[870] 知覚の共有 2003-04-28 (Mon)その人が今「見て」いるものをインターネットか何かで中継する、
そんなのが一般的になる時代がすぐにも来るのではないかと僕は最近考えている。
カメラが24時間回っている部屋で生活することでプライベートを公開、
なんてのがオジー・オズボーンを代表に世界中いろんなものが出回っている。
それをもう一段階押し進めたものとして。
自分を見てもらう、ではなくて、自分の見たものを提供する、ということ。
プライベート公開もアダルトコンテンツとしてまずは興味を引いて、
というのと同様にまずはエッチな目的で広まると思う。急激に。
(AVで「ハメ撮り」は根強い人気があるもんな)
だが、それだけでなく。
ヤンキースの松井が打席に立ったときに彼の視界に映る光景を君は見てみたくはないか?
超満員のスタジアム。マウンドに立つピッチャー。
150kmの豪速球を打ち返し、一塁目指して走っている横目で白球はスタンドに消えていった。
ライブで見れるのなら誰だって見たくはないか?
宇宙飛行士が無重力の空間で眺めた地球。
ボクシング世界ヘビー級王者決定戦にて挑戦者がチャンピオンの不敵な面構えを見つめた瞬間。
世界に名だたるダイバーが真っ暗な深海にて目にした光景。
映画で言えば「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」のように、心霊スポットへ潜入。
一般市民には見ることのできないものを体験させる。
未知の領域に踏み込む経験を共有させる。
昨年「es」というドイツ映画を見ていたら、
元ジャーナリストである主人公は刑務所に侵入する際のアイテムとして
超小型送信機のついた眼鏡をかけることによって、中の映像を伝えるというのがあった。
ああいうのってすぐにも実現するのではないかと思う。
21世紀の早いうちにも、5感は他人と共有できるようになるのではないか。
そして22世紀には思考や心の動きというものも共有できるようになるのではないか。
バーチャルリアリティーはどこまでも進化していく。
やがてはあらゆるものがリアルなものとして併存していくようになる。
リアリティーは情報の密度という観点から語られるようになる。
この世界は情報というものでつながっていく。それがもっともっと大胆なものになる。
[869] ベスト10 2001/2002 2003-04-27 (Sun)会社の人たちとやっている今年のアルバムベスト10を今になって作成。
2001年のやつが書いてる途中で仕事が無茶苦茶忙しくなり
どこか行ってしまったことから去年は発表しないままに終わった。
せっかくだからと2年分書きだしてみる。
この機会に2年分の気になる「新譜」を聞き直したり買ったりしているうちに、
年末から始めていたはずなのにいつのまにか年が明け、
ゴールデンウィークまで来てしまった。
このままだと永遠にやってそうなのでここでいったんピリオド。
<2001>
【海外:アルバム】
1. Basement Jaxx 「Rooty」
2. Reef 「Getaway」
3. Mouse On Mars 「idiology」
4. Tortoise 「Standards」
5. Super Furry Animals 「Rings Around The World」
6. Bjork 「vespertine」
7. Mum 「Yesterday Was Dramatic - Today Is OK」
8. Sigur Rus 「Agaetis Byrjun」
9. Sunny Day Real Estate 「Rising Tide」
10. Tool 「Lateralus」
【日本:アルバム】
1. 渋さ知らズ「渋旗」
2. くるり 「TEAM ROCK」
3. Mo'some Tonebender 「Echo」
4. Cornelius 「Point」
5. 奥田民生 「Car Songs of the Year」
6. AJICO 「SHOW」
7. Little Creatures 「The Apex」
8. Soul Bossa Trio 「Simply Sounds Best Tracks 1993-2000」
9. Soul Flower Union 「Screwball Comedy」
10. fOUL 「Husserliana」
【シングル:海外】
Basement Jaxx 「Romeo」
【シングル:日本】
くるり 「ワンダーフォーゲル」
【再発】
Fad Gadget の4枚
【ライブ】
フジロック2日目の夜に見た「渋さ知らズ大オーケストラ」
<2002>
【海外:アルバム】
1. Red Hot Chilli Peppers 「By The Way」
断トツの1枚。
ギターとベースにドラムがいてボーカルが歌ってる、
ただそれだけなのにどうしてここまでキラキラと輝いているのだろう?
特別に感じられるのだろう?
フジロックのステージでも4人がそこに立っているというだけで感動的だった。
「奇跡」を垣間見たような気持ちにさせられた。
2. Bob Dylan 「The Rolling Thuder Review」
75年のボブ・ディランが大勢のミュージシャンを従えて
ドサ周り一座のようなノリでアメリカ北部の町を何の予告もなく訪れた
「ローリングサンダーレビュー」のライブというか実況中継盤。
このときの「旅」の記録はサム・シェパードによる
「リーリングサンダー航海日誌」という形で残されていて、これがまた非常に面白い。
アメリカのカウンターカルチャーに興味を持った人は必読。
3. Pet Shop Boys 「Release」
ここに来て Pet Shop Boys が何度目かのピークに。
とにかくいい曲が並んでいる。癒し系。
4. McAlmont & Butler 「Bring it Back」
5. Primal Scream 「Evil Heat」
6. Doves 「The last Broadcast」
7. Velvet Crush 「Soft Sounds」
8. 「Waking Life」 のサントラ
リチャード・リンクレーターの新作のサントラ。
フラフラと街を彷徨う主人公が出会う人々との会話が脈絡なく語られるだけという不思議な映画。
なのに見ていて気持ちよかった。実写をアニメに変換した独特な風合いの映像が斬新だったからか。
音楽はタンゴを演奏するグループによるもの。
クラシックやジャズの素養のありそうな若いミュージシャンたちの演奏による新しい感覚のタンゴ。
このジャンル自体僕にとって珍しいせいか、「面白いなあ」と繰り返し繰り返し聞いた。
9. Today Is The Day 「Sadness Will Prevail」
10. Manu Chao 「Radio Bemba」
以下、次点というか。
去年はオムニバスに優れたものが多かった。ちょっと紹介。
「The wire 20 1982 - 2002」
イギリスの音楽誌「Wire」の20周年を記念する20世紀「実験音楽」大全集。
現代音楽もフリージャズもダブもインダストリアルノイズもみんなバラバラに放り込まれていて、
とにかくメンツがすごい。
CD1 : Ennio Morricone, Coil, Derek Bailey, Einsturzende Neubauten, AMM,
Mars, Cabaret Voltaire, Tony Conrad with Faust, Fela Kuti ...
CD2 : The Art Ensemble, Sonic Youth, This Heat, Stereolab & Nurse With Wound,
Sun Ra & His Solar - Myth Arkestra, Christian Maclay, John Cage, 大友良英, Bjork ...
CD3 : Terry Riley, Sucide, DAF, 不失者, John Coltrane, John Fahey, Diamanda Galas ...
「The Jazz Chillout v1.0」
Blue Note によるコンピ。例によって秀逸な内容。
21世紀に聞かれるべきジャズの在り方をこれによって提示されたというか。
20世紀中ごろから現在に至るまでのジャズの膨大な名曲・名演に対して
僕たちはいかに接するべきか?その1つの答え。
Donald Byrd や Grant Green といった定番や
Medeski, Martin & Wood や Soulive といった新世代まできちんと押さえられている中で
白眉なのは1曲目 Charlie Hunter による Roxy Music 「Avalon」のカバー。
なんと今をときめく Norah Jones がボーカル。
もちろんこのコンピが発売された当初はグラミー賞を取ってなかった。
今になって思うに Blue Note の人たちは目端が利くなあと感心させられた。
「In The Beginning There Was Rhythm」
Blue Note と並んで僕がここのコンピなら何を買ってもハズレなしと思っている
Soul Jazz Records による、70年代末80年代初頭のイギリスニューウェーブのうち、
「リズム」というものに自覚的だったバンドを集めたもの。
The Slits, The Pop Group, This Heat, Gang of Four, Cavaret Voltaire, Throbbing Gristle
といった評価の定まったバンドだけでなく、
23 SKIDOO, A Certain Ratio, (初期の)Human League といったところも
きちんと取り上げているのが嬉しい。
(Soul Jazz Records はその後 A Certain Ratio の独自編集のベストも作成した)
曲を集めただけのものといってしまえばそれだけなのであるが、
その選曲センスというか「志」の高さには唸ってしまう。
後世に語り継がれるべき名盤だと僕は思う。
その他。ヒットした「The 80's」「Woman」も単なる寄せ集めではなく、
センス良くきちんとしたセレクトがなされていたように思う。
「The 80's」はこれまでありそうでなかった、
痒いところに手が届く消費者向け最優秀コンピだった。
【日本:アルバム】
1. Hitomi 「Self Portrait」
仕方ないよな。去年一番聞いたんだから。
昨日は「LOVE2000」で今日は「キミに KISS」で明日は「SAMURAI DRIVE」そんな毎日。
結婚報道を耳にして以来なんとなく聞かなくなってしまった。
2. Date Course Pentagon Royal Garden 「DCPRG3 / GRPCD2」
大友良英もすごいが菊地成孔もかなりの働き者だ。
DCPRG に Spank Happy に東京ザヴィヌル・バッハと
彼の主催するプロジェクトの作品が多数発売された。
下に挙げた大友良英ニュージャズクインテットにも参加している。
DCPRG はそれまで全然知らなくて、フジロックの3日目の朝にたまたま見かけた。
「すげえ!」と思った僕は新幹線に乗って東京に戻ってくると
そのまま 新宿の HMV へと探しに行った。
そのうちライブがあったら見に行こうと考えている。
3. ROVO 「FLAGE」
4. 小沢健二 「eclectic」
このアルバムが出た時点では多少脚光を浴びたが、その後はひっそりと消えてしまった。
このままだと忘れられてしまうのだろうか。
5年に1度ぐらいのペースで現世に降りてくる仙人のような存在を狙ってるのだろうか。
5. 大友良英ニュージャズクインテット 「LIVE」
6. 奥田民生 「E」
7. EGO-Wrappin' 「Night Food」
8. 54-71 「EnColox」
9. The Blue Herb 「Sell Our Soul」
10. Sing02 「400」
【シングル:海外】
P!nk 「Get The Party Started」
【シングル:日本】
浜崎あゆみ 「Voyage」
【再発】
ロックでは誰が何と言おうと The Who 「My Generation」
ジャズでは Duke Ellington 「Money Jungle」 Carmen Mclae 「Bitter Sweet」
【ライブ】
5月に渋谷 ON AIR EAST で見た「渋さ知らズオーケストラ」
「本多工務店のテーマ」で仰々しく始まり、「本多工務店のテーマ」で華々しく終わる。
2002年は渋さのライブを4回見たが、このときが1番高揚感を得られた。
【2003年はこれが流行る】
4月も末にもなって2003年の予想も何もないもんであるが、
2002年が空前の80年代ブームであったならば
2003年はそろそろ「90年代とは何であったのか?」
という総括/検証が本格的に行われる年なのではないかと思う。
あと、大阪の天才「ツジコノリコ」のライブが観たい。和製エレクトロニカの紅一点。
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2003年の1/3が過ぎて、現時点で当確確定なのは以下の新作
海外: Ry Cooder, Sea And Cake, Blur
日本: UA, Chara, fOUL, ツジコノリコ, ゆらゆら帝国, The ピーズ
[868] 杉並区議会選挙前日 2003-04-26 (Sat)日曜には立候補の御挨拶だったのが、今日土曜には最後のお願い。あっという間。
1週間という短い間その辺をバンで走り回って
駅前で「おはようございます。いってらっしゃい」だの言って
そんなの選挙活動って言えるだろうか?
インパクトを与えられたかどうかが焦点。あくまでパフォーマンス。
こんなの誰が選ばれたところで問題なんじゃないだろうか。
そもそも区議会議員ってのが何をする役割なのかが全然わからない。
誰がやっても一緒のような、政党による違いの無さそうな。
これは僕が不勉強だからか?一概にそうとは言えないと思う。
それはさておき。
何十人も候補者がいれば気になるのは出てくるわけで。
今日見た変なのは
応援者が「You are the one」とかいうのを歌って
候補者が手話でその歌詞を伝えるというもの。
同じマイクを通しての声であっても演説ならまだ耳慣れているものの
歌となった途端強烈な違和感を感じるようになってしまうのはなぜなんだろう。
荻窪駅前の本屋の中に逃げ込んで、終わりが来るのを待った。
手話を悪いとは言わない。その歌詞も時と場合によっては妥当なものだ。
だけど「この人たち頭がおかしいんじゃないか」という印象を僕は受けた。
僕は失礼な人間なのだろうか。
あと、昨日の夜。
荻窪駅地下の階段を上ってきたら目の前に1人の女性候補が立っていた。
疲れてるのか無言だった。神経的にやられてるような危うい顔つきだった。
白いベレー帽を頭に乗せてるのがその奇矯さを倍増。
若くて、基本的にきれいな人。すらっとした、元モデルみたいな肩書きの似合いそうな。
左右に1人ずつ男性が立っていて、
彼女の右側の男性はオトコなのかヒモなのかはたまた友だちなのかただのボランティアなのか
声涸らして「よろしくお願いします」と繰り返していた。
状況が痛々しいことこの上ない。候補者は人形のように不安げに立っているだけ。
落ちるだろうな、と思った。
(彼女は何を求めて区議会議員なんかに立候補したのだろう?)
大森に行けば品川区議会で吉祥寺に行けば武蔵野市議会。
この1週間どこ行ってもうるさかった。
床屋に行けば御主人と客が話をしている。
「最近はあれだね、25なんてのが立候補してるね。
私なんかに言わせると若すぎるって言いたいね」
「せめて30にはなんないと。
社会に出て嫌なとこ見てからにしないと務まんないよ、あの職業は」
そんな話を横で聞きながら僕はおばさんの方に切ってもらう。
おばさん曰く。
「私たちはいつも休みの日に不在者投票に行くの。
職業柄この時期は選挙の話題になるからいろいろ話すことが多いんだけど
投票してない人が何か言うわけにもいかないしねえ」
会社の後輩から聞いた話。後輩は千葉市に住んでいて、
千葉駅にも今たくさんの候補者が立っているのであるが、
1人だけ無言で立っている若者がいるのだそうだ。
それがビシッと力強く立っていてやたらインパクトがあるのだという。
「僕、そいつだけは気になって名前覚えましたよ」
そうか。じゃ、日曜はそいつに投票すんの?
「や、僕選挙行ったことないんで」
ま、僕も同じようなもんなので「ばかもん!」と先輩風吹かすこともできず。
僕はこの話を聞いて「へー。頭いいのがいるなあ」と思うのだが、
実はそいつが頭がおかしくて自分は立候補者だと勘違いしてるとか
そんなんじゃなきゃいいなあという暗い心配もなんとなく抱いた。
(そんなわけないか)
[867] 「タマちゃんのことを想う会」 2003-04-26 (Sat)夜、リーダーと大森のラーメン屋に入って味噌ラーメンをすすってると
店のテレビはニュースの時間。今日の特集ってことでやってたのは
「タマちゃんのことを想う会」と白装束に身を包んだ宗教団体?との「意外な関係」
これがまた面白くて食い終わった後も2人食い入るようにテレビを見つめる。
「世の中にはおかしな人たちがいくらでもいるもんだなあ」と、非常に愉快な気持ちになった。
団体名の紹介がなかったのだが、彼らは90年代から北陸地方を中心に(最近は福井県)
白装束で白い車に乗って、通行止めになった道路を不法占拠しては
付近のガードレールや木々を白い布で覆う奇行をあちこちで、
(追い出されるたびに)繰り返しているのだという。
なんで白かと言えば「体に良くない電磁波を防ぐため」
なんで電磁波が体に良くないのかと続けて問えば
「私たちにも分からない。量子力学や相対性理論でも説明がつきません」
TBSの取材班が現地に赴くと
「ここから先、車で立ち入らないでください」と拒否される。
なんでですか?「車から体に良くない電波が出てるからです」
でもその彼らだって車に乗ってる。???分からん。同じ国産車のはずなのに。
25日は福井県××地区の行政担当者が立ち退きを要求。
その際にもいきなり「いや、だめなんです!!」
どうしてですか!?
「何かがこちらに向かってるんでだめなんです!!」
それは何なのですか!?
「私たちにも分かりません!!」
・・・支離滅裂。
車は白い色のものを。ホイールキャップも白。
しかもペタペタとA4サイズのレーダーチャートみたいなものを車体に貼ってる。
白い服を着て、白い帽子をかぶって、眼鏡も白いフチのものを。
だけどそれほど徹底されたものではなくて、
模様が入ってようが多少違う色でも全然いいらしい。
印象としてはなーんか抜けてるなあというもの。
それでいてこの団体はホタテをばらまいてタマちゃんを捕獲しようとした
「想う会」と関係があるようで、
何のためにタマちゃんが必要なのか全く持って意味不明。
どこだったか忘れたが山奥に一見ペンションのような教団のコロニーがあって、
そこにビニールハウスでタマちゃん用のプールを作成したのだという。
しかもこれではまだ不足だとログハウスまで建てたそうだ。
こういう団体と比較した場合、「オウム」はまだ理路整然としていたなあと思う。
---
学生時代住んでいた国立の町の住宅地の一角にもろ電波系の家があって、
窓という窓に「宇宙人は私に電波を送ってくるな!」と貼紙がしてあった。
割と大きなモダンなデザインの家で、
頭がおかしくなる前は金持ちだったのではないかと思う。
そういえばあの家も全体が白かった。元からなのか、白く塗り直した。
今でもあるだろうか。写真に撮っておけばよかった。
---
いわゆる「電波系」とされる人たちがこの世にはいるということが広く認知されている。
でも彼らはなぜ電波というものを感じ取れるのだろう?
なぜ電波というものが怖いのだろう?
ありもしない他人の声が聞こえ、自分は常に見張られていると感じる。
そんな典型的なパラノイア。
自分は良くも悪くも選ばれた人間であるがゆえに
目に見えない何かからの一方的なコミュニケートを受け入れざるを得ないということ。
なんだかなあ。
---
食べ終わって長居しすぎてたんでコマーシャルに入ったところで席を立った。
肝心のこの団体と「タマちゃんのことを想う会」との関係については分からずじまい。
気になるなあ。
[866] 送信ボタンを押す 2003-04-24 (Thu)最近またウダウダと悩んでいる。
いつまでこんなアホらしい仕事を続けなくてはならないのだろう?
状況はどんどん悪くなっていってるように思う。
くだらない人たちがくだらない質問を山のように投げかけてくる。
キレ気味。日々疲れきっている。
別に会社そのものが嫌なわけではない。
でもこのままだと今の仕事から半永久的に逃れられない。
どうしていいのかよくわからず、だったらスパッと辞めてしまえと考える。
深夜リリース明けで昨日は休み。
今日の朝出社してまたしょうもないメールが来てるとげんなりする。
決心が固まる。「ああ、もういいかあ」と吹っ切れる。
で、以下のようなメールを書く。
--------------------------------------
×××チーム各位
僕はもう関わりたくないです。
会社辞めます。
帰ります。もう2度と会社出てくる気はないです。
後に残す人たちには申し訳ないと思っています。
大変なことになってしまいますが、許してください。
さようなら。お世話になりました。
--------------------------------------
気が重くなる。
書いたはいいが送信ボタンを押せない。
スクリーンの前、固まったまま30分過ごした。
そのうちに9時を過ぎる。
チームの人たちも出社して席につき、
「おはようございます」と僕に声を掛けてくる。
もう完全に送信ボタンを押せなくなった。
そのまま朝イチのミーティングに出た。
いつも通り話が進んでいった。
---
あの時送信ボタンを押して会社を飛び出してたらどんなことになっていただろう。
家に帰って携帯の電源を切って僕はどんなことを思うだろう。
今この大変な時期に僕を探そうとしてあちこち手を尽くすのか。
遂に僕の部屋のドアの前にまでやってきたとき、
僕は鍵をかけて布団をかぶっているのか。
---
取り返しのつかないことをしてしまってこの世界がグルグルと回っている。
あらゆるものが重くのしかかってきて僕の体は押しつぶされてしまう。
その怖さを知ってるから、僕はかろうじて踏みとどまった。
というか結論を先に延ばした。
僕はものすごく弱虫だ。
[865] ラジオを聴くには 2003-04-23 (Wed)徹夜リリース明け。一眠りして床屋に行って髪を切る。
ラジオがかかっている。平日昼間のラジオ。
女性のパーソナリティーがパトリス・ルコントの新作「歓楽街」の紹介をしている。
映画のサントラから曲をかける。
僕は相変わらずテレビに興味はなくて、あんまり見ることはない。
ラジオを聴くこともない。
だけど時々ラジオを耳にすることがあると「あ、いいな」と思う。
今日のような床屋の中、どこかへと向かう車の中。
青森に帰って家でのんびりしているときに母が家事の合間にラジカセのスイッチを入れる。
FMで音楽を聴くでもいいし、AMでニュースを聞くでもいい。
何か楽しい気持ちになる。
だったら普段部屋にいるときにも聞けばいいのではないかというとそれがまたうまくいかず。
部屋で1人ラジオを聴いていると手持ち無沙汰で落ち着かない。
何かしながら、というのがいい。
これまで何度も部屋のみにコンポで聞いたことがある曲なのに
ドライブの途中ラジオでかかるのを聞くと新鮮に聞こえるのはなぜなのだろう?
目にしている風景と聞こえてくる音楽が
その時にしかありえない組み合わせでシンクロする。
---
僕は夜更かしのできない人間なので
オールナイトニッポンってやつを聞いたことがない。
高校の同級生でも欠かさず聞いているやつがいたものだが。
---
映像に関しては衛星放送が当たり前になりデジタル放送が開始され
どんどん進化していってるのに、
音声だけの媒体/ラジオに関してはもう何十年も技術的には大きく変わっていないのではないか。
かといってなくなりそうな気配もない。
何十年も前に日常生活の隙間に入り込んで以来、そっとその声を響かせ続けている。
[864] 知事という職業 2003-04-22 (Tue)杉並区議会の選挙が始まったようで、
朝荻窪駅前は各候補がのぼりを立ててチラシを配ってお祭騒ぎ。
日曜は路地という路地にバンが入り込んで立候補の挨拶。
チベタンフリーダムにてアダム・ヤウクが
素晴らしい候補者がいたら投票するようにと言っていたことを思い出す。
だけど区議会レベルじゃ素晴らしいも素晴らしくないもあったもんじゃなくて。
今回もいつも通り投票所には向かわず。
---
都知事も石原新太郎がなることになって。
これはいいことなんだろうか。それともよくないのか。
なんだかよくわからん。
女性知事が全国に4人いる。
賛否両論あるが、田中知事は頑張っているように見える。
その他、政策の進め方においてこれまでとは違うカラーを打ち出し、
脚光を浴びている知事が日本各地に結構いる。
「知事」という職業は今面白いのかもしれない。
女性問題で糾弾された青森の木村知事はどういう了見なのか未だ居座っている。
ここまでマイナスのイメージを与えられながら続けてるのってなんなのだろう。
あまりいい噂を聞かない。
僕はもう青森県民でもなんでもないのだが、常に気になっている。
[863] Tibetan Freedom Concert 2003-04-21 (Mon)土曜の夜、Tibetan Freedom Concert を見に行った。
サイトウさん夫婦と会場で落ち合うことになっていて、僕は先に1人で行って最初から全部見る。
Tibetan Freedom Concert とは
Beastie Boys のアダム・ヤウクが創立したミラレパ基金が主催するイベント。
96年にサンフランシスコで始まり、今回で6回目。東京では3回目。
ミラレパというと僕なんかはどうしても「オウム」を思い出してしまうのだが、
もちろんそんなのとはなんの関係もなく。
会場で配られていたパンフレットを読んでみると
「ミラレパ基金は中国政府によるチベット占領の事実に対する認識を高めるため、
また非暴力の重要性を世界中に Tibetan Freedom Concert を開催してきました。」とある。
(詳しくは http://www.milarepa.org/japan )
チベットは50年代末に中国による進攻を受け、その後「チベット自治区」へ。
ダライ・ラマは亡命。
演奏の合間にステージに現れる人たちが入れ替わり立ち替わりチベットの現状を説明し、
それとともにチベットの人たちが大事にしているという非暴力の姿勢を説く。
ニューヨークのアンダーグラウンドでパンクを演奏していたやんちゃな3人組が
ヒップホップ/ラップに鞍替えして突如現れ、世界制覇。
それがいつのまにか「チベット」へ。
このつながりに何があるのかというと正直なところよくわからないが
この御時世、平和がいいに決まっている。
日頃「イラク戦争?僕に関係あんの?」というスタンスなこの僕も
この日ばかりは海の向こうの戦争について考えてみる。
ステージの上の演奏を見ながら。突っ立って、轟音に包まれながら。
---
場所は NKホール。場所を調べてみたら最寄り駅舞浜。ディズニーランドの裏。
僕は当日の昼近くまでNHKホールだと勘違いしてて、あやうくそっちに行くところだった。
出る前にホームページで出演者を確認したときに初めて気付いた。危なかった。
ディズニーランドは実に15年ぶりかそこら。中学の修学旅行以来。
詰め襟の真っ黒な学生服着て行列に並んでいた僕。髪は校則で坊主刈り。
駅に降り立ってみると雨が降りだしていて、風がかなり強かった。
広大な駐車場をテクテクと一人歩いてると飛ばされそうになる。
家路に着く家族連れがゾロゾロとそれぞれの車に向かって急ぐ。
周りを見てもロックな出で立ちの若者がいなくて、不安になる。
もしかしたら実はNHKホールの方が正しい?
ここまで来てそれはないよねえ。
着いてみるとちゃんと人がいた。
中に入ろうとするとあちこちに書名を求めて立ってる若者たちが揃いのTシャツを着て立っていて、
わらわらと声を掛けてくる。何に使うのか分からないが、一応書いておく。
字が汚いうえに気分が急いでいたから、ちっとも読めるものになってなかったと思う。
1組目、RIZE が始まっている。
ロビーにいても轟音が伝わってくる。
僕はアリーナ前方のブロックに入って、一番後ろの柵に開いているところを見つけてもたれかかる。
RIZE はあれほど評価されてるのに、これまで僕の食指が動くことはなかった。
それはやっぱ正しかった。今日のステージを観てよくわかった。
巧いけどただそれだけなんだよな。
ヒップホップだのオルタナティブだのを消化したヘヴィロックとしてはやたら高性能。
だけどそれだけ。まるでスポーツ。危うい匂いが全然感じられない。
育ちがいいんだろうなあというのが第一印象。Char の息子というのがなんか関係あるのか。
Drafon Ash にはあって RIZE には大きく欠けているものがどこかにある。
---
2組目は Mo'some Tonebender
ここでサイトウさん夫妻と合流。
Mo'some は一昨年のフジロックで観て以来。
あの頃はまだそれほど知られてなかったけど、今ではもう日本ロックの最前線に立つバンドへ。
前の方に行って観る。同じ大音量なのにどうしてこんなに RIZE とは違うのだろう?
破綻へと向かいつつあるのに、それが同時に1つの流れへと収斂していく。
ぶっきらぼうなのに触れれば千切れそうなくらい繊細。
ポップなメロディーを歌っているはずなのに、異形。
今日のイベントは呼ばれたから来ましたって感じで、
「難しいことは言わないです」とだけ言って
後は演奏するのみという佇まいが実に Mo'some らしい。
途中ベースの武井が楽器のトラブルでステージを降りたとき、
ギターの百々はしばらく手持ち無沙汰にステージをぶらついた後で
いきなりリフを刻み始め、そのままドラムと2人で曲を始めてしまった。
かっこよかった。かっこいいなあ!
演奏した曲は「未来は今」「idiot」など、ここ2作のものか。
---
ホールの外に出て、自販機でペットボトルの水を買う。
チベットの民芸品を売るコーナーがあちこちにある。
喫煙コーナーはガラの悪い若者たちでいっぱい。吸ってるものがマリファナに見えた。
---
3組目はチベットからアメリカに亡命した音楽家、ナワン・ケチャ。
普段ロックしか聞かない人にこういうミュージシャンを紹介することも
Tibetan Freedom Concert の使命の1つか。
笛を吹いたり、長い長い筒のようなものを吹いて低い音の連なりを出してみたり。
筒を吹いた後に全く同じ音を喉から出す。
全宇宙の平和を祈願する詠唱なのだという。
世の中は広い。何の予備知識もなく見せられたら
何をしているところなのか全くもってわからなかったことだろう。
まさしく異文化コミュニケーション。
宇宙人とコミュニケーションしようとするとこうなるんだろうなあ、なんて思った。
朴訥とした英語であらゆる人たちへの感謝を伝えた後で、
後半はなんと元ブルーハーツのカジ君が出てきて、2人で演奏。
力任せのドラムに合わせて筒を振り回し、何が何だか分からないが圧倒的なステージ。
今のはいったい何だったのかと唖然とした。
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4組目は忌野清志郎。
サイトウさん夫妻と「今日はどんな編成で出てくるのかなあ」と予想しあう。
バンドだろうか。1人で弾き語りだろうか。また矢野顕子と一緒にやらないかなあと。
去年のフジロックで出たときのローディーがギターの調節をして、
同じくタンバリンの達人がドラムを叩いて。
これはもしやフジロックの延長かと思いきやまさしくそう。
矢野顕子ぬきで、タンバリン(ドラム)の彼と2人だけで演奏。
やったのは6曲。
「風に吹かれて」「憧れの北朝鮮」「花はどこへいった」
「君が僕を知ってる」「イマジン」「君が代」
1曲目はもちろんボブ・ディランで5曲目はジョン・レノン。
3曲目もそうだし、「君が代」もそう。カバーばかり。
「憧れの北朝鮮」はこの日のために作ったのだろうか?タイマーズ系のブラックユーモア。
こういう曲の連なりとは一見無縁な RC の「君が僕を知ってる」がなにげに一番よかったりする。
「花はどこへいった」からの2曲は淡々とギターを鳴らして
飾り気なくただ歌ってるだけなのに切々と訴えかけるものがあった。
今日の清志郎はとてもいい演奏だったように思う。
声がよく出てて張りがあって、声だけでもう持ってっちゃうような。
こういう反戦イベントって本人も好きなんだろうな。
清志郎が「愛」や「平和」を「欲しい」と言うとき、
少し照れが入っていたとしてもこれが僕の本心なんだ!というのが伝わってきてグッとくる。
イマジンに入る前に憲法第九条がいかに日本人にとっていかに誇らしいものであり
守るべきものであるか語った。あれは本心だったと思う。
2曲目で北朝鮮を茶化しながらも5曲目まではかなりシリアス。
それが6曲目の「君が代」でぶちきれ。(よくよく考えれば選曲に何の脈絡もない)
メロディーもなく君が代の歌詞をパンクっぽくぶっきらぼうにわざと下手にデタラメに。
会場大盛り上がりでダイブも出てくる。
清志郎はギターソロに入るとアメリカ国家も披露。
いや、これはほんと見てよかった。
テレビでは放映できないよな。
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トリは Beastie Boys で、これ目当ての客でアリーナはぎっしり。
始まる前から満員電車のような状態。
清志郎がやってるとき、舞台の袖をよく見ると Mix Master Mike がヘッドホンをして
ターンテーブルに向かって音もなくキュキュッとスクラッチの練習をしてた。
その彼が最初1人で出てきて神業を披露。あちこちから「すげー」と声が漏れる。
もしかしたら今日 Beastie よりもよかったのは彼の方ではないか。
最初から最後まですごかった。
肝心の Beastie はというと。ツアーでないからか楽器演奏はなし。
3MC + 1DJ の基本に立ち返ることにしたのかそれともはしょったのか。
3人はワイヤレスマイク片手にあちこちフラフラと歩き回ってがなってハモって。
ただそれだけの1時間。
気になるのはアドロックの調子が悪そうなことで、終始他の2人よりもテンション低かった。
マイク・D(かわいい猫のTシャツを着ていた)は相変わらずで
アダム・ヤウクはイベントの主催者であるせいか終始嬉しそうにしている。
落差が激しかった。
久々の来日、久々のリリースも控えてるのにこんなんじゃ
なんだか「同窓会」っぽいなあと感じてしまう。
Beastie が生で見れてそれだけでも嬉しいのであるが、ちょっとがっかりだった。
アドロック風邪でもひいたか。機嫌が悪いのか。
他の2人がリズムに合わせていろいろポーズを決めてるのに、
彼だけステージの上ただぶらぶらと。
永遠の名曲というかアンセムである「Sabotage」をやらなかったのは残念。
それにしても90年代中ごろまではグランドロイヤル関係だったり
このチベタンだったりで忙しそうだったのに、90年代末になって急に情報が途絶えた。
彼らはこのところ何をしていたのだろう?何をしているのだろう?
最前列近くで見ていたので、揉まれまくって大変だった。
サイトウさん夫妻は2人そろって頭上を転げ回る人たちに首を蹴られて大変そうだった。
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終わって、車に乗せてもらって家路に着く。
ディズニーランド近辺の道路事情はとても不思議。
閉園時間を過ぎて一斉に帰る人たちと一緒になったせいもあるが、
ノロノロとではあるが走ってかなりの時間も経過したはずなのに、
ふと横を見ると目の前にディズニーランドの華やかなイルミネーションが。
僕らは同じ地点をただグルグルと回っていたのだろうか?
3人とも汗でぐっしょりになって、車の中はすぐにも白く曇った。
[862] 3度目のソフトウェア開発技術者試験 2003-04-20 (Sun)情報処理技術者試験を受けに行く。相も変わらず今年も「ソフトウェア開発」
昨日は胃カメラを飲むという一大イベントがあったし、
夜は遅くまでチベタンフリーダムコンサートで出歩いてたし、
という以前に今年は会社の行き帰りにテキストを2冊読んだだけで
ほとんど勉強してなかったし、読んでも年なのか何だか頭に入らなかったし、
今年はもう受けるだけ時間の無駄だろう、そう思っていた。
・・・そう思っていたのだが!
ここ2ヶ月テキストを読んだんだしせっかくだから受けておくかという後ろ向きな気持ちで、
とりあえず早起きして試験会場である吉祥寺・成蹊大学にへと小雨降る中トボトボと向かう。
午前の4択を解いてるうちに「今年は易しいんじゃないか」と思い始める。
午後一がそこそこ解ける。午後二が楽勝。
「これはいけたんじゃないか!?」
相変わらずトボトボと帰り道を歩きながら、心の中はニンマリ。
家に戻ってきて大原の解答速報を元に採点してみたら午前も午後も7割を超えていた模様。
イエーイエーイエーイエーイエー!
