[6885] 10/15-10/20 2019-10-21 (Mon)

10/15(火)

目を覚まして若干二日酔い。眠い。
7時まで寝てから出社するかとも一瞬考えるが、いつも通り6時前に家を出た。
これまでポロシャツで出社していたが、今週から一枚上に羽織る。
駅前のローズガーデンに向かう道は台風で千切れた枝葉がまだ残っている。

オフィスに着くが、やはり眠い。
昼、弁当。昼寝。なんだか眠れない。
昨日ぎっくり腰になりかけて、腰をかばって寝たせいか肩が痛い。
この日は打ち合わせなし。定時で帰る。

夜は妻が。みそ汁とポテトサラダをつくる。
僕がご飯を炊く。そのまま明日の弁当の用意。
パックの豚ロース肉味噌漬けを焼く。
LIVIN で安く買ったアスパラガスにベーコンを巻いて焼く。
LIVIN は相変わらず品薄。ネギが買えず。
豚肉・鶏肉・ひき肉も相変わらずガラガラ。
12日午後はたくさんあったキムチがこの日なくなりつつある。
物流のサイクルが違うのだろう。
期間限定発売の松前漬けのキムチというのを見つけて買ってみる。
夜さっそく食べる。ゴボウやニンジン、大根など根菜系のキムチ。
これはうまい。
他、ご飯に賞味期限が思いっきり切れた海苔の佃煮を乗せて食べる。
妻のつくるポテトサラダもみそ汁もうまかった。

週末の高校の同級生の飲み会のリマインドを送る。
一人増えて店に電話する。詰めて座ることになりそう。

鑑定団の後、迷宮グルメのスペシャル。イタリアとかラオスとか。
2時間見てまだまだ続きそうで午前0時前に寝た。

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10/16(水)

今朝はこれまでで一番の寒さなのだと。
肩が痛いのは変わらず。
いや、風邪か。寒気がする。
駅前のドラッグストアに葛根湯を買いに行く。
より効きそうだとドリンク剤のにする。

昼、弁当。昼寝。
この日は打ち合わせがなく、要件定義の資料作成。
定時で帰る。
庄野潤三『絵合わせ』を読み終える。
最初読み始めたときにはなんだこの淡々とした家族の記録は。
と思っていたのが次第にそのすごさがわかってきて、
最後読み終えるのがもったいなかった。
これは書けそうで書けない。真似できない。

LIVIN は少し肉と野菜が増えたか。
ソーセージを買おうとすると何も残っていない。
庭の水を撒いて、掃除機をかける。
妻の親戚の方から箱に入った柿が届く。
弁当の用意。鯖を焼く。LIVIN で買った出来合いの唐揚げ。
夜は長芋とオクラと冷凍していたモロヘイヤでねばねばサラダ。
さらに納豆ご飯。妻が昨晩に引き続きみそ汁を作ってくれる。
柿をひとつ剥いて食べる。

風邪っぽいということで風呂を沸かして入る。
街録を見て寝る。
トレーナー上下と靴下を履いて布団へ。

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10/17(木)

風邪っぽいのは特に変わらず。
咳はなく、鼻水もないが、ぼやっとする。
いつも通り7時出社。
古井由吉『杳子・妻隠』を読み始める。これも妻が持っていた文庫。

昨年夏、義父から買ってもらった mont-bell のウインドブレーカーを着て過ごす。
葛根湯を飲んでいるので汗をかく。
昼、弁当。昼寝。目が覚めたら割と寒気がよくなっていた。

昨晩、帰りに LIVIN に寄ったら赤星とサッポロクラシックが。
あるときに買っとくかと今晩も6本パックを。
明日は通院のため弁当は無し。
夜は豚肉ではなく、鶏肉でつくった肉じゃが。
薄味で仕上がって醤油など足すか迷ってやめておいた。

鑑定団の再放送。
お笑い演芸館の4時間スペシャルを後半から見る。
「アルス」というマジシャンのトランプジャグリングは
この番組で見たマジックの中で一番すごかった。
他、スーパーマラドーナやプラス・マイナス、トータルテンボスの漫才など。
アメトークのラップ大好き芸人を途中まで見る。般若対R-指定など。
午前0時過ぎに寝る。

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10/18(金)

朝からぽつぽつと雨。
寒気はだいぶおさまった。
6時半起きで3カ月に一度の経過観察。
採血、エコー、CTスキャン。
CTスキャンのときに鼻がむずむずしてくしゃみをしたら
造影剤の副作用ではないかと血圧を測ったり、看護師さんたちが慌てた。
診察は3回目にしてようやく新しい担当の先生に診てもらえた。
これまで2回、学会などの出張で代わりの先生だった。
このところ3ヶ月に一度とする代わりにエコーとCTスキャンを一緒に行っていたのを、
今後は交互でいいんじゃないかという話になった。
手術から3年。少しずつ、検査の頻度が下がっていく。

病院を出たのが11時過ぎ。
新宿西口の駅に出るとラグビーのユニフォームを着た屈強な男たちが地図を見ていた。
この寒いのにTシャツ1枚。試合を見に行くのだろう。
DiskUnion に寄って、新宿御苑まで歩く。
妻と待ち合わせて中華料理屋で食べる。
もやしそばと半炒飯と餃子のセット。美味しい店だった。
早い、安い、うまい。これぞ町中華。

新宿一丁目の辺りを抜けて、歩いて大江戸線の駅まで。
若松河田から乗って飯田橋。
午後から出社。
定時で出て帰ってくる。
カップヌードルの味噌にフリーズドライの野菜を足して食べる。
チコちゃん、新日本風土記は石垣島、猫歩きはイギリスの田舎。


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10/19(土)

8時過ぎに起きて大草原の小さな家を見る。
ようやく風邪も落ち着いてきたか。
荻窪の床屋へ。猫の話となる。
終わって東中野。
モヤモヤさまぁ〜ず2と町中華で飲ろうぜで取り上げられていた
「大盛軒」で鉄板麺を食べてみる。
番組では肉が山盛だったが、実際はたいしたことなかった。
14自前、一度家に戻ってくる。
古井由吉『杳子・妻隠』を読み終える。

このところ寒かったので電気ストーブを出す。
新宿へ。DiskUnion がこの日10%OFFでたくさん買い込んでしまった。
The Muffins / Jimmy Clif / Tim Burges / Ariel Pink / Malavoi など。
秋葉原へ。タワレコに入ると革ジャンを着た50代ぐらいの方たちが大勢。
ここで待ち合わせてどこかで誰かの再結成ライブを見るのか。
青森系の居酒屋に入って高校のプチ同窓会。8人集まった。
十和田のバラ焼き、いがめんちなど食べて〆は味噌カレー牛乳。
19時から22時まであっという間だった。
帰りの大江戸線は寝て過ごす。

帰ってくると妻は「おしん」の再放送を。
毎週末3時間ぐらいやってるけどこれ、いつ終わるんだろう?
エンドレスで繰り返しているのだろうか。
妻が近くの店に偵察で入ってみた話を聞いて1時半に寝る。
おんな酒場放浪記。時効警察の終わりの部分。
タモリ倶楽部に内田有紀が出ていて、テーマは梅水晶。
午前1時に寝る。

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10/20(日)

9時半まで布団から出られず。
イタリア。Lazy Sunday といつも通り。
妻が柿を剥いて食べる。
昨日荻窪で買ったドーナツを温めて食べる。
外は晴れている。久々に洗濯物を外に干す。
昼は賞味期限切れのうまかっちゃん。
武田ハムのチャーシューを乗せて食べる。

この日、としまえんで開催される練馬区のお祭りにいくつもりだったが、
妻の体調が思わしくなく、結局家を一歩も出ないまま。
Lazy Sunday を聞き続けて、
その後缶ビールを飲みながら最近買ったCDの解説を読むなど。

ウェールズとフランスの試合の最後の方を見る。
この日笑点も世界遺産もなし。
3週間ぶりにモヤモヤさまぁ〜ず2が築地と東銀座。
ペヤングの皿うどんを食べてみるが、想像していたよりもおいしくなかった。
レトルトの具材が変に甘ったるい。
おいしくないと口に出して言うことがめったにない僕が珍しく言ってしまった。

日本と南アフリカを途中から見る。
前半は3−5で僅差だったのが後半は南アフリカのペースとなって結局3−26となる。
僕が見たのがよくなかったのか。予選リーグはちゃんと見なかった。
後から結果を見るとどの試合も勝っていた。
終わった後、グラウンドに残った選手たちが観客席で見ていた子供たち、
(皆小さいユニフォームを着ている)
恐らく自分の家族なのだろう、抱え上げてグラウンドに下ろして抱きかかえていた。

1階の片付いていない部屋をどうするか、という話をして午前0時前に寝た。


[6884] オリンピックはまだまだ遠い 2019-10-20 (Sun)

昨晩は高校の同級生たちとの飲み会。
以前訪れたことのある新橋の、青森料理の店の支店ができたと聞いて秋葉原へ。
早めに着いて少し歩く。
2・3mおきにメイドが立っていて、
最近のはやりがそういう方向なのかその半分はゴシックホラーのようになっている。
アニメやゲーム、コスプレやフィギュアの店のひとつひとつが洞窟のようで
それらのディスプレイをバックにアジアやヨーロッパからの観光客が写真を撮っている。
情報量が多過ぎてもはやよくわからない。
ウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』や
リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』的世界までもう一息だな、と思う。

この日は東京スタジアムでニュージーランドとアイルランドの試合があったから、
午後新宿を歩いているとこの寒い中、
上半身にラグビーのユニフォームだけを着た屈強な男たちの集団をよく見かけた。
改札の前で英語の地図を見ながらあーだこーだ言っている。
飲んだ帰り、代々木で大江戸線に乗り換えようとエスカレーターに向かっていたら
そういう男たちの一人に「ヘイ」と話しかけられる。
こちらは結構酔ってたから「あ、俺に話しかけてる?」と気付いた瞬間には
既に通り過ぎてしまっていた。悪いことをした。
でもあの状態だと何を聞かれてもうまく答えられなかっただろう。

ああ、こういうことが来年の夏、
オリンピックを開催している間はしょっちゅうあるんだろうな、と思った。
向こうはおもてなしの国、日本に来たのだから道行く誰に聞いても
丁寧に応対してくれるだろうと期待している。
しかし都心を通勤通学ししている大半の日本人は英語を全く話せないのだ。
いいんだろうか。
恥ずかしくても「私は英語を全く話せません」と書いた通行証のようなものを
首からぶら下げて歩いた方がお互い親切かもしれない。
そしてその時都心のJR、私鉄、地下鉄の車両の中は
そういう通行証を身に着けた人ばかりとなるのだ。

それ以前に。都心の通勤電車に今以上の外国人観光客が乗ってくるわけで。
今でも外国人観光客たちが大きなスーツケースで幅をとっているところに
仕事を終えて疲れきって心を閉ざした会社員やフリーターたちがギュウギュウに乗ってきて
スマホをずっと眺めて周りのことには一切関わらないようにしているところに乗ってくるわけで。
ホームに着いたとき、下りようとした外国人観光客を手伝おうとした人ってこれまで見たことない。
身をよじってスーツケースを避けるだけ。(もちろん僕もそうだ……)

これが果たしてどうなるのか。
政府がオフピーク通勤やリモートワークを提唱するだけだと何の解決にもならない。
普段全くできてないのに急に助け合いの精神が芽生えるわけがない。
最低限、外国人専用車両を用意した方がいいんじゃないだろうか。
結局のところ、オリンピックはこれまで通りテレビで見るもの、
運よく当たれば会場でリアルに見れるものであって、
恐らく多くの国民一人一人の意識としてまだまだ遠い。
たまたまこの国で開催することになったというだけ。
主体的にその運営をサポートするものではないのではないか。
東京都がよろしくやるんでしょ、僕らはその分税金も徴収されてるわけだし、という。
今回の台風のことがあったり、マラソンを札幌でという話があったりで
来年大丈夫かな……、と不安に思う。
そしてその僕もまた不安に思うというだけであって、それ以上何をするわけでもない。


[6883] 猫談義 2019-10-19 (Sat)

荻窪の床屋へ。今回は奥さんの方に切ってもらう。
この前の台風19号による武蔵小杉のタワーマンションの被害について、
2020東京オリンピックのマラソンが札幌で開催されることについて、
ひとしきり話した後で、ふとした弾みに猫の話になった。
「この後は新宿に出てお買い物?」「家帰って猫と遊びます」と。

他に客もいなくてマスターも会話に加わる。
和猫か洋猫かと聞かれる。雄か雌かではない。
和猫は飼い主にスリスリする。洋猫にそれはないという。
ずっと昔のこと。
先日亡くなられたマスターのお母さんがシャムネコを多い時で3匹飼っていた。
シャムネコは肩に乗る習性があるので服がすぐボロボロになる。
大変でしたよ、今は飼わないねとマスターは言う。

そのお母さんのシャムネコ。
たいして高い猫缶をあげていたわけではなくまさに猫まんまだったのに、
大会に出してみたら優勝した。毛並みがいいと。
何をあげてるんですかといろんな人に聞かれたが、答えようがない。
「おかしなもんで、おふくろ、時々猫の体を雑巾を固く絞ったのでゴシゴシ拭いていたよ」
雑巾は3本用意する。
3匹いるからではなく、1本使ってゆすいでいるうちに逃げ出すから最初に3本用意していくのだと。
「うちは外で飼ってた、というか出入り好きにさせてたからね」
昔は今のような危険がなくてよかったと。

昔と違うで言えば、最近の猫は、犬もだけど、長生きするようになった。
昔はそれこそ猫まんまで味噌汁に煮干しに人間が食べているものを上げていたから
塩分を取り過ぎるからか今よりもうんと早く死ぬものだった。
それがペットの健康を気にするようになり、専用の食事を今は食べて長生きする。
「でも猫はボケないね。犬はボケてわからなくなっておむつしたりもするけど」
猫はずっとシャンとしている、という。そう言われてみるとそうかもしれない。

そのマスター、猫がかわいいのは言葉を話さないからだろうという。
毎日同じカリカリを食べても文句を言わない。嬉しそうに食べる。
これが人間だったら「たまにはあれが食べたい、これが食べたい」と文句ばかりだろうと。

雄か雌か聞かれたのは最後の方。
早いうちに去勢しないと猫は外に出たがる。
雌はそうしても外に出たがるねと。

床屋を終えて東中野で昼を食べて帰ってくる。
2階に上がるとみみたはソファーの上に畳んだ毛布で丸くなっている。
気持ちよさそうに眠っている。
足音を聞いて階段を下りてきたりしない。
ま、いいか。そのまま寝かせよう。


[6882] もやしそば 2019-10-18 (Fri)

3ヶ月に一度の経過観察を終えて11時。
新宿の DiskUnion を少し覗いているうちに12時
妻と昼ご飯を食べることになって、待ち合わせして中華料理屋に入る。
いわゆる町中華。
厨房から中華鍋をふるう活気あふれる音が聞こえ、注文するとすぐ出てくる。
どんどん客が入ってきて、食べ終えてすぐ出ていく。
満席になることがしばしばあるけど、行列にはならない。
じゃあ今日は他の店にするかとサラリーマンたちはすぐ次を探す。

もやしそばがあったので、おっと思い、半炒飯と餃子のセットにした。
たっぷりのもやしと、野菜と肉の端切れを炒めてあんかけにする。
醤油味のスープととろみがことのほか、合う。
一昨日から風邪気味だったので体が温まってありがたい。

最近もやしそばが気になる。
ラーメン屋にはなくて、中華料理屋にはあるという少し不思議な存在感のメニュー。
恐らく中国にもなくて日本だけだろうな。
肉野菜炒めとかの炒め物で余った野菜を有効活用するためのメニューなんだと思う。
スーパーの総菜売り場のかき揚げのような。
(もちろん、余り物の野菜ではないという店も多いと思われる)

その店の看板メニューになることはない日陰ものなんだけど、
あんかけにするといった工夫があったり、野菜の栄養があったり、
そもそもそんなに高くなかったりで
どの店でも隠れた人気メニューなんじゃないか。

僕よりも上の世代、50代以上の方には
小さい頃に近所の中華料理屋でたまに食べさせてもらった
もやし炒めへの郷愁があるんじゃないかな。
たまに雑誌の記事やエッセイで見かける。
もやしばっかりでほんのちょっとしか肉は入ってなくて、
でも子供連れだとマスターは少し肉をサービスしてくれるという。
そういう流れにもやしそばはきっとあるはず。


[6881] Can と映画音楽 2019-10-17 (Thu)

Can の首謀者だったホルガ―・シューカイが亡くなって数年。
ソロアルバムの紙ジャケってまだ入手可能だろうかと調べていたら、
『モーヴァン』という映画のサントラに出会った。
10年ぐらい前にたまたま借りて見たことがあった。
まだ若い女性の監督の作品で、ミステリアスで独特な陰影を持った映像だったという印象がある。
『コントロール』や『ミスター・ロンリー』のサマンサ・モートンが主演だった。

トラックリストを見るとなかなか面白い。

01. I Want More - Can
02. Goon Gumpas - Aphex Twin
03. Everything You Do Is A Balloon - Boards Of Canada
04. Spoon - Can
05. Blue Milk (edit) - Stereolab
06. I'm Sticking With You - The Velvet Underground
07. You Can Fall - Broadcast
08. Gamelan Drumming
09. Cool In The Pool - Holger Czukay
10. Hold Of Death - Lee Scratch Perry
11. Some Velvet Morning - Lee Hazlewood
12. Japanese Cowboy - Ween
13. Fragrance - Holger Czukay
14. Nannou - Aphex Twin

リー・ペリーにリー・ヘイゼルウッドに Ween って
へんてこな組み合わせだなあと最初首をかしげたけど
取り寄せて聞いてみたら案外流れがよく、しっくりくる。
このトラックリストをつくった方は映画も音楽もよくわかってるなー、と思った。
Aphex Twin で知られる Warp レーベルが最初に手掛けたサントラとのこと。
その Aphex Twin は間を埋める小品という感じの2曲でどちらも既発曲だけど。

Can が2曲とホルガ―・シューカイが2曲。
Can の「Spoon」「I Want More」はどちらもバンドの代表曲で、
ホルガー・シューカイの曲と合わせてサントラの中核を担っている。
そういえば『ノルウェイの森』のサントラも Radiohead のジョニ―・グリーンウッドが手掛けて、
「Mary, Mary, So Contrary」「Bring Me Coffee or Tea」
「Don't Turn the Light On, Leave Me Alone」
と Can の3曲が印象的な使われ方をしていた。

Aphex Twin や Boards of Canada といったエレクトロ系室内楽と並んでも
リー・ペリーのダブとつながっても何の違和感もない。
Can はどこにもない音楽で、なんにでもなれる音楽なのだと思う。
手を伸ばせばすり抜けてしまう、不思議な浮遊感がある。
そのどこか不安定な感じが登場人物のモヤモヤした気持ちを表すのにうまく寄り添うのではないか。
映画的な音楽。
実際、手掛けたサントラを集めた『Soundtracks』というアルバムもあるし、
ファーストのタイトルは『Monster Movie』だった。
ホルガ―・シューカイにはそのものずばりな『Movies』『Cinema』というアルバムも。

映画界きってのロック通の一人、ヴィム・ヴェンダースに
『夢の遥てまでも』という作品があって
そこで Can は「Last Night Sleep」という未発表曲を提供していた。
1980年代末の再結成のときの音源で、輪郭のゆるんだ独特な浮遊感がさらに増していた。

余談ながら、このサントラがすごくて、
U2 / Talking Heads / R.E.M. / Depeche Mode / ルー・リード / エルヴィス・コステロなど
そうそうたるメンツの未発表曲、未発表バージョンが収録されている。
この映画のためにつくられた曲なのだろう。
パティ・スミスは夫フレッド・スミスと共演。
『ベルリン 天使の詩』で有名になった
ニック・ケイヴと Crime & the City Solution にも声をかけてきちんと義理を通している。
今見たらニナ・チェリー、ジェーン・シヴェリー、ジュリー・クルーズ、K.D.ラングの名前もあった。
いろんなサントラできっちりいい仕事をしてきたダニエル・ラノワとTボーン・バーネットも。
でも、今一番の驚きはオープニング・タイトルやエンディング・テーマを書いていたのが
グレアム・レベルで、元々は1980年代を代表するノイズバンドである SPK のメンバーだった。
活動停止したのちに映画音楽の作曲家に転身したと聞いていたが、
こういうところで仕事をしていたか。
こういう並びの中だと、さすがに Can は別の意味で、浮く……

おまけ。
The Velvet Underground「I'm Sticking With You」は
10年ぐらい前にアカデミー脚本賞を獲った傑作『Juno』でも使われていた。
Velvets の紅一点、モーリン・タッカーの歌う小品。
かわいらしい曲なのに「あなたのことはアキアキ」と毒を含ませるというのが
映画の1シーンに当てはまりやすいのだろう。


[6880] とりとめなく 2019-10-16 (Wed)

陸地が左右反転したパラレルワールドを考える。
日本の東側に日本海が広がり、その向こうには韓国、北朝鮮、中国。
別に何も変わらないようでいて、
例えば自転の向きが変わらないのならばいろいろと気候が変わりそうな気がする。

日本は極東ではなく、極西と呼ばれる。
日出ずる国ではなく、日没する国となるか。
それだけでもかなり文化的な影響がありそうだ。
このとき、最初に陽が射す国となるのか。
どうなんだっけ?

状況をひっくり返してみる。
今のこの地形のまま自転の向きが逆になったらどうなるか。
偏西風であるとか、風向きが変わるのか。
単に変わるというのではなく、
危ういバランスでこれまで地形と気候とが
ギリギリ成り立っていたのが崩壊してしまうんじゃないかと思う。
(こういうことを考えるとき、自分は何も知らないな、何を学んだんだろうなと思う)

宇宙ステーションを描いた映画を見るとき、必ずステーションは回転している。
静止していない。
あの回転の向きは決まっているのだろうか。
宇宙空間に持っていくと自然と一定方向に回転しだすのか。
だとすると、あれを反対向きにするのは相当難しそうだ。

宇宙ステーションを回転させることで
重力を生み出すというのをどこかで読んだような気がする。
となると、回転が止まったときに無重力となるのか。
その巨大宇宙ステーションは1年のうち1日だけ回転を止め、無重力となる。
次の日から1年間、それまでとは逆方向に回転する。
この無重力の1日に起こる出来事、という設定を思いつくが、
どこかで読んだことあるような気がする。

そもそもの話、惑星の自転の方向はどれも一緒だったような。
銀河系の回転する向きがあってそこに皆従うことになる。
だとすると宇宙ステーションもそうか。
自転の向きの異なる謎の惑星が発見され、その秘密を探るというSFは可能か。
実は何百万年も前に造られた人工的な天体であって……

何万光年と離れ、ワープを繰り返して到着するという遠くの宇宙空間に
地球そっくりな惑星があって、同じようにユーラシア大陸や日本の島々があって……
というのは藤子・F・不二雄の短編だったか。
僕の考えることの大半は既に藤子・F・不二雄が考えてしまっている。


[6879] 10/07-10/14 2019-10-15 (Tue)

10/07(月)

5時半前に起きて7時出社。
小説の手直し。
これまでメモ書き程度だった移行計画書をきれいに整える。
昼、弁当。昼寝。
なぜか同じフロアの別の部門の知らない方から海外土産のインスタントラーメンをもらう。
大量に余ったのか。何かの勘違いか。

これまで何度か聞いているが、開発スケジュールが遅れている。
どこを圧縮できるか、という話になる。
夕方、月次の進捗報告。
3回目ともなって案外あっさり終わった。ほっとする。

定時で出るつもりが、帰りがけにつかまって少しフォローする。
今日は珍しく妻が先に帰っている。
タワレコで Rockin'on を、LIVINで卵やレタスを買って帰る。
妻がカリフラワーとソーセージのフリッター、ゴボウの唐揚げを揚げてくれる。
缶ビールを飲む。その後巣立ちの残りでサワーをつくる。

酒場放浪記を見ようとしたらクライマックスシリーズの中継。
阪神がベイスターズに競り勝って下克上。
その後1時間半遅れで酒場放浪記、その後町中華で飲ろうぜ。
成増だった。ペナルティのヒデがゲスト。
この川越街道の店、何度も前を通ったことがあったけど入ろうと思わなかったな…
この日は玉ちゃんパートのみ。
後半はカットされて午前0時から予定通りジュエリーのテレホンショッピングとなった。
午前0時に寝る。

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10/08(火)

明け方寒くて掛布団を引っ張り出す。
町田康『猫のよびごえ』を読み終える。
出社して小説の手直し。
午前中、御茶ノ水の病院へ。
検査の前段を終えて、神保町で食べて帰ってくる。
久しぶりの川国志。麻婆豆腐の中辛。店長の張さんはいなかった。

この日も移行計画書のまとめ。打ち合わせ。
定時過ぎに出て帰ってくる。
松本清張『点と線』を読み始める。妻が持っていた文庫。

弁当は卵焼き、ライフで買ったいつものパックの豚ロース味噌漬け。
夜は無限ピーマン。トマトと赤かぶを酢につける。
カリフラワーを昆布茶で茹でる。
鑑定団を見る。
なんだか腹の調子がよくないが、下痢をしているわけでもない。
プロフェッショナルの伝説の家政婦を見る。

23時半、御茶ノ水の病院から貸し出された検査器具を装着して寝る。
指の先にセンサー、鼻の穴にカニューレ。
週末、鹿沼秋祭りに行くことにして観覧券も申し込んだが、
台風19号が直撃となりそうだ。

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10/09(水)

昨日は30℃近くまで上がったようだが、今日は寒い。
起き上がって装着していたセンサーなどを外す。
昼、弁当。昼寝。
午後から次フェーズの要件定義へ。
台風の動向が気になる。

オフィスを出て帰る。買い物をして家に。
庭の水やりなど。
明日の弁当はそぼろ。
夜は蕎麦を茹でて大根おろしを乗せて食べるはずが、
日曜に帰ってきて車のトランクに忘れたままになっているのに気づいた。
そこまで悪くはなってなかったが、菜っ葉の部分はボロボロになりかけていた。
街録を見て寝る。
この日も続けて検査器具を付けて寝る。
日本人がノーベル化学賞。

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10/10(木)

検査器具を外して、記録用紙に起きた時間を記載。
出社後、小説の手直し。
歩いて御茶ノ水まで行って検査器具を返却して戻ってくる。

朝、出がけに小さなゴキブリを1階の部屋で見かけ、
殺虫剤を撒いてみみたが入らないようにドアを閉める。
この前やはり小さいのを1階のトイレで見かけた。
サッと隙間に逃げた。いるんだな。
帰ってきてコンバットを買ってあちこちにセットする。
ハーブで寄せ付けないやつを置いていたのだが駆除にはならない。

週末の台風19号で土曜の取材同行の件が延期。
昼、弁当。昼寝。
松本清張『点と線』読み終える。面白くてあっという間だった。

定時で出て帰ってくる。
庄野潤三『絵合わせ』を読み始める。妻の持っていた本。
LIVIN に寄ってみると、
肉・玉子・野菜・インスタントラーメンなどの棚がほぼガラガラ。
昨晩はそんなことなかったのに。台風効果がすごい。

明日の弁当のため、パックのカルビ焼肉を玉ねぎと炒める。
夜はピーラーで大根のサラダ、赤カブとトマト、レタスのサラダ。
冷ややっこ。熊本の味胡麻をかけて食べた。
鉄道沿線の旅10周年のスペシャルを拾い見た。

夜からぽつぽつと雨。
妻が外の鉢植えを玄関の中へ。僕もバルコニーのを。
みみたがさっそくちょっかいを出す。
妻は浴槽に水も溜めておいた。
23時過ぎに寝る。
鹿沼市観光協会から電話。秋祭りは中止になりましたと。

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10/11(金)

雨はまだ降らず。台風19号は過去最大級であるという。
昼、弁当。昼寝。
夕方、進捗報告の打合せを終えて営業終了。

小雨の中を帰ってくる。
物干し竿をしまって、1階の廊下にゴミ袋を敷いてその上に。
物干し台は倒れて窓を割らないように倒しておく。
妻が帰ってきて自転車を玄関の中へ。
風呂に水をためておく。窓に養生テープを貼る。

NHK は台風情報のみ。チコちゃんが3分遅れとなる。
新日本風土記は東京の野菜。練馬大根、早稲田ミョウガなど。
猫歩きは京都。義経はこの番組でも格別な存在感。
おんな酒場放浪記。
タモリ倶楽部はなし。時効警察も始まって孤独のグルメとバッティング。
どうしようかと思っていたので時効警察を録画してこの日は孤独のグルメを。
高井戸の洋食屋だった。
午前1時前に寝る。

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10/12(土)

8時半に起きて大雨。大草原の小さな家を見る。
この日は外に出ないと決め込んで家で過ごす。
午前中はドリカムワンダーランドのDVDを見る。1991年のと1995年のと。
1995年のは舞台装置やオープニングの演出、演奏の若々しさなど
様々な観点からこれがドリカムのベストなんじゃないかと思う。

どん兵衛のラー油そばを食べて午後は
TSUTAYA DISCAS から借りっぱなしになっていた「八甲田山」を。
青森県民なら小さなときに小学校、中学校で聞かされる実話ですが。
高倉健、北王路欣也が主演。他、三國連太郎、緒形拳、加山雄三、
丹波哲郎、藤岡琢也、大滝秀治、前田吟、東野英心、大竹まこと、森田健作など
豪華なキャスト。男たちだけのドラマになりそうなところに女性キャストを少しばかり。
栗原小巻、加賀まりこ、秋吉久美子など。
冬山の怖さを知らないのにたかをくくって無謀な命令を出して混乱させる上官。
黙って命令に従う現場の指揮官や兵卒たちが不憫でならない。
200人近くが命を落とす。生き残ったのは10人ほど。
八甲田山のふもとの資料館には一人一人の写真が残っていて、
誰もが凍傷で手足の指を無くしていた。

DVDプレイヤーの調子がよくなくて後半から映像が飛ぶ。
ドリカムを見ていてもそうだった。
20年近く前に買ったものなのでそろそろか。
八甲田山の後半はノートPCで見る。

イタリアを見て、夜は早めにシャワーを浴びて豚キムチ焼うどん。
いつ停電が来てもいいようにする。
朝から NHK はずっと台風19号のニュース。
相模湖の城山ダムが緊急放流されるかどうかと。

Indigo Jam Unit『Decade』のライヴDVDを見た後はずっと NHK を。
23時ぐらいには雨風のピークを過ぎて落ち着いていた。
お笑い向上委員会を見て寝る。

---
10/13(日)

何度か目が覚めて、起き上がったのは9時半。
外は青い空が広がっていて、陽射しが強く、暑い。
物干しざおを戻したり、自転車や鉢植えを外に出す。
イタリアを見て Lazy Sunday を。
テレビをつけると長野が大変なことに。
ミートソースをつくってドリアにする。
オーブンで焼く。おいしくできたが、量が多かった。

昨日、DVDプレイヤーの調子がよくなかったので
新しいDVDクリーナーを買うかとヨドバシのサイトを見てみたら
お届けがいつもだと当日なのが最短で木曜。
この台風で滞った物流を正常に戻すのも大変だろうし、
この台風をきっかけに各家庭で買うことにしたものもたくさんあるのだろう。

朝、新聞を取りに行ったら昨日の夕刊が。
暴風雨の中届けに来た方がいるのか…
翌朝台風が過ぎてから取りに行ってなんだか申し訳ない。

会社から安否確認のための自動送信メールが来ていた。
3時間遅れで返信する。

Lazy Sunday が終わってしばらくしてから妻と散歩に出る。
風はまだ少しあった。
図書館まで歩く。公園のステージではパラグアイフェスティバル。
中止となってもパラグアイの人たちが集まっていた。
テントの屋根だけが並べられている。
成増まで歩いていく。
この前の町中華で飲ろうぜで紹介されていた「奥州楼」を探してみた。
駅前に出てスキップ村を歩く。
以前入ったことのある店で一杯飲んで帰ろうとしたが、満席ですと。
ラグビーの中継を放送するのかもしれない。
ライフに寄って帰る。
パラリンピックで当たったチケットを申し込む。

夜はライフで買った鯛と鰤の刺身、ささみチーズフライ。
先週塩原の道の駅で買ったピーマンを炒めたもの、漬物など。
ドリカムワンダーランドのDVDの今度は2005年を。
ここからニーヒャがいない。2人だけのドリカム。
ギター二人とドラムがアメリカ人。
ギターの一人がいぶし銀の名手 David T. Walker で、もう一人の Adam Rogers もうまい。
ダンサーもホーンもない、吉田美和が空を飛んだりもしないミニマムなステージ。
でも音楽的にはこれがベストだったんじゃないか。

隣の家から若い男性の大きな歓声が上がって、日本がスコットランドに勝ったのを知る。
続けて、青葉市子『qp』初回盤のライヴDVDを見た。
教会の中で、ゲストが飴屋法水。なんかやばいものを見た気がした。
見終わって午前0時。寝る。

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10/14(月)

起きたら10時半。肌寒い。小雨。
ジョギング。公園ではパラグアイフェスティバル。
ステージで演奏していた。出店のテントが並んでいる。
帰ってきて蕎麦を茹でて食べる。大根おろしを乗せる。
妻がBSで『グリーンマイル』を見る。

常備菜としてきんぴらごぼうをつくる。ブロッコリーをゆでる。こんにゃくを炒める。
下で片付け物をしたら気分が乗ってきて2時間ぐらいあれこれと。
パンフレットの類を山ほど捨てる。
台風の備えとして浴槽に溜めていた水を沸かして風呂に入る。
夜は妻が塩原の道の駅で買った里芋で竜田揚げと煮物。ゴボウの唐揚げ。
豊盃の四合瓶を1本空けて、もう一本豊盃の大吟醸を。
もったいないと取っておくうちに1年、2年経過してしまう。
今度から新鮮なうちに飲もう、古いのはさっさと飲んでしまおうと。

NHKの宝メシグランプリというのを見る。生放送でその場で食べる。
北海道から九州・沖縄まで全国を8つのブロックに区切ってそれぞれの代表を。
ヨネスケ、彦摩呂、デヴィ婦人、関根勤など食通の芸能人と
神田川俊郎や土井善晴といった料理人たち総勢80名で審査。
視聴者は食べることができず見てるだけ。
僕がこれおいしそうだなあというものはどれも審査員の評価が低かった。
しかし視聴者投票で逆転する。
優勝したのは島根の干し柿にゆで卵の入った天ぷら。
北海道の炭鉱の町でつくられてきたというなんこ鍋がおいしそうだった。
青森からはヤマブドウのすしこ。
前半があって、途中ニュースを挟んで酒場放浪記を見て、後半へ。
その後町中華で飲ろうぜを見た。川崎だった。
午前0時過ぎに寝る。


[6878] 西村京太郎 2019-10-14 (Mon)

妻が図書館から借りてきた『Discover Japan』の9月号を読んでみた。
特集が「夢のニッポンのりもの旅。」ということで
鉄道関係だと
「西村京太郎さん サスペンスと列車旅」
「六角精児さん 列車と車窓と酒と」
「三陸鉄道リアス線 ひとふで書きの旅」
「黒部峡谷トロッコ電車 途中下車の旅」
「”ノスタルジートレイン”でめぐる岡山県北の旅」
後半の3本、どれを読んでも乗り鉄の旅に出たくなる。
詳しすぎるのに品がある。ライターと編集者の矜持を感じる。
国内旅行界の『dancyu』『Number』と呼んでもいいだろう。

六角精児の呑み鉄はBSでやってたら見てしまうぐらい好きなので
正直、目新しい話はなかった。活字でそのポリシーを追体験。
西村京太郎の話が興味深かった。
・12の出版社から毎年新作を出している。今も1日20〜30枚書く。
・JRから「ななつ星」など高級列車を登場して欲しいと頼まれるが、殺人はダメと言われる。
・犯人は北へ逃げる。寂しげな風情が出るから。

などなど。
中学生のとき、友人から勧められて読んだのが面白くて文庫で5・6冊ぐらい読んだと思う。
旅情と殺意と時刻表のトリックと。プロのなせる業だった。
突川警部と亀井刑事のコンビというキャラクターもよかった。
上野から青森へと向かう寝台列車の中での殺人を描いた作品のことは今でも覚えている。
いやー、面白いなあと推理両説に興味をもち、あれこれ読んでいたら、
「西村京太郎の鉄道ミステリーはどれ読んでも一緒」と書いている方がいて、
「そういやそうだよな」とイッキに興ざめして読むことをやめた。
ミステリー好きからすると西村京太郎を読むのはかっこ悪いことなのだと。
ミステリーそのものをその後20年ぐらい読まなくなった。

でも今読むときっと面白いのだと思う。
30代後半、新青森駅から新幹線で東京に戻るとき読む本がなくて
NewDaysで買った平岩弓枝「御宿かわせみ」シリーズの傑作選が思いのほか面白く、
世の中にこんなものがあったのか! と驚いたときのように。
『寝台特急カシオペアを追え』
『寝台特急 はやぶさの女』
『五能線の女』
といった辺りが青森出身には気になりますね。

残念ながら、僕が中学生の時に読んだ文庫はいつのまにか消えて、
母が処分してしまったか。あるいは誰かにあげたか。
気になって先ほど、家から持ってきた文庫本の段ボールを開けてみると
星新一の諸作、荒俣宏『帝都物語』全巻、
角川文庫から出ていた『ポケットジョーク』のシリーズ、
文春文庫の『読むクスリ』のシリーズが出てきて、
それはそれで読み返すと止まらないような……


[6877] 台風19号通過後 2019-10-13 (Sun)

昨晩は19時頃、伊豆半島に上陸しただろうか。
そのまま首都圏の上空を移動。
21時頃に僕らの住んでいる辺りを通過。
その頃、国分寺に住んでいる妻の友人から台風の目に入ったという連絡が。
練馬区は台風の目に入らず。
警戒レベル5の大雨特別警報が東京23区では唯一成増区、練馬区に出る。
何度も iPhone がブーブー鳴って警報が届いた。
大雨特別警報は栃木や宮城へと範囲が拡大。
一方で静岡が通常の大雨警報へ。
城山ダムは17時に緊急放流とされていたのが遅れて、21時半から開始。
那須塩原市の塩原ダムなど北関東のいくつかのダムが緊急放流へ。

午前0時ごろには雨風がだいぶ収まっていた。
布団に入って、目が覚めたのが9時近く。
外は快晴。まだ風は強かった。
倒していた物干し台を戻して、物干し竿を通した。
玄関の自転車や鉢植えを外へ。
風の強さで言えば前回の台風15号や昨年の台風の方がひどかったように思う。
妻が窓に貼っていた養生テープをはがす。

バルコニーに出していた割れた茶わんがあって、普段はサボテンの小鉢に並べていた。
物干し竿と一緒に、ゴミ袋を敷いて金曜の夜1階の廊下に退避させておいた。
それが今日の朝見当たらない。
みみたがちょいちょいして動かされるような重さではない。
家の守り神なのか妖精なのか、そういう存在が持っていったのだろう。
彼らにとっては割れた茶わんがお供え物になるのだろう。
世の中にはそういうこともあるものだと感服する。
……ということを妻に話したら、ああ、夜中に踏んづけたら痛いから片付けておいたと。

テレビをつけてみると千曲川上流の映像が続く。
氾濫してあちこちが泥水に埋もれている。
北関東・南東北のいくつかの河川が氾濫していた。
病院では2階、3階に避難。屋根の上で救助を待つ人々。
川に掛けられていた橋が崩れ落ちている。
一昨日の接近中はまだ主な話題は窓対策だった。
昨日上陸前後は城山ダムだった。
そし通過して一夜明けると各地の川の氾濫。
誰が南東北、北関東、甲信越の川のことを事前に話題にしていただろうか。
災害は起こってみないとわからない。
台風15号で被害に遭われた千葉のことがマスコミから忘れ去られないことを願う。

この台風の間、野良猫たちはどうしていただろうということを妻と話す。
安全な軒下を確保できただろうか。
できたとしても身を寄せる仲間もなく、一匹で寂しい思いをしていただろう。
そんな猫が一匹でも少なることもまた、願う。

もちろん台風19号で甚大な被害に遭われた人たちについても。
今回の台風19号の被害が明るみ出るのは今日よりも明日か。
今、この瞬間も屋根の上でヘリコプターや救援ボートが来るのを待っている人たちがいる。

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追記:
昨日、DVDプレイヤーの調子がよくなかったので
新しいDVDクリーナーを買うかとヨドバシのサイトを見てみたら
お届けがいつもだと当日なのが最短で木曜。
この台風で滞った物流を正常に戻すのも大変だろうし、
この台風をきっかけに各家庭で買うことにしたものもたくさんあるのだろう。

朝、新聞を取りに行ったら昨日の夕刊が。
暴風雨の中届けに来た方がいるのか…
翌朝台風が過ぎてから取りに行ってなんだか申し訳ない。


[6876] 台風19号上陸間際 2019-10-12 (Sat)

昨日のその後。
帰ってきてあれこれ準備をする。
ゴミ収集用のネットを物置の中へ。
自転車も玄関に。牛乳配達のボックスを忘れるところだった。
バルコニーの物干し竿はゴミ袋を敷いて1階の廊下に。
物干し竿の台も強風に煽られてガラスを割らないように倒しておく。
モバイルバッテリーと Wi-Fi ルータを充電する。
一昨日、妻がバスタブに半分だけ水を入れておいたのを残り半分埋める。

隣りの家が瓦屋根で、飛んでくるかもしれないと
窓ガラスが割れた時のために養生テープを貼る。
養生テープは残り少なくてほとんど役に立たず。しまった。
肉や野菜、インスタントラーメンがスーパーから消えた一昨日木曜ならば品切れだっただろうけど
窓対策がネットで見かけるようになった3日前の水曜ならばまだ在庫があったかもしれない。
どこかたかをくくっていて、初動が遅れた。

妻は帰りに体を拭くシートやペットボトルの水を買ってきた。
換気扇を止めておくといいという。
つけたままにしていると外から強く吹き込んでくる風で埃だらけになる。
妻の友人は前回の台風で大変な目に遭ってこの日清掃業者に換気扇の掃除を頼んだと。

朝目を覚ますと大雨。まだ暴風域ではない。
8時半に起きて大草原の小さな家を見て、ナポリタンをつくって食べた。
朝から缶ビール。一日中家で過ごす。
妻が最近買ったドリカムのワンダーランド1991年と1995年のを続けて見る。
どん兵衛のラー油そばを食べて、
TSUTAYA DISCAS から借りっぱなしになっていた『八甲田山』をようやく見た。
高校の同級生たちも一日中ゲームやってるとか。
備えを済ませると何もすることがない。

いつのまにか風が強くなっている。
今、17時。NHK はずっと台風情報。
箱根町は全員避難指示。
練馬区は警戒レベル3、しかし近くの避難所は区の集会所でそんな多くの人を受け入れる余裕はない。
首都圏の多くでレベル5の大雨特別警報。
中継を見ていると多摩川の河川敷が水没している。
目黒川や石神井川、荻窪の善福寺川は危険水位に。
僕もNHKのニュース防水アプリをインストールした。

相模原市の城山ダムが17時に緊急放流を予定していたが、遅れているようだ。
相模川流域の相模原や厚樹が氾濫の可能性あり。
この城山ダムが危険という話、昨日は一切話題になっていなかった。
自然災害はその時になってみないとわからない。

18時頃伊豆半島に上陸、21時頃東京上空を通過、ということになっている。
今、暴風雨の真っただ中にある。


[6875] 台風19号接近 2019-10-11 (Fri)

台風19号接近。
昨晩のうちに外の鉢植えは玄関の中へ。
バルコニーの鉢植えも中に入れた。
風呂には水を溜めておいた。
センサーライトも運んだ。夜中何度も点灯した。

昼、妻と LINE でやりとりする。
他に対応が必要なもの。
これまでの台風では気が付かず、特に困ったこともなかったが、
物干し竿は取り込んでおいたほうがよさそうだと。
1階の廊下に持って行ってゴミ袋を広げてそこに置いておく。
自転車は玄関の中に入るだろうか。入らないだろうな。
車体を覆うカバーをロックして地面に転がしておくのがいいか。

先月の台風15号の被害もあって、今回は窓対策のニュースばかり見かける。
段ボールをガムテープで貼って割れたときの飛散を防止する。
最悪ガムテープだけでも米の字になるように貼っておく。
跡が付かないようにと養生テープがいい、
とのことで今頃首都圏では売り切れ続出だろう。

昨晩、帰りに LIVIN で買い物しようとしたら豚肉、鶏肉はほぼ売り切れ。
高級な牛肉の一部が残るだけ。
卵も大量に仕入れていたのがあったのか一品目を残して売り切れ。
カップラーメンも棚はガラガラ。袋のは割と残ってたかな。
パンはなんであれほぼなくなっていた。
野菜も売り切れのものとそうでもないものと。
これも仕入れ量に寄るのかもしれない。
今朝妻がパーク&ライドで駅ビルの駐車場に停めようとすると
いつもより停めている車が多かったという。
一昨日の夜は普通に食材が売ってあった。
台風接近が急に現実味を帯びるのは2日前、ということか。

僕としては特に買いだめしておきたいものはなく、
土日家にいることになるなと缶ビールと缶チューハイを買い足した。
DVD を見てゴロゴロして過ごす。
ああ、ポテチの類が何種類かあるといいかな、帰りにみてみるか…、と思う。
朝から晩までずっと酒飲んでんじゃないか。
そんな心配から火水木と禁酒した。
何かのタイミングを計ったかのように
妻がドリカムの昔のワンダーランドのDVDを何本かオーダーしたのが届いた。
これまでの傾向からするとたぶんアンテナがやられて、
地上波もBSも夜は見ることができなくなるだろう。

先週たまたま訪れて、いっぺんに魅了された鹿沼市の彫刻屋台。
秋祭りがこの週末の土日だったので、この勢いでまた鹿沼に行こうと
有料の観覧席を申し込んでいたのが、
電話がかかってきて土日はどちらとも中止になりましたと。
江戸時代からのユネスコ無形文化遺産、無理はできない。
また来年見に行くか。

あちこちでいろんなものが中止になった。
なのに出社しなければいけない人も大勢いるのだろう。
出社しなければいけないのか明確な指示がなく困っている人も大勢いるだろう。
自己判断に任され、暗に出社を求められているような。

台風15号の被害からようやく生活や仕事を立て直して
一息ついたところにまた台風が、という人も多いのだろう。
自然災害は情け容赦ない。
自分には無関係と思っていると近隣から飛んできた屋根瓦が窓を直撃するかもしれない。
明日は我が身。
平常心で過ごす。


[6874] 睡眠時無呼吸症候群の検査、続き 2019-10-10 (Thu)

一昨日の夜、昨日の夜と検査器具を付けて寝た。
左手の指先にセンサーと鼻の穴には透明なチューブ。
それぞれ計測器につながり、手や喉に固定するためにサージカルテープでしっかりと押さえる。
もちろん、違和感がある。
最初の夜はなかなか寝付けなかった。
布団の中で管やコードをつけていると入院しているようだった。
こんなふうに自宅で医療器具に接続して寝ている人は日本にどれぐらいいるのだろう、ということを考えた。
若いうちはそんなこと思いもしないが、きっと多いのだろう。

検査器具の小さなモニターにはセンサーの感度と心拍数と呼吸したことを表すマークが表示される。
それとトータルの計測時間と、残りの充電量と。
左手首にマジックテープで固定して、時々眺める。
センサーは95か96、心拍数は70から80で大きく変わることはない。
寝返りを打つ時には左手首の機器がずれないように右手で押さえる。
この寝返りが自由に打てないというのが、ストレスになる。
入院して手術直後がそうだったな、ということを思い出す。
自分からは寝返りの打てない人、寝ている間の姿勢を変えてはいけない人が
この国には何百万人といるんじゃないか、ということを考える。

朝起きて検査器具の電源を落とす。
サージカルテープをはがすときにほっとする。
記録用紙に何時に起きたか、何時に水を飲んだか、何時にトイレに行ったかを記載する。
睡眠時無呼吸症候群だとトイレに何度も起きたり、寝ていて喉が渇くようだ。
僕の場合、昔から眠りが浅いので目を覚ましたことは一、二度あったが、それぐらい。
妻に聞くとこの二晩は仰向けになったときにクークー、グーグーと軽くいびきをかくことはあっても
ザズズズズとひどい音にはなっていなかったようだ。
やはり前の晩酒を飲みすぎると大きな音みたいで。
火・水とこの二晩はこのところ休肝日にしていたので飲まなかった。
検査のためなら、酒を飲むとどれぐらいひどいことになるか深酒した方が
むしろよかったのかもしれない。

今日の朝、検査器具を御茶ノ水まで返しに行った。
朝9時の診療開始の時点で待合室はいっぱい。
予約の電話がひっきりなしにかかってきて受付も忙しそうだった。
返却して、記録用紙の確認をして、クリニックの入っていたビルを出た。
台風が近づいているからか風が強い。
飯田橋まで川沿いの、中央線・総武線沿いの道を歩いてオフィスに戻った。

