[2228] 言葉と記憶 2007-01-16 (Tue)僕たちは時として言葉というものを忘れてしまう。
言葉というものを失って、そこにいる僕と君、
ただそれだけで全てが語りつくされたかのような気持ちになる。
僕は君に会いに行く。
僕は君を見失う。
僕は君に話しかける。
僕は君を笑わせようとする。
夜明けの海辺を思い出す。
友人たちと笑いあった瞬間のいくつか。
悲しみに暮れた出来事のいくつか。
君が耳を塞いだとき、目を閉じて顔を覆い隠したとき。
その叫び声。頬を伝う涙。
凍りついた、傷口のような記憶。
僕の心に残されて、移ろう。
君がこれまでに思い出した言葉の全て。
君がこれまでに見失った言葉の全て。
君がこれまでに忘れたようとした言葉の全て。
君がこれまでに囁いた言葉の全て。
[2227] 首を狩る 2007-01-15 (Mon)1月15日というとどうしても成人の日というイメージがある。
(どうして今日休みじゃないんだ?と残念に思う)
毎年毎年荒れてたり無気力無感動だったりする成人式の話題を耳にするが、
新聞を読んでいたら、財政が破綻した夕張市の成人式は市の補助が全くなく、
市の若者たちが募金を集めて自ら開催したという記事があった。偉いもんである。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070104k0000m040073000c.html
不謹慎な話だが、
首狩族の成人式というか成人の儀式というのはやはり、
他の部族の誰かの首を・・・、というものなのだろうかと思った。
もしも日本が首狩族のまま未曾有の繁栄を遂げた民族であったならば。
成人式はそりゃやっぱ首を持参だよな。
首を狩らないことには大人、一人前とみなしてくれない。
大金持ちは息子・娘の首狩用の・・・を、人身売買する。
貧しい世帯は父母が自らの首を差し出すかもしれない。
抽選で当たった家庭には死刑囚の身柄が割り当てられるが、天文学的倍率となる。
よって、アジアの貧しい地域から、・・・を輸入することになるのだろう。
大家族の少女が家計を助けるために自ら、あるいは両親が苦渋の決断の末に・・・
日本ならばむしろ、首を差し出すことの美徳が語られるのかもしれない。
「そのときあの方は無言で頷き、羽織を脱ぎ捨てると、
うな垂れて、首をそっと前に差し出しました。
それこそが私の父への忠義を果たす何よりの手立てであると
生前再三にわたって語られておりました」
切腹と同じぐらい大事なタームとして、「献首」というのがもてはやされ、
エキゾチック・ジャパンの代名詞となっていたかもしれない。
宮廷では儀式としての「首狩の儀」の作法が
何世代もかけて洗練されつつ継承される。
源氏物語にて光源氏がまだ幼い親王のために・・・、とか
枕草子にて「すさまじきもの。首のたてまつるに・・・」とか。
まあ、もし仮に首狩族だったとしてもいつのまにかそういう習慣はなくなって、
人形の首をはねる → 人形の首を手刀でポンポンと叩く
ぐらいのものにどんどん落ち着いていっただろう。
でも、そうだとしても、
人里離れたとある山奥の村では今もなお首狩の風習があり、
・・・みたいな噂はいつまでたっても絶えることがなかったりする。
それにしても、西欧諸国に首狩の伝統があって、
江戸末期から明治時代にかけての文明開化の時期に首狩もまた流入してきた。
苦心惨憺の末にようやく西欧の習慣として受け入れ、
・・・なんてことにならなくてよかった。
(ここまで書いてるとさすがにくどいね)
[2226] サムライ男 2007-01-14 (Sun)なんか久々にものすごくココロトキメクニュースがあった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070113-00000021-jij-int
どこの誰なんだろ?
日本人なんだろうか?
それとも刀を手にした英国人?
どんな格好をしていたんだろう?
侍?忍者?ビジネススーツ?ジャージの上下?
サムライの彼はたまたま居合わせたのだろうか?
それとも危険を察知して駆けつけたのだろうか?
日本でこんなことしたら逆に捕まるよな。刀の不法所持で。
英国には銃刀法ってものはないのか?
刀を取り出したとき、鞘は投げ捨てたのだろうか?
それとも剥き身の刀だったのだろうか?
後者だったら町を歩いてて怪しくないか?
つうか強盗団を切りつけて去った後、刀には血がべっとりついてるはず。
それを見て悲鳴を挙げた人がいてもおかしくはない。
ニュースから察するにそういう人はいないようだ。
やはり忽然と現われて忽然と去っていったのか・・・
ドラえもんで言うところのタイムマシンかどこでもドアがあるとしか思えない。
あと、ひらりマントも必要か。
民家の中にいた被害者の誰かが
後々地球の運命を左右するぐらいの大人物で、
未来の時空パトロール隊が2007年の危険事態を回避するために
最適な人物を探した結果、日本の江戸時代の剣術の達人をリクルートした。
そうとしか思えない。
(参考:「ターミネーター」シリーズ)
余りの緊急事態にタイムパトロールは些事にかまけている暇はなく、
時代考証を何百年か誤った。そんなところか。
大事なことは人命が救われたということだ。
結果よければ全てよしとすべきだろう。
なんにせよ、続報を知りたい。
ただ単にクスリでやたらハイになった
ジャパニーズ・サムライマニアが
刀を持ってうろちょろしてただけだったらがっかりだ。
[2225] 顔に出る 2007-01-13 (Sat)もうだいぶ昔のことであるが、ある人と話しててこういうことを聞いた。
「人は三十を過ぎたら、その人となりが顔にはっきりと現われる」
これは真実だと思う。
三十を過ぎた今、僕はどんな顔をしているだろうか?
疲れきっているだろうか?
高校の頃に言われたように、
「表情が無くて何考えてるか分からない」ままだろうか?
すぐ悲観的になったり、無関心を装う。
そういうのが顔に張り付いてたりしないだろうか・・・
三十で顔が固まりだして、四十、五十とその顔つきが深くなっていく。
仮面のような素顔はもう二度と引き剥がすことができない。
真夜中の地下鉄に乗っていて
「ああ、この人はつまらない人生を送ってきたんだろうな」
「いいことまるでなくて、踏んだり蹴ったりだったんだろうな」
とはっきりわかる人がいる。
その逆に、街を歩いていて
「ああ、この人は充実した毎日だったんだろうな」
という輝かんばかりの顔つきの人もいる。
多くの人は人生というものに追いつかれて、そいつが重くのしかかってきて、
ほんの少しずつ負債を支払ってるかのような顔をしているように見える。
そしてこの僕も、そういう顔つきになりつつあるように思う。
---
僕は昔よりも笑うようになっただろうか?
僕が一年間に笑う量は、たぶん十代からずっと変わってないのではないだろうか。
どこかで人前で笑っていたら、その分部屋の中で一人無表情に過ごしている。
そのバランスをどこまでも保とうとする。
それは二十代の頃から変わらない。
僕は子供の頃、笑うことをためらっていたので
ぎこちない笑い方のまま大人になってしまった。
鏡の前で笑う練習の一つでもしておけばよかった。
だけど昔よりは屈託無く笑えるようになったと思う。
最近になってようやく、愛想笑いもできるようになった。
仕事中、何をするにも
「表情に出しちゃいかん、あるとしたら笑うだけ」と思ってる僕は
間違ってるのだろうか?それとも正しいのだろうか?
[2224] 長崎ちゃんぽん 2007-01-12 (Fri)システムテストが始まって、今週はずっと客先常駐。
周りは普通に、システム開発に関係のない社員の方たち。
そういうところに1日中いるとやはり疲れる・・・
仕事以外何もできない。
インターネットでどっかを眺めてるということも雰囲気的に不可。
お客さんは日本有数のポジティブでアイデアと熱意に満ちた会社なので
フロアにいると「なるほど、こういう感じなのか」と参考になる。
ここまで「会社として頭がいい」ところってのは初めてだ。
---
最近、なぜかちゃんぽんと皿うどんにはまっている。
さっきも近くのリンガーハットで年末年始限定の「ごくうま」というのを食べた。
蛤、エビ、小柱、竹の子、菜の花と入っていてダシも普通のと違う。
これはうまかった。
はまったきっかけは、数寄屋橋阪急の地下「パルミ」で
食べる場所を探していてたまたま入って、何年かぶりに食べたというもの。
「一点」という店。
最近週末に銀座で映画を見るとかいったときは何回かここで食べた。
ちゃんぽん・皿うどんの何がいいかって
いろんな具材が入っているところだな。
健康的な気がするし、食べてておいしい。
長崎の人は偉大だ。こんな素晴らしいメニューを考えつくなんて。感心する。
長崎出身の子に「普段からちゃんぽんばっかり食べてるの?」と聞いたら
「そんな毎日じゃないけど日曜の昼に家でよく出てた」と言ってたように思う。
Wikipediaを見たら皿うどんは小学校の給食にも出てくると書いてあった。
---
昼休みが終わったので今日はここで時間切れ。
[2223] 青森の温泉を選ぶ 2007-01-11 (Thu)その頃には仕事も一段落しているだろうと2月の後半に青森に帰る。
先月もどこかでチラッと書いたけど、
その頃母が還暦を迎えるので家族3人で温泉旅館に一泊をと考える。
どこがいいだろうかと青森在住で地元の新聞社に勤める妹にメールをしたら、
お薦めの温泉宿の一覧を送ってくれた。
□ホテルグランメール山海荘
http://sugisawa.co.jp/grandmer/index.html
□黄金崎不老ふ死温泉
http://www.furofushi.com/
□アソベの森いわき荘
http://iwakisou.or.jp/
□山のホテル
http://www.yamanohotel.com/
□小島旅館
http://kojimaryokan.com/index2.html
さらに自分でも「るるぶ」の東北地方温泉宿特集を買ってあれこれ悩んでみる。
谷地温泉、青荷温泉はともに八甲田山のふもとにあって
ともに秘湯として県外にも知られる。
蔦温泉も一度は泊まってみたい。
□谷地温泉
http://www.yachi-onsen.jp/
□青荷温泉
http://www.yo.rim.or.jp/~aoni/
□蔦温泉
http://www.thuta.co.jp/
正月に往路・復路と箱根駅伝を見ながらツラツラと考えた結果、
嶽温泉の小島旅館にする。こちらは岩木山のふもと。
ひなびた小さいところに行きたいなあ、
大きいところだと大勢の団体客がいて落ち着かないだろうなあというのが理由。
あと、食事が広間で他の観光客というのは嫌、客室で食べれるってのを条件にした。
谷地・青荷も捨てがたいが、妹曰く
「県外の温泉好きな友人が青森に来たときに連れてくとこだよね」
ってことで、それもそうかと。
家族でゆっくりするとなると別か。
それにまだ雪深いシーズンなので吹雪ともなると大変か。
西海岸には行ったことないので不老ふ死温泉も捨てがたいんだけど、
運転するのは妹だし、遠くだと疲れるだろうと一応考えた。
でもまあ嶽温泉も十分遠いんだよね・・・
弘前在住の妹は行きだけで
弘前→青森→弘前→嶽温泉と往復することになる。帰りも同じ。申し訳ない。
浅虫温泉にしたら近くていいんだけど、なんか僕的にあんまり嬉しくない。
せっかくなら行ったことのない場所に行きたいってわけで。
今回かなり悩んだ。
機会があったらまた別な場所に行きたい。
いやー。故郷に温泉があるというのはいいもんだ。
---
なお、4年前に大学の友人と訪れた薬研温泉の紅葉荘は
昨年3月に火事で焼失、廃業したとのこと・・・
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/0313/nto0313_9.asp
[2222] 「ベティ・サイズモア」「ブラッディ・サンデー」 2007-01-10 (Wed)この正月休みに見た映画2本について。
どちらも廉価版で再発された DVD を買って見た。
---
「ベティ・サイズモア」
ニール・ラビュート監督の作品、00年。
一般にはあんまり知られてない映画だと思うけど
主演はレネー・ゼルウィガー、モーガン・フリーマン、クリス・ロックと豪華。
レネー・ゼルウィガーは「ブリジット・ジョーンズ」でブレイクする前。
カンザスの田舎町で昼メロにうつつをぬかすウェイトレス(殺される旦那あり)を
演じてるんだけど、とにかくイモっぽい。とことん無邪気で世間知らず。
これ、演技としてやってるんだよな・・・?
だとしたら僕がこれまでで見た限りでは最もいい演技かもしれない。
旦那が殺し屋に殺されたのがショックで
現実が目の前から消し飛んで頭の中は昼メロの世界へ。
主演の医者に会いにはるばるロスまで旅して、大騒動を巻き起こす。
サスペンスとコメディのバランスがすごくいい。
カンヌで脚本賞を取ってるだけあって、ひねったストーリーが軽快に進んでいく。
非常にナンセンスな内容のはずなのに、「ありえる」話として見せきってしまう。
この監督の力量は確かなものがあるね。
監督のニール・ラビュートの次回作は
伝説のカルト作品「ウィッカーマン」のリメイク。ニコラス・ケイジが主演。
僕は逆に「ウィッカーマ」からニール・レビューとのことを知ったんだけど、
この監督ならば面白いものになりそう。期待できる。
---
「ブラッディ・サンデー」
「ボーン・スプレマシー」「ユナイテッド93」で
一躍有名となったポール・グリーングラスが
「ボーン・スプレマシー」の監督に抜擢されるきっかけとなった作品。
北アイルランドの町デリーで72年に起こった「血の日曜日事件」の映画化。
IRAと英国軍との緊張感が高まる中、
公民権を求める運動の一環として市民が行ったデモは混乱をきたし、
13名の一般市民が英国軍に銃殺されるという結果に終わる。
これを徹底的なドキュメンタリータッチで描く。
「ユナイテッド93」のあのリアルさと臨場感の元になったのが
この映画の製作体験なんだろうな。
というか中身が違うだけで撮り方は全く一緒。
(でも「映画」としては圧倒的に「ユナイテッド93」の方が面白い)
何の飾り気もなく、淡々と、戦場と化した市街地が描かれる。
銃撃戦の中で名も無き人々が次々に倒れていく。
いいも悪いもない。いろんな立場の人がいろんなことを悩んだり迷ったりした結果
自分のやるべきと思えたことをやったらこうなった、というただそれだけのことを描く。
最後にはもちろん、U2の名曲「Sunday Bloody Sunday」が流れる。
「僕たちはあとどれだけこの歌を歌わなくてはならないのだろうか?」と
ボノが力強く繰り返す、あの歌。
ライブバージョンで、観客が一緒になって歌う。
恐らく、地元アイルランドで行ったときのものだろう。
時代としては80年代の彼らがまだ20代だった頃と思われる。
感極まったボノは「アムネスティという団体を知っているか?」と呼びかける。
「彼らは君たちの事を知っている」
「この歌を歌ってほしい、ベルファストやデリー、ニカラグアやベイルートのために」
そしてボノは「No More ... No War ...」と声の限りに叫ぶ。
アイルランド側・イギリス側、
どちらの意見に組することも無くただ率直に事実だけを再現させたようでいて、
ポール・グリーングラスの意見は最後の最後に語られた。
どちらが正しいということはありえず、
地には平和を、誰にも平等にそれは与えられるべきなのだ、ということ。
[2221] 小説内映画に関するメモ 2007-01-09 (Tue)昨年から書き始めてどこまで行っても全然完成に至らない
例の小説の中に主人公たちが撮影する映画ってのが出てくる。
その内容についてのメモ。
というか今書きながら考えている。
□設定
2人姉妹。姉は31歳で妹は29歳。両親は既に亡くなっている。
大きな家に2人だけで住んでいる。慎ましく静かな暮らし。
長いこと2人だけで暮らしているうちに、お互い干渉し合わなくなっている。
朝の食事が一緒になることも余りない。
ゴミを出す当番であるとか、風呂掃除をする当番であるとかを決めて
生活の空間を共有してるだけ。感覚としてはルームシェアに近い。
夜二人揃ってリビングにいることは少なく、
どちらかがリビングにいるときはどちらかが自分の部屋にいる、
あるいは2人とも自分の部屋にいるということが多い。
2人の部屋は2階のそれぞれ反対側の端。
だからと言って仲が悪いわけではない。
2人とも普通の企業に勤めている。姉は正社員で妹は派遣社員だ。
性格的には姉は物静かで、妹は派手好きだ。
妹には長いことくっついたり離れたりしている恋人がいて、
姉にはここ何年か相手はいなくて、このところ特に「いいな」と思う人もいない。
□展開
ある日突然、従兄弟だと名乗る青年が現れる。27・8といったところか。
小さいときによく遊んだけど、遠くに引っ越してからは会うことがなくなったという。
妹にはその記憶がある。姉にはその記憶がない。
姉は不審に思うが、青年と妹との間で話が弾むので
自分の思い違いなのかもしれない、と片付ける。
青年は東京に出てきたばかりで住むところがなく、
だったらと空いてる部屋を貸すことにする。
3人の生活が始まる。
青年は特に働いてるわけではなく、職を探そうとする気配もない。
お金には困っていない。時々外出して2・3日いなくなる。
何をしているのか、話そうとしない。
時々帰って来ると手土産に高価なワインなど持って帰って来る。
ある夜、居合わせた妹の恋人と4人でささやかなパーティーとなる。
音楽。妹と恋人が踊る。その次に青年が踊る。
妹は青年に姉とも踊るよう差し向けるが、どちらもその気がなくてよそよそしい。
パーティーが終わった翌朝、また青年はいなくなっている。
依然として姉は不審に思う。妹にそのことを告げる。
彼の「目的」は何なのか?
そもそもそれ以前に、彼のような従兄弟は存在したのか?
なぜ私には彼の記憶がないのか?
昔のアルバムを探す。小さい頃の姉と妹の写っている写真はあるが、
他の従兄弟が写っている写真はない。
□さらなる展開
基本的に未定なんだけど、選択肢として今思いつくこと。
・姉妹は実は血がつながっていないことが発覚。
・青年は実は幽霊。妹が子供の頃一緒に遊んだ座敷童子みたいなもの。
・青年はなんらかの犯罪に関わっていて、姉妹のことを知ったのも偶然。
・青年は姉妹の財産を狙っている。ある種の結婚詐欺。
・青年には結局後ろ暗いところは何もなかった。紆余曲折を経て姉と青年が結ばれる。
[2220] 鍋焼きうどん 2007-01-08 (Mon)カレー、カツ丼に並ぶ好物として、
僕の中で確固たる地位を占めているのが鍋焼きうどん。トップ3ですね。
カレー、カツ丼と違って大騒ぎしてうまいものを追い求めないのは
まあ冬場しか食べないからというのと、
帰省したときに青森の家で食べていた鍋焼きうどんが
自分にとって一番うまかったというのがはっきりしているから。
東京でもうどん屋に入ったときに頼んでみるんだけど、
これ!と言うものに出会ったことがない。
具材の組み合わせがイマイチだったり、
これって土鍋に入れただけのうどんだろう!ってもんだったり。
つまり、まるで今にも溶けんじゃないかってぐらいに
グツグツ煮込んでないと納得しない。
普通の店で出てくる鍋焼きうどんは
お上品に作られるものなのでそこまでしてくれない。
なので家に帰ったときに極限まで煮込むしかないわけである。
僕の鍋焼きうどんとの出会いは幼稚園の時代にまで遡る。
その日父は新聞社の支局で夜働いていて、
なんかの理由でまだ小さい僕は支局を訪れる。
そのとき支局長の方が出前を取ってくれた。
今でもはっきりと覚えている。
おいしいものと出会ったときの記憶ってのは
なかなか人は忘れないものである。
大家さんに家賃を払いに行くとたいがいうどんをくれる。
なので常に部屋の冷蔵庫にはうどんが常備してある。
昨日の夜、ふと、「そうだ、鍋焼きうどんにしよう」と思い立つ。
土鍋はどこかにあったはず。
鶏肉、ネギ、かき揚げ、玉子を西友で買う。
土鍋はいつだったか100円ショップで買ったのが見つからなく、
探していたらもう何年も前に
「これで鍋焼きうどんを作って食べなさい」と母が送ってきた土鍋が見つかる。
そのとき作らなかったから、それっきり。
昨日の夜初めて使ってみた。なんとなく親不孝者に思う。
鍋に水を入れて火にかけて、煮立ったら鶏肉とネギを放り込んで煮る。
火が通ったところでうどんを入れる。ほぐれてきたところでだし汁をかける。
最後にかき揚げと玉子を載せて蓋をする。
ほんとはだし汁は青森のスーパーで
一袋30円ぐらいで売ってるのが一番うまいんだけど、
東京の西友にはそんなものはなく・・・
地元の工場が作ってるようなやつ。
いつだったか母が送ってきた荷物の中に入っていたなあ・・・
グツグツ、グツグツと鍋から吹きこぼれるまで煮込む。
蓋を取るとモヤモヤと白い湯気が湧き上がる。
玉子が半熟のまま固まっている。
これだよこれ。うまくいった。
青森で食べるときにはあと、ゴボウと麩、三つ葉、あればかまぼこも入れる。
でもそこまでゼイタクなものは作れず。
次、帰省したときは作って食べようかなと思う。
---
青森で過ごした中高の頃はよく、
家族で青森市新町の「柿源」という店でよく食べた。
ここの鍋焼きうどんもおいしかったなあ。
ここ10年ぐらい行ってないので、最近どうなのかわからないけど。
http://www.miyakotaxi.com/gohan01.html
うどんの店だと思ってたのが、
今HPを見てみたらホタテを売りにしている店だった・・・
[2219] 「麦の穂をゆらす風」 2007-01-07 (Sun)ケン・ローチ監督の最新作。06年のカンヌでパルムドール。
12月から公開されていて、絶対見に行こうと思っていたのだが
先月は忙しくてどうにもならず。というか見てたら絶対寝たはず。
正月明けの3連休の中日、体調を整えてようやく見に行く。
場所は有楽町のシネカノン。
1920年のアイルランド。
独立を求めて英国軍と戦う若者たち。
レジスタンス活動に身を投じた兄弟が主役となる。
ゲリラ戦を繰り広げていった末に遂に休戦、講和条約の締結を勝ち取るが、
その骨子はアイルランドはあくまで英国内の自治州に留まるというものだった。
条約締結を肯定的に捉え政府軍に加わる兄と、
真の独立を勝ち取らなければアイルランドの貧しい人々を救えないと
レジスタンス活動を続ける弟。
国内は2つに引き裂かれ、内戦状態となる。
それまで共に戦ってきたのに、若者たちは敵味方となって争いあう・・・
さすがパルムドールだけあって、
一部の隙もない、非の打ち所のない映画だった。
何も言うことがない。
ここに書くべきことも何もない。何も思いつかない。
・・・それはつまり、いい映画なんだけど、僕の心に何も響かなかったということだ。
この映画のことを否定的に思っているわけではない。むしろその逆だ。
なんなんだろうな。よくわからない。うまく言えない。
そう、「この映画すげえ!!」と唸りたくなるような、
僕の中の一線を越える瞬間が無かったというか。
もっと稚拙な映画であっても、
そういう瞬間が無数に存在する映画は世の中にはいくらでもある・・・
ケン・ローチとの相性がよくないのだろうか?
これまであれこれ映画を見てきた中で
ケン・ローチの作品を見たのは、実はこれが初めて。
避けてきたわけではないのに、縁が無かった。
「ケス」であるとか、映画サークルでは評判がよかったけど。
実直すぎて華がない、映画に「酔いしれる」瞬間がない、ってことかな。
例えば「ロゼッタ」や「ある子供」のダルデンヌ兄弟の映画って
もっともっと実直で鬼のようなリアリズムだけど、
見ててこの世ならぬ何かを映像の中に宿してるような気がしてくるもんな。
「ある子供」のように、ためてためて最後の最後で
とてつもないラストショットが待っている、というのでもない。
なんというか、ケン・ローチ監督がTVドラマ出身ってことで
起承転結を大事にしすぎてるんじゃないかな、って思った。
TVドラマにとって最も不要なのは「芸術のための芸術」であって、
越えてはならない一線は決して越えない。
そういうことなのではないか。
たかだか1本しか見てないので偉そうに語るわけにはいかないけど。
[2218] 弁護士と合コン 2007-01-06 (Sat)昨晩は大学の先輩に誘われ、新宿で合コン。
「路地」という店。http://r.gnavi.co.jp/p220500/
男性側は僕以外みな弁護士だった・・・
個人で開業していたり大手と思われる事務所にいたりで
みなお金を持っている。
よって1次会2次会とも男性側が全額支払う。当然のように。
僕も払う。痛い出費だった。
(いや、思い出してみたら2次会は払ってなかった、
というか払えなかった・・・)
2次会で女性たちが電車の時間だと帰った後、
男たちだけで反省会になだれ込む。
というか、弁護士同士の世間話。
聞いた内容をここに書くにはいけないけど、
弁護士の人たちがうちわで話す会話ってのが聞けて
ある意味貴重な時間を過ごす。
普段の僕には完全に無縁な世界。
いや、ほんとSEという職業とは考えることも考え方も違う。
いい社会勉強になったよ・・・
午前3時まで。途中から半分寝てた。
---
今日からまた3連休。
昨日・一昨日は10連休の間の出社日と考え、
気分はすっかりダラダラ休みモード。
今日は雨も降ってるし。
有楽町で映画を見てちょっとだけ会社に顔を出すかとも思っていたが、
寝たのが遅かったし雨が降ってるしで明日にする。
[2217] 「硫黄島からの手紙」 2007-01-05 (Fri)昨日の夜、会社帰りに「硫黄島からの手紙」を見に行った。
場内清掃が終わって劇場内に入って席に着いた。鞄を置いてコートを脱いだ。
背後からザワザワした声が聞こえてきて振り向くと
スーツを着た団体がぞろぞろと入ってくるところだった。
「センセイ、座席はこちらになります」と腰の低そうな50代男性がペコペコする。
センセイは映画館という場所に全く馴れていないかのように
座席と座席の狭い間を苦労して進んでいく。そして僕の斜め前の席に座った。
「こちらの列、全てが私たちの席となります」
センセイが真ん中に陣取って、その左隣は奥様と思われる女性。
連れの者たちの間で誰が右隣に座るかでひと悶着起こる。
ペコペコする男性はあっち行けと振り払われ、
懐刀的存在感の秘書と思われる30代前半ぐらいの男性が「失礼します」と横に収まる。
辺りを見回すと僕の座っていた後ろの列のいくつかもその人たちのものだった。
区議会議員とその議会関係者と選挙事務所の集まりという感じだった。
悪い予感がして、それはあっさりと的中する。
最近はやりの座席指定の映画館だったので席を替われない。失敗した。
僕の目の前に座るセンセイは予告編でいびきをかいて寝だした。
さすがに秘書の男性が起こした。センセイは何か不快そうにモゴモゴ言う。
その後映画が始まってもセンセイは辺り憚ることのない声で
秘書の男性にストーリーの状況について説明を求め、
秘書はヒソヒソ声で簡潔に答える、の繰り返し。
気になって仕方がなく、こっちとしては落ち着かない。
後半に差し掛かって、トイレだったのか何事かモゴモゴと宣言した後で
突如立ち上がり外に出ようとする。
隣に座っていたご同行の者がみな立ち上がり、センセイを前に通そうとする。
しばらくしてからまた戻ってきて同じことを繰り返す。
ここはセンセイのホームシアターじゃねえんだよ。
どれほどのお偉いさんのご視察なのか知らんが何様のつもりなのかね?
これだから政治家連中ってのはクソだ。
そんなわけで「硫黄島からの手紙」
面白かったです。
毎度毎度のことながらさすがクリント・イーストウッドと唸らざるを得ない。
「よくできてるなあ」の一語に尽きる。
「父親たちの星条旗」がフラッシュバックの多様で
手の込んだストーリーとなっているのに対し、「硫黄島からの手紙」は
同じくフラッシュバックが挟まるものの単発のわずかばかりのものでしかなく、
ストーリーも上陸作戦が始まるまでの準備期間と始まってからの死闘を
時間軸に沿ってシンプルに描くだけ。
しかもあの小さな島でその半分は洞窟の中という地味な背景で
2時間以上のドラマのほぼ90%話が展開されるというのに、違和感が何もない。
時間も空間もギュギュッと濃密に濃縮されていて、
無駄がないどころか、多くの物事を伝えてもさらに余りあるものがあった。
この2部作の話を初めて聞いたとき、なんだそりゃ?と思った。
何で今更クリント・イーストウッドが戦争映画を?
しかも日本で撮影??
でも出来上がったものを見たら納得した。
これは撮らずにはいられない映画だ。
この2部作はクリント・イーストウッドの
長いフィルモグラフィーの中でも頂点に達するものじゃないかな。
(まあ映画の出来そのもので言ったら
「許されざるもの」とか他の時期になるんだろうけど)
ここから先、どういう映画を撮るんだろう?
もう70を過ぎた監督なのに、その未来にワクワクさせられる。
これってすごいことだ。
僕個人としては「父親たちの星条旗」の方が好きです。
「硫黄島からの手紙」は日本人の脇役の棒読みのセリフがなかったらなあ・・・
[2216] 年末年始を振り返る 2007-01-04 (Thu)短かった正月休みも昨日で終わりで、今日から仕事始め。
昨年同様、「去年最後に・・・」と「今年最初に・・・」を挙げてみます。
□去年最後に見た映画
「ベティ・サイズモア」
□今年最初に見た映画
「メタリカ 真実の瞬間」
どちらも廉価版 DVD で。
劇場で最後に見たのは11月頭の「悪魔とダニエル・ジョンストン」
もちろん今年に入ってからはまだ1本も劇場で見ていない。
見るとしたら「硫黄島からの手紙」か「麦の穂を揺らす風」かな。
この年末年始は昨年同様 DVD をたくさん見まくってて、
「Directors Label」のマーク・ロマネック編とミシェル・ゴンドリー編、
マドンナの「I'm gonna tell you a secret」
Tortoise のボックスセット「A Lazarus Taxon」のビデオクリップ&ライブ集
といった辺りを見た。
Chris君に焼いてもらった05年の M-1 も見たな。面白かった。
□去年最後に聞いた音楽
Melvins 「Senile Animal」
□今年最初に聞いた音楽
Jimmy Webb 「El Mirage」
こう書くと新しい音楽を全然聴いてないかのようであるが、
Melvins は一応秋に出た新作、Jimmy Webb も昨年再発されたもの。
でも地味なことには変わりはないね。
まず間違いなく07年も新しい音を探すよりは
昔の隠れた名作を買い揃えるのがメインになりそう。
毎年その思いは強くなるけれども、
ロックは60年代後半から70年代前半がピークで、この時期のものが一番かっこいい。
□去年最後に読んだ本(今年最初に読んだ本)
この年末年始に読みかけていた本をリストアップすると。
−デイヴィッド・ブリン「ガイア」
ハヤカワ文庫。BOOKOFFかどこかで中古で買った。
最初のうちは面白いのではないかと思っていたが、長いだけで今ひとつ。
部屋の中にはまだまだたくさんハヤカワ文庫の中古がいくつもの山になっているので
今年もまたそれを片っ端から読んでいく年になりそう。
−「世界の映画オタクが選んだ史上最高の映画ベスト201!」(Cutの別冊)
その名の通りランキングもの。
作品ごとにオタクならではの視点と知られていない事実が語られ、無茶苦茶面白い。
201位は「イレイザー・ヘッド」でした。
(デイヴィッド・リンチの作品は他にもいくつかランクインしている)
−ルイ・カストロ「ボサノヴァの歴史外伝 パジャマを着た神様」
今、最初の方のアントニオ・カルロス・ジョビンの逸話を読んでいて、
後々ジョアン・ドナートやナラ・レオン、ミルトン・バナナなど出てくるようだ。
そもそもは「ボサノヴァの歴史」という本の姉妹編。
文章として洗練されていて粋で、とても読み応えあり。
あ、あと借りてきた「働きマン」を読んだ。
□去年最後に食べたもの
駅前の西友で買ったザーサイの油炒め。
□今年最初に食べたもの
今年もまた年末年始に帰省しなかった息子のために
母が作ってくれたカレーを温めて食べた。青森リンゴと一緒に。
[2215] 箱根駅伝 2007-01-03 (Wed)2日・3日と朝8時に起きて昼まで箱根駅伝を見る。
往路はスター選手ばかり。
1区東海の佐藤がとんでもないペースで飛ばして久々の区間新塗り替え、
2区山梨学院のモグスが9人抜き?でも最後の最後でこけて、
いやーなんと言ってもすごいのは5区山登りのスペシャリスト
順天堂の今井がさらに区間新記録を出して昨年同様逆転の往路優勝。
この人はすごいね。3年連続MVPとなるのか・・・
4年で引退して来年の順天堂はどうするんだろう?
一昨年まで4年連続優勝の駒澤がパッとせず、
昨年総合優勝の雑草集団亜細亜が10位以下。
昨年復路優勝の法政も今ひとつ。
中央、大東文化、神奈川といった優勝経験校も下位に沈む。
力の差はそんなになくて、コンディションというか調整の問題なんだろうな。
復路になって実力あるところは地味に発揮しだしたように思う。
復路にスター選手が不在、順天堂が安定して1位をキープすると
やはり面白くなるのは10位までのシード校争い。
中央、亜細亜はやっぱ上がってきた。
それにしても城西はいつも惜しいね・・・
箱根駅伝オンリーのCMも見ものだけど、
今年は特にこれ面白いねというものはなかったな。
テレビだったか新聞だったか、どこかで見たフレーズにこんなのがあった。
「あなたの人生は今、何区を走ってますか?」
---
今日で正月休みも終わり。
30日に駅前まで買い物に行ったあとは一切出歩かなかった。
1日と今日3日は新聞と年賀状取りにちょっとだけ外に出たけど、
31日と2日は一歩たりとも外に出なかった。
引き篭もりの5日間。
小説の作業を毎日少しずつ続けて、
あとは漫画読んだり、たまってるDVDを見たり。
1日の昼、母から電話がかかってくる。あけましておめでとうと。
30日に届いた荷物の中に筑前煮が入っていて、
お餅と一緒にしてお雑煮っぽく食べるといいのではないかと言われる。
なるほどと思い、そのようにして食べる。
正月らしい食べ物ってこれぐらいだったなあ。
---
追記。
ここ2日間最大の関心事。
今年遂に「山の神」とまで呼ばれた
5区山登りのスペシャリスト今井が卒業した後、
来年の順天堂の戦い方。
あれを勝利の方程式と呼ばずして、なんと呼ぶ。
あと、いつも振り返って思うのだが、
日大・日体大がどれだけ強くても
毎年記憶に全く残らないのはなぜなんだろう??
