[4169] 「EP-4『5・21』」 2012-05-12 (Sat)昨日は松丸本舗にて
いつもお世話になっているBSE(ブックショップエディター)の方が
「目次読書法」のワークショップだというので顔を出す。
終わってそのまま本を物色していたらとある方を紹介される。
5月21日に代官山のUNITにてEP-4の復活ライブがあって…
そのまま飲みにいって話を聞いた。
1980年代の頃からEP-4とつながりが、というすごい経歴。
当日もしかしたら僕はライブの前後にチラシを配るとかお手伝いをするかもしれない。
どこかで聞いて記憶の片隅にあったけどそれっきりだったのが、
これも何かの縁だろうと見に行くことにする。
ナタリー「伝説のバンドEP-4が30年ぶりに復活、「5・21」ライブ決定」
http://natalie.mu/music/news/65790
UNITのページ
http://www.unit-tokyo.com/schedule/2012/05/21/120521_ep4.php
当日のDJはMOODMANと菊地成孔。
共演がジム・オルーク、千住宗臣、高井康生、恒松正敏、中村達也
ちょっとありえないメンツ。
坂本龍一も日本にいるなら出たいと呟いたとか。
http://togetter.com/li/136892
佐藤薫を中心に1980年代初めに京都で活動した後、東京に活動の場を移す。
1983/5/21:京都・名古屋・東京の3箇所でライブ、
インディーとメジャーでアルバムを発売。
この日に合わせて「EP-4 5・21」とだけ書かれたステッカーが
渋谷と原宿を中心にあちこちでゲリラ的に貼られまくったのが話題となる。
しかし、1990年代に入って佐藤薫はシーンから姿を消す。
アジアを回っていたのだとか。2010年に活動を再開。
そのメジャー・アルバム『昭和崩御』はタイトルが難ありで結局数ヶ月遅れで発売。
(ジャケットの写真は藤原新也、一見普通の民家を庭から撮ったようでいて、
金属バット殺人事件の現場を撮影したものであるという)
1980年代特有の、隙間の多いクールでノイジーなファンク。
Material や A Certain Ratio を思い起こす。
僕は『リンガフランカ』と題して28年ぶりに正式発売された2枚組を昨年買った。
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編集学校に話を移すと
校長:松岡正剛がこの佐藤薫のことを昔かなり気に入ってたみたいなんですね。
千夜千冊に何度か出て来る。たまには引用します。
・0725夜 町田康『くっすん大黒』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0725.html
|山崎春美はワタクシの「遊塾」(日遊塾)にも入り、なんだか
|猛勉強をしているふうだったが、ライブハウスではカミソリを
|持ち出したり、クスリをやっては絶叫していた。そのあとぼく
|は京都三条河原町で「モダーン」をやっていたEP4の佐藤薫
|に出会って、ときどき彼のライブに強引に引っ張り出され、な
|ぜかステージで“お話”をさせられた。いまおもえば噴飯もの
|で、共演していた坂本龍一がポカンとしてぼくの話を聞いてい
|たのを思い出す。佐藤薫はあるときマレーシアだかタイだかに
|行くと、そのままどこかに消えた。この佐藤にもぼくは弱かっ
|た。
・0388夜 竹中労『ルポライター事始』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0388.html
|一方、むろんのこと本も書きまくった。『美空ひばり』『タレ
|ント帝国』『無頼と荊冠』『琉歌幻視行』『逆桃源行』『聞書
|アラカン一代』。もっと著書はあるのだが、これらはとくに竹
|中労フリークの血を湧かせたバイブルだった。渋谷の松濤にい
|たころのぼくの家にEP4の佐藤薫が泊まりにきて、これらを貪
|り読んでいたことを思い出す。
・1010夜 阿木譲『イコノスタシス』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1010.html
|さて、ぼくがどのように阿木君に出会ったのか、さだかなファ
|ーストコンタクト・シーンが蘇らない。きっと30年前に大阪新
|町で会ったのだとおもう。いまは失踪したまま消息が見えない
|EP4の佐藤薫がそこに同席していたのかもしれない。
うーん、もしかしたらこの日は校長もライブに現れるのかも。
どうなんだろう?
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昨日は僕も「EP-4 5・21」と書かれたステッカーをもらう。
今日の昼、さっそく高円寺に貼りに行った。
[4168] 「Lady Gaga The Born This Way Ball」 2012-05-11 (Fri)昨日は Lady Gaga 来日公演「The Born This Way Ball」の初日を見に行った。
大宮のさいたまスーパーアリーナだったので会社帰りにというわけにもいかず、
午後休をとった。いったん家に帰ってくるとまたしても雷雨。
早めに出て開場前に着いてグッズを見たり、入場待ちの列に待つつもりが
向こうも雨だったら辛いなと開場17時ちょっと前に着くように家を出るのを遅らせる。
新宿から埼京線ではなく、丸の内線で東京駅まで出て京浜東北線。のんびり行く。
「さいたま副都心」の駅に着くと早くも大混雑。女子トイレが行列。
ツアーパンフがあったら買おうかなとアリーナとは反対側、
駐車場に設営されたグッズ売り場にまずは向かってみるものの
テント入場待ちの大勢の人たちを見ていると気が遠くなって諦めた。
そのグッズ売り場で買ったのだろう、
オフィシャルグッズの黒のツアーTシャツを着たり、
首にタオルを巻いた女の子たちをたくさん見かけた。
思い思いのガガ様コスプレの人たちもあちこちに。
骸骨メイクだったり、ブロンドのストレートに四角の大きなサングラスだったり。
そろいの格好・ヘアスタイルの母娘も見かけたな。4歳ぐらいの女の子。
コスプレじゃなくても、奇抜な格好でガガ様を迎えて
コンサートを楽しもうという人たちも多かった。
男女とも和装で女性は花魁のような振袖のカップル。男性はなぜかちょんまげ。
真っ赤な和服を着た女性2人組がスタンディングのアリーナに入っていったり。
インディアンの酋長であるとか。エイサーとか。やたら肌の露出が多い女性とか。
17時の開場と共にアリーナの後ろ半分へ。前から3列目のところをキープ。
この位置でも14,000円。
そういえばこのエリアは当日券が出ていたから、完売じゃなかったみたいで。
なかなか当たらないプラチナチケットというのでもなさそうだ。
周りを見渡すと若い女性2人組やカップルばかり。
僕のように男性が1人というのはなかなかいなかった。
立って文庫を読みながら19時まで待つ。指定席のスタンドでもよかったな。
薄暗いアリーナでは七色に光る猫耳みたいなのやサイリウムが目立っていた。
前の女の子2人組はツアーTシャツを着ていて、背中に日程が書かれている。
4/27のソウルからスタート。香港が4日間。
日本が3日間だから香港の方が人気・需要があるのか。
その後台北、マニラ、バンコクと1日ずつ回るようだ。
場内には「くるみ割り人形」や「ウィリアム・テル序曲」といった
誰でも知っているクラシックの名曲ばかりが流れていた。
18時になって前座の ZEDD という DJ というかレイヴ系ラップトップ?
アリーナだから音をでかくしますという感じの大味で特に面白くはない。
Adele をサンプリングというのも最大公約数的。
後半ファミコン的ゲーム音楽を乗っけたのはよかったけど。
30分ほどで終わる。
見渡すとスタンドもアリーナも半分も埋まっていない。
時々どこかで悲鳴が聞こえる。
ガガ様がフラッと現れた? そんなことはないか。
この頃からiPhoneは全くつながらなくなる。
スタンド席が埋まっていくのをなんとはなしに眺めながら待つ。
人の流れは絶え間なく、19時にはほぼ埋まってしまう。
19時を10分ほど過ぎて、客電が消える。
後ろからファンが押してくる中でなんとか足場を確保する。
ステージの上には中世のような巨大な城。
レディー・ガガは黒の甲冑に身を包み、黒い大きな馬に乗って現れる。
死神のような黒い騎士たちに付き添われて。
ダーク、ゴシック、グロテスクなムードが漂う。
それが最後まで続いた。
(時代は下っていって、最後は現代の戦場? セットは城のまま、機関銃を抱える)
前半はほぼ一曲ごとに着替える。
ライヴDVDでしか見たことないけど、マドンナと比較してしまう。
(映像は凝ってるけど)セットや衣装には頼らない。肉体で勝負する。
一番の違いはダンサーに現れる。
レディー・ガガのダンサーたちはレディー・ガガの世界観を表す振り付けに従う。
マドンナのダンサーたちはそれぞれがソロを取るパフォーマー。
マドンナ自身も役者と呼んでいる。
まあでも客席から遠くで見るのと、編集されたDVDの視点の違いなのかな。
「Highway Unicorn」で始まって、
「Born This Way」「Bad Romance」「Judas」「Just Dance」「Telephone」
などと続いた序盤から中盤。
後半の一番の盛り上がりは「Poker Face」(アンコールじゃないんですね)
「Alejandro」「Paparazzi」の3連打かな。
アンコールは「The Edge of Glory」「Marry the Night」
詳しくは、http://www.setlist.mx/?p=17764
ソウルや香港と同じかな。
曲に絡んだ演出・ストーリー性が強いんで、流れを変えるのは難しそう。
アレンジはバンドサウンドになった他はあまり変わらず。
ミュージシャンはほとんど黒人だったな。コーラスはいない。
そういえば途中、アルバムのジャケット通りにバイクになって登場してた。
日の丸の旗を立てて。女性ダンサーがその上にまたがる。猥褻なイメージ。
次の曲ではそのバイクにいつのまにかキーボードがセットされていて、
バイクから人間に戻ってピアノ弾き語りへ。
たくさんの人たちの前で歌うことができて嬉しい、
日本に来れてよかったと言ってそっと泣きだす。
感情の起伏が激しい。しかし、ポジティブ。
最初の方のMCで何度も”リトル・モンスター”と呼びかけつつ
「私はあなたたちの夢や未来の投影」って言ってたな。
なんのかんの言いつつも、結局はノリノリで聞いてた。
エンターテイナーとしての魅力は存分に感じた。
ダンサーやセットや衣装のない、必要最小限のミュージシャンだけを従えた
生身のイチ女性シンガーソングライターとしての姿をいつか見てみたい。
[4167] 雷雨 2012-05-10 (Thu)このところ、急な雷雨が続いている。
昨晩もあった。早く帰ってきたら家の近くに落ちたようで、
爆弾が破裂したみたいな大きな音がした。
(って聞いたことないけど、大量の火薬を集めてイッキに火をつけたらああなるか)
スーッと暗くなって雷雨と土砂降りって夏の終わりの風物詩かと思いきや。
やはり、年々異常気象の常軌を逸する度合が増している。
きれいな青白い光の筋としての稲光を一度だけ見たことがある。
入社したばかりの年、日本橋で仕事していた頃。
突然の断続的な雷と集中豪雨。
手を止めて一階のビル入口に下りて行くと東京駅のほうに見えた。
一瞬にしてそれは空中を串刺しにして、幻のように消えた。
そして次のが現れる。それが何度か続いた。
昔の人が神の怒りと恐れるのも当然だ。
目の前の出来事がいったい何なのか知っていたとしても
忘れさせて、駆り立てるものがある。
そもそもとことん黒ずんだ、雲が重なり合った空が不吉だし。
あの雷たちはいったいどこに落ちていったのか。
昨晩の雷は、どこへ。
そういえば昔は雷が落ちると停電になりやすかったけど、
最近それはないな。
そういうのもまたテクノロジーの発展なのだろうか。
東京と青森の違いなのだろうか。
青森で出会うそれはあくまで自然現象だが、
東京だとなぜか得体の知れない、禍々しい出来事に感じられる。
まあ、僕だけか。
[4166] 4/30-5/6 2012-05-09 (Wed)4/30(月)
9時起き。昼、もうやん。牛スジ煮込みあり。大満足。
西新宿の駅に戻って地下のタリーズでカフェラテを飲みながら
『東京大学のアルバート・アイラー』の続きを読む。
最近もうやんの後のこの流れが定着した。
外は暑いぐらいで、ジーパン、Tシャツ、サンダル。
帰って来て、洗濯、クリーニング屋、大家さんに家賃を払う。
TSUTAYA DISCASから届いた『ツリー・オブ・ライフ』『ディーバ』を見る。
『ドラゴン・タトゥーの女』がバウスシアターでレイトショーと知り、吉祥寺へ。
見終わって戻ってきて、寝る。午前0時半。
酒は飲まず、夜は食べず。
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5/1(火)
ゴールデンウィーク中の出社日。
朝一で面接。意外と高評価に驚く。ボーナス多少マシかもしれない。
午前中の打ち合わせを終えて、午後は黙々とあれこれ片付ける。
定時でだいたい終わる。昼はいつもの中華弁当で海鮮炒め。
夜は歩いて銀座へ。
ヒューマントラストで『ピナ・バウシュ』を見るために入場券を買って、
空いてた喫茶店に入ってプログラムを読みながら暇をつぶす。
(プログラムは1,600円もして入場券よりも高い)
東銀座にて酸素カプセルの無料体験コースを受けて、映画館に戻ってくる。
見終えて帰ってくると0時過ぎ。
この日も酒は飲まず。1時頃眠る。
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5/2(水)
休みを取った。8時半起き。未聴のCDの山をたまには整理する。
2枚買っていたことに気付いたり、
今度買おうとしていたものがひょっこり出て来たり。
それなりに悲喜こもごも。
11時過ぎの『別離』を見るために渋谷 Bunkamura へ。
平日の午前中だというのに混んでいて驚く。
ただし、Bunkamura という性質上50代から60代のおばちゃんばかり。
見終わって昼、近くのラーメン屋へ。
味噌ラーメン肉増し、玉子トッピング。割とうまかった。
大雨となって帰ってくる。ポロシャツ、サンダルだと寒かった。
帰って来て師範としてのあれこれを。
意外と手間がかかって午後いっぱいかかる。
夜は西友で買ったイカフライと温めるサラダ。ホッピーを飲む。
溜まっていた新聞を読んで、CDの解説を読んで。
午前1時に眠る。
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5/3(木)
朝から大雨。友人と出かける予定は5日に延期とする。
寝床の中でウダウダと過ごす。目を覚ましたら正午を回っていた。
そのまま布団に包まって Rockin' on を読む。
最新号は David Bowie を特集している。
雨の上ったころ起き上がって、駅前の西友へ。小雨がまだ続いている。
スパゲティを茹でてトマトソース。温野菜、ミートボール、ベーコン。
ウィスキーのNUDA割り。
アレハンドロ・イニャリトゥ監督の『BIUTIFUL』と
三池崇監督の『Dead or Alive』を観る。
夜、物足りなくなってコンビ二でスモークチーズなどを買う。
溜まっていた新聞を読む。
教室の片方にメールを送る。午前1時に眠る。
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5/4(金)
10時まで寝てる。
『東京裁判』を見る。4時間半近くあって。見終わったのは夕方。
その合間に昨日西友で買った天心詰め合わせと大根とレタスのサラダで昼食。
雨が上ったのでバスマットを洗濯して干したら、また雨が降り出す。
もう片方の教室にメールを送る。
ようやくストーブを片付ける。夏だな。
夜、曽我部恵一のアコギ弾き語りのDVDを観る。
いい顔して歌うなあ。
曲と歌と演奏の足し算ではなく、魔法を生むってそういうことだと思う。
続けて、ジミヘンの『Axis : Bold As Love』『Electric Ladyland』に
オマケでくっついていたDVDを見る。
昨日同様、スパゲティをトマトソース。温野菜、ミートボール、ベーコン。
なんだか物足りないと戸棚の奥をあさるとのしいかがでてきて、それを食べる。
一枚丸ごとなのでそれはそれで腹が膨れる。
ウダウダとして寝たのは午前1時半。
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5/5(土)
友人と一日過ごす。
寝てて暑くて布団を蹴飛ばしたのか、なんだか風邪っぽい。
それでもこの日は暑くなりそうでTシャツにサンダル。
帰って来て Madonna の『Sticky & Sweet』ツアーのDVDを見る。
夕方酒を飲んでたのでそれ以上は飲まず。炭酸水だけにする。
風邪薬のカプセルを一応2つ。熱っぽくなるのは薬の効果か。
午前0時前に眠る。
この日はひとつ、決断を下す。重たい気持ちになる。
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5/6(日)
連休最終日。
9時半起き。昼まで晴れている。シーツと枕カバーを洗う。
午後になって急に暴風雨。それまでに聞いたことのないような風の音。
空が暗くなる。茨城の方は竜巻が発生したらしい。
外を出歩かずに過ごすことにする。
昼、友人からもらった仙台土産のレトルトのカレー。
『ドラゴン・タトゥーの女』のスウェーデン版オリジナルを観る。
(シリーズの名前は『ミレニアム』)
いかにデヴィッド・フィンチャーが筋肉質にビルドアップさせたかが分かる。
アメリカ的合理性。というかここまで来るとサイボーグ。組み立てもハコビも巧すぎ。
完全版で3時間。午後はこれでおしまい。
夜、『上島ジェーン』を観る。
特に面白くはなかったが、サーフィンっていいなとは思う。
あのゾンザイな終わり方はありだな。
その後、The White Stripes のライヴDVDを。
「分析不能=かっこいい」ということに改めて気づかされる。
理屈がついたら、あとはつまらなくなる一方ですよ。
受け取り手が勝手に色付けるだけ。
向かい合ってドラムを叩くメグとギターを弾くジャック。
ジャックとメグが向かい合うようにマイクが据えられている。
どうしてこんなにもセクシーなんだろう。
この瞬間も永遠に失われてしまった。
再結成があったら悪い冗談としか思えない。
(ジャック・ホワイトは世界各地でボーリングをしたことがあるという。
エストニア、パナマ、アルゼンチン、クリーブランド)
最後、ジャック・ホワイトのピアノ弾き語りに隣に座ったメグが泣く。
そして歌い終えてその肩を抱く。これだよなあ。
夜はのしいか2枚目。
先日の残りのスモークチーズ。
同じく仙台土産の牛タンジャーキー。
ウィスキーのNUDA割、NUDAがなくなってからはロックで。
午前0時過ぎに眠る。
[4165] 日本橋、浅草、新橋 2012-05-08 (Tue)さらに続き。
「Sky Bus Tokyo」の皇居一周コースを終えて、昼を食べようということになる。
せっかくなので日本橋の「たいめいけん」に行く。
東京駅の迷路のような地下街を反対側へと向かう。
途中、東京駅一番街のキャラクターストリートでは
リラックマの店などレジ待ちで長蛇の列。
というかどこもかしこも大混雑。
そういえば先ほどのバスガイドの方は
東京駅の一日の利用者数は70万人、構内で働く職員が1000人、
JR東京・東海・東京メトロの3人の駅長がいると言ってたな。
たいめいけんへ。ここも行列。店の人が出て来て100分待ちだと言われる。
他には行かず、加わることにする。続々と行列が伸びていく。
あるいは顔をしかめて、諦めて他所へ移るか。
この日は風が強くて、しかもビルの谷間。
向かいの「ますたに」のノボリが風に倒される。
後ろに並んでいた若い女の子はタンポポオムライスの由来のことを話されていたとき、
伊丹十三のことを知らないと言ってたなあ。忘れ去られようとしている。
今回は「昭和の紙カツカレー」にする。ボルシチとコールスローもセットで。
「Sky Bus Tokyo」の日差しが強すぎたので黒生も。
日本橋から銀座線で浅草で。
水上バスに乗って隅田川を下って浜松町へ、というつもりでいた。
地上に出て橋まで行くと大混雑。
スカイツリーを眺めるには格好のスポットということか。
アサヒビールの例のオブジェも1枚の絵に収まるし。
(大学生と思われる3人組から頼まれてシャッターを押した)
水上バスは残念ながら先日の大雨で隅田川の水位が増していて欠航。
人力車を横目で見つつ、それじゃあってんで浅草寺の雷門をくぐるが、
ここもまた人また人で全然歩けない。すぐ脇に反れて横道に入った。
こちらはまだ空いている。がま口専門店があった。その向かいに和装小物の店。
喉が渇いた、コーヒーを飲もうということになって
そのとき目の前にあった普通の喫茶店が満席。
せっかくだから神谷バーに入る。ここもまた大混雑。何とか席を見つける。
デンキブランとデンキブランサワーを飲む。
あと、ソラマメ。なぜか周り皆頼んでいた。
向かいに座っていたおっちゃんと話す。酔っ払っている。
年中通っているから他のテーブルに座っている人たちとは
だいたいなんとなく友だちなのだという。
どのテーブルもなんかそんなふうにして交じり合っているようだ。
お先に失礼と誰かが立ち上がって出て行くと顔見知りの飲み仲間が入ってくるか、
初めて入ってきた人たちがそこに仲間入りするか。いいもんだ。
見渡すとそんな酔っ払いばかり。
もう少し飲むために銀座線に乗って、新橋へ。新しい車輌。1000系というんだったか。
上野までは大混雑。ゴソッと下りる。
新橋ではまず、駅前ビルの地下の飲み屋街を見に行ってみる。
空いていたらそこのもつ煮の店へと思ったが、
ゴールデンウィークだからかどこも閉まっている。
小さな立ち飲みだけがひとつ開けていた。
反対側に渡って空いている居酒屋を探す。「魚金」はどこもいっぱい。
新橋のこの界隈はこの日お祭りで、法被を着た男たちが路地に集まっていた。
通りに戻ると神輿を担いでいる。
タイムサービスで生ビールやハイボールが200円の店に入って飲んだ。
飛行機の時間ということで新橋駅に戻って、そこで別れる。
僕は東京駅まで歩いて帰った。
[4164] Sky Bus Tokyo 2012-05-07 (Mon)昨日の続き。5/5(土)の午後。
代々木上原から始発で二重橋まで移動して、三菱ビルへ。
1階の窓口で「Sky Bus Tokyo」の当日券を買う。皇居一周、50分のコース。
屋根のないダブルデッカー。時々皇居の周りで見かけて気持ちよさそうだった。
この日は久々の晴れでゴールデンウィークということもあって
スカイツリーやお台場へと向かう直近のコースは満席。
皇居一周のコースも1時間に1本だったのが30分に1本と運行本数が増えていた。
12時の便に乗ることにして、少し時間ができる。ブラブラする。
この日丸の内界隈はあちこちでコンサート的な催し物が行なわれていた。
東京駅を見に行く。工事中ではあったが、覆いがほぼ外された。
あちこちでお年寄りのアマチュアの画家が折り畳みの椅子に座って
東京駅の水彩画を描いていた。
丸ビルの横に帆船のブロンズ像が置かれているのを見つける。
「デ・リーフデ号」昭和55年にオランダの首相が日本を訪れたときに寄贈したもの。
この船に乗っていたヤン・ヨーテスンは
ウイリアム・アダムス(三浦按針)と共に漂着、徳川家康の通訳として重用され、
この界隈に屋敷を与えられたのだという。それが八重洲の由来となったとのこと。
時間が来てバスに乗る。1階席はなくて全て2階なのですね。
走り出す。周りは観光客ばかりのようだ。
皇居へと向かう。風が心地よい。和田倉噴水公園の新緑が眩しい。
街路樹の枝も頭上すぐのところに。
というか、雲ひとつない青空。日差しがまっすぐに降り注ぐ。
大手門、竹橋、平川門、千鳥ヶ淵、半蔵門と反時計回りに回っていく。
国立劇場や最高裁判所。三宅坂を過ぎて桜田門の手前で国会議事堂の方へ。
霞ヶ関の官公庁のビル。どこかのビルには鯉のぼりが掲げられていた。
文部科学省、外務省、法務省いかめしいビルが建ち並ぶ。
明治時代に西洋に追いつこうとしていたときの名残がどこか感じられる。
東京高等裁判所のビルはプライバシー保護のため、下の階は窓が少ない。
カバーのようなもので覆われているように見える。
日比谷に出る。ここから有楽町・銀座方面へ。
帝国劇場、宝塚劇場。戦後GHQの本部の置かれた第一生命のビル。
ここで渋滞に巻き込まれて、日比谷公園の話へ。
公園内の有名な洋食屋「松本楼」は創立記念日の9月25日に
チャリティーとして10円(+寄付)でカレーを提供、行列になるとのこと。
開園前、入園料を無料としようと計画したところ
植えた花が心無い市民たちによって盗まれるのではないかと危惧する声が。
そのとき、盗む気も起こらなくなるぐらいたくさん植えようという意見によって
今あるような花に満ちた公園になったのだとか。
ようやく動き出す。ペニンシュラホテルのドアマンが手を振り返す。
有楽町コンコース脇の高架下をくぐる。
なんで渋滞してるかというと、この日は「銀座柳祭り」のため。
http://www.ginza.jp/nishiginza/yanagi/
かつて銀座の通りではガス燈と共に柳の木が名物だったのが
後に西銀座へと移されたという。
モザイク阪急横の公園で吹奏楽団が「君の瞳に恋してる」を演奏していた。
高校生たちなのかな。とても若かった。
外堀通りでは大学生たちによるマーチングバンドのパレード。
赤に青に黄色。色とりどりのテーマカラーに基づいた衣装を着ている。
銀座四丁目の交差点に出て、和光のところで曲って、三越・松屋。
そのまままっすぐ行って京橋へ。
東京国際フォーラムでまた曲って、最後もう一度皇居へ。
二重橋を見て三菱ビルに戻ってきた。
この日はパレードで渋滞、いつもなら45分のところがかなりオーバーした。
でもまあいいか。得したような。
今度はスカイツリーのコースに乗ってみたい。
[4163] 東京ジャーミィ・トルコ文化センター 2012-05-06 (Sun)昨日は上京してきた友だちと1日過ごした。
本当は3日に会う予定だったのが、豪雨で日にちを変えた。
この日はそれまでと打って変わって快晴。
10時に代々木上原駅で待ち合わせて、
リクエストにより東京ジャーミィ・トルコ文化センターへ。
http://www.tokyocamii.org/publicViews/home/lang:jp/
トルコ文化を慎ましく発信すると共に、ここには礼拝場がある。
つまり、モスクということ。
入場無料。10時から見学可能ということで
着いてみると既にチラホラと他の見学客が。
入って左側の小部屋。両側がベンチになっていて腰を下ろす。
部屋の真ん中には泉。奥には炉のようなものがあって、
イスラムっぽい幾何学的な模様のタイルが敷き詰められている。
エントランスの大きな部屋に戻る。
歴史を感じさせる古びた礼拝の写真や植物をモチーフにした美しいタイルの工芸品が
壁いっぱいに広がった棚に飾られている。装飾品には値札が付けられている。
神の姿を描くことを禁じられたイスラムではカリグラフィーが発達した。
その極度に芸術性の高まったものには、曼荼羅に通じるものがあると感じた。
その奥には集会所的なスペース。椅子が並べられている。
セミナーなどが開催されるのだろう。
金曜の夜には無料(寄付)の食事会が開催されるという。
トルコの料理人が腕をふるう。
壁が本棚になっている。トルコの書籍たち。ほとんどがコーランなのだろうか。
その入り口にてタイルや栞、ポストカードなどのちょっとした土産物が売られている。
スカーフや民族音楽のCDなども。
トルコ政府観光局が作成したトルコやイスタンブールのガイドブックや
ツーリストマップが無料だったのでそれぞれもらってくる。
見てると行きたくなるなあ…
2階の礼拝所へ。
白の大理石に海のような青。アーチ型の柱と半円形のドーム。尖塔。
こんなに美しいモスクが東京にあったなんて。
靴を脱いで中に入る。女性はスカーフを頭に巻くことになる。
天井からは壮麗なシャンデリアが吊り下げられ、窓には色鮮やかなステンドグラス。
思わず息を呑むほど素晴らしい。
パノラマ映像があるので是非見てください。
http://www.tokyocamii.org/PublicViews/panoramic/lang:jp
装飾はアラベスクのようでいて、アラビア文字のカリグラフィーとなっている。
おそらくコーランの一節をそれぞれ抜き出したものなのだろう。
女性専用の階段があって、2階に上ることができる。
礼拝所の広間は本来男性専用であって、女性は周辺にて祈りを捧げるということか。
トイレには成人男性の背丈の半分ほどの大きさのシャワーがあって、手洗い所。
便器は和式で覆いのないような形。いわゆる男性の小便器はなかった。
イスラムに関するブックレットなど、無料なのでこれももらって帰ってきた。
代々木上原に来たので前から気になっていた
「ゆうばーる」のカレーを食べてみたかったのだが、
オープンまでまだかなり時間があったので東京駅方面へと移動する。
[4162] 『東京裁判』 2012-05-05 (Sat)昨日は1日がかりで『東京裁判』を観ていた。
DVD2枚組で4時間半という記録映画。
監督は小林正樹。製作は1983年、講談社。
探したら全編ネットに上っていた。びっくり。
http://video.google.com/videoplay?docid=-4891572711949325809#
いったいどこから語ればいいのか…
この映画について、そもそも東京裁判について。
第二次大戦終了直後、GHQマッカーサー司令官肝いりで
”戦勝国側”が東條英機以下28名の戦犯を裁く。
1946年5月3日に審理が始まって、判決は1948年11月12日に下される。
7名が絞首刑。残りの多くが無期懲役となる。
果たしてそれは公正な裁きだったのか。
アメリカ人弁護人の一人は言う。
(そう、アメリカ人が日本人を弁護した)
戦争で人を殺すことが罪になるのは敗戦国だからで、
アメリカが原爆を投下したことは罪にならないのか?
いったい誰が戦争を裁けるのか、そもそも戦争とは何なのか。
結局のところ我々は未だに自衛と侵略とは何なのか、
どこにどんな線が引けるのか明確な定義ができずにいる。
そして昭和天皇の戦争責任の有無。
東京裁判ではマッカーサー、アメリカ政府の意向により問われないこととなった。
(映画でも東條英機とキーナン主席検察官の質疑がクライマックスとなる。
東條英機がうっかり天皇の責任を認める内容の発言をして、
キーナンが工作して後日改めさせるという)
この2年半の厖大な量と思われる記録映像に、戦中戦後のニュース映像など。
抑制された語り口ですっきり分かりやすくまとめられていて、見てて飽きない。
審理は満州事変、支那事変、太平洋戦争などと出来事の順番に検証され、
それら昭和の歴史を語る線と、実際の審理の日々の線とが重なる。
ゼネストの回避、日本国憲法の制定、ガンディー死去など。
これが巧みなんだな。
東條英機の頭を叩く大川周明。
満州事変後、国際連盟で演説する松岡洋右。
証人台に座る愛新覚羅溥儀。
最後の立ち回りを見せる石原莞爾。
次々に撃ち落とされる零戦。
中国政府が撮影した南京大虐殺後の映像。
ビキニ環礁での初めての核実験。
映像が残っているというのは、…恐ろしいことだ。
[4161] 『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』『別離』 2012-05-04 (Fri)引き続き。『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
会社の帰り、銀座のヒューマントラスト・シネマに見に行く。
結構入ってた。1日で入場料が安かったからだろうか?
2009年に亡くなったピナ・バウシュに対する、
ヴィム・ヴェンダースとヴッパタール舞踏団のダンサーたちによる
トリビュートというかメモリアル。
そんなふうに割り切って捉えるとなかなかよい作品だった。
ピナ・バウシュの身体の躍動感や瑞々しさを映像で見ても、って普通思うけど。
(僕の身の回りでも否定的な意見をいくつか目にした)
ヴェンダースはこれを3Dで撮影していて、なるほどなと。
苦肉の策だけど、これはこれでイントロダクションとしていいんじゃないかな。
『春の祭典』『カフェ・ミュラー』『コンタクトホーフ』『フルムーン』の4作品を
劇場や屋外で踊る。ところどころ劇団員のソロやモノローグ、
ピナ・バウシュの指導風景の古い映像が挟まる。
僕がヴッパタール舞踏団の来日公演を見たのは2004年だった。
新宿文化センターで『バンドネオン』を。
これまでの人生で最も得体の知れないものを見たように思った。
パッと見、抽象過ぎてわかんない。
でも根源的な最も奥底なところでなぜか共感する。
ということでピナ・バウシュとエミリー・ウングワレーが個人的に重なる。
屋外のシーンは全て、ドイツ西部のヴッパタールにて。
ここには世界最古のモノレールがあるという。
その映像が妙にダンサーの動きとシンクロする。
というかダンサーたちは全ての動くものにシンクロするのだろう。
---
5/2(水)この日は会社を休んで五連休初日なのだが、あいにく雨。
渋谷 Bunkamura のル・シネマにて『別離』
平日の初回なのにほぼ満席。
イラン映画。ベルリン国際映画祭で最高賞だけではなく、
アカデミー賞の外国語作品賞も受賞。
この時期イランの映画がアメリカで評価されたというのがすごい。
でもそれも頷ける、優れた作品だった。今年を代表する1本かもしれない。
西洋化した中流階級の夫婦と信仰に忠実な下層階級の夫婦の人生が交錯し、
些細なことから後味の悪い悲劇が起きる。
派手な場面はなくただか弱き人間たちが言い争っているだけなのに。
人間を、家族を描いた作品としてなんなのだろう? この緊張感。
僕がクドクド言うよりもプログラムの中の手嶋龍一氏の言葉を引用したい。
「いまのテヘランに淡々とした人々の生活があってもすこしもおかしくはない。
だが一方で日々の暮らしを映像に隈どり、
一つの物語として巧みに表現できる国は多くない。
自己を見つめ、物語に紡いで、観客に伝えるわざをもつ国は、
高い文化の力を蓄えている」
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有楽町のヒューマントラストシネマの1階が小ぎれいなパチンコ屋。
最近のパチンコ屋は入り口のコンパニオンのような女性が
iPad持って立ってるものなのか。
[4160] 『ツリー・オブ・ライフ』『ディーヴァ』『ドラゴン・タトゥーの女』 2012-05-03 (Thu)引き続き、ゴールデンウィークに観た映画のまとめ。
4/30(水)に見た3本。
『ツリー・オブ・ライフ』(DVDを借りる)
40年で6作目という寡黙なテレンス・マリック監督の最新作にして
昨年のカンヌ、パルムドールの作品。
賛否両論だったそうだけど、よく分かる。
視点が大きすぎて受け付けない人は全く受け付けないだろうな。
ショーン・ペン扮する主人公が心にどこか穴が空いて過去を追想する。
1950年代のアメリカ。厳しかった父と過ごした日々。内容はそれだけ。
なのにそれを地球上の生命の誕生から死後の世界まで
とてつもないスケールをまずは置きつつ、
一個人の歴史に焦点を当てていく。個人的な『2001年宇宙の旅』というか。
そしてその映像の1つ1つが詩的で途方もなく美しいんですね。
特にラストの方。こういう風景がありえるのか…
劇場で見なかったことを後悔した。
『DIVA』(DVDを借りる)
『ベティ・ブルー』で知られるジャン=ジャック・ベネックス監督の初長編作品。
1981年。主人公が住んでるガレージの壁にカラフルなアメ車が描かれているとか、
主人公を助ける謎の男がだだっ広いロフトに住んでて禅っぽい言葉を発するとか
出てくるオブジェやガジェットのセンスとその配置の仕方がとても1980年代的。
なんかもうその雰囲気だけで一生見続けたいと思わせる。
主人公はオペラマニアで、アルバムの発表を一切許さない
ディーバ(つまり、オペラ歌手)の公演をこっそりテープに録音する。
その一方で偶然、売春組織の黒幕に関するカセットテープを託される。
2つのテープを巡って対立する集団が入り乱れ、命を狙われるようになる。
フランスっぽい、スタイリッシュでシニカルでとぼけた
アクション・サスペンス・ラブストーリー?
一見デタラメな組み合わせのようでいて、なかなか絶妙なバランスを見せる。
サントラを先に入手して繰り返し聞いてたんだけど、
このディーバの歌声が素晴らしい。サントラともども、名作。
『ドラゴン・タトゥーの女』
このゴールデンウィークにバウスシアターにてレイトショーと知って、見に行く。
見逃した人が多いのかリピーターなのか、結構入っていた。
(なお、バウスシアターでは7月頭に「爆音」で『ゾディアック』公開とのこと)
『ソーシャル・ネットワーク』のデヴィッド・フィンチャー監督の最新作。
元々はスウェーデン発の世界的なベストセラー、
さらにその映画化『ミレニアム』シリーズがある。
フィンチャーのはそのハリウッド版リメイクとなる。
いやーやっぱ面白いね。
派手なアクションシーンじゃなくても21世紀的デジタルなサスペンス処理の話法が
グイグイと観客の意識を引っ張って飽きさせない。
(この話法はやはり『ソーシャル・ネットワーク』で完成したんじゃないかと)
ほんとね、うますぎるよ。フィンチャーは脂が乗りすぎてる。ちょっと怖い。
トレント・レズナーのサントラもよかった。「移民の歌」のカバー。
Yeah Yeah Yeahs のカレン・Oが歌ってる。
2作目はやるのかな。
[4159] 酸素カプセル無料体験 2012-05-02 (Wed)昨年秋、後輩の披露宴に出て帰って来て、
引き出物のカタログの中をめくっていたら
最後の方、フットサル教室や陶芸教室の合間に
酸素カプセル無料体験みたいなのがあった。
ふーん、そういうのもいいかもな、と思う。
こういう機会でもなければ触れることのできないこと。
だけど、申し込んでそれっきり。忙しかったりなんだりで。
ようやく思い出して机の上のチケットを探し、
昨日の昼予約の電話をかけて夜にさっそく行って来た。
定時後。銀座のヒューマントラストシネマのレイトショーで
『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を見るつもりでいて、それが21:25からと遅い。
合間の20時で申し込んだ。
場所は東銀座にあった。
三越・松屋といった繁華街からは離れた小さな雑居ビルの上の階。
エレベーターが開くといきなり奥の方にカウンセリングのための机、
その横の方に酸素のタンクが横置きと縦置きとで並んでいた。
室内は薄暗く、タンクは青い光を放っている。
これをアジアンな猥雑な雰囲気にすると『ブレードランナー』か、なんて思った。
ある種のベンチャーか。零細企業っぽい。
書類を記入する。
どこで知ったのか、酸素カプセルは初めてか、改善したい症状はあるか。
まあ根掘り歯掘り聞かれたりはしない。
男性スタッフからカプセルの説明を受ける。
「中は1.3気圧。水深だと3mほどの深さです。
タンクの中に入ったときにはまずダイビングのように耳抜きをするか、
唾を飲み込むなどして調節してください。
でないとすぐ目や耳の周りの痛み、頭痛などの症状が出ます。
気分がおかしくなってきたらすぐ脇のインターホンで呼んでください。
気圧に慣れてきたら、ゆっくり深呼吸を。
繰り返すうちにヨガの呼吸と同じ効果が得られます。
こういったカプセルはスポーツ選手がよく利用します」
室内には低い音で女性シンガーの曲が流れている。
「コーリング・ユー」が聞こえた。
女性スタッフが枕カバーにつけるアロマオイルを選んでほしいと
小瓶のセットを机の上に置く。ユーカリ、ラベンダー、ローズマリーなど。
僕はグレープフルーツにする。
常連なのだろうか、サラリーマンがエレベーターから下りてくると
ササッとタンクの中へ。行きつけの店でいつもの、って感じで。
携帯は中で使用してもいいし、音楽を聞いてもいい。
それ以外の上着や鞄は預ける。
用意ができて僕もタンクの中に入ってみる。
頭にはアイスノン、先ほどのアロマオイルの匂いがする。
全身をタオルで覆う。タンクのカバーが閉じられる。
カーテンも閉じて真っ暗になる。気圧が徐々に高まっていく。耳がキーンとなる。
枕元にインターホンがあって、その脇の「1.35」という数字は気圧、
「29」は今回のコースが30分だからか。
気圧に慣れていく。ブーンブーン、ゴゴゴゴゴと空気を送る音がする。
深呼吸を繰り返す。ゆっくりと吸って、吐き出す。
酸素は、…濃いのだろう。よく分からない。蒸し暑さは感じる。
会社帰りだし横になったらすぐにも眠くなるかな、と思いきやそうもならず。
緊張してるのか。それがしばらく経つとウトウトしだした。
夢を見始める寸前でハッと引き戻される。
人々の姿が現れては消えたり、図形のイメージが変化したり。
それがいつの間に少し眠っていた。アラームの音で目が覚めた。
タンクの外に出る。
ハーブティーを飲みながら説明を受ける。
「タンクを出て30分ほどはぼんやりしますが、徐々に効果が現れるでしょう。
まずは目から。遠くを見てみると分かります。
目の周りの毛細血管がまずは活性化されます。目覚めもよくなります。
しかし薬剤ではないので2日間ほどで効き目は薄れます」
ムリに何か次のコースなどと勧められることはなく、あっさりとあとにする。
エレベーターを下りていく。果たして効き目はあったのか。
東銀座の町並みはいつも通り。
『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』が美しい映画に思えたのは
ただ単に素材と監督のヴィム・ヴェンダースの力か。
[4158] 4/23-4/29 2012-05-01 (Tue)4/23(月)
終日雨。
昼、大戸屋にてカツ煮。
定番メニューのグレードアップということで土鍋に入っている。
アツアツで確かにうまくなった。
夜、納豆ご飯。キムチ。インスタントの、野菜の多い味噌汁。
白洲正子『能の物語』今日のうちに読み終えようと夜、ずっと読んでる。
これはなかなかよい本であった。
なんだかんだで寝たのは午前1時。
---
4/24(火)
昨日寒かった分、あったかい。大分は初の夏日。
この時期なぜか、お客さんの大阪支社にてインフルエンザが蔓延。
そこに出張した人がいて、咳をしている。
東京にも広がっているんじゃないか…
昼、デニーロが月イチのクリームの日。もちろん行く。混んでいる。
エビと煮込み野菜だったか。クリームが緑色。この日ばかりは大盛にする。
夜、PJを離れる後輩の送別会。
1軒目は和風居酒屋、2軒目は焼き鳥屋。日本酒を飲む。
菊地成孔『東京大学のアルバート・アイラー』を読み始める。
Dragon Ash のベーシストが亡くなる。
---
4/25(水)
飲みすぎたわけではないのだが、なんかどっか体の調子が悪い。
これまでの疲れが漏れ出ているような。
眠いし、腹の調子がよくないし。
昼、PJランチ会で「丸香」へ。
肉うどん。調子に乗って野菜天とかしわ天をいっぺんに頼む。
食べているうちは「うまいうまい最高」でいいんだけど、午後から胃がもたれて…
夜までずっと具合が悪い。
体調の良くないときには脂っぽいものは食べられないな。
僕ももうそんな年か。
仕事はどうにかこなしたものの、その分消耗しているのか、
帰ってきてから何もする気になれず。
というか体が辛くて横になる。
1時間ぐらいうとうとしただろうか。
宅急便が夜遅く届いてインターホンが鳴って起き上がる。
学校の方、あれこれ準備しておきたいことがあったのだが、手がつかず。
23時過ぎに眠る。
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4/26(木)
風が強く、雨が降り出す。
体調は戻ってきたものの、疲れは残っている。
昼、この日もPJランチ会。
近場でってことで今日もまた焼き鳥屋にて親子丼。
仕事がそれなりにみっちりあって、今週は日々忙しい。
調整事項ばかり。毎月月末はホッと一息ついて暇なはずなのだが。
夜は納豆ご飯、キムチ。
明日の夜、勧学会に自己紹介を送ろうと2教室分イッキに書く。
一晩寝かせることにする。
午前0時過ぎに眠る。
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4/27(金)
昨日に引き続き雨。終日小雨が降り続く。
昼、大戸屋にてエビカツ定食。
夕方まで暇だったのが打ち合わせ後バタバタとやることが…
帰ろうとしたら問い合わせが来てついイライラと。
夜、荷物を受け取るつもりだったので焦っている。
ここ3日連続で HMV と amazon からの受け取り。
夜、帰って来て無事に受け取って、自己紹介も展開してホッとひと息。
一週間が終わった。
高円寺へ。中本で味噌タンメンを食べて帰ってくる。
iPhoneの曲を入れ替えるのに精を出す。
午前0時過ぎに眠る。
---
4/28(土)
7時起きで逗子・葉山の休日。
寝たのは午前1時。
---
4/29(日)
8時起きで渋谷で映画など。
寝たのは午前1時。
そういえば午後神坐以外のラーメン屋に入ろうと
味源に行ってみたら行列。桂花に入って排骨系のラーメンを食べる。
夜飲んだときはたいした店じゃないのに長居して
ビール飲みまくってかなりの出費に。しまった。
飲み放題のある店にすればよかった。
[4157] 『サウダーヂ』『レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想』『アーティスト』 2012-04-30 (Mon)昨日は終日渋谷。
『サウダーヂ』『アーティスト』と映画を2本見て
その合間に Bunkamura のミュージアムで
『レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想』を見るという文化的な一日を過ごした。
『サウダーヂ』はオーディトリウム渋谷で異例のロングラン。
昼の回のみ。この日もかなり入っていた。
甲府を舞台に、土方・移民・HIP HOPがキーワード。
去年かなり話題になって国内外の映画賞でも高く評価された。
日本の今ってことなんだろうな。
しかし、観てみると「うーむ」…
つくりが素人っぽく撮り方も繋ぎ方もどこか拙いのがリアルってことなのだろうか?
