所なのだろうか?
(エミリー・ブロンテの「嵐が丘」を読みたいと思ってもう10何年になろうとしている。
いつでも読めると思うといつまでも読まない)
灰色の風が常に吹き流れている場所。写真からはそういう印象を受ける。
今日は月末だったので看護婦の人たちがあちこちに電話をかけて
「前回自費でお支払いただいた分を精算したいので保険証を早めにお持ちいただけますか」
とお願いをする。
首の牽引を受けながら聞いていると
とある労災の患者に関してある会社にかけてみたところ別な番号を教えられ、
そこにかけると「そのような社員はおりません」と言われたようだ。
不思議なものである。
でもこんなことばかりなんだろうな。
牽引を受けていると診察室にて医者と患者が話していることが聞こえてきて、
今すぐにはやりとりを思い出せないが
世の中には様々な部位に関する様々な痛みがあって、
そのそれぞれに対して様々な原因があるということを知る。
「それはもう、あなたの年齢だったらここの部分が磨り減って当たり前なんですよ」とか。
牽引は10分。
椅子に座り、首をゆっくりと引っ張られてまたゆっくりと下ろされてを繰り返す。
その間いろんなことを考える。
行き詰まった仕事についてあれこれ思いをめぐらすこともあれば
そのとき書いていた文章を頭の中で推敲することもある。
何もしない10分。
僕としては牽引の治療に出かけることはなかなかいい気分転換だった。
終わりとなると少しばかり残念な気持ちとなる。
かといってまた椎間板ヘルニアが再発してほしいとは思わないが・・・。
[1451] 年賀状を作成する 2004-11-29 (Mon)日曜は昼に自転車に乗って吉祥寺へ出かけ、DiskUnionでCDを売った。
(売れた金額と同じだけまたCDを買ってしまった・・・)
その後帰ってくると暇になり、
「そろそろやんなきゃなあ」と前から気になっていた年賀状の作成に取り掛かる。
毎年毎年めんどくさいなあと思うものの
普段会うことはなく、メールのやりとりをするでもなく、
毎年年賀状を交換するだけの知人や親戚がいるものだから仕方がない。
例年ならば12月も後半になってから土日に空きを見つけて慌しく作成していて、
それもなんだかなーと思っていた。
11月に作成するのもなんだかなってとこはあるが、
暇のあるうちに作っておくことに越したことはない。
今回は旅行中に初日の出にふさわしい映像を撮ってきたし、ネタはある。
1時間もかからないでちゃちゃっと出来上がる。
凝ったもの作ってもしょうがないし。
1年ぶりにプリンタを箱から取り出してPCに繋ぐ。
(↑普段使うことは全くない)
印刷しようとしてもプリンタが動かず、2時間もの間いろんなことを試す。
トラブルシューティングのページを辿っていったり。
プリンタのプロパティを見てみると
リモート何とかが使えなくなっていてどうたらこうたらと出ていて、
XPにサービスパックを当てたことによりセキュリティ絡みの何かが
おかしくなってるのだろうかと考える。
よくわからんからプリンタのドライバを再インストールしようとして
CD-ROMを入れると、「このOSでは起動できません」とエラーが出た。
メーカーのサイトから最新のドライバをダウンロードしても
途中で「プリンタを認識できません」と出る。
うわー困ったな、壊れたのかな、と思う。
新しくプリンタ買うのは嫌だ。しかも年に1度の年賀状のために。この出費は痛い。
買うべきか買わざるべきか「うーん」と唸っている間に「あ」と思い当たる。
・・・なんてことはない。接続していたつもりになっていたケーブルがPCに繋がっていなかった。
宛名も文面も印刷し終えて、手書で一言添える。20枚出来上がる。
これで1つ重荷がなくなった。
それにしてももう年賀状のシーズンかと思うと1年が過ぎていくのはあっという間だ。
ついこの間年賀状を作ったばかりなのに、と思う。
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確か郵便局には、インターネットで依頼して葉書を送るというサービスがあった。
「こんなのいつ誰が使うのだろう?」と思っていた。
メールで済むのなら誰だってメールを使うだろうし、
葉書や手紙の方がいいという人は自らの手で文章を綴るだろう。
このサービスは、自分はメールの方が楽だが
相手はメールを利用しない立場の人だというときに利用すると便利かもしれない。
特に急ぎじゃない季節の挨拶に。
となると年賀状が最もふさわしい。
メールで「年賀状」形式の画像とメッセージを送るってのもいろんなサイトでやってるけれども
普段メールをやりとりしてるなら特にわざわざそういう「年賀状」を出し合う必要もないわけで。
・・・いや、逆にあるのかな。みんな利用しているものなのだろうか?
僕が必要性を感じていないというだけで。
まあとにかくいつも毎年思うんだけど、
年賀状という習慣は今後どのように変化していくのだろう?
いつまでも残り続けるか、それとも廃れていくか。
僕自身としては後者であってほしいんだけど。
[1450] 本を出します その5(出版契約) 2004-11-28 (Sun)出版社より契約書類がメール便にて届く。
契約書類が3種類入っていて、自分の名前を書いて捺印して返送する。
出版社に出向いて顔つき合わせて「では、ここに押してください」とするのではなく、
ドライに機械的に行われる。ま、こんなもんかと思う。
著作権者(つまり僕)を「甲」とし、出版社を「乙」とし、
2通ずつ作成して1通は僕の方で保管する。
割印を押すときにうまくいかなかったり、
乾いてないのに触ってしまったりで
失敗した方を手元に残すことにする。
契約書を一応読む。
いろんな意味で「はー・・・」と思う。
めんどくさいもんだなあ、難しいもんだなあとか、
ここから僕はどっか行っちゃうのかもなあとか。
「契約を交わす」という行為はやっぱこの現代社会では
それなりに重いことなわけですよ。
いいんだろうか、これでいいんだろうか、と何かにつけて不安になる。
心の中がぎこちなくなる。
契約なんて普段しないですからね。
独身生活の長いサラリーマンだったりすると。
でもよく思い出してみるとアパートを借りるときにも同じように
甲と乙で気難しげな契約書を大家さんと交わしたし、
つい最近だと祖父の家を取り壊すときに
建築業者の事務所で契約書に判を押している。
大丈夫だよな、と思い名前を書く。
契約書とは別に著者のプロフィールを記入する用紙があった。
と言っても自己紹介カードみたいなものではなくて
住所氏名生年月日職業ぐらいのもの。
ただし項目ごとに公表可否を指定する。
写真を同封してくださいとあったが、ないことに気が付く。
ないんですよね、紙に印刷した写真って。特にここ2・3年。
なんかの申請で撮ったスピード写真の残りを使うってのも嫌だし。
(しかもそれをカッターで切り抜いたりするのはもっと嫌)
電子データの画像ファイルにも適当なものがない。
日々の暮らしで誰かに写真を撮られるってことがそもそもない。
結婚式の2次会ぐらいのときしかないのかもしれない。
そういうときの写真って誰かと一緒に写ってて酔っ払ってるものだから
やはりこれも使えない。
なんにしても本には顔写真は載せたくないですね。
恥ずかしくて。
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契約を取り交わして出版費用を振り込んだら、
担当の編集者がついて本格的に製作が開始される。
[1449] SF大人買い 2004-11-27 (Sat)先週の土曜、神保町の出版社を訪れた際に
いつも行く古本屋にSFの文庫で珍しいのがないか探したら
嬉しいことにというか悲しいことにというか大当たり。
恐らく熱心に買い集めていたファンが何らかの理由で売り払ったものと思われる。
なんというか、むせてしまうぐらいに書棚が濃かった。
嗅覚で本を探しているとしたら、鼻がひん曲がるぐらいだった。
10冊買って2万円。
普通ありえない。とんでもない出費。
ボーナスも近いし、ま、いいかと思って買ってしまった。
僕的にかなりすごいものばかり買ったのでここにリストアップする。
【ハヤカワ文庫】
□トーマス・ディッシュ 「プリズナー」 \800 (SF233) /1969
ディッシュの作品って今だと、映画化もされた絵本ライクなおとぎ話
「いさましいチビのトースター」のシリーズしか売ってないんですよね。
60年代のアンソロジーの翻訳を古本で見つけて読むと
ニューウェーブの旗手ってことでディッシュが入っていることが多く、
いい作品を書く人だとずっと思っていた。
ようやくまとまった作品を入手。
□テッド・ホワイト 「宝石世界へ」 \750 (SF352) /1967
この人はよく知らないのだが、パラレルワールドものだったので買ってしまった。
□ブライアン・W・オールディス 「爆発星雲の伝説」\500 (SF364) /1964
「地球の長い午後」やSFの評論で有名なオールディスの短編集。
スピルバーグが映画化した「A.I.」の原作はこの人。
□イタロ・カルヴィーノ 「柔らかい月」 \1260 (SF436) /1967
大学院時代に「現代文学」を読み漁っていた頃、
イタリアとなると最も言及されていたのがこの人。
ハヤカワのSFに入っているのは非常に珍しい。
(その他の代表作はハヤカワ以外の出版社から出ていて、それらは比較的入手が容易)
イタロ・カルヴィーノという作家と
その得意とするメタフィクションというジャンルの紹介が
まだ日本でもあんまりなされていない時期だったため、
奇妙なSF風作品だということでハヤカワの文庫に入ってしまったのだろう。
目利きの編集者が自分のところで出したかったからかもしれない。
□K・W・ジーター 「グラス・ハンマー」 \550 (SF914) /1985
昔のジーターの作品でまだ持ってなかったもの。
【サンリオSF文庫】
□アントニイ・バージェス 「どこまで行けばお茶の時間」 \2400 /1976
バージェスと言えばキューブリックが映画化した「時計仕掛けのオレンジ」
パラパラめくってみた限りでは
「不思議の国のアリス」の毒々しい部分と
ジェイムズ・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の実験−言葉遊び的感覚が
元になっている作品のようだ。
□シオドア・スタージョン 「コスミック・レイプ」 \3200 /1958
短編の名手スタージョンの、題名からもわかる通り問題作というか異色作。
復刊ドットコムにも上がっている。
(サンリオは復刊要望がとても多い)
とっちらかったコミック・オペラ的な内容のようだ。
「アインシュタイン交点」や「ノヴァ」で有名なS・R・ディレイニーが
50ページにも及ぶ序文を寄せている。
日本でも最近「不思議のひと触れ」や「海を失った男」と独自編集の短編集が
新しく出版された。前者を出した河出書房からは別な短編集も出るようだ。
今日本ではちょっとしたスタージョンブームかもしれない。
□フレドリック・ブラウン 「フレドリック・ブラウン 傑作集」 \2750 /1977
「火星人ゴーホーム」などで有名なユーモアあふれるSFを書く名手。
星新一が訳している。
もうずっと星新一読んでないなあ。
中学の時にはもうこればかり読んでたのになあ。
学生時代に逝去のニュースを耳にしても「そうかあ・・・」と思っただけ。
愛蔵版を買ってもう1度読み返してみようかな。
今の僕が読むとSFそのものの作品よりも江戸時代ものの方がしっくり来るかもしれない。
星新一が僕の文章に与えた影響ってとてつもなく多いんだよな。
この本も絶版のままにしないで復刊すればいいのにな。
なお、11月いっぱい yahoo ではアニメ化された「気まぐれロボット」の配信をしている。
□イアン・ワトソン 「マーシャン・インカ」 \4000 /1977
80年代イギリスの重要な作家、イアン・ワトソン。
こういう作品を出していたとは知らなかった。
未読だけど「川の書」「星の書」「存在の書」でどうもあらぬ方向にいっちゃってるらしいのだが。
裏表紙を読むとこんなことが書いてある。
「アンデスの小村アプスキーにソビエトの火星探査機が墜落した。
火星から採取した土が付近にばらまかれ、村人たちは次々に倒れていった。
(中略)
インディオの青年ジュリオとその恋人アンジェリーナは、
偶然難を逃れ、ジグソーパズルのような長い夢のあとで再び目が覚める。
(中略)
言語学や文化人類学、社会学、物理学などの知識を縦横に駆使して、
インディオの神話的世界と現代科学を融合し、(以下略)」
理系の科学だけじゃなくて別な領域の学問も視野に入れているよなSFは絶対面白い。
あー早く読みたい。
80年代の作家による南米を舞台にしたSFでは
ルイス・シャイナーの「うち捨てられし心の都」が秀逸。
□ハリスン&オールディス編 「ベストSF1」 \1900 /1968
1967年のアンソロジー。
ハリソンはハリイ・ハリソンで、オールディスはブライアン・W・オールディス。
収められた作品はと言うと、
(ジェイムズ・ブリッシュが「信条」を、ハリイ・ハリソンが序文を書いている)
ロバート・シルヴァーバーグ 「ホークスビル収容所」
フレッド・ホイル 「恐喝」
キット・リード 「ぶどうの木」
J・G・バラード 「下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件」
ブライアン・W・オールディス 「紙宇宙船の騎士たち −−−SFへの回顧的展望」
フリッツ・ライバー 「電話相談」
キース・ローマー 「最後の指令」
シルヴァーバーグの「ホークスビル収容所」は別のアンソロジーでも読んだことあるけど、
なかなかの力作だった。
□ラングドン・ジョーンズ編 「新しいSF」 \3500 /1969
ニューウェーブを扱ったアンソロジー。
時代も近くイギリスで編まれたせいか、どちらにもバラードとオールディスが入っている。
マイクル・ムアコック 「北京交点」「トマス・トンピオンに」※序文も
ブライアン・W・オールディス 「プラハを遠く離れて」
トーマス・M・ディッシュ 「五点形」
チャールズ・プラット 「方向」
J・G・バラードとジョージ・マクベスによる対談 「新しいサイエンス・フィクション」
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他にも買いたかったものがあったんだけど、
さすがに買いすぎだとなくなく諦める。
ちくま文庫から出ていたP・K・ディックの短編集2冊や、
SFじゃないけどサキの短編集2冊組みとか。
SFの好きな人が古本屋でサンリオの文庫を探すようになったらもうおしまい。
抜け出せなくなる。
僕はもう抜け出せなくなった。コレクターの仲間入り。
読む時間が圧倒的に足りなくて、一冊何千円もする古びた文庫が部屋の片隅に積まれたまま。
[1448] 西荻から歩く 2004-11-26 (Fri)とある人の誕生日ということで飲みに行く。
銀座、といか新橋。1次会はカラオケ屋だが、2次会は「NBCLUB」という店に入る。
エレベーターで地下2階に降りていき、さらにエントランスから階段で下りていく。
吹き抜けの天井も高く、銀座とは思えないぐらい広い。
上に建っていたビルもこれだけ広かっただろうか?と不思議に思う。
前方にはステージがあってピアノが置かれている。
大小様々なテーブルの間を白人・黒人の店員が忙しく行き交っている。
ニューヨークを舞台にした映画を見るとこういう場所が出てくるよなあなんて思う。
とんでもなく大きなダイニングバーみたいなやつ。
僕らはビリヤード台を模した席に通される。
メニューにボージョレ・ヌーヴォーがあったのでワインで乾杯。
ライヴの時間となり、ステージに恰幅のいい黒人の女性が立って
カラオケにピアノの生演奏をバックに歌いだす。
「Hot Stuff」や「That's The Way」といったディスコの定番を。
ピアノを弾いていた人は夏にバドガールのビアガーデンに行ったときに
ステージでギターを弾いていた人だという。夏は出稼ぎに出てたとのこと。
雰囲気が多少似てるので店的につながりがあるのか、
あるいはこういう店用にミュージシャンを手配する芸能プロダクションみたいなのがあるのか。
ステージ前の空間にて客・店員入り乱れて踊りだす。
肌も露な衣装の女性がテーブルの間を練り歩き、クネクネと踊る。
黒人の店員がステージ近くのテーブルの客たちに「さあ踊ろうぜ」って感じで手招きする。
何人かが立ち上がって誘われるまま踊りだす。
誰彼区別なく近くにいた人とペアになって。
丸の内線の終電がなくなり、中央線の各駅停車で帰る。
席に座った途端眠ってしまう。
阿佐ヶ谷で目が覚めて、次に目が覚めたのは荻窪の駅でドアが閉まった瞬間。ハッとする。
西荻窪で降りる。僕としたことが寝過ごしてしまった。
東京方面は終了していた。仕方なく荻窪まで歩いて帰ることにする。
北口のアーケード街を歩いて、ひたすら北へ北へと進んでいって、青梅街道に出る。
自転車に乗って吉祥寺に行くときの道を初めて歩いてみる。
真夜中。いつもとは風景の過ぎてゆくスピードが違う。視点の高さも少しばかり変わる。
ほんとなら何かしらの新しい発見があってよさそうなのに
酔ってるので何も思わず、何も考えず。ただただボケーッとロボットのように歩く。
時間は一瞬のようでもあり、永遠のようでもあり。
部屋に着いたら2時を超えていた。
[1447] 歯医者その10 2004-11-25 (Thu)定期検診ということで3ヶ月ぶりに歯医者に行く。
夏の間通っていた時はずっとモロッコの話をしていたので、
自然と流れは旅行記出版のことになる。
(僕も人の子なので機会があると言いたくなるんですよね。特に今はそういう時期。すいません)
いきなりのことなので「すごいですね!」と驚かれる。
しかも今まで一介のサラリーマンと思われていた患者が言うのだからなおのこと驚かれる。
目を真ん丸くして。
本になったら買いますよとか、サインしてくださいとか言われる。
みんな反応は一緒なもんなんだなあ。
歯科衛生士の方に「文章を書くのは好きなんですか?」と聞かれて、「好きですね」と答える。
これからも旅行記を?−−−いや、どちらかと言えば小説を。
お仕事と両立させるのは大変ですね。−−−できたら小説だけにしたいんですけどね。
それって難しいですよね。−−−なかなかなれないですよね。
どういう小説を書くんですか?と聞かれて返答に困る。「・・・純文学?」と答える。
「SFっぽいのが好き」とはあんまり言いたくない。
歯の検診を受けたり、掃除を受けている合間合間に話は続く。
「文章を周りの人に見てもらってるんですか?」
僕は日記のことを話す。インターネット上で毎日更新していると。
いつ書いてるんですか?−−−朝早く来て会社で書いてます。
朝?前の日のことを?−−−前の日のこともあれば、・・・いろいろです。
いろいろ?−−−書くことがないとフィクションだったりしますね。
そこから「フィクション」というか物語の話になる。
最近ではどういう物語を書きましたか?
「・・・えーとですね、世界の終わりをテーマに・・・」
「世界の終わり!?」(笑う)
「地球がですね、あのー氷河期に入って、若者たちがですね、まあ、その(ごにょごにょ)」
「他にはどんなのを?」
「その前は、主人公の学生が小さな女の子を1日面倒見ることになって、水族館とか行くようなやつ」
(↑未完のままほったらかしにしていることをようやく思い出した)
こんなふうにしてずっと喋りっぱなしだったのであるが、
「見てみたいです!そのURL教えてください!!」
とならないこのきれいさっぱりとした脈なし感のすごさ。
「患者とは大いに話すべし。言葉のキャッチボールにより歯科治療にまつわる不安を取り除くべし」
そんな教育というかモットーの行き渡っている度合いの高さに改めて感心させられる。
「半年後に本が出ます。じゃあそのとき買います」はあっても
「ホームページあります。じゃあ今から早速見ます」とはならないんですね。
衛生士−患者という抽象的な間柄からすれば直接的過ぎるから。
プライベートに踏み込むようなニュアンスもあるし。
結局のところ僕はただの話のネタのある患者に過ぎない。
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肝心の歯の治療はというと。
この3ヶ月、歯間ブラシは週に1度か2度使うもののデンタルフロスは使わず。
いつのまにか歯磨きも雑になっていく。
そんな僕の歯と歯茎の状態はあまりいいものではなくなっていた。
歯には歯石がつき始め、歯垢も溜まっている。
歯茎も炎症が起きている。
しかもこれが状態のいい部分とひどくなっている部分とかがあって
「歯のお手入れをするときの癖がはっきり出ていますね」と指摘される。
左の下側はなかなかきれいだが、右の上はダメ、とか。
「お手入れの方、あんまりよろしくないですね」と眉をひそめられる。
しかもデンタルフロスは結局1度も使わなかったと正直に告白するとがっかりされる。
レクチャーが始まる。
「脱灰」と「再石灰化」について。
虫歯の元になる菌は食事の後に増えだしてその結果として口の中を酸性化させる。
酸性が強まるとどうなるかというと歯のカルシウム分が溶けだす。これが「脱灰」と呼ばれる作用。
「脱灰」は際限なく続くものではなく、唾液で菌が殺されたり、
歯磨きをして歯を清潔に保つことで抑制される。
その一方で歯は溶けていくばかりではなく、「再石灰化」という形で歯の修復も自然と行われる。
健康な歯を保っている人ならばこの「脱灰」⇔「再石灰化」というサイクルが問題なく行われるが、
歯の手入れを怠っている人はこのバランスが崩れて「脱灰」の比重が高くなり、
削られていった歯はやがて虫歯となる。
こんなふうに理論的に説明されると「あー歯磨ききちんとやらないとな」という気持ちになる。
前回、虫歯ができかけてますねとされていた個所はきっちりと虫歯になり、治療しなくてはならなくなる。
それと親知らず。「抜いた方がいいですね」とあっさり言われる。
歯医者通い再開。また当分続く。
---
日記について話していたとき、こんな発言が飛び出す。
「日記ってことは、今日は歯医者に行きましたって私が登場するんですか?登場したいです!フフッ」
言われなくても、毎回登場してるんですよ・・・。
[1446] 紅葉の季節 2004-11-24 (Wed)紅葉の季節。
・・・なのであるが日々の暮らしで紅葉を見ることがない。
もう何年も間近で見た記憶がない。
夏だ、海だ、ドライブだ!というイベントの話なら誰からともなく毎年出てくるけど
「秋だから紅葉を見に行きましょう」なんてことを言い出す人はいないもんなんですね。
(まだ若いから・・・)
家から会社にかけてのルートでそれらしきものを見ることもなく。
落ち葉すら見ることもない。
(いや、実際には見てるんだろうけど記憶に残ってないというだけか)
正直な話、紅葉の時期ってのがいつなのかよくわかってない。
青森でどうなのか、日光や尾瀬でどうなのか、東京でどうなのか、鎌倉でどうなのか。
いつもごっちゃになってこんがらかる。
どこでは終わっていて、どこでは始まったばかりなのか。
確か寒い方から紅葉が始まるんだっけ?
だったら北国から?南の方へと降りていく?
それとも日本全国あまり時期は変わりない?関係するのは標高差?
桜前線だと何かにつけて日本列島の地図を見るんだけど、
この時期は「山々がこんなに色付いています」って映像しか見ない。
紅葉の名所を訪れ、いざこの目で見てみたら壮観なんだろうな。
「なんだかものすごい風景ってのを求めて海外に行ったりするけど、
実は国内にもまだまだ見るべきものはある」
そんなことをきっと思うのだろう。
もう少し年を取ればこのシーズン、紅葉→温泉という過ごし方をするようになるんだろうな。
「がり」とか「もぎ」とかで秋の果物を収穫しに行くとか。
秋の過ごし方にバリエーションがないようではまだまだお子様だ。
夏と冬の間のブランク、もしくは冬の準備期間。
僕にとって秋という季節はまだまだその程度のものだ。
[1445] 本を出します その4(出版社へ) 2004-11-23 (Tue)原稿に直すべき個所がないか聞いてみる。
僕の原稿自体には削ってよさそうな個所はないため、そのまま使用するとのこと。
これがアメリカ旅行記なら成田から飛行機に乗ってという個所は
誰が書いても情報として同じなので場合によってはカットされるが、
モロッコともなると珍しいので
見慣れぬ土地へ行くという旅の不安も描かれてるし、そのまま使いましょうとなる。
サハラ砂漠の宿で従業員と口論になったっていうのは
向こうの旅行会社にとってマイナスのイメージを与えて問題とならないですか?
という今回の本の中で僕が最も気にしていた点は
「ガイドブックではないのでその辺は全然OKです」と言われた。
前書きと後書きを書きたいのですが、そんなことしたら
契約書に書かれているページ数や出版費用が変わったりしませんかという質問には
きっぱり「それを調整するのが編集の仕事です」と。
(「まあ50ページも増えたらそれはさすがに困りますが」と苦笑)
前書きか後書きはどちらかでいいでしょうと提案される。
なぜ前書きが必要かというと読んだ人から以前、
「最初にどういう人か自己紹介があった方がいいのでは」と意見をもらったから。
それはカバーの裏か奥付に普通、著者紹介を載せるから
替わりになるのではないかと聞いてそれもそうかと思う。
後書きは見開き2ページあるいは4ページに収まる分量で。
ま、その辺はオーソドックスに。
(アメリカの小説を読むと謝辞としてありとあらゆる人の名前が載っているが、
僕もああいうことをするのだろうか?)
編集の作業としては他に表記の統一があるのだそうだ。
人名や地名の固有名詞とか。ex.「マラケッシュ」or「マラケシュ」?
編集の方が1コ1コ調べてより適切な方に改めていく。
(で、僕がその修正後を確認してする)
英語も縦書きのや横書きのが混ざってたからなあ。
そういうのもどちらかに寄せることで読みやすくしていく。
いかに目次(見出し)をつけていくか?
タイトルは変えるべきか?
文章そのものはほとんどいじらないとしても体裁を整える作業はいくらでもある。
一通り説明、質疑応答が終わると
この旅行記のよかったところと今後書いていく上で気をつけるべき個所を聞いてみた。
選ばれたポイントを要約すると次の3点のようだ。
・モロッコとドバイの一人旅というのがまだまだ一般的ではなく、情報も少ないため希少価値がある
・いろいろ巻き起こった出来事に対して「なぜ?」と疑問を持つ視点がよかった
(「どこそこに行きました、なになにがありました、きれいでした」では旅行記にならない)
・文章量が多い割にサクサク読めるところ
ずばり賞を取れなかった理由を恐る恐る聞いてみると
それは選考者の趣味になってしまうのでどうとも言えないとのこと。
(後から思うに、たぶん知っててもこういう場では言わないのではないか)
1つ参考意見として誰に対しても言えることは、
原稿にくっつける要約を見て選考者は手に取るのであり、
要約に書かれている内容が本文中にてどのように描かれているかで印象が変わるのだそうだ。
僕の場合「事故に遭った」と書いてあったらそれがどんな事故だったか。
その部分が詳しく書き込まれていて面白いものだと評価が高くなりやすい。
僕の文章の改善点については、
印象的な出来事があったらもっと「周り」を書き込んだほうがいいし、
もっと踏み込んで相手の心情や表情を書き込んだほうがいい、と言われた。
最後にこういう話になる。僕に限らず、本になる文章とはどういうものか。
読み手の立場に立つこと、興味を持ってもらうこと。
文章のテクニックではない。
それぐらい言われなくてもわかってるよ、とこれまで思っていたけど
実際に出版社の人に面と向かって言われると
「ああ、そうかあ、そうなんだよなあ」と心の底から反省させられた。
---
こんなふうにして打ち合わせは終わって雑談に入り、
次もどこか旅行に行くんですかと聞かれて僕は「次は南米、ペルーですかねえ」と答える。
そしたらこんな助言が返ってきた。
「マチュピチュは早く行かないとなくなっちゃいますよ」
これはどういうことなのかと言うと跡の痛みが激しいからであって、
なんでそんなに痛むのかと言えば旅行者が勝手に
土台の石だのなんだの持ち帰ってしまうからなのだそうだ。
こう聞くと僕の中で闘志が沸く。
次は南米に行かなくては、と。
そしてまた旅行記を書こう。
[1444] 本を出します その3(出版社へ) 2004-11-22 (Mon)出版社の入っているビルがすぐにも見つかり、エレベーターに乗って5階へ。
出版社はビルの中のいくつかのフロアに分かれていて、
僕がこれから会うことになる出版プロデュース担当のMさんは
以前郵送してもらった書類の中に入っていた名刺を見ると5階になっていた。
初めて訪問する会社ってのはビクビクするもんですよね。
それは仕事のときだけじゃなくてやはりプライベートのときも変わりなくて、
ドアが閉まっていたらどうしようとかそんなことを考える。
4階になり、5階になり、エレベーターが開く。
目の前のドアが開けっ放しになっていて、「入っていいんだろうな」と思う。
中はシーンと静まり返っている。女性が1人机に向かっている。
歩きかけるとその人が振り返る。僕はMさんですか?と聞く。
「オカムラさんですか?」と聞かれる。
2階で打ち合わせしましょうということになって
2人でエレベーターに乗って降りていった。
2階もまたシンと静まり返っている。
ミーティングルームがいくつかあって、その中の1つに通される。
もう1つのところでも打ち合わせがなされていた。
出版社というと「とにかく忙しい」というイメージが僕の中にあって
平日も土日も、昼も夜もないのではと思っていたのだが、そういうことではないようだ。
それとも出版社によっていろいろ違うのか。
Mさんとやりとりをしているとここの出版社では土日は普通完全に休みのようだった。
この日たまたま他の用事で出社しなくてはならなくなったということで、
じゃあ僕もと会いに行くことにした。僕は逆に土日でないと時間が取れない。
ミーティングルームは社内用のものではなくて
社外の人と打ち合わせするためのもののようで、
その出版社にて最近出した本が壁沿いにもテーブルの上にも並んでいた。
ああここにも僕の本が並ぶことになるのかと思うと
なんだかとてもふしぎな気持ちになる。
僕はこれまで住んできた小さな世界からどこか別な世界へと足を踏み入れつつある、
そんな気分になった。
打ち合わせが始まる。
以前頂いた企画書の説明を一通りしてもらう。
ハードカバーにしますか、それともソフトカバーにしますか、
1ページには縦何文字で横何文字で計何文字印刷されるのが普通で、
読みやすさから考えると標準的な組み方が云々かんぬん。
僕は丸っきりのシロウトなので、「その辺は全部任せます」ということになる。
奇をてらったサイズにしたりなんて、もう考えられない。
全部ごくごく普通でお願いしますと。
初版の部数や印税の仕組みや定価についても企画書にあった通りに。
内心「いや、もうその辺のことは何もわからないのでとにかくお任せ」なモード。
最後に費用のことを聞かれて分割でも払えますが、というのを
強気に「一括で前払いしますよ」と答えて、
では契約書を作成してお送りしますということになる。
だいたい11月末までに契約を交わして
12月頭には担当の編集がついてそこから実際の製作が始まる。
見出しをつけたり、僕が旅行中に撮った写真から使えそうなものを選んだり。
デザインのイメージを考えといてくださいと頼まれる。
そもそも作家の方でどうしたいのか、はっきりしといた方がいいとのこと。
(↑「作家」と呼ばれてジーンと感動する)
書店で目に留まって手に取った時にページをめくってみようという気を起こさせるかどうか。
このとき、書いてある内容と装丁によりもたらされるイメージとがぴったり合う方がいい。
「こういう感じ」というのを提示してもらえるといいですね、と言われる。
「文章を拝見する限りオカムラさんは本を読むことがお好きなようですので、
好きな装丁の本があると思うんですよね。音楽もお好きなようなのでCDでも構いません」
難しいよなあ、と僕は思う。
サハラ砂漠をイメージした色にするかとかいうような具体的な話もあれば、
クールなものにしたいよなあという全体的なトーンの話になっても
「じゃあクールってなによ?」ってことになるし
宿で険悪な雰囲気になるは事故に合うは生水を飲んで腹を壊すはという
実際の内容にもあんまりそぐわない。
コンテストに応募ということで完成した文章を提出してしまっているのだから
後はもう僕のすることはなくて出版社の編集の人が本を完成させてくれるのを待つだけ、
あるとしても文章の手直しだけ。それと作者による校正。
最初僕はそう思っていた。そんなことはないようだ。
Mさん曰く、作者にもいろいろ頑張ってもらって一緒に作っていった方が、
作る過程を楽しんでもらった方が、いい本ができるとのこと。
なるほど、そういうものなのかと思う。
(続く)
[1443] 本を出します その2(出版社へ) 2004-11-21 (Sun)出版社を訪問した土曜について。
金曜の夜は会社の人たちと銀座にカニを食いに行って(幹事は僕)
カニミソ鍋を食べておいしい時間を過ごす。
カニを七輪の上で炭火で焼いたりもした。
最後の雑炊が最高にうまかった。
カニ味噌の入った鍋で作った雑炊。うまいに決まってる。
楽しい気分のまま2次会のカラオケに行く。
気が付いたら終電を逃していたのでタクシーで先輩の家に行って泊めてもらう。
さらに缶ビールを飲んで仕事の愚痴を大いに語り合う。
寝たのが4時頃で朝起きたのが10時過ぎか。そんで家に帰りついたのが12時。
眠い。ものすごく眠い。
出版社との約束は16時。一眠りする時間がある。
なのに眠れない。電車の中でも眠るに眠れない。
打ち合わせに備えて神経が高ぶっているからか。
絶対寝過ごしたらいけないという気持ちが体全身に行き渡っているからか。
風呂を沸かして入り、髭を剃って着替えてまた外に出る。
丸の内線に乗って新宿まで。都営新宿線に乗り換えて神保町まで。
ドキドキしているからか本も読めない。
東京都心の物理的な位置関係がわかってるようでわかってない僕は
新宿から神保町までは10駅ぐらいあってかなり遠いのではないか、なんて思っていた。
4駅しかない。「ふーん近いんだな」と思う。
何も考えることができず、4駅分の時間をそんなことを考えて過ごす。
あと、もう1つ考えたのは「売れるかどうか」ってやつ。
根が暗い僕は「売れないんだろうなあ」とまずは思ってしまう。
世の中そんなに甘くはないぞと。
目的がはっきりしているため旅行記は小説よりは売りやすいとしても、
無名な素人の書く文章がそうそう売れるわけがない。
バックパッカー界で名の知れた旅の名人だったらまだしも。
初版は×××部刷ることになるのだが、売れ残ったらどうしよう。
その時点で僕は出版界追放となってしまうのではないか。
大量の在庫が工場であっけなく裁断されて。
(出版社によっては売れ残ったら著者が買取というところもあるようだが、
僕がお世話になるところではそういう契約にはならないと明記されていて助かった)
このところずっと、こういうことばかり考えている。
朝起きたとき、電車に乗ってるとき、仕事に疲れたとき。
出す前からクヨクヨしている。
1日に200冊の本が発売される。年間7000冊にもなる。
その大半が売れずに闇に葬り去られる。
メジャーデビューしたミュージシャンみたいなもんだよなあ。
売れるのは一握りの、普遍的な価値を持つ人だけ。
どこの世界でも一緒か。
クヨクヨばかりもしてられない。
考えが行き着くところまで行ってしまうと、方向が逆に転ずる。
どっかから火がついてあれよあれよという間にベストセラーになんないかなあと。
夢の印税生活。
物珍しい場所に旅行しては旅行記を書いて本を出すという素晴らしい毎日。
プランが決まる:
2冊目 ペルーの古代遺跡→ナスカの地上絵→イースター島
3冊目 アイスランド→グリーンランド
4冊目 シルクロードを端から端まで
5冊目 南極
ベストセラーとまではいかなくても(そもそも何冊売ったらベストセラーなんだ?)
ある程度恥ずかしくないだけの数売れたら
また1人で旅行してそれを文章にして、もう1冊本が出せるかもしれない。
これはもしかしたら実現可能な範囲の物事なのではないか・・・。
なんてことを考えているうちに地下鉄は神保町に着く。
14時には着いてしまったので2時間近く暇になる。
神保町に来たのも1年ぶりか?
DiskUnion でCDを買って
古書店街のいつも必ず立ち寄る店で絶版になったSFの文庫をオニのように買い漁る。
それでもさらに時間が余って、ドトールでぼんやりと過ごす。
持ってきた書類の束の中から
出版社の入っているビルの描かれた地図を何回か取り出して眺める。
まるで就職活動をしているときのようだ。
なんならスーツでも着て来ればよかった。
そんなこんなで約束の時間になる。
(続く)
[1442] 本を出します その1 2004-11-20 (Sat)何人かの人には既にこっそり伝えていますが、この度本を出すことになりました。
10月8日の日記で
「ささやかながらも前に進んだ。小さな頃からの夢に向かって現実的な一歩を踏み出せた」
と興奮しながら書いてたのは実はこのことだったんですね。
(日本ジャンケン連盟に採用される、ではなくて)
モロッコ・ドバイ旅行記です。
書き上げた頃にたまたま見つけた旅行記のコンテストに出してみたら
3次選考まで残ったようで「出しませんか」ということになりました。
(7月25日付けの日記に応募するときのことが書いてあります)
出版費用は出版社と折半というか僕が出す割合が高くて
自費出版のワンランク上みたいなものなんですが、
自費出版とは違って一般の本と全く同じように製作されて
全国の書店にて入手可能となるのでこの際出してみることにしました。
これまで黙ってたのは
「ほんとに出るんだろうか」と半信半疑だったため。
それが今日出版社を訪問して打ち合わせしてきて
出版契約の内容を決めて今後のスケジュールのだいたいのところが聞けて
かなり現実的なものになったため、公にすることにしました。
本はゴールデンウィーク頃に出ます。
皆さん買ってください。よろしくお願いします。
今後の僕の人生がここにかかっています。
本が出て何が嬉しいかって言えば
出版社から頂いた企画書にも書いてあったんだけど
一般の図書扱いなので国立国会図書館にも納められるということ。
これで僕も形あるものをこの世に残すことができるようになったわけで。
感無量です。
頑張って続けてたらなんとかなるもんなんですね。
これで1つ、夢が叶いました。
30なるまでに何もできなかったら
いろんなこと全て諦めようかとも思っていたのですが、
ギリギリ滑り込みました。
本なんて出そうと思えば、
内容を問わずただ出すだけならば、
このご時世いろんな手段があって
実は誰にでも出せるものなのかもしれませんが、
僕の場合10年以上かかりました。
長かったなあ。
本を作るってのはなんだか楽しい作業のようで、
今からとてもワクワクしています。
※出版社の方に聞いたところ契約に関すること以外だったら
何書いてもいいよってことだったので
これからの半年間、
実際に本が店頭に並ぶまでの出来事のあれこれをここで報告します。
[1441] The Residents 「Eskimo」 2004-11-19 (Fri)することのない日曜の午後、買ったけど封も開けてないDVDの山を少しは片付けようと
取り出したのがレジデンツの2枚。「Eskimo」と「Commercial Album」
どちらも代表的なアルバムを映像化したものとなる。
アンダーグラウンドかつアヴァンギャルド。
アメリカには奇妙奇天烈な音楽性を持つグループというのが星の数ほどあるが
その中でもレジデンツはペル・ウブなどと並んで70年代のデビュー以来、
(多少失速した感はあるものの)今に至るまで常に孤高の輝きを放っている。
メンバーのバイオグラフィーは一切公開されていない。
海の向こうのキャラクター「目玉のオヤジ」にインスパイアされたのか
メンバー写真ではタキシードを着てシルクハットをかぶった、大きな目玉4人組。
その音楽性を一言で言うと「諧謔」
モゴモゴしてなんだかよくわからない音の塊がシュールな音楽を
無理やりどこかのジャンルに押し込めるのならば
ジャズコンボのようであり、テクノポップのようでもあり。
とにかく「レジデンツ」としか言いようがない。
この世に存在するありとあらゆる音楽を吸収して咀嚼して吐き出して
音のバラエティーは確かに豊富なのに、何を聞いても一瞬でレジデンツと分からせてしまう。
幼子の見る悪夢をそのまま音像化するというか、
幼子の持つ残酷さを演奏する側には何の悪意もなく曲として成立させるというか。
偉大な存在である。
唯一無二な音楽を作るだけでなく、
早くからCD-ROMの作品を製作したり(たぶん全米でも第一人者)
メディアというものへの関心も高い。
発言をするという意味ではなく、人知れずコンテンツを提供するという意味で。
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「Eskimo」はその名の通り
古きよき時代のエスキモー(イヌイットと呼ぶのが正しい?)の生活形態を
音楽で表現しきったというとんでもない作品。
吹きすさぶ風の音に始まり、セイウチ狩りや誕生の儀式の模様が音の連なりによって再現される。
犬や鯨の骨で作られた楽器の音色がそこでは聞こえ、独自の音階を持つ曲まで演奏される。
本当にこういう音楽をエスキモーたちが奏でていたのかどうか、
もしかしたらレジデンツが勝手に想像/創造というかでっち上げたものなのかどうか、
僕にはよくわからない。
一応エスキモーのフィールド・レコーディングに基づいているらしいが。
「民族音楽」としてちっとも正しくないものなのかもしれない。
でも、聞いてて確かにその気になってくる。
これぞ、エスキモーの生活であると。
79年に発表。以来ずっと名盤とされてきたものが、20年を経て映像化された。
エスキモーたちの日常生活を切り取った古い記録写真を恐らく元にして
静止画を多用したアニメーションへと変換。
白と黒と灰色と青という素朴な色彩がなんだか妙にリアル。
エスキモーの生活ってこうだったんだろうなあと素直に信じさせるものがある。
見てて思い出したのは「まんが日本昔ばなし」
シリーズの中に時々あった妙にもの侘しい話の持っていた雰囲気に近い。
ユニークな表現に興味をもつ人はこのCDを是非とも聞いてみてほしいし、
映像の方も機会があったら見てほしい。
ちょっとした映画として成り立つぐらいのクオリティーの高さ。
ボーナス映像としてロバート・フラハティの記録映画「ナヌーク」(1922年)の映像に
レジデンツが音楽をつけたものが収録されている。
氷を切り出して家を作ったり、犬ぞりを引っ張ったり、セイウチ狩りをしたり。
なお、「こんな音楽じゃ踊れない」という的外れなことをのたまった批評家のために、
レジデンツは翌年、この「Eskimo」のディスコ・ミックスである「Diskomo」を出している。
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「Commercial Album」もまたとんでもないコンセプトを持っていて、
1分の長さの曲が40曲入っていて40分というアルバム。
もちろん、どの曲もバラエティーに富んでいて、
「Eskimo」とは別な意味でよくもまあこんなのを作れるものだと感心させられる。
80年の発表当初は4曲のみが映像化されていたのだが
(ニューヨーク近代美術館に永久保存されたという)
リリース25周年を記念してなんと30人以上のアーティストに1分の曲の
ビデオクリップを作製してもらったのが近作。
どのアーティストの作品も不気味で得体の知れないレジデンツの雰囲気を
そのまんまなぞるようなものばかり。
これといって面白いものは正直なかったが、
アイデアっていくらでもあるもんだねえと感心させられた。
レジデンツ自身が製作したクリップもあるんだけど、
(最も映像と音がマッチしているのは彼らの作品だ)
これらを見ている限りこの人たちは全く持って不可思議な存在であって
何を考えているのか全く持って分からんと驚かされてしまう。
[1440] 暗闇というもの 2004-11-18 (Thu)とある人からメールをもらう。
バリ島に行ったときのことが書かれていて、
暗闇って必要なものな気がしました、とあった。
暗闇。
小さな頃は暗闇というものが確かに怖かった。
今でも余り気持ちのいいものとは言えない。
大人だろうと子供だろうと暗闇というものを本能的に怖がっている。
子供は敏感だから、暗闇に対して過剰に反応を示す。
日々身近に接するものとして、皮膚感覚で捉えているのではないか。
例えその場所が街灯や蛍光灯といった様々な灯りによって明るくなっていたとしても
夜になると常に暗闇というものの存在を感じていたように思う。
もっと正確に言うと、すぐそこに潜んでいるのを感じ取っていた。
大人たちがネオン街に消えていくのも、
あるいは人の集まる地域にはネオン街ができて一晩中にぎやかなのも、
暗闇を恐れているからか。
生物学的にも比喩的にも、人という生き物は光を求めるもののようである。
恐れるばかりではない。それと同時にもっと別なものも感じているのではないか。
大人になれば。
人が生まれきた場所は暗闇であって、死という形でまた戻っていく場所でもある。
そういうことに思い至った時、暗闇というものはまた別な意味合いを持ってくる。
暗闇と空白とが交差するようになる。
人によっては別の種類の恐怖感を抱くようになるし、人によっては何の恐怖感もなくなる。
人は暗闇というものに何か特別な意味を見出そうとする。
なのにそれを表す適切な言葉を持っていない。
ただ、得体のしれなさだけが残る。
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話は変わる。
僕はその人への返事としてこういうことを書いた。
暗闇というのはただ単に視覚的なものではなく、
音や匂いによって様々な色付けのされるものではないかと。
(なのでバリの暗闇は行ったことのない僕にとっては
なんだかエキゾチックで瑞々しいもののように感じられる)
その地域・その文化によって
暗闇というものは補完もされるし、
その効果を打ち消すために、あるいはその効果を利用して
独特な雰囲気を生み出すために、華やかに彩られることもある。
カーニヴァルは夜になるのを待って始められる。
一言で暗闇と言っても、そこには無数の在り方がある。
暗闇というものをたった1つの単純な恐怖心だけで捉えているならば、
その人の人生はつまらないものと言える。
暗闇というものにどれだけ芳醇なもの(豊潤なもの)を見出せるかで、
その文化の成熟度を計れるのではないか。
---
映画を見に行く。
暗闇を通して、僕らはスクリーンの向こうの光景を体験する。
その世界に入り込む。
僕らはそこに光の戯れを見る。音を感じ取る。
暗闇がなければ、僕らの生活はひどくつまらないものになってしまうだろう。
[1439] 自分の未来を見る/覗く/眺める 2004-11-17 (Wed)例えば、自分の未来というものを見ることができるとしたらどうなるだろうか。
小説として描くのなら
どれだけ遠くの未来を、どれだけの間見ることができるか、ということがポイントとなる。
1日先しか見えない。あるいは、制限なし。
写真のような静止画像しか見えない。あるいは、いくらでも長い間見れる。
ポイントとしてはもう1つ、どういう手段によってか、というのもある。
「未開」とされる時代から代々その部族の中で受け継がれてきたシャーマンが執り行う儀式として。
あるいは、人類が共通に持っている潜在的な能力を非合法の薬品を利用して引き出す。
あるいは、なんらかののタイムマシン。
何回まで見ることができるか。
生涯に1度だけ。状況(資産・能力・体力)に応じて何度でも。
その気になれば条件のマトリックスを作成することが可能となり、
短編ないしは長編小説のネタのバリエーションをいくつか生み出せる。
【その1】
タイムマシンの製造が可能となった近未来。
その稼動に当たっては莫大なコストを要するため、一般庶民はなかなか気軽に利用できない。
本人が時空間を移動となるととんでもない金額となるため、
普通の人は映像を1枚切り取ってもらうだけとする。
それだけでも例えば新車1台分の費用が要求される。
となると、人はどういう映像を欲しがるか。
過去の大事な思い出。あるいは、自分の死の間際がどうなっているか。
たった1枚の写真をもとに主人公は自分の人生を過去へ、あるいは未来へと辿っていく。
【その2】
ある種の寓話。天使たちのはからいにより人はその未来を人生で3回だけ見ることができる。
だけど1日先だけ。10秒ぐらい。ぼやーっとした映像で。
人によってはここ一番という競馬の結果を知りたがるし、
ものすごいトラブルに見舞われた人は明日の自分の姿を知りたくなる。
1回でもなく10回でもなく、3回というのが微妙な回数となる。どうやって使おう?