キャラが弱いのか・・・
[2214] 「メタリカ 真実の瞬間」 2007-01-02 (Tue)(今年1番最初に見た映画)
メタリカといえばあのメタリカである。他にメタリカは存在しない。
そのメタリカが新しいアルバムを完成させるまでの
苦難に満ちた道のりを追い続けたドキュメンタリー。
この作品を一言で言ってしまえばそういうことになってしまうんだけど、
いやー、それで終えてしまったら何も伝わらない。
これは面白い!映画として普通に面白い。
昨年見た「メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー」も興味深かったし、
「悪魔とダニエル・ジョンストン」もファンならば感涙ものである。
だけどドキュメンタリー映画としての完成度の高さで言ったら
これって最高峰の1つなのかもしれない。
他に並ぶのは U2 の「魂の叫び」と Talking Heads の「Stop Making Sence」だけだと思う。
(僕は「Stop Making Sense」は単なるライブ映像ではなく、ドキュメンタリー映画と捉えている)
97年に7作目の「Reload」を発表後、98年はカバー集「Garage Inc.」
99年はサンフランシスコ交響楽団との共演作「S&M」とリリースは続いたものの
純然たる新作は発表されることのないまま長い空白期間を迎え、
8作目の「St.Anger」がようやく完成し発表されたのは03年。
長すぎるブランク。ファンにとっては余りにも長すぎるブランク。
映画は00年より撮影開始となるのだが、
見てるとバンドを巡る様々な軋轢が次々ひっきりなしに吐き出される。
試しに要約してみる。
・レコーディングを前にして長年活動をともにした
ベースのジェイソン・ニューステッドが脱退。
これは友好的な理由によるものではなかった。
・スタジオを押さえてレコーディングを開始するものの
早々にヴォーカル/ギターのジェームズ・ヘットフィールドと
ドラムのラーズ・ウルリッヒの音楽的主導権争いとバンド内支配権争いが表面化。
以後アルバム解散まで形を変えて果てしなく続く。
・毎月4万ドルという待遇で精神分析医を雇い、
バンド全体とプロデューサーとでグループセラピーを受けることになるが、
その効果に対して疑念を抱くジェームズ・ヘットフィールドは
アルコール中毒が悪化してリハビリ施設へ。
施設を出てからも「家族と過ごす時間を大事にしたい」との理由により
以後1年間メンバーの前から姿を消す。
・残ったラーズ・ウルリッヒとギターのカーク・ハメットの2人は
細々とレコーディング作業とセラピーを続けるが何も先に進まない。
セラピーには活動初期にメタリカを「追い出された」デイヴ・ムステインも参加。
お互いの長年のしこりを吐き出すも和解には至らず。
(デイヴ・ムステインはメタリカ放逐後、メガデスを結成して全世界的な知名度を得るも、
常にメタリカの後塵を拝してきた。
なお、余談であるがメガデスには「ヘビメタさん」や「ROCK FUJIYAMA」で人気者になった
マーティ・フリードマンも在籍していた)
・無料ダウンロードを著作権の侵害であるとし、ナップスターとの訴訟。
メタリカはあれだけ全世界で売りまくったというのにまだ金を儲ける気かと
マイナスの印象を全境のファン・非ファンに対して与えることになる。
・ジェームズ・ヘットフィールドが戻ってくるが、一日にできる作業は4時間だけ。
その後の時間にプロデューサーのボブ・ロックとラーズ・ウルリッヒが
録ったテープを聴いてると「俺のいない場で物事を決めようとしている」と
ジェームズ・ヘットフィールドが激怒する。
・とんでもない時間をかけてようやく、とにかく、完成する。
新しいベーシスト探し。メタリカが「MTV ICON」に選出されて、事実上のロック殿堂入り。
など、など。
一言でテーマを言うと
「グループとしての意思と個人としての意思はどちらが優先されるべきか?」
ってことになると思う。
余りにも巨大化(もっと正確に言うと肥大化)したモンスター「メタリカ」を
維持すべきために払われる犠牲。それをどこまでメンバーが負うべきか?
メンバーの一人一人の生活はどこまで尊重されるべきか?
その一個人としての意見はどこまで受け入れられるべきか?
フロントマンであるジェームズ・ヘットフィールドが最も真剣にそのことと直面し、傷つく。
それは結果として他のメンバーを傷つけることになる。
そしてそのことがさらに彼を自分という空の中に閉じ込めることになる。
スタジオの中の彼は苦悩の塊でしかないように見える。
若干楽天的なラーズ・ウルリッヒもまた同じように傷つく。
徒労感に襲われ、レコーディングという作業に嫌気が差す。
剥き出しにしたエゴを隠そうとせず、2人は怒りに任せてぶつけ合う。
そういうのの全てが赤裸々に、何のオブラートも無く語られる。
これでアルバムが、それでも出来上がるんだからすごいよな。
よくいろんなバンドのバイオグラフィーにて
長いブランクが空いてその間メンバーの不和が、なんて一言で語られてたりするけど
実際はこういうことが起きてるのか。ここまで具体的な映像は初めて見た。
よくもまあこんな内容を全世界に公開するようになったよなー。
撮影前にGOサインを出して、撮影後にOKを出したってのは
メタリカの各メンバーが大人だったからか。
こういった映像の果てにラストはアルバム発表後のツアー。
様々な困難の末に大勢のファンの前にまた立つことができて、感極まった4人の姿。
これがものすごく説得力がある。
このストレートさが映画の醍醐味そのもので
「いいもの見たなあ」という気持ちにさせる。
このラストの直前、「St.Anger」のビデオクリップ撮影のために刑務所の中で演奏を行う。
ここでジェームズ・ヘットフィールドが語る言葉に重みがあった。引用します。曰く、
「俺も長年怒りという感情を持て余してきた
世間には怒りの矛先を間違える例が多い
君らもそうだ
俺も音楽がなければここへ来ていたか・・・
来る前に死んでいただろう
俺は生きていたい
みんな元は善人だ
同じサイズの魂を持って生まれてくる
今日はその魂と交流できて光栄だ」
[2213] 新年明けましておめでとうございます 2007-01-01 (Mon)新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくです。
年が明けて 元旦が誕生日の僕は32歳になりました。
32歳。はぁー、ですよ。
30歳や31歳はまだ20代の延長に思えていたけど、
そろそろ本格的に30代と向かい合わないとね。
なんて思ったりした。
32歳を迎えた瞬間は
ザーサイの油炒めをつまみに 部屋でいいちこのお湯割り飲みつつ、
Melvins の新作を聞きながら(いまどき聞く人はいないか・・・)
借りてきた「働きマン」を読んでました。
で、日が変わってすぐ、寝ました。
いい感じに酔っ払って眠くなったので。
2006年はここ何年かの中では最もいまいちな年だったので
2007年はがんばらないとなーと思うのですが、
何をどんなふうに頑張る?ってのが
よくわかってないのが実情。
頑張って小説を書きますってとこかな。
書きますよ。日の目を見なくても。
精一杯やりますよ。
昨日も書いてたし、今日も書く。
あと、なんつうか、もうちょっと笑って生きていたいもんだ。
---
それにしても、せっかくの休みなのに
見たいと思う正月番組がない。
明日・明後日の箱根駅伝だけだなあ。
[2212] 今年を振り返る(音楽、映画など) 2006-12-31 (Sun)今年聞いた音楽、見た映画、読んだ本について振り返ろうかと思ったら、
7月3日に書いた上半期を振り返るってのと大体同じになった。
こんなことを書いていた。下半期はまあ、たいしたことなかったわけです。
http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20060703/
---------------------------------------------------------------
読んで面白かった本といえば、今思い出したのは
オーソン・スコット・カード「消えた少年たち」
マイケル・パタニティ「アインシュタインをトランクに乗せて」
この2冊。
よく聞いたCDは、新譜じゃないけど、
Blink182「Enema of the State」
This Heat 「Deceit」
ダントツでこの2枚。
新譜の中で今年 No.1 になりそうなのは
Eels「With Strings: Live at Town Hall」かな。
レッチリも TOOL も宇多田ヒカルも、
大御所の新譜はことごとくだめだった印象がある。
---------------------------------------------------------------
本で言ったら、例によって新しく出たものは読んでないんだけど、
他に印象に残ったのは「霊山」(高行健)と「オシムの言葉」
サラエボつながりで amazon で中古で入手した「サラエボ旅行案内」
これぐらいかねえ。
「消えた少年たち」「アインシュタインをトランクに乗せて」
この5冊が今年のベスト。
そういえばようやく今年、「バカの壁」を読んだ。
音楽関係の本では最近ちょうど読み始めた
「ボサノヴァの歴史外伝 パジャマを着た神様」ってのがかなり面白い。
来年のベストに入ると思う。
あと、後藤雅洋・中山康樹・村井康司この3人による「ジャズ構造改革」
言ってる内容はともかくとして抱腹絶倒な質の高い読み物だった。
ナット・ヘントフ「ジャズに生きる」も忘れられない。
相変わらずSFばかり読んでて
グレッグ・イーガンの「ディアスポラ」
ニール・スティーブンスンの「ダイヤモンド・エイジ」がハヤカワ文庫で出た。
それなりに面白かったけど、「それなり」レベル。
この著者だったら他のが面白かった。
そうだ、ウィリアム・ギブスン「モナリザ・オーヴァドライヴ」が面白かった!
---
映画は「ミュンヘン」「父親たちの星条旗」
この2本で甲乙付けがたい。
スティーブン・スピルバーグとクリント・イーストウッドが
現時点で最も優れたフィルムメーカーなのではないかと思う。
他にあんまり見れてないのが、今年は残念なところ。
---
音楽。調べてみたら昨年の購入金額と枚数は
¥1,492,863(698枚)
それが今年は
¥1,090,905(522枚)
ここまで減った。これは快挙だ。
来年は100万切りたいなあ。
今年けっこう貯金できたな、と思ったけど
なんてことはない。CDを買わなくなっただけなのだ。
さて、今年ですが。
日本で気になった出来事は
渋さ知らズがメジャーレーベル(avex)から出したってのと
オザケンが新譜を出したってとこかな。
今年は後半特にそうだけど、あんまり日本のものに興味がなかった。
宇多田ヒカルの新譜もどこがどういいのかわからなかった。。
洋楽は大物の新譜がたくさん出たけど、ピンと来ないものばかりだった。
TOOL, Red Hot Chili Peppers, Tom Yorke, Basement Jaxx, Beck
話題の人たちってことでも、
The Rapture ,Scissor Sisters, Razorlight など買ったけど、やはり耳に残らない。
どれも1度聞いただけで終わりそう。
レッチリなんて Rockin'in の今年の No.1 に挙げてたけどね。
そもそも Rockin'on を読む気がしなくなってきた。
たいして得られる情報がなくなってきた。
そんな僕の今年のベスト10ならぬ、ベスト5はこんな感じ。
もう、これぐらいしか印象にない。
Eels 「with strings Live at Town Hall」
Yo La Tengo 「I Am Not Afraid Of You And I Will Beat Your Ass」
Black Crowes 「The Lost Crowes」
Arctic Monkeys 「Whatever People Say I Am, That's What I'm Not」
Tortoise 「A Lazarus Taxon」
日本ではたった一枚、チャットモンチー「耳鳴り」
ベストの再発はThis Heat の諸作。これがダントツ。
前から持ってて自慢してた僕としてはちょっぴり残念だったけど
音が格段によくなったし、日本盤のブックレットも充実してたし、結果オーライです。
多くの人の耳に触れるべき作品であるため、入手可能となったのはやはりいいことだ。
レコメン系ってことで Massacre, Sleton Crew の再発が出たのも意味のあることだったし、
つながりのある Arthur Russel の諸作が今年も継続して発掘・再発されたのも嬉しい。
曲単位で聞きまくったのは、去年の作品だけど
Animal Collective「Grass」
カラフルを通り越して極彩色、
宇宙から来た未知の生物なんじゃないかってぐらいに生命力に満ち溢れてて・・・
現代版トム・ソーヤーの大冒険のサントラにぴったり。
新譜でもなく再発でもなく、とにかくはまって聞いたのが
Blink182「Enema of the State」
今年1番聞いた。夏ごろまで。
忙しいときは家に帰ってきて1・2曲だけでも聞いた。
とにかく曲と、音との雰囲気がいいんだよなあ。
何の迷いもなく、勢いだけで押してて、キラキラしてて。
コミカルな部分とシリアスな部分とのバランスもよく。
その後のアルバムを聞いたけど「成長」した彼らの音にはそれほど魅力は感じられず。
やはり「Enema of the State」だけが別格。
そんで最後に。
相変わらず紙ジャケないしはリマスターの再発にはやられっぱなし。
そこに今年は Deluxe Edition も加わる。
思い出せる限りで今年買い揃えたのは
XTC, Paul Simon, Can, Everthing But The Girl, The Cure, Traffic
Vander Graaf Generator, Iggy Pop and The Stooges, Killing Joke
Eurythmics, Talking Heads, Al Kooper, Pizzicato Fice ...
---
なんかかなりとりとめなくなったけど、
ま、そんなところで、皆さんよいお年を。
[2211] 今年も残すところ、あと2日 2006-12-30 (Sat)今年も残すところ、あと2日。
昨日ようやく仕事納め。
今月半ばから集中してやってた結合テストもどうにかこうにか形になった。
これで年が越せる。終わらなかったら年末年始無しだった。
ずっと気が抜けないままだった。
出社してる人は少なくて、その人たちの大半も17時半になって帰る。
これから飲みに行くという人が多かった。
僕も18時半頃か、仕事を終える。
本当はPJの忘年会ってことになってたんだけど
心底疲れきってたし、1人になりたい気分だったのでパスする。
丸の内線に乗って新宿へ。
自らの労をねぎらうために DiskUnion で中古CDを物色して何枚か買う。
お好み焼きが食べたくなる。
地下街に潜ってマイロードのぼてじゅうに入る。
カウンターに座って焼きあがるお好み焼きを眺めながら、
ぼんやり今年と来年のことを考える。
海鮮ミックスにトッピングで豚肉を追加。生ビールを2杯。
1万円で払ったら店員さんが間違えてお釣りの千円札を1枚多く戻ってきた。
黙っとく。これぐらいいいでしょ?
ラッキーだなあと嬉しくなる。今年は最後の最後にいいことがあった、そんな気分になる。
---
今日は8時起き。
ほんとはもっとゆっくりして昼まで寝てたかったんだけど、
あれこれやることが多すぎて片付かない。
まずは年賀状の印刷。
年に1度しか使わないプリンタを箱から取り出してつなぐ。
30枚分を印刷。
喪中だったのを忘れてたり、引っ越して住所が変わったり、
結婚して苗字が変わったり、そんなこんなで何枚か無駄になって印刷し直し。
ま、仕方がない。
コンビニにさらに10枚追加で買いに行く。
文面と宛名面の印刷を終えて、1枚ずつちょこっとコメントを書く。
20代後半に向かうにつれて出す枚数が減っていって、
30代になってまた増え始めたように思う。
青森の母から小包が届く。
年末で宅配便も大忙しなのか、午前中指定だったのに着いたのは13時半・・・
ここ何年か恒例となっているが、カレーを送ってもらっている。
さっそく温めて食べる。
ああ、うまいなあ。心の底からそう思う。
今年最後の洗濯、今年最後のクリーニング屋。
床屋の前を通りがかったら空いてたので髪を切った。
疲れていたので切ってる間も顔を剃っている間もずっとウツラウツラしてた。
ラジオがついていて、久米宏の「ラジオなんですけど」
西友で年末年始の食材を買い込む。
目に付いて食べたくなったものをカゴに放り込む。
いなばライトつなの高級品であるとか、
茹でピーナッツであるとか、ザーサイの油いためであるとか。
明日も明後日も家から出ない予定。
昼はカレーを食って、明日は適当に焼きうどんを作って食べて、
明後日の夜は出来合いのおでんを温めて食べることにする。
その他酒のつまみもあれこれあって、缶ビールは既にあるし、焼酎も買った。
いやーそんでゴロゴロしていたら太りそうだ。
大掃除はやりたかったけど、もう時間がない。
かろうじて換気扇カバーを取り替えて、周りの油汚れを拭いて落とした。
ユニットバスの全面的な掃除は今のPJが落ち着いてからか。
これでだいたいのところ年末ってことでやらなきゃならないことが終わった。
昨年は30日も仕事してたのだから、今年はまだましか・・・
ここから先はビール飲みつつ
後輩に焼いてもらった去年のM−1を見る。
時間があったら、というか眠くなかったら、借りてきた「働きマン」を読む。
明日あさっての午前中は小説を書いて、2日・3日の午前中は箱根駅伝を見る予定。
午後はそれぞれダラダラとDVDを見たり、など。
[2210] 今年を振り返る 2006-12-29 (Fri)今、会社。今日が仕事納め。
明日から一応年末年始の休みとなるんだけど、
どっちかっつうと明日が土曜だから休むだけという感覚に近い。
今年を振り返ってみる。
前にも何度か書いてることではあるが、
「仕事が忙しかった」「何もない一年だった」
思い返して出てくるのはただそれだけ。
何年か先の自分からしてみれば
「2006年?空白の一年だったなあ」「何も思い出せない」
ということになるのだろう。
今年1年分の日記を眺めて、各月に何があったのか書き出してみる。
□1月
・仕事が忙しかった。(結合テスト)
・Gazz ! 「中央線友の会」のオフ会。
・「ゲルハルト・リヒター展」を見るために千葉県佐倉市まで行く。
・「THE 有頂天ホテル」が面白かった。
□2月
・仕事がとても忙しかった。土日もあり。(結合テスト)
・高校の同窓会のサイトを立ち上げる。
・「一松」で寮の飲み会があった。
□3月
・ものすごく暇だった。
・暇をいいことにずっと、Gazz ! で遊んでた。
・映画をたくさん見た。「ミュンヘン」「ブロークバック・マウンテン」など。
・半年間の神保町生活も終わり。
「さぼうる2」「まんてん」「いもや」行きまくる。
・大学の後輩のジム・ジャームッシュのインタビュー本の音楽部分の訳注を書く。
・オフィスが竹芝から芝浦に移転。
□4月
・新しいPJに配属。全然別の顧客、全然別の業界。既存システムのリプレイス。
PJの進め方など様々なことに馴れるのが大変でウツ状態に入る。
毎日のように顧客と打ち合わせするが、右も左も分からない。
・善福寺公園で花見。
・出版社倒産。債権者説明会へ。
ブログにあれこれ書いてたのがきっかけに、新聞社からの取材を受ける
・ジャームッシュ本発売。
□5月
・ウツが続く。後半、ちょっとしたことをきっかけに立ち直る。
仕事がまた忙しくなった。(要件定義)
・高校の友人たちとオハイオ旅行。
航空博物館や巨大な遊園地に行って遊ぶ。
シカゴにも立ち寄る。
□6月
・仕事が忙しかった。(設計)
実質的なPJ立ち上げ期間だった。
・Gazz ! 系飲み会。表参道でシュラスコ。
・ワールドカップの試合をけっこう見た。
・「嫌われ松子の一生」が面白かった。
□7月
・仕事がとても忙しかった。土日出まくり。(設計)
ひたすら顧客のところに設計書を持って行ってレビュー。
無理やり設計フェーズを終わらせるというか、切った。
(その弊害が後々いろいろなところに現れた・・・)
・DELA君が「CMFLG」で企画した船上エレクトロニカのイベント。
・3連休に青森に帰った。
完成したばかりの県立美術館にてシャガール展を見る。
・失恋。
□8月
・仕事が割と暇になった。(開発)
・暇になって平日も休んだのに、見たい映画がない。
・PJの面々と大江戸温泉物語に行く。
・合コンに行くが、記憶をなくす。
・大学の先輩にメタル入門編CD-Rを焼いてもらう。
前から気になっていた「CURRY BAR HENDRIX」へ。
・新宿のロックバーでKさんと飲んだ。
・神宮の花火大会。
・甲子園の決勝がすごかった。
・高円寺の阿波踊りの人手がすごかった。
その後中野で焼肉。
・渋さ知らズ、ROVO、Konono No.1 を日比谷野外音楽堂で見た。
□9月
・仕事がとても忙しかった。土日出勤あり。(第1次リリースの結合テスト準備)
・スロウライダー「Maggie」がすこぶる面白かった。
・Iさんのウエディングパーティーを荻窪で。
・応募した小説がかすりもしなかったので落胆。
□10月
・仕事がとても忙しかった。土日出勤あり。(第1次リリースの結合テスト)
麹町協力会社オフィスにて半常駐。AJANTAのカレーを食べる。
・mama ! milk と F.I.B. Journal のライブを浅草で見る。
・長編「海辺の記憶」を推敲し直して再度新人賞に応募。
□11月
・仕事が後半から忙しくなった。土日出勤あり。(第3次リリースの結合テスト準備)
・短編「FROZEN BEACH」をようやく完成させて新人賞に応募。
・DELA君の「CMFLG」のイベントへ。
・人形町「玉ひで」の親子丼を2杯食べる。
・家のPCが壊れて修理に出す。不便な毎日。
・「父親たちの星条旗」が面白かった。
・渋さ知らズを池袋のロサ会館で見る。
□12月
・仕事がとてもとても忙しかった。土日出まくり。(第3次リリースの結合テスト)
・同期の家の壁を塗る。
まあざっとこんな感じ。
何にもなかったように思ったけど、ちょこちょことあれこれあったもんだね。
今年の出来事を3つ選ぶなら、
「出版社倒産」「オハイオ旅行」「失恋」ってことになるか。
[2209] 餅つき大会 2006-12-28 (Thu)昨日の昼、外に食べに行こうと歩いていたら
僕が今いるオフィスの近くにある、とある有名な会社で餅つき大会が行なわれていた。
ビルの敷地内にテントが設営されて、揃いのハッピを着た人たちが大勢いて賑わっていた。
なんだろう?と近づいてみたら餅つきだったわけだ。
臼が何個も用意され、あちこちでモクモクと湯気が沸いている。
若い女性社員がキャーとか大声で笑いながら杵を振り上げて、下ろす。
慣れた手つきの年老いた男性社員が、もち米を返してササッと合いの手を入れる。
昨日は風が強かったものの晴天で10月並の暖かさ。絶好の餅つき日和だった。
出来上がったお餅はお汁粉なんかにしてその場で食べるんだろうな。いいなあ。
その会社では昨日が仕事納めで、餅つきは創業以来の毎年の恒例行事なのだと思われる。
なんだかうらやましかった。ああいう行事って、いいね。一年の締めくくりとして。
津軽半島の最北端に近い祖母の家でも僕が小さい頃までは餅つきを行なっていた。
ある年1回だけ見た記憶がある。
子供の僕はやらせてもらえるわけがなく、遠くから眺めてるだけだった。
その日のうちに食べたんだろうな。そこのところは記憶がない。
いや、まてよ。毎年正月に祖母の家に行くと
居間の真ん中に据えられた大きな石油ストーブの上で
常に素朴な風合いの餅が焼かれているし、
親戚中に餅が出回っているしでやっぱ餅つきやってるのかも。
年末年始の親戚が集まってくる時期じゃなくて、
その前に終わらせているだけなのかもしれない。
全国的な分布がどうなのかよくわからないが、
祖母の家では普通の白い餅と緑色のヨモギ餅と2種類あった。
僕は白い餅ばかりを食べた。今でもそうだ。
お餅って白い方が気分あるじゃないですか。鏡餅しかり。
どっかの地方では栃の実を入れるって聞いたことがある。どこだったかな。
今は餅つき機なんてものがあって機械で餅をつく時代だけど、
昔ながらの臼と杵の餅つき、そしてみんなでその場で食べるという季節の行事は
これからも残り続けた方がよいと思う。
うちの会社でもやったらいいのに。
IT系だから似合わない、なんてことはないのだから。
[2208] かなりどうでもいいこと、2つ 2006-12-27 (Wed)かなりどうでもいいこと。2つ。
---
大家さんから缶のコーンポタージュをたくさんもらう。
もちろん冷えている。
夏の終わりにもらったので最初のうちはそのまま飲んでいた。
そういうものだと考え、何の疑問も感じなかった。
冷製ポタージュってあるじゃないですか。
最近になってある日、これって不自然だよなと気付く。
でもどうやって温めればいいのだろう?普通。
コンビニにあるような保温機があるとよい。
でもまさか買うわけにはいかない。このためだけに。
缶を開けて鍋で温めるのが正論なんだろうけど、それってものすごくめんどくさい。
手間の問題じゃなくて、気分的に。
まだ鍋にお湯を沸かしてその中で缶を温めた方がしっくりくる。
缶を直接コンロにかけちゃいけない。
電子レンジで缶を温めるってのは可能なのだろうか?
普通の人はどうしてるものなののだろうか?
先日缶コーヒーももらった。
この季節、どうせなら温めて飲みたい。
インターネットがどれだけ普及して、
検索エンジンがどれだけ発達してもこういう情報って探しにくい。
質問があほらしすぎて、「Yahoo ! 知恵袋」とか「はてな」に書き込むのもはばかれる。
---
世の中のおばあさんはなぜ白髪を紫に染めるのか?
それが「おしゃれ」なのだろうか?
実用的な価値があるのだろうか?
着ているものは地味なのに、髪だけが紫。
どんな若い人も紫に染めたりはしないですよね。
よほど気合の入っている人じゃない限り。
(死期の近い人に絵を描かせたとき、
紫色の絵の具を選ぶとどこかで聞いたことがある・・・)
白髪を茶色に染めるのは確かに不自然だ。
紫の方がしっくりくる。
白髪染めで使用する染料と年老いた女性の髪質との相性の問題なのか。
そんな難しいものではなく、なんとなく広まっただけなんだろうな。
---
などなど。
31年生きてきて、
知らないこと・不思議に思うことはますます増えるばかりである。
[2207] キリストの教え 2006-12-26 (Tue)24日のクリスマスイヴの午後、渋谷に出かけた。
信号が青になると大勢の若者たちがセンター街や道玄坂方面へと向かって歩き出した。
ハチ公の前の道路は休日ともなるとスピーカーを積んだ大型のバンを停めて
様々な信条を持つ団体がその主張を行なっているが、
この日演説をしていたのはキリスト教の団体だった。
「神の国は近づいた」とか、そういうやつ。
たぶん、昔から日本全国の繁華街にてクリスマスの時期となると
このようなアピール活動を行なっているのだろう。
もちろん若者たちの耳には届いていない。
気がついたとしても「なにあれ?」と顔をしかめ、
ありふれた路上のノイズとして受け止めただろう。そしてすぐにも忘れてしまう。
キリストの教えを説く低い声が空しく響いて、雑踏の中に消えていく。
白や黄色の紙に黒のインクで印刷された安っぽいチラシが、
捨てられて踏みにじられ、誰にも省みられることのない様子を僕は思い浮かべた。
僕はキリスト教を信じているわけではない。そういう信仰を持ってはいない。
だけどそのときの僕はかなり、暗い気持ちになった。
交差点を渡ってセンター街の入り口には
スピーカーのついた背の高い棒を持った女性が1人ポツンと立っていた。
スピーカーからは向かい側の車の演説を無線で拾ったのが聞こえてきた。
くすんだスエットの上下。身なりの貧しい雰囲気が伺えた。
僕と同い年ぐらいだろうか。30前後。
5歳ぐらいの息子がじれったそうにまとわりついていた。
キリスト教を信じてその団体のために奉公しているのか、
それともただのアルバイトなのか。
棒には確か「神を畏れよ」と大きく書かれた紙か布が括り付けられていた。
臨時のアルバイトなのだろう、と僕は思った。
大勢の人で賑わう渋谷で日曜の午後、
好奇の視線に耐えながらずっと立っているはずなので
それなりの額にはなるはずだ。
もらったお金でその夜はクリスマスのケーキを買って
小さな部屋にロウソクを灯して息子と一緒に食べるのだろう。
HMV やレコファンで CD と DVD をたくさん買って、僕は渋谷を後にしようとする。
スピーカーを持った女性はもちろんそこにじっとしたまま立っていた。
周りの喧騒から隔てられて、暗い影のようだった。
僕はその後ろ姿をわずかばかりの間見つめて、そのまま通り過ぎた。
信号が赤になって立ち止まる。
女性のことが気になったけど、振り返ったりはしなかった。
振り返ったらもう終わりだ、と思った。
僕が僕なりに日々手にしているささやかな幸福が否定されるようで怖かった。
彼女の存在そのものが否定するのではない。
僕が僕を否定するのだ、
そして僕は終わりのない自分だけの争いに身を投じるのだ。
メリークリスマス。
この世界に存在する全ての人に祝福を。
[2206] キョロスク 2006-12-25 (Mon)今年の春からJRの田町駅が会社への最寄駅となった。
地上のホームから2階に上がると「キョロスク」というのがあった。
キョロちゃん(もちろん、森永の)でデコレーションされたキヨスク。
ものすごく大きなキョロちゃんが屋根の上にちょこんと立っていた。
もちろんチョコボールばかり売ってるわけではなくて、
中身は基本的に普通のキヨスク。
でも、キョロちゃんグッズをあれこれ売っていたようだ。
http://www.morinaga.co.jp/member_kyoro/members/f_hiroba/kyorosk.html
残念ながら、今はもうない。
秋ぐらいかな。今度は「ウイダー」をテーマに
「ウイダーステーション」というものに変わった。
http://www.ej-kiosk.jregroup.ne.jp/cgi-bin/disp.cgi?frame=3&file=shops/weider.html
店の一角はウイダーばかり。
田町が一応オフィス街だから忙しいサラリーマン向けに?
もしかしてこういうのが都内あちこちにあるのかなーと思って
先ほどなんとなく調べてみたら実はそんなことはなく、ここ田町だけ。
「ウイダー」も森永製菓だったんですね。そのつながり。
森永製菓の本社がそもそも田町にあった。
「ウイダートレーニングラボ」ってのまである。
http://www.weider-jp.com/labo/wtl.html
そうだったのか。
「キョロスク」も全国にあるのではなく、やはり田町だけのものだった。
こういう企業のタイアップでキヨスクをラッピングするのって
はやってんのかと思いきやそんなに多くなさそう。
渋谷駅の東ハト、東京駅の巨人軍ぐらいのようだ。
僕としては「キョロスク」の方がよかったなあ。
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091092036689.html
この記事を読むと、1時間に1回キョロちゃんが時計の中から出てきて
「クエッ クエッ クエッ チョコボ〜ル〜」のあの歌を歌っていたようだ。
見た記憶も聞いた記憶もない。おかしいなあ。残念だ。
---
僕も子供の頃、金のエンゼルを探し、銀のエンゼルを集めたもんだけど
結局金のエンゼルは手に入れられず、銀のエンゼルはどうだったかなあ。
5枚集まったかどうか。
おもちゃの缶詰めが届いた記憶がなんとなくあるのに、中身の記憶がない。
いとこが当たったのかな。
今、こういうのを見つけた。
「森永チョコボールのエンゼル判別マル秘テク」
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/8902/es_cbata.htm
[2205] クリスマスイヴ '2006 2006-12-24 (Sun)昨日は12時ごろ帰ってきて寝て、6時に起きてまた出社。
テストモロモロの作業。しかも難解なヤツ。
マスタをいじってトランザクションもいじって
擬似的にしか状況を作り出せないようなの。
こんなの手間暇かかるし、
マスタをそうそう簡単に好き勝手にいじくるわけにはいかないし、
土日にやるのが望ましい。
というか平日やってる暇なかったのが溢れただけか。
朝7時半から始めて、結局帰りは丸の内線終電。
帰りにコンビニでなんか食って飲んで寝るかと眺めていたら
「いや、やっぱ明日も出よう」と思い立つ。
だめだ。このままじゃやばい。リリースを迎えられない。
というか年末年始を迎えられない。
そんで寝たのは1時で8時起きで出社。
午前中いっぱいデータを仕込んで、12時にバッチが動く。
その結果を確認して今日は終わりにする。
夜までずっとそのままテストの続きをやっていたら
それなりに進捗は進むんだろうけど、確実に息詰まる。
土日2日ともこんなことしていたら人としておかしい。
会社を出て田町の駅から京浜東北で東京駅まで。
地下の大丸で正月に家に送るお菓子を買う。
今回はチョコレートというリクエストがあったので、洋菓子のコーナーを歩く。
クリスマス・イヴだったのであちこちでケーキを売っていた。大混雑。
GODIVA があったので、そこでチョコを買った。
(ちなみに、世界史的にゴダイバと読むのが正しいのであって、
ゴディバは違うのではないかと僕はずっと違和感を抱き続けている。
The Velvet Underground にも「Lady Godiva's Operation」って曲がある。
あれも「ゴダイバ夫人」のことを歌っている)
その後洋麺屋五右衛門を見つけ、
カルボナーラと和風ペペロンチーノのハーフのセット。
ビールを追加。セットのドリンクは白ワイン。
店を出る頃にはけっこう酔ってる。
銀座まで歩いて、HMVで Lucinda Williams と Animal Collective を買う。
クリスマスイヴ目前。銀座の街はにぎやか。
だけど今の僕は世の中がクリスマスだとは到底思えない心境。
街を歩けばそういう雰囲気、 確かにひしひしと感じられるけど
最近はもう、そういうの視界に入らなくなってきた。
銀座線に乗って、渋谷へ。
さすがイブの渋谷。カップルだらけ。
(まあ今日はどこで電車乗っててもそうだが)
HMVへ。先月・今月とたまったポイントで CD を買う。
Emmylou Harris, Bevis Frond, Butthole Surfers, Lloyd Cole など。
ポイントが1万5千円分あって、しかも輸入盤が 25%OFF のセールだったから
思っていたよりもかなり買えた。
その後レコファンへ。
中古でJimi Hendrix, Shed 7, Camper Van Beethoven を買った。
家に帰ってきて、大家さんに家賃を払いに行く。
今月もまたうどんをもらう。あと缶コーヒー。
洗濯。その間クリーニング屋へ。
年末年始にたくさん飲むだろうと
近所のロングの缶ビールのパックを2つ買う。
エビスとサッポロ黒ラベル。
年賀状を印刷しようかと思ったが、諦める。
30日の土曜に持ち越し。
あー年末も慌しい。大掃除らしきこと何もしてないし。
---
段階リリースの真ん中という時期。
最初にリリースしたヤツの不具合報告が押し寄せ、
その一方、次にリリースするヤツのテストも膨大な作業量。
平日は気を許すと終電となり、先月後半から土曜は必ず出てる。
(周りに話しかけられずに仕事できる時間と場所が必要だから)
かろうじて毎週日曜の休みを死守しているのだが、
たった1日あったところで何もできない。何も片付かない。
ちょっと用事を入れてしまうとそれっきりだ。
そしてその日曜も今日は半分仕事で消えた・・・
そんな感じなので、今、部屋の中は
読んでない新聞や雑誌がたまりまくって床に散らばり、
HMV や amazon から届いてても箱も開けてない。
冷蔵庫の中は牛乳がだめになってても気付かなかった。
これを僕は「一人家庭崩壊」と名づける。
---
荻窪駅前の西友で買ったフライドチキンでビールを飲む。
地下の食品売り場ではあちこちでローストチキンが売られてたけど、
あんまりそういう気分ではなく。
今日買った音楽を聞いて、来週に備えてあとは寝るだけ。
[2204] きみみたいにきれいな女の子 2006-12-23 (Sat)Pizzicato Five を何枚か友人に貸すことになって、棚の中を探す。
後期の、ということになっていたので
「Pizzicato Five 」「プレイボーイ プレイガール」「さえらジャポン」この3枚。
今年の春に15枚いっきに再発。
毎月ちょっとずつ買い集めて、そろそろ全部揃ってきた。
「きみみたいにきれいな女の子」という曲があって、僕はとても好きだ。
オリジナルは「プレイボーイ プレイガール」に入ってたのかな。
後期のベスト、あるいは活動期間全体のベストが何枚かあるけど
どれもこの曲が入っている。
毎月1枚ずつ買っていくと、毎月のようにこの曲を聞くことになる。
この1年、そんな印象がある。錯覚に過ぎないんだろうけど。
「きみみたいにきれいな女の子が どうして泣いてるの
きみいたいにすてきな女の子は どこにもいないのに」
歌詞を通じて言ってることはただこれだけ。
聞いてて物悲しい気持ちになる。
手のひらにほんの少しだけ差し出されたメランコリック。
Pizzicato Five って言ったら90年代前半、いわゆる渋谷系を代表するグループ。
おしゃれで、踊れて、キラキラしてて、
キッチュで、グラマラスで、フェイクな音がすぐにも思い浮かぶ。
だけど真骨頂はこういう極にあるんじゃないかな。
単純で、悲しい歌。
パーティーの後だったり、何もない休日の午後だったり、
人はみないろいろな寂しかったり悲しかったりする瞬間を迎えたりするものなんだけど
Pizzicato Five はそういうのをさらりと描くのがうまかった。とてもうまかった。
寂しさと、その裏腹にある華やかさ。
何かが始める、ワクワクした気分。
今思うと Pizzaicato Five は普通の人が普通に暮らして抱く
いろんな感情や憧れを描くための引き出しをたくさん持っていた。
だからこそ渋谷系のブームが終わった後も一定の人気を保ち、
質の高い活動を続けてこれたのではないか。
パーティーの始まる前。あるいは、パーティーの終わった後。
パーティーそのものは描かない。
渋谷系の周辺のグループは当時、
パーティーそのものの音を出そうとしていたように思う。
そこに違いがあった。
Pizzicato Five は突き詰めると
退屈な日常生活とそこから脱け出すためのパーティー、
そのささやかな「余韻」を鳴らしていた。
きらびやかなポップ・ミュージックという姿を取りながら。
[2203] 守護霊もの 2006-12-22 (Fri)短編のアイデアとして考えてるけど、まとまらないものの1つ。
どっちかといえば、映画。
人は死んだとき、無に帰るのではなく霊魂として漂い続けるものとする。
そして、霊魂となって日の浅い初級者は
守護霊として現世の人間を見守るという役割を(神様から?)与えられる。
生まれた瞬間から、最期まできちんと見届ける。
それを全うしたかどうかによって神様が合否の判定を行い、
天国に行けたり、地獄落ちだったり、再度守護霊としてやり直しとなる。
ある日突然死んでしまった若い主人公は
冥界の入り口で諸手続きを経た後に
列の前後に並んでいた人たち同様、守護霊に命じられる。
それまでの暮らしとは何の関係もない突拍子もない場所に赴任となる。
(もちろんそれが大前提だ。知ってる人の守護霊を務めるわけにはいかない)
そこには生まれたばかりの赤ん坊がいて、両親がいる。
そしてその赤ん坊の守護霊となった自分と、両親の守護霊とがいる。
もちろん彼らは霊としてのキャリアは自分よりも長く、
子供の育て方あれこれに関して
あーでもないこーでもないと議論をふっかけられることになる。
丁々発止のやりとり。
守護霊としての振る舞い、導きが
うまくいったりいかなかったりを繰り返していくうちに
やがて子供も大きくなってくる。
思春期を向かえハラハラする毎日となり、気がつくと立派な大人。
会社に入って、結婚して、家を買って、子供が生まれて・・・
いつのまにか主人公が死んだときの年齢を超えてしまっている。
若いときに死んでしまった主人公はそこから先、
何をどうしてあげるべきか分からなくてただ見守るだけ。
そして見守っていた彼(ないしは彼女)が年老いて死ぬ日を迎え・・・
それまでの歳月の喜怒哀楽。
主人公は冥界の入り口にて、ワンランク上の霊として
見守った相手の世話役として出迎えることになる。
霊界のガイダンスの合間にあれこれ話す。
だけど時間はほんの少ししかない。
1時間か2時間程度ぐらいしか一緒にいる時間はない。
そしてそれはすぐにも過ぎ去ってしまう。
いろんな思い出が通り過ぎていく。
2人は話し続けながら現世への入り口へと歩いていく。
主人公は、一方通行でありながら
長い年月を共に過ごした彼(ないしは彼女)を、守護霊として現世に送り出す。
と、まあこんな話。
[2202] 幼馴染が2軒並んで家を建てる 2006-12-21 (Thu)いつだったか、朝のニュースを見ていたら
街のちょっとした話題みたいなのを紹介するコーナーで
クリスマスにちなんだ話題が取り上げられていた。
ごく普通の住宅地。とある隣り合った2軒の家で共同して
とてつもなく大きくてきらびやかなクリスマスの飾り付けを
毎年毎年披露していて町でも有名だ、というもの。
よくありますよね。
家の前面にツリーの形をした赤に青の電球が瞬いているようなのとか。
あれの庶民でできる範囲での最大級のゴージャス版。
2軒にまたがって展開できるならば、かなりの広さになる。
この2つの家はもともと幼馴染が隣り合わせて建てたものだから、
可能になったのだという。
そこがポイントか。
それまでの人生で見知らぬ間柄だった人たちが
そのとき家が隣り合わせたからというだけの理由で
一緒にクリスマスの飾り付けをするっていうのは
なくもないことだろうけど日本ではあんまりなさそう。
(なんとなくイメージとして、アメリカではありそう)
どこだったか場所は覚えてないけど、地方の県のような気がする。
だけどそれほど田舎じゃない。割と開けている。
その町で生まれ育って、だいたい同じ時期に結婚して子供が生まれて、
だいたい同じ時期に家を建てた。
昔から仲がいいから何の屈託もなく2軒並んで家が建った。
子供たちは何の気兼ねもなく相互の家を行き来して、
郊外のショッピングセンターや娯楽施設にも2台の車で行く。
夏ともなると週末にはどちらかの家でバーベキューをやっている。
そんな光景が思い浮かぶ。
そういう人生もあるんだなあと思う。
地元ですんなり生きていくっていう。
進学のために上京してそれっきり東京で働いている僕からすると
そういうのが当たり前で周りもそういう人たちばかりに思えるんだけど、
そんなの大都市の中に住む一握りなのかもしれない。
世の中の多くの人は生まれ育った県の中で一生を過ごすものなのだ。
若いうちは親元を離れて市街地の近くに住んだりもしてみるが、
いざ家を買うとなると両親と一緒に住むことになったりで似通った場所に戻ってくる。
生まれ育った家を改築して住むというのもあるだろう。
実際、世の中のどれだけの人が
生まれ育った地元にそのまま残って生きていくものなのだろう?