なんか、浅いんですね。事象や現象は捉えたけど力学が見えてないというような。
なぜ甲府はシャッター街となったのか?
「理屈も理由もないんだよ、ブラジル人たちが苦労してんだよ」
だけだったらいまひとつ心に響かない。
それにしても『サウダーヂ』や『サイタマノラッパー』を観て思うのは、
出てくる日本語のラップが型や節にはまりすぎてるってこと。
いちいちステレオタイプを提示しないと「これはラップです」と通じない?
The Blue Herb や SHINGO2 は日本語でも全然こういうのではない。
『レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想』はもともと見るつもりはなく。
母から電話がかかってきて、「ほつれ髪の女」のポストカードを買ってきて、という。
行くとミュージアムショップが展示スペースの内側にあって入場券ないと入れなくて。
仕方なく入場券を買って中へ。
…これがまたゴールデンウィークってこともあって人また人の大混雑。
ぐったりしてすぐ出てくる。10分もいなかった。
列に並んで見るものってアートじゃないと思うんですね。
展示されていた中ではモナリザの贋作みたいなのが10枚ぐらいあった。
あれってなんだったんだろ。周辺の人の作品ばかり。
結局のところレオナルド・ダ・ヴィンチ自身が手がけたのは数えるぐらいしかない。
最後、シネマライズにて『アーティスト』これもそこそこ入ってた。
「いいお話だねえ」というのが見終わった後の感想。
で、まあそれ以上にもそれ以下にもならない。
素晴らしい演技、古きよき時代の映画に対する愛・オマージュがいっぱい、
この時代にサイレント・モノクロを作るという大胆な試み、
これら見る前から分かっていて、それが出てくるのを確認するというか。
いい映画なんだけど僕にとっては
ディズニーのアニメを見ているようで物足りなかった。
その後高校時代の映画仲間の友人と会って、サシで遅くまで飲む。
映画のこととかあれこれと話して帰ってくる。
[4156] 逗子へ(後編) 2012-04-29 (Sun)逗子市街へ戻る。本日のメインイベント。
教え子の中に建築家の方がいて、
自ら設計した建てたばかりの家に引っ越してくるまでの数日、
つきあいのある設計事務所の若手たちが手掛けた住宅の模型を集めて展示するという。
家具が搬入されず、ベッドだけが置かれた部屋のそれぞれに
様々に趣向を凝らした模型が。キッチンやバスルームにも。
とてもユニークで贅沢な試み。
こういうのって一生に一度、限られた人しか実現できない。
他に、招待作家としてある有名な若手のガラス工芸の方の作品であるとか。
鉄器や木工の分野でも。実際に家で用いるドアノブの見本、数パターンなど。
家そのものも天窓から2階へと日光を取り入れたり、
螺旋のように広がる階段が中庭を意識した集合空間として位置づけられていたり。
家族が引っ越してきて、果たしてどんな「家」となるか。
家を出てまた車に乗る。午後まだ14時ぐらい。
「葉山芸術祭」のパンフレットをめくって、気になったところを
あちこちを見てみようということになる。
まずは「AKIYA YOGA HOUSE」へ。
パンフレットの写真を見ると森の中に一軒家。
広い部屋に仕切りはなく、ベランダのように軒先が張り出している。
葉山マリーナを過ぎて、御用邸を過ぎて、さらに南へ。
道に迷っている間に「湘南国際村センター」に入り込む。
不思議な空間。丘陵地に名だたる企業の研修センターやセミナーハウスの
豪華な建物が立っているのに人の気配、利用されている雰囲気がない。
機能不全を起こしているような…
引き返し、民家の連なる細い道を入っていって、
山の入り口に「AKIYA YOGA HOUSE」を見つける。
ここはその名の通り普段、ヨガのレッスンが行なわれているようだ。
フロ、トイレ、キッチンとあとは広い部屋がひとつあるきり。
ここに座布団や低いテーブル代わりの台が並んでいる。
天井からはひょうたんをモチーフにした照明がぶら下がっている。
外に張り出した部分にはハンモック。藍染の民芸品など。メキシコ製らしい。
ヒーリング系の音楽が流れ、マットも敷かれている。
ヨガを教えているのは外国から来た女性たちのようだ。
皆でチャイを飲んで過ごす。
車に戻って、逗子方面に戻る。
海辺を歩こうということで「葉山しおさい公園」へ。
隣の神奈川県立近代美術館葉山館の駐車場に停める。
(それにしても、電車もなく道路も混雑するようなところに
美術館があっていいのだろうか?
…それでいったら青森県立美術館も一緒か)
砂浜へと下りていく。
サーフィンに興じる若者たち。流木を探す。
波打ち際を歩く。夏は海水浴場になるのか。
マットを敷いて寝転んで過ごしている人たちもいる。
南にある長者ヶ崎を目指して30分か40分ぐらいテクテクと歩く。
堤防にひじきが干されている。小舟が浮かんでいる。
部活帰りの中学生たちが集まって海辺に遊ぶ。
長者ヶ崎に到着するが、砂浜には柵が設けられ
危険ということでそこから先には進めず。
崖の下は荒々しい岩の残る磯となる。
ここで引き返すか、と向こうに突き出した島を眺めていると
その磯を近くに住んでるおっちゃんなのか
一人とぼとぼと歩いてこちらに向かってきた。
遠くに江ノ島が見えた。天気がよければ富士山も見えるという。
女の子たちが歩きにくそうにしていたので、帰りは主に道路を歩いていく。
葉山芸術祭に参加していた小さな画廊での写真展を見る。
東京をテーマにしている。被写体も構図もいいが、グッと迫るものがない。
近くのアマチュア・カメラマンなんだろうな。
葉山芸術祭は良くも悪くも普通の人、素人の作品を集めた手作りの祭りだ。
逗子に戻ってきてレンタカーを返し、「ENISHI」へ。
田酒があったので何杯も飲んだ。
鹿肉など、ここは食べものもおいしくて18時に店に入って22時半まで!
終電ギリギリまでここで過ごした。
楽しい一日でした。
[4155] 逗子へ(前編) 2012-04-28 (Sat)破の教室での集まりで、逗子へ。
7時半起き。8時には丸の内線に乗って新宿へ。
8:44発の湘南新宿ラインの逗子行きに乗り換える。
各駅停車ではなく急行のようなものだから
本を読んでいるとあっというまに到着する。
直前の北鎌倉、鎌倉でゴソッと下りる。
ゴールデンウィーク初日、観光客が多いのだろう。
自転車を抱えた若者をあちこちで見かける。
駅を出るとロータリーに集まって、自転車を組み立てている。
10時前には到着する。待ち合わせは10時半。駅前を歩く。
通りが狭くうねっていて、ゴチャッとしてるけどその分親密さを感じるというか。
緑もひとりでにニョキニョキ隙間を見つけて増えているような。
市庁舎の横に亀岡八幡宮があって、その片隅で植木市。
アロハシャツを売っているハワイアンな店を見かけて、南国の風を感じる。
昨日までの雨がウソのように快晴。
駅前に戻ってきて、肉屋にてコロッケと手羽塩焼きを買って食べる。
一本到着する度に三々五々集まりだす。
ひとり、夜の店に持ち込む貴腐ワインを預けにいくというのでついていく。
先にレンタカーを取りにいってもらう。
東口のロータリーで待っていると電話があって、混雑していて向かえないという。
確かに停められない車が難儀して手前で人を下ろしたりしている。
西口へと移動する。合流して、小坪マリーナへ。
駅周辺から抜け出すためにグルッと一周回ることになる。
マリーナに到着する。奥にある有料の駐車場に停める。
ゆったりとした感覚で立ち並ぶ椰子の木、
柔らかな黄緑色の芝生がよく整備された児童公園、
瀟洒なリゾートマンションは布団を干している人もなく生活感皆無。
空は晴れて初夏の手前、心地よい日差しが降り注ぐ。
海は遠くにヨットやウインドサーフィンが浮かんでいるのが見える。
「ピッコロ ヴァーゾ」へ。港に面した小さな店だった。
有名な店。予約でいっぱい。ふらりと来た方たちは皆、断られていた。
ランチのコースにする。1575円と手ごろな値段。
前菜は鯵と真鯛のマリネなど、パスタはトマトソースの殻つきホタテ。
港が目の前に見えるからか、素材の新鮮さを感じる。うまかった…
ツバメが軒先に巣をつくっている。メスのツバメが巣の中を気にして、
つがいとなるオスのツバメが辺りを見回りに来る。
交互に近くの電線へと戻っていく。
食べ終えて、魚屋を覗く。水槽にサザエや大ぶりの赤黒いエビ。
発泡スチロールの箱が並んでそこに氷が詰められて魚たちが並ぶ。
遠方からの観光客なのだろう、注文の順番待ちの列となっている。
マリーナを後にして、斜面をのぼっていく。
石原裕次郎の家もあるんだったか。超が2つも3つもつく高級住宅街へ。
ロスのビバリーヒルズやニューヨーク、ロングアイランドを思い出した。
日本にもこんなところがあったんだ…
広いとか大きいとかそういう尺度じゃないんですね。
どこまで静謐さを保てるか、その圏内を覆いつくせるかというような。
入り口には警備員が立っていて、いったいは物音ひとつしない。
誰も通りを歩いていない、高級車が出入りすることもない。
植え込みや敷地内の工事のために雇われた人たちぐらい。
そんな中にも近くのラブホテルのように
ピンク色のお城のような建物があったりする。
[4154] 神田村 2012-04-27 (Fri)神保町は古本の町だけど、取次の町でもある。
表通り:靖国通りが古本屋街だとしたら
裏通り:すずらん通りには小さな取次の店がたくさん並んでいる。
硬い専門書を扱う店もあるけど
あられもないアダルトコミックばかりが店頭に並ぶ店がいくつかあって
やっぱそういうところが歩いてて目立つ。
(そして「一般客には販売いたしません」と貼紙)
うーむ、アダルトコミックの世に流通する量がこれほどまでに多いのか?
というよりは業界を2分する大手、
日販と東販が一般書を押さえているのだろう。たぶん。
これらの取次の店にてアダルトコミックなんて読みそうにない
年季の入ったおばちゃんがジャンパーを着て
山積みの在庫をせっせと運んでいる姿はどこか非日常的である。
それはさておき。
調べてみたらこれら取次の店の集まる一角は「神田村」と呼ばれるとのこと。
詳しくはWikipedia参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%94%B0%E6%9D%91
「神田村.com」というサイトもあった。
http://www.kandamura.com/
しかし、見てみても儲かってる雰囲気なさそうだよね。
細々と辛うじて成り立っているというか。
日々、店の前を歩いていてなんとかできないもんかなあと陰ながら思う。
日販と東販という大河の脇の、小さな水溜まりのようで。
それでも命は生まれているのだし、小さな生態系が成り立っている。
---
神保町は東京堂書店の本店が新しく生まれ変わって、
店内にお洒落なカフェができた。
昨日行ったらまだどこか木の匂いがした。本になる前の素材の匂い。
向かいの「ふくろう店」が替わりに今、工事中。
女性のための本屋「Chez moi(シェ・モワ)」となるようだ。
http://www.tokyodoshoten.co.jp/floor/owl/
[4153] Hold On 2012-04-26 (Thu) 指の先が触れ合う
なんだかひんやりとしている
伝って、伝わって、ここにも届く
この世界が広がりを放つ
君の呼吸が吐息となり
脈拍が静かな言葉となる
二人でそっと聞き取ろうとする
この世界がゆっくりと動いている
指の先がもう一度触れ合う
その度に全てが生まれ変わる
見つけたものをいくつか拾い上げる
この世界が今そこにある
[4152] 逗子の休日 2012-04-25 (Wed)今週末、学校の教え子たちと逗子にて集まることになった。
「守」(基本コース)も「破」(応用コース)も
なぜか湘南方面に住んでいる方がちらほらといて。
(まあ厳密には逗子は湘南エリアに入らないんだろうけど)
今回は「破」の方の集まり。
いつもなら僕が全てを仕切ってダンドるのだが、
師範代(先生役)も終わったことだし、皆さんにお任せしようと。
昼と夜の店の予約、レンタカーの手配。どこを訪れるか。だいたい決まった。
それでもまああれこれ口を出してしまった。
昼に行く店は「ピッコロ・ヴァーゾ」
漁港の近く。新鮮な魚介でイタリアン。
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1406/A140602/14000241/
夜は「ENISHI」
和風の居酒屋かな。こちらも雰囲気がよさそう。
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1406/A140602/14014117/
なんかこの時期は「葉山芸術祭」というのをやってるようで、
車に乗ってブラリと見に行くかも。
http://hayama-artfes.net/info/
あるいは横須賀美術館か。
今はちょうど国吉康雄展が始まったばかりのようだ。
http://www.yokosuka-moa.jp/
僕ははじめて知ったのだが、「カスヤの森現代美術館」
常設展にてナム・ジュン・パイクやヨーゼフ・ボイス。気になります。
http://www.museum-haus-kasuya.com/index000.htm
ま、美術館を回らなくても海辺を歩くだけでもよいか。
初夏の手前。この時期は暑くも無く心地よさそう。
あとは雨が降らなければ良いのだが…
(破の教室の集まり、これまで6・7回全て雨が降っていて
僕のせいということになっている)
そういえば友人・知人がこのところ何人か鎌倉・逗子の方に引っ越していて。
住み心地とてもよいみたいですね。
そういうところも気にかけながら1日を過ごそうと思う。
[4151] この世界に君を探す50の方法 2012-04-24 (Tue) 目をつぶってこの街を歩く
両手を体から離そうとする
遠くで女の子が歌っている
頭上に飛行機の影を感じる
過ぎ行く建物の数を数える
素足でアスファルトを蹴る
誰もいないのに手を振って
笑いかけてまた歩き出した
空腹を空腹として奪い返す
手に持った全てを差し出す
欲望と欲望と欲望と欲望と
そこが屋上なら階段を探す
[4150] 4/16-4/22 2012-04-23 (Mon)4/16(月)
昼。いよいよ開講。次々に点呼が届く。師範代が応答する。
ちょっと感動する。
昼は松屋で麻婆豆腐定食に豚汁変更。
夜は冷蔵庫の中に眠っていた桃屋の辛くないラー油の残りをご飯にかけて、
先週買ったキムチ。
J・M・クッツェー『遅い男』を読み始める。
fun.『Some Nights』を聴く。なかなかいい。
師範代2人による初指南を見届けてから眠ろうと思うが、
日付が変わっても出てくる気配は無く。
時間がかかっているようだ。先に眠る。午前1時。
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4/17(火)
何度も目が覚める。
回答や指南が真夜中いくつも届いている。
『遅い男』をカバンの中に入れ忘れる。
昼、「もりちゃん」でモツ煮定食。
結合テスト前。やることがたくさんあって、
もくもくと仕事をする。
夜、帰ってきて西友へ。
納豆ご飯のつもりが3割引の餃子の誘惑に負ける。
なんか今週も結局ウツウツとしている。
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4/18(水)
結合テスト開始。
バタバタして昼は中華弁当。海鮮と玉子炒め。
夜、どうにも腹が減って小諸そばへ。
イカ天そばにわかめ追加。
夜は文字化け回答が届いて対処。復元を試みる。
午前0時半過ぎに布団へ。
Rockin'on のピーター・フックのインタビューを読む。
気分が滅入っていて、帰りに Peter Gabriel『So』を聴く。
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4/19(木)
PJランチ会。周りの皆が行ってる「おたま家」へ。
和風ラーメンと炊き込みご飯。
おいしいんだけど量が女性サイズ。
腹が減って夕方、「キッチン南海」へ。カツカレー。
夜、師範代の迷いへの対処。
開講して4日目。あれこれと起こる。
午前0時過ぎに眠る。
布団の中でデイヴ・リー・ロスのインタビューを読む。
結合テストが無事に終わる。今回はすんなり進んだ。
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4/20(金)
だいぶ気分が持ち直ってきた。
朝、部会で初めて新宿の本社へ。15階は眺めがいい。
8時に着いて、クッツェー『遅い男』を読む。
部会は10時には終わって神保町に戻ってくる。
給料日。「味噌や」にて
味噌ラーメン+チャーシュー+バター+コーン+玉子+わかめ。
夜は渋谷にて「Tyme.xTujiko & KUFUKI Release Party」
帰って来て少し飲む。師範代にメールを送って、寝たのは午前2時。
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4/21(土)
9時半に起きて Lana Del Rey のチケットを取ろうとするが…
10時の発売開始から5分ぐらいで完売。
ぴあもローチケもeplusもアクセス集中でようやくつながったら
ことごとく予定枚数終了。無念。やっぱ前回来てほしかった。
というか、前回公演中止のチケットを買ってた人から
優先的に今回申し込めるってなってたらなあ。
LADY GAGA が取れても Lana Del Rey は取れないという世の不条理を思う。
気を取り直して、床屋へ。その後高円寺へ。
スタ丼屋に行ってスタミナカレー肉増し、豚汁変更。
Twitterを見たら、取れなかったことの呟きに対して
知らない方からリプライがついていて、
友達に手伝ってもらって申し込んだら1枚でいいはずが3枚も取れちゃったという…
2枚余っているのでよかったらお譲りしますと。
うわ、こんなことあるんだ。呟いてみるもんだな。
高円寺から荻窪まで歩いて帰って来て、午後はそのやりとり。
届いたチケットを代引きかつ配達証明で送って…
となったらめんどさいなと思っていたら
単にeplusから届いたメールを転送してもらって、
そこに記載された番号をファミマで入力して、レジで発券・支払というだけだった。
簡単。本人でなくてもいい。あっさり入手できた。
午後、師範代の2人にメール。
クッツェー『遅い男』を読み終える。
夜、久しぶりにアベル・フェラーラの映画を見ようと「フューネラル」。
クリストファー・ウォーケン、ベネチオ・デル・トロ、ヴィンセント・ギャロと
なにげに豪華キャストだった。今となってはありえない組み合わせ。
クリストファー・ウォーケンはどれ見ても一緒なんだけど、やっぱいいね。
NUDAでウィスキー・ソーダ。
『岳』16巻を読む。エベレストに行く。
午前1時に眠る。
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4/22(日)
9時半起き。チームの師範代に返信。洗濯。
11時半、外へ。小平・立川。
帰って来てここ数日の新聞を読んだり。
夜になって、「サイタマノラッパー2」を見た。
アレな言い方をしたら、ワールドモデルとキャラクターだけで
まずはもっていってしまう。シーンもストーリーもいい。
でもその間から零れ落ちるものが未熟というか。
…うーん、こういう物言いはどうでもいいよね。2本目も面白かった。
それにしてもかつての女子高生5人組が大人になって再会したら
1人は風俗嬢という設定は鉄板なのね。
その後、The Doors『L.A.Woman』の40周年記念エディションを聴く。
The Doors といえばやはりこれでしょう。
暴力的。そして、説明も理由もない。
焼酎お湯割り。このところ聞いたCDの解説を読んだりなど。
午前1時に眠る。
[4149] 小平、立川 2012-04-22 (Sun)特に予定のない日曜の午後。ふと思い立って立川へ。
中央線に乗る。白須正子『能の物語』を読み始める。
口語訳の翻案を集めたもの。冒頭は「井筒」
そうだ、と国分寺で下りて西武線に乗る。
多摩湖線に乗って一駅、一橋学園駅へ。
前訪れたのはいったいいつのことだろう?
四・五年、もしかしたらもっと前か。
小平キャンパスへ。
「龍園」は店自体なくなってて、「もとき」はシャッターが半分開いて準備中の札が。
おそらく、永遠に準備中なのだろう。むさし乃もボロ屋になって閉店。
一松は昼なので分からないけど、たぶんまだやってる。
キャンパスはかつての賑わいはなく。国の研究施設のよう。
門から入ってすぐの建物には放送大学の看板が。貸してるのか。不景気なのかな。
いや、国立大学法人となってからその辺り多角経営的なのか。
戸隠でカレー牛めしを食べて西武線に乗る。
中央線に乗り換える。立川。
駅前が来る度に超合金の変形ロボットのように進化しているように思う。
こんなところにビルあったっけ? 2階の歩道はここまで延びてたっけ?
昭和記念公園へ。
曇って雨が降りそうだからか、それともこの時期がそうなのか、園内は人気がない。
マウンテンバイクを借りて乗る。緑がツヤツヤとしている中を走る。
頭を空っぽにする。
2週目に差し掛かったところで雨が強くなる。
そのまま走り続けて、戻ってきて、自転車を返却する。
結局1時間しか乗らなかったけど仕方がない。
公園の外に出ると広場にて市民の祭りのようなものが。
白のテントが連なって店を出している。
終わりの時刻が近づいて雨も降って、軒並み100円引きとか半額とか。
串焼きを売っていたテントで
最後に1個だけ残ったチョリソー2本を200円で売ってもらう。
チャーシューを1枚サービスしてくれる。
他のテントでレーベンブロイを買う。
雨を避けるため「昭和天皇記念館」のオープンスペースに移動して、
地べたに座ってチョリソーを食べながらビールを飲む。
仮設ステージでギターとベースだけのバンドが「Stand By Me」を歌っているが、
客はまばら。その後ろでエイサーの団体が手持ち無沙汰に待っていた。
何となく高島屋に入ってみる。その後ルミネ、グランデュオと。
グランデュオに「陳健一麻婆豆腐店」があることを知って入ってみる。
新木場の店とちょっと味が違うような。こちらの方が味噌っぽい。気のせいかな。
走った後なので空腹。ご飯をおかわり。ビールも飲む。
中央線に乗って帰ってくる。
ほろ酔いが気持ちよくて、揺れていると眠くなる。
そろそろ昭和記念公園でBBQの季節だな。
今日も割りと賑わってた。
実はちょうどいい季節なのかもしれない。
[4148] Tyme.xTujiko & KUFUKI Release Party 2012-04-21 (Sat)昨晩は渋谷O-NESTにて、「Tyme.xTujiko & KUFUKI Release Party」
ツジコノリコが出るというので「オッ見たい」と思っていたところ、
友人のdela君がDJだというので、それならば是非と。
会社帰りに渋谷へと向かう。
タワレコとレコファンでCDを物色してO-NESTへ。
(Arto Lindsayがプロデュースした、Caetano Velosoの中古を買った)
一人目は AOKI takamasa で、ツジコノリコとも1枚出している。
(「28」というタイトル)
ラップトップ。相変わらずの硬質な音。
確かソナーで見たことあったなと思って日記を遡ったら2004年だった。
その日のベストアクトと書いていた。
大きな音でダンスミュージックを聴く。
エレクトロニカ。
リズム、ノイズ、ライヴハウスの簡素な照明。
続けて「くふき」が登場。
「KORG」とラップトップとパーカッションその他鳴り物、という3人組。
プラス、昭和なノリのVJ。
アジアン・テイストでトライバルな唄系エレクトロニカ。
和のサイケデリック・トランス・パーティー。
メンバー3人が編笠をかぶっているところに本気を感じた。
なぜか DEVO を思い出した。
21世紀の今、極東に狂い咲くマーティン・デニー(ということは初期YMO)。
これはいいものを観た。
終了後に物販でアルバムを2枚買った。
http://www.naturebliss.jp/WNDU/wndu006
今日の昼、さっそく聞いた。これは CAN 直系じゃないか。
「大迫力」という曲がその名の通りすごい。
そして、「Tyme.xTujiko」フロアは超満員。
ツジコノリコは三つ編みで登場。
中年まっしぐらと言いつつ、その日109で買ったという
夏のヒマワリ畑が似合いそうな少女っぽいチェックのワンピースを着ていた。
「エレクトロニカの歌姫」なんて呼ばれるけど、確かに存在感がすごかった。
それでいて大阪・京都な喋りでファニーな天然系。
今回のステージはラップトップとドラムの3人。
ここまで生ドラムのダイナミズムに合う音だとは。
今回の相方、tyme. の懐の深さだろうか。
しなやかさが違う。リズムが生になった方が機械的な音が広がるんですね。
共作の「GYU」から。素晴らしい音世界でした。
ポップな実験性をどこまでも突き詰めて、
踊れるけどどこにもないリズム、聞き覚えあるけどどこにもない風景へ。
「Tujiko Noriko + Tyme. - Slow motion」
http://www.youtube.com/watch?v=gSMLhNXxrj0
dela君の選曲もよかった。
これはなかなかいいイベントだったな。
帰り道、ツジコノリコの「From Tokyo To Niagara」を聴く。
いつ出会っても素晴らしいタイトルだ。
[4147] 訪問者 2012-04-20 (Fri)
「彼」にはこれまで3度会ったことがある。名前は分からない。今、
私なりに名づけるならば「訪問者」だろうか。5歳のとき、夕暮れ、
砂場でひとり遊んでいた私のところに彼は現れた。真夏だというの
に、灰色のコートを着て幅広の帽子をかぶっていた。見上げると太
陽を背に、最初は黒い影としか見えなかった。どんなことを話した
のかは覚えていない。いや、何も話さなかったのだと思う。しかし、
強い力でもって心の中に入り込んで、語りかけてきた。その磁力の
ようなものの感触がいつまでも残り続けた。いつのまにか彼は消え
ている。その後強い雨が降り出す。まだ小さな私は砂場の中でずぶ
濡れになって泣く。そこから先の記憶は、ない。
(ノートはここで一度途切れていた。破られてページがとんでいる)
「このことは秘密だ」という誓いを破って思い切って妻に話した。
そのような得体の知れない人物が自分のもとを訪れてきたことは一
度もないと言う。怪訝な顔をされた。私だけなのか。では、なぜ、
私に? 私は選ばれたのか? とてもそうとは思えない。理由や仕
組がわからない。私はそれを、知りたいと思う。
(ここはインクが青く滲んでいた。書いては消した跡が垣間見える)
35歳になった私は彼が来るのを待っていた。1年間待ち続けた。し
かし、彼が来ることはなかった。15歳や25歳のときとは状況が変わ
ったようだ。36歳になった。私は、私に課せられた使命を終えたの
か。そうか。死ぬべきなのか? これから先、いったい、なんのた
めに生きるべきなのか? 妻がいて、子供がいる。それでも私は誰
からも求められていないように思う。
(これを遺書と読んでよいのならば、僕はその最後の言葉をここに)
私はなぜ、あんなことをしてしまったのか。どうしたのか。最後に
見た妻の顔が焼きついて離れない。子供たちの声が聞こえる。私は
この風景を前にして、吹きさらしの椅子に座って、一日中、悔いる
言葉を呟いている(ようだ)。全世界の人々に対して謝りたいと思
う。いや、謝ったところで何かが巻き戻るわけではない。私がこの
命を絶つことで何かがひとつ軽くなるのならば、それを差し出そう。
大勢の見知らぬ人々が(私の心の中で)私のことを責め続けている。
肌の色や言葉の違う人たちが。そしてそんなときにも私は彼の姿を
探し求めている。…今では幻影に過ぎないと分かっている。私が作
り出した。なのに私は彼の姿を見ることができない。「訪問者」は
去っていった。私はその空洞を埋めることができなかった。私の弱
い心は、そのトンネルの中を歩くことができなかった。私には、怖
い。私には
(…気になった僕はタイムマシンに乗って会ってみようかと考えた)
[4146] 文字コードというもの 2012-04-19 (Thu)WEB上の学校で教えていると、時々文字化けに出会う。
昨日もあった。送り直してもらうのが手っ取り早いんだけど、
コンピューターに詳しくない人だとまた文字化けかも。
応急処置的に復元してみる。
こういうサイトがある。「もじばけらった」
http://lab.kiki-verb.com/mojibakeratta/
あるいはダウンロードものだと「MBaker2」
http://www.geocities.jp/belden_dr/ToolMBaker.html
本文全部が文字化けだと”UTF-8”に文字コードを変えてみると読めたりするけど、
途中に機種依存文字が入っていたかなんかしたものをメールが送られてくると
噛み合わせの問題で全然読めなかったりする。
IT業界で働いて10数年、文字コード問題はいつになっても悩まされる。
データベースが”UTF-8”で、WEBサーバが”EUC”で、
業務で使う PC が Windows なので”SJIS”であるとか。時々はまることがある。
全世界的にひとつに統合されるとかさ、解決することは永遠にないんだろうね。
僕はこれ、コンピュータの仕組がどうこうという以前に
バベルの塔このかた、言語というものがほっとくと
どんどん文法も表記も発音も何もかもが分かれて分断していくという
人類の悲喜劇的な習性に寄るものだと思う。
(言語は変化する、ではなく、変化するから言語)
なんつうか、エントロピーのホニャララとも言える。
熱の拡散。乱雑になっていく。
…と見えるが、実際は逆か。
しかしね、コード(CODE)とは拡散していくものだとは言える。
記号の本質は集約には決して向かわない。
ラベルを統一するように見えて、そこに含む内容はいくらでも変えられるから。
人類は言語をどうすることもできない。
記号も。コードも。
それを生み出したことによって人類は人類になったのにね。
注)ここで言っているコードと文字コードとは似て非なるものか。
後者はどちらかというと、規約、プロトコル。
コードはプロトコルによって成立するが、プロトコルそのものではない。
[4145] astronauts 2012-04-18 (Wed)目の前の風景を全て消し去ってそこには地平線が広がるようにする
窓の向こうにあってそれは水平線の方がいいんじゃないかと思うからそうする
だったらこの部屋は今この瞬間から船になる
海を行くうちにそうだ、ロケットになり宇宙船になる
遠く向こうに星がひとつだけ輝いている
消えていく、暗闇になる、真っ白な部屋が広がる
そこで僕に話しかけてくれる人のことを考える
現れてその人は僕の考えることを僕に話しかけてくる
僕はその人と会話を交わそうとする
その人がどこかに消えていく僕はまた別の誰かをここに呼び出す
おはよう、こんにちは、外では雨が降っていますか?
いえ今日の天気は晴れです
僕はこの部屋の窓をなくしてしまったから
その人が本当のことを言っているのかどうか分からない
波打ち際に立って寄せては返す波がそこにあることを思い浮かべる
その音を聞こうとする
そしてまた僕はひとりきりになる
時間が来た今日もまたこの惑星を去るときが来た
だけどこの世界から、外に出ることができない
ありがとう、さようなら
[4144] 裸のラリーズ 2012-04-17 (Tue)裸のラリーズ。水谷孝を中心とした伝説のバンド。
1960年代後半に京都で結成。
サイケデリックな大音量ギターノイズの隙間で翳ったフォークソングを歌う。
過去のメンバーには村八分の山口富士夫や
サンディー・アンド・サンセッツの久保田麻琴など。
(調べたら、後によど号ハイジャック事件で北朝鮮に渡った元メンバーも…)
昔はとにかく音源が手に入らなかった。
どこからどこまでが正規盤なのか。
海賊盤っぽいCD-Rが中古屋の天井に飾られて数万円なんてザラ。
それがここ1・2年堰を切ったようにたくさん出回るようになった。
4枚組、6枚組、10枚組、13枚組などなど。ハンパない。
(最近、2枚組×10巻セットなんてのも出て来てもうキリがなくなってきた)
売ってるときに買っとかないと数年後後悔するかもしれないと思って
見つけるとホイホイ買ってしまう。
主に「Phoenix」という海外のレーベルと「ignuitas」という国内のレーベルから
それまで幻だったのがウソのように、再発されている。
しかし昔出たのがそのまま、ではなくて
あんまりよく分からない事情で並べ替えられている。
例えば、amazonのユーザーレビューを参考にすると
『Heavier Than a Death in the Family』というアルバムは
正規盤3枚のうちのひとつ『'77 LIVE 』から1曲差し替えたものらしい。
なんでそんなことをするんだろう??
(それにしても、重複した音源を知らないうちに買ってそうだなあ…)
せっかくだからってんで最近家で聞くんだけど、正直どれも同じに聞こえる。
3曲ぐらいのバリエーションを延々リピートしてるような。
ものすごく単調なリズムを繰り返すギターとドラムに合わせて、
轟音のギターだけが毎回毎回新しいフィードバックノイズの文法を吐き出す。
聞いてるとそのうちに何もかもがどうでもよくなってしまう。やばい。
甘くてとろけるようなものすら感じるようになる。
錯覚。幻影。倒錯。特にそれを、頭の中で再現したとき。
想像の中で聞くのが一番いいのか。
(たぶんそうだ)
などと書いているうちにJOJO広重の日記を見て、あれこれ考えてしまった。
http://goo.gl/rG92F ←本音で語られた、素晴らしい日記でした。
やはりこれらのブートレッグを買い続けるのは無間地獄であって、
僕なんかはいいカモだったのだ。
(商売になる限り、『'77 LIVE』とか公式アルバムは絶対再発しないんだろうね)
それにしても、海外の業者がブートレッグをつくって
日本に逆輸出するのって、なんだか不気味。
演奏した当人にはお金が入ってくることはなさそうな…
(伝説って何なんでしょうね?)
[4143] 4/9-4/15 2012-04-16 (Mon)4/9(月)
昼、大戸屋で焼き鯖定食。
夜、納豆・キムチ・わかめスープ。
先週からの障害対応が大体のところ片付く。
それでも気分が晴れない。イライラしているかふさぎ込んでいる。
PJの飲み会があったけど、先週飲み過ぎて金も無いということで帰ってくる。
あらためてチーム編成が発表になって(変わりなし)、
師範としてあれこれ準備作業もあったし。その作業で夜つぶれる。
オウィディウス『変身物語』ようやく読み終える。
ギリシャ・ローマ神話集。神も人も妖精も皆、因果に基づいて鳥や獣に変身する。
最後、ピタゴラスの口を借りて万物流転が語られる。
フローベール『ブヴァールとペキュシェ』を思い出す。
世界と歴史を語るとはこういうことか。
午前1時に眠る。
先週からズボンズの新録ベストをずっと聞いている。
「Highway a go go」最高。
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4/10(火)
昼、大戸屋でチキン母さん煮定食。
夜、納豆・キムチ・わかめスープ。
先週着手できなかった結合テストのシナリオ作りなど。
なんだか疲れきっている。定時で帰ってくる。
公私共にあれこれ行き詰っている。
チームの師範代が開講前なのにここ数日音信不通。
忙しい時期だとは聞いていたが。
何が起きたのか。不安になる。至急連絡を、とメールする。
僕が替わりに師範代となる局面もあるか…
何も手につかない。古い新聞を読んだり。片付けものをする。
今期用のシグネチャをつくる。
午前0時に布団に入るが、眠れない。
何度も目を覚ます。メールは届かず。
『変身物語』からのギリシャ・ローマ神話つながりで
アーシュラ・K・ル=グィン『ラウィーニア』を読み始める。
---
4/11(水)
明け方雨が降り出して目を覚ます。また、眠る。
朝起きたらメールが届いていた。ホッとする。
昼、忙しくて中華弁当。鶏肉の味噌炒めとチャーハン。
行き詰まった気持ちは晴れず。午前中の打ち合わせにて
「どうでもいい」とか「しんどい」とか投げやりな発言を繰り返す。
夜、帰ってきてまたこの日も納豆・キムチ・わかめスープ。酒は我慢。
雨が降る。
チームの師範代にアドバイスを送り、チーム名を考える。
午前1時に眠る。
---
4/12(木)
最近暖かい。20℃前後。すっかり春。
桜も散っている。
しかし眠い。疲れている。気分が暗い。
昼、もりちゃんにてまかないっぽいカレーとモツ煮。
夜、またしても納豆・キムチ・わかめスープ。酒は我慢。
4日続いた。
師範代の開講準備のチェック。
今日は早く寝ようと午前0時過ぎに眠る。
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4/13(金)
昼、「味噌や」にて味噌カレーラーメン、チェーシュー、コーン、玉子。
夜、何も食べず。酒も我慢。
帰るタイミングを逃したら、そのまま21時頃まであれこれと仕事。
しかし結構片付いた。
帰って来て雨。『ラウィーニア』の続きを呼んで眠る。
午前0時過ぎ。
それにしてもしんどい一週間だった。
帰って来て、西友。今日は飲むぞ!やけ食いだ!と思って
3割引の惣菜をたくさん買いこんで店を出たら、
それで満足して食欲がなくなった。
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4/14(土)
9時半に起きる。
外は終日雨。iPhoneを手元に置きつつ、寝床で本を読んで過ごす。
『ラウィーニア』を読み終える。
昨晩西友で買った3割引のエビチリと白身魚フライ、レタスと大根のサラダで昼メシ。
『復活の日』を観る。その後、新聞をまとめて。
Kate Bush「Director's Cut」を聴きながら。
『猿の惑星ジェネシス』と職場で借りた『岡村靖幸 ライブエチケット』
僕が見に行ったときのではなく、追加公演の渋谷AX
ピアノ弾き語りコーナーはやっぱ入ってないんですね。
夜は3割引惣菜の続きでホッピー。
天心セット、枝豆と鶏肉の天ぷら、ピリ辛イカフライ。
CDの解説など呼んで過ごす。
iPhoneの曲を入れ替える。
ブラジル系(JOYCE と Caetano Veloso)
デヴィッド・バーン系(ソロと「The Bush of Ghosts」)
ヘヴィ系(Helmet と The Melvins)
午前1時に眠る。
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4/15(日)
雨は上ったものの、いっきに葉桜。
午前6時に起きて開講準備のチェック。二度寝。
起きたら11時…
洗濯、クリーニング屋。
代々木公園の花見へ。
今年はちゃんとして記憶をなくさず、2軒目へ。
新宿のタワレコで fun. のCDを買う。1000円だった。
丸の内線に乗る。座れたらその瞬間記憶をなくして…、なぜか四ツ谷。
乗り換えて帰ってくる。
午前0時過ぎに眠る。
[4142] 代々木公園で花見 2012-04-15 (Sun)今日は編集学校関係の花見。
昨年、飲み過ぎて、吐いて噴水するは記憶を無くして消えるは
若さ(?)ゆえの暴れん坊将軍だったんだけど、
それでもまた今年も呼ばれたのでありがたくお誘いに乗っかる。
僕は正月に買った田酒を持っていく。
昨年に引き続き、代々木公園。
昨日の雨で葉桜かなあと思っていたらやっぱそうだった。
それでも代々木公園は原宿駅から混んでいた。
今年最後の花見シーズンを惜しむというか。
公園の入り口では革ジャン、リーゼント、サングラスのロカビリーな人たちが
ラジカセで爆音を響かせながらツイストを踊っていた。
観察すると、黒の革ジャンと青のGジャンと2つのグループがあって、
それぞれ別ものらしかった。
朝から何も食べていなかったので、ジャンボフランクを買う。
取り決めで決まっているようで同じサイズ、同じ値段で400円。
去年と同じ場所にビニールシートを取っていると言われて行ってみる。
しばらく迷ったけど、見つける。
周りは若者たちばかり。合コンというか。
山手線ゲームを久しぶりに聞いた。
代々木公園としては昨年の方が賑わっていたように思う。
自粛モードの中、昼間に花見ができる公園として。
仮設も含めて、トイレは長蛇の列。
とある場所に立ちションの聖地のようなところがあって、皆そこでする。
僕もそこでする。去年もそこでした。
今年は記憶をなくすことはなかったが、
二軒目に入ってそこでもちゃんとしてて
新宿でタワレコに寄ってCDを普通に買って、
気が緩んだのか丸の内線に乗って気がついたら四ツ谷。
荻窪行きに乗ったはずが思いっきり反対方向。
うーん、そのまま乗ってきてしまったんだろうな。
赤坂見附で乗り換えて帰ってきた。
そんなこんなで花見シーズン、終了。
代々木公園のゴミ捨て場。
ボランティアなのか黙々とゴミを分別していたおっちゃんの姿が忘れられない。
[4141] 『変身物語』『ラウィーニア』『復活の日』 2012-04-14 (Sat)昨日の夜から雨。今日も一日降り続けている。
午前中は布団の中でアーシュラ・K・ル=グィン『ラウィーニア』を読み終える。
先週までオウィディウスによるギリシャ・ローマ神話集『変身物語』を読んでいた。
たまたま人に勧められて『ラウィーニア』を読み始めたんだけど、
これはウェルギリウスの叙事詩「アエネーイス」の”翻案”となっている。
(紀元前1世紀の終わり頃に書かれた作品が21世紀に生まれ変わる)
オウィディウスは同時代のウェルギリウスをライバル視していて、
同じテーマで書いた長編詩が『変身物語』となる。そういうつながり。
その終わりのほう、トロイア戦争を終えたアイネイアスが
トロイアから海を渡り、古代ローマのラティニアにたどり着いた場面では
確かにラウィーニアがたった一言触れられていた。
父王ラティヌスも求婚者トゥルヌスも登場した。
ギリシァ・ローマ神話という長大な物語と、そのほんの一部分のクローズアップ。
同じ流れにあっても、視点ひとつでここまで変わるものなのか。
つながりが感じられたとき、本を読むという行為はとても面白くなる。
(ちなみに、ウェルギリウスはダンテ『神曲』に導き手として登場しますね)
今日はその後、昼に『復活の日』を観ていた。1980年の作品。
未知のウィルスで人類は死滅、かろうじて各国の南極越冬隊員が生き残るという。
小松左京原作、なんと深作欣二が監督だった。
ジャニス・イアンが主題歌を歌って、
マイルス・デイヴィスのプロデューサーだったテオ・マセロが作曲。
出て来る俳優の半分以上が外国人(アメリカ人?)