「3つの願い」のような寓話を踏まえて、ひねった展開を。
【その3】
個人が気軽に未来を見るのが当たり前になった社会。
天気予報から選挙の結果までなんでも知ることができる。
「未来は既に全て定められている」
変えることはできなくて、人々はただそれをなぞっていくことになる。
妙に活気のない社会。人々の生活は台本を与えられて毎日演じるようなものとなる。
それでも、「何が起こるかわからないよりはまし」と大多数の人たちが受け入れている。
というか、受け入れるようになって300年ぐらい経過していてごく普通のことになっている。
可もなく不可もない人生が約束されている人ならば問題ないのだが、
行く先々で不幸が待ち受けているような人もいる。
「そういうものなのだ」と大多数の人は生まれた時から諦めている。
こういう設定にしたときに当然考えられる展開として、
「未来が決まっているのはおかしい、自分はそんなものに従わない」と声高に主張する若者が出てくる。
【その4】
タイムマシンの製造が可能となった近未来なのは「その1」と同じ。
誰も彼もが未来を知るようになったならば社会が混乱するに決まっているので
政府要職に就くごく一握りの人間しか未来を観察することが許されていない。
国という概念はなくなり、政府は単一のものとなっている。
「大統領」は未来観察のレポートに基づいて「政治」を執り行う。
誰であれレポートの内容を部外者に口外するようなことがあってはならない。
主人公は普段目立たないように暮らしているが
実は未来観察者として様々な情報を握っている。
ある日彼は反政府組織の活動員によって誘拐され・・・。
(P・K・ディック的な話ですね)
【その5】
未来を見る能力は誰にでも普遍的に備わっている能力だった。
1週間ぐらいかけて大掛かりな準備をして
1週間近く冬眠に入るようにすれば誰もが未来を読めるようになった。
めんどくさい行為なので普段は誰もそんなことはしない。
切羽詰った時、あるいは暇な時、未来を読むという行為を人は行う。
・・・が、主人公(まだ子供)には生まれつきその能力が失われていて劣等感を抱く。
(100人に1人の割合。多いとも言えるし少ないとも言える)
周りのみんなは夏休みに入って「初めての未来」を目にした後で、興奮してあれこれ喋っている。
主人公は寂しい思いをする。
周りの大人たち、友人たちがそんな少年(ないしは少女)に対して温かい励ましを与える。
こういったことがありつつ一夏のあれこれを経て、主人公はほんの少し成長する。
[1438] Morning Bell 2004-11-16 (Tue)彼女の生まれた村では丘の上に小さな塔が建てられていた。
その天辺には鐘が吊り下げられていて朝になるとゆっくりと打ち鳴らされた。
草原を、田園を、鐘の音が広がっていく。村全体を包み込む。
一仕事終えた農夫たちが家の前で立ち止まり、いつもの方角へと見上げる。
家の中で食事の用意をしていた女たちもその手を止める。
食卓の上では焼き上げられたばかりのパンがふんわりとした湯気をたてている。
木苺で作られたジャムの入った小さな壷の中に銀色のスプーンが差し込まれている。
子供たちが外に走り出て歌にならない歌を歌った。
緑色と小麦色に覆い尽くされたその世界では
時間とはいつも変わりなく、穏やかに流れていくものだった。
まだ小さかった頃の彼女は年上の姉妹たちに連れられて
山を超えた向こうに広がる海を見に行ったことが何度かあった。
貝殻を拾っては波の音を聞いた。
貝殻によって音が変わるので、「これはどこどこの海」と名前を付けていった。
海の反対側から流れ着いたという青や緑色をした何かの破片を太陽にかざした。
昼になるとバスケットから果物を取り出して食べた。
潮の匂いは彼女にとって不思議なものだった。
今も彼女は何かの拍子に、あの日のことを思い出す。
失われてしまった世界のことを彼女は思い出す。
失われてしまった人々のことを彼女は思い出す。
記憶の中にしか無くなってしまった無数の出来事、交わした会話、
彼女だけの宝箱に入っていた様々な色と形をした玩具。
彼女は今都会とされる場所の中で機械に埋め込まれて暮らしている。
あの日の朝と同じように、その時間が来れば都市全体に鐘が鳴り渡る。
耳を塞いでも彼女には聞こえてくる。
その顔を覆う両手が錆付いてしまっている。
永遠を与えられた生命に閉じ込められて、
彼女は幼かった頃の記憶の中へと絶えず戻っていこうとする。
[1437] 恋人たちは砂丘の向こうに消えた 2004-11-15 (Mon)恋人たちは砂丘の向こうに消えた
波の音だけが残された
やがてその波の音も聞こえなくなった
風に吹かれてサラサラ、サラサラと砂の子供たちが宙を舞う
そしてそれ以外には何も聞こえなくなった
恋人たちは砂丘の向こうに消えた
その頃誰かが二人のことを考えていた
郊外の小さな家、窓の向こうには草原が広がっていた
二人のために手紙を書いて
届けてくれる人が丘を越えて現れるのを待った
恋人たちは砂丘の向こうに消えた
そして二度と戻ってこなかった
手を繋いで、心の中では歌を歌っていた
振り返ったりはしなかった
あの幸せがいつまでも続けばいいと思った
恋人たちは砂丘の向こうに消えた
僕たちはサヨナラも言わなかった
荷物をたたんで海辺を後にすると自転車に乗って家路についた
夜になると星が輝いた、降ってくるような星空だった
恋人たちは砂丘の向こうに消えた
波の音だけが残された
[1436] デモ行進に遭遇する 2004-11-14 (Sun)夕方、17時頃だっただろうか。
荻窪駅前の西友に買い物に出かけたら
拡声器を持った警察官が「今からこの道路をデモ隊が通ります」とアナウンスしていた。
デモ?なんで荻窪で?
そう思いながら西友の中に入っていく。
買い物を終えて出てくると、ちょうど目の前をそのデモ隊が通りかかるところだった。
耳をつんざくばかりに派手派手しい爆音が路上に響いていた。
10年前のディスコでかかっていたようなレイヴにデスメタルを掛け合わせたような
まがまがしいまでににぎやかな音楽。
チンドン屋の奏でる音楽を純粋培養していって突然変異の変種ができたらこんな感じとなるか。
デモにしては非常にうるさかった。
何のための行進なのだろう?
僕が思いついたのは中国とか北朝鮮とかに対するこの国の態度に関するものであって
だとしたら声こそ張り上げるもののこんなうるささは必要としないはず。
なんなんだこの集団は?
デモとしてはそれほど大きなものではなく、50mほどか。
その前後を機動隊のバスで挟まれている。
先頭は軽トラックでそのすぐ後ろを若者たちがバラバラと歩き、何人かは飛び跳ねていた。
トラックの横には「落書き社会」と大きく書かれていた。
レインボーカラーの旗に「PEACE」と書かれたのを振っている人がいた。
何も書かれていないただただ真っ黒な旗を持っている人もいる。
僕は歩道橋に登って彼らを真上から眺める。
楽器を持っている人たちがいた。
サックスを吹いている人、小太鼓を叩いてる人。
若者たちの中に、40過ぎの人たちも混じっていた。
歩道橋を降りて彼らの進む方向に向かって僕も歩いていく。
帰り道の方向が一緒なのだから仕方ない。
彼らは車道をノロノロと進んでいく。一般市民はアーケードの下を歩く。
これがまた道が細くて慢性的に自転車が乗り捨てられてるから混雑して身動き取れなくなる。
人波を書き分けていったら
盾のようなものを持ったフル装備の警官たちの集団が前を歩いていてそこから先進めなくなる。
軽トラックにはこんなノボリが立てられていた。
「監視社会に捧ぐサウンドデモ」
中ではDJが慌しくレコードをこすっていて、おもちゃの機関銃のような音を出していた。
サウンドデモ。なるほどな、と思う。
だからこんなに騒々しいのか。
それにしても何でこんな時間に荻窪なんかを行進しているのだろう?
人々に訴えかけるにはもっと適切な通りが東京にはもっとあるはずなのに。
彼らはどこから来てどこへと向かうのか?
このまま青梅街道を進んでいって、都庁のある新宿を目指すのか?
警官の後をついて歩く。
デモ隊と同じスピードで、同じ方向に向かって。
これがどこか他の国でどこか他の時代だったら、
僕も参加者に間違えられて逮捕されてしまうのだろう。
ビラを配っていたのでもらった。
表には「監視を撃つ」という標語と監視カメラの写真、真っ赤なバラ、
そして Rage Against The Machine 「The Battle of Los Angels」のジャケットにあった
右腕を高く掲げる人物の輪郭を描いた絵。
裏にはこんなことが書かれていた。
「わたしたちはK君への仕打ちを絶対に許せない。
だから、まず、あの公演からデモをしよう!」
話を要約するとデモの提唱者は昨年春「杉並区西荻わかば公園」の公衆便所の壁に
「戦争反対」「反戦」「スペクタクル社会」と書いたところ近所の住民に通報され、逮捕。
「建造物破損」罪により、懲役1年2ヶ月・執行猶予3年の有罪判決。
こんな社会はおかしいと。街のあちこちが監視されている。
監視社会が到来する。
ふーん、と思う。
なるほど、だから荻窪駅前を彼らは歩いていたのか。
僕自身はいいとも悪いとも思わない。
(デモ行進という行為自体に何の興味もない。一生参加することはないと思う)
ただ、その公園の壁を見てみたいとは思った。
「戦争反対」と書くだけで1年2ヶ月の懲役になるってなんかおかしい。
世の中の多くの人がいたるところで落書きをしてるのに、捕まった話はあまり聞かない。
「戦争反対」という言葉そのものがいけないわけがない。
よほど神経を逆なでするような書き方だったんだろうな。
自転車に乗って見に行こうかなと一瞬思ったんだけど、
裁判になるぐらいだからとっくの昔に消されてるはずだと考え、やめといた。
(もし残っていたらお笑いだ)
その落書きを見てみないことには何の判断もできない。
観光地の旅の思い出みたいな無邪気な落書きなのか、
この僕ですら「こいつ頭おかしいんじゃないか」と気分を害し、
突き出したくなるような毒々しいものなのか。
前者であるならば確かにこの社会はおかしなことになっている。
主張のある人は主張すべきだし、
仲間を集めて「運動」を起こすのはいけないことだとは思わない。
でも、今日のデモは聞きたくもない下世話な音楽を爆音で聞かされてはた迷惑だった。
騒音公害。選挙の前の政治家と一緒だ。
何の関係のない人に我慢を強いるようなデモっていい印象もたれないんじゃないの?
落書きと、監視と、あの雑音に何の関係がある?
帰り道の神社では七五三ということで縁日が開かれていた。
空も暗くなって、屋台の灯りがほのかに眩しかった。
祭囃子の音がかすかに聞こえた。
部屋に帰ると、フランク・ザッパを聞いた。
アルバムはもちろん、「ジョーのガレージ」
[1435] 個性と呼ばれるもの 2004-11-13 (Sat)顧客のオフィスにて朝からプロダクトの導入作業。その立会いをする。
社員の方々が仕事をしていない休みの日でないと作業できないので土曜に行うことになる。
仕事してる人のいないガラーンとしたオフィスってのは奇妙な雰囲気がある。
自分とこの会社でもそうだけど。
それにしても思うのは
会社の中ってそれぞれ違うもんだなあということ。
まあ、当たり前と言っちゃえば当たり前な話
社会人になって6年、これまでいろんなオフィスを訪れたけどどこも雰囲気が全然違う。
シンプルで物そのものがあんまりないオフィス、雑然としていてひどく人間くさいオフィス。
机と椅子、電話とPC。ファイルキャビネット、ミーティングスペース、コーヒーサーバー。
構成する要素は概念的には全く一緒のものなのに、どうしてここまで違うのか。
経営のトップが持つ人間的雰囲気や好みでこうなるのか、
それとも20人の会社なら20人の、2000人なら2000人の、
社員たちの有機的な相互連関により形作られていくのか。
仕事の内容、扱ってる商品・サービス、向き合ってるお客さんの性質、
いろんなもんがあるんだろうな。
生まれたばかりの会社にはまだ混沌とした空気の流れしかなくて、
やがてそこにいた人たちの意見の総和として社風とか企業文化とかが醸成されていく。
後から入ってきた人たちはそのイメージの中に取り込まれていく。
(こういう「醸成」プロセスを断片的に切り取って
いろんな角度から眺めることができたらきっと面白いだろう)
どの職場であれ、求められることは「いかにして効率よく仕事のできる環境を提供できるか」
よほど進んだ、余裕のある企業でない限り、個性なんてものが正面きって取り込まれることはない。
なのにいくらでもその会社の個性というものが滲み出てきてしまう。
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会社の中に限らず、個々の家の中・部屋の中もさらに千差万別。
人間の外見が異なるように住まいの中も大きく異なる。
人括りにすると個性と呼ばれるものがそこでは溢れかえっている。
個性的な顔つきの人は個性的な部屋に住んでいるような感じがする。
個の主張の強い人の部屋は置かれている物の多さ少なさに関係なく、一癖ありそうだ。
逆に言うと印象に乏しい人は無味乾燥な部屋が思い浮かぶ。
同じように置かれている物の多さ少なさに関係なく地味な部屋から出てきて、
時間が来るとそこへと戻っていく。
例えば、アンデスの山中やニューギニアの奥地、アフリカの砂漠の周辺に何千年と住んでいる部族。
西洋に端を発する文明と比較して
彼らは所有しているものが少なく、一般的に「貧しい」とされる。
住居はどれもこれも似通っていて、
身に着ける衣服・装飾品もまた色や模様以外にこれといって区別がつかない。
ただ単に見慣れてないだけなのかもしれないが、
なんにせよ僕は同じぐらい彼らの顔つきもまた区別ができない。
テレビや本の中で見る限りでは
背の高さや低さ、大雑把な年齢、性別といったものでかろうじて
何か特徴のようなものがつかめるだけだ。
つまり、没個性的。
これは僕らが「個性」と呼んでいるものが西洋的裕福さの産物だからなのか。
そういう観点・尺度でないと計れないものなのか。
そうなったとき、僕らが「個性」と呼んでいるものは実はたいしたものじゃないってことになる。
相対的なあやふやなものであって、絶対的なものではない。
時代と共に移り変わるものだとしてもある種のレールが敷かれているように思えるのは
実は錯角だったりする。
---
そもそも、
人というものは他者との同一よりも差異を求めるものなのだろうか。
それとも差異よりも同一を求めるものなのだろうか。
本能的にどちらなのだろう?
個々の時代の、個々の地域の、個々の文明において、どちらとなるのだろう?
[1434] 潜水艦 2004-11-12 (Fri)籍不明とされているが中国という説が濃厚。
(僕は最初、北朝鮮の潜水艦かと思った。
もしかしたら彼の国は原子力潜水艦をたくさん持っていて、
世界中をバシャバシャと泳ぎ回っているのかもしれない)
潜水艦って言うと思い出すのであるが、
僕が中学校に入るか入らないかの頃、80年代末のことだ、こんな話を聞いた。
「ソ連の潜水艦が津軽海峡から陸奥湾に入りこんでいて、いつも監視している」
「何隻も何隻も潜行している」
米ソはまだ「冷戦」中にあった。
ソ連というとなんだか冷酷な怖い国という印象があった。
共産主義ってのが得体が知れなくて、青森よりもはるかに寒そうで。
中学生の僕は釣好きの友人と一緒に自転車に乗って近くの港に出かけると
防波堤を走っていって陸奥湾を眺めた。
青森を訪れたことのある人ならば雰囲気がわかると思うが、陸奥湾は大きな湖のようだ。
目の前には確かに灰色の波が寄せては返しているものの
その向こうには下北半島がなだらかに広がっている。
「ああ、この狭苦しい領域を潜水艦がひしめき合っているのか」
僕は暗い海の底で真っ黒な潜水艦がソナーを飛ばしあっている光景を思い浮かべた。
ソナーを飛ばすっていうのがどんなのかよくわからんので
アニメっぽい音波が僕の中で水紋のように広がっていった。
目の前の海の底では言葉の通じないロシア人たちが
何十人・何百人といて、みな黙々と軍隊っぽく持ち場についている。
どこかの部屋ではウオッカを飲んで陽気に騒いでいる。
肌の白くて茶色い髪をした、屈強な男たち。
(なぜかわからんが僕らの中で彼らは青い横縞のシャツを着ている)
その後僕は潜水艦に乗って世界を一周する旅のことを考えた。
普段は深い深い海の底にいて、時々海面に浮上してハッチを開けて新鮮な空気を吸う。
波間をプカプカと漂ってサンサンと降り注ぐ日の光を浴びる。
どうしたら潜水艦に乗れるのかな、と思った。
僕も乗せていってよ、連れて行ってよ、と。
今ではさすがにそう思わない。
映画だと例えば「Uボート」なんかを見ると過酷な生活環境のようだし。
でも、乗れるのなら1度乗ってみたい。
そういうツアーってないのかな。
アメリカだと前、ニュースで聞いたことがある。
(自衛隊の訓練船にぶつかって問題となった例のやつ)
[1433] 心の鳴らし方 2004-11-11 (Thu)弱っている。
疲れきって落ち込んでいる。
話がしたいと思う。
誰かと話がしたいと思う。
「話す」ということなら常日頃いろんな人と連絡、交渉、相談、雑談、
たくさんの言葉を交換し合っている。
当り障りのないことを。仕事の上では重要なことを。
僕の中の上っ面を言葉の群が右から左に絶えず駆け抜けていく。
心の入り口が荒れ果てる。
そんなとき心の内側から外側へ、外側から内側へ、
何か大事なものを行き来させることは難しくなってくる。
疲れきって家に帰って眠るだけの毎日になる。
話がしたいと思う。
誰かと話がしたいと思う。
今このときほど恋人というものを欲しいと思ったことはない。
愚痴を聞いてくれる人が欲しいのではない。
ただ単に「今日こういうことがあったよ」と言いたいだけ。
その日どこかで見つけて、心の奥底に仕舞われてしまったものを
そっと導き出したいだけ。
それは絶対、聞いてくれる人、
聞いたことを元に自分で思ったことを言ってくれる人がいないことには
何も始まらない。
僕に恋人ができたならば
まあ月並みなんだけど映画を見に行きたいと思う。
隣の席には僕の好きな人が座っていて、僕は映画を見ている間に眠ってしまう。
そして突付いて起こされる。
それってものすごく、幸福なことなのだと思う。
何をするにも1人きりなのは確かに気楽だ。
人と話さずに自分の殻に閉じこもって時間を過ごしていると傷つく機会が減る。
だけどその分人として得るものも少ない。
それを補完しようとして手っ取り早く、本を読み、映画を見て、音楽を聞く。
それはそれで楽しいが、時として
じゃあそれを見て何を思ったのか?という問いかけがなされないで終わる。
ああ面白かったな、で終わり。
これでいいのだろうか?と時々ふっと思い出して自分に対して問いかけるんだけど
そんな時の自分は考えるまでもなく
「こうしかならないんだろうな」とあっさりと諦めてしまっている。
心の鳴らし方。
心は「鳴らす」ものだと誰かが言っていた。
鳴らして、共鳴させるものだと。
僕はそのやり方を忘れてしまっている。
(もしかしたら、多くの人たちが忘れてしまっているのかもしれない)
人は孤独な生き物なのだと僕は思う。
それは端的に言って、生まれてくる時には1人きりで、死ぬ時にも1人きりだからだ。
その体の中に、心の中にいるのは自分1人だからだ。
そして、それゆえに自分で自分というものをどうにかしなきゃならないからだ。
寂しい生き物だ。
だからこそ、鳴らさなきゃいけないのに、
言葉や、言葉にならないいろんなものがあるはずなのに、
いつだってぎこちなくて鳴らすことができない。
もしかしたらいつか誰かに伝わるかもしれない、
そんなことを信じて生きていくだけ。
話がしたいと思う。
誰かと話がしたいと思う。
[1432] 土濃塚隆一郎さん 2004-11-10 (Wed)日曜のキクチさんの結婚式で出会ったトランペッターの土濃塚隆一郎さん。
(実際はフリューゲルホーンがメインらしい)
泥酔したジンを介抱してくれたり話し相手になってくれたりととてもいい人だったんだけど
調べてみたらなかなかすごい人だった。
http://www.tonozuka.net/
公式HPのプロフィールを見るとその筋ではなかなか評価が高い。
3枚目のアルバム「For Lovers」が今日11月10日に発売される。
(「彼は自分のことを宣伝するのが下手だから」と
同じぐらい自分のことも他人のことも宣伝することが下手なキクチさんが
披露宴にて紹介していた)
「3枚もアルバムを出してるってすごいですね!」と2次会で僕が言うと、
「ミュージシャンは誰でもなれる。CDも出せる。弟子入りして大工になるのと一緒だ」と
土濃塚さんは答えた。
「ふーん。そんなもんか」とそのとき僕は思ったのだが、あれは謙遜だったのか。照れ隠しだったのか。
こんな評価の高い人に「誰でもなれる」と言われても・・・。
ピアニストと2人で登場。披露宴では5・6曲演奏しただろうか。
カーペンターズの「遥かなる影」が出てきたのを覚えている。
(原曲でもトランペットのソロが出てくるけど、
改めてトランペットがよく似合う曲だということを認識させられた)
あともう1曲聞き覚えのある曲が吹かれたんだけど、思い出せない。
足元にはエフェクターを連ねて、
ほっぺたを思いっきり膨らませて熱演していた。
自分の結婚式のときに「高校の友達だから」と
プロのミュージシャンに演奏してもらえるのっていいなあ。
かなり羨ましい話だ。
[1431] 近未来 2004-11-09 (Tue)東京駅から新幹線に乗って札幌へと向かう。
座席に沈み込むとすぐにも眠り込んでしまった。
最近の仕事の疲れからか、4時間の間目を覚ますことは無かった。
検札で1度起こされたぐらいか。何もかもが夢うつつだった。
JRの駅から地下道に下りていって地下鉄に乗り換えた。
今日のホテルは昨年できたばかりのツインタワーの中にある。
その20階の部屋だった。
窓の外に広がる札幌の街並みはうっすらとした雪で覆われていた。
少し向こうに旧テレビタワーが見えた。
雪祭りの行われる大通りを大勢の人たちが歩いている。
信号で止まった車の群。そのヘッドライトとテールライト。
この高さだと何もかもがミニチュアのように見える。
まだ3時を過ぎたばかりだというのに、夕暮れのようだ。
街全体が曇った灰色の中へと少しずつ沈み込んでいく。
ノートPCを屋内LANにつないで明日の会議の資料を読み直す。
クライアントの求める素材の強度に対して
今回の提案内容は十分なものになっているだろうか?
リスクはどこまで負うべきか?
ここで1人で考えても答えが出ないのでノートPCを閉じた。
・・・閉じた後でもう1度電源を入れ直した。
ボストンだと今は深夜1時過ぎか。彼女は起きているだろうか?
部屋の中には備え付けのモニターフォンがあったんだけど、自分のPCから電話をかけた。
呼び出し中を示すアニメーションが単純な動作を繰り返した。
それがブツッと途切れて、彼女の部屋の中が映った。
彼女の姿をデフォルメしたキャラクターが絨毯の上を歩いて近付いてくる。立ち止まってセリフを言う。
「・・・ただいま留守にしております。ピーッと鳴りましたら・・・」
僕はメッセージを残そうとする。
誰もいない部屋の中でスクリーンに虚しく僕の顔が映っているのだろうか?
しかもそれは地球の反対側だ。
「いや、特に要件は無いんだ」と僕は言う。そして僕はそれ以上何を言うべきか困ってしまう。
そこへ彼女が部屋を横切ってきて受話器を掴んだ。
「もしもし。どうしたの?こんな時間に」
「ごめん。夜遅くに」
沈黙が続いた後、僕は言う。
ただ、話をしたかっただけなんだと。
僕と彼女はわずかばかりの言葉で、途切れ途切れに会話を続けた。
僕は彼女の顔に浮かんでは消える表情を見つめた。
そして彼女も同じように僕を見つめていた。
「会いたいよ」と僕は言う。
彼女は黙って頷く。
でもそれはできない。2人の間にある距離は余りにも遠い。
彼女がその唇をゆっくりとスクリーンに近づけて、そっと押し当てる。
僕もそこに彼女がいるかのように、キスをしようとする。
薄暗い部屋の中。外では雪が降っている。
どちらともなく「じゃあ」と言って電話を切る。
静けさ。スクリーンだけが白い光を放っている。
僕は何かに取り残されてしまったような気持ちになった。
どれぐらいの時間が経過したかわからないが、1人きりで部屋の中に座っていた。
僕は立ち上がるとコートを着て部屋の外に出た。
廊下を歩き、エレベーターが上ってくるのを待った。
携帯にメールが届いた。彼女からだった。
彼女がボストンで撮った風景が添付されていた。ボストンも冬だった。
彼女が自分で撮ったと思われる写真の中で、彼女は笑顔を見せていた。
[1430] 恐怖症 2004-11-08 (Mon)女性というものがよくわからない。
思春期から今に至るまでずっとそう。
怖いがゆえに近づけない。
まともに話ができない。手を握るなどもっての他。
そこから先のことなんて、何をどうしていいものやらさっぱり。
もっと若い頃は何かしら知ってたかもしれないけど、もう忘れました。
最近は女性に関するあらゆる物事に関して、中学生並にドキドキしてしまう。
たまに話しかけられたとき、その内容がどういうものであれ、
「その資料を取ってもらえますか」というものであっても、ドキドキしてしまう
。
平静さを装って「ああ、これ?」と手渡すものの心の中ではしっかりと怯えてい
る。
満員のエレベーターの中で僕の体のすぐ側に女性の体が近付いてたりすると
どうしていいかわからなくなる。
その人のつけている香水の類が感じ取れたりするともうだめだ。
夜眠れなくなってしまう。罪の意識に苛まれて。
それでいて常に気になっている。仕事も手につかない。
どんなふうに話したら、どんな内容のことを話したら、
女の人たちは喜んでくれるのだろう?
どんなことをしたら、どんなことをしなかったら、
女の人たちは嫌がるのだろう?
僕は毎晩テレビを見て、
テレビの向こう側のきれいな女の人たちは
どんなことをされたら嬉しいのだろう?と考える。
この僕に何ができるだろうと考える。
この僕を見てどう思うだろうと考える。
そこから先、僕はいつだって絶望しる。
きれいな女の人たちは僕のことを肯定的に捉えはしないこと。
そして現実の世界ではそういうテレビの向こう側のきれいな人たちが
この僕となんらの接点もないのだということ。
いっそのこと、この世界は僕みたいな男ばかりになってしまえばいい。
みんな1人きりでポツンと生きていけばいい。
そうなったら(コウノトリが運んできてくれない限り)子供というものが生まれ
なくなって
そしたら、この世界は滅びてしまえばいい。
こんな世界なんて、なくなってしまえばいい。
神様はどうして男と女を作ったのかと恨めしい気持ちになる。
そんなややこしいものを作るべきではなかった。
アメーバのように分裂するだけでいいじゃないか。
何百万年か前にこの地球にいた誰かってのは僕そのものであって、
今この地表を覆いつくす大勢の誰かってのもみんな僕だ。
永遠にみんなみんな僕だ。
そういう方がいいじゃないか。
女性というものがよくわからない。
思い返してみれば思春期どころの話じゃなく、幼稚園からしてそうだった。
僕は誰とも話ができなかった。
ぬいぐるみと植物とブロックを相手に架空の会話を交わしていた。
基本的に僕はその頃の自分とあんまり変わっていない。
こんな僕はいったい何が欠けているのだろう?
[1429] キクチさんの結婚式 2004-11-07 (Sun)寮で同部屋だったキクチ先輩の結婚式に出る。
学生時代の寮で「同部屋だった先輩」なんて言ったら
何を差し置いても出ないわけにはいかない。
毎日昼まで寝てて、むっくり起き上がると
たとえ季節が冬であっても常にTシャツ1枚でブラブラして
昼だろうと夜だろうと麻雀を打っていた。
(寮内の麻雀大会で優勝したほどの腕前を持つ)
寝るのは明け方。もちろん授業には出ない。
とにかく部屋を片付けない。掃除しない。バイトもしない。
スーパーで買った3個100円のコロッケばかり食べていた。
そんな先輩も卒業後すぐに司法試験に合格して今は弁護士事務所で働いている。
「あいつは絶対受かるよ」とみんなから言われていた。
飄々としていて豪快キャラではないものの、常に大物感を漂わせていた。
細かいことは気にしない。大きいことも気にしない。
他の人たちがドタバタしているときに我関せずコツコツと続けて
いつのまにかふらっと誰よりも高いところに上っている。
そういう意味の大物。不思議な人である。
常に女性の噂を切らしたことがなく、合コン三昧の日々だったとも聞く。
「はー、この人もついに身を固めるか」と感慨深い気持ちでいっぱいになる。
一緒に出席した寮生たちもみなそう思ったに違いない。
---
結婚式から出席。
披露宴やその後の2次会は年に何回か出る機会があるものの
結婚式から出るのはもしかしたら初めてかもしれない。
会場は六本木の「TATOU」というところ。結婚式専用の場所のようだ。
1階ホールの中は各テーブルにディナーの用意がなされ、
前方は教会のような作りになっている。
式からそのまま披露宴に移行するという珍しい形式。
年老いた神父が聖書を片言の日本語で朗読し、賛美歌が歌われる。
花嫁が父親に付き添われゆっくりとヴァージンロードを歩く。
新郎が花嫁のヴェールを上げる。
「ヤメルトキモ、スコヤカナルトキモ」の例の質問がなされ、
「チカイマスカ?」と問われて先輩ははっきりと「誓います」と答える。
指輪が交換される。
そしてまた賛美歌が流れる。
教会で行われる結婚式に僕は生まれて初めて立ち会った。
いいもんだな、と思った。
しばらく時間をはさんで披露宴開始。
鏡割りの後、乾杯となり、新郎新婦へと大きな杯が運ばれるのだが、
ここで寮生は出番とばかりに立ち上がり(きちんと段取りは打ち合わされていたのだが)
「パーンパカパーンパカパーンパーン、パーパラッパパーパラッパ、ハイハイハイ」と
「東都の流れ」という寮歌を歌いながらっつうかがなりながら
みんなで杯を回しあってイッキ飲み。最後に新郎に渡されて全部飲み干す。
それが終わると次はお約束で「えぼし」がかかって新郎は新婦の名前を叫ぶ。
(サザンの「チャコの海岸物語」の一節を歌って「心から好きだよ」のフレーズの後、
好きな女性の名前を叫ぶ。非常に寮っぽいですね)
寮の人たちの披露宴では僕ら必ずこういうことをやっている。
いつもいうもそうなんだけど、場内唖然とする。
最後の、先輩の父親の挨拶の時には「息子も悪い友達を持ったもんだ」と苦笑された。
僕らの出番がなくなるとその後は普通に披露宴が続く。
先輩の高校時代の友人にプロのジャズ・トランペッターの人がいて、ピアノと一緒に演奏。
(土濃塚隆一郎さん。今度3枚目のアルバムが出るという。
2次会でも僕らと一緒に飲んでて、とてもいい人、かっこいい人だった)
---
披露宴は恙無く終わったものの、問題はその後の2次会。
酔っ払った寮生たちが暴れだして手におえなくなる。
司会のゴリポンは途中からわけわかんなくなってシモネタばっかり叫んでみんなひいてしまうし、
ジンは誰彼かまわず喧嘩を売ろうとしてその後撃沈。
花嫁に対し新郎よりも自分の方がいい男だどうのこうのと絡む。
ケンもイッシーもヤマシタさんもみんな途中で帰ってしまうし、
残されたイデタとシロマと僕とサイノウさんで
トイレで吐かせたり担いだりと大変なことになった。
「寮生とはこんなもんなんです。すいません」と
今となってはシシリアン・マフィアのような要望となったシロマが釈明のため演説をぶった。
明らかに僕らは浮いてて、全てぶち壊し。
店を出た後、フラフラと歩き回っては出席者の女性たちのグループのいくつかに
「これから一緒に飲みませんかー」と声をかけるものの思いっきり敬遠される。
僕らだけで天狗に入ってその後延々と遅くまで飲み続ける。
式が始まったのが11時で、2次会の鉄板焼き屋に入ったのが15時。
18時ごろに「ちょっとだけ飲もうや」と言って入ったのに気が付いたらダラダラと22時。
1日ずっと飲み続け。
ジンもゴリポンもつぶれてしまって、
残された面子で偉そうにもブッシュがどうのこうの
日本の景気回復がどうのこうのと世界情勢を批評する。
いやー楽しい一日だった。
それもこれも結局はキクチさんの人徳によるものか。
そのキクチさんたち夫婦はその日のうちに成田からタヒチにハネムーン。
うらやましいもんだ。
[1428] 「29」完成 2004-11-06 (Sat)今日ようやく、映画「29」が完成した。
とにかく長かった。−−−1年がかり。
これまでの僕の製作歴からしたら異例なまでに長い。
学生時代は最短3日(撮影から編集まで含めて。それでも60分ある)
長くても3ヶ月ぐらい。平均すれば1ヶ月か。
長期の休みにガッと撮って篭って繋げるから短い期間で仕上げることが可能。
前作「on fire」は会社の人たちと土日に撮って編集も土日だったから半年近くかかった。
今回はそれ以上に時間がかかってる。
撮影は去年の11月に始めて、3月までに一通り終了。
ゴールデンウィークに前半部分のおおまかな編集。
6月はモロッコ行って追加撮影してきて、
その後旅の疲れからしばらく着手する気になれず。
8月末よりようやく編集再開。
1ヶ月かけて後半部分をつなげると
そこからさらに1ヶ月かけて細かい部分の手直し。
曲作りをお願いしたアオヤマさんとのやりとりもあった。
奇しくも撮影初日が1年前の11月6日で、完成もまた11月6日だった。
日数的にもぴったり1年間。
昨日完成していたらちょうど365日だった。
(いや、今年は閏年だから366日か)
これでようやく肩の荷が下りた。
当分映画はいい。
というかこれが最後なんだろうな。このままいくと。というか年齢を考えると。
やりたくはあるのだが、
今回みたいにほぼ1人で何もかもやるようなのはもうしんどいな。
誰かが趣味で気楽に作ってる映画の手伝いを土日にできたら一番楽しいだろう。
---
技術的にはこれまでで最も完成度が高い。
初めてデジタルで編集した「on fire」から較べるととんでもなく飛躍している。
でもたぶん、これはほとんどの人にとっては見てもつまらないものなのだと思う。
僕の半生を振り返るようなものだから、そもそもその時点で明確なストーリーがない。
今回の映画はこれまでの僕の映画とは違って何を言いたいのかははっきりしているつもりだが、
それでも「何を言わんとしているのか全く分からない」という人ばかりになるはず。
これはもう仕方ない。
他の人に見てもらいたくて作ってるのではなくて、
「作りたい」という気持ちだけで1人走ってるような作品なのだから。
つまり、個人的すぎる。開かれてない。
かといって個を突き詰めた末の突き抜ける瞬間があるわけでもない。
普遍的な表現に到達するような、そういう何かがない。
絵的にいい部分はいくつかあるんだけど、
全体として居心地の悪さばかりを見る人に与えるんだろうな。
・・・何もわざわざ暗いことは書きたくないんだけど、
客観的に見てそういう作品なのだからどうにもならない。
---
でもまあ僕としては作ってよかった。一切後悔していない。
「これが今の僕だ」そう言い切れるものを作れたから。
[1427] 抽象的な文学 2004-11-05 (Fri)例えばこういう文学が可能かと考える。
−−−抽象的な文学。抽象性を極限まで推し進めた文学。
ジャクソン・ポロックのような文学を僕は今書きたいと思う。
そしてゆくゆくはモンドリアンのような作品を残したい。
そこには登場人物もこれといったストーリーも無い。
感覚的な描写/印象からスタートして完結する、
なのにその言葉の連なりがそれ独自の美しさを持つというような。
そういうのって可能だろうか?
そこには何も無い。空っぽな文学。
だけど何か美しいもの、あるいは強烈な力に満たされたもの、
もっと言うと何か得体の知れないものに満たされた文学。
それだけで成り立っている文学。
荒々しい色彩の乱舞のような文章からそれは
色使いは少なくなり、単純な構図へと移り変わってゆくだろう。
人類の持つ有限の個数の言葉の組み合わせには無限の可能性がある。
だとしたらならばこのような「文学」もあっていいだろう。
19世紀文学の価値観、
ディケンズ、バルザック、ドストエフスキーといった巨人たちによる
「大いなる物語」からの脱却を狙っているわけなのであるが。
力強く脈打つ、人間たちのドラマを読むことは楽しいに決まってる。
だけどそれを書くことは非常に難しい。
「抽象的」な文学って言ってたら
「逃げ」のように聞こえるし、
何か大事なものを放棄しているように受け止められるのは避けられない。
それを乗り越えて築き上げなくてはならない。
「言葉そのものの美しさによってのみ成り立つ文学」
その地点に到達してみたい。
そこでなければ見えないような風景を僕は見てみたい。
[1426] ブッシュ再選 2004-11-04 (Thu)ブッシュ再選が決まる。
「Rock Against Bush」とか「華氏911」とか、結局なんだったんだろ。
音楽や映画を初めとするアートな人たち
(特に、自分と社会との関わりに自覚的な人たち)は
こぞってブッシュを批判してたような印象があったのだが、
そういうステートメントを発したりそういう趣旨の作品を作ったりしていたのだが、
結局のところあれはごく一握りだったのか。
アメリカの反ブッシュな人たちってよく日本のメディアに取り上げられてたんで、
次はブッシュありえないと思っていた。
ブッシュに投票するのはどういう人たちなのかってのは
「こういう層の人たち」という以外にあんまり具体的に伝わってこない。
ブッシュを支持していた有名人ってブリトニー・スピアーズぐらいしか思い出さない。
(なのに、選挙の応援を「下品すぎる」と共和党陣営から拒否されたらしい)
何よりもマイケル・ムーアのコメントが気になる。落胆してんだろうな・・・。
テレビ放映させるために「華氏911」のアカデミー賞ノミネートも辞退したらしいのに。
(仕組みはよく分からないが、アカデミー賞が終わるまでは全米でテレビ放映できない?)
---
日本政府としてはブッシュ再選を支持するのだとか。
イラク情勢とかそういうので。
民主党のケリー候補が大統領に決まった時の小泉首相の変わり身の早さを見たかったのに。
---
アメリカ左翼寄り知識人たちによる「逆」プロパガンダにさらされることで
ブッシュがいかに低能な輩なのかと信じ込まされてきた。
少なくとも僕は。
実際のところどうなんだろうな。
マイケル・ムーアが前回の選挙で言ってたように、票を操作してんのかな。今回も。
それともただ単にアメリカの広い国土の中に住む何億という普通の人々の半数は
ブッシュを好意的に感じているということなのか。
よくわからなくなってきた。
大統領は実はどうでもよくて、ただの飾りに過ぎないのか?
民主党か共和党かの違いが全てで、
その政策に沿って集められた
有能な何百人・何千人・もしかしたら何万人ものスタッフが
ホワイトハウスにて日夜奮闘している。
その人たちの意識さえしっかりしていれば、アメリカはおかしなことにはならないってこと?
---
日本も首相を決めるための選挙をやってほしい。
だったらこの僕も投票に行く。
[1425] The Clash 「London Calling」 2004-11-03 (Wed)The Clash の名盤「London Calling」が「25th Anniversary Edition」ということで
CD2枚組+DVDという豪華版で再発される。
もちろん買う。そんで今日、聞いた。見た。
クラッシュと言えば誰がなんと言おうと1枚目だろう、
一番いい曲はその1曲目の「Janie Jones」だろう、
いまだにそんな価値観のままでいた僕ですら
「ああ、これってとんでもない名盤だったのだな」と猛省を促された。
最初聞いた高校1年生のとき、
音楽的には雑多だけど耳に残る曲が少なく、ピンと来なかった。
(今聞くとほんとありえない↑)
なんか感動的なんだよなー。聞いてると。
演奏がうまいわけではなく、まあそれなりのものでしかないんだけど、
地に足の着いた前向きさ加減が随所で感じられて。
恥ずかしさを一切感じさせない、等身大のポジティブさ。
素直にかっこいい。
どうしてこの良さが10代のときには分からなかったんだろう。
(1枚目のような闇雲な怒り、激情に貫かれてないからってだけで敬遠してた?)
今日のDVDにて実は初めて動くクラッシュを見た。
「London Calling」録音時のスタジオで撮影された年代ものの白黒のビデオと、
メンバー4人や関係者が当時を振り返るインタビューで構成されている。
(編集は Big Audio Dynamyte のメンバーだった、ドン・レッツ)
今は亡きジョー・ストラマーが話しているのを見てるとそれだけでもう感慨深いんだけど
なんと言っても見所は白黒ビデオの方。
プロデューサーであるガイ・スティーブンスがひたすら暴れてる。
クラッシュのメンバーによる演奏シーンが記憶に残らなくなるぐらいすごい。
梯子や椅子を叩き壊そうとしたり、演奏に合わせてデタラメに踊ったり。
(↑それでいてしっかりとそんな自分の姿を「撮れ」と冷静に指示している)
よくもまあこんなものを記録として残していたもんだ。
ほんとわがままし放題で演奏の邪魔しかしてなさそうなんだけど、
たぶんなんかすごいサムシングをもたらした人なんだろうな。
この映像を見ても解説を読んでもガイ・スティーブンスってどうもただのアル中のオヤジ。
でも彼でなければ今ある形の「London Calling」が生まれなかったのだから、
世の中不思議なもんである。
---
今思い出したのだが、クラッシュに入れ込んでいた高校時代
僕は Joe Strummer の1枚目か2枚目のソロ
「Earthquake Weather」のCDを日本盤で持っていたのだが、
ちっともよさがわからなくて二束三文で売ってしまった。
ダラダラした演奏と起伏にかけるメロディー。
はっきり言って覇気のないヴォーカル。
「London's Burning !!」と叫んでた人と同一人物とは
到底思えないぐらいのレイドバックぶり。
あれって今聞くとちょうどいいのかもしれない。
でももう2度と手に入んないのかもなー。
残念だ。とっても残念だ。
ジャケットだけはかっこよかったのにな。
同じく、ポール・シムノンのバンド「Havana 3am」も売ってしまっている。
[1424] 霧の中 2004-11-02 (Tue)朝起きて外に出ると一面霧の中だった。
一晩の間に降り積もって家々が灰色の雪にうっすらと覆われている、そんな感じがした。
駅までの道を歩く。50m先が見えない。
駅前に聳え立つ旧DEC → 旧COMPAQ → 現ヒューレット・パッカードのビル。
その最上階付近が霞の向こうに完全に消えてしまっている。
まるで雲の中のよう。
丸の内線に乗ると四ッ谷駅で地上に出る。
やはりここも霧で覆われている。
百年降り続けた雨に百年の間濡れたまま、漂い、
朽ち果ててゆっくりと溶けてゆくかのような風景。
銀座に着く頃にはだいぶ晴れてきていたが、ビルの上の方は霧の中だった。
有楽町の駅まで歩いて山手線に乗り換え、浜松町に到着する。
いつものように竹芝方面に向かって歩いていく。
ふと振り返ってみると東京タワーが消えてなくなっていた。
こんな光景は初めてだ。
---
水の惑星、霧の惑星に住むことを考える。
(と言っても何も思い浮かばない)
あるいは、一年の大半を霧で覆われた村に次々に襲い掛かる殺人事件。
そういうホラーないしはミステリー。
内外問わずたくさんありそうだ。
「霧」というものがどことなく神秘的なのはなぜなんだろう?
視界がぼやけていて薄暗いからだけじゃないよな。
そこに住む人たちは無口で他人に目を合わせようとせず、
常にコートの襟を立てていて顔を隠している。
乗っていた車が故障したかなんかで助けを求めてよそ者がその村に辿り着く。
最初のうちは邪険に扱われるが、
困り果てた挙句親切な(訳ありの)村人の家に一晩の宿を得ることになる。
小さな事件が積み重なることで足止めをくらって
彼(ないしは彼女)はその村から出られなくなる。
やがて、その村に伝わる奇妙な風習(あるいは祭り?)、
あるいは悲しい過去の存在を知る。
・・・というようなやつ。
[1423] 宇宙の孤児 2004-11-01 (Mon)一昨日・昨日と「広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由」について書いた。
この本を読むと、もしかしたらこの宇宙で知的生命が存在するのは地球だけってのも
あながちありえない話ではないな、と思ってしまう。
何億分の1か何兆分の1の可能性で生命を育むに最適な惑星が生まれ、
さらにその何億分の1か何兆分の1の可能性で「人類」という知的な種へと発展して
いった。
(ここで言う「知的」とは例えば、政治・経済・科学・芸術を生み出した、という意
味)
ほっとけば自然と海のある惑星ができて、潮の満ち引きを生み出すような月が衛星と
なって、
単細胞生物が多細胞生物となりあれよあれよという間に脊椎動物が生まれ、
猿が道具を使うようになる、そんなことあるわけがない。
そうして誕生した人類が隕石の衝突だとか原因不明のウイルスにやられるとか、
地軸がずれて氷河期になるとか、そういう災厄を地道に耐え忍んできた。
いつ絶滅してもおかしくはなかった。
気が遠くなるほどの確率を経て、今僕らはこの星の上に存在している。
しかもこの広い宇宙にてたった1つきり。
少なくとも地球人が現時点で知る範囲においては1つきり。
これってすごいことではないか?
何重にも絡み合った奇跡としか言いようがない。
このことに思い巡らす時、物事のスケールの大きさに途方に暮れてしまう。
逆に、日々のウダウダした物事に対して、
こんなちっぽけなことを思い悩んでいていいのだろうか?
なんて一瞬思ってしまう。
どのようにして今自分が人類の一員として存在するに至ったかを思えば吹けば飛ぶよ
うなものだ。
(まあ、でもそんな雄大な気分になるのも一瞬だけ。
この尺度は日々の暮らしに当てはめて使うには余りにも大きすぎるので何の役にも
立たない)
人類は今、こんなことをしていていいのだろうか?とも思う。
もっとやるべきことがあるのではないか。
なんで身内で争ってるのか?