先日 mixi で高校の友人と再会して何人か近況を教えてもらった。
僕の感触として高校時代の半分近くが今、青森で暮らしている。
近県に住んでいるという人を含めたらかなりの割合になる。
進学校にしてみてもそうなのだ。
それがこの国の普通なのだ、とさえ思えてくる。
どうなんだろうな。
[2201] 年賀状を作成する 2006-12-20 (Wed)日曜の夕方、そろそろやらなきゃなーと思い腰を上げて年賀状を作り始めた。
毎年毎年その年行った海外の写真を貼り付けて
「あけましておめでとうございます」
以下、ちょこちょことしたコメントをくっつけて終わり。
ワンパターンだけどまあいいかと思う。年賀状ってそういうもんだし。
今年行った海外ってことでオハイオ州、シンシナティの郊外の写真。
地味だけどまあこれもいいかと思う。そんな年だったし・・・
コメントに書くことに悩む。
何も書くことがなかった。
振り返ってみると今年は何もない1年だったなあ。
一言で言うと、「現状維持」
それ以上でもそれ以下でもない。
映画は作らなかったし、小説も書いたけどものにならなかった。
仕事が忙しいを口実にまたズルズルとまたしても結論を先延ばし・・・
(ああ、今年はこういうことを言い続けて終わった年だった・・・)
来年の抱負ってヤツも書くことなし。
マジで困って、困り果てた挙句当たり障りなく
「来年は転機の年となるよう・・・」みたいなことを書いた。
こう書いとけば内実が伴おうが失敗しようがなんとか格好がつく。
送る相手が親戚だったりでそうそうふざけたことも書けないんだよな。
きれいさっぱり今年からやめてしまおうと思うのだが、
11月からポツポツと喪中の葉書が来だすと
「いや、やっぱり出さないとまずいな」と考え直してしまう。
それにしても今年は喪中の葉書が多かった、ように思う。
これはたまたまなのか、それとも年とともに増えてくるものなのか?
今よりも30年後は、確かに増えているように思う。
というか友人としてやり取りしていた人たちからポツポツと来なくなるのか・・・
(もちろんその原因は不義理ではなく、「死」である)
いや、それ以前に30年後も年賀状という習慣は続いているのだろうか?
さすがにデジタル化してるだろう。してないわけがない。
そもそも葉書というものが残ってないのでは?
そこ次第なような気がする。
30年後も官製はがきってものが残っていたら、年賀状も残っている。
郵政民営化により「そんなのもうかんない」ってことになったら
いつのまにかなくなっているのかも。
[2200] 壁を塗る 2006-12-19 (Tue)同期の友人が新しい家に移るってんで、今、借りた家のリフォームを行っている。
以前会って飲んでたときに
週末はいろんな人に手伝ってもらって壁にペンキ塗ってるって話になって、
僕もやってみたくなる。「次やるときは僕もー」と名乗りを挙げる。
その後しばらくして、先週の頭だったかな、
「今度の土曜壁を塗るけど来る?」ってメールが届いて
「いいねー。やるやる!」とウキウキな気持ちになる。
このところ毎週土曜は出社してたけど、この週末だけは仕事そっちのけで壁塗り。
駅に集合して、新居へ。
元々はモデルルーム、その後いろんな借り手を経て
事務所になったり店になったりしたらしい。
なので1階も2階も広い部屋がそれぞれ1つずつあるだけ。
仕切りがないと、2階なんて合宿所か地方の居酒屋の座敷のよう。
引っ越してきて本格的に荷物を展開したら全然感じが変わってしまうんだろうなー。
なんにせよ広い部屋に住むってのはいいことだと思う。
2階の壁や階段の上半分は既に終わっていて、
この日塗ったのは階段の下半分と1階のキッチンの周り。
四角い桶の中に珪藻土を元にした、粉のままの白い塗料を入れて、
水を加えてひたすらこねる。ダマにならないよう気をつけて。
ほどよく絡まりあうと、さらに粉と水を足していく。
時間が経過すると徐々に固さというか粘り気が出てくる。
うどんをこねる作業もこういう感じなんだろうな、と思う。
食器棚の棚板をリサイクルして、出来上がった塗料を乗せる板にする。
これを左手に持って、右手にはヘラみたいなのを持ってひたすら壁に塗っていく。
上京して以来ホームセンターだのDIYだのに無縁な生活を送ってきた僕としては
こういうのの1つ1つが新鮮だ。
たまにやる分にはなかなか面白いと思う。気分転換として。
日曜大工をする人の気持ちが、ほんの少しだけだけど分かったような気がした。
レッチリのベストを聞きながら壁を塗っていく。
こういう作業をするとき、レッチリってほんとよく似合う。
「壁塗るぞ!」「さあやるぞ!」って気分になるもんね。偉大なバンドだ。
この日3人でやってて、音楽流しつつ、ひたすら与太話。
この頃のレッチリのクリップってさー、みたいな。
最初のうちはそんなだったのが後になってくると
だんだん本気ではまりだして誰も何も言わなくなる。真剣になる。
話す内容も「後ろ通るよ」とかそれぐらいになる。
いや、ほんと、これはのめりこむ。
「壁と塗料とコテ。そして俺」
この世界に存在するのはこの4つだけなんじゃないか?って気持ちになってくる。
いや、気持ちすら存在しない。
限りなく「無」に近づいていく。
何の邪念もなく無心となって塗っていた瞬間が何度かあった。
だからと言ってうまく塗れたかというとそんなことはなく。
初めてだから何もかもが難しい。
「俺って天才じゃね?」といきなり才能に目覚めるってこともなし。
コテで引いた線がそのまま残ったり、
塗料がダマになった部分がそのまま壁にデコボコとして残ったり。
力を込めて一息に塗りきってしまうのが適切な場合と、
力を加えずにそーっと上塗りした方がいい場合と。
あれこれ力の使い分けを覚えた頃にはその日予定した壁は終了。
午後1で集まって、気がついたら夕方になっていた。
自分が塗った壁に改めて向かい合ってみると、
「うーむ。いかんなー」と首を傾げたくなってくる。
ほんともう、あちゃーって感じですよ。
後片付け。
近くの公園の水飲み場で桶を洗う。塗料の落ちた床を雑巾で拭く。
余った塗料はサランラップで包む。こうすると乾燥せずにまた使えるのだという。
その後駅のほうまで歩いて行って、4人で遅くまで飲んだ。
牛タンの店があって、鴨鍋や牛タンしゃぶしゃぶなどを食す。うまかった。
食べながらも「この壁って2度塗りしてるよね」なんて言ってみたり、
にわか壁職人となってあれこれ批評する。
こういうリフォーム作業を始めてみると、ハンズに行く楽しさが違うと友人は語る。
壁を塗るという作業1つとっても性格がすぐに出てきて、
仕事と重なり合う部分も多く。
何を持ってその工程を仕上げたとするか?
どこまでこだわるか?どこで妥協するか?
面白いもんである。
機会があったらまたやってみたい。
[2199] 速度変更 2006-12-18 (Mon)先日、ODNの回線速度アップグレードキャンペーンのことをちょこっと書いた。
家に引いてるADSLの速度を8Mから50Mに変える。
その契約変更を行なって、レンタルの新しいモデムが届いた。
昨日の朝、箱から取り出してモデムを入れ替える作業を始めた。
素人でもできるようになっているので
IT業界の最前線(っぽい)場所で働いている僕ならば
超余裕でできるに違いないと思っていたのだが、
ケーブルをつないでみてもネットに接続できず。
しばらく悩む。
設定をあれこれいじらなければならないのかと手を出しかけるが自制する。
そういえばODNから契約について封筒が来てたよなあということを思い出す。
探し始める。だけど見つからない。イライラする。
こういう大事な書類をちゃんと選り分けておかないなんて・・・
自分の不手際に腹を立てる。
しばらく探した末に新聞の山の中に挟まっているのが見つかった。
封筒を開けてみると新しい体系のユーザーIDが記されていた。
今までのだとログインできない。
なるほど、そうだったのか・・・
以前のモデムは返却のため箱詰めしてコンビニに持っていって宅配便で発送。
長く使うならば自前で買ったほうが安上がりか。どうなんだろう。
ODNがソフトバンクテレコムとなったせいか、
新しいモデムの箱を開けたらIP電話の利用案内がいきなり出てきてギョッとする。
IP電話なんて申し込んでないぞ!?
ODNでなんか契約変更したら即IP電話に切り替え!?
そんなわけないよな。さすがに。
デフォルトでとりあえずキットの一部として入っているだけのようだった。
とにかくIP電話を普及させたくて消費者の意識に刷り込むためのものなのか、
それともデフォルトで入れといた方が便利なくらいに普及しているのか。
とりあえず僕は今のところ要らない。
NTTの電話の権利も持ってるし。
(今はたいしたことじゃないけど、僕が上京した頃は
NTTの電話の権利を買うってのはお金のかかるものだった)
さて、そんなわけで50Mにしてみたわけですが。
体感速度的に「おお、速くなった!」なんてことはなく。
なんかちょっと速くなったかな・・・、ぐらいのもの。
要するに8Mでも特に日常生活に支障をきたすほどのことはなくて
それってまだまだ世の中のスピードは8Mレベルなのだということ。
YouTube が見れなくて困るってことはなかったし、
トップページにフラッシュが置かれているサイトでも
ローディングでイライラするってこともなかった。
じゃあ8Mのままでもよかったんだろうけど、
来年の今頃は世の中全般的にスピードが速まってるかもしれないし。
問題ないうちに先回って合わせておくかと。僕にしては珍しく。
でも、光ファイバーにする必要は今のところ全くないな。
(先週の木曜に回線速度を上げる工事があったんだけど、
潜在顧客ってことでNTTは「フレッツ光」のパンフレットを置いて帰ってた)
[2198] 年の瀬なムワーンとした雰囲気 2006-12-17 (Sun)12月も後半。街を歩いていると年の瀬な気分でムワーンとしている。
今日は晴れていて温かく、
クリスマスの1週手前ってこともあって外に出た人も多かっただろう。
昼、「ボーナスで買い物を」と池袋の西武へ。
LIBRO の小さな広場にはクラシックギターのデュオが軽やかなメロディーを奏でていた。
帰ってきて荻窪駅前を歩いていると、和太鼓の演奏会が行われていた。
西友の中で買い物をしていたらレジの店員はみなサンタの帽子をかぶっていた。
先週は中野ブロードウェーでクリスマスセールの福引き。
どこもかしこも年末&クリスマスムード。
和太鼓は足を止めてちょっとだけ見た。
この季節、あちこちの催し物に呼ばれて引っ張りだこなんじゃないかな。
女性3人だったか4人と、その先生と思われる初老の男性。
トライバルなビートっていいもんだよなあと言いたいところだが、
そんなにうまくなかったように思う。残念。
打楽器のアンサンブルって叩いてて気持ちいいだろうな。
僕も機会があったらやってみたい。
リズムとエネルギーだけ、という状態に1度没入してみたい。
年末の慌しい雰囲気ってのが僕はけっこう好きで、
年が明けた途端そういうのがきれいさっぱりなくなってしまうのを
子供の頃から寂しく感じていた。
---
話は変わるが、大学の友人がMBAの取得のため1年間、
スイスのビジネススクールに留学することになった。
明日旅立つ。家族とともに。
機会があったら来年のどこかで訪ねてみたいのだが、
スイスの直接往復は高そうだなー。
海外で、英語で、ビジネスの授業を受けるなんて・・・
すごいもんだ。僕には無理だ。
[2197] 会社のクリパ、不参加 2006-12-16 (Sat)昨日は本当は会社のクリスマスパーティーだった。
入社8年目にして初めて行けなかった。
「仕事が忙しくて」というのが表向きの理由で、
裏の理由としては「ま、そろそろいいか」って気分があって。
去年は新趣向として、B級芸能人を呼ぶってことはやめて
(テツ and トモは今頃どうしてんだろう・・・)
健全なカジノ大会になった。
今年はクイズ大会ってことで
「100人に聞きました」と「ドレミファドン」が行われたようだ。
「ドレミファドン」は出たかったんだよなあ。
この僕が出たらたいがいのもの答えられるじゃん。
会社のクリパレベルのイントロクイズに出てくる洋楽なら全問正解、即答でしょう。
3人1組ならばカラオケに強いやつを集めればあとは無敵だ。
だけど社内SNSで募集してみても誰も誘いに乗らず。
ネタと思われたのか、それとも怖がられたか・・・
残念だった。ドリームチーム作って3万円分の商品を持って帰るつもりだったのに。
絶対商品は iPod だったと思う。この機会にもらうか、と心の中ではニヤニヤ笑っていた
場所はここ何年か恒例のお台場のメリディアンではなくて、
品川プリンスホテルの別館みたいな場所だった。
どうもここに来日中のバルサの面々が宿泊していたようで。
ロナウジーニョとかさ。見れたかもね。
---
金曜夜、遅くまで仕事してほぼ終電で帰る。
駅まで向かう途中はあちこちで酔っ払った人たちの集団でフラフラしていて、
山手線も丸の内線もいつもより混んでいた。
忘年会の第1次ピークってとこか。
来週の22日、第2次ピークも仕事してんだろうな・・・
[2196] 白夜 2006-12-15 (Fri)冬至が近づくにつれて夜明けが遅くなり、夕暮れも早くなってきた。
もう、そういう時期なのか・・・と驚く。
朝早い僕は家を出るときはまだ暗い。
日本も高緯度に位置していて、白夜とその反対
(なんと言うのか思い出せないが、毎日真っ暗な状態)があったなら・・・
高校の地学の時間が思わしくなかった僕は
なにがどうなればそういうタイミングとなるのかわからないんだけど、
恐らく緯度によっては白夜も、日々徐々に夜が切り詰められていって
完全に夜がないのはたった1日だけという地域もあるのだと思う。
もし、日本がその位置にあったら。
その日1日だけ、夜がなくなる。夏至がそうなるのか。
なんかそういうシチュエーションをモチーフにした映画がたくさん生まれただろうな。
主人公の男女は様々な出来事の末に、海辺で真っ白な(真っ青な?)夜明けを迎える。
などなど。
まあとにかくその日はお祭りになりそうな気がする。
夜を徹して飲めや歌えの・・・
なんつうか日蝕みたいな。
---
それにしても、白夜の中の暮らしってどんなんだろうな。
夜眠くなっても空が明るいまま。
そして目が覚めても、どれだけ朝早く起きても、空が明るいまま。
恐らく日本人にとって暗い夜と明るい朝の切り替えって
精神的・肉体的な調子を保つのに重要なファクターなのではないかと。
それが狂っていく。
毎日毎日どれだけ時間が過ぎていっても空が変わらないとなると
同じ毎日がずっと続いているような、
あるいは1日がどこまで行っても終わらないような。
灰色の曇り空のまま1週間何も変わらない、ということもあるんだろうな。
というか毎日真っ暗闇のほうがやばいか・・・
[2195] 宅配便の荷物をコンビニで受け取る 2006-12-14 (Thu)家のプロバイダーはODNで、
ある日ADSLのアップグレード無料キャンペーンのハガキが来た。
5Mがだったか8Mで特に今のところ不自由はないんだけど、
来年の今頃には状況が変わって遅さを感じ出すかもなあと考え
この機会に50Mに切り替えてみることにした。
(ODNも落ち目かなあと思っていたけど
ソフトバンク傘下となって果たしてどうなることか?)
レンタルのモデムが届く。今まで使ってたのは返却する。
これがヤマト運輸だったんだけど、配達が日中だったので不在連絡表となっている。
見てみたらコンビニでも受け取れることになっていて驚いた。
これは便利だ。僕のような1人暮らしのサラリーマンは土日しか受け取れない。
月曜に配達に来たときなんて1週間待つことになる。
不在の連絡もメールで来てて、本文中のURLをクリックすると
どこのコンビニで受け取るか地図で設定できる。
すげー。世の中便利になったもんだなあと感心する。
これって最近になって始まったものなのだろうか?僕が気付くの遅い?
(なんか遅すぎの予感がする)
このサービス、特定のコンビニだけじゃないんだよな。
僕の見た地図では確かセブンイレブンとローソンが選択できた。
IT業界で働いていると、これを実現する仕組の大変さってのがよくわかる。
各社コンビニとの接続仕様の調整の苦労だけを考えても気が遠くなる。
一社だけでも大変なのに、開発して、
オーダーから受け取りまでの総合的なシステムテストを行なってとなると・・・
これってヤマト運輸側で接続仕様の主導権を握って
コンビニ各社がそれに合わせたのだろうか?
それとも逆にヤマト運輸の側で合わせたのだろうか?
銀行系みたいにプロトコルレベルで合わせてるのとは違って
各社ごとにいろんなものが違ってそうだなあ。
やりたいことが同じなわけだから
やりとりするデータの項目の数は恐らくどこも似たり寄ったりになるんだけど、
例えば各種コードの体系とか各社まちまちなわけでしょう?
店舗コードの採番ルールや型桁とかさ。
配達人から受け取った荷物をカウンターの中で保管して
顧客が来たら伝票を確認して渡すまでのフローってのも各社によって微妙に違ってたり
そのフローの構築・マニュアル化の作業も違うのだろうし。
配達伝票をレジのバーコードリーダーで読み取るシステムも異なるのだろうし。
例えばローソンだったらロッピーとどう絡ませるのか、とか。
(ロッピー?と思った人のために説明すると、ATMみたいな形のいわゆるマルチメディア端末。
チケットを受け取ったり支払いをしたりなどなど。ローソンならどこにでもありますよね)
---
世の中どんどん進歩していく。
こういうITっぽい分野や
ハードディスクレコーダーだの薄型テレビだのといった家電だけじゃなく、
身の回りで見かける様々な物もいつのまにか進化している。
この前も会社で話してて、
ホットなのに手で持っても熱くないよう樹脂で加工してある缶であるとか、
マジックカットとかあれこれ挙げてみた。
30過ぎたSEが集まって「マジックカットってすげーよなー」と感心しあった。
おまけ。今調べてみたらマジックカット誕生秘話ってのを見つけた。
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091121262679.html
僕はどこかの町工場の職人のオヤジがある日ひらめいたのだと思っていた・・・
[2194] 青森のしょうが味噌おでん 2006-12-13 (Wed)今日の朝起きてテレビをつけてNHKのニュースを見ていたら
青森市古川の市場がリポートとして取り上げられていた。
おそらく、新人ないしは若手が研修の一環として製作したものと思われる。
(NHKに就職した大学の先輩からそういう話を聞いたことがある)
自分の所属する放送局の周辺で話題を探して、
カメラマンや音声の担当とディレクターの担当に分かれて取材に出かける。
インタビューを行なって、ナレーションを入れて、1分程度の短いリポートにまとめる。
出来上がった作品は朝の5時台という見てる人の少ない時間帯にそっと慎ましく放送される。
たぶん全国の放送局で作っているだろうからたくさんの作品があって、
採用されて放映されるのもほんの一握りなのではないか?
そしてそのうちの1つをたまたま今日の朝僕が見て、
それがたまたま生まれ育った青森の馴染み深い古川の市場だったわけだ。
3畳ぐらいの小さなおでん屋を1人で30年以上
切り盛りしている72歳のおばあさんが取り上げられていた。
店に入ったことは恐らくないが、
前を通り掛かったことならば数え切れないぐらいあるだろう。
青森の味噌おでんは白味噌にすりおろしたしょうがを入れる。
甘めの味噌にしょうがのピリッとしたほのかな辛さが加わって、独特の味わいとなる。
僕はこれが普通だと思って育ってきた。
味噌おでんとはそういうものだと。
どうも違うってことを知ったのは上京してからで、
全国的には味噌田楽みたいなのを指すようですね。
少なくともしょうがは入れない。一種のカルチャーショック。
(青森は赤飯も「甘い」のが当然だったし。これも驚いた)
しかもこのしょうがのおでんって
「東北地方にだけ広まっている」というレベルの話ではなく
調べてみるとどうも青森市周辺部だけらしい。
リポートではこんなことを語っていた。
ルーツを探ってみると、青函連絡船が就航して賑わっていた戦後の闇市の時代に
寒い冬に船を待つ人の体を温めてあげようと
屋台でおでんを売っていたおかみさんが
すりおろしたしょうがを入れてみたのが始まりであると。
それが瞬く間に広まって、家庭の味となったのだろう。
表立って「青森の味」としてレシピが広まるというのではなく、ただ普通に、口伝えに。
僕の皮膚感覚ではこの「青森のしょうが味噌おでん」は
このところ急速にクローズアップされているように思う。
ご当地グルメのちょっとしたブームだからか。
帯広の豚丼であるとかね。もしかしたら佐世保バーガーもその一種?
おでんで言えば姫路のおでんってのが盛んにアピールしているし、
青森で言えば他には八戸のせんべい汁か。(僕ならじゃっぱ汁の方がいいけどね)
宇都宮の餃子に名古屋メシという全国的に知名度の高いものもあって
それだけで観光客を呼べるようになる、ってことをあちこちの自治体が目指してるんだろうな。
今あれこれネット上を漁ってみると、
「八戸せんべい汁研究所」http://www.senbei-jiru.com/
ってとこが主催のB級ご当地グルメの祭典「B−1グランプリ」ってのがあったようだ。
(1位は富士宮のやきそば)
あと、「おでんの街・あおもり構想推進委員会」ってのが発足してた。
http://www.acci.or.jp/oden/index.htm
僕が次に青森に帰ったらそこらじゅうがおでん屋になってたりしないか・・・
青森市のローソンでおでんを買うと、「しょうが味噌にしますか?」と聞かれるみたいだけど。
池袋のナムコナンジャタウンでは
来月まで「おでん博覧会」ってのが行なわれていて、
「青森風おでん」ってのも出品されている。
http://www.teamnamja.com/tp/namjatown/guide/makaroni/d-republic/event/oden_2.html
今年の正月も帰れないので、せめてここにおでんを食べに行こうかな、と思う。
[2193] 今、捨てようと思った言葉の群れたち 2006-12-12 (Tue)詩を書こうと思っても全然書けずにいた、残された断片より。
メモを捨てる前にいくつか書き写しておく。リサイクル。
いつの日か完成させる可能性もないわけではない。
だけどその日が来ることは恐らくないだろう。
---
エリーゼのために、僕ができることはなんだろうか?
エリーゼのために、してやれることはないだろうか?
---
君が笑っていたとき、僕は泣いていた
君が泣いていたとき、僕は笑っていた
そこには理由はないみたいだ
どこにも理由はないみたいだ
--
君は僕の撮った写真の中にいた
僕は君の話す言葉の中にいた
---
君は今夜死んでしまうから
僕は今夜新しい友だちをつくろうと思った
---
いつものように朝が来て
僕らはこの都市の中を動き回って
そして夜が来て眠りについた
---
君の家を知っているよ
だから君の家に行くよ
今君はそこにいないこと、知ってる
だけど僕は行くよ
誰もいない君の家で僕は君を待っている
何もしないで、ソファに座って
君のこと考えながら
目を閉じて
僕は君が帰るのを待っている
ずっと待っている
そして君がもうここには戻ってこないことを
僕は知っている
[2192] 青森の温泉 2006-12-11 (Mon)JRの駅を毎日利用している。
ふと見るとびゅうプラザの前にラックが立っていて、
国内各地の観光地のパンフレットがあれこれと山のように。
いつもは興味持たないけど、先日、時間があったので立ち止まって眺めてみた。
青森の温泉に行くようなのをいくつかピックアップして持ち帰った。
会社で昼休みにいくつか見てみた。
「北東北の湯」ってタイトルのパンフレットで取り上げられていた青森の温泉は
「酸ヶ湯」「蔦」「不老ふ死」この3つ。
まあ妥当なところか。
2月末に母が誕生日を迎えるのだが、還暦。
普通なんかやるもんだよね。
でも親戚一堂集めてチャンチャンコ着せるようなのは誰も望んでない。
温泉宿に一泊なんていいんじゃないかと思った。
もちろん、僕がお金出して。
妹に車運転してもらって。
まあただ単に僕が温泉でゆったりしたいって、まずはそこなんだけど。
---
この3つ、泊まるだけでだいたい1万5千円はかかる。そこそこする。
JRのパンフレットを見ると新幹線代込みで3万円台前半。
普通に新幹線で帰る時の代金とほとんど変わらない。
つまり、ちょっとだけ顔出すだけの帰省なら
温泉に泊まった方が安上がりということになる。
僕は何年か旅行業界のシステムを担当しているので、
カラクリがどんなものなのかだいたいのところわかっている。
(格安航空券がなぜ安いのか?というのと一緒)
それでもなんとなく、こういうのいつも不思議に思う。
---
ぼけーっと何もせず、温泉に浸かっていたい。
人がいなかったらなお、よし。
東京の通勤電車の中ではなくて
青森の温泉の中で、これからのことを考えてみる。
[2191] 小さな幸福 2006-12-10 (Sun)金曜にボーナスが出て、今日は休み。
ともなると向かうは中野ブロードウェー3階の中古CD屋レコミンツ。
行くとあれこれ欲しくなる、欲しくなりすぎてお金がかかって仕方がないと
去年から行くのはボーナスが出たあと、年に2回と決めている。
結局今日も10枚以上中古CDを買って1万を越えていた。
これでも何枚かがんばってフルイにかけて落としたつもりなんだけど。
(目安として僕はいつも、片手でつかめる範囲までとしている)
レコミンツを出ると昼、2階に下りて市井の天ぷら屋「住友」へ。
かき揚げ定食の上を頼む。
年老いた職人肌の親父が、息子なのだろうか、あれこれ指図している。
1つ1つ丁寧に揚げていくので時間がかかる。
それまでの間、エビスビールを飲みながら(やっぱちゃんとした店は置いてるんですね)
買ったばかりのCDの解説を読む。
カウンターに座って、天ぷらを揚げるジュワーッという音が目の前で聞こえる。
幸福なひと時。
もしかしたら今の僕にとって最も幸福なシチュエーションって
具体的にこういうことなのかもしれないと思った。
32歳を目前として、独身の会社員。
青森から状況、趣味は音楽コレクションの拡充とうまいものを食べること。
行き着いた幸福な地点はここか、ここだったのか。
世の中にはもっと大きくてもっと華やかでもっと高尚な幸福も多々あるとは思うが、
今の僕はどうもここに落ち着きそうだ。
それがいいことなのかなんなのかは、よくわからない。
アツアツのかき揚げを頬張りながら「これでいいのかもな」と思う。
こういうのがあと何年か続いて、
30代後半になったらそのときの小さな幸福のために生きていく。
余計なことには手を出さない方がいいのかもしれない。
大きな不幸ならば、この世にいくらでもある。
天ぷら屋を出て、地下で福引きを引く。
ガラガラを4回回して、下から2番目の賞が当たる。
テレビ東京賞ってことで正月番組の「忠臣蔵」がパッケージに印刷された日本酒。
桜吹雪の中を稲森いずみと高橋英樹が写っている。
開けてみたら「嘉泉」だった。
今夜はこれを飲もうかと思う。
[2190] 今、オフィスに1人きり 2006-12-09 (Sat)12月9日。真珠湾攻撃とジョン・レノンが殺害された日。
・・・だと思っていたんだけど、今調べてみたらそれって昨日12月8日だった。
ちなみに今日はビートたけしがフライデーに襲撃した日。
あれって86年なので、ちょうど20年前。
ビートたけしってその頃から芸能界にいたのか!?
って普通にいたというか全盛期だったよなー。
うひゃー。時の移り変わりは早いもんだ。
今日もまた出社。平日同様、早朝から。
いつもはチラホラと人がいるもんだけど今日はなぜかいない。
(出社直後7時半には女の子が1人いた。徹夜か・・・)
広いオフィスに1人きり。
僕の周りだけ電気をつけて後は消す。
今日は雨が降っているのでフロアはものすごく暗い。
周りに誰もいないとなんだか僕の部屋が大きくなったようでなんだか嬉しい。
仕事もはかどる。書斎みたい。
余りの居心地のよさにコーヒー飲みたくなったら
自販機の缶コーヒーではなく、わざわざドトールまで買いに行く。
(歩いて橋を越えて、一番近くにあるのがドトール)
昔の僕なら誰かにこっそりいたずらを仕掛けたくなっただろうけど、
この年にもなるとそういうアイデアも浮かばない。
あー早く帰りたいと淡々と仕事をする。
今日に限らず仕事しているときはいつもそうだけど、
仕事の合間に疲れてくると適当にインターネットでぼけーっと何かを見てる。
さっきはなにがきっかけだったか Wikipedia で「アメリカ横断ウルトラクイズ」を調べて、
歴代のクイズ王がどんな人だったか思い出そうとした。
僕が中学生・高校だった頃は真剣になって見てたけど、
その頃の夢は僕も出場してアメリカ大陸まで勝ち進んで優勝することだったぐらいだったのに、
「あれ?これって誰だっけ?思い出せない・・・」という人ばかり。
だからなんだって言われたらぐうの音も出ないですが、
ま、そんな感じで土曜の午前中が終わった。
田町の駅前でラーメンを食ったばかり。
ああ、また仕事に戻らなければ。
昨日はボーナス支給日だったので、明日はCDを買い漁る日。
中野ブロードウェーのレコミンツ行ったりとかね。
さっさと仕事終わらせて帰ろっと。
そういえば今年は何かと Wikipedia を使ってばかりの年で
僕の中では今年最もブレイクしたものに思える。
先日も賞を取ったしね。今年の「Web of the Year」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/07/news010.html
[2189] 際コーポレーション 2006-12-08 (Fri)気がつくと都内あちこち、際コーポレーションがプロデュースする店ばかりだ。
知らないうちに利用しているという人は多いのではないか?