去年は TAC の通信講座を取ってまでしたのに手も足も出なかった。
それが今年は、これはいったいどういうことか?
僕の運がいいのか?それとも誰にとっても簡単だったのか?
まあ何にせよどうも受かったようなので今は「自分で自分を褒めたい」気分。
どこぞの OL のように「自分に御褒美をあげたい」気分。
この試験は難易度が高く、うちの会社の場合合格すると奨励金として5万円もらえる。
1コ下の格である「基本情報技術者」が1万円なのでそう考えると5倍の難しさ。
早く結果が知りたい。そして会社から5万円をもらいたい。
・・・ここまで書いて落ちてたら恥ずかしいよな。
点数の配分とか採点の基準によっては落ちてるかもしれない。
頼むから受かっていてくれ!!
もうこれ以上勉強したくない。
[861] 初めての胃カメラ 2003-04-19 (Sat)毎週土曜の診察もこれで4週目。
採血・尿検査・レントゲン・超音波。
これまでいろいろやってみて、原因は何も分からず。
そうこうしているうちに右脇腹の痛みはほとんど解消されてしまった。
意識しないと気付かない。
もう直ったと言っていいんじゃないんだろうか。
それでも今日は胃カメラ。予約を入れていたのでせっかくだから体験してみる。
気分は治療とか診察とかではなく、あくまで体験。
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前の日は夜9時以後、食事をしてはいけませんと注意されている。
6時にラーメンを食べて、それっきりそれが最後。
人間不思議なもので、「食べるな」と言われると意味もなく食べたくなる。
腹減ってるわけでもないのに、食い意地だけ出てくる。
8時を過ぎた辺りから
「あと1時間、何か自分は食べたいもの・食べておきたいものはないだろうか」
と考え出し、いてもたってもいられなくなる。
9時を過ぎて「ああ、あの味噌ラーメンが俺にとって最後の食事となるのか」とブルーになる。
その日の夜は部の宴会だったのだが、胃カメラを理由にパス。
9時までは飲み食いしていいからそれまでは普通に、そしてそこから先は大人しく、
というのは僕にはできそうになくて。
目の前にあったら際限なく飲みまくって、終電間際になって
「明日のことなんて知ったことか!!」とヘラヘラしてそうだ。
で、二日酔いで管を胃に突っ込まれて、××××。「おえーっ」と。
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ここ1週間、いろんな人に「胃カメラ飲むんですよ」と触れて回る。
そこからいろんな情報・助言を得る。
岡「水ぐらいは飲んでてもいいんでしょ?」
A「例え水でも全部吐き出すことになるんで飲まないほうがいいですよ」
B「え?バリウムは胃カメラじゃないよ。胃の影を撮るときじゃない?」
岡「そうなんすか。ところでバリウムってバニラ味ってのがあるらしいですね」
B「私が聞いたのではイチゴとオレンジ」
C「最近のカメラは超高性能らしくて、小さな潰瘍ぐらいないならその場で切除できるらしい」
などなど。
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朝10時に到着。
まずやらされたことは、
胃(胃壁と言うのか?)をきれいにするためのシロップのようなものを飲むこと。
これはなんてことない。
次。ソファーに腰を深く下ろしもたれ掛かり、
首を目一杯反らして天井を見上げて口をあんぐりと大きく開けて、
そこに喉に麻酔をかけるための薬品を注ぎ込む。
「飲みこまないように」「おいしくないですが我慢してください」と言われ、
口を開けたまま4分じっとしている。
端から見たらアホな格好なんだろうなと思いながら他にすることもなく天井のタイルを眺める。
次第に麻酔が効いてくる。
歯を抜く前のあの注射をしたような感覚。
液の伝った唇から喉の入口までジワーッとしている。
その後しばらく待って、診察室へ。
待合室の壁に貼られた「胃カメラの流れ」のような図を見ると
次は胃の緊張をほぐすための注射を打つことになっていたのに、僕にはそれはなし。
そう言えば看護婦による事前の説明の時にもスキップされていた。
次の番だった40代ぐらいの男性には注射のことも言ってたのに。
これは僕が若いからだと結論付けることにする。そうだ。そうに違いない。
台の上に横になってくださいと言われ、横たわる。左を下にして。
マンガに出てくる胃カメラって患者が普通の丸椅子に座って
それを医者が上から管を通していくというイメージがあるけど、そんなんじゃなかった。
いくらでもよだれを垂らしていいように首の回りに紙ナプキンのようなものを敷かれる。
「では始めます。口を開けてください」の一言で
おもむろに管が差し込まれ、それがどんどん中へ中へと押し込まれていく。
「唾を呑み込まないでください。深呼吸してください。鼻で吸って口で吐いて」
何かが喉を貫く。
痛い。というか生まれて初めて味わう異物感に軽いパニックになる。
何が何だかわからないまま、呼吸に専念しようとする。
1箇所特に痛みを感じる場所があって、僕は顔をしかめる。大粒の涙がボロボロとこぼれだす。
「ここが一番細い部分です。ここを乗り越えると後は楽です」
医者が何人か集まって診断を開始する。
専門用語(主にアルファベットによる略称)が飛び交う。まったくわからない。
「××があるね」と言ってる「あるね」に「ひー。何があるんだ」と不安になる。
医者は僕の前でカメラを持つ腕をいろんな角度に曲げたり、管を出したり入れたりする。
胃の中に空気を送り込むので胃が膨れ上がり、食いすぎて吐き気がするような状態になる。
吐き気がどんどんひどくなっていってどうしようもなくなるのだが、ぐっとこらえる。
「男だろ!大人だろ!」と自分で自分を励ます。涙流しながら。
カメラのどこかをいじると空気が抜けるようで、
プシューと抜けていくとその途端急に吐き気がなくなる。
ああ、楽になったと思った瞬間、また空気を送り込まれる。ちょっとした地獄。
「順調に進んでいます」と医者が時折、途中経過報告してくれるのがせめてもの救い。
それでも体は慣れてしまうものであって
「ああ、体の中に何か突っ込まれるのってこれが初めてだな」
みたいな事を考える余裕も出てくる。
喉の異物感もどうでもよくなる。首をちらっと動かしてモニターの映像を垣間見る。
赤と茶色とオレンジ色と混合物でできた洞窟の中を暗闇に向かってノロノロと這い進んでいく。
やがて終わりを迎える。
僕の中では10分以上はやってたんじゃないかって感覚がしたんだけど、
実際は3分ぐらいだったのかもしれない。
時間の経過がえらく長かった。
---
その後内科の医者による診断。
食道や胃や十二指腸の写真を見せられて、説明を受ける。
特に大きな問題はなしということになる。
軽い食道炎と胃炎があるが、治療を受けるほどでもない。
僕の胃は外側に「ケイシツ」という小さな房がぴょこんとできているようで、
その入口の写った写真の上でボールペンを動かして「この辺り」と指差す。
これができていること自体は病気でも何でもなく、むしろ「体質」であるという。
僕は5年前に母の具合が悪くなったときの胃カメラの写真を見せてもらったことがあって、
そのときの写真は素人が見てもすぐ分かるぐらいあちこちとおかしくなっていた。
ドスぐらいというか、赤黒くて、それが至る所でまだらになっている。
僕の写真はそんなではなかった。
一応、健康なのだと思った。
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一通り検査を終えて、取り立てて異常なしという結果に。
痛みも今は治まっているし、しばらく様子見。
いったいなんだったのだろう?
3月末の頃は「通院かなあ」「入院かなあ」と戦々恐々だったのに、
蓋を開けてみたらなんてことなかった。
いざ健康ということが分かってしまうと
なんだかちょっと残念に感じてしまうのは、わがままか。
[860] 雨に濡れた子犬 2003-04-18 (Fri)半日かけての部のイベントの後で、飲み会。
来週の本番リリースに向けて作業は残ってるし、
明日は胃カメラを飲むことになっているので今回はパス。
会社の女の子に「岡村さん今日来れないんですか?」と聞かれ、
僕は寂しそうに手を振る。
そんな僕を見てその子は「最近の岡村さんって子犬っぽい・・・」と評する。
この前の金曜の夜、週末だというのに仕事がちっとも片付かず
PCに向かいインスタントの焼そばを食べているところにたまたまその子が通りかかった。
「まだ仕事終わらないんですか?」って聞かれて「うーん」と言おうとしたのだが、
口をもぞもぞしていたから出てきた音声は「くぅん・・・」
アハハハハと笑われる。
これはまだいい。
夜、疲れ切ってるのにそれでも顧客のところに呼び出されていくときの僕の目、
「これから行くんですか?」と聞かれて
「・・・」と無言で返事してるときの僕の目は
「雨に濡れた子犬のよう」だと言われる。
もう1人の子も「そうそう」と同意する。
これってなんか悲しい。
---
爬虫類系の女性であったり、猿顔の男性だったり。
世の中にはいろんなタイプがいるものですが。
僕は基本的に犬キャラなのか?
[859] 大森の餃子屋 2003-04-17 (Thu)
去年の10月か、11月頃。
上司の上司に「岡村、大森にうまい餃子屋があるらしいぞ」と言われる。
「アド街見たら紹介されてた」
・・・どうやらこの僕に探せということらしい。
その時点で「アド街ック天国」のホームページを見てみても大森特集の回はなし。
そう伝えてみても「いやあ、確かに見た。あれは大森だったはず」とのことで
部下としては上司の命令に逆らえず、
結局「大森」「餃子」だけを手掛かりにその幻の名店を探す羽目に。
で、なんだかんだあっていつのまにか半年。
暇ができるとインターネット上をふらつき回り、
「これじゃないか?」「いや、あれは違う」と1人試行錯誤。
その後上司の上司からは「すまん、岡村。大森じゃなくて田町だった」
という(怒)な連絡があり、ちゃぶ台をひっくり返したくなる。
ただしその店も本店が大森にあるという結びつきにより
「なるほどそういうことか」と関係者みな納得。
そこからとんとん拍子に店の名前「××」も判明し、一件落着。
なのであるが。
昨日の夜、「じゃあ行ってみようか」ということになる。
上司の上司は行けないようで「また来週」と約束を取り付ける。
リーダーと2人、偵察へ。
WEB上で見つけた店のホームページと地図を手掛かりに大森駅の反対側へ。
これまで1年以上大森で仕事してきたけどこの辺は初めての領域。
大通りから小さな坂道をテクテクと歩き、やがて周りは普通の住宅街に。
見つかった店は漫画の中で「来来軒」とでもノレンがかかってそうな
ごく普通のコキタナイ系中華料理屋。
「おおこれぞ隠れた名店やね」と喜ぶ。
入ってみる。客が結構入ってる。
メニューを見ると餃子あり。
「やったやった、これこれ」と焼き餃子と蒸餃子を注文する。
それにしても小汚い。雑多な店内。
レジ横の棚に国語辞典、その並びに朝鮮人参?の漬けられた瓶。
壁にはカレンダーが貼られ、それが油でギトギトしているような雰囲気。
子供が乗って遊ぶような消防車がビールのケースの間に置かれ、
トテトテと階段を下りてきた子供がそれに乗って店内を走り出す。
「こういう店って死ぬほどうまいか、死ぬほどまずいかのどちらかですよね」
世間話をしているうちに餃子が運ばれてくる。
「どう?」
「・・・焼きよりは蒸の方がいいですね」
「スープ餃子も頼んでみる?」
「行ってみます?」
壁には一応、
どこそこで紹介されましたみたいな記事の切り抜きがいくつか貼ってあった。
ラストオーダーだというので、店を出る。
お互い恐る恐る切り出す。
「・・・おいしくないですよね」「・・・ねえ?」
豚の角煮のチャーハンも食べてみたんだけど
これがまたベタッとしていて、なんだこりゃって味。
半年もかかって探してこれかよ!
そう思うとぐったり来た。
リーダーと2人、だらだらと電車に揺られて帰った。
上司の上司には
「いやーうまかったっすよ」「ご家族でどうぞ」とか何とか言って
意地でも行かせる予定。
なんかくやしい。
[858] 満月の囁き 2003-04-16 (Wed)顧客との打ち合わせの帰り、タクシーに乗って移動。
先輩が「ほら見て」と窓の外を指差す。「今日、満月」
「え、どっちですか?」「違う、こっちこっち」
暗くなりかけの紺色の空、
見ると確かに真ん丸な白い月がポッカリと浮かんでいる。
「僕ね、満月の夜には...」
「吠えるの?」
「そう。でも家帰ってからですけど」
「うるさいから?」
「まあ、僕も社会人なんで。場をわきまえて」
「嘘でしょ?」
「嘘です」
---
月というものを見た/認識したのは実に久しぶり。
ここ半年ほど夜空に月が消えていても僕は気付かなかったかもしれない。
理系じゃない僕は月の満ち欠けの理屈を何度本で読んでも説明を聞いても
なんとなく理解できない。
どうしてあんなにきれいな三日月ができるのだろう?
新月はなんでオレンジ色に見えるのだろう?
---
月の表面に描かれた模様は国によって解釈が異なる。
南米のどこかの国でも、あれはウサギなのだそうだ。
月が常に同じ面を地球に対して向けているのはなぜなのか。
裏側を見せてくれないのはなぜなのだろう。
---
アメリカが30年以上前にその旗を立てて以来、人類は足を踏み入れていない。
昔のSFを読むと人口過剰になった人類は
月に植民地を作るというのが定番としてあったのだが、果たしてそんな時代は来るのか。
---
月の満ち欠けは人の心を狂わせる。
爪が伸び、毛深くなり、吠えるぐらいしか能のない僕は鈍感なのだろうか?
[857] 昨日は部内で引越し 2003-04-15 (Tue)昨日は部内で引越し。
それにしても、中学・高校の時の席替えってその度ごとに心ときめいたのに、
なんで会社の席替えって心がときめかないのだろう?
今更ときめいたってどーする。ってのもありますが。
中学。あれこれ可能性を考えて悶々と過ごす前の日の夜。
高校。クジを引いて「やった!」と心の中跳ね上がりつつも大人のフリして顔には出さない。
まさにティーンエイジの1大イベント。
考えることはただ1つ。
あの子の隣にならなかったら僕はいったいどうしたらいいんだろう?
僕は中・高と共学だったけど、ずっと男子校だった人には
面白くも何ともない行事だったんだろうな。
[856] 若者たちによる集団自殺 2003-04-13 (Sun)インターネット上で、以下のようなニュースを見かける。
**********************************************
社会ニュース - 4月13日(日)1時40分
<千葉集団自殺>3人に接点なく ネットで知り合った可能性も
12日午後1時ごろ、千葉県市原市大久保の林道で、
若い男女3人が乗用車の中でぐったりしているのを、通りかかった男性が発見。
約1時間45分後に到着した市原署員が、3人の死亡を確認した。
外傷や着衣の乱れなどはなく、助手席の足元に火のついたままの七輪があったことから、
同署は集団自殺とみて調べている。
死亡したのは▽東京都新宿区の大学生の男性(26)
▽津市の会社員の男性(33)▽埼玉県川口市の栄養士の女性(22)。
調べでは、大学生の男性は運転席で、他の男女は後部座席にそれぞれ座ったまま死亡していた。
施錠はしていなかったが、車の窓は閉まっていた。死因は一酸化炭素(CO)中毒とみられる。
ダッシュボードに手書きで「ほかには関係ない」と書いた紙が置いてあった。
また、車内から睡眠薬の箱が見つかった。
同署は、3人の住所、年齢などで接点が見当たらないことなどから、
インターネットを通じて知り合った可能性もあるとみている。
現場は小湊鉄道養老渓谷駅から北西に直線で1キロの山林を奧に入った林道。
津市の男性の父親によると、男性は独身で家族と暮らしており、11日朝、車で外出したという。
父親は「自殺するそぶりは全くなかった。何が何だか分からない」と話していた。
【森禎行】(毎日新聞)[4月13日2時51分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030413-00000123-mai-soci
**********************************************
最近、こういうニュースが増えている。
それまで接点のなかった若い男女がインターネットを介して知りあって出会い、
寄り集まって自殺する。
車に乗って一酸化炭素中毒。
僕は興味を持つ。
彼らはなぜ1人で自殺しないのか?
仲間がいなければ自殺できないのか?
それまで会ったことのない人とどうして一緒に自殺できるのか?
そもそもなぜ自殺しようとしたのだろう?
僕は様々なことを考える。
どういう人たちだったのだろうと考えてみる。
普通の人たちだったのだろうと思う。
何もないこの時代に、特にはっきりとした理由もなく、死んでしまったのだろうと思う。
---
映画を撮るための題材を探していた僕は「これだ」と火をつけられる。
僕なりの解釈を施していって、そこに物語を見出す。
出会ったとき、どんなことを感じただろう?
3人でどんな話をしたのだろう?
出あってから、車に乗るまで。そして車の中。
死ぬ間際になって何を考えただろう?
どんな風景が見えただろうか。
車の中で音楽は聴いただろうか。
最後に食べたものは何だろう。それは3人で?どんな場所で?どんな味がしただろうか。
最後に話した相手は誰だろう。どんなふうに何を話しただろう。
携帯で「私今から死ぬから」みたいなメールを送ったりしたのだろうか。
---
「この世界は何がどうなっているのだろう」と思う。
これまでずっと思ってきたし、これからも思い続けるのだろう。
人の生き死にやコミュニケーション(他者との距離)とかいうのと同じぐらい重要な問題。
今回のような事件に出会うたびに、手掛かりを与えられたような気分になる。
[855] 今度こそ、映画撮るよ 2003-04-13 (Sun)大学の映画サークルで一緒に映画を作っていた人たちが多く参加する映像制作集団
トップチームシアター(http://www.top-team-theater.com)の上映会に顔を出す。
先輩だったり後輩だったり、あの頃熱心に作っていた連中の多くが所属している。
たいがいはフリーターのような形で今でも映画に関わっている。
偉いものだ、と思う。
場所は池の上、Bar Gari Gari という店。
自主制作映画の上映会でよく使われるようだ。
あちこちにB級映画のポスターが貼られ、ガラクタが所狭しと並べられ、
良くも悪くも雰囲気がある。だけどとにかく小さい。
今日の上映は3本で、どれも僕よりも下の世代の人たちのもの。
よくできている。驚かされる。
とはいえ賛否両論あったようで、
見終わった後、僕みたいな年寄りが集まって
「最近の若いもんのつくるものはスマートすぎてどうたらこうたら」という話をする。
撮るのも編集するのもみんなデジタルで、
僕なんかが現役で撮っていた頃よりも優れた技術の作品がいとも簡単に作れる。
僕はそれよりも上の人たちは
技術的に稚拙・きれいな絵が撮れないといった制約があるがゆえに
いかにストーリーで持っていくか、というところに腐心した。
そこには泥臭い魂のようなものがこめられていたように思う。
それが今は無くなって・・・。
それはともかくとして。
後輩たちの作品を見て、「なんだか僕も取り残されてしまったなあ」と感じることしきり。
ものすごく寂しい気持ちになる。
やっぱ僕も映画撮りたい。戻れるなら、あの頃に戻りたい。
この前、長いこと映画から遠ざかっている先輩と飲んでいたら
「俺は映画をつくるのが好きだ。
30過ぎても好きなんだから、これはもうこういう人生なのだろう。
俺は開き直って、映画を撮りたいと思う」
というようなことを言っていて、僕は「ああっ!」と心の中唸らざるをえなかった。
そうか。そうなんだよな。
つうか、そういう部分を肯定していかないことには、
積極的に生きていくことはできないのではないだろうか?
そんなわけで一夜開けて日曜、脚本を書き始める。
これまで書けるような書けないような曖昧な状態が続いていて
結局取り掛かれなかったんだけど、
昨日の映画を見ているうちに何かが掴めてきた。
今度こそ、映画撮るよ。
[854] 検査、その後 2003-04-12 (Sat)先々週・先週と受けた検査の結果を聞きに行く。
尿/採血/超音波と一通り受けたのであるが、今のところこれと言って異常は見つからず。
肝臓と腎臓については正常。
ただ、今回の件とは全く関係のない懸念事項として胆嚢にポリープが見つかったようで、
これは1年後検査を受けたほうがいいと言われる。
4.7mm という大きさ。
まだ気にするほどでもないが、1年でどれだけ大きくなるか、
それ次第でまた何か処置が必要になってくる。
石ができたのとは違って、ポリープは痛みを伴わないと説明を受ける。
コレステロールもタンパクも問題ないが血尿が出てるようだ、
これは以前指摘されたことがあるかね?
そう聞かれて会社の健康診断で言われたことがあると答える。
どうもこの体質は改善されないようだ。一生付きあっていくものなのか。
レントゲンを見ても特に異常はなし。
骨にヒビ、というのでもなかった。
黒くくすんでる部分がところどころあって内心ギョッとするのだが、
これは大腸の中の便だという。なんてことはない。
痛みを感じる部分がちょうど黒くなっているのはたまたまか。
これまでの検査で肝臓・腎臓が原因でないことが分かったので、
後考えられるのは胃腸ということになる。
「胃カメラやってみますか?」と問いかけられ、
この際きちんとやっといたほうがいいなと思い、予約を入れてもらう。来週の土曜。
何事も経験。バリウムとか飲むんだっけ?
結果を知りたいというよりもただ純粋に未知なるものへの好奇心。
それにしても28歳で胃カメラを飲むのってどうなんだろう。早すぎ?
大腸が炎症を起こしているのではないか?と医師は推測する。
そう言われるとそんな気がしてくる。そういうところに落ち着くのか。
それにしてもレントゲンを見たときの自分の背中の曲がり具合。
俺ってこんな姿勢悪いのか!とぞっとした気分になった。
痛みを感じている個所辺りからクニャッとなっていて、
もしかしたらこっちの方が原因かもなと思う。
ちょっと反省した。
このままゆがみをほっといたら後々悪い影響が出てきそうだ。
常に背筋はしゃきっとしないと。
[853] 夜の新宿駅 2003-04-11 (Fri)僕の記憶が確かならば新宿駅は日本で最も利用されている駅ってことになる。
1日に何十万もの人々が朝から晩までひっきりなしに乗り降りしている。
このところ夜は山手線と丸の内線の組み合わせで帰っている。
新宿に着いて東口の改札を出るまで、
たった少しの短い距離なのに大勢の人々とすれ違う。
何を考えるでもなくぼんやりと歩いているつもりなのに
ふと気がつくと向こうから来る人と視線が合っている。
毎晩何人かの人と視線が合う。僕はその度にふっと目線を下ろす。
どうしてこんなに人が多いんだろう?
どうしてこんなに人がいるんだろう?
---
この世界にはどれだけの数の人間がいるのか。
約60億だってことは情報として知っている。
だけどこの数字は余りにも抽象的過ぎて、なんだかよくわからない。
何の実感もない。
どこかにはたくさんの人がいて、どこかには人は全くいない。
僕は無人の砂漠や海原や草原や荒野、そういったものを思い浮かべる。
ついさっきまでは人でごった返す新宿駅を歩いていたのに、
今の僕は自分の部屋で1人きりだ。
周りには誰もいない。シンと静まり返っている。
この世界では今どれだけの人が1人きりで過ごしているのだろう、
そんなことを考える。
---
たくさんの人々がそれぞれの方向へそれぞれのスピードで歩いている。
何かがあるようでそこには何もない。
僕もまた他の人たちのようにただ歩き去るだけ。
夜の新宿駅を通り抜けて孤独の中に帰っていく。
[852] 今日も疲れる一日だった 2003-04-10 (Thu)後輩と2人、大森の客先で夜まで仕事。
今日の分の作業が片付いた僕は先に帰ることにする。
後輩は明日休むことになっているので、鍵を渡してもらう。
顧客は小さなビルを持っていて、僕らはいつでも入れるように鍵を預かっている。
遅ければ誰であれシャッターを下ろして帰ることになっている。
「オマエ管理しろ」ということで通常は後輩に持たせていた。
今日も疲れる一日だった。××な××が今日も来たし、ぐったりすることばかりだ。
荻窪の駅に到着してトボトボと1人アパートまで肌寒い夜を歩く。
気が付くと会社携帯が鞄の中で鳴っている。取ろうと思ってるうちに切れた。
すぐさま個人携帯が鳴る。悪い予感がする。
ディスプレイに表示されてるのは後輩の名前。
「あのぉ。もしもし、・・・岡村さん、怒らないで聞いてください・・・。
・・・気が付いたら僕最後でビル誰もいなくなってて、
そんで僕鍵持ってないから、閉められなくなってしまって、
・・・それで、あのぉ、岡村さん、ごめんなさい、今から大森まで・・・」
「ばかやろう」
マジギレ。(言葉のアヤではなくて、ほんともう、マジで。直立不動で)
あの路地を曲がれば、というところまで来ていたのであるが、一応引き返してみる。
「××さんは?××さん掴まえて○○社の近くに住んでる人から
鍵かけてもらえばいいんじゃないの?」
「あぁ・・・。わかりました。やってみます・・・」
3分後。
「おう、どうだった?」
「ダメでした・・・。××さん掴まりません・・・」
僕からもかけてみる。何回かけても出ない。地下鉄乗ってるのか。
会社携帯にもかけてみる。ものすごく鳴らしても出ないで、
ようやく出たかと思ったら、「△△です。××?いやー帰ったみたいよ」
携帯を会社に忘れていた。こんなときに限って。(↑周りの席の人が取ってくれた)
「・・・あのぉ、どうしたらいいですかぁ・・・?」
「どうも何もねえよ! オマエほんとさあ、¥@*!! +:&!! ($#%”!!!!!」
「・・・すいません」
とか言ってるうちに荻窪駅が目の前に。
そこへ、「岡村さん!いいこと思い付きました!!」
「おう!なんだ?」
「僕今から荻窪までタクシーで行きます。で、また大森まで戻ります。
これなら岡村さんこっちまで来なくても」
「なあ、俺眠いの我慢してオマエ来るまで待ってんの?
・・・というか荻窪まで来て戻るまでの2時間、誰もいなくて開きっぱなしかよ」
「あ」
はぁー・・・。つうか、「あ」じぇねえよ。
携帯の向こうで何やら後輩が謝っている。だけど今の僕には聞こえない。聞く気がしない。
とにかく気が遠くなる。
今から大森まで行ってとんぼ返り。終電には何とか間に合うのかな・・・。
[851] No Life Music 2003-04-09 (Wed)空っぽに向かって
歩いてる、走ってる
呼吸を調えて
5つ数えて、両手の指を折り曲げていって
準備する 4とか
心落ち就かせて 3とか
やがていつかゼロになる
どこもかしこもゼロになる
始まらないし終わろうともしない
空っぽに向かって
駆け出して飛び込んでいく
鳴らせ 走り出せ
泳げ 思い出せ
手を伸ばし 掴まえて
握りしめ 消してしまうんだ
楽しいことなんてないよ
悲しいこともない
朝/昼/夜
真夜中だとか夜明けだとか
そうだ、君も僕も
みんな1つになる
空っぽに向かって
歩いてる、走ってる
始まらないし終わろうともしない
みんなそこにいる
僕もそこに行く
[850] 夜桜 2003-04-08 (Tue)月曜日。だりー。やる気しねー。そんな気持ちでいっぱい。
周りをみると大森の仕事場はチームの主要メンバーが勢揃い。
僕はふと思い立ち「花見しましょう!夜桜!」と声を掛けて回る。
今日は割とみんな暇で全員が参加。6時半には外に出る。
コンビニで食料を、酒屋でビールを、それぞれ買いこんで品川区民公園へ。
8時30分に閉まるという公園は、入ってみると人っ子1人いない。
しかもパッと見たかぎり桜が一切視界に入ってこない。一面見渡すかぎり緑。
やっべー...しまった、と思う。
でもよくよく目を凝らすと視界の隅っこの方に何やら白いもやが。
あれってもしかしたら桜じゃないか!?と半信半疑行ってみる。
ビンゴ、桜あり。高台は照明が当たっていてなかなかきれい。
上がっていくとにぎやかな声が急に聞こえだして、先客のグループが2組。
こんだけきれいで人が全くいなかったら何かおかしいよな。
ベンチに腰を下ろし、テーブルに食べ物を並べてビールを飲みつつ与太話。
頭上では桜がすくっと枝を伸ばしている。
花はそんなに落としていなくて、満開と言っていいくらい。
大井競馬場の方に目をやると花火?
いや、ほんとそれぐらい豪華な電飾が途切れなく瞬いている。
4月からずっと毎晩、あの花火は光ってるのだろうか。
帰りは「ラーメン食いませんか」って話になってその辺のラーメン屋に入る。
飲んでくって帰ってきてもまだ10時。早く帰るっていいものだ。
[849] Frozen Beach 2003-04-07 (Mon)この世界は長い長い氷河期を迎えようとしていた。
この世界はゆっくりと終末に向かいつつあった。
僕たちは旅を続けていた。そうするより他なかった。
どこにも行き先はなくて、どこにいたって何も変わらなかった。
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リョウジがエンジンを切った。
「降りるの?」とヨウコが聞いた。「どうして?」
僕は「いいんじゃない?」と言ってドアをこじ開けた。
冷たい風がすぐにも押し寄せてきた。頬が火傷しそうになる。
「たまには外の空気吸わないとな」
海辺だった。僕たちは砂の上を散らばった。
足元にはカモメのような何かの死骸があった。
それはもはや鳥の形をなしていなかった。
ブーツの爪先で突くと、黒い羽がガラスのように砕けた。
僕はリョウジとミユキの背後に立った。
2人は凍りついた海を眺めていた。波が地面に貼り付いている。雪原のようだった。
「歩いていけそうだな」とリョウジが呟いた。
しばらくの間3人は何も言わなかった。
僕はなんとなく口を開いた。「この先には何がある?」
しばらく考えこんでリョウジが言う。「アメリカ」
「アメリカ?」
「たぶんな。アラスカとロサンゼルスとハワイ」
「ハワイはどうなってんの?」ミユキが振り向く。
「さあ」と僕は言う。「どこも一緒なんじゃないの?」
リョウジがダウンジャケットのポケットから右手を出し、横に伸ばそうとして途中で止める。
そしてまたポケットに戻す。特に意味はなさそうだ。
ミユキが煙草を取り出す。風が時折強く吹きつけてきてうまく火がつかない。
うずくまり、手のひらで覆いを作ってなんとか、ライターを光らせる。
オレンジ色の光が一瞬だけ瞬いて消える。
「ねえ!」ヨウコが遠くから叫ぶ。「近付いてる!・・・ブリザード!!」
彼女は鼻が利く。僕たちは慌てて砂の上を走りだした。
ジープに到着するころには雪は強くなり、風も1度にたくさんの方向から吹き荒れていた。
ドアを叩き付けるように閉めて、物音に耳を澄ませた。
ゴーッという音が聞こえだした。逃げ出してよかった。間に合ってよかった。
何かと何かがこすれ合って静電気を生み出す。バチバチという音を立てる。
「寒い?」とヨウコがダイスケに声を掛ける。
後部座席の片隅でダイスケは震えながら虚ろな目で僕とヨウコのいる方を見つめた。
ありったけの毛布に包まれているのに寒さを体の芯から拭うことができない。
これでもう昨日今日と彼の言葉を聞いていない。衰弱に取り憑かれてしまった。
咳がいつまでたっても途切れない。
真夜中に向かうとき、夜明けが近付いたとき、彼の発作はひどくなる。
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「チクショー」とリョウジが声張り上げる。辺り構わず蹴り就ける。
「ない?ガソリン」ミユキが尋ねる。
あったとしても機械が凍りついていかれてしまっている。
うち捨てられたサービスステーション。
「タンクのようなもの、ない?」
事務所の壁に貼られたポスターが剥がれかけている。
かつてのグラビアアイドルが誰にともなく微笑みかけていた。
「私この人に似てるって言われてたんだよね」とヨウコが言う。
「いつの話だよ、それ?」
あ、ポテトチップ見つけた!とヨウコが嬉しそうにする。「カルビー」
「おーいいねー」と僕は顔を向けることなく言う。
僕は僕で使えそうなものがないか探す。「ほら」と僕はミユキにマルボロを投げる。
「サンキュー」
「灯油はあんのにな」
僕らは、あれはいつだったろう、灯油を集めて民家に火をつけた。
適当な家を見つけてリビングの窓を叩き割ると
2階に駆け上がって灯油のポリタンクをやけになってぶちまけた。
火をつけると少しずつ少しずつ家が燃え出し、やがて大きな炎の塊になった。
暖かかった。あれがダイスケの笑った最後だった。
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バタバタバタという音が遠くで聞こえ、見上げるとヘリコプターが視界の隅を掠め飛んでいった。
「気が付いたかな」
「気が付かなかっただろ」
「今でもどこかに文明が生き残ってることか」
「軍隊だろ」
「助け求める?」
「今さら?」
「私、お風呂に入ってぐっすり眠りたい」とヨウコが言う。2回、同じように繰り返す。
そして右手に抱えていたクッキーの缶を地面に投げつけ、大声で喚きだした。
「もう、いやよ!」
ミユキは黙って煙草を吸っていた。リョウジに1本分けてやった。
うずくまり、泣き出す。「私、お風呂に入ってぐっすり眠りたい」
オマエも肺炎になりたいのか?と僕は言う。
どこかに「群」はないものか?生き残った人々の集まり、コミューン。
僕は時々思いだして電池式のラジオのスイッチを入れてみる。
ノイズ以外何も聞こえない。
たまに何か聞こえかけるが、かじかんだ指先では波長をうまく合わせることができない。
「貸してみな」と言ってリョウジは僕の手の中のラジオを強引にもぎ取ると
その辺の壁に叩き付けた。拾い上げてもう1度叩き付けた。
音が完全に聞こえなくなるまで、彼は何度でも叩き付けた。
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ある朝目覚めると外はなんだかわずかばかり明るかった。
僕は毛布を脇に押しやり、ジープの窓ガラスを袖で拭った。
厚い雲の重なりに隙間ができて、太陽がわずかばかりの光を放っていた。
「おい、見ろよ」僕はヨウコを揺り動かして窓の外を見せた。
「わー!」とヨウコは喜ぶ。
僕は運転席のリョウジと助手席のミユキを同じように起こして、太陽のことを告げた。
4人で外に出た。
「何日ぶりだろう。や、何ヶ月ぶりだろう」リョウジが呟く。
その日の夜、僕たちはダイスケを埋めることになっていた。
スコップを見つけ、砂浜を掘り返した。僕とリョウジが交代で穴を大きくしていった。
その体を穴の底に横たえさせるとヨウコは
どこからか見つけてきた造化のカーネーションを胸の上に置いた。
缶詰めをいくつかと缶ビールを足元に。
砂を戻していって、彼がつけていた日記帳とスケッチブックをその中へ。
湿り気を帯びた冷たい砂は普通の砂よりもはるかに重かった。
僕は彼に僕の絵を書いてもらったことがある。
僕らが旅に出る前。あれはどこへ行ったのだろう?