たった二晩だけのことだったのに、
今晩、普通になにもなく眠れるというのがうれしい。


[6873] ドッジボールというもの 2019-10-09 (Wed)

運動神経のよくなかった、かつ、引っ込み思案だった僕としては
小学校の体育の授業は絶望的なまでに苦痛に満ちた地獄のような時間だった。
跳び箱、鉄棒、マット……
いや、その一番の象徴はドッジボールだ。
スポーツという名目で白昼堂々と弱い者いじめを行うようなもの。
何のために存在するのか、いまだに理解できない。

そういう僕もある意味ドッジボールは得意だった。
ただし、逃げるだけ。ただただ逃げるだけ。
必死になって生きのびて最後の一人になる。
だけど勝者ではない。
四方八方からひっきりなしに投げつけられて、ボールがぶつけられるまでそれは続く。
最初から敗者になることを運命づけられている。
僕はボールを受け止めることも投げることもできない。
それは身体的能力としてできないというよりも、カーストとして許されていない。
そう、思い込んでいた。
最後の最後、顔面にぶつかるボールは皮膚をこそげ落とすようでとにかく痛かった。
先生は、逃げずにボールを奪えという。いつも、どんなときも。

ドッジボールが楽しかったという人は存在するのだろうか。
大人になった今、日曜の午後に仲間を集めて公園で遊びたい、なんて人はいるのだろうか。
……大勢いるのだろう。そちらの方が多数派だろう。
もしかしたら日曜の午後の区民体育館では老若男女の愛好者が
気軽にドッジボールを楽しんでいるのだろう。
僕が体育館に近づかないだけだ。

海外にもドッジボールはあるのか。
アジアやヨーロッパやアフリカでも日本のような翳りを帯びているのか。
そんなことはないか。
欧米人は何の屈託もなくあくまでスポーツとして競技して
その達人たちのスピード感溢れるプレイは見ていて爽快なのかもしれない。
ドッジボールへの苦手感覚を無くすには海外の人たちとやってみるしかないんじゃないか。
日本人とやり直しても余計なことばかり考えてしまうだろう。

スポーツの夢を見ることがないので、あの頃の球技を夢の中で繰り返すということがない。
それだけは助かった。
今の僕は夢の中の誰かをせせら笑いながらボールを無限にぶつけ続けるのだろうか。
あるいは僕がどんなに投げ続けてもそいつはのらりくらり身をかわし続けて永遠に当たらないのか。
待ち構えた僕がボールをしっかりと受け止めて軽やかに投げ返す。
そんな夢だけは絶対に見ることはないだろう。


[6872] 睡眠時無呼吸症候群の検査 2019-10-08 (Tue)

いびきの治療をどうしようかと先月書いたんだけど、
まずは症状がどの程度なのか知っておきたいと専門のクリニックで検査を受けてみることにした。
職場の近くで探すとお茶の水にあった。
こういうクリニックってニーズがあるのか、初診の予約は1ヶ月待ちで今日ようやくその日。

職場から歩いて水道橋、お茶の水へ。10時からで予約している。
待合室に入ると結構混んでいるが、回転が早い。すぐ呼ばれてすぐ戻ってきてすぐ会計。
治療が始まるとあとは経過観察がメインだからか。

問診票を書く。
一日の平均睡眠時間はどれぐらいか。
煙草は吸うか、お酒は飲むか。糖尿病などの症状はあるか。
食後横になったとき、会議に出たとき、運転しているとき、ウトウトすることはあるか。

待合室の隅で血圧・体重測定。
奥の検査室に移ってレントゲンと心電図。
待っている間、眺めたテレビにはTBSの朝の志らくの番組が映っていた。
先生の診察へ。一通り睡眠時無呼吸症候群の説明を聞く。
深い眠りに入っているといびきをかかないが、浅い眠りにある時にいびきをかく。
症状のある人は概して眠りが浅く、ゆえに十分な睡眠がとれていない、など。
口を開けて覗き込むと、僕は口の中が若干狭いのではないかと。
日本人によくあるのだという。
欧米人は頬の骨格が横に長く縦に狭いのが一般的で、日本人は横に狭く縦に長いのだと。

この日はここまで。
今日の夜、明日の夜と検査器具をつけて寝て、
睡眠時に無呼吸となってないか、なっている場合の頻度はどれぐらいかを測定する。
利き手の反対側の人差し指にセンサーを付け、鼻の穴には透明な管を挿す。
その両方が計測器につながっていて、電源を入れると心拍数やセンサーの感度が表示された。

器具の数に限りがあるため、終わって明後日の朝にはまた返却しに行かないといけない。
解析は1週間ぐらいかかる。
その結果をもとに治療方針を立てる。
1時間に40回無呼吸の状態が現れるならば精密検査を経て、
睡眠時無呼吸症候群としてCPAPという
寝ている間マスクをつけて空気を送り、呼吸を整える治療法へ。
軽度ならば寝ている間マウスピースを付けることになる。

今日と同じ先生に引き続き診てもらうならば火曜。
来週15日はまだ解析結果が出ていない。
22日は即位の礼で祝日、29日は予約でいっぱい、
ということで次回は11月5日、結局1か月後。
なかなか先が長い。
睡眠時無呼吸症候群でないといいのだが……


[6871] 09/30-10/06 2019-10-07 (Mon)

09/30(月)

夏休みの9連休明け。
5:20 目覚ましが鳴る。
急ぎの要件はないしもう少し寝てようかとも一瞬思うが、
シャキッとしようと7時出社。
しかし着いたら着いたでグダグダ過ごしてしまう。
僕のいない間、特に困ったことにもならず、厳しめの問い合わせもなかった。
メールを受信してみると2,000通越え。

武田百合子『日日雑記』を読み始める。
生前最後のエッセイ集であるという。

昼食後昼寝。
弁当は鯖、ミックスベジタブルとベーコンのスクランブルエッグ、
切り干し大根の煮物、レンコンきんぴら、ブロッコリー、ミニトマト。

定時で出る。
LIVIN に入ったらみりんとオリーブオイルの棚がガラガラ。
増税前に買った人が多いのだろう。
みりんは10%で、みりん風調味料が8%のままというのは難しすぎる。

庭に水をやって、洗濯物を取り込んで、掃除機。
明日の弁当はパックの豚ロース肉味噌漬けを焼く。
ほうれん草入りの卵焼き。
夜はレタス、セロリ、ほうれん草、ブロッコリースプラウトのサラダ。

この日、酒場放浪記は22時から。
テレ東BSの日本で働く外国人の番組を見た。
イタリアから来て高島屋で和菓子のバイヤーという女性。
酒場放浪記を見終わって適当にチャンネルを回したら
『笑う洋楽展』だった。腹抱えて笑った。
再開はうれしいけど不定期ではなくレギュラーでやってほしい。
最初見逃してしまった。
午前0時前に寝る。

---
10/01(火)

午前2時半頃目が覚める。
外で物音がする。
そうか、明治牛乳の配達はいつもこの時間帯なのだな、と気づく。

消費税10%へ。
ドリカムマサさん誕生日で61歳。
この日買ったものはコンビニで、オフィスで使うホット用のペーパーカップ。
確かに少し上がったなと思う。

8月に電柱とぶつかって車を修理に出す。
保険会社に任せていたら全然音沙汰ない。
1カ月後状況確認したらようやく修理工場に持っていけることになり、
そしてまた音沙汰ない。そのうちに消費税10%になってしまった。
問い合わせたところ「え、あ、はい、そうですね」みたいな感じ。
やりとりしていた妻が怒るが、当然だよな。
時間がかかるならかかるで見通しを伝えたうえで
保険を適用して修理工場に出すか判断を求めるべき。
CMでは対応が手厚いと言っていて、実際は業務が回ってなくてほったらかしか。

昼弁当。昼寝。
週末に訪れる那須のホテルのサイトを見る。卓球ルームがある。
あの辺りの山も紅葉が始まっているようで、翌日見に行ってみるかと思う。

定時で出て帰ってくる。
弁当は鮭を焼く。ウインナーの卵とじ。
このところ蚊がいて、渦巻の蚊取り線香をつける。
鑑定団を見る。
夜は妻が買ってきてくれたタイムセールの麻婆豆腐、棒餃子。
わかめスープ。
妻が疲れたというので風呂を沸かして入る。
23時半に布団へ。
みみたがおもちゃのネズミを布団に乗せて待っている。

---
10/02(水)

明け方は寒い。なのに日中は30℃越え。
昨日今日と Big Star を聴く。

昨日今日と DFD を書く。
ヒアリングしたことをそのまま絵にすると複雑怪奇なものになり心が折れそうになる。
昼、弁当。昼寝。

定時帰り。家事のもろもろ。
先日買ったばかりのセンサーライトがもう壊れてしまった。
センサーが反応しない。3週間ぐらいしかもたなかった。
Amazon のユーザーレビューを見ると同じ事を書いている人が何人もいた。
このライト実は防水仕様ではなかったようだ……

明日の弁当は豚バラ肉と厚揚げのみそ炒め。
青森で母から聞いたみそだれの作り方をアレンジする。
一味を入れる。みりんは入れない。
夜はもやし、ほうれん草、油揚げの味噌汁。
アボカドを切る。納豆。
ワールドカップラグビー、ニュージーランドとカナダ。
ニュージーランドが圧倒的に強い。60点以上取ってカナダは無得点。
ボールを奪ってもすぐ奪い返されてしまう。
『街録』を見て寝る。

---
10/03(木)

武田百合子『日々雑記』を読み終える。
天衣無縫の文章。真似できない。
この続きを永遠に読み続けたいと思うが、それはかなわない。
もともと作家になるつもりはなかったのに、家族に文豪がいて図らずも文章が磨かれ、
自らも作家として名を残す。その点では幸田文と並ぶと思う。

昼、弁当。昼寝。
午前午後と打合せでぐったりと疲れる。
夕方コンビニに出ると小雨。
定時で出る。今週は大江戸線が混んでいる。10月、半期の初めになったからか。
DiskUnion で取り置きのCDを。Studion One から出た、Don Drummond のベスト。
思っていたのとジャケットが違う。
やぼったい。でもまあ Studio One だったからいいかと買ってみる。
あとで Amazon で見てみたらこの旧ジャケット、3万の値段がついていた。

町田康の猫シリーズの最終巻を読み始める。
やまやに寄って帰る。缶ビールと炭酸水を買う。
庭の水やりなど。
夜はレタスとトマト、ブロッコリースプラウトのサラダ。
カレーヌードルに生卵を落として食べる。缶ビール。缶チューハイ。
鑑定団の再放送。
その後特に見たい番組はなし。
ドリカムの会報を読む。ワンダーランドについて。
明日の用意をして23時過ぎに布団に入る。

---
10/04(金)

有給。頂いたチケットを利用して那須のリゾートホテルへ。
7時起き。いちご煮の缶詰、もらっても食べないでいるうちに3本溜まって
どれも賞味期限切れ。億劫にしていたのをようやく捨てた。
台風18号の影響で朝から大雨。
母から頼まれた戸籍謄本を荻窪の区民センターまで取りに行く。

大泉学園から高速に乗ったときに分岐を間違えて所沢へ。
戻って来て気を取り直して外環道。
東北道に乗って蓮田SAで昼を食べる。

那須ICで下りて道の駅に寄ってホテルへ。
卓球を楽しんだ後で温泉、露天風呂。
ホテルの外のイタリアンレストランに入る。
マルゲリータとわさびの入ったクリームソース。
食べ終えて、雨が降っていたけど向かいの
りんどう湖レイクビューのイルミネーションを見に行く。
メリーゴーランドもクルーズ船も貸切。
なのに係の人たちは皆親切だった。

帰ってきてまた温泉。
新日本風土記は比叡山。
猫歩きはロマンチック街道。
おんな酒場放浪記はほぼ寝落ち。
タモリ倶楽部にナイツが出てるのを見て寝た。

---
10/05(土)

6時半起きでジョギング。
ホテル周辺を1時間半で12kmぐらい走って
この界隈のめぼしいところを回ってみた。
黄金の巨大神像とかオルゴール美術館とか。
牧場が集まっているエリアを抜けて
りんどう湖レイクビューに戻ってきた。

温泉に入って汗を流した後に朝食。
13階の展望レストラン。
そんなに食べないつもりが結局腹いっぱいに。
鶏飯がうまかったな。とんこつラーメンやホルモン入り焼きそばもあった。
栃木県だけにレモン牛乳も。
食べすぎて昼、昨晩のイタリアンレストランに行くつもりがギブアップ。
短パンのベルトも切れてしまった。

チェックアウトして塩原の道の駅へ。
この日は暑く、ベンチに寝そべっていると風が気持ちよかった。
田んぼの方へ。桐の木陰のベンチで用水路を流れる水の音を聞いた。
田んぼアートを見た後に、道路の反対側へ。
古民家を再利用したお土産屋でソフトクリームを食べた。
妻はブロッコリーとカリフラワー、インゲンなど野菜をたくさん買った。
栃木県産の新米も買った。

下道を行って鹿沼市の川村澄生美術館へ。
企画展の清宮質文がよかった。
隣りの建物が気になると入ってみると彫刻屋台を2台飾っている。
ここともう一か所で展示していて、2人の方から詳しく解説してもらった。
来週が秋まつりでこれら彫刻屋台も市中を練り歩くのだという。
来週また来るか、と妻と話す。

高速に乗って蓮田SAに立ち寄る。移転したばかりで新しくきれい。
肉まんを買って食べながら歩く。スーパーがあったのは便利。
帰りは特に渋滞に捕まらず。和光ICで下りて帰ってきた。

ブラタモリは浅間山。
ラグビーワールドカップのサモア戦を後半から見る。
日本は3連勝。強いな。
塩原の道の駅でかった味噌じゃが、煮物と蓮田SAで買ったするめの天ぷらで缶ビール。
『ノッティングヒルの恋人』を後半から見て
養老孟司の飼い猫マルの番組を後半から見て
お笑い向上委員会を後半から見た。
午前0時半に寝た。

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10/06(日)

前の晩寝たのが午前0時半。
明け方目を覚ましたら寒くて掛布団を探す。大雨。
10時前に起きてイタリアを見て、11時から Lazy Sunday を。
常備菜できんぴらごぼう。昨晩蓮田SA上りで買ったごぼうがシャキシャキしていた。
インゲンの胡麻和えは昨日の塩原の道の駅で買ったもの。
ブロッコリーとカリフラワー、ベーコン、ニンニク、鷹の爪のペペロンチーノ。
ブロッコリーとカリフラワーも道の駅のもの。
同じく道の駅のパン屋で買ったソーセージを挟んでサルサソースを乗せたバゲットも食べた。
パスタは金曜の夜のイタリアンレストランで買ったホットオイルをかける。
ハラペーニョが入っていて辛い。白ワインを二人で一本空けてしまう。

Lazy Sunday が終わって、iPhone の曲の入れ替え。
来週末の鹿沼市の秋まつり、観覧席があるというので電話で申し込む。
まだまだ席がありそうな感じだった。
その後町田康『猫のよびごえ』の続きを読んでいるうちにうたた寝。
起きると暗くなっている。笑点に円楽復帰。
世界遺産は仁和寺など。
モヤモヤさまぁ〜ず2がなくて久しぶりにサザエさん。
今日が放送開始50周年だという。マスオさんの声が変わっていた。
弁当の用意。サバを焼く。ミックスベジタブルとベーコンのスクランブルエッグ。

夜は以前つくって好評だったポテトのミートソースグラタンを。
溶けるチーズがなくてセブンイレブンに買いに行く。
今日初めて家の外に出る。
特に見たいテレビはなく、Song to Soulも今日は無し。
以前録画した笑う洋楽展とイタリアを見て寝る。
23時半。


[6870] 那須へ その3 2019-10-06 (Sun)

(5日の続き)

そのまま下道を走って鹿沼市へ。那須は広い。
矢板市。シャープの大きな工場。
この辺りだったか、あちこちの家に蔵があった。
鹿沼市に入って、川村澄生美術館を探す。図書館の隣りにあった。
企画展はふたつ。2階で清宮質文、1階で栃木県出身の倉浩三。
川村澄生が版画家だからか、共に版画家。
どちらも本日から展示開始で清宮質文の方は特別に館長自ら解説を行っていた。
清宮質文の版画は独特な孤独感、寂寥感を湛えていて美しかった。
何もない空っぽな世界に起こる出来事、というか。図録を買った。
合わせて川村澄生と棟方志功を重ねた企画展の図録も買った。
棟方志功は川村澄生の版画を見て、自分は版画家になると決めたという。
川村澄生はやはり「初夏の風」がいいなと思う。

美術館の隣に妻が気になる建物があると言って入ってみた。
鹿沼市の郷土資料展示室だった。屋台を飾っている。
近くには「屋台のまち中央公園」というのがあって、
「屋台? ラーメンとかおでんの? 屋台村がある?」と思っていたら全然違った。
屋台とはお祭りのときに引くもの。
しかし神様を下すためのアンテナをもつ山車とは違って、
屋台とは神に捧げる踊りを披露するための舞台。
この鹿沼市では各町内がそれぞれ自分たちの屋台を持ち、競い合ったため、
彫り物としても飾り物としても非常に緻密なものになった。
今は20数台が現役で祭りに登場し、そのうち13台が江戸時代に作られたもの。
最も古いものは1812年につくられている。
漆塗りの屋台に彫刻、彩色を施した。しかし文政の時代に華美なものが禁じられて、
火事で焼けて1850年代に作り直したものは白木の屋台、白木の彫刻となった。
展示室に飾られている2台は昭和、平成に作られたものだったけど、
江戸時代のもいまだ現役というのがすごい。

鹿沼市に入ったとき、「鹿沼秋まつり」のポスターをあちこちで見かけた。
今年は10月12日、13日。そうか、来週お目見えするのか。
展示室の係の女性の方が懇切丁寧に解説してくれたんだけど、
明日日曜、祭りのためにこの展示室の外に出すのだという。
いいタイミングで見に来ました、と言われる。
土曜は神社の例大祭で神社に繰り入れた屋台の繰り出し、
日曜は市民の祭りとして屋台のパレード。
引っ張られた屋台は町の中心部で出会い、「ぶっつけ」合う。
屋台そのものをぶつけ合うのではなく、お囃子を競い、どちらが先に通るかを決める。
ああ、これって日本全国の祭りであるんだろうなあ。
この前、新日本風土記で下北半島が取り上げられていた時、
むつ市の祭りで同じように引っ張って、街中でぶつかったときにお囃子で勝敗を決めていた。
ハンドルはなくて、曲がるときには持ち上げて向きを変える。これも品川の祭りがそうだった。

資料館では他、遺跡から見つかった土器のコーナーなど。
鹿沼市では全国の麻の9割以上を生産している。
横綱のまわしにも鹿沼市の麻が使われている。
しかし大麻所持が問題になる昨今、生産農家はかなり減ってしまい、
麻を繊維にすることで大きくなった会社も今は消防車のホースをつくっている。

せっかくなので「屋台のまち中央公園」の屋台展示館の方も見に行った。
ボランティアなのかな、ガイドのおじいさんが閉館時間を過ぎて同じように熱心に語ってくれた。
昨晩のレイクビューのクルーズ船のおじさんもそうだった。栃木の人は熱い。
これまで日本各地の民俗資料館に入ったけどここまで熱心に解説してくれるところは初めて。
青森も含めて、他はつくりっぱなし、予算の都合もあるんだろうけど客が来てもほったらかし。

ここは黒の漆塗りの彩色彫刻屋台、黒の漆塗りで白木のままの彫刻屋台、全て白木のままの彫刻屋台、
3種類がガラス張りの展示室の中に飾られていた。階段を上がって上からも眺めることができた。
これら3台の彫刻屋台も祭りのときには出陣する。背後の壁が大きな扉となっていた。
おじいさんから多くのことを聞いた。
一台つくるのに251両かかって今のお金だと1億以上となること。
唐獅子牡丹や獅子の子落としといった題材を描いているということ。
町内会と言っても今は後継者が少なく、シャッター街となっているところもあること……
かつては祭りを終えるとパーツごとにばらして箱に保存していたのが、
今はその手間もかけられずそのまま倉庫やこういった資料室で保存している。
鹿沼市は木彫りの彫刻も釘を使わない木製の車輪も、彩色も飾りも全ての職人を自前で持っている。
組木細工も寄木細工も得意、和室が減って木工細工の職人が全国的に廃業してしまったため、
今、鹿沼市の木工職人は全国から引っ張りだこであると。
そうか、AIの時代に生き残るのはこういう職人たちなんだろうな。

あれこれお話を聞いてすっかり鹿沼市びいきとなる。
来週のお祭りもなんとかああ都合をつけて来ようかな。
市の後任の手ぬぐいを買うと屋台を引っ張る綱を一緒に握れるという。

屋台展示館を出て、すっかり暗くなっている。
遅くなっても疲れるだけだからと高速に乗って帰った。
まだ土曜だからか東北道も外環道も渋滞に捕まらなかった。
昨日が下りの蓮田SAに入ったので、今回は移転して新しくなった上りの蓮田SAに入る。
確かに大きく、きれいだった。フードコートもいろんな店が入っている。
伝説のすた丼屋まで!
中華の店で肉まんを買って歩きながら食べていると、スーパーがあった。
これは気が利いている。明日食べるものをわざわざ買いに行かなくていい。
弁当用の常備菜につくるつもりだったきんぴらごぼうのためのごぼう、二本入って250円、
こんなの初めてというぐらい太くて長いのを買った。むしろ安い。
2割引きになったするめの天ぷらも合わせて。

和光ICで下りて家に到着。みみたが玄関前でお出迎え。
ペットシッターさんの報告を読むといい子にして過ごしていたようだ。
ブラタモリを見ると浅間山。
荷物を片付け、道の駅で買った野菜を冷蔵庫へ。
同じく総菜は缶ビールを飲みながら。
昨晩イタリアンレストランで買ったホットオイルをさっそくかけて食べた。
ラグビーのサモア戦の後半を見る。2倍の点差をつけて勝った。
いつの間に日本はこんなに強くなったのだろう。
終わって『ノッティングヒルの恋人』の後半。
養老孟司先生のところの猫、マルちゃんの番組を見て、その後お笑い向上委員会へ。
魔王ことザブングル加藤が復活したようだが、これも後半のみ。

二日間とは言え、思いがけず充実した旅になったな。
りんごう湖レイクサイドビュー、那須をジョギング、塩原の道の駅、鹿沼市の彫刻屋台……
来週は行けたら「鹿沼秋まつり」へ。
パンフレットがしっかりしている。寝る前これを読んで過ごした。


[6869] 那須へ その2 2019-10-05 (Sat)

昨晩はおんな酒場放浪記を見ているうちに何度も寝落ち。
タモリ倶楽部は見た。
ナイツが出てきて「ENGEI以外グランドスラム」
ナイツとオードリーが若手の頃によく共演していた時の打ち上げに
見知らぬおっさんがいつも参加してて、
オードリーはナイツの知り合いだと思い、
ナイツはオードリーの知り合いだと思っていたという話など。

6時半に起きてジョギング。
ランニングシューズを持ってきていたのでホテルの周辺を走ってみる。
普通の道路だけど車の通りはまだまだ少なく、涼しい。
聞こえてくるのは虫の音だけ。蛙の死骸が多かった。
那須のこの辺りの大半、恐らく90%は田畑なのだなと知る。
使われていない草地には太陽光発電のパネルが広がっている。
ところどころ開けて、突然、輸入雑貨の店や手作り感あふれるギャラリー、
手作りヨーグルトの店などフワフワしたファンシーなもの。
宝石探しやパワーストーンなど行楽地っぽいものもよく出てくる。
「オルゴール美術館」「ステンドグラス美術館」「エンジェル・キューピッド美術館」
「クラシックカー博物館」など様々な美術館の類が出てきて、どれも豪華で立派。
大金持ちがコレクションをそのまま展示しているのだろうか。
箱根もそんな感じか。胡散臭い感じがしてどうにも入る気がしない。そればかり。
あちこちにその看板を見かける。何キロ先とか何キロ手前とか。
「黄金の巨大神像」というのもあったなあ。神社? の隙間から垣間見えた。
その近くには「みろく大観音」という看板も。張り合っているのか。

ホテルから見て北側の大通りに出るとツーリングのバイクが通り過ぎる。
その後ろに那須動物王国の猫の形をしたバスが運転手だけを乗せて走っていく。
森の中の脇道へと曲がる。ペンション、貸別荘、企業の保養所。
7時、歩いている人はほぼ皆無。
大きな犬を2匹連れて散歩している女性の方とすれ違ってあいさつしたぐらいか。
夜逃げしたナイトクラブのガラスが割られ、内側から板が打ち付けられていた。
南側の大通りに出る。
「チーズガーデン」「お菓子の城」「モンキーパーク」「とりっくあーとぴあ」「SLランド」…
この界隈の観光スポットないしはその看板をほとんど見かけたかな。
やはりどれも地方のもっさりしたテーマパークという感じで食指が動かず…
牧場が集まっている一角に出た。
そのうちのひとつはチーズをつくっている工場が見学できるようだが堆肥の臭いもすごい。
でも面白そうだな、いつか行ってみたいなと思う。
昨晩訪れた「りんどう湖レイクビュー」の脇を通ってホテルに戻った。
ゆっくり走って1時間半ぐらいで12kmぐらいになったか。
今シーズン最初のジョギング、まずまずのスタートになった。

8時半、汗を流すために大浴場へ。
他に誰もいない。快晴の中、朝風呂を楽しんだ。
部屋に戻り13階の展望レストランで朝食バイキング。
そんなに食べないつもりが、ひとつひとつ目の前で焼いてくれるオムレツに鶏飯、
モツ入り焼きそば、とんこつラーメンと食べたくなるものばかり。
結局腹がはちきれそうになるくらい食べてしまった……
さすがの僕も残してしまった。
栃木県だけあって、冷たい飲み物の間にレモンミルクもあった。
9時を過ぎてラストオーダー、レストランはガラガラとなる。
最後にもう一度大浴場に入りに行く。
今度は何組か入っていて、小さい男の子二人を連れたお父さんがてんやわんや。
男の子一人は露天風呂の岩山を上り、ざぶんと飛び込む。
何かのヒーローものの中に入り込んでいて、
そのストーリーにおける自分の役割の推敲みたいなことをブツブツ呟いていた。
男の子は大変だ。
部屋に戻る。トイレでベルトを引っ張ろうとしたら千切れてしまった。
長いこと使っていたのでボロボロになっていた。
決して食べ過ぎたからではないはず…

11時前にチェックアウトして車へ。
いろいろ考えた結果、この日は紅葉を見にマウントジーンズではなく、
鹿沼市の川村澄夫生美術館に行くことにする。
その前に塩原の道の駅「湯の香しおばら」を訪れた。
今建て替え中で仮店舗で営業していた。
妻が野菜を買う。大根、ピーマン、カリフラワー、ブロッコリー、いんげん……
夜食べる惣菜にと「味噌じゃが」や煮物も。
食べ過ぎたのが余りにも辛くて、妻が花を見に行っている間、ベンチに座って待つことにする。
この日東京は32℃、塩原もかなり気温が上がる。風が吹きつけてくると冷たくて気持ちよかった。
妻と落ち合って田んぼの方へ。
桐の木の木陰にベンチがあって、畦道の水の流れを聞きながら過ごした。
寝そべると桐の枝の間から白い雲が見えて、Priceless な時間となった。
田んぼアートも作られていて、高いところに上って令和元年を記念する絵を眺めた。
色のついた稲を植えるにあたって、青森の米も使われてるんですね。
道を渡って反対側の土産物屋へ。
古民家を利用していて、縁側に座ってアイスクリームを食べた。
店の前の広場では集まった子供連れの家族が稲刈り体験を終えて記念の米をもらっていた。


[6868] 那須へ その1 2019-10-04 (Fri)

チケットを頂いたので那須のリゾートホテルへ。
本当は南房総にしてたんだけど、先日の台風で修復工事の休みとなってしまい、
系列で代わりに泊まれるとこありますかと問い合わせして振り替え。
夫婦そろって有休を取得していたので、せっかくだから日付をずらさず行こうと。

7時起き。明け方から大雨。
母からこの時期いつも戸籍謄本を取得するよう頼まれていて、荻窪の区民センターに取りに行く。
その間妻は修理に出した車を受け取りに行くことになっていた。
工場の最寄り駅が井荻で、荻窪から近かったので帰りにピックアップしてもらう。

中野坂上で乗り換えて丸の内線。
荻窪駅に着いたときは降っていたが、
戸籍謄本を受け取って駅に向かう時には晴れ間が見えて雨も上がっていた。
平日朝イチの区民センターはガラガラですぐ発行してくれた。

妻がまだ家を出ていないとのことで地下鉄を乗り継いで帰ることにした。
荻窪駅はJRの改札から丸の内線の改札に向かう人多数。
人身事故か何か起きたようだった。

光が丘に戻ってくる。
せっかくなので猫砂を一袋買って帰る。結構な重さなので一袋だけ。
家に着くと妻はペットシッターさんを受け入れるための準備が終わってなくてまだ家にいた。
入違いで外出。
僕は戸籍謄本と母から頼まれた榮太郎の塩飴を段ボール箱に詰めてセブンイレブンに持っていった。

11時、妻が工場から戻ってきて出発。
先に近くのガソリンスタンドへ。
ガソリンを入れている間、併設のプロントでアイスカフェラテとアイスレモンティーを買う。
高速に乗るのでタイヤ圧を計って空気を入れていくという。
しかしこの車の場合どれぐらい入れたらいいのかよくわからずで店長に来てもらう。
丁寧に対応してくれて、せっかくなので入れ替えたを覚えてくださいと。
僕も妻もタイヤ一個ずつ試してみた。なかなか角度がうまくいかず、すぐ抜けてしまう。
店長の方はタイヤの裏に油のようなものが見える、
1か所だけならばオイルがも漏れている可能性があると調べてくれた。
結果4カ所とも濡れていて、工場で修理した後で洗車してくれてそのときついたのだろうと。
いい人だった。こういう方がいるとまた利用したくなる。

練馬ICを過ぎて大泉学園ICで乗る。
すぐ外環道と関越道の分岐にぶつかって、外環道に乗るべきが
うかうかしていたら関越道の方に入ってしまった。
仕方なくナビが進める通り、関越道を所沢ICまで行っていったん下りてまた乗り直した。
大泉学園まで戻って外環道に入り直し、川口ICから東北道に乗った。
外環道は混んでいて平日の朝だろうと関係ない。
巨大な土管のようなものを積んでいたり、建築資材を運ぶダンプが多かった。
東北道に入ると道は空いて、物流のための大型トラックが増えた。

12時半、東北道に入って最初のサービスエリアである蓮田SAで昼を食べることにする。
大型車も普通車もいっぱいでなかなか駐車場の空きが見つからない。
平日でこれだけ混むなら土日はもっとすごいのだろう。
レストランに入って僕は人気3位のロースかつ定食を、妻は1位の五目あんかけ焼きそばを。
「松村牧場」というとこの「香り豚」というブランドの豚肉。
お土産売り場に焼売の串が売られていて気になったけど、腹いっぱいだったのでやめといた。
「北本トマトカレー」という最近話題らしいB級グルメのルーでつくったという
ポテトのスナック菓子を買ってみた。

車に戻って北上再開。緑の割合が増える。
田んぼは稲刈りが済んだとことまだのところと。
那須ICで下りるとすぐそこに那須の町並みが。
小さなミュージアムとあばら家のような骨とう品店と瀟洒なカフェやレストランとが
木々の隙間にまばらに続いている。
その風景に統一感はあるが、ひとつひとつの店の間に連帯感はなさそう。
道の駅があったので入ってみた。
工芸品、産直野菜、土産物、観光案内所、
どの建物も大きく建物と建物の間が広々としているが、何かどこか暗くて寒々しい。
那須に入って雨がまた降りだしたというのもあるのだろう。

テディベアミュージアムが見えてきて、ああ、結婚前に那須を訪れた時に来たなー、と思い出す。
ホテルはそのすぐ近くにあった。
15時半。車を停めてチェックイン。フロントで働く従業員は欧米人の男女が一人ずついて、
ハロウィンの格好をしていた。
子供連れにやさしいホテルということになっていて大勢の若い家族連れが泊まっていた。
一階のフロントの前がそもそもキッズスペースとなっていて大勢の子供たちが遊んでいた。

12階の部屋となった。荷物を置く。森の中。窓から外を見ると煙っている。
ホテルそのものは以前別の名前だったのを買い取ったようで、
建物そのものとしては古く、それを隅々までピカピカときれいにする余裕はないようだ。
壁やソファーのあちこちにシミがあって穴が開いていたり。
でもこれをリゾートホテルと呼んでるんだよな。ま、いいかと思う。

卓球場があると知ってフロントからラケットを借りて妻と二人、30分ほど。
いい汗をかいて1階の大浴場へ。
露天風呂に入るとやはり若い父親と小さな子供たち。
妻の方では洗い場を走って泣き出した子供を親がなだめたりと大変だったようだ。
そして体を洗わせて並ばせて体を拭かせてと。
父親の方は風呂の中でバタバタさせたりして気楽なものだ。
横目で見つつ、まだ明るいうちの風呂はいいものだと思う。

出てきて17時半。
ホテルの外に出て近くのイタリアンレストランへと歩いていく。
外は既に暗くなっている。
マルゲリータのピザ、わさびの入ったクリームソースのパスタ、
アンチョビとポテトのグラタン。何を食べてもおいしかった。
ピザは店のオリジナルのホットオイルをかける。
オリーブオイルにハラペーニョを漬けたもので、
聞いてみると独自の調合を見出すのに一年かかったという。
一瓶買って帰ることにした。

向かいに大きなアミューズメントパーク「那須りんどう湖レイクビュー」があって、
この時期は園内全体がイルミネーションで彩られる。
せっかくなので入ってみた。
傘を差すほど雨が降っていて広い園内に他には10組もいない。
実際、巡回する鉄道もメリーゴーランドもクルーズ船も他に客はいなくて貸切。
贅沢な時間だった。もちろんクリスマスの時期は大変な混みようとなる。

クルーズ船ではガイドのおじさんが20分の乗船時間の間、つきっきりで熱心に解説してくれた。
りんどう湖は人造湖であるとか、
一度だけ湖の水を抜いたことがあって鯉が多かった、ブルーギルやブラックバスの類はいなかったとか、
そういう話。あの時計台の裏には本物の馬車があるとか見どころも教えてくれた。
建物4階か5階分はある大きな噴水が光に照らされて色が変わる。
遠くの通路を光の群れが走る。
小さな島に花火のようにイルミネーションが打ちあがる。
そういった色と光の風景を船の中から見る。これで1,000円は安い。

クルーズ船を下りてからは離れた場所から眺めたイルミネーションの中を歩いた。
2人乗りのゴーカートを楽しめる場所があって、最後に僕の運転でサーキットを一周した。
この夜、お客さんがほとんどいなかったのに皆、きちんと営業してお客さんが来るのを待っていて、
通りがかるととても喜んでくれる。とても気持ちの良い場所だったな。
最初は子供向けの遊園地だろ? と見くびっていた。ほんとすみません。

帰ってきてまた温泉に入り、新日本風土記を見る。比叡山。
ブラタモリも比叡山だったな。
あとは缶ビール、缶チューハイを飲みながら
猫歩き、おんな酒場放浪記、タモリ倶楽部を見て寝る予定。


[6867] 『Abeey Road』50周年記念エディション 2019-10-03 (Thu)

ビートルズ『Abbey Road』の50周年記念エディションが先週金曜に発売されて、
2枚目のデモ音源集と合わせてさっそく聞いてみた。

一昨年の『Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band』
昨年の『The Beatles (White Album)』同様、
当時のプロデューサー、ジョージ・マーティンの息子である
ジャイルズ・マーティンが新しくミックスし直している。
ベースとドラムの音がほどよくズシリと来て、
アコースティックギターやオーケストラの弦楽器が美しく流れる。
目の前で演奏して、その場で同時進行でミックスしているかのよう。
あの日アビーロード・スタジオで聞こえた音はこういう音だったんじゃないかと思わせる。

来年は2020年ということでいよいよ『Let It Be』のニューミックスが登場するはず。
一年に一度届く絵葉書のようで毎年この時期楽しみにしている。
2021年以後は遡って昔のアルバムも出してほしいなあ。
『Magical Mystery Tour』や『Rubber Soul』をこの音で聞いてみたい。

よく言われるように解散が決まって、
最後の一仕事とポール・マッカートニーがまとめ役に徹したアルバム。
大半の曲を提供して(主に後半)存在感たっぷりだけど……
「Maxwell's Silver Hammer」「Oh! Darling」「You Never Give Me Your Money」
と佳曲揃いではあるものの、ポールの代表曲ではない。
一方でジョージ・ハリソンは「Something」「Here Comes the Sun」と
自身のキャリアを代表する名曲を打ち出して
ジョンとポールに並ぶ作曲家へと成長したことを印象付けた。

ジョン・レノンはもう興味無くしてたんだろうなあ。
オープニングの「Come Togher」のとげとげしさ、「I Want You」の緊張感、
後半の「Polythene Pam」の潔さに全てが現れている。
リンゴ・スターは楽しく愉快な「Octopus's Garden」を提供、
この曲がA面のあの位置になかったら
『Abbey Road』というアルバムはかなり味気ないことになっていた。

後半の「Because」から「The End」を経てアンコールのように「Her Magesty」を。
これら短い曲が矢継ぎ早に繰り出されメドレーのようにつながっていくパートが評価高い。
若い頃は全然その良さがわからなかった。目立つ曲がないなと。
今聞くと楽器の弾けない僕であっても
「これ、どうやってつくったんだろう?」と狐につままれたようになる。
ただ短い地味な曲を並べればいいというのではない。
他の誰にも作れない。ビートルズの底力を感じる。

でもやっぱ。
「I Want You」の重苦しいベースとシンセサイザーのノイズが無機的に繰り返され、
高まり続ける中で突然音がブチっと切られる。
一瞬間を開けて「Here Comes the Sun」の瑞々しいアコースティックギターの音が流れだす。
いつ聞いてもここがたまらない。
どんな苦しみに対しても救いはもたらされるのだ、というような。
ビートルズが最後残したメッセージってそういうことなんじゃないかなと。
レコードだと「I Want You」がA面最後なので自分でひっくり返さないといけないですが……

青森の実家には高校時代にビートルズのCDかレコードを買った時にもらったポスターを
母が額に入れてくれて今も部屋に飾っている。
『Abeey Road』のジャケットを拡大したもの。
30年近く前のものなので少し色あせているが、
ビートルズの4人は今もアビーロードの交差点を歩き続けている。


[6866] 猫と宇宙 2019-10-02 (Wed)

時々みみたが壁に向かって、何もないはずの宙をじっと見つめていることがある。
蜘蛛や虫がいるのかというとそうでもなく、前脚を伸ばすことはない。
ただ見つめている。そしてニャアと鳴く。
そこに何かがいるかのように。

猫や犬にとっては死後の世界がごく近いところにあって、
既に亡くなって霊体となった猫や犬が見えるのではないか。
時々、気まぐれにこちら側にやってくるのではないか。
そういうことを考える人たちがいつの時代もいた。
僕も、そういうことなんじゃないかと思う。
人類は進化の果てに多くを失ったため、見ることができない。
いや、人類のうちのごく限られた人にしか見えない。

系統樹上下等な生物ほど向こう側の世界が近いとしたら。
向こう側とこちら側の世界の違いがなく、
生きるものと死せるものとが混ざり合って生と死を送っているのなら。
それが豊穣な自然界を形作る。

人類はこちら側の生と向こう側の死という概念を生み出し、はっきりと分けてしまった。
その人類が死者の場を奪っていくと自然界のバランスが崩れていく。
なんだか宗教がかった話になったが、そういうことなのかもしれない。

(そして最後に何かが崩壊して、この世界は死者だけとなる)

みみたは誰に会っているのか。
この土地にいた先輩猫なのか。
みみたを産んだ母猫や野良となって若くして亡くなった兄弟たちなのか。

……いや、ただ単に食べたばかりのカリカリをおなかの中で落ち着かせるために
立ち止まってるのが思案気に見えるだけなのか。
そっちかな……


[6865] 「トリムラン」のこと、青森の平井堅のこと 2019-10-01 (Tue)

お盆に帰省した時に成田本店で目にして買った『めご太郎』という手作り感覚の青森市ガイド。
いろいろ発見があったんだけど、
一番「へー!」「そうだったんだ!?」となったのが、青森市は実はソース焼きそばの町なのだと。
四角くて極太の「角打麺」が特徴で原田製麺、大谷製麺が2大メーカー。
僕は全然知らなかったんだけど
「しおや」「しょう太」「すずき」「後藤食堂」「小鹿焼きそば店」といった店が紹介されていた。
そうか、あの四角いモチモチした麺はもしかして青森の隠れた名物だったのか……

……ということを思い出したのは、昨日高校の演劇部のことを書いたから。
学校の裏に「トリムラン」という弁当屋があって、ここの焼きそばが僕ら世代の思い出の味。
いつでも誰でも食べられるわけではない。
昼休み、学校の外に出て食べることは校則で禁じられていた。
なのでちょっと悪ぶってる奴らだけが食べに行く。学食なんて行けっかよ、みたいな。
ある日連れてってもらう機会があったんだけど間の悪いことに後者の外に出た途端、
「こらっ おまえらどこさ行くんだ!?」と先生に見つかってしまった。
夕方のホームルームで「報告あったぞ。行ったの誰だ? 手ぇ上げろ」ってことになり……

その頃の学校はまだ週休二日制ではなく、土曜は午前まで。
時々友人たちと自転車に乗って遠出して食べて帰った。
「じゃあトリムラン行くか」となって一度だけ入った。
でもそんなときに食べてもドキドキワクワクはしないわけで。
いたって普通の焼きそばを普通に食べて帰ってきた。
小中大、特大とあって小は100円ぐらいだったように思う。
特大が330円で50円の目玉焼きを乗せても380円。とても安かった。
こういう店って全国どこの高校にもあるんじゃないか。
探せばホームページがまだ出てくるので、店は健在なのかもしれない。
今も高校生たちは食べているのだろうか。

---
おまけ。先週青森帰ったときのこと。

青森駅前の「A-FACTORY」におしゃれなハンバーガー屋があって、
そこに平井堅似のイケメンな男性が働いていた。
50代手前ぐらいか、白髪交じりで他の店員は女性ばかり。異彩を放っていた。
それが3年前の正月。
「A-FACTORY」を訪れる度に「平井堅いるかな」と妻と言いあって、いるねとかいないとか。

この前お盆に帰ってきたとき、「このところ見かけないね」となる。
「A-FACTORY」はJR東日本の運営なので、彼は実は青森に流されてきた鉄道マンで
3年のお勤めを終えて東京に戻ったんじゃないか。
妻とはそんな結論になった。

先週帰ったとき、昼は青森駅前に出てあちこちでラーメンを食べた。
本町を経由して新町へ。
小さい頃通った幼稚園が今、教会になっている前を懐かしくて必ず通る。
本町は飲み屋街でその中に内装工事中の店があった。
業者が働いている側で毎日、通りがかる友人と楽し気に話し込んでいる男性がいる。
どこかで見かけたことあるなあ、と思う。

ずっとモヤモヤしたまま東京に戻って来て、ハタと気付く。
「あ、平井堅だ」
そうか、夢を叶えて独立したんだな。あの風情はオーナーだよな。
内装工事の始まったばっかりで喫茶店なのかレストランなのかスナックなのか全くわからず。
正月帰ったときにはオープンしているだろうか。入ってみようかな。


[6864] 「どんなときも。」 2019-09-30 (Mon)

ときどき無性に槇原敬之が聞きたくなる。
CMや旅番組で「遠く遠く」のカバーが使われているのを聞いたとき、
この人は普遍的にいい曲を書くな、と思う。
初期のベストを中古で安く買って、iPhone に入れた。

「どんなときも。」を聞くと切ない気持ちになる。
いろんなことを思い出す。
1991年、高校2年生のときのヒット曲だった。

高校時代の多くの時間を演劇部の部室で過ごした。
ヤンキーでもないはみ出し者の集まりだった。
中心人物の女の子が全国大会に出ようという目的を掲げたとき、
僕らは何かに導かれるようにして一人一人また仲間に加わっていった。

全国大会に出るには東北地方予選で勝つ必要があり、
東北地方大予選に出るには青森県の予選で勝たなかればならなかった。
枠はふたつ。
全国大会常連の八戸北高校は今回も余裕で勝ち上がるだろう。
実際、完成度が別格過ぎた。
もう一校の常連校は弘前の女子高、聖愛。
ここならなんとかなるんじゃないか。
「打倒聖愛」を抱えて夜な夜な後者の片隅で練習を続けた。
青森市の大会で絶賛され、県大会へ。
聖愛の舞台が終わり、自分たちも力を出し切った。
これは勝った、と皆が確信した。

そこに思わぬダークホースが現れた。
確か八戸の定時制の工業高校だった。
出演するのは男子生徒3人だけ。
ジャングルジムが置かれ、夕暮れという設定だった。
その3人が日々の暮らしに嫌気がさすが、明日への希望を取り戻す。
そんな内容だったと思う。たいしたことはない。
なのに、キラキラと輝いていた。何もかもが輝いていた。
奇跡とはこういうものなのか。
実際、その後上京してあちこちでいろんな劇団を見たけど、
この時目にしたもの以上に感動した舞台はない。

部員たちだけでつくったものではなく、
演劇のできる先生がその年からついたのかもしれない。
(僕らは脚本も演出もその中心人物の女の子が担っていた)
だとしたら、その先生と生徒たちの結びつきそのものが奇跡だった。

その要所要所で「どんなときも。」が流れた。
ただ単にその時のヒット曲だから選ばれただけだろう。
だけど役者の演技とストーリーにぴったりとはまっていた。
ありもののの曲をここまで合わせられるのか、という点でも
僕にとってその後この時の体験以上のものはなかった。
そのサビにあるように、
どんなときであれ僕らは僕ららしく生きることが大切なのだと
力強いメッセージを語っていた。

負けた、と思った。
予想通り、八戸北高校とその定時制の工業高校とが予選を勝ち抜いた。
悔しくてホールの廊下で皆、押し黙り、何人かが泣いた。

その後この2校がどうなったか記憶にないし、
今はどの高校が強いのかという勢力地図はがらったと変わってしまっているはず。
畑澤先生が指導して全国大会の常連となった弘前中央や青森中央であるとか。

このときの思い出と一緒になっているので、
「どんなときも。」は僕の中で永遠にキラキラしている。
一生に一度出会うかどうかの曲。


[6863] 夏休み最終日 2019-09-29 (Sun)

早いもので夏休み、9連休も最終日。
今朝もみみたが横で添い寝。すぴーすぴーと。
昨日、一昨日と疲れが出てたので10時までダラダラと寝る。
『小さな村の物語 イタリア』を見ながら扇風機にたまった埃を取る。

『Lazy Sunday』を聞きながら常備菜を。
切り干し大根の煮物とレンコンのきんぴら。
昼は蕎麦を茹でる。ラー油をたっぷりかけてみた。

編集学校の後輩と、寿司を食べに行くことになっていたと
メッセンジャーでやりとりをする。
中野にいい寿司屋があるとのこと。

昨日の集まりで話題に出た来年5月の青森旅行をちょっと考えてみる。
1日目、新幹線で移動、三内丸山遺跡、県立美術館、ワラッセ、青森駅前に宿泊。
2日目、弘前駅に特急で移動、弘前城へ、新青森駅に戻って新幹線で東京に戻る。
新幹線、ホテルは旅行会社で取ろうかと。
ゴールデンウィークが望ましいんだけどホテルがどれぐらい高くなるか。
青森市内は「ねぶたん号」で移動を考えたものの混雑して乗れないんじゃないか。
青森駅前で10人近く入れる個室となると予約が取りにくいんじゃないか。
荷物は持って移動することになるか。新青森駅が案外コインロッカー少ないんですよね。
案外あれこれ細々と難しそう。

『Lazy Sunday』が終わって、ライフに買い物。
帰ってきてブロッコリーを茹で、ほうれん草を茹で、
明日の弁当用に鯖を焼き、ミックスベジタブルとベーコンのスクランブルエッグ。

ラグビーのワールドカップで笑点はなし。
世界遺産を見ようとしたら庭で水やりしていた妻が悲鳴を。
大きな蛾が入ってきたと。
30分ほどかけてようやく窓の外に出す。

モヤモヤさまぁ〜ず2は他局のラグビーフィーヴァーをよそに2時間半のスペシャル。
さすがテレ東。
小田原、横浜、箱根と回る。
最近は日曜の夜、このゆるさが心地よく1時間半では物足りないと思っていたところにこの尺。
毎回スペシャルでいいなあ。

終わってチャンネルを変えると高田純次のはしご酒。渋谷を回る。
頂き物の冷や汁を妻が作ってくれる。おいしいですね。〆にちょうどいい。
でもここで〆とはせず、またしばらくチビチビと飲む。
Song To Soul やってたら見て寝るか。
明日からまた仕事……