半径5m以内の痴話喧嘩から国家規模の様々ないざこざ。
そんなことしてる場合か?
もっともっと進化していかなきゃバチが当たるのではないか?
イラクとかアメリカとか言う以前に。
例えばこういうベタなサラリーマンを想像する。
朝起きるが妻は寝ている。トーストを自分で焼いて食べる。
「ゴミ捨ててきてー」と布団の中から声をかけられる。
満員電車の中で押し合いへし合いする。
隣に立っているブサイクな女性の香水がやたらきつくてしかもピンヒールで靴を踏ま
れる。
それでいて自分の方が被害者であるかのような顔をしている。
朝9時になると朝礼を始める。
部門で始まった「一日一善」運動の成果発表を持ち回りでしなくてはならない。
頭の悪い後輩が「お年寄りに席を譲りました」レベルのことをちんたらと話してパラ
パラと拍手が起きる。
「こんなことに時間使ってる場合か、ボケ」と思うが、課長が言い始めたことなので
どうにもならない。
仕事が始まってすぐクレーム対応の電話が回されてくる。
ビデオのリモコンが使えないと。お宅の商品はどうなってんのかと。
バカ丁寧にへりくだった態度で電池が切れてないか恐る恐る尋ねてみると
受話器の向こうで「あ」という声。
当たりのようだが、なぜか逆切れされる。偉い人を出せ、と怒鳴られる。
応対していると周りの席の人たちは「あーまたあの人やらかしてるよ」という目で
クスクスと笑いながらこっちを見ている(ように感じられる)。
案の定、電話が終わった後で課長に呼ばれて説教される。
君は顧客のことがちっともわかってないと。
殺意を感じる。
目の前の課長に、先ほどのクレーマーに、頭の悪い後輩に、電車の中の女性に、ぐう
たらな妻に。
こういうことをしている場合ではない。
人類の一員たるもの、こんなことをしている場合ではない。
もっと他にやるべき「高尚なこと」があるだろう。いや、あるべきだ。
でなきゃいったいなんのために何兆分の1に何兆分の1を掛け合わせたような確率を
経て
地球人は生命や文明というものを形作ってきたのか?
情けないったらありゃしないね。
こんな僕も今日会社でする仕事といえば
各種トラブル対応のすり合わせのすり合わせみたいなものばっかりで
人類の進歩・発展には今日もまた何の貢献もしない。
あーあという感じ。
僕らは宇宙で1人きり。
他に誰もいない。
我々はこのことを時々思い出すべきである。
[1422] 「広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由 フェルミのパラドックス」 2004-10-31 (Sun)昨日に引き続き、この本の紹介。
内容はタイトルがその全てを語っている。
我々は今、文明を持つ知的生命としてこの地球という惑星に住んでいる。
ロケットを飛ばし、月の地面を踏み、太陽系の外にまで探査機を飛ばすまでになった。
ここでふと思う人がいる。
地球人にこれだけできるのであれば、
銀河系あるいはその外にはもっともっと計り知れなく進歩した星があって、
銀河系を植民地にしていて次々と移民の波が押し寄せ(大航海時代以後の西欧文明を参照)、
我々の元に来ていてもおかしくはないのではないか?
殖民とまでは行かなくても何らかのコンタクトがあってしかるべきではないか?
なんでその痕跡が見当たらないのか?
(UFOの目撃談がたくさんあるじゃないか、っていうのは除外する)
もしかしたらこの全宇宙に存在しているのは地球人だけなのではないか?
「この宇宙がエイリアンだらけだとしたらみんなどこにいるのだろう?」
「知的生命が存在すると予想されるのに、その兆しが見当たらないのはなぜだろう?」
フェルミはこのようにパラドックスを唱える。
これは昨日書いた「シカゴにはピアノの調律師が何人いるか」と同じ問題となる。
つまり、「発達した通信能力をもった地球外文明は銀河系にいくつあるか」
その気になればいくつかの変数を持った、確率論的な式に変換することも可能であって、
その変数を構成するものは以下のリストとなる。
・銀河系で一年に星が生まれる率
・惑星を持つ恒星の割合
・惑星を伴う恒星のうち、生命が維持できる環境を持つ惑星の数
・生命が維持できる惑星のうち、実際に生命が育つ割合
・その惑星のうち、生命が知的能力を発達させる割合
・そのうち恒星間通信ができる文化が発達する割合
・最後に、そのような文化が通信を行う機関の長さを表す年数
→ そしてこれら全てを掛け合わせる。
もちろん、これらの変数には決まった数値はなく、
それぞれの研究分野の科学者がそれぞれの立場から数値を当てはめていくので
人によって大きな値(この宇宙は知的生命で溢れかえっている)にもなれば
ものすごく小さな値(この宇宙の中には地球人しかいない)にもなる。
この本の中では見当たらない50の理由をまず3種類に分ける。
(この50個は主に20世紀後半のいろんなジャンルの科学者や、
場合によっては科学に詳しいSF作家が提唱したもの)
@実は来ている
A存在するがまだ連絡がない
B存在しない
そして@はさっさと片付けるとして、ABについて、
様々なジャンル(物理学、天文学、生物学から言語学に至るまで)の科学の
最新の研究成果をもとに検証していく。
つまり、上記の式にどういう値を当てはめていくべきかが決定されていく。
(どういう結果となるかは本を読んでください)
この過程が自分の中で忘れられていた知的好奇心を刺激するというか、一言で言って「スリリング」
現代の科学では何が話題となっていてどういうことが定説となっているかが概観できる。
僕はSF的なとっぴな解決(アイデア)や宇宙人に対する興味から手に取ったんだけど、
いつのまにか理系的なトピックの数々に心奪われていた。
小さい頃に図鑑で月の写真を見たときや「子供の科学」的な本や雑誌を見たときの
ワクワクした気持ちが蘇ってきた。
蓋を開けてみればこれはフェルミ・パラドックスの形を借りた
大人のための純粋な科学入門。ものすごくよくできた、良質なガイドブック。
こういう入門ものって分野ごとに概要を説明するものだったら散漫なものになってしまうし、
雑学的なものにしたら雑学的なもので終わってしまう。
それがこの本の場合
「この宇宙がエイリアンだらけだとしたらみんなどこにいるのだろう?」
という多くの人が「おや?」と思うような地点から出発して
その枠組みを大事にしているので話の流れがきっちりまとまっている。
著者であるスティーブン・ウェッブはイギリスの現役の物理学者。
単なる読み物で終わらず、註も参考文献もしっかりしている。
つまりここから、それぞれが興味をもった分野に進めばいいのだ、ということなんだろうな。
なお、気になる50の解のいくつかを挙げてみると、
@実は来ている
解1 彼らはもう来ていて、ハンガリー人だと名乗っている(これはほとんどジョーク)
解4 彼らは来ていてここにいる −−−われわれはみんなエイリアンだ
A存在するがまだ連絡がない
解9 星はあまりに遠い
解10 こちらまで来るだけの時間がまだ経っていない
解16 向こうは信号を送っているが、その聴き方が分からない
解21 みんな聞き耳をたてているが、誰も送信していない
解24 向こうは別な数字を作っている
解26 どこかにはいるが、宇宙はわれわれが想像しているよりよくわからない
B存在しない
解31 宇宙はわれわれのためにある
解32 生命は登場してまだ間がない
解34 われわれが一番乗り
解41 地球の地殻構造は特異である
解43 生命の誕生がめったにない
解44 原核生物から真核生物への移行がめったにない
解46 技術の進歩は必然ではない
僕が読んで目からウロコだったのは解32や解34の辺り。
恒星系が形作られてその惑星上に知的生命が育つまでに必要とされる期間は
何十億年という単位ではきかない。
ビッグバンから数えて、この宇宙がどれだけの年月が経過したかを計算してみたら
もしかしたらわれわれ地球人が先頭集団に入っているのではないかということ。
そしてその地球人の科学レベルが今この程度なのであるから、
広い広い銀河系やその外に他に知的生命の育った星があったとしても
遠く離れすぎていて互いに行き来はおろか通信すらできないのだということ。
ハインラインではないが、僕らは「宇宙の孤児」なのである。
[1421] 杉並区には床屋が何軒存在するか? 2004-10-30 (Sat)昨日は遅くまで飲んでいた。
日本橋で会社を辞めた先輩・同期・後輩の女性たちと飲んだ後、
(↑最初はモンゴルの薬膳火鍋の店で、次に入ったのは日本橋にオフィスがあった頃によく行った地下の店)
合流した先輩と阿佐ヶ谷に移動して、ロックバーのような店で2人で飲んだ。
トボトボと一駅分歩いて天沼陸橋を渡って部屋に戻ってきたら3時を超えていた。
雨の音で目が覚める。昼近く。
焼きうどんを作って食べたらまた眠くなる。
何もする気になれず、何かしなくちゃいけないこともなく、昼寝。
夕方まで眠る。
今週は大事な打ち合わせばっかりで疲れてたから、まあ仕方がない。
起き上がったところでやる気ゼロ。
---
せっかくの土日、せめて何かしようと床屋に髪を切りに行く。
1時間かかる。
髪を切って、シャンプーをして、顔を剃って、髪型を整えて、
僕に限らずだいたい1時間必要とする。
台の上に座って鋏を入れられている間、ふと、こんなことを思う。
9時から19時まで営業してるとして、1時間休憩するとしたら、
1日に9人しか相手にできないのか。
顔を剃るだけの時間のかからないお客さんもいたりするから、10人ぐらいとなるか。
案外少ないもんだ。
1日に20人か30人は相手にしてんじゃないかとこれまではなんとなく思ってきたが、
そんなにさばいていたら身がもたないよな。
土日は混むから多くなって、平日は少なくなる。平均して10人とする。
1ヶ月に25日営業するとして、250人。年間に延べ4000人。
(4000人となると多いような気もしてくる)
ここの床屋では一通りのことをして¥3,800円。
となると1人1日にして¥38,000円稼ぐことになる。
この売り上げは多いか少ないか。
同じように25×12で、年間¥11,400,000円。
この金額って世間一般的にどうなんだろうな。
年間1140万円稼ぎますっていったらかなりのもんか。
1日10人しか客を相手にしないとしても、
床屋業界は十分やっていけるようになっている。
まあこの額はあくまで売り上げであって、
設備投資や消耗品の交換とかで出費もそれなりにあるだろうし、
それを差し引いて店としての年収がどれぐらいになるかって考えてみると
あんまりたいした額にはならなさそう。
1つの店で1人で切ってるのではなくて、
夫婦だったり友人同士だったりで数人の美容師がいるのはこういうのが理由となるか。
---
別なことを考える。
荻窪界隈には床屋や美容室がやたらと多い。他の町よりも多いのではないか?
都内のあちこちにあるような有名な店もあれば個人が独立して構えた店もある。
若者向けのおしゃれな造りの店もあれば、一線を退いて細々と開いてるような店もある。
荻窪とされる地域の人口は分からないが、杉並区の人口は約50万人だと聞いたことがある。
計算してみる。
同じように1人1日10人相手にするという前提。
・杉並区の人は月に1度必ず、床屋なり美容室なりどちらかに行くとする。
・1つの店には切る人が2人いるとする。→ 1日に20人のお客さんを取ることになる。
・月に25日営業しているとする。→ 1ヶ月に500人分の髪を切ることになる。
となると、50万人を500で割ると、
杉並区には1000軒の床屋か美容室が必要ってことになる。
・・・多すぎ。どっかで計算がおかしいのかなあ?
(僕の中では100軒あれば十分なイメージ)
実は「多い」ってことはなくて、実際これだけの数を必要としていて、
あちこちに分散して1000軒あるのかもしれない。
どうなんだろう?
---
2番目の計算には元ネタがある。
先日、
「広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由 フェルミのパラドックス」
という本を見つけて読んだ。
ものすごく面白かった。
どういう本かは明日また書くとしてとして、1つだけ前もってエピソードを紹介しておきたい。
エンリコ・フェルミは今世紀初めローマに生まれた物理学者であり、
第2次大戦の時期にマンハッタン計画にて重要な役割を果たした。
以下、長くなるけど引用する。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
フェルミの同業者たちは、物理学の問題についてその核心をまっすぐ見通し、
それを簡単な言葉で述べるフェルミの恐ろしいほどの能力を讃えていた。
みんなフェルミのことを法王と呼んでいた。
間違うことがないように見えたからだ。
それと同様に印象的だったのが、答えの大きさを推定する方法だった。
フェルミはこの能力を学生にも教え込もうとした。(中略)
世界中の海岸にある砂粒の数はいくらかとか、
カラスは止まらないでどのくらいの距離飛べるかとか、
ジュリアス・シーザーが最後に吐いた息の中にある原子のうち
何個を呼吸していることになるかとかの問題である。(中略)
フェルミ推定の典型とも言うべきものは、アメリカの学生に聞いた、
「シカゴにはピアノの調律師が何人いるか」という問題だった。
お定まりの当てずっぽうではなく、こんな推論をして、そこそこの推定値を出すことができる。
仮定1:シカゴの人口を三百万人としよう。
仮定2:ピアノを所有するのは世帯であって個人ではないとし、
学校やオーケストラなどの団体に所属するピアノは無視しよう。
仮定3:普通、一世帯には五人いるとすれば、シカゴには六十万世帯あると推定できる。
全世帯がピアノを所有しているわけではないことはわかっている。そこで、
仮定4:二十世帯に一世帯がピアノを所有しているとしてみよう。
こうするとシカゴには三万台のピアノがあることになる。
そこで問題となる。三万台のピアノは一年にのべ何回の調律を必要とするだろう。そこで、
仮定5:普通、ピアノは一年に1度調律を必要とすると仮定しよう
−−−したがってシカゴでは毎年、ピアノの調律は三万回行われていることになる。
仮定6:ピアノ調律師は一日に二台の調律ができて、年に二百日働くとする。
したがって、一人の調律師が調律するのは一年に四百台である。
必要な調律回数を満たすためには、
シカゴには 30,000/400 = 75人のピアノ調律師が必要ということになる。
(後略)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
なるほど、という気持ちにもなり、
だまされてる?という気持ちにもなり。
[1420] Frozen Beach (revisited) 2004-10-29 (Fri)手付かずのコンビニを襲撃して、缶詰をいくつか見つけた。
ペットボトルが手付かずで残っていた。いくつかは凍って破裂していた。
恐らく避難する前に持ち出せるものは全て手分けして持ち出そうとしたのだろう、
シャッターをこじ開けると慌しい雰囲気が瞬間パックされていた。
逃げ損なった亡霊がひっそりとした薄暗いフロアに漂っているかのような感じがし
た。
何の役にも立たないと判断されたのか、雑誌はそのほとんどが残っていた。
僕らは並んで立ち読みした。僕はスピリッツを読んで、その後風俗系の雑誌を手に
取った。
ある店に所属している女性たちが裸になって1枚1枚写っていた。
スリーサイズとチャームポイント、趣味、得意技、早番か遅番か。
ここに写っている彼女たちもみんなみんな、死んでしまった。
リョウジとミユキが背後から覗き込む。
「いい子はいたか?」ニヤニヤ笑ってる。
「この期に及んでおまえまだ性欲があるのかよ?」
僕はスタンドに雑誌をしまう。「たぶんね」と僕は答える。
昼間の海辺に戻る。
夕飯として、車の中で袋に入ったインスタントラーメンを生で食べる。
乾燥した麺を袋の中で大雑把に砕いて、そこに粉末スープを降りかける。
口の中がしょっぱくなってくると解かしたミネラルウォーターで流し込む。
今日見つけた瓶詰めのピクルスを食べる。生ぬるいウィスキーを飲んだ。
夜、コンビニで見つけた歯磨きセットをヨウコに渡す。
彼女は「風呂上り」だった。
1.カセットコンロでお湯を沸かす。
2.屋内で着てるものを脱いで、寒くて寒くてたまらない中を布で体を拭く。
僕も風呂上りだった。
海辺を探索した後で「ここにするか」と入り込んだ民家。
1人ずつ部屋の中に入って、そして出てくる。
懐中電灯片手に暗闇の中をザクザクと歩く。
かつて工事中だったのか、キューブの外枠のような形をしたコンクリートのブロック
がずらりと並んでいる。
僕らはその中に入り込んで風の来ない場所を見つけるとカセットコンロでお湯を沸か
し、歯を磨いた。
そしてその後で何の脈絡もなく、キスをした。
口を合わせて舌を絡めた。
単細胞生物がノロノロと惰性で動いているようなキス。
ヨウコは目を開けていて、僕も目を開けていた。
ヨウコはそこに何も見ていなかった、僕も何も見ていなかった。
やがてどちらともなく顔を離す。
僕はヨウコの着ていたダウンジャケットの前を開けて、手袋を外した。
セーターを重ねて着たその内側に右手をそっと押し込んだ。つるりとした柔らかい腹
の部分に触れた。
指先の冷たさにヨウコが一瞬顔をしかめた。
やりたいわけではなかった。
ただ、誰かがそこにいるのだということを「触れる」ことで確かめたかった。求めた
かった。
動きが止まった僕の右手を、ヨウコが両手で包み込んだ。
ヨウコの右手が僕の右手を、しっかりと壊れそうになるくらい強く握り締めた。
ヨウコは目を閉じていた。僕も目を閉じた。
[1419] 今年ももう終わりか 2004-10-28 (Thu)朝晩めっきり寒くなってきた。
いつのまに夏は終わってしまったのだろう?
あれー?という感じ。
体はついていってるかもしれないが、心はついていってない。
(あるいはその逆)
今年ももう終わりか。
こう書くと気が早そうだが、カレンダー見ると実際2ヶ月しかないし。
仕事面ではとにかくいろんなことがゴタゴタしているので、そういうのがさっさと終
わってほしい。
(できることならきれいさっぱり投げ出したいもんだねえ)
あーこのままだと僕は1月1日、記念すべき30歳の誕生日を
会社か会社のデータセンターで迎えることになる。
よくて自宅待機。
チキショー。オフィスでシャンペンぬくぞ。ケーキ食ってやる。1人で宴会だ。
「岡村聖誕祭」として会社で朝まで浴びるように飲んでそのまま初詣。行くぞ。
誕生日が誕生日だけに僕はこれまでの人生で1度も「お誕生日会」ってのをやったこ
とがない。
そういえば会社の送別会の幹事や仕切りはこれまで何度もやってるが、
いくつプロジェクトを変わっても自分の歓送迎会ってのが行われたこともない。
なんだかそういう体質。
今年はあと「29」を完成させてPFFに応募して、
「FROZEN BEACH」の長いのが出来上がったら12月の「文学界」の応募か。
(10月の「群像」は無理だった)
同人誌「一遍雲」のために書いた短編の手直しも必要だ。
そして例のあれも進めなければ。
(今年はもうこれに尽きる。30までに間に合ってよかった)
あーそう思うとけっこういろんなことをしなくちゃいけないんだな。
公私共に忙しい。
・・・まとまった暇な時期ってもうないのかもしれない。この人生では。
そう思い至ったとき、ぞっとした気持ちになった。
[1418] 生まれて2度目の大阪 2004-10-27 (Wed)急遽、大阪出張。生まれて2度目の大阪。わーい。
・・・なのであるが、残念なことに当日日帰り。
午後1コ打ち合わせがあるだけ。
前回(今年1月の初め)との大きな違いは、
「1人きりで大阪に行かなくてはならない」ということ。
まるで「はじめてのおつかい」のよう。
この前は大阪に慣れてて顧客のオフィスの所在地も通い慣れてる先輩と一緒だったが、
今回は自分で新幹線を乗り換えて見慣れぬ電車に乗って
1人で大阪の町を歩き回んなくてはならない。
顧客のオフィスには13時半までに着いてればいいのに
パッチリ目が覚めたのはいつも通り6時で(それ以上眠れなくなった)
乗る新幹線は8時半だって言うのに1時間前に東京駅に着いてしまう。
そんで大阪到着は11時。無駄に早い。
いろんなことが不安で不安でとにかく仕方がない。
昨日の夜は打ち合わせを行うビルの所在地を調べると
地図を3種類の縮尺でプリントアウトして
今日の朝東京駅では大阪の町のガイドブックまで買ってしまう。
新大阪の駅から大阪駅へと移動する。
改札を出た途端軽いパニックに襲われる。人の多さにめまいがする。
「知らない人ばっかりだよー。怖いよー」と。
時間があるので前もって顧客のオフィスのあるビルまで事前に行ってみようとする。
前回来たときは地下街ばかり歩いていたので今回もそうしようとエスカレーターを降りていく。
ここで完全に破綻。
いろんな地図を持っているのに、行き方がまるでわからない。
僕が持ってきた地図はどれも地上を描いたものであって、
地下がどうなってるか何の参考にもならない。
顔がひきつる。
大阪駅−梅田駅の地下街は新宿駅の地下街よりも恐らく広くて、にぎわっている。
歩けど歩けど以前見たことのある風景に出くわさない。
「大阪の人は怖い」という変な先入観があって
(標準語で話すと相手にされないとか。パリで英語を話すようなもの)
道行く人を呼び止めて聞いて見ることもできず。
海外一人旅をこれまで何度か体験しているが、あれと全く同じ気分をここ日本で味わうとは・・・。
前回来た時の日記に書いたんだけど
相変わらず大阪がパラレルワールドのように感じられて
「僕が今財布の中に入れてるお金って使えるんだっけ?」なんて思ってしまう。
地上に出たり地下に戻ったりを繰り返しているうちにどうにかこうにか地理を把握できるようになる。
打ち合わせの行われるビルまでたどり着く。
いったん分かってしまうと頭の中でマッピングできて、
どこがどうつながっているか理路整然と捉えられるようになって「なんだ、簡単じゃん」と思う。
上京して初めて新宿の地下街を歩いたときと一緒。
今じゃ考えられないけど、あの時は東口の通路を歩いているのにどうしても西口の方に出られなかった。
いつのまにか西武新宿の方まで行っちゃってるって感じで。
地下鉄御堂筋線に乗って梅田駅から2つ目の本町で降りる。
ここで待ち合わせてSさんとランチ。
カレー好きでしょ?ってことでカレー屋に行く。
牛すじカレーなんていう非常に大阪っぽいメニューがあって心惹かれたが、
人生3大メニューがカレー、カツ丼、カツカレーである僕はカツカレーをついつい選んでしまう。
Sさんはわざわざ職場の昼休みを抜け出して来てもらっているので時間がなく、
慌しく食べてコーヒーを飲んで店を出ると交差点をダッシュ。
朝買ったガイドブックを見るとうまそうな店ばかりであれもこれも行きたくなる。
出張のたびに1つ1つ回れたらいいなあと思う。
梅田に戻る。時間が余ってしまってドトールで1人コーヒーを飲んで時間をつぶす。
打ち合わせがつつがなく終わる。
(なんか久々に楽な打ち合わせだった)
打ち合わせが終わったのが15時、その後なんやかやとあって解放されたのが16時。
東京に着いても遅い時間になるので会社には戻らず早々と業務終了。
17時半の指定席を確保すると、梅田駅近辺をブラブラと歩く。
地下街はどこまで行っても阪急デパートの領域のようで、外に出ても阪急。
「HEP FIVE」というのに入ってみる。BEAMSとかOZOCとかがテナントとして入っている。
東京で言えば渋谷のパルコのパート3みたいなものか?
吹き抜けになっていて赤いクジラが2頭吊り下げられている。
「ああ、大阪だなあ」なんて思う。
高校の制服を着ていたり着ていなかったりで大阪の10代の若者がうじゃうじゃといた。
学校はどうしてるのだろうか?
駅に戻りお土産を買って新幹線に乗る。
ホームの売店ではもちろん、「富士山」ビールを買う。
寿司を食べながら飲む。最高。このビールは日本で一番うまい。
持ってきた文庫本は「砂の惑星」の続編で、これがまたかなり面白い。
(デビッド・リンチが映画化もしている有名なSFのシリーズ)
ビールを飲み終えると眠くなってきて、気が付いたら寝てた。
一仕事終えた後だったのでとても気持ちよく眠ることができた。
平日この時間帯の新幹線は東京に戻るサラリーマンばかり。
あちこちで携帯が鳴っていた。
ビールを飲んで赤ら顔な人たちがけっこういた。
[1417] Brian Wilson 「SMiLE」 2004-10-26 (Tue)ブライアン・ウィルソン名義の「SMiLE」が発売される。
本来発売されるべきだった年から実に37年かかってのリリースということになる。
一音楽ファンとして素直に喜ぶべきことなのだと思う。
(どういうアルバムなのかは以前の日記を参照してください。http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20040825)
でも、聞いてすぐがっかりする。あーこんなもんかと。
一大ポップ絵巻が目の前に迫ってくるのだが、まるで書割のよう。
どっかに本物があってそれを別な画家が模写したような印象は拭えない。
何がいけないのかって言えば話は簡単でブライアンの声(前に書いたことと一緒)。
ちっとも歌えてない。
年月を経たことにより獲得した深みってやつもない。
恐る恐る音程から外れずに歌ってるだけ。
なんだかなあ。
(どん底の時期を乗り越えて奇跡のカムバックなのはいいのであるが、これじゃあなあ)
CD屋で書かれてるような「SMiLE」を「完成させた」には程遠く、
ただ単に全曲カバーしているだけ。
ビーチ・ボーイズを聞いてみようかな、どうもこの作品が一番新しくて話題らしいな、
っていうような人は絶対手に取ってはならない。
ひどく混乱/誤解する。
そんでその歌えない声で全パートこなしてんのが何よりも「あちゃー。。。」なポイント。
どう考えたって「グッド・ヴァイブレーション」はカールの声なしにはありえないじゃないか。
「サーフズ・アップ」もそう。
元々ブライアンがヴォーカルだった冒頭の「英雄と悪漢」からして「はー。。。」とため息。
かつてのような澄み切ったファルセットは「SMiLE」以上に幻化してしまった。
それにコーラスを担当してるのがビーチ・ボーイズのメンバーじゃないってのが最大に痛い。
(何も今年老いたマイクやアルにブライアンと和解して歌ってくれとは思わないが)
あれだけ録音した素材があって
ブライアンには2004年なりの「完成形」が見えていたのだから、
当時のテープを編集してそこに最小限のオーバーダブを施すだけで出来上がったはずだ。
なぜそうしなかったのか?
2002年の「Pet Sounds」を全曲演奏したツアーの後(これだけでも驚愕の出来事)、
ブライアンはなんと「SMiLE」ツアーに乗り出す。もちろん「SMiLE」全曲演奏。
そのときのバンドメンバーとの息が合ってたんだろうな。
レコーディングしたくなったと。
それだけのことなのかもしれない。
恐らくこういうことだ。
66年−67年当時のテープはブライアンでも開けたくのないパンドラの箱であって、
CDのボーナストラックやボックスセットを作成するときに
選曲するために掘り出して聞くことはあっても、それを使って何か作品を作る気にはなれない。
過去は過去であって取り戻すことはできないし、
あれはもう未完成という形ではあるとはいえ終わってしまったものなのだ。
カールもデニスも死んでしまって二度とビーチ・ボーイズは復活できない。
そんなわけで一言で言うと「封印」した。
なのに何をするにもアンビバレントな感情を抱きやすいブライアンとしては
「SMiLE」のことがずっと気にかかっていた。
この世にその足跡を残しておきたかった。
いざ当時のテープを使って編集したところで
当時そこに渦巻いていた空気はある程度までしか再現できない。
完成させなければよかった、世に出さなければよかった、
そんなふうに後悔することにもなりかねない。
それならば今の自分が一から再構築しよう。
そういうことではないか。
・・・結局のところ「贋作」であることには変わりはない。
ここでこういう形でオフィシャルにリリースされた「SMiLE」を聞いて
僕はものすごく侘しい気持ちになった。
これぐらいなら出さなくてもよかったんじゃないかな。。。
キラキラとした輝きが一切失われた楽曲を聴かされるのは辛いものだ。
僕の中で「SMiLE」に対する憧れに似た気持ちは完全に消えうせた。
なんだこの程度のものだったのか、と。
これだったら「Pet Sounds」の方が断然いいじゃないか。
それとも、あの当時完成させていたならば、
同じぐらいの儚さと美しさをまとっていたのだろうか?
今ふと思った新説。
ブライアン・ウィルソンはなぜ「SMiLE」を完成できなかったのか。
それは「キャピタル」(レコード会社)からの「売れるものを作れ」というプレッシャーや
メンバーとの軋轢や精神状態の悪化ではなくてただ単に
「どこまでこのレコーディングを続けても
この作品は「Pet Sounds」を超えられないのではないか?」
と悟ってしまったからなのではないか。
確かにそこには「グッド・ヴァイブレーション」も「サーフズ・アップ」も「英雄と悪漢」もある。
しかしトータルなものとして、「Pet Sounds」以上のものとはならない。
ブライアン・ウィルソンは自分の才能に限界を感じてしまった。
・・・なーんてね。
まあとにかくヴァン・ダイク・パークスと共演している、というのが救いか。
「SMiLE」コンビ復活。
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ビーチ・ボーイズ関連の本では
音楽評論家中山康樹による「ビーチ・ボーイズのすべて」がダントツに面白い。
(そもそもこの人の書くものはなんだって面白い)
1人で全アルバム・全曲(353曲!)の解説をしているのだが、
徹底して、いかにブライアン・ウィルソンが悲劇的かついろんなことに無頓着な天才で、
ブライアン以外のメンバーは才能にばらつきはあってもまあ結局はいかに凡才かということを解説している。
マイク・ラブがとてつもなく鼻持ちならない存在のようで常にこき下ろしているのを読んでると
それだけでゲラゲラ笑えるぐらい面白い。
(本当に嫌いなら一言二言書いて後は話題から抹消するはずなのに。実は好きなんだろうね)
ポップ・ミュージック全般に対する莫大な知識と愛情に裏打ちされた程よい毒舌、素晴らしいです。
今、夜寝る前に「マイルス・デイビス自叙伝」を読んでいるんだけど、訳がこの人だった。
その中山康樹が別な解説書で、「スマイルの忘れよう」と書いている。
「事実はひとつ、ブライアンは「スマイル」をつくることができなかった」と。
[1416] 新潟県中越地震 2004-10-24 (Sun)昨日の夜、新潟で地震が起こった。震度6って言うんだからとても大きい。
9時ごろだったか、2回ほど部屋が揺れた。ミシミシと揺れた。
僕の部屋は大家さんが車を停めているスペースに柱を4本建てて
コンテナのような四角い箱を乗せたようなもんだから非常に揺れやすい。
ちょっと何かあるとすぐに揺れる。
「地震か!?」と思ってテレビをつけてみたり yahoo を見ても
東京にて地震が起こったニュースはなし。
どうも大きなダンプが通っただけなのでは?
そういうことが月に1度はある。
地震じゃなくてもこれだけ揺れるんだから
本当に大地震が来たらいったいどうなるのか?
コロッと箱が2階から落ちてしまうんではないか。
柱がペシャッと折れてしまうんではないか。
(しかも僕が箱の中に入っているときに)
関東に大型地震が来るって言うのなら、そういう可能性もないわけではない。
それにしても関東を直撃する地震が来ると言われて久しいが、いつまでたっても来ない。
じらすように他の地方を襲っている。
今年あれだけ台風が上陸して各地で水害、土砂崩れ。
浅間山噴火。
昔なら天変地異と言われていたようなことが頻繁に発生している。
そして今回の新潟県中越地震。
そろそろ東京に来てもおかしくはないんじゃないかな・・・。
・・・とは思っても災害対策は何もなし。
引っ越すことを考えることもなく、なーんにもしないまま。
枕元にラジオと懐中電灯を置いたぐらいじゃ実際役にたたんだろ、なんて思う。
本当にそのときが来たら、あなたは生き残ってますか?生き残れますか?
[1415] 代々木公園 2004-10-23 (Sat)今書いている短編の後半部分の舞台が
思いつくまま筆を進めていくうちにいつのまにか代々木公園になっていた。
(最初は渋谷のつもりだったのに、話が展開していくうちにそういう流れに)
困ったことにこれまで行ったことがない。
花見のときに代々木八幡側からちょっと足を踏み入れただけ。
10年以上東京に住んでて渋谷にも新宿にもよく出かけるのに、
その存在を意識したことすらほとんどなかった。
新宿御苑と神宮外苑は何度も行ったことがあるのに。
せっかくの休み、天気がいいので行ってみた。
渋谷でCDを買った後、パルコを通り過ぎて公園通りの坂を上っていく。
資料にするためスマートメディアをわざわざこのために買って
センター街から代々木公園に至るまでの風景をデジカメに撮る。
右手に代々木競技場、左手にNHKホール。
この通りの名前はなんて言うのだろう?
いつだって歩行者天国のような。
十年一昔の光景。たこ焼きや焼きソバの屋台が出ていて、
ギターを抱えたフォークっぽい男の子2人組からフュージョンっぽい実力派、
固定客のついたビジュアル系のタマゴみたいなのまで
様々なバンドが離れた場所に立ってポツポツと演奏している。
(どういうジャンルであろうと、音が薄く聞こえる)
お笑いを目指しているような若者やダンスを練習(披露?)してる女子高生たち。
左利きでウクレレを逆にして社会批判っぽい漫談のようなことをしている老人がいて、
「うわー・・・」と見ちゃいけないようなものを見てしまった侘しい気持ちになる。
もっと変なのは紺色のスーツを着てスタンドに立てたスネアを叩いている20代半ばぐらいの男性。
ヘッドホンをしていて彼の頭の中では音楽が鳴っているのか、それに合わせて歌を歌う。
日本語に聞こえない。かといって英語にも聞こえない。
不思議な言葉で弾き語りならぬ叩き語り。
叩いてるのも全然リズムになってないし。
ストレス解消ならばいいんだけど、キチガイにしか見えない。
もちろん彼の前には人はいない。見てみぬフリをして皆通り過ぎる。
階段を登って代々木公園の中へ入っていく。
噴水のある細長い広場に出る。
土曜だけあって大勢の人でにぎわっている。
木々に囲まれた遊歩道を歩く。
ジョギングをしている人たち。
緑の中でぼけーっとしている家族連れや恋人たち。
輪になって体操をしたり体を動かしている、何らかのスポーツ系の愛好家の人たち。
この人たちは何をしてるんだろう?と思わず気になってしまう集団も多い。
わざわざ公園まで来て打ち合わせをしてるんだか
打ち合わせをしてる場面を練習してる劇団の人たちなのか
なんだか得体の知れない人たちとか。
ひっそりと1人木の根元に向かってディジリドゥみたいなのを熱心に吹いている若者ってのもいた。
(オーストラリアのアボリジニの楽器↑長くて太い木の枝みたいなのを尺八のように吹く)
グリーンアドベンチャーってことで様々な木の側に掲示板が立っていて
「この樹木の名前は?」とヒントが書かれている。
こういう公園に行くとよく見かける。
あちこちにあるんだけど気にかけてる人は見かけなかった。
自然の中で時間を過ごすのはいいんだけど、
その構成要素のそれぞれには誰もあんまり興味がないというか。
広場に出る。
飛び交うフリスビーと劇団員の青空稽古ばっか。ちらほらとバドミントン。
なんかのイベントなのか地味な老若男女が集まって何かをしている。
「こっちに並んでくださーい」と女の人の声がメガホン越しに聞こえてくる。
それにしても怖いくらいにウジャウジャと劇団員ばかり。
空き教室や公民館など練習場所を見つけられなかったからなのか。
それとも特に理由はなく天気がいいからなのか。
演劇人口の意外な多さに驚かされる。
それなりの質の高さを誇る劇団は何もわざわざ外で練習する必要はないので
広場にいるのは演劇初心者みたいなのばかり。
ものすごくヘタでベタなセリフのやり取りに背中がむずがゆくなってくる。
「ボクはアナタのことをスキになってはいけないのですか!どうしてですか!!」だって。
サイクリングロードがある。
見ると乗ってる人は皆同じ自転車のようだ。
ってことは貸し出してくれる場所がありそう。
テクテクと歩き続けるうちに見つける。
1時間200円。鞄を持ってたのでカゴ付きの普通の自転車を借りる。
ゆっくりとペダルを踏み込む。スイスイと自転車が風を切って走り出す。
気持ちいい。ものすごく気持ちいい。
東京に住んでいる僕からすれば木々の間を自転車に乗るのってかなり贅沢な行為。
サイクリングロード1周でたった10分しか乗らなかったけど、堪能した。
俗世間のことを束の間忘れることができてリフレッシュできた。
公園を出る。明治神宮が隣接している。
こちらもまたこれまで入ったことがない。初詣という習慣が個人的にないからか。
まるで森の中のような広い道を歩いていく。
なんだか厳かな雰囲気。大きな古びた鳥居も十分に厳かだけど
恐らく高く高く伸びた木々の「壁」が何よりもそう感じさせるのだろう。
ぴったりと垂直。普通なら道の両側の木々ってアーチ型になるものなのに。
神社仏閣に全く縁のない僕ですら「たまにはこういうのもいいな」と思う。
道なりに進んでいくとやがて本殿に出る。
外国人観光客ばかり。
それと神前で結婚式を挙げたばかりなのかこれから挙げるのかする白無垢の花嫁の姿。
賽銭箱の前で手を合わせ、
「今年はもう残り少ないんで来年こそは小説家にならせてください」とお祈りをする。
代々木まで歩いてそのまま新宿駅へ。
結構な距離を歩いた。
・・・疲れた。
[1414] Frozen Beach (revisited) 2004-10-22 (Fri)この世界はゆっくりと終末に向かいつつあった。
長い長い氷河期を迎えようとしていた。
僕たちは旅を続けていた。
そうするより他になかった。
どこにも行き先はない。
だけど、どこにいたところで何も変わらない。
絶えず動き回ってどこかへと向かわないことには僕たちは壊れてしまいそうになる。
何もかもがおかしくなって、
何もかもがめまぐるしく通り過ぎていって、
あらゆるものが静止した、消えていった、失われた、そして2度と元通りにはならな
かった。
そしてその原因とか理由とかそんなものは今となってはどうでもよくなっていた。
考えることに意味がなくなる。
そのときそのときに降り掛かった出来事を受け流して、自分の方からそっと身を離し
ていくだけ。
不安だとか恐れだとかそういう生々しい感情も擦り切れて麻痺してしまう。
確かに最初の頃はこの僕も他の人たちのようにあれこれ考えて、情報を集めて、
蔓延するパニックの中で混乱を来たしていた。
見知らぬ人をなじって、手の中に捕まえたものを奪って、気に入らなければ地面に叩
きつけさえした。
つまるところ僕は怯えていた。いつだって怯えていた。
泣き出して、喚いて、ヒステリックに笑っていた。
そんな時期が過ぎ去った。
反動で、生きているということをやたら感謝する時期もあった。
いろんなことを出来合いの安っぽい喜びにすりかえようとしていた。
それも過ぎ去った。
今となっては何もかもがどうでもよくなった。
恐ろしいことに人という生き物はどんな状況に置かれてもそれを「日常」として
頭の中の配線を意識的に (無意識的に)切り替えていくことができる。
差し迫った命の危険が過ぎ去った途端、何事も惰性で進んでいくようになる。
澱んだ流れに身を任せて、中途半端に自分というものを肯定して。
くだらないことにアハハハハと笑い合って。
それでもまだ、こんなことを考える。
ふとした瞬間に浮かび上がってきてぞっとした気持ちになる。
「明日の朝生きているだろうか?」
「まだ続くのだろうか?」
夜になってぼんやりと頭に思い浮かぶのはただそれだけ。
そんなとき僕は凍えた空の下、一人きり突っ立ってこの世界を眺める。
もちろん、答えは出ない。
もう一度繰り返す。
この世界はゆっくりと終末に向かいつつあった。
長い長い氷河期を迎えようとしていた。
[1413] Frozen Beach (revisited) 2004-10-21 (Thu)僕とヨウコが車の停めてあった駐車場に戻ると
リョウジがポツンと1人車の側に立っていた。
聞こえるか聞こえないかの声で「・・・んだよ」とリョウジは呟いた。
僕は立ち止まって次の言葉を待った。
何が起きたのか、聞かなくてもわかってた。だけど、言葉にしてはっきりと聞きた
かった。
ヨウコの口から「ウソ・・・」と漏れた。
「死んだんだよ!何度も言わせるなよ!どこ行ってたんだよ!!チクショオ!!」
リョウジは思いっきり車のドアを蹴った。
そしてうずくまって泣き出した。
(あとから思うと、弱い部分を絶対さらけ出そうとしないリョウジがあとにも先にも
無防備な自分をさらけ出したのはこのときだけだった)
僕はどうしたらいいのかわからなくなった。
そのときの僕は悲しいとか寂しいとかそういうのを通り越して、何がなんだかわから
なくなっていた。
涙は出なかった。
足元のわずかばかりの空間を切り取られて、四方を奈落が取り囲んでいる、そんな気
分だった。
僕の体が小さくなったのかそれとも地平線が無限に延びていったのか、
視界が広がってこの世界の大きさというものをはっきりと感じ取ったのに、
そこには何もなくてそこにいるのは僕一人だけだった。
そんな瞬間が永遠に続くような感じがした。
息苦しくなって、だけど体の力が抜けて、僕はヨロヨロと駐車場を歩き出した。
すぐにも雪の塊に躓いてあっけなく転んだ。
顔が雪の中に押し付けられて、そこで初めて僕は涙を流した。
手を腕を動かしても冷たい雪の間を突き抜けるだけ。
波間にもがいて、漂っているかのようだった。
寄せては返す波のような何かを全身で感じた。
その頃にはこの世界はとてつもなく小さなものへと収縮してしまっていた。
想像もつかないほど巨大な何かが小さな一点へと移ろいゆく
その様々な瞬間が切り取られてランダムに繰り返される、
その周期は僕の心臓の鼓動と合うようになって
やがてその最後の一点へと近付いていく。
どれだけの時間が過ぎただろうか。
僕は立ち上がるといつのまにか車の側に戻っていてヨウコの体を両腕で抱えていた。
泣きじゃくるヨウコの細かな震えが伝わってきた。
僕の震えがそこにシンクロして離れられなくなった。
そこから先のことは記憶がない。失われてしまった。
誰が言い出したことなのか、何の意味があったのか、さっぱり覚えていないが、
その後僕たちは後ろのドアを開けて後部座席のダイスケの体をトランクに移した。
ぐにゃりとしたゼリーの塊のようだった。
そのうち死後硬直ってやつが始まるのだろう。
今となってははるかな昔、大勢の人間が死んでしまった。今そこにダイスケも加わっ
た。
あの時のウイルスは何もかもを焼き尽くしてしまったが
ダイスケはその体が残ったのだから幸福なのかもしれなかった。
気が遠くなるぐらいものすごい確率を経て生き残ったのに
いつの日か別な原因で死ななくてはならない。
人とか人間とか人類っていうのは全くもっておかしな生き物だ。
バカバカしい生き物だ。
後に残された人間たちが生き延びる理由は、
後に残された僕らが生き抜いていく理由は、
いったいなんなのだろうか?
[1412] 1.バイオリン 2.犬 2004-10-20 (Wed)1.
荻窪駅から僕のアパートまでの途中にとある個人経営の病院があって、
朝や夕方、時々中からバイオリンの音が聞こえてくる。
「バイオリンを弾いている音」ではない。
あくまで「バイオリンの音」、弦を何かでこすって吐き出しているような音である。
擬音語で言えば「ギーコギーコ」というよりは
ジャイアンが空き地でリサイタルを開いた時の「ボエー」を甲高くしたような感じ。
再現するならば「ギー、ギョエー、キキー、ゴッ。グーギーキョー」
通りがかると「ああ、またやってるよ」と思う。
ある日ふと気がつく。
僕が荻窪に越してきてから早いものでもう5年半になる。
ハッと思う。
「この病院の中でバイオリンを弾いている誰かは
ここ5年半というもの一向に上達していない」
これっておかしくないか?
耳に心地よい音色であるとか、滑らかな旋律であるとかが出てくる気配は全く無し。
上達というよりは進化だな。
何もないままってのは不思議を通り越してむしろ怖い。
5歳の子供にバイオリンを与えて無邪気にギコギコやってたとしても
10歳になる頃にはそれなりの腕前になっているはず。
院長自ら弾いている?
だとしたら、5年かかってバイオリンがちっともうまくならないことは
医療技術の良し悪しとは有機的な関連性はないとはいえ、ここにはかかりたくない。
ストレスの解消のためデタラメに弾いているのだとしても、同じくかかりたくない。
いったい誰が弾いているのか?
僕がここ荻窪に住み始めたのが5年半前なので「5年かかって」なんて書いている
が、
もしかしたらもっともっとずっと前からこういうバイオリンを弾いているのかもしれ
ない。
10年以上前から、とか。
2.
ある日アパートの近くを歩いていたら
狭い四辻を30歳ぐらいの女の人が横切ろうとしていて、犬を連れていた。
「犬を連れていた」と僕が認識したのは電柱の陰になっていて詳しくは見えないが
右手の動き方とかがそのような挙動をしていたからであって
犬そのものを見たり吠える声を聞いたわけではない。
車が走り去ってその女の人は通りを渡り始める。
後ろに伸びた右手が何かをクイッと引っ張る。
・・・なのにその右手の先には何もない。
犬はおろか紐すらない。
その何かがノロノロと体を持ち上げるまでにてこずり、
「それ」が歩き出してからはリズミカルにテンポよく(つまり、その何かの歩調に合
わせて)、
「それ」と共に通りを渡った。
ちらっと振り返って「それ」に向かって微笑むことすらした。
パントマイムの練習なのか、それとも彼女は幻を見ているのか。
正直者にしか見えない「犬」なのか。
僕は立ち止まってその人をしげしげと見つめていたわけではなく、普通に前方に向
かって歩いていた。
すれ違いそうになる瞬間がなんだか嫌で、僕は歩くスピードをかなり落としていた。
その人が過ぎ去った後、四辻で止まってそれとなく、
その人のゆっくりと遠ざかる後ろ姿をほんの2・3秒眺めた。
彼女の心の中には自宅で飼っている犬が存在していて、
一緒に今散歩していることから生まれてくる満足感というか幸福感がほんのりと伝
わってきた。
「気持ちの持ちようで幸福はどこにでも転がっている」というわけではないが、
まとにかく、「あーこういう人もいるんだなあ」と思った。
[1411] Frozen Beach (revisited) 2004-10-19 (Tue)リョウジがエンジンを切った。
ぎこちなく縦に横に震えた後で車内はシンと静まり返った。
年老いた象が寂れた動物園の中で最後の眠りにつく様子を僕は思い描いた。
「降りるの?」とヨウコが聞いた。「何かあるの?」
「何もなくたっていいんじゃないの?」僕はそう言ってドアをこじ開けた。
冷たい風がすぐにも押し寄せてきた。頬が火傷しそうになる。
「たまには外の空気吸わないと」
海辺だった。
建造物の類いのものはこれといってなし。
風が強いからなのだろうか、雪はうっすらと地表を覆っているだけで降り積もってはいない。
僕たちは砂まじりの雪の上を散らばった。
足元にはカモメのような生き物の死骸があった。
それはもはや鳥の形をなしていなかった。
ブーツの爪先で突くと、白い羽がガラスのように砕けた。
僕はリョウジとミユキの背後に立った。
2人は凍りついた海を眺めていた。
波が地面に貼り付いている。雪原のようだった。
「歩いていけそうだな」とリョウジが呟いた。
しばらくの間誰も何も言わなかった。
僕は口を開いた。冷たい空気が喉の奥からナイフのように胃の底へと突き刺さってきた。
「この先には何がある?」
しばらく考えこんでからリョウジが言う。「アメリカ」
「アメリカ?」
「たぶんな。アラスカ、ロサンゼルス、ハワイ」
「ハワイって今どうなってんの?」ミユキが振り向く。
「さあ」と僕は言う。「どこも一緒なんじゃないの?」
リョウジがダウンジャケットのポケットから
手袋に包まれた両手を外に出して「うーん」と伸びをする。バランスを崩してよろける。
「車ばっか乗ってるとさすがにだりーな」
ミユキが煙草を取り出す。風が瞬間的に強く吹きつけてきてうまく火がつかない。
うずくまり、手のひらで覆いを作って、どうにかこうにかライターを光らせる。
オレンジ色の光が一瞬だけ瞬いて消える。
リョウジがミユキに向かって手を差し出す。ミユキが一本分けてやる。
リョウジは口にくわえると火もつけないでしばらくそのまま海を眺めた。
「海なんてほんと久々だな」
[1410] Frozen Beach (revisited) 2004-10-18 (Mon)僕は彼に僕の絵を書いてもらったことがある。
僕らが旅に出る前。あれはどこへ行ったのだろう?