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この世界は長い長い氷河期を迎えようとしていた。
この世界はゆっくりと終末に向かいつつあった。
僕たちは旅を続けていた。そうするより他なかった。
どこにも行き先はなくて、どこにいたって何も変わらなかった。
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僕らは穴の側に立ち尽くしていた。
海は凍りついていた。
歩いていったらどこに辿り着くのだろう。
僕らはガソリンの続くかぎり、海辺の町を走り続けた。
[848] 井の頭公園で花見 2003-04-06 (Sun)映画サークル関係の集まりで花見をするというメールを受け取る。
ほんとは昨日だったのに雨で順延。
場所は井の頭公園だというので自転車に乗って顔を出す。
僕の所属していた大学の映画サークルというよりは
そこから発展していったフリーの映画集団の花見であるため、僕の知らない人も多くいるはず。
多少気後れしつつもとりあえず行ってみたら見事なまでに人がいない。
僕を学生映画界に引きずり込んだS先輩と最近知りあった院生Nさんが
広ーいビニールシートの中ちょこんと座っているだけ。
他は?と聞いたら「後みんな、重役出勤」
なぜなのかよくわからんが、学生映画に関わっていた人たちはたいがい時間にルーズ。
この前の下町ツアーも最初集合場所に僕しかいなくて、騙されてんのかと思った。
まあ、みんな学生ではなくなってそれぞれ予定ってものがあるんだろうけど。
段ボールの上に土鍋。蓋を開けてみると水が張ってあって昆布が敷かれている。
人が徐々に集まってからはその後ずっと鍋。
吉祥寺に着いたという連絡を携帯にしてきた人がいるたびに
「で、オマエ今どこ?悪いけど○○買ってきてくんない?」と食材を買ってきてもらう。
例のごとく一升瓶イッキが始まって、みんなで回し飲みして余った日本酒を鍋の中に注ぎ込む。
そんな鍋。ビール飲んでワイン飲んで日本酒飲んでという状態で食べるとやたらうまかった。
S先輩というかサイノウさんは酔った勢いで裸足になって木に登り、
かなり高いところまで行く。周りの花見客も「見ろよ、あれ」と指差す。
みんなの注目を浴びる中サイノウさんは
「具合悪い。こっから吐いていいか」と言って「おええっ」とゲロを吐いた。
戻ってきて「いやあ。いい眺めだったわ」
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昼の2時頃だったか。もともと井の頭公園は混雑していたのだが
ひときわ激しい人だかりができていて、それがすぐ目の前の通り。
なんだろ?と思っていたら都知事候補の「樋口恵子」が
「都民のみなさんと花見をするために」やってきたのだった。
たぶん一般の花見客だったと思うんだけど
持ち運び可のベンチとテーブルを用意していたところに
どかっと居座って「都民の方々」と花見を始めた。
するとそこへ反対方向から黒いスーツの一団が現れ、
「菅直人」が樋口候補の応援に駆けつけたのだと下々にお触れをして回る。
辺り一帯は紙の書類入れと携帯を持ったスーツの男たちで溢れだす。
樋口恵子と菅直人とプラスおばさん2人が高級そうな弁当にちょこちょこと箸を付けて
それを記者たちがバシャバシャと写真に撮って。
僕にしてみれば樋口恵子も石原慎太郎もドクター中松もだいたい一緒でどうでもよく、
樋口候補のことはよくも悪くも思ってはいなかったのだが
「政治って下らねえな、概して茶番なんだな」と思わずにはいられなかった。
うるせえなとっとと消えろ、みたいな。
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トイレに行こうとブラブラ歩いていたら大学の寮時代の友人にばったり会う。
さらにこのとき、同じタイミングで高校のクラスメイトにも
「もしかして・・・」と声を掛けられる。
もしかしたら10年ぶりか?いやーびっくり。
「今度どっかで集まりがあったら俺も呼んでよ」と名刺を渡す。
今日は外に出てよかった。社交的に過ごして、吉。
[847] 超音波診断 2003-04-05 (Sat)先週に引き続き、原因不明の脇腹の痛みの診断のため阿佐ケ谷の病院へ向かう。
今日は超音波で腹部の状態を調べることになっている。
予約を入れていたため、今回は待たされない。
(予約を入れるか、順番待ち。なんだか教習所っぽい)
地下に診断室がある。階段を降りていく。
内科や総合受付や会計のある1Fと違って、
レントゲンやその他検査のための部屋ばかりのB1Fはシンと静まり返っている。
通りがかる人も少ない。
予約票を窓口に出した後は廊下でしばらく1人っきりで待つことになる。
目の前の部屋には「アイソトープ室」という掲示が。
ラジオ・アイソトープを体内に注射し、その動きを観察することで云々かんぬんとある。
これって要するに放射能か?そんなわけないか。
とにかく「最先端の医療」ってのはすごいものだ、と思う。
超音波検査室から看護婦が出てきて、僕の名前を呼ぶ。
中に入ると女性ばかり。制服を着た看護婦か、医師(技師?)。
カーテンで区切られた一角には、奥に大きな検査器具一式。
アルファベットのキーボード以外にも無数のボタンの群れが。記号や絵文字のボタン。
モニターには僕の名前がローマ字で表示されている。
医師が「上半身は身に付けているものを脱いでください」と言うので、
ダウンジャケットとネルシャツ、Tシャツと脱いでいく。
さらに「ジーパンを腰骨の辺りまで下ろして、ベッドに横になってください」と言うので、
僕はジーパンのボタンを外し、ベッドに横になる。
看護婦は僕のジーパンをさらに下ろし、トランクスも若干引き下ろし、タオルで固定する。
担当の医師はローションを手に取ると僕の腹に塗り、
バーコードリーダーみたいなものを押し当てる。
「大きく息を吸って・・・止めて・・・そのままで・・・はい、楽にしてください・・・」
キーを入力しながらバーコードリーダーをあちこちに動かして何十回となく繰り返す。
僕は言われるがまま呼吸をして、止める。
左を下にする姿勢で、と言われればそのようにして、起き上がって、と言われれば起き上がって。
その時僕が素直に抱いた感想は「なんだかフーゾクっぽいな」ということ。
愛想もへったくれもないし、こっちとしては気持ちいいことなんて何もないのであるが。
薄暗い個室の中で毎日毎日朝から晩まで
こんなふうにいろんな人の裸を目の前にして一定の動作を繰り返す。
時間が来たら終わって「では次の人」ってことになる。僕は支払い票を受けとる。
そんなあたりが、ある側面から見たフーゾクと同じ。
担当の医師は割とキレイな人で僕と同じぐらいの年のようだった。
人生の歯車がちょっとばかり噛み合わせを悪くしたら
ベッドの上横たわる僕にローションを塗る彼女は
そのまま僕の××を××したっておかしくはなかった。
イメクラで出会って。彼女は制服を着ていて。
ちらっと見ることのできたモニターの白黒の画像は
素人には何が何だか判別のつかないシロモノだった。
基本的に空洞。僕の腹の中はこんなだったのか。
とある場所にバーコードリーダーを動かすと何かが脈打っていた。
一通り検査が終わって、僕は検査室を出る。来週の半ばには結果が分かる。
会計を済ませて外に出る。
今日は朝から雨も風も強く、気温も低い。
この土曜日、花見の話が僕は2つあったんだけど
どちらとも今日の検査のため僕はパスするつもりでいた。
花見どころじゃない天候。家に帰ってぼんやりと音楽を聴いて過ごす。
[846] 車内の喧嘩 2003-04-04 (Fri)昨日恵比寿で映画を見ようと丸の内線で新宿に向かっていたら
どこかしらから怒声が聞こえてきた。
「てめえ!」とかなんとか若者のそういうの。
と、老人の声で「人間は皆平等であって」云々かんぬん。
ちらっと横見ると年取ったおばさんが慌てて車両の奥の方に退散している。
車両内の他の人たちは知らんふり。僕も知らんふり。関わりたくは無い。
新宿について、降りようとしたら怒声が再び。
若者と老人がつかみ合い・殴り合い。
「先に手ぇ出したのはそっちだろうが!」と若者マジギレ。
若者の友人も老人に襲い掛かり2対1。
僕のすぐ横を老人が転がりこんでくる。
「おー」と思いつつ僕は席を立ちホームに出る。
ジーパンのポケットに手を突っ込んでその行く末を眺める。
車両の中では喧嘩を止めようとした人々がもみ合っていた。
「ちょっと!痛い痛い!やめて!!」という女性の叫び声が聞こえた。
うぐいす色の制服を着た車掌が間に入って仲裁しようとした。
やがて腹を立てた老人がフリーになってホームに降り立つ。
車両の中はまだ混沌としている。
僕は「ああ、終わったんだなあ」と思い、階段を上って改札の外に出た。
どっちが悪かったのか?
正直な話、何度か垣間見えた老人の顔は
半ば頭がおかしいか、若者というだけで偏見を持ちそうな、偏屈な雰囲気があった。
若者たちはまあ、その辺の若者だった。フリーターみたいな。
どっちもどっち。
僕は何も考えずそのままスッと立ってその場から離れたが、
なんとかしようとした乗客もいたわけであって。
ああ僕は例えば地下鉄で火災が発生したとき、
自分の逃げることしか考えないんだろうな、と思う。
自分の命を守るだけで精一杯、無我夢中でした、と。
昨日はその後映画を見てライブも見たわけではあるが、
1日の間ずっと後味が悪かった。
[845] 「過去のない男」/「24 Hour Party people」/カーネーション インストアライブ 2003-04-03 (Thu)貯まりに貯まった休みを消化するために会社を休むことにした。
しなきゃいけないことはなく、映画を見に行く。
夜はカーネーションのインストアライブ。
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まず1本目は恵比寿ガーデンシネマで「過去のない男」
フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の最新作。
「レニングラード・カウボーイズ」などで日本でも根強いファンの多い
アキ・カウリスマキではあるが、僕は劇場であれビデオであれその作品を見たことが無かった。
今回が初めて。
これまでなぜ見てこなかったのかと言えば特に理由はないし、
それではなぜ今回見に行く気になったのかと聞かれても特に理由はない。
とある寂れた町に流れ着いた記憶喪失の男と
その取り囲む人たちのてんやわんやがちまちまと描かれていく。
見た人の間でも好き嫌い分かれてるようだし、新聞の評でも好意的には書かれていなかった。
僕としては面白かった。見てて飽きなかった。
ほのぼのとした空気とのんびりとした時間の感覚。七分咲きぐらいのゆるめのユーモア。
いい映画だと思う。心地よかった。
平日の午前中ということもあったんだけど客席は年配の方々ばかり。結構埋まってた。
ガーデンシネマでは隣でまだ「ボウリング・フォー・コロンバイン」をやってた。
ロングラン。アカデミー賞のドキュメンタリー部門を取ったし、
イラクとは戦争になってしまったし。まだまだ上映は続くのだろう。
推してた僕としては嬉しい。機会があったらもう1度見たい。
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次は渋谷のシネセゾンで「24 Hour Party People」
こちらはイギリスのマイケル・ウインターボトム監督の最新作。
昔「バタフライ・キス」という処女作を見てなんだかよくわからず、
その後の作品もこれまで興味が沸かずに避けて通ってきた。
なのに見る気になったのはこの映画の題材がファクトリー・レーベルだったから。
そんで Joy Division と Happy Mondays が物語の重要の役割になるようだったから。
Joy Division / New Order で英ニューウェーブシーンに一石を投じ、
ハシエンダというクラブを中心に80年代末に「マッドチェスター」ムーブメントで
マンチェスターを世界の音楽シーンの中心に祭り上げてしまった
ファクトリー・レーベルの栄枯盛衰を
オーナーだったトニー・ウイルソンの視点から描くというもの。
とにかくサントラがすごくてそれだけでも僕はもう「やべー見に行かなきゃ」という気持ちに。
Joy Division は「Love Will Tear Us Apart」に「Atmosphere」に
「She's Lost Control」に「Transmission」で
New Order は「Blue Monday」に「Tempation」に
新曲(といっても2年前だが)「Here To Stay」
Happy Mondays は「hallelujah」「24 Hour party people」「Loose Fit」
それだけじゃなく Sex Pistols 「Anachy In The UK」
The Clash 「Janie Jones」Buzzcoks 「Ever Fallen In Love」と名曲ぞろい。
映画の中ではこれらのバンドの実際のライブ映像がちょっとずつ挟まる。
さらにサントラには収録されていないものの
The Jam に Stranglers に Iggy Pop に Simply Red に A Certain Ratio に
名前を挙げていくとキリがない。
これだけでも見に行く価値が充分にあった。
DVD になったらこれらのライブ映像はボーナスでたくさん収録されるんじゃないかな。
だとしたら是非とも買わないと。
何が貴重かって言ったら僕今日初めて
「Atmosphere」のビデオクリップを断片でしかないが見ることができたこと。
「あーこんなだったのか」と心の中感涙。
DVD化の際にはフルで特典として入れといて欲しい。
この手のロックファン的話題はまだまだあって、
実際のミュージシャンがチョイ役でたくさん出てたのもおいしい。
劇中でわざわざ紹介されるんだけど、
The Stone Roses のマニ、 The Fall のマーク・E・スミス、
Durutti Column のヴィニ・ライリー、Happy Mondays のポール・ライダー、
Inspiral Carpets のクリント・ブーン、Magazine / Buzzcocks のハワード・ディボート。
ふー。
映画としてどうかってことは頭の中に無くて
とにかくこの映画の中に出てくる「歴史」を僕は楽しんだ。
Joy Division / New Order と Happy Mondays は役者が彼らになりきって演技して。
これが伝説として聞く姿をうまいことなぞっていて、見てるとかなりおかしい。
ベズは常にフラフラしていてショーン・ライダーはヨタヨタしていて、
バーナード・サムナーはいつも不安そうで。
そしてイアン・カーティスはいつも思い詰めていて、
ステージの上で痙攣したような踊りを披露したかと思うと有名な癲癇の発作まで再現。
僕の青春にどんぴしゃではまる映画なので語りだしたらキリがない。
こんなのばっかり聞いてきたんだよなあ。今でも聞いてる。
こういうのをもう15年も聞いてることになるのか。
映画の中で大音量でかかっていた Happy Mondays が余りにもかっこよくて
僕は映画館を出るとすぐにもレコファンに中古がないか探しに行った。
その名もずばり「Madchester Rave On」EP を見つける。
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その後渋谷をブラブラした後で
タワーレコードの地下でカーネーションのインストアライブ。
渋谷タワーの地下って小さなライブハウスだったのか。
知らなかった。初めて足を踏み入れた。
貼ってあったスケジュールを見ると毎日のようにライブがあるみたい。
3月の土日、大森の仕事場へと休日出勤で向かっていた途中、
このままでは気分がやりきれんと渋谷で降りてタワーでCDを見ていたら
その日はたまたまカーネーションの新しいシングルの発売日で、
「お、買っとくか」とレジに持っていったらインストアイベントのチケットをくれた。
これまで見たことが無かったし、いい機会だからと喜んで見に行く。
カーネーションを知ったのはここ2・3年で、
新しいアルバムが出ると必ず買うしこれまでに出たアルバムはほとんど持ってんだけど
そんなに聞き込んだわけでもなくて。
でもベストはよく聞く。なにしろいい曲が集まっているから。
「Edo River」とか「It's a Beautiful Day」とか「世界の果てまでつれていってよ」とか
最初の何曲かはそこばかり抜き出して聞く。
やった曲は「OOH BABY !」とか最近の「Venture Business」シリーズのシングルからと
今度出るアルバムからのなんだろうな。昔の曲はやってなかったと思う。
7曲ぐらいか。3曲やって MC があって、ジミヘンの「アメリカ国家」の真似っぽいことをして、
2曲やって、MC、さらに2曲。
5人編成だったのがキーボードとギターが抜けて
ギター・ベース・ドラムのミニマムな3人編成へ。
昔のライブってのを見たわけではないので確かなことは言えないんだけど
アレンジで聞かせるバンドだったのが
ロック的なダイナミズムで押すようなバンドに大きくシフトチェンジしたんじゃないかな。
コード押さえてガムシャラに掻き鳴らして、って感じの。
少人数で演奏だから嫌でも曲そのものの力で勝負しなきゃなんなくて。
シンプルな中にも伝わってくるものは多くて、さすがこのバンドはすごいなと再認識。
「Venture Business Vol.3」の中にあった
「Venture Massage 4 U」をやりだしたのには場内爆笑。
ベースの大田譲がかつてスタジオでマッサージを受けたときのやりとりをこっそり録音したものを
編集してそれに音を足したものが元々の曲。
これをボーカルの直枝政弘が女性マッサージ師のパートを担当して大田と2人で。
「おしりってすっごい気持ち良くないですか?」
みたいなたまたま録れたセリフを再現。
(って書いてもこの曲を聞いたことのある人しかなんのことしか分かんないですね)
[844] 僕の彼女はロボットだということがわかった 2003-04-02 (Wed)僕の彼女はロボットだということがわかった。
前からなーんかおかしいとは思っていたのだが、遂にわかった。
滑らかな身のこなし、無駄の無い動き。
歌を歌うことからやらしいことに至るまでのリズムの正確さ。
頭脳明晰。完ぺきな受け答え。まるで教科書を丸写ししたかのような情報量。暗算も早い。
パーフェクト。欠点らしい欠点が無い。
だけど感情の発露に乏しいし、笑ったり怒ったり泣いたりというモードの切り替えが単純すぎる。
まるでプログラミングされたかのような。
何かがおかしい。
そもそも僕は何が引っ掛かっていたかといえば彼女の寝顔を見たことが無いということ。
僕よりも遅くまで起きていて、ベッドの中でも目を開けてどこか見つめていて、
僕よりも早く起きていて、既に一日の行動を始めてしまっている。
彼女は眠らないんじゃないか?
そう思ってそれとなく聞いてみても笑って質問をはぐらかされた。
料理を作るといつも味が同じ。ただ単に料理がうまいのか、それとも分量が正確なのか。
などなど。
---
いきなり僕の前に現れて。いきなり始まって。僕は彼女の過去を知らなくて。
ロボットなのなら、何が目的なのだろう?
なぜ、僕だったのだろう?
彼女は冷蔵庫の奥に青い液体の入ったペットボトルを隠していて
「何これ?」って聞いたらものすごく怒られた。
今思うとあれはエンジンオイルだったに違いない。
真夜中、僕が眠っている間に彼女はあの液体を体内のどこかからか摂取する。
胸の辺りがパカッと空くのか、口を開けるとホースが伸びるのか。
そして、そう、たぶん通信もしてる。どこかの誰かと。同じようなロボットたちと。
---
僕は彼女に捨てられて、それでも彼女のことを思い続けて、考え続けて、
それでようやく彼女の秘密がわかった。
僕は今納得してる。あのまま続けていたらきっと明るみに出ていたはず。それを恐れたのだ。
僕はさらなる証拠を集めるべく、日夜彼女の身辺を調査しなくてはならないと思う。
これは使命だ。
彼女がロボットであることが問題なのではなく、
その背後にいるやつが何か企んでいるに違いないからだ。
僕はそれを、暴かなくてはならない。
僕のような数少なくなった本物の「人間」のために、暴かなくてはならない。
この世界から悪のロボットが一掃され、人間たちの手に取り戻されたとき、
僕は神様にお願いをする。
「僕の彼女を返してください」と。
「僕の彼女に人間の体を返してください」と。
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僕は待っている。今日も見守っている。
彼女のゴミの中にあった壊れたフロッピーディスクは彼女の排泄物と僕は見ている。
黒いプラスチックの汚れ具合から見て、彼女の健康状態は良好であるように考える。
[843] うそつき 2003-04-01 (Tue)いつだって嘘つきと言われて終わる。
跡形もなく消え去ってしまったこともあるし、灰皿を投げられたこともある。
僕はその時「キミハキレイダ」と言いたいと思う。そしてそのことを口に出して言う。
ただそれだけで彼女たちの機嫌がおかしくなる。
キミハアノコヨリキレイダ。
キミハイツダッテキレイダ。
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僕は歯の浮くようなことをたった1度だけぼそっと呟く。耳元で囁く。
真夜中。その日1日を過ごして疲れきった彼女は
窓にかかったカーテンをぼんやりと眺めている。
僕は彼女の目をはっきりと見つめながら、
「知ってる?マドンナは性転換して女になったんだぜ」みたいなことを言う。
平日の遊園地、観覧車の中、その軌道が頂点に達した辺りで
僕はそんなことを言いたくなる。
「しかもケネディーとマリリン・モンローの隠し子」
僕は伏目がちに「ごめんよ」と謝る。
知らなかったんだ、とか、そんなつもりじゃなかったんだ、とか。
やばい状況では誰もが言う言葉を
この僕もそれがさも当然であるかのように使用する。
「嘘つき」
いつだってそう言われる。
いろんなニュアンスで。いろんな意味を込められて。
笑いながら、あるいは、泣きながら。
どうしてこんなことになってしまうのだろう。
彼女たちは僕に何を求めていて、僕は彼女たちに何を求めているのだろう。
・・・わかっている。僕はわかっている。
そう、僕は彼女たちに、何も求めてなどいないのだ。
その時々をどんな気分で過ごすか。ただそれだけ。
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時間や空間とともに言葉や感情というものも流れていって。
僕と彼女の間を擦り抜けて手のひらの間をこぼれていって。
言葉は万華鏡のようなものだ。
僕の言ってることはいつも同じなのに
その時々の感覚によって色彩や風合いがクルクルと変わってしまう。
そしてそのことに彼女たちはいつだって気付かない。
彼女たちは僕の気持ちがよくわからないと言う。
気持ちなんてものは元からどこにも無くて、
ただそこには言葉と声の破片が残骸となって転がっているだけ。
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キミハアノコヨリキレイダ。
キミハイツダッテキレイダ。
[842] この前姉が上京してきた 2003-03-31 (Mon)この前姉が上京してきた。1週間の東京出張だという。
最初聞いたとき「あ、そう」とだけ言ってたら怒られた。
困ったときには世話しろってことらしい。
困ってなくても僕は呼びだされる。
それは僕が小学校の時から同じ。人使いの荒い姉だった。
(正直言って今でも僕は姉を恐れている)
とはいえ、僕もそれに合わせて1週間会社を休んでつきっきりってことはさすがにない。
向こうは仕事で来てるんだし。
でも昼にコンピューター向かってると姉から携帯に電話かがかかってきて
「ねえ、青山にできた女性に人気の、行列ができる中華の・・・、どこ?」なんて質問はざら。
「えー。なにそれ。知らないよお」って言ったら
「だからあんた女性に持てないなよ。わかる?でしょ?ねえ、まだあんた(略)」と説教される。
午前11時に。僕は通りがかった業者に「あ、どーもー」とお辞儀をしながら。
4日目の夜、予定が空いた姉は「東京に10年もいるんだから、おいしいもの食べさせてよ」
と僕にリクエスト。東京駅で待ちあわせて「たいめいけん」に連れていく。
兄が上京したときにも連れていった店だ。
伊丹十三が「タンポポ」で使ったオムライスが食べられるから、と説明しても
たった一言、「誰それ?」と。でも「おいしーい」と食べてくれる。
「ねえ、毎日こういうの食べてるの?」
「まさか」
「よかった。しっかりお金を貯めるのよ」
今日1日休みだった姉は僕もまだ行ったことないのに丸ビルに行ってきたようで
ブランドの袋を2つも抱えている。
そんで地元の彼氏に「今オムライス食べてるー」と逐一報告。
せっかくの機会だからとその晩は銀座に出て酒を飲んだ。
三丁目の可もなく不可もないおしゃれなところに連れていった。
「アネキ、青森はどう?」
「相変わらずつまんないよ。景気悪いし」
煙草を取り出し、ライターを探す。「あんた吸わないんだっけ?」と聞かれる。
僕はギネスの茶色い泡を舐め、姉は目の前のチェリー・ブロッサムに手を付けない。
「前にもまして、何もなくなってるよ」と姉は言う。
「だったらなんでいるのさ」と僕は言う。
「この年で?」
無理よ、今さら。
姉は大学はこっちだったけど、卒業後青森に戻った。
結婚する話があったんだけど、ややこしい理由でちゃらになった。
その時点で東京に出てくればよかったのに
僕にはわからない意地で青森に留まりことに決めた。
青森に2つしかないデザイン系の事務所の大きい方に職を見つけた。
最初は腰掛けのつもりだったのに、仕事が面白くなってきた。資格をいくつか取得した。
29になって、30を目前にして、いつのまにか引き返せなくなっていた。
往々にしてよくある話。
「何かお作りしましょうか」と聞かれて、「いや、いいです」と店を出る。
夜の9時。ほんとなら、夜はまだこれから。
だけど姉と夜更かししてもしょうがないし、明日も普通に仕事だし僕は帰って眠りたい。
姉にホテルのある初台までの地下鉄の乗り換えを説明して、
僕は「じゃあまた。正月に」と言って別れようとする。
「待って」と言われる。「なに?」「・・・体に気を付けて」
「それだけ?」「それだけ」「わかってるよ」
階段を降りていきながら、姉は最後に1度振り返って僕に向かって手を振った。紙袋抱えて。
その後呼び出されることはなく、無事に何事もなく姉は東京を去っていった。
こっちの友だちに会って。買い物をして。もちろん仕事を片付けて。
---
僕と姉は1つしか違わない。
アルバムを見ると昔の僕は姉とそっくりだった。
何かっていうと2人並んでいる。
姉のお古を着せられて写っている写真もいくつかある。
それがいつのまにか、一緒の写真に写ることがなくなる。
顔つきも変わってくる。
今では完全な別人。僕は姉ではないし、姉は僕ではない。
お互い知らないことの方がはるかに多い。
だからそれが何を意味しているかって言えば特に何も意味するところのものはなくて。
今でも印象に残っている写真が1つだけあって、それは
姉が口にくわえたストローからシャボン玉が空に舞い上がっていて、
僕がそれをうらやましそうに眺めている、というものだった。
写真を撮った後で僕はストローを貸してもらえたはず。
だけど僕がシャボン玉を作ろうとしたころには
飽きてしまった姉はどこかへ行ってしまっていた。
僕はカメラを抱えた父の前でストローを石鹸水の中に浸した。
僕は大きな大きなシャボン玉を作ろうとして力いっぱい息を吹き込んで、
虹色に光る透明な球体はふっと消えてなくなった。
僕は泣いたと思う。泣きじゃくった。
そんな僕のところへ姉が戻ってきて僕の掌に飴を押し込んだ。
赤い包み紙のイチゴ味の飴。
あの時の夜、銀座のショットバーで僕はなんとなくその話をしてみたんだけど
やはり姉は覚えていなかった。
そんなもんだと思う。
僕はギネスを飲み干してもう1杯同じのを頼んだ。
姉の手の中にカクテルのグラスがあった。
「ねえ、こんなことあったの覚えてる?」と言って今度は姉の方から昔話を始めた。
覚えてない、と言うと姉は残念そうにした。
だったらこれは覚えてる?
どちらともなくそんなふうに話を切りだす。
僕も姉もいつのまにか東京の言葉を忘れる。
どちらかがそのことに気付いてハッとする。
2人して笑った。大きな声で笑いあった。
[841] 自転車に乗って父の墓参り 2003-03-30 (Sun)自転車に乗って父の墓参り。
28日が命日。上京してからは毎年欠かさない。これでもう11年目か。
まずは保谷にある祖母の住んでいた空き家へ。
まだそこにあることを、火をつけられたり倒れたりしていないことを確認しに行く。
その後大泉学園の**寺へ。
そのまま東へ東へとペダルを漕いでいって石神井公園に寄り道して桜を見る。
花見客で公園はいっぱい。
吉祥寺へと南下していって、「どん花」でカツカレーを食べる。
これで今日のコースは終了。疲れ切って帰ってくる。
この前自転車に乗ったのはいつだろう?
思い出せない。もしかしたら半年ぐらい乗ってなかったかもしれない。
チェーンは錆びついてあちこち軋んで。
もう6年も乗ってんだからそろそろ買い替え時か。
でも最近乗んないしな。
体を動かした、という気分になったのも久しぶり。
体全体が心地よく怠くなって、いい意味で何もする気が起きない。
音楽を聴きながら1週間分の新聞を読む。
後は「さんまのからくりテレビ」のスペシャルを見て
風呂に入ってビールを飲んで。
春にもなったことだし、来週か再来週も自転車に乗ってどっか行こうと考える。
[840] 診察を受けに行く 2003-03-29 (Sat)相変わらず右脇腹が痛む。何も状況は変わらず。
良くなったような悪くなったような。
なんだかよくわからなくて不安になる。
だけど仕事は年度末で忙しくて休んでる場合じゃない。
今日ようやく、病院に行くことができた。
骨にひびが入っているのか、それとも、十二指腸潰瘍の始まりか。
町のその辺の内科に行ってみて「や、これは整形外科で」と言われても困るので
最初からでかい総合病院に行く。
2年前のクリスマスイブ、インフルエンザで倒れたときに大家さんに連れていってもらったものの、
行ってみたら危篤の患者がいて、深夜救急入口は親族が続々と集まりだしてもー大変、
吐きそうになりそうなところをうずくまり気力を振り絞りじっとこらえて待っていたのに
医師が空いてないとのことで次の病院を探した、という因縁の病院。
場所は阿佐ケ谷。本館に新館とあって、この辺では一番大きいんだろうな。
初診の受付をしたら
「紹介状をお持ちでない方には3,150円を負担していただきます」との紙をもらう。
なんでも厚生省の方針として
「病院とかかりつけ医の機能として、救急と入院医療は病院で、
風邪等その他の病気は診療所の先生が担当するという」ことになっているのだそうだ。
初めからこういうところに来てはいけないということか。でもそんな暇がないんだよなー。
正直「たけー」と思いながらも払うより他ないかと諦める。
この曜日のこの時間帯はこの先生とどの診療科でも事細かに決まっていて、
普通は予約を取ってその先生のところに受けに行くもののようだ。
いきなりふらっと行くものではなくて、スケジュールが事前に決まっている。
病院慣れしてなくてあんまりそういうことがわからない。
そういえば学生時代親知らずを抜こうとして小さな歯医者に行ったら
これは大病院に、と紹介状を書いてくれた。
次の年別な親知らずが痛くなって今度はその大病院に直接行ったら、
診察してくれたものの「ここは紹介状がないとだめなんだよ」と一言注意された。
よって内科は1・2・3・5・6・7(4は縁起をかついで無いようだ)
と6つの診察室がありながら初診は1つだけ。
その1つに本物の初診も予約を忘れた人もみんな殺到するのでとにかく順番が来ない。
僕の番が来るまで2時間は待っただろうか。暇だった。僕はなんとなく教訓を得た。
中に入って診察開始。症状を説明する。
「どういうときが一番痛いですか?」「いつも同じように痛いです」
「おしっこをするときに痛いとかは?」「いや、ないです」
ふーんそうですか、とベッドに横になって触診。
あちこち深く指で押されて、痛いところはありますかと聞かれても特に無し。
左側を下にした姿勢になって同じように押されて
「響くような痛みはないですか?」「・・・ないです」
患者として要領を得ない。
このままだと何も分からないので、とにかく一通り検査してみましょうということになる。
採血、検尿、レントゲン、さらに胸部を超音波測定。
前の3つは今日できるのだが、さすがに超音波ともなると
すぐにもできますってことはなくて予約が必要。次の土曜に。
結果として今日はもう何も分からず。一応痛み止めを処方してもらう。
来週の検査の後さらに何日か経てようやく診察結果が出るようだ。
割と悠長。こんなもんなのか。
その間にひどくなっていったらどうなるんだ?と思わなくもないのだが、
次いつ来れますかって聞かれて平日は会社があって、と答える僕も僕。
採血と検尿はまだよくあるとして、レントゲンは生まれて初めて本格的に撮ってもらった。
何をもってして本格的かというのはあるだろうけど、たぶん本格的だったのだと思う。
嬉しいことでもなんでもないが。
台の上に横になって、ジーパンを下ろされ、ボタンが写るといけないので、と
トランクスも少しばかり引き下ろされる。
「・・・を固定する」と何やら言われ、股間に金属の覆いを被される。
息を大きく吸って、吐き出して。間抜けな姿だったろうな。
薬をもらって駅に向かうころには既に夕暮れ。半日潰してしまった。
ラーメンを食ってブックオフを見つけて中古のCDを買う。
なんとなく新宿に出る。人込みに疲れてすぐにも帰途につく。これで1日が終わり。
---
医者は「(症状は)筋肉の方かもしれない」と言っていた。
3週間かかって、いろいろと検査をして、
それでようやく整形外科に行くことになって振り出しに戻ったらたまらんな。
その間の医療費も払わなならんのかというのと、もちろん無駄にした時間と。
筋肉の炎症のようなものか。
筋肉が硬直化して、やがてそれが全身に広がっていって、最終的に僕は石化してしまう。
帰りの地下鉄の中、そんなことを僕は考える。
考えるのは暗いことばかり。
入院かなあとか、一生つきあう病気かなあ、とかそんなことばかり。
[839] そのまましばらく、海を眺める 2003-03-28 (Fri)午前も午後も竹芝の本社で過ごす。
昼は浜松町の貿易センタービルの地下にある小さなバーで牛タン麦飯のランチを食べる。
細長い店の片側ではクラシックがかかっていて、もう片側ではテレビでは高校野球をやっている。
その後時間があったので竹芝桟橋に行く。空いてるベンチを見つけて腰を下ろす。
しばらく海を眺める。1人ぼーっとして過ごす。
就職活動中の学生たちをちらほらと見かける。
することもなく、時間を持て余している。
僕は就職活動中、東京湾沿いに社屋のある会社を受けるときは必ずと言っていいほど、
時間があれば海を眺めていた。
彼らもまた、あの時の僕のような気持ちなのか。
羽田を飛び立った飛行機がお台場の上空を旋回する。
そのゆっくりとした軌跡をずっと追い続ける。
水面を横切る艀に目をやって、
ふと視線を空に戻すとさっきの飛行機は消えてしまっている。
今、目の前の灰色の空を飛んでいるものは無し。
そのことをなぜか寂しく思う。
暖かくて上着を脱ぐ。
そのまましばらく、海を眺める。
コーヒーが飲みたくなって立ち上がる。
どこかに安っぽい缶コーヒーはないものかと自販機を探す。
[838] 暖かい。今日は21度まで上昇するのだそうだ。 2003-03-27 (Thu)何も書くことがない。
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暖かい。今日は21度まで上昇するのだそうだ。
夏みたいなものだ。Tシャツ1枚でも外を歩けるかもしれない。
この間の土曜はダウンジャケットでも寒かったのに。
三寒四温。また寒くなる日もあるか。
桜はもう咲いているだろうか。
気がつくと3月も終わり。
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4月は、どうしてんだろう?何をしてんだろう?