[6862] 品川、神楽坂 2019-09-28 (Sat)

昨晩はチコちゃんがなく、ワールドカップバレー女子を見た。
ラグビーの陰に隠れていて実はやってたんですね。
というか、ついこの間も見たような。毎年やってるのか。
新日本風土記は松山。猫歩きはバスク地方。
おんな酒場放浪記。この辺りからチョイチョイ寝落ち。
頑張ってタモリ倶楽部を見て寝る。

明け方目を覚ますと横にみみたが寄り添っている。
腕を伸ばすと、腕枕にピトっとくっついて寝ている。
不思議なもので、日中妻の足の間に収まりはしても僕の足の間には入らず。
夜中僕の腕枕に収まりはしても妻の腕には近づかず。

8時半まで寝て、『大草原の小さな家』を見て洗濯物を干して家を出る。
12時から編集学校の以前担当した教室の集まり。品川のスペインバル。
神楽坂のブラジル・アルゼンチン音楽の専門店「大洋レコード」の存在を知って
これはぜひ行ってみよう、集まりの前に、と思っていたのだが、
改めて場所を確認しようとサイトを探したらオープンが12時からだった。
大江戸線を大門まで直行することにする。

その間嵐山光三郎『温泉旅行記』の続きを読む。
紀伊勝浦のホテル浦島、熊野本宮の冨士屋など
行ったことのある温泉が出てくるのが嬉しいというだけではなく、
この本は温泉、旅の視点から見た稀代の日本近現代文学史でもあった。
若い頃に担当編集者だったこともあって
山口瞳、檀一雄、深沢七郎らの思い出が軽妙洒脱に語られる。
人柄なのかつまらない人に出会わない。
有名であれ無名であれ魅力的な人ばかりが登場して、飽きない。
夏休みを締めくくる素晴らしい一冊と出会えた。

品川に早く着きすぎて e-cute を覗きつつ、
インターシティに移動してサンマルクカフェでさらに続きを。
12時前に店に移動。
2時間半ぐらいいたかな。飲み放題のサングリアをグイグイ飲みながら
皆の近況を話し、語らいあった。
来年青森旅行に行きたいという話になった。
インターシティでもう一軒入って白ワインを飲みながら2次会。
大人の集まりだったのでこの日はそこまで。
外を出るとラグビーのパブリックビューイング。
やけに盛り上がってるなと思っていたら帰りの大江戸線で号外が。
日本はアイルランドに買ったとのこと。

東京駅から東西線に乗って神楽坂で下りて「大洋レコード」を探す。
こじんまりとした店にCDが並んでいた。
これはやばい…
見るものみんな買ってしまいそう。
おすすめのCDのひとつひとつに店の方が詳細な解説を書いて貼っている。
廃盤で入手困難だった Florencia Ruiz『correr』の在庫があった。
彼女の日本公演行きましたか、という話になる。
店の中でかかっていた女性ヴォーカルとギターだけの
Duo Vieira 『Perolas Para Jobim』というジョビン作品集がよかったので買った。

飯田橋まで出て、職場のオフィスビルに届いたコンビニ受け取りの中古CDを。
ふと聞きたくなって槇原敬之の初期ベストを。
明後日は出社か……、見るとフロアによっては明かりがついている。

帰りの大江戸線で『温泉旅行記』を読み終える。
帰ってきて暗くなっている。
庭の水やり、洗濯物の取り込み。
『ブラタモリ』は比叡山の後編。
妻が茹でてくれていた枝豆の残りで缶ビール。
青森に行っていた間の新聞をまとめて読む。
『お笑い向上委員会』を見て寝る予定。


[6861] 青森へ その5 2019-09-27 (Fri)

昨晩はいいちこの水割りを飲みながら
ちくま文庫から出ている嵐山光三郎『温泉旅行記』を読み始め、
疲れてくると『私たちが熱狂した80年代ジャパニーズロック』というムックの続きを。
23時半には寝たか。

この日も何度か夜中目が覚めてトイレに行って、
母は眠れないのか低い音でラジオを聴いている。
7時半に起きてカレーの残り。
千切りキャベツ、トマト、ブロッコリー、パプリカのサラダ。
ハム、茹で卵。
『こころ旅』の15分版、『なつぞら』は最終回の一つ手前。

食べ終えて家中に掃除機をかけて、部屋の拭き掃除。
母が僕が使っていた敷布団を干すというので手伝う。
僕が家を出る頃ひっくり返す。
『あさイチ』に松重豊が出ていて、途中まで見て母はラジオへ。
高橋源一郎が出ていて、1964年のオリンピックの時、
当時の文士が寄せた文章を集めた本を紹介していた。
グラス一杯に氷を入れた水と、コーヒーを飲んで家を出る。
9時45分頃。

新青森駅までちょうどいい時間のバスがなく、着いても2時間待ち。
それも困るとバスはやめて青森駅まで歩いて電車に乗って行くことにする。
昨日同様、本町から新町へ。
小さい頃通った幼稚園が今、教会となっているのを通り過ぎる。
この日は暑く、青森銀行本店の温度計が26℃となっていた。

10時40分。奥羽本線、秋田行き。
青森駅の駅舎は今年12月25日に60周年を迎えるとあちこちにポスターやお祝いの花が。
新青森駅に着いて先日妻が試しに買っておいしいと言っていた入り豆を買う。
あと、海峡するめも。
大きいのと小さいのをそれぞれ買って、小さいのは新幹線の中でつまみにする。
みみたへのお土産には猫用のわかさぎトバ。

新幹線の中では「八甲田おろし」と宝焼酎のチューハイと。
『温泉旅行記』と 『私たちが熱狂した80年代ジャパニーズロック』を読む。
平日だからガラガラかと思いきや、結構混んでいる。
隣に誰も来なかったら窓側に座るつもりでいたが、
八戸から盛岡まで、盛岡から上野まで入れ替わりで男性客が座った。

新幹線は予定通り着いたが、中央線が車両点検か何かでしばらく止まった。
その間うたた寝。
新宿で下りて、DiskUnion とタワレコで取り置きのCDを。
大江戸線に乗る。
光が丘に着く。東京は思っていた以上に蒸し暑かった。

17時半前。
家に着いてゴミ収集のネットを片付け、庭に水を撒く。洗濯物を取り込む。
荷物を片付け、母に電話する。
次は正月かね、という話になる。
みみたは布団干し器のハンモックで寝てて、僕が近づくとタンと下りてきてスリスリ。
調子の悪かった給餌器は僕のいない間無事に動いていたようだ。よかった。
18時になってカリカリが出た。
お土産のわかさぎトバを一本、千切って皿へ。
昼間のみ過ぎたと妻が冷蔵庫に用意していた麦茶を飲む。

このあとチコちゃん、新日本風土記、猫歩きなど。
夏休み終盤戦に向けていつもの生活に戻っていく。
The Beatles『Abbey Road』の50周年記念盤の発売日が今日。
さっそく聞いた。


[6860] 青森へ その4 2019-09-26 (Thu)

7時半起き。寝てて何度か目を覚ました。
日中寒かっただけに明け方かなり冷えた。
しかし起きると快晴で陽射しが射しこむ。
昼間暑くなりそうだった。

『なつぞら』を見ながら朝食。
カレー。茹でたソーセージ。ゆで卵。ブロッコリー。トマト。
一昨日・昨日とずっと本を読んでいたので、この日は県立美術館へ。
青森駅まで歩いてバスに乗る。
8時半に家を出る。スーツを着て会社に向かう人たちをチラホラ見かける。
青森銀行本店前の気温はこの時間で23℃だった。
昨日は11時半で21℃。やはり上がってる。

本町から新町と歩いて駅前へ。
目の前でバスが行ってしまう……
あれ、と思うが平日・休日の時刻表を間違えていた。
とりあえず次に来た新青森駅経由の西武営業所行きに乗る。
新町をぐるっと回って古川に出て跨線橋を渡り、その先の石江の橋を。
この辺から歩くといいだろうかと下りたところが奇しくも
小学校の頃に通ったヤクルトのスイミングスクール前。懐かしい。
30年を経て色褪せてもまだ健在だった。

雲一つない晴天の下を20分ほど歩いた。
石江の商店街は高校の帰り道、自転車で何度か通ったことあったはずだが、
新しくできたのか道路が広くなっていて記憶と違っていた。
というかこの辺りは義弟が新青森駅まで迎えに来てくれたときに何度か通ったな。

美術館に着く。
三内丸山遺跡の隣りということもあって緑の公園が広がっている。
虫が鳴いている。
真っ白い建物の中に入る。
だいぶ老朽化が進んでるけど、居心地のよい場所であることは変わらず。

さっそく、アレコホールへ。
ビルで言えば4階ぐらいはあるだろうか。
広い空間の壁4面それぞれに
シャガールが手掛けたバレエ作品『アレコ』全4幕が架けられている。
そのひとつひとつが縦9m、横15mだというからとてつもなく大きい。
県立美術館ではそのうち1、2、4幕を所蔵。
3幕を所蔵していたフィラデルフィア美術館が改築により長期貸出してくれることになって、
全部が揃った。2021年3月頃までとのこと。
シャガールらしい幻想的なモチーフで描かれる愛の誕生とその喪失。
平日午前中の美術館は人も少なく、心ゆくまで眺めることができた。

企画展は入れ替え中で、この日は常設展のみ。
他、奈良美智、棟方志功、工藤甲人など。
尼崎市のコレクションからはるばる青森に来た白髪一雄という方の描いた
大阪の素朴な水彩画となぜか急に方向転換してフットペインティング。
村上善男という注射器の針と弘前の古い町並みの地図をモチーフにした前衛的な画家の
蒐集したコレクション。岡本太郎、ジャスパー・ジョーンズ、マルセル・デュシャンがあった。
メル・ラモス、ホアン・ヘノヴェスという画家がよかった。
そして成田亨。ウルトラマンの怪獣の原画と鬼の彫像と。ケムール人の立像もあった。
ガラモン、レッドキング、シーボーズ。単なる原画ではなく、人類普遍の哀しみを湛えている。
残念ながらこの日は沢田教一や阿部合成の展示はなし。

10時半からアレコホールで4つの幕に照明をほどこしながら
バレエ作品4幕を解説するというイベントがあって、
ホール真ん中の椅子に座って鑑賞する。
どこかの中学校が授業の一環なのかちょうど大勢で入ってきた。
『アレコ』がどういう内容なのか、実はよく知らなかった。
男女の出会いと別れを描いた、やはり切ないものだった。

一度外に出て迷路のように階段を上り下りして
奈良美智の「あおもり犬」を設置しているスペースに出る。
皆記念撮影している。僕も近づいた。
冬はこの通路閉鎖されているので屋内からガラス越しに見るのみ。
初めて至近距離から眺めた。触れた。
その白い身体にはバッタが貼り付いていた。

ミュージアムショップで成田亨、奈良美智、沢田教一、
リンゴとたわむれる猫の写真のポストカードを買う。
外の八角堂というところに奈良美智が新しくつくった彫像が展示されているというので
見に行くが、遠くからてっぺんが見えるのみ。
どこから近づくのだろうと迷っていたら中国人と思われる観光客の方が
身振り手振りで行き方を教えてくれた。

市営バスで戻るつもりで少し早くバス停に着いたら何人か先に待ってる人たちがいて、
小型観光バスの「ねぶたん号」が来た。せっかくなのでそっちに乗ってみる。
青森駅行き。いくつか観光地を回ることになっていて、次の停留所は新青森駅。
津軽海峡フェリーターミナル、あおもり北のまほろば歴史館、アスパムと回る。
来るときは石江から南にまっすぐ伸びる道路を歩いたけど、
新青森駅からこの道に戻って来て逆にまっすぐ北へ行って道なりに進むと
フェリーふ頭なんですよね。そこから海沿いに進んでベイブリッジを渡って、という。
ぐるっと回って無駄がない。よく考えたコースだな、と思う。
フェリーふ頭はかつて住んでいた油川の家からも近く、
思いがけなく懐かしいショートトリップとなった。

青森駅前で下りてワラッセで土曜に会う方たちへのお土産を買う。
軽くてかさばらないものを探したら青森ヒバの栞があった。
A-FACTORYで留守番の妻へのお土産に秋限定の「じょっぱり」、弘前城を描いたシードル、
アカシアの蜂蜜の瓶詰。全部割れ物だったのでその場で宅急便にして送る。

ニコニコ通りを歩いて古川の「つじ田製麺所」で昼のラーメンを食べる。
荒煮干しのバラ肉チャーシューにゆで卵を追加。
平日だからか高校生が多かった。午前中だけなのだろうか。中間テスト期間?

歩いて帰る。今日もまた母から頼まれた塩飴を探すが見つからず。
家を過ぎてさらに棟方志功記念館の方まで行くが…
陽射しのある中を歩いて喉が渇く。家の近くの酒屋で缶のハイボールを買った。
家に着いて14時。これまでに読み終えた本ともらった鯖缶、
コンビーフを段ボールに詰めて宅急便で送る。そのための荷造りをする。

あとは家でゆっくりすごす。
青森の水で作った氷でハイボールを飲みつつ、音楽を聞きながら、
熊本上通の「汽水社」で買った村瀬秀信『止めたバットでツーベース』を読む。
窓を開けると風が入ってくる。

夜はカレー。茄子とササギの味噌炒め。焼売。『こころ旅』を見ながら食べる。
部屋に戻っていいちこの水割り。飲みすぎだと母が心配する。
『止めたバットでツーボール』をイッキに読み終える。
この方のことは知らなかったが、副題に「村瀬秀信 野球短編自選集」とある。
ライターのようだが、野球以外のことも書いているのだろう。
「君は近藤唯之を知っているか」「ヤクルト芸術家」「ジントシオ」といった作品には
プロ野球の周辺で強烈な人生を送っている人を描き、
「鉄砲玉のゆくえ」「小さな村の甲子園、ふたたび」「PLチャーハン」では
スター選手、強豪校ではない、だけど一生懸命の人生を言葉にする。
プロ野球ってスポーツである前に選手やファンの生き様なんだよな。
素晴らしい一冊だった。
だけどこの本、著者のサイン入りで読まれた形跡がない。
誰がそんなもったいないことをしたのか。

この後もう一冊何かを読んで23時には寝るか。
The Police や Todd Rundgren の10代の頃から何度も聞き返したアルバムをかけて、
ようやく実家に帰ってきたなという気持ちになる。
だけどそれが東京に戻る前日の夜。


[6859] 青森へ その3 2019-09-25 (Wed)

仕事の夢を見る。
また悩ましい課題が出てきて…、という。
メモっとかなきゃと夢の中で evernote に書く。
仕事から離れたくて休みを取っているはずなのに、仕事のことばかり考える。
このツケは後から絶対来るだろうというのをのらりくらりやってきて、どこで捕まるか。
怖くてたまらない。かといって、……

7時半起き。
朝は昨晩のカレー。『なつぞら』に大泉洋が出ていた。
この日は掃除機ではなくカーペットにコロコロをかけて、
フローリングにはクイックルワイパー。
午前中は『やぎ少年ジャイルズ』の下巻を100ページまで。

今日もまた散歩。母に頼まれて先日コンビニで買ったという塩飴を探すが、見つからず。
行き帰りで10軒近いコンビニ・ドラッグストアに入るが見当たらない。
もうひとつ頼まれた、本町の仏具の店で洗浄液を買う。
青森銀行本店前で時刻と気温が表示されていて21℃。昨日より涼しい。
東京と違って青森では恐らくとっくの昔に蝉の鳴き声はなく、あちこちにトンボの姿が。

そのまま人通りのない本町を歩いて、「まるかい」へ。
何年振りだろう。小学校のとき依頼??
近所に1個上のお兄さんが住んでいて小さいときはよく一緒に遊んだ。
そのお父さんにジャスコとかよくあちこち連れて行ってもらった。
それで一度訪れたのはよく覚えている。
中学校に入る頃から一緒に遊ぶことはなくなって、それっきり。よくある話。
高校のときにも一度同級生たちと行ったような行かないような。
近くに青森ボウルもあるし。
青森ボウル今もあるんですね。驚いた。

30年以上昔の記憶にある「まるかい」は町の定食屋のような風情で
おばちゃんたちがラーメンを運んできて、
指が入ってるだの入ってないだのがよくネタにされていたけど
建て替えて新しくなって、店員も男性ばかり。
ここで修業している方たちなのだろうか。
中が600円で大が650円。安い。あとは100円のおにぎりだけ。
大にした。トレイに4つぐらいいっきに運んですぐ出てくる。
あっさ入りしたスープにチャーシュー、メンマ、ネギだけ。
大は2玉なのか。けっこうな分量だった。
煮干し出汁だけど酸味は他の店ほどきつくない。昔懐かしい味。

青森でラーメンというとひと昔前は味噌カレー牛乳か、ここ「まるかい」か。
どちらもいまだ人気が高い。
「まるかい」も11時半に訪れて駐車場はいっぱい。
タクシーやトラックの運転手、近くの工務店で働いてるのか揃いの制服の人たち。
そして決まって白いYシャツの年配の会社員。皆常連っぽい雰囲気を醸し出している。
観光客は少ない。
正月に帰るたびにに来てみるけど、年末年始はしまってるんですよね。
ようやく入ることができた。

帰ってきて午後はずっと『やぎ少年ジャイルズ』の続きを読む。
途中、母に頼まれて近くのドラッグストアへ米を買いに行く。
夜はカレー。ササギの卵炒め。冷凍の焼売など。
今晩も母の洗った食器を拭く。

夜、ようやく読み終える。
いやー、ラブレー的ごった煮の怪作・奇作だった。
物語的本流はそれなりに力強いのに
その中を流れる想像力はその割に若干狭いような。
トマス・ピンチョンと比較してしまうからか。
しかしこれはこれで20世紀アメリカ文学に爪痕を残す大作だろう。
2段組みで上下750ページを2日で読んでへとへとになる。

この後は中山泰樹『ディランを聴け!!』と
ピーター・バラカン『わが青春のサウンドトラック』を読んで寝る予定。


[6858] 青森へ その2 2019-09-24 (Tue)

昨晩は寝る前にジョン・バース『やぎ少年ジャイルズ』を読み始める。
国書刊行会からの復刻版。分厚い上下2冊。
今から20年以上前、学生時代に池袋のリブロで買った。
それ以来ずっと積読だったのをようやく読み始めた。

寝付いたときは暑かったが、明け方は寒かった。
母が深夜ラジオをつけたまま寝ている。
8時前に起きる。
快晴。台風は遠く過ぎ去って青空が広がる。
朝は昨晩の残りの天ぷらなど。
家中に掃除機をかける。
母が台風に備えて脇に寄せていた鉢植えを元の場所に移す。
『やぎ少年ジャイルズ』の続きを読む。

11時、散歩がてら昼を食べに行く。
古川まで歩いて『鯵の札幌大西』で味噌カレー牛乳ラーメンを。
もやしベースの変わらない味。
外は陽射しが強いものの風は冷たいのが気持ちいい。
夜店通りは大半がシャッターを下ろしているか、店を閉めているか。
平日の昼間に洋服を買いに来る人はもはやいないのだろう。

8月のお盆に帰省したとき、帰りの新幹線で読んだ
『めご太郎』という地域情報誌に「古書らせん堂」という古本屋が紹介されていて、
今は成田本店、さくら野百貨店の脇に店を構えていると。
店主はかつて成田本店で長らく働いていたとのこと。
よさそうなので行ってみたのだが、品揃えにびっくり。
青森のどこに眠っていたのか、アート、哲学、文学、映画、音楽、料理、
いろんなジャンルの本が。
ちくま文庫や講談社文芸文庫もたくさん並んでいた。
外国文学だと正に今読んでいる『やぎ少年ジャイルズ』や
リチャード・パワーズ、ウィリアム・バロウズなど。
弘前で出版されていた「緑の笛豆本」のシリーズも置いてあった。

『STUDIOVOICE』の2006年1月号がワールドミュージック特集で
今ちょうどよく聞いてる久保田麻琴のインタビューが載っていたので買った。
もう一冊、新潮文庫から出ていた山下洋輔『ドバラダ門』というのも。
レジで店長の方に「すごい品揃えですね」と言うと、
「ここに構えてまだ1年、まだまだです」と。
熊本市上通の「汽水社」のように地方の頑張っている古書店は嬉しい。勇気が出る。

母がカレーをつくってくれることになり、さくら野で肉と福神漬けを買って帰る。
その後ずっと、合宿のように『やぎ少年ジャイルズ』
シャワーを浴びて、夜はカレー。

母がやりかけた新聞のクロスワードパズル、わからないところがあると渡される。
最後一つだけわからないのがあって、
ちょうど LINE でメッセージを送ってきた妻に聞くと一発で答えを。
これまで避けてきたが、はまりそう。試しに iPhone にアプリを入れてみる。
これはやばい。廃人になるりそう。アプリをすぐ消した。

その後また読む。
なんとかがんばって一日がかりで上巻を読み終える。目が疲れた。
23時過ぎ。布団へ。


[6857] 青森へ その1 2019-09-23 (Mon)

年に1回の1週間の休み、今年は下期に取れそうもなく急遽この時期に。
かといって金もないのでふらっと海外旅行に行けるわけでもなく、
妻は既に夏休みを取得済み。
じゃあってんで青森に帰ってブラブラ過ごすことにする。
ここ数年は妻と一緒に帰るのであちこち出掛けてなかなかゆっくりできず。
久しぶりに独身時代のように本を読んでようと。
朝起きてリュックサックに本を詰めたらズシリとかなり重くなった。

7時起きで準備を。モバイルバッテリーや Wi-Fi など。
月曜なので空き缶や空き瓶をゴミ収集に出して、梨を剥いて食べた。
妻が駅まで送ってくれた。
その前に図書館に行って本を返す。
9時前、男性のお年寄りが10人以上待っていた。

中野坂上で乗り換える。
東京駅は結構混んでいた。
3連休の3日目、まだまだ出かける人は多いし、
外国人観光客ならば連休も関係ない。

昼に食べるものを買うために大丸の地下へ。
あれこれ迷った末に
天一の天丼と、前から気になっていた Paul Bocuse
というフランス料理の店のプロヴァンス風ローストチキンを。
今回は缶ビールは控えるつもりが、
見てたらついつい飲みたくなって缶ビール、缶チューハイを買ってしまった。
母に東京駅にいるのでなんか買って帰るかと聞いてみたら
台風が来てるから何も買わずに、荷物を増やさずにまっすぐ帰ってきなさいと。

11:20 東京駅発。
台風17号が接近しているが、今のところ遅れはなし。
ホームから空を眺めると雲がえらく速く、モワッと暑い。
弁当を食べながらこのところ読んでいた
ジェイムズ・エルロイ『ビッグ・ノーウェア』の下巻を。
だいぶ佳境に入ってきて、読んでいるうちにあ青森に着く。
東京・上野でほとんど満席だったかな。
新青森駅に着く頃にはガラガラ。
十和田のトンネルを抜けると窓が雨粒で覆われていた。
ホームに下り立つと大雨。寒かった。
短パン、サンダルで来ていたら大変なことになっていた。

30分ほど待って特急つがるの自由席に乗って青森駅へ。
バスに乗って家に帰った。
リュックサックを置いて一息つく。
母がお茶を入れてくれる。
鑑定団の再放送を一緒に見る。
このところ腹の調子がよくないという。

19時、夕食。
母の力というものはすごいもので、天ぷらが食べたいだろうと買ってきたと。
昼無性に食べたくなって新幹線の中で食べてきたとは言えず…
マグロとイカの刺身も出て、「八甲田」という酒を一杯だけ飲んだ。
母が食器を洗うので、拭くのを手伝う。
酒場放浪記を一緒になって見る。
『ビッグ・ノーウェア』を読み終える。
23時までには寝ようと思う。


[6856] 09/17-09/22 2019-09-22 (Sun)

09/17(火)

昨晩は常備菜のきんぴらごぼうをつくって、弁当の用意をして、
夜は広島駅で買ったタコ天、ホルモン天、がんすなどで缶ビール。
酒場放浪記の後、逆転人生。
負債だらけの町工場を継いで、無水鍋の開発に取り組んだ兄弟。
23時過ぎに布団に入った。

いつも通り5時半前に起きる。
みみたの給餌機、タイマーが起動する直前になって表示が消えた。
もしかして壊れたか。
先週末、電池が切れたんじゃないかと買いに出たが、
そんなに早く電池がなくなるだろうかと不思議に思っていた。

7時出社で小説の手直し。
打ち合わせ3本。懸案が少し前に進む。
昼、弁当。鯵のみりん干し、ソーセージ卵炒め。
きんぴらごぼう(広島で買った牡蠣醤油で)、
こんにゃく炒め、ブロッコリー、ミニトマト。
定時退社。

庭の水やり、洗濯物を畳む、掃除機。
明日の弁当のためもやしのナムル、豚小間と厚揚げのみそ炒めをつくる。
夜は日清の蕎麦。鑑定団を見る。
妻は仕事の後で飲んで帰るという。
23時を過ぎて眠くなり先に寝る。
夢うつつの中で妻が帰ってくる。

---
09/18(水)

給餌機を昨晩セットしてその後問題なく動いている。
昨日は最高気温30℃超えたが、今日は22℃なのだと。
来週の青森規制の新幹線の切符を取りに行く。

10/04宿泊予定だった南房総のホテルから昨日留守電が。
その期間は台風で休館中だけど予約が残っていますと。
3連休の間に同じ日の那須に振り替えることにしたんだけど、
てんてこまいで連携ができていないのだろう…
こちらからかけ直す。

定時帰り。小雨が降っている。
光が丘に着いても小雨。こんな日に限って折り畳みを忘れている。
掃除機、洗濯物など。
明日の弁当は親子丼。
夜はレタス、トマト、セロリ、じゃこのサラダ。
みそ汁をつくる。ニンジン、玉ねぎ、油揚げ。納豆ご飯。
竹内まりやの『Turntable』3枚組を聞く。
3枚目もビートルズその他のカバー集が
街録を見て寝る。
夜寝てると寒い。

---
09/19(木)

給餌機、起きたときには時刻表示がなされていたのが、
タイマーセットした時間になる頃消えた。動かず。
先日は手動給餌のボタンを押すと時刻表示が消えた。
とりあえず再度時刻セットする。

7時出社で問い合わせ対応。資料修正。
一昨日・昨日と予定休だった後輩が今日体調不良となる。
打ち合わせがいくつか飛ぶ。

帰ってきてやはり給餌機の時刻表示が消えている。
みみた、昼も夜も食べずに待っていたか。
水やり、掃除機、洗濯物。
明日の弁当はパックのトンテキを焼く。
晩飯はアスパラガスがあったのでベーコンを巻いて焼こうとしたが、
ベーコンがなかったのでセブンイレブンに買いに行く。
夜は他、賞味期限切れのわさび漬けとかまぼこ、武田ハムのチャーシュー。
火水と酒は飲まずでこの日は缶ビールを。
ダークサイドミステリーがラブクラフト。お約束としてゲストは佐野史郎。
ラブクラフト、読んだことなかったな…
23時半に寝る。

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09/20(金)

ジェイムズ・エルロイ『ビッグ・ノーウェア』は下巻へ。
給料日。ペットシッターの振込。
後輩の体調不良、今日も。
昼、弁当。昼寝。
1週間のリフレッシュ休暇を前にやるべきことは最低限やれたかな…
定時で帰ってくる。

チコちゃん。
新日本風土記はラグビーワールドカップが始まるとのことで釜石。
猫歩きは再放送のカンボジア。
ハンモックで寝ている子供がおねしょをして下で寝ていた猫にかかる。
おんな酒場放浪記。眠くてたまらず、終わって少し寝る。
タモリ倶楽部はビャンビャン麺だったか。
金曜日のどっちは今回で最終回。

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09/21(土)

8時起きで荻窪の床屋へ。
終わって総武線でお茶の水。
DiskUnion を覗いて神保町へ。
金券ショップを求めて水道橋までさらに歩く。
妻と落ち合って「くにまつ」で汁なし担々麵。
「ミロンガ」で食後のビール。
「magnif」で『広告批評』のバックナンバーを買う。

国立近代美術館で高畑勲展。
常設展の横山裕一に度肝を抜かれる。
夕暮れの光の中、美術館の庭でハートランドビール。
東京駅まで歩いて丸の内線で一駅、銀座。
銀座くまもと館で妻が買い物をした後に『ビルゴ』というスペインバル。
青唐辛子のフリット、トリッパ煮込み、アヒージョ、パエリヤ。
白ワインをボトルで。
同じ年ぐらいの女性客二人が近くのテーブルでずっと大相撲の話をしていて、
妻と聞き入ってしまう。

歩き疲れてまっすぐ帰ってくる。
汐留から大江戸線に乗る。
風呂を沸かして入る。
有田Pのおもてなすはきゃりーぱみゅぱみゅ。天竺鼠が面白かった。
きじまりゅうたの小腹すいてませんか?
お笑い向上委員会を見終わったあと、
Songs にしたら Pewrfume が生放送で15周年を祝っていた。

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09/22(日)

9時起き。
何度か目を覚ましてそのたびにみみたが横にいたり、いなかったり。
寝ている間は寒くて布団をかけたのが、朝になると日が出て暑い。

10時、イタリア。梨を剥いて食べる。
11時、Lazy Sunday を。明日から一週間の休暇のため、常備菜はつくらず。
洗濯物を干すと夏が戻ったかのように暑い。
台風17号が今晩九州に接近。
昼は熊本から送られ来た九州ラーメンシリーズのうち、鹿児島ラーメン。
武田ハムのチャーシューを入れて食べる。

Lazy Sunday を聞き終わって、
妻と散歩がてらライフに買い物。
途中、前から気になってた焼き鳥屋が営業していて他に客なし。
これはチャンスと注文する。
皮を塩で2本、レバーをタレで2本などと用紙に記入して焼いてもらう。
買い物をして戻って来て受け取る。
帰り道、家の近くで犬を代車に乗せて遊んでいる子供がいた。

帰ってきて玄関に置く。うっかり袋を寝かせてしまい、タレが床に広がり、
袋からもこぼれ続ける。知らずにその辺を歩いてしまい、階段で滑ってしまった。
大惨事になる……
片付けて、気を取り直して食べる。
むむ! これはおいしい。肉が柔らかい。いつも混んでるのは当然だな。
おばあちゃんが一人でやってて昼も夜もずっと焼き続けている。

焼き鳥、缶ビールで大相撲は千秋楽。
御嶽海と貴景勝優の勝決定戦となり、御嶽海が優勝。
横綱不在、3勝同士。パッとしない場所だったが、
さすがにこの取り組みは鬼気迫るものがあった。

世界遺産はアルプスの鉄道。3重ループで上っていく。
モヤモヤさまぁ〜ず2は水戸。水割りを飲みながらダラダラと見る。
その後ワールドシリーズカップラグビー、イングランドとトンガの試合。
夜になって雨。
ケータイ大喜利を見て寝る。
東西対抗戦はいまひとつだったな……
途中で何度か寝落ちしかけた。


[6855] 『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの』 2019-09-21 (Sat)

竹橋の国立近代美術館に『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの』を見に行く。

午前中は荻窪の床屋へ。
ナイツの「チャキチャキ大放送」がかかっていた。
来たる消費税10%に向けて、街行く人にそろばんで税計算をさせていた。

11時過ぎ、終わって総武線に乗ってお茶の水へ。
駅前の DiskUnion に入ってみる。改装後初めて。
CDの売り場面積は半分ぐらいになってしまった。
その分レコードが増えた。
それが時代の流れなんだろうけど、魅力的な品揃えではなくなった。
今後よほどのことがない限り行かないかもな…

神保町で妻と待ち合わせ。
13時頃とまだ時間があったので高畑勲展の前売り券がないか探す。
神保町にあったディスカウントチケットの店は映画専門で、
水道橋まで歩いて行って入った店は東京ドーム、後楽園ホールが近いからか
プロ野球とプロレスのチケットばかりだった。

ビアホールの老舗「ランチョン」に入るつもりが、夏休みだった。
先週末の広島で妻の友人たちが入ったという駅ビルの担々麺の店、
東京だと神保町に出店しているというので行ってみることにした。
「くにまつ」という。カップ麺にもなっているようだ。
元味と新味とあって妻とそれぞれ頼んでみる。
神保町は「かつぎや」「辣椒漢」とそれぞれ特色ある汁なし担々麵の店がある中で
ここは素朴な味わいを大事にしている。シンプルイズベスト。
食べ終えた後にミニライスを入れて食べるのがおいしかった。

すずらん通りへ。「ミロンガ」に入って古いタンゴを聞きながら
妻はベルギービールを、僕はハワイのコナビールを。
つまみにブルーチーズのピザ。
アート・デザイン系の古書店「magnif」を覗く。
入るとなんか買っちゃうんで怖いんだよなー、と思いつつ、
今回も『広告批評』の「日本のコマーシャルBEST100」というのを。

竹橋まで歩いて行って国立近代美術館へ。
涼しい日で、皇居の周りを大勢のランナーが走っていた。
俺も再開しないとな……、と思う。

もうすぐ終わるというのに、高畑勲展はなかなか混んでいた。
『太陽の王子 ホルスの大冒険』『アルプスの少女ハイジ』『母を訪ねて三千里』
『赤毛のアン』『じゃりン子チエ』『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』
『平成狸合戦ぽんぽこ』『となりの山田くん』『かぐや姫の物語』…
手掛けた作品を年代順に並べて、それぞれに高畑勲直筆の企画・脚本・演出メモ、
宮崎駿によるレイアウト、(『なつぞら』の)奥山玲子によるキャラクタースケッチ、
その他、絵コンテにイメージボードに背景画に香盤表に
膨大な量の物量、情報量で迫る。床一面、壁一面にメモがぶちまけられた部屋もあった。
宮崎駿は絵やイメージで、
「描かないアニメ映画監督」とよばれた高畑勲は言葉の人だったんだなと思う。
しかし語られるのはそれらの芸術的作品を成り立たせたパーツのみであって、
高畑勲がスタジオジブリに加わってという個人的なところはほとんど語られなかった。
あくまで美術展だからか。

当代一流のスタッフたちと共に自らの作風を確立し、アニメがどんどんリアルなものになっていく。
『火垂るの墓』でその頂点に立ち、『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』で引き算が始まり、
『となりの山田くん』がまた反対がの極点、引き算の極みとなる。
それを受けての『かぐや姫の物語』の余りにも美しい、日本アニメの到達点であって。
その流れがよくわかった。劇場で見ておけばよかった……

展示の入口で高畑勲の作品、日本と世界のアニメの主な作品、日本と世界の主な出来事を
重ねたクロニクルが大きな部屋の壁一面に広がっていた。
1987年、1988年だとそれぞれ実写映画の『柳川堀川物語』『蛍の墓』
『木を植えた男』『王立宇宙軍オネアミスの翼』『となりのトトロ』『AKIRA』
国鉄民営化、といったような。
これとても重要で。プリントアウトしたものを配って、
それを手元で参照しながら展示を見ていくことができたらより理解が深まったと思う。

個人的におおっと思ったのがテレビ版アニメの『ドラえもん』の企画書を
高畑勲が書いていたということ。
ちょっと大人の事情を感じたのが、
謝辞にスタジオジブリの名前がなく、たぶん何も貸してくれなかったのだろう、
だけど出口を出た後のにミュージアムショップにトトロやカオナシのグッズが売られていたこと。

収蔵品展も見ていく。
藤田嗣治、青木譲、和田三造、猪熊弦一郎……。近現代の絵画や彫刻、写真。
高畑勲展に連動して、巻物は日本ならではのアニメーションの原点だったと。
その中に並んでいた横山裕一によるネオ漫画の『アウトドア』
これが相当やばかった。かろうじて漫画の体裁をなしているが、
そこで描かれる音と映像、それによって描かれるストーリー、全ての均衡が狂っている。
僕の頭の中にあるもの、夢で毎晩のように見るものが第三者によって具現化されたようで。
ミュージアムショップで思わず一冊大型版を買ってしまった。
本来の悪夢ってこういうもんだよなと。
何の脈絡もない出来事の連続に翻弄され、根源的な強迫観念だけがある。
Nurse With Wound『Spiral Insana』以来の悪夢の具現化。

美術館の庭でハートランドビールを飲んで、一休み。
東京駅まで歩いて、丸の内線を銀座駅まで一駅乗って。
数寄屋橋の交差点に出て、銀座熊本館へ。
『ヴィルゴ』というスペインバルでアヒージョやパエリアを食べた。
一日中歩き疲れてくたくた。
帰りは汐留まで行って大江戸線でぐるっと回って帰ってきた。
思わずうたた寝。


[6854] 台風15号の爪痕 2019-09-20 (Fri)

9日の台風15号襲来。
千葉県内では依然として停電の地域が多い。
ニュースを見ると携帯3社は昨日復旧できたが、
家屋の損傷など被害の全容はいまだ不明。

館山市のとある小さな温泉宿を気に入って
ここ1年で2回房総半島の南側を訪れている。
宿のホームページを見てみたが、特に何のアナウンスも掲載されていない。
ブログの更新もない。
とてもそれどころじゃないのだろう。
修復工事に忙しいというよりも途方に暮れているのではないか。
試しにじゃらんで検索してみると宿泊受付を停止していた。
母屋も離れの温泉も木造だったのでダメージがかなり大きかったのでは。
営業再開は難しいのかもしれない。
まだ小さいお子さんもいたのに。
時々様子を見て、再開したならばまた泊まりに行こうと思う。

以前訪れた冨浦の道の駅「枇杷倶楽部」は屋根が吹き飛ばされたが、
ニュースを見ていたら今週から元気に営業再開とあった。
こんなふうに動き出せるところは実はかなり少なくて、
個人経営の店や宿はかなり厳しい状況にあるのではないか。農家や漁師もそう。
鋸南町の道の駅「保田小学校」も部分的に再開。
入浴施設は被災者に開放しているとのこと。
知人がここの出身で、車中泊をしながらボランティア活動に取り組んでいた。
facebook を覗いたら小学校の宿泊棟の屋根が吹き飛ばされたと思われる写真が。
ボランティア登録しようにも全然回ってない、という内容の投稿があった。

たまたま宿泊券をもらったので
10月初め、南房総のとあるホテルに予約していた。
先週末になってあちこちから留守電が残されるようになった。
台風からようやく1週間ぐらい経過してから。
ホテルのホームページを見てみると
現在宿泊の受付を停止して修理工事を行っていて、営業再開は10月中旬であるという。
メールで問い合わせして関東地方の他のホテルに振り替えてもらった。
それでも南房総のホテルからはまた留守電が入っていて宿泊はキャンセルされますかと。
てんてこまいで連携がなかなかうまくいかないのだろう。
申し訳ないのでこちらから電話して状況を伝えた。

宿泊券はウェディングのギフトカタログから選んだものなんだけど、
特にいつ泊まるとは伝えていない。
それでも先方からはまだ宿泊されていないならばカタログを送り直しますと。
そういう対応も必要なんだな…
申し込んだ人一人一人に。大変だ。

電話がかかってくるまでは僕の中で今回の台風の件と
10月頭の宿泊の件が全く結びついていなくて、
その日が来れば泊まれるものと思っていた。
というか、泊まれるだろうかと心配することすらなかった。
台風からの復旧に一ヶ月、あるいはそれ以上かかるというのは考えもしなかった…

東京と千葉は湾で隔てられているもののそんなに離れているわけではなく、
車で2時間も走れば房総半島の南側へ。
なのに片や当日の通勤に困るぐらいで停電もその日限りで収まって、
片や大勢の生活が立ち行かなくなった人たちがいる。
明日は我が身だな…
台風の進路によっては川が氾濫してその予想外の影響で、ということもありえた。
南房総は落ち着いたころにまた訪れてみよう。


[6853] 広島東洋カープ 2019-09-19 (Thu)

広島から帰ってきて数日。
妻とよく話すのが、広島東洋カープの圧倒的な存在感。
マツダスタジアムで試合のあった日は
駅や町にユニフォームを着て応援グッズを手にした老若男女のファンを見かけた。
実際のところ、さほど人数が多かったわけではない。
しかし一人一人の熱気というか鼻息の荒さというか、周りに溢れ出すものが多くて、
10倍にも20倍にも感じる。
一年に一度のお祭りが今から始まる、というような。

しかも優勝がかかってるとかではなくて、
首位巨人からは5ゲーム近く引き離されて優勝は絶望的。
なのになんでこんな熱いのか。
マツダスタジアムの入場券はプレミアムチケットで地元の人でも全然取れないと聞いた。
観光客がフラッと暇に任せて見に行くものではなかった。

これが名古屋だと中日ドラゴンズに対してそんな印象はない。
ユニフォームを着た若い女性が駅の中を賑やかに闊歩しているとか。
僕が訪れる時期がよくなく、たまたまかな。
もちろん神宮に行けばヤクルトのユニフォームを着た熱狂的な女性がいて、
千葉マリンに行けば同様にロッテな女子がいる。
残念ながら阪神の試合のある時に甲子園界隈を訪れたことはない。

こんだけファンが声援を送っていたらそりゃカープは強いよな、と実感した。
いつからこういう状態なのかはわからない。
3連覇の始まった2016年には既にこの状態で、
その数年前から徐々に盛り上がっていったのかな。

一頃より贔屓のスポーツチームへの思い入れというものが強くなったように思う。
地域の絆の薄れていく今、趣味・関心のコミュニティの方に
人はよりつながりを求めるようになったのか。
しかもそれは基本、誰でも受け入れてくれる。
普段はゆるい集団でありながら、
ひとたびスタジアムやスポーツバーに集まると
応援という行為を通じて局所的にひとつにまとまる。
アメーバのような有機体を思わせる。
その中でも広島ファンは今、最も強力な生命体。
自分一人だけだとちっぽけな存在だが、仲間とひとつになったとき大きく、強くなれる。
そういう感覚があるのだろう。

それにしても今年のヤクルトはルーキー村上の活躍もありつつも投壊で断トツ最下位。
神宮に見に行かなかったな…
畠山も引退か…
気が付くとペナントレースも終わっている。
来年こそはちゃんとヤクルトを応援しなければ。


[6852] 広島へ その5 2019-09-18 (Wed)

(3日目、16日のこと)

前の晩寝たのが遅くて、目が覚めると8時前。
本当は6時起きで大浴場に行って、7時には朝食バイキング、
8時前にチェックアウトして原爆ドームと平和記念資料館を見に行くつもりでいた。
東京に戻る新幹線は11時。

昨晩買った服を着るので、妻が鋏を借りてきて欲しいという。
14階のラウンジに行くと朝食バイキング待ちの人たちがソファーに座り切れず溢れている。
その30分後ぐらいに妻と向かうとそれほど待たずに入ることができた。
メニューが昨日と違ってて、また腹いっぱい食べてしまう…
鶏肉とキノコの白味噌のクリーム煮であるとか。
さすがにこの日はシャンパンは飲まず。

食べ終えて部屋に戻ってテレビの画面からチェックアウト。
ルームキー代わりのカードを部屋に置いていく。
インターゲートホテルはこういうところもまた進化している。
9時過ぎ。せっかくだから原爆ドームは見て行こうとタクシーを捕まえる。
昨日買って飲まなかったカップの氷や
ラウンジでテイクアウトしたホットコーヒーを両手に持って乗る。

八丁堀駅の交差点にすぐ出ることはなく裏通りをしばらく進んで路面電車の通りへ。
ホテルからは3ブロックほどなのですぐ着いた。
原爆ドームの前には大勢の外国人観光客が集まっていて、英語のガイドを聞いていた。
ドームを前にして自撮りで記念撮影をする人たちもいた。
アメリカ人なのだろう、車椅子の老人がゆっくりと押されていた。
この日もまた日差しが強かった。
8月6日の暑さはこんなものではないだろう、容赦なかっただろうということを思う。
無言で、内側を支えで補強されて、原爆ドームが立っている。

原爆の子の像、平和の鐘、今も世界中から届く様々な色の折り鶴たち、
「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませんから」と掘られた慰霊碑。
時間はまだあると平和記念資料館にも入った。
こちらもやはり外国人観光客が多かった。
原爆投下前の広島の街並み、小学校で撮影されたクラスの集合写真、その無邪気な笑顔が切なかった。
投下直後の広島、地獄絵図となった広島、生き延びた後もまた地獄となった広島。
記録写真と、無名の方たちの描いた絵画と。
キノコ雲を遠くに写した写真の端の方にあれはなんだろうと眺めている人たちがいる。
川に浮かんだ女学生の遺体、少しずつ体の形を失っていくのを毎日スケッチした人がいる。
父親が働けなくなって、周りからも白い眼で見られ、バラバラになった一家。
バスの入り口に黒焦げとなっていた遺体、その側に転がっていた幼児の死体。
肌のめくれて、血のにじむ傷だらけとなって、それでもまだ生きている人たち。
残された記録はごくわずかで、この地上に放たれた痛みのほんの僅かさえも掬い取ることができずにいる。
語り部として活動されてきた方たちも高齢となった。
僕らが小学生、中学生だった1980年代と今の若者たちでは受け取り方も違うだろう。
10時を過ぎて外国人観光客が増えた。
広島に原爆投下されてからの日数と、最後の核実験からの日数をカウントした時計が隅の方に立っていた。

タクシーに乗って広島駅へ。
カープのユニフォームを着た老若男女が大勢いた。
こんな時間から? と妻が調べてみたら14時からヤクルトと試合だった。
柿の種ならぬ勝ちの種などお土産屋もカープのインパクトが強い。
強いきずなで市民と一体となった球団。広島の人がうらやましく思えた。
お土産を買う。僕も「レモスコ」に唐辛子の入ったカープ版を買った。
他、牡蠣醤油や広島限定で牡蠣エキスの入ったオタフクソースなど。
朝食バイキングでまだまだ腹は減らず、駅弁の類は買わず。
缶ビール・缶チューハイも飲まず。
家に帰って飲みながら食べようとホルモン天ぷらや練り物の店でがんすを買った。

新幹線は広島始発。
最初のうちはスカスカだったのが新大阪で9割方埋まった。
名古屋を過ぎた辺りから晴れていたのが雲が出始めて、東京に近づいた頃にはどんよりと曇り。
東京は一昨日は寒かったのがこの日は少し蒸し暑い。
昨日軽く日焼けして腕が真っ赤だったのが、既に元の色に戻っている。

新宿で大江戸線に乗って帰ってくる。
駅を出ると地面が濡れている。雨が降ったようだ。
家に着くとみみたがお出迎え。お留守番ありがとう。
荷物を片付けて、iPhoneで撮った写真をPCに取り込んで、
妻の運転する車でライフに買い物へ。
明日の弁当のため、きんぴらごぼうをつくる。
3連休も終わり。次の3連休が待ち遠しい。


[6851] 広島へ その4 2019-09-17 (Tue)

(15日の続き)

朝がインターゲートホテルの朝食バイキングでたくさん食べていたので腹が減らず。
15時前、ビールを飲んで休憩しようと宮島ビールのブルワリーへ。
サイトを見てみると蒸し牡蠣や牡蠣フライなど牡蠣メニューが充実していた。
厳島神社の前を通りがかると干潮で濡れた地面が広がって鳥居まで続いている。
こんなにも風景が変わってしまうものなのか。
行列がさほど長くなかったので入ることにした。
朱塗りの社殿のウネウネと連なる回廊を歩く。
途中円形の泉から清水が湧き出ていて、それが海辺まで小さな流れとなって続いていた。
工事現場の覆いで包まれた鳥居の前を家族連れが思い思いに歩いていて、
鳥居がステージのセットのように見えて雨の後のロックフェスのようだった。
足元の水で濡れた地面はよく見ると無数のやどかりがいた。

ようやくブルワリーに着いて生ビールを、というつもりが「CLOSE」の看板が。
昼の営業が終わっていた。
しかし1階のスタンドでは営業していて、牡蠣フライをつまみに
ヴァイツェン、オイスタースタウト、広島レッドエール、セゾン・ドゥ・ソービニヨン
という4つを飲み比べてみた。
どれもおいしかったけど牡蠣の風味を生かしたというオイスタースタウトがおいしかったかな。

土産物屋の並ぶアーケードの通りをくぐり抜けて桟橋へ。
宮島のある廿日市市とTOTOが共同で運営しているおもてなしトイレがあった。
名物のねじり天を店先で売っているところがあって、
蛸天だったかな、妻が買ってくれたので食べながら歩いた。
この店には有名人の色紙や非売品のカープグッズがたくさん飾られていた。

宮島口に戻るフェリーは3階の展望デッキには行かず、2階の客席で。
皆同じことを考えるのか満席。ウトウトしながら過ごした。
帰りは広島電鉄の路面電車ではなく、JRで。
それまで空いていた社内がここでどっと乗り込む。
僕らは席を見つけて座ることができたが、ほとんどの人は立ったまま広島駅まで。
30分ぐらいで着いただろうか。すぐだった。