鉄鍋餃子の「紅虎餃子房」だけではない。
日本料理やイタリアンの店も出している。
仕事の関係で木場のイトーヨーカドーの隣の
2階建てのフードコート「ロータスパーク」を一時期よく利用したが、
「紅虎」「万豚記」「葱や平吉」「HATHI 黒長兵衛」と
店の半分近くが際コーポレーションだった。恐るべし。
(でもここで一番おいしいのは「陳健一麻婆豆腐店」なんだけどね)
僕が知ったのは学生時代で、国立と国分寺の「虎萬元」
古びた民家っぽくて燻製の豚が吊るされている、
というムードありありな感じで僕らはよく利用した。
国立・国分寺界隈でなんかどことなくチェーン店っぽいんだけど
割とおしゃれな店っていうのがオープンすると
それってたいがい際コーポレーションだった。
友だちがバイトしてて「どことどことどこが・・・」
というのを詳しく教えてもらったことがある。
国立って今でも、際コーポレーションの新規店舗の実験エリアなんじゃないかな。
もうどこもかしこも際だらけ、のはず。
内装の雰囲気からだいたいわかる。
どの層をターゲットとしているかきちんとマーケティングしましたってのを
寸分のズレもなくデコレーションしているので、
その「型」ってのが入ってすぐ感じられる。
僕自身は好きでも嫌いでもない。どちらかというと、好き。
そこにしかない「これはうまい!」というものに巡り合う感動はない。
でも、なかなかいい線行っているように思う。
値段も手ごろだし。雰囲気もしゃれてるし。
とにかく、ハズレがない。
でもまあ、気心知れた人と気軽に行くのはいいけど、
「いい店知ってる」っていう感じで「ここにしました」ってことは絶対ないな。
むしろ「際」じゃないかどうかチェックしてはずすというか。
最近お客さんのビルの近くってことで銀座コリドー街の
「胡同文華CHINOISHALL」によく行く。
あれみたいに1ランク上の店だとまあいんだけど・・・
(ここの土鍋に入った麻婆豆腐が好きでよく食べる)
今会社のサイトを見てみたら、洋服はインテリアも売ってるみたいね。手広い。
福生の「DEMODE」も際だったのね。
昔国立に合った「DEMODE」もそうなんだろうなー。
ここにしかないような服が多くて、よく買ったもんだ。
いつのまにかなくなっててがっかりした。
会社の沿革を見るともともとは福生で始まったようだ。
それで国立・国分寺に強かったのか・・・
学生時代はまだこの地域にとどまっていたのが、
僕が社会人になる頃には東京全域をカバーするようになっていた。
今では全国に出店している。
先ほど書いた友達も、九州に進出するってときに副店長待遇で地元に戻ったんだよな・・・
結局すぐ辞めちゃったけど。
紅虎は今では青森にまであるのか。
そういう尺度で考えたとき、「すげー」と思う。
[2188] 「Free Hugs」その後 2006-12-07 (Thu)以前の日記で新宿駅西口の地下の広場にて
「無料でハグします」と書かれた紙を持った男性がいたと書いた。
http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20061025
その後この件についてあれこれ教えてもらって、
「そういうことだったのか!」とわかる。
時代は今、「Free Hugs」である。
オーストラリアから始まった小さな Movement が
今、全世界に広がりつつある。
□オリジナルのビデオ
http://youtube.com/watch?v=96AfPEjaahc
□「Free Hugs」日本上陸
http://youtube.com/watch?v=6HnKqE_Rgdk
http://youtube.com/watch?v=96AfPEjaahc
面白いのは、僕の知っている限りこれって
You Tube を通じて広がってるってことである。
映像を見て共感した人が、
自ら「Free Hugs」の紙を持って街頭に立って、
その模様をビデオに撮って編集して You Tube にアップする。
今、いろんな国々の共感した人たちが自分たちの活動をアップしている。
そして続々と今、You Tubeに。
この Movement はほんのちょっとだけかもしれないけど、
この世界をいい方向に変えるかもね。
(ソウルに旅行した友人からは「明洞で見た」という報告あり)
僕は最初、10月末に「無料でハグします」と書かれた紙を持って立っている
むさくるしい青年を新宿西口の広場で見かけて
「なんじゃこりゃ」と思ったものであるが。
その後、別な日には「Free Hugs」と書いた紙を持った女性2人組が立っていた。
「Free Hugs」とピンクの文字で大きく。
で、実際にハグされている通行人がいた。
なんつうか、状況が変わったような気がした。
ちょこっとだけど。
「Free Hugs」日本でも広まるかも。
新宿駅西口地下の広場は
「Free Hugs」のメッカとなるかもしれない。
---
追記。
日本版の1本目のビデオを mixi でリンクを貼ったところ、
ハグされた人が癒されてるというよりは
ハグしてる人が癒されてるように見えるとの指摘を受けた。
これって、日本は「ハグ」という習慣がないから
どっちかっつうと新手の路上パフォーマンスに近い
っていうのになんか関係しているように思う。
能動的に見知らぬ人と触れ合おうとした、
他人の殻を破ろうとした、というのが
ハグしてる側にとって癒しとなってそう。
でもね、始まったばかりだからぎこちないだけだと思うよ。
[2187] 腰痛 2006-12-06 (Wed)先週末から、腰痛。右側。
月曜が一番ひどくて、徐々に落ち着いてきた。
月曜は椅子から立ち上がったり、姿勢を変えるだけで
ビキーン!!ズキーン!!と痛みが走った。
むち打ち症が腰に来たらこんな感じだろうか?
それともぎっくり腰の軽いやつ?
なぜこの時期に急に痛みが強くなったのか、原因不明。
金曜から土曜にかけての真夜中、
終電逃して飲んでたときに眠ってしまって
そのときにおかしな姿勢となっていたのだろうか・・・
右腰そのものは昔から「持病」として抱えていた。
これは親にもこれまで言えずにいたのだが、
高校のときに朝、通学のため自転車乗ってて急いでいて、
大通りを赤信号で渡ったら乗用車とぶつかった。
ボンネットの上に僕は乗り上げた。
とっさに僕は「すみませんでした」と謝って、自転車を引きずって消えた。
自転車は前輪近くのどこかがゆがんで乗れなくなった。
自転車屋に預けて、バスに乗って高校に行った。
今思うと、向こうの車乗ってた人が怒って修理代を請求してもおかしくはないのに
あっという間のことで全てうやむやになった。
自転車は電柱にぶつかったということで修理にかかったお金は親に出してもらった。
一件落着・・・、のはずが
それ以後ぶつけた腰が痛むようになった。
「こういうことがあった」と正直に言って病院に行くべきだった。
骨にひびが入ったのか、ゆがんだのだと思う。
そしてそれでそれっきり。
受験シーズンで悠長に病院通ってるどころじゃなかったってのもあるし、
そのうち直るだろうと安易に考えたというのもある。
17歳か18歳の僕は痛みに耐えて、乗り切った。
一時期ほどではないが、今でも時々痛む。季節の変わり目とか。
「まー、しょうがないな」とこれまで思ってきた。
じんわりズキズキ痛むという程度であって
日常生活に支障をきたすというものでもない。
ほっとくことにした。これはこれで人生の決断だ。
それが今、こんな痛みに・・・
どうしたもんか・・・
今はまだ若いからいいけど、
50代60代になってこういうのってとんでもないことになるのではないか。
でもその頃にはもう、手遅れだろうな・・・
そもそも、なんであのとき自転車であんなにも急いでいたんだろう。
若い頃の自分は何を考えていたのか、よくわからない。
[2186] この世界に残された最後の人間(その2) 2006-12-05 (Tue)昨日書いたヤツのバリエーションとして、思いついた話。
神様のなせる業なのか、侵略する宇宙人の策略か。
1日ごとに、この星の人口の半分が消されていくものとする。
「消される」「残される」に基準はない。
全くのアトランダム。
後に残される人たちはそのルールがわからない。必死になって探すが、見つからない。
アメリカの大統領だろうと国連の事務総長だろうと
世界一の富豪だろうとノーベル賞を受賞した天才的な科学者だろうと
早々に消えていく。
町から人が消えていく。
ある朝目覚めると隣で寝ていたはずの夫がいなくなっている。
2階から次女の泣き声が聞こえ、上がって話を聞いてみると
2段ベッドの上で寝ていた長女が姿を消したと・・・
そういう場面を出だしにして。
60億が30億になり15億になり、
1/2の確率が1/4、1/8と減っていく。
全世界規模で混乱した日々が続き、何週間か経過する。
それでも生き残り続ける人たちがいる。
「ああ、自分は今日も生き残った」と喜ぶ。
なのに、1/2の確率で次の日には消されているかもしれない。
(一喜一憂する、物語の登場人物たち)
やがて、この世界の人数は10万人以下となり、100人以下となる。
8人、4人、2人、1人・・・
ここに最後の1人がいる。
(どういう方法によってか、それを知っているものとする。
例えば最初の頃の日々に気の聞いた誰かがゼロ地点までのカレンダーを作って、
それがネット上で爆発的に広まったとか。
1日ずつ×をつけていって、最後の1日だということを知る)
その最後となった彼、彼女は何を思うか。
何を考え、何を感じるか。
明日になれば彼、彼女もまたこの世界から消えてなくなっているのか?
それとも「勝者」として、この世界で生き続けることを特別に許されるのか?
・・・たった一人で。一人きりで。
(名前は忘れたけどアメリカの番組で、一般公募の人たちが無人島に集められて
毎日1人ずつ投票で島を追い出されていく、誰が最後まで残るか?ってのがあった。
それを無邪気な宇宙人が地球規模でやってるとか)
---
昨日書いたのとうまく組み合わせれば、50枚ぐらいの短編になりそうだ。
どうかな?
[2185] この世界に残された最後の人間 2006-12-04 (Mon)こんなことを考えた。
ある日突然、この世に残された最後の人間になってしまったら・・・
僕はどうするだろう?
途方にくれる、そしてどこかに僕の他、取り残された人間がいないか探してみる。
歩いて歩いて歩き回る。自転車に乗ったりはするだろう。
僕のことだから「誰かいませんかーっ!?」と大声を出すことはなく、
無言のまま、焦ってあちこち歩き回る。さしあたり都心の方向へ。
新宿駅の地下街を、渋谷のセンター街を。
最後には高い場所ってことで、東京タワーの階段を駆け上がっていくだろう。
腹が減ると空調の止まったコンビニに入って
ぬるくなったペットボトルの水を飲んで、缶詰めを開けて食べて。
そんな日々が何日か続く。
そして毎日、夜になると僕はそれまで住んでいたアパートに戻ってくる。
それが、それまでの毎日だったから。
僕以外の人間しか「いない」ということがわかったとき、
他に何もすることがない、する必要がないということがわかったとき、
僕は僕を取り囲むこの世界の残骸を荒らし回るだろう。
手当たり次第他人の家に入り込んで、その生活の痕跡を後追いで眺める。
寝室に忍び込んでクローゼットを開ける。
最初はコソコソとしていたのが、
何日かしたら慣れきって当然のように振舞えるようになる。
どんなものを食べていたのか?
夫婦の生の営みはどうだったのか?
女子高生や女子大生の部屋を見つけると喜ぶ。
大金持ちの家の広くて小奇麗の寝室で眠ってみる。
それも何日かしたら、飽きるんだろうな。
どれだけのドアを開けたところで何も変わらない。
同じ何かがどこまでも果てしなく続く、続いてるってことに気付く。
そしてそれはあくまでも「痕跡」「過去の遺物」でしかない。
ある日突然嫌になって、放り投げる。
放り投げる、目を背けるだけでは済まない。済まされない。
それは、そいつらは、その全てが、
この僕を、たった一人取り残された僕を取り囲んでいる。
地平線の果てに至るまで。
物言わぬ残骸が押し寄せてくる。
そのイメージが僕にまとわりついて離れなくなる。
振り払おうとしても振り払うことはできない。
どこまで行っても何日かけて走っても、
この僕を追いかけるかのようにそれは続いている。
精神的に追い詰められて、疲弊していく。
ようやくにして、僕を取り囲む「現実」というものを理解する。
たどり着いた山奥で僕は山小屋を見つけて、そこで生活を送るのだろう。
何事もなかったかのように。
ただの人間嫌いのように。
小さな畑を作って、作物を収穫して食べる。
火をおこして風呂を沸かして入る。星空を眺めながら。
合間合間に本を読む。腐るほどこの世界には残されている。
世界文学全集を読みつくす。何度も何度も読み返す。
そして僕は年を取っていく。
年老いた僕はある日、死ぬ。
たった一人で。誰にも知られることなく。
そしてこの世界は終わりを迎える。
僕は僕の住んでいた「世界」に戻っていく。
(物語のバリエーション:
そこには僕のことを知っていた大勢の人たちがいて、
ある日突然消えてしまった僕を最初の頃は探していた。
いつの日か諦めて、それでも日常生活は続いていった・・・)
[2184] 書き入れ時 2006-12-03 (Sun)休日。床屋に行って髪を切る。こんな話を聞く。
昔と違って今は年の瀬だからといって髪を切る人もいなくなった。
年末に髪を整えてすっきりとした気持ちで新年を迎えたもんであるが、
今の人はそういうことを気にかけなくなった。
若い人なんて特に、年末年始も単なる連休に過ぎないのではないか?
そんなわけでもう何年も12月の売り上げは
他の月と比べて多いってこともなくなったと。
むしろ多いのは7月。暑くなり始めの頃、人は髪を切りたくなる。
これは今も昔も変わらない。
なるほどな、と思う。
業種によって書き入れ時って違うもんで
経理関係の仕事に就いてる友人はやはり決算の前後が忙しく、
この時期に飲み会があってもこれなかったりする。
デパートに代表される小売業界は「ニッパチ」つまり、
2月と8月は全然物が売れない時期とされてきた。
僕のところがそうなのでIT業界全体もたぶんそうなんだろうけど、
2月から3月にかけて、8月から9月にかけて忙しくなる。
期末の駆け込みに予算達成のために開発案件を取ってきて突貫工事で終わらしたり、
あるいはお客さんが期首から新システムの導入を行うってスケジュールだったりで。
前者の場合、なんとなく年度末の道路工事を思い起こす。
あるいはこの業界、運の悪いPJに入ってしまうと
ゴールデンウィークや年末年始にわざわざ出てきてシステムの切り替え。
3日4日停めて新しいシステムの導入を行える時期なんて他にあんまりなくて。
会計系のシステムとか多いよなー。
世の中の人がよく認識してるところでは銀行のシステムってそうですよね。
時々ニュースにも取り上げられる。
合併でシステムが新しくなって、移行作業がうまくいったとかいかないとか。
ああいうののヘッドでやってる人の重圧って考えただけでゾッとする。
@1年間、仕事の忙しさが平坦の方がいいのか?
Aそれとも1年の特定の時期になると必ず忙しくなるという計画的なほうがいいのか?
Bそれともその時々の状況によって忙しさが変わってくるというほうがいいのか?
ま、そりゃ人それぞれなんでしょうけど。
僕の場合、@Aはそのうち飽きてくるんだろうな。
でも、Bはほっとくといくらでも忙しくなるような傾向が潜んでそうで。
自分のやる気次第でコントロールできるBってのがあるといいのだが。
[2183] 本番移行作業、部屋の結束、など 2006-12-02 (Sat)主に、昨日のこと。
---
早朝、芝浦でメールを読んで前の晩に顧客の不具合指摘状況の確認をして
改修の要否を判断して指示したり顧客と調整をしたり。
ひと段落すると麹町の協力会社オフィスへ。
その後ずっと改修状況の確認をしたり、動作確認をしたり、状況を報告したり。
夜まであっという間。
・・・という一週間を過ごして、ようやくモジュールが締まった。
アプリを本番に乗せていいと顧客より承認が下りる。
本番リリースの前日。相変わらずドタバタする。
10末の初回リリースはまあいいとして
今回の2回目のリリースも同じことを繰り返す。
正月開けの3回目もこのままだとまずいよねってことで
いかにして品質を上げるべきか、プロパー社員が集まって
原因を分析したり、その対応策を考えてみたり、
あーでもないこーでもないと論議する。
---
夜、急に連絡が入って、大学の寮時代の友人たちと飲むことになる。
4人部屋の先輩後輩が集まって飲む、というのに別な部屋だった僕が飛び入り。
このところ仕事仕事で大変だったので、息抜きとしてちょうどよかった。
そもそもの趣旨として、休職して1年間留学する友人の壮行会みたいなもの。
昼に友人に電話したときは
「場所は丸ビル」しか聞いてなくて、それ以上の詳しいことは分からず。
夜、会社を出てその友人に再度電話して店の名前を聞こうとするのだがつかまらず。
何回電話してもつながらない。
田町駅へと向かう間、山手線のホーム、駅を出て丸ビルへと向かう途中、丸ビルの中。
つながらない・・・
他の連中の番号は知らなかったし。頼みの綱は1本だけ。
丸ビルの中、「The Conran Shop」などで時間をつぶす。
諦めかけたところにようやく連絡が取れて
入った店は「東京今井屋本店」
http://www.imaiya.co.jp/omise/tokyo.html
地鶏の店。うまかった・・・
10年ぶりに会った後輩が2人いて、
1人は全然感じが変わってて驚いて、
1人は全然感じが変わってなくて驚いた。
店を出て八重洲側に出て、バーに入る。
明日も仕事だ、終電で帰らなきゃとみんなで出て東京駅へと急ぐが、
思いっきり中央線の終電を逃していた。
タクシー2台に分かれて築地へ。
24時間営業の「すしざんまい」に入る。
・・・がここから僕は眠ってしまう。今年初の生牡蠣を食ったのは覚えている。
3時ごろタクシーに乗って帰る。寝たのは4時か・・・
そんで今日8時に目覚ましをセットして、起きる。
さすがに4時間しか寝てないのはつらいなー
ともう2時間寝ることにする。眠い中仕事しても効率悪いし。
午後出社。
今でも部屋のつながりがあるってのはいいもんだ。
昨日集まった連中は隣のブロック北2Bで、
僕らのブロック北2Aよりはまとまりがなかった。
僕らのほうが活気があって、ブロック単位で日々ワイワイ騒いでいた。
彼らは地味に過ごしていた。
その後10年以上経過して、僕らはブロックでは年に1回ぐらい顔を合わせるが
部屋単位で集まるってことはなかなかなかった。最近だと特にそう。
それが今でも部屋の結束が固いってのはすごい。北210号室。
普通に何の屈託もない友だちのまま。
---
今日はシステムの移行作業。
全員出社。
移行作業前日だというのに、
何人かは朝までカラオケに行ってたらしい・・・
[2182] 近況報告 2006-12-01 (Fri)今日から12月か。早いもんだ。2006年もあと1ヶ月。
というか、僕の場合31歳もあと1ヶ月ということになる。
(仕事が忙しくてただそれだけ、っていう1年だったな・・・)
たまにはごく普通の近況報告、と思うものの取り立てて言うことはない。
今所属しているPJが忙しく、12月・1月はもっと忙しい見込み。
10月の月間残業時間は100を越えたけど、12月はもっと行くかもなあ。
差し当たり土曜は全部出るつもりだし。
(作業時間が足りてないってのもあるが、
落ち着いて物考えて仕事できるのは休日だけって状況で・・・)
年末年始は一応30日から3日までは休めそう。だけど予断を許さない。
年明けはシステムテストで、それはそれで地獄のような。
2月に余裕ができ始めて、3月は暇かも。
その先はわかんないな。どうしてるか。
辞めてるかもしれないし、辞めてないかもしれない。
12月・1月に大変なことになって
「こんなのやってられっか!!」とキレたらそれで終わると思う。
そしたら1・2ヶ月小説を書いて、・・・その後就職活動なんだろうな。
どうしようかな・・・
IT業界じゃないところに、転職ってできるだろうか?
小説は10月末締め切りのものに長編を応募して、
11月末締め切りのものに短編を応募した。
これもどうなるか。
今、生きていて「希望」と呼べるものはこれぐらいしかない。
だけど確率論的に言って可能性は低い。
僕自身に話題性はないし、書いてる小説に商品性はない。
万が一新人賞を取ったとして、そこから先食っていけるのだろうか?
土日は出社してなかったり小説書いてなかったら
買ったけど聞いてなかった音楽をとりあえず部屋で片っ端から流しながら
買ったけど読んでなかった雑誌をぼけっと読んでいたり。
買ったけど見てなかった DVD を見ていたり。
成長曲線ってものが今年ついにゆるやかな低下へと向かい始めた。
そんな年だったように思う。
現実に目をそむけて、なんだかんだ理由をつけて判断を先送りして。
たぶん、32歳もそんな感じなんだろうな。
もう何年もこういうことばかり書いていて、何も変わらない。
取り返しがつかないことにいつかなって、
そこから先のことはそのとき考えるか・・・
[2181] 「悪魔とダニエル・ジョンストン」 2006-11-30 (Thu)昨日に引き続き、11月2日に見た映画。その2
「悪魔とダニエル・ジョンストン」渋谷ライズX
http://www.akuma-daniel.com/
オルタナティブ系ミュージシャンたちの間では
「天才」と賞賛されてやまないダニエル・ジョンストンの伝記映画。ドキュメンタリー。
小さな頃からアメコミを独自に解釈した奇怪な絵を書き続け、
大学はドロップアウト、まともな職に就くことはできず、
一般の人からは正気の沙汰とは思えない下手なギター(あるいはピアノ)で
実らなかった恋の相手に捧げる曲を何百曲も作って歌い続けるうちに
テキサス州オースティンの生きる伝説となったシンガーソングライター。
MTVに紹介され一躍有名となるものの、ドラッグに手を出し、宗教に救いを求め、
傷害事件を起こして精神病院に押し込まれ、その後入退院を繰り返す。躁うつ病と診断される。
今も坑うつ剤を飲みながら音楽活動を続ける。
年老いた両親の世話を受けながら。
若き日のダニエル・ジョンストンはラジカセと手近な楽器だけで
カセットテープに曲を吹き込んでは人に配っていた。
手書きのイラストを添えて。代表作が「Hi, How Are You ?」
Nirvana のカート・コバーンは
この「Hi, How Are You ?」のTシャツを着て何度か人前に出た。
「なんだあのイラストは?」ってとこから、
ダニエル・ジョンストンが生涯で2度目のスポットライトを浴びる。
こぞってアーティストたちが彼の曲をカバーして
(例えば、Yo La Tengo 「Speeding Motorcycle」が有名か)
孤高のソングライターとしての地位は揺ぎ無いものとなった。
ダニエル・ジョンストンは録音マニアだったため、
日常生活のありとあらゆる出来事を隠し撮りしていた。
母親がガミガミと叱っているときや、
なんと自由の女神に落書きをして逮捕されたときのこと。などなど。
自ら吹き込んで友人に送ったカセットテープの手紙も残されている。
自ら監督・主演した8ミリの短編映画
(たいしたもんではなく、あくまでホーム・ムーヴィー)といった素材もあって
このドキュメンタリーは一種独特のものとなっている。
監督が手がける前から、素材はこの世に転がっていた。
一から撮影して過去を再構築する必要はなかった。
現在のダニエル・ジョンストンを追っていくだけでよかった。
素材は逆にありすぎて、溢れんばかりになる。見てて無駄な時間が一切ない。
どこをどう切り取ってもダニエル・ジョンストンのが生き様がこれでもかこれでもかと。
ミュージシャンのドキュメンタリーで
ここまで情報が濃密なものってそうそうないのではないか?
なんつうかこのドキュメンタリーを作ることを目的として
ダニエル・ジョンストンがこれまで生きてきたかのようだ。
これってダニエル・ジョンストンが The Beatles に憧れる余り
自らを「ロックスター」となぞらえていたことに起因するんだろうな。
ロックスターたるもの、人前に出たときの記録が残っていて当たり前という。
それと、精神を病んだ人特有の収集癖・・・
僕ももちろんダニエル・ジョンストンのアルバムは何枚か持っていて、
日々聞くってことはさすがにないけど、
ときどき思い出しては聞いてみたり、新譜が出ると買ったりする。
あの独特のかすれた、子供時代からそのままのイノセントな声と
屈折したところが一切ない、媚びたり計算したところが一切ないメロディーを聞いてると
確かにこの人の紡ぎ出す音楽はすごいと思わざるを得ない。
だけどその半分は、Sonic Youth だったり
大勢のミュージシャンが彼へのリスペクトを口にしていることから感じる
「これが常識なんだ」という雰囲気がなせるわざなのかもしれない。
映画の中で紹介されていた興味深いエピソードを1つ。
ダニエル・ジョンストンは30代後半にして初めて、
The Beach Boys の音楽に触れたのだという。
彼は「Pet Sounds」を知らなかった!びっくり仰天。
知ってからは貪るように買い集めたのだとか。微笑ましい。
Pink Floyd のシド・バレットと並んで
The Beach Boys のブライアン・ウィルソンは精神を病んだアーティストとして
ダニエル・ジョンストンと比較されるようであるが。
あのイノセントなポップの感覚って The Beach Boys というか
ブライアン・ウィルソン直結みたいなものなのに。
全く独自に The Beatles を手本に生み出されたものなのだなあと感心してしまった。
ダニエル・ジョンストン。
今から100年後も記録に残っているとしたらならば
一言で行ってしまえば、アウトサイダー・アートの人ってことになるのかな・・・
それともあくまで音楽の世界で功績を認められるか。
後世の人がどう思うかって意味でものすごく興味深い
シンガーソングライターにしてイラストレーターである。
彼は The Beatles にどこまで近づけたと思っているのだろう?
まだまだ全然遠くなのか。
それとも仲間意識を持てるほどの近くにまで来ているのか。
いつか機会があったら、そこのところを聞いてみたい。
[2180] 「サンキュー・スモーキング」 2006-11-29 (Wed)以下、本来は11月6日週ぐらいの日記に載せようとして
11月2日の木曜に書いたものの、
PCのマザーボードが壊れてファイルが取り出せなくなり・・・
というやつです。
先週23日にようやくPCが戻ってきて、ファイルが見れるようになりました。
今日明日は仕事が忙しくて大変なので、このストックから、・・・となります。
---
木曜に会社休んで見に行った映画2本について。
まずは「サンキュー・スモーキング」日比谷シャンテ・シネ。
http://www.foxjapan.com/movies/thankyouforsmoking/
「ゴーストバスターズ」シリーズのアイヴァン・ライトマン監督の息子、
ジェイソン・ライトマンの初監督作。
父親がコメディ映画の人なので、息子もまたコメディ。
血は争えぬってことなんだろうけど、
歯に衣着せぬブラックユーモアがライトな感覚で全編散りばめられているのが
新しい世代ならではってとこなのか。
初監督だけあって若々しさ反面ぎこちなさもあるんだけど、十分及第点の内容。
腹抱えて笑うってほどでもないが、ところどころクスクす笑えてなかなかいい。
でも僕としてはもっとハチャメチャでパンチが効いてる方がよかったなあ。
アメリカでは「良識的」な人々から
死の商人としてヒステリックに糾弾されまくっているタバコ業界。
そのPRマンが主人公(アーロン・エッカート)。
口先1つで論争相手を丸め込み、煙に撒く。
人呼んで「情報操作の王」
だけどその私生活は別れた妻に息子の養育権を奪われ、
息子と過ごす週末のことばかりを考えるごく普通の男だったりする。
友達は同じく死の商人であるアルコール業界のPRウーマンと銃器業界のPRマン。
この嫌われ者トリオが集まって言いたい放題言いまくって鬱憤を晴らすのが唯一の趣味。
嫌煙主義者たちに誘拐されたり、色仕掛けの女性記者にあることないこと書かれたり、
ハリウッド映画の中でブラッド・ピットとジュリア・ロバーツに吸わせることで
タバコの復権を試みたり。そういう、どこまでまじめなんだかおとぼけなエピソードが続く。
そして最後はウイリアム・H・メイシー扮する仇敵、
タバコのパッケージに髑髏マークを印刷する法律を通そうとする上院議員との一騎打ち。
アメリカ映画お得意の、主人公が体を張って演説するシーンが出てきて
こういうの好きな人にはたまらない。僕はとてもたまらなかった。
キャリアを積んだ俳優がやってるのだから
話芸でどんどん人を丸め込んでいくっていうのはできて当たり前の話。
だけどそれを見てて観客の側も乗せられていくってのはやっぱ心地いいんだよね。
ほんとは水曜の夜に見ようとしたのだが、
1日で映画の日だったせいか満員御礼で売り切れ。
「え?そんな人気あるの?」と驚いて木曜に見に行った。
平日の午前中だったけど、そこそこ入ってた。
僕はタバコを吸わないのでなんとも思わないけど、
先進国各国は軒並みパブリックな場所での喫煙を法律で禁止するようになり。
そもそもタバコ1本位掛けられる税金もどんどん高くなっていく。
日本もそうなっていくのかな。
JTなんて経営の多角化著しいじゃないですか。
就職活動のときにJTも受けたんだけど、
資料を見るとタバコだけじゃなくてあれこれ幅広く手がけてて驚いた覚えがある。
今から10年前にして、そう。
ロビイスト活動という習慣が表立って存在しない日本では
この映画の主人公のような
「この業界はこれで是が非でもやってく」ってのを背負って立つ、
間違ってようがなんだろうが擁護するPRマンって出てくるわけがなくて。
なるほど、これがアメリカの文化なんだなあと思わされた。
[2179] The Beatles 「Love」 2006-11-28 (Tue)ビートルズの「ニューアルバム」である「Love」が発売された。
一応、買った。
前にも何度か書いたけど、
10代の前半の一時期身も心も ビートルズに捧げていた僕からしてみれば
こういうの買うのって税金を払うようなもんである。
聞いてみた。というか今聞いてる。
今、「Good Night」と「Octopus Garden」を掛け合わせた、
リンゴ・メドレーに差し掛かったところ。
ま、はっきり言っちゃうけど、面白くもなんともない。
興味深かったのは、
ジョン・レノンのデモやブートレッグで出回った様々なテイク違いを繋げた
「Strawberry Fields Forever」と
解説でも何度か言及される、「Tomorrow Never Knows」のベースとドラムを
「Within You Without You」にかぶせたヤツ。これぐらいかねえ。
単純な話。
「オリジナルにはかなわない」
ただ、それだけ。
これはただの「お遊び」に過ぎないと思うし、
まあ、ストーンズなら絶対こういうことやらないだろう。
新種のベストアルバムの一種、ぐらいの位置づけでいいんじゃないの?
だいそれたもんじゃない。
話題を提供して、新たな客層をオリジナルの楽曲に
呼び込むことができたらそれでOKなんじゃないかな。
どこかで言われてるような「マッシュアップ」ってほどのことは行われてないし。
解体再構築によるちょっとしたリフレッシュ程度。
同じアーティストの曲同士で組み合わせているのだから、親和性が高いに決まってる。
こういうの、気の利いたDJならこっそり10年前に作ってんじゃないか?
自分用の遊びに作ってみた人は世界中にいるのでは?
---
「At The BBC」に始まり、「Anthology」のシリーズ、「Let It Ne ... Naked」
といった発掘音源の数々が90年代以後、ちょろちょろと出てきた。
そのたびごとに買って、1回しか聞いていない。
「Love」もたぶん、これから先2度と聞かない。
オリジナルを聞いてる方がいい。
そうは言っても僕、最近全然聞いてないんだけどね。
小さな頃に初めてビートルズを聞いたときの感動、
その後何度も何度も聞くことで心の中に焼きついたメロディの数々、
その思い出には到底かなわなくて、
その思い出だけあればもういいやって感覚。
ときどき町を歩いて聞こえてくるのに耳を澄ますだけで、いろんなことが甦ってくる。
それで、十分。
倒錯してるかな・・・
オリジナルのアルバムがリマスターされて日本盤が再発されるまで、
たぶん自分から聞くことはないだろう。
果たしてその日は来るのか?
(紙ジャケだったらやだな)
---
それにしても、聞いてて思うのは、この当たり障りのなさ。
ジョージ&ジャイルズのマーティン親子の仕事が手堅いからか。
シルク・ドゥ・ソレイユのショーで使われるってことによるものなのか。
シルク・ドゥ・ソレイユって言うと去年「アレグリア2」を見た。
この「Love」ってやつも日本に来るのかな。
自分からチケットかって見ることはないだろうな。
シルク・ドゥ・ソレイユは1コしか見てないけど
僕の中では劇団四季みたいなものであって
完成度が高くて見てる間はなかなか楽しめるんだけど、
僕の人生を変えるような「強烈な何か」ってものは皆無。
万人受け、しかも全世界規模で、となると仕方ないか。
ちょっと考えれば分かるけど、
それができるってのはものすごい努力を要することだし。
そう、今回の「Love」は
「目新しいことをしました、しかも全世界の人にとって口当たりよく」
って佇まいなので、刺激に乏しい。少なくとも僕には。
ビートルズの音楽に新しい視点を、新しい光を、というものでは全然ない。
とにかく、物足りない。
---
「While My Guitar Gently Weeps」の最初のジョージの弾き語りはいいね。
だけど、僕が最も好きな曲「A Day in the Life」に至っては落胆。
どこをいじったのかわかんないし、もしかしたらどこも変わってないのかもしれないけど、
大好きな曲がいじられたみたいで・・・
[2178] 価値観型会社員 2006-11-27 (Mon)会社の後輩が紹介していた、ITメディアの記事。
「キャリアに「目標」は必須ではない」
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0611/21/news052.html
読んでて目からウロコが落ちた。
世の中には2種類の人間がいる。
・ビジョン型「ビジョンや目標を決めるとやる気が出る人」
・価値観型 「自分らしさや価値観を日々満たしていく方がやる気が出る人」
なのでビジョン型の人は何年か先の夢や目標を思い描いて、そこに向かって進んでいく。
価値観型は逆で、今この瞬間の自分らしさやこだわりを満たせたかどうかが大事。
ビジョン型か価値観型かを診断するテストがあって、僕は全項目価値観型だった。
笑っちゃうぐらいスーパー価値観型。
目標なんてよくわからない。
でも、その時々で今自分のしていることがなんなのか、
自分にとってどうなのかってことはそれとなく考えている。
正に、価値観に基づいて。これまで30年以上生きてきて形作られた価値観に基づいて。
今この瞬間と、その積み上げによって生み出されてきた過去。それが大事。
---
会社に「目標管理面接」ってのがあって、
今期の目標だの3年後の目標だのを紙に書いて提出して
上司と面談を受けるというのが半年に1度行われる。
ま、大体どこの会社にも似たようなものがあると思う。
これが苦痛だった。嫌で嫌でたまらなかった。
基本的に目標、皆無。聞かれても返答に困ってしまう。
でなきゃ率直に「わかりません」と答えるか。
その都度ノラリクラリと面接をやってきて、
その場その場で適当に目先の目標が決まるだけ。
「意味ない」「時間の無駄」と思ってきた。
何年いたところで「目標」ってやつが見出せない僕は
この会社に向いてないのだろうし、辞めた方がいいんだろうなと思った。
特に最近はその意識が強くて、「そろそろ辞めるか」という準備に入っていた。
が、「辞める」ってのも人生の一大事なわけで、
ほんとにいいんだろうかと悩まずにはいられず、最終的な決断が下せずにいた。
逆に、なぜここまで、8年間もこの会社にいれたのか、ということを考えた。
辞めるってのは、ビジョン型の人にとって、
思い描く目標に対して会社の提供するルートがそぐわないときに
最もなされるものなのではないか?