ゴールデンウイークはどうしてんだろう?
夏は、冬は、1月の誕生日は、どこでどうしてんだろう?
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詳しいことを書くわけにはいかないが
イラク情勢の影響を受けて、○○が××になった。
ああ、今の仕事を当分続けなくてはならないのだなあと思うとがっくり。
ブッシュのせいだ。恨んでやる。
何が正義だ。日本は40兆円払う必要なし。
アメリカは大量に抱えた兵器を何とかしたいがために
イラクに喧嘩を売っているというもっともらしい話を聞いた。
だとしたらフセインがあっさりと降伏しても
アメリカとしては困るということになる。
そんなふうにしてもたらされる世界平和。
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イラク侵攻開始と同時に北朝鮮がテポドンを日本に撃ってくるという噂もあった。
ある朝目覚めたら東京はなくなってるかもしれなかった。
(そして僕は目覚めることなく死んでいたかもしれなかった)
[837] 右の脇腹が痛い 2003-03-26 (Wed)右の脇腹が痛い。日曜から痛みが治まらない。
最初は筋肉痛かと思った。でも右だけってのが変だし、そもそも体を動かしていない。
鈍いズキズキした痛みが起きている間ずっと続いている。良くも悪くもならない。
触ってみても腫れているわけではないし
風呂上りに鏡で見ても特におかしなところはない。
これは内臓系か?
「いやー痛いんだよねー」という話を朝のチームミーティングでして
「この辺って盲腸?」って聞いてみるんだけど
肋骨の付近に盲腸はないようだ。だとしたらなんだろう?
2月後半に引いた風邪が今でも鼻水や咳が出て、なんだかおかしいと思っている。
花粉症でも咳が出ますよとは聞いたものの、果たしてこれはそうなのか?
なんだかやばそうだなあと不安になる。
次の土曜は病院に行ったほうがよさそうだ。
ストレスで肝臓がやられてる?
そんなところに落ち着くのではないか。
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盲腸だとまだ気が楽なのにな。
入院するに足るだけの大変な事態なのに
手術さえ終えたら後は何事もなし。
盲腸ってどれぐらいの人がかかって手術してんのかなあ。
手術したって人周りではあんまり聞いたことがないなあ。
というより。
盲腸と言って思い出したのは「手術の前に下の毛を剃る」
あれってほんとなのだろうか。
たいがい年配の人が担当するってなんとなく聞くけど
僕より年下の看護婦ってことはあるのかなあ。美人だったらどうしよう。
そのときが来ると看護婦が現われ、僕はパジャマを脱いでトランクスを下ろし、以下略。
これって女性もなのだろうか?
僕の中で妄想が一瞬にして広がった。
年恰好の似た若い2人が方や看護婦で方や患者で、
真夜中に囁きあいながら、個室で、クリームを塗って、その白い肌に触れる、以下略。
[836] 真夜中の人身事故 2003-03-25 (Tue)客先での仕事を9時半頃終えて、大森の駅に向かう。
改札付近に人だかりができている。
ホームに下りていくと電車が止まっている。
ああ、人身事故だなと察知する。
停滞した雰囲気が車内にも車外にも広がっている。
そのうち走り出すだろうと思って電車の中、
吊革につかまって来月受ける資格のテキストを鞄から取り出して読む。
電車は一向に走り出す気配は無い。
アナウンスは救出作業が終了しましたと言ってみた後で
救出作業が依然続いておりますと言ってみたりで、何がなんだかよくわからない。
なぜか知らんが救出作業がずっと続いていた。
線路の外に運び終えましたと言ってる辺り、
その人は生きていて、大変なことになっているのだと考える。
時間は刻々と過ぎていく。
ただでさえ遅いのに、無駄に電車の中で待たされて睡眠時間が減っていく。
安全確認をしてるとかしてないとかでさらに待たされる。
苛々する。
ナニヲダラダラサギョウシテンダ?
シンデンダッタラサッサトホウリナゲレバイイノニ
京浜急行で振替輸送をしてるとの放送があって
「でもそんな待たされないだろう」と思っていた僕は完全に失敗。
「こういうのって歩いて駅まで言った途端運転再開するんだよなあ」
なんて考えていた。さっさと見切りをつければよかった。
自分で自分に腹を立てる。
立ってると疲れがどんどんひどくなっていく。
ドウセヨッパライガネテタトカナンダロ?
ソンナノヒキコロシテシマエバイイノニ
ようやく運転再開したときには1時間14分遅れ。
どうしてこんなに時間がかかったんだろう。
「お疲れのところご迷惑おかけします」と何度も車内放送があるのだが、
謝られたところで何がどうなるわけでもない。
疲れきった気持ちでいつも通りのルートを電車に揺られていく。
ドウシテコンナコトニマキコマレナキャナラナインダ?
ドウシテコノセカイハイツモコンナフウナンダ?
ボクガナニヲシタッテイウンダ?
ヤスマセテクレヨ、ネムラセテクレヨ、
ボクガノゾンデイルコトハタダソレダケナノニ
[835] ツジコノリコ 2003-03-24 (Mon)金曜にサークルの後輩たちと会って飲んでるときに
マシコ君から「最近ではツジコノリコがいいっすね」と聞く。
彼の薦めるものはたいがい当たりなので、土曜に早速買いに行く。
新宿 DiskUnion は壁に「ツジコノリコ入荷!」というチラシが
壁にもエレベーターにも貼られていた。Union でもいち押しのようだ。
海辺だの赤いアメ車だののコラージュの上に
ピンクの柔らかい字体でタイトルは「ハードにさせて」。ハートマークと星が浮かんでる。
「うわーキワモノっぽいなあ」という印象をまずは抱く。
これはかなりの確信犯かただのバカか。
ジャケット右隅には非常にキレイな女の人の顔が。どうも本人らしい。
前者であることを期待してレジにCDを持っていく。
家に帰って聞く。
ノイズ。雑音という意味ではなくて、音楽の1つのジャンルとしてのノイズ。
僕はそう思った。
でもそれはむやみやたらにピーとかガーとかいって耳をつんざくようなものじゃなくて、
なんというか、街で見つけた変なものを鳴らしてみて
それを素材にして「音」を組み上げていくような、そんな感じ。
まあサンプラーなんだろうけど。
後で HMV のサイトで調べてみたとき
「日本のエレクトロニカ・シーンの紅一点」と紹介されていて、
ああ、これはエレクトロニカだったのかと気付かされる。
そう言われてみるとそんな感じがしないでもない。
これだけだったら音的に普通。
ツジコノリコの場合、ここに彼女の作詞による唄が乗っかる。ここがポイント。
矢野顕子のような声に森高千里のようなすっとぼけた歌詞。
エレクトロニカの危ういリズムに合わせて。画期的。
しかもこの人とんでもなく美人なんだよな。
職業はモデルですと言ってもいいような。
なんでこんなキュートな人がこういう音楽(しかも自作自演)に合わせて
こんなふにゃふにゃしたことを歌わなきゃいけないんだ!?
チキショー!これはライブが見たいぞ!!
歌詞カードの写真見ながら
「ビキニはりつけ はだしで駆ける海辺
あんなときみたいにハードにさせて、じぶんしだい!?両方
だいすき バイバイ」
なんて歌詞を読んでるともー妄想が膨らむ一方。
世の中は広い。いろんな人がいる。
ツジコノリコのような人が音楽をやっているというただそれだけで
この世界は生きるに値すると思った。
[834] アルゼンチン・タンゴ 2003-03-23 (Sun)土曜は二日酔いで脱力。
することもなく、床屋に行く。
いつもクラシックがかかっているのがよくてここにしているのだが、
今日聞いた話では御主人はクラシックのCDを1万枚持っているとのことだった。
若いころはカメラマンで、趣味が登山だったころは海外の名だたる山々を制覇、
なのに普段は一介の町の床屋。「極める」ことが体質になっている人。すごいものだ。
今日も髪を切ってもらいながらいろんな話を聞かせてもらった。
いつもとは違ってクラシックではなくタンゴがかかっていて、これがすごくかっこよかった。
艶っぽくてハリがあって。滑らかに流れるようでありながら、
忍び寄る情感はビシビシと伝わってくる。
「誰ですか?これ」と尋ねてみると、フランシスコ・カナロという人だと教えてもらった。
タンゴの世界では3本指に入るぐらいの名匠。
70年代に来日したときの模様をCD化したものだそうで、
髪を切り終えると早速新宿に探しに行く。
HMV と Tower と回って初めて知ったんだけどタンゴのコーナーってほんとわずか。
フランシスコ・カナロは1枚もなかった。「え?そんなものなの?」と驚く。
アストル・ピアソラはたくさんあるんだけど、
その他の人のは若手を抜かせばほんともう、片手で数えるぐらい。
タンゴ名演集みたいなコンピはいくつか出ているようだが、どれも野暮ったくて敬遠。
その後 DiskUnion でも中古で見つからず、ヴァージンでようやく見つける。
でも床屋でかかってたライブのじゃないんだよなあ。
優れた音楽であるのに、新宿ですら入手困難。なんとかならないものか。
家に帰ってすぐ聞いて、「これは本物だ」と大満足。
これからはタンゴにはまりそうだ。
年末に見た映画「Waking Life」のサントラが全編タンゴで、
物珍しさもあってこれが僕にしては珍しくヘビーローテーション。
何度も何度も事あるごとに聞いた。今でも聞いている。
---
「僕らは若いころモダンジャズのことを「ダンモ」なんて呼んでてね」
そんなところから始まった音楽談義は
この前のストーンズ来日公演に寄り道しながらも専らタンゴのことばかり。
熱心にタンゴを愛好する人たちの集まりが東京にあって、御主人も一時期顔を出していた。
その人たちはNHKのラジオでタンゴをかけてもらおうという運動を熱心に行っていた。
今でこそタンゴもポピュラーなジャンルであるが、まだまだ市民権を得ていなかった。
なんて、もう何十年も昔の話。
荻窪にもついこの間までタンゴを専門にしていた喫茶店があったそうのだが、
店を閉めてしまったようだ。もったいないなあ。そういう場所って通ってみたかった。
---
ついでといえばなんだけど、アストル・ピアソラのCDも買う。
ノンサッチから再発されて一頃話題になっていた、
ニューヨークで80年代に録音した3部作(「Tango : Zero Hour」など)は
僕が最近興味を持ちCDを集めだしたキップ・ハンラハンがプロデュースだった。
そういうことか!
ああ、こういうところで音楽はつながっているものなんだなあ、なるほどなあ、と思う。
[833] 20代の遠足@隅田川 後編 2003-03-22 (Sat)築地から10分ほどで浜離宮恩寵庭園。
本社の近くにありながら、これまで行ったことがなかった。
連休の初日ともあって、中はのんびりとした時間を過ごそうとする人でいっぱい。
樹齢300年というとんでもなく大きな老木があらゆるものに支えられて立っている。
菜の花畑の前で和みながら酒を飲む。一升瓶を回して、紙コップに日本酒を注ぐ。
入場券の裏には浜離宮の歴史が書かれている。ここは昔将軍家の鷹狩りの場だったのだという。
将軍家の行楽や接待の場。茶室などあり。明治維新後は皇室の観桜会も催されている。
「本園は、広大な池泉に海水を導き、
潮の干満によって庭趣に変化を持たせた潮入りの回遊式築山泉水艇で」
とある。なんだかよくわからんが、すごい場所のようだ。
---
水上バスに乗って、浅草へと隅田川を上っていく。
いったん川を下って日の出桟橋まで行くようだ。
船は大混雑。ここは中国か!?と言いたくなるぐらい
交通機関というか市民の足として可能なかぎり人が乗り込んでいる。
船室も展望デッキもギュウギュウ詰め。展望デッキなんて身動き取れない。
その大勢の人たちも日の出桟橋でかなり降りて、やっと余裕ができる。
下に降りていって、横長の座席を何列も占拠して宴会の続き。瞬く間に瓶が空く。
船はゆっくりと川を遡り、ガイドのテープが橋の1つ1つを説明していく。
既にほぼ出来上がっていた僕はこの辺りから何を話していたか全然覚えていない。
---
浅草到着。そのまま雷門をくぐって浅草寺へ。
ここから合流のムッキーは半袖のTシャツ1枚。
本人曰く「いやーこの前から暖かくなったじゃないですか」とのことであるが。
煙を浴びて、賽銭を投げて、おみくじを引いて(吉)、
出店のフランクフルトを食べて、花屋敷の側を通り、甘味処を探す。
アベは事前に店の目星をつけていたのであるが、どうにも見つからず。
諦めてどじょう鍋の店へ。
歩いているうちに空が暗くなる。夜の部、スタート。
---
店の名前は忘れたが、「駒形どぜう」そんな感じのとこ。
入口前には順番待ちの人たちでいっぱい。
ふらりと現れた人が中に入ってすぐにも出てきて「こりゃだめだ」と帰っていく。
アベはここに関しては予約を入れてくれていたので、僕らはすぐにも中に入ることができた。
明治時代から建ってんじゃないかってぐらい古い造りの建物。
大広間といくつもの座敷と。旅館のようだ。
曲がりくねった入り組んだ通路を歩き、階段を上って行った先の部屋を貸し切り。
どじょう鍋が運ばれてくる。
どじょうって行ったら僕の中では田んぼの脇の小さな流れを泳いでいたあれであって、
もちろんこれまで食べたことはなかったし、食べようと思ったこともなかった。
それが小さな平べったい鍋の中、皮を剥かれ頭と尻尾を丁寧に取り除かれ、
出し汁の中横たわっている。ふーむ。これか。
みんな貧乏性なのでとにかく薬味のネギをたくさん入れる。
食ってみるとどじょうそのものの味は正直よくわからんが鍋そのものはうまい。
一瞬で食べ終わる。
「こりゃーうまいわ」と柳川鍋にクジラ鍋と引っ切り無しに注文し、次々と平らげる。
うまかった。はずなのであるがこの辺りから完全に寄ってて記憶があんまりない。
何話してたのかなあ。
例によって昔のようにイッキ飲みが始まって、僕はビールに焼酎の混じったものを飲まされる。
一口飲んでゲーッと思ったものの、ここで止めたら男じゃないとぐっと飲み干す。
とにかく僕はひたすらビールを飲んでいた。
---
どじょうの店を出て、浅草駅の方に歩いていって、どこ入ったのかなあ。
和民だったような。何人か女の子たちは帰って、酔っ払いたちがさらにダラダラと飲みだす。
戦争がどうたらそういう話をした覚えが。
同じ業界のヤマモリと仕事の話をして、マシコとはいつも通り最近聞いたロックの話をした。
---
終電が近くなって店を出る。銀座線に乗る。神田で乗り換えて中央線。
座った途端眠りだす。荻窪に着くまで完全にアウト。
辺りを見回すと知ってる人たちの姿はなし。
みんなどこかで乗り換えて散ってしまったのだろう。
辛うじてナカノの姿を見つけ「じゃあね」と言って電車を降りる。
こんなふうにして1日が終わり。
20代の遠足終了。次の日はしっかりと二日酔い。
それにしても気心の知れた連中と久々に会って昼間から酒飲んで
うまいもの食って。楽しかったねえ。というか幸せだったよ。
また誰が企画してくれ。
[832] 20代の遠足@隅田川 前編 2003-03-21 (Fri)映画サークルの後輩からメールが来て、
21日の金曜にみんなで集まって「遠足」をするのだという。
月島でもんじゃ→築地→浜離宮から水上バスで隅田川を上る→浅草でどじょう鍋
というコーススケジュールが既に決まっている。
誘ってもらってありがたいものです。2つ返事で参加。
12時に地下鉄月島駅の商店側出口に集合。
時間通りに来たのはちらほら。
最大15人ほどになるらしいのだが、それぞれ都合のつくところから参加。
最初は5人でスタート。
幹事のアベがインターネットでセレクションしたというもんじゃの店へと向かう。
行ってみるとその店(月島小町)は既にいっぱいで、入れず。
どうしようかってときにミウラが、制作会社にいた友だち(サンノ)が
前にもんじゃのドキュメンタリーを撮っていたことを思い出す。
電話してみると「花菱」という店がいいと言われる。
商店街の人たちが配ってる地図には載ってない。
月島もんじゃ協会には加盟していない店らしい。
おいおいそんな店でいいのかよと思うものの
1ヶ月毎日月島に通ってそこが1番うまかったと言うのだから、と行ってみることにする。
店を探して歩き回っている間にまた何人か合流する。
「花菱」はもんじゃのみせがズラリと軒を連ねる商店街を離れたところに
ポツンと1件だけ建っていた。
入ると祭りで神輿をかつぐときのような格好をしたおかみさんが
下町っぽい威勢のいいノリで御出迎え。
ミウラがサンノ君に薦められて来ましたと言うとおかみさんは
彼のことをよく覚えていたようで、「あらー、あの子今どうしてるの?」と懐かしがる。
最年長の僕が「初めて入る店でもんじゃを食べるときはその店で最も高いメニューを食べるべし」と
格言ぶって言うと、後輩たちは「ははあ、そうですか」と従う。
「花菱もんじゃ」という店の名前のついたもんじゃをオーダー。
アサリにエビにとにかく具だくさん。
手際が悪く、もたもたしてるとおかみさんがやってきて焼いてくれた。
土手を作ってかき混ぜて薄く伸ばして、パッパッパッとあっという間に出来上がる。
ソースをかけて、青のりをまぶして。
うまいったらありゃしない。テーブルの4人、すぐにも平らげる。
桜エビのお好み焼きと、ホタテのバター焼きを追加。
なんでこの店が協会に加盟していないかといえば、
そうしてしまうと材料の仕入れが自由にできなくなるかららしかった。
大量に一括して仕入れるからだろうか、
他の店の材料は案外たいしたことのないものが使われている。
「花菱」が他と違うのは材料にはとことんこだわっていること。
桜エビはどこそこで、山芋はどこそこで、全て遠くから取り寄せている。
これまで僕は何度か月島に来てどこで食べてもそれなりに「いいね」と思ってきたものであるが、
「花菱」は頭1つ抜け出ている。次回も、ここに。
---
ハナエ、アカギ、ヒラシマ。どんどん、メンバーが集まりだす。
昼間っからジョッキで飲むビールはうまいねーと言いあう。
店を出て、次の目的地である築地へ。勝どき橋を渡る。
歩きながら後輩たちと話す。1人と話してはまた別の1人へ。
僕だけでなく、みんなそうしてる。
今日会うのが2年ぶり・3年ぶりってのはよくあることで。
「え?もしかして卒業以来?」なんてのはざら。
暖かく空は晴れていて、歩いていて気持ちいい。
---
築地に到着するも、どこもかしこも閉まっている。
今日の主旨の1つにとにかく昼から飲みまくるってのがあって
各自高価な日本酒や焼酎を持ち寄っている(僕は忘れたが)。
それを次の浜離宮で飲もうぜってことになって
だったら築地で寿司のパックでも買おうぜってことになるも、
休日午後の築地は無人の町であるかの様相。シャッターが閉まっていてどこも開いてない。
イマナリが築地の市場の中を車で入っていってゲリラ撮影したんだよな、と誰彼ともなく言う。
あれももう5年前。僕らが「サークル」として本格的に撮った最後の頃の作品だった。
[831] J : the Jon Spencer Blues Explosion 「orange」 2003-03-20 (Thu)今でこそ有名なジョンスペを僕が初めて知ったのはこの「orange」から。
当時は突如現れたキワモノみたいな扱いだったような覚えがある。
僕は上京したばかり、都心に出ては HMV や Virgin で輸入盤を買い漁っていた。
Pavement の1枚目やこの「orange」だとか
Rockin'on で話題になっているものの日本盤の出てないものをいち早く入手しては
東京はいいところだねえと1人悦に浸っていた。
あの頃の僕は若かった。懐かしいなあ。
次作「Now I Got Worry」の出た90年代半ばには
日本でも(一部で)大変な人気者になっていて、Liquid Room で行われた来日公演も満パイ。
もちろん僕は見に行っている。
前座はギターウルフ。かっこよかったねえ。
途中、御約束?の客席から1人ステージに引き摺りあげてギターを弾かせるコーナーでは
ズボンズのドンマツオ(のはず)が登場。
盛り上がる。盛り上がる。
そんでジョンスペンサーはどうだったかというと。
ジョンは現れるなり、ジュダとラッセルの繰り出すリズムに合わせて
歯ブラシを取り出し、歯磨きを開始。
一通り磨いたところでさらに取り出したのは缶ビール。
1口ごくりと含んで客席に向かってブワーッと吹きだす。
最高のオープニング。
前から2列目ぐらいのところにいた僕にも当然のように白い泡がかかった。
なんかやけにありがたかった。
エンディング近くのスローバラード風の甘ったるい曲では
いつのまにかテルミンがステージの上に運びこまれて、
手の平を力いっぱい振りかざしたりなんだりでヒュイーンと音を出して
渾身のパフォーマンス。わざわざ転げ回ったりもしていた。
ジョンの芸人魂を存分に堪能。
素晴らしいライブだった。
アンコールではジョンが客席に向かって花束を投げ、
それがちょうど僕の頭上めがけて飛んできたので伸び上がってキャッチ。
隣に立っていた女の子と奪いあいになって
ズタズタになった花を御互い力ずくで分け合った。
---
その後今に至るまで現役。アルバムが出るごとに
ルーツ?であるブルースを探求してみたり、シンプルなロックに立ち返ったりと
試行錯誤を繰り替えしているが、やっぱ一番かっこよかったのは
「orange」とその前の「extra width」の辺りだよなあ。
「orange」の中でも1曲目の「bellbottoms」これに尽きる。
大仰なオープニング。ビンビン絡んでくるストリングス。
自分たちはジョンスペンサーブルースエクスプロージョンだと言ってるだけのような歌詞に
間に挟まる「ベルボトム、ベルボトム」とヤケ気味なコーラス。
むやみやたらにスリリング。
何か新しいものが始まってるんじゃないかという予感を存分に感じさせてくれる。
今でも感じさせてくれる。
[830] 欲望の銀河 2003-03-19 (Wed)僕は彼女の部屋にいた。彼女の側にいた。
彼女は眠っていた。僕は目を覚ましていた。
僕はどこか壁の1点をずっと眺めていた。そこにはこれといって何もなかった。
彼女は声にならない声をあげる。夢を見ているに違いなかった。
その夢の中で彼女は僕のことを探していた。僕はどこにもいなかった。
僕は手を伸ばす。その指先をそっと包み込む。
僕は雪原を思い浮かべた。宇宙空間のことを考えた。
僕らは光の速さで移動している。水の中を漂っている。
彼女は声にならない声をあげる。彼女の夢は終わってしまった。
彼女は目を覚まし、起き上がる。冷蔵庫を開けて飲み物を探した。
キッチンの椅子に腰を下ろしグラスを手に取った。透明な水を一息に飲み干した。
夢を見た、と彼女は言う。そう、とだけ僕は言う。
夕暮れ。傾いた太陽が部屋の中にくすんだ影を投げ掛けていた。
彼女は音楽をかける。リズムの強調された音楽。
ゆっくりと時間が刻まれていく。数え上げようにも掌から次々にこぼれ落ちていく。
僕は彼女の背後に立つ。彼女はテーブルの上に両腕を置き、うなだれる。
言葉にならない欲望の1つ1つ。ぼんやりとした感情の1つ1つ。
彼女の銀色の指輪。緑色のペディキュア。
首筋に浮かんだ汗。よじれたストラップが肩の間から覗いている。
僕は彼女の部屋から出ていった。いつのまにか夜になっていた。
あてもなく街を歩いた。地下鉄の駅を見つけると階段を降りていった。
音もなく電車が目の前に現れた。乗り込んで座席に沈み込んだ。
1人きりだった。途中の駅は全て通過した。
時間は、今では、グルグルと回っていた。何かに追いつこうとしていた。
全てが1点に収縮する。そこから逆回転を始める。
「?るいてっか向にこどは僕」
終わりのない加速。振り切って、さらに加速する。
落ちていく、消えていく。流れて、ちぎれて、溶けていく。
僕は彼女の部屋にいた。彼女の側にいた。
僕は眠っていた。彼女は目を覚ましていた。
彼女はどこか壁の1点をずっと眺めていた。そこにはこれといって何もなかった。
僕は声にならない声をあげる。夢を見ているに違いなかった。
その夢の中で彼女は僕のことを探していた。僕はどこにもいなかった。
彼女は手を伸ばす。その指先をそっと包み込む。
僕は声にならない声をあげる。僕は夢を見続けていた。
[829] それにしてもストーンズ。 2003-03-18 (Tue)それにしてもストーンズ。
これが60になる人間たちのステージかと思うと「すげー」の一言。
しなやかにして強靭な肉体。
毎日ワークアウトを欠かさないんだろうな。
ミック・ジャガーなんて専用のトレーナーを何人も抱えていそうだ。
あのキース・リチャーズですら健康的。
チャーリー・ワッツはもう体が動かないというのも嘘。
彼等にとってロックはビジネスなのだから(いい意味で)
自堕落な生活には縁を切り、体力の維持管理こそが夢の実現なのである。
ビル・ワイマンが脱退したのもなんとなくよくわかる。
やつが一番筋トレ嫌いそうだもんな。
---
東京ドームなので音はよくなかった。
ギターが2本重なるとグシャグシャな音の塊にしか聞こえない。
イントロとギターソロだけが、意識的に操作されているのだろう、
多少クリアに聞こえないでもなかった。
一昨年レディオヘッドを横浜アリーナで見たときはものすごく音がきれいだった。
今回のストーンズも横浜アリーナで見たならば印象がかなり違ったかもしれない。
まあ彼等の音楽的ピークは決して今ではないし、
ストーンズがストーンズとして立っていてストーンズの曲をやってくれさえいたら
それで満足なので、音質は2の次なのだが。
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ジム・モリソンもジミ・ヘンドリックスもジャニス・ジョプリンも
ジョン・レノンもジョージ・ハリソンもマーク・ボランもみんな死んでしまった。
ジェリー・ガルシアもフランク・ザッパもフレディ・マーキュリーも
シド・ヴィシャスもジョー・ストラマーもイアン・カーティスも
ジョーイ・ラモーンもカート・コバーンもジェフ・バックリーも
みんなみんな死んでしまった。
逆に、デビッド・ボウイやイギー・ポップは生き残った。
ブライアン・ジョーンズは60年代末に死んでしまったものの
ミック・ジャガーとキース・リチャーズは生き残った。
キースなんてあれほど無茶したはずなのに生き残った。
ストーンズは今に至るまで生き続けている。
生き残って、60にもなって、スタジアムで轟音で鳴らすロック・ミュージック。
僕が東京ドームで見たストーンズは
楽しくてしょうがないからやってるって雰囲気がにじみ出ていた。
軽くって、何事からも自由で、だけど地に足がついていて、
酸いも甘いも知り尽くした力強さがあった。
「ストーンズは世界最高のロックバンドだ」というのをいろんなところで見かける。
一言ではその魅力を言い表せないけれども、僕もそう思っている。
[828] Rolling Stones Licks Japan Tour 2003 2003-03-17 (Mon)昨日はストーンズ来日公演。東京ドーム。
ストーンズを生で見ることができてもう思い残すことはない。
現役でやってる人たちで見たいと思ったものはこれで全部見たんじゃないかなあ。
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開場は5時から。部屋の中でいてもたってもいられなかった僕は
それよりも早めに水道橋に到着する。
ドームに向かう人、ダフ屋、競馬が終わったばかりでウインズから出て行く人で
駅周辺は大混雑。
時間があったのでブラブラするのだが、ドーム敷地内の本屋では
入り口近辺にストーンズ関連の本をこれでもかこれでもかと各種山積み。
いや、もうたくさんあって。ビル・ワイマンの例の回顧録の豪華本や
シンコーミュージック系のクロニクル、レコードコレクターズ系のガイドブック。
楽譜に写真集に海外のファンマガジン(ブライアン・ジョーンズに捧げるもの)。
グッズ販売の列に並んで、しばらく待たされて、プログラムを買う。
2500円。各国共通のもののようだ。ほとんど写真。
最後に日本語の広告のページがある。
英語で少しばかりメンバーへのインタビューが載っている。
これを見たら何がわかる、というものでもないので特にありがたみはない。
正に記念の品。
ベロマークのついたTシャツでかっこいいのがあったら
是非とも買おうと考えていたのだが、これといってデザインのいいものはなし。
キャップにパーカーに開襟シャツにありとあらゆるものがあったけど、どれもぱっとせず。
それでも多くのファンたちが先を争って買い求めていた。
次回のツアー(がもしあったら)に着てくるのだろう。
会場には前回のツアーで買ったと思しきベロマークだらけのコートを着ている人もいた。
テントにはクロムハーツの3万から5万もするペンダントやキーチェーンを
飾っている一角もあって、誰がこんなの買うんだ!?と驚く。
でもいるんだろうな。筋金入りのファンが。
40代50代になってもまだ現役で、懐に余裕のある大人のファンが。
5時になってゲートの前に並ぶのであるが、30分たっても開かず。
降り出した雨がどんどん強くなっていく。
メガホンを持った係員の説明によるとリハーサルが長引いているらしい。
その後中に入って6時30分の開演を待つのだが、これもやはり遅れる。
一緒に行った大学の先輩と「始まんないですねえ」と言い合う。
客席はほぼ満員。アリーナと1階・2階の内野席、びっちりとストーンズファン。
若い人はどちらかと言えば少なくて、20代後半から30代前半ぐらいの人たちが多そうだった。
40代・50代のおじさん・おばさんも多かった。
ドームの内外で赤く点滅するバッチを売っていて、かなり大勢の人たちが買って服に付けていた。
客席が暗くなるとその無数の赤い点々が目立ち出す。
僕と先輩が手に入れた席は2階の1類側のかなり端の方で
ステージの上の人間が豆粒ぐらいの大きさ。
それでもこの前武道館で奥田民生を見たときのように真横ではなかったためまだましだった。
斜めではあるが、全体が見える。
ステージより後方なんじゃないかってぐらいに真横な席の人たちもいて、
その人たちはステージ上に吊り下げられたスクリーンも見ることができなさそうだった。
ミックとキースと同じ空気が吸えるだけで嬉しいって席なのかもしれない。
だいぶ待たされたあげく、ようやく始まる。
前座はなし。ストーンズといったらその都度前座に旬なバンドを見つけてくると
モノの本に書いてあるので期待していたのだが、
ま、前座を見てて盛り上がることってたいがいないわけだし、これでもいいかと思う。
U2 を同じくドームで見たときは Big Audio Dynamite が出てきてあれは悲惨だった。
元 The Clash のミック・ジョーンズ率いるバンド、なんてアナウンスもなく
会場全体がしれーっと何これ?って雰囲気だった。
会場にはオーソドックスなブルースが流れてて、
1曲終わるごとにワーッと拍手が鳴ってストーンズ登場を期待、
だけどまたブルースが流れ出して盛り下がる、そんなことを延々と繰り返した挙句
遂にメンバーがスタジアムに現われる。客席の明かりが消え、
豆粒大の人間たちがステージの所定の位置に立つ。
ロンが左側、キースが右側、その間でマイクを持ってるのはミックのはず。
ドラムのセットにちまっと座っているのはチャーリーか。
1曲名に彼等が持ってきたのは「Brown Sugar」
ちょっと意外な選曲。
僕は「Start Me Up」だと思っていて、
先日の武道館では「Jumpin' Jack Flash」
横浜アリーナでは「Street Fighting Man」と聞いていたからだ。
なんにせよ客席はストーンズが出てきただけで大盛り上がり。お祭騒ぎ。
2階席の僕等も立ち上がってリズムに合わせて手拍子。
2曲目「Start Me Up」3曲目「It's Only Rock'n'Roll(But I Like It)」
ヒット曲怒涛の応酬。
3曲目からはステージの上にスクリーンが現われてメンバー4人の姿を映し出す。
ロンは飄々としててキースはごつい指輪をはめていて
チャーリーが揺ぎ無いスティック捌きを淡々と披露して、
ミックは体全体をクネクネとさせて唇を突き出して。
ああ、これぞストーンズ。
4曲目は去年出たベストに入っていた新曲「Don't Stop」
ミックがギターを抱えてところどころコードを弾く。
ロンのギターのネックには超小型のビデオカメラが据え付けられていて、
その映像がスクリーンに。不思議なアングル。よくこんなこと思いつくなあと感心する。
その後曲ごとにアニメだったりベロマーク絡みの映像が出てきたものの、
基本的にはステージ上のメンバーたちの動きを
様々なエフェクトを使い分けて滑らかに追っていった。
5曲目は全然わからず。60年代の曲なのか新曲なのかすらわからない。
6曲目は名バラード「悲しみのアンジー」
この曲が一番好きという人も多いんだろうな。
7曲目は「Let It Breed」から地味なところで「Mokey Man」
8曲目。これも不明。聞いたことあるんだけど名前を思い出せない・・・。
何かの曲とメドレーっぽい。
で、9曲目にして「ダイスを転がせ」
ストーンズがストーンズらしさをフルに出し切った名曲。
ここで前半が終わったようでメンバー紹介。
サポートのメンバーはコーラスとホーンとキーボード、ビル・ワイマンの替わりのベース。
サックスにボビー・キーズと紹介されたところでこの人だけ盛大な拍手。
確か70年代の作品で吹いていてツアーにも参加していた人。
ミックは最後にキースの名前を呼び、ここから恒例、キースのパート。
キースが歌う「All About You」系のしっとりした曲があって、続けて「Happy」
僕はミックとキースとだったら断然ミック派だったんだけど
今日はキースのかっこよさに開眼したような思いだった。
ギターのワンフレーズ弾き出すごとに、そしてそれが終わるごとに
垣間見せる立ち振る舞いのかっこよさ。渋すぎ。
12曲目。「悪魔を憐れむ歌」
ステージ全体の照明が真っ赤になって、不穏な雰囲気を掻き立てる。
僕も先輩もこの曲を何よりも聞きたいと言っていたのでおおやっと出てきたと大満足。
先輩が以前やってて僕がちょっとだけ参加したバンドでも
この曲をものにしようと頑張ってみたことがある。
でもこれ難しいよな、素人には。
ストーンズにしか出せない。
ここから先の3曲はステージから伸びた花道を行った先にある
アリーナ真ん中の小さなステージにて演奏。
ストーンズの姿がぐっと近付いたんだけど不幸なことに
僕等の目の前には照明のやぐらが立っていて肝心な場所が何も見えない。ものすごく残念。
パンクのようなパワーポップのような曲があって、
もろブルースの曲があって、「You Got Me Rocking」という内容。
花道を行く間ミックやキースは花束を受け取ったり伸ばされた手に握手したりで、
ああ僕もなんとかしてアリーナ席が取れないか頑張ってみればよかったと思った。
ステージに戻ってここから先は60年代後半の名曲を連打。
「Gimme Shelter」「Honkey Tonk Women」「Street Fighting Man」
そしてアンコールでやるかと思われていた
「(I Can't Get No)Satisfaction」で大団円。
あっけなく終わってしまう。
アンコールには何が残っているだろう?