妻が明日着るものを買うというので駅ビルの中の店を覗いてみるが、
30℃越えの日が続いているというのにどの店もすっかり秋ものばかりだった。
路面電車に乗って八丁堀へ。一度ホテルに戻る。17時半。
インターゲートホテルはラウンジでの時間帯別のサービスが充実していて、
17時から19時までハッピーアワー。ワインとオリジナルカクテルが提供されている。
白ワインをグラスで飲んで、カクテルはレモンのリキュールでつくったもの。
またテラスに出て楽しんだ。

この夜も繁華街に繰り出して飲む。
妻が見つけて電話で予約した牡蠣小屋系の店を探す。
途中パルコに寄って妻が夏物の服を買う。
牡蠣の店はその裏手にあった。
残念ながら名物だという「牡蠣のガンガン焼き」は売り切れ。
隣りの女性客たちが食べていたのが最後。
見ると四角い缶の中に焼いた牡蠣がぎっしり。
しかしここで牡蠣の塩こうじ漬けや塩辛といった珍しいものを食べることができた。
広島名物の「がんす」という揚げかまぼこも。
僕は瀬戸田レモンチューハイを飲み、妻は呉の「雨後の月」などを。

もう一軒入ろうと、昨晩のバルのあった通りへ。
やたら賑わっている魚系の居酒屋を見つけて入る。
ロープウエーを上った先で瀬戸内海を見下ろした時美味得た大黒神島の
牡蠣のブランド「先端」の生ガキを。
その他、地穴子炙り刺しや陶板焼きっぽい器に入った和風のアヒージョを。
僕は牡蠣を焼いたのが入った牡蠣酒を、妻は「美和桜」を飲んだ。
帰ってきて22時を過ぎていただろうか。飲みすぎた…
この日もまたインターゲートのお茶漬けバイキングを。
京都のインターゲートホテルでは「ぶぶ漬けバイキング」という名前になっていた。


[6850] 広島へ その3 2019-09-16 (Mon)

(15日の続き)

厳島神社まで歩いていく途中で観光客向けの遊覧船が客引きをしていて、
その先でまた別の「魯櫂舟」というのが声をかけてきた。
見ると細長い舟の上で乗客は笠をかぶって、舳先にいた船頭がガイドをして
後方の若者が長い魯で漕いで海の上をのんびりと進んでいた。
鳥居まで行って戻って来て、20分で1,000円だという。乗ってみることにした。

で、その鳥居はと言うと見えない。
客引きのお兄さん曰く、鳥居は今修理工事の前の状況確認中なのだという。
フェリーから見えた銀色のパビリオンみたいなもの、あれが鳥居だったのか!
昨日の広島駅の観光案内所ではそんなの聞かなかったし、
フェリーの中のテープの案内にもそんな話はなかった。
せっかくここまで見に来たのに…
お兄さんが言うには、どれほど鳥居が痛んでいるか調査してみないことには
工期がどれぐらいになるかわからず、何年先になるかまだわからないとのこと。
いつもだとこの舟も行列になっているのに今は客引きをしないと乗ってくれない。

戻ってきた舟に乗り、笠をかぶる。
色黒の船頭さんが小さなマイクを持って話し出す。
若者が魯を漕いで少しずつ少しずつ岸から離れていく。
パドリングをしている人たちがカヌーに乗って通り過ぎていく。
何年にこの神社や鳥居ができたのか歴史の話をした後でやはり修理のことに。
そもそも工事が始まる前の正月やゴールデンウィークの混み具合はこんなものじゃなかったと。
今日も厳島神社に入るには行列ができているけど、
ゴールデンウイークにはそれが桟橋まで伸びていて3時間待ち。気が遠くなる。

海側から鳥居に近づく。今は足場が組まれ、
銀色のきめ細かい格子のようなもので全体が囲まれている。正に建設現場。
鳥居の朱色も塗り直す。今は相当くすんで柿のような色になっている。
厳島神社に近づいて反対側から鳥居を見る。
ここでお参り。船頭さんがそれぞれのグループの写真を撮ってくれる。
もう2時間もしないうちに干潮になって、この舟も通れなくなる。
14時半には干上がって歩いて鳥居の近くまで近づけると。
岸に戻る間に宮島の生活の話になって、小学校・中学校は生徒が減って今100人ほど。
来週は島をあげての運動会だという。

舟を下りて厳島神社まで歩いていくと確かに行列。
この暑いのにかなわん、さっき舟の上でお参りしたから入るのはいいか、となる。
その手前、階段を上ったところにある豊国神社に行ってみることにする。
豊臣秀吉が建立を命じたかその途中で亡くなって未完成のまま。
千畳敷のお堂に足を踏み入れると心なしか涼しかった。
柱にもたれ座っていると風が吹き抜ける。しばらくここで休むことにした。
忙しい日常生活では忘れていた感覚。とても居心地よかった。
梁の上には虎や馬を描いた何百年にもなる古びた額が飾られていた。
そのうちのひとつには囲碁の盤面が。
20年ほど前のJR西日本主催の大会の結果を記した新しいものもあった。
後で聞くとここは囲碁の聖地のひとつなのだと。

豊国神社を出て12時過ぎ。
路面電車の宮島ロープウェーの広告があって混む日には予約が必須とあった。
サイトを見てみるとこの日がまさに混雑日。
せっかくだから乗ってみるかと iPhone から予約した。
それが13時からであと1時間ある。
乗り場は島中心部の山を上った途中の紅葉谷公園の中にある。
ゆっくりと向かうことにした。
途中見かけたおしゃれなカフェでみかんの入ったハイボールを買って飲んだ。
甘味処などの並ぶ通りを歩いていくうちにいつの間にか木々に囲まれた遊歩道へ。
小川が流れていて、ごつごつした岩の間を澄んだ水が流れている。
開けた場所にはベンチや東屋があって老若男女が木陰で休んでいた。
ロープウエー乗り場の入り口までは10分もかからなくて、
13時になるまでの間は小川の浅瀬の中に入って過ごした。
冷たい水で顔を洗うと気持ちよかった。

ロープウエー乗り場へ。係の方に予約した時のQRコードを見せる。
半分以上外国人の観光客だった。切符を買う。往復1,800円。
階段を上ってホームへ。
暑い日でところどころ配置された扇風機や送風機がフル稼働していた。
最初に乗ったのはスキー場のゴンドラのような8人乗りの小さなもの。
これがグルグルとたくさん回っている。
乗り込むと特にテープの案内などはなく、
窓が頑丈な網戸で覆われているものの中は蒸し暑い。
しかし山をどんどん上っていくうちに
瀬戸内海が視界に広がっていくのを見下ろすのはは気分がよかった。
7・8分ぐらい乗っただろうか。

途中の駅で降りて今度は30人乗りの本格的なロープウェー。
瀬戸内海の小さな島々が点々と散らばっている。
これは2・3分もかからなかったか。
終点の駅でロープウエーを出ると
帰りの方に乗るのを待っている人たちの行列がとんでもなく伸びていて、
これはもしかして1時間ぐらい待つんじゃないかと。
展望台を少し見たらすぐ引き返すことにした。

9月も半ばだというのにまだ蝉が無数に鳴いていた。
マムシに注意という掲示があちこちにあった。
この駅は山頂にあるのではなく、
弥山という名のてっぺんは絶景とはされるものの
そこから先に片道30分の山道を行く。
さすがにこの陽射しの強い日に短パン・サンダルでは無理。
展望台から瀬戸内海の島々を眺める。
それぞれの島に向けた展望用の鉄の筒のようなものが設置されていて、
レンズは無いものの覗くとその島が真っすぐ見えるようになっている。
大黒上島、小黒上島、大奈佐美島…
なぜか四国に向けられた筒はふさがれていた。

覚悟して下りの乗り場に向かうと待ちの行列がはけていてすぐ乗ることができた。
遊歩道をまた歩いて厳島神社の方へと向かう。
14時過ぎ。妻が友人から勧められた大聖院というお寺に行ってみる。
外れの方にあって家並みも鄙びている。石垣の上に築かれた町屋であるとか。
しめ縄を飾った家が多かった。左側が垂れ下がっている独特な形をしていた。
仁王像を両脇に従えた門をくぐると
大聖院は広い敷地の中に太子堂、摩尼殿、遍照窟とありつつも
動画を見ることのできるQRコードを記したカードを配っていたり、
アンパンマンのお地蔵さんがあったりと聖俗兼ね備えた不思議なお寺さんだった。


[6849] 広島へ その2 2019-09-15 (Sun)

昨晩は野球中継かなにかで開始の遅れたお笑い向上委員会を。
ナダルにトム・ブラウン布川とかなり壊れていた。
その後、かまいたち、ジャルジャル、アキナの出てたなんかの番組。
結婚式場のプランナーの困った客。
式の予定もないのに妄想で話を進める新婦とか
結婚式の直後にプランナーを口説く新郎とか
2日前に結婚式をドタキャンして出席者に伝えてないとか
他の式場の見積を見せられて高い部分の説明をイチイチ求めるとか。

1時半には寝たか。
ぐっすり眠れず何度も目を覚ます。
冷房をつけていても暑くて布団から出ていたら、明け方今度は寒い。
6時半に起きて大浴場へ。
他に入ってる人は少なく、ゆっくり湯船で温まる。

今日はマラソン・グランド・チャンピオンシップのためか
テレビをつけたらマラソンシューズのメーカー。
「作り手一瞬、選手一生」という標語が壁に貼ってあった。

朝食バイキングのため14Fのラウンジへ。
事前にホテルのサイトを見ててびびった。秋のメニュー。
もはやビジネス歩テスの域ではない。一例として
「秋茄子とトマトのモッツァレラチーズインサラータ」
「茸と薩摩芋、林檎の秋サラダ」
「茸と鶏肉の白味噌クリーム煮」
「車麩とじゃがいものジンジャー、ターメリックの蒸し煮」
「カリフラワーと車麩、椎茸のカチャトーラ風トマト煮」
実際にはこれらのメニュー全て出てくるわけではなかったけど、
どれもおいしそうで目移りがして食べきれないぐらいだった。
シャンパンも飲んだ。
インターゲートはBSも無料だしすごいな…

妻の友人によると以前泊った広島の他のホテルも
最上階にエントランスとラウンジがあったという。
ラウンジからそのホテルが見えた。
確かに最上階を大勢の人が出入りしている。
最近広島で流行りなのか。

食後のコーヒーはテラスに出て飲んだ。
ソファーが空いていたので寝そべった。風が心地よい。
何もしないでこのホテルで一日過ごすのもいいな、と思う。

2泊することになっていたのでホテルの部屋に荷物を置いて外に出る。
宮島に行って厳島神社を訪れることになっていた。
調べてみると路面電車、広島電鉄の最寄りの駅から宮島まで直通の路線がある。
八丁堀駅へ。土地勘がなかったので最初は間違えて
反対方向の広島駅方面のホームに行ってしまった。
信号が青になるのを待ち、横断歩道を渡って反対側へ。
2両編成の広電宮島口行きに乗った。

20以上駅があっただろうか。
しばらくの間は広島市の中心部をワンブロックごとに停車して原爆ドーム前を通過する。
そのうちに郊外の町を走るようになって停車駅の間隔が広がった。
西広島駅に出るとそこから先はJRと並行した。
もちろんJRの列車があっという間に追い越していく。
この路面電車は市民の足なのかな、乗り降りの入れ替わりが激しくて途中で座れるだろう、
と思っていたらそんなことはなく、
結局ほとんどの客がガイドブックを広げていてそのまま宮島まで乗って行った。
終点宮島口の手前がボートレース場になっていて、臨時停車した。わずかに数人が下りて行った。

改札を出るとすぐフェリー乗り場。
JRともう一社が宮島松大汽船というところが運航していて、今回は後者に乗ってみた。
片道180円。目の前に宮島が広がっていて10分ほどで到着する。
僕と妻は3階の展望デッキの席にした。
家族連れの旅行客ばかりで満席。
隣りを走るJRのフェリーと何度もすれ違う。
3連休の中日。晴れ。臨時便が何本も出ていたのだろう。

10時半過ぎ。
宮島口の乗り場は別々だったのに、宮島桟橋側は共同の建物だった。
観光案内所で島の地図をもらい、外へ。
日本人であれ外国人であれ、団体旅行のグループがあちこちにいてガイドの解説を聞いている。
カップルや若者たちのグループが大勢土産物屋の並ぶアーケードの通りに吸い込まれていく。
僕と妻は海沿いの通りを歩くことにした。
牡蠣フライカレーや穴子めしなどの食堂が軒を連ね、軒先ではかき氷や焼き牡蠣を売っていた。
たこ焼きや射的の屋台も出ていた。
江の島もこんな感じだったなあということを思い出す。

さっそく鹿を見かける。放し飼いであちこちにいるが、おとなしい。
妻曰く奈良のように噛みついてこないと。
ペタンと座り込んだ鹿を撫でながら観光客が自撮りしている。
軽食の店のおばあさんが鹿を2頭呼び寄せると揚げ立てのポテトフライの入ったボウルを置く。
我先に飛び込んできてガツガツと貪った。


[6848] 広島へ その1 2019-09-14 (Sat)

今年のドリカム遠征は広島。
7月にさいたまスーパーアリーナで見たのはドリカムワンダーランドの本編だったけど、
今回の広島は番外編にあたる「ドリカムの夕べ」となる。
本編に出演していたゲストの外国人ミュージシャンたちは国に帰り、
日本人ミュージシャンだけとなる。編曲も選曲も変わってくるだろう。

ちょうどよく3連休だったので
1日目はドリカム、2日目は恐らく宮島、3日目は広島平和記念資料館という予定。
広島焼きはどの店で食べるか、宮島の穴子めしはどこにするか、ここ数日そればかり考えていた。

6時半起き。
3日間家を留守にすることに感づいたのか、
足元で寝ていたみみたがやたら足のつま先を噛んでくる。
8時過ぎ、家を出る頃にはふてくされたのか、
CD部屋のクローゼットの奥に引っ込んだまま出てこなくなった。

荷物の用意をする。
先日の台風でメチャクチャになったミニサイズのビニールハウスを燃えないゴミに出す。
錆びた支柱を束ねて紐でくくる。
「なつぞら」はそろそろ終わりか。完成したアニメが放送された。

先週末の暑さが嘘のように涼しい。
新宿で乗り換えて中央線。
頭上のモニターでは秋田新幹線が熊と衝突したことにより遅延、と表示されていた。
熊がかわいそうだが、どうやって新幹線の線路に潜入したんだろう。

3連休初日で東京駅は混雑していた。
「祭」で駅弁を買う。
「そば屋の天むす」「八ヶ岳名物 丸政のチキンカツ」「八ヶ岳高原の鶏めし」の3つを買う。
奇しくもこの3つとも丸政によるものだった。どれもおいしい。
本当は博多駅のかしわ飯を買いたかったのだが…、見つからず。
レジを出た後で目に留まった。残念。

10:10 東京発博多行き。
車両のあちこちで座席を向かい合わせにして宴会。
到着して広島駅の駅ビルでおいしく広島焼きと生ビールを味わいたいと
僕にしては珍しく新幹線の中で缶ビールや缶チューハイは飲まず。素面で過ごす。
持ってきたジェイムズ・エルロイ『ビッグ・ノーウェア』を読む。
富士山は雲に覆われていて、山頂だけが見えた。まだ雪は降っていなかった。

通路を挟んで隣に座っていたおばあさんが何度も通りがかる車掌を呼び止めて、
博多に行くにはどこで乗り換えたらいいのかと聞いていた。
そのたびにこの新幹線は博多まで行きますよと答えていたが…
おばあさんその後大丈夫だっただろうか。

14:04 広島着。東京と違って暑い。30℃超えているか。
さっそく駅ビル「ekie」のレストラン街へ。
「みっちゃん」「麗ちゃん」「いっちゃん」「福ちゃん」と広島焼きの店がいくつか並んでいて、
この時間なのにどこも行列。
せっかくなので広島焼き発祥の店である「みっちゃん」にする。
僕はデラックス。生イカ、イカ天、海老、豚肉、餅、ネギ。
牡蠣の鉄板焼きも追加した。
我慢した甲斐あって生ビールをすぐおかわり。
もちろん広島焼きもキャベツが瑞々しくておいしい。
店特製のソースがマヨネーズと絡み合うとクリーミーでマイルドな味わいとなった。
壁には店の成り立ちが書かれていて、
父の始めた店を若くして継いだ井畝満夫氏がそれまで駄菓子のようなものだったのを、
麺やキャベツをいれてどろっとしたソースをかけてと今の形にしたのだと。
その後広島の繁華街を歩いていると
「みっちゃん」という名前だけどたぶん系列店ではないんだろうな、という店をいくつか見つけた。

食べ終えてホテルまで歩いていく。橋をいくつか渡った。
川が流れ、緑が多く、広島は住みやすそうな町だと思った。
今回のホテルは、妻の友人に勧められて今年広島にできたばかりだという「インターゲート」
エントランスが14階にあって、チェックインしたのちにラウンジ横のテラスで
無料サービスのリンゴジュースを飲んだ。眺めがいい。
ラウンジも客室もシンプルだけどスタイリッシュ。
もはやビジネスホテルとは思えないほどの居心地のよさ。

荷物を追いてコンサートの開催されるアリーナへ。歩いて10分ほどか。
8000人収容、とても大きいように感じられたけど
さいたまスーパーアリーナはこの4倍ぐらいのキャパシティだったか。
「ワンダーランド」のセットが入りきれず、「夕べ」となった。
演奏した曲は「ワンダーランド」と大きく変わらずかな。
後半のダークでハードなファンクをやったパートがかっこよかった。
マサさんは酔っぱらってんじゃないかというような MC の連続で、後で叱られたんじゃないかと思われる。
アリーナ席の最後尾近くですぐ隣がミキサーや映像などのテクニカルスタッフのエリア。
マイクだけを手にした舞台監督がいけ、そこ、という感じで無言で指示していた。

妻の友人親子もたまたまこの広島公演を見に来ていて、ご飯を食べに行くことになる。
スペインバルのよさげな店を見つけて電話してみたらちょうど空きがあっては入れるという。
SOGOなどのデパートのエリアを抜けて、
アーケード街の先に夜遊びする若者たちが集まるような公園があって
風俗街と飲み屋街が一緒になった通りに。
そのさらに裏通りにあった「イシオカ」という店。
賑わっていて店員の応対もいい。
アヒージョ、トリッパの煮込み、スモーク盛り合わせ、バジルのパスタ、パエリア、
何を食べてもおいしかった。いい店を見つけた。

歩いてホテルまで戻る。
インターゲートは夜、お茶漬けバイキングのサービス。
明太子、青ザーサイ、さつま揚げ、湯葉ちりめん山椒、レモン広島菜漬け、
柚子なめこ、蕗味噌、ねぎ、海苔、わさび、ごま、ぶぶあられなど様々なトッピングに
出し汁や冷や汁をかけて食べる。
あまりのおいしさにお代わり。腹いっぱいを通り越すまで食べてしまった…
これはドーミーインの夜泣きそばを超えた。軽々と超えた。
温泉ではないけど大浴場まであって、入ってきた。
「ステキな金縛り」をやってて、缶のハイボールを飲みながら見た。


[6847] 09/09-09/13 2019-09-13 (Fri)

09/09(月)

朝目が覚めると台風15号の暴風雨。
大江戸線は動いてるんだろうけど、周り皆遅れるだろうからと
僕も7時半起きで10時出社。
家を出る前に玄関の中にしまった鉢植えを外に出した。

午前中は出社している人が少なかった。11時を過ぎてチラホラと。
昼、弁当。いつもの鯖、ほうれん草とベーコンのスクランブルエッグ。
竹輪炒め。切り干し大根の煮物。ブロッコリー。ミニトマト。

定時で帰ってきて LIVIN に寄って帰る。
タワレコで Rock'on を買う。
庭の水やり、掃除機、洗濯物。
明日の弁当はパックの豚バラ肉炒め。
妻がキムチチャーハンを食べたいというのでつくる。
辛くないキムチを買ったらかなり甘かった。

酒場放浪記。逆転人生は盲目で初めて弁護士になった方。
町中華で飲ろうぜは谷中。
玉ちゃんパートが終わって寝るつもりが、
後半の女性タレントパートが練馬だったのでそちらも見てしまった。
ウィスキーを飲む。
午前0時過ぎに眠る。

朝、妻が家を出ようとしたら蜂が入ってきた。
部屋のひとつに入ったので殺虫剤を撒いたと。
夜帰ってきて死骸を探すが見つからず。
効果あるだろうと蚊取り線香を焚く。
妻が帰ってきてすぐ見つけた。
窓の桟のところにいた。
そうだ、蜂は明るいところに向かう。

---
09/10(火)

みみたに両腕をぺろぺろされて目を覚ます。
昨晩ウィスキーを飲みすぎたか、眠くてだるい。
行きの地下鉄の中で梅崎春生作品集を読み終える。
「砂時計」は不思議な作品だった。
ストーリーの骨格はしっかりしているのに、なにかのバランスがおかしい。
その中で語られる内容がそうなのか。

2カ月寝かせていた小説を読み返して表記の揺れを直す。
妻からは酷評だったけど、それほどでもないかと思う。
先日の集まりで大学の先輩に貸してほしいと頼まれて成田亨『眞実』を
クッション封筒に入れて郵便局から送る。
この本、僕は県立美術館で買ったんだけど私家版で入手困難、
今はヤフオクなんかでは2万の値段がついていた。

昼、弁当。昼寝。
午後部長面談。和やかに終わった。
先週末持ちあがった予算周りの懸案も問題なしとなった。
この日もまた35℃越えの猛暑日。
都内で9月に猛暑日となるのは5年ぶりだったか。

帰ってきて駅を出ると雷が。
その後ずっと鳴り続けていた。夜は少し雨も降った。
明日の弁当のため簡単に。ソーセージを焼く。
ミックスベジタブルとベーコンのスクランブルエッグ。
夜は鮭のホイル焼きをつくる。
妻がほうれん草とカボチャとしめじのみそ汁と
セロリ、トマト、アボカドのサラダをつくる。
鑑定団を見る。新聞を読む。

酒は飲まず。聞くとこのところいびきをかいていないという。
やはり深酒がよくないのだな。
23時半に寝た。

千葉では依然として50万世帯以上が停電。
この猛暑に。想像しただけでゾッとする。

---
09/11(水)

ジェイムズ・エルロイ『ビッグ・ノーウェア』を読み始める。
朝、小説の手直し。

昼、弁当。昼寝。
妻から、夕方ゲリラ豪雨と聞いたけど外に洗濯物を干してしまったと。
夕方、本社に戻って部会。上期の締め状況と下期のこれからと。
後半はクイズ大会。
会社の経歴や資本金、株価、従業員数、筆頭株主、グループ会社の名前など。
全然覚えてないものですね…
しかしクイズにすることで印象に残った。
4・5人で1チームとなって僕らは3位となった。

終わってオフィスを出ると小雨。
光が丘に着いて、降ってはいなかったが地面が濡れている。
家に帰ってきて洗濯物を見てみるとぐっしょり。洗濯し直して室内に干す。
弁当のおかず。新メニューを開拓しようと鶏腿肉と玉ねぎ、ピーマンのみそ炒め。
夜は昨晩に引き続き妻がつくることになって鶏胸肉のカツレツとサラダ。
タルタルソースは僕がつくった。ラッキョウを漬けたのと玉ねぎを半々。
この日は缶ビール、缶チューハイを呑む。
街録を見て寝る。

---
09/12(木)

朝、小説の手直し。
昼、弁当。昼寝。
午後次フェーズの要件定義について打ち合わせ。

帰ってきて庭の水やり、洗濯物の取込、掃除機。
猫砂を入れ替えて、猫草が枯れてきたので捨てる。
明日の弁当は豚バラ肉、厚揚げ、ネギを黒コショウとオイスターソースで炒める。
夕飯のため、タラのムニエルをつくって昨晩のタルタルソースを。
レタス、トマト、わかめ、豆腐のサラダ。
妻が職場からすだちをもらってきて、皮をこすって振りかける。
すだちサワーをつくって飲む。
嶽きみを茹でた最後の1本も食べる。

鑑定団の再放送とお笑い演芸館。
ねづっちが手堅い。ダチョウ倶楽部はもはや伝統芸能。
タイムマシーン3号が別格で腹抱えて笑った。
デブネタで全くぶれがない。なのに飽きない。
クールポコは全くアドリブがきかず、放送事故並みにやばかった。
エンペラーも面白かったな。M-1決勝に出るかもしれない。
優勝はまだ無理そうだけど。

夜はだいぶ涼しい。
23時半に寝る。

---
09/13(金)

朝、小説の手直し。
3連休を前にして淡々と過ぎていく。
昼、弁当。昼寝。
電話がかかってきて、どこだろうと思っていたら
10月頭に宿泊するつもりだった南房総のホテルから。
台風15号の被害を受けて1ヶ月ほど閉館して修理するという。

淡々と過ごして帰るはずが…
帰る頃あれこれと。少し残業して帰る。
庭の水やり、掃除機、洗濯物の取り込み。
妻が車を修理に出して、代車で帰ってくる。
金曜の夜、ジャンクなものが食べたい。
エースコックの「汁なしラー油まぜ蕎麦」
期待した分今一つだったかな。
妻がサラダと、しめじと玉ねぎのバター醤油炒めをつくる。

みみたの給餌器の電源が消えていて、
チコちゃんを見終わって近くのセブンイレブンに単一乾電池を買いに行く。
給餌機をひっくり返して電池を入れ替える。
新日本風土記のテーマはビール。
京都のホップ農家が缶ビールに追いホップを。
銀座ライオン、枝豆農家、球場の売り子など。
猫歩きは再放送でジャマイカ。
おんな酒場放浪記。
あとは寝落ちしなければタモリ倶楽部、金曜日のどっち。

先日大学の先輩に本を貸すため送ったところ、すぐ礼状が届いた。
嬉しいものです。


[6846] 雑記 2019-09-12 (Thu)

日々のいくつかの小ネタ。

・オフィスの裏に二郎寄りの大勝軒があって
 外を歩いているとかなり濃厚な豚スープ臭が漂う。
 それまで隣は町中華の店だったのが閉店となり、
 何が入るのだろうと思っていたら焙煎珈琲の店。
 いいんだろうか。僕なら入りたくないけど…
 店内は相当強力な脱臭装置が設置されているのだろうか。
 二郎も好きだけどコーヒーも好き、という人が世の中には多いのか。

・オフィスの近く、ちょっと歩いたところに小さなセブンイレブンがあって
 店長のこだわりなのか他の店では手に入らない
 インスタントラーメンや焼きそばがいくつか棚に並んでいる。
 この前までは赤いきつね焼きうどんのでか盛りで、
 今はエースコックの汁無しラー油混ぜそば。
 以前はカップヌードルの謎肉祭りを大量に仕入れていた。
 コンビニって案外カラーを打ち出しやすいな、と思う。

・先週からパタッと、家で酒を飲みたいという気持ちがなくなった。
 今年前半、ウィスキーや焼酎をロックで飲みすぎたからかもしれない。
 その分、いびきをかかなくなったらいいかと妻に聞いてみたら
 今にも死にそうなひどい音ではないものの依然としていびきはかいているという。
 そういえば最近よく昼休みに寝ているが、いびきをかいているのだろうか。
 怖くて周りに聞けず。周りに寝ている人は多いが、いびきを聞いたことはない。
 姿勢とか、何か理由があるのだろうか。

・ゆで卵をつくるというとき、水から茹でるか、沸騰したお湯から茹でるか。
 冷蔵庫から取り出してそのまま茹でるか、室温に戻してから茹でるか。
 この辺りいろいろな流派があるようだ。
 よく参考にしている「白ごはん.com」だと冷蔵庫から出してばかりのを沸騰したお湯で。
 沸騰してからとすることで毎回決まった時間で同じ固さで作れるから。
 しかし水から派の書いているのを読むと
 温度差の少ないところから始めた方がひび割れにくいとあって、それも信憑性ありそう。

・そういえば。先週末の土曜、映画ゼミの20年ぶりの集まりにて
 ゼミで知った、あるいは見た映画のNo.1をそれぞれが前に出て語るというのがあった。
 酔っぱらってたので心もとないけど、一番多かったのはジャック・ドゥミ監督の作品だったような。
『ローラ』とか『シェルブールの雨傘』とか。BGM担当の先輩はサントラも流していた。
 ジャック・ドゥミ監督のこれらの作品は普遍的によいと思うけど、
 僕ら今40代〜50代で若い頃映画を見ていた層に特別受けがいいのか。
 フランス映画と聞いてゴダールよりもドゥミ、リヴェットと答えるのがかっこいい、というような。

・もうひとつ。このとき、ゼミの先生からも当時別格扱いとされたのが
 ジャン・ルノワール監督の『ピクニック』
 僕も先輩からダビングを重ねたビデオテープを借りて見た覚えがあるんだけど
 何がいいのかよくわからず…
 役者たちの素晴らしい躍動感、光と影の織りなす…、という。
 土曜に予告編がスクリーンに映し出されたとき、
 ルキノ・ヴィスコンティやアンリ・カルティエ・ブレッソンが助監督だったと知る。


[6845] 18年 2019-09-11 (Wed)

9月11日。
アメリカの同時多発テロ事件が2000年。今年で18年が経過したことになる。
21世紀後の世界を大きく変えた出来事というと真っ先にこのことが思い浮かぶ。
・イスラム圏と非イスラム圏との対立。
・セキュリティという目に見えないものに対する考え方。
・それまでにない規模でなされた自爆テロ。
・重要な情報はテレビではなくネットから得るのが当たり前になったということ。
・アメリカの脆さ、混沌とした社会の歪み、強いアメリカはもはや存在しないということ。
などなど。

あの日のことを思い出す。
今のようなスマホは存在しなかったし、
そんなしょっちゅうデスクトップPCを家で使うこともなかった。
ワープロとかちょっとしたゲームとかそれぐらいだった。
ネットにはつないでいてもそんなに見るものはなかった。
ブログやSNSなんてものもなく、
素朴なテキストサイトに写真が載ったぐらいのがまだ主流だったんじゃないか。
フラッシュアニメが盛り上がっていて、動画の再生なんて一般的ではなかった。
だからPCを立ち上げず、テレビ見つけず、翌朝の新聞も取り込んでいなかったから
全然知ることができないまま出社した。

そして会社の先輩から聞いて驚くという。
Yahoo! が勢いのあったころで、そこからニュースを辿って行ったのでは。
その時はビルの倒壊した写真だけを見て、
飛行機が激突する場面の映像を見たのは数日後だったように思う。
海の向こうの、テレビの向こうの出来事。

その数年後、ニューヨークにいた寮の同期とサークルの後輩を頼って訪れることがあった。
ワールドトレードセンターの跡地に連れて行ってもらい、
近くの教会に入ると亡くなったレスキュー隊員を偲ぶ写真やぬいぐるみが飾られているのを見て、
初めてこれが現実の出来事だったということを知る。
いや、もちろん知ってはいた。
しかし、自分の中で実感を伴うものになったのはようやくこのときだった。
その後ロスに行った時に入国や出国の手続きがやたらめんどくさいものになって
大きくアメリカは変わったんだなと感じたことを思い出す。
事件後の数年間だけじゃないんですね。
(ここ10年は行ってないので最近はわからないけれど)
その前年、2000年に海外出張でフォートワースを訪れたときはなんというか、牧歌的なものがあった。

その後の世界。
各地で自爆テロが頻繁なものとなって、根本的な解決策はない。
イスラム原理主義の国家的な集団がアメーバのように増殖して、
攻撃されて散り散りになってまた別の場所で増える、この繰り返し。
この18年間はなんだったのか、と思う。
この世界はただただ後退し続けただけなんじゃないか……


[6844] 台風15号 2019-09-10 (Tue)

昨日朝、最強クラスの台風15号が首都圏を直撃。
JR東日本は前日早々と始発から8時までの運休を発表。
被害状況に応じて順次再開していったが、山手線が再開したのは10時半頃。
常駐先のオフィスに着いて勤怠メールを見ると続々状況連絡のメールが。
駅には着いたものの、人が多すぎて入れないとか。
どうにかホームには上がれたけど車両がいっぱいで乗れないとか
そんな感じで午前休の人が多かった。

都内最強と呼ばれた大江戸線も一部遅れがあったようだ。
全駅地下深くで地上に出ることはなく、他の私鉄とつながっていることもない。
僕は8時半に家を出て9時前に乗ったんだけど
取り立てていつもより混んでいたわけではなく。
10時にオフィスに着くとほとんど人がいない。
同じフロアに庶務の方たちの島があってそこだけはいつも通りだった。
恐らくこういうときは社内のあちこちからいろいろな問い合わせがあるのだろう。
11時を過ぎてチラホラと出社する人たちが増えてきた。

そういえば10時前に2階の受付を通り過ぎるとき、受付嬢もいたし、
ソファーに座って待っている人たちも何人かいた。
10時から打ち合わせだったのだろう。
開催するかどうか連絡が取れず、なんとかタクシーで来たものの
当の打ち合わせ相手が出社していない、そんな人もいたのでは。

昨晩まだ風の弱いうちに植木鉢を玄関の中へ。
いくつかは蔓のように伸びた枝が窓枠に絡みついていたり、
隣の鉢から伸びた枝がさらにそこに絡み合っていたりで動かせず。
大丈夫だろうか、と思っていたが朝見たら無事だった。
鉢植えが珍しいのか、みみたがずっと玄関に座って眺めている。
蚊に刺されないよう、蚊取り線香を付けた。

朝、玄関を出てみるとタイル張りの地面が泥だらけで植木の葉っぱがワサワサと。
物置横に置いていた小さなビニールハウス、
数年前に買ってボロボロになっていたのが遂に骨組みが折れてグシャグシャに。
今度の燃えないゴミで出すかと脇に寄せておいた。
中に入っていた植木鉢はひとつだけ倒れていた。

駅へと向かう途中の公園も葉っぱで道が緑色に覆われている。
団地の脇の小公園も大木が一本折れて横たわっていた。
台風一過でもわったとした空気の中を歩く。
この日東京の最高気温は37℃まで上がることになっていた。
今年の夏の暑さもここが最後か。


[6843] 09/02-09/08 2019-09-09 (Mon)

09/02(月)

大学のときにどちらかというと間接的にだが、
かなりお世話になった先生の退官を祝う飲み会が国立で来週末。
先生の訳した本を1冊読んでおこうとエルヴェ・ギベール『楽園』を
Amazon から取り寄せて読み始める。

9月に入ったが、30℃越えで暑い。
昼、弁当。鯖。ベーコン、ほうれん草のスクランブルエッグ。
きんぴらごぼう。嶽きみ天ぷらの残り。ブロッコリー。こんにゃくのピリ辛炒め。
おさんぽの件だったり、この前書いた小説のことだったり、
妻からあれこれと至らない点を指摘され、落ち込む。

帰ってからも食べる気力なし。嶽きみを先週末茹でたのを1本食べて終わり。
弁当の用意はする。ロース味噌漬け焼き。玉子焼き。
月曜で酒場放浪記もあるというのに酒も飲まず。しゃべくりも逆転人生も見ない。
町中華で飲ろうぜの玉ちゃん編は見た。東中野。
この前モヤモヤさまぁ〜ず2で出てきた「大盛軒」がここにも出てきた。
鉄板麺いつか食べたい。
23時半に布団に入る。

いびき治療のため、一度病院に行って検査しようと決める。
いくつか見た中で職場に近い御茶ノ水のところにする。

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09/03(火)

昨晩なかなか眠れず。
いつも通り7時出社だが、眠い。
朝のうちに設計書修正のワーク。
昼、弁当。昼寝。
午後レビュー2本。
基本設計フェーズは収束方向へ。

夕方から雨の予報で、練馬区は大雨警報。
妻が外に洗濯物を干してきたという。
雨雲レーダーを見ると本降りは石神井公園からとしまえんをかすめて、
光が丘は小雨もかすめないようだ。よかった。
妻が先に帰って、僕が駅に着いた頃土砂降りだと。
折り畳みを差して帰る。
家に着く頃には弱くなってきたが、その後また強くなったり。

妻がリンガーハットで買ってきてくれた野菜たっぷり皿うどんを食べる。
缶ビール、缶チューハイ1本ずつでやめておく。
妻が風呂を沸かしてくれたので入る。鑑定団。
見終わって弁当を作る。高菜炒飯。
作り終えて寝る。
雨が降って涼しい。

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09/04(水)

昨日雨に濡れて洗濯し直して室内に干した洗濯ものを畳む。
昨晩エルヴェ・ギベール『楽園』を読み終えて、梅崎春生の作品集へ。
「寝ぐせ」という掌編の次に、「砂時計」
昼、弁当。昼寝。
明日の部内審査に向けて準備。

定時で出て帰る。
妻の用事で代わりに豪徳寺に行くかも、だったが妻が行くことに。
まっすぐ帰ってくる。庭の水やり。掃除機。
嶽きみを茹でて食べる。
弁当の用意。鮭のムニエルをつくる。ソーセージを焼く。
この日も酒は飲まず。新聞を読んだりして過ごす。
『街録』を見終わる頃、飲み会から妻が帰ってきてあれこれ話を聞く。

寝る前に妻から聞く。
家の前の段差プレートがひとつなくなっている。
誰が何のためにそんなことをするのか。なんだか怖いと。
そういえば先日固定で設置していたセンサーライトの電球が切れてつかなくなった。
関連性があるんじゃないかと思ってしまう。
予備のセンサーライトをAMAZONでオーダーする。

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09/05(木)

疲れているのか、なんだか眠い。
このところ人生何度目かの
キングレコード『World Roots Music Library』という民族音楽のシリーズのブームが。
廃盤になったのをネットで探し回る。
いくつかデッドストックを抱えているところがあるものですね。

昼、弁当。昼寝。
夕方から本社へ。部長、副部長クラスへのPJ状況報告。
大阪と東京のテレビ会議となる。
いろいろ質問を受けるが、思ってたほどケチョンケチョンとはならなかった。

18時半に終わって中野坂上から帰宅。
センサーライトが届いていた。
水やり、掃除機、洗濯物。
今晩も嶽きみを茹でて食べる。梨も剥いて食べる。
後は弁当のつまみ食い。それだけにする。
パックの牛カルビ焼き味付け。卵焼き。

ダークサイドミステリーがガイアナ人民寺院だったので見た。
世界で最初の、危険な新興宗教カルト。
教祖のジム・ジョーンズを含め909人が集団自殺。
23時過ぎに布団に入る。

京成線の線路でトラックが立往生、車両とぶつかって脱線。
京成線が不通。

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09/06(金)

この日は顧客側にPJ状況の報告。
始まるまで落ち着かず、終わってぐったり。
昼、カルビ焼きの弁当。
定時で出て帰ってくる。
やまやで最後残っていた赤星を買う。
庭の水やり、掃除機、洗濯物を畳む。
ジャンクなものが食べたいと夜はカレーヌードルに
卵、フライドオニオン、フライドベーコン、フライドガーリックを入れて食べる。
チコちゃん、新日本風土記はやんばるの森、猫歩きはビクトリア。
おんな酒場放浪記。タモリ倶楽部は寝落ち。
金曜日のどっちを見て寝る。女性雀師とラッパー。

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09/07(土)

8時前に起きる。大草原の小さな家は「ローラの祈り」
以前だと前篇後編に分かれていたけど今回はイッキにつなげて100分近く。
映画を一本見るようなもの。
なしを剥いて食べる。腹が減ってカップヌードルの味噌。
洗濯物を干してライフに買い物。

12時前に家を出る。国立へ。
ロージナでシーフードカレー。
その後谷保駅まで歩いて行って谷保天満宮。
戻って来てモスで休憩。
引き続き旭通り、富士見通りを散策。

大学の講堂前に集合して記念撮影ののち、
映画ゼミの先生を囲む会。
22時まで飲んで、帰ろうとしたら妻から。
この日編集学校は感門之盟でアフ感に今から来ないかと。
せっかくなので顔を出す。
あっさり終電を逃し、朝まで…

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09/08(日)

始発で帰ってくるつもりがはぐれた僕が山手線を乗り過ごしたりと。
結局帰ってきたのは7時近く。
シャワーを浴びて寝る。
10時に起きてイタリアを見るつもりが全然起きられず。
結局12時。二日酔いで眠い。
台風15号の影響か、にわか雨。上がると晴れて暑い。
Lazy Sunday を聞きながら、常備菜を。
切り干し大根の煮物。ちくわ炒め。
ブロッコリーを茹でて半分は冷凍。ほうれん草を茹でて小分けにして冷凍。
昼は嶽きみを茹でて食べる。

Lazy Sunday が終わって昼寝。
クリーニング屋に昨日着ていたアロハを持っていく。
早めに弁当の用意。鯖を焼く。ベーコンとほうれん草のスクランブルエッグ。
笑点。世界遺産はアンドラ公国。
モヤモヤさまぁ〜ず2は川越。
先日閉園したデパートの屋上遊園地など。
その後ポツンと一軒家を見る。
夜はゴーヤチャンプルーを。
以前近所の方から頂いたゴーヤ、最後の一本使い切れなかったのが半分ダメになっていた。
缶ビールを開けるが、飲む気になれず…

植木鉢を玄関の中にしまっておく。
夕方から雨が降ったり止んだりを繰り返して、日付の変わる頃から強風・豪雨へ。
Song To Soul を見ていたらアンテナに雨が当たって映らなくなった。
Elton John「Your Song」
今は「君の歌は僕の歌」という邦題をつけないんですね。
日付の変わった頃寝る。


[6842] 寝台特急の旅 2019-09-08 (Sun)

妻が興味をもち、JR西日本の豪華な寝台列車
「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」のパンフレットを取り寄せた。
展望車、食堂車、ラウンジカーにザ・スイート、ロイヤルツインで10両編成。
ザ・スイートは一両の車両の中に
バスルーム(バスタブ付)、寝室、リビング・ダイニング、エントランス(プレイべーとバルコニー付)。
食事はもちろん一流の料理人が。葉加瀬太郎がイメージ曲を提供している。
山陰・山陽を2泊3日で回るザ・スイート2名1室、3月〜5月で一人あたり127万3千円。
1泊2日のロイヤルシングル、2名1室、6月で25万4千円。
申込は抽選。相当な倍率だと聞いている。
九州だと「ななつ星」も有名ですね。
これも人気がすごくてなかなか乗ることができないと。

JR東日本もやってたっけ? と思って調べてみると「四季島」という名前。
3泊4日のコースだと上野駅を出て日光、函館、青森、鶴岡、東三条と回るようだ。
東京駅ではなくかつての寝台特急の発着駅だった上野駅というところが旅情をかき立てますね。
これも普通に100万越え…

JR東海ではこういうのやってないみたいですね。
東海道新幹線一本で攻めるという姿勢がぶれない。

経営の厳しいJR北海道こそ、やるべきじゃないかと思って見てみたら
来年夏、東急の豪華車両「ザ・ロイヤルエクスプレス」で北海道を走ることになっていた。
そうか、自前で持つよりも提携の方がいい。

ターゲットが明らかに高齢者の富裕層なんだけど、
もう少しリーズナブルなプランがあってもいいな、と思う。
「ゆうづる」とか昔の寝台特急を復活させて、全然個室じゃないけど、
それで4日間かけて北海道や東北を回るというような。
風呂はなしでシャワーのみ、温泉地に半日ぐらい停車するとか。
食事も各地の駅弁でいい。

このご時世だと個室じゃないとこういうの難しいのかな。
4日間の旅でいびきをかく人と一緒になるとか、
延々酒盛りをやってる人がいるというのも嬉しくないだろうし。
自前で鉄道の旅を組んで実行するのがいいか。

そういや、あるか。
JR東日本だと「カシオペア」がリーズナブルな寝台特急で。
上野と青森を結ぶ。
シャワーとトイレは共用。
これ、一度ぐらい乗ってみたいな。


[6841] 国立を歩く 2019-09-07 (Sat)

大学の映画ゼミの先生が引退ということで国立でお祝いの会。
店は夕方からだったけど、せっかくなので国立をブラブラして過ごすことにする。

本当は元小平キャンパス、一橋学園駅前の「戸隠そば」で牛めしを食べるつもりが、
先日書いた通り3月末で閉店。
直接国立に行って定番の「ロージナ」でシーフードカレー。
店はほぼ満席で例によって定員のオペレーションが全然回ってなかった。
まあそれも懐かしいロージナの風景で。
シーフードカレーは1,400円もして学生時代はオーダーできなかった。
マイルドと書いてあったけどしっかり辛かった。牡蠣も入ってたな。

店を出て14時。講堂前の集合が17時だったのでしばらく時間がある。
大学通りをまっすぐ、南武線の谷保駅まで歩いていく。
高級住宅街が続く。静かな美しさがあって、いつか住んでみたいと思う。
谷保駅に着いて、なんとはなしに階段を上り反対側へ。
階段を下りて驚く。田舎の無人駅並みに何もない。
店の類が1軒もなく、すぐ住宅地となっている。
南口はこんなだったのか。びっくりした。

近くに谷保天満宮があるというので行ってみる。
甲州街道沿いにあった。
この日曇りがちだったけど日が出ると夏の日差し。
林の緑が心地よかった。
お参りをする。チャボが放し飼いされて、あちこちをヒョコヒョコ歩いていた。

谷保駅に戻り、大学通りを引き返す。
国立高校では学園祭。
教室では演劇が行われているみたいでその看板が校門の壁にたくさん並んでいた。
それがひとつやふたつではなく、もしかして全クラスでそれぞれやってる?
一方でラーメンの看板も。どれも若いスタイリッシュな感性でカラフル。
気になったので中に入ってみようとしたんだけど、受付が結構並んでいたのでやめにした。

国立駅前まで戻って来てバイト時代によく利用したモスバーガーで一休み。
斜めに伸びる旭通りを果てまで行ってみる。
油そばで有名になった裏「三幸」はまだ健在、
表「三幸」は建物の老朽化によるものか立ち入り禁止のようになっていた。
よく通った定食屋「三春」はシャッターが下りて行った。
戻って来て今度は富士見通り。
「ラグー」はまだあったけど「物好奇」は見落としたのか見つけられず。
富士見通りを最後まで歩き通したのはこれが2回目か3回目ぐらいかな。
郵政大学校にぶつかる。

今から20年前、この辺りに後輩の一人が住んでいて、アパートの近くに電波系の家があった。
割と大きな、元はきれいな家だったのに窓という窓に「電波を送るな」といった貼り紙が。
あの家どうしただろう、と探してみるが見つからず。
20年もほったらかしになってることもないか。

駅まで戻って16時半過ぎ。大学へ。
講堂ではオーケストラがリハーサルを行っていた。
講堂前の階段で三脚を立てて記念撮影をして、「木乃久兵衛」へ。
一人ずつ近況報告をして、先生にお祝いの品を贈呈など。
22時まで飲んで、中央線に乗って帰ってきた。

大学通りと交差するさくら通りを歩くのも面白いが、今回は叶わず。
谷保〜矢川〜西国立と南武線沿いに歩くのも楽しいんじゃないか。
国立市界隈に4年も住んでいたのに西国立の辺り、行ったことなかったな。
次の散歩はその辺りを行ってみようかと。


[6840] おにぎりというもの 2019-09-06 (Fri)

昨晩テレビをちょっと付けたらケンミンショーの最期の方で、
札幌では飲み会の〆におにぎりが恒例なのだと。
すすきのに十数年か前にオープンした「にぎりめし」という店が24時間営業で、
飲んだ後にこの店で食べるようになったのが始まりなのだという。

ご飯は塩味、醤油味を選ぶことができて、もちろん注文を受けてから握る。
「焼きたらこバター」とか「山わさび納豆」とか「さばトロ」とか。
「チャンジャ」は韓国海苔で巻く。
どれもおいしそうだった…
これら具材が全て北海道産、というところが何よりもそそる。
おにぎり以外にもクラムチャウダーといったおかずもあった。

テイクアウトもできるし、カウンターのイートインもある。
店の外にもベンチが出ていて賑わっていた。
すすすきののバーに出前もやってて、
客とホステスが一緒になっておにぎりで乾杯。
そういう文化として成り立っている。

昨年秋に札幌訪れたわけですが、全然知らなかった…
知ってたら行ってみたかった。
ジンギスカンをほどよく食べて、もう一軒はおにぎり。

こういった専門店、東京にないわけではない。
というか、たくさんある。「おむすび権兵衛」とか。
練馬・板橋ローカルだと「小島米店」という店が何店舗かある。
でも全然入ろうとしないのは「北海道産」というところが大きいのか。

いや、こういうことか。
おいぎりが主役としての存在感を放っている店構えかどうかなのか。つまり、
「○○のときにおにぎりを食べる」というライフスタイルを提示できているかどうか。
札幌の場合、「飲んだ後の〆はおにぎり」というコンセプトが定着したから皆食べるようになった。
これが「行楽のおともに」だと普段は食べない、となる。
「小腹がすいたら」だと他の食べ物でもいい、となってしまう。
「毎週水曜の夜は家族でおにぎりパーティー」ぐらい言い切ってしまったほうがいい。

そういえば、青森では昔から海苔ではなく、
「若生こんぶ」という若い昆布で巻くというのが定番であった。
なので「若生おにぎり」
この昆布さえあれば中に具は入ってなくてもいい、と母も言っていた。
今だとご当地グルメ、B級グルメと呼ばれることになるか。