価値観型だと、その時々の状況が当たらずとも遠からずだったら
積極的に辞める理由とならないように思う。雰囲気とか感覚でしかないから。
結婚した相手が100%感覚的に合うってことはなかなかなくて、
まあだいたいのところ合ってるようなところがあるから続いていく。
そういうのと一緒ではないか。
こういう僕が今の会社を辞めたところで
他の業界・他の会社に入っても急にビジョン型になるわけはなくて、
同じように価値観型のまま。
これって、かなりの茨の道じゃないか?
価値観を基準の転職活動って今の日本ではなかなか難しいと思う。
定量的なものじゃなくて、定性的なものだから。
人づてに「出会う」しかないのでは。
僕は「与えられた仕事が無事終わってくれれば満足」ってタイプなので
今の会社でいいと言えばいいし、
どこの会社にいても一緒とも言える。
悩ましい・・・
もっと別なところの価値観は全然合ってないんだけどね。
[2177] 「Eames Films」 2006-11-26 (Sun)昨日、「Eames Films」というDVDを見た。
アメリカの40年代〜60年代にかけて
斬新なデザインの椅子で有名になったチャールズ&レイ・イームズ夫妻は
その生涯の間に100本を超える短編映画を撮っていて、その代表作を収めたもの。
椅子については、以下参照。
今から50年以上も前のものとは思えんね。すごい。
というか2人のデザインの影響下に今でもあるのではないか?
http://www.vivantjoie.co.jp/eames/
http://www.geocities.jp/koca_cola06/eames.htm
「Eames Films」の内容については、amazon の作品紹介を参照。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005MIG1
僕はどこからこの作品のことを知ったかというと、
R25 を見ていたら Cornelius のインタビューが載っていて
(最近何の雑誌を見ても Cornelius ばかりだ・・・)
その中で好きな作品として挙げていたのが、「パワーズ・オブ・テン」
日本盤も出ていて入手容易だということがわかったので買ってみた。
収録作品は6つ。どれも10分前後。
1.「パワーズ・オブ・テン」(1977)
2.「パワーズ・オブ・テン:ラフ・スケッチ」(1968)
3.「ブラックトップ」(1952)
4.「カレイドスコープ・ジャズ・チェア」(1960)
5.「ハウス:ケース・スタディ・ハウス#8 5年後の記憶」(1955)
6.「おもちゃの汽車のトッカータ」(1957)
特典映像で、2人の孫に当たる映像作家が、イームズ夫妻の亡き後、
閉鎖することになったデザイン工房の最後の日々を追ったものが追加となっている。
圧巻なのは「パワーズ・オブ・テン」
シカゴの公園。芝生に寝転んで休日を楽しんでいる若い夫婦。
この空間をゼロと捉えて、以後10秒ごとに10のべき乗ずつ遠ざかっていく。その映像。
太陽系はおろか銀河系を超え出て行く。
10の14乗だったかな。
行き着くところまで行ってしまうと何もない空間に銀河がポツポツと浮かんでいるだけ。
そこから先は逆回転して行って、夫婦の映像まで戻ってくると今度は逆に視点をミクロに。
10のマイナス14乗まで。
毛細血管が映って、白血球が映って、原子核が・・・となる。
学術映画の頂点だろうね。
68年に1度作って(2.の方)、77年にIBMの要請によりリメイク(1.の方)。
映像の雰囲気は、Eames Office のサイトを参照。
http://www.powersof10.com/index.php?mod=explore
僕はうまく行かなかったけど、フラッシュで見れるページもあった。
映像じゃなく、擬似的に再現するサイトもあった。
http://micro.magnet.fsu.edu/primer/java/scienceopticsu/powersof10/
10分間でこの宇宙のミクロからマクロまで
全てを単純なルールで語り尽くしてしまうってのがすごい。
永遠の古典だろうな。
NHKの教育番組って昔はこういうのを流していたように思う。
今はどうなのかな。
映像と音楽とナレーションで、この世界を描写するようなの。
そういうのを思い出した。
というか、そういうのの原型になってるんだろうな。
---
3.4.5.と秀逸な映像作品が続く。
この美しさは見た人にしかわからない。
少なくとも僕には言葉で言い表せない。
こういう映像を50年代に撮っていたなんて・・・
僕が個人的に最も感銘を受けたのは、
6.の「おもちゃの汽車のトッカータ」
夫妻のコレクションしていたおもちゃの汽車と
あちこちのコレクターから借りてきたのを集めて撮影した、
おもちゃの人々が行き交うおもちゃの町を背景に
おもちゃの汽車が一堂に会する一大絵巻。
ブリキや木の、様々な形の汽車が画面いっぱいに駆け抜ける。
おもちゃの町のカラフルさ、走る汽車の躍動感。
「パワーズ・オブ・テン」と並んで、
短編映画の最高傑作の1つと言ってもいいと思う。
---
僕に子供がいるならば、こういうのを見せて育てたいね。
「パワーズ・オブ・テン」を見て科学に興味を持つでもいいし、
アートに興味を持つでもいい。
---
斬新なデザインのインテリアってものになんとなく興味があったんだけど、
これまでどこを取っ掛かりにしていいか分からなかったので手を出さず。
チャールズ&レイ・イームズから入っていこうかと思った。
[2176] 「池袋娯楽の殿堂ロサ会館『渋さ知らズ大オーケストラ』地獄編」 2006-11-25 (Sat)誘われて池袋のライブインロサに渋さ知らズを見に行ってきた。
題して、「池袋娯楽の殿堂ロサ会館『渋さ知らズ大オーケストラ』地獄編」
すごいタイトルだよな。不破大輔じきじきにつけたものとのこと。
「渋さ知らズ大オーケストラ」となってたけど、
ステージ上のメンバーは20人もいなかったな。
でかいステージでやるときの半分ぐらいか。
(初めてライブを見に来たと思われる人が
「うわーすげー20人も出るの?」と驚いていたのが新鮮だった。
ほんとはもっともっと出てくるのに!)
そもそもこのライブハウスが巷の小さなライブハウスと同じぐらいの大きさでしかなく。
そういうのも関係するのか、
昨日もまた8月に見た日比谷野音の ROVO , Konono No.1 のときと同様、鍵盤系のメンバー不在。
舞台の袖にはものすごく大きなキーボードが見えたんだけどね。
小道具、飛び道具かなー、いつ出てくるんだろ?と思っていたら結局出てこなかった。
この日出たメンバーについては、主催者側の告知ページを参照。
http://deplog.cocolog-nifty.com/blog/cat5075947/index.html
さやかとペロの2人は出なかったけど、
小さなライブハウスにもかかわらず白塗りの人たちは出てきた。
狭いステージ上の椅子に座ってホーンの人たちが吹いてる中を
ぬうようにヌメヌメと進んできて、せり出しの部分でクネクネと踊る。
僕はこの左側のせり出しのすぐ真横にいたので、
僕のすぐ目と鼻の先で入れ替わり立ち代り白塗りの人たちが
そのパフォーマンスを披露することになった。
目新しいメンバーで言ったら6弦ベースの若者と、
朴訥とした雰囲気のトロンボーンのおっさんかな。
パーカッションの関根真理(この人は美人だと思う)が
この日誕生日ってことで「ハッピーバースデートゥーユー」と合唱になった。
不破さんは駅のホームに置かれているような
大きなタバコの吸殻入れをステージの上に持ち込んでいた。
ライブの間あれだけタバコを吸っているのだから、合理的でいいアイデアかもしれない。
こんなことして普通に見えるのって世界でもこの人だけだろうな。
あと、トイレットペーパーを千切って鼻をかんでいた。
そういえば片山広明も演奏の途中で抜けて、
トイレにでも行ったのだろうか?と思っていたら
トイレットペーパーを手に戻ってきた。
で、MCを始めた渡部真一のふんどしの中に突っ込もうとした。
渡部真一は「いたい!いたい!はいんない!」と。
その後ウォッシュレットの話になったのだが、この日のMCは冴えていたなあ。
跳んだり跳ねたり煽ったりで、元気な渡部真一を見ることができてよかった。
演奏した曲目は、・・・僕はいっこうにして曲名を覚えないのであれなんだけど、
ここ何年かの定番の曲はだいたい演奏したように思う。
「ナーダム」「火男」など。「ライオン」「股旅」「Pチャン」もやったと思う。
なんつうか僕がベストだと思う「渋旗」系。嬉しい。
イベントものなので最後はもちろん「本多工務店のテーマ」
あのフレーズを聞くと今でも血管が沸騰する。奮い立つ。
珍しく我を忘れる瞬間を過ごせた。
「明日も頑張ろう!!」という気持ちになれた。
叫びすぎて声がおかしくなった。
久し振りにピョンピョン飛び跳ねた。
ええ、最前列にいましたよ。
いやーよかったよかった。
---
始まる前、隣に座っていた青年に話しかけられる。
「同じシューズを履いてますよね」「ほんとだ」って。
オニツカタイガーのオレンジ色。
「僕、このシューズが大のお気に入りなんですよ」
「同じの履いてる人見たの初めて見ました」などなど。
終わってからは、今回のライブに誘ってくれた fire 氏と合流して
池袋の安い立ち飲み屋で飲む。23時近かったのでさらっと。
何を飲んでも食べても315円。安い。
---
追記。24日の前日、23日の祝日には新宿御苑で200円(!)でライブをやったとのこと。
でも演奏はかなり短かったみたいだけど。
この日新宿行ってたんだよなあ。
ちゃんと情報をチェックしていれば見れたのか。惜しいことをした。
[2175] 写真立て 2006-11-24 (Fri)僕の部屋の中には装飾品の類が全くない。
額に飾ったポスターや写真など。
あるいは世界各地で買った民芸品。木彫りの人形とか。
本とCDが多すぎて、気の利いた飾る場所がないってのと、
それら本とCDを買うのにお金を使い過ぎるために
他の物を買う余裕がないってのが理由。
別に装飾品の類が嫌いなのではない。
LPのジャケットとか飾りたいんだけどね。
でも、スペースというスペースに
CDラックを積み重ねているためにどうにもならない。
はぁぁ・・・
昨年末、大学の先輩の結婚式と披露宴に出たとき、
引き出物の中に小さな写真立てが入っていた。葉書サイズ。
(それにしてもなんで、引き出物の中に写真立てが多いのだろう?
2人の写真を入れて飾れってことなのだろうか?
僕の場合、自分の写真や両親の写真すら飾ってないというのに)
いつもなら、せっかくもらっても捨ててしまうのだが、
この先輩から受けた恩は限りないのでなんとか使うことにした。
テレビの上に積んでいたCDの山をどこか別の場所に移して、
そこに置くことにした。
置くのはいいけど、中に入れるものがない。
そもそも写真が手元にない。
ここ何年か人から現像した写真をもらった記憶がない。
デジカメで撮った写真って画像データしか持ってないし。
自分が撮ったのも、友人が撮ったのも。
どうしたもんかと思案しているうちに
一時期集めていた映画のポストカードがいいのではないかってことを思いつく。
でもそこからが大変で、じゃあ一枚だけ選ぶとなると
あれこれ手にとって「あーでもない」「こーでもない」と1人で悩みだす。
「2001年宇宙の旅」か?「タクシー・ドライバー」のデニーロか?
1枚じゃ決めきれない。だめだ。もっと写真立てが必要だ・・・
という結論になりかけて、冷静になってなんか本末転倒だってことに気付く。
あほか、オレ。
ちょうどそのとき、フェデリコ・フェリーニ監督の「道」のポストカードが
全く同じの2枚持ってるのを見つける。
ジュリエッタ・マシーナ扮する、薄幸のジェルソミーナが
ピエロに扮して木に登って笑っているところ。
「あ、これでいいのではないか?」と即決。
一枚はコレクションを綴じているバインダーへ。
一枚は額の中へ。
そんなわけで、毎日毎日朝起きたり夜寝る前に
ジェルソミーナの笑顔を僕は見ているわけである。
休みの日、机の上のPCに向かっているとすぐ目の前にある。
これだけ頻繁に眺めているとジュリエッタ・マシーナに恋をするかといえば
さすがにそれはないのだが、
僕の中で「道」の評価は上がっていく。
「いやあ、あれは素晴らしい作品だったなあ」と
「ジェルソミーナの無垢な笑顔がよかったなあ」と。
---
映画というものは所有することができない。
見たときの記憶、心に抱いた風景・感情が全てである。
なので心動かされた作品について、
その記憶のよすがとなるものを人は求める。
それはサントラかもしれないし、ポスターやパンフレットかもしれない。
(DVD を買ったけど見ていない、持ってるだけで満足する人が多いのはそこに由来する)
ポストカードもその1つだ。
そんなわけでポストカードを集めるのって
その映画に対するリスペクトを捧げる行為のようで僕は好きだ。
飾ったりはしない。
だけど時々バインダーを手にとってはゆっくりと眺めて、
1つ1つの映画について思い出すということをする。
そういう時間の使い方ってよくないですか?
[2174] 「サンダーバード イン ジャパン」 2006-11-23 (Thu)今日は勤労感謝の日。こんな日に働いちゃいかんよな、と休みを取る。
平日の休みっていいなあ。
忙しくて週末出社が続いている生活だと、余計にそのありがたさが身にしみる。
(ちなみに、勤労感謝の日って11月23日っていう中途半端な日固定なのですが、
これってなぜなんだろう?と思って Wikipedia で調べてみたら
特に深い意味はないってことが分かりました)
新宿のタワレコ、その後、渋谷に出て HMV とレコファン。
パルコ part3 のオニツカタイガーのショップで買って帰ろうとしたら
(先日1足買ったばかりなんだけど、
さらにもう1足欲しいのがあって結局買ってしまった)
パルコミュージアムにて
「サンダーバード イン ジャパン」という企画をやってたのを見つける。
暇だし見てみるか、エレベーターに乗って7階へ。
65年にイギリスで放送開始、翌年66年に日本でも放送開始ということで
「日本上陸40周年記念企画」となっていた。
詳しくは、http://www.parco-art.com/web/museum/tbjapan/
各機体の模型のコーナーや子供向けに操縦席があったりする他、
子供向け雑誌やその付録まで展示されていた。
ペネロープの衣装や、部屋を再現したコーナーも・・・
ペネロープって聞き覚えあるけど、どんなだっけ?
という人は日本公式サイトを参照してください。
http://www.tbjapan.com/
僕はフィギュアとかプラモデルとかに格別興味ないものの、
レトロフューチャーなものは大好き。
サンダーバードってレトロフューチャーの代名詞のように思う。
フィギュア好きじゃなくても
サンダーバード2号のあのフォルムってかっこいいと思うもん。
ちゃちだけどきらめくような宇宙空間を飛んでる3号を見ると今でも
「うわー」とワクワクした気持ちになる。
それにあのテーマ曲がかっこいい。
あれ聞くとむやみやたらとココロが奮い立つ。
(あー今無性にサントラが買いたくなってきた・・・)
帰りにポストカードセットを買う。
これまたかっこいい。
写真で紹介できないのが残念。
---
話はちょっと変わって、
サンダーバードと同時代のテレビ番組の紹介をするコーナーがあって、
そこに「ウルトラQ」のパネルが。
で、今無性に「ウルトラQ」が見たくなった。
昔再放送で見たことあるんだけど、見てない回の方が多い。
ボーナスで買い集めようかな。
ケムール人の出てくる回が見たいね。
以前、会社の先輩からウルトラセブン
幻の第12話「遊星より愛をこめて」が You Tube に上がってると
リンクを教えてもらった。
これも今、試しに見てみたら削除されてた。
You Tube が Google に買われたタイミングでテレビ番組系のが
がさっと消されたじゃないですか。あれの一環かな。
見といてよかったです。
[2173] 自動公園 2006-11-22 (Wed)真夜中の無人の公園。
人気のない広場。噴水。取り囲む雑木林。
今生まれたばかりのような、汚れひとつない遊具。
入り組んだ図形を描く、園内の案内図。
まっすぐな遊歩道が地の果てまで続く。
曲がりくねったサイクリングロードと交差する。
整然と並べられた自販機のボタンが赤に青に緑と点滅する。
一定の周期に基づいて緻密なパターンを描く。
朝を迎える。
公園はこの世界を侵食して常に広がり続ける。
都市を、郊外を、海辺を、地の果てを、全て飲み込み尽くす。
やがていつの日かこの星は単一の公園だけとなるだろう。
無人の公園、訪れるもののいない公園。
芝生は無限の生命力をもって瑞々しく成長を続け、
それらが一斉に、一瞬にして刈り取られる。消滅する。
あちこちに塔が建てられる。
部品たちが自ら増殖を繰り返し、空の向こうに届こうとする。
この世界のあらゆる物事を記録し、記憶するためのモニュメント。
塔の内と外、全ての表面が微細な文字の群で刻み込まれ、覆い尽くされる。
この世にかつて存在した全ての言語が組み合わされて。記号や図表を散りばめて。
映像と音声も可能な限り拾い集めて再構成を行なう。
とてつもない規模で生み出された、虚構。
百万年後。
異星から船に乗って訪れた子供たちが公園の中で遊ぶ。
穏やかに輝く太陽の下で、散らばって、歓声を上げて。
塔の中を駆け上がって、てっぺんで夜空の星をつかもうとする。
傍らのスクリーンでは、はるかな昔この地上を生きていた人類たちの歴史が
残酷なまでに切り刻まれて、圧縮されて、放映される。
人類たちの執り行う様々な行為。そこに伴う叫びと囁き。
異星の子供たちは見向きもしない。
そして子供たちはまた船に乗って去っていく。
公園は無人となる。
噴水からは絶え間なく水が流れ、自販機のボタンが点滅する。
芝生は刈り取られる。
塔のいくつかが崩壊し、また新しい塔が生まれ出る。
その度ごとに人類の歴史がまた別なものへと書き換えられる。
[2172] ありきたりな音楽の話 2006-11-21 (Tue)oasis のベストアルバムが発売され、HMV やタワレコに入ると oasis ばっかり流れている。
大きな音で聞こえてくる oasis は正直に言って、かなりかっこいい。
このベスト、1枚目と2枚目の曲ばかりだし。
欲しくて欲しくてウズウズしているが、給料が出たら買うかと我慢している。
替わりに2枚目を聞く。
oasis は2枚目「(What's the Story) Morning Glory」と
B面集「The Masterplan」さえあればいいと僕はずっと思ってきた。
今でもそれは変わらない。
だけどこの2枚目がかなり曲者で、悔しいことに
90年代イギリスで最も素晴らしいロックのアルバムであると認めざるを得ない。
曲のよさというよりも、あれだけの勢いと存在感が。他に類を見ない。
次点として思い浮かぶのは僕の場合、
Spiritualized 「ladies & gentleman we are floating in space」かな。
でもあれもまだあと一歩、「Morning Glory」に届かない。
(The Stone Roses の1枚目が89年なのが惜しいところだ)
なんとなーく、今も昔も「oasis のことが好き」だとは言いがたい世の中。
洋楽が骨の髄まで大好きで、長いこと聞いていて、
かなりマニアックなのも知ってるという人で
oasis のことを好意的に発言してるのって見たことない。(ような気がする)
僕も3枚目以後は聞かない。興味がない。
売れすぎたから反感をくらったのか?
あの成り上がり感満載のビッグマウスがいけすかない?
「oasis 好き」って何のてらいもなく言っちゃうってのは初心者っぽいとかそういうこと?
僕個人としては、あの余りにもイギリス的過ぎる佇まいに
根源的な違和感を感じてるのではないかと。
---
最近、これといって具体的にこれを聞きたいというものがないが、
なんか音楽を聞きたいってときに、なぜか Maroon 5 ばかり聞いてしまう。
「Songs About Jane」ってやつ。かなりなところ今更だけど。
なんでなんだろうなー。
ものすごく当たりさわりない音楽だからだろうか・・・
音の質感がこのところの音楽の中では抜きん出てしなやかってところに何かあるんだろうな。
Norah Jones の1枚目並みに。
でもこれってあくまで僕が思う基準ですが。
「This Love」だけは文句なく名曲だと思う。
[2171] 「Live Laugh Love」 2006-11-20 (Mon)昨日雨の中、生活に必要なものをあれこれ買い換えるために新宿のハンズへ出掛けた。
(シャワーカーテン、バス用スポンジ、流しのゴミ受けなどなど)
2Fの入り口はクリスマス用のデコレーションで真っ赤な色が鮮やかで、
休日ってこともあって賑やかで華やいだ雰囲気があった。
エスカレーターで上り下りしていると、
どこかの階の高島屋にてクリスマスセール用のポスターが貼っているのが見えた。
「Live Laugh Love」と書かれていた。
帰りに、高島屋のクリスマス用ギフトの分厚いカタログが配られているのをもらってきた。
例によって今年もまたクリスマスには何の縁もない生活。
こういうカタログを見たところで、誰かのために買ってプレゼントするなんてことはない。
それでも、なんとなく、どういうものが載っているのだろうと見てみたくなった。
初めの方はこんな感じで並んでいた:
「1930年創業、英国王室御用達のぬいぐるみブランド<メリーソート>の2006イヤーベア。\8,400
「<フォション>創業120周年記念のシャンパン。\23,100
「フェミニンなファッションが人気の<ミリー>のドレス」 \53,550
「1920年代の希少なヴィンテージパーツを使った<ルル・フロスト>のネックレス」 \81,900
「<コールハーン>パンプス(ブラックベルベット)」 \39,900
以下、ラグジュアリー、レディス、アクセサリー、コスメティックとコレクションが続く。
有名ブランド勢ぞろい。
(ちなみに僕は欲しいもの、1つもなかった・・・
強いて言えばクリスマス・ディナーセット)
ポイントは、ほとんどが10万以下だということだろう。
中流ならば手が届かなくもない、年に一度の贅沢。
自分のために買ったり、贈り物にしたり。
そういう幸福が世の中にはあるんだよなー、ということに、ふと思い至る。
あるいは、買うことはなくとも、カタログを眺めてうっとりした時間を過ごすという幸福。
世の中にはいろんな種類の幸福があって、それぞれにその楽しみ方がある。
クリスマスと言ったって単なる季節モノの商戦の1つじゃないか、と言ってしまったら見も蓋もない。
斜に構えていたらいつまでたっても身近な幸福には手が届かない。
11月後半になって世の中がそういうムードだと言うのなら、
自分もまたそれとなく騙されてみる、そこに乗っかってみるということも大事なんだろうな。
・・・なんてことを思った。
「クリスマス?関係ねー」と言ってるばかりじゃなく。
なんにせよ、今年の24・25は結局のところ休みもなく働いてそうな気がしますが・・・
ああ、「クリスマス・イヴ」手当てが支給されてほしい。
年末年始に出勤して働いたら出るヤツ。あれを、イヴの夜にも。
[2170] PC修理、その後 2006-11-19 (Sun)昨晩飲んで夜遅く帰ってきて、郵便受けを覗くと DELL からの封筒が。
開けてみると、最終見積書。
判をついて FAX で返さないといけない。でないと修理が行われない。
「え、まだ修理取り掛かってないの・・・?」とがっかり。
先週の日曜の昼間に引き取りに来てたので、
早ければ今週末にも戻ってくるかなと思っていた。あてが外れる。
2日の金曜に壊れて、即ユーザーサポートに電話して、
3週間近く経過してるのにいまだ修理に入れてない。なんなんだか。
でもユーザーサポートに電話してたときに言ってたからなー。
電話で聞いた状況による最初の見積もりと
実際にモノが修理センターに届いて中を見て診断した結果による最終的なのと2回送って、
合意して、そこで初めて修理という流れとなると。
訴訟社会アメリカから上陸してきた DELL だけにやけに慎重なのはわかるけど、
今回みたいに金額がどちらも同じだったら最初の見積もりでそのままGOとする、
みたいなオプションがあったっていいじゃん。
診断の結果金額が違っていたときだけ2回目の見積書を送るとか。
「気が利かない」僕が DELL に対して抱いたイメージは総じて、そんなところ。
次は買いたくないな。
今月末のコンテストの締め切りがかなり危うくなってきた。
困ったことになった。
来週末には戻ってこないと、原稿のファイルを取り戻さないと・・・
とりあえずこちらかの FAX は今日の朝起きてすぐコンビニに行って送った。
「明日の朝会社から」と最初思ってたけど、
それだと修理に取り掛かる順番がもしかしたら若干遅れるかもしれない。
そういうところで少しでも時間を稼がないと。
いつ戻ってくるかシミュレーションしてみた。
月曜の朝、FAXを受け取って、修理の指示を出す。
火曜、現場の修理担当者が修理と動作確認。
水曜、別な部門の人が出荷承認と出荷指示。梱包。発送。
金曜はバッファで、次の日曜には届くか。
最短、木曜の休みには受け取れるかもしれない。
来週は23日の木曜が休みなんだよなー。これは痛い。営業日が1日少なくなる。
スムーズに行けば受け取りは早くなるけど、もたついたら発送が週明けにもちこされる。
実質的な修理がどれぐらいかかるものなのか?
取り掛かるまでにどれぐらいかかるものなのか?
技術者が忙しくて待ちになったりしないだろうか?
あれこれ考えて気もそぞろ。
修理が立てこんでるってことはなさそうなんだけどな。
12日の日曜に佐川急便が引取りに来て、16日の木曜には見積書が作成されている。
月曜に届いて、火曜か水曜に中を見て、木曜に作成ってとこか。
スピード感としては悪くはないが・・・
ああ、早く戻ってこないものか。
クレームの電話をしたら、早くなったりしないかな・・・
[2169] Tomorrow, Remember Yesterday 2006-11-18 (Sat)80年代のイギリスに The Chameleons というグループが存在した。
そんなに知られてないけれど僕は好きだ。
2年前の小野島大監修の「UK New Wave Renaissance 2004」この再発シリーズにて
3枚目にして唯一のメジャー発売である「Strange Times」(86年)が
ラインナップに加えられていて、嬉しく思った。
国内盤が出たのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。
どことなく陰っていて、地味。かつ、不器用な感じ。
独特な躍動感と浮遊感を演奏に漂わせたギターロック。
イメージで言うと、都会を見たことのない、ものすごく田舎な、
田園風景の広がる村で育った詩的で聡明な若者ってとこか。
とても好きな曲ってのが何曲かあって、その中の1つが「Nostargia」
サビの部分はこういうフレーズ。リフレインされる。
「Tomorrow I'll Remember Yesterday
Tomorrow I Remember Yesterday
Tomorrow , Remember Yesterday」
「Tomorrow , Remember Yesterday」
このフレーズが印象的で、いつも頭の片隅に引っかかっている。
「明日になったら、「昨日」のことを思い出すんだ」
「Today」「今日」と言い切ってしまえばいいものを、決してそんなふうには言わない。
前向きなのか、後ろ向きなのか。
どっちつかずと言えばどっちつかずなんだけど、
なんつうか「今日」「今、この瞬間」というものに対する一風変わった距離感がいい。
そうなんだよなあ。
どんな瞬間も過ぎてしまえば全て過去に成り果てて、ノスタルジアの対象となってしまう。
喜びに満ち溢れていようと、悲しみに満ち溢れていようと。
今、この瞬間を見据えて、向き合って、自らの心と体で精一杯受け止めることの価値。
若さゆえの特権。
そういう時代がいつのまにか過ぎ去って、年を取って、大人になっていく。
何かが麻痺すること。その奇妙な痛み。
そして、今はまだ自分は若いのに、
いつか自分もまたそうなってしまうのだろうという考えに捕われる、
振り払うことができなくなる。
例えば徹夜した後の夜明け。友人たちと海辺に出かけて、砂浜に立って。
緩やかな、落ちていって溶けてゆくような時間。
僕はそういう情景を思い浮かべる。
たった1曲の中に、それだけのものを僕は見出す。
演奏した本人たちはそこまでの思いはなかったのだろうけど。
でも、そういう雰囲気を感じ取らせるだけの何かが、この曲にはある。
---
カルトバンドにはありがちなように、
オリジナルのアルバムの枚数を軽く通り越して
見知らぬレーベルから出たライブアルバムがたくさん出ている。
僕はそのほとんどを学生時代に買い集めた。
今も新しいのを見かけるとコレクションに加える。
先日、珍しいことにライブ DVD の日本盤が出た。
買わなきゃなーと思って、まだ買ってない。
そろそろ見たくなってきた。
[2168] 「モナリザ・オーヴァードライヴ」 2006-11-17 (Fri)このところ会社の行き帰りに
ウィリアム・ギブスンの「モナリザ・オーヴァードライヴ」を読んでいて、昨日の夜読み終えた。
これは面白かった!!!
手に汗握る、スリリングなストーリー展開。とんでもない疾走感。
一気に読みきってしまった。
「ニューロマンサー」「カウント・ゼロ」もそれなりに面白かったが、
あれはあくまでSFの中のサイバーパンクとしての面白さだった。
「モナリザ・オーヴァードライヴ」は普通に小説として優れている。
「ニューロマンサー」「カウント・ゼロ」を読み返してみたくなったが、
この人生にそんな暇あるだろうか?
つーか、この2作がどういう話だったか、思いっきり忘れた。
「モナリザ・・・」には前作までの重要人物が何人か登場してることになってんだけど、
何一つとして思い出せず。だめだなあオレ。
かろうじて、かつての主人公ボビイしか記憶にない。
アンジイ?モリイ?それって誰?ケイス?フィン?
ファンからしたら噴飯ものだな。
3作続けて読めばよかった・・・
学生時代に読んでたら一生モノだっただろうな。惜しいことをした。
(「ニューロマンサー」だけは学生時代に読んだ。「カウント・ゼロ」は2年前??)
改めて思うに、この小説何がすごいかって
妙に生々しい、ジャンクな未来社会の描写なんだよな。
88年というインターネットも一般化されていない時代に、
ネットの向こう側に広がるバーチャル・リアリティが入り組んで
虚構の世界が築かれてるってのを予見してるのはやっぱすごい。
10年後の98年ならばまだネットの世界は黎明期みたいなもんだったけど、
20年後の08年にはもしかしたらネットの情報量は
現実の世界の情報量を上回って覆い尽くして一人歩きしてるのではないか?
どっちかというとグレッグ・イーガンお得意の
ネットの中に独立した人格が住んでいるってのも
2018年には実現しているかもしれない。
ウィリアム・ギブスンを語るときの話で僕が好きなのは、
「ニューロマンサー」があれほどまでに未来的な予感と手触りに満ち満ちた作品であるのに
これは古びた旧式のタイプライターを打つことで書かれたものなのだということ。
マッキントッシュを利用した、とかいうような(当時の)最先端な作業ではなかった。
ウィリアム・ギブスンは自らの生み出す未来の中にどっぷりと浸かって
その中で呼吸していたのではなくて、
割と自覚的に小説を小説として書いていたわけだ。
自分をその雰囲気に導くような小細工は不要だった。自らを「騙す」必要がなかった。
3部作が妙に冷めているのもきっとそこにあるんだろうな。
ウィリアム・ギブスンってのは80年代の寵児って印象があるんだけど、
90年代以後の作品ってどうなんだろ?
ハヤカワじゃなくて、確か角川から出てる。
SF作家としての旬は過ぎてしまったのだろうか・・・
[2167] 青森県民に50の質問 2006-11-16 (Thu)「青森県民に50の質問」というのを見つける。
http://kabocha.org/akm/aomori/
僕も答えてみようと思った。
1.お名前を教えてください。
オカムラトヨヒコ
2.生年月日と血液型も教えてください。
1975年1月1日 O型
3.もちろん現在は青森にお住まいですよね?
大学進学で状況。以後、東京都在住。高校までは青森。
4.青森のどちらにお住まいですか?
津軽線で言ったら油川。
5.青森に住んで何年目ですか?
1歳から18歳まで。17年間。
6.過去に住んだことのある市町村は?
青森市:本町 → むつ市 → 青森市:油川
7.県外に住んだことはありますか?それはどこですか?
東京都内中央線沿いで何回か引っ越してる。
8.県外に住んだことのある方、やっぱり青森が一番だと思いますか?
音楽や映画の好きな僕としては住むならば東京の方が断然いい。
うまいものもあれこれ食べれるし。
青森は「帰省する場所」として、一番。
9.青森のよいところはどこですか?
よいも何も故郷だから、よい。
10.では逆に青森のいやなところは?
暗いところ。時として陰湿な気さえする。
11.実家は農家ですか?農家じゃない方は、親戚に農家がいる?
母方の実家は農家。
12.りんごを生まれてから一度も買ったことがない?
東京で1人暮らししているので、1回か2回買ったことがあるけど、
基本は母から定期的に送られてくる。
母のところには誰かしらから折々の機会に。
13.あなたはなまってますか?それは津軽弁ですか?南部弁ですか?
上京当時はひどかったが、今は全くない(ようだ)
指摘されることはない。
14.なまりで恥ずかしい思いをしたことがありますか?できればそのエピソードを聞かせてください。
特にない。
逆に、むつ市から青森市に引っ越したとき、小学生だったんだけど、
なまってなかったがゆえに恥ずかしかった。
15.標準語に憧れますか?
特に憧れはないが、標準的な言葉なのでそちらを話した方がよいと思う。
16.これからもなまり続けますか?
訛りは忘れた。もう話せない。
17.青森県内で観光名所といえばどこ?
十和田湖。初夏、ないしは紅葉の時期。
18.青森出身で一番有名な芸能人といえば?
伊奈かっぺい。
19.ねぶた祭りに行ったことありますか?
ある。高校時代、大学時代はハネトとして参加。
20.恐山に行ったことありますか?行った方はイタコはみましたか?
小学生のときに1度、家族で。3年前にも大学の友人と。
3年前はオフシーズンだったので閑散としていたが、
小学生のときはまさに山が開いていたときで、イタコを見ているはず。
21.十和田湖は毎年行く?
何回か行ったことがあるぐらい。
22.弘前さくらまつりに行ったことがある?
4・5年に1回ぐらい、機会があれば行ってる。
23.あなたがよく利用するコンビニは?
高校時代はサークルKをよく利用した、というかそれしかなかった。
24.セブンイレブンやファミリーマートが出来てほしい?
弁当がうまいのでセブンイレブンはあったほうがいい。
ファミリーマートはどちらでもいい。
25.青森にもフジテレビを映してほしい?
テレビを見ないのでどうでもいい。
まあ、あったほうがいい。
26.ついでにテレビ東京も?
テレビを見ないのでどうでもいい。
個人的には、フジテレビよりテレビ東京の方が欲しい。
27.春は、まだ雪が残っている?
3月は普通に積もってた。4月はほんの少し残ってた。
28.夏は扇風機のみで過ごす?
エアコン不要。扇風機もいらないかもしれない。
最近8月に帰ってないからどれぐらい暑かったかよく覚えていない。
29.秋はあっという間だ?
あっという間。
30.冬の朝は雪かきで始まる?
もちろん。高校時代までは毎日。
31.小学校、中学校、高校の修学旅行はどこに行きましたか?
小学校:函館
中学校:東京
高校 :学校の方針で修学旅行がなかった
32.修学旅行先で、なまりを隠そうとムリして標準語を使った?
ムリしなくても標準語を話せていたと思うけど、なまっていたと思う。
33.青森県の中高の制服はダサいと思う?
ダサい。
34.小学校の時、授業でスキーをやりましたか?
もちろん。校庭に雪を積み上げて作った斜面があった。
でも基本はノルディックスキーで歩いたり走ったりするやつ。
35.スキーは得意ですか?
ノー。運動神経がないうえに、母子家庭だったため連れてってくれる人がいなかった。
36.滑りに行くとしたらどこに行きますか?
高校の友だちはモヤに行ってたようだ。
37.りんごはもちろん好きですよね?
食いすぎたため、高校・大学と嫌で嫌でたまらなかった。
最近また好きになってきた。
リンゴジュースはよく飲む。
38.県内テレビで一番好きな番組はなんですか?