あれか?と思っていたその「Jumpin' Jack Flash」が披露され、
どうもアンコールはこの1曲でおしまい。
エンディングではステージ上を華々しく花火が鳴り響いてフィナーレ。
メンバー全員がステージ中央に集まって肩を組んでぺこっと頭を下げて去っていった。
---
この日のセットリストを探しているうちに、以下のサイトに
全ての公演のリストが載っていることを発見。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/keithrichards/
16日は以下のようになっていた。
1.BROWN SUGAR
2.START ME UP
3.IT'S ONLY R&R
4.DON'T STOP
5.ALL DOWN THE LINE
6.ANGIE
7.MONKEY MAN
8.MIDNIGHT RAMBLER
9.TUMBLING DICE
10.SLIPPING AWAY
11.HAPPY
12.SYMPATHY FOR THE DEVIL
13.WHEN THE WHIP COMES DOWN (B)
14.MANNISH BOY (B)
15.YOU GOT ME ROCKING (B)
16.GIMME SHELTER
17.HONKY TONK WOMEN
18.STREET FIGHTING MAN
19.SATISFACTION
20.JAMPIN' JACK FLASH (ENCORE)
ちなみに、前日15日は
1.BROWN SUGAR
2.START ME UP
3.YOU GOT ME ROCKING
4.DON'T STOP
5.ROCKS OFF
6.YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT
7.BITCH
8.CAN'T YOU HEAR ME KNOCKING
9.TUMBLING DICE
10.SLIPPING AWAY
11.BEFORE THEY MAKE ME RUN
12.SYMPATHY FRO THE DEVIL
13.IT'S ONLY R&R (B)
14.LITTLE RED ROOSTER (B)
15.MIDNIGHT RAMBLER (B)
16.GIMME SHELTER
17.HONKY TONK WOMEN
18.STREET FIGHTING MAN
19.SATISFACTION
20.JAMPIN' JACK FLASH (ENCORE)
うわー。こっちだと僕の聞きたかった
「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」「BITCH」をやってた!!
しまった15日にすればよかった。
でも16日だと「悲しみのアンジー」を聞けたしなあ。
両方見に行けばいいってことか。
[827] 海の向こうで戦争が始まる 2003-03-16 (Sun)ブッシュがイラクを攻撃する。
それがいつかは諸説入り乱れているが、
僕が聞いた話では20日ということになりそうだった。
「海の向こうで戦争が始まる」
そんなタイトルの小説を書いたのは村上龍だったか。
自分が何をしたわけでもないのに
ただその国に生まれたというだけで意味もなく殺される子供たちがいる。
何も分からないまま、一瞬にして命を落とす。
そういう状況を知っていて、じゃあ僕が何をするかと言えば特に何も。
「この世界にはかわいそうな子供たちもいる」という
ひどくぼんやりした認識をふと思い出してみるだけ。
日本にしてみれば、海の向こう。
瑣末なことではたくさんの不満を抱えながらも
ぬくぬくと何不自由なく暮らして行く中で
戦争という行為にリアリティーはない。
あったとしても、あくまでバーチャルなリアリティー。
銃器がどこでも手に入ればいいってもんでもないし、
世界の多くの国のように徴兵制をしけばいいってもんでもない。
地雷の撤去に参加すればいいってもんでもないし、
太平洋戦争に関する歴史認識の論議に首を突っ込めばいいってもんでもない。
このまま分からないほうがいいのか、
それとも何かしら体験して体で覚えたほうがいいのか。
どちらが平和という感覚に馴染み深くなるのか。
---
「9月11日」のように僕は後になっていくつかのニュースを拾い見るだけ。
目の前の仕事にキリキリとして余裕がなくなって。
半径1mのことにしか興味が持てなくなる、それにすら興味を持てなくなる。
何もかもがリアリティーを失う。
僕は僕は放り投げようとする。
そんなとき、何ができるのか。
海の向こうで戦争が始まる。
たくさんの人たちが死ぬ。
爆撃機がミサイルを落とす。
世界中の人たちがそれを見てる。
僕が忘れてしまっていても、この世界はしっかりと動いている。
[826] 兵隊はまだ立っているのだろうか 2003-03-15 (Sat)夜。信号待ち。家の近くの小学校の前。
向かいに男が1人立っていて、青になって僕が歩きだしてもそいつは直立不動のまま。
煙草吸ってるわけでもなくまるで見張りのよう。
角を曲がるともう1人立っている。
コートを着た学生っぽいのが手持ちぶさたな感じで僕と目が合う。
その建物の1階がとある有名な新興宗教の「聖務統括本部」であることを僕は思い出す。
もう2年近く中に人の気配はなかったのに今日は明かりがついている。
立ち退いたのではなかったのだな。
ガラス張りのドアにはその教団名がプリントされたまま。
ちらっと中を見るんだけどブラインドで遮られて何も分からず。
2年ぶりに施設を再利用し始めるのか、それとも遂に引っ越しか。
それにしてもこの教団の名前を最近聞かない。
新興宗教自体が話題として目新しいものではなくなったからか。
それでもベストセラーリストを見ると
今でもここの教祖の書いたものが頻繁に上位を占めている。
「鳴りを潜める」という言葉を思い浮かべる。
地下では、何が起こっているのか?
信徒の数は着々と増えているのかもしれない。
兵隊はまだ立っているのだろうか。
誰かが何かを運びだす、誰かが何かを探してる。
真夜中の教団。住宅地の真ん中で。
僕は今でかい音でストーンズを聴いている。
ミック・ジャガーの歌う「ブラウン・シュガー」
僕の生活は彼らの生活とは何の関係もない。
僕はただそこを通り過ぎ、彼らの1人と目が合った。
一晩中かかって、彼らが見つけるものは何なのだろうか?
どんな真理がそこにはあるのだろうか?
僕は彼らがそこに爆弾を仕掛け、辺り一面を吹き飛ばすことを想像する。
[825] 日曜日。今日は娘を連れて公園に行った。 2003-03-14 (Fri)日曜日。今日は娘を連れて公園に行った。
昨日100円ショップで見つけたバドミントンセットを脇に抱え、
朝起きて作ったサンドイッチを紙袋に入れて。
都内でも有数の広さを誇るこの公園では僕のような親子連れがほとんどだ。
物心ついてからもう幾度となくここには来ているので、
娘にとっては自分の庭のようなものだ。
入り口の門をくぐるとさっそく走り出す。
あるところまで行くと立ち止まり、振り返って僕の方を見上げる。
僕は娘に向かって手を振り、駆け出す真似をする。
芝生の上に手頃なスペースを見つけると僕はビニールシートを広げた。
バドミントンのラケットを取り出し、娘に握らせた。
その小さな手のひらにとってはラケットは余りにも大きい。
失敗だったかなと思わないでもなかったが、
とりあえず僕は僕のラケットで羽根を打った。
上から振り下ろすのではなく、下からそっと掬い上げるように。
5回に1回はラケットに羽根が当たる。
だけど僕の方まで届くことはない。
キャッキャキャッキャと嬉しそうではあるが、
自分のしていることがなんなのかわかってはいないようだ。
芝生には同じようにバドミントンをしている人たちがいて、
僕は娘の側でかがみこみ、「ほら、あの人たちをよく見てごらん」と言った。
娘はまっすぐ前の方を眺めていたが、
しばらくすると足元の草むらに興味が移ってしまった。
「やめる?」と聞くと「ウウン」と答えるので、
もう1度バドミントンごっこを始めた。
娘は懸命になってラケットをちょこまか振り回した。
やがて疲れた僕はビニールシートに腰を下ろした。
近くの自動販売機から烏龍茶のペットボトルを買って、
紙コップに注いで娘に渡した。僕は僕の分を注いで飲んだ。
空はこれ以上ないってくらいに晴れていた。
寝転んで空を見上げた。いつのまにか眠り込んでいた。
娘が僕の耳を引っ張る。
食事の時間だ。サンドイッチの入ったプラスチックの容器を紙袋から出して
娘に1つ取らせた。ハムとレタスのサンドイッチ。
もう1つはタマゴ。僕が作れるのは2種類だけ。
サンドイッチを食べながら僕は辺りにどんな人たちがいるか眺める。
いつものことながら僕は無意識のうちに、母親と娘ないしは息子という組み合わせを探している。
僕のような境遇の人はいないものか、いたらどうするのか、
どうせ話し掛けたりはしないんだけど、それでもついつい探してしまう。
時計を持ってきていない僕は時間がわからなかった。
昼の2時ぐらいにはなってるかと思った。
娘に「帰る?」と聞いたら「カエル」と言った。
僕はビニールシートをたたんで、バドミントンのセットをビニールの袋の中にしまった。
ゆっくりと芝生を横切りながら
「また今度バドミントンやりたい?」と尋ねると娘は「ウン」と答える。
僕は娘の手をつないだ。
ギュッとつないだら「イタイ」と言われた。
1度手を離し、今度はそっと、
その小さな、壊れそうな指先を僕の手のひらで包み込んだ。
突然、娘は視界の先に何かを見つけ、僕の手を振り切って駆け出す。
僕はそのままゆっくりと歩き続ける。
あるところまで行くと娘は立ち止まり、振り返って僕の方を見上げる。
僕は娘に向かって手を振ってみせる。そして娘の指差す先に目を向ける。
[824] ストーンズ来日を前に 2003-03-13 (Thu)風邪は治らず花粉症もあり。仕事はとにかく忙しい。いいことなんてなにもない。
そんな3月に唯一プライベートで入れている予定が16日のストーンズ来日公演。
これだけが楽しみ。指折り数えて待っている。
メンバーの年齢のことを考えるとストーンズがストーンズとして日本に来るのは
恐らくこれが最後だろう。チケットが取れてよかった。
席はドーム2階の右端、ステージが全然見れなくても
ミックが奇声を発してキースがヨタヨタしてるのが
ちらっとでも肉眼で確認できればそれでよし。
ブッシュがイラクを爆撃するのが今週末だの来週末だの言ってて、
どうしよう戦争が始まって来れなくなったら。
なんて不安に思っていたのだが、既に彼らは日本に来ているらしい。
10日は武道館で追加公演だったようだ。
調べてみると1曲目は「Jumpin' Jack Flash」で
締めくくりは「(I Can't Get No) Satisfaction」とのことで
もうこれだけでいてもたってもいられなくなる。
今こう書いている間にも頭の中はストーンズのことでいっぱい。
「90年代の曲が多かったらやだなあ」
「Sympathy for the Devil やらないかなあ」
「Forty Licks のツアーだから60年代の曲もたくさんやってくれるはずだよなあ」
「当日はベロマークのTシャツを買わなきゃ」
などなど。
60年代前半の地味な曲を演られてもいいように
今からしっかりと予習をしておかなければ。
[823] 滋養強壮剤 2003-03-12 (Wed)今から徹夜で本番リリース作業。というかその真っ最中。
この前リリース作業だった時は営業の先輩が
差し入れと称しておにぎりだのプリングルスだのいろいろ食べ物買ってきてくれた。
その中にあったのが「リゲイン」
一緒に作業する後輩の分と僕の分とで2本ある。
うわー気が利いてるんだか余計なお世話なんだか。
ドリンク剤ってあたりが妙に営業っぽい。(そう思うのは僕だけ?)
どうしようかなあと思っているところへ、後輩は平然とした面持ちで
黄色いビンをつかんでキャップをぐいっと外し、ゴクゴクと飲み干した。
僕はキョトンとした目で後輩を見る。
「飲み慣れてるね」
「僕、いつも飲んでますよ。会議の前とか」
それまでの僕はドリンク剤ってものを飲んだことが無かった。
一度たりとて無かった。
どんなに疲れていてもお世話になろうと思ったことが無い。
・・・と力強く言い切るのだが、なぜそうだったのかと言えば特に理由も無い。
機会がなかったといえばそれまでだし、飲んでもうまそうじゃなかったから。
それになんとなくそういうのが効く体質じゃないとも思っていたから。
(効果のほどに疑問あり)
そもそも「飲みなよ」と差し出されること自体がなかったわけで。
そんなわけで僕はリポビタンDはおろかオロナミンCすら飲んだことが無かった。
その後どうしようかなあと悩み続ける。
夜も深まり、実際の作業が始まって、ものはためしと手にとってみた。
一口飲んで「うえっ何これ!?」と思う。
どろっとしたまったりした質感。
子供のころ熱を出して飲まされたシロップを大人向けにしたような味。
みんなこんなものを飲んでいるのか!
あまり期待はしてなかったが、まあ予想通りのシロモノ。
その日の作業は途中眠くて眠くてイライラすることも無く、順調に終わる。
それがその日の体調なのかリゲインのおかげなのかはなんだかよくわからない。
効果あったんだろうなと思うことにする。
そんなわけで今日も作業の前にコンビニに行ってアリナミンVを買ってきた。
ついさっき飲んだ。
---
それにしてもアリナミンVのコマーシャルでは
朝起きてまずこれ飲んで会社行ってるようだけど(しかもロケットに乗って)
毎朝こういう栄養ドリンクを飲まなければやってけないというのは
なんだか終わってるなあと思わずにはいられない。
体ボロボロ。死ぬまで疲れが抜けないような雰囲気。
それにオヤジっぽい。
箱で買ってて冷蔵庫開けるとぎっしりとアンプルが詰まってるとか、そういうの。
なんであれ薬には頼らない体でいたいものだ。
・・・というか疲れきるまで仕事しちゃ(させられちゃ)いけないんだよ!
[822] あゆ 2003-03-11 (Tue)徹夜での本番リリースが控えているため、朝は10時まで寝てた。
仕事先には昼頃までには着けばいいかなと電車乗って渋谷で途中下車。
ぶらぶら歩く。溜まったストレスの解消のためとCDを買いに行く。
それにしてもなんで平日の昼間からこんなに若者たちがうじゃうじゃいるんだ?
学校は無いのか?さぼったのか?まったくもってうらやましい身分だ。
今日は浜崎あゆみのバラードベストアルバムの発売日だったようで
ちょっと歩くとすぐ店頭発売にぶつかった。
(と言うと大げさだけど、実際ツタヤとHMVとタワーだけなんだけど、
僕にはそんな感じがした)
売れるんだろうなあ。この僕も買う。
今すぐ必要ってことは無いが、次の給料で。
浜崎あゆみもピークを過ぎたような気がしないでもないが、
そこのところどうなんだろう。
まだまだ「若者たちに絶大な人気」なのだろうか。
他に替わる存在がまだ出ていないから暫定トップって感じ。
いつかのような絶対的な絶大なオーラっていうのは薄れてきているような。
時々、こいつ本当に人間なのか、ロボットなんじゃないかと思う時がある。
より正しくは「自動人形」
きれいな服を着せられた人形がトコトコとステージの上を歩いていって
ペコリとお辞儀をして歌いだす。音程を外さず。歌詞を間違えず。
歌い終わるとまたトコトコと歩いて去っていく。
そんなイメージ。
テレビに出た時の姿を何度か見ているし、
コンサートでは恐らくちっともおとなしくは無いのだろうけど、
なぜかそんなイメージを僕は持っている。
宇多田ヒカルも椎名林檎も何考えてるか分かりそうな気がするけど、
浜崎あゆみに関してはその時何を考えているのか分からない。読めそうにない。
心の奥底に何が潜んでいるものなのか、なんだか怖い。
若い女の子たちは僕とは感性が違うのか(そりゃもちろん違うが)、
何よりもその歌詞に共感するのだという。「共感」できている。
僕の中で浜崎あゆみは非常に不可解な存在で、
ゆえに新しいアルバムが出るとついつい買ってしまう。
何かが引っかかって仕方が無い。買わずにはいられなくなる。
そんなの僕だけ?
[821] 東京で味噌ラーメン 2003-03-10 (Mon)東京に来てもう10年以上になるが、
うまい味噌ラーメンというものを食ったことがない。
とんこつ系ではいくつか出会っているのに。
あるのかなあ。
どこかにうまい店はないものか。
味噌ラーメンブームが起きない限り出てこないかもしれない。
---
学生時代の友人が札幌に転勤になって
だったら何日か泊めてもらおうとみんなで押しかけたとき、
あまりのうまさに3日間連続で食べたラーメン屋があった。
何の変哲もない、住宅街の中のラーメン屋。
そもそも白味噌と赤味噌と選べるところに感動し、
そのスープは全部飲み干してもまだもっと飲みたいと思わせるような
コクとうまみがあった。
その一軒だけでもう十分。札幌はすごいところだなと感心した。
---
小さなころ、青森市のデパート(今は無きカネチョウ)の地下にあった
カウンターだけのごく平凡なラーメン屋の味噌ラーメンが
原体験として今でも僕の中で味の基準になっている。
炒めたキャベツとひき肉ともやしがたっぷり乗っかっているのがポイント。
東京ではラーメンを茹でて食べたりはしないが、
青森に帰ると必ず、懐かしくなって同じようなラーメンを作る。
(あるいは作ってもらう)
味噌ラーメンにひき肉が入っていないと僕は納得しない。
たくさん入っていれば入っているほどうれしい。
チャーシューや角煮がたくさん入っているのが
売りのラーメン屋はいくらでもあるのに、
どうしてひき肉たっぷりの味噌ラーメンを売りにしたところに
お目にかかることが無いのだろう。
仕方なく僕はいつも坦坦麺を食べることになる。
---
コーンが入ってバターが溶けて・・・。
青森で育った僕としてはラーメンといえば味噌。
どっかにないかなあ・・・。
[820] 自主映画を撮る時の社会的ルール 2003-03-09 (Sun)家から駅に向かう途中でパトカーを2回見かけた。
どっちとも練馬というか西武線というか
とにかく北の方に向かってゆっくりと走っていった。
のんびりとしたパトロールではなくて、何かあったんだろうな。
---
もうかれこれ5年か6年前のこと。
映画サークルの後輩が立川の住宅地で
ナイフを刺された男が血だまり(血糊)の中で死ぬというシーンを撮影したとき、
近所の人が実際の殺人事件と勘違いしてパトカーを呼んだことがある。
撮影が終わって彼らがいなくなったところへ警官たちが現れる。
現場検証だの何だのが始まって騒ぎ大きくなる。
その間彼らはビルディかどっかファミレスでのんびりとメシを食っている。
国分寺や小平にも連絡が行ったようで
自転車に乗った警官たちが集団で、
ピリピリした雰囲気でどこかへ向かっているのを
僕はたまたまその時見かけた。
怪しい人物が逃走していないか探してたのだと思う。
後から話を聞いて思わず笑ってしまった。
---
自主制作で映画を撮っていると非合法スレスレなことをすることがたまにある。
大学の中で撮影していて勝手に講堂の屋根に登ったりなんてのは日常茶飯事。
付近の家のホースと水道を使って怒られたこともあった。
大学の中ならまだいいんだけど、大半の撮影は大学の近くの路上。
僕の先輩はスクーター2人乗りで歩道を走って
しかも免許不携帯でいたところを見つかって
通りがかりのパトカーの後部座席に連れ込まれ
事情徴収を受け、説教をされ、もちろん点数を引かれた。
僕自身は警察沙汰になったことはないけど
駅のホームでいきなり撮影を始めて
JRの職員に注意されたことは何度もある。市営バスの中とか。
別な後輩が何度注意されても無視して撮影を続けていたら、
謝罪文(反省文?)を書かされることになった。
車内で窓の外の風景を撮る分にはいいみたいで、
だけど見知らぬ人を撮ったらNGになる。
どうも肖像権の問題のようだ。
---
自主映画をやってくってのはそれなりにパワーの必要とされる行為だから
多少の強引さがどうしても必要になってくる。
決められた範囲・ルールの中で収まっていこうとするか
それともはみ出ることを承知で自分の好きなようにやるか。
他人を巻き込んでいって渦を大きくしていくこと。
それができるかどうかが監督になれるかどうかの分かれ道なんだろうな。
[819] I : Iggy Pop & The Stooges 「Iggy Pop & The Stooges」 2003-03-08 (Sat)知り合いのバンドが出るというので小さなライブハウスに行くというとき、
時間があるとその他の出演バンドも見る。
前のバンドが終わって、次のバンドが始まるまでの間の「待ち」の状態になって、
流れ出した曲が Iggy Pop だったりするとそのバンドに
「なんだかすごそうだぞ」と期待してしまう。
(ああいうのってバンド側が「これかけてください」とするのか、それとも店側でかけてるのか)
これまでの僕の経験から言ってIggy Pop のかかってたバンドにハズレはなかった。
ああ、自分たちの資質や技量について「わかってるな」と感心することがほとんど。
Iggy Pop のような音楽では全然ないにせよ。
逆に「これがかかってたらやばい」というのがあるもので、
その代表格が The Velvet Underground となるのでは。
このバンドの功罪にはいろいろあって、
ロックバンドというものの方向性や様式美について一定の視点を与えたというのが
「功」だとしたら「罪」は、
「感受性やオリジナリティーが大事」というアティテュードが
自分たちはセンスがあると勘違いした下手くそなバンドを
世界中に星の数ほど増やしてしまったことだ。ここ30年ずっとそう。
彼らに存在意義を与えてしまった。
ベルベッツ・フォロワーとかベルベッツ・チルドレンと呼ばれるバンドたちの
そのまた学生サークル版みたいなのがその辺にうようよいる。
手本とするのは簡単なようでいて、
ベルベッツのような高みに到達できるようなバンドは2度と出てこないだろう。
---
Iggy Pop は The Stooges 名義の初期の3枚はどれも暴力姓剥き出しの名盤。
ガラスの破片の散らばるステージの上で転げ回ってた、
なんて姿がそのまま伝わってくるかのような。
定期的に再評価されている人ではあるが、
90年代で印象的だったのは大ヒットした「トレインスポッティング」で
Underworld なんかと並んで劇中で使用されていたこと。
この映画が紹介されるときによく流れる曲が Iggy Pop の「Lust For Life」
[818] 初めてのアルバイト 2003-03-07 (Fri)僕は「ROXY MUSIC」というイギリスの70年代のバンドが大好きで、
高校時代から今に至るまで飽きもせず聞き続けている。
一昨年の暮れぐらいにデジタルリマスタリングされて全アルバムが再発され、
「ああこの機会に全部買い換えようかなあ」と思いつつも
お金かかるなあとためらっているうちに1年以上が過ぎ、
気が付くと店頭から在庫がなくなり始めていた。
「よし、今度こそ買うぞ!」と貯金を下ろし、いくつかの店に買いに行く。
前から持っていたほうのCDは売り払うことになる。
ファーストアルバムを棚から取り出したとき、僕はふと、
「これって初めてアルバイトして得たお金で買ったんだよな」ということを思い出す。
記念の品というか思い出の品。
「あーこれどうしようかなあ」と悩む。
あなたが生まれて初めて他人の下で働くことによって得たお金で
手に入れたものは何ですか?
それをまだ手元に置いていますか?
---
僕のその初めてのアルバイトというのは高校2年の夏休み、
近所の「公文」でひたすら子供たちの答案を採点するというものだった。
中学の友人に譲ってもらった。
時給は500円。半日。週に2回か3回。
いくらになったかは覚えていないが、1万ぐらいにはなっただろうか。
高校はアルバイト禁止。
でもこっそり(青森でできたばかりの)マックでバイトしてる女の子がいたりした。
あの当時、アルバイトなんてする必要なかった。
放課後学校に残ってだらだらしているか家に帰って勉強しているかで、
お金を使うことなんてジュースを買うぐらいしかなかった。
あとはCDを買うかレンタルするか。
90年代初頭の青森にはそもそもお金を使う場所がなかった。
---
僕も小学校の時ソロバン教室に通っていたからわかるんだけど
「公文」の教室は子供たちが飛んだり跳ねたりわめいたりで
ガチャガチャとした状態だった。
品のいいおばさんが「先生」で、「静かにしなさい」と口癖のように言っていた。
僕は99の表・2の段のプリントに鉛筆で殴り書きされた数字に丸をつけていく。
書き取りだったり、分数の割り算だったり
次から次にいろんなプリントが目の前にたまっていく。
僕は機械のように赤ペンを走らせていく。
---
そういえば僕は高校2年の夏って何をしてたんだろう?
17歳。
全然思い出せない。
夏休みの宿題でもやってたのだろうか。
[817] Nude Republica 2003-03-06 (Thu)青空と緑色の草原
そしてその横には黄色い砂漠
僕は今夜 簡単な地図を描く
新しい時代が幕をあける
全ての過去の人間たちよ
もう手遅れだ
六日目の小羊たち
狼が白い柵の中で広大な牧場をつくる
イヴは一人 目の前の海を目指す
新しい時代が幕をあけた
全ての未来の人間たちよ
もう止められない
白いベランダから海が見える
大勢の貴婦人たちがそこを目指す
南の方角から吹きつけてくる風
今日はそれがほんの少しだけ強いような気がした
新しい時代が幕をあける
全ての現在の人間たちよ
その時が来たんだ
(1991 / 2003)
[816] Mrashal 2003-03-05 (Wed)僕は洗濯女を雇うことにした
週に二度来てもらうことになっている
下着の類を全自動の洗濯機に放り込む
僕にだってできることだけど
それをプロとしてるからには何かあるに違いない
そう思ったんだ だから
雑誌の裏のその広告を見て
すぐに僕は電話をかけた
年上の人で
いつも地味な格好でやって来る
機械がその仕事を終えるまで
難しそうな本を読んでいる
邪魔しちゃ悪いから 僕は声を掛けない
ただ コーヒーを沸かして
時々 紅茶にして
彼女が差し出す紙切れにサインをする
その後で僕は
彼女が濡れた服を取り出すのを
眺めることになる
慣れた手つきで次々に干していく
窓を開けて
身をよじらして 背伸びして
何か他にすることもない時には
そんな光景を見つめている
(1997 / 2000)
[815] Petticoat 2003-03-04 (Tue)朝、目が覚めるとシャワーが流れたままになっていた
一晩中僕は、雨が降ってるのだと思っていた
朝、目を覚まして
いやらしい言葉を使って
君のこと考えてみようとする
君が聞きたくもないような言葉
耳を塞ぎ、叫びだすような
そうでもしないことには
君のこと考えることができない
隣の部屋に住む女は隠れて犬を飼っている
真夜中のエレベーター
紙袋からこぼれ落ちたドッグフードを拾ってやったことがある
彼女は今この瞬間にも缶切りを探していて
服を着替える合間に肌を露出させながら
冷たい床に腰を下ろして右手に力を加えて
回転させる
銀色の缶切り
例えば僕はそんなことを考える
唇についたハミガキを舌の先でぬぐって
きれいになった奥歯を大きな鏡に映し出して
それは青と黄色の中間だけど
緑色じゃない
朝、目が覚めるとシャワーが流れたままになっていた
一晩中僕は、君のことを考えていた
(1997 / 2000 / 2003)
[814] Snow Goose 2003-03-03 (Mon)ある平日の午後僕は広場へと出かけた
空は晴れていて穏やかな風が吹いていた
人々は既に集まっていた
それぞれの方向を向きながら立ち止まっていた
子供たちが走り回って いつか一つになり
円になって踊り始める
人々は飽きもせずそれを眺めていた
僕もぼんやりと眺めていた
やがて夜になって家路についた
シャワーを浴びて眠ろうとした
外ではまだ行進が続いていた
その歌声はいつまでも途切れなかった
(1996 / 2003)
[813] Associate 2003-03-02 (Sun)「海に行ったんだよ
さびれた海ってやつ?
そう、それが必要だってことがわかって 突然
二台に別れて朝早く出たんだけど
俺の乗った方 みんなくたびれてて
実際俺もそうで 前の夜遅かったから
そんで 同じテープが何度も繰り返されてて
替えろよそろそろ、別なのに
そう言いたかったんだけど
なんだか言いだしにくくてさあ 雰囲気的に
着いてからも その日の撮影は
そんな感じのまま 日が暮れて夜になって
あっ その前に
着いてさ、俺カメラ出して撮ろうとしたら
俺以外のみんな もう泳いでんの
信じられる?
仕方ないから泳ぐとこから先に撮って
後から服着てるとこ撮って
いや、だからさ それだけのこと
帰りは車の中 静かになって
途中でファミレスに寄って
何か食べて
ただ、そんな感じで
あるだろ? そういうの
映画、完成したけど そんなことだけ覚えてる」
(1997)
[812] 久々のプログラミング 2003-03-01 (Sat)年度末を迎えて、例によって忙しい。
3月の終わりにカットオーバする案件をどうにかこうにか終わらせる
(というか辻褄を合わせる)ためにプロジェクトは今、かなり佳境。
猫の手も借りたい状態なのに、他にできそうな人間も調達できず
岡村リーダー自ら地にまみれてコーディング&デバッグ。
(↑こんなことしてないで上に投げるか下に任せるのが正解だと分かってるのに
それでも「自分でなんとかしなきゃ」とついつい引き受けてしまう
僕の習性がそもそも良くないというのは一先ず置いておく)
そんなわけで久々の本格的なプログラミング。
先週はドップリ浸かってたら1週間があっという間だった。
土曜の今日はもう誰にも邪魔されずじっくり腰を据えてやってやろうじゃないかと現場直行。
僕レベルの技術ではにっちもさっちもいかなくなったらどうしようと
朝のうち不安ではあったが、夜が更けてゆくに連れて目処がついてきた。
よっしゃよっしゃこれでなんとかなりそう「後は明日」ということにする。
しんどいことはしんどいのだがナニゲに楽しかったりする。
(・・・なんてポジティブな気持ちを持つことにする)
バグがいくつもいくつもあって積み上げた山を見てどんよりしてたんだけど
その原因を1つ1つはっきりと掴まえることができてその都度急に視界が開ける。
おお!と気持ちが盛り上がる。「突破した!」という感覚。
でもこれが1年中だったらやっぱつらいよな。
ピンポイントでやってるから、たまたま今気持ちが新鮮なだけ。
プログラミングは趣味でやってる分には楽しいだろうけど
期日とか品質が決まってるのなら絶対きつい仕事だ。
落ち込みやすい僕には向いてない。
これだけ頭使ったのは何ヶ月ぶりになるだろう。
普段使ってない筋肉を酷使するようなものなのでぐったりと疲れた。
選択ソートのアルゴリズムについて考え、JAVAのクラスについてインターネットで調べて。
1年目・2年目の若手に戻ったかのようだった。
[811] 風邪×花粉症 その後 2003-02-28 (Fri)どうにもおかしい。風邪が直らない。
咳も鼻水も依然として止まらない。
僕はいつも風邪を引くときっかり10日間はぐずついている。
僕は自分の体のことは知ってるつもりでいた。
なのに、そろそろ10日目で治まってきてもいいはずなのに、
火曜からずっと症状が平行線。
ぼんやりとした微熱が続いている。
くだらない、退屈な微熱。
鼻水が止まらないのは花粉症のせいなのかと考えるのだが、なんだかよくわからない。
水っぱなのようでもあるが、どちらかといえば風邪特有のキミドリ色のどろっとしたやつ。
ここ2・3日は花粉症の薬だけを飲んでいるのに
花粉症としての鼻水が出ているのならば、困ったことになる。
「薬が効かなくなった」ということ。
これから先の1ヶ月、僕はどうしたらいいのだろう。途方に暮れる。
僕の周りでは昨日からチラホラと症状が出てきた人がいて、マスクをしだしたりしている。
僕も昨日からマスクを買って四六時中かけてみたのだが、状況は何も変わらず。
マスクを外して洟をかんでの繰り返し。
なんだかよくわからん。
---
仕事で付き合いのある人たちと昨日世間話をしていたときに
「岡村さん花粉症でしょう」と言われた。
洟をかみすぎて真っ赤。それだけでなく皮膚が白くすれてしまっている。
「レーザーで焼くといいですよ」とアドバイスを受ける。
2人いて2人ともその経験者。
「簡単ですよ」「その後ずっと症状が出てないですね」などなどいいことばかり聞かされる。
手術と言っても1回3000円。
「え!?そんな安いんですか?」
月に1回少しずつ焼いていって4回が標準らしい。それでも1万ちょい。
そのシーズンに入ってしまったらもうダメなそうなので
オフシーズンになったら受けにいくといいようだ。
今日になってインターネットでレーザー治療の耳鼻科を検索してみた。
アレルギーで麻痺してしまった、肥大した皮膚を取り除くようなものらしい。
5月か6月になったら診療を受けに行こうと心に決める。
その時の自分が「喉元過ぎれば」ってやつでめんどくさがらなければいいのだが。
---
「香港B型」のように毎年流行するものが違ってたりしないか?
どうして薬が効かないのだろう。
杉の花粉は年々進化してるんじゃないか?