・・・なくしてしまった。
画用紙を折り畳んでノートに挟み込んで、
そしていつのまにかノートごとなくしてしまった。最低だな。
「肖像画」はリョウジとミユキとヨウコの分もあったはずだ。
あいつら大切に今でも持っているだろうか?
あのとき僕らは市民ホールの中にいて、
舞台の上で椅子を並べダイスケと僕は向かい合って座っていた。
つまらない世間話をしながらダイスケはデッサンを続けていった。
「ウイルスらしいな」とか「違うよ。ぶつかったんだよ、隕石が」とか。
ステージの端にはグランドピアノが置かれていて
ヨウコがクラシックの曲(聞いたことはあったが、僕は知らない)を弾いていた。
淡い色合いの音がホールいっぱいに広がった。
そうだ、客席にリョウジとミユキがいて、わざとらしくいちゃいちゃしていた。
ダイスケの手は何の迷いもなく、しかしゆっくりとした動作で、
口笛を吹きながらサラサラとスケッチブックの上を動いていった。
合間合間にわざとらしくいっぱしの画家のようにポーズを決めた。
出来上がった僕の絵は僕そっくりのようでいて、僕以外の虚ろな何かだった。
僕は悲しそうな表情を浮かべていて、その背景には何も描かれていなかった。
ダイスケがスケッチブックを覗き込んで言った。
「おー、かっこよく描いてもらってよかったじゃねえか」
ミユキもヨウコも「うんうん、似てる」と言った。
そしてその何日か後、僕らは車に乗って「旅」に出ることを選んだ。
その頃にはもう僕らの行く手はどこもかしこも雪でびっしりと覆われるようになって
いた。
文字通り「旅」だった。ドライブとかキャンプとか言い換えてもいいぐらいにはしゃ
いでいた。
未来と呼べそうなものがどこにもないってことに薄々気付いてはいても、無邪気なも
のだった。
何もわかっていなかった。
知ろうともしなかった。
「この世界はゆっくりと終末に向かいつつあった。
この世界は長い長い氷河期を迎えようとしていた」
これはダイスケがこの凍りついた全ての物事を
スケッチブックにシャーペンで描いたときに下の端に書き入れたフレーズだった。
あの時僕は大袈裟な、と思った。世界だとか終末だとか。
「気が滅入るようなこと言ってんじゃねえよ」と僕は叫ぶように言った。
だけどその後の長い日々を過ごしていくうちに僕の中でこのフレーズは
何度も何度も思い出されることになる。
そして頭の中にこびりついて二度と離れなくなった。
僕は砂の塊に向かって呟いた。
「ダイスケ、冗談じゃねえよ」
ミユキから手渡されて僕の手にスコップが戻ってくる。
掘り返した砂の山を少しずつ切り崩す。
ザッザッという音が雪の中に吸い込まれていく。
やがてダイスケの体は完全に砂の中に埋もれて、消えてなくなった。
平らな砂の地面だけが残った。
降り出した白い雪がその上にうっすらと積もっていった。
[1409] 一松で朝まで 2004-10-17 (Sun)大学の寮の、しかも部屋の先輩がこのたび結婚されるということで
昨日の夜は寮時代懐かしの店「一松」にて集合、
「終電?どうでもいいじゃん」みたいな雰囲気になって結局朝までいた。
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18時集合ということになっていて、
17時頃国分寺に到着、西武多摩湖線に乗った。
卒業してからだと3回目ぐらいかな、乗ったのは。
黄色い電車。市民の足。
ものすごくローカルなのんびりとした感じは相変わらず。
到着して駅を出る。一橋学園の駅の周りは適度に変わってたり変わってなかったり。
立ち食いソバ屋「戸隠」が健在だったので「おー」と思う。
一松と並ぶぐらいに懐かしい店。
朝まで営業してるので寮で麻雀を打った後やカラオケの後に
よくゾロゾロと牛めしを食べに行ったものだった。
ここの牛めしは肉も玉ねぎも形が崩れそうになるぐらいに煮込んであってとてもおいしい。
僕の中では「スタ丼」と並ぶぐらいに価値ある逸品。
腹はそんなに減ってないもののカレー牛めしに生卵を追加して食べる。
「おーこれだよこれー」とガツガツ食って速攻でペロリといっちゃう。
また食べたい。松屋や吉野家よりは断然うまい。
そういえばスタ丼屋は最近、国立・国分寺だけではなく、
立川や小金井、早稲田にも店があるんだそうな。
もしかしたらメジャーな食べ物になってしまうのかもしれない。
時間があったので大学に行ってみる。
僕が大学院を終了する頃に小平キャンパスが国立に移転して、キャンパスが統合された。
その後小平の方は校舎が取り壊され、様々な建物が新しく建てられ、大きく様変わりしていった。
前訪れたときには屋内プールやフィットネスクラブを含むスポーツ施設が作られていて驚いたもんだが、
今回来てみたらマンションみたいなのがたくさん建てられていてさらに驚かされた。
ここは本当に大学なのだろうか?
僕が在籍していた頃は貧乏まるだしな大学だったのに、今やまるで私立大学のようだ。
(除籍投票だの寮の自治だの文部省が嫌がる伝統を放棄することで
助成金がたくさんもらえるようになったというのは本当なのだろうか?)
マンションみたいなのはみな寮で、国際交流なんたらかんたらという名前になっていた。
恐らく留学生やその他一般の学生が暮らすための施設なのだろう。
「一橋寮」に行ってみると昔の面影を残す建物ではなくなっていて唖然とする。
骨格だけを残して中は全面改装、
そんな大改修をして4人部屋から1人部屋にすると聞いていたが。
敷地内の同じ場所にあって4階建ての南棟と北棟があるという構造だけが一緒の、
見違えるぐらいに小奇麗な寮へと変わっていた。
入口が自動ドアになっていてしかもオートロックのようになっていて部外者は入れない。
卒寮正とはいえ今となっては部外者の僕は
どれだけ興味があっても中に入ることができない。中を見てみたかった・・・。
寮生っぽい若者がブラブラ歩いていたら話を聞いてみたいと思ったのだが
寮近辺は人が全くいなくて、寮の部屋も明かりがついているのはまばら。
もしかして住んでる学生がそもそも少ない?
生活感がほとんどなかった。
昔のように小汚くてうらぶれていてふきだまったような生活ってここにはもうないんだろうな。
・・・僕らが寮にいた頃、女子のための部屋が少なくて
僕らの住んでいたブロック「北2A」を女子ブロックにする方向で話が進められ、
寮生大会を毎晩のように開いて女子の進学率がどうのこうの、
そうは言ってもブロックの伝統が消えるのがどうのこうのと熱い議論を交わした結果、
最終的に僕らのブロックは消えてなくなってしまった。女子に明け渡した。
なのにその後すぐキャンパス移転が決まって寮生の数が激減、そして今や個室化。
あの時の熱い気持ちってなんだったのだろう?
半ば冗談だけどバリケードを作って封鎖するとか立て篭もるとか言ってたんだよな。
「龍園」が健在でほっとする。おじさんもおばさんも店の中にいた。
でも客が入ってなかった。やってけてるのかな・・・。
一松へ。ここは何も変わってない。店の周りの雰囲気も変わらず。
僕らの頃と較べて全然客が入ってなさそう。
恐らく何世代か前の卒業生たちが懐かしがってふらりと訪れるがために店を畳まずにいる、
そんなとこなんだろうな。
店のおばさんに聞いたら「最近、寮の人たちはめっきりこなくなった」という。
寮委員ですら来ない。えー!?そんなもんなのと一同驚く。
あの当時寮の中で過ごした時間ってのは永遠に近いものであって、
そこから時代が、価値観が、物事の考え方が変わってしまうなんてことは想像もつかなかった。
シーズンになると毎晩のようにここで飲み会が行われていた。
寮の女子ブロックの子が日替わりでバイトしていた。
白菜鍋を食べる。
これは安くてうまくて、秋から冬にかけての飲み会では必需品だった。
だし汁に白菜と鶏肉が入っているだけ。金のない学生向けのメニュー。
なのにこれがめっぽううまい。
大人になった今でもこれはおいしいと思う。
最後はご飯を入れておじやを作ってもらって食べる。これがまた最高。
あの頃はガツガツガツガツとひたすら食いまくってたなあ。
キムチ鍋やすき焼きもあったはずなのに白菜鍋しか食べなかった。
メニューもいろいろあったのに
焼き鳥とミニポテトと枝豆とそれぐらいしか僕らの前には出てこなかった。
2階で飲み始める。最初はしんみりと思い出話をしていたのであるが、
ゴリポンが登場した途端昔の一橋寮ノリで一気飲みが始まる。
(↑トランクス一枚で部屋に登場し、「駆けつけ」ってことで瓶イッキ。来春には子供が生まれるのに)
でもさすがに10年も前のペースではやっていけなくて飲む量も減る。
昔なら「杯は全部干す」「酒の一滴は血の一滴」ってことで
そのコップに入ってるのがビールと日本酒と醤油のちゃんぽんであっても
全部飲まなくてはならなかったのが、
この年になると「オカヤンのめー!!」ってことになっても
コップに口をつけて一口飲むだけでも良かったりする。
ビール瓶のケースを裏返してお立ち台にして1人立たせて、
なんか誰か喋るとすぐにも突っ込みを入れて、酒を飲ませる。
「せーの、ワッショイショイショイ〜」といううちの大学特有の掛け声があがると
一瞬にしてあの頃の気持ちに戻る。
(隣の部屋にいたどこかの体育会系が同じようなノリで騒いでいて、
今でもまだこういうのは残ってんだねと一同ほっとする)
結婚できた人のその後の話と結婚できそうにない人のその後の話をずっとする。
途中から、下で飲んでた若いのを捕まえてきた、と現役の寮生を連れてきて飲ませる。
僕らの代と僕らの1コ上の代は異様に仲がよく、
その前後と会うことはなくてもこの2代の間で今でも飲み会が年に1度は開催される。
で、その若い寮生に、この中の誰が上の代で誰が下の代か当てさせる。
外れたらその分だけ飲ませる(その若い彼は飲めない方だったので、僕らが替わりに飲む)。
気が付いたら終電を逃している。
中央線ならばあったかもしれないけど、多摩湖線は早々と終わっている。
元寮生だから信頼してるってことで、始発までいてもいいよと
一松のおばさんは僕らに鍵を預けて先に帰る。
こういう店ってなかなかない。
あくまでも学生と元学生たちのために存在し続ける店。
ありがたいものだ。
僕らがもう少し年を取るまでは店を続けていてほしい。
1時を過ぎた辺りからどうにも肩が痛くなってじっとしてられなくなる。
肩こりを異常に強くして末期的にしたようなだるい痛み。
横になってもだめで、中央線の始発が出るまでの間もそもそと落ち着かなく過ごす。
3時・4時ともなるとかなりまったりした話になって
いつのまにか市や区によるゴミの出し方の違いがどうのこうのとかそんなのになっている。
僕は店の外に出て外の空気を吸う。
人が出歩いている気配はなし。
無人のがらんとした商店街を店のサンダルを履いて歩く。
寒々とした空気が漂っている。
中央線が走り始める時間になってタクシーを拾って国分寺の駅まで行く。
各駅停車に乗る。荻窪まで乗っていって僕は他の人たちよりも先に下りる。
次にまた一松に来ることがあるとしたら、
また別の誰かの結婚のお祝いとしてなんだろうな。
それはいつになることか。
---
【追記】
この日参加したのは、
92年:キクチさんとキクチさんの奥さんとなる人、イナマスさん、ゴリポン、サイノウさん
93年:イデタ、イッシー、オカムラ
その他のメンツはなかなか集まりにくくなってきた。
東京を離れていたり、消息不明になったり。
キクチさんの披露宴の時にはもっと大勢集まることになっている。
「キクチさんの奥さんとなる人」は
イッシーの部屋の後輩カクと高校が同じなだけでなく、
クラスも一緒だったということがわかって世間は狭いものだと驚かされる。
[1408] 「アタシはバイクで旅に出る。」 2004-10-16 (Sat)誰に癒されますか?って聞かれたら最近の僕は「国井律子」と答える。
(実際にはそんな質問されることはないが)
普通の人は知らないと思う。
ハーレーにまたがって日本全国を旅してエッセイを書いている人。
モデルをやってたぐらいにきれいなのに
ノンベエでガラッパチ入ってて自由奔放系。
それでいてスクスクと素直で常識的なところもあって、
僕からしてみれば理想的なまでに素晴らしい女性だ。
(ただし、顔そのものはタイプではない)
ハーレーという時点で普段の僕からすれば何の接点もないはずなのだが、
去年の今頃青森に帰ったときに八戸のヴィレッジ・ヴァンガードでたまたま
文庫の「アタシはバイクで旅に出る。」の2巻を見かけたのがきっかけ。
きれいな女の人が後ろ向きにバイクにまたがって
夕日を眺めているカバー写真に思いっきり心引かれた。
ツーリングして温泉に入ってこういうお酒を飲んだということしか書いてないのに、
バイクに乗る人でなきゃその面白さが共感できないはずなのに、
門外漢である僕にとっても面白かった。
文学的ではないけれども、まだどこかぎこちないところはあるんだけど、
なかなかうまい文章を書く。
疲れたときに音楽を聞きながら読むのにちょうどいい。
出版されている本のほとんどを買って読んだ。
DVDが出てるんでそのうち買おうと思っているうちに
もたもたしてたら在庫切れになってしまった。
このところ慌てて都内の本屋を回っている。
青森をバイクで訪れているってのも魅力なんだけど
本の中だけじゃなくこの人が動いてるところってのをやっぱ見てみたいもので。
そんなわけで今日もまたこの人のDVDを探して都内をフラフラするわけですよ。
---
・・・ってのを先週書いた。
DVDは結局、販売元である出版社のホームページからオーダーした。
届いた。さっそく見る。
動いてるのを見ても、きれいな人だねえとどっかのオヤジのようにしみじみする。
(世の中ではこういうのを「萌える」と言うのか)
低めの声がぶっきらぼうというか抑揚があんまりないのにちょっとがっかりする。
この人はやっぱ文章の人か。
青森県内をバイクでツーリング。
津軽半島を北上
→フェリーに乗って下北半島を一周、大間港や尻屋崎など
→フェリーに乗って津軽半島に戻る
→浅虫温泉へ
→青森市のハーレーの店
→八甲田山のルートで十和田湖へ向かう、その途中で津軽凧の職人の店に入る
→さらに途中の「かやの茶屋」で名物のお茶を飲んでたら、
(↑「3杯飲めば死ぬまで生きる」青森県民で知らない人はいない)
地元のハーレー乗りの集団と出会い、ツーリング
といった内容。
そんで行った先々で温泉旅館に泊まって夜は地ビールや米焼酎を飲む。
「青森に恋しちゃってる」
「ここ5年ぐらい、年に2・3回は来てる」
といった発言が飛び出す。
随所で海を眺めながらのワインディングができること、
意外と道の整備がしっかりしていること、ってのがバイク乗りとしては嬉しいようだ。
見てると自分の知ってる場所ばかり。
下北半島は去年大学の友人ケンと一緒に回ったばかりだし、
冒頭に出てくる青森→蟹田間の内真部バイパスなんて家のすぐ近くだ。
バイクに乗ったきれいな女性の映像のバックに
そういうところの風景を見るのって不思議なもんです。
(内真部バイパスは僕が自分で車を運転したことのある数少ない道の1つだ)
DVDそのものはたいしたものではなかったが、
それでこの人の魅力が減るでもなく。
新しい本が出ないかなあと思いながら
ホームページにてつれづれなるままに更新される日記を
日々チェックしているわけです。
http://kuniritsu.com/
[1407] 10月15日(金) 「Monster」 2004-10-15 (Fri)水曜は野田秀樹の舞台を見る前にシネマライズにて「Monster」を見た。
平日午前の回で雨も降ってたのに、かなり人が入っていた。
次の回なんて行列が長々とできていた。
土日に見ようとしたら、見れなかったかもしれない。
シャリーズ・セロンがアカデミー主演女優賞を獲得して話題の作品。
「世界で最も美しい50人」に選ばれるぐらいの美貌と
バレエを続けていたというスレンダーなボディを惜しげもなく捨てて
13kgもの増量と特殊メイクにより、
90年代初めに全米を震撼させた女性殺人鬼アイリーン・ウォーノスを演じる。
プログラムの写真を見るとこれがまた実在のアイリーン・ウォーノスそっくりで、
増量前か増量後のシャリーズ・セロンとは全くの別人。
ロバート・デ・ニーロやダニエル・デイ=ルイスが引き合いに出されているが、
大袈裟な話ではない。「たいしたもんだ・・・」と感嘆する。
なおかつ演技としても鬼気迫るものがあって、
これなら誰だって文句なく主演女優賞に選ぶと思う。
この映画はもうここまで来るとシャリーズ・セロンを見るためのようなもの。
アイリーン・ウォーノスになりきって
初めから終わりまでずっと体当たりの演技をするんだけど
なんかこれが自堕落な売春婦そのもので、「参りました」と無闇やたらと謝りたくなる。
栄養の偏った生活が長いからかおでこの皮膚は常に荒れていて、
汚れた下着が上も下もはみ出ているのは日常茶飯事。
ラスト近くのかなり大事な場面でもジーパンの隙間から白いのが覗いていた。
(悲しいことにそういうとこばっかり目が行く。性欲を掻き立てられはしないんですが)
ブタのように太った体を晒すヌードの場面まであった。
シャリーズ・セロンってこれまで僕の中で
「名前聞いたことあったかなあ?」ぐらいの位置付けだったので他の出演作品を見たことはなく、
過去の作品を見てみたら「えええええー!?」と驚くことになるんだろうな。
(「サイダーハウス・ルール」「スコルピオンの恋まじない」「ミニミニ大作戦」など)
とにかくこの女優魂はすさまじい。
あと、さすがにかすんでしまうんだけど、
クリスティーナ・リッチもいい演技をしていた。
映画としては監督パティ・ジェンキンスにとっては初めての作品となるせいか、
全体的にどことなく固かった。こなれてない。
隙間が多かった。侘びさびを生み出す類の隙間ではなくて、
映画を映画足らしめる有機的な構造を断続的に断ち切るような隙間。
隙間というよりは「隙」か。
これが手馴れた監督による作品でシャリーズ・セロンの熱演がそこに乗っかっていたら、
もっと別な印象になったと思う。
悪くはないんだけど、なんとなくぎこちない印象を受けた。
全編シャリーズ・セロンとクリスティーナ・リッチの「地獄の逃避行」系カップルが出ずっぱりで
その他の登場人物ってのがいないに等しいから、どうしても奥行きに欠けるのだと思う。
逆の言い方をすれば平面的。
クリスティーナ・リッチが預けられていた家の奥さんであるとか、
シャリーズ・セロンの数少ない友達であるベトナム戦争帰りのアル中であるとか、
そういう人物たちをもっと掘り下げれば、人間のドラマとしてもっと厚みが出たのでは。
(なんて偉そうに言ってみたりして)
[1406] 野田秀樹「赤鬼」日本ヴァージョン 2004-10-14 (Thu)野田秀樹の演劇を見てみたいとずっと思ってきた。
時間のあるときにはお金がないし、お金があるときには時間がない。
それ以前にどの公演も即日完売となってしまうようだ。
チケットが手に入らない。
それが今回何とか入手することができたので見に行った。
平日の午後の回だったのでわざわざ水曜、会社を休んで。
今年前半は野田秀樹が初めてオペラの演出を手がけて話題になった「マクベス」も見ているが、
いわゆる演劇は僕にとってこれが初めて。
1996年に NODA・MAP の番外公演として初演された「赤鬼」は
1998年にタイで、2003年にロンドンで、
野田秀樹の演出の下その国の言葉でその国の役者たちによって公演が行われた。
今年その3バージョンが Bunkamura 15周年ということで
連続して上演されることになった。
タイバージョンは歌と踊りがメインとなり、
ロンドンバージョンはシェークスピアのお国柄か台詞にこだわりを持ったものとなったようだ。
人数はそれぞれ異なってタイ:15人、ロンドン:8人、日本:4人となる。
タイとロンドンのバージョンではどちらも共同体への侵入者「赤鬼」役は野田秀樹となり、
日本版での「赤鬼」役はイギリス人が演じることになる。
(この赤鬼役は一頃現代思想ではやったところのキーワードで言えば「他者」ってわけで
最初のうち言葉が通じないってのが端的にその存在の異質さを表している)
同じ台本を元にしていてもそれぞれのバージョンで雰囲気ががらっと変わるようで、
可能なら3バージョンどれも見てみたかった。DVDででないかな。
話を要約しても仕方がない。
舞台は海辺の村。時代は不明。近代以前なのは確か。
メインの登場人物は4人。
海辺に漂着した赤鬼(異国人)。海辺に暮らす頭の弱い兄。
村人からは「あの女」呼ばわりされ疎まれている妹(2人はよそ者扱いされている)。
その妹に思いを寄せるちゃらんぽらんで口先だけが達者な男。
まあ、なんというか浜辺に打ち上げられた赤鬼をめぐる一騒動。
兄(とんび)役を野田秀樹自ら演じ、
妹(あの女)役は小西真奈美、男(水銀)役は元ナイロン100℃の大蔵孝二、
赤鬼役は名門劇団と思われる「テアトル・ド・コンプリシテ」のヨハネス・フラッシュバーガー。
開場時間にシアターコクーンに入ったら、そのときかかっていた曲が
Procol Harum「A Whiter Shade of Pale」(邦題は「青い影」誰でも聞いたことある有名な曲)
洋楽の懐メロとどこの国とも判別つかない摩訶不思議な民謡と流行歌の合いの子みたいな曲が交互にかかる。
The Animals「House of Rising Sun」を聞いたのを覚えている。
Shocking Blue「Venus」の途中でいきなり音楽が途切れて
ダダダダダッと4人がステージに現れて唐突に劇が始まった。
ステージはひょうたん型のごくごく小さなもので、その周りを椅子が囲っている。
シアターコクーンって初めて入ったんだけど、四方が観客席という特別な造り。
野田秀樹の演劇は詰め込みすぎなぐらい言葉数が多く、
派手に動き回って飛んだり跳ねたり走ったり大変だ、という話をよく聞く。
見てみたら確かにそうだった。
セリフが機関銃のように飛び出してきて、身体を駆使したありとあらゆる動作が切れ目なく続く。
予想と違って意外に小柄な野田秀樹が、もういい年なのに一番アクションが大きかった。
意外ついでに言えば声も甲高い方だった。
僕の中では勝手に背が高くて低い声を想像していた。
すげーと思った。
知的に物事が進んでいく割にものすごく笑える。こんなに笑えるものだとは思ってもみなかった。
いわゆる「ギャグ」の笑いなんだけど、嫌味なくべとついてなく、自然にクスッと笑えるものだった。
腹抱えたくなるようなのもたくさんあった。場内笑いの渦に包まれる。
シリアスだった後にするっと空気が変わってユーモラスな場面になったりして
この切り替えのしなやかさがハンパじゃなくうまい。
ああ、こういうのが舞台ならではの演出なのだなあ、と感心させられた。
テレビ番組の笑いは確かに面白いが、信用ならない。合成甘味料みたいなのがほとんどで。
こういう演劇的な笑いっていいなあ。
(今年あれぐらい笑ったのってなんかあったかなあと思い返してみたらやはり演劇で、
スロウライダーの公演を見に行ったときぐらいだった)
目の前で繰り広げられている出来事そのもののすごさってのもあった。
4人だけの出演者が一瞬にしていろんな役柄に切り替わっていく。
それこそもうたった1つの動作やセリフの言い回しだけで。
どうしてこんなことができるんだろう?
ただ単純に役者としての力量と台本のセンスってことになるんだろうけど
そもそもこんなことできる人たちって日本に今どれだけいるんだろう?
そうそうできることじゃないよなあ。
見ててすげーすげーと舌を巻いてばかり。
大袈裟な場面転換はおろか照明や音楽の切り替えすらないのに、
振り向いただけで小西真奈美は村長から村人へ、村人から「あの女」へと人物が変わっている。
で、それが何の説明がなくても直感的に伝わってくる。
人物だけでなく小道具や大道具にしてもそう。
「背景」に値するものは一切なし。
ひょうたん型のステージとその周りに敷き詰められたプラスチックの瓶、
大きなゴムボール数個と網、下部をタイヤで固定したポールぐらい。
それがある瞬間には部屋の中になり、ある瞬間には船になり洞窟になり。
小道具や大道具、4人の役者のセリフと身体の動きだけで
その場の状況に何重にも「意味」というものが重ねられていく。
そしてそれがプリズムのような光を放つ。
刻一刻と切り替わっていくのに
不思議と一貫性を保っているコンテクストの、そのよじれ方がとんでもなく気持ちいい。
こういうのってみもふたもない話、野田秀樹の才能ってことになるのか・・・。
だとしたらこの人は紛れもなく天才だ。
---
ベタな言い方だけど、感動した。感動して心揺さぶられた。
物語の展開もそうだけど、今自分が目の前にしている「表現」の質の高さに。
僕の場合いつも割と気軽に「感動した」って書いちゃうんだけど、
今後はもうこの言葉を安易に使えない。
これは本物だ。本物の体験だ。
これまでなんとなく漠然と「こういうのが見れたらいいな」と思い描いていたものが
この世に存在していて、それが実際に目の前で一生懸命演じられていた。
ショッキングとしか言いようがない。
見終わった後ジーンとして、柄にもなく「僕もがんばろう!」と思ってしまった。
同じように人の心を揺さぶるものを僕も生み出さなくてはならない、
今は例えそれが全然できないとしても、いつの日かそこまで到達しなくてはならない。
気持ちが無茶苦茶奮い立った。「やらなきゃ!書かなきゃ!」と思った。
すごいものを見せられたときってスーッと目の前が開けて
視界が広がるような思いをするんだけど、
この日見たものには確かにそれがあった。
泣きそうになるぐらい文学的な、素晴らしい余韻を残すラストの後、カーテンコールになる。
こんなとき僕の拍手って周りがしてるからって感じのおざなりなもんなんだけど、
今日だけは心の底から拍手したくて手を叩いた。
四方の観客に向かって無心の表情でお辞儀をする野田秀樹の姿に何よりも感動した。
目の前にその人が立っているというだけで神様のように感じられる人って
僕にとっては忌野清志郎以来だ。
もしかしたら今日の公演は最良のものではないのかもしれない。
80年代や90年代にもっととんでもない公演があったのかもしれない。
でも今の僕にとってはこれで十分だ。
当分この余韻で生きていける。
次の公演も見に行く。
つうか一生追いかけたい。
[1405] sonarsound 3/3 2004-10-13 (Wed)ここまで来て最後にいよいよ、再結成 YMO もとい、
「SKETCH SHOW + RYUICHI SAKAMOTO = Human Audio Sponge」の出番。
前のが10時に終わって、機材のセッティングが済んでも
タイムテーブル通り10時半まで登場せず。
ホールの中はギュウギュウ詰め。
「早くやれよ、バカヤロウ」みたいなことを呟いている若者たちがあちこちにいる。
そう、若者たちばかり。
「わー、YMO だー」とばかりに往年の懐かしい記憶に浸ろうとする
僕らカレーの会のメンバーのような30代以上の人たちは周りを見渡すと少数派だった。
10代後半から20代前半ぐらいの若者たちばかり。
彼らの目的はなんなのだろう?
もしかして YMO 目当てでなくてただ純粋に SKETCH SHOW あるいは坂本教授なのか?
「YMO? 名前しか知らない」って平気で言いそう。
この世はいったいどういうことになっているのか。
3人でやるのなんていつ以来だろう?
「テクノドン」を出してドームでコンサートをやったとき以来?
あれは僕が上京した年だから93年だ。
結構すごいイベントのはずなのに、なんであんまり騒がれなかったのだろう。
「YMO」と名乗ってなかったからか?
結構みんな冷静で「Human Audio Sponge」はあくまで「YMO」ではないと割り切っているからか。
もっと客が押し寄せていろんな客層の人たちがいてもおかしくはないと僕は思っていた。
とはいえホールは冷め切っているなんてことはなくて静かな熱気に包まれていた。
なかなか出てこないので
「今頃楽屋で喧嘩か?」
「必死になってライディーンを練習してんじゃないか?」
「ユキヒロが『僕の帽子見つからないから出ない』って駄々こねてんじゃねえか?」
「『君に胸キュン。』をやんないかな。真顔で」
なんて言いあってるうちにステージが暗くなり、3人+サポート1人の4人が登場。
最初のうちは SKETCH SHOW の2人だけでやって、
最後になってもったいつけて教授が出てくるんじゃないか?という予想は嬉しくも裏切られる。
はー。これが伝説の3人か。
ものすごく感慨深い気持ちになる。
年取ったなあ。というのが率直な印象。
坂本龍一は白髪ばかりで文字通り教授って風貌になって一番年上に見えるし、細野晴臣もそう。
高橋幸宏は黒の、グリーンベレーがかぶるようなのをかぶっていたがその下はどうなっていたことか。
感慨深いんだけど、僕は熱烈な YMO シンパというか「教授命」な人ではないので、
「ま、はよやってよ」という気分になる。
演奏が始まる。音が出るのだが、誰が何の音を出してるのかちっとも分からず。
試しに音を出しただけなのか、それとも演奏として始まってるのかも分からず。
以下、前半部分の印象(あくまで印象)。
□坂本龍一
3人の中では著しくITリテラシーの高い教授はすることもなく
iBookに届いたメールを読んでいた。
※マジで最初の3曲は微動だにせず。そっくりさんを連れてきて座らせてるのかと思った。
3年前のフジロックで New Odrer のステージを見たとき、
スペシャルゲストでスマパンを解散させたばかりの頃のビリー・コーガンが登場して
ニヤニヤ笑いながらギターを弾いていたものの音がちっとも聞こえてこなかったことを思い出す。
□細野晴臣
目の前のコンピュータを使いこなそうと四苦八苦してるだけ。
そもそものヘルプ画面を呼びだすことができず、あちこち探ってる。
□高橋幸宏
そもそもコンピューターを触る気もなく小さなシンセドラムを
一個だけ残ったダンゴの串みたいなので叩く。
その様はクラフトワークのなんかのアルバムの裏ジャケットにあった
メタル・パーカッション担当の二人のミュージシャンの立ち姿に酷似していて、
ああ、30年かかってついにこの境地に達したかとしみじみした気持ちになる。
(分かる人なら笑える話だと思う)
□サポートの男性
チューバやホルンを吹いていた。
もしかしたらこの人が音を全部出していたのかもしれない。
楽曲の再生ボタンを押すことも含めて。
後半。
坂本龍一がようやく思い腰を上げ、鍵盤に両手を乗せて単純なメロディーを弾く。
細野晴臣がベースを肩にかけ(しかし音が出ていたのか、最後まで判断つかず)、
高橋幸宏がドラムを叩く。
そしてスペシャルゲストとしてなんと Cornelius こと小山田圭吾が登場(!)
SKETCH SHOW のレコーディングに参加したと聞いていたので
もしかしたらとは思っていたのだが、ほんとに出てきた。驚いた。
最初ステージの袖から登場したときにも誰も気付かず、
サポートのもう1人か、ぐらいの扱い。
細野晴臣が「今日のスペシャルゲストです。小山田圭吾」と紹介したときも
(この日最初にして最後のMC↑)
「わー・・・」と反応はまばらというか虚ろ。
なんなんだろ。僕は1人で「すげー」と3人が登場したとき以上に興奮したのに。
すごい出来事のはずなのにな。この3人のサポートで小山田圭吾。
1日本ロックファンとして生涯忘れられない光景となった。貴重だよなあ。
が、その小山田圭吾も裏方に徹してものすごく地味な仕事をしてなんの言葉もなく去っていった。
かろうじて聞こえるかどうかぐらいの細かくて小さな音を職人のように出すだけ。
フレーズらしいフレーズはほとんどなし。もちろんギターソロなんてあるわけなし。
もったいない・・・。
小山田圭吾のこの地味さ加減によく表れているように
はっきり言って音楽的には聞きどころなし。
そもそも僕は不届きなことに SKETCH SHOW
これまで1曲も聴かないままこのイベントに来てんだよな。
なのでどの曲がなんなのか知らないまま。
あーこの曲もあの曲も SKETCH SHOW のアルバムの曲なんだろうなあ。
ま、予習しようがしまいがどっちも同じだった。
そもそも坂本龍一を初め、3人にとって今回の演奏は楽しかっただろうか?
出た甲斐はあっただろうか?
最後の最後、アンコールの2曲目にして「Pure Jam」が出てくる。
ヴォーカルのサンプリングにくだけた、緩めのセッションが重なる。
いつかの WIRE でやったとされる、
ライディーンの2音だけ飛び出すみたいな小技を今回もやったりはしなかった。
最初からあんまり期待してなかったので
僕にとってはこの3人を見れたというだけでもう十分でした。
お釣りとして「Pure Jam」が聞けてラッキー。
そんなところ。
それにしてもなんで今頃坂本龍一は SKETCH SHOW のライブに参加することになったのだろう?
素直に考えると sonar の趣旨に賛同したからなんだろうけど、
実際はどんな大人の事情があったのだろう?
「久々に3人でやりたくなった」なんてことは絶対なさそうな3人なのに。
アンコールの最後でのお辞儀の仕方のぎこちなさが非常に YMO らしくて、
ここだけはヴィジュアル的に「いいもんみたな」と思わされた。
[1404] sonarsound 2/3 2004-10-12 (Tue)ラボの中では「godibop」が演奏。
日本人3人組でギター・ベース・ドラムを演奏しつつ、
シーケンサー(と思われる)とも同期を取るという
これまでありそうでなかったことをしている。
ところどころいいところがあったのだが(生のドラムがドカドカ叩いているところとか)、
ところどころでしかなかったのですぐにもラボを出た。
ホールに戻って「Hiroshi Watana.be」の続きを見る。
全然さっきとは雰囲気が変わっていて、ハードな展開に。
4つ打ちが乱れ飛んでギーとかゴーとかいうような。
後ろの映像も癒し系ではなくなって抽象的な幾何学模様がチカチカしたものに。
でも全体的に品が良くて破綻がない。
これで踊れるって人はいないだろう。下世話な部分がないから。
後でプログラムの紹介を見たら父は作曲家で母はジャズピアニストと書かれていた。
高校卒業後バークリー音楽院へ。
要するに育ちのいいお坊ちゃまが生活と切り離された「表現」としてやってるような感じ。
ロビーでビールを飲んだ後、またホールに戻ると
フランスから来た「O.LAMM」が大音量のノイズをこれでもかこれでもかと吐き出していた。
ノイズの上にノイズを重ねて、その上にメロディーを乗せて、さらに音を歪めて。
観衆はみな硬直している。
こういうの大好きなので「しまった。最初から見てればよかった」と後悔する。
「おー!いいねえ!!」と思うものの
「でもこれって非常階段や MERZBOW がもう何年も前にやってたことではないか?」とも思う。
ライブで聞く分にはいいが、さすがに家でCDで聞こうとは思わない。
「O.LAMM」が終わってラボに行こうとすると通路は大混雑で身動き取れなくなる。
「ラボから上がってくるお客様を先にお通しします!ご協力ください!」
と(バイトと思われる)スタッフが繰り返し叫んでいる。
ラボはホールの真下にあって階段を下りるだけなのだが、
その階段と前後の通路が小さくて、なおかつ移動ルートが1つしかないからこんなことになる。
なんじゃこりゃ?と思う。
主催者側の会場設営がほんと下手。
日本でも各地でフェスティバルが行われるようになった今、ありえないぐらい手際が悪い。
想像力がないというか経験がない人が「こんな感じかな?」と手探りで仕切ってそう。
sonar が初めてのフェスですなんて人はたぶん少なくて、
例えば WIRE に行ったことがある人が多いんじゃないかと思うんだけど、
誰だってそういう他のフェスと比較するはずなのにね。
来年もここでやるとなったら、誰も2回目は来ないよ。よほど目当てのものがない限り。
少なくともここは音楽をゆったりと楽しむための空間とはなりえていなかった。
何が最悪かって言えば見たいものがなくてどこかで休憩したいとなってもそのための空間がない。
ロビーはあるものの人がたくさんいるし、そもそも座れない。
17時に開演して終わりの23時半まで立ちっぱなし?冗談じゃない。
疲れてラボの片隅で座ってたら会場スタッフに
「他のお客さんが入れなくなるから」と立たされる。
そもそもそのラボにも入場規制がかかって入れなくなる。
僕らはどこにいればいいのか?
常にラボかホールにて何かを見続けて身動き不可な通路でイライラして過ごす?
そもそも入れる客の数を間違えてないか?
たくさん詰め込まないとペイできないというのなら
フェスの運営方法としてそもそもの立脚点が間違っているのではないか。
フジロックと比較するのもなんだけど、
他のフェスと比較してみて初めて、フジってよくできてるなと思った。
時間のすごし方に関する様々な選択肢があってそこへ至るルートもそれなりに用意されているという。
最後に、空間に演出が下手。
薄暗けりゃなんでもいいってもんじゃないし、
おしゃれな椅子や照明を置いてりゃそれで事足りるってこともない。
いかにして心地よく音楽を聞くか、その場を過ごすかということに対する配慮は十分だったか。
主催者側がおしゃれと思っているものを提示/配置すれば満たされると思っていやしないか。
ラボにて「Fonica」を途中から見る。
日本人男女2人組み。
川のせせらぎと共にヒューンという音が重なり、そこにリズムを構成する要素が漂うような、
よく言えばアンビエントな音楽。
2人は iBookの前に座って何かをちょっとずつ動かすだけ。
あれなら僕でもできるんじゃないかと思う。
今日見たのはどれもラップトップ・アーティストとされる人たちで、
必ず銀色のiBookを使っていた。アップルのロゴが暗闇で光るやつ。
このジャンルの作法がどんなもんなのかわからんし、
そもそもそのiBookでどんなソフトが立ち上がっていてどんな画面になっていて
どんな操作をしているのかわからんのだが、
どうしても皆同じ型のiBookなのだろう?揃いも揃って。
デファクトスタンダードでこれ以外ありえないのか、
それとも主催者側からこのiBookを今日は使ってくれと渡されたのか。
「今日流す音楽のファイルをデスクトップに貼り付けておいてください」と指示されて
アイコンをクリックするだけで40分分の音楽が自動再生されるようになっているとか。
次に出てきた「Opiate」を見てその思いを強くする。デンマーク出身。
Bjork の「vespatine」に曲が採用されたことで話題の人のようであるが、
iBook1台を前にしてほとんど動かず。右手でつまみをいじって微調整するだけ。
こういうアーティストたちのライブってなんなのだろう?
その場でしなきゃならない作業ってなにかあるのだろうか?
実際に鍵盤を弾いて音を出したときに弾き間違うぐらいなら
最初から全てプログラミングされてる方がいいという発想で、
何もしなくなるのが自然の流れとなるのではないかと僕は思った。
(実際、細野晴臣はこういうライブにてラップトップを前にして腕組みをしていたという)
動作に乏しいせいか、ホールでは必ず後ろのスクリーンにVJによる演奏が伴っている。
目の前にいる本人以外に見るものもないってことか。
それぐらいならiBookのモニタをその場で撮影してスクリーンに映し出すってことをしたらいいのに。
それならライブだ。
ライブを見に来たのにそのアーティストの手元が常に見えないってのはいただけなくないですか?
「Opiate」が始まってすぐ外に出る。
今日の過ごし方はほんとザッピング。
ホールに戻って SKETCH SHOW に備える。
後からホールに移ろうとしても人が押し寄せて
入れなくなるんじゃないかってのが不安になって早めに。
次は「Schneider TM」シュナイダーだけあってドイツの人。
ちょっとだけ見た「O.LAMM」以外ハズレだったのがここからようやく当たりに。
3人編成。ラップトップ担当と、シンセドラム担当と、シュナイダー本人。
3人とも白衣を着てマッドサイエンティスト的風貌。
ラップトップ担当が音の要のようで、シンセドラム担当ははしゃいで踊ってばかり(これがいい)。
ヴォーカルのシュナイダーはギター(竹竿のように細い)を弾いたりハーモニカのソロもあった。
コーラス入りのポップな曲で始まって、
終わりの方では The Smiths「There is a light that never goes out」のカバーも披露。
ポップなのにノイズまみれになる局面もあり、これは思わぬ拾い物。
演奏力のある(というか歌える) New Order って感じだった。
その次は「AOKI takamasa」と「Yoshihiro HANNO」
ステージ上にはマイクが何台も設置され、ラップトップは4台、ウッドベースまで置かれる。
何が始まるかと思ったら最初は「AOKI takamasa」がたった一人で出てきてプレイ。
始まる前には確か「まかせたぜ!!」だったか、威勢のいい野次が客席からあがった。
F1レースから録ったと思われる走行音に始まって、後はもうリズムと音の饗宴。
僕にとってはこの人が今日のベストアクトだった。
これまで見てきたラップトップの人たちとやってることは基本的に何も変わらないはずなのに、
なんだか音の漲り方が違った。素材としての音の選び方、その組み合わせ方。
強力な意思の力を感じた。
他の人たちがクールに必要最小限の動作しか見せようとしないのに
彼は自分が導くリズムに合わせてコブシを振ったり、
ブレイクが決まると両腕を上げて喜火をアピールしたり、とても好感が持てた。人間的というか。
この人の音は聞くに値すると思った。CDを探して買おう。
続いて「Yoshihiro HANNO」
この辺のジャンルに詳しくない僕ですらその名前を聞いたことある。
ラップトップに女性ヴォーカル2人、ソプラノサックス、
ウッドベース(もしくはエレキの5弦ベース)という構成がそもそも他の出演者たちと一線を画す。
一言で言うとジャジー。
ラップトップ・ミュージックの次の次元に到達したとまでは思わないが、
他のジャンルの音楽の意匠をまとえるってことは音楽の1ジャンルとして成熟したわけであって、
「こんなことできるってすごいなあ」と素直に感心する。
なお、半野喜弘はステージ前方に出てきてマイクを握ってラップまで披露した。
これは完全に蛇足だった。
[1403] sonarsound 1/3 2004-10-11 (Mon)大学の先輩たちとのカレーの会
(最近では巣鴨の「大沢食堂」柏「ボンベイ」)の番外編でもないが、いつものメンバーで
「sonarsound」というイベントに
SKETCH SHOW が出てしかもそれに坂本龍一が加わるらしいぞ、見に行かないかという話になる。
見たい見たいと話が即決。前売り券を買う。
公演リストには
「SKETCH SHOW + RYUICHI SAKAMOTO = Human Audio Sponge」って書かれてるけど、
「そうは言っても再結成 YMO でしょ?」と思っている(勘違いしている)人がほとんどなんだろうな。
もちろん僕もそうですが。
そもそもこの sonar ってのがなんなのかっていうと、
パンフレットから抜粋すると
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バルセロナを拠点に既に11年の実績をもち、
ヨーロッパ最高のクオリティーを誇るフェスティバル<ソナー>
その衛星イベントとして開催される日本初の
エレクトロニック・ミュージック&マルチメディア・アートの祭典。
「現存、存在するフェスティバルの中で最高のクオリティをもつ」 --- ジェフ・ミルズ
sonar<ソナー>とは、スペインのバルセロナにて毎年6月半ば、
3日間に渡り行われるアドバンスド・ミュージックと
マルチメディア・アートの国際フェスティバル。
アドヴァンスド・ミュージック(テクノ、ハウス、ヒップホップ、ポスト・ロック、
エクスペリメンタルなど、エレクトロニック・ミュージックを中心に前進し続けるサウンド)と、
そしてそれらの音楽に付随するメディア・アートを取り上げ、
またそれらを創造してきたシーンのイノベーターから新たなクリエイターまでを紹介、
発掘することにより、このシーンを活性化することを目的としたフェスティバル、コンベンション。
**************************************************
※「アドバンスド」と「アドヴァンスド」とあるのは僕の打ち間違いではない。
そもそもこのアドバンスド・ミュージックってのが怖い。一般的な用語なのだろうか。
この定義で言ったらクラシックとアコースティックなジャズとブルースとカントリーと
民謡と歌謡曲と民俗音楽以外はみんな「アドバンスド」になってしまうのではないか?
この定義だと日々進化し続けるカラオケ機器とそこに乗る楽曲もアドバンスドになってしまうぞ?