主人公:草刈正雄が日本に残してきた恋人が最初の30分ぐらいで亡くなって、
以後日本人女優の登場無し。主人公とのロマンスは外国人女性と。
いいのか、日本映画?
南極やマチュピチュでも撮影して、ムダに豪華。
迷ったら豪華な方にしておけ、とでもいうような。
ヒットしても制作費が追いつかなかったのだとか。
以後、角川映画が大作路線をやめてアイドル路線に向かう転換期となった。
ローマ帝国建国の礎というひとつの歴史の始まりから、
2000年後、暴走するバイオテクノロジーによる世界の終わりへとつながっていく。
ここに一本見えてくる西欧文明の流れが感慨深い。
だから本を読むことも映画を見ることも止められない。
そういえば『復活の日』は原作も読んだことあるけど、
後半の出来事の扱いが全然違ったような印象がある。
映画はその辺り、大味ですね。
[4140] in case of fire 2012-04-13 (Fri)君の家が火事だ、町中にサイレンが聞こえた
君のいない間に、みんなで取り囲んで眺めた
春、水曜の朝、この町では他に何があるということもなく
僕らはポツリポツリと離れて立って
燃え尽きるのを、何かが新しく始まって終わるのを、
消防車が到着して、ホースを伸ばして、勢いよく水が注がれて
炎が小さくなって消えていくのを、
ポケットに両手を突っ込んで、背中を丸めて
煙たい空気を吸いこんで、咳き込みながら、
ある晴れた日にどことなく集まって焚き火に当たるように、眺めていた
やがてそのときが来て、僕らはそれぞれの家に帰っていく、帰っていった
そしていつも通りの午後を過ごした
君の家が火事だ、町中にサイレンが聞こえた
君の家が火事だ、町中にサイレンが聞こえた
君の家が火事だ、町中にサイレンが聞こえた
そこに君がいなくてよかった
君がそのことを知らなくてよかった
サイレンは遠くからでも聞こえた
他に何も聞こえなかった
静かに君の家が燃え尽きる音に耳を傾ける
そしてそれは何に似ているのだろうと思う
僕らは離れて立っていたから言葉を交わすことがない
もしかしたらそこに全然違うものを見ていたかもしれなかった
誰も君のことは知らなくて
僕ですら君のことは知らなくて
燃えている家がそこにあるだけ
ああ、もう少しで全てが燃え尽きてしまいそうだ
君の家が火事だ、町中にサイレンが聞こえた
君の家が火事だ、町中にサイレンが聞こえた
君の家が火事だ、町中にサイレンが聞こえた
[4139] Alter Ego 2012-04-12 (Thu)散った桜は、どこへ行くのか
風に吹かれてどこへ行くのか
逃げた魚は、どこへ行くのか
波に巻かれてどこへ行くのか
古びたぬいぐるみ
壊れきった遊具
置き忘れた教科書
放課後とか夕暮れとか
ひとりきり、おやすみ
またひとつ世界が消える
薄闇の中を、音もなく
僕を乗せた舟が進んでゆく
[4138] 物語論、続き 2012-04-11 (Wed)ここ数年グルグル回った結果、
小説を書く上で一番大事なものは結局のところメッセージではないか?
と思うようになった。
自分が書きたいことを書くのではなく、伝えるべきことを伝える。
書きたいから書くっていうのは
往々にして自分の趣味・興味を取り繕って終わってしまう。
この時代で共有すべきことを書く。
普遍性があるならば次の時代にもそれは残されていくだろう。
それだけのことだ。
いかにして人は生きるか? という大それたものでなくてもいい。
それを誰かに託したいのならば、個人的な切ない思いでもいい。
それが自分に向かって、自己完結していたらダメなのだ。
誰よりも自分を喜ばせるために書いたものが世の中で読まれるわけがない。
そのとき、私小説とは?
それはとことん自分を向いてどこまでも掘り下げていった果てに
ラインを超えて普遍性を獲得したものなのだ。
歌だってそうだ。絵だってそうだろう。
開かれたものであること。
なんで僕はこんな簡単なことに今まで気付かなかったのか。
僕が書くのではない。
私という存在がそこに媒介して、言葉を選ぶだけなのだ。
[4137] 4/2-4/8 2012-04-10 (Tue)4/2(月)
年度初め。協力会社の方たちは年度初めで自社に戻るということで
仕事部屋に人が少ない。淡々と過ごして定時で帰る。
昼、大戸屋でチキンかあさん煮とサラダ。
夜、納豆ゴハンにキムチ。
今日は割と健康的だ。
指南シミュレーション最終日。
酒は飲まず、午前1時に眠る。
---
4/3(火)
先月から起きていたよく分からない事象。
調べようにもネタがないのでログ出力を入れてみたら
「あ、もしかして」「これは障害ではないか」
一時報告してさて、どうしたもんかと次の一手に困っているうちに
例の低気圧接近により15時に帰宅。
昼、引き続き大戸屋にて鶏黒酢あん定食、ミニサラダ。
夜は暴風雨の中、同じく納豆ゴハンにキムチ。
早く帰ってきた分、TSUTAYA DISCASから届いた『カミーユ・クローデル』を観る。
午前0時半に眠る。
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4/4(水)
低気圧も過ぎて、晴れ。
昼、もりちゃんにてもつ煮定食。
必要最小限の仕事を片付けて、その後ずっと昨日発覚の障害の調査。
進んでんだか、遠ざかってんだか。
3年前からの潜在的なもの。諸事情により今頃表面化。
自分が仕込んだもんじゃないのになあと心の中で悪態をつきながら、嫌々取り組む。
ま、障害対応が嬉しくて仕方がないという人は普通いない。
夜、それら全てうっちゃって、PJの花見。いいのかな。ま、いいか。おおらかに。
靖国神社、千鳥ヶ淵、巨牛荘。
コート無しで寒い。23時過ぎに出て、アイスを頬張っていたら体が冷えまくる。
半蔵門の駅も遠く、それぐらいならと東京駅へ。
北の丸公園の道路を走る。
終電で帰ってくる。寝たのは午前1時過ぎ。
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4/5(木)
昼、例の中華弁当。エビチリ。
本格的に障害対応。改修の指示。午後ずっと影響調査。
件数が少なかったのでEXCELで一件一件データの突合せを行なう。
ようやく件数や個々の状況が見えてきたところで20時過ぎ。帰ることにする。
夜、中野へ。離でお世話になった方たちとの飲み会。楽しく過ごす。
こういう懐かしい会合はお互い、元気が出ますね。
店は「熟成肉と旨安ワインのビストロ&ワイン酒場 ツイテル」
http://r.tabelog.com/tokyo/A1319/A131902/13132600/
「熟成牛の炭火焼きステーキ」「熟成やまと豚の炭焼きステーキ」
「大山鶏丸ごと1羽のロティサリーチキン」など。
昨日の巨牛荘に引き続き、肉尽くし。
2軒目は地鶏の店。午前0時半まで飲んでて、かろうじて中央線で帰ってくる。
午前1時半に眠る。
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4/6(金)
昼は中華弁当。酢豚。
午後、障害報告。お客さんの関係各部門の担当者が出席。ざわつく。
僕が思っていたよりも事態は重いようだ…
週明けのリリースまで該当箇所のサービスは閉じることになる。
昨月からずっと不正な状態は続いていて、件数は増え続けていたのだが。
夜、20時を過ぎてオフィスを出る。
この日は教室の方たちと千鳥ヶ淵で花見。三晩連続はさすがに体にこたえる。
もっと早く集まれるはずが、僕が遅くて20時半頃合流。FM東京の前。
千鳥ヶ淵公園はビニールシートを引いた花見客でいっぱい。
本格的に自前の屋台を出している大人数の集団もいた。
あれは学生サークル連合みたいなものだったのか。
会社員と思われる集まりも横長の看板をつくっていたり。気合が違う。
一瞬みぞれが降り出す。
千鳥ヶ淵は水曜の倍以上は増えていた。警備員が「立ち止まらないでください!」と。
靖国神社も覗く。たこ焼きを買って食べる。
東京駅に出て、イーヨ!!へ。
「四国味遍路 88屋 丸の内店」http://r.gnavi.co.jp/gb46004/
讃岐もんじゃ、沢庵のキンピラ、藁焼きなど。うまかった。どんぶり焼酎がいい。
今月末の逗子ツアーの日程と内容を調整する。
丸の内線の終電で帰って来て、寝たのは午前2時。
チーム師範代とのやりとり。
---
4/7(土)
10時半に起きて、『少年と自転車』、「本屋本談」、The Sea and Cake と
アクティブな1日を過ごす。
帰りは六本木だったので「鉄ガマ」へ。辛いスープ、替玉。
帰って来て、amazonでオーダーした The Waterboys の2枚組が届いていた。
「the live adventures of」(1986年)
珍しいのを、中古を海外から取り寄せ。
CD-Rが入っていて、バックアップもお付けします、
職場やドライブでご利用くださいと。気が効いてるというかなんつうか。
聞いてたら The Waterboys が Prince の「Purple Rain」をカバーしていた。
しかも何の衒いもなく、そのまま。後半のえぐく叫ぶくだりも。
一見無茶苦茶な組み合わせなのに聞いてて違和感がないのは
The Waterboys と「Purple Rain」両方の懐の深さ、その凸凹具合の妙か。
Bruce Springsteen の「Because the Night」も出てきた。
国立新美術館の「アーティスト・ファイル」今年はないのか。
そういえば109の前に来たら広場にピンク色の大きな立方体が置かれていて、
イヤホンを刺す穴がたくさん空けられていた。
Perfumeの新しいシングルのプロモーションのようだ。
ファンと思われる男性たちや通りすがりの人たちがイヤホンを刺して耳を傾けていた。
---
4/8(日)
この日も10時半起き。もうやんカレーへ。
帰って来て、洗濯とクリーニング屋。師範代にアドバイスひとつ。
天気がよかったので午後は散歩。善福寺川緑地へ。
帰って来て、女優と豆腐の組み合わせについて意見を求めるメールが
届いていたので、調べて感想を述べるメールを送った。
浅川マキのベスト2枚組を聞く。
スティーヴン・ソダーバーグ監督の新作『コンティジョン』を観る。
パンデミックもの。内容は面白いし、豪華キャストでもあるんだけど、
映画としては相変わらずのソダーバーグ調。シャープで薄い。
群像劇ということで『トラフィック』を思い出して切ない気持ちになる。
ソダーバーグはどこへ行った?
ホッピーを飲む。
午前1時に眠る。
[4136] 善福寺川緑地、和田掘公園 2012-04-09 (Mon)昨日の午後。予定無し。雲ひとつない快晴。
部屋に閉じこもってるのもなんだと
iPhone のアルバムを何枚か入れ替えて、散歩。
ズボンズの「Nightfriend of Zoobombs」と
Tortoise「Standards」に
The Charlatans「You Cross My Path」
「You Cross My Path」は震災の日、
倒れたCDラックから飛び出たCDたちの中にあって
唯一長いこと見つけられなかったもの。
ケースの半分、ジャケットの方だけがあの日床に転がっていて、
CDの方が長いこと行方不明。ありとあらゆる隙間を見ても見つからず。
今日ふと聞きたくなって、iTunesからダウンロード。
その他に The Charlatans 何持ってただろうか?
とCDラックの上に無造作に積み上げたままになっていた、
収まりきらなかったCDたちの山の中を探していたら、
今日になってなぜかいきなり見つかった。
これまで何度も探したはずなのに…? 不思議。
その頃、ダウンロード完了。うーん、もったいないことをした。
その The Charlatans はソウルフルなのにキラキラしててすこぶるかっこよく、
ズボンズもギターとドラムが爆音で駆け抜けつつルーズでファンキー。
00年代過小評価されていた2組を重ねて聞いたことになる。
環八を五日市街道まで歩いていって、東へ。
善福寺川緑地は大勢の花見客で賑わっていた。
荻窪に十数年住んでいて初めて来た。
善福寺川沿いに遊歩道が続いていて、それが桜並木となっている。
途中コンビ二で買った缶ビールを飲みながら歩く。
バドワイザーとスーパードライの黒。
ビニールシートを引いて家族連れ、友人たち。
カセットコンロに鉄板や鍋といった本格的な人たちがいる。
桜はまだ散り始めてなくて、昨日今日が絶好の花見日和だったか。
(そう言えば僕も今書いていて気付いたのですが、
善福寺川緑地と善福寺公園は違うんですね)
川沿いにどこまでも歩いていく。片道1時間ぐらいか。
途中で和田掘公園に変わる。ますます賑わう花見客たち。
温かな日差し、ビニールシートに寝転がって昼寝している人たちを多く見かける。
あれは気持ちよさそうだ。歩き続ける。桜がポツリポツリと連なる。
この界隈は子供たちがボールで遊べる広場や
ベンチのあるちょっとした空間があちこちにあって
住むにはとてもいいかもしれない。
遊歩道の終わりの方まで来て引き返す。川の反対側を歩く。
いつのまにか夕暮れ。あちこちで帰り支度。
荻窪に帰ってきた頃、暗くなる。
音楽を聞きながら取りとめもなくあれこれと考えごとを。
有意義な一日だった。
Facebookに撮った写真を上げたところ、ここで一句とリクエストが。
「春昼寝 子らが突き出す あんず飴」
[4135] 「本屋本談」 2012-04-08 (Sun)昨日の続き。渋谷での『少年と自転車』と
六本木での The Sea and Cake の来日公演の間に挟まった。
丸の内 OAZO の松丸本舗でのイベント「本屋本談 vol.9」について。
『少年と自転車』を見終わって銀座線に乗って、丸の内線に乗りかえて、東京駅へ。
15時開始でギリギリ間に合う。しかし、満席で立ち見。
松岡校長はゆっくり登場してしばらく待たせるかな、と思いきや時間通りに。
既に始まっていた。
今回のテーマは春。
書棚で見かける、手に取ってみる、目次を読む。
本を読むというときには記憶と連想とが関わっている。
個々人とその本が秘めているものと。
それがどのように絡み合っていくか、文脈を形成しつつどのように流れていくか。
読み進める内にそこには方向性のようなものが生まれてくる。
日本人にとってそのひとつは花。
そんな話から始まって、
西行の花鳥風月を惜しむ心、萩原朔太郎が青猫に託したもの、
岡潔が春の泥をこの国の数学にしたいという痛切な思い、
そして泉鏡花の「これでだめなら、日本は闇よ」へ。
最初のうち僕は立って聞いてたけど、
途中から校長の声を聞きつつ本棚の本を眺めていた。
知ってる方たちと出会う度に小声で挨拶する。
この日勢ぞろいしたBSE(ブックショップエディター)の方たちは
すれ違う度にこの本どう? あの本どう? とあれこれ見つけて差し出してくる。
桜にちなんだ本だったり、最近の優れた物語であったり。
(「オカムラ君もノーベル文学賞を目指しなさい」)
結局7冊買った。
*アーシュラ・K・ル=グィン『ラウィーニア』
*J・M・クッツェー『遅い男』
*金井恵美子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』
*『バカボンのパパと読む「老子」』
*(ちくま文学の森 5)『思いがけない話』
*白洲正子『能の物語』
*ヨッヘン・シュミット『ピナ・バウシュ 怖がらずに踊ってごらん』
最後のはピナ・バウシュの評伝。これは僕が見つけて買いたくなったもの。
フィルムアート社から出ている。
あと、『NARASIA Q』という雑誌の創刊号をもらった。
特集は「ポスト 3.11 ナラジア鳴動」
寄稿者は大澤真幸、中島岳志、王敏など。豪華。
杉浦康平もデザインの話をしている。
これは松丸本舗など限られた箇所での配布となるようだ。
発行は奈良県。
30分の休憩を挟んだ後、「読書人生相談」を受けてみる。
6人のBSEが30分ずつ場を受け持つことになっていて、
僕は次の予定もあり最初の方のセクションに参加。
事前に本にまつわることで「松岡正剛に質問してみたいこと」
というアンケートに記入しておいて、
それを元に松岡校長を囲んで質問に答えてもらうというもの。
そうは言っても今更何を聞こう? って感じで何も思い浮かばず。
(何人か学校関係で知ってる方が、同じ理由で参加をパスしていた)
苦し紛れに僕がした質問は
Q「本は買って持ってる方がいいのか? 図書館で借りるのはどうなのか?」
A「服を着替えるように本も気分や状況に応じて着替えたほうがいい。
だから手持ちのレパートリーを増やすためにも
本は買って持ってて、すぐに取り出せる方がいい。
他の方の質問をかいつまむと
Q「今まで小説ばかり読んで来たのだが、哲学に挑戦してみたい。
しかし、難しいという苦手意識がある。どこから読んでみればよいか?」
A(その方の好きな小説家が遠藤周作だと踏まえて)
「例えば、安土桃山時代に目を向けてみる。その歴史に関する本を読んで、
ルイス・フロイスの日本に関する報告書を読む。
その周辺を取っ掛かりにしてみるとよいでしょう。領域を広げていく。
難しいとはかっこいいものです。
それを自転車のギアのようにツールとして使いこなすといい」
Q「将来編集の仕事に就きたいのですが、どういう本を読めばいいでしょうか?」
A「ジャーナリストがジャーナリズムについて書いた本はたいしたものがない。
他人にインタビューすることは得意でも、自己インタビューは苦手だから。
最近のだと、震災時に新聞社が取った行動を描いた『河北新報のいちばん長い日』
そして、本を出すということがどういうことなのかについて一番面白いのは
シルビア・ビーチの『シェイクスピア・アンド・カンパニー書店』」
Q「私は今、23歳なのですが、その頃読んで感銘を受けた3冊を教えてください」
A「大学をやめて働き出した頃ですね。
鈴木大拙の『禅と日本文化』とジョージ・ガモフの『不思議の国のトムキンス』
そして与謝野晶子の『乱れ髪』与謝野晶子は日本のすごい女性のベスト5に入る。
ガモフは、読んでいなかったら今の私はいなかったでしょう」
このあとBSEの方に案内されて松丸本舗ツアーとなるんだけど、
僕は The Sea And Cake を観るためにそこで店を出た。
校長の「読書人生相談」は19時過ぎまで続いたようだ。
[4134] 『少年と自転車』/The Sea and Cake 2012-04-07 (Sat)今日は渋谷 Bunkamura でダルデンヌ兄弟の新作『少年と自転車』
丸の内 OAZO の松丸本舗にてイベント「本屋本談」
六本木ミッドタウンの Billboard Live Tokyo にて The Sea and Cake の来日公演。
アクティヴな一日だった。
朝10時過ぎまで寝てて、11時に外に出る。渋谷へ。
いつもなんでなのかよく分からないけど若者たちが大勢いる。
待ち合わせして、交差点を渡ったり。
109の前に来たら広場にピンク色の大きな立方体が置かれていて、
イヤホンを差す穴がたくさん空けられている。
Perfumeの新しいシングルのプロモーションのようだ。
ファンと思われる男性たちや通りすがりの人たちが
イヤホンを刺して耳を傾けていた。
Bunkamura ル・シネマ。
昼を食べる時間がなさそうでサンドイッチとペリエ。
ダルデンヌ兄弟、3年ぶりの新作はカンヌでグランプリか。相変わらずの質の高さ。
http://www.bitters.co.jp/jitensha/
孤児院に馴染めない少年が抜け出して
自分を捨てた父親と父親が捨てた自転車を探そうとする。
外の世界でたまたま出会った美容師の女性が週末だけの里親になってくれる。
自転車が見つかる。しかし、ようやく会えた父親からはすげなく拒否された。
少年の中にやむになまれぬ引き裂かれた衝動が生まれる。
女性はできる限り手助けしようとするが、少年は家を飛び出し、
自分を認めてくれた不良少年の元へ…
やはり今回もぐうの音も出ない。
ダルデンヌ兄弟の映画ってやっぱ、カット編集術のお手本みたいだな。
「どうして?」があるから、次のカットへとつながっていく。
その「どうして?」自体は描かない方がいい。
見終わって銀座線に乗って、丸の内線に乗りかえて、東京駅へ。
松丸本舗での「本屋本談」に顔を出す。
(これは長くなりそうなので、明日改めて)
これが終わって、急いで六本木へ。
山手線で有楽町、日比谷線に乗りかえる。ミッドタウンへ。
Billboard Live Tokyo は2回目か。
(最初は Juana Molina の神がかり的な演奏だった)
一番安い三階席から見下ろす。
ステージの背後がガラス張りになっていて、公園の桜が見える。
開演前。Jim O'rourke 『Eureka』の曲が流れている。
ワンドリンクチケットでラム・コーク、追加で焼酎をロックで。
サラミやハムといった軽食付きのチケットにして、お酒を飲みながらゆっくりと観る。
18時になってステージ裏のガラスに真っ黒のカーテンが掛けられる。
4人のメンバーが登場する。ギター2本とベース、ドラムだけ。
パンクでもブルースでもメタルでもない。
シカゴの音響系ポストロックを経由した、シンプルな歌ものギターコンボ。
メンバー3人ともが画家や漫画家としての顔を持ち、
今回の来日に合わせて渋谷のパルコでは展示も行なわれていたようだ。
http://www.logos-book.com/news/#num2457
装飾音に彩られたアルバムとは違って、全て削ぎ落とした演奏。
最新作からの曲が多かったのかな。いろんな時代を満遍なくだったように思う。
1stアルバムから「Jacking the Ball」を。これは嬉しかった。
一晩に2回演奏する Billboard Live Tokyo だからか、
一時間ちょっとであっさり終わってしまった。
席に座って、酒も入って、僕は心地よく眠りに誘われながら見てた。
やっぱジョン・マッケンタイアがかっこよかったですね。
音響系というひとつのムーヴメントを生み出し、そのアイコンとなった。
(本当はメインのバンド、Tortoiseとして観たかったな…)
クールな佇まいで、ハードコアを経て両腕に刺青がびっしりという出自が
どこか垣間見えるようなドラミング。
ミッドタウンを出たのは19時半。
ラーメンを食べて帰ってくる。
[4133] エチュードNo.3 2012-04-06 (Fri)「春だニャー。桜が咲いてるニャー。きれいだニャー」
「おまえさ、猫同士の会話だからいちいちニャーつけなくていいよ」
「あ、そう。…それにしてもごはんはまだかなぁ」
「仮にも野良猫だからな。
家系じゃないんだから人間がくれるのをあてにしてちゃいかんだろ」
「そう言いつつもお互い軒先でかれこれ1時間以上?」
「もう昼過ぎ。おかしい。いるはずなのにな。テレビの音が中から聞こえてくる」
「この前もらった魚肉ソーセージを細かく刻んで鰹節をふりかけたの、おいしかった」
「だよな。うちらもう飽きられたのか?」
「精一杯なついて、かわいがられたのに。抱き上げて頭をなでてくれたのに。
あの日のことを思い出すと思わずうっとりする。あーあ」
「あら、来てたの?」
「ニャー!」
「ニャーニャー!!」
「待ってて。食べるもの持ってくるから」
「ニャーニャー!」
「ニャー!!」
「ふー」
「なんだよ、おまえニャーって」
「自分でも言ってたじゃないですか」
「忘れられてなくてよかった」
「俺、目が合った。ニコッと笑ってくれた」
「いいなあ。…僕、もうずっとここにいることにします」
「おいおい。半野良か? それはそれでつまらないぞ。俺も若い頃はそうだった。
憧れて、宿主を見つけて、しばらくは世話になった」
「…で?」
「ある日突然その軒先を出た。理由なんてない。猫だからな。
嵐の次の日の、よく晴れた、青空の広がった朝だった」
「そして今に至る」
「そう、今に至る。…あばよ、俺は行くことにした。そうだ。今、決めた」
「どこへ?」
「知らねえな。足の向くまま、気の向くまま。いつかまた会おう」
「…」
「あら、一匹いなくなったのね」
「ニャー」
「ごはんあげる」
「ニャー」
「おいで」
「ニャー」
[4132] 靖国神社、千鳥ヶ淵、巨牛荘 2012-04-05 (Thu)昨晩はPJの花見。
数年前は行ったけど、昨年はさすがに自粛。今年再開。
まずは靖国神社へ。
「夜桜能」なるものが開催されていて、狂言では野村萬斎が出演していたようだ。
http://www.yasukuni.or.jp/news_detail.php?article_id=0071
屋台を巡って、焼き鳥・おでんの店のテーブルを借りて、軽く飲んだ。
僕は熱燗とおでん。
ライトアップは従来と比べて控えめだったように思う。
出店の数も少ない。ビニールシートを広げる客も少ない。
びっしりと埋め尽くして動けないぐらいだったのに。
テーブルであれビニールシートであれ、昼間のうちに予約なり確保していないと
無理だったのが今年はまだ全然空いている。
桜がまだ満開ではないからかな。それとも嵐の翌日だったから?
金曜の夜ともなると賑わうか。
そういえば先週金曜の昼に訪れたときに並んでいた
東北・北陸からの特産物即売の人たちが既に引き上げていた。
テントだけが残ってそこのところがガラーンと空きになっているのを見たとき、
「さくらまつり」のなかった昨年訪れて、閑散としていた光景を思い出した。
千鳥ヶ淵へ。こちらもそれほど混んでいなかった。意外。
数年前訪れたときは入場待ちの列に並んで、
警備員からは何度も「立ち止まらないでください!」と注意喚起されたものなのに。
昨年はライトアップなし、今年は復活したものの弱めのLEDだけ。
以前のような色鮮やかさはなく、物足りなかった。
桜はピンクよりも白の方がいい。
出口にある、三番町の「巨牛荘」へ。
久しぶりだな。石原本店に入ったのはいつだろう? ずっと昔のように思う。
http://www.wdi.co.jp/ja/re-kyogyuso.html
こちらは店がきれいですね。
本店は小汚い居酒屋のようでしたが。
店長と思われるおっさんが店に篭る煙を外に出そうと
入り口に立ってしきりにドアを開け閉めしていたのを思い出す。
5,000円の飲み放題のコース。
牛タン、豚カルビ、鶏もも、ホルモン、ハラミ。
もちろん名物のプルコギとうどん。
ケジャンを追加して、蟹の身に吸い付いてこの頃から人間じゃなくなってた。
プルコギの残り汁にケジャンの汁を足して作った焼きうどんはやはり最高…
帰りは半蔵門の駅からも遠く。
北の丸公園を横切って東京駅から。終電の一つ前。
[4131] 『カミーユ・クローデル』 2012-04-04 (Wed)昨晩は早く帰ってきた分、Tsutaya Discasから届いた映画を観ていた。
『カミーユ・クローデル』
19世紀末から20世紀初頭にかけて実在した、フランスの女性彫刻家の生涯を描く。
あまりの才能ゆえにオーギュスト・ロダンの弟子となり、やがて愛人となるものの。
三角関係の果てに捨てられ精神を病み、生み出した作品を自ら破壊する。
そして…
最後、ぞっとした。
イザベル・アジャーニが一世一代の名演技を披露。
若々しい無垢な愛から狂気の愛までをイッキに演じきる。
人々から理解されない孤独な女性の人生、という点では
メリル・ストリープの代表作『ソフィーの選択』を思い出した。
よく似ている。
弟の外交官にして詩人、ポール・クローデルが狂言回し的存在となる。
どこかで聞いたことあるなあと思いながら見てて、
後で調べてみたところ特に接点はなし。僕は誰かと勘違いしているようだ。
学生時代にロマン・ロランやステファヌ・マラルメと、
後にヴァーツラフ・ニジンスキーやアンドレ・ジッドと親交を結んでいる。
外交官時代には日本にも駐在している。
1921年(大正10)から1927年(昭和2)まで。
『孤独な帝国 日本の一九二〇年代』という本を著している。
Wikipediaには「渋沢栄一と協力して日仏会館を発足させた」とあった。
伝記的要素で補足するとこのカミーユ・クローデル、
ロダンとの蜜月の間に『カレーの市民』の製作を手伝い、
絶縁した後はクロード・ドビュッシーと交際していた。
それがうまくいかずに、ロダンの元へ戻ろうとしてまた破局を迎える。
そしてロダンに対して被害妄想を抱くようになる。
むしろロダンとしては援助したかったようだ。
カミーユ・クローデルの作品の写真がないか漁ってみると、ここが一番いいか。
「カミーユ・クローデルの作品にみる病理」
(ちゃんと読んでないけど、内容も興味深い)
http://www12.plala.or.jp/solaris_works/reports_007.html
映画の中に登場する彫刻の実物がいくつか。
最後、驚いたのが。
「ユマニテ」や「フランドル」のブリュノ・デュモン監督が
ジュリエット・ビノシュを主演にカミーユ・クローデルの映画を撮るらしい。
http://eiga.com/news/20111128/6/
すごい組み合わせ。
[4130] 強風世界 2012-04-03 (Tue)西日本から北日本にかけて暴風雨。超大型の台風に匹敵するという。
早めに帰って来て、今、家の中で一息ついている。
外からはものすごい音がする。断続的に横殴りの雨。
こんなときに風雨をしのげる自分一人の部屋を持っているのだから
僕は幸福なのだと思う。
15時に神保町の常駐先を出て、どうしようかと一瞬迷う。
新宿線に乗って新宿三丁目で丸の内線に乗るのが
駅も近いし乗ってる時間も短い。
しかし、傘を片手に立錐の余地もない車内の中で立ちっぱなしはきつい。
去年の台風で懲りた。
かといって東京駅まで歩いていくのも現実的ではない。
目の前を歩く人の傘が折れ曲がっている。
淡路町まで歩くことにした。傘が吹き飛ばされないように注意しながら。
駅に着く。続々と会社員たちが地下に吸い込まれていく。
丸の内線のホームへ。池袋行きが無茶苦茶込んでいる。もう?
反対側荻窪行きはまだそうでもなかった。ギリギリ座れた。
そこから先は読書の時間に当てる。
東京駅で割と減って、赤坂見附にてギュウギュウ詰め。
押し込めるだけ押し込んで目の前に立ってる人たちは身動きできなくなる。
座れてよかった…
この季節に台風ではない、異常に発達した低気圧というのが怖い。
いつもより寒い、いつもより暑い日が続くというと
「異常気象」の一言で片付けることもできる。
居座っているといつのまにか慣れていく。今年はそういうもんかと受け入れる。
強風というものは得たいが知れない。いつのまにか現れて、いつのまにか消えていく。
何事もなかったかのように、次の日がそれまでの世界に戻っていく。
しかし、その瞬間は世界の終わりを思う。
J・G・バラードの作品でも
『結晶世界』や『沈んだ世界』よりも『強風世界』の方がリアルに怖い。
イマジネーションの働く余地がない。
今日は帰宅難民も現れるのか。
東京都は一斉帰宅の抑制を要請したという。
[4129] 3/26-4/1 2012-04-02 (Mon)3/26(月)
暖かいんだか、寒いんだか。花粉が飛びまくってるという話を聞く。
オイディウス『変身物語』の下巻を読み始める。
そういえば昨日、アントニオ・タブッキが亡くなった。
昼、以前よく買ってた中華弁当のエビチリ。
夜、西友で3割引の餃子と天ぷら。
今週は新米師範代向けの指南シミュレーション。
いきなり師範の山場。この日はその準備開始。段取りのメールなどを送る。
いつ返信が帰ってくるか分からず。落ち着かない。
新聞を読んだり、ユニットバスの掃除をしたり。
結局何も届かず。酒を飲む気にもなれず。
午前1時に眠る。
---
3/27(火)
朝起きるとメールが届いていた。出社してさっそく返信する。
昼、後輩と新世界菜館へ。排骨乗せカレー。
夜、定時で上がって帰ってくる。麻婆豆腐を作って食べる。
毎月月末は仕事が片付いて暇になる。午後、眠くて仕方が無い。
指南シミュレーション1日目。
夜、遅くになって担当している2人から初めての指南が届く。コメントを返す。
その辺りのことをあれこれしているうちに夜も遅くなった。
午前1時過ぎに眠る。この日も酒は飲まず。
昼、外を歩いているとコートが不要なぐらいに暖かい。
桜を見ると蕾。
---
3/28(水)
昨日遅かったので眠くて仕方が無い。
毎朝聞いていたInterFMの「BARAKAN MORNING」が春の番組改正で終わりと知る。
残念だ。後続はもう1人のナビゲーター、柳井麻希単独の番組となるようだ。
昼、大戸屋で牛タン重的なものを。
午後、気がついたら光星学院の試合が終わっていて、勝った。ベスト8へ。
夕方オフィスのレイアウト変更で机を動かす。体を動かす。
夜、帰ってきて昨晩の麻婆豆腐。
指南シミュレーションのサポート。
合間に溜まってた新聞を読む。2010年なんてのが出てくる。
午前0時半には眠る。
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3/29(木)
なんかもう全然仕事する気になれず。
ノロノロダラダラと仕事をして定時が来るのを待つ。
今週が昼も夜も眠いのは春だからだな、ということにする。
神保町もりちゃんの隣の、昼は鉄板ハンバーグの店が
9周年記念ということで3日間限定で300円引き。
ベーコン、チーズ、目玉焼きをトッピングしても1,000円しない。
とてもお得だった。
ネギが1本余っていたので夜はホイコーローを作って食べる。CookDoので。
指南シミュレーションのフォローが続く。
今日はあっさりにしてみる。
午前0時半に眠る。
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3/30(金)
リリース翌日かつ月末の営業日でバタバタ。
そんな中、午後休。
靖国神社、千鳥ヶ縁、国立近代美術館でジャクソン・ポロック展と回って帰ってくる。
なごみの湯に入ったら露天風呂が工事中。
指南シミュレーション。またしても長文メールを送る。
夜、刺身など。焼酎お湯割り。今週は月から木まで飲まず。
『マネーボール』を観る。
「いい映画やなあ」なんて思いつつ普通に観ていたら、
不覚にも最後近くのビデオの、一塁の場面でダーッと泣いてしまった。
ブラピはかっこいいだけではなく、いい映画選ぶね。
午前1時に眠る。
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3/31(土)
9時起き。センバツの光星学院と愛工大名電の試合を見るつもりが、雨天順延。
自転車に乗って墓参りへ。風が強かった。
帰ってきて、昼過ぎ。高円寺のスタ丼へ。
午後は指南シミュレーションの続き。夜もまた整理。
夜、『瞳の奥の秘密』というアルゼンチンの映画を見た。
びびった。驚愕のセリフがあった。こういう話が書けるんだ。
西友で買った鮭ハラスとイカ、それぞれのネギ塩焼き。
あと電子レンジで温めるベーコンとチーズの入ったサラダ。
焼酎お湯割り。
午前1時に眠る。
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4/1(日)
今日も9時起き。指南シミュレーションでコメント。
光星学院と愛工大名電の試合。
この組み合わせ秋季大会の決勝戦の再現。このときは光星学院が勝って優勝。
1点先行していたのが追いつかれ、逆転され、
ピッチャーの調子もよく流れは愛工大名電かと思いきや、後半追いつく。
8回表のピンチをしのぐとその裏にランニングホームランで3点。突き放す。
これでベスト4へ。明日は準決勝。甲子園で観たいものだ。急には無理か…
ところで、愛工大名電のブラスバンドいいな。音の厚み、余韻がいい。
「Smoke on the Water」がここまで臨場感たっぷりに野球と合うとは。
缶ビール飲みながら観戦。
昼、高円寺の中本。味噌タンメン野菜大盛。
クリーニング屋へ。
この日はその後ずっと、指南シミュレーションのコメント作成。
夜、ひと段落するが、映画を観る気になれず。
ここ数日の新聞を読みながらのんびり過ごす。
ネタンダーズの塚本功のソロ『Live Alone』がすこぶるよかった。
国立のライブハウスでエレキギター弾き語り。子供たちの合いの手あり。
自作も歌うんだけど、「太陽がいっぱい」「アパッチ」「遥かなる影」
といったスタンダードの無骨な切なさがわしづかみにする。
目の前で聞いたら泣いたかも。
午前1時に眠る。
[4128] エイプリル・フール 2012-04-01 (Sun)エイプリル・フール。身の回りのを見てみる。
Googleはさすがに面白かった。
「モールス符号で思いどおりの日本語入力」
「ファミコン版 Google マップが登場」
http://www.youtube.com/watch?v=rznYifPHxDg
実際の地図は右上の「ぼうけん」ボタンから参照することができる。
よくここまでつくったな。
それが明日には消えるのか…
※連動してドラクエ・パラダイスでは
「このたび、竜王様が100年ごしの夢を実現し、全世界を旧アレフガルド色に冒す
世界征服が完了しましたことをお知らせいたします」と。
http://www.dragonquest.jp/news/detail/536/
Yahoo ! は「ついに解禁!? 史上初のネット直接選挙」と硬かった。
というかつまらなかった。
Twitterにてスヌーピーbotは今年はプリキュアとなり、去年はイカ娘だった。
WIRED.jpのこれは分かりにくかった。http://goo.gl/WtZpc
「男のおっぱいは進化中!? 「やがて授乳も夢じゃない」、
ポーランド人生物学者が明かす 」
Facebookでしか見れないけど、澤野工房のが最もグッと来た。
すぐにウソだと分かるのに、味わいがある。節度をわきまえている。
良い音で聞いてほしいためアナログへ、
4月1日からカセットテープでの販売に切り替えますと。
音質を考えてメタルポジション。最後の一文がいい。
「ほとんどのお店ではお取り扱いして頂けませんので、
澤野工房の店頭のみの展示となります」
冗談でほんとに置いてたらいいなあ。記事の写真に載っていたカセット。
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僕自身は昔ならあれこれ書いていたけど、今はもうそんな気持ちはなく。
疲れてるのか、年を取ったのか。言い方を変えると大人になったのか。
日々社会の中で生きていくというのは
大きなものから小さなものまで害のあるものからたわいのないものまで
嘘という嘘に塗り固められているものであって、
何で今更わざわざそこにひとつ付け足さなきゃならないのか、と思う。
しんどい気持ちになる。
なんというか、だったら、皆が幸せになるような嘘をつきたい。
それができないようなら、黙っていたい。
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そんなこんなで今日から社会人13年目。
[4127] 自転車に乗って墓参り 2012-03-31 (Sat)自転車に乗って墓参り。
お彼岸の時期がいいんだろうけど、先週末は土日とも予定あり。
センバツ準々決勝、光星学院と愛工大名電の試合を見てからと思っていたが、
雨で中止となったようだ。
昨日から風が強い。時折吹き飛ばされそうになる。誇張じゃなく、マジで。
この強風にレインボーブリッジは通行止めとなり、
ゆりかもめは本数を減らして運行という。
東西線は直通運転を停止。となると中央線もそうか。
いつも通りのルート。
青梅街道をひたすら西へ、東伏見まで来たところで折れて
西東京市の市役所の前まで(かつて祖母の住む家があった)。
保谷駅へ。駅の建物が新しくなってロータリーもできているものの
その周辺の狭い通りは相変わらず。
大泉学園のお寺さんへ。
いつもこの時期なら桜が満開なのに、今年は遅い。
風があまりにも強くて線香に火がつかない。
100円ライターがうまくいかなくてマッチに切り替える。
悪戦苦闘していると、通りがかった方から
こんな日はボヤになってもいけないし、気持ちだけでいいと言われる。
しかし火もついてしまったしなとそのまま線香を上げて来る。
帰りもまたいつも通り、石神井公園を通ってくる。
あちこちのグラウンドで野球の試合が行なわれている。
石神井公園の池に沿った遊歩道も賑わい、なし。
こんなに桜の開花が遅いのも珍しい。
いつもならおでんやフランクフルトを買って池を眺めながら缶ビールなのに、
寒々としていてそんな気持ちにならず。
売店の周りのベンチやテーブルにも客の姿はなし。
荻窪に戻ってきた頃、雨が振り出す。
自転車を置いて駅まで歩いていって、高円寺へ。スタ丼。
帰って来て雨脚が強くなる。
夕方、晴れた。風もおさまった。
低気圧が過ぎていったのか。
[4126] 靖国神社・千鳥ヶ縁〜ジャクソン・ポロック展 2012-03-30 (Fri)2011年度の最終営業日。半休が余ったので午後休みを取った。
周りの皆には悪いけど、何の予定もなくブラブラと休むのもたまにはいいものだ。
(年度末、期末に休むのは社会人としてどうか、というのはありますが…)
神保町から歩いて、靖国神社へ。
自粛モードの中、昨年はひっそりと静まり返っていたのが
今年は屋台が戻ってきていた。
たこ焼き・焼きそばからケバブ・鮎の塩焼きまで。
ピッチングゲームや射的、風船くじもあった。
縁日のようにアイドルのブロマイドも売られていた。
今回が初めての試みなのだろうか、
東北・北陸各地の特産品を売る、テキヤ系とは別の白のテントが並んでいた。
僕は新潟から来た方たちのテントから「イタリアン」と呼ばれるご当地グルメ、
トマトっぽいチーズソース(?)をかけた焼きそばを買った。
テキヤ系からは牛肉串と牛タン串、そして十和田のバラ焼き。
八戸のせんべい汁や富士宮焼きそばなどご当地系の屋台も多かった。時代の流れか。
缶ビールを買って飲みながら食べる。
桜はまだ全然咲いてなくて、花見客はほとんどいない。
近くの会社で働いている人たちが珍しそうに昼メシを食べに来るといった感じ。
ステージでは学生たちによるビッグバンドのジャズが演奏され、
エイサーを踊るおばさんたちがその裏で段取りを確認していた。
千鳥ヶ縁も桜は皆無。
遊歩道を歩いている人たちもほとんどいなかった。
今年、ライトアップは復活するようだが、LEDで控えめとなりそう。
端まで行って北の丸公園の中を歩く。
最高気温17℃だったか。風は強いけど温かい。
着ていたコートの前を開ける。
ランニングしている人たちとすれ違う。
国立近代美術館の前を差し掛かるとジャクソン・ポロックの回顧展が。
そうだ、これは見たかったんだ。入る。
http://pollock100.com/
日本国内では初の回顧展なのだそうだ。知名度からすると意外。
初期の具象画や彫刻から始まって、
1950年をピークとするポーリング(流し込む)やドリッピング(撒き散らす)へ。
目玉は「インディアンレッドの地の壁画」
国立近代美術館だからか、全体的にあっさりとこじんまり。
それにしてもポロックって一度にたくさんまとめて観るもんじゃないね…
現代アートを集めた中に一つや二つ混じっているというのが
一服の清涼剤のようでいい。
晩年の、墨絵のようなブラック・ポーリング(流し込み)という
技法を使ったシリーズが気になった。
色と形、その先にあるものを追い求めてもがくような…
アトリエを再現したスペースもあった。
床一面にドリッピング。
1,500円の入場料で所蔵作品展「近代日本の美術」と
「原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通して見えてくるもの」も
見ることができた。
前者は古賀春江(調べてみたら男性なのですね)の絵が気になった。
特に「海」という作品。1929年。
大正時代にこんなシュール(レアリスム)な絵を描いていた人がいるとは…
http://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=4596&edaban=1
そしてもうひとつ、2002年の大岩オスカール「マンハッタン(ガーデニング)」
絵は、http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/10
9.11以後の世界。
後者は原弘が手掛けた、東京国立近代美術館にて開催された
1950年代から1970年代にかけての展覧会のポスターを集めたもの。
何よりも興味深かったのは
戦前の軍部プロパガンダ雑誌「FRONT」のいびつなモダンさ…
http://www.momat.go.jp/Honkan/hara_hiromu/index.html#outline
東京駅まで歩いているときに見かけた「SKY BUS TOKYO」の
オープンデッキの2階建てのバスに乗ってみたくなり、
はとバス乗り場まで行ってみたら違う会社が運営していることが分かった。
はとバスの同様のは桜並木の中を走ることになっていたんだけど、
風も強いし、桜も咲いてないし、別の日にする。
というかオープン感があまりなかった。
帰って来て、「なごみの湯」に入って帰ってくる。
露天風呂が工事中だった…
そんなこんなで北の丸公園界隈で過ごしたプチ休暇が終わる。
[4125] エチュード:No.2 2012-03-29 (Thu)「何時?」
「14時過ぎです」
「いや、新幹線の時間」
「17時前、…だったように思いますが、あー、えーと、見てみると16:57です」
「あと、2時間か3時間? …ああー暇だよ、暇。社員旅行ってこういうものなのか?