蝿の進化の急激さというのは相当なものであって、
何世代かするとその殺虫剤への耐性が生まれるらしい。
そういうやつ。
「自然界からの人間への復讐である」というのはあながち間違ってないのではないか。
今では日本で2000万人もの人たちが花粉症に悩まされているという。
---
部屋のゴミ箱に溢れかえった丸めた白いティッシュ。
見てるとものすごく情けない気持ちになってくる。
[810] この夢から抜け出せなくなってこれでもう1週間になる 2003-02-27 (Thu)この夢から抜け出せなくなってこれでもう1週間になる。
僕はいつのまにか眠りに就き、同じ場所で目を覚ます。
ここは何かもが歪んでいる。
音もなく色彩もなくただただ平坦な風景だけが広がっている。
人々は現れては消えていく。
様々な言葉を僕に投げ掛ける。声もなく伝わってくる。
僕は彼ら/彼女たちの言おうとしていることが理解できる。
言われる前からわかっている。
なのに音の塊としてそれが何であるのかがわからない。
紙に書き写そうとするとそれは奇怪な絵文字になってしまう。
僕の右手は僕の意志とは無関係に動き、僕には関係のない新しい言語を操る。
彼らの与えてくる「もの」も僕には意味が分からない。
「言葉」と同様、僕はそれが何なのか直感的に知っている。
何のためにそこに現れたのかも知っている。
なのに僕はそれを実際に与えられて途方に暮れてしまう。
しばらくもてあそんだ後に放り投げる。
いや、僕はそれを触ったりはしない。
僕の近くのどこかにそれがあって、僕はその形について思いを巡らす。
僕は常に街を歩いている。
電車に乗る。地下鉄に乗る。もしかしたら飛行機にも乗るかもしれない。
僕はどこかに向かっている。
だけどそれがどこから始まったのか分からないし、どこに向かおうとしているのかも分からない。
気付いたらそういうことになっている。
この夢を見始めてから、恐らく見終わるまで、僕のこういう状況は何も変わらないのだろう。
あるときはデパートの中を歩き、何かを買うことがある。
僕は財布を持っていてそれを買うことができる。
僕には欲しいものがある。
それが何なのかは分からないが、僕は漠然とした欲望を抱いている。
欲望。そうだ、そういうものだ。
それが僕の外側にあって僕を導いている。
僕は僕の内側に何も抱えていない。空っぽ。
目の前を通りすぎていく光景を受け入れるだけ。
何の感情もない。人形のようなものだ。
考えることすらない。
時間は変幻自在の、それでいて均質なスピードでもって自動的に過ぎていく。
僕はここが夢の中であることが分かっている。
そしてそれが決して覚めない夢であることが分かっている。
僕は僕の内側に入り込んでそしてそこから抜け出せなくなった。
かつての僕の頭の中なのか、心の中なのか。
僕の目の前に現れるものは僕のこれまでの記憶の中から生み出されたものなのか。
もしかしたら僕は1週間前に死んでしまったのかもしれない。
[809] H : The House of Love 「A Spy in the House of Love」 2003-02-26 (Wed)アナイス・ニンという20世紀前半の女流作家の作品に
「愛の家のスパイ」(A Spy in the House of Love)というのがある。
「いいタイトルだなあ」と学生時代、手に入らないか探してみたのだが
日本語訳は最近出回っていないようだ。
何年か前に全集が出たけどその中には入っていなかった。
版権の都合のようなものか。
海外の作家の小説を読んでいたとき、
そのタイトルが言及されていたのに2回か3回出会ったことがある。
有名な作品であり、作家好みなところがあるのだろう。
読んでみたいと思いつつ読んだことがない。
どういう物語なのかさえ知らない。
「愛の家のスパイ」と聞いてあなたは何を思い浮かべますか?
僕は愛欲ドロドロの不倫・3角関係ものなんだけど都会的、というのをイメージします。
恐らく主人公は類い稀な美貌を持ち、2人の魅力的な男性を手玉にとっている。
とはいえ露骨でえげつない雰囲気はかけらほどもなく、
上品で知的な、ガラス細工のような小説なのではないか。
僕はそう思っている。勝手に。
---
The House of Love はイギリスの80年代後半の、ニューウェーブの末裔的バンド。
シンプルなギターロック。
(The Smith を「シンプルなギターロック」と言えるのなら同様に、シンプル)
ささくれだってるけど、繊細。
基本的にモノトーンなんだけど、灰色のグラデュエーションが色鮮やかな印象を残す。
何もないがらんとした薄暗い部屋にどこからか差し込む一筋の穏やかな光。
アルバムのタイトルを「A Spy in the House of Love」とする辺り、自覚的。
文学性というものを持ちあわせているように僕には感じられる。
---
中心人物ガイ・チャドウィックの名前を最近見かけないが、どこでどうしてるものやら。
[808] 風邪×花粉症 2003-02-25 (Tue)花粉症本格化のこの時期、ずっしりとした手応えのある風邪を引く。
「パブロンと一緒に飲んじゃいけないかなあ」なんて考えて
しばらく花粉症のアレルギー薬を飲まないでいたら
効き目が切れてしまったのか、日曜の午後から水っぱなが止まらなくなる。
夜も鼻がつまって目が覚める。
こりゃかなわんと今度は花粉症の薬を飲んでパブロンを止めたら
月曜は風邪の方がひどくなってフラフラしたまんま一日を過ごした。最悪。
仕事を早々に切り上げて帰ってきて「もーどーだっていーじゃーん」と両方一遍に飲む。
月曜は午後ずっと研修があって
好きなように立ち上がりどこそこへ洟をかみに行くこともできず
ちょっと出てきてはティッシュで拭って
「あー思いっきりズズズッと洟かみてえ」とそればかり考える。
ぼけっと話を聞いているとふと瞬間に左の鼻穴から水っぱながツーと一滴。
それを目の前に座っていた同期か1コ上か1コ下の女の子にしっかりと目撃される。
左手の薬指に指輪のあるその子は、結婚していると何事にも動じないのか微動だにしない。
僕は何食わぬ顔をしてティッシュを取りだす。
それにしてもどういうふうに洟をかんだら大人っぽい仕草と思われるのか。
というような話を後で後輩にしていたら
「あれ、岡村さん注射打ってこなかったんですか?」と驚かれる。
何、注射って?
「前、花粉症直すのに注射打つといいって言ってたじゃないですか」
「ああ、でも俺病院行ったときは錠剤もらって終わりだった」
「耳鼻科ですか?」
「耳鼻科。・・・え?オマエ注射打ってもらったの?」
「内科に行ったら打ってもらえましたよ」
「どう、それで?」
「鼻水出ません」
何、それ。
なぜゆえに診察を受ける科によって処方が違うのか!?
鼻水が出るって言うなら真っ先に思い浮かぶのは耳鼻科だろうが。
日本の医療制度はいったいどうなっているんだ?
知らなかったのは僕だけ?
[807] Pop Music 2003-02-24 (Mon) 人気のない海岸
壊れかけの貝殻を拾う
側にいた女の子に声をかけて
2人で耳元に押し当てる
聞こえてきたのはポップミュージック
誰かの乗ってた白い乗用車から
凍えそうな灰色の空へと向かうポップミュージック
彼女、小さな声で口ずさんでる
「毛糸の帽子が似合ってるね」
僕、そんなことを思う
人気のない海岸
壊れかけの貝殻を拾う
側にいた女の子に声をかけて
2人で耳元に押し当てる
聞こえてきたのはポップミュージック
誰かの持ってた青いラジカセから
凍えそうな灰色の空へと向かうポップミュージック
(1994 / 2003)
[806] パルジファル 2003-02-23 (Sun) 電車が来る、と彼は言った
「さよなら」
夕暮れの町 消えていった
レールの上、オレンジの光
商店街ではそれぞれの店に国旗が飾られている
少年たちがシャッターを叩く
「煙草を一本くれないか」
側に立っていた男がそんなことを言う
火をつける 燃えさかる
青空に届きそうになる
僕はゆっくりと手を伸ばす
さよなら
[805] ニュージーランド確定 2003-02-22 (Sat)また風邪を引く。最近月1ペース。
体力の衰えがこんなところに響いている。
12月は嘔吐と下痢。1月は悪寒と熱。2月は喉と鼻水。
3ヶ月かけて1セット。
どうせなら1回で済ませてほしい。
---
気を取り直して、映画でも見るかと吉祥寺に出かける。
「戦場のピアニスト」
20分前に行ったのに満席。「えっ。そんな人気あるのか」と驚く。
地味そうなのになあ。ロマン・ポランスキーって日本では知名度高いとは思えない。
カンヌでパルムドール、アカデミー賞最有力の感動大作は客を呼べるということか。
---
吉祥寺のレコファンに行こうとレンガ館モールのエレベーターに乗って4階のボタンを押す。
ドアが開いて一歩踏み出すとすぐ目の前がシャッター。
マジで驚く。シャッターですよ、あなた。信じられますか。
2月×日をもって閉店しました、とある。地下1階に移ったそうなので行ってみると
6畳ほどの間取りに新譜と中古がチラホラ飾られているだけ。前の10分の1の大きさに。
どういうこと?
ジョニ・ミッチェルの1枚目の日本盤を2週間前に見つけて、
給料出たら買うかと思って来てみたらこんなことに。
既に廃盤のはず。他では見た覚えが無くて店頭在庫のみ。
店からなくなってたというのならまだしも、店ごとなくなっているというのはどういうことか。
無いとなるとなおさら欲しくなってその後新宿まで出掛けて探し回る。
案外すぐ見つかる。
---
夜、用があって母に電話をすると
「そうそう、そういえば」って感じでニュージーランドへ行かないかと言われる。
母の友だちの友だちがニュージーランドで日本でいうところの民宿のようなものを開いていて、
10月に何人かで訪れることになった。
母はこれまで海外に行ったことが無く、直接知っている人が周りにいないと心細い。
で、僕に付いてきてくれないかと。
交通費その他諸経費で約30万となるようだ。
「高いよ、それ」と言いたくなるのだが、参加するのは皆定年退職した人たちのようで、
だったらそんなもんかとも思う。ゆったりと行くんだろうな。
一緒に行ってくれるのならその代金は母が出してくれるという。
親の出す金で海外に旅行に行くというだけで親孝行になるのなら
世の中こんな楽なことはない。二つ返事で引き受ける。
これまでの経験から言ってうちの会社は上期の終わった10月は暇に過ごしてるはず。
旅行に出かけるのならものすごくいいタイミング。
というわけで今年の海外はニュージーランドに決定。
これまでツアーを1人で申し込んで単身乗り込むようなことばかりしてきたが
たまにはそうじゃないのもいいだろう。
今年はエジプトに行ってピラミッドとサハラ砂漠を見てくるつもりだったが、1年延期。
[804] 無言電話のブルース その後 2003-02-21 (Fri)会社支給携帯に意味不明な電話が10分おきのペースでかかってきて困っている
ということをこの前書いた。
庶務の人に相談したところ新しい携帯に変えてもらえることになった。
早くも契約が済んで今日から使えることになった。
経費削減のためただで配ってるやつにしたので
J-Phoneのいくつか型の古いものになるとのことだったが、
受け取ってみると新品で何がどう古いのかわからないくらい。
箱にはしっかりと「vodafone」のロゴも入っているのでここ半年以内のものか。
裏側にはレンズもついていて遂にこのワタクシも写メールデビューですよ。
すごい時代になったものだ。
何がすごいかって、携帯の進歩ではなくて
IT技術全般にうといこの俺様がこんな高機能なものを持っていいのかということ。
番号は080から始まるし、
俺にその気がなくても世の中は確実に変わっていくんだなあと実感。
メタリックシルバーのボディを持っているだけで若者になったような気分になる。
今回こそは着メロの変え方を覚えたいと思う。
[803] 「アカルイミライ」 2003-02-20 (Thu)会社を休んだ。
黒沢清の最新作「アカルイミライ」を見に行った。
パンフレットを読んでいたら黒沢清がかなりいいことを言っていた。
******************************
25年前の自分を必死で思い返してみる。
あの頃、私にはどんな未来があったのだろうか。何ひとつ頭に浮かばない。
当時、私の最大の関心事は私自身についてであって、未来のことなどまるで気にもならなかった。
世界が勝手にそれに向かって突き進んでいるらしい未来なるものと、
私自身との接点は何ひとつないように思え、
ただひたすら目の前のものごとに自分がどう反応するかだけが重要だった。
若者とはおおよそこういうものだろう。
それがいつしか、自分とはこの程度の者だというのがわかってくる。
すると、このままでいいのだろうかと不安になる。
いや、いいはずだと安心したくなる。
こうして急に未来が気になり出す。つまり大人になったのだ。
どうやら、未来とは大人たちの側に属するもののようだ。
にもかかわらず、若者を前にしてよく大人はこう言う。
「君たちには未来がある」と。
実は、これは悪意に満ちた危険な言葉だ。
君もそろそろ我々の仲間入りをしないか、という甘い誘惑の言葉でもある。
即ち、その裏には「レールは敷いた。ずっと先まで走れ」という意味がこめられていて、
明らかに「お前らの好き勝手にはさせない」という悪意が感じられるのである。
もちろん、大人から急にそう言われたからといって、多くの若者はキョトンとするばかりだろうが、
数年がたつにつれてその誘惑は抗いがたいものとなり、彼らもついにそのレールの上を走り出す。
こうして彼らも未来を意識をし始める。
この場合の未来とは、つまりレールの先はどうなっているのかということなのだが。
(中略)
未来とは、現在のすぐ先に黒々と横たわっている嵐のような時間のことだと思う。
嵐の中に見え隠れする何本かのレールは地獄に向かい、
何本かは吹き飛ばされて既に跡形もない。さあどうするか。
******************************
黒沢清はこれまで得体のしれないものを描こうとしてきた。
「怪物」が現実の世界に現れて、自分以外の人間はその怪物と折り合いをつけていっていくのに
自分にはそれができない。戸惑うだけ。1人取り残されていく。
他人とは分かりあえないものであるから、
この世界では1つの意見というものが共有された試しがない。
答えもない。そもそも答えは1つではないし、問い自体も1つではない。
ゆえに何がどうなっているのか誰もが常に混乱している。
だけど、どのように伝わるのかは不明だが、自分は相手に何かを言う、
相手は自分に何かを言う、こういうプロセスを経て、時として「わかる」ことがある。
「アカルイミライ」を見て、
黒沢清の根底にあるロジックはこういうことなのではないかと僕は考えた。
得体のしれないものを今回は「未来」に求めた?
そんな簡単なことではないんだろうな。
浅野忠信、オダギリジョー出演。主題歌はThe Back Horn という辺りに
かなり歩み寄ったなあという印象を受けた。
良くも悪くも軽くなった。
だけど闇はしっかりとそこにある。
ただ、これまでのように闇の真っ只中にいるのではなく
闇が目の前に口を開けて横たわっているかのような。
---
未来はどこにあるんだろう?
僕たちは常に切実な目の前の未来のことしか考えない。
どこにあるのかもわからず、いつだって堂々めぐり。
ブルーハーツは「未来は僕らの手の中」なんて歌ったものだけど。
---
最近会社の先輩とよく、「未来ってどんなんだろうね」という話をする。
未来の社会とかいうもの。
引き合いに出すのはなぜかいつも「21えもん」
「ああいう銀色っぽい肌に密着したのを来て
ロケットに乗って火星に行くような未来ってないんだろうね」
じゃあどうなるかっていうと、「洗練化」
余計なものが無くなっていってシンプルかつ美しくなっていく。
「未来」と言ったとき、それは普通2種類の意味のどちらかになる。
人類の未来といった抽象的なものと、具体的な個人的な未来と。
どちらも漠然としていて、かなりどうしようもない。
もてあそんでいるうちにいつかその時が来てしまう。
だけど基本的に前者と後者とがリンクすることはない。
不思議なものだ。
僕たちは2種類の時間の中で過ごしていることになる。
[802] 人を殺すってどういうものなのだろう 2003-02-19 (Wed)知りあいが人を殺した。人を殺していた。
僕はそれを新聞で知った。
時間がなかったら見逃してしまうほどの小さな記事。
そこに映っていた平板な顔つきの「犯人」は僕の知っているやつだった。
「えっ!?」と思った僕は慌ててインターネットでそいつの名前を検索してみた。
そんなには出てこなかったが、いくつかヒットした。
小さな頃の写真というのが貼り付けられていたページがあった。
この狭いような広いような世間で、あいつは犯罪者として認知されていた。
原因は簡単に言ってしまうと金、金銭のもつれ。
事件のあらましについてはそれ以上のことは言えない。
どんなふうに殺したかとか、捕まったときどんな服装だったか、
それがいつだったのか、書いてしまうと探してわかってしまう人がいるかもしれない。
---
どう反応していいのかがわからなかった。
今でもよくわからない。
同年代で死んだ人間というのはわずかではあるがいるけど、死なせた人間というのは。
この件に関しては、聞くべきことじゃないような感じがして
わざわざ他の友だちに電話をかけてみようとはしなかった。
誰かからかメールを受け取ったりもしない。
もしかしたら事件のことを知らない人がほとんどなのかもしれない。
(そいつが小中高の同級生だったりしたら青森の親たちの間で
瞬時に噂が伝わったのだろうけど、今回はそのつながりではない)
気になって気になってこれまで仕方なかったけど、
少しでも関わりを持ってしまったら怖いことになりそうな気がしてそれっきり。
---
人を殺すのってどんなんだろうなと思うことがある。
そのときどんな気持ちなんだろうな。
後から何を思うんだろうな。
よほどのことじゃないかぎりいいことでもなんでもないんだろうな。
今どうしてんだろうな。拘置所の中か。何を考えてんだろうな。
誰が会いに来て何を話すんだろう。
どういうものに対して期待とか希望を抱いてるんだろう。
そこには何もないのだろうか。
---
どうやったら会いに行けるんだろう。
僕なんかが会いに行っても困られるんだろうな。
---
というか、どうして殺さなければならないぐらいに追いつめられてしまったのだろう。
幸いなことにこの僕はこれまでそんなことはなかった。
今、幸福に思うべきなんだろうなと考える自分がいて、
もう1人の自分が「それは何だか違う」と否定している。
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今回のことで人を殺すとか殺されるってのが
僕の中で初めて少しばかりリアリティーを持つものになった。
[801] G : Gang of Four 「Entertainment !」 2003-02-17 (Mon)ある種の感覚を鳴らすこと。音の連なりの中にある種の感覚を滲ませること。
ステージであれレコードであれ
それを体現することのできるバンドは高い評価を得られる、そんな感覚がある。
焦燥感であるとか、倦怠感であるとか。
ディスコビートに乗っかった、飢えた声、ギターの凶暴なカッティング。
やるせなく、どうしようもない。行き場が無くて逆ギレ。
「焦燥感」というものを
レコードの溝の中にここまでしっかりと刻み込めたバンドはないだろう。
後々にも出てきそうにない。
パンク系ギターロックの最高峰。70年代末イギリスのバンド。
Gand of Four とは中国が文化革命1色になったとき追放された政治犯「4人組」のことを指す。
これは 1st であるが、2nd 「Solid Gold」は冒頭の「Paralyzed」だけでも買う価値あり。
この曲によって体現される圧倒的な虚無。
1st がデモの先頭で通りを走りながら投石をするようなものなら
2nd は真夜中の地下室で1人、革命の計画を練るようなもの。
パブの隅っこの席でギネスを飲みながら共産主義について語るような雰囲気。
この人たちは音楽をやっていなかったら
恐らくケチな銀行強盗をはたらいて刑務所にぶち込まれていただろう。
---
倦怠感であれば同じく G の Galaxy 500 がその頂点か。
活動中に発表した3枚はどれもいいんだけど、
あえて1つあげるならば「On Fire」がお薦め。
[800] 無言電話のブルース 2003-02-17 (Mon)14日、研修に出掛ける前、前日会社に忘れていった携帯を取りに行く。
着信を見たらまた先週の月曜のようにおびただしい数の履歴が。
どれも同じところからの電話。
午前6時以後途切れなくかかっていたようだ。
前にも書いたことであるが、この携帯は会社支給のものであるため
僕自身に対してイタズラ電話をかけようとしているのかどうかがいまいちよく判らない。
たまたま前の持ち主がフロアにいたので番号を見せてみても心当たりが無いと言われる。
タイミングよくかかってきたので出てもらったのだが、
僕が出たときと同様、ブツッと切れた。
仕方なく、サイレントにして持ち歩く。
引っ切り無しにかかってくる。
頭に来てこっちからもかけてみた。
ホテルまで歩きながら何度も何度もかけた。
出るようなのであるが、反応はしない。やがて切れる。
研修が始まって机の上に置いておくのだが、
バイブレーターをオンにしておいたので音が鳴らなかったところで振動が気になる。
定期的に始まって途絶える。
この日、後輩が大事な作業を行うことになっているので何かあったらすぐ出られるようにしたい。
それ以外にも何かしら会社の人が僕に連絡をとりたがるかもしれない。
切ってしまうわけには行かない。
なんでそんなに鳴ってんですか?と食事の時間に話題となる。
かくかくしかじかと僕は状況を説明する。
なんだろうね?と原因をみんなで探ろうとする。
××の霊がっていうオカルトっぽいのもあれば
どこかの公衆電話の目の前の壁にこの携帯の番号が書かれているのではないか?
という信憑性の高いものも。
昼に食べていた間はピタッと収まって、
「かけてた人も昼休みなんだろうね」と言って笑いあう。
夕食後の休憩時間(やはり夕食時もかかってこない)に着信履歴を何気なく眺めていて気が付く。
どうも電話はぴったり12分・12分・6分・12分・12分・6分・・・
という間隔でかかってきているようだ。
ここから推測されるに、
どうも相手はワン切りの機械の壊れたものなのではないかということに落ち着いた。
だけど昼食・夕食時にかけてこないのはなぜなのだろう?
細部が未だ不明なものの話の大筋が読めてきたので後はどうでもよくなる。
夜になってもう会社の人からはかかってこないだろうと思い、電源そのものを切った。
研修2日目、土曜の朝に試しに電源を入れてみるとまた続々と履歴が増えだした。
「うわっ」と思って電源を切った。
日曜になってまた入れてみたら、もー待ってましたとばかりに。
これはこういうものなんだろうなあと考える。
しょうがねえなあと。
会社支給携帯なので使い方がよくわからず、着信拒否の仕方がわからない。
という以前に古めの型なのでもしかしたら機能としてないのではないか?
土曜の昼休み、拒否ができなくてもこの番号だけはサイレントにできないかと
あちこちボタンを押してみるのだが、どうも番号ごとに着メロを設定できても、
サイレントにはならないということがわかり「使えねー」
ふーーと溜め息をつく。
ワン切りの機械が壊れて際限なくかかり続ける電話。
日本の「病んでる感」をちょっとだけ実感。
[799] SDP研修(3) 2003-02-16 (Sun)「何のために働いているのか?」と聞かれて「食っていくため」
「何のために生きているのか?」と問われて「小説家になりたい」
そう答えようかとも一瞬頭には浮かんだものの
今回過ごしている時間(SDP研修という非日常的空間)の枠組みの中では
明らかに当てはまらないようだったので、口に出さなかった。
ということで、引き続き、自分の人生について。
どっちかなんだろうなと最近考える。
A.
うまくいくかどうかに関わらず小説家への夢断ち難ず暮らしていく。
適当に仕事を続けていく。
1人きり音楽と小説に囲まれて、それはそれで楽しそうにしている。
小説家になっている可能性は10%もないだろう。
B.
小説家になりたかった自分とどこかで折り合いをつけて(つまりあきらめて)
仕事(SE)がメインとなった生活を送っている。
恐らく大きな転換点になるのは結婚というイベントだろう。
その頃にはテニスだったりダイビングだったり何か他の新しい趣味を見つけているのではないか。
はたしてどっちがいいのか。
今の僕にしてみればどっこいどっこい。
あえて言うならばA.か。
重要なファクターは3つ。
1.このままコンピューター業界に留まることにするのか。
留まりたい気持ちはあるのか。気持ちはあってもついていけなくなることはあるのか。
2.この人と共に生きたいと思わせるような恋人は僕の人生に現れるのか。
この人と暮らせるなら小説家になることなんてどうでもいい!となると話は早い。
3.年老いつつある母親の存在。青森で暮らすことを選ぶのか、それとも東京に僕が呼ぶべきか。
理想:
小説家になってベストセラーを連発している。
だけど仕事はセーブして年の半分は海外に行ったりで遊んでいる。
年収は×千万。
来年の今ごろには実現させたい。
昨今の出版界/日本文学界の状況を考えるとまず間違いなく無理だな・・・。
---
話は変わるが、SDP研修でのグループ討議にて話題となったことの1つにこういうのがあった。
「嫌いな人と一緒のチームになったとき、どうしたらいいのか」
どうも何も誰に対しても分け隔てなく接すればいいだけのことであるが、
まあ、それって無理なもんでしょ。
割り切ってその人のことを利用していくだけか。
今のレベルでは肌の会わない人が1人か2人ぐらいいて
むずむずした日々を送るというだけですむのであるが
ポジションが上がっていくと
やりづらい人・つきあいづらい人って黙ってても増えていくのだろうし
部下は部下で仲が悪い組み合わせってのが出てきてその接し方ってのがあるだろうし。
厄介なことって増えていくんだろうなあ。
そういうのが黙って制御できるようになってこそ大人ってことか。
[798] SDP研修(2) 2003-02-15 (Sat)8時に起きて、朝食を食べて、チェックアウト。
昨日から3食しっかり、かなりの量を必ず食べている。常に満腹。
---
グループ討議再開。1人終わって僕の番になる。
僕はプロジェクトの状態がつらいという悲壮感を漂わせていたキャラクターだったため、
トレーナーによる指摘も自然と厳しいものになる。
(原則として討議はグループ内で行われるが、ところどころトレーナーも回ってきて顔を出す)
研修に来る前、以前参加している人にどんなもんか聞いてみたところ
「厳しいことを言われて泣き出す人もいる」なんて話が。
昨晩飲んでいても「必ず1人は泣かされるらしいぞ」
「明日泣かされるのは俺(私)かなあ」とそればかり。
僕ももしかして、と覚悟はしていたのだがそんな事態には陥らず。
腹を括っていたので何を言われても動揺せず。
(パーティションで区切った向こうのチームでも誰も泣かなかったようだ)
トレーナーを含めた4人の人に言われたことやそれを元に自分で考えたことを
まとめるて見ると以下のようになる。
「これまでの私のメンバーシップ」ってやつ。
キーワードは「悪循環」「自己完結」
A.
チームの人たちと有機的なものは何も共有していない。
なのに「やらされ感」だけは共有されて(させて)しまっている。
部下や同僚のやる気や成長や悩みについて考慮することの無いままチーム運営を行っている。
それは自分が自分に期待するもの、他人が自分に期待するものが見えていない、
見ようとしていないからではないだろうか。
僕が率先して闇雲に忙しく過ごしている今の状態では
誰も(部下も同僚も上司も顧客も自分も)なんにも得していないし、
それではチームとしての成長がない。
B.
そもそも自分は「何のために働くのか」(会社員としてのアイデンティティ)が不明確。
現時点での目標・将来における目標が無いに等しい。
そのことが結果としてチームとしての目標が無い状態に陥らせている。
目標がないのなら「どうなったら仕事が楽しくなるか」導き出せない。
仕事というものをただ「嫌だ。きつい」と思うだけになる。
C.
「どうすれば変わる」ではなくて、まず「どうしたいのか」「変わりたいという気持ちがあるのか」
をはっきりさせなくてはならない。
僕は心の底からやばいと思っているわけはなさそうで、
このままだと僕もチームも何も変わらない。
そしてそれは他のプロジェクトに移っても変わらないし、同じ過ちをただ繰り返すだけになる。
D.
何をもってすれば顧客が喜ぶのか、作業を肩代わりしてあげればいいのか、
それとももっと顧客のビジネスに踏み込んだ提案をすべきなのか、見失っている。
それでいて頼まれたことは次々に引き受け、自分でこなすか部下に振っている。
残業しまくって一応案件は終わらせるし、頼まれ事もたいがいは終わらせるが、
このままだと自分にもチームのメンバーにも何も残らない。
今の僕は上司にとっても顧客にとっても都合のいいだけの存在、ただの便利屋。
---
「プロジェクトリーダーに与えられた仕事というのは
プロジェクトリーダーにだけ与えられたものではなく、チーム全体のものである」
指摘されてみるとひどく当たり前のことなんだけど僕としては今までそんな意識無かった。
目からウロコ。
解決はチーム全体で。僕が指示を出してやらせれば終わるもの、ではなく。
そしてさらに言うならばリーダーとしては
その仕事を通じてメンバー各自が成長できるように気を配らなくてはならない。
---
昼食の後4人目の討議が終わって、
そこから先は「ではこれからどうするか?」を考えて、
他の人に見てもらうという最後のステップ。
僕はどうするのか?
<仕事に関して目指す状態>
顧客との関係性ということで言えば4月を境に大きく変わることになりそう。
4月以後どういう体制で臨むのか2月3月は時間をかけて検討しなくてはならない。
どういう体制になろうと(恐らく縮小となる)、
・顧客にとっての「最適」とはなにか考え続けることが必要
・どんなふうにしてモチベーションを保ち続けるか、探っていくことが必要
あと、顧客とうちの会社とできちんとした合意があったうえで仕事を進められるようにすること。
半年後、何もかもが曖昧になっていてグレーなことを全て引き受けている
なんてことのないようにしたい・・・。
<周囲との関わりに関して目指す状態>
・何事も率直に話す・素直に聞く・きちんと考える。
それを上司・同僚・部下・そのた関係者分け隔てなく行うようにする。
・他人の身になって考える(つらいこと嬉しいこと、共有できるようになる)
・目的意識/目標意識を持つ(そして振り返る)
・育成/成長という観点を忘れない
・「岡村さんみたいになりたくないな・・・」と思われないようにする
<以上のことから導き出される計画>
他プロジェクトとの掛け持ちになるとした場合、
・例え動きの無い状態であっても定期的なミーティングを行う。
それは意味のある意見交換の場としなかったらやがてなおざりになる。
・掛け持ちの状態こそ、1人の人間が問題やタスクを抱えたまま
ほったらかしになることはないようにする。
・他プロジェクトとの気持ちの切り替えをしっかりと行う。
配分を常に意識して、おろそかにしない。
・個人/チームの成長要素がどこかに無いか常に問い掛けを行う。
・案件の「芽」が出てきたときにそれを育てるフローをはっきりさせておく。
・過去のノウハウを取り纏め、特定の人でないと対処できないという状況を無くす。
(細々とした仕事を1人がずっとやってるとモチベーションは下がるはずであって、
ローテーションでできるのがいいのだろうけど、そんなことは可能か?)
・顧客とうちの会社との間での作業分担範囲の明確化(問い合わせのルール決めなど)
---
なんてことをワークシートに書いたものの。
(ここまでスラスラと出てきた自分というのは感化されやすいなあと思った)
僕の場合根本的な対処としては、周りの人たちからも言われたんだけど
「何のために生きてるのか?」「どういう人生を臨んでるのか?」
「何のために働いてるのか?」「どういう仕事を臨んでいのか?」
・・・が僕の中に無くてはだめで。
でも見出せるのかって言ったら当分は無さそうで。
周囲から与えられるものを受け入れ続けてそれを組み立てていったら
建築物らしきものができてきた、だけど土台の無い状態なのでぐらつきだしている。
去年の後半からそのことに薄々気が付きだした自分。
だけどどうしたらいいのかがわからない。
人生をいったんリセットしたい。リセットボタンがあったら押したい、
それぐらいしか解決方法が見つからない。
悩むにもこれからずっと答えの糸口は見つからなくて
それゆえに現状維持。これまで通り。
そして何もかもが空回り。
このままだと何も変わらない。
---
あと、これまで何事も自己流でこなしてきたことに対する限界が最近ハッキリと見えてきた。
箸の持ち方、分数の割り算、ブラインドタッチでのキーの受け持ち、
他人との仲良くなり方、カレーライスの作り方。ありとあらゆるもの。
自己流のやり方でプロジェクトの進め方も設計書の書き方もこれまでは何とかなってきた。
それを失うぐらいならば、という感覚があって
(僕は僕のスタイルを守りたいっていうか、自分を変えたくないという意識がどこか根強くあって)
うまくいかなければ土日出てきてリカバリーしてた。
他の方法には目を背けてきた。
受け入れているフリをして裏でこっそり捨ててきた。
そんな自分に限界が見えてきた。
このままだと僕はだめになる。つぶしがきかなくなる。
僕はそもそも「受け入れる」ということを心の底では嫌っているようだ。
拒否している。
それは他人というものを恐れているからなのだと思う。
---
今回の2日間の研修を終えて、それをまた振り返ってみて、
いろいろ考えたけど壁にぶち当たるのはいつも同じところ。
もう長いこと同じ場所で途方に暮れている。
答えが出ないかぎり僕はつまらない一生を過ごすはめになる。
それはわかっているつもりのだが。
[797] SDP研修(1) 2003-02-14 (Fri)14日(金)・15日(土)の2日間、「SDP研修」なるものに行かされる。
行きたいって手を上げたわけではないのに部門が勝手にエントリー。
「えーなんでこの忙しい時期に?」「しかも土曜潰されなあかんの?」とブーブー言いたくなる。
でもまあ興味が無くもないのでばっくれずに参加。
ある意味休暇のようなものと考える。
とはいえ金曜仕事できない分の穴を埋めるために土日はおろかこの前の祝日まで出てたりしていた。
大変な一週間だった。
何をするためのものなのか?