アドバンスド・ミュージックの定義ってこういうふうな曖昧さではなくて、
もっと別な曖昧さにより定義されるものではないか。
とりあえず僕はエレクトロニカを中心とする、
メインストリームからはみ出して外へ外へと広がり続ける
周辺/周囲の音楽全般だと思っていた。
それはさておき、こういう紹介をされると僕のように根が田舎者で
中学校の時にはブルーハーツとボウイを聞いていましたってのが足を踏み入れると
中はおしゃれな業界人ばかりでつらいことになるのではないか、
なんて余計な心配をしてしまっていた。
(正直に告白するが、僕はいまだにおしゃれな人は
テクノやトランスを聞くものだという偏ったイメージが心のどこかにある。
現時点でのトランスは全然アドバンスドではないだろうけど)
今年は恵比寿ガーデンプレイス10周年に当たるようで、
その一環として恵比寿ガーデンホールで行われることになったようだ。
(後から書くことになるが、この選択・決定は大失敗だろう。訪れた人のみんながそう言うだろうけど)
---
17:00 開場のようなので 16:00 に集合して、カレーの会ってことでカレーを食べる。
いくつか店の候補を前日までにピックアップして、1時間前に来て所在を確認した。
4つのうちの2つが見つかって、
そのうちの1つ「ストック」という喫茶店は時間が時間なのか閉まっていて
(ミートソースがご飯に乗っかってるようなカレーなのだという)
もう1つはどっちかといえばフレンチかイタリアンの店で、
オープンテラスでは外国人の客が外国人のウエイターと話をしていたのでこれはなんか違うと思った。
ラーメンでもいいかなと「山頭火」と「一風堂」の前まで行ってみると長蛇の列ができていた。
15:30という時間なのに。
その後歩いてたら名前は忘れたがエキゾチックな感じの内装で
入口で炎がトーチのように燃えている店があって、
カレーが何種類かあったのでこれはいいのではないかと思う。
だけど後から行ってみたら本日は貸切ということになっていた。残念。
恵比寿駅の東側を1時間ブラブラ歩いたのであるが、何かとよさげな店が多い。
でもカレー屋は少ない。
最初探す前はたくさんありそうな気がしたのに、
インターネットで検索してみてもガイドブックをめくってみてもあんまり出てこない。
インド料理と書かれた店を見つけて入ってみたものの
ついこの間吉祥寺で入った「サムラート」の恵比寿店だった。
中に入って席についてランチのカレーが3種類選べるってので気が付いてがっくりくる。
悪くはないが、なにもわざわざ恵比寿で食べる必要はなし。
こんなことなら向かいの「ZEST」に入ればよかった。
(会社の新人研修後の全員での飲み会がここで行われたことをなぜか今も覚えている)
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会場入り。並ばされる。
中に入ると DiskUnion の袋を渡される。中には各種チラシが入っていた。
入口の奥に新聞のような形状のプログラムが配られていた。
クロークがあったんだけど、帰りは混雑して受け取れないんじゃないかってのを危惧して利用せず。
2階に上がるとメインのロビーがあって、iPod の展示や出演者のCDの販売、
ドリンクやフードのコーナーがあった。
タコスのようなものやメキシコ風の炊き込みご飯なんてのがあった。
円いテーブルがいくつかあるが、どこも人でいっぱい。
始まったばかりというのに人ごみができている。
会場はホールとラボの2つに分かれている。ラボの方が小さい。
ホールでは「Hiroshi Watana.be」によるDJが行われていた。
ホールの方がロビーよりも人口密度が薄く、それに呼応するかのような音楽だった。
後ろのスクリーンには中央線だったか山手線だったかホームから撮った車両の写真、
電車の中の子供たちのイノセントな笑顔。
「ふーん。こんなもんか」と思いホールを後にする。
階段を下りるとラボがある。
(入口があって、2階に上がって、そこから1階に下りないとならない。
不思議な構造。もともとこの施設ってこうなの?)
降りるとロビーでは各種のエレクトロ・ミュージック系の機材の展示が。
この辺全然詳しくはないので何も書けないんだけど、
鍵盤にコンピューターがくっついたようなものがあったり、
(↑我ながらお粗末な描写だ)
インストール後完全にPC内だけで完結して楽器を必要としないもの、
シンセサイザーの進化系でありながら普及用のもの、なんかがあったりした。
この辺はまると楽しそうだなあ。
楽器が演奏できなくてもサンプリングから音楽が作れそうで。
使いこなすまでにえらく時間がかかってたぶん放り投げてしまうんだろうけど。
PC上にターンテーブルとミキサーを再現させるっていうソフトがあって、
こういうの家にあると面白そうだ。これが一番そそられた。
でもたぶんCDの曲を選んでMDを作るのと同じようなことしかしない。
すっごく時間があったら趣味としてこういうのやりたいんだけどな。
[1402] Sonic Youth のビデオを見る 2004-10-10 (Sun)旧体育の日。
台風一過の今日、あちこちで延期になった運動会が行われているのだろうか。
東京は朝から曇りで今にも雨が降りそう。
昨日の台風は東京直撃したものの中では最大級のようだが、
ずっと部屋の中に閉じこもっているとその大きさが分からない。
雨も風もものすごく強かったが、気が付いたら消えてなくなっていた。
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会社の先輩から借りた Sonic Youth のビデオを2本見る。
輸入物の「Goo」と「Screaming Fields of Sonic Love」
前者はメジャーのゲフィンと契約してからの第1作目「Goo」の全曲に映像をつけたもの。
後者はそのメジャー移籍前のクリップを集めたもの。
「Goo」
アルバム全曲に映像をつけるなんて当時(1991年)としては画期的なアイデアなのではないだろうか。
アルバム全曲をライブで演奏して、それを記録したものでない限り。
最近のバンドでは Super Furry Animals がここ何作かでやってる。
(僕も買って見てみた。曲ごとに若手映像作家に好きなように作らせていた)
曲によってはキム・ゴードンやスティーヴ・シェリーが自ら監督している。
プロデュースのほとんどがバンド名義。
その他のはたぶんニューヨークで映像を作っている友人たちに任せたものなのだろう。
正直どれもそんな面白くはなかった。
10年も前ともなると風化してしまうのか。
ニューヨークのアート・シーンにリンクし続けたバンドのクリップなのだから
時代に関係のない普遍的なものになってるかといえば、そんなことはなかった。
基本的にはバンドのメンバーが映ってたり映ってなかったり演奏してたりしてなかったりという映像と
一見関係のなさそうなイメージ映像が
チカチカと数秒単位でコラージュされるというよくありがちなもの。
画像が荒かったりカラフルだったり、
イメージ映像が何のメタファーなのか(ま、たいがいは単なるイメージに過ぎないんだけど)、
出てくる友人たちが誰かの違いがあるだけ。
要するに21世紀の今見ると「おお!」「すげえ」と思う瞬間はなく、刺激的なものではない。
当時の記録として割り切って眺めるなら面白いが、ロックの歴史に名を残すようなものでもない。
ビデオはとっくの昔に廃盤になってる。
この間発売された DVD のビデオクリップ集に全曲収録されているようだ。
まあそんなわけで映像はつまらないんだけど
アルバムとしての「Goo」は Sonic Youth の中では一番好きだったりする。
まとまりすぎてておとなしい作品という扱いになっていて
前後の「Daydream Nation」「Diry」の方が評価が高い。
でも僕はリアルタイムに聞き始めたのがこの「Goo」からで高校2年の冬だった。
初めて「Dirty Boots」を聞いたときの衝撃は忘れられない。
それにしてもアルバム全曲に映像をつけたビデオを製作して販売するって
レーベル側・バンド側どちらのアイデアだったのだろう?
ここまでやる気のあった、トリッキーなメディア露出に取り組む意欲・余裕のあった
Sonic Youth はこれが最後で、
以後はストイックにアルバムの製作とライブ活動に専念することになる。
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「Screaming Fields of Sonic Love」
収録されている曲は初期のアルバムから
「Death Valley '69」「Shadow of a Doubt」「Beauty Lies in the Sky」
「Addicted To Love」「Macbeth」
「Daydream Nation」から「Teenage Riot」「Silver Rocket」「Providence」「Candle」
という構成。
テレビ番組用のスタジオライブを2曲と、ライブの映像を2曲追加で収録している。
どちらも「I Wanna Be Your Dog」を演奏していて、後者はなんとイギー・ポップと共演。
(1987年、ロンドンでのライブ)
クリップとしては稚拙で画質も悪いようなそんなシロモノなんだけど、
こっちの方が見てて面白かった。
演奏してるシーンが長いし。
80年台後半の Sonic Youth の演奏って神がかってたんだろうなーということが伺える。
観てた人がいたらうらやましい。
イギー・ポップとのやつなんてもうとんでもない。
ギターノイズのぶつかり合いが美しくて荒々しいアートとして成立するのだから
すごいとして言いようがない。
放たれるエネルギーの瞬間最大風速で言ったらこの当時世界一だったのかもな。
Kevin Kerslake という人の監督した
「Shadow of a Doubt」「Beauty Lies in the Sky」はどちらも詩的な感覚があってよかった。
調べてみたらこの人、その後ニルヴァーナやレッチリ、スマパンも手がけていた。
ストーンズの「I Go Wild」なんてのも。
本編終了後にまだ幼い子供たちが「Goo」の曲を歌い踊る映像がおまけでくっついている。
スタッフの子供たちなのだろうか。なんだかほほえましいが、ちょっと不気味。
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見てて興味深いのは「Goo」も「Screaming ...」も
サーストン・ムーアはほとんど前に出てくることはなく、
紅一点キム・ゴードンばかりがフィーチュアされているところ。
サーストン・ムーアって普段はシャイな人なんだろうな。
[1401] 昨日の続き 2004-10-09 (Sat)昨日の日記の後、「何があったんですか?」と聞かれるかと思いきや誰からも聞かれず。
(ミキさん以外には)
もっと詳しいことが決まってから報告を、と思っていたんだけど
悔しいのでさっそく書くことにします。
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早い話が「日本ジャンケン連盟」のジャンケン普及員に選ばれたこと。
書類選考と実技、1次面接・2次面接を経て
倍率はどれぐらいになるのかよくわからないのですがとにかく選ばれました。
僕の身の回りの人たちはよく知ってると思いますが
僕はジャンケンというものに対する造詣が深く、常に勝率は6割をキープ。
学生時代モスクワへの短期語学研修をゲットしたのも実はジャンケン。
(この話を面接でしたらとてもウケた)
今後の活動としては主に、土日に子供たちへのジャンケンの指導かなー。
日本各地を回って、公民館の一室に集まった小学校前の子供たち相手に
グー「ぐーー」チョキ「ちょきー」パー「ぱーー」とかって。
広島では「じっけった」って言うとか、
インドネシアでは象と蟻と人になるとか、
僕の故郷青森ではじゃんけんの亜流に「ギシケン」というのがあったとか
そういう解説・紹介もする。高学年の児童ならば。
手で行うじゃんけんじゃなくて、
足で行うジャンケン(パーなら足を開くとか)を教えたり。
さあやってみましょうって言って
子供たちがにぎやかに飛び跳ねながら足を縦に横に動かすのを眺めるのはきっと壮観だろうな。
グリコ、パイナツプル、チヨコレイトのグリコじゃんけんなんかも教える。
ちなみに「ギシケン」とは3すくみの関係性で勝敗を決めるのではなく、
親が出したのと同じのを子が出したら負けというもの。
「ハワイ」「チョーセン」「グンカ」の3つ。今思うと不思議な取り合わせだ。
こういうのって日本各地にあるはず。軍艦ジャンケンってやつ。
こういうのの体系化をはかるのも今後の仕事の1つになるだろう。
青森の場合、というか僕の子供の頃は「グンカ」って言ってたが、
本当ならこれは「グンカン」だったはず。訛りの一例。
ある程度経験を積んだら
日本ジャンケン大会の審査員となるというキャリアパスも用意されている。
年に1度のあの大会。ドームで5万人がジャンケンって言うんでギネスに乗った例のあれ。
世界大会出場の際の選手団のエスコートだとか、あるいは運営側に回るとか。
国際審判団ともなればユネスコの一機関だからなあ。
なんだかいろいろ可能性があるので僕は「ムフフフフ」という気持ちになっている。
未来が開けたって言うか。
将来的にはアジアのどこかの地域で子供たち相手に過ごしてるんじゃないかな。
[1400] もしかしたらここから始まる(終わる)のかも 2004-10-08 (Fri)7日の夜、家に帰ってきて郵便ポストを覗いたら朝刊と夕刊の隙間に
とあるところからの手紙が入っていた。
あ、もしかして、と思ってすぐに封を開けて読んでみたら
(中略)
最良な結果ではなかったが、今の僕にはこれだけでも十分だった。
勘違いなのかもしれない。途中でポシャッてしまうかもしれない。
でも今の僕はこれに賭けるしかないだろう。
転機とまでは行かないがチャンスの取っ掛かりぐらいにはなるはず。
20代最後にして訪れたチャンス。
布団の中でめちゃくちゃポジティブなことだけを考えていたら
子供みたいに興奮して眠れなくなってしまった。
これまでのことを思うと涙が出てきた。
酒を飲むことにした。一人祝杯を挙げることにした。
ささやかながらも前に進んだ。
小さな頃からの夢に向かって現実的な一歩を踏み出せた。
とりあえず俺はやるよ。
---
今はまだ具体的なことをここに書くわけにはいかないんだけど、
うまくいったりいかなかったりしてある程度形になったら報告します。
言いたくて言いたくてうずうずしてるんで
何が起きたのか聞きたい人は直接僕をつかまえてください。
---
もしかしたらここから何かが始まるのかもしれないし、
夢の終わりの始まりなのかもしれない。
[1399] 0と1 2004-10-07 (Thu)今日は朝からデータセンターで作業をしている。
だだっ広いフロアの中には無数のラックが列をなしていて
その1つ1つのラックの中でコンピューターたちが唸り声をあげている。
(冷却用のファンが回っている)
日本や世界のあちこちから押し寄せてきた
目には見えないデータの流れ、0と1のビットの群がこのフロア内を駆け巡って
「情報」と呼ばれるものを形作ってどこかへと去っていく。
僕は今そのとてつもない川のほとりにいるようなものだ。
ON/OFFの符号が今この瞬間にも世界中を覆い尽くしている。
画像や音声に変換されて現れては消えていく。
その密度はどんどん高まっていって、
様々な物事の極小化と巨大化が押し進められる。
そのときこの世界はどうなっているか。
・・・僕ごときでは何も思い浮かばない。
何がおかしいかって言えばその0と1が誰の目にも見えないってことだ。
話はちょっと変わって、最近友人の掲示板に書き込んだこと。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
IT業界って不思議です。
外の人の方がITを使い込んでるし、楽しんでるって意味で。
最近自分の仕事のことを説明するのに、こんな例えを使ってます。
「確かに野球場では働いてるけど
売店の中でレジをやってるだけんで
試合の結果はわからないし、
プロ野球の動向にも野球そのものもよくわかってない」
観客の方が野球を知ってるし、楽しんでる。
バットを作る職人、人工芝の整備係、
ウグイス嬢、アナウンサー、記録係、
いろんな人がいて1つの試合を形作っている。
その時その球場に集まっている人が何万といる中で
プロと呼ばれるプレイヤーはほんの一握り。
[1398] Frozen Beach (revisited) 2004-10-06 (Wed)その後で僕たちはダイスケを埋めた。
後ろのドアを開けてダイスケの体を引きずり出すと、4人で持ち上げて運んだ。
ブーツがいつもよりも重く雪の中にめり込んで鈍い音をたてた。
僕の両手の中にはうつぶせになったダイスケの左腕があった。
肩の近くを掴んで、無理やり引きずるように運んだ。
ダイスケそのものは軽くて、その体は折れそうなぐらいに痩せ細っていたのに、
ダウンジャケットや何重にも着込んだシャツが鉛のような物体に仕立て上げていた。
どれぐらい運んだだろう。
たいした距離ではないはずなのにやけに遠く感じられた。
波打ち際のすぐ近くまで来ると誰かが歩くスピードを徐々に落として、やがて立ち止
まった。
それまで疲れきって惰性で動いていた4人の歩調が崩れて、ダイスケの体が大きく揺れた。
そっと下ろしたかったのだが、放り投げる形になった。
仰向けにひっくり返した。
ヨウコがダイスケの顔についた雪をそっと振り払った。泣きそうな顔になっていた。
振り向くと少し離れた場所に立っていたミユキの方がもっと泣きそうになっていた。
顔をがくっと落とすと泣きじゃくった。両手で顔を覆って、声張り上げて泣いた。
ヨウコもうずくまったまま泣き出した。
僕はその場に突っ立ったままうつむいて、気がつくと足元の雪の塊を眺めていた。
リョウジは凍りついた海辺に一人きり立っていた。
ジープの中からスコップを運んでくると、雪とその下の砂浜を掘り返した。
僕とリョウジが交代で穴を大きくしていった。
無言でスコップを渡しあった。
マイナスに下がった気温のせいなのだろうか、砂は土のように固かった。
湿り気を帯びた冷たい砂は普通の砂よりはるかに重たかった。
平べったくて細長い穴が出来上がった。
ダイスケの体を4人でそっと持ち上げると穴の底に横たわらせた。
静かだった。
雲の隙間から漏れる太陽の光が辺りをぼんやりとした明るさで包み込んでいた。
弱い光の当たったダイスケの顔は真っ白で、
伸びきった黒い髭はなんだか別な生き物の死骸のようだった。
唇の端が切れていた。
唇もその周りの皮膚も乾いたボロ切れのようだった。
ヨウコはどこから見つけてきたのか造化のカーネーションを胸の上に置いた。
缶詰めをいくつかと缶ビールを足元に添えた。
少しずつ砂を戻していって、彼がつけていた日記帳とスケッチブックをその中へ放り込んだ。
[1397] Frozen Beach (revisited) 2004-10-05 (Tue)目が覚める。
いつものことながら体中が軋むように痛む。喉の奥がざらついている。
眠りともつかない眠り。
電源がオフになって切れた後、何時間かしてまた電源を入れられたかのようだ。
今日もまた僕は死ぬこと無くこの世界で目を覚ました。
ありがたいと言えばありがたいし、最悪と言えば最悪だ。
ダイスケは死んでしまったのに、僕はまだ生きている。
ダイスケが死んでしまって何もかもがよくわかんなくてわけがわかんないのに、僕は
まだ生きている。
虚脱感であるとか、憤りであるとか、どのように言っていいか難しいこの薄暗い気持
ちであるとか、
そんなのをどれだけ抱えていたところでいつものようにこの体は朝を迎えようとす
る。
不思議なもんだ。そう思った。
ダイスケの体をトランクに移したので後部座席は広くなった。
だけどその分その開いたスペースには
停滞した、澱んだ、うっすらとした死の匂いが漂っているような気がした。
だけど実際には気温の低さから、
車の中にも否応なしに忍び込んでくる冷たい外の空気のおかげで、何の匂いも感じら
れない。
むしろ何の関係も無い、イチゴのジャムのような甘ったるい匂いだけがした。
(この匂いはどこから入り込んできたのか、1週間近く染み付いていた)
僕は昨日の夜からヨウコと席を変えて、ダイスケがもう何日もうずくまっていた辺り
で眠った。
ダイスケの体がここにあったかと思うとぞっとした気持ちにならなくも無かったが、
すぐにもどうでもよくなった。
だけど「ダイスケの肺が最後に吸い込んで吐き出した空気を僕は今呼吸している」
そんなことを考えた瞬間、何かが、名前の呼びようのない何かが、
たまらなく恐ろしいものとして感じられた。
寒さに体が震えた。
指の先を動かすことから始めて、全身をもぞもぞさせた。
外はなんだかわずかばかり明るかった。
僕は毛布を脇に押しやり、ジープの窓ガラスを袖で拭った。
厚い雲の重なりに隙間ができて、太陽が弱々しい光を放っていた。
「おい、見ろよ」僕はヨウコを揺り動かして窓の外を見せようとした。
ヨウコは「・・・」と何かを呟いたんだけど、聞こえなかった。
ヨウコが目を開けてその焦点が定まるまで、とんでもなく長い時間がかかったような
気がした。
いつもそうするように右手の甲で顔をぬぐって次に左の手で顔をぬぐった後、
「フアー」と小声であくびをした。
起き上がるとヨウコは「んー・・・?」と言いながら僕の側の窓へと体を伸ばす。
その次の瞬間「わー!!」と声を上げた。
この声で運転席のリョウジと助手席のミユキも前を覚ました。
「どうしたんだよ?朝っぱらから」
太陽、と僕は言う。
「出てるよ」
4人で外に出た。風も無かった。
「何日ぶりだろう。や、何ヶ月ぶりだろう」リョウジが呟く。
砂の上に僕らの影がうっすらとできていた。灰色の上の灰色。
引き伸ばされて形と言えるものはなくなっている。
白い光が、空に浮かんでいる。
[1396] Frozen Beach (revisted) 2004-10-04 (Mon)どこかに「群」はないものか?生き残った人々の集まり、コミューン。
僕らが後にした(いられなくなった)、あの小学校にいた人たちは今どうしているの
だろう?
僕はそこで出会った人たちの何人かの顔を思い出す。
交わした会話のいくつかを今でもはっきりと覚えている。
憎しみや悲しみに満ちた言葉。
事実を確認するためだけの生気の失われた言葉。
彼らはまだ、生きているだろうか?
僕らは最上階の6年生の部屋を割り当てられていた。
机と椅子を前の方に積み上げて、寝袋を敷いて寝ていた。
廊下に面した壁にはウサギの飼育記録と朝顔の観察日記が貼られていた。
後方の掲示板には校内のコンテストで入選した絵が何枚か飾られていた。
今となっては見ることのできない風景を描いた、つたない絵画。
丘から見下ろした夕暮れの街。海辺。
学級新聞には転校生していった生徒の
新しい場所で始まった生活の様子が記事として紹介されていた。
「これらのものには手を触れてはいけない」という不文律、暗黙の了解があった。
まるであるときが来たら止まっていた時計がまた動き出して、
生徒たちがまた戻ってくるのだと言わんばかりに。
僕らはよく屋上に上がった。
ブリザードが過ぎ去ってしばらくして風が落ち着いてきたときに
風力発電用の風車を屋上に設置する、そんな役目を与えられていた。
柵に持たれて煙草を吸っていると
「昔みたいだ」とよくダイスケかリョウジが言ったものだった。
風車が3個、風に煽られてパタパタパタと力無く回っている。
蓄えられた電力もたいした用途には使われない。
夜の明かりだとか無線だとか。
僕らがその小学校に流れ着いた時にはコンピューターが何台か立ち上げ可能だったけ
れども、
いつのまにかあきらめてしまっていた。
それでも月に1回程度、僕ら「よそ者」にはわからないなんかの儀式のために使われ
ていた。
僕ら5人は屋上にいても特に話すことも無く、眼下の風景を眺めているばかりだっ
た。
どこもかしこも雪で覆われ、分厚い雲の下では灰色に見える。
遠くにそびえるデパートは襲撃され尽くしていた。
「リーダー」とされる人はそこの店長だった。
基本的にいい人ではあったが、笑顔の裏に隠した警戒心で身も心もボロボロになって
いた。
時々発作が起きるように、誰彼構わずヒステリックに怒鳴り散らした。
ミユキがそのターゲットとなったとき、
カッとなったリョウジはリーダーに掴みかかって殴り倒していた。
[1395] 10月の日曜、雨 2004-10-03 (Sun)目が覚めると雨が強く降っている。屋根を打つ音が聞こえる。外は寒そうだ。
布団の中でまどろみながらとある女の子のことを考えた。
なぜ思い出したのかは分からない。
夢の中に出てきたのかもしれない。
ここ何年か思い出しもしなかったのに、
なぜか今日の朝になって急に磁力のようなものを感じる。
今、どこにいてどうしてるのだろうと思う。
考えたところで答えは何も出てこないんだけど、とりあえず考える。
会社変わったんだよな、とか
何年か前に名前を見かけたときは苗字が変わってなかったな、とか。
結婚してるよりもしてない確率の方が若干高そうだ。
そういうこと。特にこれと言って意味を成さない情報ばかり。
どこにも行き着かなくなって、このまま考え続けることがばかばかしくなる。
しばらく他の事を考える。考えようとする。だけどすぐ戻ってきてしまう。
これまでの接点について考えだす。
あったようななかったようなこれまでの接点。
あのときこうしてたらどうなっていただろうか、というようなことも思い巡らしてみる。
ああ、今、どこにいてどうしているのだろう?
東京にはまだいるのだと思う。
・・・偶然会うようなことってあるだろうか。
あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
偶然会ったとき、彼女は僕のことを覚えているだろうか?
僕は何を言うだろうか、何を言うべきなのだろうか。
僕はどうするだろう。
平日か土日か、昼間か夜かで違うんだろうけど
彼女に時間があったらとにかく僕は近くにコーヒーの飲める場所があったらそこに誘って
お互いの近況の話をして共通の知人の消息を聞きあって
その間に手探りでいろんなことを知ろうとするだろう。
話の流れを「いやーなつかしいねえ」だけでは終わらないようにするだろう。
そしてまた会おうとするだろう。
もう1度書くけど、ここ何年か思い出しもしなかったのに、
なぜか今日の朝になって急に磁力のようなものを感じた。
いったんその人のことが気になりだすといてもたってもいられなくなった。
これはどういうことなのだろう?
そのうち会うことになるってことだろうか。そんなわけないよな。
どういう友達がいてどういう話をして、
例えば休みの日にはどういうことをしているのだろう。
職場ではどういうポジションで、周りの人からはなんて呼ばれているのだろう。
どういう鞄を持っていて、どういう靴を履いているだろう。
映画は見るのだろうか。何を見ただろう。
朝からずっと雨が降っていて、外に出られない。
部屋の中で1人きり過ごしていて今日は特にすることもない。
ぼんやりとしている。
全て、忘れてしまおう。
[1394] 寝過ごした、など 2004-10-02 (Sat)木曜の夜、会社の後輩の送別会があった。
次の日は朝イチでお客さんと大事な打ち合わせがあったし、
はしゃがず騒がず1次会だけで帰らなくてはと思っていたのだが
飲んでるうちにどうでもよくなって結局いつも通り2次会まで。
終電で帰る。
朝目が覚めたら9時を過ぎてた。
一瞬自分に何が起こったかわからない。
ぼんやりと何かがおかしいと思う。
その次の瞬間、全ての辻褄が合って「しまった!!」と青くなる。
そもそも10月1日は下期の始まりなので
社外に常駐していた人たちも呼び寄せて9時に朝礼を行うことになっていた。
「絶対来い」と部長からメールまで回ってた。
年に1度の目覚まし時計の電池が切れる日がなんでこんなときに・・・。
髭を剃って急いでスーツを着て家を出て
駅まで走って最後はタクシーに乗って
お客さんのとこにはギリギリ10時に間に合う。危うく首がつながる。
そういえば木曜の晩はところどころ記憶無くて
帰りは浜松町で山手線に間に合ったとこまでは覚えているのだが、
そこから先は記憶が途切れていて、気が付いたら千駄ヶ谷。
何かの拍子にハッと目が覚め、慌てて電車を降りた。
ホームを歩いて階段を下りて反対側のホームに下りる。
武蔵小金井行きの最終に乗って帰って来た。
僕は何をしていたのだろう?
千駄ヶ谷でそのまま電車乗ってればよかったのではないか?
でも乗り換えたってことは方向が全然違ってたとか何とかだったかもしれない。
(もしかして終点の三鷹まで行って折り返していた?)
不思議なことこの上ない。
よくもまあ何事もなく家まで帰れたもんだ。
---
床屋で髪を切る。
ご主人と話しているとカレー屋の話になった。
荻窪駅南口スズラン通りを入ってすぐのところにある「すぱいす」という店がなかなかうまいらしい。
料理評論家山本益博のお墨付きあり。
オーナーは普通に会社勤めをしていたのを脱サラ。
「道楽」でカレー屋をやっているのだそうだ。
もうだいぶ昔、「愛の貧乏脱出大作戦」と同じような趣旨の番組があって(司会は愛川欽也)
その第1回目に登場した店が荻窪駅前にあった「サクシン」というラーメン屋。
店舗を改装したりなんなりで番組スタッフはかなりがんばったらしいのだが
客が入ったのは放送直後の1ヶ月だけ。
ダメな人はやっぱダメでその後店をたたんだ。
床屋のご主人曰く、「うまい店かどうかって料理してる人の顔つきを見れば分かるよねえ」
なるほどと思う。おいしい店って料理人がひたむきな顔してるよなあ。
で、「すぱいす」に話が戻って
自らカレーを作るオーナーがどんなかと言うと「面白いやつではあるねえ」とのことだった。
うまいカレーを求めてあちこち出かけているが、
実は地元荻窪の店って入ったことがない。
いくつか割と有名な店がある。
この「すぱいす」であるとか、教会通りの「フェリスフー」とか。インド料理の「ナタラジ」とか。
「トマト」はかなり有名だよな。
先日たまたま目にした HANAKO の「東京の新・看板メニュー」にも選ばれていた。
(ビーフシチュー \3,360 もするらしい・・・)
いかなきゃなあ。
---
「29」の編集も大詰め。
撮影を残していた最後の1ショットも今日撮り終え、
PCに取り込んでつなぐとこまでやってしまった。
厳密に言えば今日クランクアップってことか。
撮影って言っても部屋の中で1人きりでやってたので
「終わったー、バンザーイ!!」って酒を飲みに行くこともなく、正直寂しいもんだ。
今日撮影したのは
「僕の職業・仕事」というのを簡潔に表すショットが必要だなと考えたときに思いついた、
PCのモニタにプログラムがスクロールして流れていくというもの。
スクロールのプログラムをツツミ君に書いてもらう。
(ツツミ君には「on fire」のときにも同じような作業をしてもらった。自分では書けない・・・)
流れるプログラムは適当に著作権フリーなやつを Jakarta Project から、と言っておいたら
「GNU」絡みのを入れてくれていた。
「GNU」のサイトがあったので覗いてみたらフリーウェアの定義と目的について
思想的に難しいことが書いてあった。
自分の部屋の中で三脚を立てて、
余計な明かりが入ってこないように閉め切った真っ暗な部屋で
モニタにビデオカメラを向けて、
レンズに映る文字列が歪んでないかとか、ズームして文字のサイズを変えるとか、
あーでもないこーでもないと1人悩みながら
10月にしては夏のように日差しが暑い昼間、熱気がムンムンとする部屋の中で。
最後の1ピースをはめたので一応第1版として完成となる。
試しに人に見せてもいいレベルになった。
後は切れるとこは切って短くして、音楽とタイトルの作業をするだけ。
もうすぐ完成だ。
[1393] 「強殖装甲 ガイバー」 2004-10-01 (Fri)会社の先輩から「強殖装甲 ガイバー」という漫画を借りる。
「面白いから読んでみなよ」ってことで。
名前からして思いっきりB級なのであるが、読んでみたら面白かった。
22巻まで出ている。
こういう話。単行本16巻を思いっきりそのまま引用する。
**********************************************
199X年8月17日 地球は秘密結社”クロノス”によって完全に制圧された
普段は常人と見分けがつかない生体兵器”獣化兵(ゾアノイド)”の一斉蜂起
現用兵器を遥かに凌ぐその戦闘力の前に各国軍は為す術もなく
わずか1日のうちに世界はクロノスの手に落ちたのだ
だが・・・
今や惑星国家を兵法するクロノスに敢然と戦いを挑む者があった
その名は・・・
「強殖装甲 ガイバー」
平凡な高校生だった深町晶は偶然手に入れた謎の物体”ユニット”との接触で
無敵の殖装体”ガイバーT”となるを能力を身につけた
その戦闘力は獣化兵を圧倒する!!
(「ソニック・バスター」「ヘッド・ビーム」「胸部粒子砲 メガスマッシャー」の図)
ユニット奪還をもくろむクロノスとの戦いの中で
彼らの恐るべき陰謀と地球生命の生誕にまつわる秘密を知った晶達は
次第に巨大な運命の糸にからめ捕られてゆく・・・
(晶の幼なじみ「瀬川瑞紀」瑞紀の兄「瀬川哲郎」
もう1人の装殖者「ガイバーV・巻島顎人」の図)
戦いは熾烈を極め
超獣化兵(ハイパー・ゾアノイド)をはじめ
より強力な刺客がゾクゾクと送り込まれてきた
そして遂に
最上位の調整体”獣神将(ゾアロード)”で構成された最高幹部会
”クロノス十二神将”がその姿を現した
総帥アルカンフェルを含む12人の獣神将は文字通り
神の如き凄まじい戦闘力を秘めているのだ
だが獣神将との戦いに備えガイバーも新たな”力”を得た
「その名も巨人殖装(ギガンティック)!!
そのパワーはガイバーのおよそ20倍!!
主武装ギガ・スマッシャーはメガ・スマッシャーの100倍に相当する威力を持つ!!
そして・・・
物語は新たな局面を迎える・・・
折りしも発動するクロノスの最終プロジェクト”箱舟計画”
最強の敵13人目の獣神将(イマカラム・ミラービリス)として
晶の前に立ちはだかるかつての仲間 村上征樹!!
自らの野望の為にレジスタンスを獣化兵軍団に仕立て上げ
ギガンティックの主導権さえも己が物とする顎人!!
盟主アルカンフェルの意思に背き
強殖装甲の秘密に迫ろうとする3人の獣神兵
敵・見方様々な思惑が入り乱れる中・・・
(晶達に味方する究極の戦闘生物「アプトム」の図)
遂に激突するギガンティックと獣神将プルクシュタール!!
「戦いの火蓋は今 切って落とされた!!
超獣化兵が”擬態”したニセ巨人装殖の非道ぶりを見過ごすことができず
罠と知りつつも将は戦いに赴いた
ガイバー・ギガンティックとなった晶は苦闘の末ニセ巨人装殖を撃破するが
その直後日本支部を統括する十二神将の1人プルクシュタールと遭遇・・・
首都圏最大の高層住宅街を舞台に両者は遂に対決の時を迎えた―――
**********************************************
内容が余りに痛快なので思わず全部打ち込んでしまった。
↑を読んで心を動かされた人は即探してみた方がいい。
でも普通の本屋を回ってもまず見つからない。
都心の大きなところでようやく見つかるぐらい。
ちなみに僕は新宿なら紀伊国屋、池袋ならジュンク堂レベルで見つけた。
先輩から借りたのが21巻までしかなかったので最新の22巻を買いに行ってしまった。
最初「少年キャプテン」で連載され、コミックは徳間書店から出ていたのだが、
その「キャプテン」の廃刊とともに角川書店に移っている。
今でも月一で連載は続いているようだ。
(この人ものすごく筆が遅いようで、それがもうなんともじれったい)
絵がうまいわけではないし、キャラクター造形もありきたりだし、
「スペック」からしたらもっと高性能なヒーローものは今の日本ならいくらでもある。
でもなんかこの「ガイバー」を読んでしまうんだよなあ。
B級とはいえ作者の愛がヒシヒシと感じられるからかな。
自分が誰よりも一番の愛読者で、描かれた世界にワクワクしてるっていうか。
根強いファンが多そうだ。
その証拠に映画化もされている。
しかも驚くべきことにハリウッドで。2回も。
1本目の監督はなんとスクリーミング・マッド・ジョージ。
特殊メイクからハリウッド入りした日本人ですね。
原作を愛読していて監督に抜擢されたのかもしれない。
いやー男の子はいくつになってもこういうものに心惹かれるものです。
[1392] Frozen Beach (revisited) 2004-09-30 (Thu)リョウジがマンホールから這い出てきた。
地面に顔を出すとき、懐中電灯をこっちに向かって放り投げた。
淡々とした声で「地下のタンクは空になっていた」とリョウジが報告する。
試しに蹴りを入れてみたら虚ろな音がしたのだそうだ。2つあったうちの両方とも。
ここにもガソリンはなし。誰かが持ち出して使い切ったのだろうか。
「それにしてもひでえ匂いだよ」
気分悪くなるね、とリョウジは吐く真似をする。
ダウンジャケットについた錆のようなものをこするように掃う。
「次はオマエが入れよ」
「やだね」
「なんでいつも俺なんだよ?」
裏に回って倉庫のシャッターをバールでこじ開け、押し上げる。
どうしたものか倉庫の中は外よりも温かく感じられた。
毛布で何重にも包まってできた塊が隅のほうにあって、
開いてみるとポリタンクに入った灯油が3個並んでいた。
凍らないようにするために誰かが工夫したのだろう。
試しに持ち上げてみると液体で満たされている感覚があった。
凍ってシャーベット状にはなっていない。
今日の夜から、2・3日分は使えるだろうか。
反対側の隅には「新米」と書かれた米袋が積まれていた。
穴が開いていて白っぽい米の粒が床一面に広がっていた。
食べ物目当てに忍び込んだネズミが腹を上にして、干からびて死んでいた。
「灯油はあんのにな」
「あさってぐらいまでに見つけないと、やばいぞ」
ガソリンと、食料と。僕らの毎日の日々はただただそれだけを目的としている。
狩猟民族、とミユキが言う。
ほっとくと髭も髪も伸ばしっぱなしになる僕らは原始人のようだ。
(リョウジはバリカンでミユキに短くしてもらったばっかりだ)
灯油。
僕らは、あれはいつだったろう、灯油を集めて民家に火をつけたことがあった。
「祭り」と称して。
もう2週間近く前か。
「やろう」って言い出したのはダイスケだった。
嫌がるヨウコを車の中に残してリョウジとミユキとダイスケと4人で町内を周り、
「これがいい」という家を見つける。幸せそうな大きな家。
リビングの窓を叩き割ると2階に駆け上がって
灯油の入ったポリタンクをやけになってぶちまけた。
子供部屋、夫婦の寝室、1階に戻って、キッチン、ダイニング、リビング。外に出て
犬小屋。
火をつけると少しずつ少しずつ家が燃え出して、やがて大きな炎の塊になった。
大きなテレビが、アップライト型のピアノが、額の中の写真が、壁いっぱいの本が、
みんな燃えた。みんなみんな燃えた。
中で何かが続けて2回ボン、ボンと破裂した。
暖かかった。暑いぐらいになってダウンを脱いだ。
男3人は上半身裸になって、ミユキがケラケラ笑っていた。
みんな笑った。ウイスキーを瓶から回し飲みした。
笑いが止まらなかった。
そしてあのときがダイスケの笑った最後だった。
ガソリンスタンドに来るたびにダイスケは
ホースの先のグリップを握ってノズルを空に向けて、
ニヤニヤ笑いながら「ハイオクですか?レギュラーですか?」と聞いたものだった。
「火気厳禁」と書かれたステッカーに一人無言で雪球を投げていた時のやつの姿が
その後何気ない瞬間に何度も思い出された。
[1391] Frozen Beach (revisited) 2004-09-29 (Wed)「寒い?」とヨウコがダイスケに声を掛ける。
後部座席の片隅でダイスケは震えながら、虚ろな目で僕とヨウコのいる辺りを見つめ
た。
剥製のような目をしていた。小さい頃、祖父の家で見た剥製の鹿を僕は思い出した。
これでもう昨日今日と彼の話す言葉を聞いていない。
衰弱に取り憑かれてしまった。咳がいつまでたっても途切れない。
真夜中に向かうとき、夜明けが近付いたとき、彼の発作はひどくなる。
赤に茶色、緑の毛布。
ありったけの毛布に包まれているのにダイスケは押し寄せる寒さを体の芯から拭うこ
とができない。
「氷の国に行ってしまった」とリョウジが昨日の夜言ってた。
ダイスケはたった一人向こう側に取り残されてしまった。
そのとき、こんな光景を思い浮かべた。
ゴムボートが急流を下っていてふとした弾みにダイスケが吹っ飛ばされてしまった。
流れに引きずられ、半ば溺れながら彼は助けを求めた。
僕は彼の名前を叫びながら思いっきり手を伸ばし、
弱々しく差し出された彼の手を、その指先を掴もうとする。
なのにわずかな差で届かない。
彼の姿が消えた。
僕らは僕らの旅を続ける他なくなった。僕らはゴムボートにしがみつくだけで必死
だった。
「それ以上身を乗り出すんじゃねえよ!」と叫んでたリョウジの声が頭の中でこだま
する。
僕は雪が分厚く降り積もっていた地面に立っていた。みんなのいる場所に戻った。
その後僕が車の中でダイスケの手を握った時、最初に感じたのはその冷たさだった。
どういう固さをしているのか(乾いているのか、湿っているのか)
どういう形をしているのか(どういう形を保っているのか)
ではなくて、素手でつららを掴んだ時のような冷たさだった。
彼はまだ現実の世界にいる、「まだ彼はここにいる」という束の間の安堵感はスーッ
となくなっていった。
車の外ではブリザードが続いている。
エンジンをかけるわけにはいかない。
ゴーッという音がして車体が何度も何度も揺すぶられる。
何かがガツンとフロントガラスにぶつかる。
残り少ない使い捨てカイロを足元の小さなダンボール箱から取り出すと、
ミユキが「渡してあげて」と言う。
僕はそれを受け取るとビニールの袋を焦るように引き裂いて中の袋を思いっきり振っ
た。
手の中でそいつは熱を帯びた。
ほのかな、わずかばかりの温かさだった。
僕の体の中にも少しずつその温もりが浸透していった。僕は一瞬だけ目を閉じた。
ダイスケを包み込んでいた毛布を掻き分けて
ネルシャツの下の、汚れきった下着の下の彼の青白くなった胸元にカイロを押し込
む。
ダイスケがうめき声を上げたような気がした。
ヨウコがまた毛布を元通りにしていった。
自分の胸元の辺りをフラフラと視線がさまよった後で
ダイスケが弱々しくその目を閉じた。
その後僕らは何も言わなかった。
ただひたすら、ブリザードが通り過ぎるのを待った。
どれぐらいの時間が過ぎていったのかはわからない。
時間というものにはもう何の意味もない。
[1390] Frozen Beach (revisited) 2004-09-28 (Tue)ガソリンスタンドの残骸から外に出た。
僕はどこかで何気なくつかんだドライバーを手にしていた。
「さみーな」とリョウジが言った。
「さみーって言ってんだろーが、バカヤロオ」
リョウジは誰にともなく呟いてガソリンスタンドのメーターを足で蹴った。
何度か両足で蹴った後でくるっと振り向いてメーターに背を向けると
凍りついた地面の上で右足を高く掲げて、半回転した。
ドコッという音がする。メーターにダメージを与えた。
技の名前を叫びかけた瞬間、バランスを崩して倒れこんだ。
「いってー」
僕は近寄って助け起こそうともせず、その辺に突っ立ったままリョウジを眺めた。
ドライバーをその辺に投げ捨てた。
ヨウコがガソリンスタンドから出てきて、「何してんの?」と顔をしかめた。
リョウジが起き上がった頃、バタバタバタという音が遠くで聞こえた。
ヘリコプター?
正解。見上げると視界の隅を掠め飛んでいくのが見えた。
深い緑色で全体を塗られている。自衛隊のだろうか。
僕らは「彼ら」に対して手を振ったりはせず、
ただポカンと口を開けてそいつが消えてなくなるのを見つめていた。
「気が付いたかな」
「かもな」
「なあ、先週見かけたやつ、あれと一緒じゃないか?」
「だったらどうだってんだよ?」
「俺たちのことつけてんじゃない?」
「えー?何のため?今さら」
音が完全に消えてしまった後も、通りに出ていたヨウコが必死になって手を振っていた。
何度か飛び跳ねて、駆け出しすらした。
リョウジと僕はガソリンスタンド脇の雪がびっしりとこびりついた壁にもたれていた。
リョウジはダウンジャケットのフードをかぶり直した。顎の辺りから伸びた紐をきつく縛った。
落胆しきったヨウコが戻ってくる。
「何してんだよ?」
「だって助けてくれるかもしれないのに」
「やつらが?」
「そもそもどこの国の人たちだよ?」とリョウジが言う。「日本?アメリカ?中国?」
「日本」と僕が替わりに答える。
「やつらは日本人だよ」
ヨウコはリョウジと僕をキッと睨みつけると、ミユキを探しに事務所の中へと入っていった。
ヨウコが大声で何かを叫んでいるのが中から聞こえてきた。
ヒステリックな叫び声。どうせミユキのことをなじってるのだろう。
シンと静まり返ると僕らはまた空を眺めた。
分厚い鉛のような雲がすぐ目の前に広がっている。
渦巻いて、うごめいて、まるで巨大な生き物のようだ。僕らには一切無関心な生き物。
僕は言う。「やつら、こんなとこで何してんだろうな」
「最後に残るのがいったい誰なのか、見届ける。
カメラが回っててどっかで実況中継してんだよ。
そんでアラブかどっかの王様が贅沢な地下シェルターの中で女をはべらせながら見てる。
俺らは馬扱いされて金が賭けられてるんだな」
そこまで一気に喋った後でリョウジはポツリとした声で続けた。
「なあ、地球上に生き残った最後の人間ってやつになりたいか?」
「・・・それって少しでもいいことあるんか?」
「あるわけねーよな。まったく」
「くだらねえ」
「ああ、くだらねえな」
リョウジはさらに乾いた声で言う。
「俺とオマエと、どっちが先に死ぬんだろうな」
[1389] これからのこと 2004-09-27 (Mon)朝早くフロアに到着する。
雨が降っているせいか、薄暗い。
今週一週間は雨だと天気予報では言っていた。
いつのまにか夏は終わっている。
4連休の間ずっと、「これからのこと」を考えていた。
このまま今の会社にいても自分にとってプラスになることなんてないよな、と思う。
これまではそれでも金のことを思うと辞める気にはならなかったが、
今後はいろんなことが厳しくなっていく。
仕事の内容であるとか、そもそもの会社の制度であるとか。
いいこと何もない。
このままここにいても小説は書けない。
書く時間も奪われるようになる。
ここはひとまず思い切ってフリーターで1年か2年、試してみた方がいいのではないか?