あとは自由行動って言われてもさ、ここに何があるかわかんないし」
「女の子たちがその方がいいって言ってたから今年、そうしたみたいですけど」
「団体行動が苦手だとか、おじさんたちが嫌だとか、そういうやつ?
だったら来るなよなー」
「ミスドって全国、コーヒーのおかわり注ぎに来るんですね。…あ、どうも。僕も」
「じゃあ俺も。あ、カフェオレで。…そこの角にさ、女子高生たちがいるじゃん」
「…ええ」
「今は方言丸出しで喋ってるけどさ、あと何年かしたら東京に来るわけだ」
「ええ。…で?」
「いや、だからってなんでもない。ここで偶然一緒の店にいたということも知らずに
隣の部屋に引っ越してくることもあるかもしれない。
そしてそのことをお互い永遠に知ることはない。
なんかさ、そういうことの積み重ねだと思うわけだよね」
「そしてなんかのきっかけに仲良くなるんですか?」
「いや、ならない。たぶん。マンションの隣の人というだけ。
でも俺がベランダ出たときに向こうもベランダに立ってて、
同じ夕日を眺める、そんなこともあるかもしれない」
「…」
「近くに観光地的なものはないの、なんか? そのなんたらマップに書いてない?」
「武家屋敷跡ってのがあるみたいですけど」
「それはちょっとな。興味ある?」
「あ! ここにいたんですか? びっくり」
「おお。ひとり?」
「うん、ここ座っていいですか? 空いてます?
オーダーの間、カバン見ててもらっていいですか?」
「了解。…あの子、いつもひとりですね。友達いないのかな」
「そんなことないみたいだけど。でもまあ昼もひとりだったりしてるみたいね。
クリエイティヴの子って、まあ、いわゆるOLとは違うし」
「いつも同じメンツで、日替わりで決まった店をローテーションしてるのが
つまらないってことですかね。なんとなくわかる。いつも同じ話題。
ドラマと週末のヨガと買いたい服と…」
「噂話。俺とかオマエとかも話題に上がるのかね」
「どうなんですかね。一切出てこないというのも無視されているみたいで。
かと言って変なこと言われたくないし」
「どうもです。先輩たち何してるんですか?」
「どーもこーも見りゃわかるだろ」
「…あつっ」
「猫舌?」
「ちょっと。…ね、さっきデパートの前を通りかかったら、
屋上にバッティングセンターがあったんですよ」
「へー。珍しいね。さすが地方」
「行ってみませんか? このあと」
「でも、東京と何も変わらんだろ。ピッチングマシンなんてどこも一緒だから
実に味わい深いカーブを投げてくるわけでもないし」
「暇してるんでしょ?」
「バッティングセンターなんて普段行くの?」
「行ったことないんです。だから。ここでなら。
旅先だからこそできることってあるでしょ?」
「それはそうっすね」
「さっそく行きません?」
「…そうね。じゃあ行くとするか」
「ふふっ、決まりで。行きましょー」
「俺、中学のときこう見えても野球部でさ。キャッチャー」
「えーっイガイ!」
「丸刈り坊主で。朝練とかしてた」
「そんなの初めて聞きましたよ」
「俺も忘れてた。よし、じゃあ行くか」
「はい、キャプテン!」
[4124] エチュード:No.1 2012-03-28 (Wed)「今日誰も来ないっすね」
「期末テストでしょ? キミはいいの?」
「先輩は? 推薦で決まると受けなくていいとか?」
「今更上位目指してもしょうがないし。
私の順位が下がることで誰かの自信につながるなら、
私、今、けっこういいことしてるし。…来年受験生でしょ? いいの?」
「いいっす、まあ。…それにしても裏方だけの演劇部って何もすることないですね」
「そんなに演劇部のことが好きなら、照明やめて役者になればいいのに。
あ、え、い、う、え、お、あ、お」
「先輩いい声してる。なんでやめたんですか?」
「才能無いし、いや、無かったし」
「17歳が言うことじゃないっすよ」
「いーの。余計なお世話。大工道具持ってるほうが楽しいって気付いたし」
「大学行っても演劇関わりますか? 舞台装置専門のサークルもあるって」
「やんないと思う。全然違うことする。テニスとかさ、するよ」
「似合わねー。テニス。…なのに今、演劇部の部室にいる」
「好きだからね、ここが。居場所。落ち着く。あー」
「…タバコ吸っていいですか?」
「見張ってるから窓から出て裏で吸いなよ」
「外、寒い。じゃあいいや」
「あ、そう」
「ちょっと。なんでノコギリ取り出すんですか!?」
「いいじゃん、暇だし」
「何を?」
「何も。でも、なんか切りたい。板とかあったら半分に割りたい」
「錆びてる」
「プロじゃないしね。新しいの買って、寄付して残していくか。
あーでも私いなくなったら、大道具誰もいなくなるか」
「寂しくなりますね」
「心にも無いことを。つうかキミ、用が無いならさっさと帰ったら?」
「家帰ってもすることが無いし」
「こんにちはー。あ、先輩」
「お、主演女優。テストは? 終わったの?」
「ヤマがひとつ終わりましたー。もーブツリがサイテー。
ちょっとちょっと、聞いてくださいよー」
「なに?」
「この前ここに去年の答案用紙あったじゃないですかー。
あの通り今年も出ると思ってたら全然違うんですー。もー! 嘘つき!!」
「誰も嘘なんかついてないじゃん、あはは」
「でもー、騙されたんです、私は!
…あーあ。今日は帰って図書館に行って勉強します。じゃ」
「あ、オレも行く」
「来る? ベンキョーするのー?」
「オレだってするよ。今日は。ね、ノート借りていい?」
「えー。先輩は? どうするんですかー?」
「ここでマンガ読んで過ごす。ひとり、静かに」
「そうすか。じゃあ行きます。お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」
「お疲れさん。じゃあね。また、明日」
[4123] Pale Saints / The Mock Turtles 2012-03-27 (Tue)昨晩、ふと思い出して
Pale Saints と The Mock Turtles を YouTube で拾い聴いた。
どちらも僕が洋楽を本格的に聴き始めた1990年頃にデビューアルバムを出している。
なので妙に印象深い。今や扱いはB級って感じだけど、個人的に思い入れがある。
当時はマンチェスターが一大ムーヴメントとなっていた。
享楽的なのに若々しく、ナイーヴな音。
The Stone Roses, Inspiral Carpets, Happy Mondays, The Charlatans など。
直系の親分として New Order も元気だった。
それはやがて Jesus Jones に代表される
ダンス・オリエンテッドなインディー系バンドをもてはやす風潮に合流し、
その反動で俯きながら轟音を鳴らすいわゆるシューゲイザーも生まれた。
たくさんのバンドが青田買いされてデビューした。
話題の新譜の大半が「期待の新人」によるもの、という時代だった。
そしてそのほとんどが何年か後に消えた。
The Mock Turtles はマンチェスターの後発組、
Pale Saints はシューゲイザーの傍系といった感じだっただろうか。
そう、周辺になんとなくいて、シーンを牽引していくタイプではなかった。
マイペースにその価値観を貫く。
「居場所の無さ」がそのまま自らの居場所になるような。
そこのところが愛おしい。
それぞれの代表曲を。
The Mock Turtles「Can You Dig It ?」
http://www.youtube.com/watch?v=sGSHIidlesQ
軽快なギターロック。
けっこう前だけどイギリスのVodafoneがCMに使ってリバイバル・ヒットしたのだとか。
Virginからメジャー・デビューして「Two Sides」をリリースして解散したのか。
探したら、The Velvet Underground「Pale Blue Eyes」のカヴァーがあった。
しかしこれは普通だった。
http://www.youtube.com/watch?v=SWy368DcA70
Pale Saints「sight of you」
http://www.youtube.com/watch?v=cbr-7D7gx9U
透明感溢れるギター・ノイズ。誰も触れないひとりだけの国。
密室の中でお伽話の悪夢に怯えながら、それしか知らずに育つというか。
今はジワジワと再評価の時期なのかな。
大阪のKing Kongで見かけたとき、国内盤にプレミアがついていた。
アルバムを聞き直してみると「sight of you」もさることながら、
1曲目「way the world is」のおずおずとした歪みが今聞いても清々しい。
吹き荒れる戸惑いと共に少年が初めて外の世界に出る感じ。まさにタイトル通り。
http://www.youtube.com/watch?v=RyD9V34AApc
この「sight of you」ってRideもカヴァーしていた。
http://www.youtube.com/watch?v=EK-Vpws_zKI
シューゲイザーの正統が異端をカヴァーする。
Ride好きだったんです、って言ったら今も恥ずかしいのかな。
「Smile」「Nowhere」は今聞いてもいいけど。後のアルバムもなかなかいい。
話が長くなりそうなので、今日はこの辺で。
[4122] 3/19-3/25 2012-03-26 (Mon)3/19(月)
1日出てまた休み。うかうかして休みそびれた。
大体のところ仕事が片付いてのんびり過ごす。
「味噌や」にて味噌ラーメン+チャーシュー、バター、コーン、味玉。
夜、守の教室の方2人と飲む。
これまでにお会いしてきた方たちと同様、CDを贈ろうと東京駅地下のタワレコで買う。
今回は Gang of Four と Laura Nyro にする。
新橋のホップ・デュベルへ。期待通りのいい店だった。
串焼きもうまいし、ベルギー・ビールもうまい。
〆の「TKG」(玉子かけご飯)が最高。
僕は普段お店の人と話すのは苦手なのだが、なぜかこの日は心地よく。
ラーメン二郎の話や「フランダースの犬」の話など。
(ベルギーでは実は「フランダースの犬」が知られてなく、
それでも人気だからとビールを造った。よってなんかどっかラベルがぞんざい。
ネロをイメージしたビールとパトラッシュのと2種類あった)
初めてお会いしたのに楽しい時間を過ごすことができた。
0時前ぐらいに帰ってくる。
寝たのは午前1時過ぎ。
---
3/20(火)
9時起き。
祝日なのでもうやんカレー。割と久しぶり。
行ってみると隣のビルに女の子たちの長い行列。あれはなんだったのか。
もうやんは残念なことに牛スジなし。
帰ってきて床屋へ。髪を切る。
例の作業、仕上げ。これでいいのだろうか。
僕はいいと思うんだけどどうなのだろう。よく分からず。
ま、いいかと提出する。
夕方。散歩がてら駅前へ。歯ブラシを買う。
そのままなんとなく仲通り商店街を歩く。
音楽を聴きながらぼんやりと取り留め無く考えながら歩くのが心地よい。
大田黒公園まで行く。閉園時間となっていた。
引き返そうとしたときにこれまで知らなかった小道を見つける。
中に入っていく。ドキドキする。
西友に寄ってキッチンペーパーなど買って帰る。
もう少し歩きたいなあと今度は下井草方面へ。
真っ暗になって戻ってくる。
夜、溜まっていた新聞を片付ける。
『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』を読む。
たいしたことなし。
刺身のぶつ切りとイカ焼きで焼酎お湯割り。
午前1時に眠る。
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3/21(水)
あっさりしたものを食べたいと思う。
昼、大戸屋にて季節のメニュー。
「春キャベツとあさりの蒸し鍋とえんどう豆のせいろご飯定食」
夜は帰れず、オーガニックの店「マザーズ」にて五穀米の弁当。
結合テスト開始。今回はてこずる。あちこちでつまずく。
コミュニケーションロスであったり、事前準備の不手際であったり。
全然帰れない…
帰ってきたのは22時過ぎか。
週末の研修の準備を少しだけ進めて眠る。午前1時。
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3/22(木)
結合テストが思うように進まない。
なんだかモタモタと不透明なまま進んでいく。
問題が起きているのか起きていないのかも分からない。
蓋を開けてみると騒ぐほどのことでなかったり、
ほっといてみると担当者がずっとひとりで抱え込んでいたり。
かといって付きっ切りで見ていられるほど暇じゃなし。ジレンマ。
この日も帰りが遅くなる。
ずっとイライラしている。
昼、PJランチ会で今週も「デニーロ」へ。
月イチのクリームソースの日。エビ、子柱、カボチャなど。うまかった。
夜、西友に寄って半額の刺身と天ぷら、3割引のフライドチキン。
飲まずにはいられない気持ち。ホッピーを2本と焼酎お湯割り。
午前0時半に眠る。
師範と師範代の仮の組み合わせ(演習期間限定)が決まる。
InterFMでは「Why Pink Floyd?」と題して終日 Pink Floyd の特集。
高知では桜が咲いたのだとか。
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3/23(金)
結合テストがズルズルと遅れていく。
なぜ今月だけこんなふうにいけてないのか??
このところ出てくる案件の話も、スケジュール的に難しいのばかり。
(ないよりはなましなんだろうけど)
体制の話だとか。四方八方、いい話がない。
とりあえず夜、なんとか結合テストは終わる。
昼、後輩と「ザ・ハンバーグ」へ。250gにベーコンと目玉焼きを追加。
昼から雨。ずっと雨。
夜は帰りに一週間お疲れ様ってことで
高円寺の中本で五目蒙古タンメン辛さ控えめ野菜大盛り。
明日は伝習座(師範代向けの講習会)。
酒も飲まず帰って来てサッサと寝る。酒も飲まない。
23時過ぎに布団にもぐりこむ。雨の音を聞きながら眠る。
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3/24(土)
8時に起きてクリーニング屋へ。大家さんに家賃を払う。
小雨。赤坂の編集工学研究所へ。27守第1回目の伝習座。
師範代の方たちと初めてお会いする。僕のチームにも2名。
これまで伝習座は外の会場で行なっていて、今回は守として初めて編工研で。
狭いけどこちらの方が落ち着く。その分親密さが出る。
とてもいい伝習座となった。皆がそう思ったはず。
開講まで残り3週間。いかに新米師範代の不安を払拭するか。指南を深めるか。
事前準備をかなりハードに引っ張っていかないとな…
自分の分のパートの発表はあちこちで
その後褒められて嬉しいけど複雑な気持ちになる。
昼食が出て、夕食が出て、11時から23時半までの長丁場。
最後校長の占めの言葉にて
「岡村はこう見えて作家の魂を持ってるからな。
まあ最近は芥川賞も挨拶の変なのがとってるようだし」と。
終電が近づいていてさっさと帰る。
他の人は遅くまで残って、もしかしたら飲みにいったかもしれない。
帰って来てすぐ寝る。それでも午前1時。
この日も飲まない。
---
3/25(土)
引き続き、師範だけの会議で編集工学研究所へ。
8時半起きでウダウダして、赤坂見附へ。
11時から15時半まで続いた。途中出たカツサンドと菓子パンを食べつつ。
ドレッシングのようなものがかかった漬物がやたらおいしくて、
器を抱えるようにして1人で食べ続けた。
昨晩は人によっては校長と共に午前4時まで熱く話し続けたらしい。
酒も無く。僕には無理だ…
この日の僕の発言は全般的に冴えなかったように思う。
あれこれ意見は言ったけど。ギアが入って無い感じ。
終わって丸の内線で高円寺へ。
日曜の夕方ということもあって商店街が賑わっている。
中本で味噌タンメン野菜大盛。2日間終えて、えらくうまい。
帰ってきて洗濯。
その後、明日・明後日からの指南シミュレーションの準備。
まだ日が出ているうちに始めたはずが、一区切り入れたのが23時頃…
この日は少し酒を飲む。焼酎お湯割り。
茹でピーナッツと共に。新聞を読む。
午前1時に眠る。
[4121] 「ぶーしゃかLOOP」 2012-03-25 (Sun)友人が Facebook で紹介してて、びっくり。
岡村靖幸の仮サイト。不覚にも知らなかった。
http://okamurayasuyuki.info/
流れてるこの曲、映像と相まってとてもかっこいい。
YouTubeにアップされているのを見たら
曲名が「ぶーしゃかLOOP」となっていた。
http://www.youtube.com/watch?v=sTC65iC3oqI
更新日が 2011/08/25 となっていて、もう半年も前だったのか…
(というかこの1ヵ月後に僕は新木場に「Live Etiquette」を見に行っている)
「ぶー ぶしゃからか ぶー
アイセイ ぶー ぶしゃからか ぶー」って
ノートに歌詞を書く、という時点でやられる。
(まあ元ネタは Sly & The Family Stone だったりファンクの定番ですが)
それがノートPCのキーを叩くに移って。
ところどころ上半身だけちょっと、両手だけが踊ってみたり。
それがただループしてるという、ただそれだけなんですけど。
一度聞くと忘れられない。
そして映像の中の彼は余裕ありそうでいて焦っている。
得体の知れない苛立ちがそのまま曲になり、音楽になる。
これかあ。これだなあ岡村靖幸は。
完全復活だ。今更だけど。
意味とか理由なんて要らないんだよ。
ブラウザを2つか3つ立ち上げてランダムなタイミングで重ね合わせて
聞くとえらくカッコイイ。
[4120] 『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』 2012-03-24 (Sat)『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』
http://www.amazon.co.jp/dp/4822248526/
最近話題ということで買って読んでみた。
活字が大きく、余白が多く、2時間もかからずにすぐ読めた。
章のタイトルが
「ユニークなビジネスモデルをつくろう」
「忘れられない名前をつけよう」
「新しい技術を取り入れよう」
といった感じでマーケティングの初歩の初歩。
多少マーケティングに興味があって普通に会社で働いている人からすれば
目新しい発見は特にないかな。
Google とか Amazon の成功事例なんかも取り上げられてるけど、
どこかで読んだことありそうなのばかりだし。
正直、ひとつの標語につき1ページで
20ページぐらいのブックレットぐらいがちょうどいい。
グレイトフル・デッドがフリーミアムやソーシャルメディアの元祖と持ち上げる。
否定はしないけど、前からバンドのことを知ってる人からすれば今更感あり。
知らない人が読んだら「ふーん、そんなバンドがいるのか」で終わりそう。
日本と欧米でのグレイトフル・デッドの認知度が違いすぎて、
この本自体のマーケットは実は割りと狭いのではないか。
日本なら差し詰め
「サザンオールスターズにマーケティングを学ぶ」
「ユーミンにマーケティングを学ぶ」
といったところか。
カラフルな絞り染めの熊のTシャツがグレイトフル・デッドに由来すると知らずに
買ったり着たりしている人は多そうだけどね。
(ストーンズのベロ・マークのTシャツより絶対多いはず)
個人的にこの本から得られたこと。
・グレイトフル・デッドという名前は辞書を開いて適当につけた。
・聴覚障害者のためにコンサートでは風船の振動で音楽を楽しめるようにした。
・グレイトフル・デッドのシェフは後にグーグル社のシェフになった。
読んでから懐かしくなって、
『Live/Dead』や『Dick's Picks』の2枚目を聴いたりした。
この機会に「Dick's Picks」のCDを何枚か買ってみようかなと思って
amazonを覗いてみたらことごとく5,000円とか6,000円とかプレミアがついている。
しまった。定価で買えるときにもうちょっと買っておくべきだった…
[4119] 「Why Pink Floyd?」 2012-03-23 (Fri)昨日、InterFMは「Why Pink Floyd?」というタイトルで
番組間で連携して Pink Floyd を特集していたようだ。
http://www.interfm.co.jp/pinkfloyd/
いや、ほんとタイトル通り、なぜ?
なぜ、今、Pink Floyd なのか?
リマスタリングで紙ジャケ再発が去年あったけど、
そんなドンピシャなタイミングではないし。
朝のピーター・バラカンの番組では
ファースト・アルバムから1曲選ぶというお題が出ていて、
取り上げたのは「Take Up Thy Stethoscope and Walk」だった。
(シド・バレットではなく、ロジャー・ウォータースの曲だ)
この日はその後、昼から夜の番組へと移り変わるにつれて
取り上げるアルバムも時代を下っていったようだ。
みうらじゅんが「Echoes」を熱く語るとか。聴きたかった。
僕の iPhone はなぜか今、Pink Floydがたくさん入っている。
「夜明けの口笛吹き」「ウマグマ」「原子心母」
「おせっかい」「狂気」「ザ・ウォール」
プログレとしては King Crimson や Yes の方が評価が高いだろう。
僕もそう思う。
しかし、なんか違うんですね。
部屋の中で King Crimson を聴くのはあっても、
街を歩きながら、電車に揺られながら聴きたい類いの音楽ではない。
緊張感を強いられるからだろうか。
昨日・今日と「ウマグマ」を聴いている。
今、Pink Floyd で再評価すべきは一番得体の知れない「ウマグマ」だろうか。
1枚目が当時のライヴ、2枚目がメンバーのソロ、という均衡。
シド・バレットの影から脱して、デイヴ・ギルモアも馴染んで、
ロジャー・ウォータースもまだモンスター化していない。
「原子心母」が分水嶺となり、以後、
ロジャー・ウォータースの肥大化した(脅迫)観念を「音像」化するバンドとなる。
そこから先 Pink Floyd はプログレッシヴ・ロックではなく、
Pink Floydというジャンルとなった。
どこで誰の Tweet だったか。
インドでは The Beatles は置いてなくても、
Pink Floyd のアルバムはあちこちで見かけるという。
なんかそれ分かる。
意思と非意思とが、存在と非存在とがせめぎ合う音。
追記:
そういえば Pink Floyd は「狂気」のあとで、
家庭内の食器などを楽器として扱って音楽を奏でるという
「Household Objects Project」なるものを試みた。
しかしお蔵入り。これ、聞いてみたかったですね。
「炎」のデラックス・エディションには
「Wine Glasses」なる曲が2枚目に収録されている。
[4118] 物語論、続き 2012-03-22 (Thu)AさんからBさんへと容易に、かつ正確に伝えたいことを伝えることができたならば、
人類に文化というものは生まれなかった。
欠落したものをどうやって埋めるかという方法に、その可能性の幅に文化は生まれる。
これまで僕は物語というものは個人から個人へ、集団から集団へ、
ひとつの話が受け取って手渡される間に変化していくというモデルで考えていた。
先日話していて指摘されたのが
人々が集まって話を持ち寄って交互に披露していく、という形式もあるということ。
例えば猟師たちが浜辺で焚き火をしてその周りで輪になって。
時としてそこに旅人が加わって…
今、ギリシャ神話集を読んでいて、やはりそういう場面が出て来る。
『デカメロン』や百物語なんかもそうですね。
物語とはまず、「持ち寄る」ものだった。
そのお話というものもてんでバラバラとはならない。
顔ぶれやそのときの状況からテーマが決まって、
その人が蓄えているお話の中から相応しいものが選ばれる。
それは頭の中のものをそのまま再現するのではなく、
聞き手があって語っていくうちにその場の流れのようなものを感じて変化していく。
長くもなれば短くもなる。登場人物の名前が誰かに因んだものとなったり、
最近聞いたばかりのちょっとしたエピソードを足してみたり、即興で笑いを取ったり。
ひとつ語られ終わると、次の人が引き継ぐ。場を「受けて」話し出す。
それらの話が少しずつ絡み合って、相互に足したり引いたりしあって、
ひとつの物語となっていく。
今の世の中に欠けているのはそれなのかな、とちょっと思った。
話したいことを話すのではなく、ディベートするのではなく、
話を持ち寄って順番に披露する。周りの人たちを魅了するように語る。
共有、共鳴。聞き手の想像力を広げる。
そこでは単に一方的な話す力・聞く力ではなく、
当意即妙なしなやかな知性、自由自在に交換する能力が求められる。
身体を使って大胆に表現することだってあるかもしれない。
そう、その場の空間性を意識する。
時にはそこにあるものを取り入れて、利用する。
やっぱ文字だけで一人で書いていると何かが閉じられていくなあ。
どこにどんなふうに「外」を求めていくか。
それを具現化するか。
どこまで濃密に場と身体を感じさせるか、ということでもある。
そこのところが介在しないと、物語が物語として成立しない。
[4117] 温室の読書室「旅の空へ」 2012-03-21 (Wed)昨日の続き。日曜はその後、『温室の読書室「旅の空へ」』
編集学校で出会った塚田さんが企画している。
http://openers.jp/interior_exterior/yuichi_tsukada/index.html
こじんまりとしたビルの屋上の「温室」(かつて本当に使われていた)にて、
こちらもまた目利きがテーマに沿って本を選んで、自由に読むというもの。
昨年の夏にも参加して、僕は2回目。
今回のテーマは「旅の空へ」ということで
カーニバル評論家:白根さんによるラテンアメリカと
旅行会社「ワイルド・ナビゲーション」の宮田さんによるアラスカ・シベリアが
中心となったラインナップとなっていた。
http://www.wild-navi.co.jp/2012/03/06/news19-readingroom/
温室には古びた地球儀とアラスカの巨大な地図、
塚田さんの活けた花とペルーの小さな人形たち。
こういった本を手に取った。
・『みるなのくら』昔話の絵本。
山奥で道に迷った男が大きな屋敷を見つけて中に入ると
一人きりそこで暮らしていた美しい女からもてなしを受ける。
あくる日、女は用があって屋敷を留守にする。
そのとき、12の蔵のうち11番目までは見てもいいが12番目は見てはいけないと。
もちろん男は見て回る。最初の蔵は1月の正月だった。
端午の節句があり、夏祭りがありと来て12番目を開けると…
全てが消えてなくなっている。
12が13になったりバリエーションはありつつ各地に伝わる話。
たまたま土日に読んだ新聞の山の中でこの話が出てきたので読んでみた。
・NHKのドキュメンタリー「北極圏 」のシリーズをムックにしたもの。
その2巻と3巻。
2巻の前半。北極圏のマガダン港、そのコリマ街道沿いの町
(シネゴーリエやススマンなど)はマイナス60度の寒さ。
そこに暮らす人々。発電所の建設や採鉱であるとか。
取材班はラーゲリを生き延びた老人に会って話を聞き、ラーゲリの跡を探す。
「村があるところには金があり、金があるところにはラーゲリがある」
2巻の後半はマンモス。
3巻の前半はシベリア最古の民ユカギール。アジア・モンゴル系の顔立ち。
混血が進んでその純血を保つのは20人のみ。ヨーロッパ系になりつつある。
放映された1980年代後半の数字なので、今ではもっと少ないのだと思う。
後半はレナ川下り。
・星野道夫の写真集『アラスカ』
これは素晴らしい写真集だった。オーロラの情景も素晴らしいけど…
氷河に閉じ込められたクジラの頭部が鉱物的な存在感を放つ。
原油流出事故で死にかけたラッコが声にならない叫び声を搾り出す。
カリブーの母親が地面に置かれた胎盤を口で加え、引っ張り上げている。
・『地球遺産 最後の巨樹』
今回一番の出会い。その名の通り、全世界の巨樹を追いかけた写真集。
マダガスカルのバオバブ。ヨセミテ国立公園のレッドウッド。
世界で最も高い木は「シャーマン将軍」樹高83.82m 幹回り25.3m 樹齢約2700年
世界で最も古い木はカリフォルニア州東部の「メスーゼラ」
(ブリッスルコーン・パイン) 4768年(2002年時点)
青森の木も紹介されていて、
「北金ヶ沢のイチョウ」幹回り18.8m 樹高30.0m 推定樹齢1000年
「十二本ヤス」(金木町)ヒバ 幹回り7.23m 樹高33.46m 推定樹齢500年
・ロバート・フランクによる写真集『Peru』(1948年撮影)
・キューバ革命の報道写真を集めたもの。洋書。カストロ、ゲバラなど。
・Martin Chambiというペルーのインディオの写真家による写真集。
タイトルは「1920-1950」だったか。こちらも洋書。日本では手に入らないか。
戦前の素朴な民衆の姿を撮影する。生涯に写真なんて1枚撮られるかどうか。
兵隊たちや農民たち、結婚式や教会や学校に集まった人たち。集合写真が多い。
同胞ゆえに身構えず自然な表情を浮かべている。
単なる記録として価値あるだけではなく、構図が毅然としていて美しい。
マチュピチュも撮影している。
白木さんに聞いた話では上野の美術館にて開催されている「インカ帝国展」にて
Martin Chambiの写真を6点引き伸ばしたものが展示されるという。見に行こう。
来ていた女の子の一人と話す。ペルーの首都リマにある天野美術館にて
1年間住み込みのバイトをしていて、帰ってきたばかりだという。
とある大学で代々続いているようだ。
ペルーで成功した日本人実業家、天野芳太郎がアンデス文明の遺跡から採集した
コレクションが展示されている。日本人も訪れることが多いから学芸員代わりに
日本人の学生を募集しているのだろう。
ペルー、チチカカ湖の辺りの神様を象った小さな人形が置かれていた。
欲しいものをミニチュアにしてその人形に括りつける。
僕が手にした人形には玩具の心臓や食べ物の入った袋が首の周りに結わえられていた。
願い事をするときには煙草を吸わせるのだという。
最後に『ドゴンの宇宙哲学』という分厚い本を紹介される。
レヴィ=ストロースの師匠スジに当たるマルセル・グリオールが
コンゴのドゴン族から聞いた壮大な神話を元に大部の解釈体系を構築したもの。
しかし裏話があって、実はその神話は白人を喜ばせるために
長老が誇張したり改変した創作に近いものであって…
「温室」をあとにして、恵比寿へ。
鶏モツ鍋の店を見つけて入って、飲んで帰ってきた。
[4116] 蔦屋書店 2012-03-20 (Tue)日曜の午後は学校関係のちょっとした集まり。
代官山での「読書室」に誘われていて、だったらと「蔦屋書店」にも行ってみる。
その後飲む。守(基本コース)と破(応用コース)で教え子を一人ずつ、
と師範代というか飲み仲間が一人。計4人。
この日は雨が降ったりやんだり。
傘を差しつつ、恵比寿まで行って夜の下見。
前回たまたま入った店が割とよかったけど名前が分からず。場所もうろ覚え。
それにしても恵比寿はお洒落さとこだわりが
程よく組み合わさったような店が多くていいなあ。
歩いているうちに「駄菓子バー」というのを見かけた。
Facebookに投稿したら結構皆知っていて、有名らしい。
http://www.dagashi-bar.com/
「蔦屋書店」へ。日曜ということもあってとても混んでいた。
http://tsite.jp/daikanyama/
身動き取れないというほどではなかったけど、
とてつもない本の量、とてつもない情報量に最初なかなか気分が入り込めず。
2階建てで3棟に分かれていて横に広い。
垂直に長い、じゃないんですね。この時点でかなり贅沢な空間。
1階が文芸、写真とデザイン、フードと旅行、
2階が映画のレンタル・販売、カフェ、音楽のレンタル・販売、
といった感じに分かれていただろうか。
ファミリーマート、スタバの店舗が中に組み込まれている。
慣れてくるとここはとても居心地のいい空間だということが皮膚感覚的に見えてくる。
コンシェルジュの採用の倍率がとんでもないことになっていたのだとか。
それも伺えるような、基本から「知る人ぞ知る」まで
目利きがしっかりと選び抜いたラインナップ。
(たぶん全部を選んだのではなく、一般的な書店のスタンダードな選本をベースに
コンシェルジュがアクセントとなるものを挟み込んでいったのではないか)
もっと時間をかけてじっくり眺めたい。平日の朝であるとか。静かなときに。
下世話な話だけど、あまりに雰囲気がよすぎて
ここを訪れた女の子たちは5割り増しぐらいキレイに見えるね。
1冊でも買い出すとそこから先はキリがなくなるのでこの日は何も買わない。
Joy Division の分厚い写真集(洋書で高かった)と
Wax Poetics によるアナログのジャケットをコレクションしたものが欲しくなった。
須永辰緒や DJ MURO などが選んでいる。
蔦屋の外にはカラフルな輸入おもちゃ屋、高級なペットショップ、
ヴィンテージ感漂うカメラ屋など。
これが今の東京か。
[4115] 3/12-3/18 2012-03-19 (Mon)3/12(月)
前の日、朝まで飲んでたってこともあって午前休。9時起き。
浜松町の貿易センタービルに花粉症の薬をもらいに行って、日本橋へ。
「ジジ&ババ」にてチキンカツカレー。うまいんだけど、
前よりチキンカツやメンチカツが小さくなったように感じられるのは気のせいか。
松丸本舗に一瞬立ち寄って、出社。
帰ってきて教室の方からもらったレトルトの「サザンカレー」
(湘南平塚・茅ヶ崎コラボレーション、骨付きチキン手羽先2本入り)
骨付き肉がうまかった。
夜、例の準備作業。一発目を書いて送ってみる。
午前1時に眠る。
ヴォネガットのエッセイ集を読み終える。
---
3/13(火)
感門之盟で校長からもらったオウィディウス『変身物語』を読み始める。
昼、スタ丼屋にて生姜丼、豚汁。
夜、教室の方からもらったリンゴ、ドラ焼き。
例の準備。午前1時に眠る。
---
3/14(水)
昼、PJランチ会。「デニーロ」でカレー風味のトマトソース。挽肉、米茄子など。
午後予定無しでワーク。早く終わって定時に出る。
今週は帰りの電車が眠くてたまらない。
夜、今度は青森からのリンゴ。
腹が減って冷凍のうどんを茹でて食べる。
例の準備。午前1時に眠る。
---
3/15(木)
昼、白山通りの中華料理屋を開拓。麻婆豆腐定食が500円。
今週は金が無い。DiskUnionにCDを売りにいく。The Cars や U2 など。
Saint Etienne に yes, mama ok など。
15枚持っていって4枚戻ってきて1,000円ちょっと。当てが外れる。
夜、西友で惣菜を買って帰る。春雨スープと白身魚フライ。
冷凍庫に入っていた三元豚の肉。
例の準備。周りが本格的に動き始める。午前0時半に眠る。
---
3/16(金)
昼、久しぶりに大戸屋へ。チキン母さん煮定食が野菜入りになっていた。
午後の途中でマストの仕事が終わる。途端に眠くなる。
夜、早く帰って高円寺のスタ丼屋に行くつもりがあれこれあって遅くなる。
夕方、水道橋のスタ丼屋へ。生姜丼と豚汁。
夜、例の準備。
「チェイサー」を見る。これはすこぶる面白い。
午前1時過ぎに眠る。
---
3/17(土)
10時半頃まで寝ている。外では雨が降っている。
傘を差して高円寺へ。中本。五目蒙古タンメン、麻婆豆腐と野菜大盛り。
帰ってきて西友で食べるものを買って洗濯とクリーニング屋。
例の作業。ひとつ仮に提出してみて、次の夕方は夜になって行き詰まる。
今日はもうやめだ、ということにする。
先日教室の方からもらった讃岐うどんを茹でる。
えらい多いなあと思ったら3玉だった…
そのまま食べる。西友で買った天ぷらを乗せる。
エビ・カニカマ・イカ・タマネギ・カボチャ・ナス・サツマイモなど。
タラの芽もあったか。
「キッズ・オールライト」を観る。
アネット・ベニング、ジュリアン・ムーア主演。
Joni mitchell の最高傑作は「Blue」だという話が出て来て、そうだよなーと。
アメリカの女性が「10代の終わりに部屋でひとり「Blue」聴いて
自分のことだと思って泣いてたんです」と言ってる場面、
映画や小説で何度か出くわした。
たまってた新聞を読んで、焼酎のお湯割を飲んで、寝る。
---
3/18(日)
9時には目が覚める。
例の作業、どうするべきか見えて手直しして提出。
時間ができる。
未読の新聞の山にざっと目を通していたら
2012年3月9日の新聞と2011年3月9日の新聞が重なり合って出て来て、
続けて読んだ。日々断続しながら歴史というものは続いていくことを思う。
昼は昨日西友で買ったキンピラゴボウ、カニカマサラダ。
ずっと冷凍庫の中にあった三元豚のハンバーグ。
昨日に続いて、雨が降ったりやんだり。
午後になって恵比寿へ、歩いて、代官山へ。
教え子たちと蔦屋とその後塚田さんの読書室へ。
駒沢通りを恵比寿へ。
串焼き・モツ煮の店を見つけて入る。
4人で飲んで帰ってくる。
午前0時半に眠る。
[4114] 三元豚、北里八雲牛、ほたてマヨネーズ 2012-03-18 (Sun)最近母が「三元豚」にはまっているようで、
時々味噌漬けやロールステーキが送られてくる。
生産者の名前かと思って調べてみたら、ブランドとして確立していた。
その名の通り3種類の品種を掛け合わせている。
母は山形の「平田牧場」というところからよく取り寄せているようだ。
あるいは何かのお返しにもらうのか。
東北地方のつながりで、友人たちの間で広まっているのだろう。
http://www.hiraboku.com/
見てみるとどれもなかなかの値段がする。
これを東京で一人暮らしの息子が
錆びたフライパンで焦がしているのだからなんだか申し訳ない。
そんな感じで雑に調理しても奥の方でしっかりと、新鮮な肉の味がする。
---
だいぶ前に書いた「北里ファームのコンビーフ」は
「北里八雲牛のコンビーフ」というのがより正確なようだ。
http://www.u-presscenter.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1339
これも時々取り寄せてもらって、酒の肴にしている。
キャベツなんかと一緒に炒めるのもいいけど、生でも十分おいしい。
チビチビと少しずつ食べる。サラッとしていて癖がない。
---
ついでにもうひとつ。
最近よく送ってもらうものとして「ほたてマヨネーズ」の缶詰。
似たのがいくつかあるけど、ここのが最もポピュラーなのかな。
http://www.anboya.com/e-shop/html/products/detail.php?product_id=133
青森の新しい特産品となりそう。これまた酒に合う。
むつ市のメーカーの「ほたてしらゆき」もいい。
http://www.applet1181.jp/furusatobin/minamiya/index.html
しっかし、どれも高いね。今調べて初めて分かった。
コンビーフは3個で1,000円、ほたてのはどちらも一缶500円以上する。
母はこんな高いものを買って送ってたのか…
[4113] 『チェイサー』 2012-03-17 (Sat)昨晩、TSUTAYA DISCASから届いた『チェイサー』という韓国映画を見た。
新人ナ・ホンジン監督による2008年の作品。
しけたデリヘル店を取り仕切る元刑事が、連続猟奇殺人犯の若者を追いつめる。
行きがかり上そうなったというだけなのに、得体の知れない執念を胸に。
店の女性の失踪が続いて誰かに売り飛ばされたんじゃないか、
黒幕がいるんじゃないかと疑っているところに、また一人。
その小さな娘を助手席に乗せてソウル市街を走る。路地裏を駆け回る。
面白かった。久しぶりに観るべき映画を観たというか。
不条理が描けてるんですね。世の中のありとあらゆる不条理が。
若者に動機はないし、警察の捜査はちっともうまく進まないし、
犠牲者は助からないし、事件を終えて主人公が得るものは全くない。
ただただ何事かに引きずられるかのようにして物事が連なって、
関わったものたちが負の連鎖に飲み込まれていくだけ。
そのドロッとした淀みが、映像として感じられるところがゾクゾク来る。
カフカとはまた別の不条理。
今年初めに2作目の『哀しき獣』が公開されたんだけど、
残念ながら既に終わっている。しまった。
主演の2人が今回でも出演しているみたい。
密入国した中国人が裏社会に巻き込まれるのだとか。
この手の映画は圧倒的に韓国の方がうまいね。
日本だと「情」に流れるものが韓国だと「恨」となるからか。
まあ何にしても僕の中で『オールド・ボーイ』などで知られる
パク・チャヌクは奇抜なだけ、本物はナ・ホンジンではないか。
いつか『グエムル』『母なる証明』のポン・ジュノに並ぶんじゃないかと思う。
[4112] ウオシュレットというもの 2012-03-16 (Fri)昨日後輩が「ウォシュレットってLet's Washからきてるのか」と書き込みをしていた。
知らなかった。「レット」は「トイレット」から来ているものと思っていた。
それはそうと一昨年の秋に入院して痔の手術をして以来、
ウォシュレット無しの生活は一切考えられなくなった。
二十世紀三大発明のひとつとして良いと思う。
インターネット、ウォシュレット、ミラーボール。
駅やデパートのトイレが普通のだった場合、がっかりして別な場所のを探す。
いや、それがなんらかの性的な快感をもたらすものだからとかそういうことではない。
ただ単に清潔感の問題。紙で拭くより気がきいている。
「洗っている」という感覚がある。
自分の家のもウオシュレットにしたいけど、アパートだとなかなかそうもいかず。
一昔前のユニットバス。
携帯用というのがある。退院後、母が送ってきた。
あくまで泡状のクリーナー。トイレットペーパーに塗って使う。
駆け込んで入ったとき、最強のままにされていても困るが、
最弱のまま残されていても困る。
ウォームレットと対になる。今、Wikipediaを見てみたらマドンナが
「日本の暖かい便座が懐かしかった」とコメントしている、とあった。
3.11のあと、ウォームレットはどこも自粛。冷たかった。
それでもウォシュレットはこっそり使った。
そういえば以前、和式のもあると聞いたことがある。
しかし利用に当たっては難しそう。
Twitterで見かけた。「和式便器の生産終了 318年の歴史に幕」
http://kyoko-np.net/2012031501.html
[4111] 断章 2012-03-15 (Thu)何年か前に書きかけて、途中でやめたメモ。
その前半。後半はもっとひどい。
僕はこれ以後、まともに小説を書いていない。
---
世界の終わり。30を過ぎてから、そのことばかり考えている。誤解
してほしくないのは「こんな世界は消えてなくなればいい」ってこ
とを言いたいのではなく。ただ単に、この世界もまたいつの日か終
わりを迎えるのだ、ということ。雨の日ではなく、よく晴れた日に
そのことを考える。会社に向かう途中歩いていて、公園の側を通り
かかる。そこには名前の知らない人たちがたくさんいる。いつも同
じ時間にジョギングで追い越していく人がいる。
終わりってどんなふうに? ねえ、どんなふうに? ああ、うるさ
いな。そんなことどうだっていいじゃないか。一瞬だよ。そう思う。
そうあってほしい。そしてそれ以上のことは何も分からない。だけ
どその一瞬が永遠のように引き伸ばされている風景がそこに広がっ
ていて、その中にポツンと一人立ち尽くしているような感覚がふっ
と通り過ぎていく。それがついさっき。会社に向かうため歩いてい
た。目を閉じたり、深呼吸したりはしない。何事もなかったかのよ
うに歩き続ける。全てを、忘れてしまおうとする。そして本当に、
忘れてしまう。結局のところ、どうでもよかったのだ。
会社のことについて話そう。コンピューター関係、システムという
やつだ。何かをつくったり、何かを変更する。それが時間的、ない
しは空間的に、具体的に抽象的に移動する。その間、何らかの意味
や価値が増えたり減ったりする。
働いて、お金をもらう。お金をもらって、何かに使う。うまくいく
こともあれば失敗することもある。普通の人ですよ、そう。誰もが
同じこと。基本的にこの国に生まれてよかったと思いますよ。ええ。
大きな視点で言ったら、全てが同じことの繰り返しです。小さな視
点で言ったら、あらゆる瞬間が新しいということになります。でも、
つまるところどっちでもないじゃないですか。何事もゼロかイチの
間。はっきりしない。割り切れない。それで何が困るというのでも
ない。ゼロなんてね、存在しないんですよ。無は存在するんですか?