新幹線の新青森駅でも売ってたかな。
「太宰弁当」というのがあって
他に「けの汁」の具や青森名産の姫竹という細長いタケノコを煮たのが入っている。
…僕はこの姫竹、全国的に当たり前であっておでんには必ず入っているものと思い込んでいた。


[6839] 一橋学園「戸隠そば」閉店 2019-09-05 (Thu)

映画ゼミの先生が大学を退官することになり、今週末そのお祝いの会で国立へ。
せっかくだから早めに行って国分寺・国立界隈をブラブラするかと考えた。
小平キャンパスが移転して「龍園」「もとき」が閉店した今、
今一番食べたいのは一橋学園駅前の立ち食い「戸隠そば」のカレー牛めし。
そう思ってなんとはなしに昨日の朝食べログを見てみたら「閉店」とあった。
今年の3月末で店を閉じたのだそうだ。

そうか、今から5年前、妻と友人と3人でこの界隈を散策したときが最後となったか。
あの時も僕はカレー牛めしを食べた。
牛めしにカレーライス用のカレールーをかける。
僕がこの地で学生時代を過ごした90年代前半には壁にかかってなくて、
頼むと作ってくれるという裏メニューだった。
それがいつのまにか表メニューに昇格していた。
わかめうどんと牛めしのサービスセットがあって、そこにカレーを追加する。
うどんにかけるか牛めしにかけるか聞かれたものだった。
松屋が「カレ牛」を始めるずっと前のことだ。

どれだけの時間煮込んだのか、
煮しまった色をした牛肉がホロホロと崩れそうになっている。
タレは甘めでコクがあった。それをサラサラとかき込む。
カレーもまた自家製だろう。
これもまた煮込めるだけ煮込んで野菜も肉も原型をとどめなくなっていた。
カレーを頼むと昭和の懐かしい銀色のカレー皿に入って出てきた。

カウンターだけの10人も入ればいっぱいになるような小さな店。
壁の上の方は単品やセットメニューをマジックペンで書いた
色褪せた短冊型の紙で埋め尽くされている。
僕らはよく徹夜で麻雀を打つ合間に一休みがてら食べに行った。
昼間はよくしゃべるおばちゃんたちが店に立ち、
夜はアジアのどこかの国から来ていた浅黒い若者たちが言葉少なげに働いていた。
チェーン店ではなく、店舗はおそらくここ一軒だけだったろう。
オーナーが高齢化して店を閉めることにしたか。

残念だな。
町中華が少しずつ商店街から消えていくのと同じように、
個人経営の立ち食い蕎麦もまた少しずつ息絶えていく。
なんであの後食べに行かなかったのだろう。
吉祥寺「丼花」のカツ丼、カツカレー。
同じく一橋学園「龍園」のプルプル丼。
青春の味がまたひとつ失われた。


[6838] 日本三大裸祭り 2019-09-04 (Wed)

昨晩『なんでも鑑定団』を見ていたら出張鑑定が岩手県の奥州市で、
ここに「黒石寺蘇民祭」というのがあって
これが「日本三大裸祭り」のひとつであるという。
へー、三大か。
他のふたつは何だろうとスマホで見てみるといくつかページが出てきて、
まとまてみると…

・国府宮の裸祭り(愛知県稲沢市)
・飛騨古川起し太鼓(岐阜県飛騨市)
・西大寺会陽(岡山県岡山市)
・裸坊祭(山口県防府市)
・筥崎宮の玉取祭(福岡県福岡市)
・若宮八幡宮の裸祭り(大分県豊後高田市)

ということになって、全然3つじゃないし、「黒石寺蘇民祭」入ってないし…
コトバンクを見てみると各事典で代表例に挙げているものが少しずつ異なっている。
でもその中でも
・西大寺会陽(岡山県岡山市)
・筥崎宮の玉取祭(福岡県福岡市)
このふたつが取り上げられていることが多いだろうか。
ネットの検索結果上位では
・若宮八幡宮の裸祭り(大分県豊後高田市)
がよく出てくる。
なんとなく思うに、この3つとなるだろうか…
なんにしても「日本三大裸祭り認定委員会」なるものが存在するわけではないし、
こういうのは言ったもん勝ち、言われたもん勝ちなのだろう。

それにしても、Wikipedia で見てみるとたくさん出てくる。
岡山市はこの「西大寺会陽」に限らずあちこちで開催していて裸祭りのメッカのようであるし、
九州だと「玉取祭」の別名が「玉せせり」で、他、
「鬼夜」「ヘトマト」「ケベス祭」など、名前からは全く裸祭りと想像できないものばかり。
クイズ番組で出てきそう。
今、試しに「ケベス祭」のページに進んでみたらヘブライ語に由来するという説があるとのこと。

そういえば以前、ある方から聞いた話。
とある理系男子の温泉宿での集まり。
夜になると男風呂に全員集まって湯船に何人入れるか競う。
ギュウギュウになって、押し合いへし合いして。
これを「男祭り」と呼ぶ。

大学一年・二年の時に四人部屋の寮にいた僕らでさえ、この発想はなかった。
新歓期には毎晩のように酒を飲んではしゃいでいたけどこんなイベントはなかった。
聞いたらやってたかな。飲んだ後なら勢いでやったかもしれない。
お湯を掛け合って、溢れて、皆出ると湯船にお湯がなくなっている。
そして集会室に戻ってまた飲み直す…
飲んでて誰かが上半身脱ぎだすと何人かつられて脱ぎだして、
というか先輩が脱ぐと同部屋の後輩が脱いで。
思えばあの頃は毎晩祭りだった。


[6837] 袋のラーメンなど 2019-09-03 (Tue)

小さい頃、従兄弟の家に行くと
おやつにサッポロ一番の味噌ラーメンだったか、塩ラーメンだったか、
粉末のスープをそのまま乾燥した麺にかけたのを千切って食べていた。
周りではやっているのだという。
分けてもらったら美味しかった。あのしょっぱさがたまらない。
乾いたねぎの食感もいいアクセントになっていた。

もちろん母が見かけたら即禁止になるに決まってるわけで、
そういうのを食べるうしろめたさがまたたまらない。
ジャンクな食べ物の思い出というと、真っ先にこれが。
今やってみてもうまいかもしれない。
酒のつまみに合うのでは。

その後の人生で出会うことはなかったが、
(大学の4人部屋の寮で見かけなかったということは意外に皆、
 地方から上京して金がなかったとしても品がよかったということか)
検索してみるといくらでも出てくる。
案の定、デイリーポータルZなんかでも記事になっている。
どの袋ラーメンがうまいのかと。

試してないけどたぶんいけそうだと思うのが、
たっぷりの野菜と肉を炒めて水分が出てきたところで袋ラーメンを粉末スープごと投入。
ほぐれてきたところで食べる。固めの焼きそばのような。
これもおそらく試した人が全国にたくさんいて、レシピもあるだろう。
振りかけるタイプの片栗粉をかけるといいかもしれない。

思い出した。
逆に、ベビースターにお湯をかけて食べたこともある。
小学生の頃。生で食べてあれだけおいしいのだから、
ラーメンにしたらもっとおいしいのだろうと。
でもまあ何も考えずにやったことなのでお湯の分量がわからず、
薄味で全然おいしくなかった。
それ以上に麺がふやけたような、ぼそぼそしたような…
これもちょうどいいお湯の量を研究している人がいるみたいで。

朝ドラ『まんぷく』が終わって半年近く。
インスタントラーメンってなんと可能性のある食べ物だったんだろう。
自分史上最高だったのは
生卵を入れたBIGのカレーヌードルにホットミルクを規定の2/3の量だけ注いで、
3分後思いっきりかき混ぜて食べたとき。
でもあれもかなり酔ってたからな…
今やるなら、フライドベーコン、フライドオニオン、
そして細かく砕いたガーリックチップを入れるといいかもしれない。


[6836] 08/26-09/01 2019-09-02 (Mon)

08/26(月)

突然の土砂降りで目を覚ます。時計を見たら午前3時。
このところ夜降ることが多いな。
朝、涼しい。甲子園も終わって秋が近づいている。
7時出社。同じフロア内で席替え。

3階の皮膚科でシダキュアを処方してもらう。
昼、弁当。鯖。ベーコンとほうれん草のスクランブルエッグ。
切り干し大根の煮物。ブロッコリー。レンコンのきんぴら。

定時で帰る。
弁当の用意。豚ロースの味噌漬けを焼く。
先週の天ぷらを解凍する。
酒場放浪記。逆転人生は不登校新聞の編集長。
夜は武田ハムで初めて目にした唐揚げ。ハム屋のピザ。
ヘミングウェイの飼っていた猫の子孫を写真家が撮影しにいく。
旦那がカメラマンで、奥さんが猫じゃらしという担当。
午前0時前に寝る。

---
08/27(火)

いびきが大きい、大丈夫かと妻に起こされる。

午前中重要な打ち合わせがあって7時から休む間もなくずっと仕事。
それが終わってぐったり。
モデル設計の要件の曖昧なところを軌道修正しようとして
聞いてない、いや、頼むとやりとりを。
もっと早く気づけばよかった。

昼、弁当。豚ロースの味噌漬け焼き。先週の天ぷらの残り。
定時で帰ってくる。
妻は代休。とうもろこしご飯とみそ汁を作ってくれる。
レタス、トマト、わかめ、豆腐のサラダも。
鑑定団を見る。
プロフェッショナルは女性医療の第一人者。
午前0時前に寝る。

---
08/28(水)

朝、小雨。
明日からまた暑くなるらしい。
昨晩、焼酎を飲みすぎたのかなんだか眠い。

昨日『龍の夢』を読み終えて、
引き続き千葉作龍『名人が語る・ねぶたに賭けた半世紀 』へ。
午前中レビュー2本。
空きがなく、昼休みにひとつ。

やまやに寄って帰る。探していたガーリックチップがあった。
赤星がまだあったので買った。
掃除機など。弁当の親子丼をつくる。
夜は納豆ご飯。サラダ。
水曜はテレビを見ない日。最後に『街録』だけを見て寝る。

九州北部は集中豪雨。
熊本はさほど降らなかったという。

---
08/29(木)

設計担当の後輩が体調不良で休み。
無理をさせすぎたか。
この日予定していたレビュー2本はリスケ。
打ち合わせが亡くなってワークを消化する。
昼、弁当の親子丼。昼寝。
定時でオフィスを出る。
庭に水を撒く。掃除機。弁当の用意。ウィンナーとピーマンを炒める。
他、先週の天ぷらの嶽きみとモロヘイヤ。
そろそろ新鮮さじゃなくなると嶽きみの残りを茹でておく。

夜は妻が新宿の小田急の全国うまいもの祭り的な催事で買ってきた
大阪のモダン焼き、宇都宮の餃子。
妻が何とはなしにチャンネルを回した「ダウンタウンDX」を見る。
長男長女・中間・末っ子による性格の違い。
マキシマムザホルモンのふたりと、高嶋政宏と、ソニンと、takahiro と平野ノラなど
無茶苦茶な組み合わせ。
そこに天才女の子ゴルファー須藤弥勒。いろんな意味で末恐ろしい逸材。
天才子役は大成しないのと一緒で、将来どうなるんだろ。
「アウト×デラックス」の未公開映像集も面白そうだったが、キリがないので寝る。

---
08/30(金)

朝から雨。
午前、午後とバッチのレビュー。
必要最小限のところは何とか8月中に押し込めた。
来週少しはみ出るぐらいで済みそう。
昼、弁当。昼寝。

定時を少し過ぎたぐらいでオフィスを出る。
オフィスの入っているビルでは小雨の中、盆踊り大会。
ちゃんと浴衣を着て参加している女性がいる。子供を連れて。
周りにタワーマンションがいくつかあるのでそこに住んでいる人たちか。

日清の蕎麦に武田ハムのチャーシュー。
嶽きみ残っていた最後の2本を茹でる。
チコちゃん。ぐっさんが長距離トラックに乗る番組。
新日本風土記は下北半島の夏。
猫歩きはアフリカのどこだったか…
おんな酒場放浪記で寝落ち。
タモリ倶楽部が浅草橋の調理器具の老舗の死筋商品。
金曜日のどっちは Lisa の肉食っぷりがすごかった。

千葉作龍『名人が語る・ねぶたに賭けた半世紀 』を読み終える。
竹浪比呂央波紋の件については触れず。
時が解決したのか、今も避ける話題なのか。

---
08/31(土)

7時半起き。
この日妻はドリカム遠征で福岡へ。
朝、嶽きみの最後の1本を食べる。
駅まで送って行って、図書館に妻に頼まれた本を返しに行く。
洗濯物を干し終えて外出。
新宿のタワレコと DiskUnion で取り置きの CD を。
中野ですた丼を食べて帰る。生姜丼ではなく、あくまですた丼。
家に一人だからまあいいかと。
帰り道、家には寄らず直接ライフへ。

キングレコードの「World Roots Music Library」のシリーズで
以前買ったのをまとめて聞く。先週末、今週末はインド。
聞きながら、岩波新書から出ていた
久保田麻琴『世界の音を訪ねる』を読む。
付録にCDシングル。モロッコでのセッションを3パターンにミックスしたもの。
この日1日かけて読む。
ソファーに寝転がって読んでいるうちに昼寝。
宅急便が届いて目が覚める。青森から嶽きみが…
野菜室に入らず、まずは4本茹でて1本食べた。

イタリアは再放送。ブラタモリはなし。
22時から月イチで復活したケータイ大喜利。
しかし段位はなくなったとのこと。
23時過ぎにお笑い向上委員会を見るつもりが、
野球中継が延長したのか前の番組が。
フィリピンでの史上最悪のバスジャック事件。
お笑い向上委員会は引き続き、EXITとオール巨人。
眠くて終わってすぐ寝る。

---
09/01(日)

8時半まで寝てる。足元でみみたが寝てた。
夜は寒いぐらいだが、日が出ると暑くなる。
猫草の土を入れ替え、常備菜のきんぴらごぼうとこんにゃくのピリ辛炒めを。
イタリアを見た後、ブロッコリーを買い忘れたとライフに歩いていく。
毎月1日はシニアなんとかパスで5%割引になるという日で、レジがものすごい行列。
帰りに見てみたら駐車場も入れずに行列。
Lazy Sunday を聞きながらそばを茹でる。
ライフで買ったかき揚げと大根おろしを摺って乗せる。

Lazy Sunday が終わってCDの解説を読むなどして過ごす。
笑点。世界遺産は無し。モヤモヤさまぁ〜ず2は大井町。
終わって妻を駅まで迎えに行く。
猫砂を一袋買う。
閉店間際であちこちの店が半額セール。
夜食べようと総菜の店で春巻きを買う。
妻からのお土産は焼きたらことイカの入った明太子、カズノコの入った明太子。
「青天の霹靂」の純米大吟醸を飲む。

テレビを付けたら BS で BOOWY が解散宣言をした伝説のあのコンサートが。
思わず2時間見てしまう。
布袋のギター、氷室の存在感でここまで駆け上がってきたバンドなんだな、
ということをあらためて思う。
松井のベース、高橋のドラムは下手ではないし、4人そろってのBOOWYではあるけど、
音楽的に物足りない。
メンバー間の確執以前に、ここがやはりひとつの限界だったのだろう。

Song to Soul は以前見た再放送だったのでパス。
寝たのは午前0時半。


[6835] 久保田麻琴 2019-09-01 (Sun)

最近、遅ればせながら久保田麻琴を聞いている。
興味の範囲としてはドンピシャのところなのに、なんで今まで縁がなかったんだろう……
1960年代末から1970年代前半までの数年間、
伝説というかもはや神話に近い「裸のラリーズ」のベースとして活動。
1970年の1年間、大学を休んでアメリカに渡ってニューヨークとサンフランシスコへ。
Grateful Dead や Sly & The Damily Stone などを生で見る。
帰国後、デビュー。70年代半ばには久保田麻琴と夕焼け楽団を結成。
沖縄やハワイの音楽をチャンプルーする。
80年代後半以後、今に至るまで
バリ、ハワイ、イスタンブールなどアジアを中心に世界各地の歌と演奏を録音、共演。
90年代からはシンガポールやインドネシアのミュージシャンのプロデュースを。
有名なところでは Dick Lee も手掛けている。
身もふたもなく分かりやすく一言で言ってしまえば
「裏細野晴臣」「和製Ry Cooder」か。実際仲がいいとのこと。

最近入手できたいくつかのアルバムについて。

『ワールド・カフェ』(2001)
キング・レコードから出ていた『World Roots Music Library』のシリーズから
選曲してコンパイル。
バリのガムラン、モンゴルのホーミー、アンデスのチャランゴ、マダガスカルの竪琴…
当たり障りないワールドミュージックの入門編ではなく、心地よい、不思議な浮遊感を感じさせる。
でもここでは選曲だけなので他のを聞いてしまうと物足りない。

『Cafe Mekon』(2003)
メコン川と言えばタイやカンボジアを流れる川。
その流域のカフェで聞こえてくる現地の音楽を想定して録音。
多くは弦楽器ひとつと打楽器ひとつといったシンプルな演奏で、
そこに川の流れる音や鳥の鳴き声をかぶせている。
アンビエントではないけれども、癒し系か。
カフェに吹き抜ける風や雑踏のにおいをそこはかとなく感じさせますね。
このシリーズでは『Cafe Siam』というのも出ている。

『Spirt of Healing 〜 Bali 〜』(2005)
久保田麻琴のこの手のものでは一番売れたのかな。その分中古も多く出回っている。
試しにヤフオクを見てみたら大半がこのアルバム。
タイトルにヒーリングとあるけど、アンビエントなものを想像するとちょっと違う。
現地でフィールドレコーディングした唄やガムラン、水辺の音などに
自身で弾いたアコースティックギターやニューエイジっぽいシンセ、浅めのダンスビートを重ねている。
それが「重ね」たままに終わっていて、正直さほど面白くなかった。
足すならアコースティックな音だけでよかった。
寝る前にガムランの音で心落ち着けよう、と思って買った人が想像と違って即売ったんだろうな…
このシリーズ、他にインドのも出ている。

『Bali Dream』(2008)
前述のアルバムの続編。
こちらもフィールドレコーディングに対してダンスビートなど様々な要素を加えているんだけど、
もっと踏み込んで「融合」に至っている。ひとつひとつの音に違和感がない。
最後の曲ではかなりワイルドなギターまで演奏される。
これはもはやバリではなく、バリのパラレルワールドから届いたどこか異世界の音楽であるように思う。
タイトルに「夢」とあるのもその通りだな。傑作。

『KAUAI March-05』(2005)
久保田麻琴が宮古島、バリと並んで深く共鳴しているのはハワイ、特にカウアイ島であろうか。
こけではアンビエントな音は味付け程度、スラックキーギターと歌声、波の音が中心。
特に後半、島で出会ったという賛美歌を歌う女性たちの歌声にまさに「祈り」を感じる。
これこそ言葉本来の意味でのスピリチュアルな音楽ではないだろうか。
田舎道に虹が差し掛かるというジャケットも美しい。
音による旅、そのサウンドトラックとでもいうか。
このアルバムが久保田麻琴にとってひとつの頂点なんじゃないかな。


[6834] 下北半島の夏 2019-08-31 (Sat)

昨晩のNHK BSプレミアム『新日本風土記』は「下北半島・夏」
録画しようか迷って結局しなかったんだけど、見終わって後悔した。
例え1年とはいえ下北半島に住んだ者としてこれは永久保存ものだった。

尻屋崎の寒立馬から恐山へ。
イタコが霊を下ろして口寄せをする恐ろしい場所だから恐山というのではなく、
入江を意味するアイヌ語の「ウソリ」であって、恐山にある宇曽利湖がまさにそう。
その恐山を夏の開いている時期に訪れて先祖を供養する。
お堂の裏手に林が広がっていて、その枝に亡くなった方の名前を書いたタオルをかける。
タオルは新しいもの。人によっては衣服も。
そうか、亡くなった人たちにあの世で使ってもらうものなんだな。

マグロで有名な大間ではお盆の墓参りのとき、夜にまた訪れて皆で花火を行う。
線香花火とかそういうのだけではなくドラゴンやロケット花火も。
夜の墓地のあちこちで賑やかな光が上がる。
初めて見る光景。これ、日本でもここだけなのだろうか。

大湊には大間に至る軍用鉄道を敷設する計画があって、
アーチの連なる橋までつくられたというのに
昭和18年、太平洋戦争の状況が厳しくなった時に中断。
以後再開されることはなかったという。
(今、JRのローカル線はここ大湊まで。
 むつ市の中心部、田名部まで通っていない。
 僕の住んでいた小さい頃は大湊線の田名部駅があったが
 大人になって再度訪れた時には廃止されていた)

仏ヶ浦や田名部祭りも取り上げられていたが、
もうひとつ印象に残ったのは小川原湖の辺り。
かつては米農家だった人たちが原子力関係の施設ができるからと田んぼを売り、
漁業権を売り。再処理施設が出来上がった。
「下北半島は原子力半島」だという。
(観光資源もなく、細々と農業、林業、漁業で暮らしていた地域は財政が立ち行かなくなり、
 原子力発電に関する施設を受け入れざるを得なかった。
 その代わりに高額の補償金を得た。
 しかしその使い道もなく、東通村も六ケ所村もカラフルな役場を建てただけ)

下北半島は最果ての地。何もない。
田名部祭りもまたねぶたの系譜に連なる山車を引く。
短い夏を焦がすような夏祭りの終わったときの若者たちの笑顔。
それが唯一の救いだったように思う。


[6833] いびきを治す 2019-08-30 (Fri)

結婚して以来これまで妻から何度も、いびきについて指摘を受けていた。
数日前はあまりにも大きな音で死ぬかと思ったと起こされた。
いびきがガ行ではなくザ行で聞こえて恐ろしかった、
この世のものとは思えない音だったという。
病院に行って診察を受けてくれ、今度こそ治療を受けてくれ、とお願いされる。
厄介なことに当の本人は全く困っていない。
多くの人がいびきに悩まされているが、それはどちらかというと家族の方だ。
悩んでいる、ではない。悩まされている。

これまで、よし行こう、という気持ちにならなかったのは、
明快な解決方法がないということもあった。
調べてみると気道を広げるためのレーザー治療か、
寝るとき枕もとに機器を置き、マスクをかけて空気を送り込むことで気道を確保するCPAP療法か。
いびき治療もどちらを推すかで流派が分かれるかのようだ。
いくつかの医療施設のサイトを見てみるとレーザーのところはレーザーのみ、
CPAPのところはCPAPのみ。
CPAP推しの方はレーザーのことを快く書いてなくて、
レーザー推しだとCPAPはこの世に存在しないかのようだ。
両方対応しているところは今のところ見つからない。いや、探せばあるんだろうけど。
そういうのを見るにつけても、全体的になんか不安になる。

今のところ堅実なところはCPAPでイケイケなところはレーザーという印象。
レーザーは痛みがなくて手術は30分もかからなくて入院不要と謳っている。
CPAPはマスクをして寝るというのがいつまで続くのか、もしかして一生なのか、
というのが目安ですら記載されていなくて医師の診断によるとしか書いてない。
CPAPも気が遠くなるなと思いつつ、
レーザーも花粉症治療で大変な目に遭ってるのであんまり。
しかものどちんこを切除する治療を行うところもあって…
決め手がないところに、もう一度書くけど当の本人は全く困っていない。

軽度の場合はマウスピースを装着して寝るというのもあるけど、
それって体質が改善されるのだろうか…
CPAPは効果がない(と暗に示し)いびき防止の枕を売るところもあれば
サプリを売るところもあって。
それって楽そうなので飛びつきたくなるけど、失敗もしそう。
悩むぐらいなら堅実そうな病院に行って診察を受けるべきなんだろうな。

ちなみにあれこれ見ていたら高須クリニックでもレーザー治療やっていて、
院長自ら施術するのだと。20万。
これはこれで話のタネにやってみたいが…


[6832] ハンバーグ丼 2019-08-29 (Thu)

日々次の日の弁当を用意したり、夕食をつくったりしていると
時々新しいメニューを考えてみたくなる。
今日なんとなく思い描いていたのはハンバーグ丼。
カツ丼のように出し汁で煮て、卵でとじる。
それをアツアツのご飯の上に乗せて食べる。
当然かつおベースで醤油の入った和風の出汁と最初は思ったけど、
ここはデミグラスソースでもいいかもしれない。

この時一緒に煮るネギは長ネギがいいか、玉ねぎがいいか。
カツ丼の場合圧倒的にタマネギの店が多いけど、
たまに蕎麦屋なんかで長ネギのを見かける。
案外ハンバーグには長ネギの方が合うかもしれない。
刻んだ玉ねぎは既に入っているわけだし。

ハンバーグはやっぱ焼きたてがいいな。
鉄板の上で肉から染み出た油がジュージューいってるような。
僕はスーパーの総菜が大好きなんだけど、
惣菜で買ったハンバーグを電子レンジで温めてつくったら全然おいしくないと思う。

しっかり焼いて硬めになった状態でつくるよりも、
半生の状態で一度フライパンから降ろして鍋で煮るとするといいんじゃないか。
丼のふたを開けて箸でつつくと卵の間でホロホロと崩れるとか。
それをそぼろのように広げて食べる。
だから卵も煮すぎない方がいい。
溶き卵を注ぎ入れたらすぐふたをしてそれをさっと丼に移すぐらいで。
つなぎは少なめになるか。焼くのが大変だけど。

もうひとつ。
ソースカツ丼があるのなら、ソースハンバーグ丼があってもいんじゃないか。
丼の半分にたっぷり山盛りのキャベツ。
焼きたてのハンバーグを乗せてウスターソースをかけて食べる。
家でハンバーグをつくったとき、そんなふうにして食べるという人もいるのでは。

煮込みハンバーグをそのまま丼に乗せるというのもありだ。目玉焼きと一緒に。
喫茶店のメニューにありそうだけど。見かけた記憶がない。食べたこともない。

ロコモコ丼と言えばロコモコ丼だけど、
最近見かけるのはどれもおしゃれなものじゃないですが。
オーガニックなキッチンでないともはや出せない、というような。
そうじゃなく、安い定食屋でガッツリ、みたいな。
思い描くのはそういうハンバーグ丼。


[6831] 間違い電話 2019-08-28 (Wed)


間違い電話って仕組み、面白いなって今更ながら思う。
かかってきてもいいことはないし、かけてもめんどくさいだけだけど。
そこから恋愛につながるというのは漫画でしかありえない。
でも、なんか面白い。

桁数が違うし、数字じゃなく英数字だしで組み合わせは無限。
メールアドレスを打ち間違えて他の人に届くということは、
よほど短いアカウント名でない限りなかなかない。
普通、宛先不明でメールサーバから返信が届く。
(そもそも宛先のコピペを間違って別人へというのはあるが)
向こうに届いたとしても、開いたかどうか、読んだかどうかはわからない。

一方で電話番号は桁数が決まっているし数字だけだしで
使われていない番号でない限り、間違えたらどこかしらにつながることになる。
電話に出て、その人とわずかながら話すことになる。
想定した相手かどうかこちらは声を発して確認し、向こうは違いますと答える。
最低限のコミュニケーションがそこには生まれる。

以前どこかで読んだんだったか、聞いたんだったか。
暇なとき、ゼロを押して日本国内として、
そこからでたらめな番号を9個押してわざと間違い電話にして、
出た人の反応をうかがうという。
「すみません、間違えました」ガチャ、と切られる数秒だとしても
向こうの話す間合いだとか背景に聞こえる音だとかいろいろと違う。
とんでもなく予想外なところにつながる可能性もある。
もしかしたら勘違いした先方が一方的に話し込むことだってあるだろう。

昔は交換手が電話回線を手動でつないでいた。
「どこそこの○○さんお願いします」と電話局に伝えると、
オペレーターの女性が該当の個所に差し込む。
そのときにつなぎ間違えるということもあったという。

その後機械で自動でつながるようになる。
あるときまで電話が混線するということもあったようですね。
1:1ではなくいくつかの接続が一緒になってしまい、複数人で同時に会話する状態になる。
アメリカのコラムニスト:ボブ・グリーンのコラムに
あるとき電話が混線して会話が入り乱れているうちにハイになってきて、
思いがけなくパーティーのように盛り上がってひとしきり楽しい時間を過ごす。
せっかくだからみんなで会おうよということになって
何時にどこそこの店でと決まって、皆オーケーと言い合って電話を切る。
しかし誰も来なかった、ボブ・グリーンにそのときのことを話した一人以外は。
そんな話を思い出した。
それってなんかわかる。電話ならではの、こと。


[6830] 不登校 2019-08-27 (Tue)

昨晩の『逆転人生』を見て、不登校の児童、不登校予備軍の児童が増えていると。
僕の小さい頃、学校に来ないのはヤンキーだけだった。
教室に40人以上いて、小学校・中学校では不登校の生徒は不良以外皆無だった。
1980年代の青森だからかもしれないけど。
高校になって初めて、(校則や集団生活や学習カリキュラムといった様々な点で)
学校に馴染めずに不登校という生徒が学年に一人二人いたように思う。

学校とは「行く」ものであった。
どんなに行きたくなくても、
病気以外に「行かない」という選択肢はありえなかった。
そう思っていたのは僕だけではないと思う。
そういう時代だった。
(昔はよかったと言いたいのではないし、今の人は……、と言いたいのでもない)

「不登校」という選択肢ができたから、いや、
「不登校」という名前が付けられて概念化されたから、
この社会にその数がぐっと増えたのではないかと錯覚する。
高速道路を逆走するなどのお年寄りの運転事故が
ここに来て急に増えたかのようにニュースで感じるのと同じ。
「認知されたから増えた」というような。
実際には逆で、これまで少しずつ増えてきて
社会的要因でそれが急カーブになる局面があって、
一定の閾値を超えたから表面化した、ということなんだろうけど。
……それはさておき。

昨日の番組で不登校になった原因に「SNSいじめ」が挙げられていた。
午前3時にLINEでメッセージを送って、即返信しないと仲間外れになるという。
自分だったらどうか。
そもそも母子家庭でスマホなんてもてなかったかもしれない。
そんなときどうなるのだろう。そもそも相手にされないのか。
引っ込み思案で家の中で本ばかり読んでいた僕は、
一人きり空想と妄想の中に閉じこもっていた僕は、
今だったら学校に行かなくなっていたかもな……
そこからどういう出口を見いだせたか、と思うとゾッとする。
青森の片田舎で引きこもっていたか。
何かのはずみでボタンを掛け違えていたら
僕もまた何らかの事件を引き起こしていたかもしれない。
妄想に窒息して、現実との区別がつかなくなって。

現実と折り合いがつかなくて空想が妄想になる。
そこからどう抜け出すか。
それが不登校や引きこもりに対する一つの解決策に思うんだけどどうなんだろう。
そんな簡単なことじゃないか……


[6829] 08/19-09/25 2019-08-26 (Mon)

08/19(月)

7時出社。仕事は淡々と。
昼、弁当。鯖。ウインナー。
きんぴらごぼう。いんげんの胡麻和え、ブロッコリー。
来月の広島遠征に向けてみどりの窓口に新幹線の切符を買いに行く。
帰りに本屋に寄って、『ことりっぷ』を買う。
あるいは
JTBから、シンプルで見やすくて分厚いわりに軽いのがあって
これもいいかなと最初は思ったんだけど、よく見たら2017年発行。
『ことりっぷ』は2019年4月だったのでそちらに。
駅前再開発で○○がオープン、みたいな情報も知りたいが、
どちらかというと地味に困るのが行ってみたら閉店したというので。

帰ってきて庭の水やり。しかし夜、雨が降る。
掃除機をかけて弁当の用意。味噌漬けの豚ロースを焼く。玉子焼き。
夜は海藻、豆腐、トマト、レタス、スプラウトのサラダ。
おろしそば。大根おろしを摺るが、先の方だったのでかなり辛かった。
妻は途中でギブアップ。
酒場放浪記。しゃべくりに星野源。
IZ*ONEという韓国・日本混在のアイドルグループが登場。
しゃべくりメンバーがさんざんいじくりまわしたけど、
今のこのご時世問題にならないかハラハラした。

Zeroを見る。
あおり運転のあの件、ぞっとするな…
どっちかというとガラケー女の方。
両方の顔、名前を報道。
23時半に布団へ。

---
08/20(火)

5時に目が覚めて大雨。
会社に着く頃弱くなっている。
佐伯一麦『還れぬ家』を読み終える。
給料日。ATMから引き出す。

昼、弁当。昼寝。
午後のレビューはおおむねいい方向に向かったが、
夕方の打ち合わせで予想外なところから要件定義の漏れが。
役割分担のはざまにあって、誰も予算化していない。
どうしたもんか。険悪な雰囲気になる。
明日は明日の風が吹く、酒飲んで寝ようと帰った。

夜はピザを買いに行く。
掃除機をかけて、弁当の用意をして、妻の帰る頃に合わせて
事前にオーダーしといて歩いてドミノピザへ。
フィエスタという今、店で押してるアボカド、タコスミート、チェダーチーズのを一枚と
シーフードのクリームソースのを一枚。
どちらも悪くないのだが、一枚丸ごと同じのだと飽きる。
他のと半分ずつにすればよかった。
鑑定団を見て、23時半に寝る。
「全裸監督」を見てみたい、という話になる。

---
08/21(水)

成田本店で見かけて買った『龍の夢 ねぶたに賭けた男たち』を読み始める。
先月読んだ『龍の伝言 ねぶた師列伝』の続編。平成のねぶた師へ。
昼、弁当。ケチャップチキン。
午後打ち合わせ。このところ長らく引きづっていた課題がようやく決着の方向へ。
他、昨日のレビューの設計書修正など。
少し残業して帰る。妻が先に帰っている。

モロヘイヤとゴーヤをもらったとのことで天ぷらへ。
大根がないというので自転車に乗ってライフに買いに行く。
雨が降った後でペダルを漕いでいると涼しい。
本絞りは秋柑が出ている。一番搾りも秋味を。
天ぷらはモロヘイヤ、ゴーヤ、レンコン、ピーマン、ニンジン、嶽キミ。
例によってまたたくさん揚げすぎた。冷凍庫で保存する。
しかも嶽きみを揚げているときに油が跳ねすぎてポップコーンのようになって大惨事。
揚げ終わるまでにものすごく時間がかかって片付けまでしていたら午前0時近く。
妻には悪いことをした。

---
08/22(木)

明け方雨で目を覚ます。
一昨日問題になった件、昨日問い合わせメールを送ったところ
意外とあっさり解決できそうな回答が返ってくる。拍子抜け。
昼、弁当。焼き鮭。ソーセージ。他、あるもので。
食べ終えて昼寝。
夕方レビュー。19時まで残業。

帰ってきて明日の弁当のため、高菜チャーハンを。
今回もおいしくつくることができた。味見が止まらない。
夜は蕎麦を茹でておろしそば。
大根おろしを電子レンジで温めると辛みが弱まるという話で、
試してみたら確かにそうなった。

お笑い演芸館が再放送。
この前ディスク不良で見れなかった
『岸和田少年愚連隊』が届いたのでスキップして見てみたのだが、
ほんとエンドロールの手前だった。
23時過ぎに布団に入る。
みみたが釣り竿型猫じゃらしをくわえてやってくる。

甲子園決勝、履正社対星稜は履正社が優勝。
久しぶりに決勝がワンサイドゲームにならず、拮抗した試合へ。
観たかった。

赤いきつね焼うどんのでか盛り、一昨日見かけたときはまだあったので
今度買うかと思って今日行ってみたら売り切れていた。しまった…

---
08/23(金)

朝から雨。今週は梅雨のように雨が降っている。
少しは涼しくなったが、昼間はモワッと暑い。

朝からずっとバタバタ仕事。
昼、高菜炒飯。
打ち合わせが終わって疲れ切って何もする気がなくなる。

やまやに寄って缶ビールを買って帰ってきて、クリーニング屋へ。
一昨日の天ぷらで油が跳ねたポロシャツを持っていく。
妻が預けたのを引き取って帰ってくる。

チコちゃんは拡大版のスペシャル。
新日本風土記は品川宿。北と南、それぞれに祭がある。
猫歩きは京都の梅宮大社。流れ者の猫が仲間に加わるまで。
おんな酒場放浪記、タモリ倶楽部、金曜日のどっち。
午前1時半に寝る。

---
08/24(土)

7時半起き。大草原の小さな家。
「ジョーンズさんの鐘」またしても神回。

荻窪の床屋へ。102歳のお母様が亡くなられたとのこと。
マスターも心なしか元気がない。
終わって、以前『町中華で飲ろうぜ』に出ていた「啓ちゃん」に入ってみる。
家の近くにあったのに、入ることがなかった。
レバー辛煮丼にする。ピリ辛の中華丼にレバーが入っている。
12時を過ぎて店は満席。
ベビーカーに小さな子供を連れた外国人と日本人の夫婦。
年配の夫婦。会社かなんかの先輩後輩の男女。若者が一人。女の子二人連れ。
いろんなお客さんが次々に入ってくる。
隣りに座った男性は瓶ビール。まさに町中華。

新宿の DiskUnion に寄って取り置きのCDを。
久保田麻琴の『サンセット・ギャング』と Grareful Dead『Steal Your Face』
安く売ってたのも合わせて買う。
Paul Weller『Heavy Soul』と Ash 「A to Z vol.1」の国内盤がそれぞれ100円。

帰ってきて LIVIN で買い物して、その後ライフへ。
少し涼しくなったようでいて、日が出ると暑い。
iPhone の曲の入れ替え。『龍の夢』の続きを読む。
イタリアを見る。夜はゴーヤチャンプルー。
『パッチギ!』を見た。しまった。こんなに面白い映画だとは思わなかった…
とんでもない傑作だった。
矢沢永吉70歳の番組をやってた。
お笑い向上委員会を見て寝る。午前0時過ぎ。

---
08/25(日)

夜は涼しかったのが、
朝起きると日差しが強くいつのまにか暑くなっている。
9時起き。常備菜の準備。
切り干し大根の煮物。ブロッコリーを茹でて冷凍しておく。
レンコンのきんぴら。
昼は先日頂いたマルタイラーメンの九州ラーメン5つセットのうち、熊本を。
武田ハムのチャーシュー、桃屋のメンマと共に。

Lazy Sunday を聞き終えて、『龍の夢』の続きを読む。
焼酎をロックで飲みながら。インドの古典楽器を聞きながら。
千葉作龍の弟子、内山龍生と竹浪比呂央の二人のところ。
千葉作龍が竹浪比呂央を破門にした話など。
ここがひとつ、青森ねぶたの今ある姿を形作ってんだろうな。

笑点を見ようとしたら24時間テレビ。嵐と大喜利。
世界遺産はアイルランドの孤島。西の果てに約束の地があるとされた、その島。
弁当の用意。鯖を焼く。ベーコンとほうれん草のスクランブルエッグ。
モヤモヤさまぁ〜ず2がなく、消えた天才の冒頭を。
体操女子、14歳で日本一となった天才少女は今、シンガポールでマーケティングの会社の社長。
いだてんを見たのち、借りてきた『JSA』を。ポン・ジュノ監督・これは切ない話だった。
枝豆を茹でて缶ビール。
『Song to Soul』は「ラジオスターの悲劇」
午前0時に寝る。


[6828] 床屋型コミュニケーションなど 2019-08-25 (Sun)

仕事でよくやってしまうことなんだけど、
これぐらいはまあ皆に連絡するほどでもないなとほっといたり、
メーリングリストやメッセンジャーツール、チャットツールで
誰宛でもなく流しておいたら当然誰も読んでなくて、
気が付いたら自分一人でいろんなことを抱えているという。
あるいは、さっき○○に書いたことなんだけどと直接伝えて回るか。
……何か本質的におかしい。

情報をしかるべきところに蓄積させて、流通させるということはいつになっても難しい。
ツールが進化するとしてもその多くはユーザーインタフェースに関わる部分であって、
人と人のコミュニケーションのあり方そのものを改善させることはない。
そのツールの使い方を工夫して有意義なものにするのはやはり人間なのである。

そういうことを考える一方で。
昨日、いつもの床屋で髪を切った。
切ってもらう間、マスターの最近こういうことがあったという話を聞く。
僕は相槌を打つ。
このとき、こちらはカバーをかけられて首だけ出して手は出さない。
だからスマホをいじったりはしない。
マスターも鋏と櫛を手にずっと髪を切っている。

今時珍しく、会話の双方がスマホを手にしていない。
これって貴重なことだなと。会話だけで会話を成り立たせるというか。
そういうこともあって話したことの多くが記憶に残っている。
美容室だと雑誌が読めるということはスマホも触れるか。
こういう床屋型のコミュニケーションをもっと増やさないとな、と思う。

コンサートの会場で聴きながらスマホをいじってるのも普通のことになって、
そのうちに映画館で映画を見る時もスクリーンの照度を落として
スマホ片手にとなるかもしれない。

それはそうと2020年のオリンピック。
僕らが今想像する以上に外国人観光客が訪れて、交通機関が混雑することになる。
そんなとき立っようと座ってようとスマホを眺めてるだけで周りに無関心という人たちばかりだと
大小様々な問題が起きかねない。
スマホに夢中になって通路をふさいでしまうとか、席を譲らないとか。
せめてオリンピック期間中だけでも車両の中や駅構内でのスマホ利用の規制を行うべきではないか。
スマホ禁止車両を用意するのは、……安易か。


[6827] 『岸和田少年愚連隊』『パッチギ!』 2019-08-24 (Sat)

妻が見てみたいというので借りてきて、、
先週の日曜『岸和田少年愚連隊』を、今日の夜『パッチギ!』を見た。
びっくりした。そして悔やんだ。
俺は何でこんな面白い映画を見逃していたのだろうと。
正直、全く期待していなかった。
井筒監督って言うと深夜番組のけったいなおっさんというイメージで。

もう理屈抜きで面白い。
『岸和田少年愚連隊』なんてストーリーらしいストーリーはなく、
ただ喧嘩に明け暮れているだけ。
なのになんだこの圧倒的な存在感は。
しかもほとんどの登場人物がナイナイの二人を初めとする吉本の芸人で素人。
(ちなみに山本太郎と宮迫博之という2019年夏を代表するふたりが出演している)

なのに素人っぽさがみじんも感じられず、セリフ回しも違和感がない。
これって演じ手の魅力を最大限に引き出しているからか。
奇跡というか、この時この場でしか撮れない映画を撮るという
稀有な才能があるんだろうな。

『パッチギ!』も大半が喧嘩のシーンなんだけど
主人公が「イムジン河」という歌に出会い、
クライマックスに歌うという流れがあってよくできている。
こちらもまた役者たちが塩谷瞬、沢尻エリカ、高岡蒼佑と適材適所。
在日朝鮮人と分かり合えるのかという永遠の問題にも
自らのスタンスを出すことで
『岸和田少年愚連隊』と比べて格段に奥行きが生まれている。

映画の中心に歌がある、というのが強い。
「イムジン河」に全てが集約されているだけではなく、
オダギリ・ジョーの歌う「悲しくてやりきれない」も
映画にスッと寄り添っていた。
音楽はフォーク・クルセダーズの加藤和彦が担当してるんですよね。

とりあえず妻とは、もう一度見ようと。


[6826] 海の向こうで戦争が始まる 2019-08-23 (Fri)

昨日の韓国が「GSOMIA」を破棄というニュース。
(日韓防衛当局間で軍事機密のやりとりを可能にする軍事情報包括保護協定とのこと)

ああ、こんなふうにして
案外、来年の今頃は日本と韓国とが戦争が交戦状態にあって
阿部首相がかつて言ったところの「わが軍」が戦地に赴いている、
日本か韓国かその間のどこかで死んでいく、
そんな光景を僕らはネットニュースやテレビで眺めながら暮らしている、
そうなってもおかしくはないな……、と思った。

『この世界の片隅に』であれ、どんな戦争映画でもそうだが、
戦争というものは何もないところからいきなり突然始まるのではなく、
日々少しずつ少しずつ気が付かないぐらいのスピードで状況が悪化していって、
後戻りできなくなる決定的なポイントに差し掛かっても
その時にはわからないまま。
そこを過ぎてしまうとあとは一気に下り坂を転げ落ちていく。

今、そういう悪化をひとつひとつ積み重ねていってるんだなと。
数週間前、日本が韓国を貿易上の優遇対象国のリストから外したとか、
いや、それ以前に数年前から
韓国に対するヘイトスピーチを白昼公然と駅前で行う団体が増えたなとか。
僕ら自身の多くはおそらく韓国や韓国人に対してなんらネガティブな感情を抱いていない。
ヘイトスピーチを僕らの日常の「例外」と捉え、
今回のような政府間の攻防をブラウザやテレビの向こうの出来事のように思う。
そのうちに、取り返しのつかないことになってしまう。
サイレントマジョリティーはただ巻き込まれるだけ。

どうにかできないものか。
今、世界的に「○○が気に入らない」「○○を排斥しろ」という
極端な意見ばかりが注目され、
サイレントマジョリティーがそこに与することはない一方で
同調するごく一部の極端なコメントが群がっていき、
ひとつの流れを形成していく。
下手に関わると痛い目に会うから僕も含めて皆、見てみぬふりをする。
戦争が始まったとき、僕らはそこに責任を、その痛みを感じるだろうか。
ただ、何もできなかったという徒労感だけが残るのか。

来年の今頃、どうなっているだろう。
誰が流れを変えてくれるのだろう。
待っているだけだと、戦争が始まってしまう。


[6825] 水平方向のエレベーター 2019-08-22 (Thu)

エレベーターが垂直ではなく、水平方向に発展した社会というものを想像する。
A地点からB地点までのまっすぐなシャフトが地上や地下に張り巡らされ、乗客が乗り降りする。
必然的に都市は碁盤の目のようになる。
具体的にはビルとビルの間を結ぶ、という感じか。
あるいは巨大なビルの中であるとか。
中東・アジアの急成長する都市のオフィスビルとかそういうのあってもよさそうだけど。
一方向にのみ敷設するならいいけど、縦横に交差するとなると
縦ラインが停止しているところにもう一台が横ラインから来たりして待ったりするのがやっかいか。

その代わりに鉄道やモノレールの類は発展しない。
というか、発明されなかった、という世界を考えてみる。
エレベーターが考案され、実用化されたときに
これだ! これは水平方向も行けるのでは、と考えた人が20世紀の初めにいて、
しかもかなりの権力者、ないしは、大富豪だったりしたら。
シムシティのように自分の支配する町をつくり、そこに水平エレベーターを敷設する。
それを見た世界中の人が真似る。

やがて都市の中だけではなく、都市と都市の間をつなげないかと考えることになる。
シャフトの延長工事を続け、数年の後に完成する。
途中で曲がってはいけないし、傾斜があってもいけない。
果てしなく続く一本道となる。
成功の暁には海底にも敷設できないか、という話にまで広がる。

エレベーターは基本小さな空間であるため大量の人員を一度に運ぶことができない。
よって一本のシャフトの中を一台のみ行き来するのではなく、複数台が常に移動することになる。
そうなると一本の中で行ったり来たりの往復はできなくて、
上り方向でシャフトが一本、下り方向でシャフトが一本となり並行することになる。
この間をゆるやかなカーブでつなぐ。
Uの字型とそれをひっくり返したのがつながって、陸上競技場のトラックのような形になる。
この間をぐるぐると回る。
(そうなると前後から引っ張って動かすのが無理となってリニアモーターカーの原理を応用。
 この際、鉄道が発達しなかったことは置いておく)

そのうちにこれら個別に動かすのではなく全部連結したらいいのではないか、というアイデアが出てくる。
しかも空間としても区切らずに一連なりとする。通路そのものが循環するというような。
急ぐならばその中を歩いて行ってもいいし、目的の個所に差し掛かるのを待っていてもいい。

となると、最終形態はどうなるか。
複雑化したものは極めると単純化を求める。
そもそも屋根や壁は不要ではないか。通路の床そのものが動けばよいのではないか。
その方が乗り降りの自由度が増す。
ということで「動く歩道」が発明されるだろう。
屋外ならば屋根付きの。

話変わって。
エスカレーターと動く歩道を組み合わせて巨大な建物というか迷路の中を縦横無尽に進んでいく、
ドミノ倒しのドミノになったかのような感覚を体験できるアトラクションがあったら面白そうだな、と思う。
ジェットコースターのようなスリルは求めず、風景が変わっていくような。
走ったら危険じゃないかといった安全性の問題があるので、
椅子に座ってベルトで固定して、となると興ざめだけど。


[6824] 広島遠征 2019-08-21 (Wed)

今年のドリカム遠征は広島へ。来月9月の前半の方の3連休。
チケットが当たって春先にホテルを申し込むときには
今年も広島が独走して優勝まっしぐら、
マジックナンバーも残り1とか2とかでホテルはどこも取れなくて
町は大賑わいなんじゃないか、
優勝が決まった直後なら町中でビールかけやってんじゃないか、
広島焼きが乱れ飛んでるんじゃないか、と思っていたのであるが…
5月の、球団新記録となる異常なまでの勝ち数を見ていた時までは。
その後の交流戦での急ブレーキを経て、なんかまあ比較的静かになってそうな。
それはそれで寂しいことだけど。