それでダメなら後はその先考える。
結局のところ小説家になれなかったとしたら、どういう状況にあろうとその人生は全て失敗だ。
そしてこのままだと確実に失敗へと突き進む。
30を前にして決断の時期だ。
自分を追い込まなければ。
フロアは今ものすごく静かだ。
ほとんど人がいない。
空は少しずつ明るくなっていく。
眠くなってくる。
このままずっと眠っていられればいいのに、と思う。
目が覚めたとき、何もかもが夢だったということになればいいのに。
どうしようかと思い悩んでいる時に母親から電話がかかってくる。
「仕事つらかったら辞めれば」と言う。
そこで吹っ切れる。
どうにかなるよな。
[1388] ニューヨーク・シティ・バレエ 2004-09-26 (Sun)先週の日曜、渋谷 Bunkamura で
ロバート・アルトマン監督の「バレエ・カンパニー」を見た。
なんだか感化されてしまってこの週末からオーチャードホールで行われる
ニューヨーク・シティ・バレエを見てみたくなった。
日曜の回(つまり、今日)のが空席があったので思わず買ってしまった。
見に行ってきた。
土曜の分は完売していたが、日曜のは完売してなかったのだろうか。
空席がとても目立った。
僕の前の席なんて1列丸ごと空いてた。
それでいて僕の列はぎっしりと空きなしに座っていた。
恐らく協賛か何かのためのチケットだったのが
思うようにはけなかったってことではないだろうか。
---
ニューヨーク・シティ・バレエは1948年振付家ジョージ・バランシンによって創設された。
その名の通りニューヨークに本拠地がある。
今年はそのバランシンが生誕100周年だそうで、記念公演を各地で行っているようだ。
「ウェスト・サイド・ストーリー」の作者ジェローム・ロビンズも
振付家・芸術監督としてここに在籍していた。
世界の文化の中心地の1つであるニューヨーク、
そこを代表するバレエ団であるため、その質は保証されていると言ってもいいだろう。
・・・が、素人の僕にはよくわからず。
このバランシンという人の方法論としては
音楽に対して直接に結びつく身体の動きというものを重視していたようだ。
つまり、言語的なもの/文学的なものを
その身体運動の内に秘めたり、外に表出させたりすることは求めようとしない。
あくまで純粋なバレエ。そのアンサンブル。
なのでバレエを超えた何かをそこに探し求めようとしても空振りに終わる。
ベジャールを見たときに僕が感じた鬼気迫る何かというのは一切感じられなかった。
身体と精神の鍛錬を続けることによって獲得した滑らかな動き、優雅な身のこなしを
音楽に合わせて展開していく。その一点のみ。
文学的に、あるいは社会的に、訴えかけるものはゼロ。
そういうのを面白いと思うかどうかはその人次第だろう。
僕は「はー・・・。バレエっていいもんだねえ」と
ぼけーっと見てるだけで「まあいいか、こういうのも」と思ってしまった。
質が高いから、それだけで見れてしまうんですね。
(でも前半は睡魔との闘いだった)
プログラムはA・B・Cとなっていて、僕が見たCは
「ストラヴィンスキー・ヴァイオリン・コンチェルト」
「ハレルヤ・ジャンクション」
「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」
「フー・ケアーズ?」
2番目の以外の振り付けはバランシンによるもの、
4番目はガーシュウィンが作曲。
Bプログラムでは「ウェスト・サイド・ストーリー」が演目となっていた。
---
今回のバレエをきっかけにちょっと考えた。
上にも書いたように芸術には2種類ある。
例えばバレエで言えば
・バレエという表現形態を通じて何かを表現するもの
ここでいう何かとは、思想、詩的イメージ、社会的プロテスト、
あるいは名前の付けようのない根源的な芸術的高み、などなど
・バレエという表現形態の中でバレエそのものを追求するもの
これはこれで根源的な芸術的高みに到達するかもしれない
どっちが優れているってことはない。
補完しあえればいいのだが世の中そううまくはいかない。
劇団や映画製作のように芸術を志した人たちの集まりでは
この2つの意見の対立が生じてうまくいかなくなってしまうことがある。
これに金(食っていきたい ⇔ 趣味でいい)が絡むとややこしいことになる。
結局その集団のリーダーがどっちを求めるかってことになって、
意見が合わなくなるとその人は出て行って。
その繰り返し。
芸術を志す集団が成長していくには、
指導者がどれだけ強い意志とヴィジョンを持っているかということにかかっている。
バランシンはそれがはっきりしていた。
だから創立より50年以上経過していてもカンパニーとして揺ぎ無い。
そういうところまで思いをめぐらしてみると、
今自分の見ているものはすごいものなんだなと思わされた。
[1387] 「マルホランド・ドライブ」 2004-09-25 (Sat)昨日見た「21g」はナオミ・ワッツが主演だった。
いつだったかボーナスで買ったDVDの中に「マルホランド・ドライブ」があったことを思い出す。
劇場で見ていない。見てみたくなって買ったんだけど、それっきりそのまま。
連休で時間的に余裕があるってこともあってようやく見ることができた。
監督はデヴィッド・リンチ。
前作「ストレイト・ストーリー」がそれまでのリンチらしくない心温まる作品で、
「リンチも普通の人になったのか!?」「リンチも人の子だった」などと言われたものであるが、
「マルホランド・ドライブ」でしっかりと奇妙奇天烈なリンチ・ワールドに戻っていった。
ストーリーがわけわかんなくてむしろほっとする。
こういう域に達してこそ巨匠。新作が待ち遠しい。
わかるようでわかんなくてどことなくわかりそうでやっぱわからない。
ストーリーを要約しても仕方がない。
なんというか、スタート地点からストーリーという木が
無数に枝葉を分裂していく様子を早回しで見せられるような感覚。
その最前線をパッパッと手際よく切り替えていくことで場面が移り変わり、
見ている方は「おおおお?」「ああああ?」と思っていくうちに2時間半が終わってしまう。
それでいてそれら枝葉の最前線はてんででたらめに拡散していくことはなく
ものすごく太い幹が背後にあるのを感じさせるのだから、
濃厚な生命力を感じさせ、常にその不思議な力へと収斂していくのであるから、
リンチの演出力というか構成力というか美的感覚ってのはたいしたものである。
社会的なメッセージが分かりやすく前面に出ていないと
「何を言いたいのか分からない」の一言で切り捨てる、そういう人も世の中にはいる。結構いる。
(ま、そういう人はたいがい映画を見ないが)
「マルホランド・ドライブ」はそういう人もねじ伏せるだけの力があるんじゃないかな。
「何がなんだか一切分からないけど最後まで見ちゃった」というような。
「イレイザー・ヘッド」「エレファント・マン」その他有名な作品みんなそうだけど。
「マルホランド・ドライブ」はそういう系譜に連なるリンチの新しい代表作だ。
映画監督ってのが自分の頭の中に広がっているウネウネグニョグニョしたものを、
もっと分かりやすく言うと個人的な妄想を、
現実世界に構築することを仕事としている人だとしたら
デヴィッド・リンチはその第一人者である。
「マルホランド・ドライブ」もすがすがしいくらいに煙にまかれる。
素晴らしいです。
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会社の先輩から借りた2枚のDVDを昨日・今日とようやく見る。
Natalie Merchant 「live in concert new york city june 12, 1999」
Nick Cave and the Bad Seeds 「God is in the House」
どちらもライブを収録したもの。
ナタリー・マーチャントがヴォーカルだった 10000Maniacs は高校時代
「Blind Man's Zoo」を予備知識何もなくジャケ写買いして以来今でも聞き続けている。
他のは聞かなくなったけど「Blind Man's Zoo」と「Hope Chest」だけは聞く。
R.E.M. と並んで語られるような80年代のカレッジ系バンド。
ニューヨーク出身なんだけど、
なぜか僕が勝手に思い浮かべるアメリカ中南部に最も近い音を出す。
(ただし、ジャズやブルーズといった黒人音楽ではない)
清教徒的というか、ヨーロッパとは別な独自のキリスト教的雰囲気として。
これはなにも彼女のつむぎだす歌が宗教的だとかそういうことではない。
心の底に生まれながらにして染み付いたある種の価値観とでも言うべきものか。
フラナリー・オコナーの小説を音楽化すれば
ナタリー・マーチャントの声となり、
そのソロや10000Maniacs で聞けるような演奏となるのではないか。
このライブのDVDは同内容のCDも出ているが、
こういうものの常として収録曲や曲順が若干異なっている。
CDの方が 10000Maniacs の曲が多い。
CDには入っているニール・ヤング「After the Gold Rush」がDVDには入っていない。
(デヴィッド・ボウイの「Space Oddity」は両方に入っている)
「The Gulf of Araby」がクライマックスなのは一緒。
落ち着いて静かに歌うのかと思ってたら全然違って、
ほとんどの曲でリズムに合わせて踊っていた。
ステージのあちこちにキャンドルが飾られていたこと、
途中から靴を脱いで裸足になったことが印象的だった。
ニック・ケイヴは2001年、フランスのリヨンでのライブ。
(1曲歌い終えるごとにニック・ケイヴは「メルシー」と呟く)
ニック・ケイヴも高校のときからなんだよな。
なんかの雑誌で取り上げられていて、
「これこそ不良の聞く音楽だ」と思って
なけなしのお金をはたいてCD(「The Good Son」)を買ったんだよな。
ここで言う不良とはその当時青森に腐るほどいたヤンキーのことではなく、
なんというか「大人の不良」とでも呼ぶべきもの。
それにしてもこの当時青森市内でリアルタイムに
ニック・ケイヴのCDを買ってた高校生って僕ぐらいなものではないか。
バッド・シーズはブリクサ・バーゲルド、ミック・ハーヴェイ、トーマス・ウィドラーと
主要なメンバーが勢ぞろいで、ニック・ケイヴも含めて総勢8人で
リリシズム溢れる、それでいて激情に満ちた分厚い音を叩きつける。
「The Weeping Song」「Papa Won't Leave You, Henry」「The Mercy Seat」といった
90年代前半の曲をやっているのが嬉しい。
アンコールでは1枚目に入っていた「Saint Huck」を吠えるように熱演。
これ生で見たら感動するだろうな。
これまでいろんなミュージシャンのライブには足を運んだが、
ニック・ケイヴはこれまで縁がなくて1度も見たことがない。
いつか日本に来ることがあったら絶対見たい。
レコーディング風景とプロモーションビデオも収録されている。
やはり気になるのは普段のブリクサ・バーゲルド。
80年台の Einsturzende Neubauten のライブで見られるような
(石井總互が「半分人間」というタイトルで日本公演を映像化している)
混乱と敵意に満ちたヒステリックな雰囲気、
やせこけて天国と地獄を同時に垣間見ているような風貌は微塵のかけらもなく、
子供相手に動物の鳴き声をしたり、
成熟した1人のアーティストって感じの佇まいだった。
[1386] 「21g」 2004-09-24 (Fri)この日休むことにしたので4連休。その2日目。
ぴあを見たら池袋の新文芸座にて「21g」をやっていることがわかり、見に行く。
渋谷の Bunkamura に行くたびに「東京にいてよかったなあ」と思うが
新文芸座のような場所に行ってもまた、そう思う。
最近の話題作を2本立てで上映している。
今週は「21g」と「ロスト・イン・トランスレーション」
来週は「スクール・オブ・ロック」と「ブラザーフッド」
再来週は「デイ・アフター・トゥモロー」と「トロイ」
見逃した作品があったらここで見れるかもしれないので便利だ。
入ってるビルがソープやヘルスの立ち並ぶ通りなのでかなりなんですが。
それでも若い女性やお年寄りが結構入ってた。
2本立てなんて珍しいなあ。
僕の小さい頃青森では2本立てだったが普通だった。
だいたいは似た傾向の作品が組み合わさっていたが、覚えているところでは
黒沢明の「夢」とケビン・コスナーの出世作「フィールド・オブ・ドリームス」とか
「ブロブ」という超B級作(未知の生物が地球を襲撃するやつ)と
爆風スランプ主演の「バトル・ヒーター」とか。
今では青森でも2本立てはやってない。各回入替制になってる。
映画料金一般1800円って、2本立てならちょうどいい額だけど、
1本だけでこの値段ならやっぱ高いよな。
---
「21g」は「アモーレス・ペロス」のアレハンドロ・イニャリトゥ監督の最新作。
ショーン・ペン、ベネチオ・デル・トロ、ナオミ・ワッツの3人が主演。
ポスターではこの3人がデカデカと大きく扱われていた。
もうその通りでこの映画は3人の演技を見るためだけの映画と言ってもいい。
ショーン・ペン、ベネチオ・デル・トロは今一番脂の乗り切った2大俳優であり、
この2人の静かなバトルを見てるだけでおなかいっぱいになる。
そこにナオミ・ワッツも割って入り、2人に負けないだけの存在感を放つ。
過去と現在がめまぐるしく行き来する筋書きは途中からどうでもよくなる。
正直、この3人の鬼気迫る演技力に筋書きが負けていたように思う。
ショーン・ペンは「ミスティック・リバー」の方がいいし、
ベネチオ・デル・トロは「トラフィック」の方が断然いい。
作品もしくは監督とがっちり対峙して、
その作品を大きく羽ばたかせるための原動力になっていた。
「21g」は役者同士のバトルで終わってしまっている。
つまり、作品が役者を存分に活かしきれていない。もったいないもんだ。
でも才能やセンスや経験のない監督がこの3人で映画を撮ろうとしたら
惨憺たるものになっちゃうんだろうから
1つの作品として「おさまりのいい」ものに仕上げたってことで
この監督の力量はそれなりにあるってことなのだろう。
編集のスティーブン・ミリオンはソダーバーグ監督と組んでいた人で、
「トラフィック」や「オーシャンズ11」も手がけた人。
後でプログラムを見てこのことを知って、なるほどね、と思った。
なおさら「トラフィック」の方がいい。
結局のところ「21g」は
「よくできてるんだけどなあ・・・」という感じのほどよい佳作。
ベネチオ・デル・トロ、ショーン・ペンの出てる最新作なら今何だって見たい気分。
男ならどちらかには惚れるはずだ。
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せっかく池袋に来たのでラーメンを食べようと「無敵家」に入る。
いつ来ても行列ができている。
4時ごろ行ったら並ばず入れた。
池袋なら「光麺」かなあ。
「山頭火」も「ばんから」も入ったけど。
総じて研究しすぎ。
どこで食べてもサイボーグっぽい雰囲気がどこかしらある。
[1385] 身辺雑記 2004-09-23 (Thu)せっかくの休日も風邪でぼんやりと部屋の中で過ごす。
映画の編集に明け暮れる。
会社の先輩から借りた「強殖装甲 ガイバー」という漫画を読む。
ミソラーメンを作って食べる。炒めた挽肉をたくさん入れる。
Talking Heads のこの間再発された「REMAIN IN LIGHT」の頃のライブアルバムを聞く。
■一蘭
日曜に渋谷に行ったとき、「一蘭」でラーメンを食べた。
タワレコの通りの。案外うまかった。
また食べてもいいやと思った。
「唐辛子入りラーメン発祥の店」なのだそうだ。
福岡から東京に進出。上野でも店を見かけたことがある。
4時前というかなり中途半端な時間に行ったのに、それでも並んだ。
途切れなく客が押し寄せてくる。大盛況のようだ。
ここはカウンター席なのに個室になっている。
つまり隣の席から仕切りで区切られている。
目の前にも暖簾が掛けられていて、その気になれば店員と顔を合わせずに済む。
なんだかいかがわしい店でいかがわしいことをしているようで逆になんだか落ち着かない。
ラーメンと自分と。1:1で向かい合う緊迫感のある空間となるのはいいことだとは思うが、
5分で食えてしまうものに対してそんなにこだわりを持ってもなあとも思う。
女性1人でも人目を気にせず食べられますと謳われているが、
果たして一般的な女性はここで1人でラーメンが食べられるかどうか。
食べるときに1人になりたいかどうかじゃなくて、
そもそもラーメン屋に1人で入れるかどうかが問題なのだから。
行列ができていて、ラーメンが好きそうな男性ばかりで、
そこに1人で並ぶことができるか?
まあまず無理だと思う。
入店前にオーダー用紙への記入を行う。
味の濃さ、こってり度、ニンニクの量、ネギの量、チャーシューを入れるかどうか、
唐辛子ベースのタレを入れる量、面の固さ。
替え玉のときにも声を出して店員を呼んだりせずに、ボタンを押すだけ。
非常にシステマティック。
便利と言えば便利だが、なんだかなあと思う。
そんな中途半端にコミュニケーションを切り捨てなくてもいいんじゃないか?
高級感がないのがよくないんだよな。イロモノっぽい。
店全体の雰囲気がパチンコ屋の景品引換所みたいな感じがする。
優れたラーメン屋ってのは、味もさることながら
店の佇まいがよく、店員の教育というか態度が行き届いていて活気があるとこじゃないですか。
もう一度繰り返すが、ラーメンそのものはとてもうまい。
■プロ野球スト
先週の土日、プロ野球スト入り。史上初の出来事。
新規参入なんて70年間なかったからどうしていいかわかんないなーっていう
すっとぼけたオーナー会と
ストに踏み切ったら何が待ち受けているか怖いことだらけだが、
それでも今後の野球界のためにストを決断した選手会と。
その間で戸惑うファンと。
9月に入ってからいろんなことが宙ぶらりん。
プロ野球のオーナーってなんかとんでもない既得権益があるのだろうか?
ないんだったら広く門戸を開放すればいいのに。
ライブドアだろうと楽天だろうと。
選民意識みたいなのがあるのかな。
どこの馬の骨とも分からんインターネット企業と一緒にされたくないというような。
まあなんらかの「クラブ」なんだろうな。オーナー会って。
SONYやホンダやトヨタが新規参入ってことになったら即OKするだろ、彼らなら。
それにしても古田はかっこいいねえ。
今年1番のかっこいい男じゃないか(ちなみに僕の中での2番は今年もまた新庄)。
日本のスポーツの歴史にその名前が永久的に残されることになったのでは。
■栃木兄弟誘拐事件
1日のうちテレビのニュースは5分と見てないし、新聞も斜め読みだし、
世の中の動きの大半は吊革広告から知る。
こんな僕なので認識が間違っていたら大変申し訳ないんだけれども、
この事件って、加害者の男性のアパートに兄弟とその親が転がり込んだんでしょ?
そもそもこの時点でわけがわからない。
兄弟の親は記者会見にて加害者の男性のことを嘘つき呼ばわりしていたが、
それ以前にあなたがそういう生活をしているからそもそも引き起こしたことでしょう?
と言いたくなる。例え世の中にはいろんな事情があるにせよ。
(もう1度書くけど、事実に反していたらごめんなさい)
40近い子持ちの男性が、
覚せい剤を使用していた疑いがある、と言われてるような40近い男性のアパートに転がり込んで
そのまま住みついてる時点でどこかが何かおかしい。まともとは思えない。
3人が住んでいるアパートに加害者の男性が無理やり押しかけて、
虐待を加え続けていったあげく殺害したというのならば「わかる」
それはそれでひどい話だけど。
長崎の小学6年生の児童が同級生を殺した事件、
あれは加害者に対しても被害者に対しても正直何にも思わなかったが
(つまり当事者にしかわからないような心の闇が引き起こしたものだから)
栃木の事件については、兄弟に対して「かわいそう」と思う。
話ははしょるが、児童相談所ってなんなのだろう?
[1384] 「誰も知らない」 2004-09-22 (Wed)是枝裕和監督の最新作。
カンヌ映画祭で日本人初にして史上最年少の主演男優賞となった柳楽優弥君が大きな話題となった。
実際に起こった事件をモチーフにしている。1988年の「西巣鴨事件」
こういう話。
母親と4人の子供がとあるアパートに引っ越してくる。
(子供1人ということになってるので、下の子たちはスーツケースに詰められて)
4人の父親はばらばら。
いかにも男にだらしなさそうな母親は何の仕事をしてるのかよくわからない。
ある日突然母親が当座の生活費だけを置いていなくなる。
残された子供たちは長男を中心として自分たちだけの生活を始める。
戸籍がないから(!)もともと学校には行ってない。
布団を敷きっぱなしの荒れ果てた部屋でもそもそと遊んでるだけの毎日。
季節が過ぎてゆく。冬が過ぎ、春から夏へ。
電気も水道も止められ、公園で水を汲んで体を洗う。
コンビニから余ったおにぎりをもらう。
カップめんの容器で植物を育て、それをベランダいっぱいに並べる。
たくましく生き残っていくが、ある夏の日に一番下の女の子がふとしたことから死んでしまう。
是枝監督は彼らの陥った境遇を否定もせず肯定もせず、ただただ淡々と切り取っていく。
ドラマチックな場面はほとんどない。
見終わった直後は「うーむ」という感じなのに、後でじんわりと来る。
帰りの地下鉄の中で僕はジワーッとあの雰囲気に侵されて、やるせない気持ちになった。
それぞれのシーンの語り口は控えめなのに、
積み上げていくといつのまにかものすごく大きなものとなっている。
何も語ってないようにすら思われる。映画として通常語られるべき、何か大事なものを。
そしてその部分は見終わった後にすっと埋められる。
ストーリーのトリックとかラストシーンの印象とかそういうものではなくて、
あくまで作品全体の余韻として。
そこで見つかるのはこの悲劇を引き起こし、ある程度の期間存続させた「何か」とでも呼ぶべきもの。
原因とか状況とかそういうものではなく、もっと根源的な何か。
そこにはものすごく大きな真空地帯があって、
誰も彼もが知らず知らずのうちにそこに吸い込まれて、絡め取られている。
その存在に気付かされるというか。
「誰も知らない」というタイトルが全てを物語っている。
・なぜ周りに助けを求めなかったのか?
・なぜ母親は子供たちを引き取りに来なかったのか?
・なぜ長男は全ての責任を1人で背負おうとしたのか?
・なぜ周りの人たちは子供たちの存在に気付かなかったのか?
・周りの人たちが無関心だったら、子供たちはいつまでもあのまま暮らし続けたのだろうか?
・子供たちはそのとき、何を感じていたのだろうか?何を考えていたのだろうか?
・どういうことが楽しかっただろう?どういうことが悲しかっただろう?
・欲しいものはなんだったろう?憎んでいたものはなんだっただろう?
推測すれば答えは分かりそうだが、
真相は、そのとき当事者は何をどんなふうに思ったのかは、誰にもわからない。
カンヌのコンペに並ぶことによって昨今の日本映画の質がどうこうという以前に、
映画として面白い。見応えあり。見るべき。
肯定も否定もしないって書いたけど、
子供たちを幸福にも不幸にも描かず、
ただあるがままの風景をそこに生み出したってことが何よりもすごい。
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一足先にこの映画を見た会社の先輩は
「とにかく女子中高生ばかりだった」と語っていた。
あんなクールな14歳、確かに憧れの的になるよなあ。
クラスの他の子みたいにジャニーズにキャーキャー言ってるのは嫌だけど
自分しかまだ知らないようなかっこいい男の子を見つけたくてうずうずしている、
そういう女の子たちだろうか。
主演男優賞級の役者なのだろうか?という議論はさておき、確かにあの目はすごい。
あの目だけで2時間を超える長い作品がもってしまう。持っていかれてしまう。
「自分が何とかして妹や弟の面倒を見なきゃいけない」
「いつもは無関心を装ってるけど、自分だって寂しい」
「母親のことはすごくむかつくけど、だけど心の底では帰ってきてほしいと思ってる」
そういう気持ちの1つ1つを、セリフに出して言うことなく語っている。
完全に成りきって振舞っていたのか、
それともあれは1人の人間としての柳楽優弥の目なのか。
次の作品を見ないことには何とも言えない。
少なくとも言えるのは、ただ単純にハマリ役だったというのではなくて、
等身大の12歳としての存在感が眩いぐらいにそこにはあったってことなんだろうな。
僕としては母親役のYOUもまた、同じぐらいすごかったと思う。
単なる無責任だったり、暴力的な薄っぺらい母親だったらぶち壊しだもんな。
憎めないっていうのではなくて、これまでの人生で紆余曲折があって
その時彼女にはこうすることしかできなかったんだ、
というのがダイレクトに伝わってくる。
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昨日の昼、見に行った。
前の日から風邪っぽくて、会社行ってもフラフラしてたので
病院に行って熱を計ってみたら37℃を超えていた。
午後休むことにした。
さて何をしよう?
映画見るのなら家でDVDで見ても映画館で見ても一緒だなと思い、
帰り道にある有楽町のシネカノンへと足が向く。
平日の昼間だというのに、7割がた席が埋まっていた。
7月から公開されていまだにこれだけ客が入るとは。ロングラン。10月まで続く。
銀座というロケーションのせいか、客層は圧倒的に年配の女性が多かった。
おばさんたちも目的は柳楽君なのだろうか?
[1383] 「ソウル・オブ・マン」 2004-09-21 (Tue)土曜に六本木のVirginシネマで見た「ソウル・オブ・マン」について。
2003年はブルース生誕100周年ということで
アメリカでは「イヤー・オブ・ザ・ブルース」だったのだそうな。
そういうこともあってか
巨匠マーチン・スコセッシは「The Blues Movie Project」を立ち上げる。
プロジェクトの一環として7本の長編映画が作成された。
(短編を集めてオムニバスとしなかったところがすごい)
「ソウル・オブ・マン」はその中の1本。
監督はなんとヴィム・ヴェンダース。無類のロック好き。
代表作「パリ、テキサス」も「ベルリン・天使の詩」も
監督の音楽的な趣味がものすごく反映されていた。
キューバの伝説的なミュージシャンたちを集めて映画界を超えて広く話題となった
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」も記憶に新しい。
この人の劇映画は正直最近のものはちっとも面白そうじゃないんだが、
音楽ものとなるとまだまだいけるだろ、そう思って見に行った。
ヴェンダースだろうと誰であろうと僕の場合
音楽映画ってのはそれだけで楽しい気持ちになるものだし。
ヴェンダースは3人の伝説的なブルースマンを取り上げる。
ブラインド・ウィリー・ジョンソン、スキップ・ジェイムス、J・B・ルノアー。
ブルースをほとんど聴いたことがない僕からしたら知らない人ばかり。
(様々な人がカヴァーしているのでかろうじて1人目はその名前をなんとなく覚えている)
J・B・ルノアーは60年代に活動していたので映像が残っている。
残りの2人は戦前の人たちなので映像が残っていない。
なので役者を使って演奏シーンとそれにまつわるシーンが再現される。
曲は実際の「伝説的」な録音をそのまま使う。
これらのシーンの合間にブルースの継承者たるミュージシャンたちが
それらの曲をカヴァーして演奏する光景が挟まる。
ベック、ルー・リード、ジョンスペ(ブルース・エクスプロージョンと最近グループ名を短縮した)、
ニック・ケイヴ、カサンドラ・ウィルソン、ロス・ロボスと非常に豪華なメンツ。
ヴェンダース人脈活きまくり。
個人的には動いている映像を初めて見たということで
マーク・リボー、ルシンダ・ウィリアムズ、ジェームズ・ブラッド・ウルマーがありがたかった。
これらの人たちの演奏シーンを見るのが一番の目的で劇場に足を運んだと言ってもいい。
それにしてもベックって才能ある人なんだなあと改めて思わされたし、
このところ新作を聞いても面白いと思わなかったジョンスペってライブはやっぱ最高だし、
ニック・ケイヴは相変わらずの全身全霊激昂ぶりで「やるなあ」と唸らされた。
映画そのものとしては今ひとつ。
ヴェンダースのファンか、ブルースの熱心な愛好家か、
僕みたいな上記のミュージシャン目当ての人でない限り、見てもつまらないだろう。
77年に打ち上げられたヴォイジャーには
異星人と遭遇したときの「異文化交流」のためにレコードが1枚収められていて
そこに20世紀アメリカ音楽の代表として選ばれたのは
1927年のブライアン・ウィリー・ウィルソンが演奏する「ダーク・ウォズ・ザ・ナイト」だった。
なので、ブライアン・ウィリー・ウィルソンはヴォイジャーに乗って今でも宇宙空間を旅している、
そして人類に向かって語り掛ける。
このアイデアはなかなかいいんだけど。
サントラは絶対買いだろう。
あと、仲井戸麗市、土屋公平、内田勘太郎、
この3人による直筆メッセージが寄せられたプログラムも買いだろう。
---
ブルース・プロジェクト絡みの商品で言えば、
昨年から「マーチン・スコセッシのブルース」というシリーズで
マディ・ウォータースやエリック・クラプトンやロバート・ジョンソンなど
新旧ブルース界を代表する人たちのコンピレーションが発売されている。
これをCDショップでよく見かけてて、僕は「どんなんなるんかな」とずっと気になっていた。
全7作のうち4作分は日本でもサントラも出るようだし、
「マーチン・スコセッシのブルース」という名前でCD5枚組みのセットや
そのダイジェストまで出ているようだ。
なんだかすごいことになっている。
僕は普段ブルースを聴かないというか、
まだまだ勉強不足なところがあるんで(音楽史的にというよりは人生経験として)
なかなか手を出しにくいんだけど、この機会にいろいろ聞いてみたいなあと思った。
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全席指定。劇場内に入って席を探すと、僕の席の辺りに紙が貼ってあった。
なんだろ、指定席の中でも特別な指定席なのだろうか、と思う。
近付いてみたら僕の席だった。
見たら、抽選に当たっていたようでこの席に座った人には
「ブルース・プロジェクト」のポスターを差し上げます、ってことになっていた。
見終わった後で劇場の人からポスターと「ブルース・プロジェクト」の小冊子をもらった。
非売品かな。だったらいいな。
---
機会があったら、他の6作品も見てみたい。
クリント・イーストウッド監督(!)の作品も含まれているのだが、
本人の希望により公開しないらしい。
(アメリカでは公開するが日本では公開しないということか?)残念だ。
クリント・イーストウッドのその作品「ピアノ・ブルース」は
自分も趣味で長いことピアノを弾いているせいか
ブルースに限らずジャズのピアニストをフィーチャーしたもののようだ。
デイヴ・ブルーベック、オスカー・ピーターソン、ファッツ・ドミノ、などなど。
見たいなあ。
[1382] 「バレエ・カンパニー」 2004-09-20 (Mon)昨日の続き。
映画まで時間を持て余し、レコファンへと向かう。
センター街の方の店に入って、その次に BEAMS の店に。
mouse on mars を集めたくなって、土曜日曜と廃盤になった旧譜を4枚買った。
後は You Am I の3枚目(今聞いてる。最高!)とか
Luna の初めて見るミニアルバム。1枚目の頃のものと思われる。
Beat Happening の「Indian Summer」に始まり、
Dream Syndicate やヴェルヴェッツの曲をカヴァーしている。
渋谷の街は夏祭りなのか秋祭りなのか、
はっぴを着た人たちが神輿を担いで道玄坂やセンター街を練り歩き、
通りのスピーカーからは祭囃子が絶えず聞こえてきていた。
渋谷にもこういうときがあるもんなんだな。
はっぴを着ていた人たちは若者たちよりも40代から50代ぐらいの人たちが多い。
圧倒的に男性ばかり。その点が先週見た吉祥寺のよりも違っていた。
Bunkamura Le Cinema に戻る。
ロバート・アルトマンの最新作「バレエ・カンパニー」を見る。
オーキッドホールで「ニューヨーク・シティ・バレエ」の公演が今週末にあるから、
それと連動してるんだろうな。
主演こそ「スクリーム」シリーズのネーヴ・キャンベル、
その恋人役に「スパイダーマン」シリーズでピーターの親友、
3作目ではまず間違いなくグリーン・ゴブリンとなるはずのジェームズ・フランコ、
そしてカンパニーの芸術監督というかドンとして、
老いてますます盛んと言うべきか最近あれこれ出まくっているマルコム・マクダウェル、
といった役者が出ているものの
本当の主役は「ジェフリー・バレエ・オブ・シカゴ」のダンサーたち。
カンパニーの練習や公演の模様はみな実際のダンサーたちによるもの。
そういう意味では限りなくドキュメンタリー映画に近い。
一応ストーリーはあるんだけど
バレエ団の日常生活の雰囲気がリアル過ぎて霞んで見えてしまう。
それがどういうものなのか僕は全く知らんのだけど、
肉薄しているはずだというのは感覚的に伝わってくる。
アルトマンのマジックによるものなのか。
いわゆる「アルトマン流」というか「アルトマン方式」的要素はかなり薄い。
そこが評価の分かれ目だろうな。
アルトマン的な毒、ブラックユーモアは今回無いに等しい。
バレエ・カンパニーに関わる大勢の人たちが登場するけれども群像劇っぽくはないし。
前作「ゴスフォード・パーク」からは180度違う。
言われなきゃアルトマンだと分からないほど。
言われても分からないかもな・・・。
新境地を開いたという感じは全くなく、引き出しの1つで撮ったようなもの。
なんと言っても随所に出てくるバレエのステージですよ。
それが余りにも雄弁だから、アルトマンも黒子に徹したんだろうな。
冒頭の紙テープ(?)を使った現代的というには余りにも現代的なアンサンブル、
嵐の中を演じられるデュエット。
インドをモチーフとしたもの、ダンサーと観客の間にスクリーンを置いて影絵とするもの、
空中ブランコを利用した幻想的なもの。
バレエってこんなにも独創的で自由なものだったのか!
生で見たい!と思わせるものばかり。
「ジェフリー・バレエ・オブ・シカゴ」が日本に来るのなら、見に行きたいな・・・。
アルトマン節を期待してるとかなり肩透かしだけど、
(なんとなく小品的な印象を受けてしまう)
映画としてはなかなか見ごたえがあった。
少なくともバレエの好きな人なら、見て損はないでしょう。
僕の隣ではバレエを習ってる女の子とバレエを習わせている母親が見に来ていて
(僕の両隣が空いていて、分かれて座ろうとしたので席を替わった)
母親は娘相手に「映画なんてもう10年ぶりよ!映画って途中の休憩あったっけ?」なんて言ってた。
娘は母親の膝に乗ったり、前に乗り出したり、せわしなく動き回っていた。
まだキャリアの若い団員は住む家も無く、
アパートを借りている団員仲間のところに泊めてもらいに行く。
アパートは同じような若くて貧しい男女の団員たちばかり。
夜。アパートの借主の女の子が他の部屋から忍び足で出てきて、
新入りの若い男が寝ているところにそっと近付く。
そして「ねえ、ゴムある?・・・コンドームよ」と小声で聞く。
この場面に差し掛かると娘はピン!と感づいたのか母親の耳元で何かを質問する。
母親は何も言わず、ただただ硬直する。
子供ってエッチな場面に差し掛かったとき、必ず雰囲気で察するものですよね。
あと面白かったのはクリスマス・パーティーのシーン。
それまでに出てきた舞台や稽古をパロディーで演じてみせる。
これがかなり可笑しい。
クライマックスでは新作「青い蛇」を、舞台裏の慌しい風景も合わせて公開。
いや、ほんと、バレエっていいわ。
この年にして目覚めた。
バレエの見たくなった僕は家に帰ってインターネットで
「ニューヨーク・シティ・バレエ」のチケットを申し込んでしまう。
日曜のしか残ってなくて、しかもS席、\18,000、それでも行く。
勢い余って野田秀樹の「赤鬼」(日本語バージョン)も申し込む。
平日なので会社休んでいく。
それにしてもこれ、チケット余ってたのか。
ついこの間追加発売されたようだけど、運が良かったのか。
---
3連休も今日でおしまい。
風邪を引きかけているのか喉が痛い。
夜中寒くて目が覚める、そんな季節になった。
どこにも出かけず、映画の編集をして過ごす。
青山さんからもらったMDの曲をPCに取り込んで、
いくつかのシーンに当てはめる。
こういうことをしてると、完成に近付いてるような気持ちになる。
大学の友人の結婚式の場面で
司会の女の人が話している題詞に思いっきり福山雅治の曲がかぶさってて、
この音声トラックからいかにして福山だけをばっさり切り落とすか。
あれこれ試みる。
WAVファイルの音を操作するようなフリーのソフトウェアをダウンロードして
どうにかこうにか司会の声だけを拾い出すことに成功。
その分ひしゃげた、臨場感を全てそぎ落とされた声となる。
こういう作業で1日が終わり。
[1381] 「ニューヨーク・グッゲンハイム美術館展」 2004-09-19 (Sun)渋谷 Bukamura のザ・ミュージアムにて「ニューヨーク・グッゲンハイム美術館展」を見た。
ほんとはロバート・アルトマンの新作「バレエ・カンパニー」を見てから、
と思っていたのであるが上映開始時間に間に合わず、こちらを先にする。
ニューヨークにあるソロモン・S・グッゲンハイム美術館と
ヴェネツィアのペギー・グッゲンハイム・コレクションから選ばれた79作品。
19世紀フランスの印象派(ルノワール、セザンヌ、ゴッホ etc.)から、
20世紀初頭の抽象絵画(ピカソ、ブラック、レジェ etc.)
スールレアリスム(ダリ、キリコ、エルンスト etc.)やを経て
ニューヨークのモダン・アート(ポロック、リキテンシュタイン、ウォーホル etc.)まで。
現代の絵画へと至る道筋を手っ取り早く俯瞰するのにちょうどいいセレクション。
印象に残ったのはマグリットの「天空の声」(何の変哲もない田園風景。
なのになぜか空には真ん中から半分に切られた球形の物体が3つ浮かんでいる)と
モンドリアンの「夏、ゼーラントの砂丘」(モンドリアンといえば抽象性を押し進めた
幾何学図形が思い浮かぶが、この作品は初期のまだ「わかりやすい」風景画)
この2つ。
あとはピカソかなー。こう書くと素人っぽいけど。
いつどこでどの時代の何を見てもドキッとしてしまう。
3点あるうちの2点が31年のもので、
「水差しと果物鉢」「黄色い髪の女」どちらも色彩の感覚が大胆で鮮やか過ぎて
近くに掛けられた他の優れた作品たちの間でも浮いて見える。
鼻歌混じりで僕にも描けそうなくらいの子供のいたずらっぽい絵なのに
あと何百年は誰にも描けない絵。
とてつもない量のセンスと、それと同じだけの大きな、大きな純粋さ。
ここまで迷いのない線を描ける人っていないよな。
いわゆるアメリカの大富豪の一族が収集したコレクション。
(グッゲンハイムの名前がつけられた美術館はニューヨークだけでなく、
ベルリンやスペインのビルバオ、ラスベガス、そして「エルミタージュ」にもあるのだという)
展示された作品には不思議な統一感があって、
コレクターとしてかなりの目利きだったことが伺える。
僕が感じたのは灰色の雰囲気。
ここで言う灰色とはくすんだ、表面的な色彩としてのものではなくて、比喩的なもの。
文明の中に内在される孤独とでも言うべきか。
寂しいとか悲しいとかそういう個人的な孤独ではなくて、
もっと社会的な、あるいは生物学的な、人類がその遺伝子の中に持つ普遍的な孤独。
そういうのが嗅ぎ取れる陰影に満ちた作品ばかりだったように思う。
例えばシャガールは例によって幻想的なカラフルな色遣いなのに
この並びで見るとどうしても暗い部分ばかりが引きずり出されてくる。
ものすごくやるせない、悲しい気持ちになる。
最後に飾られているのはニューヨークのグッゲンハイム美術館を描いたかなりリアルな絵。
「写真でいいじゃん!」と突っ込みたくなるぐらいの。
僕個人としてはこれが一番好きだったりする。
美術館はフランク・ロイド・ライトによって設計されていて、摩訶不思議なデザイン。
(そういえば去年からあちこちでライトの名前を目にしているように思う)
図録を買う。
ものすごい分厚さで掲載されている作品は全部カラー。
Bunkamura のザ・ミュージアムで買う図録はいつもしっかりしていて感心させられる。
途中でモノクロになってたり、作品全部が載ってなかったりするとがっかりするじゃないですか。
そういうのないんですよね。
映画まで時間があるので、ミュージアムの向かいにある本屋で時間をつぶす。
アートなものしか置いてなくて、来る度にいつも何かしら欲しくなる。
結局本だったりCDだったり買い込んでしまう。
美術展の影響でニューヨークに行きたくなっていてもたってもいられなくなって、
「TITLE」という雑誌のニューヨーク特集を買う。
その他買ったものとしては、ブコウスキー、ブローティガン、バロウズ、ブラッドベリの文庫と
タラ・ジェイン・オニールの既に廃盤になっている2枚目。
[1380] 「フォッグ・オブ・ウォー」 2004-09-18 (Sat)3連休。本来ならば死ぬほど忙しくて
「1日でも休めたらいいなあ・・・」という状況となるはずだったのに
○○が××したため、なんだか急に暇になってしまった。
余裕ができたので映画をたくさん見ることにする。
まず今日見に行ったのは六本木のヴァージン・シネマにて
「フォッグ・オブ・ウォー」と「ソウル・オブ・マン」のドキュメンタリー2本。
最近見た映画5本うち4本がここで見てることになる。
5本見れば1本ただになる提携型のクレジットカードがあるようで、
劇場内でも予告編でも盛んに宣伝している。
こういうことになるのなら作っておけばよかった。
昨日の夜は会社を辞める先輩の送別会があって、終電後も飲んでいた。
家に帰ってきて寝たのは3時。
眠り足りなくて軽い二日酔いの状態で見に行く。
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「フォッグ・オブ・ウォー」について。
「マクナマラ元米国防長官の告白」とサブタイトルがついている。
その在職期間であった1960年から1967年までを中心とした
アメリカと「戦争」の関係性について問いかけを行うもの。
キューバ危機をいかにして防いだか。
ベトナム北爆はいかにして始まったのか。
ケネディは何を考え、ケネディの後を継いだジョンソンは何を考えていたか。
現在のマクナマラ氏へのインタビューと当時の貴重な映像、
ケネディーやジョンソン大統領との会議の模様を録音したテープとで構成されている。
今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。
(前年受賞したのが「ボウリング・フォー・コロンバイン」ですね)
ロバート・S・マクナマラは1916年生まれ。
1941年、当時最年少でハーバード大学経営学大学院助教授となる。
第2次大戦中は東京を初めとする大都市への爆撃、
広島・長崎への原爆投下を指揮したルメイ少将の下で状況と戦略の分析を行う。
大戦後、フォードに入社。
1960年にはフォード一族以外からは初めの社長となるものの
その5週間後ジョン・F・ケネディに請われ、国防長官に就任。
「神童」と呼ばれる。
その神童をもってしてもアメリカはベトナム戦争の泥沼へとズブズブとはまりこんでいき、
抜け出せなくなった。アメリカ史上最も長く続いた戦争の傷跡はいまだに癒えていない。
反戦を声高に訴えかけるのではなく、
国防長官という立場から、アメリカの歴史はいかにして紡がれていったのかを淡々と追う。
当時のアメリカだけでなく今現在であってっも、
マクナマラ氏はベトナム戦争当時のアメリカの舵取りをした人間の1人として
あれこれ取りざたされるのだそうだ。
ベトナム戦争の代名詞。
映画はマクナマラ氏を糾弾することはなく、
最後の最後まで回想と事実として残された映像と音声とを積み上げていく。
マクナマラ氏も、あのときはこうだった、このときはこうだったと出来事だけを語っていく。
そのことについて自分自身はどう思うのか、どう思ったのかは語ろうとしない。
あの戦争は間違いだったのかどうか、という質問にも
あくまで元国防長官という立場からしか何も話そうとしない。
1人の人間として浮かび上がってくるのは、
国家や大統領というものに対するあくなき忠誠心のみ。
(ケネディの死について語るとき涙を流しそうになり、
意見の食い違いから辞任へと追い込まれたのに、
そのジョンソン大統領から勲章をもらったときは嬉しかったと語る)
あらゆる物事が遅かれ早かれ歴史というものへと吸収されていく。
ジグソーパズルの一欠けらのような形になって嵌め込まれていく。
ケネディ大統領であろうと、そういう1ピースでしかない。
特徴的な形状とある程度の大きさを持ったとしても。
マクナマラ元国防長官であってもそれは一緒。
その枠組みから逃れることはできない。
人によってはそれを忌み嫌い、逃れようとする。
その当時は逃れられたと思っていたとしても
いつの日かしっかりと連れ戻される。
その一方で、枠組みの中で1ピースとなることこそが
国家に対してだけではなく、
人生や自分が今生きている周囲の世界といったものに対する
忠誠の証だとして信じて疑わない人たちが大勢いた。
そういう人たちのほうがはるかに多かった。
歴史というものがいかにして作られていくものなのか、
この映画を見てよくわかった。
少なくとも監督であるエロール・モリスの歴史観はわかった。
そして僕はその歴史観は間違っていないと思う。
「華氏911」よりはよほど見るに値する映画。
こういうドキュメンタリー作品がたくさん作られて、
たくさん観ることができるようになることを望む。
映画を見てあれこれ考えるきっかけになるというのはとてもいいことだ。
---
六本木ヒルズ近くの「勝丸」でラーメンを食べる。
他の店舗では食べたことないけど、ここのラーメンはうまいね。
[1379] 人類は実験室の中で作られた 2004-09-17 (Fri)人類は実験室の中で作られた。
もちろんその実験室とは宇宙船の中だ。
温暖湿潤な惑星を見つけると彼らは、より大きな実験室として
後に自らを「人類」と呼ぶ種をそこに置き去りにした。
宇宙船の中、保育器のガラスの向こうに立つ彼らのおぼろげな記憶がDNAに刷り込まれ、
その後何千年・何万年とかかって「神」という形質へと形作られていった。
自分たちの住む場所の外にあって、自分たちを超越したもの、そういう位置付けとなる。
アダムとイヴは抽象的な概念などではなく、実際に存在した。
人類は見捨てられた実験室/惑星から自ら離脱する可能性を常に求め続けてきた。
夜空の星を見つめて神話を語ることから始めて、
打ち上げられた探査機が太陽系を離れるまでになった。
その金属の筐体の中にはまだ見ぬ「神」へのメッセージが託されている。
人類のこれまでの歴史は、「神」への憧れの歴史と言ってもいい。
我々人類はその神様に会いに行くことこそがその使命である。
彼らの何十年・何百年も前の行いに対して報いなくてはならない。
彼らなしには我々人類は存在し得なかったのだから。
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例えばこういうようなことをもっと長大に発展させたものをネット上のどこかに公開しておく。
「お告げ」と称して。気が遠くなるほど長くて、文章が難解だといい。
1パラグラフだけで10万字あるというようなパラノイア的なもの。
これを宗教として始めたら、信者ができたりしないかな。あくまでいたずらだけど。
「フハハハハ。この人マジで信じてるよー」って笑い飛ばしたいだけなのだが、
中には非常に狂信的な人も出てくるんだろうな。
「私も前世では同じことを考えていました。あなたのような同志と出会えて、
(中略)この星を、いや、銀河系を我々の手で正しい方向に導きましょう。
戦士としての私の名前は(後略)」
とお手製のパンフレット(あるいは自作のマンガ)を送ってくるような。
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半年に一回ぐらい、「お告げ」を更新する。
どんどんヒステリックなものにしていく。
うまくいったりして。
いつの日か一人歩きを始めてしまう。
現実的な活動を取り仕切る人があらぬところから出てきて宗教活動として定着するとか。
僕が書いた「お告げ」を
「あれは私が瞑想に耽っていたところまばゆい光と共に超越者が私の目の前に現れ」
とかなんとか勝手に言い出す人が出てきて教祖におさまったり。
(僕はもちろん陰で眺めてて「ブハハハハ」と笑う)
儀式の制定。
年に1回、真夜中に山奥で執り行う祭りとして、火を囲んで
「古来より綿々と受け継がれてきた宇宙への憧れを表す踊り」だとか。
適当な日付を選んで(6月12日とかすさまじく当り障りの無い日)
この日、人類は宇宙船から地球へと播種された、とか。
ロケットをかたどったペンダントや、
「宇宙力」を秘めたミネラルウォーターの販売。
UFOとはなんだったのか、
どのようなメッセージを人類に伝えようとしたのか、・・・に関するシンポジウム。
東京ドームで教祖の聖誕祭が行われたら、本物。
[1378] 初めてのペット用品 2004-09-16 (Thu)とある人へ贈り物をする。
犬を可愛がっている人なので、犬用品がいいのではないかと思う。
が、僕自身は犬も猫も飼ったことないのでペット用品というものがよくわからない。
実家では犬を飼っていたという後輩に任せようとしたのだが、
「新宿のハンズにありますよ」と言うのでくっついていくことにした。
6階の片隅にペットコーナーがあった。
新宿のハンズにはたまに出かけるが、これまでそこにあることを意識したことが無かった。
様々な物があった。様々な色彩の、様々な形をしたモノ。
大きく分けてペットフード、遊具、身だしなみや環境を整えるもの、ということになるか。
ペット用品と言ったとき、
首輪と紐とキャリーケースと皿と缶詰と
骨(本物なのか偽物なのかよくわからんのだが、とにかく骨の形をしたもの)
ぐらいしか思い浮かばなかった、
そんな僕からすると「なんだこりゃ」というものばかり。
個々のものを手に取ってみてもよくわからないし、
それが集まっているとなおさらよくわからない。
ペットフードのところはまだいいとしてその他の個所になると
写真に撮ったものを見せられて「さあ、これは何売り場でしょう?」と聞かれたら
まず間違いなくとんちんかんなことを答えてしまいそうだ。
余りの分からなさ加減に
すぐ隣のクラフト用品コーナーにあったプラスチック素材の束を眺めて
「これって俗に言う爪を研ぐようなやつだろうか?」なんて思ったりした。
モノ以上に「おおおお、お?」と思ってしまうのはやはりドッグフードの類い。
コラーゲンが入ってるとか、老化防止のために○×が入ってるとか。
犬用のミネラルウォーターや健康飲料みたいなのもあって。
人間が食べるようなものはみんなペット用が用意されてるってほんとなんだな。
見てたらふりかけまであった。
ドライフリーズのササミなんて人間が食べるのよりも高級そうで。
ペットを飼うって贅沢な行為なんだな・・・。
ビーフジャーキーみたいなのなんて、ねえ?