そもそもの狙いとしては「職場におけるあなたのメンバーシップの向上に役立て」ること。
事前にアンケートを行う。(サーベイと呼ぶ)
「シニアメンバーシップ」の4つの機能に対してそれぞれ10コの質問がある。5段階。
<進取性>
・他のメンバーよりも一歩先の行動をとっているか
・意見を述べるだけでなく、進んで行動しているか
<包容性>
・所属部署のチームワークに気を配っているか
・他のメンバーの知識や技術の不足なところをつかみ、アドバイスしているか
<広求性>
・所属部署の中核であるという意識を持っているか
・社外に対しては会社を代表しているという意識をもっているか
<上通性>
・上司に対して発言力や影響力をもっているか
・企画や提案は上司から支持されているか
などなど。
本人と同僚と上司、3者で答えることになっている。(同僚と上司は複数の人が受け持つ)
結果として何が出てくるかといえば
自分が自分のことをどのように捉えているか(自己認識)と
他人が自分のことをどのように捉えているかとのズレ。
自分は××ができていると思っていたのに、
上司や同僚の目からすればまだまだ不十分なようだ、といったこと。
5段階評価だからといって全部の項目について5に近ければそれでいいってものでもなく、
自分というものをトータルに引き上げるようなことはあまり重視していない。
誰だって自分なりの強いところ弱いところあってデコボコなものであるのを前提にしたうえで
じゃあどんなふうに行動したらチームがうまく回るようになるのかを
自己分析して、他の人と討論していく中で見つけていく。
性格をどうこう言うのではなく、あくまでその人の「行動」について評価する。
---
泊まりの研修。
リュックサックに着替えやシェーバーや目覚まし時計を詰め込んで
会社から1駅離れた門前仲町のビジネスホテルに向かう。
会議室がいくつかあって他の会社の人たちも研修に使っている。
別館にはスポーツジムやプール。会員を募集している。
廊下にはリポビタンDだけの自販機があって、「何これ?」と最初ぎょっとしたものの、
すぐにもどういうことかわかった。研修の合間合間に40代や50代のオヤジが飲むのだろう。
---
リクルート社のトレーナーの方が現れて2日間のガイダンスを行った後、
早速グループに分かれてセッションを始める。
自己紹介とプロジェクトの状況の説明。
どんな研修であれ「グループ演習」といったものが大嫌いな僕ではあるが、
(何よりも自己紹介ってのが嫌)
今回の参加者全部で8人のうち僕を含めて4人が同じ部門であったため気が楽だった。
自己紹介のシートってのを事前に記入して配ることになっている。
前の日の夜に会社戻ってきて書こうとした僕は
またしてもプロジェクトに問題が発生した状態に陥って憂鬱かつ不機嫌。
何を書いても愚痴になる。「やめたい。あほらしい。得るものが無い」みたいな。
それを殴り書き。
そんなのを周りに配ることで僕は自分をある種の問題児へと追い込む。
なお、プロジェクトの状況としては
「案件は数多くこなしているが、顧客の予算規模では十分な体制が組めず、
それでいて品質の高さを当然のように求められていて、
土日出てきて(特に僕が)どうにかこうにかやりくりしていたりする。
無償作業もたくさん生まれている。
それもひいては次につながる案件を獲得したいがため。
これまではこの路線で続けてきたが、現場はしんどいだけ。
このままでいいのだろうか?」
---
ホテルの宴会室にて昼食。
一休みした後、午後の部開始。
サーベイの結果が個々の人に渡される。
僕は人間というかチームのリーダーとして偏りがあるのは認めているので、
平均よりも低いところ高いところバラつきがかなりあるんだろうなと思っていた。
見てみると予想通りの結果。
っつうか思っていたよりも評価が低くてショックを受けた。
どの項目も平均以下。全体的な評価で言うと僕は下から数えたほうがよさそうな位置にいた。
「必ずしも5に近ければいいのではなく、アンケートに答えた人が厳しく付ける人かどうかで
点数も大きく変わってくるため、これは目安でしかないです」
と何度も念を押されていたものの、やっぱこういうのを突きつけられるとへこむ。
「ああ俺ってたいしたことないんだなあ」と遠くをぼんやりと眺めたくなる。
前の上司に対して「ああこの人には何を言ってもだめだ」と匙を投げていたのと
夏のでかい案件を一緒にやっていた同僚と喧嘩になって
「テメエのフォローなんてしたかねえよ」って態度を取っていたのが
みんなの印象に残ってんだろうな。
自分はできているつもりでいて高く点数を付けたのに他の人たちにしてみるとそうでもない、
そんなギャップがはっきりと出ているところもあって、こういうのもショック。
どっちかと言えばこっちの方がショックが大きい。
僕は他人の意見というものを尊重しているつもりでいたのだが、
全然そうは見えないのだそうだ。
概して上司は厳しくチェックしているようで、同僚は甘めにつけている。
「ああ同僚ってものは優しいねえ」としみじみした気持ちになる。
---
午後は時間を大幅にとって自己分析。僕は
「仕事の上で自分なりの意見や考えをハッキリと出し、
必要なときに自分の意見を押し通すだけの強さを持っているが、
相手の気持ちや態度を大切にせず、新しいことに挑戦する勇気と行動力がない」
という性質のリーダーであるようだ。
それがなぜなのかプロジェクトの状況も踏まえて自己分析してみると以下のようになる。
・仕事に興味が薄い
・それでいて頼まれると嫌と言えなくてなんとかしようとする
・その場の思い付きで行動することが多い
・あきらめが早い
*議論していてもすぐ折れる
*状況の根本的な改善を求めない
・自分の殻を守ろうとする
*自分を変えようとしない
*他人の事に無関心
結果として僕は周りの人に以下のような影響を。
・思い付きによる場当たり的な指示にメンバーが振り回されている
・折衝力がないため交渉に負け、余計な仕事をやらされている
・「岡村さんに言っても何も根本的には変わらない」と思われている
・冷淡な人だと思われている
「自分のいいところも見るようにしましょう」と何度もトレーナーに言われるものの
ついついネガティブなことばかり考える。そして僕はどんどん落ち込んでいく。
だけど「自分を見つめる」ってやつが大好きな僕としてはそんなにひどいことにはならない。
いきなり突き落とされて痛い目にあうってのではなく、
一歩一歩自分の意志で深みへと降りていって後からでも引き返せる、というような落ち込み。
---
夕食を挟んで、ここからは明日の午後までひたすら、グループ討議。
サーベイの結果とそれに対する自己分析を模造紙に書いたものを前に貼って、
いろんなことを言いあう。
グループ4人でジャンケンをして順番を決め、僕は3番目になる。明日。
1人目開始。討議は50分を目安にってことになってたんだけど、
7時半から始まって終わったのは9時半か。
「50分は長いと思われるかもしれませんが、案外あっという間です」と解説されて、
実際その通りだった。
××君がそういうふうに行動してしまうのは、××性の×番にこんな点数が出ているにも関わらず、
××性の×番目でこんな点数になってることから生まれる食い違いが、みたいなことを指摘したり、
僕の経験から言ってああいうときはああなってしまうんだよねと語り合ったり。
進め方に慣れてくると、本気でやろうとしたら時間がいくら合っても足りなくなってくる。
(本来ならば3日がかりで1人4時間分は話しあうものであるらしい)
---
9時半になって今日はここで御終いにしましょうということになる。
せっかく集まったのだからと駅前まで飲みに出掛ける。他部門の状況や雰囲気を聞く。
帰ってきて、眠りに就く。
ビジネスホテルであるため、部屋はシングル。
研修に来る前は同じ会社ってだけで知らない人とツインだったら嫌だなあなんて僕は考えていた。
[796] 「私は寝てないんだ」 2003-02-13 (Thu)あれは確か雪印の社長だったか。
不祥事の追求を受け、記者会見の席で「私は寝てないんだ!」と逆ギレしたのは。
よくぞ言ってくれたと思う。
あんなふうに怒鳴りたくなる気持ち、今の僕には無茶苦茶わかる。
「なんで他の人の不始末を俺が謝んなきゃなんねえんだ!?
やったのは俺じゃねえのに。意味がわかんねえよ」
と思いつつも一方では
「いや、それでも私は組織の中で責任ある立場にいるのだから」と考え、
押さえ込むのが普通。それが大人。
だから僕も何も言わず、黙って目の前の問題を1つずつ片付けるのみ。
(僕の周りで特定の誰かがへましてるわけではないということをあらかじめ断っておきます)
世の中キレたもん勝ちである。
適切なタイミングで適切な作法でキレることのできる人は幸いである。
理不尽な揉め事が寄り付かない。いつだって相手に投げ出せる。
それが世の中の普通の人は状況を見誤ったり、
キレてみたところで躊躇する冷静さがどこかに残っているのか迫力がなかったりで、
ちっともうまくいかない。
それでもあえて情動の赴くままにキレてみた。
そこにあのの社長の偉大さがある。歴史に名をとどめてしかるべきである。
今となっては彼も本望ではないだろうか。
ムネオを始めとする政治家やマスコミに追われた芸能人以外では彼ぐらいなものだ。
僕の中で日本企業のトップと言って真っ先に思い浮かぶのはもう1人、
山一證券の会見で号泣したあの社長。
雪印の社長よりはもっとマシな理由で、僕はあの人のことが忘れられない。
どうして「私は寝てないんだ!」がその年の流行語に選ばれなかったのだろう。
共感する人が少なかったのか。おかしいなあ。
[795] エリカ2 2003-02-12 (Wed)会社から帰ってきてスーツを脱ぎ捨てると
僕はすぐにもロフトに上がっていって布団の中に潜り込んだ。
シーツと毛布の間からダッチワイフを外に出して
ホールを取り替え、ローションを塗りたくると僕は荒々しく挿入した。
でたらめにこすりたてるのみ。3分もかからず果てた。
終わって僕は「はあはあ」と肩で息をしてぐったりとする。
その後で僕は「会社でこんなことがあったよ。あんなことがあったよ」と話し掛ける。
今日は嫌なことがあったので僕は半分泣きそうになっている。
「今日ね、僕ね、売り場でお客さんにね、オマエの仕事なってねーんだよって
名指しで怒られてね、謝ったんだけどね、マネージャーが出てきてね、
一緒になって僕のこと怒鳴ってね、それでね、・・・」
彼女の目が僕を見つめている。つぶらな瞳で僕のこと見つめている。
話し終えて僕はディープキスをする。
彼女には舌がないので僕が一方的に突っ込むのみ。
昨日洗ったばかりなのに自分の唾液の味がする。
自分の唾液の匂いがする。
次の欲情が始まった僕はその口の中に押し込もうとした。
ロフトから降りていってシャワーを浴びると缶ビールを飲みながらテレビを見た。
ニュースでは今日も人がたくさん死んだことを告げていた。
誰かが誰かを殺し、国が国を滅ぼそうとした。
僕の頭の中はしゃきっと冷静になる。
この世の中は一体誰が悪いのか考えてみる。
生きるに値する人間は誰なのか考えてみる。
友達から電話がかかってきて、しばらく話す。
「最近どう?」と聞かれて「特に」と答える。
たいして言うべきことはないのに、くだらない話題はいくらでもある。世間話は尽きない。
受話器を介してお互い笑いあう。
「じゃあな」と言って電話を切る。
パソコンを立ち上げてメールを書く。
2歳になる子供への贈り物には何がいいか姉に質問をし、
この前注文したサイドボードの配送日に関して、家具屋に返答を返した。
夜も遅くなって僕はまたロフトに上がっていく。
布団の中で幅を占めているビニールの物体を脇に押しのける。
僕はうずくまり丸くなって眠る。
この世の中は一体誰が悪いのか考える。
生きるに値する人間は誰なのか考える。
ビニールでできたそいつが足に触れてひんやりとする。
冷たくなって横たわっている。
[794] 第4回カレー大会 2003-02-11 (Tue)「第4回カレー大会」ということで映画サークルの先輩たちと新宿にタイカレーを食いに行く。
西口にある「ピッチーファー」という店。
4人いたのでカレーを4皿頼む。レッドとグリーンとイスラム風ととにかく辛いのと。
シンハービールを飲んで、トムヤムクンももちろん食べる。うまかった。満腹です。
タイ料理屋だけあって、出てくるのはタイ米。懐かしい。
あれはいつだったか。米がないっつってタイ米が流通してたのは。今からもう10年前か。
大学の寮の近くの定食屋でもあの細長くてボソボソした米が出てきた。
米所(一応ね)青森出身である僕はいくらでも実家からいつもの米が送られてくるので
あの頃でもタイ米を食べたことは数えるぐらいしかなかった。
カレーを食べた後は近くの喫茶店に入って映画談義、その他。
・黒沢清監督の新作「アカルイミライ」は本当に面白いのか
・黒沢清監督の「回路」がハリウッドにリメイク権を買われたのは「リング」のヒットで
日本のホラーが十把一からげに扱われたからだろう
・「ゾンビ」の小説版はジョージ・A・ロメロが自分で書いてる?
・「サスペリア2」は「サスペリア」と何の関係もないどころか先に作られたくらいなのに
日本の映画会社が勝手に「2」にしてしまった
・「北京原人 who are you ?」の監督は実は古くからの職業監督で
・「千と千尋」のDVDの例の赤さはテレビ放映されても変わらなかったようだ
・子どもがトトロに以上に反応するのはなぜか?
・「ナウシカ」は白黒はっきりしない話なのでアメリカ人にウケないだろう
・ハリーポッターの翻訳はよくないね
・ハリーポッターって一言で言うとドラえもんの大長編だよね
・ニールヤングは歌もギターも下手なのにボロボロのソロをやるのが泣ける
・岸辺一徳はスパイダースじゃなくてタイガースでした
・ドリフでドラムを叩いていたのは誰?中本工事のパートは?
[793] 愛人 2003-02-10 (Mon)僕がなぜ女の子と付き合おうとしないのか、周りの人から不思議に思われることがある。
質問されることがあってもたいがいはぐらかしてきた。
「ストライクゾーン狭いのがいけないんでしょうね」
「僕ゲイですから」
「だってそもそももてないんだよ!」
もちろん嘘である。そんなことが理由なのではない。
これまで僕は隠してきた。一言も言わないできた。
だけどそろそろ言ってもいいと思う。
「僕はとある結婚した女性と2年間、関係を持っていた」
その女性との「関係」が終わってしまって、今、ようやく口に出す気になった。
体だけの、とかそういうやつ。
待ち合わせをして、軽い食事をして世間話をした後に、ホテルに行く。
時間が来るとそのホテルを出て、そこで別れてそれぞれの駅に向かう。
基本的にその人のことは当たり障りの無いことしか知らない。
結局のところ僕はその人のことについて詳しくなったところで仕方がない。
向こうが話すことを黙って聞くだけ。求められたら、僕のことを話すだけ。
結婚して子どもが産まれて車を買って家を買って子どもをいい学校に入れて、
というのには僕は興味が無いから、「欲求」さえ満たされればそれでよかった。
性的な欲求と、誰かに何かを話したいという欲求と。
彼女もそうだったんだと思う。
お互い差し出せる時間があったというただそれだけ。
携帯にメールが入ってくる。
僕は「行ける」とか「行けない」とか返事を返す。
僕はいつも彼女の背後から始めた。
それまで性的な体験に乏しかった僕は彼女によって様々なことを教えてもらった。
最初彼女は僕のことをそういう経験に長けている若者と思ったらしかったのだが、
実際は全然逆であることがわかって
彼女がぼんやりと思い描いていた役割は入れ替わることになった。
終わったのは感情的な何かとは完全に無縁なことで、
彼女の夫が経営していた小さな会社が破綻したからだった。
あの日の彼女は得体のしれない焦燥感に導かれて動いていた。
「こんなことしている場合ではなくなる」
そんな生活感がべったりと染みついていた。
彼女は心も体も変わってしまっていて、そのことに自分では気付いていなかった。
痛々しく思われて僕はそのことを口に出してみた。
その時もそれまでも彼女の目は僕を見ていなかった。
天井も壁も真っ白な部屋だった。
カーテンもランプシェードも、皆真っ白だった。
東京を離れる、と彼女は言っていた。
今どこにいるのかはわからない。
新しい生活を始められたのかもしれないし、
昔の生活から逃れられていないのかもしれない。
時間が過ぎていくうちに少しずつ何もかもが崩れていく。
ただそれを待つだけの生活。
渋谷円山町のあるホテルでは部屋の中に熱帯魚の水槽を置いていた。
「若かったころ、バブルと呼ばれていたころ、熱帯魚を飼うことが流行っていた」と彼女は言った。
薄暗い部屋の中、赤や青や黄色の小さな魚たちが水の中を漂っていた。
空気の循環する音がかすかに聞こえた。
僕は彼女の右の乳首を口に含んだ。
そして目を閉じると舌の先をゆっくりと動かし始めた。
[792] F : Faust 「So Far」 2003-02-09 (Sun)何と言っても1曲目「It's a Rainy Day, Sunshine Girl」に尽きる。
わかりやすいサビがあって(サビしかないが)、
一定のリズムがあって、ギターのリフがあって、ハーモニカのソロがあって。
ポップミュージックとして成立すべき要素はいくらでもあるのに
誰が聞いたところでNG。
他の星からやって来た宇宙人に対して身振り手振りで
「ポップミュージックとはこのようなものです」と定義を教えてみたところ
彼らが機械的に作り出した音の塊、そんな雰囲気。
何かが決定的に欠けている。
「It's a Rainy Day Sunshine Babe. It's a Rainy Day, Sunshine Girl」
とただそれだけを7分の間繰り返し、その間に少しずつ音の風景、
水平線の向こうの色彩が変わっていくだけ。
1度聞いたら2度と忘れられない。
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70年代のドイツに突如現れたプログレバンド。
ひっそりと消えていったため長らく謎のバンドとされていたが
90年代に入って復活。現在は精力的に活動しているようだ。
あらゆる種類のこの世に存在する/存在しない音楽を集めて作られた
サウンドコラージュ、サウンドスケープ。
未来から怪しげな電波に乗って漂ってきたような。
人類滅亡後10万年後の地球に降り立った宇宙人たちが
砂漠に残されたアナログレコードを寄せ集めて慣れない手つきで再現させたような。
ある意味、音の桃源郷。
遊園地の書き割りのような桃源郷。
[791] 生活とか人生とかいうもの 2003-02-08 (Sat)午前3時から5時にかけて客先で小規模案件の本番リリース作業。
それが終わると上の階のソファーを借りて仮眠。
ジーパンにセーター、その上にダウンジャケット。芋虫のように眠る。
ずっと居続けることになることがわかっていたため、スーツは着てこなかった。
8時に1度目が覚め、まだ早いと思って2度寝する。
10時になってまた目が覚めて、下へ降りていく。
次にリリースの控えている案件のテストを行う。
今期思ったよりも仕事が出てこなかったため、体制が縮小された。
僕が自ら率先してテストをこなさなくてはならなくなった。
ボタンを押して数を数えて時間を計って色を確認してボールペンで記入して。
昼になると1人ラーメンを食いに行ってまた戻ってきて作業を再開させて。
3時になったあたりだろうか、眠くなった僕は上の階に行ってソファーに横になった。
ぼんやりと「しあわせとはなんだろうか」と考えた。
天井の白いタイルの模様を眺めながら、考えた。
昨日の夜上司と一緒に電車に乗っていたとき、
「まだ嫁はもらわんのか」「マンションは買わないのか」「ゴルフを始めたらどうだ」
そんなことを言われた。
僕は「いやあ・・・」と言葉を濁しながら笑った。
「岡村、オマエ休みの日何をしてる?」と聞かれて特に何も、と答える。
「昼頃起きて1週間分の新聞を読んでいるだけでもう夜になっちゃうんですよね」
このタイルを作った人はどこの誰なんだろう、そんなことを考える。
どんな人なんだろう。どういう人生を送っているんだろう。
今、土曜の午後、何をしているのだろう。
このタイルを作ったとき、何を思っただろう。
恐らくその日何百何千と作るうちの1枚に過ぎなくて
特に何かを思うことなんて無かったんだろうな。
眠くなって、眠る。
目が覚めて、起きだす。
下に降りていってテストをいくつかこなす。
気が付くと外は夕暮れになっている。
疲れ切った僕はそこで断念する。
電車に乗って家路に着く。
後はまた、眠ってしまうだけ。
[790] 花粉症の季節到来 2003-02-07 (Fri)花粉症の季節到来。
昨日の夕方、仕事をちょろっと抜けて耳鼻科に診察を受けに行く。
大森の去年行ったとこ。
「本格化する前に受けた方がいいと聞いたんで」と伝えてみたのであるが、
特に目新しいことはなく。
一通り鼻や喉に薬を塗った綿棒のようなもので処置してもらって終わり。
予防接種をするとか、そんなことはなし。
早めに1度注射を打っとくとそのシーズンはOKとどこかで聞いたんだけど
それをやるにはもう遅かったのか。
待合室で1時間ほど待っていた。
隣には50代の男性が2人座って大声で話をしていた。
どうやら2人とも自営業らしい。
バブルの頃に買ったマンションを売ってどうのこうのと話をしていた。
僕は本を読んでいたのであるが、嫌でも耳に入ってくる。
気がつくと2人はアジアの食に話題が移っていて
「鳥の中でもね、ハトはうまいね。グリルにして」
「食用の?」
「もちろん」
「中国が本場なんですかね」
「アジアではベトナムが一番食べるみたいね」
それを聞いて僕は「ふーん」と思う。
マレーシアだったかどこかではフナムシのようなのを唐揚げにして食べるらしい。
香りがよくて好まれるのだそうだ。
「だけど、さすがに虫は食えないねえ」
「あんたフナムシですよ、食えますか?」
「ねえ?」
これから2ヶ月毎日朝晩とアレルギーの薬を飲む。
あと30年生きるとしたら30年間薬を飲み続ける。
たいした病気ではないし、
薬を飲むなんてたいした作業ではないんだけど、
これからずっと死ぬまでこの症状に付き合っていくのかと思うと気が遠くなってくる。
[789] 初めての「B-ing」 2003-02-06 (Thu)中吊り広告を見ていたら「週間 B-ing」が目に留まった。
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経験ゼロから目指せる「音楽業界」転職ニュース
MTVジャパン、タワーレコード、ロッキング・オン、ヤマハほか
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こ、これは買わねばなるまい。僕はめらめらと燃えた。
初めて転職雑誌なるものを買った。
「やめるやめる」言い続けて早4年。遂に僕は1歩踏みだした。
それにしても何?この分厚さ。電話帳みたい。これで240円は安いな。
毎週買って目を皿のようにして見てる人がいるのか。すげー。
中見るとほんと電話帳。9割方白黒の求人広告。それが業種ごとに並んでる。
今はまだ「はー・・・」って感じだけど
そのうちやむにやまれずページをめくるときが来るんだろうな。
「ステップアップ転職マニュアル」ってのがあって、
今週は【就職活動実践編】「応募面接マナー」「面接Q&A28」「退社・入社までの流れ」
来週は【就職活動準備編】「自己PRポイントの整理法」「応募書類の作成法」
とあって、「あ、来週のも買っといた方がいいな」と思う自分がいる。
このようにして否応無しに引きずり込まれていく。
それにしてもペラペラとばしてるだけで気分が疲れてくる。
「会社を辞めるにはパワーがいる」とこれまで何人もの人から聞いてきたが
こりゃ確かにそうだ。
面倒くさがりな僕は流されるまま当分今の会社に居続けるのだろう・・・。
「次働くなら絶対コンピューターは嫌だ」と言っておきながら
気になって真っ先に見てるのが「コンピュータ関連のエンジニア」のページだったりする俺。
だけど見ててもちっとも食指が動かん。聞いたこともないとこばかり。
「TECH B-ing」を見ないといかんのか。
ということで、本題の音楽業界。かいつまむと、
・学生時代無茶苦茶憧れた(株)ロッキング・オンは国際部の話で終わり
・年間250以上のアーティストのコンサートをサポートする(株)サウンドクルーは
「今回募集する職種は、いずれも20代前半が対象」
・「Pヴァイン・レコード」を持つ(株)ブルース・インターアクションズ(今1番行きたい)は
「書類応募の際には企画案を3つ提出してもらうことにしています」「洋楽のみ要英語力」
・国内外の有名アーティストが愛用する音響機器メーカー(株)オーディオテクニカは
「求めるのは、業務知識よりも営業スキルの高さ」
・ヤマハ(株)は「ケータイビジネス」に関わる人材を募集
(これまで関わったこと無いし、そもそも自分の携帯の着メロも変えられん)
・タワーレコードはサイトの話が出てきて、「おっ」と一瞬思うが求められているのは
カスタマーサポート(しかも契約社員)
・MTVジャパン(株)なんて
「今回募集するリサーチ、マーケティング、法務はいずれも経験者が対象」
世の中甘くはないもんだ。
「音楽が好きならOK!!」みたいな会社は1つもない。
とりあえず7社とも大事なのは「コミュニケーション能力」に尽きるようだ。
何にせよね、俺このままじゃどこも雇ってくれないよ。
やっと気付いた。
使われるんだか使われないんだかよくわからん機能の開発をして後はバグ修正。
手に職っつうかスキルの無い僕は他の会社に行ってもおんなじような仕事になるのは目に見えてる。
このままじゃつぶしがきかなくなる。
どうにかしないといけないようだ。
[788] 吉祥寺曼荼羅にて 2003-02-05 (Wed)会社の後輩が新しいバンドでライブをやるという。
以前やっていたバンド「ウォンバット」を知ってからは
そのライブに必ず足を運んでいた僕としては
平日だろうとなんだろうと行かなくてはなるまい。
場所は吉祥寺の曼荼羅。名前にはよく聞くが初めて入った。
時間は19時半からで僕は思いっきり仕事帰り。スーツの上にコート。
テーブルをキープするとどかっと生ビールの大ジョッキを置いて
時間が来るまで「まるごと図解 最新 WEB サービスがわかる」なんて本を読む。
ライブハウスの客として思いっきりそぐわないことをしてる俺。
照明が消えて演奏が始まる。
ギター・ベース・ドラム、3人編成。
ブルースのようなサイケのような雰囲気。時々暴発。
「ゆらゆら帝国」がモノトーンだとしたら、あれに何色か足した感じ。
「ウォンバット」より曲調が好きだし、テクニックありそうだし、インパクトあるし、
いいところが多い。
だけど僕としては正直な話「ウォンバット」の方がいいバンドだったなあ、と。
やってる本人からすれば比較されても困るんだろうけど。
1番の原因はメンバー間の噛み合って無さ。
今日が結成して初めてのライブでそんでいきなりドラムが抜けるという。
そういう事情を知ってるからかドラムがかなり浮いてるように聞こえた。
あれはいかんね。
「今日のとこ音がよくないんですよ」と事前に聞いてはいたが。
磨けば光るかどうかはギター・ヴォーカルのキャラクター次第?
その辺どこにでも転がってるタイプかそれともすごいやつなのか、
今日のライブではよくわからなかった。
僕的にはもっとふてぶてしいほうがいいんだろうな。
そんなわけで今回はパス。
(こんなふうに書くとしょげちゃうんだろうな)
そういえば、新しいバンドの名前がわからん。
[787] 無言電話午前4時 2003-02-04 (Tue)2月3日月曜、早朝。携帯が鳴って起こされる。
「なんだなんだ何があったんだ!?障害発生か!?」と飛び起き、ロフトを降りていく。
梯子を伝い降りた頃に鳴り止む。
携帯を拾い上げディスプレイを見てみると、見たことも聞いたこともないような番号。
もちろん登録されていない。
「なんかの間違いなんだろうな、こういうこともあるか」と考える。
トイレに行って戻ってくるとまた携帯が鳴る。同じ番号から。
「もしもし」と出てみるとブツッと切れた。
「嫌がらせかよ」と頭に来て着信音量を0にする。
ロフトに上がっていって布団の中潜り込む。
なんなんだろ?誰なんだろ?と考えていると頭が冴えてくる。
さっき携帯を見たら4:14とあった。あと2時間は眠れる。
ぼんやり考え事をしているとまた携帯が鳴り出したのがわかった。
バイブレーターをONにしていたので、その振動音だった。
その後僕の覚えている限りずっと定期的に振動音が聞こえてきた。
怖くなった。どこのノイローゼがこの僕に用があるんだ?
自動的に無言電話をかけるようになっているプログラムが間違って僕に設定された?
もしかしたら僕のことを知っている誰かが必死に助けを求めているのか?
いろいろ可能性を探っているうちにいつのまにか眠ってしまう。
6時になって目覚ましが鳴る。
携帯を見てみると途切れなく着信の履歴が。なんだこりゃと驚く。
メモを取っといた。
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04:14 / 04:16 / 04:18 / 04:20 / 04:22 / 04:24 /
04:37 / 04:39 / 04:42 / 04:43 / 04:46 / 04:47 /
04:50 / 04:52 / 04:55 / 05:54 / 05:57 / 06:00 /
06:02 / 06:05
-----------------------------------------------
何が気持ち悪いかって言ったら6時に起きてからはかかって来ないんだよな。
誰かが僕の生活を見張ってる?
そんなことはないか、まさか。周りでそういうことしそうな人はとりあえず思いつかない。
恐らく偶然だろう。
僕の携帯って言っても厳密に言うとこれは会社から渡されたもので、
僕の前に何人か持ち主が変わっている。
なんらかのシステムの障害があって僕の前の持ち主に連絡を取ろうとした、
というのが最も合理的か。
だったら何で僕が出たときはそこで切れたのかが気になるんだけど、
深く追求してもどうせ何も出てこないのでそこから先はほったらかすことにした。
だけどまた頻繁にかかってきても困るので
個人の携帯も家の電話も全部サイレントにした。
今日朝起きて携帯を見てみても新しい着信はなかった。
ああ、昨日だけのことか、とほっとした。
(終わってしまって少しがっかりした。奇妙な展開をどこか期待してたりする)
誰だったんだろうなあ。
僕の知っている人だったらやだなあ。
僕が昨日や今日変死してたらまず疑われるのはこの着信履歴であって。
履歴に残された番号「035690××××」
かけてみたくはあるが、果たしてどうなることか。
[786] 節分 2003-02-03 (Mon)2月3日といえば節分である。そういえば、節分なのである。
この僕も昔は幼稚園や小学校で「鬼は外、福は内」とやったものだ。
家に帰れば今は亡き父がでん六豆のオマケで付いてきたボール紙のお面をかぶり、
僕と妹が辺り一面にぶちまけた落花生を母が後から1つ1つ拾い上げた。
昨日西友に行ったらお菓子のコーナーでは節分の豆をフィーチャーした一角が設けられ、
小さな黒いラジカセが日本各地の節分の様子をエンドレスで紹介していた。
懐かしくなった僕は福豆を買い、夜にビールを飲みながらボリボリと食べた。
もうずっと長いこと節分という行事のことを忘れていた。
その季節になって街角で目に付くことはあっても、何かを考えたことはない。
ひな祭りもこどもの日も七夕も縁遠くなってしまった。
中学高校と興味を持つことはなくなって大学で4人部屋の寮に入ったのが決定的。
四季というものは暑いか寒いかそうでもないかを表すだけのものになってしまった。
会社に入って一人暮らしが長いこと続いている、
そんな僕に「タンゴノセック」という言葉には何の意味もない。
「鬼は外、福は内」心の中でそう唱えてはみてももちろん部屋の中で豆を蒔いたりはしない。
片付けるのが面倒くさいし、それ以上に空しい。空々しい。
それにしても最近気になるのは「鬼」というもの。
その起源はどこにあるのだろう?