年に1回の「津軽弁の日」がいいね。
39.伊奈かっぺいは好きですか?
大好き。最近の活動はよくしらない。
「にぎやかなひとりごと」のテープはたくさん持ってた。
40.全国放送の番組で青森が出ると嬉しい?
内容による。
41.最近、市町村同士の合併の話が相次いでいますが、どう思いますか?
なんか寂しい。
42.現在、青森県が全国で一番求人が少ないのをどう思いますか?
ちっともいいことないね。でも根本原因はかなり根深いと思う。
43.今一番青森に出来てほしいお店はなんですか?
青森市という意味で、HMVないしはタワレコ。
44.青森のデートスポットはどこですか?
知らない。青森でデートなんてしたことない。
ある程度の年齢以上の人たちは車に乗って即、ラブホテルじゃないの?
45.あなたの周りでは上京する人が多い?地元に残る人が多い?
高校が進学校だったので上京する人が多かったが、
卒業後ないしは就職後何年かで青森に戻った人が多かった。
46.青森に住んでよかったと思った時はどんな時ですか?
新鮮な海の幸を食べたとき。
雪景色を眺めたとき。
47.自分が青森県民であることを誇りに思っている?
思う。口に出して言わないけど。
48.青森の魅力を、県外の方にアピールしてください。
自然が豊かです。食べ物がおいしいです。
(↑小説家志望の人が書いてる内容とは思えないね・・・)
49.同じ青森県民に一言!
もっと笑った方がいいんだろうね・・・
50.あなたはこれからも青森県民でいますか?
ココロの中では永遠に青森県民。
[2166] 埼玉県民の日 2006-11-15 (Wed)昨日、仕事していたら後輩が突然、「あっ!今日、埼玉県民の日じゃん!」と言い出す。
なにそれ?とその場にいた皆がキョトンとする。
「知らないんですか!?」
なんでも、学校が休みになるようだ。
で、この日埼玉県民は割引料金になるってことで大挙してディズニーランドに押し寄せる。
「だから、今日普通に休みを取ってディズニーランド行った人は混雑してて、
なんでだろうなあ?と不思議に思うわけですよ」
ほんまかいな。初めて聞いた。
学校が休みになるなんて、いいなあ。
僕が小学生だったら、もうそれだけで親に「さいたまにひっこそうよ」と言い出しかねない。
今思うと、そういう類の「青森県民の日」なんてものはなかった。
少なくとも僕が子供だったときは。
実はあったのかな。
でもあったとしてもセレモニーが運動公園とかで行われて終わりだったのかもしれない。
知事が挨拶して、その背後にミスねぶた。
検索してみる。
・・・ない?1個だけヒットしたけど、開かない。
栃木県民の日や静岡県民の日や千葉県民の日、茨城県民の日は引っかかったんだけど・・・
こういうのって関東近辺だけ?
東京都民の日は・・・、あった。
10月1日。でも廃止されたようだ??
いや、まだある?今年、サンシャインの展望台と水族館は割引料金だったみたい。
情報が錯綜している。
ま、どうでもいいか。
ついでに今、今年のミスねぶたを検索した。
グランプリの子は結構かわいいんでないの?
http://www.nebuta.or.jp/event/miss.html
つがる市在住25歳、家事手伝いか・・・
[2165] 草原 2006-11-14 (Tue)学生時代に深夜の調剤薬局で事務のバイトをしていたときに
当直の薬剤師の人から聞いた話。
その人は以前、精神科の大病院の近くの薬局で働いていた。
精神科にかかっている患者ばかりが日々訪れる。
「中には、ものすごくきれいな子もいるんだよ。
そういう子が、結構いるんだよ」
話の前後は省略する。というか忘れた。
でも、時々思い出す。
この世の中がどういうものかってことを考えたとき、真っ先に思い出す。
親子でかかっていて、母も娘もきれいな人だった、
なのに娘は「神様が・・・」とか呟いていたのだという。
それまでどういう過去があって、
そこから先どういう未来があったのか。
どういう家に住んでいて、どういうものに取り囲まれていて、
何を食べていて、日々何をしているのか。
・・・そんなこと、考えちゃいけないんだろうな。
これまでで最も楽しかった思い出はなに?
これまでで最も悲しかった思い出はなに?
好きな色は?
嫌いな人は?
嫌いな色は?
好きな人は?
---
例えば僕は今、そのきれいな子と2人だけで
地平線の彼方まで広がる草原の中に立っている。
優しい風がそっと通り過ぎて、草原がゆっくりと波打つ。
僕も彼女もそれを眺めている。通り過ぎた風がどこかに消えていく。
僕と彼女はそこに全く別なものを見ているのかもしれない。
語ろうとするその言葉は、お互いに通じないかもしれない。
(もしかしたら「正しい」のは彼女であって、
僕はこの世界の常識とやらにがんじがらめになっていて
僕の考えることは単なる条件反射に過ぎないのかもしれない)
(いや、そんな「きれいごと」の通じる物事では決してないだろう)
気がつくと彼女はいなくなっている。
僕はたった1人、取り残されている。
いや、振り向くとそこには大勢の「普通」の人たちがいて、
それぞれの方向に向かって歩いて、喋って、立って、寝そべって、以下省略。
草原はそういう人たちで覆い尽くされる。
地平線の彼方まで。
僕は彼女の歌った歌を聞く。
彼女は歌ったのかもしれないし歌わなかったのかもしれない。
わかってる。彼女は歌わなかった。
99%僕の錯覚に過ぎない。
だけど僕は彼女が歌ったことにして、
草原の中に立ち尽し、彼女の歌を聞くだろう。
そして僕は目を閉じて、この両手で耳をふさぐのだろう。
[2164] 成田離婚 2006-11-13 (Mon)こういう話を考える。短編。
世の中にはいろいろな事情があるもんで、
お互いの両親を喜ばせたい、あるいは、世間体を保ちたい・取り繕いたい
とかいうような理由で結婚をする男女がいる。
結婚式を終え、そのまま新婚旅行へと向かう。そして帰ってきて離婚。
ある種の成田離婚。
(そういえば話は変わって、結婚式・披露宴の次の日に新婚旅行に行った夫婦って
僕一組しか知らないんだけど、普通どんなもんなんだろうか?)
儀式としてガチガチの式を終え、上辺だけは華やかな披露宴を終えて、
次の日成田まで見送られて海外へ。
一息ついて2人は飛行機の中。
そもそもが、何らかの出会いはあったのに
何もかもが終わってしまった2人なので会話も淡々としたものだ。
全てが事務手続きのよう。雰囲気としてはビジネスの出張に近い。
長いこと同じ会社の同じ部門にいたのに、直接仕事をするのは初めて、というような。
そういう距離感。
異国の地を訪れて、観光。(ツアーではない)
景色を見て、食事をして、風変わりな名産品を買って、ホテルへ。
夫婦ということになっているので、一緒の部屋に泊まる。
1日目、2日目はまだいいが、3日目ともなると雰囲気が徐々に険悪になっていく。
旅行の疲れや、旅先でのトラブルが引き金となって口論するようになる。
お互い、いい年した大人なので派手な喧嘩をやらかすことはない。
しかし、緊張は高まっていく。
一触即発の一歩か二歩手前のまま、全てが進んでいく。
食事を別々に取ろうとしたり、部屋を分けようとしたり。
やがて旅行のハイライトへ。
ナイアガラの滝とかそういうの。
雄大な風景。人間という存在はいかにちっぽけなものか。
普通の恋人同士ならばそこに同じものを見出して、あるいは見出そうとして、
それを共有するはずなのに、2人はその壮大な景色を前に何も共有するものはない。
もしかしたら、その景色を前にして素直に、素朴に、同じことを思ったかもしれない。
だけど口に出すことはないまま。
他のどうでもいいことは言い合うのに、
「敵」を前にすると、人間、そういう無防備なことは決して口にしないものである。
何かを分かち合えたかもしれないのに、
そしてそれが何らかのきっかけとなったかもしれないのに、
すれ違って平行線のまま2人は帰途について、成田へ。
その後すぐ、離婚届けを出す。
それだけの話。
どうだろうか?
[2163] コロッケそば 2006-11-12 (Sun)今年になってからはまったものの1つとして、「コロッケそば」がある。
立ち食いそば、ないしはそれに類するスタンスのそば屋でしか見かけないシロモノ。
その名の通り「コロッケ+掛けそば」
僕も長いこと、これ邪道というかはっきり言ってゲテモノだと思っていた。
普通ありえない組合せじゃないですか?
立ち食いそばで食べることのない(幸福な?不幸な?)人たちならば
世の中にはそういう食べ物があるということ、全く想像できないのではないか・・・
許せない、という人もいると思う。
・そもそも掛けそばのトッピングとはわかめやきつねや天ぷらといった
「和」な食い物であるべきだ。コロッケなんてミスマッチだ。
・コロッケは揚げたてのパリッとした食感こそがおいしい。
それをそばの掛け汁に浸したら台無しじゃないか。
最もな意見だ。僕も心の中、半分はそう思う。
でもね、今となっては
掛け汁の中でグダグダに溶け始めたコロッケのおいしさも知っている。
一度覚えてしまったら、これはやめられない。
僕は最初、金のないときに前の日に西友で買ったコロッケの余りがあって、
晩飯はこれにご飯炊いて食べるかってなりかけたとき、
そういうの新鮮味がなくて嫌だなあ、そういえばそばがあったよなあ。
と茹でて乗せて食べたのが最初。立ち食いそばにもそういうメニューあるよな、と。
それ以来、仕事の合間に晩飯がどっかで立ち寄った立ち食いそばという日は
コロッケそばがあったらそれを食べている。
長年僕の中で不動の地位を築いていた掻き揚げそばが遂に王者の椅子を明渡した。
僕の中ではそれぐらいの心境の変化だ。
もちろん、コロッケは安っぽいものの方がいい。
90%以上ジャガイモ、みたいなやつ。
まあ要はジャガイモと掛けそばが意外と合うね、ってことだ。
カニクリームコロッケでおいしくなるとはさすがに思えない。
でも、よくよく考えてみるとじゃがいもコロッケってのも
この時代に僕なんかが言うまでもなく、かなり和な食べ物だよな。
西洋料理でもなんでもなくて、庶民の味。昭和の時代に日本の中で成長して、定着した。
だから、そばに合うのだと思う。
しょうゆ味の掛けそばというものがそもそも何でも受け入れるような懐の広さなのか。
それともこの国で独自の進化を遂げたコロッケがまたしても適応力を発揮したのか。
立ち食いそばをすすりながら、時々そういう物事に思いを馳せる。
調べてみると、銀座にコロッケそば発祥の店があるという。
これは是非とも、行かねばなるまい・・・
[2162] ぐったり 2006-11-11 (Sat)昨日の夜はPJの飲み会。
先週末からの風邪が重くはならないもののしぶとく居座り続けていて、
そんな状態で飲んだのがよくないのか今日になって
風邪が多少ぶり返し、ビールしか飲んでないのに軽く二日酔い。
9時に目を覚ますが何もすることがない。
いったんロフトから降りたものの、また布団の中に戻る。
そのまま昼まで布団の中でウダウダする。
あれこれ取り留めのないことを考えたり、寝たり起きたり夢を見たり。
考えたのは、高校時代のクラスメイトの女の子たちはいったいどうしているのだろう?
とかそういうこと。あの子も結婚して子供がいたりするんだろうなあとか。
外は雨が降っていて、雨の音を聞きながら。
友人と都心でメシでも食うかってことになってたんだけど、処々の事情でそれもなくなる。
予定全くなし。それ以前に外に出る気もなし。
小説を書く気分にもならず、今日は完全にオフにしようと心に決める。
多分明日も同じような感じ。
オフも何もぐったりしていて体が動かない。心も動かない。
これまでの仕事の疲れが抜けない。いくら寝ても寝たりない。
今週なんて週の半分が8時起きだったのに、それでもまだ眠かった・・・
今日は部屋の隅に重ねたままの古い Rockin'on をまとめて読んで、
あとは DVD を見るってとこかな。
先日中古で見つけた Aphex Twin 「Selected Ambient Works 85-92」の国内盤(帯つき)を聞く。
今聞いてるのは、Strobo 「Zero」
名前とジャケの感じからして ROVO の亜流みたいなもんかと思ったんだけど、正にそのとおり。
でもなかなかいい。
確か Dragon Ash のメンバーがやってたバンド。
そう言われてみると、ROVO + Dragon Ash って匂いがしないでもない。
そんなこんなで今日は眠ったようになって過ごす。
おやすみなさい。
まあこんな日もあるよね。
[2161] Too Much Monkey Business 2006-11-10 (Fri)IT業界に籍を置いて8年。
ずっと僕は得体の知れない違和感を感じ続けてきた。
「コンピューターというものが嫌いだ、見たくもない」ということではない。
冗談で「だいっきらいだ」と言うことはあるが、実際のところは好きでも嫌いでもない。
日常生活でよく使う、ただのツールに過ぎない。
最近になってようやく気がついた。こういうことだ。
基本的に僕は僕のことをゲージュツ家だと思っている。
社会的に身分としては全然そうじゃないとしても。まあせめて気分ぐらいは。
で、芸術家というものは普通、妥協を許さない。
「妥協?よくありますね」と平気で語る芸術家など聞いたことがない。
方やこの業界は妥協の連続である。
完成するシステムというものは予算の規模がどうであれ妥協の積み重ね、その産物に過ぎない。
言葉は悪いが、はっきり言ってそんなもんだ。業界内の人ならば常識だと思う。
顧客もシステムを組む会社も共に理想的な状態にあってプロジェクトに臨んだ、
という話を少なくとも僕は聞いたことがない。8年の間、ただの1度も。
コストとかスケジュールとかスキルとか。
そういう制約がどこもかしこも壁のように立ちはだかっていって、
折衝を繰り返す中で折り合いをつけていく。その繰り返し。
偉そうな話で恐縮だが、僕にはこれが苦痛でたまらない。
半年なら半年、2年なら2年掛けて、しょうもないものが目の前で出来上がっていくのである。
しかもその「しょうもなさ」の一端は確実に僕が担っている。
僕自身が妥協を繰り返して。
これが心苦しくてたまらない・・・
だったら僕がスキルアップして、
例え100点満点は取れなくても、
理想的なシステムへと0.1%であっても近付けられるようにすればいい。
せめてそういう努力をしたら、自己満足に過ぎないとしても、
ちっとは状況がよくなるのではないか。
周りの人たちを巻き込んでいけたら、そのパーセンテージはさらにもうちょっと上がる。
でも、僕にはそれはできない。
その時々に携わっているPJのために必要最小限の時間
(それでも月の残業時間は多くて100時間を越える)を割いて、
会社の外に出てさらにプラスアルファのことをするなんて気が遠くなる。
それぐらいなら小説を書いていたい。
他に目標があるのだから、そのために時間を使いたい。
そんなわけで僕はだめなSEなんだよなと思う。
やってる人は、ちゃんとやってる。
向上心ってやつを、どこかしらに持っている。
僕は日々の生活のために目の前のことを右から左に動かしているだけ。
もちろんそこにはやりがいなんてものはない。一切ない。
---
この「システム開発って妥協ばかりじゃないですか、耐えられないです」って話を
先日、上司たちとのボーナスの面談のときにしたら、
「オカムラ、それって普通、2年目までの考え方だぞ」と苦笑される。
「ビジネスはビジネスだからな。そこのところわきまえないと」
そうだよな。30過ぎた大人が持つべき考えじゃない。
でも僕ってどこまでいってもそういう人間であって、
これは死ぬまで変わらないのだと思う・・・
IT業界に限った話に限らず、どこの業界だって妥協は付き物だ。
小さな嘘やごまかしはどこにいたところでついて回る。
そこに必要以上の痛みを感じるかどうか。
僕はそもそも、会社員として向いてないのではないか・・・
それでもこれまでなんとか続けてきたものの。
[2160] 「父親たちの星条旗」 2006-11-09 (Thu)先週の水曜の夜、見に行った。
ほんとは日比谷シャンテシネに「サンキュー・スモーキング」を見に行ったんだけど、
なんと売り切れ。1日で映画の日だったからか?
そういえばマリオンの丸の内ピカデリーで「父親たちの星条旗」をやってたよなー
と急遽予定変更をしたわけです。
クリント・イーストウッド監督の最新作。
太平洋戦争にて死闘を繰り広げ、その後の命運を分けた硫黄島を巡る攻防。
それを日米双方の立場から描く。これはその前編、アメリカ側。
硫黄島の擂鉢山に星条旗を立てた6人の男たちを撮った1枚の写真。
これがアメリカに広まりつつあった厭戦感を払拭し、
戦意高揚と共に戦時国債の売上も増やすに違いないと目論んだ軍部−政府の思惑によって
写っていた6人のうち生き残っていた3人が本土に呼び戻され、
国債販売のためのセレモニーやパーティーへと毎晩のように担ぎ出される。
1人はこれを出世のチャンスだと捉え、もう1人は死んだ戦友に申し訳ないと酒びたりになる。
そもそもこの写真の撮影には裏があって、
この時の写真は星条旗を立てて硫黄島を制圧した瞬間を捉えたものではなく、
その後の撮り直しによるものだったという秘密が隠されていた。
激闘の末に実際に旗を立てた勇気ある兵士たちは無名のまま、
2回目に旗を立てた6人が運命のいたずらで英雄として祭り上げられたのだった。
主人公である3人のうちの最後の1人は、その全てを一切語らないまま、
アメリカでの普通の生活の中で年老いて天寿を全うした。
いやー面白かった。
人間という存在のちっぽけさ、気高さ、生きるということのほろ苦さを描かせたら
今やイーストウッドに適う者は他いないのでは。
それら全てが昇華され、素晴らしいラストシーンへとたどりつく。
美しい絵だったなあ。
ほろっときました。純粋に映画的感動で。久々です。
★10個でお薦め。
前半部分で登場人物たちの説明と、物語の大枠について語られた後、
硫黄島での戦闘シーンに突入。
銃弾を受けて舞い上がる砂が塊となって襲い掛かり、浜辺に転がる死体が波に洗われる。
これがいつ終わるとも知れぬ果てしないものとなって、
臨場感に溢れ手に汗握るんだけど
「ああ、クリント・イーストも普通の戦争映画を撮るようになったのか・・・」
と思っていたらその後思いもつかぬ展開。
戦争の是非を正面切って問うことはせず、
運命に翻弄される人間の悲劇をそれぞれ、丹念に描いていく。
しかし個々を描くことで
それがより大きな「意思」の存在を案じさせるのだからやはりイーストウッドはすごい。
2本目の「硫黄島からの手紙」は日本側からの物語。
楽しみなんだけど、
日本語のセリフの出てくる予告編を見ているとなんかちょっと違和感を感じるなあ。
監督の母国語を話さない役者たちの演出ってそもそもどんなもんだろうか?と思う。
それにしても、製作がスティーブン・スピルバーグ、監督がクリント・イーストウッド、
脚本が「クラッシュ」のポール・ハギス。この組み合わせって豪華だよなあ。
パンフレットの最初のところに3人ともアカデミー賞受賞監督って書いてあった。
なお、会社の先輩は看板に
「製作スティーブン・スピルバーグ 監督クリント・イーストウッド」と書いてあるのを見て
デカデカと書いた文字だったにも関わらず、
「監督スティーブン・スピルバーグ 主演クリント・イーストウッド」だと思い込んでいた。
思い込みの力は強い・・・
[2159] 道端で人助けするべきか? 2006-11-08 (Wed)昨日の夜、22時半過ぎか。
会社から帰ってきて、途中コンビニに立ち寄って夕飯代わりのサンドイッチを買って
アパートまでの道のりを歩いてると視界の端に何か動いているものが見えて、
横を向くと物陰にうずくまる女性の姿。
「あ・・・?」と思うものの足は止まらずに動いていて、そのまま立ち去ってしまう。
女性は明らかに酔いつぶれていた。
「酔っ払いか、じゃあまあいいか」と思うものの、
夏じゃあるまいし、この季節夜ともなるとかなり寒い。
どうしたもんか?引き返すべきか?
・・・結局そのまま歩いていった。
その前の日の昼。
客先での打ち合わせを終え、交差点を歩いていると
杖をついた小柄な老人が呼び止めたタクシーに乗ろうとして、
僕のすぐ目の前で転んで倒れた。
とっさのことなので僕は固まってしまう。
近くを歩いていた男性が駆け寄って大丈夫ですかと声をかけ、助け起こそうとする。
もう1人女性も加わる。
救急車を呼ぶ必要はないと老人は言う。
差し当たりタクシーの中に運ぼうということになり何人かで抱えることになったのだが、
両肩は既に男性と女性とががっちり押さえていて、
僕は腰の辺りを、としたつもりがずり落ちてお尻に触れる。
それでもまあ仕方ないと進んでいこうとしたら
老人は「お尻の手をどけろ」「これぐらい自分で歩ける」と小声でわめく。
「いいから手を離せ!」ということで、3人ともその通りにした。
よろよろと老人が歩いて、タクシーの中へ。
乗り込んで走り去る。
何事もなかったかのように3人はそれぞれの目的地に向かって歩き出すのだが、
後味が悪いといったらありゃしない。
慣れない、中途半端な人助けならしない方がましだと思った。
そんなことがあったばかりなので、この女性のこともほっておくことにした。
そういえば夏にも似たような女性が似たような場所で酔っ払ってゴロゴロしていたのを見かけた。
同じ女性かもしれない。先ほどの女性は茶色い髪でヴィトンのバッグを手にしていた。
確か前もそうだったような気がする。
この女性はいつもこんなことをしでかしていて、日常茶飯事なのではないか。
・・・と思うことにした。
声をかけて「ほっといてよ」とか「あっち行ってよ」とか言われたらまた今日もへこんでしまう。
逆に、1人で抱きかかえてヨロヨロと家まで連れて行くことになってもやっかいだ。
その途中で吐かれても困るし。
などなど自分に言い聞かせる。
これが「出会い」となり・・・、などとはゆめゆめ考えない。
都会で人助けするのも大変だ。
今のところ、そうとしか言いようがない。
[2158] PCが壊れる。 2006-11-07 (Tue)3日の金曜日。夜、外出から帰ってきてPCを立ち上げようとするが、立ち上がらない。
最初にメーカー(DELL)の画面が表示されて、それっきり。
OSの起動画面へと続くことはなく、黒地にに白のアラートが出てくるだけ。
「alert! Chipset heat sink not detected. System halted!」
何度やり直しても変わらない。
一番最初の画面でF2「SETUP」やF12「BOOT MENU」も効かない。
ハードディスクがどうこうという前に、基盤がいかれているようだ。
もう一台予備のノートPCを持っているので、そちらを立ち上げてネットに繋ぐ。
情報収集する。
これはけっこう割と一般的な事象のようで、
私設のよろず相談所みたいなサイトに普通に転がってる。
「ヒートシンク」って部品があってそれがはずれているようだ。
中を開けて元に戻せばいい、とある。
DELL のページにもそんなことが書いてあった。
中を開けてみる。開けてみたのはこれで2回目か。
「PC自作」とか興味のない僕はPCの中は正にブラックボックス。
見たくもないし触りたくもない。
床に置いてシゲシゲと眺める。
あった。初心者の僕にも分かる。確かに何かがはずれてる。
そもそも机の上から持ち上げたときにカラカラと音がした。
黒っぽくて、ヒダヒだになったプラスチックの部品が転がっていた。
こんなの外れてても問題なさそうだけど・・・
ヒートってあるぐらいだから、熱を逃がすなんかなんだろうな。
本来はまるべき位置の上下に留め金が2コあって、そのうちの1コがもげている。
小さなアーチ型の部品を見つける。
これを穴にはめてみようとするがうまくはまらない。
穴には入るが、ゆるくてグラグラ。
ヒートシンクとやらを固定してみようとしてもすぐはじけ飛んでしまう。
あーだめなんだろうな。と気付く。
DELL のユーザーサポートに電話してみる。
金曜の真夜中ってのは最悪の時間のようで、つながるまで30分待たされた。
明日の朝にしようかなと諦めかけたとき、ようやくつながった。
サポートの男性とあれこれやりとりして、引き取り修理に出すことにする。
ヒートシンクとは何かみたいなことは事細かに解説してくれるものの
(マニュアルで「言え」ということになっていて、実際分厚い技術手引書があるのだろう)
だいたいいくらぐらいかかりますか?だいたいでいいので。
って質問には「サポート部門では分からない」の一点張り。
そんなあと思う。まさか一般的な額が分からないはずがない。
こういうのってクレームを事前に避けるためなんだろうな。やな世の中だ。
でも、基本的な修理代として2万2500円で、プラス部品代、
マザーボードの交換なので合計額が3万以下ということは恐らくないでしょう、
ってことは聞き出す。
えーこの留め具をくっつけるんじゃなくてマザーボードの交換!?
だいたい2万円後半ぐらいを想定して、合計5万か!?
痛い出費だ・・・
この時期、超痛い。
(もっと安いかもしれないけど、それでも4万は超えそうな)
今後の流れとして、見積もりが郵送で届いてそれをFAXで送り返して、
そしたら配送業者が引き取りに来て、
そこからさらに中を見て場合によっては見積もりを出して、で修理。
そこから1週間から10日。
あー取りに来るだけでも1週間かかって・・・
早くても戻ってくるのは3週間後か。
まいったよ。ほんと。
不便なのは不便だし、それ以前に中のデータが。
今月末締め切りのコンテストに出そうとしていた原稿。
これ間に合うだろうか。手直しも済んでないのに。
その他の、そうだ、書きかけの250枚の原稿。これが消えたら泣く。
途中のバージョンはどっかに退避させてると思うけど、最新版ではない・・・
まあ今回の事象はハードディスクじゃないはずで、無傷で戻ってくると思うけど。
間に合うだろうか、コンテスト。やばい。
今、ノートPCでこれ書いてるけど、
これがまた古いし小さいし非力だし、でなかなか使いにくい。困ったもんだ。
ネットに接続はできるけど、Windows Update が使えなかったり、
重たいサイトは開けなかったりで。なんだかなあと。
DELL の3年間補償が6月に切れたばかりで、
こんなときのために延長しておけばよかった。延長オプションがあったのなら。
1度ふと考えたときがあったんだけど、こんだけ使ったんだからいいやと思ってしまった。
しまったなあ。大事なデータは常に外付けのハードディスクに移しておけばよかった。
5万かかるぐらいなら、15万出して新品買った方がよっぽどいい。
あーあって気分。
[2157] 風邪をひいてぐったり。 2006-11-06 (Mon)風邪をひいてぐったりしたまま出社。
僕は1年のうち、秋に1度、冬に1度必ず風邪をひく体質なので、
「ああ来たか」と恒例行事のように思う。
世の中にはここ5年風邪をひいていないとか、
ひいても週末だけで平日になるとピンピンしてる
という人もいるようで大変うらやましい。
これは遺伝とか体質によるものなのか。それとも体の鍛え方によるのか。
僕はそのときの風邪がどれだけの重さだろうと、
必ずきっちり10日間風邪をひく。
軽めの症状のときであってもなだらかに山が続いているような。
そういう体質なんだろうな。なので年に2回風邪をひく。
たぶんなんらかのネガティブな調整が働いているんだろうな。体の中で。
3日目・4日目がピークとなる。ちょうど今日が3日目。
まだ寒気がするので、昨日の晩は靴下を履いてスウェットの下にトレーナー、
掛け布団にタオルケット、そこに毛布も追加して寝ていたらさすがに暑くて寝苦しかった。
朝起きたら布団着てなかった。まるで意味なし。
医者にかかるほどでもないなと市販の風邪薬を飲んでいるだけ。
ひき始めは家に葛根湯があったのでそれを飲んでいた。
でもあれも風邪の初期にだけ有効なもんだと昨日、新たに薬を買いに行った。
総合感冒薬。
今回は「ベンザブロック」の喉・熱の方。
なんかこれ、効いてる気がする。当たりか。
総合感冒薬ってどれがいいのかというのは全然よくわからない。
その時々のフィーリングで買うしかない。
ルル、パブロン、エスタック、ナロンエース・・・
箱の裏側を見ても効能や注意事項はどれも一緒で、決め手がない。
眠くならないのがあるといいんだけど、
そういうのって科学がどれだけ進歩しても出てこないようだ。
22世紀の風邪薬もこんなもんなのだろうか?
重い風邪で熱があるときに風邪薬が効いてると
自分の体が自分のものじゃなくなるような感じになる。
ロボットになって操縦しているような。
込み入ったことを考えることができなくなって、
感覚の全てが真綿で包まれたようになる。
今、半分ぐらいそういう感じで、ぼんやりしている。
めまいがする。
この世界がゆるやかにクルクルと回っている。
仕事できない、ってほどでもないから、とりあえずこれで1日過ごす。
[2156] 人形町「玉ひで」「初音」 2006-11-05 (Sun)昨日の昼、GAZZ! で仲良くなった人たちと3人で人形町の「玉ひで」へと行ってきた。
親子丼や軍鶏鍋で有名な老舗。創業1760年だから、なんと250年前。江戸時代。
http://www.tamahide.co.jp
前々から気になっていて、行ってみたかった。
11時半開店というので、その頃に待ち合わせ。
幹事として場所の事前確認のため早めに11時ちょいに着いて店の前まで行って驚く。
既にして長蛇の列。店の前を通り過ぎて店の塀をぐるっと回りこみ、裏手にまで延々と続く。
その中に加わる。
僕が並んだ後も後ろに続々と人が増えていく。
僕のように初めてこの店を訪れて、「え!こんなに?」と驚く人たちばかり。
3連休の間の土曜日ってこともあってなおさら客が多いのだろう。
自転車でふらっと通りがかった近所のおっさんが
「何もこんな店並ばんでもええのに」とケチをつけて去っていく。
2人と合流し、中に入ったのは12時15分頃か。
昼のメニューは、軍鶏鍋もあるけど、やっぱ親子丼。
「とく親子丼」 800円
「元祖親子丼」 1300円
「極上親子丼」 1500円
「もつ入り親子丼」1500円
このうち、「元祖親子丼」は
明治(玉子固め)と昭和(玉子柔らかめ)を選べる。
さーてどれにしよう?ここまで来て並んだんだから、
そりゃもちろん「極上」でしょう?
で、もう1個いけんじゃんと「もつ入り」とダブルで。
こういう老舗の親子丼って普通より小さめなんじゃないかと。
座敷のテーブル席に通されて親子丼が運ばれてくる。
なかなか大きめの器に入ってくる。
こりゃ1コでも十分だった。
後には引き下がれんと2個いっぺんに蓋を開ける。
ま、結局はぺろりと両方平らげました。
「さすが大食い・・・」と感心された。
もつ入りもいいけど、やっぱ「極上」だねえ。味わうべきは。
玉子のトロトロ感が違う。
ふんわりした玉子の上にさらに真ん丸の大きな黄身が乗っかっている。
夢中になって食べた。
食べてる間何にも考えられなかった。
「どう?」って聞かれても感想が言えない・・・
堪能しました。
これ、おいしいです。
2個食って満腹のはずが、女性たちと一緒だったので食後は甘いものを、となる。
人形町通りを歩いて、甘味処を探す。
人形焼の店、高級そうなすき焼き屋、福神漬けで有名な「酒悦」の店など、並んでいた。
なぜかマクドナルドは茶色。通りの雰囲気に合わせて、ということだろうか。
「初音」という店に入る。
創業天保3年(1837年)が創業。こちらもまた由緒ある店。
古きよき時代の、人々が心に思い描くような落ち着いた静かな甘味処。
今調べてみたら学生時代のテリー伊藤がバイトしていたのだそうな。
女性2人は白玉あんみつ(黒蜜)、僕はチョコレートパフェ。
親子丼2杯平らげた後に選ぶものとは到底思えない。
「さすが大食い」「鉄の胃袋」と言われ、調子に乗っておしるこも追加する。
「魔人」の称号を頂く・・・
で、パフェとおしるこ。どっちもうまかった。
普段ならどちらも絶対自分では注文しないけどね。
その僕ですら、「おいしい!」と思った。
パフェはクリームがしっとりとしていて、さらりとした甘さ。
おしるこは毎日ついてるというお餅が絶妙の焼加減で。
上野の「みはし」以来、東京では2軒目の「また来たい」甘味処。
夜はお好み焼きもやっているようで、これまた気になる。
しょうが醤油で食べるみたい。
その後浅草線で浅草へ。
浅草寺は工事中。
とんでもない人の群。さすが連休。
外国人観光客も多く、おみくじを引いていたアメリカ人(?)が困っていたので
番号ごとの引出しを開けてあげる。彼の引いたのはなんと「凶」
「Bad Fortune」にオーノーと嘆きだす。
僕が引いたのは「吉」待ち人現るなど、良縁ありなどいいこと尽くめでした。
お賽銭を上げてお参り。
いやーとにかくどこ歩いても人また人。
以前食べた天ぷら屋「大黒屋」も午後3時だというのに行列になっている。
裏通りの飲み屋街は真昼間からモツ煮の鍋がグツグツと煮え、
既にして出来上がった酔っ払いばかり。
モツ煮も食べたかったが、さすがに胃が受け付けず・・・
いまどき誰がこういうの買うんだよ?売れないドサ周りの演歌歌手?
って感じの怪しげな洋服屋がいくつもあったり。
大まじめに(?)売ってて、客が立ち寄るのを待ってるんだもんな。
地方からの客や外国人観光客向けなのか。
こうして歩いてみると浅草ってほんと変てこな町だ。
---
そんなこんなで4連休も終わり。
今日は1日家の中。
小説の作業など、など。
この4連休の間に自宅のPCが壊れて大変だった。
もう1台のノートを使ってんだけど、何かと不便で・・・
あと、昨日から風邪気味で、良くも悪くもならないまま。
疲れを溜め込んで休みを迎えるとこういうことになりがち。
ああ、明日から仕事か・・・
[2155] 「11/3 antennasia 2006-11-04 (Sat)昨日の夕方、渋谷に出て
DELA 君のイベント「Camouflage」を見に行く。
「11/3 antennasia "23 Bluebird Street, Velo-City" Release Party」
場所は「渋谷PLUG」
直前になって DELA 君に誘われて、の参加。
7月の船のときしかり、ほんといつもすいません。
http://www.cmflg.com/
出演は4組。順に、
・Hybrid Leisureland http://hybridleisureland.web.fc2.com/top.html
・murr*murr http://www.murr-murr.com/
・Himawari http://www.himawaring.com/
・antennasia http://www.antennasia.com/
4組とも日本人。
Hybrid を除く3組は歌ものエレクトロニカ。
女性ボーカルと男性ラップトップ奏者の組み合わせ。
こういうのって最近増えているのだろうか??