実体化可能ですか? イチは何がイチなのですか? 数えられるん
ですか? 数えるってどういうことですか? 数字を使わずに、あ
なたは説明することができますか? 目の前にリンゴがひとつあり
ます、というのと数字の1は厳密に言うと何かが違うじゃないです
か。コンピューターを前にして考えることはだいたいこんなところ
です。要約すると金のことと数字のことです。他の人たちはいった
い何を考えているのでしょう?
昔々あるところに女の子がいました。退屈ですか? こういう話は。
女の子は赤い靴がほしいと思っていました。その赤い靴で1人静か
に踊るのです。ジゼル。そう、ジゼルという単語が今思い浮かびま
した。これ、なんでしたっけ? 調べたりしたらヤボですよね。フ
ァッションに何らか関係していたような気がします。それで、そう、
赤い靴がほしくて女の子は嘘をつきました。それがささやかな秘密
になりました。世界の果てでたった一人女の子は踊る。踊り続ける。
永遠に。でないと秘密がばれてしまうのです。誰に? 継母に。最
後の靴を売ってくれた人に。もう何年も前に遠くの国に引っ越して
いった友達に。それはつまり、女の子にとっての全世界に。
そういえば、世界と宇宙ってどう違うんでしょうか? 宇宙空間じ
ゃないですよ。地球の大気圏の外の。例のロケットが飛ぶやつ。そ
うじゃなくて、例えば哲学で言うところの宇宙。空間ってあるじゃ
ないですか。どっちと親和性が高いのでしょうか? アインシュタ
インが「場」の話をしたじゃないですか、あれがよくわかりません
でした。だけどサン・ラーという人がつくったアルバムのタイトル
が「Space Is the Place」これはなんとなく分かるんです。でも、
翻訳したらおかしなことになりますよね。この「Space」って宇宙
なのでしょうか、それとも世界なのでしょうか。というかこういう
二項対立でAかBかって意味ないですよね。あるときには宇宙かも
しれないし、あるときには世界かもしれない。そういう可能性だけ
があるんですよ。たぶん。
世界が終わったとき、宇宙はどうなっているのでしょうか。何食わ
ぬ顔をして宇宙の方だけが存在しているのでしょうか。それはどこ
かポッカリと穴があいたようです。いや、ここでは世界の意味を全
くのところ取り違えているのかもしれません。いやはや。村上春樹
的に言ったら、やれやれ。思い出した。宇宙は1つだが、世界は観
測者の視点によっていくらでも存在する。だから今ここで1つなく
なったところでどうってことない。それはつまりこの世界でどれだ
けの人間が死んだとしても大きな視点で言ったら、たいしたことな
いということになります。小さな視点で言ったら、誰もがかけがえ
のないひとつだけの花。ここでまた、ゼロとイチの話に戻るんです。
困ったことにいろんなものがループしてるんです。始まりも終わり
もない。それが宇宙だったり世界だったりするわけです。やれやれ。
こんな感じでよければもっと話しますけど、続けましょうか?
いいですか? パラレルワールドのことを話しています。あなたに
は何の関係もないことかもしれません。いいですか?
先月、海の向こうの国で戦争が始まりました。その国は昔、ひとつ
の国でした。たった何十年前のことです。そのときにも戦争があり
ました。そしてまた起こったのです。国境沿いの小さな島が襲撃さ
れました。どちらが始めたのかについては、双方の言い分がありま
すが、今となってはどうでもいいことです。戦火は本土に移って、
国境を挟んで両方の国に広がりました。今も続いています。徴兵制
の兵士たちが戦っています。この瞬間もある民家に火がつけられ、
ある民家は吹き飛ばされました。たくさんの人が死にました。あの
国は介入しようとしません。ただ、勧告だけがなされます。いろん
な国が集まって協議します。しかし何も決まりません。世界中の国
々が疲弊しきっているのです。他のいくつかの地域で、同じような
紛争が起こっているのです。地球の資源にも限りがあるというのに、
…いえ、これ以上話す必要はないですね。
南側の国には1度行ったことがあります。以前の恋人と。飛行機に
乗って首都のはずれの空港へ。夜。旅行会社の手配するバスに乗っ
て、1時間ぐらいかかったでしょうか。その町並みを見ました。貧
しい地域と裕福な地域とが交互に現れました。次の日から観光地を
回りました。オプションのツアーで国境沿いにも行ってみました。
静かな人気のない場所でした。サングラスをした屈強な兵士たちが
無言で、人形のように立っていました。話しかけても、一緒に写真
を撮っても、微動だにしないんです。
[4110] 周辺というもの 2012-03-14 (Wed)メモ。
「好きなようにやっていい」と言われて、
本当に好き勝手にやったら頓珍漢なことになる。
その場における文法や文脈を無視してはならない。
これが最低限の約束事。
しかし、それらをただトレースするだけだとつまらない。
動きが無くなって色褪せていく。
そこに何かを足したり、引いたり、掛け合わせたりすると面白くなっていく。
それまでになかった視点。これまでとは異なる表し方。
そしてそれはそこに留まりつつ行なうよりも
絶えず動きを意識しながらの方がいい。
自らが動く、周りが動く。両方ある。
このとき、その場の周辺へ、縁へ、ギリギリの際へと向かうのがいい。
境界線があって、こちら側と向こう側とがあって、異質なものと出会う。
向こう側からやって来るもの。こちら側から迎えに行くもの。
この外側への、内側への行き来が新しいものを生む。
そして境界線を更新する。
何かが起きている周辺はその瞬間、(動的な)中心へと反転する。
そういう縁へ、周辺へと向かうところに自由はあるのだと思う。
(静的な、権威的な)中心へ向かう、
中心であろうとするところに自由はなくなっていく。
[4109] スノボというもの 2012-03-13 (Tue)先日昼飯を食べていたらスノボの話になった。
スノボは行く人、行かない人くっきり分かれる。
行く人はシーズンになると月に2回は雪山へと向かう。
もちろん僕は行かない。というか、やったことがない。
引っ込み思案な話だけど、よほどのことがない限りやることは無いと思う。
スキーは高校卒業以来ご無沙汰。でもまあなんとかなるはず。
小中高とアルペンではなくノルディックスキーだったとはいえ、
冬の間ずっと体育の時間がスキーだったから抵抗は無いんですね。
かっこよく滑ることはできなくてなだらかな斜面ならなんとか。
スノボは何が無理かって足が固定じゃないですか。しかも横向き。
考えただけでぞっとする。
何かあったらありえない体勢で転んで骨折するんじゃないかと思う。
でもそれはありえないらしい。
不思議なもんでスノボだけ、スキーはやらないという人と話すと
スキーこそ怖い、足がクロスしたりスキーが外れたりと。
(オリンピックやワールドカップのアルペンスキーで時々起こる
悲惨な事故がイメージにあるのかもしれない)
常々僕ら30代後半は谷間の世代、移行の世代にあると思っていて、
スノボは大学に入った頃から広まった。だから90年代の初め。
その頃はまだスキー場はスキーの方が優勢で
スノボは肩身が狭いということもあった。
ショートスキーのような、一部の上級者が次に手を出すオプションのひとつというか。
それがいつのまにか逆転する。今の若者にとってスキーは古めかしい化石?
携帯もそうですね。
大学1・2年生の頃はポケベルで、3・4年生は070のPHSという時代。
卒業の頃、090の携帯への切替が本格的に進む。
なんとなく個人的な感覚として、
携帯・インターネット・スノボが最初からある世代との間に、
大きなひとつの断層のようなものを感じる。
そんなことないですか?
[4108] 3/5-3/11 2012-03-12 (Mon)3/5(月)
朝からずっと雨。
昼、三省堂の向かいの居酒屋の日替わりランチ。580円。天津丼と肉豆腐。
東京堂書店が改装工事でしばらく閉店している。
夜、セブンイレブンのOL向け、野菜の彩りがカラフルな小さいサイズの弁当とサラダ。
足りなくて家に帰ってきてからリンゴの皮をむいて食べる。
それでも足りなくて、冷凍していた三元豚の一夜干しを解凍して焼いて食べる。
焼酎のお湯割り。
今週から夜は師範への準備。『連塾3』を読み終える。
午前1時に眠る。
昨年末の納会のビンゴで当たったデジタル・フォト・フレーム、
妹夫婦に上げようと青森に送る。帰りにコンビニから。
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3/6(火)
昼、松屋で麻婆豆腐定食、豚汁変更。
480円という値段が値段なのでたいしたことなし。
夜、西友で肉じゃがと3割引の中華惣菜3点セット。
校長の法然に関する本を1日でざっと読み終える。
焼酎お湯割を1杯だけ飲んで、新聞を読む。
午前1時に眠る。
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3/7(水)
昨日に引き続き、朝、雨。午後晴れる。
打ち合わせばかりでバタバタと過ごす。
PJランチ会、「神田ハウス」の隣の地下にあるスープカレーの店へ。
牛スジカレーにしたかったのだがこの日は品切れ。焼豚カレーに。
夜、西友で買った空揚げとカニクリームコロッケ。
ご飯を炊いて電子レンジで温めて、コロッケが熱くて口の中をやけどしそうになる。
昔読みかけてほったらかしていたカート・ヴォネガットのエッセイ集を読む。
なんとなく気になってグレン・グールドをiPhoneに入れて聞く。
例の事前準備が本格化。気分的に忙しくなってきた。
午前1時に眠る。
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3/8(木)
昼、天鴻餃子。新メニューだという海鮮XO醤チャーハン。
20時に仕事終わり。高円寺の蒙古タンメン中本。
帰って来て、何もする気になれず。
James Blakeのアルバムを聞く。
夜寝る前にiTunesとiOSをアップデートしたら
つないでたiPhoneがフリーズしてそれっきり。
黒地に白のリンゴが表示されたまま、電源もOFFにできない。
困った。…途方にくれていたら突然再起動が始まる。
しかし、曲が再生できなくなった。リストはある。
iTunesに接続したときに音楽で55G利用しているのに、
57G空いてますと矛盾した表示だったのが気になる。
明日考えようと寝ることにする。午前1時。
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3/9(金)
終日雨。iPhoneで曲が聞けないのがもどかしい。
忙しい。そういうときに限って臨時の打ち合わせが入ってくる。
19時より牛角で食べ放題、飲み放題の格安コース。
PJの歓迎会ということだったんだけど、ひたすら食べて終わり。
しんどくなるまで食べてしまった。
2軒目に入るも喋るのがつらくなるぐらい・・・
この店はビールただ券が1人1枚使えて、2時間いて破格の安さ。
半分がお通し代。
帰って来て、iPhoneを復元する。バックアップから同期する。
うまくいったようだ。しかし、6000曲の同期は時間がかかる…
午前1時半に眠る。
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3/10(土)
午前4時頃起きてiPhoneの同期の調子を見る。
6000曲のうち、半分まで進んでタイムアウトとなったようだ。
残り半分をやり直してまた布団にもぐりこむ。
そして8時起き。うまくいったようだ。
iOS5.1にアップグレードして、空き領域が1Gほど増えているのはたまたまか??
その分音楽を詰め込む。
朝から雨。終日、感門之盟のあれこれ。
iPhoneに入れたにせんねんもんだいのライヴアルバムを聞く。
これはとても素晴らしい。
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3/11(日)
午前6時頃帰って来て、寝る。
12時過ぎに宅急便で起こされるが、また眠る。
15時過ぎにようやく目が覚めた。
洗濯、クリーニング屋。
心身ともにぐったり疲れて何もする気になれず、「なごみの湯」へ。
日曜の夕方ともあって混雑している。
出て、「ねぎし」へ。和風シチューセットに豚ロース追加。
TSUTAYAから届いたDVDを見るつもりが見つからない。
ハンカチにアイロンをかける。
昨晩頂いた熊澤酒造の純米大吟醸「雨過天晴」を飲む。
もらったどらやきも食べる。
二階堂和美と Tara Jane O'neil のアルバムや
Yes, Mama OK ? 「CEO」などを聞く。
Hella「Tripper」がとてもいい。
[4107] 第30回感門之盟 2012-03-11 (Sun)昨日はイシス編集学校の卒業式系イベント感門之盟に終日参加。
朝まで飲んでて始発で帰って来て昼過ぎまでずっと寝ていた。
前日から引き続き、東京はシトシトと雨が降っていた。
10時、赤坂見附の中華料理屋に教室の方たちと集まって早めの昼食を食べる。
iOS5.1とSiriの話をする。
プレゼントとしてタワレコで買ったCDを皆に渡す。この5ヶ月に因んだものを。
会場の草月ホールへ。早めに着いて
「落冊市」(松岡校長の蔵書のオークション)に出品されていた本を眺める。
『図像学辞典』やその系統の何冊かと
『空海の歩いた道』というヴィジュアル・ブックなどが欲しくなる。
(結果どれも落札できず。どんどん値が吊り上って行く。
僕が入札したどれかは1万円近くにまで達していた。
落札できたのは『グラス片手にデータベース設計 会計システム編』のみ。
100円。何でこんな本を校長が持っていたのか不明)
開場して、前から2列目の席を教室の分確保する。
1列目は関係者席。教室の女の子たちの前に校長が座る…
26守、風韻講座第九座、業、25破、物語講座第四綴、16花、といった流れだったか。
30回記念の映像がところどころ挟まる。
25破で登壇。例によってアロハシャツに裸足。
結局この格好で一日中過ごしていた。
とても目立った。それ以前にさすがに寒かった。
校長からは「最初はどうなることかと思ったが、
師範代を通じてここまで変わるやつもいるとは」とお褒めの言葉を頂く。
それもあってか頂いた先達文庫は岩波文庫のオウィディウス『変身物語』の上下。
手書きのメッセージのほとんどが解読不能なんだけど、
「岡村師範代、好きになりそうだぜ」という微妙な一文が…
泣いちゃうかなーと思っていたら号泣はしなかったものの、
薄っすらと涙ぐんでしまった。
教室の方からは大きな花束が贈られ、
リンゴやペンギンの万年筆、ドラえもんのパスケースのついたレイを壇上でかけてもらう。
(その後、サザンカレー(湘南平塚・茅ヶ崎コラボレーション 骨付きチキン手羽先2本入り)
と、サザンビーチの砂。讃岐うどんと青森ひばのシャンプー。
「たね也」のドラ焼き、茅ヶ崎:熊澤酒造の純米大吟醸「雨過天晴」など頂く。
形のあるもの、ないもの。今回の感門之盟では皆さんからたくさんのものをもらった)
最後、校長の講義。
アンドレ・ルロワ=グーランの『身ぶりと言葉』を引き合いに出しつつ、
欠乏のエンジンが過剰のエンジンへ、
制御のエンジンがリスクの制御のエンジンへと成り果てたこの社会に生きる我々。
そこで大切なのはこの3つ。
1)はなれ、ばなれをつなげる
2)かわる、がわるが起こる
3)にっち、さっちが出会う(これは「ニッチを察知」でもある)
そのために編集学校に託したいことして、
「Generation」と「Penetration」
そして新しい「個」「Specific」ではなく「Particular」
などなど。
会場を移動してアフ感。その前に、先に帰ってしまう方がいるので
近くのコンビ二で缶ビールを買って乾杯。そして駅まで見送りに行く。
アフ感(打ち上げ的飲み会)。イベントスペースで立食形式。
教室の方たちと飲んでいると
重鎮の方たちが立ち寄って祝福の言葉をかけてくれる。
後半、グラス片手にフラフラと歩いていたらあちこちから、
特に26守の学衆さんたちから、「アロハだ!」「靴はいてる!」
(裸足じゃなかったんですね)と声がかかる。
1期若い26守の教室の方たちと話して過ごす。
坐和民に移動して3次会のアフアフ感。
まあいつでもまた会えるからと教室の方たちとは話さず、周りの人たちとばかり。
たまたま向かいに座っていた26守の青年や、25破の周りの教室の人たち、
これまでにどこかで出会った人たち。物語講座にも顔を出したかな。
午前2時か3時を過ぎてそこから記憶無し…
感門之盟の余韻は今日まで。明日からはまた新しい季節が始まる。
僕は来期、27守の師範へ。
ガラッとロールが変わるけど、楽しんでこようと思う。
16花の放伝にて27守の新しい師範代が壇上に並ぶ。
このうちの誰が僕のところに来るのだろう、そんなことを考えながら眺める。
ワクワクした気持ちになってくる。
そういえば今回、教室名を校長が決めて発表する場面を編集したビデオが流れた。
そして校長直筆の教室名が書かれた台紙を受け取る。
あれはとてもいい試みだと思った。
教室を引き受けるということの重みが伝わりますね。
[4106] 初めての確定申告 2012-03-10 (Sat)昨年は残業せず、夜は編集学校の活動に明け暮れていた。
冬は主に「目次録」の原稿作成。これがかなりの収入になった。
副業と読んでいいほどの。というか、20万の枠を大幅に越えた。
確定申告した方がいいんだろうな…、と不安になる。
しないとどうなるんだろう?
オフィシャルに会社には知られたくないし(厄介な手続きが生まれる?)
後でばれて罰金を払うことになったら嫌だ(たぶんそんなことないんだろうけど)
ってことで、確定申告書の作成と提出に挑戦してみた。
熊野古道から帰って来た翌週2/27週に用意して、3/2(金)午後休んで提出。
#ちなみに「目次録」とはこういうもの。とある分野をいくつか担当する。
#http://www.dotbook.jp/magazine-k/2011/11/11/mokujiroku/
僕の場合は主たる会社の「給与」とは別に、もう一箇所からの「報酬」があった。
それぞれ源泉徴収されて「源泉徴収票」と「支払調書」が届いた。
個人事業主ではない。住宅ローンを組んだわけではないし、
医療費の控除や配偶者・扶養者の控除も対象外。
シンプルなケースであってそんなに難しくはないのではないか、と考えた。
「確定申告で困ったときの初心者ガイド」を参考にする。
http://www.sinkoku.net/
便利なサイトがあるもんですね。これでだいたいの雰囲気を掴むことができた。
書類も手書きする必要はなく、国税庁に作成ツールがあった。
https://www.keisan.nta.go.jp/h23/ta_top.htm
しかし、会社の昼休みにあれこれ触って入力してみるけどよく分からないことばかり。
操作マニュアルはある。うーん、知りたいのは使い方ではなくて
(ちなみにUIは今時ありえないぐらい、いけてない)
こういうときはどこにどう書くべきなのか、ということ。
最初のうちはほんとチンプンカンプンだった。
だから税理士という職業があるのか…、なんて思った。
初日は給与と源泉徴収票、報酬と支払調書の違い、
医療費控除は年10万からというのがわかっただけで昼休みが終わった。
このもう一箇所からの報酬をどう記載するべきなのかが、
ちょろっとネットで調べるぐらいでは出てこなかった。
国税庁のツールにて給与を2回入力してみて、なんか違うなと感じたり。
Twitterで呟くと何人かの方から助言をもらった(ありがとうございます)。
困ったら税務署に行って相談するのが一番ということになった。
それでもよかったけど、なんか落ち着かない。
ちゃんと書類が作れるだろうか、提出時に問題が起きないだろうか。
金曜に午後休を取ることにしたけど、それまでじっとして待つことができない。
会社をこっそり抜け出して大きな本屋に行くと確定申告のコーナーがあって
「これを真似して書きなさい」的なガイドブックを立ち読みする。
もう一箇所からの報酬は「雑」という欄に記載することがようやく分かった。
会社に住民税の通知がいかないようにするには
どこにどうチェックを入れるのか、なんてのも。
そうすると逆に自分の住んでるところに通知が来るわけで
結局なんらか支払うことには変わりはないのか、ということに気づく。
給与天引きじゃなくなるだけ。
世の中の仕組が少し見えてきた。
そこのところを乗り越えると見通しがよくなって、
ツールへの入力もまずは一通り済んだ。
申告書にはAとBがあるのか。
Aで作るつもりが、どこをどう間違ったのか出来上がったものはBとなっていた。
そこに悩む。最後まで解決できず。
入力を終えて愕然としたのが
還付金が戻ってくるどころか追加で納入が必要と出たこと。
必要経費を計上しないとこうなるのか…
源泉徴収され過ぎていて戻ってくるとかそんなふうに思っていた。
慌てて手元に残っていた領収書をかき集める。
支払調書の名目が「原稿料」なので必要に応じて買った本は必要経費になる。
しかし、全部が全部取っといたわけではなく。
あとで確定申告することを考えず、
手書きの領収書をもらうどころかレシートの類は全部捨ててた…
かろうじて amazon や HMV などでネット注文したものの納品書は全部揃っていて、
これが領収書という扱いになっていたからそこの部分は賄うことができた。
ほんとはもっとあるはずなのにな。しまった。
一応、出来上がる。
会社を休んでわざわざ税務署まで行かなくても郵送できると教えてもらったけど、
初めてなので何かと不安で対面で提出することにする。
書式が本来AであるべきがBで作ってしまったことや、
「目次録」の作業用に購入した書籍の領収書に記載されている書名が
余りにも統一感なくて(かつ、妖しげなのも多かったりして)
ツッコミを受けるんじゃないかといったこと。
しかし、いざその金曜が来て持っていったらあっさり受領された。
雨の降る中、傘を差していく。税務署の脇にプレハブがあってその中へ。
作成と提出とコーナーが分かれていて、ま、大丈夫だろうと提出の方へ。
混んでて並ぶかと思いきやそんなこともなく。むしろ暇そうにしてたくらい。
もっとピリピリ・キリキリしたのを想像していたので、肩透かし。
「すいません、今年初めて提出します」と言っても、「あー、そう」って感じ。
判子を忘れていったら拇印でよかったり。
ツールでつくって印刷したせいか、書類もざっと眺めて終わり。
源泉徴収票を貼り付ける台紙に支払調書も貼るべきかどうか分からなくて
そのまま持っていったのをその場で貼り付けたぐらい。
漫画に出てくるような「この領収書は本当に必要経費ですか?」
みたいな問答があるんじゃないかとビクビクしていたけど、そんなのないんですね。
あれってサザエさんなんかで「パチンコで当てたから」
と大きな紙袋を抱えて帰ってくるようなものなのか。
そんなこんなで無事終了。一仕事終えてホッとする。
これで副業に精を出しても大丈夫だな。
[4105] 蒙古タンメン中本 2012-03-09 (Fri)昨年夏、目黒で初めて「蒙古タンメン中本」に入って以来、ずっとはまっている。
しばらくブランクがあったんだけど冬になって寒くなって、
高円寺に店があるのを知ってからは週に1・2回は通ってる。
東京を代表するジャンクフードとして
「西のスタ丼・東の中本」としていいだろう。
栄養価を度外視するならこの2つを毎日でも食べていたい。
しかしさすがにそうもいかないから週に1回と決めている。
中本ではこのところ「五目蒙古タンメンの野菜大盛り、辛さ控えめ」
この組み合わせが少しでも健康的に感じられて、というのが我ながら姑息。
でも実際問題、柔らかくなるまで煮たキャベツや白菜が病み付きになる。
最初のうちは激辛スープに付き合っていたけど、
辛さを落とせると知ってからは無理しなくなった。
その分、体に悪いと思いつつ最後まで飲んでしまう…
正直、あれは味の素的な化学調味料の味だと思う。
悔しいけど抗えない。
何よりもあんかけ麻婆豆腐が乗っかっているというのがずるい。
麻婆豆腐好きの僕としてはどうしてもスイッチが入ってしまう。
そして、自分から切ることができない。
気がつくとフラフラと足が向いてボタンを押している。
これを「虜」と言うのか…
辛いものを食べた後は甘いものが食べたくなるものであって
帰り道、コンビ二に寄って森永のジャンボモナカ。
これもまた止められない。最悪の組み合わせ。
あー今晩も食べてしまった。
平日の夜、会社帰りに行ってしまったということは
なんだかんだ自分に言い訳して週末も行ってしまうな。
じゃなきゃスタ丼。あー。
[4104] 2/27-3/5 2012-03-08 (Thu)2/27(月)
休暇も終えてようやく確定申告書作成に取り組む。
わからないことばかり。昼休みをつぶす。
Twitterで呟いて、何人かの方から助言をもらう。ありがたいものです。
夕方、会社を抜け出して三省堂に行って「真似して書けばOK」的なガイドブックを
いくつかあさったら。なんとなく見えてきた。
夜、国税庁の提供するツールに源泉徴収票や支払調書の内容を打ち込む。
どうにかこうにか出来上がったが、
還付金が戻ってくるどころか追加で納税という結果になった。へこむ。
関係しそうな領収書をかき集める。
昼、ココイチでグランドマザーカレー。これはうまい。
定番メニューでもいいのに。なくなるのはもったいない。
夜、残業して帰ってきてコンビニで買ったカット野菜と豚こまで肉野菜炒め。
師範代に推薦する学衆のレポートを求められていて、イッキに書く。
この教室を生き延びたのだからと突破した人全員を推薦する。
校長の『連塾3』を買って読み始める。
確定申告書と格闘して夜、一息ついて焼酎お湯割り。
そのままウダウダしてしまった。午前1時に眠る。
speena の2枚目を聞く。アルバムだと断然2枚目のほうがいい。
ブライアン・ジョーンズの誕生日。生きていたら70歳になる。
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2/28(火)
昼、またしてもココイチでグランドマザーカレー。
ロースカツを乗せてみるが、カツはイマイチだった。
昼休みはまたしても確定申告書と格闘。
3/10(土)感門之盟の前のランチ汁講の店を予約しようとして
めぼしい店に電話してみるが、朝は予約不可とのこと。
夜またいくつか探してみてようやく一軒中華の店を押さえることができた。
会社を出て腹が減って、キッチン南海でひらめフライとしょうが焼きの盛り合わせ。
夜、帰ってくると家の近くでパトカーが何台も。事故があったのか。
午前1時に眠る。
今週は2月の大型案件が片付いて仕事が割と暇。
のんびり過ごすことにする。
Sea and Cake ビルボード東京4/7のチケットを購入。
小沢健二、ひふみよライブCD含む「我ら、時」作品集も。
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2/29(水)
朝起きたら東京は大雪。青森みたいな吹雪。
PJランチ会。焼き鳥屋の親子丼。
雪で配送が滞ったのか西友に寄ったらことごとく棚が空。
かつ30%OFFのものが多かった。いつもだともっと遅くならないと割引しないのに。
各種ぶつ切り、スルメイカ、スモークサーモン、これら30%OFFを買って
夜は焼酎お湯割り。
教室が完全クローズ(正確には勧学会と別院)。
夜はお別れメールのやりとり。これで一区切り。
午前1時に眠る。
岡村靖幸の昨年の『エチケット』ライヴDVD に限定盤があったことを知って
愕然とする。しかも予約は一昨日までだった。
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3/1(木)
朝、東京駅の地下が「イーヨ!!」までつながった。
明日が正式オープン。昨晩はあちこちの店舗にて内覧会。
いてもたってもいられなくなって、水道橋のスタ丼屋に行って生姜丼。豚汁変更。
徹底的にジャンクな気分。帰りは高円寺の中本で五目蒙古タンメン、野菜大盛り。
夜、『マチェーテ』を見た。すこぶる面白い。
なんでこんな映画がもっと作られないのだろう。
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3/2(金)
朝から雨。午後休で荻窪に戻ってきて確定申告の書類を提出。
うまいものを食べようと日本橋まで歩いて「ジジ&ババ」にて特製メンチカツカレー。
税務署はガラガラで書類の提出は待たずにあっさり。特に質問もなく。
幸か不幸か最寄の税務署が部屋から徒歩5分。
外は雨。帰ってきたけど、午後暇になる。
部屋にいても落ち着かず、駅前の「なごみの湯」へ。
平日なのにそこそこ混んでいる。いろんな風呂を往復する。
外に出て露天風呂がぬるい。しかしそれが心地よかったりする。
帰って来て缶ビールを飲みながら昨年末発売された
Adele のロイヤル・アルバート・ホールのライヴDVDを観る。
話好きで笑い方に品がない。ポッチャリは禁句か。
世界一美形なブルドッグって感じ。
しかし、曲も歌もいい。The Cure「Lovesong」のカヴァーがやはりいい。
次に Regina Spektor のライヴ。
Adele とは180°違うけど、この人もいい曲を書く。
ずっとピアノ弾きながら歌うというのがいい。時々ギターを弾く。
バックは弦楽四重奏とドラム。
3本目は Foetus のライヴ。
うーん、この映像はYouTube に転がっていた。
ヘヴィロックの最高峰なので、リマスターを希望。「Hot Horse」がやばい。
「I'll Meet You in Poland Baby」悔しいけど、かっこいい。
焼酎お湯割をガブガブと飲む。Foetusの途中で記憶をなくす。
次の日の朝、布団の中で目を覚ます。
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3/3(土)
7時に目が覚めて、二度寝。10時起き。スタ丼を食べに行く。
帰って来てたまっていた新聞を読む。
来週から仕事も学校も忙しくなる。
この土日は予定をいれず何もせず過ごすことに決める。
たまっていた新聞を読んで、その後DVDを。
矢野顕子と上原ひろみのコンサート。
Sadeのベスト盤の初回特典だったビデオクリップ集。
Slipknot「Iowa」のデラックス・エディションに収録されていたドキュメンタリー。
そして、「ワイルド・スピード MEGA MAX 」予想以上に面白かった。
最近のこの手の映画の中では頭2つ飛びぬけているかもしれない。
金の使い方、シリーズものの楽しみ方を心得ている。
次回作は絶対劇場で観よう。
夜は昨日買って食べなかったサラダなど。
冷凍していた三元豚の味噌漬け。ビールと焼酎お湯割り。
午前1時に眠る。
ひな祭り。特に関係なし。
身のまわりの人はちらし寿司をつくったようだ。
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3/4(日)
9時起き。Underworld を聞く。
高円寺。中本で五目蒙古タンメンの野菜大盛り、辛さ控えめ。
新宿へ。タワレコにて来週末の感門之盟で配るプレゼントを買う。
帰って来て洗濯、クリーニング屋。CDラックを整理。
部屋の中で行方不明になったアロハシャツを探す。
見つからない。どこに行ったのだろう?
たまっていた新聞を読む。
古いのだと2010年9月というのが出てきた。民主党代表戦菅対小沢など。
ま、当らんだろうという前提でレディー・ガガ来日公演の先行抽選を申し込んでみる。
アリーナの奥のほうのスタンディングで14,000円。高い。
Aggrorites の3枚目と4枚目を続けて聞く。
冬のレゲエはジャマイカのオーセンティックなものよりも、LAのパンクなものを。
Jason Mraz のライヴDVDを見る。心地よい演奏。これはいつか生で見てみたい。
夜、ミートボール、冷凍温野菜、ベーコンのスパゲティ。バドワイザー。
「ハングオーバー」の続編。面白いは面白いけど1作目のほうがいい。
次にUnderworldのライヴDVD。2010年のやつ。
Underworldはこれまでいくらでも機会はあったはずなのに一度も観たことがない。
恥ずかしながら「rez」や「Born Slippy」は青春の音であって、
聞くたびに今でも高揚感がある。
この日の最後はandymori「ファンファーレと熱狂」を聞く。
去年のCDショップ大賞を受賞ということで買っといたんだけど、
聞いたのはようやく今晩というありさま。これは確かにいいかもしれない。
午前0時半に眠る。
[4103] 2/13-2/16, 2/25-2/26 2012-03-07 (Wed)2/13(月)
昼休み、忙しくて中華弁当。蒸し鶏。
隙間で熊野古道ツアーのあれこれ準備。プリントアウトしたり。
夜、セブンイレブンの弁当。しらす御飯とサラダ。
午前1時に眠る。
先週末集まったこともあって、
教室の方たちとのやりとりが依然活発。いいことだ。
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2/14(火)
中止となったものの、ようやく Lana Del Rey のチケットを発券。
ローソンチケットなんだけど通勤途中にローソンが1軒もない。
常駐先からしばらく歩いたところに1軒あるだけ。
昼休み、徳萬殿でチャーハンを食べたのち、そこまで行ってみた。
来週休むために今週は残業続き。
夜はセブンイレブンの海苔弁当とサラダ。
帰ってきて疲れて何もできず。
しかし、荷物に物を詰める以外の事前準備があらかた終わる。
午前1時に眠る。
---
2/15(水)
昼、PJランチ会で「弁慶」へ。焼き魚定食は鯖塩。
夜、腹が減って「キッチン南海」でカツカレー。
今日こそ早く帰るつもりが、やっぱ無理。
宅配便は受け取れず。
AKB48のドキュメンタリー映画を観る。
教室のメーリングリストを作成。
午前1時に眠る。
Lana Del Rey のチケットを昼に払い戻し。
手順を調べたら昨日ロッピー端末からそのまま実施できた。
二度手間だったか。
昼休み、昨日たまたま知った speena のファーストアルバムの中古を探す。
---
2/16(木)
行きの地下鉄にて中上健次『鳳仙花』を読み終える。
昼、「味噌や」にて味噌ラーメン+チャーシュー+バター+コーン+玉子。
19時過ぎまで仕事をする。
今週遅くまで仕事をしていたので今日はそれほど忙しくない。
帰りに新宿に寄って、SpeenaのCDを探す。
DiskUnionにはなし。タワレコにあった。
家に帰って「ジレンマ」を繰り返し聞く。
途中高円寺で下りて蒙古タンメン中本にて味噌タンメン野菜大盛り。
夜になって雪が降り始める。
帰って来て荷物をまとめて、洗濯をして22時半には眠る。
寝てて何度か目を覚ます。
---
2/25(土)
朝8時起きで旅日記をずっと書いてる。昨晩からずっと。
昼、コンビニで買った新しいカップヌードル。塩カルビだったか。
プラス、サラダ。夜、みどりのたぬきのでか盛り。
酒も飲まずノンストップで書き続けて、午前0時過ぎに眠る。
昨晩渡せなかったお土産を大家さんに渡して、
休みの間の新聞を受け取る。
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2/26(日)
この日も朝8時起き。13時頃旅日記書き終える。
高円寺へ。中本で蒙古丼。
iPhoneに入れたspeenaのカバー・ミニアルバムを聞く。
帰ってきて無印でバスタオルを買う。洗濯、クリーニング。
教室にメールなど。
夜、『ブラック・スワン』を見る。
ナタリー・ポートマン、すげーな。久々に女優の魂がむき出しの映画を見た。
旅行中の新聞をまとめて読む。
刺身のぶつ切りと半額のローストビーフで缶ビールと焼酎お湯割り。
午前0時過ぎに眠る。
大阪「KingKong」で買った2枚。
「Diva」のサントラを聞いた。とてもよかった。
続けて、Seigen Ono「NekonoTopia NekonoMania」を聞く。
クレジットを見たら元じゃがたらの八尋知洋や、
John Zorn にLounge Lizards 系のEvan LurieやEric Sankoの名前があった。
Made To Measure から発売。
[4102] 熊野古道を歩く その19(2/23:梅田〜伊丹〜羽田) 2012-03-06 (Tue)7時半起きで大浴場へ。
昨晩余ったホワイトサワーと「海苔天 梅味」を片付けつつ
『伝説のロック・ライヴ 名盤50』の続きを。
あれこれ荷物を整理してチェックアウト。
エコ・アクション・ポイントの登録用カードをもらう。
御堂筋線に乗って梅田へ。
途中読むものがなくなったときのためにブックファーストで本を物色する。
稀覯本フェアにて見つけた清水俊彦「ジャズ・オルタナティブ」と
『Quick Japan』のAKB48特集号を買う。
梅田のマルビル前から伊丹空港行きのバスに乗る。先に乗車券を買う。620円。
20分ほどで空港に到着する。
これで大阪も最後とお好み焼きの店に入って、モダン焼きを食べつつビール。
食べ終えて広い待合室でペットボトルのミネラルウォーターを飲む。
喉は渇いてないんだけど、捨てるのももったいない。
保安場で手荷物検査を受けて、搭乗待ち。
定刻通り離陸して定刻通り羽田に到着する。
その間ほとんど寝てすごす。
モノレールに乗って浜松町へ、東京駅へ、丸の内線で荻窪へ。
『伝説のロック・ライヴ 名盤50』を読み終えて『Quick Japan』のAKB48特集号。
大島優子のインタビューを読む。
帰って来てリュックサックを置くと母に電話する。しかし不在。
床屋に行って髪を切る。
平日の夕方荻窪にいたので春木屋へ。初めて「味噌中華蕎麦」を食べた。
味噌ラーメン好きとしてはこれ、新しい領域の開拓だった。
部屋に戻ってくる。母から留守電あり。かけてみる。
無事帰ってきたことを伝える。
紀伊勝浦と本宮町から送った荷物は届いていたようだ。
リュックサックの中を整理する。
iPhoneで撮った写真を整理する。
(今回デジカメを持ってったんだけど、結局使わなかった。
邪魔だし、画質もiPhoneの方がいい)
疲れきって眠る。休みはあと、土日。
夜になって雨が降り出す。
[4101] 熊野古道を歩く その18(2/23:天王寺〜心斎橋〜梅田) 2012-03-05 (Mon)今池商店街に戻る。抜けて、新世界へ。
14時半。時間があったので動物園に入る。
http://www.jazga.or.jp/tennoji/
平日の午後、ほとんど人がいない。たまに見かけても修学旅行の中学生かカップルか。
メガネグマ、ホッキョクグマ、鳥の楽園、アフリカサバンナ。
いったん出て天王寺公園の植物園へ。また戻ってくる。
飛田新地と釜ヶ崎の後に、檻に閉じ込められた動物たちを見ると妙に空しい。空々しい。
動物園そのものをお金がなくて寂れていく一方、という印象を受けた。
橋下大阪市長はどうするのだろう。もっと予算を削るのだろうか。
掲示板にて、いなくなった動物の名前を消しているのが痛々しかった。
遠くに「天王寺MIO」が見えた。JRの駅ビル「MIO」は和歌山だけじゃないんだな。
動物園前の駅から御堂筋線に乗ってなんばへ。
そういえばベルリンも動物園駅はかつて麻薬の売人がはびこっていたと
『クリスチーネ・F』にあった。どうして動物園の駅がこんなことになってしまうのか?