人間が食ったらいかんのだろうか。
豚の耳まであった。
「犬になりたいなあ・・・」なんて思ってしまった。
どっかの小奇麗なマンションのフカフカの絨毯の上でごろごろしてればいいだけの犬。
OLさんに飼われて。
あと、お金なくて自分は食べなくてもペットにだけは食べされるという人もけっこういるようだし、
ペット産業は陰りがなさそうでいいなあ、と思った。
[1377] なぜ殺してはいけないのですか? 2004-09-15 (Wed)昨日、大阪池田小事件の宅間守死刑囚に対して刑が執行されたというニュースを見た。
栃木の誘拐された兄弟のうち、弟の遺体が川で見つかった。兄の行方は依然として不明。
先週の事件としては、愛知で母子4人が殺害され放火されたというのがあった。
岡山では小学3年生の女児が刺されて倒れているのを自宅で発見された。
いつの頃からか、90年代に入ってからなのか、その後半になってからなのか、
一見たいした理由も無く無差別に人が殺害されるような事件が
日常の出来事として定着してしまったように思う。
その一方で例えば
イラクでのテロは激しさを増すばかり、派遣された米軍も既に1000人以上が死亡している。
ロシア南部ベスランの学校占拠事件も記憶に新しい。人質の死亡者は323人。そのうちの半数が子供。
人が人を殺すのはとても簡単なことなのだと思う。
「なぜ殺してはいけないのですか?」
この問いかけに対する明確な回答はない、と誰かが書いていたのを読んだことがある。
強いていえば「常識」のようなものが抑止しているということになる。
ある人に対し強い恨みの気持ちがあったとしても
自分と相手に関係する様々な人々への影響を考え、踏みとどまる。
「むしゃくしゃする、すっげーむかつく」と公言する若者たちも
じゃあ即周りの見知らぬ人に対して暴行を加えるかというと多くの場合そんなことはしない。
潜在的に/顕在的に常識というものがセイフティーネットの役割を果たしている。
ある種の倫理観と言い換えてもいいかもしれない。
生き物としてそもそもそういうことはしない、
社会的にもそのようなことはできない。そんな2段構え。
それが個人的な状況や社会的な状況次第ではいとも簡単に打ち崩されてしまう。
人が人を殺すのに理由がいらなくなる。
言い訳や理論や思考によって生み出される一切のものが、いらなくなる。
均衡が崩れてしまった人にはどうでもよいものはどうでもよいのだろうし、
そこでは他人の命もまたその他多くの物事と一緒でどうでもいいものとなる。
人間というものが生命ではなくて数量や情報という枠組みで捉えられるようになったら、
個々の人間の存在というものが抽象的な概念でしかなくなったら、
そしてある種の思想やイデオロギーがその人を貫く行動原理として強固なものとなるのなら、
テロなんて非常に簡単な行為だ。
僕が誰かを殺してるかもしれないし、僕は誰かに殺されてるかもしれない。
これといって明確な理由も無く。
若い両親が幼児を虐待して時には死に至らせるのも珍しいことではなくなったし、
そういう出来事に象徴されるような社会に不安を持つ人たちは子供を持とうとはしなくなる。
このままどんどんいろんなものが崩れていってそれが当たり前になっていって
僕も君も深く考えもせずその時々の状況を受け入れるようになるのか。
じゃあ何ができるのかといえば実際何もできないわけだし。
1人1人の力は無力なものであって、という以前に、
ただただ日々の出来事に流されてなんとなく生きていくものなのだから。
この傾向からして地球上での紛争地域は減ることは無く増加の一方を辿るのは明らか。
日本国内で日本人同士でテロを行う、
何十年か後にはきっとそういう社会になっているのだと僕は思う。
気がつくとこの国には人がいなくなっている。
[1376] 「スパイダーマン2」 2004-09-14 (Tue)昨日の夜、定時で会社を出て有楽町マリオンの映画館に「スパイダーマン2」を見に行った。
週明け早々月曜の夜に映画を見に行ってるのは仕事に暇というか余裕ができたからというよりは
「もういい・・・」と投げ出したくなったから。
映画でも見ないことにはおかしくなりそうだったから。
そんな気分の時に見る「スパイダーマン2」はもう最高でした。
何をしてもさえない、いつも眠そうな目をしている若者が実はスパイダーマンで
ニューヨークの摩天楼を窮屈そうに飛んだり跳ねたりしている、
なのにその当人はいつまでたってもウジウジウジウジしてるだけ。ほんと素晴らしいです。
冒頭のシーン、ピザの配達に遅れそうなのでスパイダーマンに変身してすっ飛ばしてるはずが
それでも配達に遅れて料金をもらえず、クビになる。普通ありえない。
ここの部分で心の首根っこをがっしりと掴まれて
そこから先はぼけーっと口をだらしなく半開きにしたまま無我夢中の2時間を過ごした。
もう間違いなく今年を代表する娯楽作品と言っていいだろう。
・・・なんて書いてるとアホっぽい映画かと思われてしまうが、もちろんそんなことはなく。
笑いあり涙ありってことなんですね。
一番の見せ場は列車のシーンかな。
ドック・オクとの戦いとそこから先の展開はとにかく手に汗握る。
「うおーっ」と心の中で叫んで興奮して気持ちが前につんのめる。
トビー・マグワイアがこういうヒーローものとしては
これまでどんな映画にもなかったような必死の形相をしてみせるのが新鮮、かつ正直でよかった。
続く列車内での乗客とのやりとり。
少年の「誰にも言わないよ」というセリフ。僕は見てて涙がジンワリと出てきた。
映画史に残るような名場面だったのではないだろうか。
これはもう見るべき。
シリーズ第1作を見たときも書いたけど、
手の平から伸びた糸をターザンのロープのようにして
とんでもない角度に向かってスパイダーマンが飛んでいるところを見るだけでも爽快なことこのうえない。
絶対劇場で見たほうがいい。僕自身もう1度劇場で見たい。
(でも残念なことに今週で終わってしまう)
3作目も十分期待できる。
2作目が1作目と変わらないだけの完成度と存在感を放っているっていうのはすごいことだ。
それにしてもスパイダーマンというのがニューヨークに存在していて
悪を倒すために日夜奮闘しているという設定はすんなりと受け入れられるのに、
最後の最後にキルスティン・ダンスト扮するメリー・ジェーンが選択した行為については
「ありえねー」と思ってしまうのはなぜなんだろう?
[1375] 風をあつめて10 2004-09-13 (Mon)僕らの足は自然に水族園の建物へと向かっていった。
巨大な鳥かごのような透明なドームが遠くからでも目立っている。
橋を渡るとき女の子は格子柄のタイルのうち、
赤いものだけを選ぶために足を伸ばしたりジャンプしたりしながら前に進んでいった。
スケッチブックは自分で持っている。
その小さな体をすっぽりと包み隠すぐらい大きく見える。
ゲートで入場券を2人分買って、小さな道を広場に向かって歩いていく。
レンガを積み上げたような階段を上る。
ドームは浅いプールのようなもので囲まれている。その表面にさざなみが起こる。
女の子は近寄ってしゃがみこんでその手の平をそっと水面に押し付ける。
「つめたい」と女の子は言う。
僕も体を曲げて右の手首を中に浸す。冷たくて気持ちいい。
「泳げる?」と僕は聞いた。
「ううん」と女の子は首を振った。
「そっか」実を言うと僕もそんなに得意なほうではない。
ドームの中に入る。
ここは水族園の入り口でしかなくて、長い長いエスカレーターが下まで伸びている。
エスカレーターに乗っていると、女の子が首をぐいっと傾けて天井を眺めた。
「くものすみたい」と言う。
僕も首を思いっきり反らす。ドームの銀色の鉄骨が縦は天頂の一点に収縮するように伸びていて、
同じ高さで円を描くように横方向の鉄骨が交差している。
その向こうには白い雲が浮かんでいて、クモの巣に絡めとられたように見える。
僕はスパイダーマンのことを思い出す。
映画の続編がこの夏にも日本で公開されるんだよな。
エスカレーターは少しずつ前に進んでいって、やがてドームは視界から外れる。
辺りが暗くなる。ひんやりとした空気に包み込まれる。
下の階に到着するとそこには横長の大きな水槽があった。
振り返るとそこにはさらに大きな、壁いっぱいに広がるほど大きな水槽が広がっていた。
女の子は「わー」と嬉しそうな表情で小さい方の水槽へと近付いていった。
人垣の空いているところを見つけるとそこにぺったりと貼りつく。
僕の腰から上のところから水槽が始まっていて、女の子にはちょうどいい高さだった。
泳いでいたのはサメ。
女の子は「あれ」と目の前を素早く横切っていったのを指差す。
「何かわかる?」と僕は女の子に聞いてみる。
「さめ」
「よくわかるね。サメ。ジョーズ。これまで見たことある?」
「はじめて」
「はじめて?」
「ずかんでみたことある。それと、がっこうでならった」
よくできました、と僕は先生のような口調を真似して言う。
そしてふと思いついて質問してみる。
「学校は楽しい?」
女の子は横に立っていた僕の方を見上げると、そのまま静止する。
一瞬表情がなくなる。こわばって動かなくなる。
しまった、と僕は思う。
「ううん」と女の子は言う。
虚ろな目をしている。もしかしたら泣き出すかもしれない。
僕はどうしていいかわからなくなる。
僕は女の子を見つめ、女の子は僕の顔のある方を見つめ続ける。
ものすごく長い時間が流れたかのように感じられた後で、女の子がその顔をそらした。
そしてうつむき加減になってポツリと言う。
「・・・いじめられるから」
僕はもっと、どうしていいかわからなくなる。
僕は女の子をそっと軽く叩いて、「あっちの水槽を見よう」と言う。
僕はその子の手を握って向かい側の水槽へとわずかな距離を歩いていった。
物理的にはわずかな距離なのに、心理的には途方もない距離がそこには横たわっていた。
僕はわざとゆっくり歩く。
たくさんの人が現れてはどこかに消えていった。
段差があったので注意深く、僕は彼女を下に下ろした。
どの段も足首ぐらいでたいした高さではなかったが、
一歩ごとに空気の流れが変わって深い海の底に沈みこんでいくような気がした。
水槽には「大洋の航海者」とパネルが掲げられ、
マグロやその他様々な種類の魚たちが泳いでいた。
海水を青で、大陸を紺色で描いた大きな世界地図が
薄暗い空間の片隅で淡い光を放っていた。
[1374] 吉祥寺秋祭り 2004-09-12 (Sun)天気がよかったので自転車に乗ってふらっと吉祥寺に出かける。
Disk Union で CD を売ろうと思って伊勢丹の通りに差し掛かると太鼓の音が。
紫色のはっぴを着て髪を結った女の人たちがトラックの上で太鼓を叩いている。
「吉祥寺秋祭り」ということらしい。
サンロードのアーケードの下を駅前の広場に向かって歩いていると
揃いのはっぴを着た男女が威勢良く神輿を担いでいた。
10代後半から30代前半というところか。
はっぴは灰色の地に青で模様が描かれていて、
よく見るとどれも同じではなくて1つ1つ模様(四角形の形や大きさ)が違う。
背中には大きくサンロードとか吉祥寺と書かれている。
こういうはっぴって個人で持っているものなのだろうか?
家で代々受け継がれている?そんなわけないか。
みんな同じものだと祭りの前に町内会で配られたって感じがするけど、どうなのだろう?
こういうのも当日になって実行委員会がテントで配ってるものなのだろうか。
ヤンキーの女の子にとっては「出番」のようで、
全身黄色やオレンジやピンクの衣装(オウムの胴着っぽい)を身にまとって
神輿を担いだ後なのか汗だくになって歩いていた。
それにしてももう秋なのか。
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吉祥寺のカレー屋といえば「まめ蔵」が有名であるが
ものの本を読んでみると「ガネーシャ」という店もいいらしい。
ハモニカ横丁にある。
吉祥寺に詳しい人ならば知っているが、狭い路地裏に小さな店がひしめきあっている。
何十年もやっているような婦人洋品店や魚屋や一杯飲み屋が軒を連ねている一方で
ここ最近の傾向として小奇麗な佇まいのバーもモザイクのように嵌め込まれている。
11時という時間が早かったせいかどこもかしこもシャッターを下ろしている。
ガネーシャも見つからず。看板が出ていると思っていたのだが。
カレーが食いたかったのでサンロードにあるインド料理屋「サムラート」に入る。
都内各地にある。その吉祥寺店。
そこそこうまいのだが、カレーもサフランライスも温度が低くて
食べているうちにすぐにも冷めてしまう。
これってなんなのか?
日本橋にオフィスがあった頃何度か通った地下のインド料理屋、
名前は覚えてないがあそこのカレーがまた食べたい。
というか「どん花」のカツ丼とカツカレーを死ぬ前にもう1度食べてみたい。
吉祥寺に来る度に一生の間ずっと、思い出し続けるんだろうな。
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屋久島に行ってみたいと思う。
ツアーのパンフレットを今、部屋の中で眺めている。
[1373] 壁の中には何かが潜んでいる 2004-09-11 (Sat)壁の中には何かが潜んでいる。住み着いている。
僕は子供の頃そう思っていた。
今でも、そう思っている。
得体の知れないものにおびえ、布団の中で眠れなくなっていた夜。
どこからか聞こえてくる小さな物音。
外から漏れてくる淡い明かりが歪んだ影を作り出す。
僕の眠っている角度ならばそれはチラチラと動いているように見える。
何かがうごめいているように見える。
それはずっと静止しているようもあり、
常にその形を絶えず変え続けているようでもある。
目を閉じてもそれがそこに、すぐそこにいるのを感じる。
母親か兄か、誰でもいい、人を呼びたくなる。
でも声が出てこない。そもそも口がこわばって開かない。
その時僕は直感的に理解した。
やつらはどこからともなく現われ、どこからともなく消えていく。
もっと正確に言うとやつらは壁の奥から現われ、壁の中へと消えていく。
壁全体が僕を見つめながら包み込み、呼吸している。
体の小さな僕は布団の中に深く深くもぐりこんで
耳を塞ぐようにしてうずくまって夜になるのを待った。
大人になってもその感覚が続いている。
というか最近になって心の奥底から甦ってきた。
思春期が訪れ、進学のために上京して、働き始めて、
そんな10何年間の間はずっと忘れていた。
なのにある朝ふとしたはずみに、思い出してしまった。
それからはいつどこにいても見えるようになった。感じるようになった。
あの壁には「いる」から気持ち悪い、あの壁には「いない」から落ち着く。
亡霊というのとは違う。どちらかと言えば生き物なのだと思う。
別の次元からやってきて、通り過ぎていく生き物。
様々な大きさの、様々なヴァイヴ
(振動や呼吸や歩調などその様々な性質を表すもの)を持った生き物たち。
1週間いっぱい僕のことを見つめ続け、
僕が側を通る壁という壁を伝っていったやつもいれば
都庁の展望台に上ったとき、ビルの壁いっぱいに広がって
僕にその存在を感じさせたやつもいる。
そう、僕はその時、やつらが東京中を覆い尽くしてうごめいているのを見た。
微生物がネトネトと盲目的にその生命をとてつもないスピードで消費していく。
生まれては死んでいく。空中に昇華される。
眩暈を感じた僕が目を閉じて
その手をふらっと手近のものにもたせかけると
その固い金属的な触覚の向こうで何かが伝ってくるのを感じた。
吸い付くように近付いてくる。
そしてそれは僕の皮膚をこじ開けて僕の中に入り込もうとした。
(しかしその試みはなぜかいつも失敗する。
いつの日かやつらがそれができるようになって僕の内側に入り込めるようになったとき、
僕はどうなってしまうのだろう?)
都会や都市というものを離れようと僕は思った。
山奥にこもってしばらくテントの中で暮らしていれば、
この毒気に侵された体も少しずつ浄化されるのではないか。
少なくともそこには「壁」というものはない。
真夜中、1人きりで眠るときに
身の回りのあらゆる物事を恐怖感に繋げていくような、そんな子供たちのことを僕は考える。
その多くの子供は成長すると共にそういう恐怖のことを振り捨てることに成功する。
知らず知らずのうちに。
だけどごく一握りの子供は僕のようにその恐怖心を一生背負って生きていくことになる。
かわいそうだ。だけどどうすることもできない。
僕はもう諦めてしまった。
僕はそいつらの声のない声を聞く。
囁きかけ、叫んでいる。
意味のない音の連なりを生み出し続ける。
僕はその声に答えないようにしている。
絶対に答えてはいけない。
[1372] ハヤカワ文庫SF 2004-09-10 (Fri)最近のハヤカワ文庫のSFは毎月の刊行数が減った上に、
「スタートレック」か「ローダン」の固定客のついたシリーズものばかり。
たまにそれ以外のものが出てきてもオースン・スコット・カードの作品がほとんど。
(オースン・スコット・カードって今人気があるのだろうか?)
あとはフィリップ・K・ディックのとか。
ディックを信奉している僕からすれば何かしら刊行されるのは嬉しいのだが
過去に出ている短編集の編み直しみたいなもんで実はそれほどありがたいものではない。
(死後20年以上経過しているので、既にほとんどの作品が翻訳されているのではないか)
シリーズで言えば「デューン」(砂の惑星)の続編を
フランク・ハーバートの息子がもう1人作家と組んで続けていてこれまた毎月のように新作が出ている。
なんだか「筋肉マン2世」やコミック・バンチの「蒼天の拳」みたいで読みたいという気がしない。
「ファウンデーション」の続きも
デイヴィッド・ブリン、グレゴリイ・ベンフォード、グレッグ・ベアと錚々たるメンツ、
SF界の重鎮たちが健筆を奮っているようであるが、やっぱ読む気がしない。
これらの作家も結局は20世紀の人たちって感じだし。
(ベンフォードなんて特に。まだ創作活動続けてたのか!?ぐらいに思った)
一頃「最近のハリウッド映画は当たった作品の2作目・3作目ばかり作りたがる」
ってことでなんだかなーとみんな思っていたのと少しばかり似ている。
シリーズ化してるもので囲い込んでなんとか売上を確保したい。
大丈夫か!?ハヤカワ。
とにかく今売れないんだろうな。SFって。
何年か前に出た河出文庫オリジナルのアンソロジー「20世紀SF」(これはとにかく素晴らしい)や
同じく河出書房の「奇想コレクション」シリーズ
(「ハイペリオン」のダン・シモンズ、シオドア・スタージョン、エドモンド・ハミルトン、
それにテリー・ビッスン。個人的にビッスンはとても嬉しい。今、スタージョンのを読んでる)、
最近だと国書刊行会の「未来の文学」シリーズ
(トーマス・M・ディッシュ、R・A・ラファティ、ジーン・ウルフなど)、
というようにハヤカワ以外の方がSFとしては読むべきものがあるように思う。
文庫で言えば創元社のピンク色のSFの方が勢いがあるかもしれない。
過去の名作の復刻が多いが、通好みなものをピックアップしているように感じられる。
昔のハヤカワ文庫は海外の話題作や有望な新人の作品や話題作がずらーっと並んだ
「文庫」の名に値する立派なものだったのに。
去年だとコニー・ウィリスの「ドゥームズ・デイ・ブック」と
グレッグ・イーガンの「しあわせの理由」と
テッド・チャンの「あなたの人生の物語」ぐらいかな。「おお!」という作品は。
別にスタートレックがダメなわけではないんだけど(とは言っても読んだことはない)
なんだか寂しいわけで。
古本屋を見つけるたびにハヤカワの絶版になっているのでなんか珍しいのがないか探している。
そんなことを3・4年続けていて、今部屋の中には100冊以上、未読のが積まれているはずだ。
アーサー・C・クラークのかなり昔のやつとか、
今も昔もあんまり聞いたこともないような作家の1冊だけ翻訳が出たのとか、
そんなのを会社の行き帰りに細々と読んでいる。
「他にすることがない」「他に読みたいものがない」って感じで惰性でSFを読み続けている。
抜け出せない。抜け出そうという気力がない。
そんなわけである意味僕の頭の中はいまだに20世紀のままだ。
20世紀のどこかの年代で夢や現実と思われたものに対する着想を
味のしなくなったガムのように噛み続けている。
僕が今暮らしているこの現代社会においてこれらの小説ははっきり言って何の役にも立たない。
実用的な価値をもつことはなく、ただの暇つぶし程度のものにしかならない。
読んだ感想を誰かと話し合うことすらできない。
・・・だからそれゆえに僕は次の作品を手に取ってしまう。
1人きりの時間と空間に閉じこもるために。
ちなみに、ハヤカワ文庫SFの作品一覧を調べるのなら以下のサイトが便利。
http://homepage1.nifty.com/HAG03057/
新しいのが出版されるたびにこまめに更新されていて、この人偉いなあと思う。
だけどディックを一切評価してないようだ・・・。
[1371] 「ブラスト!」 2004-09-09 (Thu)会社の秋のイベント。これまでは劇団四季の劇場が近かったせいか
「ライオン・キング」や「マンマ・ミーア」だったのがようやく四季から脱却。
今年は東京国際フォーラムにて「ブラスト!」を見ることになった。
あんまり予備知識のないまま見に行って
「あれー?思ってたのとなんか違うなあ」と首を傾げる。
・・・僕は「ストンプ」と間違っていた。
---
開場時間より少し前に東京国際フォーラムに着くとロビーの一角に人が集まっている。
「前の方に詰めてお座りください」と公演スタッフが呼びかけている。
どうもプログラム開始の前におまけで演奏が行われるらしい。
僕も座って始まるのを待つ。
やがて6人のパーカッションが拍手と共に登場。
4人が椅子、2人が大きなポリバケツを持っている。
もちろん打楽器として使用する。
(この辺が「ストンプ」と誤解してしまった理由の1つ)
これがすごい。一糸乱れず打ち鳴らして、なおかつアクロバティック。
それでいて1人ずつ自己紹介するとコミカルな面を披露。
小川直也の例の「3、2、1、ハッスル!ハッスル!」をやりだす人とか。
演奏してても「1、2、3、ダーッ!!」が出てきたり、
モー娘。のあの曲の「フゥァフゥア」(文字に置き換えるのが難しいですね)が出てきたり。
そもそもパーカッション乱れうちってのは誰だって盛り上がるじゃないですか。
これは面白いものが見れるんだろうなあとワクワクした気持ちになる。
会場で会った後輩にも「これはすごいぞ」と語る。
---
・・・のであるが、本編が始まってがっかりした。
僕にとってはひどく退屈なものだった。
前述のパーカッションと、金管楽器、ダンサー(ヴィジュアル・アンサンブルと呼ばれる)
3つの要素が絡み合って飛んだり跳ねたり躍動感溢れるステージを披露。
前半・後半50分ずつがいくつかのパートに分かれていて、それぞれが色をテーマにしている。
ヴァイオレットに始まり、ブルーが続き、グリーン、ブラック。
何が退屈かと言えば挙げていけばキリないんだけど、
□そもそもこのヴィジュアル・アンサンブルが平凡。
色に合わせて旗を振ったり、杖のようなものを持ってたり、
なんか蛍光のバトンのようなものを回したりするのだが、
このご時世、余り刺激的な出し物ではない。
テーマの色をモチーフにした衣装を着て踊ってるのを見てると
どこの場面を切り取っても一頃のGAPのコマーシャルみたいだった。
□金管楽器の人たちも一輪車に乗ったり側転したりあれこれやってくれるのだが、
これも「だから何?」という感じ。
どの曲にも振り付けがあってみんなで動きを合わせたり体を激しく動かしたりする。大変だ。
でも、なんかこれ切れ味がなくて、
会社員が週一で集まって定時後に半年練習しましたって程度のシロモノ。
これぐらいならないほうがいい。演奏に専念してほしい。
見る側もエンターテイメントとかショーマンシップとか
そういう言葉を思い浮かべればいいんだろうけど、どうなんだろう。
わざわざアメリカから来るんだからすごいものなんじゃないか
という期待をかるーく裏切ってくれる。
これなら踊ってくれなくていい。北朝鮮のマスゲームの方がよほど芸術的に見るものがある。
つまるところ、どこをどう見ても僕にとっては中途半端。
踊りなら踊りを突き詰めるべきだし、
音楽なら音楽を突き詰めるべきだし、
アクロバットならアクロバットを極めるべきだ。
それでいて、個々のパーツが「それなり」のものであっても
組み合わせた時のアンサンブルがすごい、ってことでもない。
いろんな音楽を聞き漁ってライブにも足を運んで、
今年は世界のいろんな有名なダンス・カンパニーの舞台を見てきた僕からしたら
ここで繰り広げられたものは「物足りない」では済まされない。薄味すぎて眠くなる。
歌あり踊りあり演奏あり、客席の通路を練り歩いて、素っ頓狂なパフォーマンスありなら
渋さ知らズオーケストラの大規模なライブを見た方が絶対心に残る。
結局何よりも音楽的にイマイチ何だよな。
確かにパワーがあったかもしれんが、純粋な音楽として「おお!」と唸らされる個所は一切無し。
前半部分ラスト近くのパーカッションだけになって横一列で打ちまくる場面、
天井からもスルスルと打楽器が下りてきて乱れ打ち、
さすがにここは気分が盛り上がる。原始的な感覚に訴えるものがある。でもここだけだったな。
前半と後半のラストの曲は「盛り上がろう」という雰囲気があってまあまあよかった。
あのテンションで最初から最後まで押してくれたらよかったのに。
つまるところ演出なのだと思う。そこに尽きる。
脚本がつまらん、というか脚本無しなんだろうな。
---
他の人たちには面白かったのだろうか?
面白かったんだろうな。
僕の周りには部門の新人たちが座っていて、盛り上がっていた。
素直に楽しめない自分を悲しく感じた。
[1370] 遭難 2004-09-08 (Wed)この惑星に一隻の宇宙船が向かっていると知ってからこれで一週間となる。
予想しうるタイムチャートから察するに到着は明日となりそうだ。
---
僕がこの惑星に不時着してからこれでもう3年と1ヶ月と4週間になる。
目的もなく小さな宇宙船で一人旅をしていたらこの地球型惑星に目が止まり、
それと共に宇宙船そのものが不可思議な力で引き寄せられていった。
エンジン部分をコントロールするユニットが完全にいかれてしまって
平原に着陸するだけで精一杯、この星からは飛び立てなくなってしまった。
僕はエンジニアでもなんでもないから、修理なんてできない。
この非常に小さな惑星そのものが天文台のような役割を果たしていたようだ。
とんでもなく昔の世代の人々が地表の多くを旧式の機械で覆い尽くしていた。
そしてそれは何千年か何万年か前に打ち捨てられていた。
そしてその何千年か何万年の間に僕と同じように
この星から出られなくなった人たちの乗った宇宙船があちこちで見つかった。
どうやらエアポートへと自動誘導する大掛かりなシステムがありえない規模で暴走しているらしい。
空中を飛ぶ機械ならば例え3光年先だろうと全て引っ掛けてしまうぐらいの。
大気に有毒な成分はなく、済んだ水もある。空は青く、見慣れた植物が生い茂っていた。
川はおろか滝まであって、地球の完全なレプリカという印象を受けた。
たぶん元からこういう星だったのではなく、強引なまでの標準環境化を行ったのだろう。
ここでの人類の生活がなぜ途絶えたのか?それはもう今となっては分からない。
政治的なものなのか、経済的なものなのか。疫病が発生したのか、ただ単に飽きられたのか。
なんにせよその役目を終えてしまったから、ということだけは言える。
旧式のエアバイクを見つけて僕のいた大陸を隈なく走査してみたとき、
惑星の裏側に非常に大きな殖民用宇宙船が難破しているのを見つけた。
動かなくなった船を中心としてコロニーのようなものが形成されていたが、
そしてそれは何世代にも渡る人々の生活の痕跡が残されていたが、
それももう何百年か前に打ち捨てられていた。
この星が何らかの理由で人類の生命にとって本質的に適さないものだったからなのか、
あるいはなんらかの手段で彼らは外に脱出することができたからなのか。
僕には何も分からない。
僕は1人きり、この星で過ごしていた。
食料を生産する工場はもう何万年と稼動し続け、
ある場所ではロボットたちが無限にそれを収めるための倉庫を作っていた。
ある場所ではロボットたちが無限にそれを廃棄サイクルに押し込んでいた。
赤や青や黄色の、たまには水色や紫色のスポンジのような固形食料を僕は毎日1人きりで食べた。
何もすることはなかった。
機械を相手にできることもいつかは飽きてしまう。
このままだと僕は何十年か先に、抜け殻のようになってここで死ぬことになる。
---
5人乗りクラスの小さな宇宙船がこの星に向かっていることを僕は「管制塔」から教えてもらった。
こちらからいくらメッセージを送っても応答はなかった。
だけど生命反応が1つ監視スクリーンに浮かんでいて、誰かが乗っていることは確かだった。
最初に考えたのはもちろん女性のことだった。
若くてきれいな女の子が乗っていて着陸の最後の最後の瞬間までコールドスリープに入っている、
そういう希望に満ち満ちた考えが思い浮かぶといてもたってもいられなくなった。
そうあってほしい、絶対そうでなくてはならない。
僕らはこの星でアダムとイヴになるのだ、そんな狂おしい気持ちでどうしようもなくなった。
(この星の機械たちは食料は生産してくれても性欲は処理してくれない。
僕だって夏休みで地球を旅立つ前はごく普通の若い大学生だったのだ。
僕はこの星で悩ましい幻想と共にきわどいバランスの上で暮らしていた)
「きれいな女の子?そんなことあるわけがない」と次に考える。
応答に答えないのは何かが起きて誰かの飼ってたペット、犬や猿だけが生き残ったからだろう。
ものすごく現実的に考えるとそういうことになる。
(犬と共に暮らす。それはそれでいいことだ。だけど犬の方が先に死んでしまう。僕は耐えられるだろうか?)
あるいは、鼻持ちならない野郎が同じく最後の最後の瞬間までコールドスリープに入っていることを考えた。
頭は悪いのに偉そうにしている生理的に不快なやつが、この星に2人しかいないっていうのにボス面をする。
こういう可能性って「きれいな女の子」と少なくとも同じ確率でありえるよな。
たぶん結局のところ普通の人が普通に乗ってんだろうな。
そしてそこから先、遭難生活を普通に続けていくんだろうな。
---
僕はどんなふうにしてその人を迎えればいいのだろうか?
どんな格好をして、どんな表情で。
最初になんて言えばいいのだろう?
気の利いたことの1つでも言うべきなのか、それとも余計なことは何も言わない方がいいのか。
僕は明日になったらエアバイクに乗ってその宇宙船が着陸する現場へと向かう。
ハッチが開いてその 彼/彼女/それ が現れるのを待つ。
僕は「やあ」とか「ようこそ」とか「Hi!」とか声をかける。
---
何があろうと僕はその人と生きていく。生きていかなくてはならない。
その人が明日、僕の目の前に現れる。
僕はこの奇妙な気持ちのことを、うまく言い表すことができない。
[1369] 風をあつめて9 2004-09-07 (Tue)波打ち際。
穏やかな風が吹いている。水辺に近付くと足元に小さな波が押し寄せてくる。
「海を見るのなんてほんと久々だ」と僕は思う。
秋の終わりの夜、大学院の酔狂な連中と突然ドライブに出かけることになって夜明けを見て以来だ。
途中立ち寄ったコンビニでワインを買って、紙コップに注いで乾杯した。
酔っ払った僕の恋人は裸足になって波の中に入っていった。
みんな笑い転げていた。
海辺の風景をいくつか携帯で撮影した。
ボタンを押すだけの状態にして女の子に渡すと、女の子は僕の立ち姿を撮った。
操作して撮れた写真を見せてあげると、そこに映っているものを真剣に眺めた。
僕の姿は光と影の織り成す模様でしかなくて
その色彩的感覚を不思議に思いながら見つめている、そんな感じだった。
僕は携帯を受け取ると女の子をカシャッと撮影した。
僕は「きれいに撮れた」と思うのだが、女の子に見せると即座にプイと顔を背けた。
ザザーッという波の音、鳥の鳴き声、子供たちの笑い声。
よちよち歩きの子供が砂の上を駆けていって、まだ若い母親がそれを見守っている。
小さなナップザックを背負って、ベビーカーに片手を乗せて、
もう片方の手はスターバックスかどこかのアイスコーヒーのストローを口元に運んでいる。
女の子は乾いた砂の上に腰を下ろすとスケッチブックを開いた。
あれだけ僕に見せるのを嫌がっていたのに、僕にもはっきりと見えるように開いた。
背後に立って後ろから覗き込んでも反応しない。
僕の存在が全然気にならないかのようだった。
スケッチブックのページはまだ、真っ白な無地のままだった。
女の子は色鉛筆のケースを開けると黄色の鉛筆を取り出した。
輪郭を描いたりせずに、シャシャッと撫でるように鉛筆を滑らせていった。
「砂」ということか。
地の部分を手早く塗り終えるとその上にさらに薄く青を散らばせて、
続けて灰色を、丁寧に時間をかけて重ねていった。
地面が出来上がると真ん中部分である「海」に取り掛かった。
波を揺らすように女の子は手首を動かしていった。
最後は「空」。鉛筆を走らせる前に女の子は顔を上げて目の前の空を眺めた。
ある一瞬が来るとスケッチブックの中に吸い込まれるように戻っていった。
青い空に白い雲がぽっかりと浮かんだ。
「たいしたもんだ・・・」と僕は思った。驚かされた。
スケッチブックを常に持ち歩いているのだから
それなりに絵が好きな子なのだろうと思っていたのだが、ここまで描けるとは。
書き終えた瞬間、そこで初めて僕のことに気がついたかのようにハッとして
恥ずかしそうにしだした。
スケッチブックをバタッと閉じると両腕で抱え込んだ。
「上手だね」と僕は言う。
「ううん」と言いたげに彼女は首を振る。
急に立ち上がると砂浜を歩き出した。
僕はその後を追っていった。
[1368] 風をあつめて8 2004-09-06 (Mon)「あれ」と女の子が言う。長方形のガラス張りの建物を指差している。
水族館へと行きかけていた僕は立ち止まる。「入りたい?」
女の子は「うん」と頷く。
展望台。・・・というよりは大きなオブジェ。
入ってみる。中は緩やかなスロープになっていてその先に階段がある。
ガラス張りの建物の中を歩くというのはなんだか奇妙なものだ。
芝生や木々。青々と茂っている。
スロープの反対側に出ると目の前には海が広がっていた。
橋があってその向こうに砂浜があって。
女の子は「わー」と小さな声で叫ぶ。
「うみ」
「海だね」
波が寄せては返し、子供たちが走り回っている。泳ぐにはまだ早い。
ガラスに顔をくっつけるようにして、女の子が見とれている。
動き出す気配がない。
「先、行ってるよ」と女の子に告げて僕は人差し指を上に向ける。
僕は1人で歩いていく。
上の階へ。ひんやりとした空気が漂っている。静かな音楽が聞こえる。
細長い建物の真ん中は真っ暗な通路になっていて、
頭上に据え付けられたモニタから公園の四季の風物や公園造成の歴史が紹介されていた。
僕はしばらくの間その映像を眺めた。
その先には展望台があって、背もたれのないベンチの1つに僕は腰を下ろした。
その場に居合わせた他の人たち同様、僕もまた何とはなしに海を見つめた。
女の子のいる方に戻っていく。さっきと同じ場所にいた。
「海の側まで行ってみる?」
「行きたい」
スロープをまたテクテクと小刻みな歩幅で降りていく。
外に出る。展望台の中が肌寒かったので日差しの下に立つと急に暑さを感じた。
橋を渡っていく。
「なぎさ橋」という名前が彫られていた。
空から降りてきた鳥が目の前を横切る。
欄干の隙間に止まっていた別な種類の鳥が飛び立つ。
時計の長針のような白い細長い柱が斜めに突き出ている。
橋はこの柱によって吊り上げられているようだ。
格子柄のタイルが敷き詰められていて、その上を白っぽい鳥がチョコチョコと歩く。
船着場があって、「ああ、フェリーに乗るってのもいいな」と思う。
僕の後ろにくっついていた女の子がいつのまにか僕の前を歩いている。
先に立って駆け出す。振り返って僕の方を見る。
僕はそのままゆっくりと歩き続けて、追いつく。
橋を渡りきって渚に降り立つ。
[1367] 同人誌再開 2004-09-05 (Sun)今年2月に創刊号を出した同人誌「一片雲」が第2号を出すことになって、
その方向性や運営方法に関するモロモロを話し合うため、
昨日の夜打ち合わせが行われた。
場所は渋谷の道玄坂を上っていって百軒店の通りにある「B.Y.G」というロックバー。
雨が降っていて、いかがわしい店が立ち並ぶ中店を探すのは大変だった。
2階の「イージーライダー」のポスターが貼ってある席で、
ということだったのであるがどういう事情かポスターは剥がされてしまっていた。
創刊号には僕は「ドライブ」という作品を載せた。
昔日記に載せたのを手直ししたものだ。
ありがたいことに何人かの人から好評を得た。
小説家志望ということもあって僕は2号にも作品を出すのが暗黙の了解のようになっている。
2号を出すのはいいのであるが、
僕は創刊号のときのようにあれこれ編集に意見を言うのはやめることにした。
意見を言うだけ言ってじゃあ実際に何か行動に出たり責任を取ったりしたかというとそんなことはなく、
そういうのってよくないよなーと思ったからだ。
どこのなんだろうと発言権は実績があるか、これから実績を作れそうな人が持つべきであって。
どこのなんだろうと批評家はうざったいだけだ。
なので「打ち合わせします」とメーリングリストに流れてきても
なんだかんだ理由をつけて行かないつもりでいた。
仕事が忙しくて疲れてるとか。後はもう若い人たちに任せるってことで。
でも、結局気になって顔を出してしまった。
朝から会社で仕事をしていて一段落すると会合の始まりに間に合うにはちょうどいい時間だった。
(全然関係ないが、昼に外で食べて会社に戻ろうと歩いていたら親戚のおばさんにばったり会った。
ものすごく近くで働いていることが分かった。会うのはもう7・8年ぶりか。
向こうから「もしかしてトヨヒコ君?」と声をかけられた)
店の中では Captain Beefheart や後期の The Who 、それに70年代っぽいソウルが流れていた。
話はまず予算・会計のこととなる。
創刊号は編集長が赤字分を全額負担することになった。
次号もそれでいいのか?いいわけないよな、ということ。
印刷所に対して支払う額は前回妥当だったのか?
もっと安い印刷所はなかったのか?
比較資料があるのならば検討してみれば。
いきなりそういう話になり、シビアだなあと思う。
印刷その他どういう経費があって、×百ページのものを×百部刷るとして
そのうち×百部は確実に売れる(残りは贈呈分など)となると、
不足分はいくらとなるから同人からは寄稿料としていくらを徴収しなくてはならないか。
その寄稿料はページ数に比例させるべきなのかどうか。
編集に関わったけれども作品を寄せてない人たちはどういう計算でいくら払うべきなのか。
僕はもっとどんぶり勘定なもんで今後も続くのかなーなんて思っていた。
後輩たち、恐るべし。
「金のことなんてどうでもいいんじゃないの?」と考えていたのは僕だけだった。
唯一サラリーマンとして暮らしている僕だけだった。
後輩の1人は、「編集部」が組織として機能するようになって
5年も10年も出し続けるようなものであってほしいと語る。
そうかあ、と感心する。考えてるやつは考えている。
創刊号はわずかながらも書店にも置いてもらうことができて、
友人・知人に売ったり配ったり、
関連団体である top-team-thater の上映会でも販売して
500部作ったうちの半分ぐらいがはけたという状況。
これって創刊号にしてはたいした成果なのだそうだ。
どこの同人誌も友人・知人への手売りで40部から50部ぐらい。
うまくいっているところでも100部ぐらい。
老舗の名のある同人誌ならばもっといくんだろうけど、まあそんなもんだ。
ちなみに、僕らは純文学ってことを掲げてたんだけど
今時そんなこと思ってる人たちはほとんどいないようで
同人誌と言えばダントツにアニメ系で、文章ならばSFかミステリーなのだそうだ。
11月に同人誌販売の大きなイベントがあるようで、そこに出展してみようかということになる。
その後は創刊号は何がいけなかったのか、それを踏まえて2号はどうすべきか、という話へ。
集まってくる小説の方で各作者のレベルアップを図るのもそうだが、
やっぱ企画・編集に力、ある種の思い入れがあってグイグイ引っ張っていかないとなーと。
じゃあどういう雑誌を見本とするかってことになって出てきたのが「紙のプロレス」
一通り話し終わって、いったん解散となって、そこからは飲みながら文学談義。
「ノルウェイの森」は結局いいのかどうか、など。
創刊号は様々なツテを経て東大の野崎歓先生と
松浦寿輝先生(言わずと知れた芥川賞作家でもある)にも1部進呈されている。
驚いたことに、どこにそんな暇があるのか、松浦寿輝先生は中の小説を全部読んだのだそうだ。
「どの作品も作者の『顔』が浮かんでこない」という前置きの元、
僕の小説の感想は「一番書き込んでる人の作品」とのこと。
なんか言ってくれたということで非常にありがたいといえばありがたいが、
ものすごく無難な回答。要するに印象に残らないってことなんだよな・・・。
[1366] 記憶喪失 2004-09-04 (Sat)記憶喪失。
恋人が目を覚ましたとき、僕は彼女の手を握っていた。
病室。ベッド。夜が明けようとしていた。
「どこ?」
―――彼女が最初に言った言葉。
彼女は僕のことを死んでしまった兄のことだと思った、
そして彼女には死んでしまった兄などいなかった。
彼女は、彼女が眠っていたときに見た夢のことを語った。
それは限りなくありきたりで、凡庸な話だった。
僕は悲しくなった。
悲しくて悲しくて悲しくて、やりきれない気持ちになった。
---
それから先の長い長い時間。
医者や看護婦や彼女の家族やその他いろんな人たちが現われては消えていった時間。
その後で、
―――その後で僕は彼女を僕のアパートに連れ帰った。
僕が仕事から帰って来ると、彼女はいつも2階の窓から通りを眺めていた。
「何が見えるの?」と僕は時々、質問してみた。
「いろんなこと、」と彼女は言う。
たくさんの人が歩いていて、それを眺めているだけで楽しい、彼女はそんなことを言う。
そして付け加える。
「お帰り、お兄さん」
そして僕は「妹」が作ってくれた食事を食べる。
「おいしい?」と聞かれるので僕は
「おいしいよ、」と答える。
そう答えると彼女は決まって、嬉しそうに笑う。
その後で僕は食器を洗って片付けて、彼女がテレビを見ながら笑っているのを眺める。
部屋の隅の机。その椅子に座って。
彼女が振り返って「今のおかしいよね、」と言うので、
僕も「おかしいね」と答える。
---
ある晴れた日曜日、僕はちょっとした気まぐれから彼女を車に乗せて海に出かけた。
寂れた季節外れの海水浴場につくと、彼女は砂浜を走り出した。
そして彼女は大声で僕に向かって言った、「海を見るのは初めて!」
僕は彼女の側に立って並んで海を眺めた。
寄せては返す波が途切れることなく続いた。
どれだけ時間が過ぎていっても、海辺の風景は変わらなかった。
彼女がいて、僕がいて、そしてただ、それだけ。
悲しくて悲しくて、やりきれない気持ちになる。
彼女がその手を無意識のうちにそっと僕に向かって伸ばす。
―――僕はその手を握った。
握り締めて、
そしたら、―――涙が出た。だけどそのまま、海を眺めた。
そんな僕に気付いて彼女は言った。
どうして、
泣いてるの?