本格的に広島を訪れるのはこれが初めて。
6年前に倉敷、尾道、生口島を訪れて、かすめたことはあっても。
2泊3日で、初日はドリカムの夕べ。
2日目は広島市で過ごすか、厳島神社まで足を延ばしてみるか。
原爆ドーム、平和記念公園は訪れるべきだし、どうするか。
広島の町は川辺におしゃれなカフェもできてるというし。

そういえば会社の先輩が毎年、
東広島の「酒まつり」に行ってるなということを思い出す。
相当な規模で開催されているという。
https://sakematsuri.com/
見てみたら全国から1,000銘柄集まると。
しかし残念ながら全然時期が合わず。
いや、その方がよかったか…
途中で記憶をなくして、東京まで生きて帰れる気がしない。

食べたいのは広島焼きと牡蠣は外せないとして、
聞いた話ではB級グルメとして「ホルモン天ぷら」なるものがあるという。
これ、ビールに合うだろうな。いくつかの店で提供しているようだ。
https://gurutabi.gnavi.co.jp/a/a_1982/
あと、可能なら食べてみたいのが呉が海軍の町ということで海軍カレー。
『この世界の片隅に』を観たこともあって行ってみたいけど、
さすがに今回は行けないな。

そうだ、オタフクソースの工場見学があるみたいで。
https://www.otafuku.co.jp/laboratory/event/
しかし、予約を見てみたら年内は土日の予約がいっぱいみたい。残念。
いや、そもそも土日やってないんだな。
近隣の小学校、中学校は社会科見学で必ず訪れるんだろうなあ。
子供向けにお好み焼き教室もある。
なんにしても広島限定のオタフクソースがあったらお土産にあれこれ買っちゃいそう。


[6823] ルールとメッセージ 2019-08-20 (Tue)

以前、物語の読者が物語に求めるものは
魅力的な「世界観」(ワールドモデル)とその中を生きる「キャラクター」に尽きるんじゃないか、
一方で「ストーリー」は奇抜なものよりも馴染みのある類型に沿ったほうが落ち着く、
ということを書いた。
世界観には作品全体として覆うもの(ナレーターや作者の視点の世界観)と、
個々のキャラクターの世界観とがあるということも書いた。

言ってみればルールですよね。許可と禁止で考えるとわかりやすい。
そこでは一般的に人というものは、あるいは主人公その人は、
何を求めてはいけないのか。何を求めることを許されているか。
そしてそのルールに対してどう抗うのか。
そこにこそ無言の「メッセージ」が込められているのではないか。
どの映画であれ、高倉健演じる主人公を思い浮かべるとわかりやすいと思う。

物語にどういうメッセージを込めるか、必要なのか、ということが議論となる。
自分にはこの社会に対して訴えかけたいことはないのだと。
しかしメッセージというのは社会的なもの、
例えば極端な階級構造の是正といったものに限らない。
主要な登場人物たちが何を求めてぶつかり合うのか、
誰が最終的に欲しいものを得て、誰が失うのか。
その全体的な構図を否定的に捉えるのか肯定的に捉えるのか。
それこそがメッセージとなる。
つまるところ、メッセージは「セリフ」ではない。
(もちろん多くの場合は主張な登場人物の心情の吐露といった形で表されるが)

しかしこれが単なる個人間の利害関係の一致に過ぎなくなったら薄っぺらくなるので、
社会的な背景との関係性においてどうなのか、その物語世界においてどうなのか、
というところが必要とされる。

佐伯一麦の私小説『還れぬ家』を読んでそんなことを考えた。
高校卒業に前後して家を飛び出した主人公は
電気工事の職に就きながらの最初の結婚が破綻、今は再婚している。
これまで関りを極力避けてきたが、父が認知症を患い、
折り合いの悪かった母がしきりに頼るようになってきた。
その日々が淡々と綴られる。
それがかなり進んだところで突然、東日本大震災が起きて生活は一変、
全てがなぎ倒されるようでいて、主人公の語りは父の最期を看取る日々を重ねていく。

新潮文庫の解説でロバート・キャンベルも書いているが、
佐伯一麦は「帰る」という言葉を使わない。「生家を訪れる」といった表現となる。
このたったひとつのルール(いや、実際には他にも無数にあるんだけど)の
自分にとっての意味、社会にとっての意味をとことん掘り下げていくことで、
そしてそれが一切ぶれないことで、長大にしてゆるぎない物語を生む。
そういうことなんだなと。

自分には○○ができない、あの人はしたくても○○ができないということが、
物語を生むきっかけになるということ。


[6822] 08/14-08/18 2019-08-19 (Mon)

08/14(水)

昨晩は鑑定団を見て、22時には布団へ。22時半には寝た。
雨が少し降ったように思うが、蒸し暑かった。

7時出社。
今日もまたオフィスの近くのセブンイレブンに赤いきつね焼うどんのでか盛を買いに行く。
まだ在庫がある。
再度外に出てペットシッター代を振り込みに行こうとしたら、大雨。
この日降ったりやんだり。台風10号の影響か。

昼休みを返上して、とある課題について関係者20人近く集まっての打ち合わせ。
元凶は僕だが、仕切りきれずに他のシステム・他の部門の方が見るに見かねて仕切ってくれたという。
針のむしろ。
終わって13時から弁当。
熊本工対関東一校の試合。妻が見ていたが惜しくもの負けた。

19時まで残業。
妻が夏休みなので弁当のおかずと夕飯をつくってくれる。
弁当のおかずは生姜焼き。
夕飯は天ぷら。白ゴーヤ、ズッキーニ、オクラ、カボチャ、アスパラ、ピーマン、海老など。
揚げた端からつまみ食いするのですぐ腹いっぱいになった。
残りは明後日の弁当に持っていく。
『街録』を見て寝る。
夜も雨が降ったりやんだり。

---
08/15(木)

終戦記念日。
台風10号の影響で甲子園は順延。

朝目が覚めるとみみたが枕もとで寝ている。
寝返りを打とうとして踏みつけるところだった。
5時半に起きて、スコールのような雨。
7時出社。

午後のレビューで要件定義で決まったはずの内容が認識が違うと。
データモデルの根幹にかかわる箇所で巻き戻しとなる。
こういうのいつかは来るだろうと思っていたが、やはり来た。
まだ早めに見つかってよかったかもしれない。
この日はその検討で終わる。

19時前にオフィスを出て神保町へ。
「おさんぽ神保町」の取材で「terrA 神保町てら」という新しくできたばかりの店へ。
「Bilbi」の跡地。その間のパンバル「PANKU」の取材もしている。
料理も日本酒もおいしく、ついつい長居。
いつものSさんだけではなく、その飲み友達のKさんも終盤合流。
神保町のことを聞くうちにいつしか太平洋戦争の話へ。
いろいろとここには書けない興味深い話を伺った。
気が付いたら22時半。

帰ってきて午前0時。
昨晩の天ぷらを詰めて弁当を。
0時半には寝る。

---
08/16(金)

昨晩は風が強く、今朝もまた。小雨も降ったりやんだり。

5時に目を覚ました時に何かがピーピー鳴っている。
目覚ましが鳴って起き上がるとガスコンロがつけっぱなし。
昨晩妻が帰ってきて弁当をつくるというのを、いいよ、自分でやるよと天ぷらを詰めてたりしたら、
せめて茹で卵はつくるよと。その後洗濯物を取り込んだりしているうちに疲れて寝落ち。
最新のガスコンロなのでセンサーがついていて、しばらく動きがないと火が消えるようになっている。
水が蒸発して空になった鍋が乗っていた。昔のガスコロンならば火事になっていた。

7時出社で資料を作って昼前に打ち合わせ。
方針は固まったが、巻き戻りのインパクトはあり。
昼を食べて、昼寝。
厄介な話が次から次に。
夕方進捗報告の打合せ。
まあいいかと定時で帰る。
光星学院の試合を一球速報で見る。
これは楽勝かなと思いきや途中で追いつかれ同点。
家に帰った頃には8階。サヨナラ勝ちになったところ、見ることができた。

新宿の DiskUnion で取り置きの久保田麻琴と夕焼け楽団のアルバムを買う。
チコちゃん。妻が枝豆を茹でて、ズッキーニをベーコンで巻いたのをつまみに。
新日本風土記はなし。眠かったので寝て過ごす。
猫歩きはアイスランド。後半やはり眠くて布団へ。
おんな酒場放浪記。
タモリ倶楽部まで時間があって逆転人生を。
Apple に訴訟で買った発明家の話。見逃していた。
タモリ倶楽部は小学館の『幼稚園』の付録一筋の方。
「金曜日のどっち」はこれまでの未発表トーク集。
本編よりもこちらの方が面白い。
午前2時に寝る。

---
08/17(土)

妻がなつぞらを見るために7時半に目が覚める。眠い。
大草原の小さな家。「あらいぐま見つけた」というかわいらしいタイトルと裏腹に、
狂犬病のあらいぐまに立ち向かうお父さんは『ランボー怒りのアフガン』のようであり、
ローラがあらいぐまに噛まれて発症するかどうか見守るところは
和製ホラー映画の古典『震える舌』のようでもあり。
なにげに神回だった。脚本がよくできていた。
なしを剥いて食べ、赤いきつねの焼きうどん

後輩ちゃんから弘前の嶽きみが届く。
みみたを動物病院に連れて行く。
真夏だからか待合室はガラガラ、先生も近くのコンビニに自転車で買い物。
すぐ診てもらえる。
血液検査の結果、肝臓の数値は少し下がっただけ。
危険な値ではないし、食欲も変わらないのでしばらく様子を見ましょうと。
帰ってきて、コバエが発生していたので猫草がまだ生えているのを土ごと捨てる。
土を入れ替える。

車で池袋に出かける。
ISP の駐車場に停めて、西武百貨店へ。
寝具やタオルの売り場。
帰りに地下の総菜コーナーで巻き寿司と唐揚げを買う。
帰り道、車線変更に失敗して左折できず。
ナビは露地をぐるっと回って引き返せと言う。
車一台通り抜けられるかどうかの通りをそろそろとゆく。
もうすぐ道路に出ると思った瞬間、ドカッと。
電柱にこすってしまった…
助手席に座っていて目の前にあったはずが、少し先を歩いている人に気を取られていた。
妻がかなり落ち込む。

やまやに寄っていく。
下りて見てみたらボディがかなりへこんでいた。
ペットボトルの水や缶ビールを買って帰る。
家に着いて妻は保険会社に電話。
僕は自転車に乗ってライフに食材を買いに行く。
18時からイタリア。
19時から『ENGEI グランドスラム』23時まで。
夜は買ってきた巻き寿司と唐揚げ。
妻の作ったゴーヤと豆腐のサラダ。
お笑い向上委員会を見て寝る。

---
08/18(日)

8時起きで甲子園。
八戸光星学院対明石商業。勝てるかなと思ったんだけど。
2回までに6点を取られて、後半追いつく。
しかしそこから先、2塁3塁に進むことができても追加点が出ない。
結局7−6で負けた。
どちらもエースを後半まで温存。
明石商業のエースが登板する前に勝ち越しておきたがったが…

なしを剥いて食べる。嶽きみを茹でる。
洗濯物を外に干そうとすると灼熱の日差し。その分すぐ乾く。
Lazy Sunday を聞きながら常備菜のきんぴらごぼう。
ブロッコリーを茹で、インゲンの胡麻和え。
昼は大盛りいか焼きそば。
Lazy Sunday にヤン富田が出ていた。

16時、車に乗って島忠へ。
猫草用の砂、カリカリ、その他生活用品を買う。
帰ってきて笑点。円楽は入院で休み。
世界遺産はウェールズの運河。
モヤモヤさまぁ〜ず2は北新宿・東中野。
4代目アシスタント登場。新人アナ。
一見礼儀正しいようでいて、最近の若者っぽくどこか生意気そう。
いい感じに育つと思われる。

風呂を沸かして入る。
いだてんを見ながら食事をつくる。
オクラをゆでる。先日の天ぷらもそうだったが、筋張っていて半分ぐらい食べられなかった。
ご近所の方から頂いたゴーヤがあって、ゴーヤチャンプルーをつくる。
妻が井筒監督の映画が見たいと、TSUTAYA DISCAS から借りた『パッチギ!』が
最初の方で映像が飛びまくって見られず。
じゃあと『岸和田少年愚連隊』にしたら、最後の最後に飛んで停止…
問い合わせする。
それはそうとナイナイが主演というのはなんとなく覚えていたけど、
あの頃の吉本の若手大集合ということで準主役で宮迫も出ていた。
だけでなく、山本太郎も。
すごいな。2019年夏の今、セリフのひとつひとつが感慨深い。
ストーリーはあってないようなもので、それでも勢いで押しまくって意味もなく面白い。

『Song To Soul』はシンディ・ローパー「Girls Just Want To Have Fun」
本人も出演していたけど、陰の主役が The Hooters で。
なんだか感慨深かった。
午前0時に寝る。


[6821] 永遠の夏休み 2019-08-18 (Sun)

夜は仏壇のある部屋の隣の応接室に布団を敷いて、遊び疲れて雑魚寝。
縁側のガラス戸は閉めていたか。池の鯉がポチャンという音を時々立てる。
時折車が通り過ぎていく。ヘッドライトが射しこんで通り抜ける。
蚊取り線香の匂い。それでも飛び込んでくるのが一匹、二匹。
誰かがぴしゃりと腕を叩く。
床の間に飾っている鷹のはく製が真夜中、動き出さないかが気になる。
その内に寝付いてしまう。

6時前。最初に起きるのは誰か。
既に叔母たちが台所仕事で忙しくしている。
従姉がラジオ体操に行くというのでついていく。
近くの神社の境内だったか。
帰ってきてズームイン朝を見ながら朝食。
ご飯と海苔と納豆と味噌汁。

蝉がうるさいぐらい鳴いていて、虫かごと網を手に畑の側を歩いて裏庭へ。
網を振るだけで蝉が取れる。すぐにも虫かごがいっぱいになる。
戻って来て網戸に蝉を貼り付ける。びっしりと蝉、蝉、蝉。

テレビでは甲子園。
あの頃の青森は、青森だけではなく東北地方は弱かったな。
光星学院も聖光学院も仙台育英も強豪校ではなかった。
脇水で冷やしたスイカを切るので持ってきてくれと言われる。
トマトも冷やしている。
年上の従姉が台所でアジシオをかけてトマトを丸かじりする。
スイカを運ぶとまな板の上で割って外で食べる。
種はその辺にプッと飛ばす。

昼前に近くの店にアイスを買いに行く。
野菜も野菜の種も肉も模型飛行機も何でも売ってるような店。
暑いのに店まで走って競争する。
入口を開けるとピンポーンと鳴る。
ケースを開ける。一人一個と決まっていてわれ先に選ぶ。
棒に刺したラムネのアイスか。カップに入った宇治金時か。
帰ってきてテレビの前で食べる。扇風機の前が特等席になる。

休みの日で昼まで寝ていた叔父が起きてきて安い焼酎を飲む。
甲子園を見ながら、一日中寝るまでずっと飲んでいる。
店に行って買ってこいとポケットから取り出した千円札を何枚か渡され、
お釣りで花火を買えと。
また店に買いに行く。「純」とか「SUN」とかそういう大きなボトルを。
花火を選ぶ。手に持つのだけで一番数が入っているのにするか、
半分ぐらいのサイズのにして、代わりにドラゴンをいくつかとするか。

帰ってくると昼はカレーをつくってあるという。
朝からくたくたになるまで遊び回って、走り回って、
スイカを食べてアイスを食べて。
それでもまだ半日しか経っていない。

あの頃は一日が長かったな。
星空の下での花火を楽しみにしながら
午後は川に出たり、村はずれの方に行ったり。
蚊に刺されまくって、ムヒを塗って、また遊びに出かける。
叔父がまだ酒を飲んでいなかったら海に連れて行ってくれることもあるだろう。
夏休みは永遠で、子ども時代も永遠に続くようになんとなく思っていた。
80年代前半、40年近く前のこと。
夏はそんなに暑くはなく、衛星放送のアンテナもなかった。
魚を売る行商のトラックが時々来ていた。
水はどこで飲んでもきれいだった。
今はもう多くのものが失われてしまっている。
その記憶もどんどん色褪せていく。
当たり前の日々だったから写真一つ残っていない。
そんな、永遠の夏休み。


[6820] 『ENGEI グランドスラム』 2019-08-17 (Sat)

フジの『ENGEI グランドスラム』4時間をしっかり見てしまった…
英語で漫才をやるというナイツと
N国党を揶揄して明日から厄介なことになりそうな爆笑問題は
鉄板の面白さだった。

この2組を抜いた中ではやはり金属バット。
斜め上から来るようでいて地に足のついたネタの発想力もさることながら、
存在感、間合い、ツッコミの入りぐあい、全てよくできている。
次の M-1 の台風の目になるんじゃないかな。
というかなってほしい。
今のこの勢い、という意味ではアインシュタインもよかった。

あと思ったのは、最近よく聞く今はトリオの時代ということ。
ジャングルポケット、東京03はウェルメイドな手堅い笑い。
面白いなあというより、作り込んだ場面や演技の巧さで笑うという。
四千頭身ってほんと新世代だった。笑いの構造が違う。
ロバートはまあ秋山がいれば何やってもいいし、ハナコはボチボチか。

案外面白かったのが友近と近藤春奈のコンビ。
どれぐらい打ち合わせや事前準備があったのかわからないけど、
芸達者ってこういうことなんだなと。
千原兄弟を兄弟をとして見たのも久しぶりかな。
犬の下半身はどこか、ケンタウロスの下半身はどこか、
というの何気に一番笑ったかもしれない。

他、大半はたいして面白くなかったな…
ミキも霜降り明星もバイきんぐもジャルジャルもEXITも。
(キングコングの漫才というのは個人的に M-1 以来だったので新鮮だった)
そんな中見るとフットボールアワーのいつもの岩尾のハゲ、
尖った笑いの番組の中で見るとまたそのネタかと笑えないのが、
今日の並びだとむしろホッとするという。
や、フットボールアワーの漫才はうまい。
今回の生放送にひっかけて「もうええわ」を早く出したいというの、おもろかった。
でも昨晩の「金曜のどっち」の未公開トーク集の方が断然笑った。

なんにしてもフジテレビのお笑いはFNS歌謡祭と結びつけたりで
IPPONグランプリ以外はなんか無駄が多い。
終わった後の「さんまのお笑い向上委員会」で口直し。
今晩もホトシュールで心癒される。


[6819] 「terrA 神保町てら」 2019-08-16 (Fri)

昨晩はおさんぽの取材で仕事が終わってから神保町へ。
「terrA 神保町てら」という店。
以前バル「Bilbi」があったところ。妻と最初の頃のデートで入った思い出の店。
二階建ての小さな建物で、かつては古本屋だった。
「Bilbi」のあとはパンバル「PANKU」となったが、諸事情で閉店。
その後どうなったのかな、と思っていたら今年6月に「terrA 神保町てら」が開店とのこと。

まだ若い夫婦で切り盛りしている。
旦那さんは32歳。若い頃はバックパッカーで旅していて、いつかはゲストハウスを開きたいと。
そのために日本の料理を学ぼうと安定した仕事を捨てて居酒屋に弟子入り。開店資金を貯めた。
山が好き、旅が好き、本が好きということで神保町は憧れの地であったが、なにせ家賃が高い。
しかし縁あってここに決まった。企画書に込めた思いが大家さんに評価されたのかもしれない。

店を開く前にふたりでスペインを訪れ、リュックサックを背負って
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の 800km を32日間かけて歩き通したという。
旅で困っているときにスペイン各地のバルで出会った人々の優しさに触れて、
様々な人々が集まるバルのような店にしたいと思ったと、語っていた。
この日店は instagram にアップしたその時の写真を見た、
スペイン巡礼の旅に行ってきたばかりだというお客さんが店を訪れていた。

1階はカウンターで6・7人か。
2階は手前に6人掛けのテーブル、奥にソファー席。
このソファーはもしかしたら「Bilbi」の頃からのものかな。見覚えがある。
昭和の時代の大きなテレビや置時計もそのまま。
旦那さんは1階ではワイワイ楽しく過ごして、
2階は自分の家のようにのんびりくつろいでほしいという。
食や文化の交流地点にしたい、ワークショップやギャラリーもいずれ開催したいと。
単なる飲食店ではなく、志があるのはいいことだなと思った。

それが器のひとつひとつや食材の選び方、調理の仕方に現れている。
最初に出された豆腐は青梅の、品評会で日本一になった豆腐屋に寄るもの。
他は高級料亭に卸しているものを縁あって、ここにも。
新潟の肴豆という枝豆を使用している。
自信作の豚の角煮も新潟産の「甘豚」を。名前の通り、砂糖を入れなくても甘味が出る。
こちらも生産された方とのつながりで。
こんなふうに「縁」というもので成り立っているお店なのだなと。

鶏胸肉、モロヘイヤ、オクラの小鉢を食べると底で鯉が泳いでいる。
描いたのではなく、実際に造形して色付けしている。
その小鉢がひとつひとつ違う。台湾の茶器を見つけたのだという。

今回最もおいしさにびっくりしたのは鯵のなめろう。
旦那さんの故郷九十九里浜では酢を付けて食べる。
小さい頃からそうしていて、それが普通と思ってきたのだと。
新鮮ななめろうは味噌の風味も程よく、あっさり、しっとり。
それが酢を付けるとさらに魚の味が引き立つんですね。
時期によってはカツオのなめろうもあるようなのでまた食べてみたいですね。

奥さんが日本酒好きということで東北を中心に全国の様々な蔵のお酒を仕入れていた。
僕も聞いたことないものばかり。
黒板にあったのは
「美酒の設計(秋田)」「楽器正宗(福島)」「文佳人 お化けラベル(高知)」
「赤武 SEA(岩手)」「仙禽かぶとむし(栃木)」「鬼夜叉 遠心分離(新潟)」など。
(オープン当初のラインナップを消さずに残していて、今はまた違うラインナップとのこと)
田酒は「古城の錦」が置いてあったかな。
豊盃は「ん」を飲ませてもらった。これも青森でないとなかなか手に入らないもの。
すっきりしたのを、ということで「美酒の設計」も飲んでみた。
料理もおいしい、酒もおいしいでかなりお金を使ってしまった…

今のところ食べログはなし。
お店の instagram のみ。
https://www.instagram.com/oguterra/
旅の写真もいいけど、ふたりのイラストにほっこりします。

今年一番グッとくる店でした。
長続きしてほしいものです。


[6818] 『街録』 2019-08-15 (Thu)

最近見始めるようになった番組が
NHK BS の『街録』(毎週水曜、23:00-23:30)
町行く人に街頭インタビューをして、その中から5・6人ほど紹介され、
ゲスト3名のトークがそこに挟まる。
テーマは「人生最大のピンチ」「あなたの転機」という感じのものが多いかな。
そしてそこから何を学んだか。
ただ心温まるだけのいい話、というものは出てこない。

ゴールデンウィーク頃はまだ500人ぐらいにインタビューだったのが
昨日のは995人だった。
その分視聴率が増えて制作側の体制も大きくなっている、ということなのだろう。
収録場所は銀座が多く、他、巣鴨、大山のアーケード商店街、高円寺。
大阪や京都でやっても面白いんじゃないかと思う。
『ドキュメント72時間』といい、『新日本風土記』といい、
このところ NHK がドキュメンタリーから派生させたコンテンツは秀逸なものが多い。

土日の銀座を歩いていたら呼び止められて街頭インタビューを申し込まれるかもしれない。
翻ってこの自分にピンチや転機があっただろうか、と考える。
ないわけではない。しかし、それは人に語るに足るピンチやチャンスだっただろうか、
番組で3分から4分ほどの尺に「縮める」ほどの深みや広がりを持っているだろうか、
というと全然そんなものではない。
「高校時代、演劇部の部室に寝転がってたたまたま岡崎京子の『Pink』を読んだときに、
 ああ、僕も東京に出ようと思った」
なんてのは「で?」で終わり。
せいぜい「作品のどこに共感しましたか?」と聞かれるぐらい。
そう考えると、平々凡々な人生だったんだな。
ピンチというピンチがなかった。介護が、とか、病気が、とか、倒産が、とか。
それがいいことなのか、どうなのか。いいことなんだろうけど。

ほんとに僕にはピンチがなかったのか。
トイレ関係しか思い浮かばない。
仕事上、これは間に合わないとか自分の作業ミスで障害が起きたというのはあるけど。
センターの床に置いてあったサーバを作業中に蹴ってしまったら
それがファイアウォールでお客様のサイトが閲覧できなくなったとか。
でも、そこから何を学んだかというと「気を付けよう」ぐらいの話で。
困難を乗り越えて何かを得た、成長した、という最低限の物語の型がなければならない。
そう考えると僕の人生は、ピンチがなかったというよりも学ぶことのなかった人生なんじゃないか、と。

いや、でもなんかあるはずだよな。
もっと探してみる。
でないと銀座に行けない。


[6817] 『めご太郎』 2019-08-14 (Wed)

帰りの新幹線は駅で買った嶽きみ天ぷらをつまみに、青森の地酒かリンゴの酒か。
だいたいは成田本店で買った地元のミニコミ誌やタウンガイド的なものを読んでいる。
今手元に残っているのを本棚から出してみると
『青森のいで湯めぐり』(グラフ青森)
『rakra別冊 北の酒場本』(ラ・クラ編集室)
『TEKUTEKU別冊 弘前酔連 vol.2』(TEKUTEKU編集部)

今回、読んだのがとても面白かった。
青森市出身で横浜で『ハマ太郎』という地域情報誌を出している夫婦による
特別編『めご太郎』(「めご」は津軽弁で「かわいい」という意味)
サブタイトルに「帰省するつもりで訪れる青森市」

寿司屋だと「三九寿司」や居酒屋の「六兵衛」「ふく郎」といった店が取り上げられている。
全然知らなかった…
僕もそんなに青森市に詳しいわけではないし、全てのガイドブックに目を通したわけではないけど、
旅行ガイドには載らない知る人ぞ知る名店なのだと思う。
地元の人からの口コミで訪れるようになった、足で稼いだ取材。

「青森に帰ったとき、私が訪れる場所 青森市編」というコーナーにて
池永理絵という方が、帰省すると言っても3・4日でほとんど実家で過ごして、
昔からの店はなくなって今もよく行くのは成田本店、
A-FACTORYの2階でシードルを飲んで帰る、いつも同じところばかり、とあって、
あーわかるわかるというか、俺も全く同じように過ごしているなあと。
こういう皮膚感覚に訴えてくる地域情報誌、初めてです。

堤町にあった「柳原遊郭」の記事も興味深かった。正直、知らなかった。
東京の吉原や京都の島原に並ぶと称された大きな遊郭であったのが1910年、火事で焼失。
旭町の方に移転するも1958年の売春防止法で廃業したという。
旭町に遊郭があったという話はこの前読んだ『龍の伝言』の中にあって、つながった。

他、夜店通りの入り口にあった老舗のパン屋「栄作堂」が閉店したこととか、
青森市は実はソース焼きそばのメッカであるとか、
あー懐かしい! え? そうだったの! ばかり。
恥ずかしながら「古書らせん堂」というよさげな古本屋が数年前にできていたことも初めて知った。
(この中では古川に店を構えるとしているけど、最近新町に移転したらしい)

面白くて新幹線の中でイッキに読んでしまった。
懐かしいのに新しい。青森市の懐に深く入り込んでここまでその魅力を引き出せるとは。
青森に対するそこはかとない愛を抱えつつ、
普段は横浜に住んでいるという距離感がこの絶妙な肌ざわりを生むのだろう。
第2号に期待。


[6816] 青森帰省 その4 2019-08-13 (Tue)

昨晩は酒場放浪記4本のうち2本を見て寝た。

5時に目が覚めて、一昨日・昨日の朝そうしたように
窓を開けて明け方の冷ややかな空気を部屋の中に入れてうつらうつらする。
今日は青森も30℃近くまで上がるようだ。
しかし暑いのも1・2週間だろうか。
昨日の浅虫ではトンボが飛んでいた。

7時に起きようとしたところに電話が。
毎年お盆の時期に叔父が夜発って車で一晩かけて青森まで来て、
うちに立ち寄って仏壇に上げる果物を置いていく。
恒例の、今別の海でキャンプをすると。
一緒にいた姪っ子はすっかり大人になって何歳なのかよくわからない。

部屋のあちこちを雑巾がけして、机と椅子を折り畳んでしまう。
なつぞらを見ながら朝食。カレーの残り。
高校野球は津田学園対履正社。履正社が圧倒的に強い。
この4日間、グラスに氷を入れて青森の水をグイグイ飲んでいた。
その最後の一杯を飲む。

9時半、家を出てバス停へ。
時刻表を見ると今日明日と三内霊園までの臨時のバスが出ている。
さほど遅れずにバスが来る。新青森駅まで乗って行く。
10数分で着く。途中ヤクルトのスイミングスクールの前を通るのが懐かしい。
新聞紙で包んだ花束を抱えたおばあさんたちが乗ろうとして、
行き先が三内霊園ではないと知って乗り込むのをやめる。

一時間前に駅に着いて、コインロッカーに荷物を預けて
会社へのお土産や新幹線の中で飲む酒を買う。
青森りんごのチューハイやリキュール、日本酒だと「作田」など。
家で飲もうと桃川が出している「青天の霹靂」の純米大吟醸を買ってみた。
つまみはいつもの嶽きみ天ぷら。

新青森駅始発だったので早めに乗ることができた。
発車直前、「座席あってますか?」と確認する男性が。
特急券を見ると新函館北斗駅行きで向かい。
あ、と思っているうちに発車してしまった。
その男性は「何とかします」と言っていたが、その後何とかなっただろうか。
八戸から引き返したか。

11:15発。車内販売はなかったが、盛岡までガラガラで通路に立つ人もわずかだった。
道中は成田本店で買った『めご太郎』を読んで過ごした。
缶ビールは1本だけ、日本酒は少しだけ、
あとは缶チューハイをロックアイスで冷やしながらとしたので
氷の解けた水で薄まってあんまり酔わずに過ごした。
予定通り14:30東京到着。
秋田の大雨で出発が遅れた3日前が遠い昔のようだ。

東京はもわーんと暑い。
昨日一昨日と少し涼しかったみたいだがそれも幻か。
しかし車内モニターのニュースを見ると東京はの最高気温は33℃と。やはり涼しいのか。
青森が涼しすぎたのか。

中央線を新宿で下りて大江戸線に乗り換える。
外国人の女性2人に呼び止められる。
観光客なのだろう。お揃いのゴジラのTシャツを着ている。
もしかしたら昨日までのコミケを見に行ってたのか。
東新宿に行きたいというのでどっちに乗ったらいいかと。
妻が、隣の駅で乗り換えだけど方向が同じなので、じゃあ一駅一緒に行きましょうと。
妻が聞くとジェノバから来たという。
都庁まで下りて、向かいのホームではなく階段を上ってからまた下りてと伝えてみたけど、
うまく乗り換えできただろうか。

光が丘に着いて、LIVIN で買い物して帰ってくる。
この4日間、サンダルが合わなくて足が痛かったという妻の荷物を抱えて歩く。
ようやく家に到着。みみたがお出迎え。
4日間いつものペットシッターに来てもらっていたけど、お留守番よくできました。
ネズミのおもちゃが4つ糸の先に付いた釣り竿、遊びすぎて3つが取れてしまったと報告書に。
そのみみた、最初はスリスリして遊ぼうとせがんできていたのが、
妻が疲れて寝てしまうと横で丸くなった。
荷物の片付けが終わって、母に電話する。
次は正月かと聞かれ、
もしかしたら9月か10月に休みが取れたらまた行くかもしれないと伝える。


[6815] 青森帰省 その3 2019-08-12 (Mon)

5時半頃目を覚まして、窓を開けて部屋に風を入れる。
うつらうつらして過ごす。7時に起き上がる。
朝は母の作ったカレー。サラダ。
この日は弘前に帰省していた妻の後輩ちゃんが青森まで来てくれるというので、
浅虫水族館に行こうということになる。
この日は一昨日、昨日と違ってなんだか蒸し暑い。
とはいっても東京ほどではないが。

バス停まで歩いて行って駅までバスで行く。
青い森鉄道のホームで待ち合わせる。
2人ずつ向かい合う旅行座席仕様だったので
缶ビールを飲みたくなって買いに行く。
しかし今、青森駅は改札内にキオスクがないようで。
いったん改札の外に出て買う。缶ビールと青森りんごの缶チューハイ。
頼まれたポッキーも。

09:14発、八戸行き。
筒井、東青森、小柳、矢田前。懐かしい路線。
野内を出て長いトンネルを抜けると浅虫温泉。
30分もかからない。バスだと1時間近くかかるが、バスだととても近い。

駅舎を出てまずは足湯に入る。
思ったよりもかなり熱い。しかしそれが気持ちいい。
足の裏が目を覚ます。
水族館まで歩いていく。鄙びた道を行く。
線路の下に作られた、反対側に渡るための古びた通路を見つけ階段を下る。
小さな川に沿っている。
地上に出ると小高い丘があって展望台があるとのことだったが、蜘蛛の巣が多く引き返した。
通路に下りて渡ろうとするとまだ若い子猫がいた。車や鉄道に轢かれないといいが…
廃業して廃墟となったホテルを通り過ぎる。

歩いて10分もかからないところに水族館がある。
駐車場は10時を前にして満車に近く、中に入っても大混雑。
こんなに人気だったとは。
前に来たのは20年以上前の学生時代。
夏休みに水族館の場面が出てくる映画を撮っていて、高校の同級生に車を出してもらった。
あの時はもっと寂れていたように思うが…

熱帯の魚に限らず、陸奥湾の魚、白神山地の魚を展示しているのがここの水族館ならではか。
陸奥湾の魚の水槽はトンネルになっているんですよね。
ユウレイクラゲなどここでもまたクラゲに見入ってしまった。
フンボルトペンギンの餌付けが始まるというので見に行く。
親子連れで水槽の前は身動き取れなくなる。
ペンギンたちはイカナゴ、シシャモ、サンマをもらっていた。

これだけ混むということはイルカのショーも大変だろうと20分前に着いたらギリギリ席があって、
後から来た人たちは通路で立ち見。
イルカのウォーミングアップののちに一度幕が閉じられ、
そこにマスコットキャラクターのラッコのアニメが映し出されて、また幕が開いた。
幸せなら手を叩こうならぬ、幸せなら鼻を鳴らそう。唄に合わせて鳴き声を上げる。
クライマックスはイルカたちのジャンプ。
後方のスクリーンには祭の映像が映し出されてねぶた囃が。
ここまで和風なイルカのショーは珍しいだろう。

僕の気を引くのはきれいな熱帯魚ではなく、
ウツボであるとか鯰のような大きな沼の主のようなものとか。
無骨な変な顔の魚がじっとしていると思わず見入ってしまう。

浅虫水族館と言えばラッコだけどこの時期いないのだろうか。
あと、近々マグロの赤ちゃんの展示が始まるという。

水族館を出て、海沿いの国道を歩く。
妻と後輩ちゃんが久滋良もちの店に入って買う。
横断歩道を渡って海水浴場へ。
今日は最高気温29℃、青森でも海水浴日和か。
海の家のスピーカーからは福山雅治が流れる。
砂浜にテントを張っているのを多く見かけた。
日焼けしないにはその方がいいか。
バーベキューをやってる人たちも多かった。
やんちゃな感じの若者たちには堂々と刺青の人たちもいた。

岸壁を歩いて突端へ。
湯ノ島が近くに見える。モーターボートが向かって行った。
水上スクーターを飛ばす人たちもいた。
目の前にはシュノーケリングの親子。
テトラポッドに寝そべって肌を焼く若者。

歩いて海の駅へ。
12時の遊覧船が出たばかりで閑散としていた、どころか誰もいなかった。大丈夫か。
ヨットハーバーでは新品と中古のモーターボートや小型のクルーザーを売っていた。
250万円のクルーザーって安いのかもなと思っていたら、中古だと40万なんてのもあり。
メンテナンスが大変そうだし、
ヨットハーバーに停泊するためのスペースを借りるのもかなりかかりそうだ。

国道を隔てて反対側の道の駅のレストランで昼を食べようとしたが、
混んでいてかつそば・うどんがメイン。
イメージが違うなと次の電車に乗って青森駅まで戻ることにした。
缶ビールを買って足湯で飲んだ。こんなうまい缶ビールは久しぶりだ。
駅舎に戻るとテレビでは甲子園が。光星学院対智弁学園。
これは強敵と思うが、光星学院が初回1点を先制する。

13:21 青い森鉄道に乗って青森駅前へ。
「帆立小屋」に入って帆立釣りを。
水が濁っていて針を垂らした時のホタテの食いつきもよくない。
前は3分だったのが2分と短くなっていた。夏休みで混んでいるからだろうか。
前はひょいひょい5枚はいけたのに今回は2枚。
しかし網で焼いておいしかった。
ししゃもやイカを追加、帆立フライ、買い焼き味噌も追加してリンゴ酢のハイボールを飲んだ。
A-FACTORY でジェラートを食べて、15:34 の弘前行きに乗って後輩ちゃんが帰った。
僕らもバスに乗って帰った。

マンションの近くの酒屋でお盆用の菊を電話で頼まれて買う。
家に着くとちょうど公営学院の試合が終わって、10対8で辛くも買った後だった。
6回に7点取られてひっくり返されたのが追いついて逆転。
やはり智弁学園は強い。
陽の明るいうちに帰ってきて昼寝。

夜は朝のカレーの続き。
母が近くで買ってきたマグロの刺身。焼売。
『ファミリーヒストリー』を見る。小澤征悦。
オザケンの父やマルタ・アルゲリッチが登場。
酒場放浪記を見ようとしたら野球の中継で遅れている。


[6814] 青森帰省 その2 2019-08-11 (Sun)

昨晩は焼き鳥屋から帰ってきてからどうにも眠く、
シャワーを浴びたのちにしばらく頑張ってテレビを見ていたが
諦めて22時に布団へ。
最初なんかわからずに見ていた番組が「世界ふしぎ発見!」だった。
今は男性がミステリーハンターを務めるんですね。
竹内海南江は今どうしているんだろう。
何と珍しいことに野々村真がパーフェクト。
恐らく10年に一度の偉業を見てしまった。

寝てると気温が下がって寒いかなと思って
母が用意していたタオルケット以外にもう一枚出したが、
夜中目を覚ますとどことなく蒸し暑かった。
トイレに行くと母がラジオを小さな音でつけっぱなしにしていた。

7時半に目を覚ます。朝は涼しい。ベランダに出る。
目の前を細長く木々が連なっていて、母曰く昔そこは線路だったという。
朝食。ごはん、味噌汁、野菜サラダ、茹で卵、ハム。健康的な。
僕が使うだろうと新しいマヨネーズを出す。
ベルマークがあったら切っといてと言われる。
夏の高校野球。作新学院と筑陽学園。
光星学院は明日、智弁学園と。

ワラッセに行くと昨日迎えに来た妹夫婦の前で話すと、
甥っ子姪っ子たちが一緒に行きたいという。
車で家まで迎えに来てもらう。
今年のねぶたが7日で終わって、賞を取った4台が1年間ワラッセに展示される。
9日・10日に入れ替えして今日が初日。
10時前の時点で駐車場がいっぱいという盛況っぷり。

甥っ子姪っ子は2階のねぶたの作り方と言った展示のコーナーが気になる。
僕らは先に1階のねぶた展示へ。4台が並ぶ。
ねぶた大賞が竹浪比呂央『紀朝雄の一首 千方を註す』
知事賞が話題の女性ねぶた師北村麻子の『神武東征』
優秀製作者賞が北村蓮明の息子北村春一による『瓊瓊杵尊と木花咲耶姫』
この3人と北村朝子の父、北村蓮明の双子の兄である第6代名人北村隆で賞を独占。
今、そういう時代なのだなあと。
もう一台選ばれたのは内田龍生『天の岩戸』
第5代名人千葉作龍が制作した竹の骨組みによる小さなサイズのねぶたもあったな。
夏休みということもあって子どもたち向けのねぶた紙貼り体験コーナーもあった。

妹夫婦、甥っ子・姪っ子たちとはワラッセで別れて僕らはA-FACTORYへ。
間の広場では小規模の夏フェスなのか、屋台がいくつから並び、
小さなステージが組まれてヒップホップとレゲエを融合したようなバンドがリハーサルを。
地元の若者たちなのかな。

A-FACTORYでまずは2階へ、いつものシードルを試飲。600円で3杯ずつ。
今回は kimori のドライとスイート、あと新しく加わったアップルワインを。
ソルトピーナッツやハニーピーナッツなどの缶が出てくるガチャガチャが設置されていて、
ミックスナッツをつまみに飲んだ。
2階の広間ではこぎん刺し体験のイベントを開催していて、妻がやってみたいと。
初心者向けのデザイン見本の中から「猫の足跡」というのを選び、糸は明るい色の青を。
1、2、3と目を数えながら一針一針縫っていく。
昔は麻の布しかなくて目が粗いから着ていても寒く、その目を埋めるために刺したのだという。
6歳の小さい頃から刺していって、嫁入り道具にしたのだと。
この日はこぎん刺し体験ということで麻ではなく刺しやすい木綿で。
針を触らせてもらうと刺繍用なので先端が丸かった。

義弟からお兄ちゃん、ラーメン食べたいでしょ?
最近だと「つじ製麺所」がいいよと教えてもらい、行ってみる。
古川の青森まちなか温泉の1階。
カウンターとテーブルで20席ぐらいか。13時、僕らの入った後に満席。
僕はニンニクチップの乗った味噌ラーメンにチャーシューとに玉子を追加。
妻は冷やしぶっかけ中華そばだったか。揚げ玉や山菜が具に乗っている。
これは確かにおいしい。僕の中では「ひらこ屋」「またべい」に並ぶ。
店内はシネマディクトで上映なのか
『誰もがそれを知っている』だとか単館上映系の映画のポスターや
美空ひばりの今年のカレンダー。壁いっぱいにあれこれ張っていて賑やか。
スターウォーズのストームトルーパーをディフォルメしたフィギュアが手ぬぐいをかぶって置かれていた。

新町に戻って成田本店でねぶた・青森関係の本をいくつか買う。
千葉作龍『名人が語る ねぶたに賭けた半世紀』
澤田繁親『龍の夢 ねぶたに賭けた男たち』
先日読んだ『龍の伝言』の姉妹作。Amazonで取り扱いなしだったのが新刊で置いてあった。
『めご太郎 帰省するつもりで訪れる青森市』
青森市ゆかりの方たちが語る手作りのグルメガイド。

さくら野の地下で母に頼まれた食材を買って帰る。
今日はカレーをつくってくれるという。
腹ごなしの散歩と家まで歩くが、日差しが強くて日陰があまりなく、妻の具合が悪くなる。
帰ってきて少し休んだ。
テレビでは八戸三社大祭の山車とそれを制作した男たちの紹介。
ねぶた師は有名になるが、彼らは無名のまま。仕事と掛け持ちだろう。夜通し、小屋の中で。
昔のねぶた師もそれが普通だった。

妻の具合もよくなって、歩いてすぐの棟方志功記念館へ。
今回の展示は鯉や鯖、珍しいところではピラニアと言った魚が半分と鷹が半分と。
建物の外に筆塚があるのを知る。
これまで年末年始に訪れることが多かったので気が付かなかった。
とある柵の解説で棟方志功はいいことを言っていた。
「獣を狩るには武器を使うけれど、花だと心で狩る」

16時過ぎ、一度家に戻ってホテル青森へ。
高校の同窓会総会の後の懇親会。
2年前が幹事学年で青森から東京に手伝いに来て、東京からも青森に手伝いに行った。
一度ぐらいは客の側で出てみようかと。というか久しぶりに同級生に会おうかと。
まさか青森側の同窓会に出るとは思ってもみなかった。
僕ら43回生は21名出席で円卓をふたつ確保。
しかし会場の後ろからふたつ目の列。
先輩方がどんなに多く出席していることか。
幹事の学年になるまで普通出席しないからですね。

行くまではアウェイ感があって大丈夫だろうかと不安だったのが
いざ飲み始めるとどうでもよくなって。
田酒の山廃ばかり頼んで飲む。
2年前の正月、幹事学年を前にして大勢集まったときに
僕は飲みすぎて吐いてしまった。
そのときのことを覚えている人が何人もいて
「岡ちゃん今日は大丈夫かと」飲む前から言われる。

近くの居酒屋で二次会。
帰省してクラス会のこの時期、大勢の人数で入れる場所を見つけるのは大変だったと。
さらに5・6人加わったかな。
航行当時仲良かった人もそうでなかった人もこだわりなく盛り上がる。
東京側もまた飲み会を開こうということで幹事を引き受けることにした。

2次会が終わって今日は記憶のあるうちに帰るかと思っていたところ、
友人からメッセージが来て合流したいと。
間をつなぐために結局3次会へ。
しかし頃合いを見計らって帰ってきた。
23時前ぐらいか。シャワーを浴びて寝た。


[6813] 青森帰省 その1 2019-08-10 (Sat)

夏休みで青森に帰る。13日まで。
7時半、目が覚める。明け方みみたが枕元にいたが、いつのまにか窓辺へ。
花粉症の免疫治療の薬を飲み、みみたにも肝臓の粉薬を水に溶いて飲ませる。
荷物をまとめ、シャワーを浴びる。東京は今日も暑い。

9時、先に一人家を出て東京駅へ。新幹線は 11:20 発のはやぶさ。
大丸の地下で新幹線に乗ってる間のつまみを買う。
今回食べたかったのは崎陽軒のシウマイ。妻はあっさりと助六。
自分が食べる弁当を選ぼうとしたところで、妻から LINE が。
東中野で乗り換えようとして網棚に荷物を忘れた、先に乗って行ってくれと言う。
そんなわけにもいかず、まあしょうがないか、通路に立っていくかと。
弁当にせず、簡単に食べられるものをとまい泉の海老カツサンドと、
メンチカツと目玉焼きにカレーソースをかけた東京駅限定のポケットサンド。

妻に続報を聞くと、先の代々木駅で荷物が見つかって取りに行くと。
しかしどうしても 11:20 には間に合わない。
あ、そういえば、Yahoo! の路線サービスから東北新幹線のアラートが来ていたなと。
改めて見直してみたら秋田の大雨で遅れている。
新幹線の改札に向かったら確かに20分ほど遅れているようだ。
これは間に合うかもしれない。
間に合う、大丈夫、落ち着いて東京駅へとメッセージを送る。
お盆休みでとんでもなく駅構内が混んでいて、しかもあちこち工事中。
いつも缶ビール・缶チューハイを買っている紀伊国屋が見つからず、駅のコンビニで買う。
カップのロックアイスが売ってあって助かった。

新幹線のホームに上がると外なのでモワッと暑く、しかも新幹線は30分遅れ。
妻が遅れて到着すると、一安心してぬるくなる前にと缶ビールを1本飲んだ。
飲んだ分買足すかと駅弁屋へ。「賛否両論」監修のおつまみセットがあった。
焼き鳥のつくねやいぶりがっこなど。これ、なかなかよかった。

30分遅れで出発。シウマイなどのつまみで缶ビール、
ロックアイスも解けてしまったが注いで缶チューハイ。
社内販売はなく、買い込んでおいてよかった。
通路は私的席を買わずに立っていく若者や外国人観光客ばかり。
飲み続けてそのうちに寝てしまってさっそく二日酔い…

妹夫婦と甥っ子、姪っ子が迎えに来てくれていて車で送ってくれる。
着いてお土産を渡す。熊本で義母が買ってくれた柿渋の団扇や、丸善で先日買った絵本。
妹夫婦には東京駅で買った日本酒。金沢の酒で北陸新幹線の車両を模したボトルになっている。
ねぶた運行の模様を録画したのをテレビでやっていたので見た。
ねぶた大賞を獲った竹浪比呂央に寄るものなど。
甥っ子、姪っ子たちが帰って布団を敷いて30分ほど横になる。
18時から『小さな村の物語イタリア』を見る。最初にこの番組を勧めたのは母だった。

19時から母が予約してくれていて近くの焼き鳥屋へ。
串の盛り合わせ、手羽先の唐揚、釜飯。
どれもおいしかった。お通しの枝豆、漬物からしてうまい。
帰ってきて21時。シャワーを浴びて寝る。
東京の疲れがどっと出た。
久しぶりに涼しいところで眠れるというのもうれしい。


[6812] 08/05-08/09 2019-08-09 (Fri)

08/05(月)

そういえば昨晩、Windows Update後、Surface が突然英語キーボードに。
不具合だったのだろうか。

7時出社。今日も暑いが、梅雨明けから一週間でだいぶ慣れてきた。
佐伯一麦『還れぬ家』を読み始める。
弁当。鮭、ネギ入り玉子焼き、ソーセージ、きんぴらごぼう、ミニトマト、ブロッコリー。
昼寝。