18時半のオープンきっかり、まだ客の少ないうちに入ってソファーを確保。
後は座ってビール飲みながらゆっくり眺める。時々立ち上がって写真を撮る。
「Hybrid Leisureland」はアンビエントかつノイズが基本にありつつも
なんでもありで面白ければ歌モノだろうがかけるよ、って感じの人だった。
「ロック」と書かれたTシャツを着ていた。
川の音が流れたかと思えば、
エレクトロニカ特有のザクザク切り込まれた音が重なって、というような。
往年のミニストリーとナパームデスを100倍強暴にしたかのような音も出てきた。
「murr*murr」
ボストンで結成。日本の若者たち。
女性ボーカルと男性ラップトップ、
本来はヴァイオリンのメンバーがいるようだが
「まだアメリカにいます」ってことで今日は不参加。
サポートにギターとジャンベ、テルミンという5人編成。
不思議な構成だよなあ。
歌の世界は正直あんまり好きではないけど、
テルミンってのがポイント高かった。
学生時代のジョンスペ以来だ。ステージにテルミンが置かれてるの。
最初気付かなくて、面白い音出てるなあと思っていたら、
メンバーの紹介があってそこで初めて気付いた。
(終わった後、テルミン奏者の女性とその女性が
僕の座っていたソファーの隣に座って不機嫌そうにしていた・・・)
「himawari」
こちらは男女2人組。
1曲目を聞いて惹き込まれる。「すげー」と思う。
存在感のある音、というかノイズ。そこに歌心溢れるメロディー。
これが「antennasia」か!と思ったら違ってて、「himawari」でした。すいません。
ラップトップの男性は30過ぎの大人で、モヒカン。
北欧のバイキングを思わせるような曲調の曲があったり、音楽性は多様。
面白い音を出してるなあと感心した。
他3組と違って映像が流れるんだけど、これがかなり本格的。
ロシアアバンギャルドの末裔とでもいうか。その系統の。
DELA 君とこの解説によれば
NY で結成されてかの NY タイムズも絶賛だという。
坂本龍一の「Ballet Mechanique」のカバーを2曲目でやってた。
やっぱこういうのが根元にあるのね。
「antennasia」
この日の真打登場。
「himawari」が僕としてはトリでもいいんじゃないの?ってぐらいのインパクトだったので
「antennasia」ってまさかこれよりすごいの?と思っていたら、
蓋開けてみたらもっとすごかった。
なるほど、DELA 君が先入観を持たずに
音楽の好きな人は聞いてみてほしいと言っていたのがよくわかる。
このユニットは歌ものエレクトロニカという形態を取っているけれども、
それは仮の姿でしかなくて、もっと普遍的な音楽を生み出している。
(「himawari」は良くも悪くも、エレクトロニカの枠内で勝負しているように見える)
基本的にはジャズ(と、ソウル)なのだと思う。プラスして、ダブ。
演奏する男性がいて、シンガーの女性がいて、
それがこの時代だからたまたまああいう形になったというだけ。
この時代の空気を呼吸して、皮膚感覚でかっこいい音を求めたらあのようになったというか。
素晴らしいね。
DELA 君のところから孫引きで引用。youtubeよりPV
★ 「Pegasus」
http://www.youtube.com/watch?v=9ed-mi9_TTw
★ 「Sorrow (version about me)」
http://www.youtube.com/watch?v=STDbur13Jps
ヨーロッパで活動していた時期があったり、日本の外でも注目を集めつつあるのに
「仙台在住」ってのがいい。
もうこの時代になるとどこ住んでてもそんなに差がないんだろうなあ。
当人のしっかりした意思さえあれば。
「東京じゃないと活動できない」ってことはない。
(ライブをやろうとして観客をいかにして集めるかって問題と、
優秀な機材とエンジニアの揃ったスタジオが身近にないって問題はあるけど)
インターネットの時代になってグローバル化ってあちこちで言われて、
最も良くなったとこってここではないか?と僕は思う。
音楽に限らず、発信するという行為。そしてそれが共有されるという行為。
まあそれが生で見れるから東京の方がいいねというのは
情報の受け手としては確かにあるけど。
曲もいいけど、ボーカルの存在感がいい。
なまめかしくジャジーな曲を歌い上げたのに、MCになるとべらんめい調というか、
どこぞの酔っ払いのようになる。このギャップがすごい。
大物、というか天然。というか近所のおばちゃん。
「着たままでライブやろうとしたらちゃんとしなさいとママに怒られて、
そこのイチマルキューで買ったのがこれ。
上がニィキュッパーで下がイチキュッパー」
「いやぁ今日一緒に出た人たちはみーんなマブダチだぁ」などなど。
印象的な発言として、
「人によっては、あれ、なんつうのアロマとかいうヤツたいて部屋の中暗くして
(私たちの音楽を)聞くけど、私としては地下鉄の中とか、
都会の雑踏の中で立ち止まって聞いたりするといいんじゃないかな」
「antennasia」はもっと大きくなると思う。
---
「antennasia」「himawari」
それと前回見た船のときの「i am robot and proud」については、
つい先ほど HMV のサイトで CD を購入した。
届くのが楽しみです。
[2154] 「大エルミタージュ美術館展」 2006-11-03 (Fri)今日は文化の日。
たぶん今頃大学では学園祭なんだろうな。
さすがにこの年ともなると行くことはない。
映画サークルのOB会も呼ばれることはなくなったし。
今日は夕方から DELA 君のイベント"Camouflage"
「antennasia "23 Bluebird Street, Velo-City" Release Party 」
誘われたので見に行く。
---
昨日上野の東京都美術館で見た「大エルミタージュ美術館展」について。
http://www.ntv.co.jp/hermitage/
大学2年生の夏、94年、
語学研修って名目で8月の1ケ月をモスクワで過ごした僕は
1週間サンクトペテルブルクに行く機会もあって、
そのとき半日だけだったけどエルミタージュ美術館に入ることができた。
大英博物館・ルーブル美術館と並んで、世界三大美術館の1つ。
世界史の教科書にも出てくるエカテリーナ2世のコレクションが元になっている。
とにかく大きい。ちゃんと1つ1つ見て回るとしたならば
確か1ヶ月だったか1年かかるとか。
僕はこれを駆け足で、文字通り走るように駆け巡りながら見て回った。
ピカソやマティスの絵を求めて。
この時はこうするしかなかったんだけど、今思うとこれは残念な過ごし方。
元々が宮殿であったので
「ピョートル大帝の間」「聖ゲオルギウスの間」
といった壮麗な部屋の雰囲気をもっと味わっておくべきであった。
公式サイトを見ると、美術品ではなく各部屋のヴァーチャル・ツアーがあったので、参考に。
http://www.hermitagemuseum.org/html_En/05/hm5_9_0_1.html
若き日の僕はすっ飛ばしすぎたよ。
もう1度ちゃんと見たいなあ。最低でも1日かけて。
死ぬまでにもう1度・・・
で、今回の美術展ですが。
本来300万点もの美術品を所蔵しているうちの、今回は80点のみを公開。
超厳選。このペースで行ったら
毎日内容を変えて1000回やってもまだ全然半分にも満たないというね。
もちろんそんなことできるわけもなく。
じゃあ日本で人気のあるピカソとマティスとゴッホとモネを
あるだけもってこいってのも無茶苦茶な話。
結果、幅広い時代の作品を満遍なくということになり、
そのためにテーマをかなり限定することになる。
コンセプトは「都市と自然」
これが3つに分かれて、T 家庭の情景 / U 人と自然の共生 / V 都市の肖像
という括りに。
これがそれぞれ美術館の地下、1階、2階に対応する。
T 家庭の情景
*ピエール=オーギュスト・ルノワール「扇子を持つ女」(1880)
*モーリス・ドニ 「婚礼の行列」(1892)
*マリー・ローランサン 「アルテミス」(1908)
U 人と自然の共生
*クロード・モネ 「ジヴェルニーの干草」(1886)
*ポール・ゴーギャン 「果実を持つ女」(1893)
*パブロ・ピカソ 「農夫の妻」(1908)
*ピエール・ボナール 「汽車と荷船のある風景」(1909)
*モーリス・ド・ヴラマンク「丘の上の風景」(1926)
V 都市の肖像
*アンリ・マティス 「リュクサンブール公園」(1901)
*アンリ・ルソー 「リュクサンブール公園、ショパン記念碑」(1909)
*アンドレ・ドラン 「水辺の家」(1910)
*モーリス・ユトリロ「モンマルトルのキュスティン通り」(1909)
などなど。
自分の知ってる人を挙げてみた。
こうしてみると19世紀末からの作品が多そうだけど、実際は逆で、
残りの大半が17世紀から18世紀にかけてのもの。
名前を知らない、初めて聞く人ばかり。
恐らく、この機会にエカテリーナ2世自らの蒐集品を
多く展示したいという意図によるものなのではないか。
これ、いいことだと思う。むしろ新鮮に感じた。
(ほんとはエカテリーナ2世の時代に絞りたかったのだろうけど、
それだと地味で人が呼べないから、
19世紀末以後の人気ある画家の作品も加えたのではないか・・・)
エルミタージュの規模を思うと80点ってのは余りにも少なく、
ミーハーな美術ファンにとってはビッグネームの作品も少ないということで
ちまっとした小ぶりな展覧会だなあと僕は感じた。
でもいくつか印象に残る絵画を観ることができて、僕としてはOKな気分になる。
例えば、ピーテル・ヤンセンス・エリンハ「オランダの室内」(1670)
この絵、なんというか現代に通じるような孤独とその静謐さがあるように思えた。
先ほどのエルミタージュのサイトだと、
http://www.hermitagemuseum.org/fcgi-bin/db2www/fullSize.mac/fullSize?selLang=English&dlViewId=DXG9J3QMCBDTJRPF&size=big&selCateg=picture&dlCategId=I9K0K5%2B237KB$OE%2B40MA&comeFrom=browse
---
今回の80点については、94年の夏に見た記憶のある物、皆無。
そりゃそうか。でも駆け足で通り過ぎた中にあったかもしれないんだよな。
あの時見た中で今も鮮明に思い出せるのは
アンリ・マティスの巨大な、壁を覆い尽くさんばかりに広がった「ダンス」だけ・・・
http://www.hermitagemuseum.org/fcgi-bin/db2www/fullSize.mac/fullSize?selLang=English&dlViewId=T41L1SARQRZC5EFV&size=big&selCateg=picture&dlCategId=D2IQ47M$BWXA34AL&comeFrom=browse
---
帰りに画集とポストカードを買う。
ミュージアムショップにて各国の切手を集めてポストカードにしたものが売られていて、
「これ、いいね」と思って買った。
asano stamp ってとこで出してるもののようだ。
[2153] 上野動物園、木曜の午前 2006-11-02 (Thu)今やってるPJが月曜に第一弾リリースのカットオーバー。
来週から本格的にシステムを使い始めることになっていて
今週は割りと暇、ということで今日は休みを取ることにした。
上野の東京都美術館にて「エルミタージュ美術館展」を見た後、
映画を2本、日比谷で「サンキュー・スモーキング」
渋谷で「悪魔とダニエル・ジョンストン」を見るという予定を立てた。
朝7時に起きてコーヒーを飲みながらぼんやりして、
丸の内線に乗って銀座へ、JRに乗り換えて上野へ。
平日の普通に通勤時間に乗ったから車両は混んでいた。
9時過ぎに上野に到着する。
「エルミタージュ美術館展」を鑑賞。
小ぶりのちまっとした美術展だったため10時半には見終わる。
映画は12時半からで、食事を取るにも時間が空いてしまう。
上野公園を歩いていると、動物園が目に留まる。
入ってみようかと思う。
小学校1年の終わりに上京した際に
父の友人だった方に連れてってもらって以来か。
(ちょうどその頃、父の葬儀があった)
20年以上ご無沙汰。
あの当時もまた、パンダが話題の中心だったように記憶している。
入ってすぐがパンダのコーナーで、レッサーパンダの隣にジャイアントパンダ。
「リンリン」がふてくされたように岩の陰でゴロゴロしていた。
今もパンダは一番人気なのか、大勢の子供たちとその保護者たちが群がっていた。
分厚いガラスの向こうのパンダに歓声を上げる。
デジカメのフラッシュがあちこちで瞬く。
僕はブラブラと目的もなく歩く。
トラとゴリラの檻の前を通り過ぎる。
平日午前の動物園。東京の空は曇って、灰色。
大勢の幼稚園児と小学生たち。カメラを抱えた親子連れ。ちらほらとカップル。
地方から修学旅行で上京してきた、はしゃぐ以外にすることの無い中学生たち。
それ以外の人たちはほぼ、皆無。
30代男性が一人で歩いてるなんてのは他に見当たらない。
会社休んでまでしてくる場所じゃないよな・・・
「終わってるな、オレ・・・」と思ってしまう。
「何やってんだろうな・・・」
携帯でトラの写真を取る。続けて、ゴリラ。はまる。
なんか見かけると携帯で撮るってことにしばらくの間熱中した。
ホッキョクグマ、ニホンザル、アジアゾウ。
橋を渡って不忍池の方に渡って、
シマウマ、コビトカバ、サイ、キリン、フラミンゴ・・・
動物園ってこんな感じの場所だったのか。
平日の午前だとそもそもの観客が少なく、淡々としている。
子供たちの歓声以外には静かで、物音1つしないという印象を受けた。
遠くから家族向けの軽やかなメロディーが聞こえ、車や電車の音も聞こえては来るが。
時間の流れがこの中はほんの少しだけゆるいような感じがして、
なんつうかそういうのに物音が掻き消されるというか。
檻があってその中に動物たちがいて、物憂げに歩き回ったり寝てたりして、
その前を人間たちが列を成して通り過ぎていく。
子供たちは楽しそうで、大人たちはそんな子供たちを眺めてるのが楽しそうで。
ああ、いつの日か僕もまた家族を持ち、
小さな子供を連れて、ここ、上野動物園へとまた来ることがあるのかもしれない。
そういう日は来るかもしれない。来ないのかもしれない。
よくわからない。
そんなことを考えながら、動物園の外に出た。
[2152] 彼女マシーン 2006-11-01 (Wed)1−1)
31歳独身。男性。1人暮らし。出会いなし、恋人のできる見込み全くなし。
いてもたってもいられなくなって、僕も「彼女」を買ってみることにした。
マンガ雑誌の裏表紙の広告から、深夜の通販番組まで
今やありとあらゆる場所で恋人が販売されている。
大手ショッピングサイトでもワンクリックで購入可能だ。
僕はそのうちの1つを開いて、カタログ情報を眺めてみる。
いろんなタイプの女の子がいる。
容姿や年齢、服装の好み、擬似的に用意されたプロフィール。
あれこれ迷った末に(そう、気がついたら長い時間をブラウザの前で過ごしていた)
「この子にしよう」と決める。
身長165cmで髪は肩まで、年齢は27歳で職業はOLとなっている、などなど。
グレードは一番低い2週間とした。サービス価格。
もちろん支払いはカード、一括。
1−4)
土曜の昼、届いた。1m四方のダンボール。
持ち上げてみると意外と軽い。
ガムテープをはがして中を開ける。うずくまるようにして彼女が入っていた。
体を持ち上げて(無意識のうちに僕は胸の部分を触っていた)取り出す。
箱の底にはマニュアルと付属品一式の説明書き。
注意事項と免責事項が記載された1枚ペラの文書。
「女の子はデリケートです。手荒なことはしないでください」に始まり、
「缶詰は直接コンロにかけないでください」的な文言が
A4の紙の上から下までびっしりと。
1−6)
僕は彼女の口を開いて、軽量カップで水を注ぎ込む。何度も何度も。
口の端からこぼれて、僕はティッシュでぬぐう。
5リットル分の水が酵素だのなんだのを活性化させ(その辺の理屈はよくわからない)、
彼女を体重50キロの「生きた」「肉体」へと作り変える。
床の上に横たわった彼女が、何度か、ピクッと震える。
水色のサマーセーター(半袖)を着て、白のコットンパンツ。
僕はうなじの下の柔らかなスイッチを押す。
ビクッ!と大きく震えて、彼女が目を覚ます。
虚ろな目をしている。表情と呼べるものもない。
だけどそれが少しずつ、少しずつ、変わっていく。
生まれたばかりの彼女のココロの中に僕という存在が刷り込まれていく。
口をゆっくりと開けて、彼女は言う。
「こんにちは」
僕は無言のまま、彼女を見つめる。
3−3)
仕事から帰って来ると、部屋の隅にうずくまっていた彼女が目を覚まして立ち上がる。
「おかえりなさい」
「ただいま」と言うことに慣れていない僕は「ああ」と小声で呟く。
鞄を置いて僕は着替える。
彼女はテレビのリモコンを探してスイッチを入れる。
食器棚からグラスを2個取り出すと、冷蔵庫を開けてパックのオレンジジュースを注ぐ。
テーブルの上に置く。自分の分を飲み始める。
僕は僕の分を飲む。
7−5)
展望台から眺める東京。
「わー・・・」と彼女がはしゃぐ。「すごいね!」
ぐるっと一周して、東京湾を前にして立ち止まる。
「うみ?」
僕は「海」と答える。
「なにか、うかんでる。むこう」彼女が指差す。
「船」
「・・・ふね?あ、わかった。ふね。しってるよ」
「乗ってみたい?」
「うん!」
12−9)
ベッドの上でぐったりとなった彼女は二度と目を覚ますことがなかった。
土曜の夕暮れ。ぼんやりとした日差しがうっすらと差し込む部屋。
僕はこの2週間という時間のことを考える。
彼女は最後に、「さよなら」と言った。そして笑った。
そういうふうにプログラミングされているのだろう。最後に笑うということ。
彼女の行動の全てが、僕への受け答えの全てが、事前にコード化されている。
彼女と過ごして、楽しかった瞬間が何度かあった。なのにそれは・・・
そういうことを考えると、今更ながら悲しくなった。
僕も、「さよなら」と返した。
彼女は続けて、「ありがとう」と言った。
もう一度繰り返した。
「ありがとう」
弱々しくその目を閉じて、電源が切れた。
13−1)
「延命」サービスは偉く高くつくことになっている。
業者の狙いはもちろん、そこだ。
払ってもいいかな・・・、と僕は思う。
13−2)
彼女は今、キッチンの椅子に目を閉じて座っている。
僕は1日に何度か、その姿勢を変える。
彼女が「生きている」ときには決してそうしなかったのに、
最近の僕は言葉を返すことのない彼女に対して積極的に話しかけている。
期限の切れる前になって、僕は延長することに決めた。
一緒に、彼女の着る服を何着か追加した。
サービスパックは1週間後に届くことになっている。
夜、僕は彼女と向かい合って食事を取る。
僕は彼女の分も皿を用意している。
僕は彼女に話しかける。
[2151] 銀座のクラブ 2006-10-31 (Tue)西銀座。とある一角。
夕暮れ時ともなると、ガタイのよさをものすごく高級なスーツに包み込んだ、
まあはっきり言って怖そうな男性たちが
何人か集まっているのに出くわすことが多い。若頭の集まりというか。
地面には黒のドーベルマンが寝そべっている。
犬に詳しくなくとも、毛並みの良さが一目で分かる。
ただ単に寝ているのではなく、狩りに出掛けた際に
ご主人様から指示が与えられるまでじっと伏せて待っている、かのよう。
飢えと上品さの両方を兼ね備えた、本物の目をしている。
小心者の僕は彼らと視線を合わせないようにして無言で通り過ぎる。
「大親分がどこかのクラブにてママと会っている」のだろうと思う。
(ここからあくまで想像)
クラブの入ったビルの一室から地上へと降りてくると、
彼ら若い衆を引き連れて停めてある車へと向かう。
とてつもなく大きな黒の高級車。
その後ろ側のシートに深々と沈み込んで、犬の頭をそっと撫でる。
つやつやした漆黒の体毛はきっとビロードのように滑らかなのだろう。
こういう方たちと渡り歩く銀座のママってすごいよな・・・と素直に思う。
どういう人なんだろう?
お客さんのビルがあるので、コリドー街近辺を歩くことが多い。
髪を結って着飾った、貫禄のあるママ(と言っても、もちろん若い)や
まだ駆け出しの「ホステス」の言葉の方がしっくり来る女性たちが
裏通りのビルの間を急ぐように歩いているのをよく見かける。
打ち合わせの合間、この界隈のおしゃれなカフェに入ると
見習いママが一人で、あるいは二人で過ごしていたりするのをよく見かける。
同伴だったり。
昨日も50代の男性を従えた若い女性が店に入ってきて、
男性のやることなすことけたたましく、けちょんけちょんにけなしていた。
(そういうのが好きな男性なのだろう)
打ち合わせが夜遅くに終わって帰るとき、
周りはこういう夜の世界の人たちとその客たちばかり。
酔って賑やかに笑いながらフラフラと。
縁のない僕はすり抜けるようにして通り過ぎる。
こういうのを目にしたとき、銀座って怖いところだなあと思う。
恐怖心の怖さではなく、懐の広いものに出会ったときの怖さ。
深い闇とそのとば口で怪しく瞬いている光。
僕はそういうのを心に思い描く。
並木通りのエルメス、シャネルと高級ブランドの立ち並ぶ表の銀座と、
今僕が書いてきたような裏の銀座。
上京して10年以上になるが、
僕にとって東京で最も不思議な場所は銀座なのかもしれないと思う。
日比谷、有楽町も含めて。
あの一帯が最も得体が知れない。どこまで行っても、未知のまま。
[2150] 道端の花 2006-10-30 (Mon)昨日の午後、天気がよかったので自転車に乗って石神井公園へと出かけた。
その帰り。環八と青梅街道の交差する四面道にて、税務署通りへと入っていく。
(正しくは日大二校通り?)
住んでいるアパートの近く。
とあるマンションの入口近くの塀のところにいつも花が手向けられている。
花瓶に活けられて、季節の花が。
春夏秋冬、僕が自転車に乗って
吉祥寺や保谷、井の頭公園へと出かけた帰り、いつだって見かける。
僕が越してきてからずっと、変わらない。8年以上ということになるのか。
ここで誰かが交通事故で亡くなられたのだろう。
そして遺族の方か近くに住む方が、
故人を偲ぶ気持ちを絶やさずにいるということなのだろう。
ここを自転車で通り過ぎる度に、何かを思わずにはいられない。
亡くなられた方の家族ではなくて、
近くに住む人の行っていることのような気がする。なんとなく。
交通事故という出来事を無念に思う気持ち、
あってはならないことだと祈るような気持ち。
無言の花がそっと訴えかけているように僕は感じる。
僕は父親を交通事故で亡くしているので、
このような行為には敏感にならざるを得ない。
その時々において程度の差はあるが、
たいがいはほんの束の間でしかないが、
物悲しい思いに沈み込んでいく。
夏の暑い日なんて特にそうだ・・・
この花を活けている人が元気でいて動ける限り、
この行為はいつまでも続くのだろう。永遠に。
僕も見かける度に心の中で手を合わせることになる。
[2149] これまで間違って覚えていたけど、日常生活において結局のところ全然困らなかったこと 2006-10-29 (Sun)これまで間違って覚えていたけど、
日常生活において結局のところ全然困らなかったこと:
ザ・ザ・ガボールとガボール・ザボがごっちゃになっていた。
どっちも僕の中で「ガボなんとか」「ガザなんとか」でしかなかった。
それが今日、自転車に乗って取り留めのないことを考えているうちに
何がきっかけだったのか全然覚えてないんだけど
この「ガボ」「ガザ」について気になりだして、
正しい名前ってなんだっけ?って記憶の奥底を探っていたら
突然すっと2人の名前が出てきた。
「ザ・ザ・ガボール」「ガボール・ザボ」
石神井公園の池の前を走っているときだった。
興奮した。
そうか、この2人は別人だったのか!
頭の中でこんがらがっていたのが正しく配線されて、積年のもやもやが晴れる。
でもどんだけ興奮しても、帰り道の自転車をどれだけペダルを力強くこいでも、
この僕の今の気持ちを共有できる人など身の回りではほぼ皆無。
話題にできない。普通の日本人はザ・ザ・ガボールもガボール・ザボも知らない。
知ってる人はいるだろうけど、わざわざ電話をかけたりメールに書くまでもない。
ああ、もどかしい。
「ねえ、この2人名前がとっても間違えやすくないですか!?」って言いたいのに。
なんか僕の中ではものすごい発見なのに。
・・・ってなぐらいのことなので、
この2人のことをあやふやに覚えていたり間違えていたとしても、
普段の生活で話題に出てくることのない人たちなので何の問題にもならない。
(ザ・ザ・ガボールやガボール・ザボが
普通に会話に出てくる人たちって、どういう人たちなのだろう?)
------------------------------------------
ガボール・ザボ:
ハンガリー、ブダペスト出身のジャズ・ギタリスト。
「ギターの異邦人」と称される。
アメリカに渡って60年代はチコ・ハミルトンの元で活動。
「ジプシー'66」や「スペルバインダー」といったアルバムで知られる。
かのカルロス・サンタナも彼のギタープレイに影響を受けたという。
サンタナの「天の守護神」ではガボール・ザボの「ジプシー・クイーン」をカバーしている。
------------------------------------------
ザ・ザ・ガボール:
同じく、ハンガリー、ブダペスト出身のハリウッド女優。
女優としてのキャリアよりも社交界で浮名を流したことで有名か。
結婚と離婚を繰り返し、計9回。元祖セレブってとこですかね。
2回目の結婚相手がヒルトン・ホテル設立者のコンラッド・ヒルトン。
よって、今をときめく(?)パリス・ヒルトンと関係がなくもない。
晩年(今も生きてるが・・・)には
「エルム街の悪夢3」や「裸の銃を持つ男2 1/2 」にも出演している。
また、人生相談の名回答者として人気になった模様。
検索したらあちこちで引用されている話なので、僕も引用します。
【質問1】
Q「ガボール様、私はこの四年間一人の男性と婚約しておりました。
その間、彼は美しいミンクのコート、たくさんの宝石、
豪華な肌着、馬一頭、ストーブ一個、外国製の車をくれました。
ところが急に婚約がダメになりました。どうしたらよいと思いますか?」
A「ストーブ一個返しなさい」
【質問2】
Q「ガボール様、私はとてもチャーミングでハンサムな男性と付き合っておりました。
彼はオクラホマに百以上の油井と、コロラドに金鉱の山を持っています。
とても気前のよい方なのですが、近頃私に興味を失ったようなのです。
どうしたらよいのかお教えくださいませ」
A「たいへん重大な問題をお抱えのようです。
百以上の油井と金山と言われましたね?
どうも私が個人的にその方をどうにかしなければならないようです。
その人の名前と住所を至急お知らせ下さい」
【質問3】
Q「私の彼氏は、私のことをののしったり、酒を飲んだり、煙草を吸ったりします。
どうしたら直せるでしょうか?」
A「直そうとしてはいけません。私の知ってるある女性が、
交際している男性に、喫煙、飲酒、賭博などをやめさせようとしました。
ところがどうにか成功した時は、その男性が、
彼女は自分にふさわしい女性ではないと決心してしまったからです」
もう1つ見つけた格言:
「男が後ろへ下がったら、それは引き下がったってこと。
でも女は、助走のためなのよ。」
[2148] 海に還る 2006-10-28 (Sat)海に帰る。海に還る。
クジラは、かつて陸上に住む哺乳類であったのが、海へと帰っていった。
僕はまだ読んだことないのだが、こういう内容のSFがあるようだ。
人類の滅亡。たった一人、地上に残された最後の男。
単純な生き物ですら全て死に絶えている。
自らが海の中で死ねば、その死体の分解されたたんぱく質から始まり、
生命の連鎖が生まれて進化を経て、
何億年もかけてもしかしたら、また人類は再生するかもしれない。
男はそこに最後の願いを託すために海辺へと向かう。
(残念なことに、作者を忘れた。どこでこの話を知ったのかも忘れた)
人類が海の中へと戻っていってそこで別な進化を、というSFで言えば、
カート・ヴォネガットに「ガラパゴスの箱舟」ってのがあったな。
他には、最近読んだのだと、ロバート・ヤングの短編集
「ジョナサンと宇宙クジラ」に海底に住む巨人族の話があった。
どちらの本も傑作です。読み物としてのSFですね。
生命の母なる海へと帰っていく、還っていく。
海洋散骨ってそういうことなのかもな。
僕もそれ、いいなと思う。
灰になったら、海の中にばらまいてほしい。太平洋の中へ。
何年も何十年もお墓の中に半永久に閉じ込められるよりは絶対いいなと。
一箇所に閉じ込められるよりは、自然の中のほうがいい。
しかも暗くて狭いし。
あの、別に遺書ってわけではないです。
それにしても鳥葬はさすがにやだな。チベットの山奥で行われてるやつ。
禿鷹についばまれるというやつ。
痛そう。怖い。
死んでしまったら、痛いも怖いもないんだけど。
インドでは人が死んだとき、
ガンジス川にその死体を流すって聞いたけど、ほんとだろうか。
すごいよなー。聖なる川・・・
[2147] 東京高裁「プロレスはやらせ」認定 2006-10-27 (Fri)
http://www.zakzak.co.jp/top/2006_10/t2006102609.html
大仁田とセッド・ジニアスのやつ。
「複雑な事情」ってので笑ってしまった。
判例ができるってのも。
分厚い判例集を開くのかな、裁判官は。
そしたら載ってるわけだ。
「プロレスには事前の打ち合わせがある」
細かな字で。事件の経緯とかも詳細に。
「セッド・ジニアス(本名:渡辺幸正)」なんて注釈入りで。
マンガみたいな話だ。
プロレスが八百長かどうかってのは、
パチンコが現金引換えできるかどうかって話と一緒だと思う。
誰も表立って現金に換えられるとは言わない。
でも、世の中そう言うものだと多くの人が知っている。
昔のサザエさんのように
「いやーパチンコで勝っちゃってさあ」と
マスオさんが大きな紙袋を抱えて帰って来るというのは
子供心にも不自然だった。
でも、世の中にはプロレスがやらせじゃないと思ってる人も大勢いるはずだ。
ただたんに興味なくて、どっちでもよくて、
エンターテイメント性の高いスポーツの一種と捉えているならば、
やらせかどうかなんて夢にも考えない。そういう意味で。
僕も時々分からなくなる。
つうか、どうでもいい。目の前の試合が面白ければ。
それにしてもそうかあ。
遂に裁判所も認めてしまったか・・・
とはいえ「やらせ」って言うとなんかイメージよくないよね。
勝敗が事前に決まっているとか、
ある程度筋書きというか段取りが決められているとか。
それだけのことでしょ?
プロレスの「プロ」には「大人の事情」という意味が込められている。
[2146] Answering Phone 2006-10-26 (Thu)こういうことを考えた。
留守番電話の応答メッセージを毎日吹き込んで、別なものにする。
その日その日のちょっとしたコミュニケーションというわけだ。
「ただいま留守にしています。ピーッと鳴りましたらお名前とご用件をお話ください」
ではなくて、
「オカムラです。昨日は一日中雨でしたね。今日は晴れるみたいですよ。ご用件をどうぞ」
「オカムラです。天気がいいのでこれから新宿御苑に行ってブラブラします。ご用件をどうぞ」
「オカムラです。最近仕事が忙しいです・・・、今日も終電かなあ。ご用件をどうぞ」
僕の身の回りの人は僕にこういうキャラを期待してはいないので、
もちろん実践したりはしない。それ以前にめんどくさい。
でもこの広い世の中で一人ぐらいは、これに近いことを
毎日とは言わないまでも定期的にやってる人がいるのではないかと思う。
---
嵩じてくると、どんどん文章が長くなっていって
留守電の応答メッセージではなくなっていく。
このご時世、携帯ばかりを利用するようになって
家の電話は引いててもほとんど使わないという若者が多いのではないか?
そうなったとき、家の電話の留守電は
外界との窓口として、実用的というよりは象徴的な意味合いが強くなる。
誰が聞いているわけではないとしても、日記代わりにその日のメッセージを吹き込んでいく。
ある人はシンプルな日記や、日常のスケッチとして。
ある人は孤独のメッセージとして。
「オカムラです。今さらだけど、人はなぜ生きているのだろう?と思う。
最近そのことばかり考えている。誰も答えてはくれない。
もちろん、日々接している人たちとそういう会話を交わすわけではなくて、
心の中にしまっている。一人きりになると、いつもそのことを考えている」
そしてこのメッセージは聞かれないままとなる。
たまたま掛けて来たマンションの勧誘の人が聞くだけか。
もちろんそういう人たちは、この手のメッセージに対して、返答を返すことはない。
途中まで聞いて、ガチャッと切るだけである。
---
短編のアイデア。
主人公はシンプルな日記を留守電のメッセージに綴っていく。
なんとなく思いつきで始めて、いつのまにかそれが趣味となった。
「更新」が滞ることもあるけど、基本的に毎日吹き込むことにしている。
日々のつれづれを。
誰に対して何を求めるわけでもなく。
もう一人の主人公は間違い電話をかけて、たまたまその留守電を聞く。
それは妙に心に残るような文章で、「いいな」と思う。
別の日にかけてみるとメッセージが変わっている。
気になって、また別の日もかけてみる。
毎日聞くようになる。
メッセージを返すようになる。
お互いどこの誰かはわからない。
一方通行のやり取りをおたがいに繰り返すだけ。
それがやがて、・・・
ラブストーリーにもなれば、ホラーにもなりそう。
このテーマ、温めてみようかな。
[2145] 「無料でハグします」 2006-10-25 (Wed)日曜の夕方。神保町からの帰り道。
都営新宿線を新宿で下りて西口の京王モールの地下道を
東口の丸の内線の乗り場へと向かう。
その途中で西口地下広場に差し掛かると、20代前半と思われる男性が
白の大きな画用紙に黒のマジックで
「無料でハグします」と書いたものを掲げて立っていた。
なんなのだろう?と思った。
新宿駅周辺ではおかしな格好をした人を時々見かけるが、そういうのの類なのだろうか?
ケミカル系のジーパンにイトーヨーカドーで買ったようなシャツにリュックサック。
顔は例えて言うならばホリエモンで、つまるところかっこよくはない。
垢抜けた雰囲気はなし。つい先月田舎から出てきました、って風情。
もっと正確に言うと、東京に来てもう2・3年にはなるけど
自分という存在が変わっていく必然性をなにも感じていない、というか。
それでも彼は真剣な表情で立っていた。愛想笑いを浮かべるでもなく。
見てはいけないものを見てしまった、と僕は思った。
頼んだらハグしてくれたのだろうか?(もちろん嫌だけど)
なんかの罰ゲームか、あるいはビデオ作品の収録だったのか?
もてなくてもてなくて、もてたくてもてたくて、
1人四畳半の部屋で悶々と思い詰めた果てに女性と触れ合える機会を見出したくて、
東京は人口が多いから呼びかけに応じてくれる優しい
(というか、彼には悪いが、変な)女性もいるのではないかと考え、
ああいう挙動に出たのではないか。
僕としてはそういう結論に達した。暴走する下心の表れ。
違うのかもしれない。
純粋に「ハグ」がしたかったのかもしれない。
都会に住む人たちは心が荒んでいる。それを僕の抱擁で癒してあげたい。
「あげたい」どころの話じゃない。
僕のこの地球上での役目は、積極的に人々を癒すということにある。
そういう人だったのかもしれない。
だとしたら、とても痛々しかった。誰かが目を覚ましてあげるべきだった。
少なくとも彼には、そういう大人物のオーラはなかった。
まあ、とにもかくにも余りにも異様な雰囲気を醸し出していた。
写真に撮っておけばよかった。
もちろん、あれだけの雑踏を誇る広場なのに、
彼の周り半径3mは人の姿が全くなかった。
人々は見てみぬフリをして、避けて通っていた。
お笑い芸人を目指す若手が新手のパフォーマンスだったのだろうか?
だったらまだいいよな・・・
冗談でも「ハグしてください」って寄ってったら、
面白いリアクションを取ってくれるとか。
あるいは、歌舞伎町で名物となった「殴られ屋」のバリエーションか。
あの後ずっと、彼は立っていたのだろうか?
誰かハグされた人はいるのだろうか?
次の土日も立っているのだろうか?