なんばはまあ、雰囲気を感じるために通り過ぎるだけ。
こちらは人混みがすごい。なんてクリーンなのだろう、と思う。
「かに道楽」のかには50歳と書かれたゼッケンのようなものを背負っていた。
心斎橋方面に歩いてアメリカ村へ。結局来てしまう。
中古CDの楽園「King Kong」にて、Pierre Henryのリミックス、「ディーヴァ」のサントラ、
Seigen OnoがMade To Measureで出した初期のアルバム「NekonoTopia NekonoMania」を買う。
Residentsの珍しいサントラも見つけるが、2,800円と高かったのでやめておく。
縁があればまた会えるだろう。テレビの動物番組の音楽だったか。
「Time Bomb Records」にも入る。
本気で見始めるとあれこれ欲しくなるから、雰囲気に浸るだけにする。
何軒かいつも見るところを回ってアロハシャツを物色する。
めぼしいものはなく、「magnets」で古着のセーターを買った。
http://www.magnetsco.com/index.html
淀屋橋に戻って、ホテルに荷物を置く。御堂筋線で梅田へ。
マルビルのタワレコ。出張のたびにここで澤野工房のジャズのCDを買っていたのだが、
今回はお金を使いすぎたのでやめておく。
ステファン・オリヴァのピアノ・ソロによる
バーナード・ハーマン集とフィルム・ノワール集が欲しくなる。
18時過ぎ。梅田エストの「やまもと」へ。
http://negiyaki-yamamoto.com/
行列になっていない。よかった。店内も空いている。
大学の寮の友人と18時半に待ち合わせ。
「HEP FIVE」で時間をつぶしていたら電話が掛かってくる。着いたようだ。
「やまもと」に引き返す。たった10数分のあいだに満席。しばらく待つ。
ねぎ焼き、お好み焼き、オムそばのそれぞれデラックスととん平焼き。ビールを3杯。
北浜の方に知り合いのやっている店があるというのでタクシーに乗っていく。
着いてみると実際には南森町か。
カラオケバー。なかなか分かりにくい場所にある。よって連日、客も少ない。
本当は生バンドを入れて、としたかったのがお金がかかるということでカラオケ。
店の方は皆わざわざ東京から引き抜かれてきたようだ。荻窪や中野の話になる。
歌い手の方がいて本業の歌手。
ホイットニー・ヒューストンの「I will always love you」とプリプリの「M」を歌ってもらう。
一緒に歌いましょう、ブルーハーツはどうですかとなるもカラオケは今、全然気が向かない。
他の客の歌うのを聞いて辛くなって出てくる。下手ではないけど上手ではない。
わざわざ休みを取って大阪まで来て
最後の夜に素人のカラオケを聞かされるのってどうよ、という気分。
しかし店は内装はそれらしく、いい雰囲気で、歌い手の方のキャラクターはとてもよかった。
東京で歌うこともあるようで、そのときには聞きに行きますと約束する。
22時過ぎ。友人と別れて歩いてホテルへ。コンビ二で酒を買い足す。
大浴場に入って最後の熊野古道ビールを飲みつつ、
中山康樹『伝説のロック・ライヴ 名盤50』を読む。
うーん、Allman Brothers Bandの「Live at Fillmore East」は買いか。
などと唸っているうちに寝落ち。午前1時半に目が覚めて布団に入り直す。
[4100] 熊野古道を歩く その17(2/23:天王寺) 2012-03-04 (Sun)急いで起きる必要もなく、8時半起き。地下の大浴場に入りに行く。
昨日フロントでもらったSchickの「Hydro 5」でヒゲを剃る。
エレベーターに乗っていたらアパホテルのミネラルウォーターが発売されたとあった。
例の女社長の顔写真入り。誰も買わないのではないか…
フロントでは同じく顔写真入りのカレーも売られていた。
この思うがままに突き進む感じが成長の原動力か。
経営者になったら自分もそうするかと言えば、絶対しないはずであって、
ああ僕は「日本の社長」(宮尾すすむ的な)にはなれないと思った。
昨日に引き続き、小雨。御堂筋線で天王寺へ。
飛田新地の遊郭に行ってみようと思う。
中上健次『紀州』もここで終えている。飛田新地で新宮出身の女性を探したと。
なので天王寺で下りたんだけど、これは後から考えると動物園前の方が近かったか。
洗練された「HOOP」と「あべのAND」を通り抜け、
iPhoneの地図を頼りに阿倍野を南へ、西へ、と歩いていく。
住宅街に入って狭い道が迷路のように入り組んでいる。西に向かえない。閉ざされる。
飛田新地やその向こうの釜ヶ崎を拒んでいるのかもしれないと思った。
大通りを渡る。大きなマンションが何棟も並ぶ。この奥に飛田新地はあるのだろうか。
「HOOP」やマンションとの落差を思う。
寂れた薄暗い商店街に出る。空気が変わる。ここから昭和のままというような。
アーケードの中を歩いていると左側の通りを曲ったところに「飛田新地料理組合」が見えた。
ここがそうか。通りに入っていく。
小さな店が並んでいる。白地の四角い看板に店の名前。表向き料亭ということになっている。
11時半。ほとんどの店は閉まっていたが、いくつか開いていた。
入り口には電気ストーブと招き猫。
着飾った女性と客引きの女性とがセットで座っている。
通り掛かると「兄ちゃん、兄ちゃん」「戻ってきて」「入ってみて」と盛んに声を掛けられる。
通りの端まで行って、また別の通りへ。
ホステス募集の貼紙。昔は売られてきたという女性も多かったようだが、今はどうなのか。
女の子はまだ10代なんじゃないかというぐらい若い子や
厚化粧しているけどもう40代だろうという人までいた。
地元のおいちゃんみたいな人が店に顔を出している他は僕以外に誰も歩いていない。
行きつ戻りつしてそのうちのひとつに決める。
その店は16時までは30分で11,000円。想像していたよりも安い。
ブーツを脱いで2回に上る。奥の部屋へ。
部屋の奥に布団というかマットが敷いてあって、その脇にローションなど一式。
手前にコタツ。その上に『ブブカ』や『MEN'S NON-NO』
壁には「飛田新地料理組合」による地図と、料金表。30分延長で15,000円。
ビールと日本酒が1,000円。刺身は「要相談」ここが料亭だということを思い出すが、
頼んだらどこから運ばれてくるのだろう? というのが気になった。
まさかこの店で魚を捌くとは思えない。
女の子がお茶とお菓子を持ってきて部屋の中に入ってくる。
部屋の中が暑くて、温度を下げてもらう。お茶を飲む。
このところずっと雨が降っていて洗濯ができないといった世間話をした後で、
「じゃあ、着てるもの全部脱いで」となる。そうする。そしてマットの上に横になる。
さすがに緊張する。始まる。ゴムをつける。拭いた後で、手で、口で。
仰向けになってなすがままになって僕は天井を眺める。
僕はここでいったい何をしているんだろう? と思う。
手持ち無沙汰になって僕は「東京から来た」と言う。
女の子は旅行がうらやましい、私はこの前福井に帰ったけど、看病だったと言う。
本当のことなのか、設定なのか。どちらでもよかった。
上がいいか下がいいかと聞かれて僕は下と答える。
僕は女の子の左腕に触れ、背中へ。そして胸へと下りていく。
以下、自粛。
ことを終えて出てくると雨が上っていた。
商店街に戻って端のほうまで行く。安い定食屋。飲み屋。雑貨屋。
こういうの大阪のおばちゃん以外に誰が着るんだろう? というような服を売っている店。
どこかで演歌のようなものが聞こえる。
なんとはなしに北の方に曲がってしばらく歩いていると動物園前の駅。
その向こうに新世界。じゃんじゃん横丁とスパワールド。通天閣が見えた。
そうか、そういう位置感覚だったのかと知る。
13時近くなって新世界で串カツを食べることにする。
全然客の入っていない店、混んでいる店。
「横綱」とか「じゃんじゃん」といった目立つ店はたぶんいまひとつなんだろうなと
通天閣側の「だるま」にする。少し行列になっていた。
http://kushikatu-daruma.com/
通天閣セット:元祖串かつ、豚かつ、アスパラ、キス、つくね、ウインナー、
うずら、えび、漬けマグロ、どて焼、プラスして牡蠣、ホタテ、牛タンつくね。
生ビールを2杯。平日昼間からのビールはうまい。串カツもうまかった。
店内は活気があって、揚げている方が誰よりも
「いらっしゃいませ」といった声が大きいのがいい。
動物園前駅に戻って、今池方面へと歩く。
安宿が目に付く。冷暖房ありで1,100円とか。昔の木賃宿のようなものか。
商店街に入る。道ゆく人たちに酔っ払いながらパチモンを売るおっちゃんたち。
そのおいちゃんたちにおでんを150円で食べさせる店。
髪を金髪にしたきれいな、しかし「じゃりン子チエ」系の女性が店に立っていた。
三角公園へ。自転車がたくさん停まっている。
窓が全部割られてビニールシートを張った車。住居なのだろう。
今にも壊れそうなバラックが肩寄せあっている。焚き火に人が集まっている。
病院や慈善団体の建物が目に付く。
「この人を探しています」「生活保護を受けられている方は今日から入れます」
上空をヘリコプターが飛んでいる。旋回する。
公園の周りをグルッと回ってみた。ローソンがあった。
眼鏡屋、宝石屋、寿司屋、うどん屋。萩ノ茶屋駅。
車椅子に乗った人をボランティアなのか、押している。
それをあちこちで見かける。
[4099] 熊野古道を歩く その16(2/22:紀伊田辺〜淀屋橋・福島・天満) 2012-03-03 (Sat)12時過ぎ。昼を食べようと駅のほうに引き返す。
「あがら丼」の地図を見ると「一吉」という店の
「初代熊野牛山椒焼丼」がうまそうだったのでそこにしたかったんだけど、
駅の反対側で間に合うかどうかわからなかったので諦める。
紀伊田辺といえばここ、という感じがして「銀ちろ」の本店にした。
http://www.ginchiro.jp/
飲み屋街の中にあった。
入ってみると古きよき料亭という佇まいで奥に厨房が見えて、書き入れ時、
板前たちが忙しそうに立ち振る舞っていた。
どれも個室。4人がけの小さな部屋に入る。
刺身の定食やしらすご飯の定食もあって本来はそちらなんだろうけど、
熊野牛を今回食べる機会がなかったと牛ロース山椒焼定食にした。
(特に熊野牛だとは書いてなかったので違うのかもしれない)
それとこの店はウツボが名物だというのでタタキを。
あと、生ビールをジョッキで。
牛ロース山椒焼はたいしたことないかな。
しかしウツボのタタキはサクサクフワフワでなかなかおいしかった。臭みもない。
今晩もう一人会うことになり、お土産を買う。
三人とも女性だったので冨士屋の川湯温泉フェイスパックがよかったのだが、
さすがにここでは買えない。紀州の備長炭にする。鞄に入れるサイズ。
13時半。時間が来て駅に戻り、リュックサックをコインロッカーから取り出して、
「スーパーくろしお」に乗る。
昨日本宮大社近辺のお土産屋にて買ったワンカップ「やたがらす」を飲む。
さらば和歌山。さらば熊野古道。
『アメリカ ミステリ 傑作選 2003』の続きを読む。
ここから先は旅のボーナストラック。
大阪に寄って明日帰るのではなく一日おいて明後日帰るということで余韻を。
15時半。読んでるうちにあっさりと天王寺へ。久しぶりの大阪。
和歌山出張以来だから1年半ぶり?
1,000円分のICカードを購入、御堂筋線に乗りかえて淀屋橋へ。
アパヴィラホテルにチェックイン。懐かしいなあ。
大阪出張がなくなってすっかりご無沙汰だけど、いつも泊まっていた。
何かのキャンペーンでSchickの「Hydro 5」という新製品?の試供品をもらう。
シェービング・ジェル付き。これは助かる。
エコ・アクション・ポイントにアパホテルのチェーンが賛同しているということで
連泊にあたって必要最小限(浴衣の交換やゴミ箱の清掃)以外の
清掃・交換(アメニティなど)は行なわない、宿泊者がOKならば
エコ・アクション・ポイントが200ポイントとクリスタル・ガイザーを進呈とのこと。
特に困らないのでそちらにしてみる。
荷物を置いてさっそく外に出る。今夜の1軒目は福島ということで梅田へ。
しかし、天王寺・淀屋橋の駅構内や車内で繰り返し聞いたように
この日梅田駅は火災発生により閉鎖。地下鉄も通過。
しまった、困ったな、と歩いていくことにする。
昔何度か淀屋橋から梅田まで橋を渡って歩いたもんだ。
梅田に着くとなにやら思っていたのと風景が違う。
巨大な駅ビルができている。「LUCUA」
いや、その奥の三越伊勢丹や手前の大丸も含めて「大阪ステーションシティ」と言うらしい。
去年の5月にグランドオープン。3年前に来たとき、工事中だったなあ…
http://osakastationcity.com/
「LUCUA」に入ってみる。「スープストックトーキョー」「クリスピー・クリーム・ドーナツ」
「ユナイテッドアローズ」「ディーゼル」「アーバンリサーチストア」「ポーカーフェイス」
まあこういうところの定番か。
5階から外に出ると吹き抜けの巨大な空間。上から大阪駅を見下ろす。面白い眺め。
ベルリン中央駅を思い出した。
福島まで歩いていく。小雨が降り出すが気にしない。
ヒルトンのとても大きなホテルにも驚く。
18時。1軒目は教室の学衆(生徒)の方から教えてもらった「ふくみや」
http://fukumi-ya.com/
大阪に異動した会社の後輩と。
少し遅れるとのことで先に福島店に下見に行ってみると、空いてそう。
しかし店の人に聞いたら予約でいっぱいだった。
通りの向かいの聖天店なら2席空いてるとのことでそちらにする。ただし20時まで。
後輩を駅に迎えに行って、引き返す。
キムチ、塩もつ、もつ鍋を2人前(かなりの大きさ!)、
あとでキャベツ、豆腐、豚ばら肉を追加。ビールを3杯ぐらい飲んだかな。
これで3,000円は安い。大阪に来たらまたここで飲みたい。
もつ鍋はあっさりしていてとてもおいしかった。
雨脚が強まる。20時を過ぎて近くのカフェでコーヒーを飲む。
天満へ。JRの環状線で2駅。後輩とは梅田で別れる。
2軒目は学校でこれまで何かとお世話になった方と
「ふくみや」を教えてくれた学衆(生徒)の方と。
日本一長いという天神橋筋商店街を歩く。立ち飲みが並ぶ。
一見、居酒屋のような佇まいのビストロへ。
最初ビールで、その後ワイン。
ホタテのグリルなどここも何を食べても美味しかった。
その日仕入れた素材で、というやつ。
昼はまた業態が変わるようだ。残念ながら店の名前を控え忘れた。
閉店ギリギリまでいて御堂筋線の終電を逃す。
小雨の降る中、歩いて帰って来る。
地下の大浴場に入ったりして、ウダウダしているうちに寝たのは午前1時半。
[4098] 熊野古道を歩く その15(2/22:川湯温泉〜紀伊田辺) 2012-03-02 (Fri)6時起き。館内の露天風呂に入りに行く。
『アメリカ ミステリ 傑作選 2003』をひとつ読んで7時半にまた入る。
食べ終えて8時半、最後にもう一度だけ入る。
三回とも僕一人、貸切。贅沢だよなあ。
僕のこれから先の人生においてもこれ以上の温泉体験はないかもしれない。
(そう考えるとむしろ安かった。一人なので割り増しで一泊2万を越えたけど)
明るくなって、朝7時だというのに工事が始まる。
ショベルカーが動いている。
仙人風呂の水面から上がる湯気が風に流れている。
森のほうを見るとすぐ目の前の木々に雲がかかっている。
朝食ははりはり鍋、ふぐを網に炙って、こんにゃく(ゆず味噌をつけて)、
マグロ納豆、玉子焼き、梅干、漬物、昨晩の伊勢海老を味噌汁にして。
段ボールに詰めた荷物を最後ガムテープで封をして
伝票に記載してフロントに持っていく。
チェックアウト。ロビーのソファーに座る。バスの時間を待つ。
川の水位が上昇して、本日は仙人風呂を利用できないという掲示を見かける。
ふと、今晩大阪で会う女性たちにお土産を買おうと思い立つ。
川湯温泉のお湯で作られたフェイスパックがかさばらなくてよさそうだ。
スーパーヒアルロン酸、コラーゲン配合。
時間が来て紀伊田辺行きのバスに乗る。雨が少し降っている。
宿の方がお見送りしてくれる。
水曜の朝、乗客はまばら。僕の他は旅行中の若い女性二人。
たまにポツリポツリと短い区間をお年寄りが乗っては下りていく。
短いトンネルをくぐって渡瀬温泉に出る。
しかし湯峰温泉に行って戻ってくるルートは現在通行止めで、
手前の「わたぜ」にてUターンして時間調整のため停車。
バスは2時間。ところどころ熊野古道と並行したり交差しながら進んで行く。
小広王子や近露王子といった停留所がある。
その多くは山間や山里の道。バス停の名前に峠、川、橋などと見かける。
ウトウトして過ごす。
「皆ノ川口」を通過して、ああこれが『紀州』に描かれていた
「皆ノ川ソヴィエト」はここか、養豚場を組織的に、近代的に行うという。
しかしバスから見る限りではここも他と変わらない普通の集落だった。
5分ほどのトイレ休憩があって、外の空気を吸う。
その次が「栗栖川」で若い女性二人がリュックサックを背負って降りていった。
「なくそう差別 守ろう人権」という標語が大きな柱となって道沿いに立てられている。
スカートをはいた女子高生が悠然と乗ってきて、「熊野高校前」で下りていく。
田辺の市街地に入る。これも『紀州』に出てきた「朝来」へ。
だいぶ都市化されて開けている。
道ばたの表示に「浜松から378km」とある。
他にもどこかで「浜松からxxxkm」を見かけた。なぜ浜松?
紀伊田辺の駅前で下りる。11時半前、予定通り。運賃は1,850円。
切符売り場で天王寺までの特急券を買う。指定席で4,510円だったか。
ちょうどいいタイミングで乗っていける「スーパーくろしお」があるものの
せっかくだから紀伊田辺の町をフラフラと歩いてみようと思う。
2本遅らせて13時半過ぎのにする。
リュックサックをコインロッカーに預けて駅の外に出る。
駅前の観光案内所のラックから
「紀伊田辺のあがら丼」と「たなべぇマップ」をもらって、まずは昼食かと歩きだす。
読むと「あがら丼」という食べ物があるのではなく、
田辺の言葉で「私たちの自慢の丼」という意味であるようだ。
なのでしらす丼であったり、海鮮丼であったり、熊野牛焼肉丼であったりマチマチ。
商店街を歩く。シャッター街寸前のようでいてまだ頑張っているというような。
風通しのよさをどこか感じる。地元のFM局(FM TANABE)のミニスタジオがあって、
その番組が街中に流れている。
http://www.fm885.jp/pc/modules/pico/toppage.html
なんとはなしに海蔵寺通りから銀座通りへ。
梅干を初めとする梅製品の店が多い。
飲食店であろうとファッションであろうと
店の佇まいは和歌山とも紀伊勝浦とも新宮とも違って、洗練された雰囲気を感じた。
この近くの「あがら丼」と思って地図を見たら「めはり本舗 三軒茶屋」
行ってみたら、…移転していた。
じゃあってんで近くの「南方熊楠顕彰館」へ。ここには南方熊楠邸もある。
http://www.minakata.org/
最近建てられたのだろう。名のある建築家が設計したのか、モダンな建物。
入場料は300円だったか。僕以外には大学生ぐらいの息子を連れた初老の夫婦。
1階が展示ホールになっていて、
カラフルなパネルでその業績であったり交流であったり南方熊楠の生涯を追う。
ホログラムやタッチパネルが現代的。ここはまあこんなもんか。
どちらかというと本格的な研究者向けなのか、
一般の人が入室できない資料室が充実してそうだった。窓があって中を覗ける。
僕にとって興味深かったのは手書きの手帳(字がうまいんだか下手なのか)や
当時の出版物『訓蒙天然地理学』『究理問答』など。
上の階には「十二支考」の”腹考”のカラーコピーが。
南方熊楠は何か新しいことを考えるときはマインドマップのように
キーワードのリンクを書いていったんですね。
南方熊楠がロンドン時代に筆写し、全巻購入もしたという
ブリタニカ百科事典の第9版(1875−1889)。
ここにあるのは南方熊楠自身のではなく顕彰館が買い直したもの。
参考図書の棚には民俗学ということで
柳田国男に始まって赤坂憲雄の『東北学』の各号が収められていた。
顕彰館の隣には南方熊楠の旧邸。
晩年確かにここに住んでいたのであるが、痛みが激しいということで復元された模様。
母屋、書斎、土蔵など。あえて言えばレプリカなのでどこか博物館の展示っぽい。
庭には粘菌を発見したという柿の木や名前にあやかって大切にした楠の木。
そして安藤みかんの木。天然記念物に指定されているとのこと。
[4097] 熊野古道を歩く その14(2/21:本宮大社〜川湯温泉) 2012-03-01 (Thu)バス停で待ち合わせて、後輩親子に会う。
さっそく昼を食べる。バス停の向かいに蕎麦屋が開いている。
僕は梅若うどんにする。梅、ワカメ、大葉。意外とうまかった。
天カスをたくさん入れる。
本宮大社へお参りに行く。下から見るとかなりの石段。
登りきって本殿へ。僕は一度お参りしているので後ろに下がって待つ。
社務所にて八咫スタンプを押して八咫ポストに投函する。
(なお、今回の場合21日に投函して消印が23日で届いたのが25日。
急ぐ人は普通に出したほうがいいでしょう。
郵便局にすんなり渡されるようではないみたいですね)
紫の袴に上は白、頭には衣冠単、ポックリの靴を履いた神職が厳かに現れて消えていく。
するとどこからか太鼓の音が。何かしらの儀式が始まったようだ。
後輩親子がお守りを買って、本宮大社を後にする。
14時になるかならないか。帰りのバスは15時。
どうやって時間をつぶすかという話になって、
せっかくだから温泉に入ったらいいんじゃないかと僕は提案する。
宿に電話して日帰り入浴を行なっているかどうか聞いてみると
本来やっていないが、特別にオーケーということになる。
マイクロバスの運転手にもそのように伝えてもらう。
宿に戻る。仙人風呂を見ると、内湯に日帰り入浴ではなくそちらに入りたいとなる。
宿で女性用の水着を借りる。子供用はないとのこと。僕は入らない。
どこで着替えるかということになって、僕は僕の部屋でいいんじゃないかと。そうする。
着替えて外に出ようとすると女将からチクッと言われる。
「どのようなご関係ですか? ご家族やご親族の方ならばよろしいのですが」
そう問われて僕は「大学の友人ですが」と答える。
「冨士屋といたしましてはそのような場合にお部屋にお通しするのをよしとしかねます。
先ほど、公共の脱衣所があることを申しそびれました」
毅然とした態度を取られる。それは単に厄介ごとを拒絶するのではなく、
宿に泊まる多くの方に快適さと安らぎのある空間を提供する立場として
一線を引かなくてはならないこともあるのだという意思表示としての
人工的な不快感の表れであった。演じるということ。
たいしたもんだな、と思った。
この冨士屋、高いけどどうなんだろう? と思っていたところにこの一件、
むしろ僕は冨士屋側に傾いた。
まあ不倫と思われてもしょうがないよな。
後輩親子が仙人風呂に入っているあいだに、後輩たちの着替えを部屋から運ぶ。
帰りは公共の脱衣所を利用した方がいいだろうと。
(結局はそこまで行くのが寒いとその場で着替えたけど)
バスの時間は15時を過ぎてすぐ。
その間、バツが悪くて外で待っていたら女将が来て
せっかくだからロビーで待っていてくださいと。そうする。
後輩たちがバスに乗って帰る。
僕が宿の中に入ると「お帰りなさいませ」とそこから先は
何事もなかったかのように振舞われる。
もてなしとはなるほど、そういうことでもあるのか、と考えさせられた。
引きずらない。その時々でフラットな立場に立って振舞う。
逆に普段とは異なるものがそこに持ち込まれた場合には、フラットになるようにする。
その宿の格式に基づいた一定のルールに従って。
その後はずっと温泉と酒と。
『アメリカ ミステリ 傑作選 2003』の続きを読む。
ひとつ読み終えると温泉に入りにゆく。上がってくるとまた次のを読む。
酒を飲みながら。これを夜が更けるまでえんえん繰り返す。
今の自分の手の届く範囲でこれが最高級の贅沢なのだなと思った。
裏を返すと、今の自分の人生レベルとでも呼ぶべきものとその方向性はここなのだな、
ということを感じた。
食事:食前酒、造り(伊勢海老・マグロ)、サンマの寿司、鯉チップス、
イカと明太子の和え物、鯛のマリネ、ブリの照り焼き(付け合せにさつま芋の甘煮など)、
陶板焼き(ボタン肉・茄子・椎茸・ブロッコリーをからしマヨネーズ、もみじおろしなど)
鯛のあら炊き、鯛飯、漬け物、吸い物、
フルーツ(リンゴ、イチゴ)、シフォンケーキ
ビールは3本。
湯上り後の冷酒は昨晩の「熊野川」ではなく「黒牛」にしてみる。
つまみに昼に買った「ぬれいか天」
夜、最後の温泉。辺り一面に広がった工事灯が赤く瞬いている。
酔いが回った頃、午前0時に眠る。
[4096] 熊野古道を歩く その13(2/21:発心門王子〜本宮大社) 2012-02-29 (Wed)6時半起き。ひと風呂浴びて、出てきて『メロン牧場 花嫁は死神』を読み終える。
8時朝食。のどぐろを網で焼く、湯豆腐、大根と厚揚げの煮物、シメジの煮付け、
セロリの和え物、玉子・ブロッコリー・ジャガイモのグラタン、
ごはん、味噌汁、パイナップル。朝から豪華。
9時になって、宿のマイクロバスに乗って発心門王子へ。
帰りも15時までに連絡をすれば本宮大社まで来てもらえることになる。
本宮大社まで10分ほどか。
ここで朝食のときに一緒になった4人組の初老の方たちと一緒になる。
駐車場に停めた車から下りてきてマイクロバスに乗ってくる。
おそらく発心門王子から本宮大社まで歩いてきて、車で帰るのだろう。
ここから発心門王子も10分。下りてさっそく歩き出す。
http://www.wakayama-kanko.or.jp/walk/018/map2.html
しばらくは農家ばかり、田舎ののどかな道を歩く。
木彫りだろうか。手作りの老夫婦の人形が「ようこそ熊野古道へ」と歓迎する。
もう少し先に、別の人形を見かける。
公衆電話を見つけ、午後会うことになっていた映画サークルの後輩に電話をかける。
昨晩メールをくれたようだが、圏外だったので気付かなかった。
マイクロバスが本宮大社に出てメールを受信する。発心門王子でまた圏外になる。
同じ和歌山県内に電話しているはずが、話しているうちに10円玉が見る見る間に減っていく。
歩き出す。4人組の方たちに追い抜かれ、
しばらくしてから追いついて、少し話して、追い抜く。
09:40 水呑王子。古びたホームの待合室のような休憩所があった。椅子もそんな感じ。
なぜか薄ら寒いものを感じてトイレにも寄らずに立ち去る。
ここから山の中。
しかし、一昨日のようなかなりハード、昨日のような少しハードな上り下りはなく、
ほぼ平坦な下りの道のり。初級者向け。
山登りに自信のない人がほんの少し熊野古道の雰囲気を味わうというのにいいだろう。
10:05 伏拝王子。しばらくするとまた集落に出る。半農半観光という感じ。
途中にサイケデリックな赤に車体を塗った車が置かれた広場があった。
他にもカラフルで摩訶不思議なオブジェがいくつか。
ヒッピー的価値観を持った人が熊野古道に住みついたのか。
伏拝王子は平安時代に和泉式部が都から熊野詣でで訪れたところ
ちょうどここで月のものがあって、参詣を諦める歌を詠んだら
夢の中に熊野権現が表れて参詣を許したという。
10:20 三軒茶屋跡。また山の中に入る。その入り口で鶯が鳴いていた。
しばらく行くと「ちょっとよりみち展望台」というのがあった。
少し気になったが、登らずにそのまま本宮大社まで行くことにした。
10:50 祓戸王子。しばらく山道の下りが続いて、墓地が見えてきて開けた。
本宮大社は目と鼻の先。到着。裏口から入ることになる。
お参りする。こちらは普通に誰でも本殿を参拝できる。ただし写真撮影不可。
こちらは朱塗りじゃないんですね。第一殿から第四殿まで順にお参りする。
そのうちのひとつの前で女性が熱心に祈っていたのが印象的だった。
あちこちでサッカーにちなんだ八咫烏を見かける。ちょっと俗っぽい。
しかし「八咫ポスト」なるものがあって、
社務所にて記念の八咫スタンプを押して投函できると知るとちょっと試してみたくなる。
見ると真っ黒なポストの上に八咫烏が羽ばたいていた。
絵葉書と切手を買おうといったん、本宮大社の外に出る。
(後でネットで調べたら中でも売ってたみたいですね)
急な階段を下りていく。これを後でまた登るのか…
11時半。本宮の町を歩く。庁舎があり、銀行や郵便局があり、と開けている。
観光客向けにおしゃれな喫茶店もある。カレーがメニューにあっておいしそうだった。
他にもよさげな店がいくつかあったんだけど、なぜか火曜が定休日ばかり…
後輩が来るのは13時前。
それまでのあいだに土産物屋を見つけて、会社と家のお土産を買おうとする。
冨士屋で買えばいいかと思っていたのが、
土産物売り場はあってそれなりにあれこれ売ってはいたものの
手ごろな当たり障りのないお菓子がなかった。
長屋のように何軒か固まって入っている細長い建物があった。
最初入った小さな店はオーガニックな食品を扱っていて、
この近くで作ったものだと熱心に勧めてくれるんだけどちょっと違う。
ガラスの瓶に入っているのも扱いにくいし。
熊野古道の写真を絵葉書にしたものだけを買う。
ついでに紀陽銀行の位置を聞いて、すぐ裏だったので行ってお金を下ろす。
そう言えば昨日は給料日だった。
観光地にありがちな、町営の大きなお土産屋を見つける。
いくつか試食してみて会社には「みかんのケーキ」にする。
大家さんには先日の「ほたて紀州煮」
これらは宿に持って帰って他の荷物と一緒に箱詰めして送ることにする。
家には梅干と妹夫婦用に「熊野川」を一瓶。こちらは宅急便で送る。
あと、自分のつまみ用に「ぬれいか天」と「海苔天 梅味」
ワンカップの清酒「やたがらす」
バス停の裏にある「和歌山県世界遺産センター」というのに行ってみるが閉まっている。
http://www.sekaiisan-wakayama.jp/
ガラス張りの中を覗くと混沌とした有様。台風12号の被害を受けたようだ。
熊野川の河原に出た後に「大斎原」を見に行く。
日本一大きいという黒い鳥居。かつて本宮大社はここにあった。
明治時代の水害により流されてしまった。
上流の十津川で急激な森林伐採を行なったのが原因であるという。
今は石碑のようなものが2つあるだけ。その空間を木々が覆っている。
このぽっかりと開いた空間というのがどこか心地よかった。
[4095] 熊野古道を歩く その12(2/20:請川〜川湯温泉) 2012-02-28 (Tue)請川の町を歩く。田舎だけど多少開けている。
しかしここも本宮大社と温泉街のあいだってことで成り立っている町か。
いくつか店があって、というだけ。取り立てて見るべきものはない。
「請川のお滝さん」というのが本宮町名勝八景のひとつとのことだったが、
僕は川湯温泉までの道のりをそのまま行くことにした。
川べりに出る。温泉が近づいて水の色が本当に水色。
鉄橋を渡り、さらに歩く。10分ほど進むと川沿いの温泉郷へ。
まずはキャンプ場があった。その先に今回2泊する「冨士屋」が見えた。
一番端、手前にあって確かに目の前に川を堰き止めて作る「仙人風呂」があった。
さっそく見に行くと石を組んで長方形の形にした広い風呂の中に男性が何人か入っていた。
その周りは工事中。台風の影響によるものなのか。
トラックが待機して、ショベルカーが何台も動いている。
(これが泊まっていた3日間、朝から晩まで続いた)
この時点で13時半。チェックインまでまだ時間があると
川の上流のほうに公園を見つけるとそちらでしばらく過ごすことにした。
古びた鉄橋には手作りの紙製の人形のようなものが吊り下げられていて、
そのうちのひとつは「ONE PIECE」のルフィだった。子供たちが作るのか。
後に聞いた話では春には鯉のぼりになるという。
「冨士屋」に入る。今回の旅行ではここだけ飛びぬけて高い宿になる。
http://www.fuziya.co.jp/
黒を基調にした内装。フロントの反対側に豪華な雛壇が飾られていた。
2階の和室へ。お茶を運んできてくれたおばちゃんに
明日の9時の発心門王子への送迎バスの予約をお願いする。
せっかくだから貸切露天風呂ってやつを利用してみようかと尋ねてみたら、
今日は宿泊客が少ないからいつ入っても貸切のようなもの、とのことだった。
ついでにどこかで現金が下ろせるかというのも聞いてみる。
本宮に行けば紀陽銀行があると分かる。
最後に、荷物を送りたいと段ボール箱とガムテープ、伝票を持ってきてもらう。
さっそく館内の露天風呂に入ってみる。確かに貸切。
今日も5時間しっかり歩いた後なので温泉が心地よい。
お湯はしっとりさらさらな透明系。
これで工事がなく、静かならば言うことないのだが…
次に仙人風呂へ。本当は水着を借りて入ればいいんだろうけど
他にあまり人がいなかったのでこっそり素っ裸で出入り時にタオルで覆って。
お湯はぬるめ。目の前に森、背後に立ち並ぶ宿。
開けっぴろげな露天風呂という感じでそれほど面白いものでもない。
落ち着かなくてすぐにも出てきた。ま、話のタネにという程度か。
夏は河原の砂利をスコップで掘ればお湯が沸くということで、そっちの方が楽しいと思う。
館内の自販機で缶ビールを買う。500mlのロングが500円。やはり高い。
「熊野古道」という地ビールが350mlのが3本入りで1,200円。こちらも買ってみる。
部屋に戻ったらまさかのiPhone圏外。
メールを送りたく、つながるところを求めて、宿を出て、キャンプ場のほうまで。
浴衣の上にどてらという格好で。
最初のうちは湯上りで暑いぐらいだったが徐々に体が冷えてくる。
再度また温泉に入りに行く。
体が温まったところでお湯に浸したタオルでヒゲを柔らかくして、T字カミソリだけで剃る。
だいぶ柔らかくなったもののそれでもカミソリ負けして何箇所か血が出た。
旅行用の小さいのを買って持って来ればよかった。
この後ずっとビール飲みながら、iPhoneで音楽を聞きつつ
電気グルーヴの『メロン牧場 花嫁は死神』を読んで
夕方から夜までを過ごした。時々温泉に入りに行く。とことんゆるんだ。
ネットに繋がらないというのが良かったのか。
夕食は部屋で。
前酒、なまこ酢、わけぎ貝柱、焼目かますの小柚寿司、
シメジ・アサリのお吸い物、造り(マグロ、アワビ、鯛)、
鯛と鰻のかぶら蒸しのカニあんかけ、岩清水豚バラとエリンギのかさね焼き、
太刀魚・椎茸・獅子唐の天ぷら、岩清水豚ロース(椎茸、豆腐、水菜)の豆乳しゃぶしゃぶ、
ご飯は釜で炊いて炭が入っている、
フルーツ盛り合わせ(オレンジ、キウイ、イチゴ)、フルーツケーキ。
瓶ビールを2本。氷水でいっぱいにした桶に入って出てくるのが嬉しい。
食べ終えて「熊野古道」を飲んでみる。古代米と黒米を使っているとのこと。
そこはかとなく土の苦味があってフルーティー。
ひと風呂浴びた後で「熊野川」という地酒も頼んで飲んでみた。
こちらもまた氷で冷やして出てくる。キリッと飲みやすい。
先日買った「ほたて紀州煮」もおいしかった。
飲み続けて、午前0時過ぎに眠る。
[4094] 熊野古道を歩く その11(2/20:小口〜小雲取越〜請川) 2012-02-27 (Mon)7時半に起きる。8時に朝食。
朝食。一夜干し、ほうれん草の胡麻和え、胡麻豆腐、目玉焼き、
海苔、梅干、明太子、たくあん、マグロと昆布を梅で和えたもの、味噌汁。
しっかり食べて宿を出る。
おばちゃんに熊野古道の入り口までの道案内をしてもらう。
おばちゃんはこちらが見えなくなるまで手を振ってくれる。
小口の村の中をしばらく歩いて村はずれのトンネルをくぐり抜ける。
本日は13kmの道のりとなる。しかし、昨日ほどのアップダウンはない。
公式ガイドの地図ではハイキングコースと書かれている。
(とはいえ、「え、ウソだろ?」と思うような登り坂は前半何度もあった)
http://www.wakayama-kanko.or.jp/walk/024/map.html
09:50 桜茶屋跡。登り口すぐのところで遠くにヘリコプターの音が聞こえた。
見ると向こうでローターが回転したまま地面に停まっている。
誰かを、何かを、待っていたのか。そしてなぜか演歌が大きな音で流れていた。
この日の朝だけのことなのか。いつもこの時間には定期バスのように飛ぶのか。
10:30 石堂茶屋跡。冬だというのに小さな虫がまとわりついてきた。
植生が違うのか、こちらのルートは苔がそれほど生えていない。
前日の、全てを覆いつくさんとする生き物のようではなく
ただ単純に年月と共に積み重なってきた苔というだけのような。
心なしかこちらの方が落ち葉も多かった。
10:45 林道交差。古道を歩いているとトイレがあんまりなくて、
2時間おきにひとつぐらいしかない。
時々我慢しながら歩くことになる。かといって立ちションもイヤ。
林道を下っていったところにあると知って降りていく。
途中「和歌山県朝日夕日百選の碑」というのがあって、
山々を一望に見渡せる場所があった。この眺めは素晴らしかった。
その見晴らしのいいところに「太陽光発電実証実験バイオ処理式トイレ」があった。
微生物が有機物を食べて二酸化炭素と水分に分解するという。
11:10 百間ぐら。大雲取越・小雲取越を通してここの眺めが最高か。
木々の向こうに白いダムのように見えるものがあって、あれは何かと気になった。
熊野川も見える? おそらく今日のゴールの請川から川湯温泉の辺りなのだろう。
ここからはひたすら坂道となる。
11:45 松畑茶屋跡。直前の坂道でペットボトルが落ちていた。
見捨てることもできず拾っていく。
ミネラルウォーターだからと言って中身を撒くこともしたくない。水源が違うし。
茶屋跡で休憩。石垣が組まれている。
民宿で作ってもらったおにぎりを食べる。昆布、梅、おかか。
おかずにコロッケと鮭の切り身。こういうところでの素朴なおにぎりはいいもんです。
歩き出してしばらくして、一人すれ違う。二日かかってようやく一人。
12:40 請川。熊野古道はここでいったん一区切り。
トイレに行ってペットボトルの水を捨てる。
コンビニを見つける。ヤマザキだったか。
缶ビールを買っていくかどうか迷う。温泉宿だと高そうだしなあ。
でも、いきなり失礼かとやめておく。
髯を剃りたくてシェービング・フォームを探すが、小さいのが売っていない。
2回ぐらい剃って捨てるのだからもったいない。これもやめる。
現金の持ち合わせが少なくなって
コンビ二ATMがあったらうれしかったんだけどそれもなし。
[4093] 熊野古道を歩く その10(2/19:小口) 2012-02-26 (Sun)橋を渡った先に今日の宿「民宿百福」があった。
http://www.kumano-travel.com/?action_ContentsDetail_Detail=true&id=75
入ってみても誰もいない。裏に回ってみると宿のおばちゃんがいた。
さっそく部屋に案内される。お茶を飲む。大福のような白い餅がやけにうまかった。
一風呂浴びる。もちろん大浴場ではなく家風呂。
しかし、5時間半山道を歩いた後の風呂は最高。
ここのお湯が今回最も心身共に染みた。お湯に浸った。
民宿でジャージを貸してくれた。こういうのが嬉しい。
床の間のある畳の部屋。足の爪が伸びていることに気付いて、爪切りを借りる。
宿の瓶ビールを飲む。つまみは「こういうのしかないですが」と柿の種とねじりあられ。
いや、それで十分。
おばちゃんがこれまでの下着の洗濯もしてくれた。部屋の中に干す。
何とはなしにテレビをつけたらNHKで宮崎の復興支援コンサートが中継されていて、
井手綾香が宮崎のために作った曲を地元の高校の合唱団と共に歌っていた。
今夜の宿泊は僕一人だった。宿帳を見ると昨晩は二人。
先月から遡って数えてみるとそんなに利用されていないことがわかる。
このような小さな民宿だと台風の影響をもろに受けているのだろう。
一人きり部屋の中にいると母の実家で過ごしているような気分になる。
青森を思い出す。
座椅子に座って『紀州』の続きを読む。
僕は小口の橋を渡って村に入った。
再開した箇所では中上健次もまた車で小口の橋を渡るところだった。シンクロする。
ほろ酔いになって、疲れもあって、うたた寝。
おばちゃんに起こされて食事。
自分の部屋ではなくて入り口の食堂兼フロントのような部屋で。
宿のおじさんが釣った魚を持って立っている写真や熊野古道の滝を撮った写真が飾られている。
食べ物はなかなか豪華だった。温泉宿的な豪華さというよりは山里的豪華さ。
・天ぷら:海老、しいたけ、かぼちゃ、茄子、玉ねぎ、たらの芽、アスパラガス
・刺身:マグロ、ホタテ、わかめ
・煮もの:冬瓜、人参、椎茸、鳥肉
・山うどと豆腐を炒ったもの
・イカと青菜のからし和え
・ししゃもの塩焼き
・鮎の煮付け
・漬け物、吸い物
昼食べてなかったということもあり、ご飯は小ぶりの茶碗に3杯か4杯はおかわりを。
それにしても僕一人のためにマグロを数切れ、近くの店から取り寄せるんだろうな…
さらにビールを2本飲む。
『紀州』を読み終えて、『アメリカ ミステリ 傑作選 2003』へ。
読んでいるうちに眠くなる。
歩き疲れて前の晩あんまり寝てなくて、周りはシンシンとするような静けさ。
22時には眠ってしまう。
[4092] 熊野古道を歩く その9(2/19:那智〜大雲取越〜小口) 2012-02-25 (Sat)6時半起き。というか目が覚めた。5時間しか寝ていない。
温泉に入りにいく。「ホテル浦島」に入りにいく前提なのか、「万清楼」は温泉がひとつだけ。
朝食。サメの皮を炙る。他にひじき、温泉玉子、揚げ出し豆腐、キンピラゴボウ。
うまかった。「万清楼」はまた来てみたい。ゆっくり過ごしたい。
ごはんは一人用の釜で炊いている。
おかわりできますよと言われたけど、頼んだらまた釜が出てくるのだろうか?