午後部会で本社へ。
終わって中野坂上から帰ってくる。
LIVIN で買い物。庭の水やりなど。
弁当の用意。鯖を焼く。ベーコン、ほうれん草のスクランブルエッグ。
夜は無限レタスの元を使って。トマトと缶詰コーン、スプラウトを入れる。
かまぼこをわさび醤油で。
酒場放浪記。しゃべくりに蓮舫の息子が。
町中華で飲ろうぜは町屋。
寝る前にNHKのアナザーストーリーズ。小野田少尉。
日本では英雄であっても、現地の人にとっては…
午前0時半に寝る。

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08/06(火)

九州に台風上陸。広島は74年目の。
7時に出社して席替え。人の少ないうちにフロア移動。
18Fから14Fへ。
開発者向けのレクチャー。
昼、弁当。夏の甲子園初戦が光星学院。
途中から一休速報を見る。
初回満塁弾だったという。大勝。
昼寝に入る。

気になっていた件、動きが。打ち合わせの調整。
しかしお盆明けの14日、休むつもりだったところに入って12時から。
定時で出て帰る。
庭の水やり、掃除機、洗濯物。
明日の弁当のために高菜炒飯をつくる。
夜は枝豆を茹でて、LIVIN の総菜で買った鶏の竜田揚げ。
鑑定団。
iTunes にこのところ買ったCDを取り込んで、iPhone へ。
寝たのは午前0時。

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08/07(水)

このところ夜中に目を覚ますとみみたが枕もとで添い寝。
7時出社。
今年のねぶた大賞が誰になったかを見てみると竹浪比呂央。
知事賞が北村麻子。昨今の流れからすれば順当なところなのか。
駅前のワラッセは9日・10日にねぶたの入替。
また唯一売ってるコンビニに赤いきつね焼うどんのでか盛を買いに行く。
昼の弁当。昼寝。
滝川クリステルと小泉進次郎が結婚のニュース。

あれこれやらないとなあと思いつつ淡々と過ぎる一日。
定時で出て帰ってくる。
新宿の DiskUnion に寄って店舗受取の本とCDを。
『ECMの真実』の増補改訂版、Amazon だと1万近いのが
4,000円弱で出てたのを見つけて即オーダー。
あと、先日の「Lazy Sunday」でまた聞きたくなって akiko の安く売ってたのを。

弁当用に卵焼き。ロース肉の味噌漬け焼き。
妻が疲れているというのでみそ汁をつくって待つ。
ニンジン、玉ねぎ、冷凍のほうれん草と油揚げ。
レタス、トマト、スプラウトのサラダ。
弁当用に炊いたご飯を食べる。鯖の缶詰、妻が買ってきた辛子明太子。
酒は飲まず。テレビは見ない。昨晩に続き iPhone の曲の入替。
その前に Windows Update しようとしたらえらく時間がかかった。
街録を見て寝る。予告編を見て驚く。知ってる人だと。
23時半過ぎに寝る。

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08/08(木)

今週もずっと7時出社。
昼、弁当。昼寝もせず設計書の頭出し。
午後画面レビュー。話がどこに飛ぶかひやひやしていたが、案外あっさり、すんなり。
今日も定時で帰る。

常備菜を食べ切ったので明日の弁当は無し。
夜はレタスとトマトのサラダ、ざるそば。
帰省の前に野菜室の野菜をほとんど使いきったか。
鑑定団の再放送。その後、お笑い演芸館。
電撃ネットワークの南部さんが手術後初。
奥さんから腎臓を提供してもらったという。
ワハハ本舗の梅垣さんがやはり異色のステージで面白かった。
23時過ぎに布団へ。

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08/09(金)

朝起きるとみみたが横で寝そべっている。
7時出社。
今週毎朝連続で実施したレクチャーが終わり。
昼、弁当がなかったので外へ。
久しぶりに日乃屋カレーに入ってカツカレーを。
戻ってきて昼寝。
金曜は進捗の打ち合わせがふたつ。
終わって夏休みへ。

チコちゃんはなし、AIで歴代横綱を取り組みさせるという番組。
デーモン小暮閣下、やくみつる、紺野美沙子など。
やっぱ白鵬は強かった。
夜は20%オフの刺身を僕が買って、妻が「さぼてん」の唐揚げを。
新日本風土記は佃、月島。
猫歩きはシアトル。
どっと疲れておんな酒場放浪記後半で寝落ち。
タモリ倶楽部を見るためにテレ朝へ。
ドラマをやってるが、この枠は途中から見るとよくわからないものばかり。
そのうちにタモリ倶楽部も前半寝落ち。

金曜日のどっち。亀田兄弟の長女。
男性と付き合いたいと思ってもあの兄弟とあの父ということで敬遠される。
付き合うことになっても家族の掟として兄弟一人ずつに紹介して最後は父と…
5股8股オッケーのシンクロ姉妹の姉など。


[6811] 最近のみみた 2019-08-08 (Thu)

このところのみみたは僕が寝ていると足元ではなく枕もとで寝ていることが多くなった。
飽きてそちらに向かったのか、夏の暑さが関係するのか。
猫は人間の足の臭いが好きだと聞いた。

朝晩、肝臓の粉薬を水に溶いてスポイトで飲ませているのは変わらず。
何度かブッと吐き出して床にまき散らすことがあった。
色々と試行錯誤するうちにわかってきた。
口を開けた瞬間、喉の奥にスッと差し込むと吐き出すことはない。
力の下限で浅く、歯の手前なんかになったりすると吐き出されてしまう。
何にせよ落ち着いて呼吸を合わせ、タイミングを見計らうことが必要。
このとき無理に口をこじ開けさせることはしない。
椅子の上で抱きかかえ、左手を顎の辺りに添えて待っていると自然に口を開けてくれる。

薬の甲斐あってか、最近また食欲が戻ってきたように思う。
一頃タイマーで吐き出されたカリカリが
次の時間帯まで皿に残っていたのが、そういうこともなくなった。
小さい頃はイッキに全部食べ切っていたが、
大人になって何回かに分かれて食べることも増えた。
獣医の先生曰く、猫は何回かに分けてゆっくり食べるものだと。
みみたしか知らないので勢い込んでガツガツ食べるものと思い込んでいた。

たまには新しいおもちゃをと思って、この前の土曜、島忠に猫じゃらしを買いに行った。
棒の先にフワフワしたものがくっついているのではなく、
釣竿から糸が伸びてネズミのおもちゃがぶら下がってるのがいいな、と探してみたら
まさにイメージ通りのものがあった。
帰ってきてまだパッケージの中のそれを見た時点でみみたが興味を持って前脚でチョイチョイする。
取り出して二段式の竿をつなげて糸を伸ばす。
もう大興奮。棒のときとは大違い。
ネズミをブラブラさせるとボクシングのように右、左とワンツーパンチを繰り出して捕まえ、
ネズミを口にくわえてガジガジして離さない。
一週間でボロボロになって原形をとどめないことになりそう。

糸を巻いてしまっていたのをほどいて全部伸ばして、
広く糸を放り投げてみたときのはしゃぎぷりと言ったら!
転げまわって全身で遊ぶうちに糸が体に絡みついて身動き取れなくなった。
それでも構わずネズミをくわえて高速でゴロゴロする。
これは危ない、窒息すると慌ててみみたを抱きかかえて糸をほどき、
竿に巻き付けてビニタイで結わえておくことにした。

じゃあこれで安心かというとそんなことはなく、
最小限伸ばした糸の先のネズミのおもちゃ4個で遊ぶうちにこんがらがってほどけなくなる。
何をどうやったらこんなふうに複雑に絡み合うものなのか。
4個のねずみがあっちに行ったりこっちに行ったりで自然にできた輪をくぐって、すぼまって結び目ができる。
それがいくつも重なり合ってちょっとやそっとでは解きほぐせない。
糸を長く伸ばしているならわかるけど、どうしてこれだけしかない糸でこんな複雑に絡ませることができるのか。
器用を通り越して不思議。天才なのか、バカなのか…
そんなわけで最近は帰ってくると「さあこれを解いてみよ」とお題を出すかのように床に放り投げてある。
それに答えるために毎日10分や20分はかかって、
しかも四苦八苦してるとさっそくみみたがやってきてチョイチョイどころかグイグイ爪を立てて引っ張ってくる。
ほら早くよこせと言わんばかりに。ようやくほどけ始めて緩んだ結び目がまた閉じられてしまう…
仕方なくトイレの中に閉じこもって作業する。
きれいになった竿で少し遊ぼうとするが、すぐにも絡まっていく…
いつまでみみたが興味を持つか。ボールで遊んでいたうちは楽だった…


[6810] 「Be Bop」のこと 2019-08-07 (Wed)

このところ僕が育った80年代、90年代の頃の青森市のことを書いてきたけど、
もうひとつだけ。
青森市にかつて存在したCDショップ「Be Bop」のこと。
ほんとお世話になったな。

新町に本店があって、サンロード青森にも小規模ながら出店していて、
青森にも遅れてバブルがやってきた(?)90年代初頭には
夜店通りの雑居ビルの2階か3階にも小さな店を出していた。
ここは今でいうところのセレクトショップ的な位置づけで、
店員のリコメンドするジャンル、アーティストのCDしか置いていなかった。
当時の青森にしては相当尖っていたように思う。
なぜか The Damned 『Live 81』を買ったことを覚えている。
(当時ファーストアルバムの再発がなかったか、あっても青森では売っていなかった)
洋楽で言うとパンク、ニューウェーブに力を入れていたのか。ネオアコとかその辺。
この店はさすがに2・3年ぐらいしかもたなかったか。
いや、もっと短いか。青森もバブルが弾けて…
そうだ、このビルの上の階がライブハウスの「1/3」だったように思う。
今は移転してしまって、「Quatrer」だけが残ってるけど。

最後に残ったサンロードの店は調べてみると2010年に閉店したという。
ここはまあショッピングセンターの中なので可もなく不可もない品揃えで。
Sonic Youth 『Goo』や XTC『Demo Tracks』を買った覚えがある。
学生時代、夏休みで1カ月帰省していた時にLaibach『Let It Be』を
電話して取り寄せて、自転車で受け取りに行った。
なぜ家から遠いこっちの方にしたんだろう。

新町の本店はそれよりも数年前になくなったのかな。
帰省すると初日か次の日には必ず訪れて棚を眺めていた。
Can 『Box3』『Box4』や Tuxedomoon『Holy Wars』
Chine Crisis 『Collection』など。
Paul McCartney『Flowers in the Dirt』や
King Crimson『Starless and Bible Black』もここか。
いや、その前に。生まれて初めて買ったCDの
The Blue Hearts『TRAIN-TRAIN』がここだった。
The Beatles のブートレッグのアナログ盤も買った。
おしゃれなつくりで中はけっこう広かった。
青森市出身ということで Sing Like Talking をかなり推してたな。
独自の会報のようなものも定期的に作っていたと思う。

他、どんな店があったかというと青森駅の駅ビル「LOVINA」に新星堂が。
Pixies『世界を騙せ』を買ったかな。
古川の国道沿いにYAMAHAの楽器屋があって、その隣がCDショップだった。
ここでは The Cure『Staring at the Sea』を。
新町の「音楽堂」は洋楽をあんまり置いてなかったので何も買わなかったと思う。
時代は下って、「アウガ」の中に成田本店「PAX」の支店があった。

これら皆国内盤を売る店だったけど、
サンロード青森の電気屋の一角に輸入盤を売る店ができた。高校時代かな。
輸入盤って本来細長い紙箱に入って販売されているんですね。
10000 Maniacs『Blind Man's Zoo』をジャケ買い。
The Jesus and Mary Chain『Automatic』や Roxy Music『Viva!』もここ。
箱ではないものだとCDケースの背のところに3mmぐらいの溝が掘られていたのは
アメリカではバーゲン品を表すからだったか。
中古だと市役所近くの「佐々木レコード社」や古川の「Black Box」(Beat Boxだったか)
アウガの「パラダイス・レコード」など。
古本屋を入れるともっとあった。

これらは皆、もはや存在しない。
古川の「スーパーマン」や新町の「友&愛」、
横内に行く手前にあったアコムといったレンタルCDもない。
夜店通りに古本屋がなくなッと合わせて、青森市からもCDが消えた。
今は成田本店の「PAX」が残るだけなのかな。
個人的には新町・古川界隈はチェーン店以外何も残っていない、という印象。


[6809] The Big Issue 2019-08-06 (Tue)

日曜に妻が大阪から帰ってきたとき、
久しぶりに買ってきたと鞄の中から『The Big Issue』を2冊取り出した。
最新号なのだろう。
vol.363 特集「多様な魚とたわむれる」 スペシャルインタビュー:ジェシカ・ローズ
vol.364 特集「ホームレス支援をアップデートする」 スペシャル企画「セサミストリート」リリー

恥ずかしながら初めて手を取って読んでみた。
すごいしっかりしている。落ち着いた、地に足のついた感がある。視座があるというか。
知人がホームレス特集がよかったと言っていたのを思い出した。
きれいごとに陥らず、だけど誰も攻撃せず、当事者意識をもって語っているのではないか。

トム・ヨークやリリー・フランキーが表紙のとき、買おうかなと一瞬思ったけどやめた。
ホームレスの人が売っているというところに衛生的な問題があるという偏見を
心のどこかで持ってしまう。
じゃあその俺はどんだけ清潔なのかというとたいして変わらないはずなのに。
買っているところを、ホームレスと接していているところを見られたくない、
という気持ちもある。正直な話。
赤い羽根共同募金の箱にお金を入れるときの気恥ずかしさもある。
飯田橋駅近くでいつも売っている人がいて、職場の知り合いに見られたくないとか。
心の中のどうでもいい壁が高すぎる。

妻が取り出した2冊はプラスチックの透明な袋に入っていて、
僕が気にするような問題は何もなかった。
なんだ、そういうことだったのか。

感心したのは最後の方の「ホームレス人生相談」のコーナー。
ハンカチを幼稚園にもっていくと友だちにちょうだいと言われる、
ひとつしかないのでどうしたらいいですか、といった質問にこう答えている。
『あげられないものは、「ごめんね、これは大切なものだからあげられない」と
 はっきりと言うのが一番いいけれど、言うのが難しいなら、
 なるべく幼稚園には使いなれたハンカチをもっていくのがいいなあと思います。
 または、「これはあげられないけど、今度、折り紙や布でおもちゃを一緒につくろうよ」
 と手作り遊びにさそってみるのもいいかもしれません』
(本当はこの前後にもう少し話が続く)
人としてどうするべきか真っすぐに答えているし、実際的な知恵もある。
僕にはこんなまっとうなこと、言えるだろうか。

奈良県・生駒のIさん、とある。
なんでこんなまともな方がホームレスなのか。
まともだからこそ、このご時世生きにくいのか。
もう一冊の方では「息子からUFOはいるのかと聞かれて困っている」という質問に対して
いるとしたらどこから来るんだろうと興味を膨らませるとよい、
図鑑を開いたり、プラネタリウムに行くといいでしょう、と。
いたって当たり前の回答なのに、なんでこんなに暖かい気持ちになるんだろう。

今度は僕が自ら買ってみよう。


[6808] 07/29-08/04 2019-08-05 (Mon)

07/29(月)

梅雨明け。最高気温35℃なのだとか。
朝起きて朝びっしょり。シャワーを浴びて出社。
先週の打ち合わせ、やはりよからぬ方向へ。
でもまあなんとかなるだろう。
飯田橋の駅で新幹線の切符を受け取る。
みどりの窓口で後ろに並んだ大学生たちがはしゃいでいる。
ゼミ旅行なのか、グループ旅行なのか。
昼、弁当。鯖。ベーコンとほうれん草のスクランブルエッグ。
切り干し大根の煮物。こんにゃく炒め。ブロッコリー。ミニトマト。

これまで一緒に仕事をしてきた方が退職。
余った箱ティッシュやインスタントコーヒーをもらう。
少し感傷的な気持ちになる。
隣で席を片付けている。
挨拶をして先に帰る。

LIVIN で買い物。
庭の水やり。掃除機。洗濯物。
弁当の用意。鮭をグリルで焼く。ウインナーを焼く。卵焼き。
夜はツナ缶と炒めたパスタに大根おろしと水菜を乗せて食べる。
缶ビールと焼酎水割りと。
酒場放浪記。
逆転人生は認知症の治療薬を開発した方。
おやじギャグ好きで言ってることがしょぼい。
だけど最後いいこと言ってた。
根拠のある自信はロジックにつぶされる。
根拠のない自信だからやっていける。
町中華で飲ろうぜを見る。玉ちゃん編が蔵前。
後半、寝ようと思ったら大山だったのでそちらも見る。
午前0時に布団へ。

帰り道、友人から相談事があるので電話していいかとメッセージが届いて、
いいよ、一時間後ならと答えて待つが音沙汰なし。

---
07/30(火)

明け方、妻のバタバタとしているので目が覚める。
ゴキブリを退治したと。起こされて、ティッシュでくるんでゴミ箱へ。
その後も妻は床を拭いていた。
そのまま洗濯を初めて、その音を夢うつつで聞く。

午前中、下の階の皮膚科で花粉症免疫治療のシダキュアを処方してもらう。
ついでに右わき腹の湿疹を見せて塗り薬も。
さっそくトイレの個室に入って塗る。
昼、弁当。昼寝。

赤いきつね焼うどんのデカ盛を見かけ、
そのうち買うかと思っていたらその後全然見かけない。
家の周りのコンビニ・スーパーには皆無。
仕事の合間、常駐先のコンビニを回ってみたところ2軒で発見。
帰りに遠回りして公園入り口近くのコンビニに寄ってみるが、ここにもなし。
練馬区にはないのか。
夜の公園はほとんど人気無し。

パーク&ライドの3カ月券を買う。
庭の水やり、掃除機、洗濯物。
明日の弁当は鶏肉を解凍して、前にも作った酢豚風のものを。
玉子焼きはネギを入れる。
鑑定団を見る。
妻の帰りが遅くなる。先に布団で寝ているうちに0時過ぎ帰ってくる。
暑さでみみたもぐったりか。

---
07/31(水)

いつも通り7時出社。
リュックサックで出社して、赤いきつね焼うどんのでか盛を3個、
合わせてカップヌードルのマッサマンカレーを2個買う。
こちらもほとんど見かけない。
リュックサックにしたら読んでいた
『龍の伝言 ねぶた師列伝』を忘れてきてしまった…

相談の件、友人とメッセンジャーでやり取り。
昼を食べて昼寝。
この日は打ち合わせが夕方までなく、あれこれワーク。
定時過ぎに会社を出る。
都庁前で下りて、三井ビルで山城組のケチャまつりを見る。
妻と、妻の後輩ちゃんと3人で。
ガムランの頃はよかったけど、
階段に座って見ていたら最後のケチャのところでお尻が痛い。
見終わってビルの地下のレストラン街へ。
イタリアンの店に入って前菜の盛り合わせ的なもの、
ピザ、もつ煮込み、シチリアンレモンサワーを。
サクッと飲んで帰ってくる。
23時近く。街録を見て寝る。
弁当の用意はせず。

---
08/01(木)

弁当がなかったので昼は昨日買ったマッサマンカレーヌードルを。
期待しすぎていた。マッサマンカレーってこういうのだったか。
午後、今回利用するパッケージベンダーとのキックオフ。
定時過ぎに出て、LIVIN で買い物。
庭の水やり、掃除機、洗濯物。
鑑定団の再放送を見ながら弁当の用意。
パックのカルビを焼く。油が相当跳ね散る。
夜はレタス、トマト、水菜、コーンのサラダ。
冷ややっこ。チューブのすりおろしにんにく、生姜を乗せてみる。
火曜に引き続き、休肝日。
ダークサイドミステリーが吉村昭『熊嵐』のもとになった
北海道の開拓地での羆襲来事件。
怪獣のように扱うのが違和感。
22時過ぎに布団を敷いて『龍の伝言 ねぶた師列伝』を読んでいるうちに寝てしまう。
妻が遅くに帰ってきたころ、目を覚ましてまた寝る。

---
08/02(金)

本日からねぶた祭。
帰省のことで妹とやり取りすると青森も暑いとのこと。

7時出社。
あるうちに買っとかないと、と赤いきつね焼うどんのでか盛を2個追加。
後輩から設計書の書き方があいまいで困ります、と苦情が来てへこむ。
そうも言ってられず、朝からあれこれ調整ごとを。
午後、顧客プロマネに月一の状況報告。
何言われるかと戦々恐々だったが、つつがなく終わった。
他週次定例がふたつ。いくつか重たい課題が浮かび上がってくる。

悩んでもしょうがないと定時で帰る。
しかし…、新日本風土記も猫歩きも、ブラタモリも金曜日のどっちも休み。
チコちゃんと、おんな酒場放浪記のみ。
赤いきつねうどんのでか盛で缶ビール。
チコちゃんの後、青森のねぶた祭の中継の最後の方を。
昨年同様、古坂大魔王と竹浪比呂央がゲスト。
油川幼稚園の子供ねぶたが映っていた。
音楽を聞いているうちに寝落ち。
おんな酒場放浪記お途中で目を覚ます。
Switchインタビューが鉄拳と矢口史靖だったので見てみた。
遅くに妻が帰ってくる。枝豆を茹でる。
寝たのは午前2時。

---
08/03(土)

目が覚めると隣でみみたが添い寝。
7時半に目が覚める。
なつぞらを久しぶりに見たら結婚するようだ。
妻から図書館に本を返すのを頼まれていて、
朝のまだ涼しいうちに散歩がてら行ってみるかと思うが、
8時の時点でしっかりと暑い。
広場では夏祭りのようだ。搬入の自動車がゆっくりと進んでいく。

妻は大阪出張。9時半に家を出て東京駅へ。荷物を持って見送り。
夏休みということもあってこんでいる。
来週のお盆の時期は大変そうだ。
駅で別れて、この日は来週の帰省に向けてのお土産のあれこれを。
オアゾの丸善で甥っ子姪っ子への絵本を、大丸の千疋屋で母に頼まれたフルーツゼリーを。
カツ丼が食べたくなってキッチンストリートのとんかつ屋「寿々木」に入ってみた。
僕の後、満席。11時半の時点で行列。
衣がさっぱり、タレもあっさりしていて癖がなく食べやすい。
なかなかおいしいカツ丼だった。
今度は定食で食べてみたい。

新宿に移動。
DiskUnion でジョージ・ハリソンが主催、エリック・クラプトンやボブ・ディランが出演した
バングラデシュ・コンサートのCDを中古で買う。
Amazon のレビューを見ると90年代初めの旧規格のが音質がよく、
その後の再発だとMCがカットされてるみたいなので旧規格で買う。
鳩居堂でいつもの線香を買う。

帰ってきて13時半。一日で一番暑い時か。
家に帰るまでに気が遠くなる。
クリーニング屋へと往復。
ライフに食材の買い物。
これ以上はもう無理。朝のうちに図書館行っといてよかった。
帰ってきてさっそくチューハイを飲む。
洗濯物を取り込む。ほうれん草を茹でる。アイロンをかける。
大阪に着いた妻から、明日の大坂は最高気温38℃だという。

音楽を聞いているうちに昼寝。
玉名ラーメンを茹でて食べる。昨晩買ったチャーシューと、阿蘇の高菜と。
イタリアを見て、日が暮れて涼しくなった頃に自転車に乗って島忠へ。
みみたの爪とぎボードと釣り竿型の猫じゃらしを買う。
帰ってきてさっそく爪とぎを出すと
マタタビの小袋が入っていたところにスリスリしてガリガリ、バリバリ。
猫じゃらしも大興奮で、紐を伸ばしていたらすぐにもこんがらがってしまった。
それをほどこうとすると先っぽのネズミがブラブラしてまた引っ張ったり。

この日は David Bowie ばかりを聞く。
さんまのお笑い向上委員会は宮迫の記者会見のあった直後の収録。
蛍原が出てくるが…。ホリケンも愛ある空回り。
見終わって眠くなる。

---
08/04(日)

8時半起き。
常備菜のきんぴらごぼう。ブロッコリーを茹でる。
洗濯物を干す。みみたの砂を入れ替える。猫草の種を撒く。
イタリア。昼は日清の蕎麦。
Lazy Sunday のゲストが Akiko で、久々に聞いた。いいな。
新しいアルバムの曲がとてもいい。買わなければ。
ステラ・ドネリーのフジロックのライヴ音源もよかった。

Lazy Sunday を終えて、『龍の伝言 ねぶた師列伝』残り100ページを一気に読む。
16時過ぎ、妻を東京駅に迎えに行くために外出。
相変わらず暑い。
朝起きたとき、ほんの少しいつもより涼しかったか。汗だくではなかった。
午前中のうちはエアコンを付けずに頑張ってみた。

新宿で DiskUnion を回る。
Akiko が安く買えないかな、と紀伊国屋の方へ。
Jackie Mittoo の幻の作品の国内盤、プレミアがついてるのを見つけてしまった…
あと、King Record「World Roots Music Library」の持ってないガムランのを。
思わず買う。中古館では、このシリーズから久保田真琴が選曲したのが安く売られていて買ってみた。
銀座ライオンがこの日、ビアホールの日ということで生ビール半額。
東京駅に移動して、八重洲地下街の方の店に入ってそこで待つかと行ってみたら行列。
19時を過ぎて外は暗い。なんとはなしに KITTE の展望台に行って東京駅を見下ろした。
19時半ぐらいか、宮城の方で地震。
その影響で妻の乗る新幹線も少し遅れた。

帰ってきて妻のお土産の串カツやシウマイ、海老餃子など食べながら缶ビール。
Song To Soul はなし。
午前0時前に寝る。


[6807] 中津 2019-08-04 (Sun)

今週末は妻が大阪へ出張。
荷物が多いということで昨日は東京駅まで見送りへ。
僕自身は特に予定がないので、今日もまた迎えに。
そんなに暇なら僕も大阪に付いて行けばいいんだろうけど、
先日熊本に行ってきたばかりで来週末は青森に帰省。
何かと物入りなので今回はパス。

昨日、東京も暑かったが大阪も暑かったという。
梅田の近くに宿泊するつもりが、
新幹線と宿泊がセットになった格安の出張パックだったので
一駅離れて中津駅となった。
(もちろん新幹線もこだま)
新大阪駅に着いて、梅田に向かおうとして御堂筋線に乗ると途中にある。
下りたことはなかった。

荷物も多いのでまっすぐホテルへ。
これだけ暑いと外に出る気になれず、日が暮れてからようやく。
商店街がなかなかよくて割烹など気になった店がいくつかあったが、
どこも早くから満席。
大将ひとりでやってる小さな居酒屋に入ったという。
そこもポテトサラダなどおいしく、田酒も置いてあったと。

店を出るとたこ焼きの屋台が。
見ると若者たちは隣りのセブンイレブンで缶ビールを買ってから
空いた椅子に座ってたこ焼きを頼んでいたという。
横丁では「露地庭夜市」というイベントをやっていて
今回のテーマは「アジアのマーケット」
近くなのかな、アジア系のごはんの店が集まって夜店を。
投げ銭ライブもあるようだ。楽しそうだ。

中津は下町風情を残しているのかな。
妻の送ってくれたイベントのチラシ画像を見ると
中心地に「猫の小径」とあって、調べてみるとここにあった長屋が
「キタの長屋」というショップやギャラリーのスペースに生まれ変わったのだという。
宿もあるみたいで今度泊まってみたい。
https://www.kitanaga.com/

短い時間ではあったけど
妻はそれまで知らなかった大阪の新しい魅力と出会った。
僕が一緒に行ってたら「いつもの大坂」になって
梅田だとグランフロントをぶらぶらして
「やまもと」でネギ焼き食べてで終わってしまったように思う。
タワレコと DiskUnion 行って。
大阪も飽きたなあ、なんて言いながら。
もっともっとディープな大阪を見つけないと。
すぐにも行きたくなってきた。


[6806] 展覧会の絵 2019-08-03 (Sat)

先々週法事で熊本に行ったときに上通の古書店「汽水社」で見つけた
「ONTOMO MOOK」シリーズの『ギタリスト400 世界の名手400人&CDガイド600枚』
これがなかなか面白い構成で、
ロックもブルースもジャズもクラシックも同一線上で語る。
冒頭の「不滅の巨匠10人」に選ばれたのが
エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス、リッチー・ブラックモア、
B・B・キング、チェット・アトキンス、ウェス・モンゴメリー、タル・ファーロウ、
パコ・デ・ルシア、アンドレス・セゴビア、ジュリアン・ブルーム。
1995年の発刊だけど、今選んでもだいたいはこの10人となるだろうか。
さらにスーパー・ギタリストということで84人を選んだ中で
唯一日本人で選ばれたのが山下和仁という方。
僕は全く知らなかった。クラシックギター界では相当有名なようだ。

取り上げられたアルバムは
ムゾルグスキー「展覧会の絵」とストラヴィンスキー「火の鳥」を
自ら編曲してギター一本で演奏したというもの。
10代のうちに世界的なコンクールの数々で優勝し、
「展覧会の絵」は1981年、20歳の時の録音という早熟な天才。
(「火の鳥」は1985年)
Amazonのレビューで当時のコンサートを見た方のコメントによれば
後にも先にもない超絶技巧っぷりだったという。
さっそく僕も取り寄せて聞いた。
ピアノ用に編曲されたのをギターに置き換えるのではなく、
オーケストラ用のアレンジと向かい合い、ギター一本でそのエッセンスを抽出する。
これは確かに「古城」であり、「バーバ・ヤーガの小屋」であり、「キエフの大門」だ。
その大胆な発想、試みに脱帽する。

クラシックの曲で一番好きなのが「展覧会の絵」
小さい頃に初めて名前を覚えた曲。
モーツァルトやベートーヴェンをテレビやラジオでやってるのをたまに聞いてもピンとこなかった。
壮麗な長編小説のようで、いつ終わるんだろうと。
西洋の歴史そのものの重みを知らず知らずのうちに感じて怖気づいていたのかもしれない。
印象的なプロムナードの旋律が繰り返される「展覧会の絵」は
短編小説の連作集のようでとっつきやすかった。
しかもどことなくエキゾチックな雰囲気もあった。
今思うとアンリ・ルソーが想像の中だけで描いた南国の楽園のような。
「バーバ・ヤーガの小屋」といったように
着想元がロシアの民話であるところにエキゾチックなものを感じたのか。

この山下和仁のアルバムで iPhone に入れた「展覧会の絵」は4枚目。
カラヤンが1965年指揮したベルリンフィル。王道。
リヒテル、1958年「ソフィア・リサイタル」の冷徹なピアノソロ。
そしてもちろん、ロックバンドである Emerson, Lake & Palmer による、
ブルース・ロックとクラシックを融合させたカバー。
どれも面白い。
あのプロムナードの不思議な旋律には
ミュージシャンを惹きつけてやまないものがあるのだろう。


[6805] 青森市の映画館のこと 2019-08-02 (Fri)

今日からねぶた祭か。
さらに引き続き、『龍の伝言 ねぶた師列伝』ですが。
青森もまたかつては映画館が数多く存在していたという。
「ロマンス座」「オデオン座」「スバル座」といった名前が残っている。

名人北川金三郎、北川啓三親子のように
左官屋の棟梁という職を持ちながらねぶた師として活動したように
海外での出張製作で有名な石谷進は若い頃映画館で看板描きとして働いていた。
宣伝がてら仲間たちと小さなねぶたを作って
町内を練り歩いたのが評判になったと。

僕の小さい頃にはだいぶ少なくなったがそれでもまだ何軒か残っていた。
新町の通りにあった「スカラ座」は紳士服の小さなビルの上の階にあった。
文芸寄りだったと思う。高校生の頃『七人の侍』の再上映はここで見た。

新町と古川の国道を結ぶかつての中三の通りにあった「みゆき座」と「ミラノ座」
これは「青森松竹」と後に名前が変わったように思うが、元からこの別名だったのか。
いや、別々の映画館だったか。
B級映画が多いという印象。中学生、高校生の時はここで一番映画を見た。
海洋ものの『リバイアサン』『デプス』『アビス』が3本ともここだったような。
爆風スランプが主演の『バトルヒーター』というコタツ映画もここか。
『メジャーリーグ』の試写会もここだった。
(同じ建物に、味噌カレー牛乳ラーメンで知られる「味の札幌 大西」の移転前の店舗があった)

新町の交差点のところにもう一軒あった。「東映シネマ」という名前だったかな。
僕が中学生になるかならない頃にできたんだったか。
『レインマン』とか『インディ・ジョーンズ』シリーズの3本目をここで見た。
話題の洋画はここ、というか。

今、単館上映系の作品を公開している古川国道沿いの「シネマディクト」は
僕が小学生、中学生の頃は「奈良屋劇場」という成人映画専門の映画館だった。
バス通りなのでよく目立っていた。
寂れていて、入る人がいるんだろうかと子供ながらに思っていた。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は「シネマディクト」で見たはず。

この中では「スカラ座」が一番気になる。
他に何を見たか…
パンフレットの箱を漁れば、少しは思い出せるか。
「スカラ座」「みゆき座」「ミラノ座」 「東映シネマ」
今となってはどの映画館も廃業している。
こういう情報、意外と忘れられて残っていない。


[6804] 第44回芸能山城組ケチャまつり 2019-08-01 (Thu)

昨晩は妻と、妻の後輩ちゃんと3人で芸能山城組による「ケチャまつり」へ。
新宿三井ビルの「55HIROBA」にて44年連続でこの時期開催しているという。
芸能山城組というと映画『AKIRA』の音楽を担当している。
『AKIRA』が本来2019年を舞台としていることもあって名画座で再上映されたり、
今年4Kリマスター化されたりで再び脚光を浴びている。
正直な話、僕はしばらく芸能山城組の存在を忘れていたんだけど、
44年祭りを続けるというのはひとつのコミュニティとして全くぶれてないわけだし、
この世界の無数の民族舞踏、音楽のDNAを探ってパフォーマンスを行うという姿勢は
一周回ってようやく時代が追い付いてきたんじゃないかという気もする。

仕事を終えて都庁前へ。18時半には着いた。
昼から様々な演目があって、
竹のガムランであるジェゴグの演奏やブルガリアの女声合唱などが披露されたようだ。
僕が広場の階段に座ったときにはバナナの叩き売りが実演されていた。

18:45より、ガムランの演奏。
キングレコードが昔だした「WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY」のシリーズの
バリとジャワのガムランを後追いで集めて、ジェゴグも含めて
10枚ぐらいは iPhone に常備してるかな。
そんな僕も生で聞くのは初めて。
床に並んだ金属製のゴングを細かなビートで叩き続ける。
大勢で行うのでほんのわずかなズレが揺らぎを生む。
鋭くも繊細な響きが幽玄な音のうねりを形作る。
世界で最も美しい音楽はガムランだと思う。何時間でも聴き続けられる。
手元を見るととても素早く右手を動かしていた。音階を奏でる方。
これまで僕は鉄琴をイメージしてたんだけど、
むしろスチールギターの打楽器版のような感じがした。
途中から踊りも加わる。
そのうちに日が暮れて夜になった。

妻たちが合流。フレッシュネスバーガーでポテトやコーラを買ってきてもらう。
20時過ぎにケチャ。
広場の真ん中に燭台を立て、上半身裸の男たちが集まる。
年老いた男が現れ、並んで座った男たちにお清めの塩と思われるものを振り撒く。
火のように真っ赤なライトに照らされて座ったまま身体を揺らし、
時には風になびく草原のように腕を伸ばし、立ち上がり一点へと向かう。
なんというか、原初からの生物群の生命の活動のような。
怒声のコーラスが行き交い、そこに王子、魔王、猿たちが現れてストーリーを語る踊りを。
新宿のビル街の隙間に異世界が現れたかのような。
この日もまた日中暑かったが、日が暮れて少し涼しくなる。そこに風が通り抜けてゆく。
完売になって入手できなかったんだけど、主催者側ではビンタンビールも売ってたみたいですね。
浴衣やアジアンな軽装で、瓶を片手に歩きながら飲んでいる人たちをよく見かけた。

公演は寄付で賄っているという。いいもの見せてもらったと僕も箱に入れた。
芸能山城組では毎日ここで(この広場で?)ケチャの練習をしているという。
いろんな人が加わって活動しているようだ。
ケチャを踊っていた中には小学生らしき男の子もいたし、外国人もいた。
できるんなら僕もガムランやってみたいな、と思った。

---
追記:
The Pop Group『Fow How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?』
1曲目「Forces of Oppression」冒頭でコラージュされているのがケチャ。

『Bali Music from the Morning of The World』の7曲目「Ketjak Dance(excerpt)」から(のはず)。
世界各地の民族音楽を録音したイギリス人 David Lewiston によるもの。1966年。
海外だと Nonesuch から出てるのかな。国内盤も探せばあります。
僕が持っているのは『≪バリ≫バリのガムラン1 世界の夜明けの音楽』


[6803] 油川のこと 2019-07-31 (Wed)

『龍の伝言 ねぶた師列伝』を引き続き読んでいる。
津軽線で一駅目、油川のことがよく出てくる。
小が2年生から高校卒業まで住んでいた。

昭和21年の夏は各町内で青年団が中心となり、9台のねぶたを出したという。
(当時は今のように青森駅前の新町、国道に集結するのではなく
 各町内で小さなサイズをつくって担いでいた。その名残が子供ねぶたとなる)
終戦直前、青森市も大きな空襲を受けた。
油川がいち早く復興を遂げたのは港町だったからで、この頃は鰯が豊漁だったようだ。
福助屋、伊藤商店も商売を再開したという記述もあった。
(伊藤商店は今もあるのだろうか。福助屋は90年代後半頃か、閉店した)

僕も全然知らなかったんだけど、油川には飛行場があったのだと。
小学校や中学校で聞いた覚えはない。
いや、あったのかもしれないけど忘れてしまっているか。
イタリア人のファブリーさんが
大正時代に鰯の缶詰工場をつくった話は何度か聞いたことあったが。

ネットで検索してみると、ありがたいことに詳しく調べた方のページがあった。
「旧青森飛行場の歴史と現存する遺構」
 http://www.komakino.jp/aomori/aomori.htm
「青森飛行場が存在したのは、青森市大字羽白字富田・字池上・字沢田(旧油川町)、
 大字西田沢(旧奥内村)の一帯である」
とあって、まさに僕が住んでいたところだった。
今は田んぼに囲まれた住宅地となっているが、その住宅地の大部分は飛行場だったのか。
その跡地に住んでいたのか。

歴史をかいつまむと、
・昭和8年竣工、完成後陸軍の演習で利用される。
・昭和12年、民間による定期航路が開設される。東京、札幌、仙台と青森を結ぶ。
・昭和15年定期航路廃止後、陸軍に接収される。
・昭和20年7月、飛行場も空襲を受ける。
・昭和20年8月終戦、9月米軍により接収される。
・昭和22年、飛行場跡地が引揚者の入植地となる。

『龍の伝言 ねぶた師列伝』に戻ると、
松前街道、つまり海沿いの国道には「こみせ」と呼ばれる木造のアーケードが立ち並び、
映画館もあったという。かつては活気のある町だった。
今となっては考えられない。すっかり寂れてしまって見る影もない。
内陸寄りにバイパスができて松前街道をゆく車も少なくなったか。
お年寄り向けの病院ばかりが増えた。
かろうじて田酒の西田酒造が残っている。

なんか今ふと、世界か日本で初めて七重跳びを達成した方が
油川出身で小学校か中学校で披露した、というのを思い出した。
僕自身が見たわけではなくて少し上の世代の出来事。
それも今となってはどうだったのか。
いろんなことがあやふやでもはや思い出せない。


[6802] 新宿のディスコ 2019-07-30 (Tue)

妻ととある件について先日話していたらテーマはディスコがいいんじゃないか、
ということになって野田努『ブラック・マシーン・ミュージック』を書棚から取り出した。
試しに読んでみたら面白いという。妻はアスキーアートでミラーボールをつくり始めた。
(ちなみに、その筋の方に補足するとテクノ専門誌『Ele-King』の編集長を務めた野田努氏は
 若い頃編集工学研究所で働いていたと聞く。
『情報の歴史』の奥付を確認するとスタッフとしてその名前がある)

ディスコ。思い出すのは上京してすぐの頃。1993年。
4人部屋の寮に入って毎晩酒を飲んでいた、というか飲まされていた。
いつもは集会所でビールのケースを逆さにしてお立ち台をつくってだったけど、
いつもそれじゃ飽きるということでいろんな趣向を凝らしたイベントがあった。
そのうちのひとつに新宿のディスコに行くというものがあった。
所属するブロックの先輩が何人か引率する。
西武線から中央線に乗って新宿へ。
歌舞伎町のどこかの雑居ビルの中だった。

フロアは薄暗くて、案外広い。
音楽がかかっていたけどどんなだったのか覚えていない。
その頃流行りだしていたいわゆるクラブミュージックだったのか、
それとも70年代のディスコクラシックだったのか。
脇の方に立食パーティーのように食べ物が並んでいて、
飲み物はカウンターにもらいに行くんだったか。

ほとんど客はいなくて、踊っていたのは数人ぐらいか。
若者が一人無言で、ブームも終わりかけていたパラパラの練習をしていた。
素人目にも下手だったけど、かといって僕に真似できるわけでもない。
こういうひっそり練習する場所って都会の片隅に必要だよな、と今でも思う。

一ヶ月5,000円の寮に住んでるぐらいだから僕らのほとんどが地方から上京していた。
高校時代からディスコやクラブで遊んでました、という人はほぼ皆無。
踊り方を知らない。皆、モジモジしていた。
見よう見まねでやってみて楽しく過ごせるという人がそれでも半分ぐらいはいたか。

1時間か2時間か過ごしたあと、このまま帰るのも何だということか、
皆で村さ来とかその手の安い居酒屋チェーンへ。
そこで散々飲まされて、歌舞伎町の広場に出る。
寮委員長が出てきて音頭をとって肩を組み、イッキのときの歌を大声で。
真ん中にポールがあって何人かがてっぺんまでよじ登ってみようとして、それをはやし立てた。
飲みすぎてその場で吐いていた人もいるかもしれない。
その歌の盛り上がりの部分が
「いっきょういっきょういざふるえ、いっきょういっきょういざふるえ」
となっていて、通りがかった大人がわざと聞こえるように
「立教大学の学生か、ひでーなー」と吐き捨てて去っていった。
たぶんこのディスコ→居酒屋→広場で騒ぐというのはこの頃毎年、行事としてやってたと思う。
(立教大学のみなさん、ほんとすみません)

ディスコに入ったのは後にも先にもこの時だけ。
その後大人になって音楽の幅がロックから広がるとともに
ディスコミュージックも聞くようになる。
だけどそこでいうディスコとは僕にとってバーチャルな空間のまま。


[6801] 07/23-07/28 2019-07-29 (Mon)

07/23(火)

朝から小雨。まだ梅雨が続く。
昼、弁当。鯖。ベーコンとネギのスクランブルエッグ。
7時出社でメリメリ仕事。
要件定義で決まった内容からメールテンプレートを起こす。
夜までかかるかと思いきや、定時までに終わった。
定時でオフィスを出る。

帰ってきて LIVIN で買い物。
掃除機、室内に干した洗濯ものを畳む。
みみたに薬を飲ませようとするが階段を下りて1階まで逃げ出す。
元気になったと捉えることにする。

明日の弁当の準備。パックで買ったトンテキを焼く。卵焼き。
夜は週末の暴飲暴食を意識して
昨晩の叩きキュウリの残り、スイカの残り、海藻とレタスとトマトのサラダ、冷ややっこ。
休肝日とする。
NHKをたまたまつけたら、1964年東京オリンピックの選手村の料理人のドラマ。
鑑定団。
22時を過ぎて布団に入る。
妻の帰りが遅くなり23時半。結局寝たのは午前0時ごろか。
夜、大雨。

---
07/24(水)

昨日今日と熊本の古着屋で買ったポロシャツ。
近畿以西は梅雨明け宣言。
午前中ゲリラ豪雨だったと聞いた。
昼、弁当。昼寝。
打ち合わせしたり、設計書を直したり。

定時少し過ぎてオフィスを出る。
OJT担当の先輩と後輩と大手町で飲む。
大手町まで歩いていく。
入社して20年か。いまだ飲みにいける先輩・後輩がいるのはいいものだ。
先輩と丸ノ内線に乗って帰ってくる。
妻も仕事を終えて会社を出たとのことで中野坂上駅で待ち合わせて帰る。
弁当の用意。豚ロース味噌漬けを焼く。他、作り置きのもので。
街録を見て寝る。

---
07/25(木)

朝晴れているのは久しぶりか。
今日にも梅雨明けか。
吉本の混乱続く。
京アニの報道も続く。
しかし参院選は既になかったかのような。

昼、弁当。昼寝。
いくつか打ち合わせ。
悩ましい課題が出始める。

18時過ぎにオフィスを出る。
今日は妻の方が早く帰っている。
LIVIN で買い物。
明日は弁当なし。
夜は妻が筑前煮をつくる。
竹輪を半分に切ってグリルで焼いて、溝を明太マヨネーズを埋めて食べる。
缶ビールを飲んで、日本酒へ。じょっぱりのワイン風のを。
鑑定団の再放送など。
23時過ぎに布団に入った。

年に一度か二度あるんだけど、開腹部の傷跡がすれて湿疹。
赤くなって痒い。

---
07/26(金)

7時起き。
台風が発生するらしく。明日のBBQはキャンセルにする。
幹事の後輩とやり取り。残念。
午前休で床屋へ。
先週木曜が休み、金曜が混雑で3回目のトライでようやく。
終わって新宿。
紀伊国屋のDiskUnionでCDを売る。20枚売って5000円になった。
待ってる間、地下のモンスナックでカツカレーを。
タワレコで取り置きのCDを買って出社。
午後は進捗の打ち合わせ2本。
その準備とあアフターフォローで1日終わり。
定時でオフィスを出る。

チコちゃん。
新日本風土記は瀬戸大橋。猫歩きはアイルランド。
おんな酒場放浪記。タモリ倶楽部でウトウト。
全国の甲子園予選の番組となって、
敗れた選手たちの涙ながらの最後の言葉をつなぐコーナーで大湊高校。
金曜日のどっちを見て寝る。
時折大雨。それがパタッとやむ。

---
07/27(土)

夜中、大雨で目が覚める。
BBQをキャンセルしてよかったか。
と思って寝て、目が覚めたら快晴。BBQ日和。しまった。
しかし台風は東海地方に上陸したという。
大草原の小さな家を見て、洗濯物を外に干して、
みみたを動物病院につれていく。
待っている間にみるみる雲行きが怪しくなって雨。風も出る。
BBQキャンセルしてよかった、しかし、外に洗濯物…
みみたは血液検査して肝臓周りの値が
3週間前よりは少しよくなったが、正常値ではないのは変わらず。
引き続き3週間様子を見ることになる。

帰ってきて、外に食べに行こうと味の民芸へ。
手羽先に串カツで瓶ビール。カレーうどんの定食にする。
おろしトンカツとご飯がついてくる。
かなり腹がいっぱいになった。
土用の丑の日で鰻を頼んでいる人もチラホラ。
食べ終えて腹ごなしの散歩がてらライフへ。
真夏の日差しでくらくらする。
帰ってきてエアコンの効いたソファーに寝転がったら
そのまま3時間ほど昼寝。起き上がれず。

イタリアを見て、ブラタモリは阿寒湖・摩周湖。
21時よりすべらない話。ジュニアと大悟がよかったな。
お笑い向上委員会。引き続き相席スタート。
かつみ・さゆりも出て、ふたりは結婚した方がいいと。
来週はホトさんスペシャルとのこと。
ドリカムの2009年のコンサートのDVDを見ているうちに寝落ち。

---
07/28(日)

明け方また雨。
やはり朝、快晴。梅雨明けか。
常備菜の用意。ブロッコリーを茹でる。こんにゃく炒め。
切り干し大根の煮物。この前熊本で買った九州の甘い醤油で。
Lazy Sunday 聞けなかった先週はジョージさんが夏休みで、
今週は麻耶さんがお休み。
蕎麦を茹でて食べる。
妻がこの前買った浴衣で外出。

Lazy Sunday が終わって、夜までずっと音楽を聞きながら
CDの解説を読んだり、『Switch』のドリカム特集のニューオリンズを読んだり、
『龍の伝言 ねぶた師列伝』の続きなど。
笑点、世界遺産を見る。
モヤモヤさまぁ〜ず2はこの日無し。いだてんも結局見なかった。
弁当の用意。ご飯を炊き、鯖を焼き、ベーコンとほうれん草のスクランブルエッグ。
夜はレトルトのガパオライス。目玉焼きを乗せる。
焼酎の水割りをつくって氷をたくさん入れて飲む。
お風呂を沸かして入る。
右わき腹にできた湿疹、以前皮膚科でもらったステロイド系の薬を塗ってみる。
23時過ぎ、妻を駅まで迎えに行く。
『Song To Soul』の続きを見る。
The Tokens 「ライオンは寝ている」