[1365] UFOには乗せてもらえない 2004-09-03 (Fri)頭痛がひどくなったんで会社早退して夕方に家の近くを歩いていたら
去年アパートを取り壊した後の空き地にUFOが着陸していて
ガキの頃に読んだ本で今でも俺名前覚えている「アダムスキー」型だ、
平べったい灰色の円形のボディの下側に赤青黄色の3つの半球がくっついていて
上側にはミルク色の半球が1つくっついていてそれが炊飯器の蓋のようにパカッと空いていて
ちょうどそのとき宇宙人が出てくるところだった、
スゲースゲーと俺は思うが他に道路を歩いている人は目もくれず通り過ぎていくようで
常識を兼ね備えた一般市民を決め込んで
見てみぬフリをして係わり合いをもたないようにしているのか
それとも本当に見えないのか俺にしか見えないのか
だけどどっかで犬が狂ったようにギャンギャン吠えてうるさかったので
あれはこいつらに対して吠えているはずだ絶対間違いない、
そんで俺は出てきたやつらに近付いて挨拶代わりに右手を振り上げ「よお」と声をかけてみたところ
やつらの1人もまた「ヨー」と声をかけ、右手の替わりに左手を高く差し上げた、
そしてそいつが俺の側まで寄ってくるので俺はこりゃチャンスだと
「なあ、俺も宇宙に連れてってくれないか」と頼んでみたら
「ダメだ、なぜなら君はチキュー人だから」と言われた、
声にはっきり出されて言われたんではなくて俗に言うあれだ、テレパシーだ、
俺の心の中にビカビカ光るような音で話し掛けてくるんだな、やつらは、すげえよ、もう
俺はへりくだろうと土下座して「頼む!この通り!」と頭を下げるのだが
「だめナモノハだめー」としか言わないので俺は腹を立てる、思いっきり腹を立てる、
てめえむかつくんだよばかやろう、こいつぶん殴ってやろうかとまで思うのであるが
「まあ待て待て、大人気ない」と心を静めて顔を上げる、驚いたことに
周りには宇宙人だらけだった、全身緑色のやつと青のやつとが半々で
この閑静な住宅地の至るところに出入りしていた、
普通の人の1.2倍、20%増量のスピードでちょこまかちょこまかと動いていた、
あるやつは家の2階の窓を開けて布団を取り込みまでする、青いやつがだ、無表情で、
そして窓を閉めると消えていなくなる、辺りを見渡すと俺はこの俺は宇宙人たちに取り囲まれていた、
UFOの中にはゾロゾロゾロゾロと宇宙人たちが消えていく一定の間隔ではしごを上って消えていく、
両手には無地のダンボールを抱えて、そう、やつらははしごを上るときに手は使わず
絶妙なバランス感覚でもってスタスタと足だけで上っていく、たいした芸当だ、
そのまま突っ立って眺めていると体の右半分が赤で左半分が黄色のやつが目の前に現れて
「ああたぶんこいつが一番偉いんだろうな」と瞬時に俺は悟って
さてどうしたものかと思案しているうちにやつは空中に隠れていた何かをさっと捕まえると
それは形のある何かとなりその次の瞬間そいつから光線が発せられていた、
そしてそれはこの俺を直撃したガキの頃アニメで見たような雷のようにギザギザした
オレンジ色の光だったキミドリ色のものもあった
体から力が抜ける俺は気を失ったようだ
目を覚ますと夜になっていた、月が出ていた星が出ていた俺は起き上がって埃を払おうとした、
黒の買ったばかりの会社カバンがなくなっていた、
「あー」と思いケツのポケットを探ると財布もなくなっていた、
靴が片方脱げていた、辺りを見回してもどこにもなかった、
できの悪い子供か犬が持ってくか咥えるかしたに違いないないほんとこの社会はちっともなってない
俺は立ち上がるとヨレヨレのスーツのまま歩き出したそして
アパートまで歩いていって階段を上がっていってそこで初めて俺は鍵がないってことが分かった
鍵がなきゃ中には入れないってのは世の中の道理だ日本全国の人が知っている、
俺は自分の部屋とされる部屋のドアをドンドンと叩いた、ドンドンドンと叩いた、
ドンドンドンドンと叩いた、ドンドンドンドンドンと叩いた、ドンドンドンドンドンドンああくだらねえ
こぶしで殴ってしまいには蹴りまで入れた、だけど中には入れないんで
仕方がないから階段を下りてあてもなく通りを歩いたコンビニが明るかったので中に入った
カウンターの中でだるそうに立っていた高校生ぐらいの髪の茶色いすすけたような女が
携帯か何かを脇において「いらっ・・・ませー」とやる気なくこの俺に向かって言った
どうせ彼氏とやることしか考えてないだろう、着ているコンビニのジャンパーは真っ黒く汚れていて
俺は無性に腹が立ったそれゆえに口を突いて出た言葉がこれだ
「金を出せ、おまえは死ね」なぜかわからんがこの言葉だ、それしか思いつかなかった
そこから先はたいした話じゃない俺は殴られていた、後ろから殴られた、そのまま後ろか前に倒れこんだ、
どっちだったのかはどうでもいいたいしたことではない
そして頭の上ものすごく高いところからサイレンが鳴った、
サイレンがサイレンがグルグル・ウーウーと鳴った(記憶がない)
後で「どうしてそんなことをしたんだ」と聞かれて俺は答えた、
やけに座りごこちの悪いパイプ椅子だなとそればかり気にしながら
いかにふんぞり返る姿勢が様になるか考えた、そしてこの俺様は答えた、
「宇宙人がこの俺をUFOに乗せてくれなかったからだ」
[1364] 高層マンションの生活 2004-09-02 (Thu)朝、浜松町の駅を出て、竹芝のオフィスへと向かう。
夜、竹芝のオフィスを出て、浜松町の駅へと向かう。
がらんとした空き地にフェンスが張り巡らされ、工事現場になっている。
その向こうは汐留。マンションが林立している。
毎日その風景を眺めることになる。
「こういうところに住むってどんな感じなんだろうな」といつも思う。
最上階に住むのなら、眺めのいい生活となるのだろうか。
どんな人たちが住んでいるのだろう?
日本人は皆中流意識を持っていると言うが、
上流階級ってのはやっぱあるんだよなーと思う。
気になるのは、こういうマンションに住んだらどこで日々の買い物をするのだろうということ。
近くにスーパーらしきものはない。
西友やイトーヨーカードーはないにしても、
成城石井や紀ノ国屋みたいなワンランク上の店もない。
それどころかコンビニすら実はないのではないか?
(今、マンション物件サイトで探してみたら本当に周りに何もなかった)
率直に「不便だろうな」と思う僕は生活水準が低いのか。
いや、まじでどうしているのだろう?
スーパーの買い物袋をぶら下げてゆりかもめに乗っているのだろうか?
そんなの見たことない。
もしかしたらああいうマンションは「購入する」ためだけのものであって、
実際には普段そこで生活するってことはないのかもしれない。
あるいは別荘。
ランドクルーザーのような車にまるでバーベキューでもするかのように
食材をたくさん詰め込んでマンションへと向かい、週末を過ごす。
(ここでいう食材は僕が今イメージしているものはワインとチーズ)
あるいは、芸能人かそれに類する人たちが一応居を構えていることになっているが
日々あちこち忙しく出歩いていて帰ってくることはめったになく、
近所にスーパーがあることにも気付かない。
あるいは、一番ありえそうだなと僕が思うのは、
どこに行くにも(高級な)車を利用するので
半径×m単位での「近く」には余り意味がなく、
食べるのも何かを買うのも全て車でお出かけ。
どこであろうと地方とされる場所では「車がないと生活できない」と言われるものであるが、
実は東京都心もそうなのかもしれない。
それもまた「不便だなあ」と思う僕は生活の尺度が小さいのか。
じゃあ住みたくないのかと言ったら
そりゃ住んでみたいんだけどね。
[1363] 新宿駅地下街停電 2004-09-01 (Wed)日曜の新聞を見て知ってる人も多いと思うんだけど、土曜の昼新宿駅の地下街が停電になった。
そんなに長い間じゃなかったらしいんだけど、幸か不幸か僕はたまたまそこに居合わせた。
このことはやっぱ書いておきたい。
東口の改札を出て階段を下りて行って、
MY CITY の和菓子・洋菓子のフロアを通り過ぎて地下の通路に出る。
丸の内線の改札の前を歩いているときに
ヒューンと低く下がっていくような音がしたと思った瞬間、明かりが消えて真っ暗になった。
お?と僕は思う。
立ち止まって周りを見渡す。
すぐにも辺りは騒然とし始める。
パニック状態に陥ったのか、「キャー」と叫んでいる女の人の声を通路の奥の方で聞いた。
「ちょっとちょっと!何よ!!」とか。
不安に駆られたのか、赤ん坊がどこかで泣いている。
しばらくすると目が慣れてくる。
歩いている人たちのほとんどが立ち止まって、連れの人たちと話しているようだ。
地上の出口からわずかばかり光が漏れている。
多くの人たちは他の人にぶつからないようにしながら手近の出口へと移動していった。
JR や MY CITY は差し込む明かりの眩しさからして停電になってないようだったので、
そっちへ慌てて駆けていく人たちもいた。
携帯の小さな灯りを頼りに何かを読もうとする人がいたり、
なぜか荷物の整理のようなことをしている人がいた。
その場の状況を「どうなるのだろう?」と半ばワクワクしたような気持ちで
観察している僕のような人もちらほらといた。
そういう人のほとんどが携帯で誰かと話していた。
「すげーよ!オマエも見に来いよ!!ぜってーすげーよ!」とか
「お母さん、お母さん、聞こえる?お母さん!」だとか。
地上出口に出た人から聞いたのか
若者たちがわざわざ地下に降りてきて「ほんとだー」と驚いていた。
僕は西口方面に進んでいった。
地下20階の核シェルターに閉じ込められているような感じがした。
薄暗闇の中、避難民のような人たちばかりだった。
僕もまた避難民だった。タワレコの袋を持った避難民。
普段なら賑やかな地下街が落ち着きのない声しか聞こえてこない。
妙にムズ痒い感じがする。浮遊感というべきか。舞い上がったような。
プチ非常事態。
若者たちが「ここは俺たちのものだ!」と暴れだしたっておかしくはない。
(突如ポッカリと開いた穴に彼ら/彼女たちは自分たちだけの王国を見出す)
突然、背後からスピーカーごしの声が聞こえた。
「こちらは新宿駅東口交番です。ただ今新宿駅地下通路にて発生した停電につきまして・・・」
「現在のところ復旧の見通しは立っておりません」
「慌てず最寄の出口から地上に出るか、その場でじっとして動かないようにしてください」
「このような事態に乗じたスリにお気をつけください。不審な人物を見かけられましたら・・・」
同じように前方からも聞こえる。西口交番からだ。
西口は噴水のある広場の辺りが地上に向かって大きく吹き抜けているので十分明るかった。
その分混乱した雰囲気も少なかった。
イラク復興支援の募金と署名のため柱の陰に立っている人たちが戸惑っているぐらいだった。
「ふーん、こんなもんか」と急速に冷めていった僕はそのまま階段を上っていって地上に出た。
新宿の西口はいつも通りだった。
長距離バスの発着所ではたくさんの人たちが暇そうに階段に腰掛けていて、
相変わらずネオンの派手なヨドバシカメラは大きな音でポイントカードの宣伝をしていた。
振り返るってみとこれまでの出来事が何もなかったような感じがした。
・・・こういうことってあるんだなー。
上京してもう11年になるが、こんなの初めてだ。
珍しい体験ができて僕としてはムフフな感じ。
デジカメを普段持ち歩いて写真撮っとけばよかった。
結局何が原因だったんだろう?
[1362] 身辺雑記 2004-08-31 (Tue)■台風16号
大型で強い勢力を持つ台風16号が日本列島を通過。
日本海を出て今日の朝にも東北・北海道に再上陸か。
昨日の夜寝ていても突然の豪雨や強風で何度も目が覚めた。
浅い眠りがずっと続いてウトウトしたまま寝たり起きたり。
眠った気がしない。ずっと起きてたような気がする。
今日は大阪の会社とデータ伝送の試験をやることになっていたので
台風の影響で通過するタイミングによっては
向こうの人が出社できない、
こっちの方で出社できないなんてこともありそうで、
せっかく様々なスケジュールの隙間を縫ってセッティングしたのに
NGになったらやだなあ、ずっとそんなことを悶々と考える。
余計眠れなくなる。
作業する場所の関係で今日の朝は丸の内線ではなく、東西線に乗る。
電線にケーブルが付着してしまったとのことで除去作業で電車がストップ。
「また東西線止まったのかよ」とイライラする。
何もなくても普通に遅れる電車なので、あんまり使いたくない。
台風一過ということで今日は34℃まで気温が上がるらしい。
6月後半から7月前半にかけてあれだけ暑かったので
今年は猛暑ということになっていたが、8月はそんなに暑くなかったように思う。
特に後半。この前の日曜なんて寒いくらいだったな。
朝起きても風は強いままだった。
都心でも瞬間最大風速34.9mあったのだという。
歩いていたらあちこちで自転車が倒れていた。
■事故証明書
6月にモロッコに旅行したとき、車に乗っていたら山道で接触事故事故に遭い、
頭を打ったので念のため病院でCTスキャンの診断を受けた。
そのときの代金が2000dh(日本円で約2万5000円)。
日本に帰って保険を請求しようとしたら
現地の警察が作成した事故証明書が必要になるということで
モロッコでお世話になった旅行会社の人たちに
届いたら日本まで送ってくださいと頼んでおいた。
早ければ3日で、遅ければ3週間ぐらいで取り寄せられるだろうということだった。
その後音沙汰なし。
忘れられてるのかな、と思う。警察に、あるいは旅行会社に。
ま、仕方ないかと諦める。
「アフリカだしなー」なんて半ば偏見の入った諦め。
CTスキャンを取るってのも興味深い経験だったし、
ま、そういう代金として自腹でもいいかと。
それが先週末いきなり届く。
旅行会社の人からの手紙が同封されていて、その日付は8月20日となっている。
モロッコ→日本で遅れているのではなく、現地の警察の処理で時間がかかったようだ。
見てみる。全部で10枚近くある。
写しなんだろうけどコピーというよりはカーボンコピーみたいなもので左側は真っ黒。
もちろんほとんどアラビア語。ところどころフランス語。
何を書いてるのかさっぱりわからない。
こんなの保険会社に送ったところで読めるのだろうか?と不安に思う。
アラビア語であっても数字は数字。
前後左右逆さまにしても読めそうにないのに
「1972」とか「2004/1/20」とか入ってるのはなんだかシュール。
■a-ha
知り合いの人と掲示板で a-ha ってどうしてんだろうね、
特にノートンがどうたらこうたらって書いていたら
ファンサイトの管理人の方がわざわざ、
2人して適当に言ってたことに関する誤りを指摘してくれた。
http://takuranke.ath.cx/hermione/music/a-haindex.html
でたらめばっかり言ってほんと申し訳ありません。
サイトの1コーナーに
「FMM(Frequently Made Mistakes:a-haに関するよくある間違い集)」というのがあって、
僕が a-ha に対して思っていたことのことごとくが間違いとわかって、アチャーな気持ち。
・スェーデン出身のバンドだとか(ほんとはノルウェー)
・一発屋だとか
・90年代前半に解散して再結成した後は故郷で地味に演奏しているとか
誰だ俺に嘘を吹き込んだやつは。
それにしても「Take On Me」って名曲すぎる。
あのイントロを聞くたびに今でも胸が高鳴る。
80年代ポップソングの最高峰ですね。
ファンサイトでここまで充実させるってのは絶対大変なわけで、すごいなあと感心させられる。
労力もそうだけど、「好きだ」という気持ちが。
その強さと持続力が。
<はー>さん、これからもがんばってください。
昔のアルバムを聴いてみようかな・・・。
■最後に
もう何年も前のよれよれの白いTシャツに
短めの半袖Yシャツを着ていたら、思いっきりYシャツの袖から白くはみ出ている。
今日の僕はえらくかっこ悪い。
鼻毛並み。
この夏何度かこんなみっともないことをしていたのだろうか。
そしてそのたびに陰でなんか言われていたのだろうか。
1年前のある日、左右違う靴を履いて出社した時以来の衝撃だ。
自分が日本一かっこ悪い人間に思えてきて、
朝からとても落ち着かない。
[1361] 風をあつめて7 2004-08-30 (Mon)女の子は泣き出してしまった。
大きな声を上げてウワンウワンと泣く。
僕はどうしたらいいのかわからなくなる。
僕がその頭や顔に手で触れようとするとはじかれたり、身を反らされたりする。
余計どうしたらいいのかわからなくなる。
「ごめん・・・」と言うしかなくなる。
何回か呟くように「ごめん」と言う。
僕が何をしたって言うのだろう?
名前を言っただけじゃないか?それだけで?
なんだかよくわからないよ・・・。
涙を拭いてあげればいいんだろうけど、困ったことにハンカチを持っていない。
カバンの中からティッシュを取り出す。だけどその顔を拭ってやることができない。
とにかく困って辺りを見渡す。
ナツミちゃん(この名前を心の中で使うのすらためらわれる)と同い年ぐらいの女の子を連れた
若い母親がこちらを見て「あらあら」といった表情でこちらを見る。
立ち止まり、「迷子ですか?」と声をかけてくる。
兄弟や親子には見えないらしい。
僕はとっさに「姪っ子なんです」と答えてしまう。
「泣かせたの?」
「急に泣き出しちゃって」
アメリカ人ならば肩をすくめるところなんだろうけど、
日本人の僕ならば似合わないだろうと思ってやめる。
このときの僕はひどくモジモジしているように見えたに違いない。
「景色のいいところに連れて行くと、気持ちが落ち着くかもしれないわね」
そう言うと親子は立ち去っていった。
なるほどなと僕は思う。
でもこの子の手を無理やり引っ張ろうとしたらもっと強く泣き出すんだろうな。
あーあ。僕は泣いている女の子の傍らにしゃがみこむ。
ちょっとはおさまったかな。
僕はすぐ側の芝生に入って寝っ転がる。両手を頭の下に組んで。
女の子との間にわずかばかりの距離ができる。女の子は少し離れた場所に立っている。
どうにでもなれ、と思う。
僕の気配が消えたことを本能的に察知したのか、女の子が泣き止む。
キョロキョロと見渡して僕を探す。
見当たらなくなってまた泣き出しそうになる。肩を震わせる。
そしてまた泣き出す。地面にペタッとへたりこむ。
僕は起き上がって芝生の上を歩き、背後から近付く。回り込んで前の方から姿を見せる。
ギュッと抱きしめる?
そんなことはもちろんできなくて、ポンポンと左の腕を叩く。
目のところに当てていた両手を放して、僕の方を見上げる。
「・・・」
僕の方も「・・・」となる。
僕はもう一度「ごめん」と言う。思わず口をついて出てきた。
女の子が両腕を力なくだらんと落としてうつむく。まだエックエックと続いている。
僕はティッシュペーパーを1枚取り出してその顔をそっと拭いてやる。
1枚をその子の右手に持たせると、握り締めたまま放さなくなった。
とりあえず僕は彼女の背中を押して、片側が空いていたベンチまで連れて行った。
見るからにさっきまで泣いていた小さな女の子と学生っぽい僕という組み合わせが奇妙だったのか、
僕らが座るとそれまで座っていたカップルが立ち上がってどこかへと去っていった。
それから後、僕らはずっと無言で座っていた。
どれだけ経過したかわからない。
たくさんの人が通り過ぎたように思うし、誰も通り過ぎなかったようにも思う。
こんなことだろうかと僕は考える。
これぐらいの小さな女の子にとって
自分の名前というのはあくまで自分のもの、秘密のもの、もっと言うと神聖なものであって
それを他人が知っているというのは自分の世界に侵入されたような、揺さぶられたような出来事であり、
どう対処していいかわからなくなったのではないか。とにかく怖くなった。
違うかな。・・・違いそうだな。
本名とは別に自分だけのファンタジーっぽい名前をつけていてそれを言い当てたのなら別だろうけど。
結局なんだかよくわからない。
もしかしたらスケッチブック絡みのことなのだろうか。
泣き止んでかなりの時間が経つ。
僕は立ち上がり、「行こうか」と言う。
「うん」と言って女の子も立ち上がる。
ガラス張りの真四角な展望台とその先の海辺に向かって僕と女の子は歩き始める。
[1360] バード・カーヴィング 2004-08-29 (Sun)昨日の夜、映画を見てきた帰りに家の近くを歩いていたら大家さんに会った。
いつも会うおばさんの方ではなく、おじさんの方。
温厚な方でたまに会うことがあると穏やかな、ゆとりある挨拶をされる。
「お仕事から今お帰りですか」と言われる。
「や、今日は仕事じゃないです」と僕は答える。
信号待ち。小雨が降っている。
「私は趣味の集まりから帰ってくるところでして」
「何をされてるんですか?」
「木彫りでね、鳥を作るんです」
バードカーヴィング。
信号が青になって横断歩道を渡る。
アパートまでのちょっとした道のりを歩きながら話を聞く。
千葉県我孫子市で日本で唯一の全国大会が11月に開かれる。
世界大会はアメリカで行われる。日本人が何度か賞を獲っている、
といったようなこと。
たぶんその世界大会に出品することが憧れなんだろうな、と僕は聞きながら思った。
「いいなあ」「こういう趣味っていいなあ」と思った。
僕も何十年か先にはそういうことしてそうな気がする。
なので「手先が器用でないとできないものですか?」と僕は聞いてみる。
「そんなことはないですよ。とにかく根気ですね」
いつかの日か杉並区でバードカーヴィングの講師をしたいと大家さんは語る。
このままずっと荻窪に住み続けたら、僕も習いに行くようになるかもしれない。
「鳥を作るっていいなあ」と心の中で思う。
すっと目の前が開くような感じがした。
今すぐじゃないけど、ある日突然思い出して始めだすんじゃないかな。
書斎の机にて肌理の細かいサンドペーパーで木片を磨いている自分の姿を想像する。
ウイスキーのグラスが傍らに置かれ、ジャズがかかっている。
大会では本物そっくりかどうかが評価のポイントなのだという。
この「本物」ってのが難しくて、剥製のようであってもいけない。
目には小さなビーズを嵌め込んで、といったようなことをするらしい。
素人からしてみれば剥製でも十分にリアルなものなのに、それではまだ不十分らしい。
でも確かに剥製は明らかに死んでしまったものだ。誰が見ても分かる。何かが不自然だ。
達人の彫ったものは違うんだろうな。
森の中に置いたら鳥が側に降りてきて、トコトコと近寄るような。
いいなあ!
本物に近付いていくことを極めるような趣味って、一生終わるわけがなくて。
手を出してのめり込んでしまったらずっとそれが続くのか。
大変だなあ・・・。
[1359] 「華氏911」 2004-08-28 (Sat)六本木ヴァージン・シネマに「華氏911」を見にいく。
マイケル・ムーアの最新作。これはなんとしても見なくてはならないとずっと思っていた。
去年あれだけ話題になって、カンヌでもパルムドールを獲得、
内容が内容でかつ今年は大統領選挙の年ということもあってアメリカでも大ヒット、
賛否両論あって日本でもあれこれ言われている、
こりゃもしかしたら土日は満員で見に行けないかもなと半ば諦めていた。
去年の「ボウリング・フォー・コロンバイン」は僕の場合
公開当初にすぐ見に行ったからなんとかなったけど、
ブームに火がついてからは連日超満員でどうにもならなかったと聞く。
(恵比寿ガーデンシネマでしかやってなかったんだよね)
「華氏911」は上映館数は増えるとしても、どうなんだろう?
ほんとなら会社休んで見にいくつもりだったのが
どうにも取れる雰囲気になく、どうしようかなあと思っていたときに
もしかしたら空き席が残ってないか?と昨日の朝六本木ヴァージン・シネマのサイトを覗いてみたら
余裕で席が半分近く空いていた。おお!と即予約。
・・・もしかしたらあんまりヒットしてない?
劇場に入る。全席指定なので「混んでいる」という印象は受けない。
席は9割ぐらい埋まっているといったところか。
満席ってことになって見逃した人はどれだけいるんだろう?
なんかあんまりそういう人はいなさそうな感じがした。
(立ち見の人で溢れている、なんてことになれば
「すげーなーヒットしてるなあ」と実感するんだけど、
シネコンは良くも悪くも映画館としての活気を感じることがない。
ヒット作を見るというワクワク感が肌で伝わってこない)
六本木ヴァージン・シネマではキャラメル・フレーヴァーのポップコーンが名物なのか
カップルたちは決まって、ケンタッキーのパーティーバレルぐらいの大きさの容器を抱えている。
そのせいか通路も場内も甘ったるい匂いが漂う。
ものすごく甘ったるい・・・。
---
僕は去年かなりマイケル・ムーアにはまっていた。
「ボウリング・フォー・コロンバイン」は昨年 No.1 映画だと言ってはばからなかったし、
出世作「ロジャー&ミー」の DVD も買ったし、
「ボウリング・フォー・コロンバイン」が DVD 化されたときも
おまけの「The Big One」という未公開作品を見たいがためにデラックス版を買った。
全米大ヒットというテレビシリーズ「アホでマヌケなアメリカ白人」の DVD も買ってしまった。
翻訳の出た同名の「アホでマヌケなアメリカ白人」も読んだ。
(これはつまらなかった。英語のできる人が原書で読むものなのだろう)
何しろ僕は一昨年の年末に「ボウリング・・・」のチラシを映画館で見つけたときに、
これは絶対見なければ!と公言してはばからなかったぐらいの人間なのだ。
「華氏911」がタランティーノ審査委員長のカンヌでパルムドールを獲ったと聞いて、素直に喜んだ。
ああ、評価されるべき映画人が評価されたと。
見たくて見たくてしかたがなかった映画ではあるが、
実は「つまらないんじゃないか」と僕は思っていた。
騒がれ方がちょっとおかしい。
「ボウリング・・・」のときは映画としてかなり異質なものが出てきた、という評価が
アメリカの銃社会がどうこうという現実的で判断を下しやすい部分に関する論評を完全に上回っていた。
なのに今回はそういう語られ方をしていない。
「9.11」→「アルカイダ/ヴィン・ラディン」→「サダム・フセイン/イラク戦争」
アメリカを中心とした世界の流れとその渦中にいたブッシュの功罪、そして今年は大統領選挙の年、
といったことだけで語られている季節もの、そんな感じがした。
1つの映像表現としてどういう高みに到達したのか?
僕があれこれ手を伸ばして読んでないだけなのかもしれないけど、
そういう視点で語ってんのって見たことがない。
で、見てみると案の定そう。それほど面白いものではない。
ただし、ここで言う面白さはあくまで映画的な観点からであって、内容が、ではない。
話は非常に分かりやすい。
なぜ潜伏するオサマ・ヴィン・ラディンが捕まらないのか。
なぜ一見「9.11」のテロとは関係のないイラクに対してアメリカが戦争を仕掛けたのか。
答えは明瞭でブッシュ一族の石油利権に関わっているから。
その一方で貧しい若者たちには仕事がなくて軍隊に入るしかなく、イラクで命を落としている。
嘆き悲しむアメリカの一般市民たちと、何が起こっても常にアホ面のブッシュとの対比。
この構図だけでシンプルに潔く作品が成り立っている。
2時間に渡ってひたすら自国の大統領ブッシュをこき下ろし、
それが飽きさせないエンターテイメントとして成立していること、これはすごい。
並みの力量ではできない。
でもこれが映画というジャンルの歴史に対して一石を投じるものかっていうとそんなことはない。
なんだかひどく収まりがいいものとしてまとまりすぎている。
完成度は高い。というか「ボウリング・・・」と比較してとても洗練されている。
その分普通になってしまったんだよな。
(これはもちろんマイケル・ムーアが丸くなったということでは決してない。
彼の主義主張行動は一貫していて、その分は期待通り)
僕が何を言いたいかと言えば、
「ボウリング・・・」がそれまで見たこともないような異質なものであって、
映画としての完成度が低くても、新しい扉を開くようなものすごく可能性のあるものだったのに対し、
実際にその扉の向こうに足を踏み入れてみたら
語られている内容は見聞きするに値する内容だったとしても、
周りの風景は見慣れたものだったというか。
川の向こうのカナダの人たちが本当に玄関に鍵をかけないのか、実際に行って確かめるという
しょうもないフットワークの軽さ。
サウス・パークのアニメを利用して状況を語るという皮肉なユーモア。
コロンバイン高校襲撃の模様を図らずも撮影していた監視カメラの映像、その乾いた緊迫感。
全米ライフル協会会長である俳優チャールトン・ヘストンに会いに行くもけんもほろろに追い返される、
そのときのマイケル・ムーアの寂しげな背中(巨体であるだけにさらに切ない)。
「ボウリング・・・」には確かにそれまでの映画にはない何かがあった。
普通ならありえないような質感のばらばらな映像の組み合わせがそもそも新鮮だった。
そもそも、マイケル・ムーアがあんまり画面に出てこないのがいかんね。
やっぱ自ら突撃リポートをしなくちゃ。
彼が出てくるとそれだけで「行け行け!」と気分が盛り上がる。
アポなしで会いに行って相手にもされなかったときの
彼のいろんなものが入り混じった表情が何よりも多くを語ってるんだよな。
これがないってのはほんと寂しい。
今回はほとんど出てこなかったから、
映画全体が口当たりのいい良質なドキュメンタリー、
皮肉も効いてるインテリ向けドキュメンタリーにと自らを閉じ込めてしまっている。
次回作はアメリカの保険制度がテーマらしいが、果たして面白いものになるのだろうか?
ハチャメチャやってほしいなあ。
最後に。
「ボーリング・フォー・コロンバイン」の方が断然、腹抱えて笑えるシーンが多かった。
[1358] 召喚 2004-08-27 (Fri)人間はその生涯において1度だけ悪魔を呼び出すことができる。
僕は遂にその1回を使ってみることにした。
部屋のPCにフリーの召喚ソフトをダウンロードして起動する。
デスクトップ上に魔方陣が描かれるような例のあれだ。
この国ではまだ全然知られてはいないが、海外の一部の愛好家の間では有名なものらしい。
悪魔はすぐにも現れた。
爆発音とも雷とも判断のつかない耳をつんざくような音がして
部屋中に硫黄の匂いのする煙が立ち込めた。
「お呼びですか?」
僕はかすかに頷いた。「ひょえー」とか「ほんとかよ」とか思いながら。
悪魔はいわゆる悪魔っぽい外見をしていた。全身黒ずくめ。
背中には翼。尻尾が生えていて、頭には角。
たぶん彼らにとって決まった格好はないのだろう。
未開の地にて召喚された場合にはその部族に伝わる伝統的なイメージを利用するのだろうし、
ニューヨークのビジネスマンを相手にする場合にはスーツを着ているかもしれない。
「ご用件はどういったことでしょうか?手短にお願いします」
「小説家になりたい」と僕は言う。
文学に関する才能がほしい。これまで誰も書けなかったような文章を書きたい。
「ご用件は以上ですか。承りました」
サインをしてください、とどこからともなく現れた紙を差し出される。
ごわごわとしている。これが俗に言う羊皮紙というやつなのだろうか。
「お手数ですが、このときだけはあなたの血液でご署名いただくことになります」
羊皮紙にはラテン語の筆記体で文章が連ねられている。
もちろん僕には分かるはずもない。
両手に持った紙から顔を上げると、悪魔は言った。
「書いてあるのは簡単なことです。あなたは文学に関する才能を望まれた。
私はあなたの魂を奪い去る。それだけのことです」
いざそのときが来てしまうと僕も怖くなる。
魂を売り渡した人間に待ち受けているものは何か。
地獄の業火に焼かれて針の山で串刺しにされる?悪魔たちが三叉の鉾をもってうろつきまわる中で。
永遠に?・・・永遠に。
罪の意識に苛まれるというのなら話は別だが、単なる苦痛ならばどうってことないだろう。
現世では僕の書いた作品と僕の名前が同じく永遠に語り継がれていくのだ。
そのことに比べたらなんだって耐えられるはずだ。
僕はサインをする。
解説サイトを参照するとこの契約書の部分は悪魔たちにとっても信用問題となるから、
決して嘘は書かないと補償されている。
僕は安全剃刀で右手人差し指の先を切って、赤く滲み出た血で僕の名前をうっすらと書く。
書き終えた瞬間、ポンと小さく爆発が起こったような感じがした。
「ありがとうございます。これで全て手続は完了です。
あなたが生きている間は、私どもが提供するサービスをご享受ください。
あなたが死を迎える直前にまた私がお迎えに上がります。
何かご質問などありますでしょうか?
これから先、何があろうとあなたの方から私たちを呼びだすことは不可能となります」
僕の方には「なんとなく聞いてみたいこと」ってのが頭の中にいくつかあったんだけど
うまく質問がまとまらなくて、しばらく悩んだ挙句に「いや、いいです」と答えてしまった。
「よろしいですか?では、またいつかお会いしましょう」
気がつくと悪魔はいなくなっていた。
僕は部屋の中に1人きり取り残された。
PCのモニタの中では魔方陣が点滅を繰り返していた。
(続く)
[1357] Sgt.Peppers Lonely Hearts Club band 2004-08-26 (Thu)昨日ビートルズについてちょっと触れたついでに。
「Smile」の海賊盤にこっそり収録されていたことから
「Sgt.Peppers」をほんと何年ぶりかで聞いた。
最後に聞いたのはもしかしたら学生時代半ばぐらいの頃かもしれない。
「Sgt.Peppers」は中学・高校のビートルズにキチガイのようにはまっていた時期でさえ
ほとんど手に取ることはなかった。
コンセプト・アルバムの走りとして、サイケデリックな時代の幕開けとして、
「Sgt.Peppers」をビートルズの最高傑作と捉える人たちが古今東西後を絶たないのであるが、
僕にしてみればなんだかこのアルバムは「浮いてる」ような気がしてならなかった。
異質なもの。ビートルズのアルバムはどれも異質なものであるが、その中でもさらに異質なもの。
一言で言うと「なんだか居心地悪い」正直に言って。
他のと比較しても小粒な曲が多いし。
いわゆる青盤(「1967-1970」)には4曲選ばれているが、
冒頭の3曲(「Sgt.Peppers ...」「With A Little Help Of ...」「Lucy In The Sky ...」)と
最後の1曲(「A Day In The Life」)という組み合わせであって
間に挟まる曲は最初聞いたときかなり印象に乏しい。
例えば「Fixing A Hole」なんてビートルズの歴史上、どれほどの意味を持つ曲だろうか?
それが、もう何年ぶりかで聞いて初めて、
「ああいいアルバムだったんだな、これは」という気持ちになった。
個々の曲がどうこう、ではなくトータルなものとしてその起承転結を味わうべきものなのだ。
観客の歓声に包まれつつ「Sgt.Peppers ...」で幕を開けて
リンゴ・スター扮する「ビリー・シアーズ」が紹介され、「With A Little Help Of ...」を歌う。
幕間喜劇のような曲が並んでいって、「Sgt.Peppers ...」のリプライズでクライマックスへ。
アンコールというか幕切れというかアフター・アワーズというか、
全ての終わりを告げるものとして「A Day In The Life」のイントロが始まる。
「She's Leaving Home」は慎ましくも儚げな美しさを秘めていて
「Lovely Rita」はトチ狂ったラブソングとしてはなかなかのものだ。
「Being For The Benefit Of Mr Kite!」や「Good Morning Good Morning」で聞ける
ジョン・レノンなりのサイケデリック感覚も楽しさに満ち溢れた楽曲として結実している。
なかなかのものじゃないか。
この年になって、それまでいろんなロックのアルバムを聞いて、
ようやくその良さというか「意味」がわかった。
ここでは何もかもが走馬灯のように鳴らされていて、
「死」というものがそこに横たわっているのを感じさせる。
(誤解のないように言っておくが、直接死が描かれているのではない。あくまで僕が感じた印象として)
ビートルズのアルバムの中で死を感じさせるアルバムってこれだけだ。
もちろんジョン・レノンが暗殺されることを予言したとかそういうことではなくて、
普通の名もなき人々の最後の瞬間に頭の中に押し寄せては消えていくものって
こういう音の流れなんじゃないか?ってこと。
そうか、と僕は思った。
10代の少年にとっては異質なものとして近寄りがたいのも当たり前で、
30代に差し掛かった今では皮膚感覚として
アルバム全体を貫くこの得体のしれない雰囲気がなんだかよくわかる。
「死」を暗示させるってことで言えば最終曲の「A Day In The Life」が最もその性質が濃いものとなる。
この1曲だけでも走馬灯のようになっている。
人生の1日を切り取って淡々と描いたものであるということ。
ジョン・レノンのメランコリックな歌声。オーケストラの奏でる不協和音がどこまでも高まっていく。
そして最後の最後にピアノの鍵盤がバーンと叩きつけられる。
その余韻が消えていって、一瞬の静寂の後、
例の「犬にしか聞こえない周波数の音」と
「逆回転したら『スーパーマンのようにレイプしてやる』と聞こえるセリフ」ってのは
まるで「コト切れた後」を音で表しているかのようだ。
確かにこれはビートルズの最高傑作なのかもしれない。
何かを嗅ぎ取った人にとっては。
もしかしたら人によってはここに「生への希望」を読み取るかもしれない。
ありえないことではない。
多面体のようになっていて様々な解釈がありえる。
なのにそれは元を正せばただ単に
曲を書いて演奏してそれを録音して編集したものの寄せ集めでしかないことに思いを馳せる時、
驚愕せざるをえない。もしかしてここには奇跡的な時間が閉じ込められているのではないか?
そういうアルバムってビーチ・ボーイズとボブ・ディランとキャロル・キングと、
そういった人たちの何枚かぐらいしかこの世には存在しない。
その中でもこの「Sgt. Peppers」は群を抜いて
「この世ならぬ超越した普遍的な何か」を表現している。
ほめすぎかな。
でもそれぐらい深いもののはずなんだよな。
「Sgt. Peppers」が1枚通して1つの物事を語っているのだとしたら
ホワイト・アルバムは全くもってバラバラな曲が無造作に並んでいるがゆえに
正反対の性質を持つものであって、それはそれでとてつもない存在感を放っている。
その原点となった「Revolver」にもっと聞き込むべきものは有りそうだし、
そのルーツは「Help !」ぐらいにあるのでは?いやもっと遡るべき?
こんなふうに考え出すとビートルズをまた1からじっくり聞いたほうがよさそうだ。
30にして「Please Please Me」に新発見!ってことになったら面白いかもね。
[1356] The Beach Boys 「Smile」 2004-08-25 (Wed)この秋にも「Smile」が発売されるらしいというニュースをあちこちで聞く。
え!?そんなんありえるのか!!??
20世紀最大の幻の名盤がついに日の目を見る?
簡単に解説すると「Smile」とは
ビーチ・ボーイズが66年から67年にかけて延々とセッションしつつも
完成に至らなかったアルバムのこと。
「夏だ!ビーチだ!!サーフィンだ!!!」
浜辺で日に焼けた女の子が眩しそうにしている、
そんなイメージを持たれていた(日本においては今でもそう)ビーチ・ボーイズには
ブライアン・ウィルソンという孤独な天才がいた。
完璧なポップミュージックを作り上げることを夢見て
日夜セッション・ミュージシャンたちとレコーディングに励み、
一世一代の傑作「Pet Sounds」をものにする。
とろけるような甘いメロディーとビーチ・ボーイズならではの流麗なコーラスワーク。
歌われるのは恋や「あの日」やイノセンスの喪失について。
この作品は21世紀の今に至るまで、欧米はおろか日本でも名盤ベスト1に挙げられ続けている。
「Smile」はさらにその先を行くものとして位置付けられていた。
「Teenage Symphony To God」と呼ばれるようになったその作品は
その音楽の力でこの世界のたくさんのものを祝福するはずだった。
しかし結局のところブライアン・ウィルソンは「Smile」を完成させることができなかった。
世間の人たちはいまだに「カリフォルニアの陽気な夏」(つまり、「夏だ!ビーチだ!!」)を求め続け、
「Pet Sounds」にまっとうな評価を与えようとしない。
メンバーの何人かは過去の焼き直しでヒット曲を出すことに何のためらいもなく、
やがてブライアンとの間に亀裂が生じる。
彼らを家族同然に思っていた(実際に兄弟と従兄弟とその友人によるグループだ)
ブライアンは意気消沈する。自らの内側に閉じこもるようになる。ドラッグにも手を出す。
録ってる音も奇妙なものばかりとなる。
(かのポール・マッカートニーが野菜をかじる音とか)
こんな状況をレコード会社が許すはずもない。
音楽の歴史を塗り替えるはずだった一大プロジェクト「Smile」が破綻する。
収録曲の1つに予定されていた「Good Vibrations」が全米No1となっても追い風とはならない。
若い世代はヒッピー文化へとなだれこみ、急速にビーチ・ボーイズは古くさい存在となっていった。
アメリカでの人気が凋落する。
「Smile」の断片を元に「Smily Smile」をでっち上げ売り出すも、
かつてのような勢いでヒットチャートを上ることはなかった。
ブライアン・ウィルソンはそこから先半ばリタイアしてしまう。
自宅のベットから出ることを嫌がり、
たまに曲を書いては残されたメンバーたちのためにレコーディングするだけ。
復活し精力的に活動を再開するのは80年代も後半になってからとなる
---
ブライアン・ウィルソンは悲劇の天才という烙印を押され、
「Smile」は幻の名盤としてコレクターたちの注目の的となる。
オリジナルのレコードに関して言えばジャケットは既に印刷され、品番も確定していた。
このことから同じデザインのジャケットで中身の異なる無数の「Smile」が
海賊盤として世に出回ることになった。
今でも「新作」が地下ではリリースされている。毎回毎回「決定版」と称して。
ブライアン・ウィルソンが思い描いていた「Smile」の完成形とはどのようなものだったのか?
世界中のいろんな世代のあらゆるポップミュージックマニアが探求を続けている。
いわば聖杯のようなものである。
この曲は「Smily Smile」のバージョンを元にして
イントロはあのセッションのこの箇所から持ってきて、
途中のコーラスからはこのセッションのあの箇所から持ってきて
といったような地道な作業で自分だけの曲を作り上げる。
あるいはスタジオに残されたレコーディング記録を丹念に洗っていって事実関係を突き詰めていく。
WEB サイトにて全世界のマニアたちが現在進行形で情報を交換し合っている。
僕もはまりかけた。
海賊盤を買いあさって、PC に様々なバージョンを取り込んでいって、
音楽ソフトを使ってエディットしていく。
僕だけの「Smile」を完成させる。一時期本気になって検討した。
あんまり現実的な趣味じゃないな、と思って断念した。
とりあえず海賊版は2つ持っている。
1つは「Millenium Edition」と称するもので、1000枚限定。ナンバリング入り。
(DiskUnionに行けば今でも楽に手に入る。ただし、6000円ぐらいする・・・)
CD なのにわざわざ2枚組みになっていて、アナログのA面からB面にひっくり返すのをイメージしている。
2枚目の後半にはなんとビートルズの「Sgt Peppers ...」のステレオバージョンが入っている。
A面は1曲目「Our Player」2曲目「Heroes and Villains」
どの海賊盤でも踏襲されているような曲順で始まり、「Cabin-Essence」で終わる。
B面の幕開けはもちろん「Good Vibrations」そんで「Vege-Tables」があって
いわゆる「エレメンツ」組曲を挟んで最後は「Surf's Up」でしめる。
さすがにこれは決定盤だよな。これで音質がいいんだから言うことないだろう。
でも、「なんだかな」と思わなくもない。
完成させられなかったのだから、リリースされなかったのだから、
結局それはこの世には存在してないはずのものなのだ。
(完成しなかったのではなく、正確に言えば完成「できなかった」というところがポイント)
それを擬似的に補完するものを手に入れ、それがいかに純度の高いものであっても
ニセモノはニセモノなのだ。
確かに「聞いてみたい」のはやまやまだ。
ブライアン・ウィルソンが僕にだけこっそり聞かせてくれるというのなら、もちろん僕は聞いてみたい。
いろんなものを投げ出してでも。
---
この秋に発売されるということになって、僕が思ったのはこういうことだ。
「そっとしといて幻の名盤ということになっている方がかっこよくはないか。
手には届かない夜空の星として輝いている、そういうアルバムがあったっていいだろう」
「遂に出る!」という嬉しさの半分、なんとなく寂しくなる。
「なんだ、この程度のものだったのか」とがっかりすることが目に見えている。
中核となる曲、「Good Vibrations」も「Heroes and Villains」も「Surf's Up」も
公式にリリースされているわけだし。
もしかしたらこれらの曲をまとめて1枚で聞けるという
単なる便利なだけのコンピレーションとなってしまうのかもしれない。
たくさんのミュージシャンが「Smile」を夢見て、
自分にとっての「Smile」を作り上げようとした。
何人かの優れたミュージシャンはそこから脱却して
自らのポップミュージックの傑作を生み出していった。
そしてもう30年以上が経つ。
「Smile」は「Smile」で色あせない普遍的な価値を持った作品となるべきだが、
「Smile」とは別の次元でポップミュージックの世界が進化していった。
(もちろん「Smile」が完成したならばその世界は別な方角に進化していっただろう)
そんな世界で、21世紀のこの世界で、
タイムカプセルをこじあけることにはどんな意味があるというのか?
・・・いろいろ思い悩んだが、結局はこういうことだった。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1818858
発売はされるけど、あの当時の「Smile」が完成するのではなく、
ブライアン・ウィルソンの新録による「Smile」
正直「なーんだ」という気持ち。
でも、これでよかったのだと思う。
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ブライアンが1人で歌う「Smile」はもう別物として考えるべきなんだろうな。
ソロになってからのブライアン・ウィルソンって僕は全然好きじゃない。
声が全然出てなくてメロディーを追えてないから、ってのもあるけど。
(ブライアンが「Pet Sounds」全曲を歌うライブアルバムってのがあって、
解説を読むと名だたるミュージシャンが見に来て、みんな感動して帰っていった
みたいなことが書いてあるけど、僕からすれば「なんだこりゃ」ぐらいのものだった。
神様が目の前に立っていればもうそれだけで絶対感動する。
だけどあのアルバムは・・・。とにかく声が出ていない。CD で聞いてもちっとも感動しない)
なんだか物足りない、どこか大事な部分が抜け落ちてるような気がするんだよな。
これはもう単純な話であって、バンドじゃないから。
バンド特有のマジックが働いてないから。
現実というものに対して魔法をかけることができなくなった人間が
年老いてたそがれているような、そんな魅力しか残っていない。
(僕はビートルズのメンバーのソロに対しても同じことを感じる。
いくらジョンが心の叫びを吐露し、ポールが優れたメロディーの曲を書いたところで
僕の中ではしっくりこない・・・)
ビートルズのマジックが才能ある人間たちが集まったことによる有機的な反応、
とてつもない化学反応であるとしたならば、ビーチ・ボーイズのそれは
ブライアン・ウィルソンだけが才能的に突出していたにもかかわらず、
それでも彼がバンドという幻想を抱いていたところにあったのだと僕は思っている。
でなきゃあんなキラキラとしたきれいな音にはならない。
現実にはどこにもないはずのものに対する憧れで満たされていた。
それを再現させることは今となってはもちろん不可能だ。
3兄弟で残るはブライアンだけとなり、その他のメンバーたちとも袂を分かっている。
そんなブライアンには家族を、バンドを信じる気持ちが残されているはずもなく。
年齢がどうこうという以上に、「たった1人残されている」というのが強く影響を与えているはず。
「だけど僕はまだ音楽を音楽というものを信じている」
ブライアンならきっとそう言いそうで、
その辺の最後まで残された強い意志・希望が現在の音楽にどのように反映されるか。
21世紀の「Smile」の聞き所はそこにあると言っていいだろう。