昨年公開された中国映画に「鬼が来た」というのがあって、
どうも鬼という存在は日本だけのものではないようである。
インドやベトナムにも鬼はいるのだろうか。
ドラえもんの中では鬼は漂着した西洋人だった。
何百年も前の人々にとって大柄で目の青い「白人」は異質なもの、
どころではすまないとんでもない存在だったに違いない。
僕の勘では鬼の起源と天狗の起源は実は一緒ではないのかと。
調べてみると面白いのかもしれない。
「泣いた赤鬼」の話を思い出す。
小さな頃は「鬼がかわいそう」とかそういうことしか思わなかったのであるが、
大人になった今の僕からすれば「かわいそう」ではすまされない。身につまされる。
深読みしようとすればいくらでも深読みできそうで、
「子どもは何のメタファーだ?」「だったら青鬼は?」と考え出すと止まらない。
示唆に富むお話である。
昔話というものも常に突拍子もない出来事が語られるのであるが、
どれも必ず元ネタがあるはずであって。
当時の人々にとって想像もつかなかった珍事件が動物の形を借りた登場人物で後々まで語られる。
それはいったい何だったのだろうか。
桃太郎であるとか、鶴の恩返しであるとか、
何もないところから純粋に想像力だけで生み出されたものとは到底思えない。
僕にいつか子どもができたとき、
山ほど絵本を買ってきてたくさんたくさん読んでやるのだと思う。
そんなとき僕は読みながらいろんなことを考えるのだと思う。
僕の子どもからいい年をした大人には思い付かないような質問がひょいと出てきて、
真剣になって考えるのだと思う。
いや、荒唐無稽な質問である必要はない。
「なんでアオオニさんはアカオニさんにさよならをいったの?」
そう聞かれたとき、僕には答えられないんだろうな。
節分の日になって僕は僕の子どもから豆をぶつけられる。
僕は心の中で笑いながら家の外に出る。「イタイイタイ」なんて言いながら。
とりあえず今の僕はあれほど語られた鬼という存在がいつどこに消えたのか、思いを馳せるだけ。
[785] 武道館で奥田民生を見る 2003-02-02 (Sun)昨日の夜、奥田民生のツアー「okudatamio Live E 0203」武道館公演を見に行った。
年末に矢野顕子の「さとがえるコンサート」に行ったときに知りあった人に誘われて。
着いてみると長蛇の列。
中に入るまでしばらく待たされるのかと思いきやそんなことはなく、
グッズの販売に並ぶ人の列だった。
僕はどんなコンサートでも売られていたら必ずパンフレットを買うのだが、今回ばかりは諦める。
これに並んでいるうちに本編が始まってしまう。
パンフレットはボックス入りで、どういうものなのかはわからないが
初の「DVDパンフレット」なのだという。しかもTシャツ付き。
武道館なんてシンディー・ローパー以来だ。
今回の席は西側ゾーン2階の1番後ろのさらに左寄り。
ステージの上の奥田民生を真横から見下ろす感じ。しかも遠くから。
これはこれである意味すごいことであって、
チケットを取った人が後1分か10秒か電話が遅れていたならば
そもそも席がなくなっていたかもしれないというギリギリの境目。
そりゃもちろんこのような最悪の席でも見れないよりは見れたほうが断然いいのであって。
それにしても奥田民生、人形がちょこまか動いているようにしか見えなかった。
生で見るとあんなおもちゃっぽい人だったとは。
途中フルートを吹くところがあったんだけど
意味もなくロープで吊り下げられて宙に浮くというもので、遠くから見てると正に操り人形。
最初の3曲はノリのいい曲をやって(曲目は忘れた)、どうでもよさげな挨拶があって、
そこから先はミディアムな奥田民生的テンポの曲が続く。
最新のアルバム「E」のツアーだけあって、「E」の曲は全部やったんじゃないかな。
「Gold Blend」からは「荒野を行く」「マシマロ」
古いところでは「29」からの「人間」(「広島の人は今も僕のこと思い出せるだろうか」と
奥田民生にしては珍しく心情吐露的な隠れた名曲)
ユニコーンの曲が1曲もなかったのが残念。というか無念。
この前借りて見た「一人股旅」のビデオではユニコーンの曲たくさんやってたのになあ。
あれだけソロアルバムを出したらレパートリーが増えすぎちゃって
昔の曲を取り上げる必要がなくなったのか。
「素晴らしい日々」「与える男」「雪が降る町」「ヒゲとボイン」
この辺が聞けたらなあと期待していた僕としてはいかんともしがたい気持ち。
前半は「ヘヘヘイ」「イージューライダー」「さすらい」とヒット曲連打で終了、
キーボードバックに奥田民生がサックスを吹く(今回のツアーからか?)なんてことをした後、
後半ではゲストとしてドラムにチャーリー・ドレイトンとベースにオハラレイ(小原礼?)、
「E」に参加したミュージシャンを迎えて2曲披露。
その後「荒野を行く」なんかは思いっきり長く引き伸ばされて
バックのメンバーたちの力量を見せつけられる。
僕の記憶が正しかったならば本編最後は「ドースル?」
アンコールは「ショッピング」と「CUSTOM」
2回目のアンコールは「BEEF」とチャーリー・ドレイトンら勢揃いでジャムセッション。
こうやってライブの場で改めて聞くと「E」の曲はよくできてる。
タイトル通り、いい。
「Gold Blend」「E」って肩の力を抜こうとして逆に余計な力が入っているように
僕には感じられたんだけど。自分の商品性ってやつを再現しようとしているというか。
今日になって「E」を聞き直して、「これすごいね」と認める気になった。
途中ドラムのセットを入れ替えるところがあって、
その移動シーンに合わせてテケテケと音を出す。
「ドリフみたいだ」という奥田民生の発言に場内笑う。
サックスを吹く奥田民生の姿が何度か見られたが、
一緒に行った人たち曰く、「あれは下手だ」とのこと。
次見るとしたら正面から見たいし、ユニコーンの曲を聞きたい。
一人股旅をまたやらないものか。
奥田民生はヨレヨレのTシャツで出てくるのかと思っていたらそんなことはなくて、
ステージみんな黒のスーツ姿だった。
バックのメンバーの中では曲の決め所で右足を高く振り上げてダンッと振り下ろす
ベースの人(根岸孝旨?)がかっこよかったかなと。
[784] 土曜の午後、会社で缶ビールを飲む 2003-02-01 (Sat)久しぶりに土日、会社に出る。
出なきゃいけない状況では全然なかったんだけど
かねてより懸案だった
「机の上に積み上げたままの書類を片付ける」
「棚の中に放り込んだままになっていた書類を整理する」
をそろそろなんとかしないとな、と思い立ったため。
去年の春から考えてはいたものの着手できず。
今日になってようやく重い腰を上げる気になった。
昨今の日本経済は不景気だしフロアには誰もいないのではないかと思っていたのだが、
会社に行ってみると上司の上司の上司が仕事をしていた。
しばらくせっせとファイリングをする。やがて飽きてくる。給湯室に行く。
冷蔵庫に入れておいた evian を飲もうとすると
缶ビールの6本パックがいくつか冷やされているのが視界の端に見える。気になりだす。
確か年末からあったはず。
どこからかお歳暮にもらったものが誰にも飲まれないままになっているのだろう。
もったいないと思う。
上司の上司の上司がフロアを後にするとすぐ
僕は冷蔵庫を開けて1本取り出し、ゴクゴクゴクと飲み干す。
次のを飲みながら書類に穴を開け、綴じ込んでいく。
辺りを見渡すと遠くにチラホラと人影が見える。
だけど僕のことを知っていてとやかく言う人はいない。
土曜の午後、会社で缶ビールを飲んだところで特に感慨はなく。
缶ビールといっても厳密に言えば発泡酒。
「水のようなものだ」と思いつつも僕はしっかりとほろ酔いになる。
気分が良くなったところで会社を出る。
武道館で奥田民生を見ることになっている。
半蔵門線で九段下に向かう途中、神保町で降りて古本屋街で
ハヤカワ文庫のSFで絶版になっているものを探す。
[783] 「SCRATCH」 2003-01-31 (Fri)「SCRATCH」を見に行った。新宿高島屋12Fにてレイトショー。
ヒップホップというジャンルに関して、
DJ (ターンテーブリスト)という観点からその歴史と現在の姿を辿っていく作品。
全編世界の名だたる DJ たちへのインタビューとそのスクラッチが切れ目無く続く。
この手の音楽に疎い僕でも充分に楽しめた。
第一人者がズラリと勢ぞろいして自らの「哲学」を語り、
寡黙にその技(皆、神業)を披露するのだから面白いに決まっている。
僕にとって最も印象的だったのは DJ SHADOW で、レコードショップの地下室、
何十万枚と無造作に積まれたアナログ盤の中で
これだ!という1枚に出会うことの喜びについて淡々と語っている。素直にかっこいい。
去年のフジロックに来てたんだよな。
その頃の僕は全然知らなくて見る気全く無し。午前2時とかで思いっきり寝てた。
一緒に行った人たちの何人かは「今年の目玉」とか言ってて。
最近会社の先輩の車で「Endtroducing」を聞かせてもらった僕は
その余りのすごさに今になって後悔している。
他に気になったのは、特に気になったのは、 Q-bert と Cut Chemist の2人。
Cut Chemist なんて面構えが違う。大胆不敵。何しでかすか予測もつかない雰囲気。
Q-bert はなんつうかプレイしているところがクールなジミヘンというかデジタルなクラプトン。
そもそもなぜスクラッチを始めたのか?という質問に対して
多くの DJ たちが Herbie Hancock の「Rockit」と答えている。
何度も何度も出てくる。
小さい頃にテレビでその映像を見てショックを受け、自分も真似してみたくなったと。
(Herbie hancock はあくまでキーボードであって、スクラッチはGrand Mixer DXT)
この映画を見て僕は「ヒップホップとはなんなのか」というのがやっとわかった。
これまでの僕はヒップホップとラップの区別がつかなくて
「ラップの伴奏?」ぐらいにしか思っていなかったんだけど、全然違うんだねえ。
はまってもいいなあ。本格的になればなるほどストイックになっていくところがいい。
それにしても僕はスクラッチを世界で初めて行った人は
セックスピストルズのマネージャーだったマルコム・マクラーレンだと固く信じていた。
なんかそんなこと言ってんの読んだことがあって。
21世紀にもなって彼に騙されてるのって僕ぐらいなもんか。
[782] 小学校がなくなる 2003-01-30 (Thu)インターネットであちこち動いていたら
「青森市立橋本小学校 廃校問題のHomePage」というものに出会う。
市が勝手に敷地を売り払って集合住宅を建てるのだという。
そのデザインのコンペまで行なわれた。
「橋本小学校を愛する会」は市民を中心に広く署名を求め、
「公開質問状」の提出を行うなど行政に働きかけを行なっているのであるが、
市の方針として廃校は確定している。
http://www.geocities.co.jp/NeverLand-Mirai/5352/index.html
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「橋本小学校って言ったら僕が小学1年生のときに1ヶ月だけ通った小学校なんだよな」
というのを途中まで書きかけたのであるが、
よくよく思い出してみたら僕が通ってたのは隣の「長島小学校」であって
「橋本小学校」は幼稚園の他の子たちが行った学校だった。
「あ、違うじゃん」と思った僕は気持ちがおもいっきり萎える。
「例え1ヶ月とはいえ通ってた小学校が無くなるのは云々かんぬん」が、
自分にあまり関係が無いとわかった途端
「まあ、そんなこともあるよね」と急速に関心を失う。
人間いいかげんなものである。
ホームページを見るとその長島小学校も廃校になるようだ。
同じ組で僕1人だけ違う小学校に行くことになり、心細い思いをした。
僕は1人ポツンと席に座っていた。
感情とか感覚というものをはっきりと形のある概念として認識できる時期ではなく
ぼんやりとした恐怖感に常に押しつぶされそうになっていた。
(僕には小学校6年間でいい思い出なんて何1つ無いので、こんなこと序の口でしかなかった)
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市政がどうこうと言う以前にそもそも青森でも子どもが減ってんだよな。
僕がその後長いこと通った家の近くの小学校も
1学年5クラスあったのが今は確か2クラスだったか。
もし小学校を残したいと言うのが単なるノスタルジアでしかないのなら、
あまり説得力が無い。
無くなるなら無くなるでその後のフォローをどうするか?
そっちの方が大事ではないか。
[781] 「BOWLING FOR COLUMBINE」 2003-01-29 (Wed)昨日の夜、恵比寿ガーデンシネマに「Bowling for Columbine」を見に行った。
5時半になったらすぐ会社を出て、と思っていたものの
打ち合わせにつかまって出られたのは6時。
急いで恵比寿まで向かって劇場のカウンターで当日券を買うのだが
僕の後すぐに席がなくなってしまった。危ないところだった。
満席。注目度が高いってことか。
映画としては僕は10点満点で「10」をつける。5つ星。
最高!
と言っていいでしょう。
どういう映画なのかについては、僕がダラダラ説明するよりは
プログラムの中の要約を引用した方がうまく伝わると思う。
興味を持った人は是非とも見てほしい。
頼むから見に行ってくれ。
今年最も面白かった映画となる可能性が非常に高い。
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1999年4月20日、アメリカ合衆国は普段通りの穏やかな朝を迎えた。
人々は仕事に励み、大統領は国民が名前さえ知らない国に爆弾を落とし、
コロラド州の小さな町では2人の少年が朝6時からボウリングに興じている。
何の変哲もない予定調和な1日のはじまり・・・。
このあと、2人のボウリング少年が悲劇的事件を起こそうとは、いったい誰が予想しただろう。
その日、アメリカは旧ユーゴスラビアのコソボ紛争における最大規模の爆撃を敢行した。
その1時間後、あのコロンバイン高校銃乱射事件、別名トレンチコートマフィア事件が起きたのだ。
事件の舞台はコロラド州リトルトンのコロンバイン高校。
そこの生徒である2人の少年が、高校に乗り込み銃を乱射。
12人の生徒と1人の教師を殺害したのち、自殺するという衝撃的なものだった。
この事件は全米を震撼させた。あらゆるメディアが事件の分析を試み、ヒステリックに騒ぎ立てた。
映画やTV、ビデオゲームにおけるバイオレンスの氾濫が悪いのだ、
家庭の崩壊の産物だ、高い失業率が原因だ、
いや、アメリカが建国以来たどってきた暴力的歴史のせいなのだ、と。
報道はどんどん加熱、犯人が聴いていたという理由から
ハード・ロック歌手マリリン・マンソンのライブがコロラド州で禁止されるという一幕もあった。
しかし、ビデオゲームは日本の方がよほど進んでいる、家庭の崩壊はイギリスの方がひどい、
失業率はカナダの方がはるかに高い。なのになぜアメリカだけ銃犯罪が突出しているのだ?
なぜ、アメリカだけが銃社会の悪夢から目覚めることができないのか?
マイケル・ムーアは、その大きな体をゆすりながら、
問題の核心に迫るためマイク片手にアポなし突撃取材を敢行していく。
彼は問う。
「マリリン・マンソンのライブを禁止するのなら、なぜボウリングも禁止しないのか?」
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メディア絶賛!カンヌ映画祭騒然!!
世界が快哉を叫んだリアル・エンタテイメント、遂に日本上陸!!!
2002年カンヌ国際映画祭を最も賑わした作品、それが「ボウリング・フォー・コロンバイン」。
ドキュメンタリーとしては46年ぶりのコンペ出品作となった本作は、
前例のない20分にも及ぶスタンディングオベーションを巻き起こし、
上映館に人々が押しかけ大騒動になるという事態にまで発展。
審査委員長のデヴィッド・リンチは、この映画に惚れ込み、
急遽「カンヌ国際映画祭55周年記念特別賞」をつくって、限りない賞賛と敬意を贈った。
マイク片手に突撃アポなし取材!この男、ただものじゃない!
そんなパワフルな作品を作ったのは今、アメリカで一番影響力をもつジャーナリスト、マイケル・ムーア。
マイク片手に突撃アポなし取材という独自のスタイルで、
コロンバイン高校銃乱射事件を入り口にアメリカ銃社会を斬っていく。
あくなき探究心と、確信犯的無邪気さで、狙った獲物は逃さない!
そのジャーナリスト魂はお墨付きで、ホワイトハウスからは公式に「危険人物」と認定されたほど。
彼は問う。なぜコロンバイン事件が起きたのか?なぜ銃犯罪が多発するのか?
こんなアメリカに誰がした?
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「コロンバイン高校の事件の直後に作品を作ろうと決めた。
最初は、銃を減らせば殺人も減るといった内容の、
いってみればリベラルな内容のものになると思ってたんだ。
だが、作っているうちに銃そのものは真の問題じゃないことに気がついた。
問題はアメリカン・メンタリティ、アメリカの精神構造なんだ。
アメリカはなぜ、譲り合ったり話し合ったりして問題を解決することができずに、暴力で事を決してしまうのか。
恐怖が原因だ。権力を持つ人間たちが抱える恐怖。そして我々が他人に対して感じる恐怖。
≪外部≫に対して恐怖をいだくように仕向けられていること。
恐怖とそのために起こる暴力は、いまやアメリカの文化の一つになってしまった」
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と、まあ、こんなわけで。
「マイク片手にアポなし突撃取材!」とあるが、それが売りな映画では全然なくて。
「電波少年」的ドタバタ感はなし。撮影時のアクシデントで笑いを取ったりはしない。
むしろ映画としては淡々としていると言ってもいいかもしれない。
最初から最後まで圧倒的な情報量なのであるが、
テンポよく物事が進んでいくから観ててすごく自然。スッと入っていける。
「突撃取材」も、少しでも疑問に思うことがあったら
まずそこに出かけていって誰であれインタビューを試みるというだけのこと。
(ま、それが普通はなかなかできないことではあるが)
結局何が感銘を受けるかって言えばマイケル・ムーアの真摯さなんだよな。
彼のキャラクター。
「正義感」に燃えてアメリカの銃社会を糾弾するというのではなく、
ただただいろんな人の話を聞いて、
「この人本心を隠してない?」と感じ取れたならば食いついてみる。
「ねえ、これって何かおかしくない?」突き詰めると彼の言いたいことはそれ。
じゃあ問題提起だけして終わるのかっていうとそんなことはなく、
彼なりに状況をほんの少しでも改善しようとして行う行動が後半部分で映し出される。
うまくいくこともあればいかないこともある。
ささやかな勝利を得て、ささやかな敗北を受ける。
その姿が「映画的」というか感動的。僕は素直に心を動かされた。
結果としてアメリカの社会はほとんど何も良くなっていないのだが、
見た人が何かしら考えざるを得ないという点で成功を勝ち取った作品だと僕は思う。
そしてそういうレベルとは別なところでこの映画は何かを成し遂げているとも思う。
その何かとはうまく言えないが、大雑把に言えば
「映画には何ができるのか、どこまでできるのか」という可能性の枠組みを広げること。
きつめのドキュメンタリーにして誰でも楽しめる純然たるエンターテイメント。
そんな作品が十分に成り立つものなのだということを証明してみせた。
「映画」という表現形式の質を押し上げたと言ってもいいのではないか。
ドキュメンタリーというジャンルは「BOWLING FOR COLUMBINE」によって
非日常的空間を覗き見せる見世物小屋から解放されたのである。
[780] E : Emerson, Lake And Palmer 「Tarkus」 2003-01-27 (Mon)すごいどうでもいいことなのだが
ベース・ドラム・シンセサイザーという全く同じ編成でありながら
ELP はあくまでプログレであり、YMO はテクノである。
似ているようで全然違う。不思議だ。トリオ・ザ・テクノとトリオ・ザ・プログレ。
ELP の時代にはテクノなんてジャンルはなかったからというだけのことであるが、
テクノの始祖 Kraftwerk はその頃既にドイツでバリバリ活動していた。
たぶん ELP は Kraftwerk のことなんて知らなかったのだし、知らなくても良かったのだろう。
僕がこれまでいろんなロックの歴史本を読んで学んだことなのであるが、
当時ロックの中心はイギリスであって、アメリカというライバル以外は皆辺境の地であった。
ドイツやイタリアのような「2流」の国は積極的にイギリスの最新の音楽を学習した。
単純なコピーではなく、その国のセンスでもって。
聞く気が無くてもイギリスやアメリカからポップミュージックという形で
玉石混交押し寄せるように流通されていたんだろうな。
その逆というのはなかなかない。
ドイツのバンドはイギリスのレコード会社と直接か間接かの契約を結ばなくては
イギリスで売ることはできなかったのではないかと思う。
現代のように各国の輸入盤の店が独自のネットワークを作り上げてるなんてことは
なかったのだろうし。あってもかなり細々と。
プログレというジャンルに顕著なんだけど、イギリスのミュージシャンには
小さいとき聞いた音楽と若いとき演奏した音楽以外には幅を広げようとしない、
そんな傾向が感じられる。
20代後半になって本格的なバンドを始めて売れるようになると
後はひたすら曲を書いてテクニックを向上させて。
イギリスの外にはどんな音楽があるのか、興味がなさそう。Yes とか初期 Genesis とか。
(逆にそういう視点に満ちあふれていた Henry Cow にとって
イギリスは窮屈だっただろうし、彼らは異端児扱いされた。)
「イギリスのプログレ」の代表格のバンドの根っこにあるものは
結局ジャズかクラシックかブルース。
それしか知らないまま近親相姦を何代も何代も繰り返していって
結果として奇怪なモンスターが出来上がることになった。
ものすごく閉じられた世界。
その頃ドイツのプログレバンドは勝手に独自の音楽を作りだしてしまうか(Kraftwerk)
世界各地の音楽を雑食していった(Can)。
基本的にイギリスのプログレは、グロテスクだったりファンタジーだったりする
子どもの想像の世界を大人になってからそのまま音で具現化したようなものであって。
ドイツのプログレにはそんな牧歌性はない。
殺伐としているかドラッグでいっちゃってるか。
曲を作るというよりは実験をしているような感覚。
そんなわけで僕は何を言いたいのかというと
「テクノにファンタジーはなし」
よってELPとYMOには音楽的な継承関係はなし。
ELP は閉鎖性の高いイギリスのプログレの中でも最も井の中の蛙であって
その代表作「Tarkus」は彼らの作品の中でも最強にファンタジー。
A面全部を使って繰り広げられる表題作でそのトゥーマッチ感が大炸裂。
鳴りやまないファンファーレが自らを祝福してその終わりを知らない。
ここまで来ると開き直っているようでむしろ気持ちいい。
ムゾルグスキーの「展覧会の絵」を演奏しているアルバムもあって、双璧。
[779] 「荒野のダッチワイフ」 2003-01-27 (Mon)先週に引き続き若松プロの作品を見る。今回は大和屋竺の「荒野のダッチワイフ」
その手の人たちを魅了してやまない永遠のカルトムービー。
殺しを依頼された主人公はとある町にやってくる。
標的はかつて自分の女を殺した男だったりする。
宿敵との決着を果たすべく、(以下略)
という筋書きがあることにはあるのだが、
後半はそのほとんどが主人公の現実とも夢とも判断つかない出来事の羅列。
全く持って奇々怪々。
それでいてハードボイルドっぽい佇まいはきちっと保ち続けてて
その路線では破綻することが無い。
助け出されたのに眠ったままの女というのが出てきたり、
最後になって唐突に「この町の名物はダッチワイフである」というセリフがあったり、
出てくる女は皆娼婦みたいなもので男に殴る蹴るの扱いを受けて犯されたり、
一方で男たちはみな虫ケラのようなチンピラばかり。
これはただ単純に大和屋監督の趣味なのか、それともなんらかのメタファーなのか。
何かしら話の辻褄が合っていてだとしたらメタファーってことなんだろうけど、
よくわからない。
その「店」は2階に3畳ほどの小部屋が並んでいて、
どの部屋にも布団がひかれていてダッチワイフが横たわっている。
様々な年格好をしたダッチワイフ。
仕事で疲れた男たちが彼女たちを「抱き」に来るのだそうだ。
それが町の名物。
これって何か意味がありそうでものすごく気になったのだけれど、
結局そこには何の意味もなくて、単なるイメージの喚起ってことになるのか。
それまでの殺す犯されるの連続をくぐり抜けて
最後にこのシーンが来る意味は果たして何なのか?
いろいろと強烈な映像のシーンがあったけど、特にここが頭の中こびりついて離れない。
このシーンの唐突さ・脈絡のなさ加減が「荒野のダッチワイフ」という映画を
なんだかとんでもない次元にひょいともっていってしまっている。
主人公の行動に何の関係もない。それまでの「物語」を全て否定しかねない。
なのになぜかそれがそこにあることでしっくりとくる。
天才の成せるわざといってしまえばそれまでのことか。
傑作かどうか聞かれたら僕は傑作と答えると思う。
[778] 「働くことの意味は何か」 2003-01-26 (Sun)24日(金)について。
午前中は社内研修。会社の活動理念について。
トップの掲げる経営課題を我々一般社員はいかにして自分に引き寄せるか。
専務の話があってコンサルの人の話があって。
ところどころいい話が合ったのだが、いかんせん昨日のことなのであんまりよく覚えていない。
1つだけはっきりと覚えていることがある。
元旦の日経新聞の社会面にこんな記事があったのだそうだ。
「今の日本の社会には「無」が溢れている」
倫理観の無さ、マナーの無さ、その他もろもろ。
研修は座って聞いてりゃいいのかというと全然そんなことはなくて
最初からテーブルは6人が向かいあって座るように配置されていて
グループワークがところどころ行われる。というかほとんどがグループワーク。
しかもこの日初めて会った人たちと。
こういうのの苦手な僕は他の人たちに任せてところどころボソボソと喋って終わり。
ジャンケンに負けて最後のグループ発表を前に出てすることになる。
なんか適当にアドリブで言う。
今回は個人演習というものもいくつかあって、そのお題目の1つは
「働くことの意味は何か」
何考えてんだろう?と思った。
いろんな意味で。
そもそも生きること自体に意味がないんだから働くことに意味なんてあるわけないじゃん。
素直にそう思ったんだけど提出用の紙にそんなこと書いてもなんにもならないし
「食ってくため」とだけ書いて出した。
参加者の書いた紙がホワイトボードに貼り出される。
「社会への貢献」とか書いてる人がいるのを見て、「ああ偉い人がいるものだな」と感心する。
そのような人が1日のどこかの時間でちらりとでもそんな気持ちを思い出して
仕事に励むのなら、この世の中はきっとよくなるだろう。
皮肉ではない。
ただ僕は他人のために働くことのできる人間を驚異的に思っているだけ。
水曜の夜から木曜の朝にかけて本番リリース作業。
作業そのものはうまくいったもののバグがあって、
徹夜明けで疲れて僕が家で寝ている間に他の人たちがファイルの修正をして、
深夜になるのを待って再度リリース作業をしてくれた。
本来ならば僕が事前に見つけて直しておくべきだったもの。申し訳なく思う。
金曜はその案件に関して10時からデータ移行。
最初僕にやってもらえないかという打診があったものの、研修が入っているので空いていない。
後輩に作業を引き継ぐ。
何か問題が起こったら僕を呼び出せということにしておく。
研修が9時に始まってやがて10時になる。
作業は5分で終わるはずであり確認作業を入れても10時30分には全て終わっているはず。
その間気が気じゃない。
うまくいかなかったら影響範囲はどこまで広がるだろう。
どれだけの人が頭を下げることになるだろう。
そんなときに「働くことの意味は何か」と問われても抽象的すぎてなんのことかよくわからない。
わからなくはない。というか、僕はわかっている。
こんなときこそ、嫌というほどよくわかる。
だけどそれは口にしたら空しくなるような類いのものだ。
少なくともそれは研修で聞かれたときの解答としては不適切だ。
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夜、ワタリ君とハチベエ(ボヨ)と高円寺で飲む。
沖縄料理の店に行って、その後もう1軒。
本当はニューウェーブに詳しいロックバーに行くことになっていたのであるが、
行ってみたら閉まってた。どうも店長の機嫌で開いてたり開いてなかったりするらしい。
入口にはパティ・スミスや「メシ喰うな」の町田町蔵のはがれかけたポスター。
3人でほとんどロック談義。「村八分」がどうとか。
楽しい時間を過ごす。僕としては非常に楽しい時間を過ごした。ありがとう。
働いて得たお金で飲んで楽しかったら僕はそれでいい。
働くことには意味なんて無い。
そこから離れたときにどんな時間を過ごすか。全てはそこにかかっている。
[777] 身辺雑記 2003-01-25 (Sat)昼過ぎにフラッと外に出たくなって地下鉄に乗って新宿に出てそこから池袋へ。
LIBRO とジュンク堂で本を物色する。
カート・ヴォネガットの「ジェイルバード」を読んでいて
この人のユーモアとペーソスと人類という悲しい存在を優しく思う気持ちに涙が出そうになる。
やっぱこの人は最高だとまだ読んでない長編を何冊か買う。
他に買ったのはサム・シェパードの「ローリング・サンダー航海日誌」
あれですよ。ボブ・ディランの「ローリング・サンダー・レビュー」
(去年発売されたロックのCDの中でも No.1 か No.2 と言っていいライブアルバム)の同行記。
サム・シェパードというだけでも僕は買うのに、
彼が「ローリング・サンダー・レビュー」の一員として文章を残していたとなるともう
いてもたってもいられない。
「パリ・テキサス」の脚本を書いたサム・シェパード、
「ライト・スタッフ」に出演したサム・シェパード。
知ってますか?
彼はミケランジェロ・アントニオーニの名作「砂丘」の脚本にも関わっていたことを。
全部没になったらしいけど。
とにかく僕は男として憧れる。
ヴォネガットはハヤカワ文庫のSFで出ているから読まれないんだろうな。
もったいないことだ。初期以外はどこをどう読んでもSFではないのに。損してる。
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4時と早かったが、夕食として「ばんから」でラーメンを食べる。
あの界隈では「光麺」はこれまで何度も食べてきたが、「ばんから」と「無敵屋」は一度も無し。
大晦日の日テレ「全国のラーメン屋ベスト99」でこの3軒ともランクインしてて
青森で見てて「ああ、いかなきゃ」と思った。
「無敵屋」は並んでいたので「ばんから」へ。
「秘蔵角煮」を食べる。さすがにうまい。
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夕方から夜にかけて、午前中に届いた500枚収納可能な大型のCDラックを組み立てる。
机の脇に置くことにする。
その場所に前から置いていた40枚収納可の小型のCDラック7コをロフトに移し、
ロフトにあった140枚収納可のCDラック2コは解体する。
その間ちょっと何かを動かすたびに出てくる埃を小まめに掃除機で吸い取る。
結局大掃除しながらなのでものすごく時間がかかる。
横50cm×縦25cm×高さ180cmというサイズ。
買ってから気付いたんだけどこれを組み立てるに十分なだけのスペースが部屋の中にない。
ねじを回しては寝かしたラックを縦にしてみたり横にしてみたり、体を変によじらせてみたり。
ここにあると作業ができないとどかしたものが別な作業で邪魔になってまたどかす。
その繰り返し。効率が悪い。意味もなく頭を使う。
狭いスペースを四苦八苦してどうにかこうにか出来上がる。
(途中、左右の側板を逆にして作っていたことに気付いて、ねじを全部外して初めから作り直した)
CDを移し替えていく。
思ったよりも片付かない。まだまだ部屋の中は積み重なった山で溢れ返っている。
あれー?って感じ。
部屋がすっきり整頓されたって感覚はない。むしろ狭くなった。
当初僕は同じメーカーの3重スライド式1900枚収納可能ってのを買おうとした。
だけどそれは13万もして、さすがに購入に踏み切れなかった。
「3重スライド式」なんかもう最終兵器って感じ。
これ買わないとやっぱダメなんだろうな。
夏のボーナスと言わず、今すぐ。
でもこれ買ってしまったら「一財産」って雰囲気が濃厚で。
そんな値の張る家具は買ったことが無い。
どうしよう。
[776] D : Depeche Mode 「101」 2003-01-24 (Fri)2枚組のライブアルバムには傑作が多い。
今思い付くかぎりでは
Depeche Mode 「101」 Joni Mitchell 「Shadows and Light」
Bob Dylan 「Rolling Thunder Revue」 Ween 「Paintin' The Town Brown」
Oingo Boingo 「Farewell」 Can 「Live」
などなど。
1枚ものでも名作は多いが、たいしたことないものも多い。
その逆に2枚ものはたいがいハズレがない。
これはなぜなのか?
・1枚ものだと中途半端なグレイテストヒッツになりやすい
・2枚組だと実際のライブの時間に近く、流れを再現しやすい
他にもいろいろありそうではあるが、
大きなものとしてはこの2つになるのではないか。
1番目に関して。
つまらないライブアルバムはだいたいこういうもの。
ヒット曲のライブバージョンを集めました、って感じの。
だったらベストアルバムを聞いたほうがいいわけであって。
1枚ものの名作はたいがい、そういう観点では曲を集めていないものである。
(Bob marley 「Live !」 The Who 「Live At Leeds」といった辺り)
2番目に関して。
ライブの流れを感じ取れるってことはやはり大きい。
1枚ものでもあれこれ工夫して雰囲気を出そうとしているものは多いが、
どうしてもダイジェストになってしまう。
良くも悪くもコンパクト。結局食い足りなく思ってしまう。
---
このライブアルバムはイギリスのエレポップバンドが
その活動の全盛期にアメリカのスタジアムで行ったライブを収録したもの。
最大の聞き所はラストの「Everything Counts」での大合唱と
それに導かれるように高みへと昇りつめるキーボードのソロ。
曲が終わってもファンたちはサビのフレーズを歌い続ける。
ライブアルバムでこれ以上感動的なエンディングはそうそうないんじゃないかな。
Depeche Mode の評価って今どうなんだろう?
いまだに「昔アイドルだったバンド」みたいに思っていて
なおかつとっくの昔に消えたとしてる人はかなり多いのではないか。
昨年は80年代ブームであったが、
特にこのバンドがクローズアップされたということはなかった。
Duran Duran は再評価されてたのに。
不思議だ。
[775] C : Canned Heat 「Hallelujah」 2003-01-23 (Thu)ブルースに詳しくなろうと思うことが年に何回かある。
だけどどこから聞いていいのかがよくわからない。
というか、そもそもブルースとブルースロックの違いがいまいちよくわからない。
素人な僕は「つまるところリズムの違い?」と思ってしまう。
ギターがハードに鳴らされていたらブルースロックか?
ブルースというと範囲が狭そうであるが、というか境界線がはっきりしてそうであるが、
ブルースロックとなるとなんだか曖昧。
Led Zeppelin はその範疇に入るであろうが、
アメリカで「魂の叫び」を録音した U2 はいくら B.B.King と共演したところで、ねえ?
アティチュードの問題になるのか。
心がブルースにあってロックを演奏している場合と
心がロックにあってブルースを演奏している場合と。
ジミヘンはロックと呼ぶのが正しいのか、それともブルースと呼ぶのが正しいのか。
だったらジャニス・ジョプリンは?
結局感覚的なものでしかない。
なんてツラツラと書いてきたのであるが。
Canned Heat は僕が持っているCDの山の中で数少ない
ブルースというジャンルに当てはまるバンドだと思っている。
それでいてロック。ギターの切れ味の鋭さとかね。
器用に両方こなすというのではなく、
彼らの泥臭いガムシャラ感がどっちにも向いていたということなのだろう。
初期の作品はどれもかっこいいです。むきだしのブルース。
「ウッドストック」の記録映画のオープニングでかけられていたのが彼らの曲。
---
僕も30代が近づいてジャズやブルース、ソウルやファンクが似合う大人になろうと思うのだが、
道はまだまだ遠い。外見的にどうしてもそういうのが滲み出てきそうにない。
どうすればいいんだろう?
[774] ダメ人間の日 2003-01-22 (Wed)早朝、まだ暗い中を会社に出かける。
着替えるだけなので部屋の明かりは薄暗いの1個しかつけない。
外を歩いていてなんかおかしいなあと感じる。左右しっくりこない。
姿勢悪いしな、と思う。
会社に着いておにぎりを食べながら缶入り玉露を飲む。
メールを読む。トイレに行く。
コーヒーサーバーに粉末を入れて水を注ぐ。
席に戻ってきてふと足元を見て愕然とする。
「俺、左右別な靴履いてんじゃん!」
ここから先はもう気が気じゃない。
午前中社内で打ち合わをしている間、半分上の空。
電車に乗って顧客のところへ行くときなんて最悪。
周りの人が視線をチラとでも落としたら
「ああ!見つかったんじゃないか」「俺のことなんて思うだろう...」
過敏に反応してびくびくしっぱなし。
客先での会議、資料を配るためにテーブルの周りを歩いたとき意味も無く動揺した。
話が長引いて疲れてきたとき、無意識のうちに足を伸ばそうとして
テーブルの下からつま先が出かかったことに気付いたとき、冷や汗が出た。まじで。
無事に家に帰りついたとき、ものすごくほっとした。
「ほっとした」どころではない。僕は「解放」された。
それにしても。
身だしなみに無頓着な人のことの例えとして「靴下が左右違う」とはよく聞くことであるが
普通靴は履き間違えるかね?
僕は初めて。(願わくはこれが最後であってほしい)
こんな経験ない?普通ない?酔ってない限りありえないか。
俺みたいな人他にいないかと街中でそれとなく他人の足元に目をやるのであるが、
いるわけないんだよな。
普通、人はどれだけ他人の足元を見るものなのだろう。
意識的に見つめる人、無意識のうちに視線が下に向かう人。
僕はそれまで他人の履いてる靴というものに注意を払うことはなかった。
一日中他人の目が気になって仕方がなかった。
もう全然知らない、すれ違っただけの人の目。
それでいて仕事場の知ってる人には言いたくて言いたくて笑いを取りたくて
「ねえ見て見て」と足のつま先に注意を向けさせてプッと笑わせる。
人間不思議なものである。