みみたは日中、昔小さなころに家に人が来ると怖がって隠れた、
一階のPC部屋のカラーボックスの裏で過ごした。
声をかけてもニャアと鳴くのみ。腹をかばってうずくまったりはしない。
ただベターっと寝そべっている。吐いたり、苦しそうにはしていない。
だったらまあいいかとそのままにしておく。
日が暮れて2階に上がってくるが、和室の布団の間でやはり寝ている。
急に熱くなってみみたも体温調節できずにいるのか。


[6800] 『龍の伝言 ねぶた師列伝』 2019-07-28 (Sun)

先日新書を読んだのに続いて、ねぶた師について書かれた本を取り寄せて読んでみる。
澤田繁親という方の『龍の伝言 ねぶた師列伝』という本。
(ノースプラットフォーム、2006年)

開いてみたら冒頭、中上健次との対談。思わぬ拾いものだった。
1985年、著者が主催して梅原猛、中上健次を招いた「縄文シンポジウム」のときになされたもの。
このとき梅原猛と中上健次はハネトの衣装をまとってねぶた祭に参加したのだという。
中上健次はガルシア・マルケスのコロンビアは山の地方と海の地方に分かれ、
山の地方でつくられた民話や神話が海の地方に持たらされ、渦を巻き、蓄えられる。
それは青森のねぶたもそうなのだと。その血なのだと。
物語とはそのようなぶつかり合いから生まれる。
そこから新宮へ、ソウルへ、縦横無尽にリンクしていく。

もうひとつ、パフォーマンスアートで有名な浜田剛爾との対談も。
ねぶたとは縄文である、あの赤は縄文の赤であると喝破され、
なんで自分はそんな当たり前のことにこれまで気づいていなかったのだろうと悔しく思う。
三内丸山遺跡を挙げるまでもないこと。

印象的な話があった。
洋画家、斎藤真一はパリ留学から帰ってきたときに先輩藤田嗣治の教えもあり、東北を訪れた。
ねぶた祭に感銘を受け、瞽女のことを聞く。女性の、盲目の、三味線を弾き唄う門付芸人たち。
彼は瞽女の絵を描き、長年に渡って熱心に通いその話を聞いた。引用します。
「その瞽女さんたちと話をした時にね、五歳とか十歳とかで目が見えなくなった人が、
 あの夕日の赤い色とか、あの空の青い色とか、
 そういうふうに鮮やかな色のことを語るんだそうですよ。
 彼の絵は非常に明るい色というか、独自の赤ですよね。赤とか青とか原色で」(p.76)

ねぶたが描いてきたもの、語り継いできたもの、この現代社会に流れついたものは
生命の根源にあるもののぶつかり合いなのだなということを改めて思う。
そこで流されてきた血の記憶なのだと。
傷ついた身体の外側で、脈打つ身体の内側で流れた無数の血が混ざり合って大河となり流れる。
それが本来のねぶたなのであろう。


[6799] 弁当の思い出 2019-07-27 (Sat)


本来この日は会社の人たちと BBQ であった。
しかし台風6号が上陸、関東地方は大雨という予報もあって
昨日の朝、幹事を引き受けてくれた後輩とやりとりして
キャンセル料のかからないうちに中止することにした。
昨晩3時か4時か突如大雨となるもすぐにまたやんで、今朝目を覚ますと快晴。
絶好の BBQ日和。しかしキャンセルしてしまったのはしょうがない。
午前中、みみたを動物病院へ。
台風が近づいている関係でいつもよりも混んでいる。
待合室で外を眺めていたら急に雲行きが怪しくなって雨が降り出した。風も強くなってきた。
やはり中止にしてよかったのか。

みみたの血液検査の結果はさほどよくならず。引き続き様子見となる。
帰ってきて、昼を食べに行く。近くがいいと味の民芸へ。
手羽先と串カツを頼んで瓶ビール。昼間から飲むのが気持ちいい。
土用の丑の日ということもあって鰻を頼んでいる人も周りにはいた。

飲みながらあれこれ話していたら何かをきっかけに給食の話になった。
小学校は給食だったけど中学校は弁当だったと話すと、
公立なのに? と驚かれた。妻のところでは中学校も給食だったという。
自治体ごとの給食センターにかける予算の違いなのだろうか。

全員が全員弁当を持ってくることはできない。
朝のうちに注文用紙に記入しておくと
地元のパン屋のつくった弁当が昼に届くことになっていた。
焼肉弁当と唐揚弁当ともうひとつぐらい種類があった。
薄べったい容器にゴマのかかったごはんとおかずと、昆布の佃煮が入っているだけの簡単なもの。
280円だったか、380円だったか。

毎日母の作る弁当だった僕はこの注文弁当に憧れていた。
ほぼ毎日のようにこの弁当を注文していたクラスメイトもいて、
たまに買ってきたパンをスーパーの袋ごと持ってきていて、
あの頃の僕はうらやましく思っていた。
僕があまりにも母に食べたい食べたいいうので、
あるとき母がお金を渡して弁当を注文していいということになった。
昼まで待てずワクワクしながら過ごした。
何組いくつと弁当が届く(誰にどう払ったのかは覚えていない)。
値段が値段なのだからたいしたことはないだろう。
しかしもはやうまいもまずいもなかった。
その弁当を食べる僕はクラスの中である種の特権階級にいるかのような気さえしていた。

何とはなしに思い出したこと。
あの頃毎日弁当を注文していた何人かの顔を思い浮かべる。
皆どこでどうしているのだろう。
どんな職に就いているのだろう。青森は出ただろうか。
東京は今日、真夏の暑さ。
もう30年以上前のこと。


[6798] DiskUnionのこと 2019-07-26 (Fri)

僕が東京に住み続ける理由のひとつとして、DiskUnion があると思う。
大学進学で上京して以来、ずっとお世話になってきた。
初めて入ったのは大学の入学試験が終わった日に
駅前の国立店を見つけて、というもの。
ものすごくごちゃごちゃして狭かった。ぎっしりと棚にCDが並ぶ。
そういう場所、青森にはなかった。生まれて初めてだった。
Gang of Four のベストを買った覚えがある。
もう1枚は Laibach『Opus Dei』だったか…

僕が大学に通った6年間の間、国立店は何度か模様替えをして
建物は変わらないものの中が広くなったり狭くなったり。
隣には AudioUnion があった。
少し離れたところに大きな中古センターができたときがあった。
レンタルビデオの2階だったか。
オープン当初のセールでたくさん買ったような。
その中古センターの売り場面積が小さくなって、いつのまにかなくなってしまった。
国立店も AudioUnion がなくなって、DiskUnion そのものも閉店した。
僕が社会人になって何年かしてからのことか。

入れ替わるようにして新宿エリアの店が大きくなったような印象がある。
今、5階が中古ロックCD館、6階がインディ・オルタナティヴロック館となっている
7階建ての細長いビルだけだったはず。
それが近くの雑居ビルの地下がプログレッシブ・ロック館になり、
プログレだけで1フロア占めるのかと驚いた。
King Crimson だけで棚の何列埋めるんだ!? という。
同じように、HR/HM館があったような。
それらも統廃合を繰り返し、
別の雑居ビルに昭和歌謡、HR/HM、シネマ、ライブハウス?
さらに別の雑居ビルにレコードストア、ジャズ、Soul/Danceなど。

7階建てのビルの1階はCDの新品を売る店だったのが今はカフェになった。
CDが売れない時代、そういう方向転換が時代の流れなんだな。
だけど中古CDのニーズはある。
ニッチにジャンル分けをして大量に売り買いするならまだビジネスは成り立つということか。
レコファンも同じように吉祥寺、下北沢、大森、西武新宿と
あちこちに店があったのが都内は渋谷だけになってしまった。
何か明暗を分ける理由があったのだろう。

職場から近かったので神保町の DiskUnion はよく通った。
御茶ノ水店の存在を知るとそこもまたよく通うように。
新宿エリアの店とお茶の水エリアの店は微妙に匂いが違う。
よりマニアックというか。
その辺り、エリアを統括するマネージャーの嗅覚のようなものなのか。
それとも問屋街、古書店街に由来する土地柄なのか。
DiskUnion巡りをしているとそういったところも面白い。

残念なのは会員サービスのひとつにあった
店舗在庫検索機能がなくなってしまったこと。あれは画期的だった。
珍しいCDを調べて、在庫があったら直接買いに行く。
お、あった! と棚に見つけると心が弾む。
代わりに、他の店舗やネット販売の商品を別の店舗で受け取るサービスとなった。
基本的に会員が享受するものは大きく変わらないんだけど、印象としてはかなり違う。
探す喜び、見つける喜びが半減したというか。
恐らく在庫管理が難しいんだろうな。
反映のタイミングをかなり頻繁にしないとタイムラグが生まれてしまう。
見つけた人が買いに行ったら見つからない、既に売れてしまってクレームになったとか、
そういうことがあったのだろう。

でもまあ DiskUnion で珍しいCDが見つかるのはとてもありがたいことで。
Amazon で大層なプレミアがついたものも、
DiskUnion では定価よりちょい上乗せぐらいで、まともな価格で買える。
僕はこれからも DiskUnion にはお世話になり続けるのだろう…


[6797] 事実と嘘 2019-07-25 (Thu)

吉本の混乱が続く。
ギャラをもらっていないという最初の嘘から始まって、
宮迫・田村亮が一方的に悪いという流れが先週末の二人の記者会見でひっくり返って、
月曜の吉本社長のしどろもどろな記者会見で決定づけられた。
今や所属する多くの若手芸人がここぞとばかりに給料・待遇に関する不満を噴出させ、
一方でベテラン芸人からはそもそも売れるようになれ、とも。
どんどん話がよじれていって
もはやカラテカ入江のコネクションや反社会勢力から
情報を入手することの是非はどこかに行ってしまった。
吉本は結束するのか。芸人が大量離脱するのか。今や話題はそこ。

これがひとつの嘘から始まったというのが、興味深い。
最初の時点で、お金をもらいました、すみませんでしたと謝っていれば
恐らく短期間の謹慎処分で済んだはずだ。
いや、もちろん、闇営業で反社会勢力の忘年会へと知ってか知らずか参加したことが
本来の始まりではあるけれども。
このところ話をおかしくしてしまったのは、
社長が宮迫・田村亮らを呼んでの密室の会議でパワハラ発言をしたことに対して
いくらなんでもあんまりな釈明をしたこと。これもまたひとつの嘘だ。
誰もかれもがそれぞれの思惑で、最悪のタイミングで放った嘘が事を大きくしてしまった。

人間が口にすることは全て、多かれ少なかれ嘘なんじゃないかと思う。
というか逆に、何が正しいことなのか、何が事実なのか、突き詰めていくとわからなくなっていく。
そこにあるはずのものが消失してしまう。
正しいこと、というのはそれぞれの立場・状況によって異なるのでまず一致することはない。
事実も「今目の前にボールペンがあります」ぐらいのことしか言えなくなってくる。
しかしそれも「今ってなに?」「ボールペンってなに?」「幻影じゃないってどう証明する?」
などと言い出すと少しずつ輪郭がぼやけてくる。
その「事実」に対して自分はこのように捉えたという「評価」を加えると、
それは「誤解」にはなっても「嘘」ではなくなってしまう。
外交問題の大半がそういうことではないか。

出来事に対する事実以上嘘未満の認識があるだけ。
もし仮にこれを嘘と仮定したならば、もし仮にこれが嘘じゃないと仮定したならば、
という集団のコンセンサスを常に組み立てて修正しながら物事が進んでいくというだけ。
絶対的なものはなく、全てが相対的な仮のもの。
だから大事なことは嘘をつくかつかないかではなく、どういう流れをつくるか、ということになる。
その嘘を含む周りの文脈こそが、人々の意見の対象となる。
そんな当たり前のことを、今回の件で改めて思うことになった。


[6796] みみたとみみこ 2019-07-24 (Wed)

3日家を空けただけでもみみたは寂しがって、帰ってくるなりスリスリ。
月曜の夜は足元にピタッと寄り添って寝ていた。
午前2時頃トイレに行こうと目を覚ましたら「ボールで遊んでくれるの!?」と
鼻息荒くボールをくわえてきた。何回か投げているうちに寝落ち。

雄猫「みみた」の名前の由来は妻の実家で飼っている雌猫「みみこ」
週末の3日間はこのみみこと過ごすことになる。
猫って一匹一匹ずつ違うんだなあと思う。
みみこは尻尾の付け根の辺りをポンポンと叩くととても喜ぶ。
そのうちにお尻を突き出して尻尾も伸びてくる。
みみたはそういう反応を全くしない。

みみこは賢くて、自由気ままに家を出てまた帰ってくる。
どれぐらいのテリトリーになるのだろう、迷子になることもない。
開けておくと外に出て、しばらくすると窓の外で鳴き声がしてコリコリとひっかく。
開けて中に入れてやる。
みみたと違って首輪を嫌がらないので野良猫と思われることがない、
というのもよいのだろう。
ちなみに、義父は時々首輪に紐をつけて散歩に出かけている。

みみこの年齢はいくつだろう。聞きそびれた。
今は 3kg ちょいだという。軽くて小さい。
みみたはいつの間にか追い越してしまって、5.2kg か。
みっしりと重たい。大きいというより、胴が長い。
どちらも鯖柄でみみたは灰色、みみこは茶色。
僕の方もみみこに慣れてきて
今回は香箱を決めたみみこ、2階の本棚の上に乗っかるみみこなど
たくさん写真を撮ったな…

なお。最近猫缶を食べなくなったと義母に話したら、
冷蔵庫に入れた猫缶を猫は食べないとのこと。
缶を開けたときは喜んで食べる。開けたてでないと猫は食べない。
なるほど、そういうことかもしれない。
みみた食べないなあと猫缶を毎晩一口ずつ皿に乗せてみたりしたが、
その間しっかりと缶の底まで冷えが浸透していたのか。
みみたが最近食べないしとそのまま捨てるぐらいなら
一度開けたての缶を与えてみるか。


[6795] 07/15-07/22 2019-07-23 (Tue)

07/15(月)

やはり朝から雨。一日中降ったりやんだり、小雨・本降りを繰り返した。
雨が落ち着いたので9時過ぎから昨日の花壇の植え替えを行うが、
経験も知識もない僕は足手まとい。
妻から家に戻っていいと言われる。
洗濯機を乾燥へ。ご飯を炊いて親子丼をつくる。
気が付いたらかなり強く降っていて、外で作業していた妻は一人で片づけを…

この日はドリカムワンダーランドの2日目。さいたまスーパーアリーナ。
親子丼を食べ、追加の洗濯を行って家を出たのは14時過ぎ。
16時開演だが、和光市から高速に乗って30分ほどで着く。
コクーンシティの駐車場に停める。
グッズ売り場に並んで、十分16時に間に合った。

19時半過ぎに終わって、
駐車場代の足しにするためにコクーンシティで食べようとするが、
アリーナ席の真ん中だったので出るのが一番最後、しかも大雨。
コクーンシティ1のレストラン街はどこも行列。
コクーンシティ2に移動して3階のフードコートは少し席が空いていたのでそこにする。
せんば自由軒キッチンでハンバーグを食べる。
周りの多くがドリカムのTシャツを着たファン。
フードコートは20時半オーダーストップ、21時にクローズ。
急速にお客さんがいなくなって食べ終えた僕らもフードコートを出た。

帰りもあっという間。
21時を過ぎてからコクーンシティを出たというのに
酒場放浪記の4本目に間に合った。
明日の弁当の用意。鮭を焼く。ベーコンとほうれん草のスクランブルエッグ。
町中華で飲ろうぜは以前の再放送だったのでテレビを消して過ごす。
グッズ売り場で妻が買った『Switch』を拾い読んだ。
ピーター・バラカンと中村マサさんの対談。
ピーター・バラカンの語るニューオリンズの音楽。
23時半に寝た。

---
07/16(火)

明け方目を覚まして、最近みみたが足元にいない。
粉薬を水に溶いたのを朝晩飲ませているからか。
5時半前に起きて7時出社。
今日も朝から雨。
積読の山の中にあったヴィクトル・ペレ―ヴィン『恐怖の兜』を読み始める。
突然、迷宮の中の部屋で目を覚ました男女8人がチャットを繰り返しながら真相に迫る。

昼、弁当。昼寝。昼間も雨が降っていた。
この日は打ち合わせもなく一日画面設計書の作成。
9割方終わって定時になって帰る。
この頃には雨が上がっていた。

掃除機、洗濯ものを畳む。
明日の弁当の用意。サバを焼く。ウィンナーを焼く。卵焼きをつくる。
蕎麦を茹でて食べる。ネギを刻み、LIVIN で買ったかき揚げを乗せる。
鑑定団を見る。
妻が帰ってきてもう一度蕎麦を茹でる。
休肝日とする。
23時前に布団に入って、みみたにボールを投げる。

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07/17(水)

久しぶりにみみたが足元にいた。
5時半前に起きて7時出社。
曇り。いまだ梅雨は空けず。
昼、弁当。やはり昼寝。

朝から画面設計書の続き。
その後ずっとスケジュールをああでもないこうでもないと。
うむ、いったんこれでいいかなと思っていたら
プロマネから WBS を引いて報告しろと指令が…
慌てて、以前つくりかけていたのを無理やり埋めていく。

夜、これまで一緒に仕事をしていた方の送別会。
神楽坂の串カツ田中へ。皆よくここに来るという。
頼んでもなかなか出てこないから最初に全種類の串を2本ずつ頼もうとしたら
最初はまず8本で頼まないといけないのだという。
よくわからないシステム。
でもまあ安いからいいか。
ホッピーを頼んだら中がジョッキに8割ぐらい入っている。
ガバガバ生ビールを飲んだ後なのでかなり酔いが回った。
帰ってくるとちょうど『街録』だったので見て寝た。

---
07/18(木)

この日はリフォームの工事。会社を休むことにした。
7時半に起きて9時より工事開始。

・2階の廊下の窓がすぐ落ちてくるのを直す。すぐ終わる。
 業者の方は、家を建てた時の手抜きではないかという。
 陽射しを遮る白いシートを貼っていたが、
 窓にぴったり合わせてではなく余白を残していた。
 そうすると温度差が生まれて割れることもあるという。

・洗面所のコンセントが外れてきたのを取り替える。
 電気関係の工事の方が2人来ていたが、助手は白人の若者だった。
 どういう経緯で日本で働くことになったのか。修行中なのか。

・引っ越し直後にインターホンを
 玄関から内側の門扉を経てガレージの外に伸ばしたのが
 ケーブルむき出しだったのを、引き直してカバーをかける。

・ポストを一回り大きなものへ。
 前のポストはコンクリートの土台を残して途中から切断するという話だったのが、
 外構周りの業者の方が力持ちで、イッキに引き抜いてしまった。
 少し離れた場所にポールを立てる。
 9時半には全ての作業を終えていたが、コンクリートが固まるのを待って12時。
 ようやく上物のポストが設置される。
 角度や高さを調整して終了。

12時過ぎに家を出て、荻窪へ。
平日の休みなので噂の「吉田カレー」に行ってみようかと思うが、木曜が定休日だった。
ビンギリにする。勝浦タンタンメンの方ではなく、ゴマのクリーミーなタンタンメン。
床屋に行くと閉まっている。
そうだった、この時期はいつも夏休みをとるんだった…

新宿に出て DiskUnion で取り置きの CD を買う。
Birkenstock で修理に出したアリゾナを受け取る。
週末の熊本行きのため、ペットシッターさんと家の仏壇に供えるお菓子を
LUMINEの地下で買う。
戻ってくると雨が。
ライフに買い物に行く。
CDラックの整理。妻のドリカムのアルバム、シングルを脇に積み上げていたら、
きちんとラックの中に入れてほしいと。
空きができたのでドリカムコーナーを設ける。

夜は冷凍していたモロヘイヤを解凍してスープを。
ベーコン、にんにく、トマトを炒めて中華スープで味をとって最後に溶き卵を。
ライフで買った3割引きのポテトサラダ、マカロニサラダのセットも一緒に。
鑑定団の再放送を見る。

この日は30℃近く。雨が降った分さらに蒸し暑い。
夜になっても温度は下がらず。
来週梅雨明けと聞いた。
明日は経過観察のため、酒は飲まず。

週末の法事、喪服を持っていくつもりで用意をしていたが、
皆もっとラフな格好だという。
普通の黒っぽいスーツの下に、革靴、半袖のYシャツで行くことにする。

京都のアニメーション制作会社の放火。
容疑者はなんのうらみがあったのか。
何の関係もなさそうだが…
『なつぞら』を見てアニメーターという職業が気に入らなくなった、
だったりしないか。
それをNHKが隠して…

---
07/19(金)

6時過ぎに起きて、経過観察のため病院へ。
採血、エコー、CTスキャン。
診察は前回同様、新しい主治医の先生が学会で不在で代打の方。
エコーもCTスキャンも問題なし、血液検査も数値がよいと。
コレステロールも下がっていた。
終わって銀行にへ。昨日のリフォーム工事の代金を振り込む。
そういえば給料日。

10時半。案外早く終わって今日も荻窪に行ってみる。
夏休み明けで床屋は混んでいた。
既に2人座って切っていて、2人ソファーに座って待っている。
この日は午前休、4人待ちだと午後の仕事に間に合わないかと諦める。

せめて荻窪で昼を食べるかと「吉田カレー」に行ってみるが、平日なのに行列。
真夏の暑さでムンムンして待つ気になれず。
駅の反対側に行って「中華徳大」へ。こちらの方はまだ行列が少なかった。
ほうれん草炒飯のランラントッピングに餃子。

食べ終えて飯田橋へ。
打ち合わせ3本。自分がオーナーの進捗報告。
途中しどろもどろになりつつ、なんとか終わらせる。

定時で帰ってくる。
この日の最高気温は32℃で、家に帰ってくると2階のリビングが暑かった。
みみたも床にぐったり寝そべっている。
今年初めてエアコンの冷房をつけた。

チコちゃん。新日本風土記は堺。猫歩きは香港。
おんな酒場放浪記。
タモリ倶楽部。金曜日のどっちは休み。
明日は4時起き、さっさと寝る。

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07/20(土)

4時起き。みみたの給餌機を3日分セットして家を出る。
5時過ぎ。妻の職場に立ち寄る。
7時過ぎには羽田に着いた。
大雨で引き返す可能性もあったが、無事熊本到着。
義母が迎えに来てくれている。
家に荷物を置いて、車で煮干しラーメンの「麺商人」へ。
そのまま繁華街に出るつもりが財布を忘れていったん戻る。

バスに乗って繁華街へ。
下通にできた「COCOSA」に入る。
あちこちの店でセール中で4割引、5割引の服を買う。
上通の古本屋「汽水社」で何冊か買って上乃裏へ、と思ったら雨。
上通、下通のアーケード街で過ごす。
アーケード街のあちこちでジャズの生演奏。
一方参院選前で共産党、自民党の候補が選挙活動を。テレビ局がそれを撮影。
下通、新市街のアーケードの交差するところにある居酒屋へ。
ハッピーアワーで安い。ゆでたんがうまかった。
雨も上がり、上乃裏を歩く。
妻の美容室の終わる頃、上通の古着屋へ。
ここもまたセール。会社に来ていくポロシャツを3割引で買う。
上通、下通を満喫した一日になった。

雨の中バスに乗って帰る。
家の近くのスーパーで頼まれた買い物を。
風呂に入って疲れをとる。
夜はピーマンの肉詰め、ポテトサラダ、納豆巻など。
缶ビールののちに焼酎。
ニュース。宮迫と田村亮の会見。げっそり痩せている。
ブラタモリは釧路湿原。
参院選の各党党首の選挙活動を紹介する番組ののち、
スポーツ番組を見ていたら寝落ち。

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07/21(日)

7時半起き。
雨が強くなったり弱くなったり。線上降水帯というんだったか。
ニュースを見ると佐賀県鳥栖市、福岡県久留米市で記録的な大雨。
トースト、ベーコンエッグ。
自家製の梅のジュースをもらう。水で割って飲む。
栃木県塩谷町の山奥を訪れる旅番組。
チベットに関する番組を見た。
共産党による「改善」が進んでいるという。
地上に出たが大雨で羽化できない蝉を義父が見つける。
まだ羽が畳まれている。

法事へ。本堂にパイプ椅子が並べられている。
お経を聞いて、法話を聞く。
終わって会食のため熊本城近くのホテルへ。
車に全員乗ることができず、僕ら夫婦は歩いていく。
雨が降ってなくてよかったが、その分蒸し暑い。
仁王さん通りの仁王さんを見て、上通に入った。
会食は熊本城の見える部屋。
もちろん今は修復作業中となる。
清酒を飲んで焼酎を飲んで、最後の辺りは記憶なし…

18時に起こされて目が覚める。布団で寝ていた。
スーツや革靴は自ら片付けていたようだ。
夜を食べに行く。車に乗って蕎麦屋へ。
カツ丼と蕎麦のセットを食べる。
唐揚をつまみに瓶ビールを飲む。
食べ終えて義弟のマンションに立ち寄る。

帰ってきて、疲れて、眠くて、それ以上酒を飲む気になれず。
氷を入れた水をガブガブと飲んで過ごす。
参院選の報道を見る。
熊本も青森も自民党が当選確実。
NHKから国民を守る会、多くの都道府県に候補者を出して
1位か2位の得票数の1/10程度を獲得している。
前回の何かの選挙にも出ていたと思うが、ここまでの存在感はなかった。
今回急に勢力拡大。バックにどこかついたのだろうか。
22時過ぎに布団に入った。
大雨が続く。

---
07/22(月)

3時頃目を覚ましたか。集中豪雨。空の底が抜けたかのような。
しばらく布団の上で雨の音を聞いた。
そのうちウトウトして7時半に起きて朝食。
トースト、ソーセージ、玉子焼き、ポテトサラダ。
段ボールに送るものを詰める。

ワイドショーでは昨晩の開票結果と吉本。
これまでの経緯をわかりやすく解説してくれるところがあった。
14時から社長の会見なのだという。
東京に戻って来てあちこちニュースを見てみる。
宮迫、田村亮への契約解除は撤回とあったが、吉本の芸人からは不満が続出。
吉本、ジャニーズ、AKBとひとつの時代が終わるのを感じる。

郵便局に段ボールを持っていって空港へ。
30分程遅れて出発となる。
熊本ラーメンを食べて、お土産を買って、初めてラウンジに入ってみた。
缶ビールと焼酎を飲む。なかなか居心地がいい。
昨日法事で会った叔父たちと義父母がばったり会ったというので
挨拶して保安検査場へ。

東京には15時前に到着。
東京は小雨と機長からのアナウンスがあった。
灰色の雲を突っ切って着陸した。
手荷物を受け取ってモノレールへ。大江戸線。
LIVINで食材を買って帰る。

みみたが元気にお出迎え。
荷物を片付けてクリーニング屋へ。
弁当のおかずをつくる。きんぴらごぼう。サバを焼く。
ネギとベーコンのスクランブルエッグ。
先週のうちに茹でて冷凍しておいたブロッコリーを解凍する。
夜は妻が LIVIN の肉屋で買ったまん丸いメンチカツを。
近所の方がキュウリを置いて行ったので叩きキュウリをつくる。
お風呂を沸かして入る。

鶴瓶の家族に乾杯は休み。酒場放浪記を見る。
ゴールデンウィークに人吉に行ったときに買った焼酎「たる繊月」を水割りにして飲んだ。
妻が買った『百年の家』という絵本を勧められて読んだ。いろいろ考えさせられる。
猫歩きをやってて、沖縄の久高島だった。
見終わって寝る。


[6794] 熊本へ その3 2019-07-22 (Mon)

昨晩は余りにも疲れて、かつ飲みすぎて、
夜を食べに行って帰ってきた後は酒を飲まず。
氷を入れた水をじゃぶじゃぶと飲むのみ。
参院選の速報を見ているうちに眠くなって
22時過ぎに布団に入った。

昼はさほど降らなかったが、夜になって大雨。
たらいをひっくり返したかのような。
3時過ぎに目が覚めて屋根を打つ雨音を聞き続けた。
これだけの大雨、しかも数日間にわたって長く続くのは
青森にもなく東京にもなく初めてかもしれない。
そのうちにまたウトウトして、7時半に起きる。

朝食。トースト、ポテトサラダ、ヨーグルトをかけたバナナなど。
ニュースを見ると熊本市も大雨警報。
モーニングショーでは宮迫問題。
食べ終えて東京に送る荷物を段ボールに詰める。
空きがあったので一昨日買った本も。
間に古着屋で買ったポロシャツを。

10時、家を出る。この頃には雨が上がった。
郵便局で段ボールを出す。
平日午前中の小さな郵便局に客はなし。ATMの利用のみ。

まっすぐ空港へ。
土日祝でもないのに駐車場がいっぱい。
土曜に着いたときも停めるところがなくて一時停止のまま待ってたな…
9時頃に JAL からメールが来て座席番号が変わったという。
機体が変わったのだろう。大雨の影響もあったのかもしれない。
その機体の到着が遅れて、出発は12:35から13:10へと変更。
まあこの日の予定は東京に戻るだけなので困ることはない。
ゆっくり食べながら待つかと手荷物を預けたあと、
義父母と4人で空港のラーメン屋に入った。
妻は太平燕、義父がチャンポン、僕と義母が熊本ラーメン。
僕はそこに分厚いチャーシューを加えたのと、トッピングで辛子高菜。
ミニチャーマヨ丼も。
義父と妻が生ビールを飲み、僕はハイボールを飲んだ。

食べ終えて義父母とそこで別れて、お土産を買う。
僕は福さ屋のめんたいマヨネーズやめんべいの熊本限定、八代青のり味など。
空港のラウンジに入ってみようということになる。
妻がとあるゴールドカードを持っていて無料。
僕は1,080円払って中に入った。
缶ビールは1人1本まで無料。
焼酎は試飲という形で無料で飲み放題だった。
僕は缶ビールと焼酎の「武者返し」を水割りで。
座席の座り心地もよく、なかなかいい。
僕も何かゴールドカードにしようかなと思う。
しかし妻が調べてみると羽田のラウンジはアルコールが無料とのこと。
JAL や ANA の高級なラウンジはまた違うんでしょうけど。

義父母が、昨日の法事で会った叔父たちとばったり会って喫茶店でお茶を飲んでいるという。
簡単に挨拶をして検査保安場へ。
飛行機に乗り込む。
中山康樹『ディランを聞け!!』を読んで過ごす。
この3日間、ずっとこればかり読んでいた。
ボブ・ディランの全曲全バージョンを解説する。1ページで1曲。
ライブで演奏されたなどで4バージョンあると4ページ。
前から少しずつ読んでたんだけど、
しばらく読まないでいるうちにどこまで読んだのかわからなくなった。
最初から読み返した。
ディランは何も考えてない、ディランは実は天才的に歌がうまい、
など同じことがずーっと続くだけの600ページ。
だけど中山節ファンならばそれだけで面白く読めてしまう。

東京に15時前に到着する。
雨が降って涼しいがムシムシする。
モノレールに乗って、大江戸線でぐるっと乗ってきて、駅に着いてなんだか暑いなと。
LIVIN で明日の弁当用の食材を買って帰った。

みみたが元気にお出迎え。
荷物を片付けてクリーニング屋に法事で来たスーツとYシャツを持っていく。
弁当のおかずをつくる。きんぴらごぼう、サバを焼く、ネギとベーコンのスクランブルエッグ。
先週茹でて冷凍しておいたブロッコリーを解凍する。
夜は LIVIN の肉屋で妻が買った真ん丸のメンチカツ。
近所の人が山のように置いて行ったキュウリで叩きキュウリをつくる。
ゴールデンウィークに人吉で買った焼酎「たる繊月」を開けて、水割りにして飲んだ。


[6793] 熊本へ その2 2019-07-21 (Sun)


昨晩はその後、
NHKの参院選前の各党党首の選挙活動を紹介する番組ののち
スポーツ番組を見ているうちに寝落ち。
早く寝なさいと言われて歯を磨き、布団に入る。雨。
蒸し暑くてエアコンを入れる。
この日熊本は33℃という暑さだった。

3時頃目が覚めて下に下りていく。
仕事をしている妻の様子を見に行く。
また布団へ。7時半に起きた。
朝食はベーコンエッグにトーストなど。
NHK の白川郷の番組ののちにニュース、栃木県塩谷町の山奥を訪れる旅番組。
雨が降ったり止んだり。佐賀県鳥栖市、福岡県久留米市は観測史上最高の大雨。
チベットに関する番組を見た。
共産党による「改善」が進んでいるという。
地上に出たが大雨で羽化できない蝉を義父が見つける。
まだ羽が畳まれている。

法事を終えて、熊本城近くのホテルで会食。
皆は車を分かれて乗ったが全員は乗れず。
妻と二人、歩いていく。
仁王さん通りを歩いて仁王像を見る。
上通に出て熊本城へ。修復工事が続いている。
ホテルの日本料理の店からは鉄骨の足組が見えた。
冷酒を勧められて冷酒を飲んで、米焼酎を飲んで。
飲みすぎて最後の方記憶なし。

スーツを脱いで片付けたあと、すぐ寝たのだろう。
18時に起こされて車に乗って食事へ。
蕎麦屋に入ってカツ丼とかけ蕎麦のセットを食べた。
義弟の家に寄って帰ってくる。
NHK の参院選の番組を見る。
一人区どうなるか、など。
熊本も青森も自民党の候補者が当選確実。


[6792] 熊本へ その1 2019-07-20 (Sat)

この週末は法事で熊本へ。
日曜なんだけど、終わってすぐとんぼ返りもなんだと月曜休んで3日間の滞在とする。

前の日寝たの午前0時過ぎ、起きたのは4時。
最近みみたが僕の足元で寝ていることは少なかったのが、
今日は何かを察して足元にいた。
みみたのカリカリを3日分給餌機にセットして、
3日分の着替えをリュックサックへ。
フライトはこの前同様、08:10 羽田発。
家を5時半に出れば十分1時間前には着くんだけど、
仕事で徹夜した妻が資料を会社に忘れてきたと5時前に出て取りに立ち寄ることにした。
空は既に明るい。
Dragon Ash のメンバーが大麻で逮捕というニュースが届く。
RISE の KenKen と Jesse だった。

始発から3本ほど先か。
中野坂上で丸の内線に乗って、新宿で下りてまた東京駅まで乗っていく。
山手線から浜松町でモノレール。
7時近く。既に大勢のスーツケースを持った人たちでエスカレーがいっぱいになっている。
7時半には着いて、お土産を買うとすぐ保安検査場へ。
ロビーで待つ。最近はあちこちにノートPC用のコンセントがあるんだなということに気づく。
台風5号は中国大陸の方に逸れたようだが、熊本はこの日の朝まで大雨の予報。
着陸できずに羽田に引き返す可能性もあるとアナウンスされる。
離陸。行きの地下鉄からずっと妻の仕事の原稿の手伝い。
機内で書き終えて、Wi-Fi を接続して送信する。
九州に近づいて機体の揺れが続いた。

無事到着。
熊本は暑いが、湿度はさほどなくて過ごしやすい。
雨は降ってなかったが、夜は大雨だという。
空港に義母が迎えに来てくれていた。

荷物を置いて昼を食べに行く。
熊本に本格的な煮干しラーメンの店があると聞いてて、次来たときはぜひ、と思っていた。
「麺商人」という店。
「極濃煮干し」にする。いわゆる「ごくにぼ」
青森のようにギトギトしてなくて丁寧な味でおいしかった。
ミニチャーシューめしも餃子もどれもよかった。
熊本だととても珍しいのだろう、青森から来たというととても喜ばれた。
やはりルーツは青森だという。
「長尾」や「ひらこ屋」も話になった。
今度は夜限定のまぜそばを食べてみたい。

財布を忘れて一度家に戻る。
妻が美容室に行くというので義母と一緒についていく。
熊本市の中心部へのバスが1時間に1本あるというので家の中でしばらく待つ。
前の晩寝てなかったこともあって僕は少し横になった。

外に出てバス停へ。
熊本に来るようになって5年ぐらいになるか。
バスに乗るのはこれが初めて。
少し遅れて交通センター行きが来た。

鶴屋デパートの前で下りて、上通の文房具屋へ。
来月青森に帰るので甥っ子たちに伝統工芸品の渋うちわを買おうとしたら
義母が代わりに買ってくれた。
義母とはそこで別れて、下通りへ。
アーケード街に入ると揃いの黒いTシャツを着た男性たちによるジャズの演奏が。
「Street Art Plex Kumamoto」というパフォーマンスイベントの一環で、
「Jazz Open 2019」と題して
この日は上通と下通のアーケードのあちこちで演奏がなされるのだという。
パンフレットをもらうと国際的に活躍するミュージシャンから
中学生高校生のグループまでたくさんのグループが登場することになっていた。
アーケードの中でキーボード、ドラム、ベース、サックスの最小編成のグループもあれば
デパート前の広場ではビッグバンドの演奏も。

下通に「COCOSA」という商業施設ができたというので行ってみる。
丸の内だと新丸ビルとか、新宿だとNewomanだとかそんな感じ。
Journal Standard が入っていて、
何とはなしに入ったらいい感じの半袖シャツがあってセール品で4割引。思わず買ってしまった。
上の階に行って Urban Research に入ったらやはり4割引。2品併せて買うとさらに1割引。
半袖シャツとTシャツを買う…
いや、いい買い物になった。
ここ数年東京では全然洋服を買わなかったが、熊本に来ると服をたくさん買ってしまう。

14時半、妻は上通の美容室へ。
僕は上通をブラブラしてアーケードを出る。
昨年夏に来た時にも入った「汽水社」という古本屋へ。
ここはアート・デザイン関係に強く、なかなか品ぞろえがいい。
また何冊も買ってしまった。
*ユリイカ『日本語ラップ』
*ONTOMO MOOK 『ギタリスト400 世界の名手400人&CDガイド600枚』
*村瀬秀信『野球短編自選集 止めたバットでツーベース』
*立川談志『談志楽屋噺』
*ロジェ・カイヨワ『妖精物語からSFへ』
感覚値として神保町の半額ぐらいか。
ロジェ・カイヨワは1,500円。神保町だと4,000円ぐらいで見かけたことがある。

上乃裏を歩いてさらに服を見てみるつもりが雨が降ってきてアーケードに戻る。
サンマルクカフェに入って休憩。
明日参議院選挙の投票日、選挙活動最終日ということもあって
共産党は熊本から女性議員を出そうと応援者たちが列をなして下通から上通へと進んでゆき、
自民党の候補者は各店の中に入っていって支持を訴える。
どちらも地元のテレビ局がカメラで追っていた。

小さな中古レコード屋に入った後に下通に戻って「COCOSA」へ。
一通り見て回って下通をさらに下っていく。
新市街のアーケードと交差するところで自民党の候補者が演説。
大勢の支持者が取り囲んでいた。
新市街に「Denkikan」という映画館があった。
渋谷の単館上映の映画館に近いラインナップで
今上映しているのは『誰もがそれを知っている』や最近話題の『ニューヨーク公共図書館』
8月に入って上映するのは『あの歌、2つの心』
こういう映画館があるのはいいな、と思う。

アーケードの交差するところに戻ると16時にオープンする居酒屋が目に留まった。
あご出汁餃子とゆでたんの店。「Antonio」という名前だったか。
ハッピーアワーで餃子が一皿180円、ハイボールが180円、レモンサワーが190円。
看板料理のゆでたんは850円とこの中では高かったが、ものすごく柔らかくておいしかった。
この4品で1,500円弱。ハッピーアワーということもあるけどコスパよすぎ。
若い店員たちはやんちゃだけどキビキビ仕事している。
開店してすぐ、ほとんどの席が埋まってしまった。

雨がやんできて上乃裏を歩いてみる。
上通の古着屋に入るとここもセールを。
会社に来ていくポロシャツを3割引きで買った。
冬用に長袖のポロシャツも。

17時過ぎ、妻と美容室の外で待ち合わせしてバス亭へ。
福岡行きの長距離バスが10分に1本来る。
バスに乗って帰ってきた。
近くのスーパーに寄って帰る。
雨が強くなってきた。家に入った後に大雨。雷も鳴る。
風呂に入る。夜は義母の手料理。ピーマンの肉詰めなど。
義父が皮付きのピーナッツを炒ってくれる。作り方を教わる。
ブラタモリは釧路湿原。
大雨が続く。選挙の番組を見て過ごす。


[6791] 荻窪「中華徳大」 2019-07-19 (Fri)

昨日、家のリフォーム工事のために有休をとる。
終わって午後、床屋に行こうと荻窪に向かうが木曜だというのに休み。
軒先に貼りだされた予定表を見ると今週は木曜まで夏休みとなっていた。
そういえば毎年この時期はそうだった…
しかたなく「ビンギリ」で担々麺を食べて帰る。
今日、午前中の経過観察がさほど待たず順調に終わる。
午前休としてある。
10時半。今行ってすぐ切ることができたら午後の出社に間に合うかなと
再度荻窪に行ってみるが…、先客二人がソファーに座っていて諦めた。

せっかく荻窪にいるのだからと昼を食べて出社することにする。
青梅街道沿いの「吉田カレー」に向かうが、今日も行列。
開店前だからだけど、小さいと聞く店内は一巡目に入れずにしばらく待つだろう。
梅雨明けのように外は暑い。
あ、そうだと駅の反対側、すずらん通りの「中華徳大」に行ってみる。
11時半開店の10分前で6人待ち。これなら入れるかと並ぶことにする。
先に並んでた人の半分は近くの工事現場で働いているのか
汚れたつなぎを着たおっさんやおばちゃん。

『町中華で飲ろうぜ』を見始めてから町中華がとても気になってたんですよね。
荻窪で一番有名な町中華の店ってここなんじゃないかな。
なんで番組で取り上げられなかったのだろう。駅の反対側だったからか。
番組としては再度荻窪を訪れるつもりなのかもしれない。
僕が住んでた頃から知ってたけど、その辺の中華だろうと入ることがなかった。
しまったなあ。今や人気店だ。
『町中華で飲ろうぜ』で取り上げられていた「啓ちゃん」も
家のすぐ近くだったのに一度も入らなかった。

一番人気のメニュー、ほうれん草炒飯のらんらんトッピングにする。(920円+200円)
らんらんとは玉子焼のこと。中華風オムレツか。炒飯の上に乗せる。
ほうれん草炒飯は甘辛く味付けした豚肉が元々乗っている。
肉と野菜が一度に楽しめるのが人気の理由だろうか。
毎月9のつく日が餃子100円引きというので餃子5個もついでに頼んだ。(400円→300円)

平日だというのに開店と同時にほぼ満席。すぐ全部埋まった。
厨房には4人。おやじさんとおかみさんと、
おとうさん・お母さんと呼んでたから息子と娘だろうか。
おやじさんが中華鍋をふるい、
残り三人が冷蔵庫から肉を取り出しておやじさんのところに持って行ったり、
テイクアウトの炒飯を詰めたりしている。
町中華にありがちな、間取りの狭さゆえに動けるスペースが狭く無駄が多いんだけど、
店員間の阿吽の呼吸で動作だけはスムーズに流れて行っている。
おやじさんの前にガスコンロ、右手左手にはコの字型を描くように台が置かれ、
茹でたばかりの海老を乗せた皿や玉子のケース、ほうれん草を刻んだ皿などが雑然と置かれている。
その周りのセッティングを残り3人がどう行うかが、この店の肝なのだろう。

炒飯が届く。若干濃いめの味付けかな。これぞ町中華という味。
炒飯も玉子もふわふわしている。
先に食べていたお客さんの中には生ビールを飲んでる人たちもいて、うらやましい。
僕も今度夜来て、唐揚げと炒飯でビールを飲みたい。

荻窪にはかつてルミネの脇、タウンセブンの入ってるビルの裏側に
「漢珍亭」というやはり炒飯の有名な店があった。
ここも今思うと町中華の名店だった。
いつ行っても階段にちょっと並んでいて、
狭いカウンターだけの店で肘付き合って食べる。
おやじさんが高齢のため、10年ほど前に店を閉めただろうか。
いや、もっと前のことか…


[6790] ねぶた祭は誰のものか 2019-07-18 (Thu)

ちょっとねぶたについて調べてみるかと思い、まずは新書をと Amazon から取り寄せてみる。
河合清子著『ねぶた祭 ――”ねぶた”』(角川Oneテーマ21 / 2010年)

青森市で育っているからねぶたは身近なもの、肌感覚でよく知っている…、
というつもりが、いきなりこれまで気づいていなかったことが出てきて驚く。

引用します。
「青森ねぶた祭の特色の一つは、寺社が司る祭ではないことかもしれません。
 青森の街ができてから、自然発生的に行われるようになった祭なのです。
(途中省略)
 神様を祀る祭ではないので、参加者は、神社の氏子であったり、
 寺の檀家である必要はありません。
 それは本当に誇張ではなく、その日初めて青森を訪れた観光客でさえ、
 衣装さえ着ければハネトとして参加することができます」
(p.19-20)

そういえば、そうか。
青森市には善知鳥神社という有名な神社があるが、ここが中心となっているわけではない。
青森市のもの、だとは漠然と思っていた。
町内会の神輿を拡大したもの。
でもそれも誰だって参加できるわけではなく、
その町内会に入っている人、ないしはその紹介がないと神輿を担ぐことはできない。
なぜ青森ねぶたは誰が跳ねてもいいのかというと、僕は違うことを考えていた。

・ラッセラー、ラッセラーというリズムに合わせて
 ケンケンパッと跳びはねるだけなので
 誰でもいきなり練習なしにその場で始めることができる。
 多少足元が覚束なくても誰も気にしない。

・阿波踊りのような「連」がない。
 グループごとに振り付けが違うということもない。
 多い日で22台のねぶたが運行されるが、どこも跳ね方は同じ。
 自衛隊のグループだから、JRのグループだから、とか、
 テーマが三国志の誰それだから、というので変わることもない。
 空いてたらこの22台の前後のどこに入ってもいい。

・冬が長く厳しいからか津軽の人たちは普段、寡黙で排他的であるように思う。
 それが祭というハレの数日、
 裏返しになってオープンな性格になるのではないか。

もちろんこれらも理由の一部にはなりそうだけど、
一番大きいのは寺社の縛りがないということか。
いろんなことが腑に落ちた。
そう考えると祭の分類軸の一つとして、
オープンなものとクローズドなもの、どこに属しているのか、というのがあるんだな。
あるいは、その中心に神様がいるかどうか。
そう考えるとこの国の多くの伝統的な祭はクローズドなものとなりそう。

一方で団地の中の祭は中心に神様を持たない、
かといって誰でも自由に参加できるかというとなんかそれは難しい。
やはりクローズドなものとなる。
考えだすと、ここにはいろいろと興味深い問題がありそうだ。


[6789] 遠い声、遠い空 2019-07-17 (Wed)

雨に濡れたまま自転車に乗って走っているときの
無力感ともうどうでもいい感。
全身ずぶぬれで服が貼りついていて、
ジーパンは固くなっているし、Tシャツの袖からも滴り落ちている。
靴下もびしょびしょでスニーカーの中もじゃぶじゃぶで。
カゴの中の、あるいは背中に斜めにかけた鞄がどうなってるか考えるとゾッとする。
本が濡れて染みが広がっている。
財布の中のお札も後で広げて乾かさないといけない。
交差点で信号は赤。もどかしい。どんな罪でどんな罰なんだ?
猫背になってハンドルを握る。ブレーキが冷えている。
髪の先から目元まで雨水が伝う。
前を向くことができなくて俯いて、だけど上目遣いになる。
勢いよく通り過ぎるトラックが水たまりに踏み込んで泥水が跳ねかかる。
よけている暇もない。
また次の車が。助手席の女が煙草を吸いながらスマホをいじっている。
なんで雨が降りだしたのだろう。
なんで自転車なんかに乗ってしまったのだろう。
いや、他に選択肢はあったのか?
あとどれだけの距離なのか。どれだけの時間がかかるのか。
誰が待っているわけでもない。誰もこのことを知らない。
背中に汗をかいてむしろ体は熱い。肩で荒く息をする。
灰色になったブヨブヨした雲がどこまでも続く。
本降り手前の細い雨はこちらに向かって斜めに降っている。
それ以上強くもならないし、弱くもならない。
時間が止まっている。世界はここで切り離されている。
この雨が明けたら夏になるのだ、ということを思う。
黄色いレインコートを着た男の子が傘をかぶった母親に手を握られて向かい側で待っている。
信号が点滅する。何かを楽しそうに話している。
あともう少ししたらペダルを漕いで走り出す。横断歩道を渡る。
道はわかっている。右へ。しばらく歩道を行く。
こんなふうにして濡れながら自転車に乗っている女の子が今、どれだけいるだろう。
すぐ近くにいたと向こうからやってきたとしても、すれ違うとき雨の中で声を交わすことはない。
それは晴れていて自転車に乗っていなくても同じ。
信号が青になってペダルに力を入れる。
だけど空回りしてバランスを崩す。またすぐに走り出す。
黄色いレインコートを着た男の子もその母親もこちらを見ることもなく、通り過ぎてゆく。
雨の音、車の音、自分の音だけが聞こえない。
いい加減な舗装ででこぼこになった横断歩道。
曲がって次の道路。またその次の道路。
降り続く雨。自転車が軋む。
何も考えないようにしてペダルを踏み続ける。