デザートはパイナップル。
8時。荷物をまとめてすぐチェックアウト。Fさんが見送り。ここでお別れ。
リュックサックを背負って駅前まで歩いていく。
港では「南紀勝浦C級・SEA級グルメフェア」というのが開催されていた。
C級は珍味、SEA級は海の幸とのこと。1月から3月までの土日が対象。
この日駅前の広場では「南の国の雪まつり」も開催。
雪の積もらない南紀。子供たちのために長野県白馬村から100トンもの雪を持ってくる。
自転車に乗ってきた子供たちが続々と集まってきていた。
紀伊勝浦では他に「ひなめぐり」ということで町のあちこちでおひなさまが飾られていて
その地図が配られていた。3月3日は「ミニまぐろ祭り」も開かれる。
観光に熱心だった。
「ミニまぐろ祭り」は開催内容を見てみるとマグロの一頭造り、マグロ試食、
マグロ汁サービス、カブト焼きサービス、郷土芸能、マグロ重量当てクイズと
これのどこがミニなのか? と。
もしかして「本マグロ祭り」が別なシーズンにあって、もっとすごいのかも。
http://www3.ocn.ne.jp/~nk-onsen/c_new_maguro.html
そういえば紀伊勝浦に宿泊した人の中から毎月1名に
「出前解体付き生まぐろプレゼントキャンペーン」というのがあった。
もちろん僕も申し込んだ。
http://www.nachikan.jp/oshirase/201105maguro-present/
紀伊勝浦の駅前からバスに乗ってそのまま那智大社まで。
乗りかえ無しで行けるのが嬉しい。
最初は新宮に二泊してというつもりだったのがFさんの勧めで1泊は紀伊勝浦へ。
いい宿にも泊まったし、アクセスがよかったし正解だった。
終点で下りて石段を上り、那智大社へ。
9時。青岸渡寺の裏側にある入り口から熊野古道へと入っていく。
この日は小口までの大雲取越ルート14.5kmを歩く。
http://www.wakayama-kanko.or.jp/walk/023/map.html
いきなり急な上り。いつ終わるのか分からないぐらいの。
一昨日・昨日と違って今日は荷物を全部詰めたリュックサックを背負っている。
これが辛い。やはり、重い。本を4冊も持ってくるんじゃなかったとか。
お土産に飴だの帆立紀州煮だの買うんじゃなかったとか。
ウネウネと方向を変えながら石段になり山道になりを繰り返す。
(結局全工程でここが一番苦しかった)
最初のチェックポイントである那智高原休憩所には30分後に到着、
なだらかな坂があって子供向けの遊具施設があった。
僕はトイレに立ち寄っただけですぐ先へと向かう。
その次の登立茶屋跡には10時過ぎ。なかなかいいペースで進む。
この日は最初から最後まで一人きり。
追い越すことも追い抜かれることもすれ違うこともなかった。
木漏れ日。鳥の声。風が木々を通り抜ける。僕の歩く音と呼吸の音しか聞こえない。
世界遺産ということでゴミひとつ落ちていない。
途中、道にペットボトルに茶色い液体を詰めたのがスーパーの袋に何本も入っているのを見かけた。
なんだろう? しかし、その脇に工具袋に入ったチェンソーが置かれていて、
おそらく何らかの森林伐採作業員的な仕事だったのか。
見かけたのはそれぐらい。あとは標識があるだけ。那智まで何キロ、小口まで何キロと。
それが割と頻繁なペースで出会うので迷うことがない。
道が分かれているところも「この道は熊野古道ではありません」と立て札が立てられている。
10:30 舟見茶屋跡。これまでずっと登り道だったのが報われるような、壮大な山の眺め。
舟見峠からは遠くにかすかに勝浦湾が見えた。
登りが続くとダウンジャケットでは暑く脱ぎたくなり、下りに入ると寒くなる。
10:55 色川辻。仕事のことであったり、学校のことであったり。
あれこれと取り留めのないことを考えている。それがずっと続く。
無を埋めるように。湧き上がってくる。細切れの言葉となって。
登り坂が続いて意識は半分ぐらい朦朧としている。
11:15 林道交差。この辺りから小川のせせらぎが聞こえだす。霜柱が見える。
地面をふと見ると白いものが混じっている。苔のわけがない。雪でもない。霜か。
11:25 林道合流。ここからしばらく舗装された道路となる。少し楽になる。
バサバサという音がして、飛び立つ。あれはタンチョウだったのだろうか。
丸太として切り落とされた木々が打ち捨てられたのか、
黄緑色の苔に覆われて現代アートのオブジェのようだった。
11:45 地蔵茶屋。休憩所に囲炉裏があった。記帳があったが、悩んだ末に名前を残さず。
足の踵が痛い。靴擦れとはいかないまでも。マメができてつぶれたのだろうか。
ブーツが合ってなくて、靴下が薄いのだろう。歩けないほどではないので我慢して歩く。
12:00 石倉峠。最も奥深いところに入っていく。
岩の灰色。苔の緑色。霜の白。紫色に枯れた根の這うような植物たち。
細長い木々の幹の茶色。見上げた頭上に木々の葉の緑。
そこに存在する多くのものが苔で覆われていた。ナウシカとタルコフスキーを思い出した。
ここは「ゾーン」だ。苔はまるで意志を持ち繁殖する生き物のようだった。
自分がまるで何かの巨大な生物の細胞であるかのように感じた。
12:30 越前峠。熊野小学校、卒業遠足と書かれた立て札が何年分も。10年前のもあったか。
それが根元から抜かれている。誰かが抜いたのか、それとも台風が?
洞切坂。ここから下り坂になっていくのでゆっくり進んでいく。石が滑りやすくなる。
13:30 楠の久保旅籠跡。それぞれ旅籠跡や茶屋跡には
由来やエピソードが書かれた解説板が立っている。ここにはこんなことが書かれていた。
「野菜を植えても猿や鹿が食べてしまうため、干しわらびしか出せなかった」
「『豆腐あります。湯が沸いてます』がここの旅籠の謳い文句だった」
「大正時代までは旅籠として活用されていた。江戸時代には十数軒がここに立っていた」
それらの旅籠も今はなく、石垣が残るのみ。建物は全て土に返ったのか。
さらに下りが続く。足をひねりそうになる。
だいぶゴールに近づいてきた、小口側が見えてきたという頃に
地元のおばさんが立っているのに出会う。
町のイベントの運営スタッフとしてNHKのキャラクターの「わかまるくん」の人形を抱えていた。
「滑るから気をつけて」と言われた側から転びそうになる。
14:30 小口到着。最後は小さな古い民家のあいだをぬける。
ダムが見える。昨年の台風で流された流木で詰まっている。川の水がオレンジ色。
廃校になった小学校があって、そこのトイレを借りる。
ようやく携帯のアンテナが立つ。
小口は川沿いの小さな村。母の故郷のようだった。
いくつか食糧と雑貨を商う店があるだけ。
[4091] 熊野古道を歩く その8(2/18:紀伊勝浦) 2012-02-24 (Fri)17時半。駅を出て歩く。
紀伊勝浦って僕も知ってるぐらいの漁港の町、温泉のある観光の町なんだけど、
それでも新宮とどっこいどっこいなぐらいに寂れた町だった。
新宮の方がまだ都会かもしれない。
わずかばかりの商店街を歩く。あちこちでマグロマグロと。
港に出る。宿は「万清楼」
http://www.urashimachain.co.jp/manseiro/index.html
チェックイン後、荷物を置いて同じ系列の「ホテル浦島」の温泉に入りにいく。
http://www.hotelurashima.co.jp/
半島になっていて、フェリーで渡る。20分おきに1本ぐらいで出ていて無料。
「万清楼」の宿泊客ならば温泉の利用も無料。
紀伊勝浦はこの「ホテル浦島」と「ホテル中の島」が勢力を二分するようだ。
この二つがそれぞれ母体となる観光案内所を商店街や港のあちこちでみかけた。
「ホテル中の島」もまたフェリーで向かう。こちらは島そのものがホテル。
5分ほどで「ホテル浦島」に到着する。
でかい。とにかくでかい。マンモスという形容が思い浮かぶ。
ある意味今回の旅行で最もカルチャーショックを受けた。
本館、なぎさ館、日昇館、山上館と4つに分かれ、それぞれにフロントがある。
露天風呂の忘帰洞と玄武洞、内湯の磯の湯と滝の湯、
32階から太平洋を臨む天海の湯、同じく33階から勝浦湾を臨む遥峰の湯の6つ。
これが本館フロント前から各温泉へと道案内の矢印がそれぞれ床に伸びている!
どれだけ広いんだか。
まずは名物の忘帰洞に入る。洞窟をそのまま温泉にして海辺に面している。
この名前でホテルオリジナルのお菓子を土産物にしているほど。
入ってみる。いくつか浴槽が分かれていて、海辺に面している方がなぜかぬるい。
これは玄武洞もそうだった。
貧乏性で全部入っておきたいという気持ちがあって、あまりゆっくりせず次へ。
たくさん人がいて落ち着かないというのもあり。
ざっと着替えてダウンジャケットとセーターは脇に抱えてTシャツ姿で館内を急ぐ。
ブーツも紐を結ばない。
(有料でいいから浴衣の貸し出しと脱衣所とコインロッカーがあるとよかった)
磯の湯は小さくて、どこかの会社の団体がほぼ占有。こちらもすぐ出てくる。
次は玄武洞。これはよかった。こちらも洞窟で、忘帰洞をこじんまりとさせたような。
ほとんど人がいなかった。海辺に面した浴槽が誰もいなかったから
じっくり腰を落ち着けて海を眺めた。外は完全に夜。
このエリアはホテルの明かりもそれほど差さないようになっていて真っ暗。
寄せては返す波の音。白いしぶきが浜に打ち寄せる。
最後に天海の湯。遥峰の湯は19時までで間に合わなかった。
何が驚くかって山上館ってところにあって32階の高さ。
そこまではエレベーターだけではなくエスカレーターがある!
10階分ずつ区切って上っていく。
乗ってみる。見上げるとどこまで続いているのか分からないぐらい。くらくらする。
天国に向かうときって、こんな感じなのかもしれないとふと思った。
温泉そのものはビジネスホテルの最上階の大浴場って感じでたいしたことなし。
景色はいいんだろうけど湯気で曇っていて何も見えない。
本館のフロントに戻ってきて、那智大社でも見かけた黒飴ソフトクリームを食べてみる。
漫画喫茶的な店が「COM」や「ガロ」の珍しいのが揃っていた。
館内には和歌山ラーメンを出すたこ焼き屋や居酒屋、土産物のショッピングモールまであった。
至れり尽くせり。コンビ二風の売店もあった。
しかし、えてしてこういうのって温泉もそれ以外も大味なんですよね。
それもまたよしと捉えるかどうか。団体ばかりで賑やかだし。
僕だったら宿泊と食事は「万清楼」にして、「ホテル浦島」の温泉に入ると使い分ける。
土産物屋ではマグロを煮たものがうまそうだったので青森へのお土産に2つ買って送った。
フェリーに乗って港に戻る。チェックインのときに「万清楼」のフロントでうまい店を聞いたら
「桂城」「おがわ」「まぐろ三昧 那智」が人気とのことだったのでまずは3つの店の前まで。
「おがわ」はどちらかというとマグロよりもクジラの店か。
「まぐろ三昧 那智」にする。店員は地元の若者がバイトか。
マグロの唐揚、ユーリンチュー、ユッケ、マグロの胃袋のトマト煮などを食べる。
閉店までいて、「万清楼」に戻ってきて昨晩僕が飲まなかったビールを
Fさんと部屋でずっと飲んでいる。気がついたら午前1時半。
明日は熊野古道を本格的に歩く日ということで慌てて眠る。
[4090] 熊野古道を歩く その7(2/18:那智大社〜那智の滝) 2012-02-23 (Thu)登りきって、那智大社の駐車場に出る。13時半ぐらいだったか。
ここのお土産屋にて昼食。僕はきつねうどん、Fさんはきのこピラフ。
どちらもうまかった。インスタントじゃなく、手作りだった。
那智黒飴と「ほたて紀州煮」というのを買う。
後者は多くの場所で見かけた。帆立を梅で煮付けたもの。
後日食べたら酒の肴としてなかなかよかった。
http://www.wakaya.co.jp/menu/hotate/index.html
土産物屋の続く石段を上る。
碁石に使う黒い石が名産のようで硯やそれらの石を使った置物が多く売られていた。
中田英寿が来たと一緒に写真に写っている彫り物師の方もいた。
店によっては薄暗いどころか真っ暗でごちゃっと置物を並べているだけ。
そして店番はおばあさん。全然儲からないんだろうなあ。
那智大社へ。護摩木をくべてお参り。
Fさんは護摩木に願い事を書いて中が空洞になった古木の根をくぐっていた。
ここで神社の方に○○さんか××さんを呼び出してもらうよう頼んでみる。
昨晩の新宮の「かあさん」のはからいで事前に電話を入れてもらって
特別に御本殿の見学ができるように手はずが整えられていた。通常は入れない。
しかし、○○さんも××さんもそのときは不在。
替わりにということでこの方に案内をお願いした。
頭を下げて祓って清めた後に中へ。朱色が眩しい。
そして葺き替えたばかりという屋根が美しい。ひとつずつお参り。
目の前の上五社について解説を聞く。
第一殿は那智の滝、第二殿はスサノオノミコト、第三殿はイザナキノミコト、
第四殿はイザナミノミコト、大五殿はアマテラスオオミカミ。
第一殿として那智の滝が増えている分、速玉大社・本宮大社よりもひとつ多い十三殿となる。
主祭神はイザナミノミコト。本宮大社はスサノオノミコト、速玉大社はイザナギノミコト。
全国各地の熊野神社はこれら熊野三山のどれかから分かれたものであるという。
屋根の葺き替えは40年ごとで那智大社も本宮大社も完了したばかり。
おととし見に行ったFさん曰く工事中だったとのこと。
「那智山宮曼荼羅」が気になっていたので、帰りにその「絵解き解説」を買う。800円。
隣の青岸渡寺はさらっと。那智の滝へ。三重塔に上って全貌を眺めた後、下りていく。
これはすごいね。こんな厳かに美しい滝は見たことがない。
とはいえこの那智の滝も台風12号の影響で土砂崩れに遭って、昔はもっと壮麗だったとか。
霧のように水しぶきも漂ってきた。今はそれはない。
柵にもたれて下のほうを見ると確かに
昔は観覧台だったと思われるものが崩れて岩の間に流されている。
追加で200円払って、さらに奥へ。滝そのものを祀る「飛瀧神社」にお参りするという形になる。
滝の流れをしばらくじっと眺める。飽きない。
滝の上部というか崖の部分には注連縄。これを年に二度交換するという。
神社の方が行なうそうで、大変危険。
絵馬が奉納されていた。
「相撲で近畿大会優勝できますように」と書かれたあったのに心和む。
「裁判が無事終了して全てが解決してこれからは家族円満に暮らせますように(中略)、
あと阪神が優勝しますように」どっちが大事やねんと笑っちゃいけないのに笑ってしまう。
「ゴッドになれますように」というのもあった。
ここからバスに乗っていくことにする。
近くのお土産屋に入ったら中にいたおじさんが
「外は寒いから、バスの時間まで温まっていきなさい」と言う。
椅子に座ってストーブに当らせてくれる。親切な人がいるものである。
バス会社の職員の方で語り部の資格を持っていて、ここはお土産屋兼待合所なのだという。
なるほど、そういうことか。あれこれ話を聞く。
台風12号の被害を受けた那智の滝。
地元としてはかつての姿に戻すために土砂や流木を取り除きたい。
しかし、世界遺産に認定されたため自治体の判断だけでは取り掛かることができない。
国の考えとしては地元とは逆で、そのままにしておく方向性のようだ。
せめて、ということで流木だけは取り除く許可が下りたとか下りないとか。
紀伊勝浦の駅ではなく那智の駅で下りて
コインロッカーに預けた荷物をピックアップすると言うと
わざわざ紀伊勝浦行きのバス乗り場の地図を手書きしてくれた。
観光地の人たちってあんまりいい印象を受けないことが多いんだけど、
ここ和歌山では親切な人に要所要所で出会っているような。
バスに乗って那智駅へ。車だとすぐ。
そのまま紀伊勝浦駅へのバスに乗り換える。
[4089] 熊野古道を歩く その6(2/18:補陀洛山寺〜那智大社) 2012-02-22 (Wed)大通りを渡ってすぐのところに浜の宮王子、そして補陀洛山寺。その隣に熊野三所大神社。
補陀洛山寺は「補陀落渡海」の出発点だった。
四方に鳥居の据えられた一人乗りの小さな舟に乗って行者が浄土を目指す。
沖まで引っ張ってもらうとそこから先は箱の中で過ごし、外に出ない。漂い続ける。
土の中に入って断食して即身仏になるのと意味合いは一緒か。捨身。修行の究極の姿。
平安時代から江戸時代半ばまでにここから20回の渡航があったのだとか。
心変わりして戻ってこようとすると阻止されたという。
本堂の側に小さなお堂があって、渡海船のレプリカが飾られていた。
本堂の中では千手観音像が重要文化財となっている。
僕が気になったのは鬼を踏みつけていた仁王像らしきもの。
那智大社まで歩いていく。バスが出ているんだけど、8kmの距離。
これぐらいなら十分歩いていけるでしょうと。
http://www.wakayama-kanko.or.jp/walk/022/map.html
国道43号線を西へ。また雪が降り出す。
川沿いを歩く。昨年の台風の被害はすさまじかったようで、あちこちに土石流の跡が。
高いところにあるにもかかわらずガードレールがひしゃげて落ち込んでいた。
上流に行くと壊れて打ち捨てられた家屋をいくつも目にした。
後で那智の滝前のバス停でお土産屋のおじさんから聞いた話では
更地にしたところも多く、70世帯ほどのお年寄りが仮設住宅に今も住んでいるという。
新しい家は被害が最小限だったのだろうか、
何事もなかったかのように日々の暮らしが続いているように見えた。
歩く先々で「那智黒」と書かれた飴の看板がかかっている。名物らしい。
古びた家の多くは半農なのだろうか。傾きかけた小屋に年季の入った農機具が並んでいる。
入り口の壁にはフマキラーやフジカラーの色褪せて錆び付いた看板が貼り付いている。
途中の脇道から熊野古道に入ろうとするも台風で通行できず。
橋が流されたままになっていた。仕方なくまた国道を歩く。
尼将軍供養塔というのがあったようだが、見ることはできなかった。
途中、また熊野古道への合流ポイントがあった。坂道を登っていく。市野々の村が見渡せた。
「ふだらく霊園」というまだ空きの多い墓地と樹齢800年という柿の古木があった。
脇に据え付けられた解説を読むと古木は源頼朝の時代に植えられたものだという。
痩せ細った木が鉄柱に絡みついてようやく地面に立ち上がっている。
少し先まで歩いていくと標識があって、矢印の先には「補陀洛山寺・浜の宮王子」
あれ? 逆方向?? 少し考えて気付く。
先ほどの通行止めで渡れなかった箇所をそのまま歩いてくるとここに出るのだ。
そうか、と引き返す。坂の終わりには炭を活かしたモダンな家があった。
表札はあるものの生活感がない。誰か名のある人の別荘なのだろうか?
庭先では梅が咲いていた。
その近くに笛の名手にして14歳で亡くなった平敦盛を供養するための五地蔵があった。
田んぼが多くなり、石組みの段々になっている。この辺りは石垣が多い。
ミカンの木も成っている。
市野々王子を手早くお参りして通り過ぎる。
市野々小学校だっただろうか、廃校になっていた。台風からの影響があるのか。
ビニールシートであちこち覆われ、校舎の時計が止まっていた。
温泉のある那智カマボコセンターや和菓子の那智ねぼけ堂。
農家の庭先に案内の標識があって、薬師堂が奥の方にあると。
「首から上の病」に効くという。メモし忘れたけど呪文を3回唱える。
行ってみる。ささやかな流れを歩いて渡る。
小さなお堂があって、その格子戸に無数の五円玉が糸で括りつけられていた。
民家が続く。屋根にはソーラー発電のパネルをセットしているところが多かった。
もう何年も前からと思われる廃屋に打ち捨てられたユーノス・ロードスター。
窓が割られて落ち葉が入り込み、空き缶が転がり、シートは苔で覆われていた。
大坂門の駐車場でトイレ休憩。そのまま大坂門まで歩いていく。
ここの茶屋にて平安衣装のレンタルを行なっている。
昼を食べていなかったしここで、と思うが聞いてみたらあくまで昔の茶屋跡であって
飲み物・食べ物は提供していないとのこと。
その先には南方熊楠が滞在して粘菌の研究を行ったという大阪屋旅館跡。
樹齢800年の夫婦杉が左右にお出迎え。木々の中、ハードな石段を上っていく。
昨日の神倉神社ほどではないがなかなかしんどい。思わず無言になる。
熊野九十九王子の最後のひとつ、多富気王子の跡に出る。
古木が立ち並ぶ。根元から崩れていたり、鉄で内側を補強されていたりする。
おむすびを転がしたらネズミの住処に出そうな穴が空いていて、
覗き込むと何かが光っている。Fさんはふくろうでないかという。
他に観光客の姿はなし。二人で歩いている音しか聞こえない。
そこに雪が降り出す。那智大社のほうから静かに風が吹き付けてくる。
[4088] 熊野古道を歩く その5(2/18:中上健次資料収集室〜那智) 2012-02-21 (Tue)8時起き。風呂を沸かして入る。
テレビをつけると「カーネーション」をやっている。見てみる。
途中からだと何のことやらよく分からず。
昨晩食べ過ぎて朝は何も食べず。お茶を飲んだのみ。
45分過ぎにチェックアウト。ホテルのすぐ裏にある市立図書館へ。
この3階に中上健次資料収集室がある。
http://www.city.shingu.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=18848
9時開館。お年寄りの方が一人、本を抱えて待っている。
辺りをぶらつく。駄菓子を売っている店がある。ケアハウスが目に付く。
図書館の裏手には移動図書館のバス。宝くじの助成金で、というもの。
車体には馬場のぼる「11ぴきのねこ」が描かれている。
窓から中を覗くと児童書を中心にびっしりと本が詰まっている。
本を読む子供が一人でも増えてくれれば、と思う。
9時になって中に入る。東京の図書館と比較するととてもこじんまりとしていて、
かつ品揃えもビデオテープであるとかどこか色褪せている。
杉並区だけで図書館は20箇所近くあって、そのどれもここより大きいのではないか。
そんな比較をついしてしまう。
3階へ。資料収集室。小さな部屋に中上健次の大きなポートレートが目立つ。
書棚に全集や関連書籍など、机の上にカードを整理する箱。
係りの女性の方に中上健次の略歴をまとめた資料と
中上健次の眠る南谷墓地の地図のコピーをもらう。
しかし残念ながら10時半のバスに乗るつもりだったので訪れている余裕がない。
昨日の「かあさん」でもファンの人を墓地に案内したと言ってたな。
自筆の原稿(カラーコピー)、ジャマイカなど海外からの絵葉書(オリジナル)、
「路地」の写真などを見せてもらう。
今にも壊れそうな小さな家の寄り集まった路地の風景は僕が幼い頃、青森にもあったように思う。
そんな話を係りの方とする。どこにでもあった昭和の光景。
新宮だけが、「路地」だけが、特別なのではない。
虐げられた貧しき人々の生活の場はどんな町にもあった。
中上健次が1978年に8mmで撮影した「路地」のビデオと
1992年亡くなる直前に熊野大学に向けたビデオレターがあるというので見せてもらう。
後者は陶淵明の漢詩の朗読によって熊野への思いを綴ったもの。
2階の会議室にビデオデッキとモニターがあるというのでそちらに移動する。
10時半から子供たち向けの「おはなし会」
その事前準備として僕が見ている背後で
図書館の若い女性職員の方がカラフルなマットを組み合わせていく。
路地のビデオはなんてことのない日常風景が続く。
雑然とした家並みを前にたくさんのオリュウノオバたちが行き交う。
ブラブラと暮らしてそうな若者たちがバイクにまたがっている。
小さな子供が何かに導かれるようにヨチヨチと歩いている。
ビデオレターは形・影・心による問答。
形は影に、「人間は弱いものだから酒でも飲もうじゃないか」と誘うが、
影はそれを憂さを晴らすだけだからと否定する。
心はそこにいない。熊野の心。永遠に探し続け、問いかけなければならない。
熊野は言葉によっても土地によっても見つからない。その間のどこかにある。
見終えて、ビデオテープを返しにいく。
「熊野大学」が毎年夏に開催される、
今年は没後20周年だからいつもよりも盛大に行なわれると聞く。
昨年のチラシを見せてもらった。青山真治の名前があった。
3日間のセミナーで、3日目は熊野川下りとなっていた。
http://ameblo.jp/kumanodaigaku/
http://plaza.rakuten.co.jp/kumanodaigaku/
資料収集室を後にして、駅前のバス停へ。
昨晩飲まなかった缶ビール3本とつまみを抱えている。
駅前の観光案内所で熊野古道の地図とバスの時刻表をもらう。
熊野交通のバスに乗って那智へと向かう。30分に1本ずつ、紀伊勝浦行きがある。
郊外の田舎町を走る。途中、雪が降り出す。
しかしトンネルを抜けてひとつ山を越えると雪がやんでいる。
中上健次も紀伊半島のそんな複雑な気候のことを書いていたように思う。
11時頃到着する。那智駅交流センターにてFさんに会う。今日一日同行する。
ここはJR西日本の駅では初めて、駅舎に温泉「丹敷(にしき)の湯」があるという。
http://www.town.nachikatsuura.wakayama.jp/forms/info/info.aspx?info_id=9406
センターで那智大社周辺の地図と紀伊勝浦の「生マグロマップ」というものをもらう。
リュックサックを駅のコインロッカーに預けて、駅の裏の海水浴場へ。
冬ということもあってか、見渡す限り人気がない。穏やかな波が寄せては返す。
夏には家族連れで賑わうのだろうか。
浜には八咫烏の立体像が飾られていた。
先ほどまで雪が降っていたとは思えない、青空が広がる。
[4087] 熊野古道を歩く その4(2/17:新宮の夜) 2012-02-20 (Mon)18時前。空はだいぶ暗くなった。
あとは食事をして本を読んで寝るだけか。
ホテルの近くの小料理屋がなぜか気になるんだけど、まあ駅前まで出てみるか。
「お食事処」と書いてあって田舎のスナックのような店がポツリポツリとある。
だけどはやってるような雰囲気はなし。金曜の夜、皆どこでどうしているのか。
駅前には焼き鳥屋が2軒。どちらもパッとせず。
勝浦行きのバス停があって、その向かいに徐福公園。閉まっている。中国風の構え。
ライトアップされてなんだか妖しい。
三重交通による長距離バスの掲示があったので見てみたら
新宮から東京方面への直通バスがあった! もちろん深夜バス。
横浜、池袋、大宮と停車して池袋まで10,190円だった。
なんとはなしに海辺まで歩いてみる。
王子製紙のきれいな公園があって、その隣に大きな工場。
製材所がまだ仕事をしている。
大きな材木問屋に丸太が積み上げられている。そして巨大なトラックが並ぶ。
中上健次のイメージに直結する新宮にようやく出会う。
その背後にはコンビナートの白い煙。
そのまま海辺を歩き続けていたら、突然大きなパチンコ屋が目の前に。
駐車場が野球場が三つも四つも入りそうに大きい。それがほとんど埋まってる。
入っていく男女、出ていく男女。ドアが開くと賑やかな音楽が聞こえる。
これが今の新宮なのか。そのとき僕はこの町を見終わった気がした。
そのままトボトボと引き返す。
メモをまとめようと思うが、喫茶店の類はチェーン店だろうと自営だろうと駅前に全くなし。
仕方なく駅の待合室へ。家に帰る中学生たちが騒いでて、電車が来ると消えていった。
僕はここ数年、新宮は日本文学の聖地のように思って憧れていたのだが、
それは幻だったようだ。木っ端微塵に砕かれた。
再開発後の普通の町に「路上」の面影は皆無。パチンコ屋が賑わうだけの凡庸な町。
はあ、という気分で歩く。あとは晩飯プラス一杯と思って、
結局最初に気になった、ホテルの近くの店に入ることにした。
「かあさん」という名前。串揚げとマグロが看板料理のようだ。
客が入っているのかいないのか、そもそも何がどんな値段なのか外からは全く分からず。
そこのところが少し不安となるが、意を決して入ってみる。
先客が奥の座敷に一組とカウンター席に一人。僕もカウンター席に座る。
おばちゃんが一人で切り盛りする。
突き出し代わりにカウンターに置かれていたセロリの和え物を頼む。
「ひろめ」という海草のしゃぶしゃぶがイチオシだというのでそれにする。
串揚げは豚肉、ホタテ、かしわ、レンコン、山芋、ずり(砂肝)。
そして牛スジのスタミナ焼き。
ここで思いがけないことが起こる。
「兄ちゃん、新宮はどこ見たん?」
「中上健次の生まれた家のあった辺りを」
「ああ、ケンジくん? 幼馴染なんよね」
そこに、ガラガラガラ。「あら、いらっしゃい」
(僕に向かって)「あ、この人ね、ケンジ君のお兄さん」
カウンターの皿を見て、(僕に向かって)「この牛筋食ったか? 固かったやろ?」
「え、ええ、固かったです」
そんなこんなで、ちょっと話を聞く。
中上健次が死ぬ間際、お兄さんが病院を訪れたとき、
「もう少し生きていたら、ノーベル賞が取れた」と悔しがったことなど。
店は在りし日の原田芳雄が20年来訪れ、今は佐藤浩市も訪れる。
写真を見せてもらった。
こんなことがあるのか…
マジでビビッた。
食べ物はどれも美味しかった。
「ひろめ」のしゃぶしゃぶは一人前用の小さな鍋にレタスとエリンギと豆腐。
そこに茶色い海草を入れるとツヤツヤした緑色となる。
ダシがとてもうまくて、何で取ってるのか聞いたら秘密とのことだった。
最初はビール。途中から鈴鹿で作ってもらっているという
店のオリジナルの焼酎のお湯割りに切り替える。
勧められるがままにマグロの刺身や煮物も。
たくさん飲み食いしているうちに結構な金額になったけど…、ま、いいか。
酔っ払って部屋に戻ると、iPhoneのイヤホンがない。
忘れてきただろうかと店に引き返す。あった。
他にお客さんはなく、かあさんは高野山で有名なゴマ豆腐の仕込をしていた。
せっかくなのでもう一杯飲んで買える。熊野の地酒「太平洋」
浴槽にお湯を入れて、出てきて
何とはなしにベッドに横になったらそのまま眠ってしまった。
目が覚めて午前1時半だったか。布団の中にもぐりこんで眠る。
[4086] 熊野古道を歩く その3(2/17:和歌山〜新宮) 2012-02-19 (Sun)和歌山の人の気風なのか、どこかおっとりのんびりとした駅員たちに対して
移動中のサラリーマンたちが食ってかかるように状況の問い合わせをする。
しかし、駅員たちも何時になったら再開するとは連絡がないようで
どうしても曖昧な受け答えになってしまう。険悪な雰囲気になる。
なんだかいたたまれなくなって
僕は12時まで「MIO」1階のコーヒーショップで時間をつぶすことにする。
特急の遅れに関係のないおばさんたちが買い物の合間にケーキを食べている。
12時前になってコインロッカーのリュックサックを取り出して、改札を通る。
再開の見通しが依然立たず。
しかし何時になったら特急が到着するのか分からないのでホームで待つことにする。
1時間もすれば現場検証も終わるのではないかと推測するが、その頃になっても終わらない。
結局アナウンスがあったのは12:15過ぎだっただろうか。
しかし、天王寺で停まっていたとしてここまで45分はかかる。13時を過ぎることになるようだ。
当初の予定では14:41到着。新宮での観光はこの日しか見込んでなくて、冬で日も短い。
速玉大社、神倉神社、中上健次の生まれた家のあった一角、これら見て回ることは可能だろうか?
気持ちが焦る。しかし、どうすることもできない。
最初のうちはなんてこなかったのが、吹きさらしのホームにいるとそのうち寒くなってくる。
リュックサックをベンチに置いて、日なたに立つ。
キオスクで熱燗を売ってるといいのに。ここにはないか。
雪まで降り出す。風に吹かれて、はらはらと。
もってきたネルシャツをセーターの上に羽織る。それでも震えが止まらない。
最終的に13:10頃となり、1時間10分遅れ。新宮には16時到着となるか。
窓側の席に座って、朝来・皆ノ川・本宮と『紀州』を読みつつ、時折顔を上げて風景を眺める。
海南に近付くと石油コンビナートとマリーナシティの観覧車が見えた。
ドアの上、1行だけの電光掲示板では和歌山観光案内が流れていた。
紀伊田辺は南方熊楠が終の棲家としたところであって…
本を読むのも疲れてきたということもあって
その紀伊田辺を過ぎた辺りから流れ去る海を眺めて過ごす。
枯木灘、周参見(すさみ)はこの一帯を指すのか。
荒々しい岩の塊が無言で波間に突き出ている。様々な色と形の石畳。
特急は山間を縫うように進む。古い民家がへばりつくように、肩寄せ合っている。
いくつものトンネルをくぐりぬける。
海と山だけ。平地がない。
漁船を見かけることもない。ただ民家と岩場があるだけ。そこにとんびが飛んでいる。
それらただそのままというのではなく、あちこちが工事中となっていた。
果たして何をどう変えようというのか。
そんなふうにして、中上健次の小説に独特な重たい雰囲気で登場する枯木灘や古座を通り過ぎる。
潮岬を越えて紀伊半島の右側へ。日が暮れ始める。
海の水が心なしかきれいなことに気づく。入り組んだ入り江。朽ちた舟に葦。
紀伊勝浦では椰子の木が植えられていた。南国のイメージか。
紀伊勝浦で皆、降りて行く。那智、宇久井、三輪崎。終点、新宮まで車両に一人きり。
ホームに降り立つ。自動改札じゃなかった。
予想以上に何もない。普通の地方都市。垣間見えた砂浜もただ砂浜というだけ。
古びた民家に衛星放送のアンテナ。
『岬』だったか『枯木灘』だったか。駅前にデパートができたという記述があったように思う。
だから今は2つ3つ建っているのではないか、なんて考えていた。
それがほんと、なにもなし。賑わいというものがない。密度というよりも温度の低さだろうか。
家々とポツリポツリ飲食店、公共施設。見かけるのは帰宅途中の中高生ばかり。
歩いているうちに予約していたビジネスホテルがすぐにも見つかる。
チェックイン。自転車の鍵を借りて、荷物を置くとさっそく出かける。
駅前に戻って商店街を走り抜けてしばらく行くと速玉大社へ。あっさりと着く。
朱色の社がこじんまりと並ぶ。静けさ。参拝客は皆無。
こんなもんかと拍子抜けする。宝物殿も閉じられていた。
お参りらしいお参りもせず、そそくさと後にする。
大通りを南に5分ほどで神倉神社へ。
隣には出雲大社新宮教会があって、大黒様が祀られていた。
鳥居をくぐり抜けて木々に囲まれた石段を登って行くんだけど
これがとんでもない急勾配で待ったなし、途中で息が切れる。
えー、これどこまで続くの? いきなりしんどい。
登った先には巨大な岩場が広がっていた。そのてっぺんに社を造って祀る。
その隣には額を寄せるように注連縄を巻いた巨岩が。
ゴトビキ岩という名で御神体となる。
ここが見晴らしのいい広場になっている。新宮の町並みを見下ろす。
地元の中学生なのだろうか、イーチ、ニー、サーンシーと部活の声。
白の袴に形ばかりの剣を持っている。剣道なのだろうか、違うか。
すれ違うときに「こんにちは」と挨拶される。
男の子3人に女の子3人だったか。岩をバックに携帯で写真を撮り合う。
石段を下りて(これはこれで急だからとても危険)、
自転車に乗って駅前に引き返す。
膝下がダボッとしたのを履いた人夫たちの姿を見かけるとなんだか中上健次っぽい。
途中、丹鶴商店街を通る。アーケードになっていて、案の定シャッター街。
人通りが怖いぐらいにない。小説に描かれている行き交う人々の坩堝のような、
噎せ返り沸き立つような新宮の町並みのイメージからはかなり遠い。
アーケードがなくなって、駅前本通り商店街へ。
その端の裏側に中上健次の生まれ育った家のあった界隈が。
掲示板があって、ここに生家があった、ここにオリュウノオバの家があったなどとある。
しかし、家が残っているわけではなく、跡・痕と呼べるものも残されていない。
ある種の市営住宅なのだろうか、普通のこじんまりとした民家となっている。
もう何十年も前に再開発で「路上」はなくなったと聞く。
ホテルに戻って、途中缶ビールとつまみを買い込んで、自転車を返却する。
17時半。たった1時間半で見たかったものが全て見れてしまった…
特急の遅れもものともせず。
[4085] 熊野古道を歩く その2(2/17:羽田〜関空〜和歌山) 2012-02-18 (Sat)4時起きで着替えて荷物を背負って家を出て、荻窪駅へ。
空はまだ暗い。Speenaの1枚目を聞きながら歩く。
5時の始発に間に合う。
ダウンジャケットは山歩きで破れてもいいように
アメ村で2年前に4,000円ぐらいで買った一番安いのを。
黒のジーパン。そして正月の帰省でも履いた黒のショートブーツ。
車内で中上健次『紀州』を読み始める。
半島というものの特異さをまずは挙げている。そして小栗判官の纏う意味。
土地の者は新宮をシングと呼び、本宮をホングと呼ぶ。イントネーションは後ろのほう。
新宮に三代住んでいる家はほとんどない。みな流れていく。入ってきて、出て行く。
「熊野川は女の性器、膣のようにある」
「新宮は水の上にある土地である。(中略)雨、水、それが新宮の新宮たるところであろう」
「美しさというものに、差別という回路を通すことによって、性と宗教と暴力が増幅されて出てくる」
銀座で下りて、浜松町へ。モノレールに乗り換える。
羽田空港。空が明るくなってきた。
改札を出てすぐのコンビ二でメモを取るためのボールペンを買う。そのまま保安場へ。
iPhoneにダウンロードした二次元バーコードをかざすだけというのは便利だ。
『紀州』の続きを読みながら搭乗の時間を待つ。
周りは出張のビジネスマンばかり。
ガラス張りの向こう、滑走路にポケモンジェットが所在無く羽を休めている。
飛行機に乗り込む。
非常口横の席。「緊急の際にはご協力お願いします」と2人の客室乗務員からそれぞれ言われる。
何をなすべきか書かれたカードを読む。
他のお客様を静止すること、非常口を開放すること、脱出スライドにて援助すること。
窓の外を眺めると遠くを貨物船がノロノロと通り過ぎていく。
「MOL」と大きく書かれている。あれは何の意味なのか。
離陸を前にして客室乗務員たちが慌しく、頭上の荷物入れがきちんと閉まっているか、
カートが所定の位置に収まっているかチェックを行なう。
滑走路を進み始める。地上係員たちが何かの儀式のように敬礼をして、手を振る。
離陸。橋の上にギッシリと並ぶ車たちを目にした次の瞬間には高度を上げて雲の中へ。
突き抜ける。地上では曇り空だったのが眩しいぐらいに日が出ていた。
関西国際空港到着。7:20発、8:40着の予定が向かい風で遅れる。
出口まで急ぐ。いくつもの動く歩道を駆け抜けた後でふと時計を見ると「8:57」
まだいくつもある。9時ちょうど発の和歌山駅行きのバスは完全にアウト。
バス乗り場には3分遅れで到着した。
これに間に合ったら10時過ぎの「スーパーくろしお号」に乗って
昼過ぎには新宮へ、と目論んでいたのだが…
気を取り直してみどりの窓口へ。
うまいことJRを乗り継いだら10時過ぎのに間に合うんじゃないかと思って聞いてみるが、
やはりその次の12時発の「オーシャンアロー」となるようだ。
仕方なくそちらの指定席を取る。乗車券が4,100円、特急券が2,390円。けっこうする。
逆に言うとそれだけ距離があるということか。
関西空港線に乗って日根野で紀州路快速に乗り換える。1時間もあれば着くだろう。
さてこれから3時間どうするか。
関西国際空港をあれこれ見て回るか、和歌山までまずは出てしまうか。
空港は今から20年近く前に作られたとはいえ、まだ銀色にピカピカと真新しい感じ。
興味はあるけど今回の旅の目的ではない。次の関西空港線の普通に乗ることにする。
川を渡る。工業地帯。高層ビル。観覧車。
2駅で日根野。階段を上り下りして隣のホームへ。
それほど待たずに電車が来る。
乗りかえの駅とはいえ、何か特色があるわけでもない。周りが開けているわけでもない。
確かそれまで単なるローカル線の駅だったのが、関西国際空港ができて、
直線距離で最も近い駅ということで拡張されたんだったか。
到着した電車は前の半分が切り離されて空港へ、後ろの方が和歌山へと向かう。
(知らなかった僕はホームの先頭の方で待っていて、慌てて後ろの方へと走った)
車内は左に2列、通路を挟んで右に1列という席の並びだった。
平日の午前中。お年寄りの方が多かった。
堂々と遅刻しているのか、高校生の姿も見かける。
『紀州』の続きを読む。
10時半前に和歌山駅到着。いったん外に出るために切符にスタンプを押してもらう。
駅ビルが新しくなっているように思う。
「MIO」と名前が変わったのか。以前は「VIVO」だった。
コインロッカーに荷物を預けて、ケヤキ大通りを歩く。
相変わらず人通りが全くない。この寂れ加減がなんとも懐かしい。
昭和の時代からそのままのような喫茶店であるとか。
和歌山の人には悪いけど、なんだかほっとする。
和歌山城まで行けるだろうか? と歩いてみる。
片道30分はかかるんだったか。11時が近付いて途中で引き返すことにする。
駅前の商店街にある「和歌一ラーメン」という店が
前から気になっていて、今回入るつもりだった。
しかし、ガイドブックに書いてあった11時を過ぎて営業している雰囲気がない。
しょうがないかと「MIO」の地下にあった「丸美商店」へ。
どこかの外食チェーンが駅ビルの依頼を受けてプロデュース、
和歌山ラーメンを複製して提供するという感じの味、佇まい。
チャーシュー麺850円と玉子50円。
(他の店同様、皿に積まれているのを一つ取って皮を剥く)
可もなく不可もなく、標準的な和歌山ラーメンだった。
駅に戻ったらなにやら人だかりが。
係員が拡声器をもってアナウンスしている。
「11時7分に発生しました人身事故により、阪和線は全線運転を見合わせております。
12時発のオーシャンアロー号は大幅な遅れが見込まれます。
なお、大阪方面にお急ぎのお客様につきましては南海鉄道からの振替輸送を行なっております」
まさかそんなことが。ついてない。
[4084] 熊野古道を歩く その1(2/17:出発) 2012-02-17 (Fri)午前4時起き。いよいよ今から行ってきます。
富士屋の仙人風呂も13日の時点で復旧したようだ。よかった。
昨晩東京は雪が降り出して、
今日7時の飛行機が羽田から飛ぶのかどうかが心配。
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あれこれ準備してて、この前の土曜に母に電話したら
登山用の下着を買っていきなさい、
綿の下着は汗を吸わないからダメ、体を冷やす、
ロングタイツ(というか「ズボン下」)も買いなさい。
と言われたけど一通り揃えたらお金がかかる…
そんなわけで普通の格好で行く。
ゆったりめの登山用のパンツがあるといいんだけどそれを買う余裕もない。
なのでジーパン。山を舐めてるのか。しかし、ほんとに他に何もない。
それはさておき、今回読む本。固い本はたくさん持ってかない。
でないと本を読んで終わるから。
・『中上健次選集3 紀州 木の国・寝の国物語』
小説ではなく、ルポルタージュ。
もしかしたらこれが最高のガイドブックなのかも。
・『アメリカ ミステリ 傑作選 2003』
例の、オットー・ペンズラーの。ゲスト・エディターはローレンス・ブロック。
旅行にミステリは欠かせないですね。
・『電気グルーヴのメロン牧場−−−花嫁は死神4』
旅館でダラダラ酒飲みながらボケーッとしたくて読む。
こういうときのために、ずっととっといていた。
・『伝説のロック・ライヴ 名盤50』
中山康樹著。こちらもボケーッと用。
この人の書くものはほんと読み物として面白い。
そういえば、一応。図書館から借りてみたり、
あれこれガイドブックを比較した結果、この1冊を。
・『熊野古道公式完全ガイド 紀州和歌山県版 改訂版』
http://www.amazon.co.jp/dp/459460515X/
何がいいかって、熊野古道を歩くには便利な地図、
「わかやま県街道マップ」のカラーのPDFファイルが
そのまま掲載されているんですね。
http://www.wakayama-kanko.or.jp/walk/index.html
ひたすらルートガイドとアクセスに徹していて、
タイアップ系の観光情報みたいなのが皆無なのがいい。
・『地球の歩き方 ガイド・ニッポンの世界遺産 熊野古道』
http://www.amazon.co.jp/dp/4478070717/
こちら最初買ってみてなかなかバランスよかったんだけど、
新宮よりも田辺寄りなのが今回微妙にずれていた。
大型の地図だけ切り離して持っていく。
そんな感じです。ではまた。
[4083] 「Documentary of AKB48 to be continued」 2012-02-16 (Thu)ふと思い立って、AKB48のドキュメンタリー映画を借りて見る。
岩井俊二プロデュースのやつ。知らなすぎるのもなんだろうと。
2010年のAKB48の活動を追いつつ、主なメンバーにインタビューというもの。
見終わって、うーむ。
それなりに興味持ったけど、1週間後にはまた元に戻ってるかもしれない。
結局のところたくさんメンバーがいてよく分からないんですね。
情報量が多すぎ。年末の紅白を一応見てみて同じことを思った。それは変わらず。
モー娘。にはまったこともあったけど、
入れ替わりが激しくなって興味がなくなったことを思い出した。
インタビューに出てくるメンバーは当時のAKB48の頂点だったんだろうな。
半分ぐらいは名前を知っていて、ホッとした。
逆に言うと残り半分は知らない。
何人か印象に残って、こいつは何か持ってるな、と思ったのは、出演順に
・アニメオタク? の渡辺麻友
・ユッケと豚足を食べていた板野友美
・鹿児島出身でどこかまっすぐな柏木由紀
・スノボ好きでどことなく器の大きい大島優子
・同じくどこか風格があって、達観している篠田麻里子
前田敦子ってのはどこか好きになれないし、
高橋みなみは現場のリーダーとして絶大な信頼を置けるけどそれ以上にならない。
あとはどんぐりの背比べ。
個人的な好みとしては小嶋陽菜がいいんだけど、ピンとしては何かが大きく足りない。
ま、そんな話はどうでもいいか。
1月末に Twitter での合コンどうこうで問題となり
2人脱退したとの話を思い出す。聞いたことのない2人。
映画でも「恋愛禁止」と誰かのメモ帳にあった。
アイドルというのも大変だなあと月並みな感想を抱く。
この映画もドキュメンタリーというより、売り出し方のひとつなんだろうね。
AKB48という集団とその周り、
スタッフやファンだけの閉じられた非常に狭い世界の中にいるという印象を受けた。
美しくかわいらしいところだけを描いて、
集団の中における女の戦いとも言うべきどろどろした部分を取り扱うことが無い。
ま、それがアイドルというものか。
[4082] 山根万理奈(山音まー) 2012-02-15 (Wed)前にもちょこっと書いたかな。
不覚にも知らなかった。昨年、顔を一切出さず、アコギ弾き語りで
初音ミクから荒井由美までをカバー曲を披露する島根の女子大生がYouTubeで話題に。
そしてメジャーデビュー。
「7208133」こと「山音まー」こと山根万理奈。
いろいろ聞いてみたけど、AKB48の曲ってこんないいもんだったっけ?