人間、いろんな才能があるもんであって、
実は彼は「ハグ」という行為に関して桁外れの才能を持っているのかもしれない。
肩を揉むのにもうまい下手が、ひいては才能があるのと同様に。
ハグされた人を包み込む雰囲気の優しさ。
両腕はピタリとあるべき位置に、適切な力で。
体温の温もりといった要素も必要だ。
いつの日か日本一のハグ名人と称され、癒されたい多くの人々が彼の前で行列をなす。
そんな日が来るのかもしれない。
・・・来てほしいような、来てほしくないような。
それにしてもなんで「無料で」なんだろ?
金を取るつもりだったんだろうか?
[2144] Country Music 2006-10-24 (Tue)なんとなく、最近気になるのはアメリカのカントリー。
Wilco , Ryan Adams といったオルタナ・カントリーは持ってて、
The White Stripes の Jack White がプロデュースした
Loretta Lynn のアルバムも持っている。
そろそろ Johnny Cash かな。
Nine Nich Nails の「Hurt」をカバーしてるという
Rick Rubin プロデュースの遺作を今度買ってみるつもりだ。
Lucinda Willamas も好きですね。90年代以後のはだいたい持っている。
忘れてはならないのは Gram Parsons でしょう。
The Flyng Burrito Bros. も持っている。
Gram Parsons は60年代末に The Byrds のカントリー化を進め、
自らの音楽の追及のため脱退。カントリー・ロックを完成させる。
The Rolling Stones 「Wild Horses」は彼に捧げられた曲とされている。
ってなことでロックの側から描いたカントリーの
主だったもののうちのいくつかは持ってて
「なかなかいいね」と思ってるわけですが。
だけど、アメリカの本物のカントリーを手にとるのは躊躇する。
ゴールデンウィークにオハイオ州に行ったとき、
ある朝カントリー専門のチャンネルを見てたのだが、なかなか辛かった。
カントリーフレイバーのポップミュージックとしか
聞こえなかったってのもそうだけど、それ以前に
「これは日本人には上っ面しかわかんないような価値観なんだろうなあ」と。
西部劇そのものは大好きで、
もしタイムマシンが1回だけ使えて過去の歴史を覗けるならば、
僕は19世紀後半の西部開拓時代を選ぶ。
ガンマンとカウボーイ、ならず者の時代。
もしも僕がそこにノスタルジアを感じると言うのなら、
それはただ単に小さい頃見たテレビ映画のノスタルジアに過ぎないのだろう。
つうか、カントリーと西部劇がまず結び付く時点で
僕はこのジャンルを全然よく分かってないという気がする。直感的に。
アメリカの荒野に生きるってのも違ってて、
なんなのかな、アメリカの普通の生活を描いたもの、というのも違う。
まあ要するにアメリカの奥深く分け入ってみないことには
定義できない、語ることのできない音楽。
この曲は、この演奏は、音楽的に面白いものなのかどうかってのは
ある程度までなら語れると思う。
だけど、その曲に込められた魂をどこまで感じ取れるか、
どれだけスッと自分の中に入ってくるか、ってことになると
どこまで行っても日本人の僕には理解できないのではないか?
僕が抱いているイメージ:
夕暮の強い日差しの中で土煙が舞い上がってて、
無口な男が街角にもたれかかっている。
男は17にして家を出て、以来故郷の町には帰ったことがない。
そこに酒場の女が通りがかる。2人は視線を交わすだけで全てが通じる・・・
・・・ほんと、僕は全然分かってないと思う。
[2143] 神保町へ 2006-10-23 (Mon)昨日、日曜日、小説の作業を昼頃終えるとどこか出かけたくなった。
どこかに食べに行きたくなった。
真っ先に思いついたのは神保町。「いもや」の天ぷら定食が食べたい!
丸の内線、都営新宿線と乗り継いで神保町に到着したものの
時間は14時半とハンパな時間。
「いもや」は天ぷらも天丼もやってなくて、
じゃあってんで「まんてん」でカツカレーをと思って行ってみたら
「まんてん」もしまってた。
だったら「さぼうる2」でナポリタン?
・・・「さぼうる2」は日曜定休日と札が下がってた。
「キッチン南海」も店を閉めていて、
「味噌や」は開いていたのだが、なんとこの時間になっても行列ができていた。
結局「エチオピア」でチキン+野菜カレーを。
おいしいのはおいしいんだけど、
これだけ回った後に食べてるのであんまり嬉しくない。
6月末だったかな、研修で神保町に来たときも食べてるし。
こうなってくるとどうしても食べたくなり、
来週にでも「いもや」のためだけに神保町へと向かうのではないか。
その後は「JANIS2」「@ワンダー」
「ヴィンテージ」「ブンケン ロック・サイド」といつものコースを回る。
(DiskUnionにも行きたかったけど、今回はパス)
以下、買ったもの:
□JANIS2
Bruce Hornsby 「Big Swing Face」\1500
Sam Prekop 「Sam Prekop」 \1600
ほんとはもっと買いたかったんだけど、フルイにかけてこの2枚。
Doctor John 「Gumbo」の国内盤を買うかどうかでかなり悩んだ。
□@ワンダー
トーマス・M・ディッシュ「人類皆殺し」\840
(ハヤカワ文庫初版:昭和51年)
□ヴィンテージ
Switch 1989 FEB Vol.7 No.1 特集「クリント・イーストウッド [クールへの献辞]」 \2500
Switch 1991 SEP Vol.9 No.4 特集「北野武 [映画術] / ネヴィル・ブラザーズ」 \1000
クリント・イーストウッドのは、「珍しいなー」と思って買ったのに、
その後ブンケンに行ったら同じのがあって、しかも \1000 だった。やられた。
目当てはカサヴェテス特集なのであるが、相変わらず見つからない。
□ブンケン・ロックサイド
「LIFE Smiles Back」 \1000
洋書。「LIFE」の裏表紙(?)のユーモラスな写真を集めたもの。
---
水道橋の方へとプラプラ歩いていたら、
運動会用のテントが並んでておばさんたちが集まっていて、バザーが行われていた。
来週末は神保町で年に1度のブックフェスティバル。
去年の今頃は神保町で仕事をしていて、
あれはもう1年前のことかと思うととても感慨深い。
[2142] 小説強化月間 2006-10-22 (Sun)このところずっと、仕事してる時間と寝たり食べたりしている時間以外の
ほとんどの時間を小説の推敲に当てていた。
去年書いた「海辺の記憶」を再度コンテストに出そうと。締め切りは今月末。
原稿を 4 in 1 に縮小コピーしたものを常に持ち歩き、
電車での移動や昼休みといった細切れの時間に取り出しては
赤のボールペンで文章をチェックしていく。どんどん書き直す。
先週なんて夜になると仕事放り投げてやってた。
ようやく本気になった。
本気で打ち込んだ。
春に1度応募したんだけど選考にかすりもしなかった。
読んでもらった周りの人たちからは高い評価を受けていたので、
「これは行くんじゃないか?」と内心期待していた。
結果が分かってものすごく落ち込んだ。
諦めようかと思った。全て投げ出してしまおうと。
何日かかかって、なんとか踏みとどまる気になった。
今月に入って読み返してみて、「確かにこれはダメだ」と思った。
冗長な部分が多い。贅肉でだぶついている。
どうして半年前には気にならなかったのだろう?
書いた文章がもったいなかったから?
今回の書き直しでこういうのどんどん削っていって
250枚あったのが20枚分削れた。
スリムになって焦点が絞れたように思う。
ようやく自分でも納得が行くものになった。
文章のおかしなところも、何度も何度も読み返して直していった。
最初から最後まで読むってのを5回続けて行った。
そのうち2回は昨日と今日。
がっつりと部屋に閉じこもって。
(最初の3回が削ぎ落とし、次の2回が微調整)
昨日は休日出勤を勝手にさっさと切り上げて。
他の人たちはまだ普通に仕事してたのに。
今日ようやく、完成。後は応募するだけ。
これでダメなら、何書いてもダメだろうな。僕は。
諦めるしかないかもしれない。
世の中と相当ズレまくっているってことで。
もう1コ短編「FROZEN BEACH」ってのも同時並行で直してて、
これもどっかに応募する。
昔からずっと書いてるやつ。これも完成させる。
今月は小説強化月間みたいなもんで、
プライベートの時間のほとんどが小説の作業だった。
久し振りに切羽詰ってあれこれやった。
時間が全然足りなかった。
前回の応募がダメだったっていう悔しさと、
仕事では今月末にシステムのカットオーバでやたら忙しくて、
「両立できるのか!?」と不安に思っていたこと。
あれこれ切り詰めて行って、仕事と小説だけ。どうにかなった・・・
僕はもうダメもとで小説を書いていくより他にないんだなと最近腹をくくりだした。
そうなると時間はいくらあっても足りない。
今書きかけの長編があるし、もう1コ構想の固まった長編がある。
会社辞めてこれらを3ヶ月ぐらいで集中して仕上げて、
その後はまた会社を探すっていうんでもいいんじゃないか。
そんなふうに考えている。
ダメならダメでよくて、
それでも「僕はやれるところまでやってみた」と言えるほうが絶対にいい。
(結婚して子供も生まれて家も買った、っていうんではないんだし)
このままでは死ねない。
このまま終わるわけにはいかない。
まだもうちょっとだけ、続けてみる。
[2141] 教師という職業 2006-10-21 (Sat)中学生のいじめが原因による自殺が相次いで発生し、
ニュースでも連日のように取り上げられている。
福岡の事件では教師が自らいじめを誘うような言動を行なっていたようで、
救いがたい、というか許しがたいことのように思う。
自殺した生徒だけではなく、
こういう人としておかしな教師と共に多感な時期を過ごした生徒たち、
全員がかわいそうだ。
今振り返ってみると、僕の小中高といろんな意味・いろんな度合いで
「おかしな」教師ってのはいっぱいいたように思う。
みんなで笑って先生も一緒になって笑っているような、いい意味の「おかしさ」もあったし、
近寄りがたい、授業を受けたくないような「おかしさ」もあった。
でもそれって人というものがロボットではなく、
そもそも個性や主義主張に揺れ幅があって、
その人としての人生や生活のあるのだから当たり前のことなのだと思っていた。
仕方のないことなのだ、そういうものなのだ、と受け入れていた。
先生というのもあくまで職業の1つだと考えるならばなおさら、そうだ。
授業をする側にも受ける側にも割り切れないものがどうしても出てきてしまう。
教育の現場にて理想を掲げて追求することの困難さが
この年になってなんとなくわかってきた。
今思うと、「子供たちのためにやれることはやろうよ」という立場の先生と
そういうの一切が無関心な先生とがいた。
僕が教師という職に就いていたならば、どっちに立つだろうか?
この世の中には、努力したのに結果を出すことができなかった、
問題を抱えた生徒を救おうとし、生徒を包む環境を改善しようとし、
駆けずり回ったというのに生徒が自殺してしまった、という先生もいるのだろうと思う。
こういうのって運・不運の問題なのだろうか?
正義の味方でもなんでもなくて、
ただ単に教育者として、人として行なうべきことを行なおうとした。
なのにその後の人生において
その生徒の自殺をずっと心の中で抱えて生きていかなくてはならない。
とてつもない重荷だ。「重荷」の一言では片付かない。
自分がそういう立場になったときのことを想像したらぞっとした気持ちになった。
というか想像の入り口に立って、無理やり閉じた。そこから先、考えるのをやめた。
僕だったら、教師という職業を辞めて、住む場所も変えて、
全然違うことをしてひっそりと生きていくのだろうと思う。
先生にならなくてよかった。自分には絶対勤まりそうにない。
先生という職業に就いて、
しかもその職業に誇りを持って日々子供たちに接している人がいるのなら、僕は尊敬する。
僕はこれまでの人生に出会った何人かの先生のことを思い出した。
「大変だったんだろうな・・・」と思う。
「大変」の一言で簡単に片付けるわけにはいかないのだろうけど。
それ以上、言葉にならない。
[2140] 「The Sound of Silence」 2006-10-20 (Fri)なんでだかわかんないけど、最近家でこっそり聞いてるのはサイモン&ガーファンクル。
「The Sound of Silence」ばかり。
中学ぐらいのときに初めて聞いて「いい曲だなあ」と思って、今でも変わらずそう思っている。
生涯の好きな曲10曲を選んだら確実に入る。
中学・高校だとサイモン&ガーファンクルなんて
一方ではかっこ悪い時代遅れの音楽の代名詞のようでもあって、敬遠したくもなったけど。
こっそり聞いてた。
その当時吹き荒れていたオルタナティブの嵐に疲れたりしたときなんかに。
アルバムでは「卒業」のサウンドトラックばかり聞いてる。
「The Sound of Silence」がトップに入ってて、
ラストに同曲の「フォークロックじゃない」バージョンが収められている。
二人だけによる、元々の、ギターと唄だけの簡素な演奏。
これがとてもいい。一般的なフォークロックなバージョンももちろんいいんだけど。
レコード会社が勝手にバックをつけたってやつですよね。
サントラには他に
「Mrs. Robinson」「Scarborough Fair / Canticle」「April Come She Will」
と僕が好きな曲が入っているのも嬉しい。
特に「April ...」
ベスト盤に入ってることもない地味な曲なんだけど、
このデュオの素晴らしい部分をググッと凝縮した美しい曲で僕は
彼らの曲の中では「The Sound of Silence」の次に好きだったりする。
「卒業」という映画そのものも好きだ。
花嫁を奪い去るラストシーンも鮮烈でいいんだけど、
あれはとてもかっこいいんだけど、
あの大人になりきれない雰囲気を漂わせる主人公(ダスティン・ホフマン)と
数々のエピソードの連続が、なんだか僕に近いものを感じさせて。
曲調からしてそうなんだけど
「The Sound of Silence」は孤独を描いている。
今思うと、サイモン&ガーファンクルの歌詞って
孤独と、大人になりきれないもどかしさを
テーマとして扱ってることが多かったような気がする。
歌詞を改めてひっくり返したわけではないけど。
---
ポール・サイモンの70年代のソロアルバムが
紙ジャケで再発されて、買おうかどうか迷っている。
ここ1・2年、何枚か中古で探して買ったんだけどなあ。
出ちゃったか・・・
[2139] いざなぎ景気 2006-10-19 (Thu)今のこの景気の良さって
「いざなぎ景気」を抜いて史上最長になるとニュースで聞いた。
(↑65年から70年までの5年間)
景気ってここ5年近く、よかったんだっけ?
新聞を見てもニュースを見ていても
「庶民は実感していない」という趣旨のコメントが添えられている。
ここ1・2年のことならなんとなくわかる。
就職活動が売り手市場になってバブル期に近づきつつあるとか。
そういう話を聞くと実感がわく。
でも5年前ってどんなだったか??
そもそも今身近に景気のよさって感じないし。
バブルの時代を知っているから、
景気がいいってどうしてもそういうのイメージしてしまうし。
「バブルの頃が史上最長になるんじゃないの?」
なんて素人の僕は思ってしまう。
どういう仕組みなのだろう??
青森に帰ると駅前の新町の商店街は寂れていく一方。
荻窪の僕の通勤路でもお年寄りが細々とやってたような店がいくつか畳まれた。
その一方で、ベタだけど六本木ヒルズに代表されるような華やかさ。
富が一極集中するようになり、いわゆる「格差社会」が生まれつつあるのか?
---
「いざなぎ景気」のこの5年間、
60年代後半って実は景気がよかったのか・・・
今、四方田犬彦の「ハイスクール1968」というのを読んでいる。
68年から70年の、東京の進学校で過ごした高校時代を綴った自伝。
ジャズ喫茶にたむろして、学校内にバリケードを築いて、という時代。
1969年は大学紛争の年。
僕はこの頃の時代のことを、不景気だったとばかり思っていた。
「いざなぎ景気」って社会の時間で習ったけど、僕の中で全然リンクしてなかった。
日常的にデモが行われ、若者たちがこぞって参加する。熱病のように。
これって不景気な時代だからではなくて、
景気のいい時代だからこそ可能なことだったのか。
そう言われてみるとそうなのかもしれない。
69年をピークにして、70年に入ると熱狂的な雰囲気はサーッと引いていく。
これって景気の動向とも絡んでそうな気がする。
この後一部の過激派がさらに過激な路線をひた走る。
世の中全体が身動き取れなくなって、沈滞したムードが広がって、追い詰められていく。
72年の浅間山荘事件。
これって世の中が不景気だったからこそ、起きたことなのかもしれない。
庶民はそれを、テレビで目撃するわけだ。
自らが関わることはなく。
---
69年前後というのは個人的にはとても興味があって、
いつか時間があったらこの頃の時代の雰囲気を伝えるものを
あれこれ漁ってみたいと思うのだが・・・
[2138] イグノーベル賞 2006-10-18 (Wed)今年もノーベル賞の季節がやってきた。
今年のフランツ・カフカ賞を村上春樹が受賞したことにより、
ノーベル文学賞となるか!?と興味津々だったが、結局受賞せず。
(2004年のエルフリーデ・イェリネク、2005年のハロルド・ピンターが
フランツ・カフカ賞を受賞した後、ノーベル文学賞を受賞したため、
今年は果たしてどうなるか?と期待が高まった)
思い出したのはイグノーベル賞。
最近ではこれも著名になってきましたよね。
アカデミー賞があればその裏にラジー賞があるように、
ノーベル賞の裏に、イグノーベル賞。
パロディというかブラックユーモアというか。
こういうの思いついて、実行に移し、
それが毎年続いていくうちに大きなイベントへと成長していく。
こんなとき、アメリカ人ってすげーなーと感心させられる。
僕がこの賞のことを知ったのは、
一昨年のカラオケの発明に対して送られたときのこと。
Wikipediaを見たら去年ドクター中松も受賞してるんですね。さすがだ。
残念なことに今年日本人の受賞者はなし。
過去には「たまごっち」や犬語を翻訳するという「バウリンガル」も受賞していたりするんだけど、
面白いのは研究の方。
1995年「ハトを訓練してピカソの絵とモネの絵を区別させることに成功」
1997年「人がガムを噛んでいるときに、ガムの味によって脳波はどう変わるのか」
1999年「夫のパンツに吹きかけることで浮気を発見できるスプレー「Sチェック」を開発」
などなど。(Wikipediaから引用です)
人間の発想って素晴らしいなあと素直に思う。
気になったのは、
1996年の「生物学的多様性賞:岩手県の岩石からミニ恐竜、ミニ馬、ミニドラゴン、ミニ王女など
1000種類以上に及ぶ「ミニ種」の化石を発見したことに対して。
「ミニ種」はいずれもすでに絶滅しており、体長は0.3mm以下であったという。
- 岡村長之助(岡村化石研究所) 」
この人のこととても気になって、そのまま Wikipedia でたどっていく。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9D%91%E9%95%B7%E4%B9%8B%E5%8A%A9
こういう人いるんだねえ。
「1mmに満たないミニ人類及び工芸品等の微化石を発見し、独自の進化論に昇華」
最高だ。
どうして周りの人は止めないのだろう?
そっとしておいてあげたんだろうか。
それともかなりエネルギッシュな人で誰も止められなかったのか。
論文を読んでみたいね。
---
最近忙しいんで、こういう日記ってなんつうか手抜きですね。
引用してるだけで。すいません。
なお、Wikipediaのイグノーベル賞の項目は
「著作権侵害の恐れ」により、削除提案中となっている。
興味のある人は早めに見といてください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E
[2137] 家の話 2006-10-17 (Tue)夏のある暑い日、家の近くの四辻に建っている家の中から
喪服を着た人たちが外に出てきた。
家族が2つほどといったところか。
悲しそうにしているでもなく、もちろん、楽しそうにしているでもなく。
ほとんどの人は無言で、話すにしても淡々とその日の暑さについて語るだけだった。
葬儀がどこか他の場所で行われ、近くだったから立ち寄ったというところか。
あるいはそもそもこの家を集合場所にしていたのか。
50ぐらいの夫婦、20代を過ぎたぐらいの息子。
亡くなったのは祖父か祖母なのだろう。
煙草屋を営んでいたようなのだが、
僕がこの辺りに越してきた時には既に店を閉めていた。
いや、その頃はまだ店をやってたかもしれない。
思い出せない。
・・・思い出せるわけがない。
家は空き家となった。
住む人がいなくなって急速に古びていった。
ただ僕だけがそのように感じただけなのかもしれない。
元々、朽ち果てる寸前だったのだろう。
この前の火曜か水曜、前を通りかかったら
家がすっぽり工事現場のシートで覆われていた。
次の日の朝はまだ家の形を保っていて、夜にはもう更地になっていた。
この土曜や日曜、何度か通りがかる。
それまでそこにあった家がなくなっているというのは
僕なんかが言うまでも無く、とてつもなく奇妙なものだ。
ぽっかりと穴が空いている。
なぜなのかわからないが、その穴は僕の心の中にも空いているように思う。
大きさは違うけれども、似たような形で。
この前の日曜日。
近くに住んでいたのか、老夫婦がじっと立って
今となっては影も形もない家を感慨深げに眺めていた。
今日の朝もその更地の前を歩いて、夜もまた帰りに眺める。
これから先毎日、この更地を目にすることになる。
いつの日か慣れてしまうのだろう。
家があったことすら忘れてしまう、
あるいは買い手がついてまた別の家が建つか。
だからそれがなんだと言われたらただそれだけのことなんだけど。
ただそれだけの話。
[2136] 「おにいちゃんCD」 2006-10-16 (Mon)この前のR25を見ていたら
「おにいちゃんCD」ってのがバカ売れって記事を読んだ。
萌え系アニメの声優たちが
「おにいちゃん」って言ってるだけ。
だけど様々なバリエーションでなんと1200通り。
(12人の声優が100パターン)
詳しくは、例えば↓
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091157361831.html
僕は妹がいるけど、全然こんなの欲しくないぞ。
むしろ僕が弟って設定で、
姉から怒られてる声のCDとかあったら欲しい。
(怒られてるじゃなくて、優しい言葉をかけられてるとか)
---
まあ要するに、現実に妹がいたりすると
妹という存在になんの幻想も抱けないわけで・・・
でも、姉という存在になーんか憧れてしまうわけなんですね。
僕は「萌え」というものに興味ないんだけど、
姉ならもしかして・・・
高校生のとき、大学生のとき、そして社会人の今、
「姉」がいたらあれこれいろんなことを教えてもらえたのではないか、
なんて、今、僕は考えている。
詳細は割愛するが、いろんなシチュエーションが思い浮かんだ。
真面目なことから、不真面目なことまで。
---
中学生のとき、その後本物のヤンキーになったクラスメイトが
真顔でこんなことを言っていた。
「お姉さんっていたらいいよなあ。
明日××と××だから、ちょっと練習させて
とか言ってきたりして」
ま、そんなこと現実にないんだろうけど。
いや、あるからこそ、世の中に猟奇的な事件が起きるのか。
---
それがどれだけ本物だったかと言えば、
大学2年目か3年目に青森に帰って高校の友人たちとねぶたに出たとき、
(見てたんじゃなくて、ちゃんとハネトの衣装を着てはねたんですよ)
たまたま彼を見かけた。
オフィシャルなルールに乗っ取った衣装を着ないで
見るからに暴走族な雰囲気を醸し出している集団を
「カラス」と呼んでたりするが、
彼はカラスの中のカラスだった。
白の特攻服に黒のゴム長靴。
ねぶたをはねるのではなく、パラパラらしきことを道の真ん中でやってた。
その周りに取り巻き。怖そうな男女の。
(彼らはカラスの由来通りの黒っぽい衣装だった。服装による序列を感じた)
祭りだっつうから来てやったし、
踊れっつうから踊ってやってんだぞ?
なんか悪いことあんのかよ?
みたいな。
彼はその後どうしただろう?
さらに本物になったのだろうか?
中学のときはゲームの貸し借りとかしてたのに。
[2135] 北朝鮮への経済制裁から思ったこと 2006-10-15 (Sun)北朝鮮が核実験を行い、その経済制裁の一環として
北朝鮮船籍の船舶に対し日本での入港が禁止された。
ニュースを見ていたら北朝鮮の船は主に
日本に海産物(ズワイガニ・ウニなど)を運んできて輸入業者に売り払い、
帰りはリサイクル業者から中古の自転車や家電を購入して北朝鮮へと運ぶ、
ということを行っていたようだ。
僕が見たニュースでは
北朝鮮籍の船が最も停泊していた鳥取の境港が取り上げられていた。
その地域のリサイクル業者はこれまで主な取引先を北朝鮮としていたので、
大きな打撃となるという。
家電・AV機器・自転車、などなど。
新製品は次々と市場に投入され、別に人生1度の大きな買い物でも何でもないから
日本人は割りと頻繁に買い換える。
いらなくなったものは友人・知人に売ったりあげたり、粗大ゴミとして出したり、
リサイクル業者に二束三文で売り払う、あるいは引き取ってもらう。
これって膨大な量になる。
一部は文字通りリサイクルされるし、
分解されて部品だけが再利用されることもあるだろう。
粉砕されて産業廃棄物となることもあれば、
業者が引き取って海外の経済的に豊かじゃない地域に売り飛ばすこともある。
何がどれだけ排出されて、どういうルートを辿って
最終的にどうなるかを追ってみたら気の遠くなることになるだろう。
普通に暮らしている日本人は恐らく、その詳細を知ることはない。
知らなくても十分暮らしていける。目を向けなくてもいい。
土日の荻窪のアパートの部屋の中にいると
頻繁にリサイクル業者のトラックが通り過ぎる。
この一帯にどれだけの数の業者がいるのだろう?と不思議に思う。
家電だったらなんでもいいという業者もあれば、時々バイク専門の業者もあったりする。
あれだけいて商売が成り立ってるのだから、
やり取りされる物品の量がそもそも多いということになる。
一度ミニコンポを引き取ってもらったら
交換にトイレットペーパーを一巻きくれたのかな。
聞いてみたら中国へと運ぶのだと言う。
朝早く起きて歩いていると、古新聞を回収する無許可の業者が争ってトラックを走らせてる。
ありとあらゆる入り組んだ路地を走査するように。
区の指定する回収業者、あるいは同業のライバルに先んじようと。
縄張り争いもあるかもしれない。
区が許可していない業者が持ち去ることのないよう、
資源ごみは朝の決められた時間に出しましょうと貼り紙がされているのを見かけたことがある。
もちろん僕みたいな会社員は一日中家にいるわけではないのだから、そんなの守れるわけがない。
前の晩に出してしまう。
それが誰だろうと、無認可だろうとなかろうと出したゴミを持ってってくれるのだから
僕なんかからすると全然構わない。
日本から日々排出される数々の資源ゴミ(家電・AV機器・自転車)
これらを引き取ってくれる先が1つ減ったわけだ。
これって表立って問題になることはないだろうけど、
どれだけのインパクトを与えるものなのだろう?
中国やロシアならこれまで通り引き取ってくれる?
北朝鮮だからこそ受け入れてもらえたものだってあるだろう。
経済的に豊かになった中国は何年か先、
「この程度のものならいらない」と言い出すかもしれない。
そのとき日本の資源ゴミの引き受け手はなくなってるのかも。
それはどこに行くのだろう?
アフリカ?
わざわざ船で?
こういうことをちょっと考えてみたとき、この世界は複雑だ、
様々な物事が複雑に絡み合っていて微妙なバランスで成り立っていて、
そのバランスは刻一刻と変化していく、そんなふうに思わざるを得ない。
---
地上波がデジタル化する2011年にはテレビのゴミが最大限に増えるものと思われる。
そのとき、テレビを中心に買い上げるか回収して回ってどっかの国に大量に売りつける、
そういうビジネスを今から準備しておくと儲かるかな。
ものすごい量のテレビが捨てられてることになると思うんだけど。
意外と家庭に眠っている、あるいはいまだ現役で使われている。
ペンションやビジネスホテルなんて全室テレビを買い換えなくてはならない。
この出費が相当な痛手だとニュースで語られていたようだ。
[2134] 詩を書く 2006-10-14 (Sat)空を行く船が明日の夜
僕らの町の上空を通り過ぎる
僕も乗せてもらうつもりだ
下ろされたはしごを上って行って
そしてあてのない旅に出る
星の瞬く透き通った夜ならば
君にも見えるだろう
---
久し振りに詩を書こうと思ってみたけど、全然書けなくなっていた。
凡庸なイメージ、凡庸な言葉。
能力って錆付くものなんだなー、と愕然とした。
思えば僕は中学から高校にかけて
まるでそれがひそかな生きがいであるかのように詩を書いていたんだけど、
そういうエネルギーってどこから沸いてくるものなんだろう?
なんで詩だったんだろう?
僕は詩を書いてるなんて口が避けても言えず、
高校時代に見せたのも2・3人か。
大学に入ってようやく周りの人に見せるようになった。
いつのまにか書かなくなって、それっきり。
僕は僕の詩をどう定義していいものなのかよくわからないから、
他の人の詩を読んでも読んでもよくわからない。
無名であろうと、有名であろうと。
今年の春、押井守の「立喰師列伝」を見たときに
吉本隆明の詩が朗読されていて、「あ、いいな」と思った。
だけどそれっきり、探そうとしていない。
たぶん本の中で活字として読む言葉の群れが
そのとき映画の中で聴いたひとかけらの言葉に敵わないだろうと感じたからだ。
それにまあ吉本隆明の本ってたくさん出ててどれが詩集なのかよくわかんないな・・・
ってのもあるけど。
というか、今、amazon で「吉本隆明代表詩選」ってのを 1-Click で買ってしまった。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4783719179/ref=sr_11_1/503-5011822-6180713?ie=UTF8
これはすごそうだ。
---
昔書いた詩は恥ずかしくて読めない。
言葉の選び方が、もう、なんというか。背伸びしてたりで。
でもいつの日か自費出版とか私家版とかでこっそり詩集として出したいな・・・
売る気はなし。
---
なお、詩集というものの意味する範囲をものすごく広げて
僕が持ってる本の中で最も好きなのを選べと言われたら、
真っ先に思いつくのはブルーハーツの「ドブネズミの詩」
歌詞とその当時の発言が交互に並んでるんだけど、
歌詞よりも短く切り取った発言の方になぜか言葉の強さを感じた。
永遠のバイブル。
これか、ミーハーだけどランボー全詩集か。
[2133] 13日の金曜日 2006-10-13 (Fri)あ、今日は13日の金曜日か。
不吉、ってことになってるのかな。
欧米人はどの程度信じてるのだろう?
なんとなく今調べてみたら、役に立つサイトがあった。
http://amor1029.exblog.jp/1509204/
キリストの弟子の数と処刑された曜日、だけじゃないんですね。
アダムがイブにリンゴを食べさせたのも、
ノアの洪水が起こったのも、
バベルの塔が破壊されたのも、みんな13日の金曜日となるようだ。
ほんとだろうか!?
ほんとだったら人類の文化や世界の歴史は13日の金曜日に形作られている。
Wikipedia にもそう書いてあるんだけど、
まあ100%後世のこじつけ、迷信なんだろうね。
(なお、Wikipediaを見ると、不吉とされるのは
イタリアでは17日の金曜日、スペイン語圏では13日の火曜日とある)
---
「13日の金曜日」と言えばジェイソン。
シリーズはもう11作になるんですね。パート8で止まってると思ってた。
未来の世界に生き返ったジェイソンとか
「フレディ vs ジェイソン」ってのもあったなあ。
「アルマゲドン」や「パール・ハーバー」のマイケル・ベイが
なんとシリーズ最新作の製作を手がけ、公開は今年。
もちろん、今日が初日。
実は、見たい。
(監督、と書かれているサイトもあるんだけどどっちが正しいんだろう?)
僕は5作目以後見てないんだけど、
1作目から4作目まではホラー映画として非常に秀逸だったと思う。
確か、1作目ってジェイソンが殺してるんじゃないんですよね。
ジェイソンのイメージの陰に隠れて周辺人物が、ってやつ。
優れたホラー映画となるストーリーの要素の1つに、
怪物が殺すのは実は1人か2人に過ぎなくて、
より多くの殺し合いを演じるのは実は人間同士だったってのがある。
疑心暗鬼に囚われて、あるいは恐怖心や利己心から。
ずっと昔に書いたことあるけど、
海洋生物系ホラーが僕の中学生の頃にはやって、青森市で公開されたときには
「リバイアサン」「ザ・デプス」「アビス」この3本を見た。
ダントツで面白かったのは最も地味で「ザ・デプス」で、
これは怪物が出てくるのはちょこっとだけ、あとはパニックに陥った人々の殺し合い。
---
今はもうやってないんだろうけど、
伊奈かっぺいは13日の金曜日に
青森市の「だびよん劇場」にてライブを開いていた。
(「だびよん劇場」自体が今はもう、ないのか)
東北地方以外で伊奈かっぺいのことを
今でも覚えている人ってどれぐらいいるものなんだろう?
こっそり告白しますが、僕かなり好きでした。
[2132] 断章 2006-10-12 (Thu)去年書いた小説を全面的に書き直ししている。
その中でカットした箇所のうちの1つ。
---
実験動物について考える。
無数のネズミたち。
目の色を変えられた、体毛が皮のようになった、
尻尾の先に知能を持った、無数のネズミたちのことを考える。
そこには何十匹となく発狂したネズミたちがいる。
餌として与えられた緑色のゼリーを齧り、忙しなく檻の中を走り回っている。
白衣を着た人間たちがモニターに映し出された数値をノートに書きとめている。
同僚の研究者に冗談を言う。
昨日の夜、盛り場に出かけたときのことを話す。
ネズミたちには電流が与えられる。
あるいは注射を打たれる。
針の先がその柔らかい肉の中に差し込まれる。
真っ白な色をしたネズミが一匹、死んでしまった。
その死骸がポリバケツの中に投げ入れられた。
同じようなネズミたちが何百匹・何千匹とその中で死んでいた。
まだ若い女性の職員がそのポリバケツをリフトに載せてどこかに運んでいく。
いつもの決まりきった仕事。焼却炉へと運んでいく。
彼女は昼に食べた食事のことを考えている。
そろそろ髪を切ろうか、今度は何色に染めようか、そんなことをとりとめもなく考える。
昨日の夜、彼女の体の中に入った彼氏の精液のことについて考える。
そのとき、ポリバケツの中で一匹のネズミが息を吹き返す。
死骸の堆積層の中ではかなり表面に近い場所にいたので、それが「近い」ことを知覚する。
光(あるいはそれに類する何か)を求めて
仲間の肉体を押しのけていくうちにやがて「地上」に出る。
鼻をクンクン言わせる。
異質な、不快な匂いがする。
それはこの空を覆っているものの隙間から漂ってくる。
壁際で固まっていた仲間の死骸を踏み台にして外に出る。鉄の棒を伝って走る。
人間を見つける。
そいつは何のためらいもなくその手の甲に噛み付く。
彼女は悲鳴を上げる。
薄暗い通路にその悲鳴が響き渡る。
やがて警報が鳴る。
ネズミはどこかに消えてしまった。
彼女を残してリフトはゆっくりと前進を続ける。ポリバケツは焼却炉へと向かう。
新しいウイルス、新しい病原体、新しい、新しい、新しい、…
彼女は公には「交通事故に直面し、云々」という扱いにされる。
あるいはこういうことを考える。
親指ぐらいに小さくなった人間は
町でピエロが配っている風船に体を括り付けて空を飛ぶことはできないか。
それが可能ならば、
巨大な風船を作ってそこに大量のヘリウムを注ぎ込めばいいのではないか。
風に流されながらもどこまでもどこまでも高く高く飛んでいって、やがて宇宙に出る。
いや、そんなことはありえない。
気圧の関係でどこかの時点で風船が割れてしまう。
風船搭乗者は無限に落下し続ける。
地面に落下して、死ぬ。
グチャグチャになって。