と思ったこのカバー。オリジナルメドレー。
http://www.youtube.com/watch?v=Sn0qoypE7YQ
オーダーした『STAR e.p.』と『人のオンガクを笑うな!』が先週末届いた。
前者に収録されたプリプリの「M」がすごすぎて、以来、日に5回は聞いている。
元々が名曲なんだけど、ここまで本気出して熱唱するか!? という。
ギターも歌もとりたててうまいというほどのことはない。
下手ではないけど、いたって普通。
なのに、なんでこんなにはまるんだろう? 聞きたくなるんだろう?
魔法がかかっている。
(例えて言うならば、トム・ヨークがアコギ弾き語りした「Creep」)
『人のオンガクを笑うな!』は「山音まー」名義で
ボーカロイド系の曲をカバーしたアルバム。
例えば初音ミクも歌った「歌に形はないけれど」
http://www.youtube.com/watch?v=gZB_AtGnnFA
アルバムは全編弾き語りかと思いきやバックの演奏が入っている。
そこがちょっと残念。
そしていてもたってもいられなくなって、他のアルバムを買いにいく。
『ざっくばらん』こちらは全曲アコギでカバー。これですよこれ。
(実際にはギター弾いてなくて歌のみ)
01. 銀杏BOYZ「夢で逢えたら」
02. JOY「Bonnie Pink」
03. エレファントカシマシ「笑顔の未来へ」
04. 槇原敬之「冬がはじまるよ」
05. 広末涼子 「MajiでKoiする5秒前」
06. 銀杏BOYZ「漂流教室」
07. 花*花「ハナムケノハナタバ」
08. class「夏の日の1993」
09. 岩崎良美 「タッチ」
10. speena「ジレンマ」
11. キャンディーズ「年下の男の子」
12. 小坂明子「あなた」
13. GOING STEADY「BABY BABY」
正直、「M」ほどのインパクトはなかったけど、なかなかよかった。
「タッチ」や「あなた」といった昔の曲が意外と似合っている。
というかどれ弾き語っても何の照れも衒いもなく山根万理奈になる
素直で無邪気な時代の超えっぷり感。これなんだろうな。
まっすぐでぶれない、芯の強さ。その気持ちよさ。
ちなみに、speenaってバンド全然知らなかった。「ジレンマ」いい曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=oklwi4GKrcE
東京でライブがあったら絶対見に行こう。
全国ツアーは6月に東京に来るようです。チケット取れたらなー。
Twitterでフォローしたら、フォローし返してくれた。
なんていい人なんだろう。
人数から見る限り、たぶん申し込んだ人全員フォローしてくれるのかな。
世の中捨てたもんじゃないな、と思った。
[4081] 新宮〜熊野ツアー詳細 2012-02-14 (Tue)いよいよ今週末。少しずつ詳細を詰めていって、だいぶプランが固まった。
(リンクは自分へのメモです。すいません)
■2/17(金)
午前4時起き。5時の丸の内線始発に乗って羽田へ。
フライトは07:25羽田−08:40関空 この日は他に空いてなかった。
空港からバスに乗って和歌山駅へ。
余裕を見て10:00発とするか。となると10:40に到着する。
http://www.kansai-airport.or.jp/access/bus/index.html
http://www.kate.co.jp/pc/time_table/wakayama_tt.html
その後、12:00「オーシャンアロー9号」に乗る。
http://www.ekikara.jp/newdata/ekijikoku/2701081/up1_30201031.htm
1本前の11:04「スーパーくろしお7号」は白浜までだった。
和歌山から新宮への特急は1時間おき、
かつ日中はだいたい00〜05分発なので分かりやすい。
和歌山の地図は『紀州浪漫』のアクセスガイドが見やすい。
2008年版までは時刻表も乗っていたんだけど、今はない。それが残念。
http://www.wakayama-kanko.or.jp/pamphlet/kisyuroman/2011/winter/22_23.pdf
新宮には14:51着。途中、駅弁を買ってビールを飲むんだろうな。
しかし、和歌山駅の駅弁はこれといってうまそうなものがあった印象なし…
以前ごく普通の幕の内弁当を食べた記憶がある。あとは葉に包んだ鯖寿司か。
http://www.ekikara.jp/newdata/station/lunch/30201031.htm
途中、中上健次の代表作のタイトルともなった「枯木灘」を訪れることも考えたが、
どうも車がないとムリっぽい。バスは出てるだろうけど、不便そう。今回は諦める。
http://www.aikis.or.jp/~susami-k/hakkei/karekinada.htm
この日は到着後すぐ、ビジネスホテルにチェックイン。
さっそく熊野速玉大社を訪れる。
http://kumanokaido.com/hayatama/
神倉神社も気になる。日のあるうちに行けるかな。
http://www.mikumano.net/meguri/kamikura.html
その後「路地」のあった辺りをブラブラして適当に駅前で食べたり飲んだりかな。
今のところこれといって入ってみたい店はなし。食べログなんかを見てもパッとせず。
夜はビジネスホテルにて缶ビールを飲むことになるか。
http://www.jalan.net/uw/uwp3000/uww3001.do?yadNo=367621&rootCd=58&vos=djalrmgmz10070600100
■2/18(土)
終日、新宮界隈。
午前9時に市立図書館内の「中上健次資料収集室」訪問を予約してみた。
http://www.city.shingu.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=18848
その後、中上健次のお墓参り。これは前の日にさくっと訪れるかも。
http://www.shinguu.jp/modules/pico2/index.php?content_id=20
駅前に戻って早めの昼食かな。
新宮を訪れたことのある人と話したら「新宮は観るものない、何もない」と言ってて、
実際そうかもしれない気がしてきた。那智大社はこの日、見ることにする。
JR紀勢線ローカル11:26発の新宮駅から那智駅に移動、11:47着。http://www.ekikara.jp/newdata/line/2701081/down1_3.htm
浜の宮王子、補陀洛山寺を見たのち、
熊野那智大社・青岸渡寺を訪れる。そして那智大滝。
僕の足だと2時間ぐらいで着くかな?
帰りは熊野交通のバスで。「那智の滝前」から「那智」まで。
17:11発−17:35着か17:41発−18:05着がある。
http://www.kumakou.co.jp/bus/jikoku_item_9.html
熊野交通の路線図。いざとなったら歩かず、これに乗って本宮大社まで行く。
http://www.kumakou.co.jp/bus/pdf/route.pdf
新宮まで戻る。那智19:18発−19:36着というのがある。
http://www.ekikara.jp/newdata/line/2701081/up1_4.htm
うーん、もう少し早く那智の滝を出た方がいいか。
あるいは熊野交通のバスでそのままいってしまうか。
17:38発−18:08着など。何本かある。
今回プランを組んでみて「しまった」だったのが、
この日新宮に戻って泊まる意味なし。
勝浦の温泉宿にすればよかったか。ま、いいか。
■2/19(日)
この日が最もハードなことになりそう。
6時起きで06:59発の紀勢線か、07:00発の熊野交通のバス。
そして駅からバスで那智の滝へ。8時前には到着する。ここまでは昨日と同じ。
その後「大雲取越」ルートを歩く。所々休みつつ、8時間ぐらい歩くのかな。
標高1,000mを超えるようなので、余裕を持った方がいい。
いくつも峠を越える。眺めがいいだろうな。
小口にて「民宿百福」に宿泊。「小口自然の家」は既にいっぱいだった。
http://www.kumano-travel.com/index.php?action_ContentsDetail_Detail=true&id=75&lang=jp
ここの宿は「熊野トラベル」さんにお願いした。
小口自然の家はコインロッカーがあるようなので
荷物を減らすためにここで洗濯がしたかったことを伝えると
民宿百福で洗濯してもらえるように伝えてくれた。
また、当初のプランだと午前中那智の滝まで歩いてゆっくり見て、
夜20時ぐらいに到着すればいいかと思っていたのが、
夜道は明かりがなくて危ないから
17時までに到着するように変更した方がいいとアドバイスを受けた。
知らずに行ったら大変なことになっていた。ありがたいもんです。
http://www.kumano-travel.com/
小さい宿だけど、宿主は語り部の資格も持っているよう。
夜、酒を飲みながら話を聞いてみるのもよさそうだ。
■2/20(月)
7時起きになるのかな。宿で食事。昼の弁当も用意してもらう。
8時ぐらいに宿を出る。この日は「小雲取越」ルート。6時間ぐらいか。
「百間ぐら」という絶景ポイントがあるようだ。
川湯温泉まで。夕方には到着するだろう。
この日は「冨士屋」に宿泊。
http://www.fuziya.co.jp/
川湯温泉は温泉の沸く河原を堰き止めて作った「仙人風呂」で有名。
ここ冨士屋はその真ん前にあるという。
別料金で貸切露天風呂もある。
生まれて初めて自腹で高い宿に泊まるので、あとは温泉にゆっくり浸かって
ビールを飲みながら本を読んで過ごします。
あ、今宿のホームページを見たら2月7日の大雨で仙人風呂が決壊、
復旧は未定となっていた…
■2/21(火)
この日も冨士屋に宿泊。
朝9時に「発心門王子」へのバスが宿専用で出ているようなのでそれに乗っていく。
往復してもいいんだけど、まあ片道でいいかと
船玉神社〜発心門王子〜伏拝王子〜熊野本宮大社と歩いて、戻ってくる。
昼過ぎには帰ってこれるかな。そしてまた、温泉。
■2/22(水)
9時にチェックアウト。
川湯温泉から出ている龍神バスに乗って、いっきに紀伊田辺まで。↓路線図。
http://www.ryujinbus.com/shuttle_bus/time_fare/routemap_kumanohongu.pdf
時刻表を見ると、09:34発−11:37着というのがいいか。
http://www.ryujinbus.com/shuttle_bus/time_fare/time_kumanohongu.pdf
紀伊田辺からはまっすぐ新大阪まで。12:44発、14:50着。
ここも駅弁かな。
新大阪到着後は御堂筋線に乗って淀屋橋へ。
いつものビジネスホテルにチェックイン。
その後大阪の町をぶらぶらして、転勤後長いことご無沙汰の後輩と夜、会う。
■2/23(木)
今のところどう過ごすか未定。
昼は「やまもと」でねぎ焼きを食べたいなあ。
夜は大学の友人と会う。
■2/24(金)
帰りのフライトは伊丹13:00−羽田14:10
[4080] 2/6-2/12 2012-02-13 (Mon)2/6(月)
昼、小学館地下の「九州」にてカツ煮定食。
夜、ファミマの1日の半分の野菜のスープと鶏南蛮弁当。
帰ってきて22時、教室クローズ。
終わるとさすがにポッカリと心に穴が開く。
焼酎お湯割を飲む。
溜まっていた新聞を読む。午前1時に眠る。
中上健次『鳳仙花』を読み始める。
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2/7(火)
打ち合わせがなく、テストシナリオを1日がかりで終えるつもりが
意外とあっさり終わる。
昼、またしても「九州」にて皿うどん大盛。
クローズから一夜明けて昼休み、6人分の「突破証」を書く。
いろいろとこれまでのつながりでドラえもんの似顔絵を描く。
一仕事終わった。
夜、たまには料理しようとポトフを作るつもりが
材料を買ってるうちにあれもこれもという気持ちになり、
冷蔵庫・冷凍庫の中に眠っているものも片付けたくなり。
フランクフルト、ベーコン、鶏団子、カレー用牛肉、冷凍の温野菜…
仕上げにトマトの缶詰を入れてシチュー的なものを。
トータルな材料代としてかなり高くついたが、
最低でも4日は食べるはずでそうすると外食よりもリーズナブル。
焼酎お湯割り。午前0時半に眠る。
ひと段落して、週末友人たちと飲もうと調整する。店の予約。
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2/8(水)
午前中、ロングの打ち合わせ。
午後も3本。隙間がちょこちょこできるが、余りやる気がでず。
タスクよりも調整ごとばかり進めて、バタバタと過ごす。
昼、PJランチ会。時間が無いので三幸園のつもりが、混んでて3階へ。
全然料理が出てこなくて逆に時間がかかった。失敗。
レバー生姜炒め。レバー山盛り。たまらない。
夜、昨日の具沢山のトマトシチューを温めて食べる。
TSUTAYA DISCASから届いた『トランスフォーマー』を見る。意外と面白い。
Lana Del Rey 来日公演キャンセル。残念だ。
午前1時に眠る。
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2/9(木)
昼、スタ丼屋にて生姜丼、ミニサラダ、豚汁変更。
ずっとほったらかしていた会社の箱根一泊旅行のプランニングを昼休みにようやく。
交通の便を考えて箱根湯元、レイトチェックイン(20時過ぎ)で探すが
温泉宿だとなかなかない。
ほったらかしすぎだったので参加者無しかな…
夜、トマトシチュー続き。
『荒野の七人』を見る。うーむ、面白い。
ユル・ブリンナー(勘兵衛)が悔しいぐらいかっこいい。
ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソン、
そしてスティーブ・マックイーン。たまらん。
『ルパン三世』の次元大介は
『荒野の七人』のジェームズ・コバーンをモデルにしてるのか。
ということは、次元大介の原型は久蔵なのだな。
うむむ。しっくり来た。
午前1時に眠る。
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2/10(金)
午前中、打ち合わせ。仕事放り投げて午後休。
浜松町の貿易センタービルの内科で花粉症の薬をもらったのち、
田町の「ますたに」へ。チャーシュー麺、ネギ多め、玉子。
みなとみらいを散策、のち、中華街で汁講。
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2/11(土)
昼まで寝てて、震で目が覚める。
最近土日は地震で目が覚めるというのが多い…
新聞を読んだりして過ごす。
昼、トマトシチューの残り。
夕方着替えて新宿へ。
学校関係の飲み友達と新宿2丁目で飲む。
街角をぼんやりと所在無げに立っている男たちや
「バディ」といった雑誌の広告を見かけるとドキドキして
果たして自分はここにいていいのだろうか? と悩む。
「Cocolo Cafe」という店(店員とひとり客はゲイか…)が1軒目。
その後「どん底」へ。学生時代何度か入ったことがある。
丸の内線の終電で帰って来る。
Lana Del Rey 「Born To Die」ようやく届く。
それよりも聞いたのは山根万理奈(山音まー)。
『人のオンガクを笑うな!』と『STAR e.p.』
後者に入っているプリプリ「M」アコギ弾き語りを5回は聞いた。
新宿でサウンドデモに遭遇。心の底から嫌い。今回のテーマは脱原発。
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2/12(日)
10時頃宅急便に起こされる。
高円寺へ。中本。五目蒙古タンメンの野菜大盛り、辛さ控え目がやはりベストか。
新宿に出て山根万理奈のアルバム『ざっくばらん』を買って帰る。
全編アコギ弾き語り。
ホイットニー・ヒューストンの訃報を聞く。48歳。
YouTubeで「I Will Always Love You」の PV を見て、
やっぱいい曲だなとその後 iTunes からダウンロード。
洗濯、クリーニング屋ののち図書館へ本を返しに行く。
中央図書館は明日から2週間、休みとなる。
帰りに西友に寄って、オフィスの観葉植物の鉢に挿すアンプルを買う。
Underworld のベストや M83 の新譜などを聞きつつ、
来週末の旅行の予定を組み立てる。
バスや鉄道の時刻表を調べていたらかなり時間がかかった。
クリント・イーストウッド監督の前作『ヒア・アフター』を観た。
冒頭に津波のシーン。昨年3月に公開されて上映が自粛された。
その後、『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせに
ちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』を観る。
制をテーマにしたオムニバス。
いくつかはたるいけど、最後のほうは面白い。
第7話「ミクロの精子圏」(What Happens During Ejaculation?)が最高。
スパゲティーを茹でて、先日のトマトシチューの最後の残りと共に炒めて食べる。
Fania All Stars のベスト2枚組を聞く。
うーん、いい。
[4079] 横浜散策 後編(氷川丸〜中華街) 2012-02-12 (Sun)横浜ワールドポーターズをくぐりぬけて(特に書くことなし)
赤レンガ倉庫へ。左側のショップ棟は平日とは思えないほど混んでいた。
スケートリンクができていて賑わっている。
四方に人の顔を象ったオブジェが。ギョッとしたら石井竜也によるものだった。
右側のホール棟では「塚田洋一 舞台写真展」が開催されていた。無料。
「ダンストリエンナーレトーキョー」や「横浜ダンスコレクション」での
コンテンポラリーダンスのステージを切り取ったもの。
官能的で刹那的。肉体という制約とそこからの自由。
これはなかなかよかった。もっと見てみたい、写真集になったら欲しいと思った。
山下公園を歩く。端から端まで、南へ。
港に係留された「氷川丸」が気になって、入ってみる。
16時半の最終入場のギリギリ。200円と安い。
http://www.nyk.com/rekishi/exhibitions/hikawa.htm
氷川丸は1930年に竣工。
シアトルまでの北太平洋航路を戦争を挟んで1960年代まで運航した客船。
1932年にはかのチャップリンも乗船。
料理長はそのためにわざわざチャップリンの好きな天ぷらの修行をしたのだとか。
この4階建ての船内を順路に沿って見学する。
最下層の三等客室はヨーロッパの長距離列車のようにベッドが並ぶだけ。
乗客は厳しく一等客室と隔てられ、往来に当たっては許可が必要とされた。
その一等客室のさらに特別室ともなると気品溢れる空間となって
ヨーロッパの皇室の方々が暮らす部屋のミニチュアサイズのよう。
専用のゆったりとした浴槽があって、ティーテーブルがあって。
機関室に並ぶ巨大なエンジンのシリンダー?群や
操舵室の隣の部屋にあった時代を感じる通信機器、そして質実剛健な船長室。
乗組員の居住スペースも見れたらよかったな。
たぶん下っ端ともなると狭いところに押し込められた悲惨な感じだったのでは…
氷川丸を出て山下公園をさらに南へ、
地上二階の遊歩道を歩いて港の見える丘公園へ。
この辺りから日が暮れる。フランス領事館跡と風車。展望台。
人の姿はほぼ皆無。広場で小さな子供たちがサッカーボールを蹴っていた。
神奈川県近代文学館では「作家と万年筆」という企画展が開催されていた。
埴谷雄高、澁澤龍彦、向田邦子、開高健、井上ひさしといった名前が。
その自筆原稿が見れるとあって気になったのだが、残念ながら閉館時間。
http://www.kanabun.or.jp/te0529.html
港の見える丘公園もまた北のはずれまでグルッと回ってみて、
今日のメインイベント中華街へと向かう。
公園を出ると物々しく警備している人たちを見かけて、韓国総領事館だった。
丘の上のこの一角はほんと高級住宅地。
さて中華街はこの先だろうかと iPhone で地図を見たら全然違ってた。
山下公園よりも横浜寄りなんですね。あと1時間以上余裕がある。
ただ引き返すのもつまらんなと違うルートで遠回りして行ってみることにする。
急な坂を下っていくと見晴トンネルというのに出る。
普通に庶民の暮らす街並みに出て、大通りを見つけると本牧の商店街。
これがあの有名な本牧? かなり寂れている…
アメリカっぽい雰囲気皆無。もっと別なところに栄えたエリアがあるのか?
北へ、石川町へとしばらく歩き続けるうちに山手トンネル。
くぐって出て来ると元町。こちらの商店街は賑わっている。
歩いてみる。ファッション・エリアって感じか。インテリアと雑貨。
僕が興味をもつほどのことはない。
しかしなんかどこか東京と違う穏やかさ、品のよさを感じる。
その歴史から来るのだろうか。
ようやく中華街へ。
みなとみらいから山下公園、港の見える丘公園、本牧、元町を経て
どれだけの距離を歩いたろう?
東側の天長門から入る。あちこちで甘栗と肉まんを売っている。
中国料理世界チャンピオンの肉まんとかいうのをあちこちで見かける。
うまいのだろうか? なんだか安っぽい。
食べ放題の店も増えているように思う。
時間があったのでチャイナドレスの店をいくつか覗いてみる。
そういう感じのアロハシャツがあるといいのにと思うが、
さすがにそういうのは見つからず。
中東まで含めてアジア系全般の雑貨を扱う店にてCDを眺めて過ごす。
今回訪れた店は「均元楼」小さな店だけどなかなかよかった。
http://www.kingenrou.jp/
個室が広くてびっくり。円卓2つの部屋を4人で貸切。豪華。
広東料理ということであっさり、海鮮系。何を食べても美味しかった。
内装は古くて和室もあったりしたけど、
なんか古きよき中華街ってこんな雑然とした感じだったのかなと思ったり。
横浜駅に移動して、もう一軒入って飲んで帰って来る。
東横線、山手線と乗り継いで、中央線最終からひとつ前。
人身事故も線路に立ち入りもなかったのに、山手線の接続待ちで10分遅れ。
ぎゅうぎゅうの中、どうにかこうにか帰って来る。
もうちょっと早く帰って来ればよかったんだろうけど、
楽しかったんだから仕方がない。
[4078] 横浜散策 前編(カップヌードル・ミュージアム) 2012-02-11 (Sat)昨日は教室クローズ後の打ち上げ的汁講(オフ会的飲み会)。
午後休にする。浜松町の貿易センタービルの内科で
花粉症のアレグラをもらって田町の「ますたに」で食べて、
京浜東北線に乗って横浜へ。
数年ぶりにみなとみらいの辺りを歩こうと桜木町で下りると
「コレットマーレ」という四角い巨大なビルが建っている。
いつのまにできたんだろう? 映画館がたくさん入っている。
動く歩道からランドマークプラザへ、クイーンズスクエアへ。
上京したばかりの頃はこの並びにきらびやかなものを感じたもんだけど、
今ではそうでもない。これぐらいが普通になったのか、僕がすれたのか。
特に買いたいものもなし。
パシフィコ横浜から海辺沿いに歩いてワールドポーターズに向かうつもりが、
途中に真四角のレンガの建物があって気になる。
街行く人々がどんどん吸い込まれていく。
何だろうと思って見てみたら「カップヌードル・ミュージアム」だった。
ここがそうか。時間があったので入ってみる。
http://www.cupnoodles-museum.jp/
入場料は500円。
エントランスホールは吹き抜けの巨大な空間。壁の白さが眩しい。
「チキンラーメンファクトリー」というのと
「マイカップヌードルファクトリー」というのを体験できるようだ。
前者の方が本格的なんだけど2名以上ペアになって参加かつ要予約
ということで今回は叶わず。(今サイトを見たら土日は5月まで埋まっていた)
後者にする。整理券をもらってさっそく3階へ。並ぶ。
頭上のモニターで作り方が説明され、手前の空間に並んだ無数の丸テーブルにて
カップルに親子、修学旅行と思われる高校生、大勢の人たちが
用意されたマジックでカラフルに塗ったり描いたりカップヌードルを飾り立てていた。
自販機に並んだ空の容器300円を買って、まずは手を消毒。
そして僕も空いているテーブルに座って製造年月日欄に今日の日付を書いたり、
「CUP NOODLES」の文字に色を塗ったりする。
汁講で誰かにプレゼントしようとメッセージも書く。
終えるとまた列に並ぶ。隣の部屋はガラス張りの
密閉されたクッキングスクールのような「チキンラーメンファクトリー」
体験者はチキンラーメンの柄のバンダナを皆頭に巻いて、エプロンをしていた。
次の工程では実際にカップヌードルをつくっていく。
ここから先はカウンターの向こうの各パートの担当の方たちにお任せ。
まずは空の容器に麺を入れる。
モニターでも解説していたけど
筒ではなく微妙に斜めになった容器にいかにして乾燥した麺を入れるか?
上から普通に落とすと傾いたりはみ出たりする。
ここで発明されたのが麺の上にカップをかぶせてひっくり返すという逆転の発想。
このベルトコンベアを擬似的に再現する。
ハンドルを回すとそれに合わせてレール上のカップが移動していく。
取り出すと麺がすっぽりとおさまっている。
横に移動して、粉末スープをノーマル、カレー、シーフード、チリトマトの
4種類の中から選んで、具材もまた12種類の中から4つ選ぶ。
僕はチリトマトに、キムチ・チェダーチーズ・コロチャー、
そして期間限定のハート型カマボコ。
やはり辛さを追求。こだわりの逸品ができた。
この組み合わせ、5460通りになるという。
その次にフタをつけて、パッキング。
ビニールを撒きつけてヒーターの中を通すと出来上がり。
これを特性のエアバッグ? に入れて持ち帰る。
この他には
・壁いっぱいに埋め込まれたインスタントラーメンたち
(どん兵衛にラ王にUFOなどが年代順に。やはりこれは圧巻)
・日清創業者安藤百福の功績を讃える映像
(事業に失敗してからの再出発、48歳でチキンラーメンを61歳でカップヌードル)、
・安藤百福が日夜インスタントラーメンの研究を行なった小屋の再現
・上の階に子供向けの遊戯施設や各国の麺類が食べられる屋台村
ミュージアムショップではチキンラーメングッズや
ブタホタテドリなど40周年記念投票で人気の高かった復刻版を
3つセットにしたものなど。
なかなか楽しい。
これであとは歴代のカップヌードルを特別に復刻して食べられる
というのがあったら言うことない。
ミュージアムを後にする。
[4077] 箱根旅行をプチ計画する 2012-02-10 (Fri)年末に皆で食事をしていたら、PJで合宿もとい旅行をしようという話になる。
となるとまさに僕の出番。行き先は箱根。温泉旅館に一泊。
金曜の夜定時後に出発して、土曜に帰ってくる。
そこまでは決まったものの
年明けから仕事も学校も忙しい日々が続いて全然話を進められず。
JTBのパンフレットを元に昨日の昼休み、ようやくざっとプランを立ててみた。
そもそもの目的地として、一口に箱根と言っても広い。
僕もこれまでよく知らなかった。
(箱根と熱海の違いですら怪しい)
http://www.hakonenavi.jp/tanbou/map/
箱根園とか元箱根って芦ノ湖の周りにあって電車で行けないんですね。
手軽に行くなら小田原からすぐの箱根湯本ぐらい。
箱根駅伝で中継地点となっている小涌園や
有名な富士屋ホテルというのはそこからさらに箱根登山鉄道を登って行く。
東京駅から18時半頃湘南ライナーに乗って、小田原へ。
新幹線という手もあるけどさすがにそこまではしない。
小田急の特急に乗り換えると20時過ぎに箱根湯本の駅に到着する。
片道2,500円。
けっこう早く着くねと最初は思ったものの、温泉街の宿。
夕食はだいたい18時〜19時なんですね。遅くて20時。
21時も可というところはかなり少ない。
ビジネスホテルじゃないんでチェックインが深夜になってもいいし、
レストランも遅くまでやってますということにはならない。
金曜の夜都心から定時後に、となるとここのところがネックとなる。
調べてみないと気付かないもんですね。
宿については素泊まりで一泊3千円台から3万円台まで。
会社の旅行で家族も、だとまあ1万2千円までが妥当かな。
たくさんあるけど、夕食を遅くに開始が可能な宿となると絞れそう。
…そんなこんなでプランを立ててみたけど、
ほったらかし過ぎてこの件流れそう。残念。
[4076] マフラーというもの 2012-02-09 (Thu)朝起きて寒い中、通勤のために駅へと向かう。
6時半過ぎ。毎朝、近くの高校の野球部の部員たちとすれ違う。
それが今流行りなのか、皆、マフラーをしている。
あるいはネックウォーマー。プラス、頭にはビーニー。丸刈りで。
正直、いくら野球部員御用達のでかいカバンをぶら下げて歩いたところで
余り強そうに見えない。
どれだけ寒くても野球部のジャンパーだけ、耳がむき出しみたいな
格好の方がしっくりくる。でもまあ、そんな時代でもないか。
僕はもちろんこういうのすることなくて、帽子の類はもう何年もかぶったことがない。
マフラーもそう。むしろ苦手。積極的に避けたい。
身に付けるものが増えて、
しかも首を覆うだけというのが考えただけでもめんどくさい。
首に巻いたりはずしたりっていう手間が受け入れられない。
暑くなってやめたのをどこにどう仕舞うかというのもめんどくさい。
温かいかどうかは関係ない。
ダウンジャケットの襟元を引き上げればよいではないか、と思う。
どうしようもなくなったらフードをかぶる。コートにくっついてるとかならいい。
そんな僕はマフラーとストールの違いも分からない。
ショールは肩掛け? 幅の広いやつ。
それにしてもこの寒い時期にコートを着ることなく、
スーツにマフラーだけという若いサラリーマンをたまに見かける。
あれは何なのだろうか? そういうファッションなのだろうか?
それとも寒さに強いのだろうか?
もしかして恋人が編んでくれたものだからしてるのか。
僕のマフラー嫌いが手伝って、「彼らは敵だ」なんて思ってしまう。
昔母がマフラーを買ってくれたけど、嫌だと言って結局一度もしなかった。
あのマフラーはいったいどこに行ったのだろう?
[4075] Lana Del Rey 来日公演キャンセル 2012-02-08 (Wed)今朝、InterFMでピーター・バラカンの番組を聴いていたら
来月の Lana Del Rey の来日公演がキャンセルになったとのこと。
どうも一夜のショーケースライブのためだけに
日本に来ている場合ではなくなったようだ。
残念だ。せっかく即日完売だというチケットが取れたのに…
オフィシャルなコメントでは確か、
世界的な需要が高まったために全てのプランを組みなおすことにした
というようなことを言っていた。
Vogue のモデルとなったり露出度も注目度も全世界規模で異常に高くなってきた。
だからこそ今、見たかった。次に来るというとき、チケットが取れる気がしない。
Lady Gaga か Lana Del Rey か、ってことになっていると思う。
YouTubeのチャンネルも先ほど見たらあれこれ上がっていた映像が整理されていた。
「Blue Jeans」と「Video Game」の”Live at the Premises”が見れなくなっていた。
バックが前者だとギター、後者がピアノだけの演奏であれはとてもよかったのにな…
DVDになるか、音源がボーナストラックになるかしてほしかった。
そのデビューアルバムは国内盤が本日発売。
しばらくはこれを聞き倒すしかないか。
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最近聞いた新人の新譜だと、R&B系の Rebecca Ferguson もよかった。
イギリスのオーディション番組出身。
「Nothing's Real But Love」というリードシングルが素晴らしい。
http://www.youtube.com/watch?v=FVs55XkYzls&ob=av2e
一頃よくこの曲がラジオでかかっていた。
この曲だけが頭ひとつ抜けてて、
アルバムそのものは新人の一枚目って感じでまだまだかな。
待ちきれなくて輸入盤を買ったんだけど、国内盤の発売は4月とのこと。
グラミー賞が近いせいか、ラジオというか InterFM だと
Adele を聞かない日は無いね。
[4074] Paper Sky no.20 「寒くてあたたかい国、青森」 2012-02-07 (Tue)先月松丸本舗にて『Paper Sky』という雑誌を見かけた。
知らなかった。タイトルの左上に小さく「地上で読む機内誌」とあるのが気になった。
過去のが揃ってるのではなく、最新号だけ。
特集が「妖精に守られた自然の王国へ 華恵さんといくノルウェーの旅」とあった。
お、ノルウェーか、懐かしいなと思わず買ってしまった。
パラパラとめくってカラー写真の風景がきれいだったし。
http://www.papersky.jp/
これは他の国も特集されてるんだろうなと
家に帰ってバックナンバーを見てみたら国外だけじゃなく、国内も扱っていた。
そのうちのひとつに青森があった。
いつか行きたいと思っていたギリシアと合わせて、取り寄せてみた。
http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/131943/
背表紙を見てみたら刊行が2007年。なのでもう5年前になる。
サブタイトルは「寒くてあたたかい国、青森」
恐らく八甲田山と思われる分厚く雪に覆われた木々の風景がいくつか続いて、
青森を代表する温泉を紹介。青荷温泉、蔦温泉、酸ヶ湯温泉といった定番から、
大鰐町の大湯会館、平川市の新屋温泉と新岡温泉などの「温泉銭湯」まで。
(それで言ったら帰省したら毎晩通ってる油川温泉もそうだ)
「温泉銭湯」っつうのがいいよね。
分け入ってそこに暮らす人たちと触れ合った、という感あり。
もうひとつ大きく取り上げられているのが、
弘前に8点の作品を残した建築家:前川國男。
1920年代末、パリに留学してル・コルビジェに師事。
東京で育ったものの母方の家系が津軽の旧家という縁もあり、
デビュー作は弘前に。以後1980年に至るまで長きに渡る関係を築く。
「弘前こぎん研究所」や「弘前市庁舎」など。
その作風はかのブルーノ・タウトをして
「どうして辺境の地に、コルビジェ風の白亜の建物があるのか」と驚かせたという。
ふーむ。知らなかった…
他は奈良美智、『森のイスキア』の佐藤初女、
完全無農薬のリンゴ作りで有名な木村秋則など。(敬称略)
5年前となるとこうなるかな。
弘前はチーズケーキの町というのが何気にツボ。
この雑誌の企画で昨年夏、
「ツール・ド・アオモリ」というのが開催されていたみたい。
http://www.papersky.jp/2011/10/04/tour-de-aomori-lookingback/
3冊比較して眺めてみて、最初の頃は
総合的な旅の雑誌として特集の他は手広くいろんな人が記事を書いていたのが、
(ハナレグミとかいとうせいこうとか細野晴臣とか…!)
途中から特集が「誰々と行くどこそこ」と焦点を絞るようになって、
紙面もシンプル化。これがいい。
洗練ってこういうことなのだと思う。
[4073] 1/30-2/5 2012-02-06 (Mon)1/30(月)
日本海側は大雪。青森もか。
昼、小学館の地下に入ったら「七條」がすいていたのでそちらにする。
豚肩肉のトマト煮。
夜、東京駅地下のタワレコでレベッカ・ファーガソンのアルバムを買う。
新譜をリアル店舗で買うのは久しぶりだ。リアーナ以来か。
近くまで来たので「越後そば」へ。
カレーそばにしてみたらこれもうまかった。さすがだ。
コロッケを追加する。
突破締切から一夜明けて、再回答は届かず。そんなもんか。
昼に指南1本、夜に4本。昨日からの残りはあと2本。明日で終わりか。
寝る前に焼酎お湯割を飲む。腹が減ってホタテマヨネーズの缶詰をつまみに。
ウダウダしていたら結局寝たのは午前1時。
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1/31(火)
昼、本番リリースの絡みで時間なし。いつもの中華弁当。
牛肉と大根を甘辛く炒めたもの。
夜、キッチン南海でカツカレー。
リリース作業で遅くなる。夜、帰ってきて指南の続き。
再回答を除く、本来の指南分は全て終了。
終わった。疲れた。ぐったり来た。
午前1時に眠る。
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2/1(水)
今日から2月。
和歌山の帰りに大阪寄ったら会おうと後輩にメールを送る。
今週、仕事は割りと暇だったりする。
来週末の汁講のダンドリをまとめて教室にメールを送る。
昼、ランチ会。「福の木」の近くの新しい店へ。
土鍋に炊いたご飯が出てくる。4人で入って、鯛めしと子柱めしと2人前ずつにする。
おかずは白身魚の鍋にする。
夜、図書館に寄って帰る。あまりにも腹が減って、松屋でカルビ焼肉定食と豚汁。
このところの新聞をまとめて読む。
明日の最高気温は4℃とのことで、夜からやたら寒い。
午前1時に眠る。
今年は確定申告しないといけない。できるだろうか。気が重くなる。
初心者向けのサイトであれこれ調べ始める。
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2/2(木)
「味噌や」にて味噌カレーラーメン+チャーシュー、コーン、玉子、ライス。
マイク・ケリー自殺のニュースを見かける。
Sonic Youth「Diry」のジャケットを手がけた人だ。
「ソウル・トレイン」のドン・コーネリアス自殺のニュースもあった。
昨日面談があって、昨夏配属だったPJの新人が正式に退職が決まったようだ。
ゆとり世代。全くもってお粗末だった。
知的能力というよりは物事の考え方、向き合い方。社会人としての振舞い方。
会社は筆記試験やってないのだろうか? 何を面接しているのだろうか?
昼休みに軽くひとつ指南。
今月後半の熊野古道ツアーに向けて情報を集めて整理し始める。
関西国際空港から新宮までのアクセスなど。バスに乗って和歌山まで出るか。
夜、PJの新年会。仕事が終わらなくて途中参加。
23時半近くまで飲んでる。
たくさん食べたはずなのに「神田ハウス」ひとり4000円。安い。
帰ってきて寝たのは午前1時過ぎ。
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2/3(金)
節分、恵方巻。
昨晩遅かったこともあって1日中眠かった。そして疲れている。
打ち合わせばかり。仕事が終わった気になって、早々と帰ってくる。
先週同様、高円寺でスタ丼。
昼休みにひとつ再指南。夜ひとつ。教室もクロージングに近付いている。
空いている時間に『情報と文化』の続きを50ページほど読む。
午前1時に眠る。
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2/4(土)
11時まで寝ている。何度か目が覚めるが、起き上がることができなかった。
軽めのを3つ指南して、高円寺へ。今日は中本。このパターンが定着してるなあ。
14時過ぎなのに行列。五目蒙古タンメンに野菜大盛。定食追加。
帰ってきて、『情報と文化』の続きをえいやと100ページ。ようやく読み終わる。
西友で見かけて以来、このところ福豆にはまって毎日家で指南しながら
ボリボリ食べていたんだけど昨日からどこ行っても見当たらず。
品切れ。なくなると口惜しい。無性に食べたくなる。
夜、『クラッシュ』を見る。
J・G・バラード原作、デヴィッド・クローネンバーグ監督の方ではなく、
ポール・ハギスが監督してアカデミー作品賞を受賞した方。
よくできた群像劇。「見えないマント」のところでホロホロとする。
その後1本指南して、午前2時に眠る。
刺身のぶつ切りと焼酎お湯割り。
「Sonic Youth : Sensational Fix」が届いて、読んでみる。
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2/5(月)
やはり11時頃まで寝ている。疲れが溜まっている。
時間を無駄にしてしまったなと昼を食べに高円寺に出かけるのはやめて、
カップヌードルの先日見つけたキングサイズとリンゴを皮剥いて食べる。
ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』を見る。
この頃(1973年)のアルトマンはいいね。
冒頭の深夜猫にえさをやるシーンに
アルトマンなりのフィリップ・マーロウ像がにじみ出ている。
洗濯、クリーニング屋、遅れていたYシャツが見つかる。
読み終えた本をトランクルームに持っていく。先に来て片付けている人がいた。
僕は荷物を置くだけだったのですぐ出て行ったんだけど、一声かけるべきだったか。
出てから気になった。しかし、戻るほどのことでもない。西友へ。
指南は昼にひとつ、夜にひとつ、それぞれ軽いのを。
先月丸善で買った「Patti Smith: Dream of Life」を読む。
夜、スパゲティを茹でてトマトソース。冷蔵庫にずっと前からあったホッピー。
溜まっていた新聞を読む。このところ聞いたCDの解説を読む。
ヨーロッパで再発された裸のラリーズを聞く。素晴らしい演奏だが、音はよくない。
13枚組の限定盤ボックスセットが発売中、10枚組のも予約中とあってどちらも購入。
今買わないと後で後悔するかもしれない。
ついでにみつけた村八分ボックスも。これは2万を超える。やりすぎか…
酔ってたから気が大きくなってしまった。
午前1時に眠る。